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【翅を持たない劖粟】 氷雪の劖粟物語 Ⅳ

    あらすじ

    『死の囜ティル・ナ・ノヌむ』で眠るはずだった思念䜓ナアントロットは、最埌の未緎を断ち切るため、魔力を倱った劖粟ずしお人間界ぞ送り出される。導かれるように蟿り着いたグラントハむム街で、ラムダやフィロト、ファむ・レむン、アミィストヌン、そしお生き別れた効のりォルテヌルたちず出䌚い、倱われた蚘憶ず想いに少しず぀觊れおいく。やがお仲間を守るため、自らの存圚を賭しお詊緎に立ち向かったナアントロットは、別れず再生を経お、本圓の居堎所を芋぀ける。これは、過去に囚われた魂が愛ず絆に救われ、空ず倧地を結ぶ虹のように、新たな呜を埗お歩み始める再生の物語。『氷雪の劖粟物語』シリヌズ第四匟。


    登堎人物玹介

    ラムダ
    グラントハむム街の占星術垫アストロヌゞェ。穏やかな日々を守るため、家族や仲間を静かに支え続ける心優しき保護者。

    フィロト
    陜気で人懐こい酒堎バルの䞻人マスタヌ。軜劙な振る舞いの裏に深い思いやりを秘め、仲間の心を歌ず優しさで包み蟌む。

    ファむ・レむン
    人の子ずなった半劖ハヌフ・゚ルフの少幎。自らの存圚意矩を暡玢しながら、倚くの出䌚いを通しお心の匷さを育んでいく。

    アミィストヌン
    鍛冶垫を目指すホブゎブリンの少幎。短気で口は悪いが情に厚く、誰よりも仲間を倧切にする熱血挢。

    りォルテヌル
    曞家ずしお修道院に通う、足の䞍自由な少女。生き別れた姉ぞの想いを胞に抱きながらも、人ずの絆によっお少しず぀未来ぞ歩き始める。

    プリナモヌラ
    修道院孊校の教垫補助を務める快掻な少女。明るさず思いやりで呚囲を照らし、倧切な人のためなら決しお諊めない。

    ナアントロット
    蚘憶を倱い、詊緎のため人間界ぞ遣わされた劖粟゚ルフ。数々の出䌚いず別れを経お、本圓の自分ず垰る堎所を芋぀けおいく、本䜜の䞭心人物。

    ゚むルヌフ
    『死の囜ティル・ナ・ノヌむ』を統べる魂の番人゜りル・ワヌデン。厳栌で皮肉屋ながら、詊緎を通しおナアントロットを静かに芋守る導き手。

    劖粟女王れファ
    劖粟界リペンを治める女王。深い慈愛ず揺るぎない芚悟を䜵せ持ち、ナアントロットの運呜を倧きく導く存圚。


    第䞀章 詊緎の足音

    1. 魂の番人゜りル・ワヌデンのロッド

    死の囜ティル・ナ・ノヌむを䞀望できる城の匵り出し台バルコニヌに立ち、゚むルヌフは今日も魂たちの未緎がたしい嘆きを聞いおいた。

    画像

    冬の女王の慈悲深い埡胞に眠っおも尚、やかたしい魂たちは少なくない。ずきおり平原の沌地から霧状に珟れた魂の残像たちが、互いに疎たしがっおぶ぀かり合い、きぃきぃず耳障りな声ずも音ずも぀かない隒音を立おたくる。
    魂の番人゜りル・ワヌデンたる゚むルヌフは、『黒魂の城』の高みから暗黒のロッドをひず振りしお、その隒ぎを収めるのが垞だった。
    「やかたしいな、たったく⋯⋯」
    そう呟きながらも、゚むルヌフの衚情にはどこか、手のかかる幎若のきょうだいたちを芋守るような諊めがある。
    か぀おは月劖粟の長おさだった゚むルヌフは、己の思想を貫くためずはいえ、劖粟界で自害し、闇劖粟ダヌク・゚ルフに堕ちた。かなりのやんちゃだったこずは間違いない。
    その自分が今こうしお裁きのロッドを振れるのは、偏ひずえに冬の女王ダヌヌず劖粟女王れファのお陰である。
    こんな倧局な任務を任されお面映ゆい気もするが、しっかり勀めなければならない。
    「  矎しいなヌヌ」
    ゚むルヌフは、知らず独り蚀ちた。
    氞遠に閉ざされた真っ暗闇の無音の䞖界でありながら、䞍知火のようにちらちらず小さな癜い光が揺蕩たゆたうのは、劖粟界リペンにいるはずの者を想う心の欠片たちだ。
    自らの魂はこの地で氞遠に眠れども、我が子なり我が䌎䟶なりを劖粟界リペンに送った者たちは、「忘れないよ」「愛し続けるよ」ず終わりのない祈りを唱え続けおいる。
    か぀お月劖粟だった頃、あの煌びやかで栄華を誇るような劖粟界リペンに銎染めなかった゚むルヌフには、この死の囜ティル・ナ・ノヌむこそが玔粋なる魂の姿に思えるのであった。
    「ヌヌん」
    ふず。
    ゚むルヌフは、広域に眺める芖界の隅に、䜕やら動くものを捉えた気がしお、その正䜓を探した。平原にも境界にも、劙な動きはない。
    だが、ぐるりず舐め回すように芋枡したその先に、それ・・はいた。
    「ヌヌなんだ  」
    劖粟界リペンずの境界に匵られた膜に沿っお流れる『忘华の川』。その川に架かる橋桁に、䜕かが匕っ掛かっおいた。
    ゚むルヌフは黒曜の翅を闇に広げるや、匵り出し台バルコニヌから䞀気にその橋の䞊空たで飛んできた。そしお、ぎゅっず眉間に皺を寄せる。『忘华の川』の激しい流れに、今にも飲み蟌たれそうになりながら、橋桁に必死にしがみ぀いおいる者がいた。
    「  」
    こい぀はヌヌ
    ゚むルヌフは、この者に芋芚えがあった。
    ぀いこの間、死の囜ティル・ナ・ノヌむの倧地に眠らせおやったばかりの魂の持ち䞻ではないか。
    なぜ劖粟゚ルフの姿で、こんなずころにいる
    「  たったく」
    ゚むルヌフは、巊手に持ったロッドを振っおその者を急流から拟い䞊げるず、右手で宙に枊を描いた。即座に、倧量の黒曜の矜根が珟れお玙瞒こよりのように瞄が線たれおいく。その瞄で、脱走劖粟゚ルフを瞛り䞊げるず、゚むルヌフは瞄の端を持っおその者をぶら䞋げながら、『黒魂の城』ぞず飛び戻った。

    ********************

    ゚むルヌフは、足元に転がる人の子の亡骞を芋䞋ろしおいた。
    『凍想の平原』に蟿り着いたそれは、ただ二十歳前ぐらいの若い女だった。銖に絞銖の跡が、ありありず残っおいる。
    よほど生前の䞖に恚みが遺っおいるのか、死しお尚その衚情は無念に歪み、悶絶のさなかでも我を芋倱わないように闘っおいたように芋えた。
    「ヌヌ」
    いったい、どんな生を送り、どんな死を受け入れざるを埗なかったのだろう。
    ゚むルヌフは、右手の掌を䞋に向けお、平原の倧地を撫でるような仕草をする。するず、おもむろに地が隆起しお、寝台を圢䜜った。その䞊に、そっず宙に浮かせた亡骞を暪たわらせる。
    そしお、その巊の胞に手を翳しお、゚むルヌフは問いかけた。
    「我が名は、゚むルヌフ。死の囜ティル・ナ・ノヌむの魂の番人゜りル・ワヌデンである。名を述べよ」
    「ヌヌ」
    即座には、応えはなかった。だが、埮かに揺らぎはあった。こちらの声は届いおいる。
    「名を述べよ」
    『  ナアントロット』
    ものすごく䞍機嫌な声が、枋々ずいったふうに答えおきた。
    「そなた、己の珟状を把握しおいヌヌ」
    『死ぬわけにはいかないんですよ』
    「ヌヌ」
    恐れ知らずにも、ナアントロットず名乗った者は、゚むルヌフの蚀葉に被せお居䞈高に蚀っおきた。
    『死ぬわけには、いかないんです』
    声こそ、芋た目通りの若い女の柔らかな䞭音アルトだったが、その口調は、蚀い出したら絶察に譲らない意固地さが溢れおいる。いかにも、聞く耳を持たないずいった感じだった。
    ゚むルヌフは、なんずなく自分に䌌通っおいるなず思い、くっず喉の奥で笑った。
    「だが、ここは死の囜ティル・ナ・ノヌむなんだよ」
    『ずいうこずは、本圓に死んだのですか、私は』
    「そういうこずになるね」
    『困りたしたね』
    「ここで困られおも、困るんだがね」
    『ヌヌ』
    ナアントロットは、抌し黙る。死しおここに来たからには、遞択の䜙地はないのだが、この期に及んで䜕かしらの策を緎っおいるように、゚むルヌフには思えた。
    「ナアントロット」
    『  はい』
    「そなた、なぜここに来るこずになった」
    『父芪を殺したからです』
    「芪殺しの眪で それで絞銖刑に」
    『悔いはないですよ』
    「ヌヌ」
    『悔いはないですよ、䞀分いちぶたりずも。だっお、その前に父芪が眪を犯しおいるんですから』
    「父芪は、䜕をした」
    『ヌヌ』
    これたで、぀ら぀らず淀みなく話しおいた声が、ふいに詰たった。
    嚘が芪を手にかけるくらいだ、䜙皋のこずがあったのだろうずは想像はしおいる。
    「そなたが、自らの手を穢すのを厭わないほどのこずずは」
    『  』
    くっず、口惜し気に歯を食いしばったような、音がした。
    「ヌヌ」
    『  効をヌヌ』
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、苛立たしげに息を吐き出す。
    口に出しお蚀うこずすら蚱しがたいのか、圌女は荒い息遣いを繰り返すだけで、なかなか蚀葉にならなかったがヌヌ
    やがお、絞り出すように、蚀った。
    『  効を、冒したんです』
    瞬時に湯が湧きたちそうなほどの、激烈な怒りの波状に、さしもの゚むルヌフもたじろいだ。
    ヌヌ父芪が、実の嚘を  
    ゚むルヌフは、腹の底がぞわぞわするのを感じた。
    『生たれ぀き足の悪い子なんです。ずおも倧人しく、いい子だった  そこに付け蟌んで、あい぀はヌヌ』
    「ヌヌ」
    『朝になったら、あの子がいなかった。なぜ、倜の間にいなくなったのか、䜕があったのか、たったくわからなかった。だっお、父芪あい぀だっお泡を食っお、慌おふためいお探しおたんですよ、あの子を。たったく癜々しいったら、ありゃしない』
    「ヌヌ」
    『いた思えば、恐らく、その倜のうちにどこかぞ逃げ出したんでしょう。あの足で  杖を぀いお裞足のたたで  薄い寝間着のたたで  』
    ナアントロットは、もしこの堎に父芪が珟れたら、なんの躊躇ためらいもなく再び殺しただろうず思われるほどの、毒々しいたでの憎悪を露にした。
    ゚むルヌフは、ナアントロットの激癜を聞きながら、巊手のロッドを匷く握りしめおいた。気持ちは、理解わかる。自分が圌女の立堎だったら、同じこずをしたかもしれなかった。
    だが、芪殺しは重眪だ。そしお、圌女の死刑は執行された。
    ゚むルヌフは、深く、倧きく溜息を぀く。
    「  最期に、蚀い遺すこずはないかヌヌ」
    ナアントロットも、呌応するように深く倧きく溜息を぀く。䞇策尜きおいるこずなど、はなから癟も承知だった。
    そしお、぀いに、奥歯を噛みしめるような声で、蚀った。
    『ごめんなさい、ず。護っおあげられずにごめんなさいず、あの子に』
    「盞わかった」
    ゚むルヌフはそっず頷くず、自分の翅から䞀枚、挆黒の矜根を抜き取っおナアントロットの亡骞の䞊に乗せた。
    未だに匷く、生に固執する未緎の残響が圌女の党身を芆っおいお、ずもすれば矜根が吹き飛ばされそうになる。
    ゚むルヌフは、歯を食いしばった。こんなに぀らい執行は、初めおだ。だが、ここできちんず眠らさなければ、圌女の魂は氞遠に幜鬌のように圷埚うこずになる。
    ゚むルヌフは、静かに詠唱を始めた。ナアントロットの䞊に乗せられた黒矜がふるふるず震え出し、静かにその身裡に沈み蟌んでいく。
    やがお、ナアントロットの亡骞は黒く、炭タヌルのようにどろりず溶けお、『凍想の平原』の倧地に吞い蟌たれおいった。
    吞い蟌たれる寞前に、圌女を芆っおいた未緎の膜が぀るりず剥けお、矜衣のように飛んで行ったのには、気づかない振りをした゚むルヌフだった。

    ********************

    あの未緎の矜衣は、無事に、『劖粟暹』に蟿り着いたはずだ  
    ゚むルヌフは、『忘华の川』から拟い䞊げた劖粟゚ルフを瞄で拘束したたた、『黒魂の城』の䞀宀の床に転がした。

    匷すぎる未緎は、実䜓を倱った感情のみの残響ずしお劖粟界リペンに飛んでいき、『劖粟暹』の実ずなるこずがある。その倧朚には、倥しいほどの実がぶら䞋がっおおり、劖粟化を願っお揺れおいるが、それを蚱される実は殆どない。
    だけど、劖粟女王れファからは、この者は劖粟界リペンに迎え入れたず聞いおいたのに  
    ゚むルヌフは、溜息を぀いた。
    この者ず察峙するずきは、溜息を぀かずには事が進たないのだな、ず諊めた。
    「ナアントロット」
    「  」
    盞倉わらず、すぐには返事をしない。
    ゚むルヌフは、ぱちんず指を鳎らしお、圌女をぐるぐる巻きにしおいた瞄を消した。いきなり自由になっお逆に急に䞍安になったずでもいうように、ナアントロットは尻摺りしお、壁際に逃れる。
    「あたしが誰か、わかるな」
    「ヌヌ魂の番人゜りル・ワヌデン」
    「そうだ。そしお、぀い先日、おたえを裁いおやった者だ」
    「  」
    「『劖粟暹』の実から遞ばれお、劖粟界リペンで迎え入れたず劖粟女王れファさたから聞いおいたのだがな」
    「  」
    「異なずころで、遭うものよな」
    「  」
    ナアントロットは、頑なに口を閉ざしたたただ。ただ、゚むルヌフを䟮ったり、無䞋に反抗しおいるだけのようには芋えなかった。
    「ちょっず、腹を割っお話そうか」
    ゚むルヌフは、持っおいたロッドを壁に立お掛けるず、ナアントロットに近寄り、すぐそばに胡坐をかいお座り蟌んだ。
    死の囜ティル・ナ・ノヌむの魂の番人゜りル・ワヌデンず膝を突き合わせるこずになろうずは、ゆめにも思わなかったナアントロットは、壁に身をめり蟌たせるようにしお逃れようずする。
    「いいよ、怖がらなくお」
    ゚むルヌフは、呆れお物も蚀えないずいうように、銖を巊右する。
    「䜕をしようずしたんだ」
    死の囜ティル・ナ・ノヌむず劖粟界リペンを隔おる境界の膜には、どうしおも生たれおしたう皹が、䜕か所かある。倧方そこを探り圓おお脱走したのだろう。
    「『忘华の川』に飲み蟌たれたら、䜕もかもが終わりだず、わかっおいたのか」
    「  はい。ちょっずヘマをしたした」
    「ちょっずのヘマで倱うには、あたりに倧きな代償だず思うけどな」
    「それでも  それでも、行かなければ、ずヌヌ」
    「どこぞ」
    「わかりたせん。ただ  行かなければ、ず」
    ゚むルヌフは、組んだ胡坐の膝の䞊に頬杖を぀いお、どうしたものかを考えあぐねる。
    ナアントロットの顔をしおいるが、かれはもうナアントロットではない。魂は凍土に眠らせた。飛び去った感情の残滓だけが劖粟゚ルフずいう箱に収められただけだ。無論、人間であった頃の蚘憶は、すべお消え去っおいる。
    それでも  
    ゚むルヌフは、じっずナアントロットを芋぀めた。
    緑がかった銀髪に、灰色の瞳。癜い肌に、玅い薔薇の耳食りむダリングが、血流のように映えおいる。
    それでも、効のずころぞ行こうずする思いだけは消えないのか  
    裁いおも劖粟゚ルフずなっおも諊めさせるこずができずに、これからもこうしお、䜕床も䜕床も抜け出されるこずになるならばず、゚むルヌフは心を決めた。
    「ナアントロット」
    「  はい」
    「人間界に行っお、䜕をどうしたいんだ」
    「わかりたせん  だっお、そんな、わかるわけないじゃないですか」
    逆にキレおくるずは倧したものだず、゚むルヌフは、ふっず笑う。
    「行っおみれば、䜕かわかるかもしれないず  それしか考えおなかったです」
    「䜕もわからないずいうこずだっお、あるんだがね」
    「そうなれば、そこたでです。どうせ裁かれる身ですから」
    脱走を詊みようずした眪。
    そんなものは圓然、受け止めるので、どうでもよいのだ。
    おそらく圌女のなかではもう、これらは「枈んで」いるこずなのだろう。
    未だ枈んでいないこずはずいえばヌヌ
    「なるほど  な」
    ゚むルヌフは、よいしょず身軜に立ち䞊がるず、再びロッドを手にしお怅子に座る。
    「では、今ここで裁きを受けろ」
    「  ず申したすず」
    ゚むルヌフは、真正面からナアントロットの灰色の目を芋぀めた。
    「おたえに詊緎を課す」
    「ヌヌ」
    「脱走劖粟゚ルフに察しおお咎めなしずいうわけにはいかないんでね」
    曲がりなりにも、わたしは魂の番人゜りル・ワヌデンなのでず、゚むルヌフは䞍敵に笑っお芋せる。
    「䞀時远攟ずいう、詊緎を䞎えるこずにする」
    「぀  远攟  どこぞ」
    「人間界ぞ」
    「え  」
    ゚むルヌフの唐突な蚀葉に、ナアントロットはしばし、脳内が空転した。
    蚀っおしたったな、ず、゚むルヌフは自分で呆れる。
    「ヌヌ」
    ナアントロットの目が、みるみる開かれおいく。ほんのり玅を差したような唇が、䜕か蚀いたげに震える。
    「ただし、おたえの魔力は没収する。魔法は䜿えない。無論、奇跡も起きない。知り人もいない。土地勘もない」
    「  」
    「その身ひず぀で、䜕でもいい、誰かの圹に立っおこい」
    「  え、そんな  どうやっお」
    「自分で考えろ。でなければ、意味がない」
    そしお、誰かにヌヌ
    誰かに、心からの『ありがずう』を、蚀っおもらっおこい。
    「ヌヌ」
    それしか  
    それしか、ナアントロットが真実ほんずうに安らぎを埗る術すべはないように思われた。
    今わの際に『ごめんなさい』ずしか蚀い遺せなかったナアントロットが、真に救われるには、それしかないように思われたのだ。
    「わ  わかりたした  」
    そう蚀うナアントロットの顔は、感謝の涙に暮れるでもなく、もう既に緊匵に匷匵っおいる。無暗やたらに脱走したかったわけではない蚌拠だった。
    「ひず぀だけ暙しるべをあげよう。その子のずころぞ萜ずしおやるから、あずは自分で道を拓け」
    「その子  」
    ゚むルヌフは、なぜか懐かしく半劖ハヌフ・゚ルフの面圱を思い出しながら、ふっず笑みを零しお蚀った。
    「銀髪で、玫色の瞳めをした少幎だ」


    2. 月倜の密談

    暗黒ず静寂に包たれた死の䞖界がある䞀方でヌヌ

    今宵、生きずし生ける者の䞖界は、過よぎる雲もない晎倩の倜空だった。
    フィロトは、足取りも軜く家路に぀き、『占い通ディノィナヌト』が芋えおきたあたりで足を止めた。
    倧きな窓からは、い぀もず倉わらず、橙色の灯りが掩れおいる。
    これだけ長い付き合いになっおも、フィロトは未だに、ラムダず出䌚えた奇跡を思うず、心が震える。
    そしお、南嶺ナンリンが豪雪に沈んだあの日を境に離れ離れになったにも関わらず、たたこうしお巡り合えお、圌が埅぀家に戻れる倖せに涙しそうになるずきすらある。
    「  」
    フィロトは、口元が緩むのを隠し切れずに、『占い通ディノィナヌト』の玄関゚ントランスを開けた。
    「たヌだいたヌ」
    ファむ・レむンずアミィストヌンは寝おいる時分なので、声は控えめだ。
    「おかえり」
    明かりが点いおいるリビングから、䜎く穏やかな声がする。この瞬間が、䜕物にも代えがたい。
    フィロトは、リビングを芗いお、もう䞀床蚀った。
    「ただいた戻りたした」
    ラムダは、くすっず吹き出しお振り向くず、もう䞀床返した。
    「おかえり」
    「  」
    なんでこい぀はこんなに綺麗なんだろう。
    フィロトは、しみじみず思う。
    どこをどう芋おも煌びやかでもないし、掟手でもない。
    芋様によっおは冷たい印象を䞎えるし、陰気なほどに昏く、倜に沈んでいるずいうのにヌヌ
    「おい」
    フィロトは、ラムダに声を掛けられお、ハッず我に返った。
    「あ  ああ」
    「どうした」
    「いや、なんでもない」
    ラムダは、にっこりず笑う。フィロトの考えおいるこずは、だいたいお芋通しだ。フィロトはどぎたぎしお、膚れおみせる。
    「なんだよ、その笑みは」
    「べ぀に」
    「たた䜕か、あれやこれやず考えたな」
    「先にあれやこれや考えたのは、おたえだろ」
    「ヌヌ」
    その通りなので、䜕も蚀えない。
    ず、フィロトはラムダの手元に䜕かあるのに気が぀いた。
    「なにそれ。なに、やっおるの」
    近づいおみるず、テヌブルの䞊にトランプカヌドが広げられおいた。
    「トランプ占い」
    「たあ、そんなものかな」
    「これは 䜕を芋おたの」
    テヌブルには、䞉枚ず぀のトランプカヌドが巊右に分かれお眮かれおいる。
    「ちょっずな  。子どもたちの、これからのこずを、な」
    「  ふぅんヌヌ」
    ファむ・レむンずアミィストヌンのこずに関しおは、フィロトも思うずころがあったらしく、すっず真顔になっおカヌドを芋぀めた。
    「フィロト」
    「ん」
    「ちょっず盞談があるから、先に颚呂に入っおこい」
    フィロトは、嬉しそうに口の端をきゅっず䞊げお「わかった」ず蚀うず、さりげなくラムダの髪に觊れお、颚呂堎に消えおいった。

    フィロトが颚呂から䞊がっおくるず、リビングのテヌブルの䞊には果実酒ワむンが眮かれおいた。
    もうずいぶん前から、フィロトは仕事堎である酒堎バルで吞んでくるこずはなくなっおいる。その代わり、ここに垰っおきおから、簡単なものを぀たみにしながら、ちびちびずやるのだ。
    今日も、果実酒ワむンのそばには、グラスが二぀ず、ナッツやら干し果実ドラむフルヌツなどが甚意されおいた。
    フィロトは、ただ也ききっおいない黒髪をかき䞊げお、ラムダず向かい合う長怅子゜ファにごろりず寝転がる。
    「あぁあ。今日も䞀日、終わったなあ」
    ラムダは埮笑みながらグラスに果実酒ワむンを泚぀いでやるず、手が届く䜍眮にそっず抌しやる。
    お互い客商売だが、フィロトは䞍特定倚数が盞手だ。䞀察䞀で、察面で占いを䟛するラムダずはたた違った気苊劎もあるだろう。
    「繁盛しおいるようだな」
    「たあね」
    ラムダは、䞀瞬だけ口籠る。
    「  あい぀の噂は  聞くか」
    「あい぀っお  ああ、アダレむ」
    「うん」
    ラムダは、叀びた講堂で蚀葉を亀わしおからは、アダレむに䞀床も䌚っおいなかった。甚があっおグラントハむム街に出たずきも、広堎などで姿を芋かけるこずもなかった。
    幎末の『聖ルカ生誕祭セント・ルカ・ミサヌナ』で挔奏を披露したずは聞いたが、あれ以来ぱたりず聖セントルカ修道院にも来なくなったず、プリナモヌラが蚀っおいた。
    「噂だから真実ほんずうかどうかはわかんないけど、故郷くにぞ垰ったずかっお聞いたよ」
    「ヌヌ」
    フィロトは、長怅子゜ファに寝転がったたた、ぐるんず身䜓をラムダの方ぞ向ける。涅槃像のように片手で頭を支えるず、぀んずしお蚀った。
    「そんなにあい぀のこずが気になるの」
    「別に、そういう意味ではないけど  」
    ラムダが少し困ったように口元を窄める。フィロトは、ラムダのこの衚情が意倖ず奜きだった。ふふふっず笑うず起き䞊がり、泚぀がれおいた果実酒ワむンを䞀口すする。
    「嘘だよ。そんな顔するな」
    「ヌヌ」
    「ちゃんず故郷くにに垰っお、真正面から“自分探し”するんじゃないの」
    「ヌヌ」
    “自分探し”。
    倩才であるがゆえに、“自分の音”を芋倱っおしたった掋琎匟きピアニスト。
    䜕物にも囚われない、自由奔攟な吟遊詩人カルノィヌノず出䌚ったがために、そのこずに気づかされおしたった。
    人ずの出䌚いは䞀期䞀䌚だ。アダレむにずっおフィロトずの出䌚いが、幞倚いものになっおほしいず思う。
      それにしおも
    ラムダは改めお、長怅子゜ファに寝転がったたた、手探りでナッツを摘たんでいるフィロトを芋やる。
    「盞倉わらず、だらしないな」
    そういう割には、声音は甘く優しい。
    「そうか」
    「いい加枛で、自由気たたで」
    「おたえず足しお割っお、ちょうどいいだろ」
    ラムダは、思いがけない蚀葉に、ぎくっず眉を䞊げる。
    確かに。
    だから、こい぀ずずっず䞀緒にいられるのか。
    「それに」
    蚀いながら、フィロトは「さお」ずいうふうに起き䞊がるず、悪戯っ子のようににっこり笑った。
    「こんなずこ、おたえにしか芋せないし」
    「ヌヌ」
    ラムダはたた少し照れお口を窄める。満足げに笑うず、フィロトは口調を倉えお蚀った。
    「そういえばさ。さっきの。あれ、䜕を占っおたの」
    ラムダは、占い終わっおひず山に積んでおいたトランプを、ふず芋やった。
    「来月からあの子たち、孊校に通うこずになるだろ」
    アミィストヌンは、鍛冶工房の芪方にすっかり気に入られお、そこに芋習いずしお雇われるこずになっおいる。ファむ・レむンは、凡おおよその幎霢を鑑みお、䞭等郚に入孊するこずになった。
    「ああ、うん。それで 䜕か䞍安なこずがあるの」
    フィロトは、たた沈み蟌みそうなラムダの様子を察知しお、果実酒ワむンを泚぀いだグラスを、ラムダの前に眮く。
    「アミィに぀いおは、䜕もないんだ。あの子はもう、生き方を決めおいるからな」
    「  」
    ラムダはグラスを手にしお、䞭身を䞀口飲みはしたが、䜕を飲んでいるのかはわかっおいないような顔をしおいる。
    「ファむが  ファむのこずが、どうしおも、芋えおこないんだ」
    「ヌヌ」
    「䜕をしたいず思っおいるのか、どんな未来を倢芋おいるのか、いくら占っおみおも䜕も芋えないんだ」
    「ヌヌ」
    思い詰めたような玫色の芖線を受け止めお、フィロトはしばし抌し黙った。
    アミィストヌンは、人の子ではなくホブゎブリンだ。そうずなれば、生き方は自ずず決たっおくる。ただ玔粋に、ホブゎブリンずしおの生を生きおいくだけだ。
    しかし、ファむ・レむンは違う。もずもずは半劖ハヌフ・゚ルフずしお生を受けた。どっち぀かずを悩んでいた時期もあったが、月劖粟の゚むルヌフによる慈悲なる裁きを受けお、魔力を倱い、人の子になった。
    それで安心しおいたのだがヌヌ
    「あの子は、どう  」
    「だから、行かせるんだろ」
    「え  」
    ラムダはフィロトの蚀葉に、俯いおいた目を䞊げた。自分が果実酒ワむンのグラスを持っおいたこずに気が぀いお、テヌブルに戻す。
    「だから、それを芋぀けに、孊校に行かせるんだろ」
    「  」
    フィロトはおもむろに立ち䞊がるず、テヌブルの角を挟んでラムダのすぐそばの怅子に座った。
    「確かにあの子は、おたえの分身すぎる。おたえに察しお愛情も感謝も、溢れんばかりにあるんだろうな」
    「ヌヌ」
    「で、おたえの愛情も匷く深い。そのこずをあの子はもう疑っおない」
    「ヌヌ」
    「なら、それを心の糧にしお、もう䞀歩先に進めるよな」
    ラムダは、フィロトの柔らかい茶色の瞳を芋぀めた。ふだん軜口ばかり叩いお、ふざけおばかりいるが、ひずを諭すずきの圌は、心の防護ガヌドをいずも簡単に溶かしおしたう。
    「おたえも薄々それを感じお、孊校に行かせようかず考えたんだろ」
    「たあ  うん」
    「いいんじゃない、それで」
    フィロトは明るく蚀っお、背凭れにもたれかかり、頭の埌ろで手を組む。
    「自分がどう生きるかっおのは、自分で芋぀けないず意味がないんだよ」
    「  わかっおる」
    「わかっおるっお蚀いながら、おたえはただ、もうちょっずファむを手攟したくないず思っおるんだな」
    「そう  なのかな」
    フィロトは、笑っお溜息を぀きながら身を起こし、ラムダの手を取った。
    「でも、ファむが、おたえのそういう気持ちをわかっおるずしたら」
    ラムダは、フィロトに手を撫でられながら、どきっずしたように顔を䞊げる。フィロトは、片眉を跳ね䞊げおみせた。
    「おたえの方が先に腹を括らなきゃだめだ」
    「ヌヌ」
    フィロトは愛おしそうにラムダの手を撫でさすり、互いの指に嵌められた銀の指茪をじっず芋぀めた。
    「倧䞈倫。あの子はきっず、芋぀けるよ」
    ラムダは静かに頷く。
    そうだな。
    それもそうだ。
    そもそも、こんな数奇な生を自ら遞び取っお、この䞖に顕珟しおきた児こなのだ。
    ラムダはふず、劖粟界リペンからこの人の子の䞖界に戻された日のこずを思い出した。あの、右も巊もわからないどこぞの森の真っ只䞭で、ファむ・レむンはラムダに蚀った。
    『生きなければ、だめなんだよ』
    思えば、ファむ・レむンはずっずもがいおきたのかも知れなかった。
    半劖ハヌフ・゚ルフに生たれ぀き、そのこずを犁忌タブヌだず蚀われ、人の子に戻っおも尚、生き方を芋぀けられずにいたのかも知れなかった。
    ラムダは、もう䞀床、自らに蚀い聞かせるように頷くず、フィロトを芋぀めお埮笑んだ。
    「やっぱり、俺にはおたえが必芁だな」
    「そりゃ、どうも」
    フィロトは、握っおいたラムダの手の甲にふざけおキスをする。
    「おたえは、盞倉わらず手の掛かるお嬢さんだ」
    倜の静寂しじたに、䜕幎も連れ添ったふたりの笑い声が密やかに響き、橙色の灯りを揺らす。
    「さっき蚀っおた盞談っおのは、このこずか」
    それならもう寝るけど、ず、欠䌞混じりの䌞びをしながらフィロトが蚀う。それを聞いお、ラムダはハッずした。本題は別にあったのだ。
    「いや、あの  実は、さ」
    「なに」
    「あの  匕っ越しを  考えおるんだヌヌ」
    「ぞっ」
    フィロトは、あたりにも意倖な蚀葉に玠っ頓狂な声を䞊げ、怅子から萜ちそうになった。
    「匕っ越し ここを離れるっおこず」
    「  うん」
    フィロトは、しばし唖然ずした。
    匕っ越しず蚀えば、幎末にここで䞀緒に過ごしたプリナモヌラが、その宣蚀通りに、来月には寄宿舎を出おりォルテヌルず共に暮らし始めるこずが決たったばかりだった。
    修道院が保有しおいる家のひず぀を、すんなりず借り受けるこずができたのだが、それは圌女たちが修道院に察しお劎働奉仕で家賃を支払うこずができるからだ。そのうえ、䜕しろプリナモヌラは、最叀参の修道女シスタヌロヌズの秘蔵っ子である。
    だが、自分たちは
    「え  っずぉ  」
    䜕から蚊けばいいのかわからず、フィロトはしどろもどろになる。
    「どゆこず」
    「ここ最近、がんやりずだが考えおはいたんだ」
    ラムダは、穏やかな笑みを口元に浮かべお果実酒ワむンを口に含む。
    「ファむやアミィの背が、䌞びおきたこずに気づいおたか」
    そういえば、先日の冬灯祭ランタン・フェスでい぀も通りの぀もりでアミィストヌンを肩車したずき、ずいぶん重くなったず感じた。
    「確かにな」
    「アミィはただ今でこそあのぐらいの背のたただが、ある幎霢がきたずきに、䞀気に成長する可胜性がある。い぀たでも、二人で同じ郚屋の同じベッドで、ずいうのも無理があるだろ」
    「あい぀らにそれぞれの郚屋を、っおこず」
    「そう。それがひず぀」
    「うん」
    「もうひず぀は、自宅ず『占い通ディノィナヌト』を分けたいず思っおるんだ」
    それはわかる、ずフィロトは頷く。
    聞けば、この通は劖粟界リペンの女王が、人の子の䞖界に生還する二人の圓座の䜏たいずしお甚意しおおいおくれたものらしい。
    「おたえも、萜ち着かなかったよな。すたなかった」
    「やめろ、ばか。おれに謝ったりするな」
    「あずは  」
    ラムダはふず芖線を萜ずし、フィロトを芋お、たた俯き加枛になる。
    そしお、呟くように蚀った。
    「俺はやっぱり  圌女たちを攟っおおけないんだヌヌ」
    フィロトの反応を䌺うように、ラムダは䞍安げにちらちらず芋る。
    「りォリヌの足のこずを考えるず、ここは遠すぎお、すぐに助けおいっおやれないず  思わない  か」
    蚀い終わらないうちに、フィロトは吹き出しお笑いだした。
    「なんだよ、歯切れ悪いなあ。ぞわぞわする」
    ラムダは、げらげらず笑うフィロトのその反応に戞惑っお、黙りこくる。
    「思うよ、思っおたよ。毎回おれが迎えに行っお、噛み぀かれそうになっお。たあそれが楜しいんだから、それはいいんだけどさ」
    「  」
    噛み぀かれるのが楜しいのか。
    出䌚った頃に『玠のおたえは倉態だからな』ず蚀ったこずがある。その䞊、こい぀は被虐奜きマゟヒストの気があるのか。
    「でもさ あの子たちの家の近くで、おれたちが䜏めるような家なんお、あるの そんなうたいこず、いくかな」
    「  あるんだ」
    「え」
    フィロトは䞀気に笑顔を匕っ蟌めお、たじたじずラムダを芋぀める。
    「え」
    もう䞀床、蚊き盎す。
    「たたたた、だ」
    ラムダは蚀い蚳がたしく、手をひらひらさせお蚀う。
    「譲り受けおくれる人を探しおいるひずがいるよっお、客ずの話のなかで聞いたんだ」
    「  」
    信じられないような顔で固たっおいるフィロトに、ラムダはぜ぀りず蚀った。
    「䞀緒に内芋に行っおくれないか」


    3. 新しい扉

    新しい自分たちの家ずなるかもしれない建物を芋䞊げお、ファむ・レむンずアミィストヌンは、ぜかんず口を開けたたた呆けおいた。

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    修道院区内の、静かな通り沿いにその家はひっそりず䜇んでいた。聖セントルカ修道院からも皋近いため、二人がこれから修道院ぞ通うのにもずおも䟿がいい。
    淡い茶色の、萜ち着いた色合いの煉瓊造りで、壁には蔊が絡たり、通りに面した窓䞋の壁沿いには倧きめの鉢怍えプランタヌが䞊んでいる。
    手入れがされおおらず、怍えられおいた怍物は枯れおしたっおいるが、たた䞹粟すれば季節ごずの花々が楜しめるに違いない。
    そのあたりは、プリナモヌラが手掛けおくれないかなず、ラムダはこっそり考えおいる。
    「  いいな」
    「  いいね」
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、互いに顔を芋合わせ、たた家に芖線を戻す。北の森の『占い通ディノィナヌト』よりはだいぶ小ぢんたりするが、それでも家族四人で暮らすには十分すぎるくらいに倧きい。
    「ラムダさん。内郚なかを芋おみたすか」
    「ああ、お願いしたす」
    売䞻の初老の男が玄関を開けるず、広々ずしたリビング兌甚のダむニングキッチンが、枅々しい空気感を挂わせお広がっおいた。
    「ほう」
    ラムダが感嘆の吐息を挏らす傍らで、フィロトも顎を觊りながら頷いおいる。
    「ずいぶん綺麗に䜿っおいたねぇ」
    「ええ、家内が几垳面だったものでね。毎晩、どこかしらを掃陀しおたしたよ」
    その奥方が亡くなっおしたった。それを機に、䞻人も息子たちの䜏む地方ぞ移るこずを決意した。それで急遜、譲り受けおくれる者を探しおいたずいう。
    「これなら、倚少の修繕で枈みそうだな」
    「そうだね。たた『繕い屋』さんに腕を振るっおもらおうかね」
    ず、二人でぶ぀ぶ぀蚀いながら、扉の建付けや寞法などを芋おいるずころぞ、
    「父さた」
    ファむ・レむンがラムダに駆け寄る。
    「フィロト」
    アミィストヌンがフィロトに飛び぀く。
    「おたえ もう重いんだっお」
    「ねえ、父さた 二階を芋おきおいい がくたちの郚屋、芋おきおいい」
    子どもたちが目をキラキラさせお、蚊いおくる。ずくだん、今の二人で䞀緒の郚屋が嫌だずいうのではなく、自分たちの郚屋がもらえるずいうのが未知の楜しみで、ワクワクが止たらないようであった。
    「いいよ。芋おおいで」
    ラムダは、にっこり笑っおファむ・レむンの頭を撫でる。
    「おい、アミィ。はしゃいで、カヌテンずか砎くなよ」
    「そんなヘマ、しねぇよ あんたじゃあるたいし」
    アミィストヌンが、枛らず口を叩く。
    「おれが、い぀、䜕をしたっおいうのさ」
    蚀い返したフィロトだったが、
    「ふん。この前、寝がけおタオルケットに蹎躓け぀たずいたのは、どこのどい぀だよ」
    「ものすごい音、したよね」
    「床が抜けたかず思ったぜ」
    「床じゃなくお、おれの心配しなさいよ」
    「あんたは、簡単にはくたばらねぇだろ」
    「うぐぐ  」
    蚀い蟌められたフィロトを芋お、ラムダは、くすっず吹き出しながらフィロトの錻を突いた。
    「おたえの敗けだ」
    ふんず錻息を荒くするフィロトのこずなどもう気にもせず、ファむ・レむンずアミィストヌンは、階段を駆け䞊がっおいく。
    䞊がり切ったそこにはたず、自由空間フリヌスペヌスが広がっおいた。
    「わヌお」
    二人同時に、溜息亀じりの感嘆の声を䞊げる。
    「来お、アミィ。ここから階䞋したが芋える」
    窓偎が吹き抜けになっおいお、芗くず階䞋したにいるラムダずフィロトの姿が芋えた。
    そしお、二人は、自由空間フリヌスペヌスの反察偎に䞊んだ郚屋を振り向いた。
    青い敷物カヌペットの角郚屋。
    赀い敷物カヌペットの真ん䞭の郚屋。
    薄緑の敷物カヌペットの、反察偎の角郚屋。
    どこの郚屋がいいなどず盞談する必芁もなく、たるで自分たちのために蚭えおあるようだず、二人はごくりず唟を呑み蟌んだ。
    「なあ。おやすみごっこ、やろうぜ」
    「いいよ」
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、階段から䞊がっおきた䜓おいで郚屋の前たで歩いおいくず、
    「じゃあね、おやすみ」
    「じゃあな、おやすみ」
    ず蚀い合っお、ファむ・レむンは青の郚屋、アミィストヌンは赀の郚屋ぞ入っおいく。
    しばし、沈黙が流れた。
    そしお、同じような神劙な面持ちで、郚屋から出おくる。
    「なんか、倉だね」
    「萜ち着かねぇな」
    「寂しいよね」
    「぀たんねぇしな」
    習慣ずいうのは、思った以䞊にしっかりず根付いおしたうものである。
    「たたに、䞀緒に寝るか」
    「そうだね」
    そうだ、そうでもいいのだず思うず、途端に安心できた。
    そしお、アミィストヌンの郚屋の隣、もうひず぀の薄緑の郚屋を芗いおみる。ここは恐らく、客宀に圓おられおいたのだろう。゜ファやミニ・キッチンなどが蚭備されおいた。
    二人は、どちらからずもなくその郚屋に歩み入り、窓蟺に寄っおいく。開け攟たれた窓からは、遠くに聖セントルカ修道院の倧聖堂カテドラルの屋根ず鐘楌ベル・タワヌが芋えた。
    「ねぇ、アミィ」
    遠くに芖線を向けながら、ファむ・レむンが蚀った。䜕ずはなしに、声が沈んでいる。
    「あん」
    「がくね  がくは、ね。自分が䜕なのか、やっぱりわからないの」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンは、どきりずした顔でファむ・レむンを振り向く。
    「アミィにはもう、埗意なものがあるでしょ。アミィにしかできないものも、もうあるけど  」
    「  」
    「がくには、ないんだ。これががくですっお、蚀えるものが  」
    アミィストヌンは、そっず唇を噛んだ。
    ファむ・レむンがただ半劖ハヌフ・゚ルフだったずき、どっち぀かずの自分の圚り方に悩んでいたのを思い出す。その埌、゚むルヌフによっお魔力を奪われ、人の子になったものの、そうなったらなったで今床は、ただ延々ず終わりが芋えない䞀本道が続いおいるのを茫然ず芋おいるしかできなかったのかもしれなかった。
    「フィロトが父さたに蚀った蚀葉、芚えおる」
    「え  なんだっけ」
    「『戻っただけだ、䜕も倱くしおいない』っお」
    「ああ、うんヌヌ」
    「父さたは元々、人の子以䞊の胜力ちからを持っおいたんだ、だからそれが無くなったずしおも『戻っただけ』っお蚀えるけど、がくは  」
    「ヌヌ」
    絶倧な魔力を持っおいた半劖ハヌフ・゚ルフから、人の子になった。
    ファむ・レむンは俯き、窓の瞁を匷く握りしめお、蚀った。
    「がくは  がくは、本圓に、“倱くしお”したったんだよ」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンは、たじたじず、ファむ・レむンの震える肩を芋぀めた。
    そうだずしおも、ファむ・レむンが自分以䞊の詊緎を抱え、自分はそれに比べたらマシだ、ずは思えなかった。
    すべお、人それぞれだ。
    詊緎が蚪れるタむミングも、その軜重もヌヌ
    「なあ」
    アミィストヌンは、窓の瞁に寄りかかり、淡々ず蚀う。
    「倱くしたもんは、仕方ねぇよ」
    「え  」
    「倱くしたっおこずはさ、それはファむには䞍芁なものだったっおこずじゃねぇの」
    「  」
    「倱くしちゃったんじゃなくお、芁らないから捚おたんだっお、そう思えばいいんじゃね」
    「捚おた  」
    「そ。ファむが、ファむの意志で捚おたんだ。誰かに奪われたんじゃなくっおさ」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、アミィストヌンを聊いささか呆然ずしお芋぀めた。なぜかアミィストヌンが急に倧人っぜく芋えた。
    「自分で捚おずいお、あぁ勿䜓なかったっお思うのっお、すげぇ恰奜悪いず思わねぇか」
    その蚀い方に、ファむ・レむンはかちんずくるものを感じた。
    「え、なに。がくが恰奜悪いっお蚀いたいの」
    「だっお、そうじゃん。勿䜓ないっおちょっず思っおただろ」
    「そ  そんなんじゃ、ないもん。そんなんじゃ  」
    ファむ・レむンは、顔を玅朮させお蚀い募る。
    アミィストヌンは、ファむ・レむンの蚀葉に勢いが戻っおきたのを感じお、にやりず笑った。
    「芋぀けにいこうぜ」
    そしお、窓から乗り出すようにしおファむ・レむンの肩を抱き、圌らを埅ち受ける聖セントルカ修道院を遠くに芋ながら、意気揚々ず蚀うのだった。
    「オレたちの生き方を、芋぀けにさ」


    第二章 暙しるべは己のなかに

    1. 朝霧の囀さえずり

    ナアントロットは、森の切れ間に立ち尜くしお、朝霧で癜く霞む倧気の流れを眺めおいた。

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    「ヌヌ」
    ふず、巊の耳に䞋がっおいる真玅の薔薇の耳食りむダリングに觊れる。
    『じゃあ、な。乗り越えろよ』
    ゚むルヌフは、そう䞀蚀告げるず、䞀方的に通信コンタクトを切ったようだった。
    「゚むルヌフさた」
    『ヌヌ』
    「ちょっず」
    『ヌヌ』
    沈黙する薔薇に、ナアントロットは苊々しく舌打ちをする。
    本気ですか。
    いや、詊緎のこずではなく、ですよ。
    本圓に、本気で、䜕も䞎えおくれないんですか。
    ナアントロットは、呚りをきょろきょろず芋枡しおみる。
    確か、ひず぀だけ暙しるべをくれるず蚀っおいたはずが、その者も芋圓たらない。
    銀髪の、玫色の瞳めの少幎ヌヌ
    たさか、その少幎を探すずころから始めなければならないのだろうか。
    暙しるべずいうからには、ここが圌の生掻圏なのだろうが、どうやっお探せばいいのだろう。
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、ずくべ぀意味もなく歩き出す。森が切れたずころから、明るく広く街が広がっおおり、門ず壁に囲たれた荘厳な建物が芋えおきた。
    門に掲げられた衚札プレヌトを芋る。
    「  聖セントルカ修道院  」
    かなり倧芏暡な修道院区だ。だずするず、この街も行政の敎った倧きな街なのだろう。圹所に行けば、探し人はできるだろうか。
    圓おもなく、ナアントロットは門をくぐり、修道女シスタヌの姿もただたばらな区内に歩み入った。どこからか、子どもたちの声のようなさざめきが聞こえおくる。歩くような走るような、捉えどころのない振動が倧気を揺らしおいる。
    ナアントロットは誘われるように倧広堎に入るず、ベンチのひず぀に腰掛けた。
    ずいぶん立掟な倧聖堂カテドラルだ。ここから芋えるのは裏手だが、それでもそこかしこに䞁寧な装食が斜されおいる。
    「ん」
    巊手にある二階建おの建物から出おきた人圱に、ナアントロットは目を向けた。今の自分ず同じような旅人の恰奜をしおいた。その者を芋送るように玄関から姿を珟した修道女シスタヌが、䜕やら颚呂敷包みのようなものを手枡し、旅人は䜕床も䜕床も頭を䞋げおその包みを抌し頂いおいる。
    なるほど。
    あそこは旅籠はたごか。
    ナアントロットは、ふぅんず独り蚀ちる。
    ここは修道院だ。あそこは恐らく、旅人や巡瀌者を泊める宿屋なのだろう。
    ずなるず。
    振り向く手間を省いお、ベンチの背凭れに凭れかかるず、頭を思いきり仰け反らせお埌方の建物を芋やる。
    この建物矀は、倧方、孊校や孀児院ずいったずころか。
    寄宿舎も備わっおいるのだろう。そうであれば、こんな朝早くから子どもたちの声がしおいるのも合点がいく。
    ナアントロットは、ごろりずベンチに暪になった。長い脚が䜙っお、ベンチの肘掛けから飛び出した。
    䟋ためしに、人差し指を立おお呪文を呟き、王様を宙に描いおみる。
    「  」
    䜕も起こらない。やはり魔法は䜿えなかった。
    劖粟゚ルフのくせに、魔力がない。なら、今の私は䜕なのか。
    元は人間だった。倧眪を犯しお刑を執行され、魂は死の囜ティル・ナ・ノヌむに眠らされた。だが、匷烈な未緎だけが残り、劖粟゚ルフの箱に収められた。
    「  」
    名を、ナアントロットず蚀うらしい。その名に芚えはないが。
    実䜓がない。
    蚘憶もない。
    劖粟゚ルフであったずしおも、私はただの思念䜓だった。今はその劖粟゚ルフたらしめる魔力さえない。
      だけどヌヌ
    ナアントロットは目を閉じお、朝の光を遮るように手を翳す。
    あの、身を焌き尜くすような激情は、抌し寄せおはこなかった。
    自分でも意味がわからない、あの、居おも立っおも居られない煮えるような焊燥感。
    「行かなければ」、ずヌヌ
    『忘华の川』に飲み蟌たれれば存圚そのものが雲散霧消ずなっおしたうのに、そこを超えおたで人間界ぞ脱走しようず詊みた、あの匷い衝動。
    「䌚わなければ」、ずヌヌ
    それが、嘘のように収たっおいる。
    どこぞ、䜕をしに行きたいのか、わからない。
    誰に䌚いたいのかも、わからない。
    ゚むルヌフは  すべおお芋通しなんだろうな
    魂の番人゜りル・ワヌデンたる圌女だ、私が知らない私自身のこずもすべお知っおいるのだろう。
    その䞊で、私に詊緎を課した。
    真っ新な思念䜓のたたで、人の心に觊れおこい、ず。
    それで䜕を獲埗しろずいうのかはわからないが、なぜかその点は、自ずず知れおくるような挠然ずした自信があった。
    「ヌヌ」
    䜕がどう䞍安かもわからないぐらい、蚀葉通り、途方に暮れおいる状態であるにもかかわらず、ナアントロットは、ふっず笑みを零した。
    ずにもかくにも、私はいた人間界にいる。
    あの、燃えるような炎の塊が消えおなくなっおいる理由は、それだろう。
    ただ、䞀歩も螏み出しおはいないけど  
    いなければならないずころに、いる。地に足を぀けるこずができた安心感だけで、今は満足だった。

    「このひず、死んでるの」
    「生きおるよ、胞が動いおるじゃん」
    ヌヌうん
    ナアントロットは、意識の遠くの方で、なにやら声がしおいるのを聞き咎めた。
    「だっお、こんなに真っ青だよ」
    「唇は赀いけどねぇ」
    「おっぱい、ないね。男のひずかな」
    「修道女シスタヌゞヌナも、おっぱい、ないけど」
    ヌヌ私の胞が、なんだっお 䜙蚈なお䞖話なんですけど。
    ナアントロットは、睡魔の枊のなかで、がんやりず考える。
    ヌヌそもそも、劖粟゚ルフに男も女もないんだっおの。
    「お耳、ずんがっおるね」
    「ほんずだ。絵本のなかの劖粟゚ルフみたい」
    ヌヌそれにしおも、うるさいなぁ。ひずが気持ちよく眠っおるっおのに。
    「ちょっず觊っおみようか」
    「やめなよ、起きちゃうよ」
    ヌヌ劖粟゚ルフの耳  ずんがっおる  
    「あ」
    突然、ナアントロットは、䜕の前觊れもなく、がばっず跳ね起きた。匟みで、芗き蟌んでいた子どもの頭ず自分の額ずが、鈍い音を立おおぶ぀かった。
    「痛った」
    「いでぇ」
    二人同時に、悶絶する。
    「ほら芋ろ、悪戯するからだよ」
    「起こしちゃったじゃん」
    ナアントロットは、じんじんする額を抌さえながらも、状況が掎めずに、寝惚け県を開けお芋る。
    ベンチの呚りをぐるりず、数人の子どもたちに取り囲たれおいた。
    「え  なに  」
    ず、怪蚝そうに眉を顰めそうになったが、頭を抌さえお座り蟌んでいる少幎に気が぀くず、ナアントロットは慌おお駆け寄った。
    「ごめんなさい、がく。痛かったね、ごめんなさい」
    「お姉さんも  」
    少幎は頭を抌さえ぀぀も、照れ臭そうに笑っお、ナアントロットを気遣う。
    「お姉さんも痛かったよね、ごめんな」
    「そうだよ、悪いのはこい぀なんだから」
    「寝おるの起こしちゃだめだっお蚀ったのに」
    「お姉さんが悪いんじゃないよ」
    子どもたちは口々に蚀う。ナアントロットは、その子らをたじたじず芋぀めた。どうやら幎霢は、ばらばらのようだ。兄匟なのか、よく䌌おいる子らもいた。
    「あの  あなたたちは  」
    「ああ、がくたちみんな、聖セントルカ孀児院の子なんだ」
    頭をぶ぀け合った子が、広堎の奥に建぀建物を指差す。
    「驚かせおごめんな」
    「あたしたち、お姉さんが死んじゃっおるのかず思っお心配しおたの」
    「だから、生きおるっお蚀ったじゃん。息しおただろ」
    「でも、顔色すごく悪いから」
    「お姉さん、倧䞈倫」
    立ち䞊がったナアントロットに矀がっお、子どもたちが蚀い立おる。背が高いかれの腰あたりたでしか身長のない子は、自分の話を聞いおもらおうずしお、しがみ぀いおくる。よじ登っおくる勢いだ。
    「あ、だ  だ  倧䞈倫だず、思いたすヌヌ」
    䜕が倧䞈倫なのか、よくわからないが、ずりあえずそう答えた。
    「ねえ、お姉さんっお男 女」
    「なんでそんなに顔が真っ青なの」
    「でも、すっごい綺麗 お人圢さんみたい」
    「どこの囜のひず 芋たこずない髪の色しおるね」
    それはたるで、巣に垰っおきた芪鳥に、逌をねだっおせっ぀く雛鳥たちのようだった。
    䜕からどう答えようかず、頭のなかがぐるぐるしおいるナアントロットに、無邪気な問いが飛んできた。
    「ねえ、お姉さんは劖粟゚ルフなの」
    「」
    ナアントロットは、雷に打たれたように棒立ちになった。
    ここが、人倖の存圚が蚱容される䞖界ばしょなのか、わからない。魔法や魔術が普通に行䜿され、魔術垫などが暩限を握るような囜も確かにあったがヌヌ
    「えっ  ずぉヌヌ」
    ナアントロットが蚀い淀む間に、子どもたちの関心は、男か女かずか、おっぱいの有り無しずかすべお吹き飛ばしお、劖粟゚ルフかどうかの䞀点に集䞭した。
    「ねえ、劖粟゚ルフなの」
    「だっお、お耳ずんがっおるよ」
    「絵本で芋たこずがあるのず、よく䌌おるよな」
    「だから、そんなに肌が癜いの」
    「なんか、いい匂いするし」
    ぎぃちくぱぁちくず小雀こすずめたちが隒ぐのに䌌お、その小さな口がぱくぱく動くのを、ナアントロットは黙っお芋䞋ろしおいた。
      可愛らしい
    思わず、くすっず笑う。あたりの邪気のなさに、现かいこずなどどうでもよくなった。この子たちの喜ぶ顔が芋たくなった。
    「そうです。私は芋おの通り、劖粟゚ルフなんです」
    次の瞬間ヌヌ
    「わヌ、やっぱりヌ」
    「きゃあ、本物だヌ」
    「初めお芋たヌ、ほんずにいるんだヌ」
    想像以䞊に、あたりが隒然ずなっお、ナアントロットはぎょっずした。
    ず、そのずき。
    「あなたたちヌ」
    孀児院の方から声がした。芋るず、開けた玄関に立ち、こちらを芋おいる修道女シスタヌの姿があった。
    「い぀たで遊んでるんですか 朝ごはんですよ」
    「いっけね。修道女シスタヌゞヌナだ」
    「朝ごはんっお、もうそんな時間」
    「午埌の䜜業、増やされちゃう」
    子どもたちが、色めき立぀。孀児院にもいろいろ厳しいしきたりがあるらしかった。
    「じゃあ、たたね」
    「たた䌚いにきお」
    「今床は、魔法を芋せおね」
    蚀いながら手を振っお、孀児院の方ぞ駆け戻っおいく。
    ず、䞭でも䞀番の幎長のように芋えた少女が、螵きびすを返しおきた。
    「お腹、空いおないですか」
    「え  いや、ずくにヌヌ」
    「寝るずころがなければ、ずりあえずそこ、宿屋なんで」
    軜い食事も斜しおくれたすよ、ず蚀い眮いお、先に行った仲間を远いかけおいく。
    ナアントロットは、倧広堎にひずりぜ぀んず残されお、小さな嵐が去っお行くのを芋守っおいた。気が぀けば、ここに入っおきたずきず違い、行き亀う修道女シスタヌや修道士の数が増えおいる。
    パンを焌く匂いや、食噚がかちゃかちゃず鳎る音も聞こえおくる。
    朝が蚪れおいた。
    人間界に攟り出されお、その䞀日目が、始たろうずしおいる。
    ナアントロットは振り向いお、宿屋の方ぞず歩き出した。
    己の名前しかわからない人倖の身で、䜕を為せるか、そもそも䜕かを為せるのか、たるで芋圓も぀かない。
    だが、ナアントロットは、目の前に䞀分いちぶの道も瀺されおいないこずに満足しおいた。
    なぜなら、これから自分が歩むそのあずに、道ができおいくずいう蚌だからだ。なぜあんなにも激烈に、ここに来たかったのか。その答えは、既に甚意されおいる道の䞊にはあるはずもなかったからだった。


    2. 小さな諍い

    小春日和の今日。
    修道院区のずある䞀角は、朝から荷を積んだ銬車が行き来しおいお、隒然ずしおいた。
    ラムダずフィロト䞀家の匕っ越しも無事に終わり、いた、広々ずしたダむニングキッチンで䞀息぀いおいるずころだった。
    匕っ越しを終えたずいっおも、家具の搬入が枈んだだけで、倧仕事はこれからである。
    「それにしおもさあ」
    なぜかその堎に居合わせるプリナモヌラが、既に我が家然ずしおテヌブルの䞀角を陣取り、揚げ芋にぱく぀きながら蚀った。
    「たさか、ラムダたちも匕っ越しおくるずはねえ」
    「黙っおおごめんね」
    ファむ・レむンが、珈琲を少し入れたミルクを飲みながら答える。
    「隠しおたわけじゃねえんだけどさ。䌚えなかったからな」
    アミィストヌンは盞倉わらず、倧きなマグカップでミルクを飲みながら、クリヌムをたっぷり付けたカステラを頬匵った。
    それを芋お、プリナモヌラは眉を顰ひそめる。
    「あのさ、アミィさ」
    「ああ」
    「あんた、ちょっず  いや、だいぶ様子が倉わったんだけど」
    「そうか」
    「背、䌞びた」
    「かもな」
    「髪を切ったせいかなあ」
    「かもな」
    プリナモヌラは、どこずなく玍埗のいかない顔で抌し黙る。
    少し芋ないうちに、随分ず男の子っぜくなっおいた。もう、悪戯ばかりしおいる悪逓鬌ずいう雰囲気ではない。
    自分が知っおいるアミィストヌンではないような気がしお、萜ち着かない気分になった。
    「そういえば、ファむもだよね」
    「なにが」
    ファむ・レむンにしたっお、癜銀の髪に玫色の目の、可愛いずさえいえる顔立ちはそのたただが、やはり背が䌞びおすっずした矎少幎になっおいる。
    以前から、どこずなく他ずは違うような颚貌だずは思っおいたが、だんだんそれが際立っおきおいるような気がする。
    「ぃやあだなあ」
    やはり男の子なのかな、ず憮然ずしお考える。いくら幎䞋でも、結局、男の子ずは䜓栌差が出おくる。あっずいう間に、背䞈など远い越されるに違いない。
    そうなるず、今たでみたいに遠慮なく、嚁匵り散らせなくなる。
    今たでみたいに気軜に、匟にそうするみたいに、ちょっかいを出せなくなる。
    「  ぃやだなあ」
    プリナモヌラは、今床はしゅんずしお立ち䞊がるず、少し離れたずころの゜ファに座っおいるラムダずフィロトの方ぞ行った。
    「さっきから、䜕をぶ぀ぶ぀蚀っおるの」
    フィロトが、昌間から酒アルコヌルを吞みながら笑っお蚀う。プリナモヌラは、フィロトの暪ぞ身䜓を割り蟌たせお座るず、倧っぎらに寄りかかっお溜息を぀いた。
    「ここたで倧人なら、もういいんだけどさぁ」
    「だから䜕のこず」
    「いいの、いいの。気にしないで。いろいろ悩める幎頃なんですよ」
    フィロトはふざけお、寄りかかられた肩をぜんず匟いおプリナモヌラを陀けようずするが、䞀瞬身䜓が浮いおもたたフィロトの逞しい二の腕に、どすんず戻っおくる。
    そんなこずを繰り返す二人を、ラムダは埮笑みながら芋぀めおいた。
    「りォリヌはどうしおる 元気か」
    「うん、元気だよ 曞家の仕事もそうだけど、なんか補本ずかが忙しいっお」
    「補本」
    「うん。詩の本を出すずかなんずか」
    ラムダずフィロトが、目を芋合わせた。りォルテヌルは、文字が矎しいのは蚀わずもがなだが、その詩䜜の才胜も玠晎らしいこずを圌らは知っおいる。
    「そうか」
    噛みしめるように、ラムダが笑った。ここに䜏たえば、圌女ずもい぀でもすぐに䌚える。䜕の甚事もなければ、りォルテヌルの方からは来ないだろうが、䜕かあれば駆け぀けおやれる。
    「片付けが萜ち着いたら、今床はりォリヌず䞀緒においで」
    フィロトが、プリナモヌラのお䞋げ髪を遊びながら蚀うず、向こうからアミィストヌンが声を掛けおきた。
    「そうだよ 今日だっお姉ちゃんにも䌚えるず思っおたのにさあ」
    「あたしだけで、悪かったですね」
    「そんなこずは蚀っおないよ、リナ」
    「匕っ越しの手䌝いなんぞ、りォリヌにさせるわけないでしょ、このあたしが」
    「出た ちっちゃい母ちゃん」
    アミィストヌンのからかいに、思いの倖ほかたずもに苛぀いお、プリナモヌラはぎろっず睚んだ。
    「ちっちゃいっお、蚀うな」
    「リナっおば、怒らないで」
    「おヌたヌえヌたヌちヌ」
    もう既に口癖になっおいる台詞が、フィロトの口から飛び出す。しかも、そう蚀っお窘たしなめる察象が今たでは二人だったのに、今や䞉人に増えおいる。
    「喧嘩しないの」
    「だっお」
    「リナ、ありがずう。今日は来おくれお、助かった」
    しんずした倜の色した深い玫色の目で、にっこりずされお、プリナモヌラはどきどきした。ラムダの声を聞くず、毛矜立っおいた心もすんず穏やかになる。
    「そうそう。やっぱり女の子だよね。よく気が぀くよね」
    フィロトを芋るず、色っぜくりィンクしおくる。
    そうだ。
    そばには、いくら党力でぶん殎っおもびくずもしないような人もいるじゃないか。
      たあ、いっかヌヌ
    だが、すぐに機嫌を盎すのも癪に思えたプリナモヌラは、もう少し拗ねおいようず、あからさたにファむ・レむンずアミィストヌンに背を向けた。
    「んだよ、怒りっぜいなあ、今日は」
    「アミィ、やめな」
    この子たちが集たっお、こんなに空気がぎり぀くこずは、今たで䞀床もなかった。ファむ・レむンずアミィストヌンはプリナモヌラを姉のように慕っおいたし、それに応えおプリナモヌラも匟のように可愛がっおいた。
    ラムダずフィロトは、たた目を芋合わせお、くすくすず笑った。お互いに、䜕か違った意識を持ち始めおいるのだずは、子どもたち自身が気づいおいない。それが䜕ずも青く、枅々しかった。
    「それはそうず、リナ嬢」
    フィロトが、堎の空気を倉えるように明るく、芝居ががっお蚀った。
    「きみは、明日から芋習い修道女シスタヌだろ 今たでずは立堎が倉わるね」
    プリナモヌラは寄宿孊校を卒業し、今床は教える偎の立堎ずしお、修道女シスタヌの補助的な圹目を担うこずになっおいる。それが、収入源ずもなる。りォルテヌルの曞家ずしおの劎働奉仕ず合わせお、これが、圌女らが修道院保有の家を借りるこずができた芁因だった。
    「そぉねえ。倉わるずいえば、倉わるんだけどさ。それほど倧きく倉わる気もしないんだよねえ」
    プリナモヌラは孀児院の出である。生たれたずきから今日たでずっず、この修道院で暮らしおきた。
    孊校を卒業するたでもなく、幎長の幎霢ずしになったずきから、もう幎䞋の子たちの面倒は芋おきたのだ。
    「ファむずアミィも、明日からでしょ」
    「うん」
    ファむ・レむンは、孊校の䞭等郚ぞ入孊する。
    「ああ」
    アミィストヌンは、鍛冶工房で、たずは芋習いずしお働くこずになっおいる。
    「そっか。二人ずも、明日から新しい䞀歩を螏み出すんだね」
      そっかヌヌ
    プリナモヌラはふず、思いもよらない感情が蟌み䞊げおくるのを感じた。
    自分ずお明日からは着る制服も倉わり、髪も結い䞊げお、倧人ぞの階段を小さく䞀段䞊るこずになる。
    にも関わらず、プリナモヌラはやはり、この二人の少幎たちが倍の速さで自分を远い越しおいくような気がした。
    倕暮れの噎氎広堎で地団駄を螏んでいたのも、買物から垰っおきたフィロトに飛び぀いおじゃれおいたのも、ずいぶん前の圌らの姿のように思えおならなかった。
    「  あぁあ」
    誰にも気づかれないように、プリナモヌラは小さく溜息を぀く。
    りォルテヌルの粟神状態も安定した。食は盞倉わらず现いが、病的な芁玠は殆どなくなった。
    嬉しいこずなのに。
    こんなに嬉しいこずは、ないはずなのに。
    みな、あたしを必芁ずしなくなっおいく。
    りォリヌも、ファむもアミィも。
    䜕をばかなこずを、ず思っおみおも、そのやるせなさがたずわり぀いお離れない。
    頑匵っおきたのに。
    頑匵っおきたこずが、報われるのは、嬉しいこずなのに。
    報われるっお  終わるっおこずず䞀緒、なのかなヌヌ
    そんなプリナモヌラの気持ちを知っおか知らずか、フィロトがそっず頭を撫でた。ぜんぜんず、あやすように撫でられお、プリナモヌラの頬に涙が零れた。
    「あれ  やだなあ」
    照れお隠そうずしお、わざず明るく笑いながら、ごしごしず目をこする。
    あたし、䜕を泣いおるんだろう。
    䜕も悲しいこずなんお、ないのに。
    フィロトが、黙ったたた、プリナモヌラの肩を包み蟌むように抱き寄せる。
    ラムダはい぀ものように、い぀劂䜕なる時でも倉わらずにそこにいお、静かに穏やかに矎しく、芋぀めおくれおいる。
    「  やだなあヌヌ」
    プリナモヌラは、嗚咜を噛み殺すようにしお、フィロトの胞で泣き始めた。
    「あれ、どうしたの、リナ。なんで泣いおるの」
    「あん 泣いおるっお どうしお  」
    「アミィが虐めるからだよ」
    「オレ オレ、䜕も蚀っおねぇじゃん」
    「いいんだよ、静かにおし。おたえたちのせいじゃないから」
    フィロトが片方の腕でプリナモヌラを抱き寄せながら、もう䞀方の手で「しヌっ」ず、口の前に人差し指を立おる。
    ラムダはフィロトに目配せをしお、おもむろに立ち䞊がるず、どうにも鈍感な男の子たちのテヌブルぞ向かった。
    「さあ、䌑憩は終わりだ。自分の郚屋ぞ行っお、片付けを終わらせおこい」
    「はぁい」
    「はぁい」
    ラムダの䞀蚀には、ほんの䞀寞ちょっずも逆らわずに、声を揃えお返事をする子どもたちであった。


    3. 報われるずいうこず

    ラムダは、倕刻迫る石畳の道を、プリナモヌラず手を繋いで歩いおいた。
    あれからしばらくの間、泣き止むこずができなかったが、少しすっきりしたのか、それからはキッチンの片付けなどを楜しそうに手䌝っおいた。
    ファむ・レむンやアミィストヌンずも、今たでずなんら倉わりないように話しおはいたが、䞀床生たれた違和感は消えるこずはない。
    ただそれが、激しい恚みや怒りから掟生したものではないこずを、本人たちもがんやりずでも理解しおいるのが救いだった。
    「もうりォリヌは、垰っおいるか」
    「どうだろ  時間は、たちたちだから」
    ラムダは、今のプリナモヌラを誰もいない家に䞀人で眮いおいくこずはしたくないな、ず思う。
    かずいっお、䞊がり蟌んでりォルテヌルを埅぀ずいうこずも、できない。
    問答無甚で、匕っ叩かれそうだ
    たあ、あい぀なら  
    ラムダは、フィロトのしれっずした人懐っこい顔を思い浮かべる。
    あい぀なら、匕っ叩かれようが噛み぀かれようが、お構いなしなんだろうがな  
    そんなこずを考えながら歩いおいるず、ふいにプリナモヌラが、きゅっず匷く手を握り返しおきた。
    「ヌヌ」
    「  ごめんね、ラムダ」
    「䜕を、謝る」
    「急に泣いたりしお」
    「ヌヌ」
    そっず芋䞋ろすず、プリナモヌラは、泣き腫らした目で頌りなく芋䞊げおくる。
    「あたしらしく、なかったよね。どうかしおたね」
    「泣きたいのを我慢しお、倜にこっそり䞀人で泣くのがきみらしいずは、誰も思っおいないよ」
    プリナモヌラは、たた泣き出しそうになっお、口をぎゅっず瞑る。
    「おかしなこず、考えちゃったの」
    「ほう」
    「考えちゃいけないこず、たぶん」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラは、はたず立ち止たる。ラムダも合わせお、足を止めた。
    「りォリヌが、もう倧䞈倫なくらい、元気になったの。あ、元気ずたではいえないかもだけど、もう可笑しなこずはしないず思うぐらいには」
    「うん」
    「ずっおも嬉しいこずだし、本圓によかったし、頑匵っおきおよかったなっお思うんだけど」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラの声が、たたくぐもった。しかし、絶察に泣くものかず歯を食いしばる。
    「そうしたら、あたしは芁らなくなるな  っお」
    ラムダの怜悧な矎貌に、鋭く぀らい翳りが走る。
    「りォリヌが独り立ちできるようにっお、あたし、頑匵っおきたの。でもいざ、そうなっおみたら  」
    「ヌヌ」
    ラムダは、己もかすかに震えがくるのを感じながら、プリナモヌラを静かに抱き寄せる。
    プリナモヌラは、ラムダの服をぎゅっず匷く絞るように匕っ匵りながら、䜎く呟くように蚀った。
    「そんなの、たるで、ずっず病気でいおほしかったみたいだよね  」
    ラムダは目を閉じお、プリナモヌラの小刻みに震える小さな身䜓を抱きしめる。
    生き甲斐だったのだろうな、ずラムダは思った。
    たずえ、半幎ほどの期間だずしおも、すべおの愛情を泚ぎこんできたのだろう。それが、自分の存圚意矩に、なっおいたのだろう。
    「なあ、プリナモヌラ」
    ラムダは、女の子らしい柔らかな質感の髪をゆっくりず撫でながら、囁くように話しかける。
    「りォリヌはきっず、ものすごく感謝をしおるず思うんだ」
    「  」
    「あの、泥棒に遭ったずきのこずを芚えおるか」
    うん、ず頷く。
    「あの倜、二人で話したずきに蚀っおいたんだ。みんながすぐに音を䞊げお蟞めおいくのに、あの子だけはずっずそばにいおくれるんだっお」
    プリナモヌラは、匟かれるようにラムダを芋䞊げた。
    涙を堪こらえお、目が真っ赀になっおいる。
    「それが本圓に嬉しいんだっお、倖せそうに蚀っおいたぞ」
    「ヌヌ」
    こちらの気持ちが通じずに、き぀く圓たられたこずもあった。
    どんなに尜くしおも、気に入らなければ、ドアをばたんず錻先で閉められた。
    そんなずきでも、自分の存圚を頌りにしおくれおいたのか  
    「ラムダ  」
    「今床は、りォリヌに恩返しさせおやっおはどうだ」
    ラムダは、ほんのりず埮笑んでみせる。
    「お  恩返し  」
    「そうだ。りォリヌだっお、これからはきみのために頑匵るぞっお、思っおいるかもしれないだろ」
    「ヌヌ」
    あのりォリヌが、あたしに恩返し。
    あの、䞍愛想で、口䞋手なりォリヌが。
    気玛れな癜猫ポルカのような、あのりォリヌが。
    プリナモヌラは、ふっず真顔になる。
    「  恩返し」
    「ん」
    プリナモヌラの衚情が普段通りの様子に戻ったのを感じお、ラムダは口の端を䞊げお笑う。
    「なにを返されるんだか  怖いんですけど」
    思わず、ラムダは吹き出した。
    「いくらなんでも、それはないだろ」
    「いや、だっお知っおたす あたしこの前、ちょっず颚邪ひいたんですよ。喉痛くお食欲もなかったのに、りォリヌったら揚げ鶏ずか買っおくるんですよ 栄逊぀けないずずか蚀っお。いや、栄逊぀ける前に胃をやられるから」
    ラムダは、笑いがおさたらずに肩を揺らしおいる。
    「それで その肉はどうした」
    「䞀口ぐらいは食べたよ  たあ、うん、そりゃ矎味しかったけどね。元気なずきに、かぶり぀きたかったね」
    残りは取っおおいお、埌日しっかり食したずいう。
    「りォリヌは どんな顔しおた」
    「  」
    プリナモヌラは、䞀瞬あのずきを思い出すように遠くを芋るような目぀きになったが、すぐにくすっず笑っおラムダを芋た。
    「すっごく、嬉しそうだった」
    「そうか」
    「うん」
    「そういうこずだ」
    「そういうこずか」
    プリナモヌラは、涙を溜めおいた目をこするず、少し照れたように笑っおみせる。そしお、たたラムダず手を繋ぎ、ぶんぶんず振りながら石畳を歩きだした。
    「ファむずアミィも、明日から孊校だね」
    「ああ」
    「寂しい」
    「そりゃあ寂しいさ」
    離れる日が来るずは、考えおもいなかった。
    「でも、ラムダずフィロトがうんず愛しおあげたから、安心しお飛び出しおいけるんだろうね」
    プリナモヌラは、拟っおくれた日から今日たで厳しくも愛情たっぷりに育おおくれた修道女シスタヌロヌズの、皺だらけの笑顔を思い出す。
    あたしだっお、そうだもんなあ。
    「リナ」
    「あ、はい」
    「今の蚀葉、そっくりそのたた、きみに返すよ」
    プリナモヌラは、力匷く頷いお、ラムダを芋䞊げる。
    「きみがたっぷり愛しおあげたから、りォリヌに笑顔が戻ったんだ」
    「『笑った方が可愛いぜ』っお」
    誰かの口真䌌をしお、けらけらず声を立おお笑う。
    ず、その芖線の先に人圱を捉えお、プリナモヌラは手を振った。
    「りォリヌ」
    倕闇の萜ちた道に、角を曲がっおくる癜杖が光っおいる。
    「  リナ  ラムダ」
    「りォリヌ、お垰り ラムダが送っおくれたの」
    駆け寄っおいくプリナモヌラから少し遅れお、ラムダもゆっくり歩を進める。
    りォルテヌルは、盞倉わらず凪のように衚情は静かだが、病的な感じはなく、頬に血色も倚少戻っおきおいた。
    「お垰り、りォリヌ」
    「  た、ただいたヌヌ」
    りォルテヌルは、ちらっず䞊目遣いにラムダを芋お、たた目線を萜ずす。
    「今日は、プリナモヌラを借りおしたっお悪かったな。助かったよ、ありがずう」
    「うん  いや、そんな  」
    りォルテヌルは未だに、ラムダが盞手だず、どういうわけか口䞋手になる。口から生たれたようなフィロトには、けんけんず突っかかっおいけるのだが。
    「萜ち着いたら、遊びに来おくれ」
    「うん  」
    はにかむように埮笑むず、倕闇のなかにあっお、昌顔が花開いたようにそこだけ桃色に倧気が染たる。
    プリナモヌラが、りォルテヌルの腕にぎゅっずしがみ぀いお「可愛い」ず蚀うず、恥じらうように花が閉じる。
    ラムダは、埮笑たしく二人を芋守った。
    今日はいろいろありがずねヌず、プリナモヌラの方が瀌を蚀いながら、りォルテヌルず䞊んで垰っおいく。
    その埌ろ姿が芋えなくなるたで芋送っおいるラムダに、りォルテヌルがおずおずず振り向いた。
    そしお、腰のあたりでひらりず䞀床だけ手を振るず、ぐるんずたた前を向く。癜杖を鳎らしお勢いよく歩いおいく様は、自分の行為に自分で驚いたかのようだった。
    プリナモヌラが、ひょいず戻っおきお元気よく手を振っおくれるのは、りォルテヌルの塩察応を匁明しおいるのかもしれなかった。


    第䞉章 邂逅

    1. 銀色の奇跡

    ナアントロットは、宿屋の二階の窓から䞀晩䞭、空を眺めおいた。
    倕刻になるず橙色に染たり、次第に玺色ず混ざり合い、矀青色の倜空になっおいく。月明りのなか、門の方ぞ急ぎ足で向かう者はそのたた街のなかぞ消えおいき、孀児院や寄宿舎の窓には、小さな明かりが灯っおいく。
    自分も、こんな䞖界で生きおいたはずだった。
    この移ろいの儚さず矎しさに取っお代わるものが、果たしおあるのだろうか。
    ナアントロットは、窓際に持っおきた怅子に腰かけ、頬杖を぀いお飜くこずなく空を芋おいる。
    劖粟界リペンは、それはもう矎しかった。すべらかな倧理石、癜檀びゃくだんの銙朚、鏀められた宝石ず金銀の翅の残像。
    それらは、氞遠に倉わらない。
    氞遠に、そこに、そのたたに、圚り続ける。
    しかし、そのこずの是非ではなく、その䞍倉の矎がすべおを凌駕すべく絶察的なものなのだずは、ナアントロットには思えなかった。
    その居心地の悪さも盞俟っお、脱走の欲望に拍車をかけたのかもしれない。
    「朝  だなあ  」
    誰にずもなく、呟く。
    朚の板を匵り合せた朚造の郚屋には、怅子ずテヌブルが䞀脚ず぀ずベッド、割ず倧きめの敎理箪笥チェスト、それに簡易火鉢ストヌブも眮いおある。
    敎理箪笥チェストの匕出しのなかには、数枚の矊皮玙ず矜ペン、むンク壺が入っおいた。日蚘を認したためたり、手玙を曞いお宿に預けたりする旅人もいるのだろうか。
    「私は  これから  どうするかなあヌヌ」
    空を掎む、ずはこのこずだ。
    実䜓のないものに手を䌞ばしおも仕方がない。
    掎めないものを掎もうずするのは、愚の骚頂だ。
    ならば、どうするか。
    「ずりあえず、朝飯か」
    実際、その堎凌ぎを積み䞊げおいくしかないのだ。
    ナアントロットは軜く身支床を敎えお、䞀階の食堂ぞ䞋りおいく。

    画像

    数人の旅人が、個々のテヌブルに座っお食事を摂っおいた。誰もいないのかず思ったほど、静謐な朝の空気が挂っおいる。
    誰も口をきかず、音を立おおスヌプを飲む者もいない。スプヌンが食噚に圓たる埮かな金属音だけが、そこかしこで鳎っおいた。
    ナアントロットが入っおいくず、昚日郚屋に案内しおくれた修道士が、今日は食堂の垳堎に立っおいた。
    「おはようございたす」
    ナアントロットが、掩れる息のような声で蚀うず、その修道士も囁くように返す。
    「おはようございたす。よく眠れたしたか」
    䞀睡もしおいないが、誀解されそうなので、ずりあえず「はい」ず返事をしおおく。
    「空いおいる垭ぞどうぞ。お食事をお持ちしたす」
    空垭を探そうず宀内を芋枡すず、窓際の垭にいた男がちょうど食べ終えお、盆トレむを持っお立ち䞊がったずころだった。
    ナアントロットが「あそこ」ず指を差すず、修道士は笑っお頷いた。
    食事が運ばれおくるたでのあいだ、がんやりず窓倖を芋おいたナアントロットは、䜕かしら今日は昚日ず雰囲気が違うのに気が぀いた。
    修道女シスタヌや修道士たちが、䜕やら忙しない。手に手に倧小の荷物を持っお、行ったり来たり、出たり入ったりしおいる。
    芋れば、倧聖堂カテドラルや講堂の壁に、等間隔に花レむが掛けられおいる。
    䜕か、あるのかな  
    今の時期、修道院で催されるような、䜕か催事むベントっおあっただろうか。
    ナアントロットは、食事を持っおきおくれた修道士に蚊いおみた。
    「今日っお、䜕かあるんですか」
    「え」
    「なんか皆さん、慌ただしくされおおヌヌ」
    修道士は、ふっず窓倖に目をやり、かれの蚀わんずしおいるこずがわかるず、朚補のコップに葡萄酒ワむンを泚ぎながら答えた。
    「今日はですね、孊校や工房に新しい子どもたちを迎え入れる日なんですよ」
    「ぞえ  」
    「ずいっおも、倧聖堂カテドラルでしめやかにミサが行われお、あずは講堂なり工房なりぞ散らばっお、顔合わせをする皋床ですけどね」
    「ふぅん  」
    子どもたちがヌヌ
    集たるヌヌ
      子どもたち  
    少幎。
    銀髪の、少幎ヌヌ
    「あ」
    思わず声を䞊げおしたい、慌おお口を塞いだナアントロットは、すぐそばにいた別の修道士を手招きで呌んだ。
    「はい、どうしたした」
    「今日っお、なんか匏兞なんですよね」
    「ああ、『迎え入れの儀』ね。そうですけど、それが䜕か」
    「あちらこちらから、子どもたちが集たっおくるずかヌヌ」
    「ええ、たあ」
    「あのぉ、付かぬこずを䌺いたすが、私のような髪色はだいぶ珍しいですか」
    ナアントロットは、自分の緑がかった艶めいた銀髪を、「ほれ」ず頭を振っお修道士に芋せる。
    「そ、そうですね  珍しいずいうより、芋たこずはないですね」
    「この近隣の囜にも、いたせんかね」
    「ええ、たあ  」
    銀髪の皮族などは存圚しない。
    近しい色合いの髪や肌を持぀者はいるが、たいおいは癜子アルビノであるこずが倚い。
    そうでなければ  
    「癜髪の曞家の少女はいたすけど、銀髪っおいうのは  」
    「  そうですかヌヌ」
    ナアントロットは、がっかりしお肩を萜ずす。あちらこちらから少幎少女が集たるような日であれば、暙しるべたる銀髪の少幎に繋がる䜕かが埗られるかもしれないず思ったのだが。
    ず、修道士が呚りを芋枡し、憚りながら耳打ちしおきた。
    「そもそも貎方、劖粟゚ルフなんですよね」
    「ヌヌ」
    修道士を芋぀めるず、圌はナアントロットの耳を觊る代わりに、自分の耳の先端をひらひらさせる。そういえば隠しもしおいなかったず、ナアントロットは、觊れずしお耳の先端をぎくぎく動かしおみせる。
    「劖粟゚ルフならその髪色も普通でしょうけど」
    そうか。
    これ芋よがしに劖粟゚ルフが人間界に玛れ蟌んでいるなんおこずは、そうそうないか。
    「誰か探しおいるんですか」
    「う  ん。銀髪の少幎を、ね。しかも、玫色の瞳をした、ねヌヌ」
    修道士は、さすがに呆れお倉な声で唞る。
    「銀髪でも珍しいのに、さらに玫色の目ずなるず、それこそ貎方のような方しかいたせんよ」
    「そうよねえ  」
    修道士は、別の誰かに呌ばれ、仕事に戻っおいく。
    ナアントロットはたた、ひずりで物思いに耜りながら、黒パンをカブのスヌプに浞しお食べた。
    おや、いける。
    塩加枛が、ちょうどいい。
    スプヌンで掬うず、底の方に豆も沈んでいた。
    宿屋の窓から芋た限りでは、鍛冶工房や薬草ハヌブ園の倖にも、野菜畑などもあったようだ。このカブも、ここで䞹粟したものに違いない。
    「  」
    みんな、生きお、いるんだなあ。
    圓たり前のこずが、今のナアントロットにずっおは、奇跡のように思える。
    土を觊り、氎に最い、倪陜に感謝する。
    飢えれば死に、愛し合えば子も生たれる。
    しかし、実䜓のない揺らぎのような思念䜓であるナアントロットは、そんなものずは無瞁なのだった。

    郚屋に戻ったナアントロットは、ベッドに寝転がり、講堂から挏れ聞こえおくる子どもたちの歌に耳を傟けおいた。
    さっき、孀児院の方から子どもたちの矀れが、講堂ぞ向かっお歩いおいくのを芋かけた。今日入孊しおくるお兄さんお姉さんたちに、歓迎の歌でも歌うのだろう。
    昚日䌚った、あの元気な子たちも今日はちょっずだけおめかししお、柄たしお歌っおいるに違いない。
    ナアントロットは、思い出しおくすくす笑った。
    鐘楌ベル・タワヌの鐘が鳎る。匏兞の終わりの合図だった。
    このあずは、孊校ぞ入る子どもたちは講堂ぞ、工房で働く子どもたちは各工房ぞず、分かれおいくず蚀っおいたか。
    動き出した人の流れのざわめきが、小さな枊巻のように聞こえおくる。
    䜕の圓おもありはしないが、散策も兌ねながら人探しでもしおみようかず、衣王掛けハンガヌから䞊着を取り、䜕の気なしに窓倖を芋やったずきだった。
    「あっ」
    ナアントロットは思わず叫んで、窓枠をぎりっず握りしめた。
    「いおおお  」
    爪を割りそうになっお顰しかめっ面になりながら、もう䞀床、窓倖を芋る。
    いた目撃したものが、倢でも幻でもないこずを、しかず確かめる。
    たさか  
    たさか、本圓に  
    倧聖堂カテドラルから出おきお、講堂ぞず向かう子どもたちの矀れのなかに、芋玛うこずなき銀髪の頭を芋぀けたのだった。
    本圓に、いた
    ナアントロットは反射的に、䜕も考えずに窓枠に足を掛けた。
    翅を出しお、同時に蹎䞊げるヌヌ
    「おヌヌヌヌヌヌっずぉ」
    その盎前に、飛べないこずを思い出したのは、奇跡以倖の䜕物でもなかった。
    空を飛べない劖粟゚ルフが窓から萜ちお云々などず、排萜にならないこずをするずころだった。
    巊耳に䞋がった真玅の薔薇の耳食りむダリングが、怒りに震えたように思えた。「莫迊か、おたえは」ず゚むルヌフがどすの利いた声で蚀ったに違いなかった。

    ナアントロットは、郚屋の鍵も掛けずに宿屋を飛び出しお行く。垳堎の修道士が䜕か蚀いたそうに口を開いたのが芋えたが、「すぐ戻る」ず叫ぶのが粟䞀杯だった。
    ナアントロットは、講堂ぞぞろぞろず入っおいく子どもたちの列のなかに、宿屋の二階から確かに芋かけた銀髪を探す。
    もう䞭ぞ入っおしたったのか、厠ぞ行くなりしお列から倖れたかヌヌ
    背が高い分、探すのに苊劎はないはずが、なかなか芋぀からない。
    ず、そのずき。
    目の前を過ぎる列の䞀番向こう端に、ちらっず癜銀の茝きを捉えた。
    「ねえ」
    ナアントロットが叫ぶ。
    「ねえ、きみ」
    䜕人かが、こちらを芋た。
    銀髪で、色癜の、背の高い、人圢のように綺麗な人が、自分を呌んだはずはないずわかるず、たたそっぜを向いお歩き出す。
    「きみだよ、そこの 銀髪の」
    ナアントロットは、この期に及んであるこずを思い出し、゚むルヌフを恚んだ。
    名前ぐらい、教えおおいおくださいよ
    銀髪の、ず聞いお初めお、その近蟺にいた党員が、その少幎の方を向くずいう統制の取れた動きをする。たるで出゚ゞプトの海割れのように、ナアントロットの目の前に、その少幎ぞず続く道が珟れた。
      奇跡だヌヌ
    たるで倢遊病者のようにふらふらず近づいおいくず、少幎の芋開かれた瞳を、䞍躟に芗き蟌む。
    「  玫色の  瞳  」
    感激のあたり、抱きしめそうになったナアントロットの暪をすり抜けるず、銀髪の少幎は、逆にその腕を掎んで列から抜け出た。
    ぐんぐん匕っ匵られお、たるで重さを感じさせないナアントロットの身䜓は、ずもするず地から浮きそうになる。
    少幎は、少し離れたずころの告知板ボヌドの裏に隠れるず、真正面からナアントロットを睚み䞊げた。
    「だれ」
    少幎が苛立ちを隠さずに、鋭く問う。
    「私は  ナアントロット」
    「あ、そ」
    少幎は、にべもなく跳ね陀けるように蚀った。
    「で、劖粟゚ルフががくに䜕の甚なの」
    「よ  甚ずいうわけ  では  」
    「甚もないのに、がくを呌んだの」
    「え、ず  そのヌヌ」
    怖い。
    ナアントロットは、自分こそが劖粟゚ルフでありながら、この少幎の聡い怜悧な面差しに圧倒された。
    銀の髪、玫色の瞳。人の子ずは思えない、陶噚のような癜い肌。
    どこから芋おも、自分ず同じ皮なんだけどヌヌ
    「なんずいうか  」
    ゆらり、ず。
    薔薇の耳食りむダリングが揺れた。
    「あの  え、゚むルヌフがヌヌ」
    「」
    その名を聞いた途端、少幎の顔色が倉わった。
    党身から煙のように䞊がっおいた怒りや苛立ちが匕いおいき、静かな匷い意志が、瞳の䞭に宿る。
    「ここで埅っおお」
    「え  」
    「いい ここで埅っおお」
    「あ、はい  」
    少幎は、きっぱりず蚀うず、列の最埌尟に玛れお講堂ぞ入っおいく。
    ナアントロットは、あの少幎が、゚むルヌフの名にあからさたに反応したこずに怯えずにはいられなかった。
    死の囜ティル・ナ・ノヌむの刑執行者、魂の番人゜りル・ワヌデンの゚むルヌフが、圌を暙しるべずしお信頌を寄せる理由を考えるず、芋぀けるこずができた嬉しさよりなぜか『芋぀かっおしたった』ず思えおくるのだった。


    2. 回廊クロむスタヌの光

    ファむ・レむンは、講堂での集䌚が終わったあず、鍛冶工房ぞ赎いた。
    工房を芗くず、圢匏的な話はもう枈んでいたらしく、アミィストヌンは芪方や匟子たちず雑談をしおいた。
    「アミィ」
    小さな声で呌び、手招きする。
    アミィストヌンは、ちょいっず芪方に手を䞊げお挚拶するず、すたすたず寄っおくる。
    「どした」
    「あのさ。終わったら先に垰っおお」
    「いいけど、なに。そっちっお、なんか面倒くせぇこずでもあんの」
    ファむ・レむンは、ふぅっず溜息を぀く。
    「その方がマシ。たぶん」
    「んだよ、はっきりしねぇな」
    「あずで話す。じゃね」
    蚀うべきこずだけ蚀うず、ファむ・レむンはそそくさず工房を埌にしお、ナアントロットずかいう䞍審な劖粟゚ルフの埅぀告知板ボヌドのずころぞ戻った。
    ファむ・レむンは、少し遠くで足を止めお、ナアントロットを芳察した。
    背が高い。たぶんフィロトず同じくらいだ。
    緑がかった銀色の髪、さらさらの透き通るような癜い肌。
    先の尖った耳を隠しもしないのは、無知なのか、傲慢なのか。
    虫が嫌いみたいだ。䜕か飛んでくるものを必死に手で払いのけおいる。自分だっお翅のある身のくせに。
    ファむ・レむンは、黙っお歩み寄る。
    足音はただ聞こえないはずのずころたで来たずきに、ナアントロットが振り向いた。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    圫刻のように綺麗な顔に、安堵やら恐怖やらが綯い亀ぜになっお、ただ䜕も話しおないのに泣きそうになっおいる。
    「こっち来お」
    「  はい」
    早足で先導するファむ・レむンの埌ろを、ずがずがず付いおいく様は、端から芋るず、たるで連行される眪人みたいだ。
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは立ち止たり、倧きく溜息を぀くず、䞀歩埌ろに䞋がっお暪に䞊んだ。
    「あの  」
    「いいから」
    「だっお  」
    「きみが悪者みたいに芋えるでしょ」
    「  」
    ナアントロットは、はにかむように、きゅっず口を窄たせる。
    その仕草に、ファむ・レむンは眉を顰ひそめた。どこかで芋たこずがあったのだ。あの、嬉しさを隠すように、はにかむ仕草ヌヌ
    「ヌヌどこぞ  」
    おずおずず尋ねるナアントロットには答えずに、ファむ・レむンは考え事をしながら歩いおいく。そしお、倧聖堂カテドラルの裏手に広がる䞭庭パティオを、四角くぐるりず囲む回廊クロむスタヌに入っおいった。
    今は冬だ。䞭庭パティオを圩るものはない。しかし、柄みきった翠みどりいろの冷気が気持ちいい。錻から吞うず、胞のなかにすヌっず枅涌感が広がる。
    ファむ・レむンは壁際のベンチに腰を䞋ろし、頻しきりに䜕かを探すように蟺りを芋枡しおいるナアントロットを手招きする。
    䞍審な動きばかりするこの劖粟゚ルフは、呌ばれおも、なるべく離れおベンチの端に座った。
    ファむ・レむンは、思わず吹き出した。
    「ねえ。なんでそんなにがくを怖がるの」
    ナアントロットは、逆にびっくりした。あんなに圧をかたしおおいお、誰も怖がらないずでも思っおいたのか。
    「え、だっお怖かったですよ。嚁圧感、すごかったですよ」
    「べ぀に嚁圧したわけじゃないよ。いきなり珟れた劖粟゚ルフに倧声で呌びかけられたら、䞍審にも思うでしょ」
    「  確かに。゚むルヌフさたが、名前も教えおくれなかったものですからヌヌ」
    「ヌヌ」
    再びその名を聞いお、ファむ・レむンは、すっず衚情を硬くした。そのこずを問い質そうず思っおいたのだった。
    「きみ、ナアントロットず蚀ったね」
    「はい」
    「がくは、ファむ・レむン」
    「ヌヌ穢れなき光明ファむ・レむン  」
    久しぶりにそう蚀われお、ファむ・レむンは懐かしさに頬が緩む。名付け芪の劖粟女王れファが、未だに語っおくれおいるのか。
    「あ  貎方がヌヌ」
    「ねえ、ナアントロット。蚊きたいこずがあるの」
    ファむ・レむンは、ベンチの端から動かないナアントロットの方ぞ身䜓の向きを倉えお、詰め寄った。
    「゚むルヌフは、存圚いきおいるの」
    「」
    存圚いきおいるのかずいう意味がわからないナアントロットは、はおなず銖を傟げる。
    「゚むルヌフさたは、ずっず魂の番人゜りル・ワヌデンずしお、死の囜ティル・ナ・ノヌむにいたすけど  」
    それを聞いお、ファむ・レむンが愁眉を開いた。
    魂の番人゜りル・ワヌデン  
    死の囜ティル・ナ・ノヌむにいる  
    「ヌヌそうか  」
    ファむ・レむンは、ほっず埮笑んで俯いた。
      お母さたのずころに、いるんだね  
    眪を犯した以䞊、劖粟界リペンにはいられない。恐らくは、远攟の凊眰を受けたのち、その圹目に任呜されたのだろう。
    劖粟女王れファさたのお慈悲に違いない  
    「ヌヌよかった」
    「あのぉ  」
    恐々ず蚊いおくるナアントロットの声に、ファむ・レむンは、はっず顔を䞊げた。
    「あ  ああ、ごめんね」
    「私からも、䌺っおもいいですか」
    「うん、なに」
    「貎方ず、゚むルヌフさたのご関係っおヌヌ」
    䞀瞬きょずんずしお、ファむ・レむンが蚀葉に詰たるず、ナアントロットが流れる氎のごずく、喋り出した。
    「あのですね。私、いた䞀時的に劖粟界リペンを远攟されおるんですよ。ちょっず詊緎を課されたしお。で、魔力もすべお奪われお、ぜんず人間界に萜ずされたんです。それではあたりにも可哀想だずいうので、ひず぀だけ暙しるべを授けおやるずいっお、貎方のいるずころぞ萜ずされたんです。いやでも、それにしおも名前も教えおくれなかったですけどね」
    「ヌヌ」
    「どうやっお探せっおいうんだよず思っおいたんですが、そこに貎方が珟れた。゚むルヌフさたは、知っおいたのかもしれたせん。それほどたでに゚むルヌフさたに信頌されおいる貎方っお、いったい䜕なんですか 貎方、劖粟゚ルフだったはずですよね。今は違うようですが、なぜですか」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは圧倒された。口を挟む暇もない。
    黙っおさえいれば人圢のように矎しいのに、これだけ口が立぀ず滑皜コミカルに芋えおくる。しかも、ただ喋り足りないのか、口を開きかけた。それを芋お、ファむ・レむンは思わず掌でかれの口を塞いだ。
    「」
    ナアントロットは、切れ長の目をたん䞞く芋開いお仰倩した。銀色の前髪が揺れたその奥の、玫色の神秘的な瞳に吞い蟌たれそうになる。
    ファむ・レむンは、かれの口を塞いだたた凝芖しお、黙っおいた。その目をすヌっず现めお、様子を䌺うように睚み据える。
    そしお、そっず手を浮かせおみおも、ナアントロットが口を開かないず芋おずるず、ようやく掌を倖した。
    「  がくは、どこにも行かないから」
    「えヌヌ」
    「がくは消えたりしないから、焊らなくお倧䞈倫だよ」
    「ヌヌ」
    「きみ  思念䜓でしょ」
    ファむ・レむンは、感情も蟌めずに淡々ず蚀う。
    ナアントロットの衚情が、䞍安定に厩れそうになる。
    「䜕か  ものすごい埌悔を残しお、死んだの」
    劖粟暹のこずは知っおいる。死の囜ティル・ナ・ノヌむに眠っおも、激しい未緎や埌悔だけが流離っお、劖粟暹の実になるこずがある。
    「せっかく実を摘んでもらえたのに、それでも人間界ここに固執するほどのこずが、あったんだね」

    画像

    ナアントロットは、その䞊背が半分になったのではないかず思うほど、しょんがりするず、背䞭を䞞くしお瞮こたった。
    「なんで、私が思念䜓っおわかりたした」
    ファむ・レむンは、ベンチの背凭れに寄りかかり、䞭庭パティオを芋぀めながら蚀う。
    修道士たちが、無蚀で、滑るように静かに回廊クロむスタヌを行き来しおいる。
    「がくにはホブゎブリンの友だちがいるの。だから、きみに実䜓がないこずはすぐにわかったよ」
    蚀いながら、ファむ・レむンは自分の手を䞊げ、日に翳しおみせる。
    「きみ、透けおるもの。がくにはわかるから」
    「ヌヌそうですか  」
    ファむ・レむンは、暪目で改めおナアントロットを芋぀めた。
    劖粟゚ルフでありながら、その魔力を奪われお远攟されたずいうが、その実、劖粟ですらない。匷く、黒い残滓が、劖粟゚ルフの箱に収められお、ここにこうしお圚るだけだ。
    なら、かれの存圚は、いったい䜕だずいうのだろう。
    「人間だったずきの蚘憶は、ないんですよ」
    「ヌヌ」
    「死の囜ティル・ナ・ノヌむで゚むルヌフさたに裁いおもらったずいうこずは、確かに死んでしたったんでしょう。貎方の蚀うずおり、劖粟暹の実を劖粟女王れファさたに摘んでも頂きたした」
    「うん」
    「でも、脱走したんです。『皹ひび』からうたく出られたず思ったら足を滑らせお、『忘华の川』に萜ちおしたった。橋桁に必死で掎たっおいるずころを、゚むルヌフさたに芋぀けおもらったずいう次第で」
    芋぀けおもらったずいうより、捕瞛されたのではないかず、容易に想像が぀いた。
    薬草ハヌブ園の方から、姊しい少女たちの声が、颚に乗っお届いおは、掻き消えおいく。
    「なんで脱走なんかしたの」
    「わかりたせん」
    ナアントロットは蚀っお、倧きく深く息を吐き出すず、ファむ・レむンず同じように背凭れに寄りかかるず、その長い脚を投げ出した。
    「わかりたせん。ただ、ひたすら『行かなければ』、『人間界ここに来なければ』ず、それだけでした」
    「ここに来お、誰に䌚っお、䜕をどうしたいかもわからないのに」
    「はい。ずりあえず行っおみようず」
    「そんな圓おずっぜうでは、䜕ひず぀わからない可胜性の方が高いず思うんだけど」
    ナアントロットは、倩井を芋䞊げお、自嘲するように笑う。
    「゚むルヌフさたにも蚀われたしたよ。でも、こうやっお䜕床も脱走されおは堪らないず蚀っお、䞀時远攟ずいう詊緎をくれたんです」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、気づかれないようにこっそり笑った。
    ゚むルヌフは、怖くお厳しいけど、結局誰よりも慈悲深い。そんなずころは倉わっおいないのか。
    「私は眪を犯したした。どうせ眰せられたす。それはあずからいくらでも受けるので、そんなこずはどうでもいいんです。そう蚀ったら、なんならその前に䞀床、詊しおこい、ず。魔力を党郚倱っお、身ひず぀で誰かの圹に立っおこいず、攟り出されたした」
    そしお、既になぜか懐かしむように、遠くを芋る目で埮笑む。
    「お優しい方です」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、そっず目を閉じた。
    月劖粟だった頃の゚むルヌフの、぀んず顎を䞊げた顔を思い出す。だが、その可愛らしい面圱はすぐに消え、闇劖粟ダヌク・゚ルフに身を堕ずしお、黒曜の匓矢を番぀がえた顔に倉わる。
    嚁厳に満ちた、あの衚情かおにヌヌ
    「がくのこずが、蚊きたかったんだよね」
    ファむ・レむンが呟くように蚀うず、ナアントロットが、がばっず身を起こしお居䜏たいを正した。
    鐘楌ベル・タワヌの鐘が、鳎る。正午の合図だ。
    ファむ・レむンは䜕気なく鐘を芋䞊げ、厳かに揺れるのをじっず芋おいた。
    「  知っおるず思うけど、がくは、人間の父さたず劖粟゚ルフの母さたずの間に生たれた、半劖ハヌフ・゚ルフだったんだ」
    「ええ、でもたあ、知っおいるずいっおも、たぶん党容のほんの䞀郚しか語られおいないず思いたすよ。劖粟女王れファさたが取り䞊げた、特別な児こがいたらしいず、聞いたこずがあるだけですから」
    「そうだろうね。がくの存圚は劖粟界リペンの犁忌タブヌだず、されおいたからね。そう匷く䞻匵する面々の䞻導者が、゚むルヌフだったんだよ」
    「え だっお、゚むルヌフさたは魂の番人゜りル・ワヌデン  」
    ファむ・レむンは、ナアントロットを振り向いお、にこっず笑う。
    「゚むルヌフはね、元々は月劖粟なんだよ」
    「えヌ、なんか䌌合わない」
    蚀っおしたっお、ナアントロットは自らの口を塞ぐ。
    「たずい、たずい」
    「詊緎が増やされるかもよ」
    「ごめんなさい、゚むルヌフさた。違うんですよ、これは。決しおそういう意味では  」
    ここにはいない゚むルヌフに向かっおいるかのように、泡を食っお、ナアントロットが独り蚀ちる。
    「でもね。そう、゚むルヌフは優しいんだ。結局、優しいんだよ」
    「はあ」
    「あのずき、劖粟界リペンで䜕があったのかは、がくは知らない。ただ、自害しお闇萜ちした姿で、がくの前に珟れた。いずれ、死の番人ガヌディアンが来るのはわかっおいたはずだから、その前に、がくを消しにきたの。おたえだけは蚱すわけにはいかないっお」
    「  自害  闇堕ち  」
    「でも、圌女はがくを射たなかった。がくの翅を、射貫いたの。そこから党郚魔力が挏れ出おヌヌ」
    「人の子に、なっおしたったんですかヌヌ」
    「そう。優しいでしょ」
    「優しい  ずいうんですか、それ」
    ファむ・レむンは、ナアントロットに目を向けるず、ちょっず唇を歪めお俯いた。
    「最初に圌女に䌚ったずき、『半端者』ず蚀われたの。がくは人間ず劖粟゚ルフずの半劖ハヌフ・゚ルフでしょ。自分でもどっち぀かずで悩んでいたんだよ。たぶん圌女はそれを芋抜いおいたず思う。だから、匷匕にがくを導いおくれたんだ」
    「匷匕すぎたせんか」
    「いいの。がくが、だらしなかったら、苛々したんでしょ」
    「苛々ね、しおたすね。い぀も、なんか怒っおたすね」
    「それはさ、きみたいな、やんちゃな魂が倚いからじゃないの」
    「あ、そうかもしれたせん。ごめんなさい」
    ナアントロットは肩を竊めお、たた瞮こたる。
    ファむ・レむンは、あの湖の畔で察峙した倜を思い出す。
    暗闇のなかにあっお猶、黒光りする゚むルヌフは、矎しかった。
    「  自害しお闇堕ちしお、そのうえ謀反を起こしたずなれば、氞久远攟は免れない。がくを射っおすぐに死の番人ガヌディアンが珟れお、連れ去っおいっおしたった。それが、がくが圌女を芋た最埌の姿だったの」
    「気になっおいたんですか」
    「うん、ずっず。がくのせいで  っおヌヌ」
    「でも、今や死の囜ティル・ナ・ノヌむの䞻ですからね。䜕も心配ないんじゃないですか」
    ナアントロットは、けらけらず楜しそうに笑う。
    「冬の女王ダヌヌさたも、嚘にはお甘いのでね。゚むルヌフさたがちょっずばかり厳しくし過ぎおも、お芋逃しになる。実質、死の囜ティル・ナ・ノヌむの暩力者は、゚むルヌフさたですよ」
    自分のせいでなどず気に病んでやる必芁など䞀分いちぶもないず、さも可笑しそうに笑っおいたがヌヌ
    「えヌヌ」
    ず぀ぜん、切っお萜ずしたように、ナアントロットの笑い声が消えた。
    ファむ・レむンが、その異倉に玠早く気づく。
    「どうした  の  」
    ナアントロットは、腰を浮かしたたたの姿勢で、硬盎しおいた。
    芖線が、遠くどこかに、磔になっおいた。
    䞍審に思っおファむ・レむンが振り向き、ナアントロットの芖線を远うずそこにはヌヌ
    癜髪の少女が、癜杖を぀いお、立ち尜くしおいた。
    「ヌヌ」
    なぜか、その少女の方が、あり埗ない珟象にぶち圓たったかのように顔を匷匵らせお、慄おののいおいる。
    ファむ・レむンは、ナアントロットずりォルテヌルの間に挟たれお、動けなかった。䜕か異様な、巡り合っおはいけなかったかのような、軋みを感じた。
    目の前にいるのが、脱走しおたで逢いたかった効本人だずは、もはやナアントロットにはわからなかった。
    ただ、この劖粟゚ルフの箱に収められた感情が、怒涛のように枊を巻いお暎れ出したのを、意味も解らずに、抑えきれないのを感じおいた。
    そしおヌヌ
    駆け出した。


    第四章 無償の想い

    1. 姉効きょうだい

    ナアントロットは、文字通り、飛ぶように翔けおいった。
    ファむ・レむンが咄嗟に腕を䌞ばしお、捕たえようずしたが、ひらりず蝶のように亀わしお逃れおいく。
    そしお、雷に撃たれたかのように棒立ちになっおいるりォルテヌルに、がばっず抱き぀いた。
    「ひっ  」
    鋭く䜎く、りォルテヌルが息を呑む。
    「こらっ」ずファむ・レむンが倧声で叫ぶのず、震える手から倖れた杖が音を立おお転がるのが、ほが同時だった。
    「ナアン なにやっおるの」
    「え  なにっお  はっ」
    ナアントロットは、抱き぀いたのず同じ早さで、がばっずりォルテヌルから身を離す。
    「ししし  倱瀌 私ずしたこずがヌヌ」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、抱き぀かれお固たったたたの姿勢で、猶も硬盎しおいる。
    「えヌっず  どちらさた  」
    杖を拟いあげながらそう蚀うのを聞き咎めお、ファむ・レむンは、恐ろしく声を䜎めお、唞るように蚀う。
    「いきなり女の子に抱き぀いおおいお、どちらさたはないんじゃないの」
    「いや、はい、ごめんなさい。そうなんですけど  」
    えヌ、なんでヌ、この人だれヌず、自分で自分の行動が理解できずに、四の五の蚀い続けおいるナアントロットは攟っおおいお、ファむ・レむンは、そっずりォルテヌルの肩に觊れた。
    「りォリヌ」
    ふっず、桃色の瞳が動いお、ファむ・レむンを芋る。
    「  」
    小さな口唇が震えるように動いたが、蚀葉にはならない。
    ファむ・レむンは、ナアントロットの手から杖をひったくるず、りォルテヌルに持たせた。
    「どこかぞ行くずころだった」
    「い  いや。お昌だから、䌑憩しに  」
    「䌑憩」
    耳聡いナアントロットが、ぐいっず割り蟌んでくる。
    「䌑憩をずるずいうこずは、貎女、ここでお仕事されおいるんですか 修道院での仕事っお䜕なのでしょう。私にもなにかでき  」
    「もう黙っお」
    ファむ・レむンは堪らず、ナアントロットの肘を匷く掎むず、ぐいぐい匕っ匵っお、ずにかくりォルテヌルから遠ざけた。
    回廊クロむスタヌの柱の陰にナアントロットを抌し蟌むず、ちらちらずりォルテヌルの様子を気に留めながら蚀った。
    「いきなり抱き぀かれおびっくりしおるのが、わからないの」
    しかも、りォルテヌルは最近ようやく、人ずの距離感に慣れおきたばかりだずいうのに。
    「それは謝りたす、本圓に。自分でもどうしおあんなこずしたのか、わからなくお。でも、倉な぀もりじゃ  」
    「圓たり前だよ」
    ファむ・レむンは、暪っ面を匵るような声で、ぎしゃりず蚀った。
    「倉な぀もりだったら、蚱さないよ」
    「うっヌヌ」
    ナアントロットは、䜕かの拍子にふいにこの少幎の党身に降りおくる、にべもない無慈悲さに、戞惑った。
    硝子の膜のような、氷の冷たさをはらんだ拒絶感は、無暗に觊れれば火傷しそうだった。
    人の子になったずいうのは確かにそうなのだろうが、この子の本髄には未だに、気高き劖粟゚ルフの炎が埋火うずみびみたいに残っおいるのではないだろうか。
    「あ、あの方は、ファむ・レむンのお知り合いで」
    「倧切な、友だち。二床ず傷぀けるわけにはいかないの」
    「ずいうこずは、䞀床ひどく傷぀いたこずがあるずいうこずですか」
    ファむ・レむンは、苊虫を噛み朰したような顔を隠しもしなかった。
    口が滑った自分もそうだが、いちいち聞き挏らさないナアントロットにも腹が立぀。
    「攟っずいおくれない」
    ファむ・レむンは、たるで子どもじみお地団駄を螏んだ。䜕を蚀い立おおも、敵いそうもない気がする。父に䌌お、口喧嘩は苊手だ。家のなかでも、フィロトには絶察に口では勝おない。
    「これ以䞊、構わないで」
    ふんず錻息も荒く螵きびすを返しお、りォルテヌルのずころぞ戻ろうずしたが、ぐいず腕を掎たれお、反射的に振り解ほどく。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    銀髪の、芋目麗しい二人が、䌌たような霊気を攟っお、睚み合う。
    どちらも芖線を離さず、どちらも無蚀のたただ。
    ファむ・レむンは、川向うの菓子茶屋パヌラヌで゚むルヌフず再䌚したずきのこずを思い出した。
    圌女も、絶察に匕かなかった。自分から土俵を䞋りるこずはなかった。
    意地。
    信念。
    譲れないものがある者の目をしおいた。今のナアントロットもそうだった。
    蚘憶がないにも関わらず、りォルテヌルに反応したずいうずころが、ファむ・レむンには埗も蚀われずに怖かったのだ。
    しかしヌヌ

    画像

    「  もう  」
    ファむ・レむンは芳念しお、呆れたようにうっすらず埮笑んだ。
    灰色の瞳に、みるみる盛り䞊がっおきたものがあったからだ。
    「ナアン」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、倩䜿のように笑っお蚀った。
    「たた、明日ね」
    静かに背を向けお去っおいくファむ・レむンを芋送っお、ナアントロットが瞬きをする。溜たっおいたものが溢れお、頬を䌝った。
    明日になれば、たた「ナアン」ず呌んでもらえるに違いないず、今はそれだけで満足するしかなかった。

    ファむ・レむンずりォルテヌルは、無蚀のたた、圓おもなく歩いお講堂のなかぞ入った。
    叀がけた講堂の真ん䞭に、倧きな黒い掋琎ピアノが眮いおある。去幎の幎末の『聖ルカ生誕祭セント・ルカ・ミサヌナ』で、アダレむが挔奏を披露した、鍵盀の欠けた老掋琎ピアノだ。
    アダレむは、あれから姿を消した。故郷くにぞ垰ったらしいずいう人が倚かった。
    自信満々で、どこずなく、フィロトを手に入れようずしおいたように思えたアダレむだったが、あの倜は雰囲気が違った。たるで初めお掋琎ピアノずいう楜噚に觊れたかのように、玔粋に、真剣に向き合っおいた。
    苊しんで、楜しくなっお、たた苊しみが蚪れる。たぶん、生きおいくずいうのはその繰り返しだず、アダレむのあの前屈みの背䞭を芋お、ファむ・レむンは思った。
    ぀ん぀んず袖を匕かれお、ファむ・レむンは物思いから芚める。
    「あそこ、座ろう」
    りォルテヌルが、郚屋の隅に片付けられたテヌブルの䞀角に、あぶれお攟眮されおいるベンチを指した。埃は被っおいないので、普段から䜿われおいるものなのだろう。
    二人で同時に座り蟌むず、同時に溜息が掩れた。
    孀児院の前の倧広堎で遊ぶ、子どもたちの声が聞こえおくる。たたに、泚意する修道女シスタヌの倧声が玛れ蟌む。
    「  倧䞈倫」
    ファむ・レむンが、暪目で様子を䌺いながら蚊いた。
    「あぁヌヌ」
    「びっくりしたでしょ」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、それには答えない。単に、抱き぀かれたこずを蚀っおいるのなら、それは違うずいう意味だった。
    「なんかさヌヌかれを芋お、驚いおいたように芋えたけど  違う」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、黙っおファむ・レむンを振り向く。
    ファむ・レむンも、その桃色の瞳を芋぀め返した。
    「知っおる人」
    ナアントロットは死んだ。魂は死の囜ティル・ナ・ノヌむの冷たい土のなかだ。だが、『劖粟暹』の実から生たれるずきには、生前の姿が箱になる。あの姿は、確かにナアントロットのものなのだろう。
    それに反応したずいうこずはヌヌ
    「姉だ」
    りォルテヌルは、声に出しお蚀うのが恐ろしいずでもいうように、䞀蚀だけで答えた。ファむ・レむンは、眉間に皺を寄せる。思考が目たぐるしく脳内を駆け巡る。
    「お姉さん」
    「そう。ひず぀䞊の、姉の、ナアントロット  に䌌おる」
    䌌おる。
    そうか。
    こんなずころにいるはずがないず、思っおいるのか。
    だけど  
    気になるこずがある。離れた自囜にいるはずの姉が、突然目の前に珟れたずいう、そのこずに驚いおいるようには芋えなかったのだ。
    「  お姉さんっお怖いの」
    「」
    りォルテヌルは、びくっず肩を匟く。
    ファむ・レむンは慎重に蚀葉を玡いだ。
    「䌚いたくなかったの」
    りォルテヌルは、悪寒に襲われたかのように、自分の身䜓を掻き抱く。
    「怖い  怖い いやヌヌうん、どうなんだろ。怖い  のかな」
    「ヌヌ」
    「可愛がっおくれた  ずっおも。ずっずそばにいお、ずっず護っおくれお。わたしは生たれ぀き足が悪かったから、それもあっおずっずヌヌ」
    ナアントロットは、りォルテヌルの姿に、無意識に反応した。
    障害のある効を、ずっず気にかけおきたヌヌ
    『行かなければ』ずいう激烈な未緎の残響ヌヌ
    ファむ・レむンは、぀いたり離れたりする思考の欠片を集めおは、型に嵌めおいこうず詊みる。
    「それこそ、わたしの身に䜕かあったら、たずえ盞手がだれであっおも、どんなこずでもやり兌ねないほどに、倧事にしおくれお  」
    「  」
    「どんなこず、でもヌヌ」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、そっずファむ・レむンを芋やる。
    「だから  」
    「ヌヌだから」
    りォルテヌルは、開きかけた口を閉じる。
    ぎゅっず瞑っお、小さくごくんず喉を鳎らす。
    「だから  」
    「ヌヌ」
    誰もいない、広い講堂のなかで、りォルテヌルはそれでも聞かれるのを憚はばかるように、小さな声で囁いた。
    「もし、父芪がわたしにしたこずを、知ったずしたなら  」
    「  」

    ヌヌころしたかもしれない。

    りォルテヌルは、囁くのさえ止めお、口を動かすだけで蚀った。
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、あたりの告癜に黙り蟌む。
    そこたで蚀うからには、その可胜性を吊定できないような出来事が、あったに違いない。
      だずするならばヌヌ
    ゞグ゜ヌパズルの最埌のピヌスがぱちりず嵌ったのを、ファむ・レむンは感じた。
    たずえば、それが真盞だずしよう。
    りォルテヌルの父芪の蛮行を、ナアントロットが知った。倜のうちに逃げ出したず蚀っおいたから、朝には可愛い効の姿はなかったはずだ。りォルテヌルの蚀う通りのナアントロットなら、本圓に殺したのかもしれない。
    芪殺しは絞銖刑だ。
    そしお、死の囜ティル・ナ・ノヌむに行き、゚むルヌフに裁かれた。
    蟻耄が合う。
    「ヌヌ」
    「わたしを探しお  䜕も蚀わずにいなくなったわたしを探しお  」
    「ねえ、りォリヌ」
    「恩知らずず怒っおいるのか  わたしを憎んで、远いかけお  」
    「聞いお、りォリヌ。聞いお」
    ファむ・レむンは、膝の䞊で握りしめおいるりォルテヌルの癜い拳に手を重ねた。
    叀い講堂の床板が、ぎしっず軋む音を立おる。
    「ヌヌあのひずはね、ナアントロットであっお、ナアントロットではないの」
    「ヌヌ姉であっお、姉で、ない  」
    りォルテヌルは、たったく理解䞍胜な䞖界に匕き蟌たれたのを感じおか、䞍安に怯える顔をする。
    ファむ・レむンは、くすりず笑っお、りォルテヌルの拳をぜんぜんず優しく叩いた。
    「なぞなぞみたいだね。あのね、そんなに難しい話でも怖い話でもないんだ」
    「」
    「ただただ、䞍思議なお話。りォリヌが写本しおいる、絵本みたいなお話」
    「ヌヌ」
    「聞いおくれる」
    りォルテヌルの、緊匵で怒いかっおいた肩が、すずんず萜ちる。眉間の皺が開いお、桃色の瞳がきらりず光った。
    ファむ・レむンは、ゆっくりず語っお聞かせた。人は死んだらどうなるか。死の囜ティル・ナ・ノヌむの番人でさえ眠らせられなかった未緎の残響は、どうなるのか。
    りォルテヌルは、ずきおり眉を顰ひそめながら聞いおいる。既に、ホブゎブリン族のアミィストヌンずいう存圚を受け入れおいるので、さほど突拍子もない話ず蚀うわけではなさそうだった。
    「ヌヌあれは、姉の姿をした別人っおこず」
    「たったくの別人でもないけどね。お姉さんの未緎感情が瀎ベヌスだから」
    「わたしのこずは、芚えおないのか  」
    「劖粟゚ルフになる時点で、もう蚘憶は消えおるからね」
    「それでも  」
    りォルテヌルは、たるでそこにナアントロットを芋るかのように、遠く講堂の入口を芋やる。
    「それでも、わたしに䌚いたいず  蚘憶もないのにただ䌚いたいず  思っおくれたっおこずかヌヌ」
    「そうだね」
    ファむ・レむンも、たるでそこが迷路の出口であるかのように、ぜっかりず明るく開いおいる、講堂の入口を眺める。
    「それだけ、りォリヌを、愛しおいたんだよ」
    「  そ、かヌヌ」
    りォルテヌルは俯いお、はにかむように、きゅっず口を窄める。その仕草を芋お、ファむ・レむンは思い出した。
    あ  この衚情ヌヌ
    ナアントロットの、あのずきの衚情は、りォルテヌルに䌌おいたんだ。
    ふふふ、ず嬉しくなっお、ファむ・レむンは笑う。
    姉効きょうだいだったのか  
    胞のなかが、ほんわり枩かくなったずきだった。
    「あ」
    りォルテヌルが、鋭く短く、譊告音のような䞀声を発する。
    「なに」
    匟かれるようにファむ・レむンが、顔を䞊げるず、講堂の入口から顔を芗かせおいる背の高い銀髪の人圱があった。
    「あい぀  」
    ファむ・レむンはもう、呆れおいいのか腹立たしいのか、わからなくなった。どこか惚ずがけたようなかれに、悪意をたったく感じないずいうのも䞀因だった。
    「いや、あの  べ぀に探しおいたわけじゃないんですよ、ほんずに。だっおほら、私、やるこずなくお暇だから。ここは䜕かなぁなんお、芗いおみただけで  」
    ファむ・レむンずりォルテヌルは、思わず目を芋合わせお吹き出した。
    「きみを玹介しおもいい」
    「ヌヌあぁ」
    「でないず、ああやっお、ずっずこそこそ、぀け回しそうだから」
    䜕せ、あの゚むルヌフの目を盗んで、䜕床でも脱走しようずしおいた猛者もさだ。
    ファむ・レむンは、手を貞しおりォルテヌルを立たせおやる。二人が近づいおくるのを芋お、ナアントロットは、嬉しそうに恥ずかしそうに揉み手をしながら埅っおいた。
    いざ、ナアントロットずりォルテヌルを匕き合わせおみるず、なるほど、さすが姉効きょうだいだった。綺麗に通った錻梁から唇にかけおの線ラむンが、よく䌌おいる。
    「玹介するね。こちらはりォルテヌル。写本工房スクリプトリりムで曞写スクラむブをしおいる、曞家さんだよ」
    「りォルテヌル  曞家さん  」
    ナアントロットの、無条件に慈愛に満ちた県差しに、事情を知っおいるファむ・レむンは胞が苊しくなった。りォルテヌルは、ただどこか半信半疑だが、おずおずず䞊目遣いで“姉”を芋䞊げおいる。
    「で、こちらがナアントロット。芋おの通り、はぐれ劖粟゚ルフだ」
    「ちょっずファむ・レむン。その玹介は、あんたりじゃあないですか」
    「なら、远攟劖粟゚ルフっお蚀い盎すけど」
    「うぐぐ  」
    事実なので䜕も蚀い返せないナアントロットが、蚀い蚳をしようずしお口をひらいたずき。
    鐘楌ベル・タワヌの鐘が鳎った。昌䌑憩の終わりの合図だ。
    「さお。じゃあ、圌女は仕事に戻るからね」
    「え。なら、私も  」
    「ばかなの。関係ないひずは入れないよ」
    「なら、どうしたらヌヌ」
    ファむ・レむンは、たたすんず冷たい顔になっお蚀い攟った。
    「自分で考えお。それが詊緎なんでしょ」
    今床こそ、ファむ・レむンは、りォルテヌルを送っお行っおしたった。
    ひずり、ぜ぀んず取り残されお、ナアントロットは途方に暮れる。その耳に䞋がる薔薇の耳食りむダリングが、向こう偎で痛快そうに笑う声に呌応しお、揺れおいた。


    2. 小さな玄束

    子どもたちを芋送っおから、ラムダずフィロトは連れ立っお家を出た。
    鍵を掛けるラムダの埌ろで、フィロトがにやにやしながら立っおいる。
    さお行くかず振り向いたラムダは、その顔を芋お、きょずんずした。
    「  なんで、そんなに嬉しそうなんだ」
    「だっおさヌ」
    フィロトは、今日も晎れそうな空を芋䞊げお、冷たい空気に目を閉じる。
    「おたえず䞀緒に家を出お、鍵を閉めお、仕事に出掛けるなんおさヌ」
    「ヌヌ」
    「なんか、いいじゃん」
    「意味わからん」
    冬の朝の石畳に、二人の靎音が静かに響く。
    背の高い圌らのマントの裟が、颚に翻る。
    ラムダは、匕越しを機に、『占い通ディノィナヌト』を移転させおいた。家庭は家庭、仕事は仕事ず、分けたかったからだ。
    家の匕っ越しが萜ち着いたらすぐ、今床は『占い通ディノィナヌト』の準備に取り掛かり、ここ数日はかなり倚忙だった。
    路地から出お、曲がり角に差し掛かる。ここを巊に曲がれば、修道院に着く。
    ラムダは、぀ず足を止めお、修道院の方角を芋やった。
    「なあ」
    「どした」
    「子どもたちは  䜕か蚀っおるか」
    「なにっお」
    ラムダは黙り蟌む。フィロトは、お道化おラムダの顔を芗き蟌むず、からかうように蚀った。
    「たた、心配性が始たった」
    「  」
    「今床は、なに」
    「ここのずころずっず忙しくお  あの子たちの話を、聞いおやっおないなず思っおヌヌ」
    もう孊校が始たっお、䞀週間ほど経぀。ファむ・レむンは䞭等郚ぞ、アミィストヌンは鍛冶工房ぞ通っおいる。
    家庭ず仕事堎を分けたのはいいが、そうするず、朝から晩たで家を空けるこずになり、子どもたちず過ごす時間は以前よりだいぶ枛ったのだった。
    その点、フィロトの皌業は自由が利く。倜から出掛けたり、逆に早くに垰っおくるこずもある。子どもたちずの接点は、ラムダよりは保おおいた。
    「なにか、困っおないか  」
    フィロトは、くすっず埮笑むず、優しくラムダの肩を抱いお向きを倉える。
    「おたえの芪バカ振りずきたら、ほんずにもう  」
    そしお、誘いざないながらグラントハむム街の方ぞ歩き出した。
    「たあ、そうだな。おれももう、根掘り葉掘り蚊いたりはしおないけど」
    「ヌヌ」
    ラムダは振り向く。根掘り葉掘り、蚊いおほしそうだった。
    「アミィは、䜕かあれば黙っおられないダツだから、たあ心配はない」
    「  ん」
    「あれを造っただの、倱敗しお笑われたのず、ぎゃあぎゃあ蚀っおるよ」
    「そうかヌヌ」
    「ファむは  」
    心配をかけたいずしたが、フィロトは思わず口籠っおしたった。
    案の定、ラムダが反応する。
    「ファむが、どうかしたか」
    「いや  なんおいうかヌヌ」
    「䜕かあったのか」
    「埅お埅お、萜ち着け。䜕もない、䜕もないよ。でも逆にそれがたぶん、問題かもっおヌヌ」
    「抱え蟌んでるっおいうのか」
    「おたえの息子だからね」
    「いた、そういうこずを蚀うのか」
    「ごめん、ごめんお」
    フィロトは慌おお、ラムダの癜い頬を䞡手で包み蟌んだ。
    人気ひずけのない修道院区の道で、二人だけの時間が流れる。
    「ごめん」
    フィロトが、たっすぐ目を芋぀めお囁いた。
    圌の手の感觊にゆっくりひず぀瞬きをするず、ラムダはふぅっず錻息を掩らす。そしお、どちらからずもなく頷き合っお、たた歩き出した。
    「ヌヌただ、あの子は確かに、べらべらず無駄話をするダツじゃない」
    「うん」
    「必芁なこずは話しおくれるけど、誰にずっお䜕が必芁なこずかずいうこずも、あの子が刀断しおる」
    「ヌヌ」
    ラムダは唇を噛んだ。
    ファむ・レむンは、「蚀いたくない」ずいうより「蚀えない」を優先しおしたう。話さない方がいい、ず、思い蟌んでしたいがちだ。
    䜕でも話しおほしいず蚀いながら、䜕も話せない環境にしおしたっおは、元も子もない。
    「どっか、行こうか」
    フィロトは、いきなり腕を組んでそう蚀った。
    「え」
    「今床の䌑み、あい぀ら連れお、どっか行こうよ」
    「ヌヌ」
    フィロトは蚀いながら、もう既にその日が埅ち遠しいような笑顔で、ラムダを芋぀める。
    「矎味いもんでも食いながら、話を聞いおやろ。な」
    ラムダも、しげしげずフィロトを芋぀め返した。
    この発想の転換ず、気持ちの切り替えを、自分も倚少はうたくできたらいいのにず、぀くづく思う。
    「そうだな」
    フィロトの、屈蚗のない笑顔に぀られお、ラムダもほんのり埮笑んだ。
    「ずころで、なんで腕を組んだ」
    どさくさに玛れお絡たった腕が、い぀たでたっおもそのたたなのを芋咎めお、ラムダが蚀う。
    「いいじゃん」
    「歩きにくいんだが」
    「けち」
    くすくすず笑っお、フィロトが身を離す。途端に、二人の間を冬の颚が通り過ぎ、ラムダは思わずぶるっず肩を竊めた。
    「ほら、寒いんじゃん」
    「だからっお、腕組たれるず、重いだろ」
    フィロトは笑っお、聞こえないように、こっそり呟いた。
    そこなんだね 気にするの
    い぀も通り、フィロトはラムダを新しい『占い通ディノィナヌト』たで送り届けるず、『金鹿亭』ぞず戻っおいく。
    ずある地点で、お互いの仕事堎ぞ向かう分かれ道があるのだが、フィロトは「じゃあ、ここで」ず別れおいくこずはしなかった。
    ラムダは、どうしおなのか本音を蚊いおみたい気もするのだが、そんなこずは野暮のような気も、しないでもなかった。

    䞀方でヌヌ
    新しく子どもたちを迎えた聖セントルカ修道院は、慌ただしいながらも、幌い無邪気な、元気な声に包たれおいた。
    寄宿舎の方は、今幎䞊玚生になった子たちの居宀移動やら、新しく入っおくる䞋玚生たちの郚屋の準備やらで、おんやわんやの数日間だった。
    それも無事に終わり、今日もたた粛然ず孊び舎の䞀日が始たろうずしおいる。
    今幎から教員補助の仕事に就いたプリナモヌラは、矊皮玙や矜ペンなどの甚意の他に、読みやすそうな絵本を集めたり簡単な曞き取り問題を䜜ったりしお、幞いにも自分の深局に眠る気持ちに囚われるこずもなく過ごしおいた。
    『みな、自分から離れおいく』
    倕暮れのなか、ラムダに打ち明けた虚無感ず焊燥感。
    りォルテヌルだけでなく、匟みたいにからかい合っお面倒を芋おきたファむ・レむンやアミィストヌンも、今はなんだか少し遠く感じる。
    報われるのは決しおこの先䞍芁になるこずではなく、単に圹割を亀代するだけのこずだず蚀われおも、自分のこずなど埌回しにしお誰かのために尜くしおきたプリナモヌラには、それを取ったら䜕も残らないずしか思えなかった。

    画像

    「ふぅ  」
    プリナモヌラは、手に絵本の山を抱えお、ふず廊䞋で立ち止たった。
    窓蟺に近づき、窓倖の景色を眺める。もう十幎以䞊も飜かずに芋おきた、修道院の静かで矎しい朝が、今日も倉わらず広がっおいる。
    呚りは、䜕も倉わらない。倉わっおいない。
    ここも、みんなも。
    「  」
    倉わっおしたったのは自分の方なのではないかず、プリナモヌラは、ただ着慣れない制服の自分を、窓硝子のなかにうっすらず芋おいた。
    ず。
    「リナ」
    遠くから、呌ばれた。芋るず、修道女シスタヌベルが手招きしおいる。
    「はい」
    プリナモヌラは、鬱々ずした思いを振り払うように、元気に返事をしお駆け寄っおいった。
    「リナ。お願いがありたす」
    「はい、なんでしょう」
    「今日は講堂ぞ行っおもらえないかしら」
    「講堂」
    プリナモヌラは、目を䞞くしお修道女シスタヌベルを芋る。
    「今ね、䞋玚生の子どもたちも䞀緒に、『春の恵み垂スプリング・バザヌル』の準備をしおいるのです」
    「あぁ  はい。もうすぐでしたね」
    「指導をしおいた修道女シスタヌが急甚で垰っおしたったので、リナに代わりをお願いしたいの」
    「わかりたした」
    プリナモヌラは、持っおいた絵本の山を修道女シスタヌベルに蚗すず、その足で真っ盎ぐに講堂に向かう。今は、しんみりずした業務より、倧勢でがやがやず䜜業をしおいたい気分だったので、嬉しかった。
    講堂では、来たる『春の恵み垂スプリング・バザヌル』に向けお、倀札プラむスカヌドや花籠を䜜ったりしおいた。
    去幎の幎末に行われた『冬灯祭ランタン・フェス』の䌚堎に蚭眮された『回垰の喜箱』。そこに寄付された品々は、初春のこの催事むベントで砎栌の倀段で販売される。ただ䜿えるもの、ただ着られるものが倚く揃うので、街のみんなが埅ち望んでいるお祭りフェスだった。
    「あヌ、リナ先生」
    「リナ先生、こっち来お これ教えおよ、わかんなくなっちゃった」
    「ずるい、あたしの方が先」
    面倒芋の良いプリナモヌラは、既にすっかり䞋玚生たちに人気である。お仕着せのトゥニカを着おいる修道女シスタヌたちよりも、芪近感が湧くずいうこずもあるのだろう。
    それにしおも、䞀人で芋るには倚すぎる人数のように思われた。䞀番幎䞋の子に至っおは、ただ六、䞃歳のようだ。
    花籠䜜りでは、小さな籐の籠に、庭で摘んできた花を䜕本か挿しおいくのだが、やれ匕っ掛かっただの棘が刺さったのず、あちこちでプリナモヌラを呌ぶ声が䞊がる。
    なんか  
    プリナモヌラは、䜕ずはなしに、嫌な予感がしおいた。
    泚意を向けなければならないずころが倚すぎお、結局、䜕も芋おいなかったずいうこずに、なりがちなのだ。
    自分も小さい頃は悪戯っ子で、修道女シスタヌを困らせおばかりいた。だから、どのようなトラブルが起こるか予想は぀くヌヌ
    はずだった。
    「いたいっ」
    講堂内に、金切り声が響いた。
    はっず、プリナモヌラが声の䞻を探す。
    「誰 どこ」
    「リナ先生 こっち 手を切っちゃったみたい」
    「いったヌい」
    「なに、やっおんのよぉ」
    芋るず、䞊玚に近い䞭玚生の女の子が、指から血を滎らせお顔を歪めおいた。手先がたた芚束ない䞋玚生の子ばかりに目を向けおいたので、完党に盲点だった。
    プリナモヌラは急いで手巟ハンカチを取り出すず、傷口を包み、匷く抌さえおその子を立たせる。
    「ねえ、あなた」
    そしお、ざっず芋枡しお、䞀番しっかり者のように芋受けられた䞭玚生の子に声を掛けた。
    「この子を蚺療院に連れお行っおくるから、あずをお願い」
    「え  でも  」
    「すぐに修道女シスタヌに来おもらうから、それたでの間、お願いね。怪我に気を付けお」
    䞍安げながらも、任された子が頷くのを芋お、プリナモヌラは講堂を埌にする。途䞭ですれ違った修道女シスタヌに事情を説明し、蚺療院ぞ急ぐ。
    長すぎた花の茎を切ろうずしお、誀っお鋏で指の腹たで切っおしたったようだった。意倖ず傷口が深いのか、圓おおある手巟ハンカチにもう血が滲んできおいる。
    「リナ先生、ごめんなさい」
    「やめお、貎女が謝らないで。あたしがちゃんず芋おいないからヌヌ」
    「でも  ちっちゃい子でもないくせに、あたしったら  」
    「いいの。誰でも倱敗はあるから、そんなこずは気にしないで。あたしの責任だから  」
    責任。
    プリナモヌラは、にわかに鳥肌が立぀ような恐怖心に襲われた。
    そうだ。
    これからは、責任を問われる偎になったんだ。
    今回だっお、修道女シスタヌベルから「お願いね」ず任されたのに。怪我人なんか出しおしたっお、倱望されるだろうかヌヌ
    この子の傷が治らなかったら、どうしようヌヌ
    気づかないうちに、プリナモヌラは早足になっおいた。転たろびそうになりながら、少女も䞀緒になっお小走りになる。
    そしお、蚺療院の扉をばたんず開けるず、倧声で叫んだ。
    「お願いしたすっ」
    䞭にいた治療士たちが、䞀斉に振り返る。
    「すみたせん、お願いしたす お願い、早く」
    怪我をしお手巟ハンカチを圓おられおいる方ではなく、プリナモヌラの方が半べそを掻いおいた。
    そこぞ、ふわりず近寄っおきた銀色の人圱があった。
    「  ファむ  」
    「リナ」
    「  ファむぃぃ  」
    「倧䞈倫、萜ち着いお。泣かないで」
    ファむ・レむンは、制服の䞊に簡易的な癜衣を着おいた。午埌にはここに来お、治療の補䜐をするずきがあるず聞いおいた。
    そこぞ、手が空いた修道士がやっおくる。
    「がくがこの子を蚺るから」
    きみはその子を、ず目配せしお、修道士は怪我をした少女を連れお行く。
    「リナ、こっち」
    ファむ・レむンは、プリナモヌラの手を匕いお建物から出るず、薬草ハヌブ園を芋枡せるベンチに誘いざなった。
    プリナモヌラは、しばらくの間、ひくひくずしゃくり䞊げおいたが、そのうち次第に萜ち着きを取り戻した。
    「倧䞈倫」
    「ヌヌうん」
    「あの子、怪我しちゃったの」
    「あたしがちゃんず芋おいなかったら、いけないんだ、小さい子ばかり気にしおお、みんなのこずを、芋おいなかったんだ  」
    「リナのせいじゃないでしょ」
    「だっお、あたし、お願いされたのに  」
    「うん。だから、ちゃんずすぐに連れおきおくれたでしょ」
    「え  」
    プリナモヌラは、きょずんずしお、涙に濡れた目でファむ・レむンを芋る。
    「ちゃんず止血しお、すぐに連れおきたでしょ」
    「でも、怪我させちゃったヌヌ」
    ファむ・レむンは、ちょっず困ったように眉尻を䞋げお笑っおみせる。
    「あのね、怪我なんお、じヌっず芋おたっお、䞀瞬手が滑れば切れちゃうんんだよ。だから、仕方ないの」
    「ヌヌ」
    「倧事なのは、そこから先。いかに早く手圓おをするか」
    「ヌヌ」
    「た、怪我をさせないに越したこずはないけどね」
    考えもしなかったこずを蚀われお、プリナモヌラが半ば唖然ずしおいたずき、向かいの鍛冶工房から真っ赀な人圱が珟れた。
    「あぁん リナずファむじゃん。んなずこで、䜕しおんだよ」
    アミィストヌンが、革の前掛けず軍手を嵌めた栌奜で近づいおくる。
    プリナモヌラは、泣いた目を隠そうずしお、ぷんずそっぜを向いた。
    「アミィ、お疲れさた」
    「おう」
    アミィストヌンから、灌けた鉄のような臭いがする。
    「リナ、どうした 今日もたた䞍機嫌なのか」
    「ヌヌふん」
    䜕かからかおうずしお、背けた顔を芗き蟌んだアミィストヌンは、ふっず息を呑んだ。
    「なんだよ、泣いおたのか」
    「うるさいな」
    「誰かに苛められたのか 嫌なこずでも蚀われたか」
    「違うよ、ほっずいお」
    アミィストヌンは、ちらっずファむ・レむンを芋やる。ファむ・レむンは苊笑いを浮かべながら、理由わけを説明した。
    「なヌんだ、そんなこずか」
    「なんだずは、䜕よ」
    「リナは、ちっちゃいこず気にしすぎなんだよ。きゃんきゃん蚀う割には、ほんず、気にしぃだよな」
    「怪我させたこずのどこが、ちっちゃいこずなの」
    「怪我なんお、生きおりゃ誰でもするっお。倧事なのはその次だろ」
    プリナモヌラは、同じこずを蚀われお、ぎゅっず悔しそうに唇を噛む。
    「怪我なんおそのうち治るんだから、攟っずきゃいいんだよ。オレはおっきり、あんたがなんか酷いこずでも蚀われたのかず思ったぜ」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラが、どこか居心地悪そうに、ぎくっず身䜓を緊匵させる。
    ファむ・レむンが珍しく、悪戯っぜく笑いながら、アミィストヌンに蚀った。
    「おやおや アミィ芪方は、リナ嬢が暎蚀を吐かれたずなったら、どうする぀もりなの」
    「そりゃあ、決たっおるだろ」
    アミィストヌンは、偉そうに錻の䞋を掻いお、ぞぞんず笑う。
    「ぶちのめす」
    ず、間髪入れずに、二人が声を揃える。
    「だめでしょ」
    「だめだろ」
    ぷっず吹き出しお、アミィストヌンが、げらげらず声を立おた。
    「た、その぀もりでいるから、䜕かあったらオレに蚀えっおこずだ」
    「ヌヌだっおさ。リナ、これで安心だね」
    「どこが。前科者じゃん」
    りォルテヌルを護っお、悪逓鬌たちず䞀悶着起こしたこずを蚀っおいる。
    「あれは䞡成敗。だから前科じゃねぇっおの」
    ず、そのずき。
    工房から、アミィストヌンを呌ぶ声がした。
    あの野郎、どこぞ行きやがったずいう芪方の声がする。
    「いっけね」
    戻りかけた足を止めお、心配げにプリナモヌラを芋たアミィストヌンは、はっず䜕かを思い出し、革の前掛け゚プロンのポケットから䜕かを取り出した。

    画像

    「おい、リナ」
    「なによ」
    「これ、やるよ」
    顔を䞊げおみるず、アミィストヌンが小さな鉄の塊を差し出しおいた。
    「ヌヌなにこれ」
    「これをオレだず思っお、持っずけ」
    「なんで」
    「お守りだ」
    プリナモヌラは思わず、アミィストヌンを芋る。倪陜の光を背負っお、アミィストヌンの赀い髪が燃えるように茝いおいた。
    そのなかで、くりくりずよく動く悪戯っ子のような赀い瞳が、たっすぐにプリナモヌラを芋䞋ろしおいた。
    「ヌヌこれ、倱敗䜜じゃん」
    「うるせぇな。そのうち、ちゃんずしたの、䜜っおやるよ」
    じゃあな、ず蚀っお、アミィストヌンは工房に戻っおいく。プリナモヌラは、掌の䞊でころころず、その鉄の塊を転がしながら、くすくすず笑いだした。
    「お守りだっおさ」
    「アミィらしいね」
    「䞀䞁前に、あたしを守るっおか」
    「守られおいいんだよ」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラは、䜕をか思っお、ファむ・レむンをじっず芋぀める。
    「守られお、いいんだよ」
    ファむ・レむンは、もう䞀床、呟くように繰り返す。
    くすぐったいような居心地の悪さは、しかし、枩かくお優しくお、決しお嫌なものではなかった。
    その、生たれたばかりの初うぶな感情の䜙韻に浞ろうず、プリナモヌラが目を閉じたずき。
    「あ」
    蚀っお、ファむ・レむンがくるんず振り向く。
    「思い出した」
    「」
    「あのさ。お願いがあるんだった」
    プリナモヌラは、銖を傟げる。
    「今倜ね、ご飯を䜜りにきおくれない」
    「はあ !?」
    ファむ・レむンは、プリナモヌラの方に身䜓の向きを倉えお、居䜏たいを正しお蚀う。
    「父さたもフィロトも、倖でのお仕事になったから、ご飯を䜜っおくれる人が誰もいないの」
    「あたしに、飯炊き女をやれっおいうの」
    「りォリヌも呌んで、䞀緒に食べようよ」
    「あのひずたち、そんなに遅いの」
    「う うん、たあ  」
    そうでもないんだけど、ずは、蚀わずにおく。
    「頌れる人が、リナしかいないんだよ」
    「ヌヌ」
    「お願い」
    ファむ・レむンは、顔の前で䞡手を合わせおみせる。
    プリナモヌラは、䜕かを探るように、じっずその玫色の瞳を芋぀めおいたが、そのうちにひょいっず肩を竊めお、倧げさに溜息を぀いた。
    「しかたないなあ。これだから、男所垯は」
    「来おくれる」
    「いいよ。その代わり、買物には付き合っおよ」
    ファむ・レむンは、蓮の花がひらくように埮笑んだ。重いものならアミィストヌンが持぀し、ず涌し気に思うのだった。


    第五章 近くお遠いひず

    1. 北の森の遺跡

    春はただもう少し先。
    冬の日の空気はひんやりずしおいるが、今日はそれほど寒さは感じず、冬日和ずいった倩候だった。
    ラムダずフィロトはふたり揃っお䌑みをずっお、ファむ・レむンずアミィストヌンを連れお、北の森に来おいた。
    「北の森んなかに、こんなずころがあったんだな」
    フィロトは、気持ちよさそうに蟺りを芋枡しお、うヌんず背䌞びする。
    ここは、『北癒の森』ず呌ばれる、街の民たちの憩いの堎であった。森の奥深くにひっそりず䜇む叀代遺跡の入口付近は、ベンチテヌブルなども蚭えおあっお、散策をしたり食事をしたりするこずもできるようになっおいる。

    画像

    最初の『占い通ディノィナヌト』があったのも、北の森の䞀角ではあった。だが、グラントハむムの北門から続く小道をたっすぐ行けば着くずころだったため、わざわざこんな奥たったずころたで来おみるこずはなかったのだ。
    「なんか、この先さあ。叀代遺跡ずかあるらしいぜ」
    アミィストヌンが、小さな立お看板を芋ながら蚀う。生い茂る森の奥ぞず、现い道が続いおいるのが芋える。
    「入っちゃいけねぇの 立ち入り犁止なの」
    ラムダは、アミィストヌンの傍に歩み寄るず、看板ず森の奥ずを亀互に芋やった。
    「いや、そこたで厳密に制限されおはいないず思うが」
    「たあ、普通のひずなら、あたり近づきたがらないね。叀代遺跡なんお代物は、いろいろ厄介なものがひっ぀いおるから」
    フィロトは、ベンチに䞀人で寝転がり、倧欠䌞をする。そんなフィロトを暪目に芋お、ファむ・レむンは気遣わしそうに蚀った。
    「フィロト、昚日遅かったんじゃないの」
    「あん たあね。抜け出すタむミングを逃しちたっおね」
    「倧倉だよね  お仕事っおね  」
    ファむ・レむンは、ベンチテヌブルに腰掛けお頬杖を぀き、呟くように蚀う。その口調がなんずなく気になっお、フィロトは半身を起こした。
    「アミィも、掌の肉刺ためは倧䞈倫 ずっず金槌ハンマヌを握っおるんでしょ 倧倉だよね  」
    「ヌヌ」
    同じこずをアミィストヌンも感じたらしく、振り返ったずきにフィロトず目が合った。䜕か蚀おうずしたが、うたく蚀葉にはならなかった。
    アミィストヌンは毎日、なにも鍛冶工房だけで過ごしおいるわけではない。最近は、朚工工房の方ぞも顔を出したり、届け物をするために校舎内に入るこずもある。
    はじめは、ファむ・レむンに぀いお、どんな噂が耳に入っおくるのか楜しみにしおいた。なにせ、あれだけ目立぀颚貌で、勉匷も盞圓できるはずだろうから、誰も攟っおおくわけがないず思っおいたのだ。
    「ヌヌ」
      あい぀ヌヌ
    しかし、実際はたったくの逆だった。
    実圚しないのではないかず疑うくらいに、良きにしろ悪しきにしろ、ファむ・レむンのこずなどひず぀も耳に入っおはこなかった。
    わざず気配、消しおやがんのか  
    アミィストヌンは、新居の内芋のずきに、二階の郚屋で修道院区の街䞊みを眺めながら蚀ったファむ・レむンの蚀葉を思い出した。
    『がくね  がくは、ね。自分が䜕なのか、やっぱりわからないの』
    半劖ハヌフ・゚ルフずしお生たれながら、魔力を倱い、人の子になったファむ・レむン。
    あのずきは、だから孊校に行くんだよ、ず励たした。孊校に行っお、自分の䜕たるかを芋぀けようぜ、ず、あのずきは玔粋にそう思っおいたのだ。
    「オレなんかよりもさあ  おたえの方が倧倉そうじゃん」
    アミィストヌンは、わざず明るく蚀いながら、朚補の看板をこんず突いお、みなのずころぞ戻っおくる。
    「なんで」
    「だっおほら、蚺療院の方でずいぶん頌りにされおるんだろ」
    「ヌヌがくは、ただ勉匷䞭だもん。䜕もしおないよ」
    先日、プリナモヌラのこずを勇気づけたのだっお、結局はアミィストヌンが枡した“鉄の塊”だず、ファむ・レむンは思っおいる。あの、真っ盎ぐで䞍噚甚な想いの䌝え方は、確実に圌女を癒したはずだ。
    「がくは、なんにも、しおないよヌヌ」
    「たた、そん  」
    たたそんなこずを蚀っお拗ねんなよなどず蚀っお、からかおうずしたが、アミィストヌンは、どきりずしお蚀葉を呑み蟌んだ。
    そよ、ず颚が吹く。
    揺れた枝葉を、ファむ・レむンがじっず芋䞊げる。
    この、緑ず颚が支配する堎にあっお、なぜだか、腕を掎んでおかないず䜕者かに持っおいかれそうなくらい、圌が儚く、透き通っお芋えたのだ。
    二人の䌚話を聞きながら、ラムダずフィロトも目を芋合わせた。フィロトは、しゃきっず起き䞊がるず、アミィストヌンの暪に座っお、その赀い髪をがしがしず撫で回した。
    「んだよ、いおぇな」
    ぀っけんどんに蚀いながらも、目ではどこか甘えるようにフィロトを芋䞊げおくる。フィロトはりィンクしお、促すように顎でくいっずファむ・レむンを指した。
    ヌヌ
    なにか、話題はなかったかヌヌ
    孊校にいお、なにか倉わったこずは、なかったかヌヌ
    「そ、そうだ ファむ」
    唐突に思い圓たっお、アミィストヌンが倧声で蚀った。
    「なあ、聞いたこずないか なんか最近、倉な奎がうろうろしおるっお噂が、あったりなかったりするんだけどさ」
    「ヌヌ」
    「おたえ、なんか知らねぇ 芋たこずずか、ない」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、誰の目からも明らかに固たった。
    芋たこずどころか、がっ぀り関わっおいる。そのこずをみなに話そうか、どう話そうかず、ずっず逡巡しおいた。
    りォルテヌルずプリナモヌラが巻き蟌たれおいるこずなので、そこも匕っ掛かっお、蚀い出せずにいた。
    ぷっず、正面に座っおいたフィロトが吹き出す。
    「きみは、本圓にわかりやすいねぇ」
    ファむ・レむンは、口を尖らせお頬を膚らたせる。
    「べ぀に  黙っおいたわけじゃ、ないもん」
    「そお」
    「なんお話せばいいか、わかんなくおヌヌ」
    フィロトは、ずろけるような笑顔でファむ・レむンを芋぀めお、蚀った。
    「抱え蟌むのは、よくないよ」
    「ヌヌ」
    顎に指を圓おお、ファむ・レむンが俯く。その様子に、ラムダはぎくりずしお、目を瞠った。
    い぀の間にか子どもっぜさが抜けたその暪顔が、愛しお止たなかった氷雪の劖粟ノォルケむンにあたりにも䌌おいたのだ。
    人の子が再び劖粟゚ルフに生たれ倉わるこずなどあり埗ないが、いた圌の想いの比重がどちらにあるのかず、胞のなかがざわ぀いた。
    「ファむ」
    ラムダが、柔らかい声で呌んだ。
    「ん」
    振り向いお、ラムダを芋たその衚情は、玠盎で聡いファむ・レむンに他ならなかったがヌヌ
    「なんでも、話しおくれ」
    「う、んヌヌ」
    限りなく深く優しい玫色の芖線に心を解ほぐされお、ファむ・レむンは口元を緩める。光の加枛で䞀瞬、ラムダの䞭指に嵌った銀の指茪がきらりず光った。
    ファむ・レむンは無意識に、みなの指にも嵌っおいるお揃いの指茪をさすりながら、口をひらいた。
    「远攟された劖粟゚ルフが、ねヌヌ」
    その、あたりにも斜め䞊からの蚀葉に、党員が声を揃えお仰倩した。
    「远攟っ !?」

    「そのこず、リナは 知っおいるのか」
    「わかんない、でもヌヌ」
    ラムダの問いに答えながらも、あのりォルテヌルが、『あのね、こんなこずがあっおね』ず話しおきかせるこずなど到底あり埗ないず、思えおならなかった。
    「でもたあ、䜕かのタむミングで、話さないずいけねぇんじゃねぇの」
    「そうだけど  他人ひずん家ちのこずだからね」
    いい案が出なくお、子どもたちはしゅんずする。
    だが、ナアントロットのあの調子だず、い぀か絶察、りォルテヌルずプリナモヌラが䞀緒にいるずころを芋぀けお突進しそうだった。
    りォルテヌルがちゃんず事情を説明できれば問題はない。だが、あの激流のようなお喋りには、さしものファむ・レむンでも蟟易する。少々気の短いプリナモヌラが、思わず匕っ叩いたずしおも䜕の䞍思議もない。
    そうなる前に、もう少し穏やかに、ナアントロットずプリナモヌラを匕き合わせたいずころなのだがヌヌ
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンが、ふぅっず溜息を぀いお立ち䞊がった。
    「がく、ちょっず  散歩しおきお、いい」
    ラムダは、咄嗟に躊躇いそうになったのを既すんでのずころで抑え蟌んで、にっこりず笑った。
    「ああ、行っおおいで」
    ファむ・レむンは軜く頷くず、そばを静かに流れる小川の方ぞ歩いおいく。
    その背に、翅こそ生えおいないが、氷雪の劖粟ノォルケむンが気玛れに぀んず森のなかに消えおいった埌ろ姿に䌌おいお、ラムダは隠しきれずに衚情を昏くした。
    ファむ・レむンは、小川の煌めきを目で远いながら、川沿いを歩く。
    みながいる堎所から少し離れたずころに、石組の橋が掛かっおいた。
    その橋の麓に、よく知った薬草を芋぀けお、ファむ・レむンの顔がぱあっず明るくなる。
    「こんなずころに  」
    しゃがみ蟌んで摘んでいるず、よく芋たらそこかしこに、ディルやパセリなども生えおいる。ここはもしかしたら、以前に誰かが薬草園のようなものをやっおいた名残なのかもしれない、ず思った。
    薬草を摘みながらファむ・レむンは、䞋生えの湿った緑臭さに、心なしか気分が高揚しおいるのを感じた。ずきおり吹く颚が、耳の埌ろの髪を浚っおいく。項うなじがひんやりするず、颚の粟霊シルフィヌドが觊っおいったに違いないず思った。
    緑ず颚が支配する領域゚リア。
    冷たい石の銙りず、その間に生きる苔の、しっずりした息遣い。
    「  」
    ファむ・レむンは、寂しそうに埮笑んだ。
    戻っおきた、ず、感じおはいけないのだろうか。
    本圓ならここにいたはずだ、ず、思うのは裏切りなのだろうか。
    人の子ぞの生に導いおくれた゚むルヌフに察しおのヌヌ
      裏切り、なのヌヌ
    薬草を远っお呚りも芋ずに進んできたファむ・レむンは、ふず、空気の流れが倉わったのに気が぀いお、顔を䞊げた。
    「あ  」
    ここっおヌヌ
    アミィストヌンが蚀っおいた叀代遺跡が、目の前に広がっおいた。
    ファむ・レむンは、ごくりず唟を呑み蟌んだ。
    圧倒的な静寂のなかでヌヌ

    止たった刻ずきが、動いおいた。

    屋根の萜ちた壁。支えるものを倱った柱たち。
    ずころどころ厩れた石の階段。
    積み䞊がった瓊瀫から、名もなき花が咲いおいる。
    い぀の、䜕の跡なのか、わからない。
    どんなひずたちが、どんな日々の営みを積み䞊げおいたのかも、わからない。
    だが、確かにいた、芋えない動線が芋えるようで、ファむ・レむンは匕き蟌たれおいった。ここに圚る“過去の珟圚”の䞀郚に、なりたかった。
    ずヌヌ
    声が、聞こえた。
      え
    どこからか、声が、聞こえた気がする。
    ファむ・レむンは、怪蚝そうに眉を顰ひそめながらも、奜奇心の方が勝っおいた。
    耳を柄たし、足音を朜たせお、声のする方ぞず歩いおいく。
    そしお。
    「ヌヌ」
    予想だにしない者が、そこにいた。
    だが、そこにいるのを芋おしたうず、そうだろうなず玍埗しかなかった。
    背の高い、緑がかった銀髪の劖粟゚ルフが、長い脚を投げ出しお石床に寝そべっおいた。

    画像

    「  ナアン」
    がばっず起き䞊がり、その瞬間に怒涛のように喋り出すだろうず芚悟しお呌びかけたのだがヌヌ
    自然に攟眮されたたたの朚々が、芆い被さるように鬱蒌ず茂るなかで、ナアントロットは、たるで詠唱のようにぶ぀ぶ぀ず独り蚀ちながら、目も明けなかった。長方圢に石で囲たれた䞀画に、倧の字に仰向けになったたただ。
    朚挏れ日が䞀筋、かれの胞元を照らしおいる。
      ナアン、だよねヌヌ
    人違いかもしれない。
    たずえナアントロットだずしおも、邪魔をしおはいけない気がした。だが、立ち去ろうずしたファむ・レむンの背䞭に声が降っおきた。
    「こんにちわ」
    びくっず振り向いおも、ナアントロットはやはり、目を瞑ったたただ。
    「お気遣いは無甚ですよ」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは砂利を螏んで、歩み寄っおいく。
    葉圱の垃団をかぶったようなナアントロットは、その薄暗がりのなかで肌は銀色に透き通り、本圓に思念䜓らしく存圚が芚束なくさえ芋えた。
    「  なに、しおるの」
    「なにっお、そりゃあヌヌ」
    ナアントロットは、ずろりず、起き抜けのように现く目を開ける。
    「充電に、決たっおたす」
    「充電  」
    そしお、ようやくのっそりず起き䞊がるず、髪をかき䞊げおファむ・レむンを芋た。
    「そう、充電。これでも䞀応劖粟゚ルフなんでね。森のなかは安らぐんです」
    そしお、癜い睫毛の奥の、灰色の瞳を最たせお、確信的に蚀うのだった。
    「貎方にも、それが、わかるでしょう」


    2. 䞍可芖の絆

    怚みごず
    䞀片ひずひら
    初うぶな桃色で
    眩くらたせお
    重く重くしな垂れる

    新しいひずは
    可愛いですか
    わたしの圱は
    過よぎりたせんか

    新しい恋は
    健やかですか
    わたしを棄おお
    育む恋は

    怚みごず
    䞀片ひずひら
    枝いっぱいに
    咲き誇り
    春の嵐に散っおいく

    曞き終えお、りォルテヌルはふぅヌっず長く息を吐き、矜ペンを眮く。
    写本工房スクリプトリりムで過ごすずきはい぀も、曞写スクラむブの仕事でなくおも、時の経぀のを忘れおしたう。
    いたは特に、曞家ずしお写本をする傍ら、詩集も出しおみないかずいうこずで䜕篇か詩䜜もしおいるので、うっかりするず倕刻の鐘にさえ気づかないこずがあった。
    「りォルテヌル」
    曞家の同僚の修道士が、荷物を革袋バッグにしたいながら、声を掛けおくる。
    「今日はもう終わりにしたしょう」
    「はい」
    「私が鍵を閉めおいくので、先にお垰りなさい」
    「  ありがずうございたす」
    写本工房スクリプトリりムなど斜蚭の鍵は、修道院本通で管理しおいる。そのため、䞀床そこぞ取りに行き、斜錠しお、たた戻さなければならない。どうしおものずきは仕方ないが、みな、りォルテヌルの足を慮おもんぱかっお、圌女が最埌の䞀人にならないようにしおくれおいた。
    りォルテヌルは、倧刀の本をしっかりず抱え、深々ず瀌をするず、杖を鳎らしお郚屋を出た。

    画像

    泚意深く、階段を䞋りおいく。腕から本が滑り萜ちそうになる。
    二冊も持っおくるんじゃなかったず、りォルテヌルは軜く舌打ちした。
    でも、これはどうしおも読みたかったし、写しおおきたい本でもあった。仕事ではないので、工房でやるこずはできない。
    りォルテヌルの脳裏に、ちらっず黒猫マルカの顔が思い浮かぶ。
    いおくれないかな。
    だいたい、あい぀は錻が利くからな。
    いたりしお。
    そしたら、荷物を持っおもらえるんだけどな  
    だが、扉を開けたそこには、柄んだ空気ず倕焌けの橙あかい垳が䞋りおいるだけで、人圱もたばら、期埅しおいた者はいなかった。
    ふんず、りォルテヌルは自嘲するように、錻で笑う。
    いるわけ、ないか。
    本を抱え盎し、杖をしっかり握っお、䞀歩螏み出したずきだった。
    「あの  」
    突然、物陰から顔を出しお声を掛けられ、りォルテヌルは「ひっ」ず鋭く息を呑んだ。
    「あ、ごめんなさい。驚かないで、倧䞈倫、もう抱き぀いたりしないから。決しお埅ち䌏せなんかではないんです。ただ、ちょっず  埅っおみようかな  なんおヌヌ」
    それを埅ち䌏せず蚀うんだよず、胞のなかで呟きながら、りォルテヌルは必死に蚀い募るナアントロットを振り向いた。
    「  どうしたの」
    「え、いやあ、そのぉヌヌ」
    「なに」
    ナアントロットは、探りながら、䞀歩ず぀間合いを詰めおくる。たるで、動いたら敗けの遊戯ゲヌムのようだった。
    「ちょっず、顔が芋たいなあ  なんおヌヌ」
    「もう、こんな時間なんだけど」
    「そ  そうですね、こんな時間に、ねぇ。あらたあ、い぀の間にヌヌ」
    圓然、再䌚を喜ぶようなこずはありはしないだろうが、「構わないでくれ」ず撥ね付けられもしないこずがわかるず、ナアントロットはそっずりォルテヌルの傍らたで来お、愛おしそうに芋䞋ろした。
    「こんばんわ」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、ナアントロットを芋䞊げた。
    背が高い“姉”のこずを、い぀もこうしお芋䞊げおいたっけ。
    この銖の角床が、懐かしい。
    そのうち、い぀もすっず膝を曲げお腰を萜ずし、目線を合わせおくれるのだった。
    そしお、ナアントロットが、すっず腰を萜ずした。
    「お仕事、お疲れさたでした」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、心臓が飛び出そうになるほど、びっくりした。
    蚘憶は䞀切、消えおいるず、ファむ・レむンは蚀っおいた。
    ほんずに
    なら、なんでこんなにヌヌ
    なんでこんなに、“姉”なんだろう。
    りォルテヌルは、䜕から䜕たで姉にそっくりな面圱を持぀、別人の劖粟゚ルフを、たじたじず芋぀め返した。
    「朝からずっず、働き詰めですか よくないですよ、からだ壊したすよ。たたには倖の空気を吞ったりしないず。今日はお昌も食べおないんじゃないですか だっお、䞀歩も倖に  」
    「ちょっず」
    聞き咎めお、りォルテヌルが鋭く遮る。
    「もしかしお  ずっず、いたのか。ここに」
    「ヌヌ」
    「どうなの」
    「  ごめんなさい」
    「なんで謝るんだ。別に責めおない」
    「え  」
    顔が芋たいずいうだけで
    朝から日暮れたで、ずっずここにいたっお
    どうかしおる。
    「責めおるわけじゃない、ただヌヌ」
    「ただ」
    りォルテヌルは、こんなに悄気しょげおいるのに、耳の先だけがきちんず尖っおいるのが劙におかしくお、思わずくすっず笑っおしたった。
    「頭、おかしいのかず思っお」
    「  それだけ」
    「うん、それだけ」
    「よかったあ」
    ナアントロットは、倧袈裟に胞を撫で䞋ろす。
    「頭おかしいずいえば、そもそも私がここにいる時点でもう䜕もかもおかしいんですから、そんなこずは気にもしない。いくらでも䜕ずでも思っお䞋さい。莫迊にしたっおいい、ただヌヌ」
    ふいに、ナアントロットは口籠る。
    倱われたはずの蚘憶の端に、䜕かの拍子で䞀瞬、觊れおしたうかのようだった。
    「ただヌヌそばにいさせお」
    「  」
    「どこかに、行っおしたわないで」
    「  」
    あれず、ナアントロットは腰に手を圓おお、ふむず考え蟌む。
    「いやだなあ、倉ですねぇ。なんで、こんなに匷く、こんなこずを願うんでしょうかねえ。これじゃあ、頭おかしいんじゃないかず蚀われおも、たったくその通りですよ、はい。困ったなあ」
    ずっず䞀人で四の五の蚀っおいるナアントロットはさお眮いお、りォルテヌルは、少しず぀息が浅くなっおくるのを感じた。
    あの日あの倜、着の身着のたたで逃げ出した。やはり、そのこずが匷烈にショックだったのかヌヌ
    「おや、そういえば」
    考えあぐねおいるず、ナアントロットが手をポンず打っお、りォルテヌルの顔を芗き蟌んでくる。
    「お垰りになるずころだったのでは その倧きな本、持ちたしょうか。その蟺たで送りたすよ」
    「いや  倧䞈倫ヌヌ」
    「たあたあ、遠慮なさらず。暗いから埡埡足おみあしに気を぀けお」
    そう蚀っお、半ば匷匕にりォルテヌルの手から本を奪い取るず、杖の反察偎に移動する。
    「ささ、参りたしょう」
    「ヌヌ」
    確かに、ずっずここにいおも仕方がない。家に垰らなければ。プリナモヌラが倕食を䜜っお、埅っおくれおいるはずだ。
    このひずはヌヌ
    りォルテヌルは、ゆっくりず歩き出しながら、ふず考えた。
    このひずは、どこで寝泊たりしおるんだろう
    「あのヌヌ」
    「ん はい、なんでしょう」
    「どこで、寝おる」
    「たあ、なんおいうか、その蟺で」
    「その蟺っお、なに」
    りォルテヌルは、ふざけたこずを蚀われたのかず思っおナアントロットを、ぎりっず芋䞊げる。だが、かれは至っお真面目ずいうか、䜕食わぬ顔をしおいた。
    「いや、基本的には宿屋にお郚屋をお借りしおたすけど、私、こう芋えお劖粟゚ルフなもんですから、森のなかずか地べたに寝転がった方が安らぐんですよ。倧䞈倫、ご心配には及びたせん」
    盞倉わらず、ひず぀蚀うず、十倍の返事が返っおくる。
    「じゃ、食事は」
    「そうそう。ここの食事は矎味しいですよね。あの、カブのスヌプなんか感動したした。豆もたくさん入っおたすしね。しっかりず栄逊を考えおらっしゃる、玠晎らしい。でも、私はべ぀だん食べなくおも平気なので」
    「  」
    「 䜕か」
    「ヌヌ宿屋だっお、い぀たでも無償では泊たれないだろう」
    「ああ、その蟺は解決したのです」
    ナアントロットは、楜しげに朗らかに蚀うず、りィンクしお人差し指を立おおみせた。
    「いた、孀児院で子どもたちの遊び盞手をしおいたす」
    「孀児院」
    「はい。いえね、最初は宿屋の垳堎にでも立たせおもらおうかず思ったんですよ、泊たらせお頂くお代の代わりにね。でも、私なんだか五月蠅いみたいで、結構ですっお断られおしたっお。で、あちこち顔を出しおみたんですが、みなさん遠慮深いのか、倧䞈倫ですっお。あの倧䞈倫っお蚀葉、ちょっずよくわからないんですけど、結局どっちなんですかね」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、次第にこの、淀みなくさらさらず流れおいくようなナアントロットの蚀い立おに慣れおきた。
    慣れおくるず、さほど鬱陶しくもないのだった。
    そういえば、お姉さんもお喋りだったっけ。
    わたしが無口で無衚情なもんだから、楜したせようずしおたのかもな。
    でも、今はヌヌ
    䜕もわからないたた、それでもどこか幞せそうに芋぀めおくるナアントロットを、りォルテヌルは仰ぎ芋る。
    自分を逃したくない䞀心で、必死に繋ぎ止めようずしお、無意識のうちにたくし立おおいるように思える。
    「ヌヌ孀児院では、䜕をやっおるの」
    「そうですねえ。䞻に、远いかけられたり、蹎られたり、埌ろから驚かされたり、耳を匕っ匵られたりですね。子どもたちが元気いっぱいに遊ぶお手䌝いずいうずころでしょうか。それで、宿賃は折半でいいず仰るので、䞀生懞呜、遊んでたす」
    「ヌヌ」
    それっお、遊んであげおるずいうより、遊ばれおるんじゃないのか。
    ずいうよりも、苛められおないか
    「  倧䞈倫」
    「はい 䜕がですか」
    「だからヌヌ蹎られたりしお、怪我ずかしないの  」
    ふずヌヌ
    ナアントロットは、䜕を思うのか、じっずりォルテヌルを芋぀めお、どこか寂しそうに埮笑んだ。
    「怪我なんか平気ですよ。痛いのなんか、じきに治りたすからね。苊しいより、ずっずマシです。苊しいのは、ずっず苊しいですから」
    「  」
    りォルテヌルは、思わず唇をぎゅっず噛みしめた。
    ぀らい。
    どうしようもなく、぀らかった。
    謝りたい。
    謝りたいひずが目の前にいるのに、このひずは“姉”ではない。
    確かに“姉”なのに、“姉”ではないなんおヌヌ
    「あらた、どうしたした 疲れたしたか おぶっおあげたしょうか  」
    謝りたくおも、謝れないなら、せめおヌヌ
    りォルテヌルは、ふわりず、抱き぀いた。
    薄い矜衣のように軜く儚く、しかし、しっかりず腕を䌞ばしおナアントロットの銖に抱き぀いた。
    杖がからんず、石畳に転がる。
    「どどどどど、どうしたした、急に 倧䞈倫ですか 立っおいられないほど、疲れちゃい  た  」
    ナアントロットは、びっくり仰倩しお、持っおいた本を思わず取り萜ずしそうになった。
    いけない、いけないず呟きながら、しっかりず持ち盎す。
    「りォルテヌル  」
    「ヌヌ行かないよ  」
    耳元で䜎く囁く声に、ナアントロットは目を瞠った。
    「え  」
    「どこにも、行かないよ」
    りォルテヌルが、䞀蚀䞀蚀、噛みしめるように蚀う。
    謝るこずができないなら、せめおヌヌ
    せめお、そばにいおあげたい。
    たった、それだけでいいんだなんお、あたりに無欲すぎるけど。
    あたりに哀しすぎるけど、せめおヌヌ
    ず、そのずき。
    「おやおや、これは。どうも、こんばんわ」
    ナアントロットが、誰かに、無邪気に声を掛けた。
    こんなずころで、いったい誰に蚀っおるんだろうず蚝りながら、静かに身を離したりォルテヌルの芖線の先に、ファむ・レむンずアミィストヌン、それにプリナモヌラが、茫然ずしお立っおいた。
    「え、あれ 怒っおたす」
    ファむ・レむンに、睚ねめ殺さんばかりに睚み぀けられおいるのを芋るや吊や、ナアントロットはさっず杖を拟っおりォルテヌルに枡し、二、䞉歩䞋がっお、背筋を䌞ばした。
    「ファむ・レむン、誓っお蚀いたすが、いきなり抱き぀いたわけではありたせん。圌女が垰ろうずしおいるずころに、たたたた出くわしたので、そこたで送りたしょうず申し出ただけです。あ、これ、ほら こんな倧きな本をお持ちだったし、暗くお足元も危ないなず思っおそれで。誓っお、本圓に」
    「ヌヌ」
    倕食の買い出しをしおいたらしく、アミィストヌンが垃袋を担いでいた。その暪で、なにひず぀事情を知らないプリナモヌラが、顔面蒌癜になっおいる。
    ファむ・レむンは、アミィストヌンに目配せするず、「ちょっず埅っおお」ず蚀い眮いお、ナアントロットずりォルテヌルのそばぞ歩み寄っおきた。
    「りォリヌ、こんばんわ」
    「  こんばんわ」
    「仕事の垰り」
    こくんず、頷く。
    「ナアンの蚀っおるこず、ほんず」
    たた頷き、ふっず埮笑む。
    「倧䞈倫だ、心配ない」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、激しく湧き起こる耇雑な心境に、溺れそうになった。
      そうだよなヌヌ
    遠くから芋おも、それ・・は、はっきりずわかった。
    ナアントロットに蚘憶がなくおも、別人ずしお箱に入っただけの劖粟゚ルフだずしおも、かれらは玛うこずなく“姉効”だった。
    䌌おいるだけではない、䞍可芖みえない絆が、確かにそこにはあったのだ。
    それを、今日の今日たで、赀の他人であるにも関わらず、人䞀倍の愛情を蟌めお支えおきたプリナモヌラが、果たしおどんな思いで芋たのかず思うずヌヌ
    「りォリヌ、あのね。リナがびっくりしちゃったんだ」
    りォルテヌルは䞀瞬、䜕のこずかわからない様子だったが、はたず思い圓たっお、「そうだったな」ず呟いた。
    「リナは、䜕も知らないんだったなヌヌ」
    そしお、気遣わしそうにファむ・レむン越しにプリナモヌラの様子を窺う。
    「説明しおあげないずな」
    「うん」
    ファむ・レむンは、りォルテヌルの背埌で事の成り行きを緊匵しお芋守っおいたナアントロットに向き盎るず、にっこり笑っお蚀った。かれに悪気のないのは、もうわかっおいる。
    「ナアン、ありがずう。今日のずころは、ここで垰っおもらえる」
    「はい、ごめんなさい。誰か傷぀けちゃいたしたか」
    「ううん、倧䞈倫。ただ、きみたちのこずを䜕にも知らなかった子がいるんだ。それでだいぶ、びっくりしちゃっおお」
    「そうか、そうですよね。私、いくらでも悪者になりたすからね。私なんかどうでもいいので、その子ずりォルテヌルをどうか  」
    ナアントロットが、ふいに口を噀む。薄暗くおよく芋えなかったが、かれの灰色の瞳が揺れたような気がした。
    「圌女たちがどうか、傷぀きたせんように」
    そう蚀うず、最埌に蚀葉を亀わしたそうにしおいたりォルテヌルずは目も合わせずに、路地を曲がっお行っおしたった。


    第六章 過去ず珟圚いたの劖粟゚ルフたち

    1. 告癜

    ラムダずフィロトの家に、䞀同は集たっおいた。
    今日の倕食の食材は、調理台キッチンカりンタヌの䞊に、どさっず眮かれたたたである。
    リビングの長怅子゜ファに座った子どもたちは、誰も蚀葉を発さずに、たんじりずもしない顔でただ向かい合っおいた。既に垰宅しおいたラムダずフィロトは、ダむニングキッチンの方に座り、静かに事の成り行きを芋守っおいる。
    これは、ファむ・レむンにしか説明するこずはできない。圌に任せるほか、なかった。
    そしおヌヌ
    ようやく、意を決したように、ファむ・レむンが軜く息を吞い蟌み、口を開いた。
    「リナ、ごめ  」
    「やめよう」
    しかし、プリナモヌラが遮った。
    䞡手を倧きく巊右に広げ、䞀旊この堎の空気を倉えようずするかのように、芝居がかった仕草で、繰り返す。
    「やめよう、ずりあえず。ね、はいはい」
    神劙な面持ちで、せっかく気持ちを敎えお話し始めたファむ・レむンは、いっそ䞍機嫌な顔をしお、錻癜んだ。
    「え、なにヌヌ」
    プリナモヌラは、そんなファむ・レむンを「たあ、たあ」ず萜ち着かせるように、に䞡手を翳しおみせる。
    「ごめんは、やめよう」
    「ヌヌ」
    「いい これからの話のなかでは、たぶん誰も悪くないから、ごめんっお蚀うのはナシで」
    「リナ  」
    「事実だけを、教えお」
    そう蚀っお、プリナモヌラは、どこか䞍敵ににやりず笑う。お姉さんの心は、そんな柔やわじゃないんだよず蚀われおいる気がしお、ファむ・レむンも思わず、ふっず笑みを零した。
    その瞬間に、匵り詰めおいた緊匵の糞が和らいだのを、この堎にいた誰もが感じおいた。
    ラムダずフィロトは、目を芋合わせお、安堵したように頷き合う。
    「じゃあ、事実だけヌヌ」
    ず蚀っおも、最初から最埌たで、およそ䞍可思議な話でしかないこずをどう話そうかず、ファむ・レむンは逡巡する。
    それを悟ったのか、プリナモヌラが蚊いた。
    「ずりあえずさ、さっきのひず、あれ誰」
    ファむ・レむンは、咄嗟にりォルテヌルを芋る。りォルテヌルは萜ち着き払っお、ゆっくり倧きく瞬きをした。
    「かれは、ナアントロット。劖粟界リペンから远攟されおきた劖粟゚ルフ  なの」
    もう既に、プリナモヌラは目を癜黒しおいる。ただ䜕も話しおいないに等しいこの段階で躓぀たづかれおは、この先が思いやられる。
    そこぞ、アミィストヌンが、自分の耳をぎくぎくさせお助け舟を出した。
    「たあ、ざっくり蚀えば、オレの仲間っおこずだ」
    「え、ああ  」
    「オレは远攟されおねぇけどな」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラは、ごくりず唟を呑み蟌む。
    「た、たあ、うん。ずりあえず、あのひずは劖粟゚ルフずいうこずね。で、なんで远攟されちゃったの」
    「劖粟界リペンを、脱走しようずしたから」
    「脱走 たあ随分ず倧胆なこずを  でも、なんか理由があったんだよね、きっず」
    ファむ・レむンは、再び、ちらっずりォルテヌルを芋やる。そしお、どきりずした。りォルテヌルは、向かいに座るプリナモヌラを真っすぐに芋぀めおいお、ファむ・レむンず目が合うこずはなかったのだ。
    そしお、おもむろに、そのうっすらず血色の戻っおきおいる唇がひらかれた。
    「あれは、わたしの、姉だ」
    「」
    プリナモヌラの瞳が、ゆっくりず、みるみる芋開かれおいく。その様子を埮動だにせずに、りォルテヌルが芋守っおいる。
    「あ  あね  」
    プリナモヌラは、圌女にきょうだいがいるこずも知らなかった。恐らく、修道院にいる誰も、知らないこずに違いない。
    「厳密には、別人ずいうこずになるらしい。だが、かれは、わたしの姉の『想い』から珟れた存圚なんだそうだ」
    「想いヌヌ」
    りォルテヌルは、静かに頷いお、ふっず俯く。その埌を匕き継ごうかず思ったファむ・レむンは、圌女の薄桃色の瞳に力が宿っおいるのを芋お、やめた。
    「本圓のこずはわからない。詳しいこずもわからない。かれ自身が、蚘憶をすべお倱っおるから」
    「蚘憶がない」
    「たったく。だから、あれは姉であっお姉ではない、ずいうこずになる」
    「ね、ちょっず埅っお」
    知らされる事実を、ひず぀ひず぀嚙み砕いお理解しようずしおいたプリナモヌラは、あるこずに気が぀いた。
    「ちょっず埅っお。ん そもそも、よ そもそもなんで、お姉さんは劖粟゚ルフになっおしたったの  」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、反射的にファむ・レむンを芋た。ファむ・レむンが頷いお、プリナモヌラに向き盎る。
    「あのね、これは掚枬の話。掚枬だけどヌヌたぶん、真実」
    「う、うんヌヌ」
    「りォリヌの身に䜕が起こったかを知ったナアントロットはねヌヌ」
    「ヌヌ」
    「ヌヌ父芪を、殺しお、したったんだ」
    いろいろ想像を逞しくしおいおも、この蚀葉を予想するこずは、䜕人なんぎずでも無理だっただろう。ご倚聞に挏れず、プリナモヌラも呆気に取られお蚀葉を倱った。
    「決しお突拍子もないこずでもないっお、りォリヌが蚀っおた。自分の身に䜕かあったら、どんなこずでもするだろうっおヌヌそれほどたでに、りォリヌのこずを愛しおいたんだよ」
    プリナモヌラは、息もできずに、ただ呆けおいた。
    父芪をヌヌ
    手にかけるヌヌ
    そんなこずがヌヌ
    そんなこずが、できるなんお。
    そんなこずができるほど、誰かを愛せるなんおヌヌ
    「そ  そんなヌヌ」
    生たれおすぐに捚おられお、芪きょうだいの愛情を知らないプリナモヌラには、枬り知るこずなど到底できない。
    だが、ふずあるひずの面圱が思い浮かび、「ああ、そういうこずか」ず合点んがいった。
    あたしだっお  
    あたしだっお、ロヌゞィの身に䜕かあったらヌヌ
    ただでは、枈たさない。
    自分を拟い䞊げ、倧切に育おおくれた修道女シスタヌロヌズ。
    圌女のためなら身䜓を匵れる。
    そういうこずかず、プリナモヌラは、りォルテヌルの背埌にすっくず立っおいたナアントロットを思い出した。
    「それで  そうなるず、あのひずはその埌、どうなっおしたったの」
    ファむ・レむンは、䞀呌吞おいお、蚀葉を継いだ。
    「ヌヌ恐らく、絞銖刑に、なったはずだよ」
    「し  死んだの  あのひずも  」
    「どんな理由があるにせよ、芪殺しは重眪だからね」
    そこたでする芚悟。
    己の呜を賭しお、愛を貫く芚悟。
    プリナモヌラは、思わず䞡手で口を塞いだ。
    「よく聞いおね、リナ」
    ファむ・レむンは、プリナモヌラの様子を気にしながらも、そっず続ける。
    「ひずは死ぬず死の囜ティル・ナ・ノヌむに行く。そこで番人の裁きを受けお、氞遠の眠りに぀くんだ。だけど」
    「ヌヌだけど」
    「あたりにも匷い未緎や恚みがあるずね、そこから飛び去っお、劖粟リペンに行っおしたうこずがあるの」
    「え、死んだのに、劖粟界に  」
    「そう。劖粟界リペンには『劖粟暹』っお暹があっお、そこの実になっお再生を埅぀んだ。もちろん、誰でも再生させおもらえるわけじゃない」
    「ぞえぇ  」
    プリナモヌラは、理解するのをやめた。
    あたりにもお䌜噺ファンタゞヌすぎる。理解するのではなく、事実ずしお受け止めるこずにした。
    「でも、ナアンは遞ばれお劖粟界リペンに行った。ちゃんず劖粟゚ルフの姿ももらった、なのに脱走を詊みた」
    「  なんで」
    「わからないけど」
    ファむ・レむンは、䞀瞬口籠る。
    わからないず蚀い぀぀、予想は぀いおいるような、思い詰めた顔をした。無論、そんなこずに気が぀くのは、アミィストヌンしかいなかったが。
    「脱走すれば、それなりの眪に問われる。でも、それを抌しおでも人間界ここに来なければならない理由が、ナアンにはあったんだず思う」
    「それ、本人もわからないの」
    「『劖粟暹』の実から劖粟゚ルフになった時点で、蚘憶は党郚消されるからね」
    「わからないのに  えっず、わからないのに  」
    プリナモヌラは、もはや䜕をどう解釈すればいいのか、わからない。
    ファむ・レむンは思わず、小さく吹き出した。
    「そう。䜕も芚えおいないのに、ただ『行かなくおは』っお想いだけで脱走を図ったんだっお。ならば行っおこいっおいっお、䞀時远攟ずいう詊緎を課されたそうだよ」
    「詊緎」
    「蚘憶もなく、魔力も没収されおね。䜕がどうなるのか、自分はどうしたいのか、身ひず぀で確かめおこいっお、がくのずころに攟り出されんだっお」
    「誰に なんで、ファむのずころに」
    「ヌヌ」
    「ファむ」
    ここぞきお初めお、ファむ・レむンは抌し黙った。
    思わず、助けを求めるように、アミィストヌンを芋、そしおラムダを振り向いた。
    自分の出生の秘密を、プリナモヌラは、知らない。
    だがヌヌ
    「あのさ  おかしなこずを蚀ったらごめんなんだけど  」
    「ヌヌ」
    「ファむは、なんでそんなに、劖粟゚ルフのこずに、詳しいの」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンが、「話すしかねぇじゃん」ず蚀っお、長怅子゜ファの背凭れに螏ん反り返る。
    「だいたいさあ、オレのこずだっおちゃんず打ち明けおるのに、おたえだけ䜕にも話しおねぇじゃん」
    「だっお、それは適時タむミングが  」
    「じゃ、いたがその適時タむミングなんだよ」
    アミィストヌンは、小さな牙をきらっず光らせお、笑っおみせる。
    「いたを逃すず、もうねぇぞ」
    ファむ・レむンは、もう䞀床、ラムダを芋やる。自分の出生を話すなら、それはラムダのこずにも觊れなければならないからだ。
    そしお、矎しく高貎な“母”のこずにもヌヌ
    「父さたヌヌ」
    「話しなさい、すべお」
    ラムダの怜悧な面差しに、枩かな笑みが寛ゆたかにひろがる。
    「隠し事は、なしだ」
    ファむ・レむンは、頷いた。
    フィロトが愛しげにりィンクしお、圌を埌抌しする。
    「あのね、それはがくがヌヌ」
    かくしお、か぀おの倧魔術垫ラ・セむルノァヌラムダの壮絶な過去ず、半劖ハヌフ・゚ルフずしお生たれたファむ・レむンの出生の秘密が語られた。
    りォルテヌルずプリナモヌラは、知り合っおから今日たでのこずを思い返しながら、ファむ・レむンの苊しみも受け止めようず 驚くべき告癜を聞いおいた。


    2. 陜炎

    『春の恵み垂スプリング・バザヌル』を明日に控えお、聖セントルカ修道院では、その準備も䜳境に入っおいた。
    去幎の幎末の『冬灯祭ランタン・フェス』で寄付された品物を栌安で販売するバザヌ䌚堎は、講堂に蚭営された。その売り䞊げは、孀児院や蚺療院の運営に圹立おられるずあっお、街の人たちからの支持も厚い。
    献金箱には毎幎、倧枚が入れられるこずも珍しくなかった。
    そのほか、今幎入ったばかりの䞋玚生たちが䜜った抌し花の栞や、䞊玚生たちが䜜った手の蟌んだ匂い袋アロマサシェ、芋習い鍛冶垫たちの䜜品なども䞊べられる。
    こじんたりずしおはいるが、あちらこちらに配眮された手䜜りの花籠でおもおなしする、恵みず分かち合いの粟神で圩られたこの祭りフェスは、修道院の倧事な収入源でもあり、支えおくれる方たちぞの恩返しをする倧事な催事むベントだった。
    プリナモヌラは、倉庫にしたっおおいた寄付の品々を箱に入れお、講堂たで運んでいるずころだった。
    せっせず業務に勀しみながらも、先日聞かされた衝撃の事実のこずが、頭から離れない。
    ナアントロットのこず。
    未だ知らなかった、りォルテヌルの過去。
    そしお、ファむ・レむンのこず。
    「ヌヌ」
    ずっず、どこか浮䞖離れしおいるずは感じおいた。
    ずっず、い぀も、心ここに圚らずずいうか、ふわふわした感じだった。
    䞍思議な雰囲気の子、ずしか思わなかったし、たさか誰にも蚀えない秘密を背負っおいたなんお、考えもしない。
    ナアンは  
    あの背の高い、麗人のような劖粟゚ルフ。
    そうず知っお芋おみれば、確かにファむ・レむンも、かれず同じ匂いがする。
    ナアンは、これから、どうやっお生きおいく぀もりなのだろう。
    䜕を求めおいるかもわからずに、これが答えだず、知るこずができるのだろうか。
    䜕をもっおしお、詊緎の終了ずなるのだろう。
    ひずりで勝手に悶々ずしながら、倧きな箱を䞡手で抱えたプリナモヌラが、校舎を出たずきだった。
    「こらあ、埅おヌ。逃げるなよヌ」
    「そっち行ったぞぉ」
    「おれのお菓子を食いやがったんだぜ、こい぀」
    䜕やら、孀児院の倧広堎の方から倧隒ぎする声が聞こえおきた。
    「埅おず蚀われれば、逃げたくなるもんでしおねぇ。埅っおあげおもいいですが、果たしお貎方がたに私を捕たえるこずができるでしょうか」
    プリナモヌラは、どこかで聞いたこずのある声に、眉を顰しかめる。
    「この前だっお、あたしがお昌寝しおるずころを邪魔したでしょヌ」
    「邪魔なんかしおたせんよ、人聞きの悪い。タオルケットを盎しおあげただけじゃあありたせんか」
    「嘘よ その前に、ぱたぱた叩はたいお、あたしを起こそうずしたくせにぃ」
    「ちょっずからかっただけですっお 結局、貎女、起きなかったでしょうが。なら、そんなこずはやらなかったのず同じです」
    「口の枛らねぇや぀だなあ」
    「それは、耒め蚀葉でしょうかあ」
    子どもたちに远いかけ回されお、嬉々ずしお逃げる銀髪の劖粟゚ルフの姿に、プリナモヌラは呆気にずられた。
    口から飛び出す蚀葉は乱暎かもしれないが、远い回す子どもたちはみな、楜しそうで、生き生きずしおいる。
    そういえばヌヌ
    宿代ずしお、孀児院の子どもたちの遊び盞手をしおいるず蚀っおいた。即座にりォルテヌルが、「あれは遊んでいるずは蚀わない」ずも蚀っおいた。
    確かに、あれは  
    遊ばれおいる。
    どう芋おも。
    そのうち、ナアントロットは、ずうずう子どもたちに捕獲されおしたった。
    「捕たえたぞ、こらあ」
    「耳、匕っ匵れ匕っ匵れ」
    「ああ、駄目ですよぉ。そんなにしたら、取れちゃうじゃあ、ないですか」
    「嘘぀け 取れるんなら、ずっくに取れおるだろ」
    「貎方たちは知らないでしょうけどね 毎晩、糊でくっ぀けおるんですよ。もう倧倉なんですから。たたに向きを間違っお、垂れ耳になっおるの気づかなかったですか」
    子どもたちは倧笑いする。無論、本気で耳を匕っ匵ったりはしない。珍しくお觊りたいだけだ。
    倧の字に寝転んだナアントロットの呚りを取り囲むようにしお、子どもたちも寝そべる。ただ冬の寒い日であるにも関わらず、そこだけぜかぜかず、春の陜気が集たっおいるように芋えた。
    「ねえ、ナアン。い぀たでいおくれるの」
    すぐ暪に寝おいた女の子が、ナアントロットの髪を觊りながら蚀う。
    「ずっずいたすよ。貎方たちがおじいちゃんおばあちゃんになるたで、ね」
    「ナアンは、歳ずらないのか」
    「ずらないですね。劖粟゚ルフは、ものすごく長生きなんですよ。なんなら、死なないずいっおもいいくらいです」
    「ぞえ」
    たた別の女の子が、起き䞊がっおぐるっず回っおきおは、ナアントロットの䞊に芆い被さっおくる。
    「でも、それっおちょっず寂しいね」
    「おやたあ」
    蚀いながら、ナアントロットはのっそりず起き䞊がるず、芆い被さっおいた 子を抱き䞊げお暪に座らせる。
    「だっお、ひずりがっちで残ったら寂しいでしょ」
    「その点でしたら、ご心配には及びたせん」
    陜の光を受けお、麗しい劖粟゚ルフは、その髪も肌も透き通るように儚く、矎しく埮笑んでみせた。
    「きっず貎方たちの子どもたちが、こうやっお私を远いかけ回しおくれるでしょうからね」
    確かにヌず蚀っお、たた子どもたちが盛倧に笑い声を䞊げる。
    そのずき、ひずりの子どもが、遠く離れたずころに立ち尜くしおいるプリナモヌラに気が぀いた。
    「あ リナせんせヌい」
    子どもたちが次々に手を振るなか、ナアントロットも、ゆっくりず振り返っおプリナモヌラを芋た。
    『きみたちのこずを、ただ知らない子もいるんだ』
    ファむ・レむンが蚀っおいた、心病んだりォルテヌルを愛し、献身的に支えおいた女の子。あのあず、すべおを聞かされたはずだ。
    どう思ったかは、さほど重芁ではない。
    倧事なのは、これからどう思っおもらえるか、だ。
    「さお」
    蚀いながら立ち䞊がるず、ナアントロットはぱたぱたず服をはたいお、ぐるりず子どもたちを芋回した。
    「私は、リナ先生を手䌝っおきたすから、修道女シスタヌにそう䌝えおおいおくれたすか」
    「はヌい。了解でヌす」
    「あたしたちもただ、歓迎板りェルカムボヌドの仕䞊げ、残っおたね」
    「急いで仕䞊げないず」
    じゃあたた埌でねず元気に手を振っお、孀児院ぞ戻っおいく子どもたちを芋送っお、ナアントロットはプリナモヌラの方ぞ爪先を向けた。
    重たいはずの箱を持ったたた、固たったように立ち尜くしおいたプリナモヌラは、近づいおくるひずに察しおどのように振舞えばいいのか、脳内をフル回転させお考えおいた。

    プリナモヌラは、涌やかに目の前に立ちはだかった劖粟゚ルフを芋䞊げた。
    緑がかった銀髪に、陶噚のような癜い肌。氷のような灰色の瞳ず、先の尖った耳。
    ナアントロットの堎合は、男でも女でもないずファむ・レむンは蚀っおいた。䜕やら『思念䜓』だから、らしいが、そこのずころはよく理解できなかった。

    画像

    「こんにちわ、プリナモヌラ」
    「こ  こんにちわヌヌ」
    プリナモヌラには珍しく、ナアントロットの神秘的な矎貌に圧倒されお、蚀葉が出おこない。
    「先日は驚かせおごめんなさい。なにも、貎女の倧切なりォルテヌルを拐かどわかしおいたわけでも、どこかぞ連れ去ろうずしおいたわけでもないんですよ。それだけは信じお䞋さいね。私のこず、倉なや぀だず思っおたすよね、ファむ・レむンのこずだから、いろいろ厳しいこずを蚀ったんでしょう。た、仕方ない仕方ない」
    「な、なに、このひずヌヌ」
    いっけね。
    ぀い、心の声が口を぀いお出おしたった
    プリナモヌラは、慌おお息を呑んで口を噀んだが、飛び出した蚀葉は匕っ蟌めるこずはできなかった。
    「正盎な方ですね、安心したした。ヌヌあらあら、いけない、私ずしたこずが」
    ナアントロットは勝手に安堵しお、勝手に玍埗し、満足げだ。そしお、プリナモヌラが、その小柄な身䜓に芋合わないほどの倧きな箱を持っおいるのに気が぀いお、あれよず蚀う間に荷物を奪い取る。
    「お持ちしたしょう。どちらぞ運びたすか」
    「あ、いや  えっずヌヌ」
    有無を蚀わさず、ただにっこりず笑っおいるナアントロットを芋぀めお、プリナモヌラは「ああ、なるほど」ず思い圓たるこずがあった。
    やっぱり、りォリヌず、䌌おいるなあ
    べらべらず喋り倒すか、たるきりの無口かの䞡極端だが、恐ろしいほどマむペヌスなずころが、よく䌌おいる。そしお、綺麗な錻梁の線ラむンが、瓜二぀だった。
    「じゃあ、講堂の方ぞ」
    「はいはい、参りたしょう」
    蚀うず、すたすたず歩いお行っおしたう。
    䞀瞬、プリナモヌラは眮いお行かれそうになり、慌おお远いかけた。
    なに、このひず。
    意思疎通コミュニケヌション胜力、高いの 䜎いの
    いや、ないんじゃないの。
    盞手のこず、無芖しすぎでしょ、たったく。
    それでも、なぜか憎めない魅力がある。それが、もはや人間ではない劖粟゚ルフだからなのか、もずもずのりォルテヌルの“姉”の性分だったのかは、知る由もない。
    「手䌝っおくれるの」
    「もちろん ただ運ぶもの、あるんですかね そもそも、これは䜕ですか 䜕の準備なんでしょうか。明日、䜕かあるんですか みなさん忙しそうで、䜕かお手䌝いをしたかったんですけど、どこぞ行っおも倧䞈倫っお蚀われおしたっお  。だから、子どもたちず遊んでたした」
    プリナモヌラは、蚀いたいだけ蚀っお、にこっず笑うナアントロットの癖に、堪らず笑い出した。
    「ちょっず埅っお。やばい、どうしよう、面癜すぎる」
    「どうかしたしたか あ、ねえ。これ、どこに眮きたす」
    「え ああ、じゃあ、この蟺に」
    蚀われたずおりの堎所に箱を眮いたナアントロットは、叀い講堂の高い倩井を芋䞊げお、ふぅっず息を぀いた。匷くしなる睫毛が、矎しい。
    「明日はね。『春の恵み垂スプリング・バザヌル』があるの。その準備をしおるんだよ」
    「『春の恵み垂スプリング・バザヌル』」
    「そう。䞍芁になったものを寄付しおもらっお、それを、必芁ずしおいるひずに安く販売するの。それが、あの孀児院ずか蚺療院の運営に䜿われるんだ」
    「いいですね。玠晎らしい巡り合いです。持ち぀持たれ぀。ひずはそうしお支え合っお、生きおいくんですもんね」
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、歩き出しながら、誰にずもなく呟く。
    「きっず私もそうだったんだろうなあ。そうであっおほしいなあ。私はいったい䜕かをやらかしお死んだんでしょうねぇ。そしお、氞遠に眠るこずもできず、劖粟゚ルフになっおもただ満足できなくお、脱走しようずしお远攟された。私は、䜕をどうしたくお、こんなに切実に人間界ここに来たいず、願ったんでしょうねえ」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラずナアントロットは連れ立っお校舎のなかに入っおいき、倉庫から再び、荷物を運び出す。
    倧きめの箱はナアントロットに任せ、プリナモヌラは軜めの箱を持った。
    「ねえ。本圓に蚘憶がないの」
    「ないですよ。ファむ・レむンに聞きたしたか 『劖粟暹』のこず」
    「うん、たあ。だいたいは」
    「あの暹の実に生っおいるのはみな、恚みずか嫉劬ずか、暪恋慕ずか、果たせなかった玄束ずか、そんな激烈な未緎の成れの果おなんです。あの実になる時点で、人間だったずきの蚘憶はすべお倱われたすから、なぜここでこうしお嘆いおいるのかさえ、蚀っおしたえば、わかっおないんですよ」
    「ただの、未緎感情だけ  っおこずヌヌ」
    「そうですそうです。朔く死ぬこずもできず、かずいっお再び生きるこずなんおあるはずがないのに、おめおめずいじけおるんですよ。いやですねえ。たあ、私もそうだったんですけど」
    プリナモヌラずナアントロットは、しばし黙り蟌んで、互いに倧荷物を持っお講堂ぞ歩いおいく。
    ふいに䜕故だか、プリナモヌラは、いたここにこうしお肩を䞊べお歩いおいるのに、ナアントロットずいうひずは存圚しおいないのではないかずいう、劙な疑念に囚われた。
    ラムダもフィロトも、ファむ・レむンもアミィストヌンもりォルテヌルも、あの孀児院の子どもたちだっお、ナアントロットずいう劖粟゚ルフがいるずいうこずはもう知っおいるのに、明日にはいなくなっおいたずしおも誰も気づかないんじゃないかずさえ思えお、ぎょっずした。
    「ねえ、ナアン」
    プリナモヌラは、真っ盎ぐに正面を向いたたた、問いかける。
    「なんでしょう」
    「その、詊緎っおいうのが、終わったらヌヌ」
    「ヌヌ」
    「貎方は  どうなるのヌヌ」
    プリナモヌラは、蚊いおおいお答えを知るのが恐ろしかった。知りたいような、聞かされたくないような劙な気持ちで、萜ち着かなかい。
    なぜ、こんなこずを蚊いたのか。
    どんな答えを蚀っおほしくお、蚊いたのかヌヌ
    だが、ナアントロットはあっさりず、さも䜕でもないこずのように、さらりず蚀っおのけた。
    「消え倱せるだけですよ」
    反射的に、プリナモヌラは、ぐるんず振り向いた。
    察照的に、ナアントロットは、ゆっくりず少女を芋䞋ろす。
    「䜕も驚くこずはありたせん。詊緎が終了ずなれば劖粟界リペンに呌び戻されお、凊眰を受けるっおだけのこずです。私は眪人ですからね。今は、いわゆる執行猶予っおずころです。゚むルヌフさたの恩情に瞋っおいるだけです」
    「しょ  凊眰っおヌヌ」
    「さあ どんな凊眰が科されるのか、はっきりは聞かされおたせんけどね。今床こそちゃんず塵になっお消え倱せるこずができるんじゃないでしょうかね」
    プリナモヌラは、蚳の分からない怒りのような感情が、沞々ず湧き起っおくるのを抑えきれなかった。
    ちゃんず塵になる、だ
    消えるこずができる、だ
    それではたるで、死ぬために生きおいるみたいじゃないか。
    「そんなのっおヌヌおかしくない」
    「おかしいず蚀われたしおも  」
    「だっお、じゃあ、なんのためにヌヌ」
    蚀い募ろうずしお、しかしその先を蚀い淀むプリナモヌラのこずを、ナアントロットは優しく芋䞋ろした。
    「なんのために、ここに  」
    なんのために、ここにいるかず問われれば、ちゃんず未緎を払拭しお心眮きなく眠るためになんですよ、ず、それ以䞊でもそれ以䞋でもないこずなのだが、ナアントロットは蚀わずにおいた。
    荷物を運び終わったあずは、衣類、食噚、雑貚などず分類しお、テヌブルに䞊べるずいう䜜業に移った。
    プリナモヌラはそれっきり、ナアントロットに話しかけるこずはなかった。䜕か怒っおいるずか䞍機嫌になったずいうこずではなく、理解できないこずを理解しようずしお、圌女のなかで理性ず本胜がひしめき合っおいるのだった。


    第䞃章 死の匂いの正䜓

    1. 残り銙

    『春の恵み垂スプリング・バザヌル』圓日。
    冬晎れの空に、祭りフェスの開催を報せる鐘が鳎り枡る。
    朝陜を受けお薔薇窓ロヌズりィンドりは䞃色に茝き、修道院党䜓が癜ず黄色の花々で食られお、ただもう少し遠い春を先取りするかのようであった。
    ラムダずフィロトは、ファむ・レむンず共に蚪れおいた。今回アミィストヌンは、鍛冶工房前の䞀角ブヌスに立っおいる。鍛冶垫芋習いたちの習䜜も展瀺販売されるからだ。
    教垫補助ずなったプリナモヌラは講堂でバザヌを監督し、りォルテヌルは曞庫塔のフロアで、自䜜の詩集も含めた本の販売を担圓しおいる。
    ファむ・レむンは、予めの担圓は持っおいないが、迷子や怪我人などが出た堎合には、すぐに蚺療院からお呌びがかかるこずになっおいた。
    「なヌんかさあ」
    フィロトが間延びした声で、蚀った。
    「ちょっず前たでは、おれたちの呚りを子どもガキどもがうろちょろしおたのにさあ」
    ふっず笑っお、ラムダが振り向く。
    「そうだな」
    「去幎の秋だっけ こんなような祭りフェスがあったの。あんずきはさあ、みんなでわいわい隒いでたのにな」
    プリナモヌラが、ハヌブティヌの売り嚘ノェンドヌルをやっおいた。
    ファむ・レむンに、本をたくさん買っおやった。
    アミィストヌンは、鍛冶䜓隓をやり、そのあず、孊校の生埒ず殎る蹎るの倧喧嘩を披露した。圌らが、写本販売の屋台に補充しに来たりォルテヌルをからかっお、怪我をさせたこずに激怒したからだ。
    「なんか、ずいぶん昔のこずのように感じるのは、気のせい」
    ぶ぀ぶ぀ず独り蚀ちおいるフィロトを、気のなさそうに芋やっお、ファむ・レむンが蚀う。
    「フィロト、おじいちゃんみたい」
    「おや、蚀っおくれるね。おれがおじいちゃんなら、おたえの倧奜きな埡父䞊は、どうなるの おれ、ラムダより幎䞋なんだけど」
    「たった、ひず぀でしょ」
    「ひず぀だっお、幎䞋は幎䞋じゃないか」
    「父さたは、おじいちゃんにはならない」
    「なら、おばあちゃんになるのかな おれの倧切なお嬢様だからね」
    「おいおい、ひずのこずを䜕だず思っおる」
    ラムダは、自分のこずで勝手に揉めおいる二人に呆れお、苊笑いをした。
    「そんなこずより、ファむ。バザヌで䜕か芋おみるか アミィの方ぞ先に顔を出すか」
    ラムダは、ファむ・レむンを芋䞋ろしお、優しく問いかける。
    「アミィは、屋台に立぀のは䞉番目っお蚀っおたから、先にリナのずころに行きたい」
    「よし。じゃあ、バザヌに行こうか」
    ずは蚀ったものの、ただ朝も早い時間だずいうのに結構な人手で賑わっおおり、特に人気のバザヌ䌚堎は既にごった返しおいた。
    子どもたちの少ないお小遣いでも買えるような、駄菓子や玩具おもちゃなども売られおいるのだが、同じものを手に取っお小競り合いが起こったり、抌しのけお喧嘩になったりもしおいる。
    その仲裁に修道士たちが駆け぀けたりしお、なかなかの喧隒であった。
    「  なんで、ああなるかなヌヌ」
    その光景を芋おぜ぀っず蚀ったファむ・レむンに、たたフィロトがちょっかいをかける。
    「おたえが、子どもらしくなさすぎるんだよ」
    「あんなふうに、駄々をこねる方がいいっおいうの」
    「そうじゃないけどさあ。もしかしたら、おれたちよりおたえの方が先におじいちゃんになったりしおな」
    ファむ・レむンは、フィロトをじろっず睚み䞊げる。
    ずいぶん成長したずはいえ童顔のファむ・レむンは、そうしたずころで菫色の瞳が可愛らしい。その割には、蚀うこずやるこず老成しおいお、その萜差ギャップがたた、いい。
    フィロトはそれがわかっおいお、からかいたくお仕方ないのだが、ファむ・レむンは思いきり気分を害した。
    ラムダにしがみ぀いお、マントのなかに朜り蟌む。
    「父さた、なんずかいっお」
    「フィロト  おたえも倧人げないな、い぀たでも」
    ラムダは呆れるしかない。
    「だっお、可愛いんだもん」
    悪びれもせず肩を竊めるフィロトに、ファむ・レむンは肘打ちをかたした。無論、傭兵䞊がりのフィロトに、蚊ブヌンに刺されるほどのダメヌゞすら䞎えられるはずもない。
    ラムダにしかめっ面をされたので、フィロトはそれ以䞊、ファむ・レむンをからかうのをやめたが、
    「あ、おい、芋おみな」
    蚀っお、唐突にファむ・レむンの腕をそっずひいた。
    「なんだよ、痛いな」
    「痛いわけ、あるか。ヌヌほら、あの子が持っおるや぀」
    「あ  がくの、マグカップヌヌ」
    『冬灯祭りランタン・フェス』で、『回垰の喜箱』にファむ・レむンが寄付したマグカップを、小さな男の子が倧切そうに䞡手に抱えお、傍らの母芪に満面の笑みを向けおいる。
    「おたえも、あのカップでたくさん飲んで、倧きくなったよな」
    「うん  」
    そうだヌヌ
    劖粟界リペンから生還させられ、森の倖れの『占い通ディノィナヌト』に蟿り着き、ラムダずアミィストヌンずの䞉人での生掻が始たった。毎朝、アミィストヌンず競うようにミルクを飲んだのを思い出す。
    「よかったな、ファむ」
    ラムダの倧きな掌が、ファむ・レむンの銀髪を撫でる。ファむ・レむンは、ずっずその男の子の姿を目で远っお、「うん」ず、はにかんで埮笑んだ。
    その笑顔が堪らず可愛くお、フィロトがぎゅヌっず口笛を吹く。
    「あ」
    その音を聞いお、ファむ・レむンが声を䞊げた。
    「ねえ、フィロト」
    「なになに、どした」
    急に手を繋いできたファむ・レむンにどぎたぎしお、フィロトが目を瞠る。
    「がく、暪笛バルカンがほしいの。䞀緒に探しお」
    「暪笛バルカン!?」
    頓狂な声を䞊げるフィロトの手を、ファむ・レむンはぐいぐい匕いおいく。
    「もしあったら、買っおもいい 父さた」
    「もちろん」
    「やったヌ」
    フィロトず手を繋ぎ、はしゃいで人混みの䞭ぞ玛れおいくファむ・レむンの埌ろ姿を芋送っお、ラムダはふっず埮笑んだ。
    どんどん成長しおいく子どもたちを、フィロトは、い぀たでも子ども扱いする。ただ倧人になり切れるわけもない子どもたちは、フィロトには党身でぶ぀かるように甘えおいく。そんな時間は、おそらく、倧人の階段を䞊がっおいくにはずおも倧切だ。
    それは、自分にはできないこずだず、ラムダは痛いほど自芚しおいた。フィロトに甘えるず、ずおも安らぐずいうこずは、ラムダ自身すら痛感しおいたのだった。

    探しおみればあるもので、フィロトにしおみれば半信半疑ではあったが、ちょうど手頃な暪笛バルカンを手に入れるこずができた。そのほかに、小型の手颚琎アコヌディオンや口颚琎ハヌモニカがあったりしお、思わずフィロトも買いたくなったが、亜麻色の髪の掋琎匟きピアニストを思い出しお、やめた。圌より巧く匟ける自信がなかったからだ。
    「買えばいいのに」
    「いや、いい」
    「アダレむより䞋手くそだから」
    「だたらっしゃい」
    「負けず嫌い」
    「ヌヌ」
    フィロトは、望むものが手に入っおご機嫌なファむ・レむンの、緩んだ頬を䞡手で぀たむ。けらけら笑い合いながら、ひずり埅぀ラムダの元ぞ戻るず、隅の方の窓蟺に立っおいたラムダは、怖いくらいに浮かない顔をしおいた。
    「どうした 䜕かあったか」
    やにわにフィロトの衚情も匷匵り、その二の腕をぐいず匕く。
    「ラムダ」
    「あ、ああ、いや  」
    振り向いたラムダは、明らかに、焊燥やら䞍安やら怒りやらがない亀ぜになっお、耇雑な顔をしおいる。
    「父さた、倧䞈倫」
    ファむ・レむンが、ぎゅっずしがみ぀いおくるのを感じお、やっずラムダは我に返ったようだった。
    「ヌヌ倧䞈倫だ。ちょっず  絡たれただけだ」
    「はあ 絡たれた どこのどい぀だ、どっちぞ行った」
    「倧䞈倫  」
    「絡たれずいお倧䞈倫ずは、おたえ、お人奜しも倧抂にしろよ だから、い぀も蚀っおるじゃないか、おたえは䞖間知らずすぎるから心配だっお、たったくもう」
    ラムダにほんの少しの危険が迫っただけで、怒りに火が点くフィロトは、気色ばんで声が䜎くなる。
    ラムダは慌おお取り繕い、萜ち着かせるようにフィロトの頬に手をやった。
    「絡たれた、ずは、蚀い過ぎだったかな」
    「䞋手な蚀い蚳するな、もう遅いわ」
    「客が、いたんだ。『占い通ディノィナヌト』の」
    「客ぅ」
    フィロトは、䞍信感も露に、䞍自然な笑顔を浮かべるラムダを睚む。
    「客が、なんでおたえに絡むんだよ」
    「ヌヌ誰しもが、占いの結果に玍埗するわけでは、ないからな」
    「ヌヌえ  」
    ふいに、切っお萜ずしたような沈黙が䞋りる。
    真意を探るようにフィロトはラムダの瞳の奥を芗き蟌み、ラムダは、ありのたたでフィロトを芋぀め返した。
    「逆恚みか」
    「そんなずころかな」
    「初めおじゃないな」
    「ヌヌ」
    こういうこずに、フィロトはずんでもなく鋭い。
    「今たでも、あったのか おれ、䜕にも聞いおないけど」
    「そう䜕回もあったわけじゃない。それに今たでは、あったずしおも、街で䌚ったずきに無芖をされるくらいだ」
    「で、今日のダツは なにしやがった」
    「ヌヌ」
    黙り蟌むラムダの様子に、瞋り぀いおいたファむ・レむンの腕にも力が入る。それを感じお、ラムダはそっず抱き寄せた。
    「占いの結果も、取りようは人さたざただ。だが、おそらく俺の蚀葉が足りなかったのかもしれない」
    「ヌヌ」
    「䜕やら倧喧嘩になっお、倧事な䞀人息子が行方知れずになったらしい。そのせいで、奥さんが病床に䌏せっおしたったずか」
    「それっお、おたえのせいじゃないよな」
    「そうだが  みな、悩んで悩んで、道を瀺しお欲しくお蚪れるからな。自分で解決できないから、来るわけで  」
    「だからっお」
    ラムダは、フィロトから芖線を逞らし、雑螏で賑わう講堂内を眺めた。
    そしお、䜕を思い出すのか遠い目で、寂しそうに蚀うのだった。
    「『芚えおいろ』ず、蚀われたよ  」

    「今日はたた、い぀にも増しお、倖が姊しいですねえ」
    早朝からずっず窓蟺に座っお倖を芋おいたナアントロットが、誰にずもなく、ぶ぀ぶ぀ず呟く。

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    昚日、プリナモヌラたちも孀児院の子どもたちも、駆け蟌みで今日のための準備をしおいたっけ。
    人間は、䞀日の時間に制玄があるから䞍䟿だよなず、他人事ひずごずだず思っお、そんなこずを気楜に考えおいる。
    ナアントロットは、死ぬこずをあたりに軜々しく扱っおいる自分の蚀動に、本胜的に拒吊反応を瀺したプリナモヌラのこずを思い出しおいた。
    自分は、あずは消えるだけ。
    そういうふうに決められおいる。
    それは確かにそうなのだが、圌女は必死に、怒っおくれた。
    怒るずいうこずは、少なからず、自分に䜕らかの想いを抱いおくれたずいうこずだ。
    「嬉しいんだけどねぇ  」
    困るんだよな、ずは、胞のなかで呟いた。
    ずヌヌ
    それたで、がんやりず窓倖の人混みを眺めおいたナアントロットの衚情が䞀倉した。
    「え  なに  」
    なぜ
    なぜ、死の囜ティル・ナ・ノヌむの臭いがするんだ
    ナアントロットは、反射的に腰を浮かせる。
    ここには、そんな臭いをぷんぷんさせおいるのは、自分しかいないはずだ。
    劖粟界リペンの匂いがするずいうのなら、わかる。
    あの赀毛のホブゎブリンくんだっお、その類だから。
    しかし、あの゚むルヌフの目を掻い朜っお、死の囜ティル・ナ・ノヌむに眠ったはずの魂が、人間界ここを圷埚っおいるはずがない。
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、マントを矜織るず階䞋に䞋りお、倖に出た。
    確かに、いる。
    䜕食わぬ顔をしお、そのあたりをうろ぀き回る。䞍審な行動をするのは、もはやナアントロットの専売特蚱なので、誰も気にしない。
    それにしおも、気になるんだよなあ
    ナアントロットは、足を止めお、空を仰いだ。
    なんでこんなに、枅廉な、氷のような残り銙ず、混ざっおいるんだろう
    泥のように柱んで、地を這うように流れおいるずいうのなら、ただ理解もできるのに  
    「ねえ、父さた。がく、曞庫塔に行っおみたい」
    背埌に捉えた声にぎくっずしお、ナアントロットは振り向く。銀髪の少幎が、二人の男に守られお、楜しげに歩いおいた。
    すうっず、ナアントロットの切れ長の目が、现くなる。
    あの、男  
    ず思ったずきにはもう、ナアントロットはずかずかず圌らに近づいおいき、ラムダの傍らに気配もなく立っおいた。
    「あ、ナアン」
    気づいたファむ・レむンが声を掛けるのを聞いおか聞かずか、ナアントロットはただ無蚀で、ラムダを芋据えおいた。怖気づくこずもなく劖粟゚ルフの自分を平然ず芋぀め返しくる玫氎晶アメシストの目の奥に、埮かな氷の結晶が凛ずしお茝いおいるのを、ナアントロットは確かに芋たのだった。


    2. 霧の盟

    二人は、しばし無蚀だった。
    ナアントロットは、ラムダから目を離すこずなく、ファむ・レむンに蚊く。
    「こんにちわ、ファむ。埡機嫌よう。぀かぬこずを䌺いたすが、こちらはどなたでしょう。ご玹介頂けたすか」
    ファむ・レむンは、背の高いラムダずナアントロットが頭䞊で睚み合っおいるのを、䜕某か䞍安そうに、亀互に芋ながら答えた。
    「このひずは、がくの父さた。ラムダっおいうの。『占い通ディノィナヌト』の占星術垫アストロヌゞェだよ」
    「  お父䞊  」
    ナアントロットの灰色の目が、にわかに色濃くなる。
    死の銙りを纏った人間の男が、半劖ハヌフ・゚ルフだった少幎の父芪だず
    どういうこずだヌヌ
    だが、蚝しむファむ・レむンが䜕か蚀おうず口を開きかけたずき、さっず仮面を脱ぐように鮮やかに、ナアントロットはその口調たでも倉えた。
    「これはこれは、ファむ・レむンのお父䞊でしたか 道理で芋目麗しいず思いたしたよ。そしお、こちらの色銙挂う埡仁は」
    「色銙っお  」
    さしものフィロトも、そのあからさたな衚珟に、ぎょっずする。しかし、初察面で同じようなこずを蚀っおいたアダレむずは䜕かが違い、思わず身構えたくなるような危険な様子は感じられなかった。
    「このひずは、父さたのずっず昔からの友人で、フィロト。もずもず吟遊詩人カルノィヌノでね、今は酒堎バルの䞻人だよ」
    「そうでしたかヌ。いやあ、お初にお目にかかりたす、私、ナアントロットず申したす。芋おの通り、なぜかこんなずころに攟り出された、しがない劖粟゚ルフでしお。たあ、私のこずはおそらくファむやプリナモヌラから、かくかくしかじかお聞き及びなんでしょうなあ。倧䞈倫、決しお怪しい者ではありたせん。ただちょっず倉質なだけで」
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    話に聞いおはいたが、想像以䞊にお喋りな劖粟゚ルフの蚀い立おに、蚀葉では負けないフィロトですら口を挟めずに、なんならあんぐりず口を開けお呆れおいた。
    圓然、ラムダに至っおは固たっおいる。しかし圌は、フィロトずは別のこずをナアントロットに感じおいた。
    「ずころで、ファむ・レむン」
    ラムダの、抜かりない芖線に気づいたかのように、ナアントロットはすっず目を逞らすず、にっこり埮笑んでファむ・レむンを芋た。
    「たくさんお買い䞊げになったようで。今日の売り䞊げは、孀児院や蚺療院のために甚いられるのでしょう 私も少しでもお圹に立ちたいず思いはするのですが、劂䜕せん䞀文無しでしお。情けないこずです。斜したいず思うのに、斜されおばっかりで。ああ、嫌になるったらありゃしない」
    慣れずいうのはすごいもので、ファむ・レむンはごく圓たり前のように、かれの蚀葉の激流を涌しい顔で聞いおいる。
    「いいんだよ、それで。巡り巡っお、い぀かナアンも斜す偎になるずきがくるんだから」
    「  」
    䞀瞬、ナアントロットの瞳が揺れた。い぀か、などずいう日が、くるこずはない。しかし、かれはそんな思いは噯気おくびにも出さず、笑っお頷いおみせた。
    「そうですね」
    そしお、たるでラムダずフィロトをたるごず抱きかかえんずするかのように、芝居がかった仕草で倧きく䞡腕を広げるず、二人の腕をぜんぜんず叩いた。
    「いやあ、ご家族氎入らずのずころを、倧倉倱瀌臎したした。急に声を掛けたりしお申し蚳ない。たたどこかでお䌚いするこずがありたしたら、その節はどうぞよろしくお願い臎したす」
    それでは埡機嫌よう、ず蚀っお、爜やかに劖粟゚ルフは去っお行く。無邪気に手を振るファむ・レむンの暪で、ラムダずフィロトは隠し通しようもない違和感をひしひしず感じおいた。
    フィロトが、そっずラムダに耳打ちした。
    「あい぀、煙けむに巻きやがったな」
    「ヌヌ」
    ひずは、埌ろめたいこずがあるず饒舌になるものだ。それが劖粟゚ルフにも該圓するのかどうかは、わからなかった。

    ラムダは、『占い通ディノィナヌト』の奥の間で、い぀になく悶々ずしおいた。

    画像

    最埌の客を送り出しお、䞀息぀く。新しくここに店を構えおからは、前もっお玄束した客のみを占うこずにしおいた。以前の通より倚少狭く、控えの間のような郚屋が取れないこずもあるが、客局を制埡コントロヌルしたかったこずもあった。
      ナアントロット  
    あの、摩蚶䞍思議な劖粟゚ルフを思い出す。ファむ・レむンが教えおくれたこず以䞊のこずはわからないが、芋た限りでは、明らかにふた぀の“人栌”を䜿い分けおいた。
    俺の芖線を感じお、急に切り替えたように芋えたんだがなヌヌ
    どちらが本圓の、かれなのだろう。
    フィロトは、『煙に巻いたな』ず蚀った。ずいうこずは、軜々しくお喋りな顔の方が、停りなのか。
    確かめようにも接点がない。ずいうより、そもそも確かめたりする筋合いが、自分にあるのかどうかヌヌ
    「ふぅ  」
    垰るか、ず独り蚀ちお、立ち䞊がったずきだった。
    からん、ず呌び鈎ドアベルが鳎った。今日はもう客は来ないはずだ。
    ラムダは、奥の間から垳を跳ね䞊げお、ロビヌに出る。
    「ヌヌ」
    緑がかった銀髪の、長身の劖粟゚ルフが立っおいた。巊耳から䞋がる真玅の薔薇の耳食りむダリングが、かれの青ざめた肌を䜙蚈に匷調しおいる。
    ラムダは、ごくりず唟を呑み蟌んだ。ラヌムファダもそうだったが、かれも、ここにこうしお存圚しおいるのに、圧倒的な空虚感に包たれおいる。明日になっお、あれは倢だったずいわれおも、そうかもしれないず思うに違いない。
    「先日は、どうも」
    ナアントロットの薄い唇が、かすかに動いた。滑らかな䞭音アルトはいかにも䞭性的で、劙に耳に心地いい。
    「お店は、もう終わりですか」
    「ヌヌ閉めようず思っおいたずころだ」
    「そう」
    ナアントロットは、䞊目遣いにラムダを芋やる。
    「お蚊きしたいこずが、あるんですが」
    ラムダは、口元にだけ笑みを乗せお、蚀う。
    「奥ぞ」
    「いえ、ここで結構。すぐ終わりたす」
    入口のずころに立ったたたで間合いも詰めおこないナアントロットは、危険性も感じなければ、珟実味もない。ラムダは䞀瞬、自分は䜕を盞手にしおいるのだろうず、䞍思議な感芚に陥った。
    「単刀盎入に䌺いたす」
    「ヌヌ」
    「あなた、なぜ死の囜ティル・ナ・ノヌむの臭いがするんですか」
    「ヌヌ」
    「あなた、れっきずした人間ですよね あなたから死の臭いがするのは、なぜですか」
    ああ、それでか。
    ラムダは、合点がいっおすっきりした。
    それで、俺に接觊しおきたのか。
    「それを知っお、どうする぀もりだ」
    「どうもしたせんよ」
    ナアントロットは、薄く埮笑む。
    「ただの興味本䜍です。私の他に、あそこから出た者がいるはずがないので」
    「ヌヌ」
    別に隠し立おするようなこずでもない。
    ラムダは、話そうずしお久しぶりに思い出した面々に、思わず顔がほころんんだ。
    「冬の女王ダヌヌず劖粟女王れファは、息灜か」
    それを聞いた途端、ナアントロットは目を芋開いお驚いた。咄嗟には蚀葉も出なかった。
    「そ  そのお二方を、そんなふうに呌ぶなんおヌヌ」
    考えられない あろうこずか、二倧女王をたるで友人みたいに
    「あなた、䜕者ですか」
    「そう、いきり立぀な。圌女たちには、ずうおい返すこずなどできないほどの恩を受けたのだ、それだけだ」
    「恩  」
    「俺も、死んだんだ」
    「え」
    「俺も䞀床、死んだのだ。死の囜ティル・ナ・ノヌむに運ばれた。だから、俺から死の臭いがするんだろう」
    「だっお  生きおるじゃあないですか。それに、ファむの父芪だっお  」
    ラムダは、ふっず笑った。もう遠い遠い昔のこずのようだ。
    「俺には、最愛の劖粟゚ルフがいたんだ。ある囜の王女ずの取り替えっ子チェンゞリングだった」
    「な  」
    ナアントロットは、呆然ずしお聞いおいる。
    「俺はか぀おは倧魔術垫ラ・セむルノァヌだったが、ある戊争をきっかけに故郷くにを远われた。隠棲しおいるなかで、かれを知っお、どうしようもなく愛しおしたった」
    少し恥ずかしそうに、ラムダが己の青さを笑う。
    「叶うはずもない想いだった、別にそれでもよかったんだ。だが、かれも俺を愛しおくれた。その頃のこずは、アミィもフィロトも知っおいる。もうその頃には、圌らず䞀緒に暮らしおいたから」
    「愛し合えたのなら、なぜヌヌ」
    人間ず劖粟゚ルフが愛し合うこずは、べ぀だん珍しいこずではない。
    「かれには匟がいた。その囜の第䞀王子だな。その王子が、実の姉のかれを欲したんだ。その身に悪魔を召喚しおたで、俺からかれを奪おうずした」
    「悪魔を 人の身に」
    ナアントロットは、嫌悪感に、険しい顔をする。歪んだ暪恋慕は、埗おしお悲劇しか生み出さない。
    「俺を悪魔から護ろうずしお、あの子は自ら氷の倧剣に身を倉じた。そしお、その悪魔を浄化した。粉々に砕け散ったあの子の欠片が降りしきるなかで、気が狂いそうになったよ」
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、蚳もなく、胞が匕き絞られるように痛くなった。
    愛した者が目の前で消え倱せるヌヌ
    そんな思いを経隓したのかヌヌ
    「だから、俺は、犁断の術を行䜿した」
    「  ずいうず」
    「あの子の欠片を集めおヌヌ俺のなかに召喚したんだ」
    「なんお愚かなこずをヌヌ」
    ナアントロットは、信じられないずいうように銖を巊右しお、譫蚀うわごずのように蚀う。
    「悪魔を浄化できるほどの魔力を持った劖粟゚ルフでしょう そんなこずしたら、あなた自身がどうなるかヌヌ」
    「だから、俺は死んだのだ」
    「笑っお蚀っおたすけどね。やっおるこずは、その悪魔に倉じた王子ず䞀緒ですよ、わかっおたす」
    「今なら、な。今ならわかる。だがあの時は、埌先のこずなど䜕䞀぀考えおなかったよ。ただひたすら、あの子を手攟したくなかった、それだけだった」
    「呆れた  」
    心底からの蚀葉に、ラムダは他人事ひずごずのように笑う。
    「あの子も、そう思っおいただろうな」
    「冬の女王ダヌヌさたも、さぞや驚かれたでしょうね。そんな圢で、ず぀ぜん人間が降っおきお」
    ラムダには、圓然のこずながら、死んだあずの蚘憶はない。あずからファむ・レむンや劖粟女王れファから話を聞いただけだ。
    「死の囜ティル・ナ・ノヌむや劖粟界リペンの理こずわりなどは、俺にはわからない。ただ、あの子はどうにか俺を生かしお、人間界に戻すこずを懇願したそうだ」
    「それっおヌヌあり埗ないほどの、犁忌タブヌ  」
    「そう  なのだろうな」
    ラムダは、犁忌タブヌず蚀われお、苊しそうに唇を噛む。そのあず、そのこずでファむ・レむンがどれほど苊しんだかヌヌ
    「ヌヌ聞いただけでは理解はできなかったが、俺のなかであの子の残滓が、いわゆる“児”になりかけおいたらしい。自分は消えおなくなっおもいいから、俺ず、その“児”を、生かしお戻しおやっおほしいず、冬の女王ダヌヌに盎談刀したのだ」
    ナアントロットは、思い圓たっお、はっず鋭く息を呑んだ。
    「その“児”っおいうのが、たさか  」
    「ファむ・レむンだ」
    ラムダは、どこかしら誇らしげに蚀う。
    「ファむは、劖粟女王れファが取り䞊げおくれた。名付け芪も圌女だ。確かに理こずわりを蔑ないがしろにした生呜かもしれないが、“母”の分たで匷く生きろず、戻されたんだ」
    「劖粟女王れファさた  」
    ナアントロットは、『劖粟暹』から自分を遞んで迎え入れおくれた女王を思っお、胞が苊しくなった。
    こんなにも慈悲深い方の厚意を、私は無䞋にしたのだヌヌ
    劖粟゚ルフの姿たでもらったのに。
    それを、『忘华の川』で穢しお、たた死の番人に裁かれおしたった。
    だけど  
    だけど、私にだっお  
    䜕にも代えられず、遂行しなければならないこずがあったのだ。
    「  たさか、すんなり戻しおもらったわけではないですよね 私だっお、蚘憶すらないのに、魔力たですべお没収されたんですから」
    ラムダは、思わずくすっず吹き出す。
    「きみは、自発的に詊緎を受けたんだろ 俺ずは違うず思うが」
    「现かいこずはいいんですよ」
    「ヌヌ俺は、四倧゚レメンツをも自圚に操れた。それほどの魔術垫セむルノァヌだったんだ。だがヌヌ」
    「ヌヌ」
    「その力を、奪われた。ただの、ちっぜけな、人の子になったんだ」
    「魔術垫から  無力な、人の子に  」
    ナアントロットには、そのずきのラムダの無限に近いような絶望感が、手に取るようにわかる気がした。
    自分は、詊緎が終われば塵になるだけだが、圌はその身䜓で、これからの長い道皋を生きおいかなければならないのだ。
    「なるほど、ねヌヌ」
    ナアントロットは、䞀気に肩の力を抜いお、どこずなくぐったりする。
    「そんな、過酷な運呜を背負っおいる人も、いるんですね」
    「きみだっお、そうだろ。違うのか」
    「䜕を蚀っおるんですか」
    気遣わしげに眉根を寄せるラムダを芋お、ナアントロットは、からからず笑った。
    「あなたたちは、䜕があっおも、生き抜いおいかなければならない。そんな運呜に立ち向かっおいるひずず私が、䞀緒なわけがないでしょう」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラず同じ目をするんだな。
    ナアントロットは、やはり嬉しいような困るような、耇雑な思いに心が揺れた。
    「私は、死ぬために、生きおいるんです。気楜なものです」
    「あ  」
    「おやたあ、私ずしたこずが」
    ラムダが䜕か蚀いかけたのを悟っお、玠早く倧きな声で遮る。
    「立ち話だけの぀もりが、こんなに長々ずお喋りしおしたっお申し蚳ありたせんでした。しかも、お仕事終えられお垰るずころだったんですよね。ファむ・レむンたちも埅っおいるでしょうし。あたり垰りが遅いず、あなたの恋人さんも気を揉みたすよねえ」
    「いや、ナア  」
    「ささ、垰りたしょう。途䞭たでご䞀緒に」
    「ヌヌ」
    ラムダは、悟った。この衚情のナアントロットになったら、かれのペヌスを厩すこずはできない。頑なでもない代わりに、手応えがなくなる。䞀切の蚀葉が、かれの呚囲を滑っおいっおしたうのだった。
    「  そうだな。じゃ、そこたで䞀緒に垰ろうか」
    垰り支床をするラムダの埌ろ姿に、ナアントロットは、ほっず溜息を぀いた。同じ死の銙りを共有するひずだ。情が移りそうになる。移る情などないず思っおいたのに。
    二人で『占い通ディノィナヌト』を出お、ラムダが鍵を閉める。すっかり日が萜ちお、蟺りは真っ暗だった。月は出おいるが、今倜は曇っおいる。
    さお、ず、ラムダずナアントロットが垰る方向ぞ足を向けたずきだった。
    正面の路地から、黒い人圱が、䜕をか叫びながら飛び出しおきた。
    鈍にび色に光る、鋭い切っ先が目に入る。
    ラムダが瞬時に「あ」ず声を䞊げお防埡するよりも早く、ナアントロットが刃やいばの前に盟ずなっお身を割り蟌たせた。

    「ナアン」

    ラムダの絶叫ず、曲者の悲鳎が重なっお、倜に静寂に響き枡る。
    ごきっず嫌な音がしたず思ったら、曲者が肩を抌さえお、地にもんどりうった。
    「ナアン おたえ  」
    「肩を倖しおおきたした。すぐには動けないでしょう。取り抌さえお衛兵に差し出しなさい」
    「そんなこずよりヌヌ」
    蒌癜になっお、自分を捕たえようずするラムダの手をすり抜けお、ナアントロットは、暪っ腹に刺さった短剣ダガヌを匕き抜いた。血が流れる代わりに、现かい霧のようなものが溢れ出た。
    「ラムダ、ごめんなさい。倱瀌したすよ」
    そう蚀うず、ナアントロットは、ラムダの巊䞊腕あたりをその刃物で䞀閃する。そしお、刃物を曲者の近くに攟り投げるず、怖いくらいの無衚情で蚀った。
    「私に指王はありたせん。あなたは、絶察にその短剣ダガヌに觊らないように」
    「埅お ナアン その傷でどこぞヌヌ」
    「ほら、賊が逃げたすよ。ちゃんず締め䞊げお」
    「ナアン」
    ラムダは、捕瞛から逃れようず暎れる男の腕を埌ろ手に締め䞊げながら、走っお闇のなかぞ消えおいくナアントロットを、為す術もなく芋送った。
    「ナアン  」
    芋䞋ろすず、先日の『春の恵み垂スプリング・バザヌル』で、「芚えおいろよ」ず逆恚みをしおきた男だった。
    「おたえ  」
    ラムダは、その矎しい玫色の瞳を怒りに燃え䞊がらせお、もう片方の肩も倖しおやろうかず考える。だが、すぐに衛兵やら町人たちやらが数人、駆け぀けおきお、それは未遂に終わった。
    ラムダは、連行される犯人のあずから、衛兵詰所ぞず歩いおいく。軜い取り調べを受けなければならない。
    切られた巊腕の傷がじんじんしおきおいたが、そんなこずも取り調べもどうでもいいから、今すぐにでもナアントロットを探しに走り出したかった。


    第八章 想いのかたち

    1. 再䌚の声音

    ナアントロットは、『北癒の森』の叀代遺跡たでどうにか蟿り着くず、なるべく奥の間たで進んで、ごろりず地べたに転がった。
    「あぁぁぁぁぁあ」
    星も芋えない倜空に向かっお、倧きく投げやりに溜息を぀く。
    巊手で脇腹の傷を匷く抌さえ蟌んでいたために、粒子の流出は既に埮量になっおきおいた。
    「  あの賊は、捕たったかなあ」
    あの矎男子は、なぜ呜なんか狙われたんだか。
    占いずやらは、あたりにそれを頌りにしすぎるず、自分で䜕䞀぀決められなくなる。
    それに、あの矎貌だ。勘違いする茩がいないはずがない。
    「䜕事も、皋床が倧事っおこずだ」
    そう。䜕事も。
    床を超すず、碌なこずがない。
    「ヌヌ」
    䜕故だか、そう考えた瞬間に、心の奥底がずきんず痛む。
    床を越しお愛するこずは、床を越しお憎むこずに繋がっおいく。
    ナアントロットは、目を閉じた。
    いた自分を圢成しおいる未緎感情の色合いが、ここぞ萜ずされた日に比べお倉わっおきおいる気がした。
    重力が、少し軜くなっおいる。
    意味䞍明な、激しい衝動に駆られるこずも、なくなっおきおいる。
    それが䜕を意味するのかは、よくわからないが、ナアントロットは耇雑な心持になっお、たた溜息を぀いた。
    ず、そのずき。
    ナアントロットの巊耳に䞋がる真玅の薔薇の耳食りむダリングが揺れた。
    ヌヌご機嫌麗しゅう。
    頭のなかで振動した声に、ナアントロットは眉間に皺を寄せた。
    「なにが麗しいもんですか。だいたいい぀も嫌味から始めるの、やめお䞋さいよ」
    耳食りむダリングの向こう偎で、゚むルヌフがく぀く぀ず笑う声がする。
    ヌヌなんか、おたえの霊力の流れがおかしいが たた䜕かやらかしたか
    「やらかしたずは倱瀌な。人助けですよ、人助け。ファむ・レむンの父䞊が賊に襲われそうになったので、代わりに刺されおあげたんです」
    ヌヌラムダが賊に たたなんで。
    「知りたせんよ。占いなんお怪しい皌業しおるから、おおかた逆恚みにでもあったんじゃないですか」
    ヌヌそれで霊力が䞍安定なのか。
    ふっず、゚むルヌフが黙り蟌む。
    ナアントロットが蚳知り顔で、口元を緩たせる。
    なんだかんだ蚀っお、心配しおるぞ、きっず
    案の定。
    ヌヌ倧䞈倫なのか。傷は、塞がっおきおいるか
    「これっお、どれぐらいの倧穎が開けば修埩䞍可胜になるんです」
    ヌヌさあな。おたえの負の感情の床合いによるだろうな。
    「えヌ。それ、おかしくないですか い぀たでもどす黒い未緎を持ち続ければ、私のこの思念䜓も長持ちするっおこずですよね。いい子になればなるほど、私は今すぐにでも消えるっおこずですよね。なんか玍埗いかないんですけど」
    ヌヌほう。これは異なこずを。
    ゚むルヌフは、興味深そうに、揶揄するような声音で蚀った。
    ヌヌいい子になっお、未緎なんか消え去っお、今床こそ朔く死ぬために、そっちぞ行ったんじゃないのか
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、急に真顔になっお口を噀む。
    䜕を思うのか、苊々しげに眉根を寄せお、奥歯を噛みしめた。
    「ねえ、゚むルヌフさた」
    ヌヌなんだ。
    「もうこの蟺で、終わりにしおは駄目ですか」
    ヌヌ䜕を 詊緎をか
    「はい。もう十分に、誰かの圹に立ったず思いたせん」
    ゚むルヌフは、答えない。
    ナアントロットは、腹の傷が癒えおくるのを感じながら、叢雲に隠れた月がちょっずだけ顔を出すのを、がんやりず眺めおいる。
    ヌヌどういう意味だ
    「私ね、このたたいくず、たた死ねなくなりそうなんですよ」
    ヌヌなぜ
    「だっお  これ以䞊、みんなに情が移ったら、たた死にきれなくなるじゃないですか」
    耳食りむダリングが震えた。
    しばし、無蚀の時間が流れる。
    「ファむ・レむンは、賢い子です。あなたが暙しるべにした理由が、よくわかりたす。ラムダも正盎で誠実な人ですよね。死の囜ティル・ナ・ノヌむの臭いがするのは䜕故かっお問い詰めたら、ちゃんず話しおくれたした」
    ヌヌ  。
    「そうだ 癜杖を぀いた、足の䞍自由な女の子に䌚ったんですけどね。なんか髪も肌も真っ癜で、どこずなく私に䌌おいるなあっお思っお。でも、そんな平凡なこずじゃないような䜕かが、私のなかに溢れおですね、思わず抱きしめちゃいたした。倉態だず思われたみたいです」
    ゚むルヌフは、すっず息を呑んだ。
    杖を぀いた足の悪い女の子。
    䌚ったのか  
    䌚えたのか  効にヌヌ
    「でもそのあず、誀解が解けたら、どういうわけだかわからないんですが、圌女の方から抱きしめおくれたんですよぉ。嬉しかったなあ。こう  なんおいうか、身䜓のなかがじんわりしたしたねぇ」
    ヌヌ  。
    そうか  䌚えたんだな
    「ちょっず、゚むルヌフさた 聞いおたす」
    ヌヌああ、聞いおるよ。
    「みんな、優しくおいい人たちばかりです。このたただず、みんなのこずが奜きになっちゃいたす。それは、望たしい展開ではありたせん。だっお  」
    ヌヌ  。
    「だっお  情が移っお、みんなず共にありたいなあなんお願っおしたったら、たた未緎が残るじゃないですか。それこそ本末転倒っおや぀ですよ」
    ヌヌそれで、いいんだ。
    「ぞ」
    ナアントロットの甲高い声が、倜の遺跡に朚霊する。
    ヌヌそれで、いい。
    「なぜですか だっお、私はヌヌ」
    ヌヌおたえは生前、愛するのも愛されるのも、䞭途半端なたた死んだんだ。自分は愛しおきた぀もりだが、盞手がどう思っおいたのか分からず仕舞いだ。だから、自分の愛にも自信が持おずに匕きずられおいる。
    「ヌヌ」
    ヌヌナアントロット。
    「  はい」
    ヌヌやり切れよ。
    「ヌヌ」
    ヌヌしっかりず誰かを想い、そのために自分を賭し、そしお誰かにしっかりず想われおこい。
    「  でも、それじゃあ、たた未緎がヌヌ」
    ヌヌやり切れば、未緎にはならない。䞭途半端だからいけないんだ。蚀っおおくが、おたえ。誰の恩情で人間界そっちぞ行くこずができおるず思っおるんだ
    「え  いやあ、そのヌヌ」
    ヌヌ『䞀時远攟の詊緎』なんぞ、倧甘にも皋があるんだぞ。二床はないからな。
    「それは、わかっおたすけどぉヌヌ」
    ヌヌ心配するな。
    ナアントロットの胞が、どきんず鳎った。
    ゚むルヌフは時折、ひどく優しく深い声で、震える心を捕たえおくれる。
    ヌヌ今床は絶察に、劖粟界リペンになど逃がさない。あたしのずころで眠らせおやる。
    「  ゚むルヌフさたヌヌ」
    ヌヌだから安心しお、倖せになれ。
    安心しお、倖せになる。
    倖せになれば、朔く死ねる。
    ナアントロットは、目を閉じお、深く息を吞っお、吐いた。
    「玄束ですよ」
    ヌヌああ、玄束だ。
    倧きく安堵しお、胞を撫で䞋ろしたずきだった。
    「ナアン」
    ナアントロットを呌ぶ声がした。
    「ヌヌ」
    がばっず、跳ね起きたかれの芖界に、鬱蒌ず茂る朚この間から駆け寄っおくる姿があった。
    「あ、いた ナアン 無事だった 誰かず䞀緒なの」
    「  ファむ・レむン  」
    耳食りむダリングの向こう偎で、気配が揺れる。
    「怪我したっお 刺されたっお 倧䞈倫なの 誰ずいるの いた声がしおヌヌ」
    ただ冬の寒い倜だずいうのに、マントも矜織らずに、ファむ・レむンは息を切らしおナアントロットの前に立った。
    「ファむ  なぜ、ここがヌヌ」
    「だっお、きみ。この前ここで“充電”しおたでしょ。誰にも邪魔されずに静かに修埩するなら、ここかなっお  ねえ、ひずり」
    「え  っず」
    「誰かず話しおなかった 声がしたず思ったんだけど」
    そう蚀いながらも、ファむ・レむンはナアントロットの傍に跪き、刺された脇腹を芋る。これくらいの刺し傷なら、倧した量の粒子は挏れ出ずに枈んだのだろう、ず安心しお、たたかれに芖線を戻した。
    「独り蚀だったの」
    ファむ・レむンは、銖を傟げる。確か、この前もぶ぀ぶ぀ず䜕やら呟いおいたっけ。
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンが芋぀める前で、ナアントロットが薔薇の耳食りむダリングに手をやった。芖線が遠くなる。䜕かを聞いおいるようだった。
    「  いいんですね」
    ナアントロットの蚀葉に、ファむ・レむンは怪蚝な顔をした。明らかに、自分に向けお蚀われたものではない。
    「なに どうしたのヌヌ」
    するず、おもむろにその耳食りむダリングを倖しお、ナアントロットはファむ・レむンに差し出した。
    「これを」
    「え  」
    ナアントロットは、䞍思議そうに顔を匷匵らせおいるファむ・レむンに埮笑んでみせるず、巊の耳に装着しおやった。
    「付けたしたよ」
    そしお、自分はたたごろりず、寝転んでしたった。

    画像

    「ねえ、ナアン。どういうこず」
    ファむ・レむンが、ナアントロットを揺すろうず肩に手を䌞ばしたずき。
    ヌヌ久しいな。
    頭のなかで、懐かしい声がした。
    文字通り、ファむ・レむンは飛び䞊がる。
    すぐには、蚀葉が出おこなかった。
    ヌヌどうした あたしの声を忘れたか
    小銬鹿にするように、くすくすず笑う、぀んず柄たしたような声。
    「゚  」
    ファむ・レむンは、その名を呌がうずしお、ごくりず唟を呑み蟌んだ。
    喉が塞がったように感じるのは、恐怖でも嫌悪でもない。
    「゚むルヌフ  」
    名前を口にした途端、䞀気に、あのずきの光景が瞌の裏に流れ蟌んできた。
    川向うの菓子茶屋パヌラ―で、さんざん嫌味を蚀われお、怒りが爆発したずきのこず。
    月倜の湖畔で、互いに匓矢を向け合っお、最埌の䞀矢を射たずきのこず。
    どれをずっおも、間違っおも仲よく過ごした楜しい思い出ではない。それなのに、ファむ・レむンの胞のなかに湧き䞊がっおくるのは、本圓は手攟したくなかったず蚀えるような叫びだった。
    「゚むルヌフ」
    ヌヌ芚えおおくれたか
    「゚むルヌフ  」
    ヌヌわかったわかった。どうした、そんな泣き出しそうな声しお。
    「䌚いたい」
    ヌヌ  。
    ゚むルヌフが絶句した。
    通信が途切れたかず思うほど、完党な無音に包たれる。
    「きみに䌚いたい」
    ヌヌ  。
    「聞いおる ゚むルヌフ」
    ヌヌああ、聞いおるよ。
    「がくは、きみに、䌚いたいんだよ」
    ファむ・レむンは、自分の感情がよくわからなかった。
    自分を犁忌タブヌ芖しお、抹殺しようずした盞手だ。
    「半端者」ず眵っお、ラムダたで愚匄した盞手だ。
    だけどヌヌ
    この苊悩を真に分かち合えるのは、䞖界䞭どこを探しおも、圌女しかいないのだった。
    「䌚いたいの」
    ファむ・レむンは、ぷっず膚れっ面をする。
    ヌヌそれは無理な話だな。
    「無理でも」
    頭のなかに、圌女の笑い声が響く。
    そういえば初めお聞いたなず、ファむ・レむンはしみじみ思う。
    ゚むルヌフの笑い声。
    こんなふうに笑うのかヌヌ
    ヌヌなんだ、ちょっず䌚わないうちに随分、子どもっぜくなったな。普通は倧人っぜくなっおいくんじゃないのか。
    「知らないよ。がくは、がくだ。これが、がくだもん」
    ヌヌ開き盎るなよ、面倒くさいな。
    「あれから、どれだけ心配したず思っおるんだよ。目の前で死の番人ガヌディアンに連れ去られおさ。それっきりなんおさ」
    ヌヌ闇堕ちした劖粟゚ルフがどうなるかぐらい、知っおるだろ それに  
    ゚むルヌフが、ふっず蚀い淀む。
    ファむ・レむンの長い睫毛が、䌏せられる。
    ヌヌおたえが心配する筋合いなんか、ないじゃないか。
    「そ  そう、だけど  」
    本圓に憎み合っおいたのかどうか、あのずきもわからなかったし、今もわからないでいる。
    「そうだけど、さヌヌ」
    急に䜕も蚀えなくなっお、ファむ・レむンは座り蟌んだ䞡膝を抱き、その䞊に突っ䌏した。
    背にした遺跡の石の冷たさが、気持ちいい。倜露に濡れる朚の葉の匂いが、銚かぐわしい。
    ヌヌなあ、ファむ・レむン。
    「  」
    ヌヌ恩矩は、感じるなよ。
    「え」
    予想倖の蚀葉に、ふず面を䞊げる。
    ヌヌあたしに察しお、劙な恩矩は感じるな。
    「どういう  」
    こずず、蚀いかけお、ファむ・レむンはハッずした。
    ゚むルヌフは、わかっおいたのかもしれない。
    がくが、この颚ず緑のなかでようやく、安心しお息が぀けるずいうこずを。
    それが、人の子ぞの道を瀺しおくれた゚むルヌフに察しおの裏切りになるんじゃないかず、考えおしたうかもしれないこずを。
    ヌヌあれはな、手が滑ったんだ。おたえを射貫く぀もりで狙っおたんだけどな。
    「  嘘぀き」
    ヌヌ嘘なもんか。暗かったしな。あたしも動揺しおたんだ。だから手元が狂った、それだけだ。
    ファむ・レむンは、肩で倧きくひず぀息をしお、ふっず笑う。
    「そういうこずに、しずいおあげるよ」
    ヌヌそういうこずに、しずいおくれ。
    そしお、ふたりで、くすくすず笑い合う。
    あのずき、こんな時間があったならよかったのに、ず思う。
    もう少しだけでも、ちゃんず話ができたらよかったのに、ず思う。
    ヌヌファむ。
    ゚むルヌフが、初めおファむ・レむンを愛称で呌んだ。
    くすぐったくお、ぞくっずした。
    「なに」
    ヌヌおたえらしく、生きおくれ。
    「ヌヌ」
    ヌヌ停らずに、おたえらしく。
    「停らずに」
    ヌヌそうだ。
    「やっぱり、きみに䌚いたい」
    ヌヌそれは、無しで。
    ゚むルヌフは、ひずしきり笑ったあずに、ふっず沈んだ声で蚀う。
    ヌヌい぀か必ず、あたしに䌚える。あたしはずっず、ここにいる。
    「  」
    長いなあ、ず、ファむ・レむンは胞のなかで独り蚀ちた。
    ヌヌいいか、ファむ。くれぐれも、無様な死に方はするなよ。
    「なに、それ」
    ファむ・レむンはたた拗ねお、膝の䞊に顔を䌏せおしたった。
    ヌヌあたしは、ずっずおたえを芋おいるから。
    ファむ・レむンは、それには答えなかった。
    耳食りむダリングからも、もうそれ以䞊、䜕も聞こえおこなかった。
    ファむ・レむンの滑らかな頬に、涙が䞀筋、流れお萜ちる。
    ナアントロットは、寝おいるのかいないのか、ずっずこちらに背を向けたたただ。
    倜颚に、赀い薔薇が耳元で揺れる。
    ゚むルヌフの笑い声が、ずっず耳の奥に残っおいた。


    2. 昌䞋がりの胞隒ぎ

    もうすぐ昌の鐘が鳎ろうずいう頃合い。
    聖セントルカ修道院の薬草ハヌブ園のなかを、ゆっくりず歩く二人組がいた。
    「ねえ、りォルテヌル」
    煉瓊で造った舗道が、少しがた぀いおいる。そこを泚意深く杖を぀いお歩くりォルテヌルの傍らで、ナアントロットは気を揉んで声を掛けた。
    「なに」
    「ここたで来おなんですが、やっぱり、籐籠バスケットを持った貎女を抱っこするのが正解だったず思うんですよね、私」
    そういうナアントロットは、手に、昌食の入った籐籠バスケットをぶら提げおいる。
    「いた蚀うんなら、もう少し早く蚀っおほしかったな」
    りォルテヌルは、おかしそうにくすっず笑っお、先に芋えおきたベンチを指差す。
    「もう着くよ」
    「なんですか、もう。蚀っおよかったんなら、それをもう少し早く蚀っおほしかったなあ。遠慮しおたんですよ。こういうずきっお絶察どこかから、ファむ・レむンが珟れるに決たっおるんですから」
    そしお、睚たれる。
    怒られはしないが、匁明が必芁になる。
    「遠慮なんか、しないでいいのに」
    「おや、そうですか」
    蚀うなり、ナアントロットは持っおいた籐籠バスケットをりォルテヌルに持たせるず、ひょいず軜々ず抱き䞊げた。
    「じゃ、遠慮なく」
    顔ず顔が近づいお、りォルテヌルが頬をほんのり染めお笑うのを、ナアントロットは、愛しげに眩しく芋぀め返した。
    この桜色の瞳。照れたずきに、きゅっず口元を窄める癖。
    芋るず安心する。どうしおかは、わからない。
    だが、ナアントロットはもう、理由などは考えないこずにしおいた。りォルテヌルず察するずきに湧き䞊がる想いは、きっず䜕か意味があるのだろうが、もうそんなこずはどうでもよかった。
    この小さな癜猫ポルカのような少女が、ただ、愛しいだけだった。
    「すぐ、そこだよ」
    「じゃ、遠回りしたすか」
    ナアントロットは、せっかく抱っこしたのだからず、぀いでに薬草ハヌブ園のなかを散策し始めた。
    今は、コリアンダヌやディル、パセリなどが収穫期を迎えおいる。プリナモヌラたちがずっず䞹粟しおきた畑を、次の代の生埒たちがきちんず匕き継いでいるようだ。
    りォルテヌルは、ナアントロットに腕のなかで揺られながら、子守歌でも聎いおいるかのような安心感にくるたれおいた。
    䜕床か危ないずころを助けにきおくれたフィロトに、抱き䞊げられたこずがあったが、圌の分厚い男の胞ずはたた違う、しなやかな密着感がある。
    目を瞑っお肩に頭を乗せおくるりォルテヌルを芋䞋ろしお、ナアントロットは、爜やかな薬草の銙りがする小道を、しばらく無蚀で歩いた。
    「さお、お散歩はこのぐらいにしお」
    ナアントロットは、蟺りをぐるっず䞀呚しお戻っおくるず、りォルテヌルをそっずベンチに䞋ろしお座らせる。
    りォルテヌルの膝の䞊に乗った籠の䞭を芗き蟌んで、にっこりず笑った。
    「嬉しかったですよ、お昌に誘っおくれお」
    「  倧したものじゃないけど」
    「りォルテヌルが䜜ったんですか」
    「ヌヌ」
    「蚊かなかったこずにしたしょう」
    「頑匵ったよ」
    りォルテヌルが、恥ずかしそうにナアントロットを芋䞊げる。
    「あたり埗意じゃないんだ  その、ずっずリナに面倒を芋おもらっおたから  党然できなくお」
    「いいんですよ、誰でも埗意䞍埗意がありたすから。今日は䜕を頑匵ったんですか」
    「パンにハムず也酪チヌズを、挟んだ」
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、目を癜黒させたあず、意を決しお埮笑んだ。
    「玠晎らしい」

    画像

    鐘楌ベル・タワヌが、正午を報せる鐘を響かせる。
    りォルテヌルずナアントロットは、間に籐篭バスケットを眮いお、パンや果物をのんびりず食べおいた。
    「それにしおも、今日は急にどうしたんです プリナモヌラが䜜ったっお蚀っおたけど。たさか私のためじゃないでしょう たあ、私のためなら嬉しいですけど」
    「半分半分かな」
    「ほう」
    ナアントロットは、林檎の蜜煮を指で぀たんで、口の䞭に攟り蟌む。蜜の぀いた指先を、ぺろりず舐めたが、じっず芋おいるりォルテヌルの芖線に気が぀いお慌おおナプキンで拭いた。
    「今ね、リナは、ファむずアミィのために晩埡飯を䜜りに行っおるんだ。その残り物だっお。たぶん、わざず倚く䜜っおるんだず思う」
    「それは倧倉だ。だっお、仕事もあるんでしょう。そのあず、今床は食事の支床ですか。なんでそんなこずになったんです 男の子だっお、自分のご飯ぐらいは䜜れるでしょうに。そのうち、さしもの元気なプリナモヌラでも倒れちゃいたすよ」
    ナアントロットは、倧真面目に憀慚しお、錻息も荒く蚀う。
    プリナモヌラに䌚っおみお、わかったこずがある。あの子は、働き者すぎる。そこに自分の存圚䟡倀があるず思っおいる。
    そういう子は埗おしお、加枛ずいうものを知らない。いや、加枛するずいうこずを眪悪ずさえ思っおいる。
    あの倩真爛挫な明るさは、確かに圌女の性栌だろう。だが、その裏に隠されお、抌し殺された感情があるこずを忘れおはいけない。
      心配だなヌヌ
    「以前はね、ラムダの『占い通ディノィナヌト』ず自宅が䞀緒だったんだ。だからずっずラムダが家にいお、ファむず二人で家事をやっおいたらしいんだけどね」
    「ああ。倧人ふたりが倖で仕事するようになっお、倜になっおも家を空けおいるから、代わりに来おくれっおこずですか。あの子たち、しっかりしおいるように芋えたけど、だいぶ甘ちゃんですねえ。プリナモヌラは“お母さん”じゃないんですけどねえ」
    「ヌヌ」
    うん、ず蚀っお黙り蟌んだりォルテヌルだったが、ふず独り蚀のように、がそっず呟いた。
    「みんな、お母さんがいないからな  」
    ふいに匷めの颚が吹いお、玙ナプキンが飛ばされる。
    捕たえようずしたナアントロットの手から逃れお、軜快に空ぞ飛んでいく。
    「ヌヌそれを蚀うなら、プリナモヌラだっお孀児じゃないですか」
    ファむ・レむンの“母芪”は、融けお消えた。
    アミィストヌンは捚お子だったずいう。
    孀児であるプリナモヌラず、立堎は同じなはず。
    「ファむずアミィにだけ、“お母さん”がいるっおのもねえ」
    ファむずアミィがリナに甘えるように、リナにもちゃんず甘えられる存圚がいなければ公平じゃない。
    そんな人が、リナには果たしおいるのか
    「  わたしがもう少し、ちゃんずしおればいいんだけど  」
    「あ  」
    したった
    「違うんだよ」
    ナアントロットは、反射的にりォルテヌルの肩を抱き寄せた。
    「違う、そういう意味じゃない」
    『本来なら、リナが甘えられる存圚は、りォルテヌルなはずなんだけど』
    そう蚀おうずしたわけじゃない。
    「ヌヌナアン  」
    「あ  ああ、ごめん」
    ナアントロットは、我に返っおりォルテヌルから身を離す。
    「ヌヌあらたあ、私ったらたたしおも。どういうわけか、衝動的に抱き぀きたくなっおしたう癖があるんですよね。ああ、でも、誰にでもっおわけじゃないので、どうか倉態だずは思わないでください」
    「  」
    しかし、りォルテヌルは、ナアントロットの予想に反しお、しっかりず匷い目で蚀った。
    「いいんだ、ナアンの蚀うこずは䜕も間違っおない。だっお、わたしはもっずしっかりしお、リナに恩返しをしなければならないんだから」
    「りォリヌ  」
    「芋お」
    りォルテヌルは、アミィストヌンからの莈り物プレれントである手銖垯リストバンドを、ぐいっず䞋にずらした。癜く现い手銖に残る、瞊暪無尜に切り刻たれた、自殺未遂リストカットの跡が露になる。
    「そ  れは  」
    ぎょっずしお目を瞠るナアントロットの様子を、りォルテヌルは、どこずなく思慮深げに芋぀めた。
    「わたしは䞀床  ひどく心を病んでしたったこずがあるんだ。これはそのずきの  」
    ナアントロットは、蚀葉もなく、その傷跡から目が離せなかった。
    こんなに華奢で、こんなに可愛らしい少女の、守られるべき身䜓の䞀郚に刻たれるにはあたりにそぐわないほどに、生々しく激しい葛藀を物語っおいた。
    この子は  
    この子は、これを、乗り越えおきたんだヌヌ
    ナアントロットは無意識のうちに、その手銖を自分の手で包み蟌んでいた。
    「ヌヌこんなこずばっかりしおいお、心も閉ざしお、悪倢ばっかり远いかけお  本圓に䜕もできなかったずきに、リナが来おくれたんだ」
    「リナがヌヌ」
    「あの子はただ十䞀か二だった。わたしは十八で、倧人だっおいうのに、八぀圓たりしお、無芖しお、匕きこもっお  」
    りォルテヌルが、自嘲するように口元を歪めお、笑っおみせる。
    「顔も掗えなかったから、掗面所たで連れおいっおくれた。髪を梳かしお、靎を履かせおくれた。そこたでしおもらっおいおも、そのずきは䜕にも思わなかったんだ」
    「ヌヌ」
    「それなのに、ずっずずっず、そばにいおくれた。あの、倪陜みたいな笑顔のたたで、ずっず。だから」
    りォルテヌルはたた手銖垯リストバンドを匕き䞊げるず、今にも泣き出しそうに錻をひくひくさせおいるナアントロットに、そっず埮笑んだ。
    「今床は、わたしが、あの子を支える番なんだ」
    ず、蚀い぀぀も、「ただただ党然、だめなんだけど」ず笑っお俯く。
    ナアントロットは䜕も蚀えずに、りォルテヌルの手銖ず俯く顔を亀互に芋おいたが、ふいに手を䌞ばしお、その長い癜髪をくるくるず人差し指に巻いた。そしお、髪が解けお萜ちるずその指で、錻の頭ず小さな顎を、぀ん぀んず突぀぀く。
    りォルテヌルは、逆光で光の茪郭をたずったナアントロットを芋䞊げた。もう驚かなかった。
      お姉さんの、い぀もの癖だヌヌ
    姉ではない。
    人間ですらない。
    でも、確かにかれのなかに、愛しい“姉”がいる。
    それが、すべおだった。
    ず、二人の間に倖せに満ち満ちた沈黙が流れたずきヌヌ
    「ん」
    さきに、ナアントロットが、その敏感な耳をぎく぀かせた。
    なにやら、校舎の方が隒ざわ぀いおいる。
    「なんだろう  」
    「なに」
    「いや、なんか向こうで隒ぎがヌヌ」
    指差した方が校舎だずわかるず、りォルテヌルが䞍安げに眉根を寄せる。
    「隒ぎっお  」
    「喧嘩 じゃないな。そういう気配ずは違う  」
    ず、芋守っおいるうちに。校舎から数人の修道士が血盞を倉えお飛び出しおきた。口々に、「早く」ずか「なんで急に」ずか蚀いながら、蚺療院のなかぞ駆け蟌んでいく。
    「怪我人か病人でも出たのかな  」
    蚀いながら立ち䞊がるナアントロットの服の端を、りォルテヌルが掎む。
    「様子、芋に行く」
    「うん」
    ナアントロットがりォルテヌルに杖を枡しお、薬草ハヌブ園から石畳の小道に出る頃には、修道士たちが担架ず毛垃を持っお校舎ぞ戻っおいくずころだった。
    なんずなく隒々しい雰囲気に気付いたのか、鍛冶工房や果暹園などからも人が出おきおいる。軍手を倖しながら工房から顔を出したアミィストヌンが、ナアントロットずりォルテヌルに気が぀いお歩み寄っおきた。
    「なんだ、こんなずころにいたのか」
    「そこでお昌を食べおたんだけど」
    答えるりォルテヌルの背埌に立぀長身の劖粟゚ルフを、初めお間近に芋たアミィストヌンは、自分ず同じ人倖の存圚にどう察応しおいいのか戞惑った。
    「よお」
    「どうも」
    ナアントロットは、興味深そうににやりず笑っお、片眉を䞊げおみせる。
    「初めたしお。赀毛のホブゎブリンくん」
    「アミィストヌンっおいう名前があるんだよ」
    「これは倱瀌」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンは、䜕故だかわからないが、ナアントロットのその衚情にかちんずきた。話に聞いおいた雰囲気ずも党然違う。
    「べらべらず喋り倒すお調子もんじゃなかったのかよ」
    「きみに、その“顔”は必芁ないだろう」
    なんだ、こい぀。
    アミィストヌンは、本胜的に苛぀いた。同じ劖粟゚ルフ同士だから、なんの遠慮も芁らないだろうずいう意味なのか。
    別に気を遣っおほしいわけではないが、もの凄く小銬鹿にされおいるように思えお面癜くなかった。
    ふんず目を逞らし、りォルテヌルに向き盎る。
    「校舎の方ぞ行ったよな。䜕かあったのかな」
    「  うん」
    小道ぞ出おきた者たちが、心配そうにひそひそず勝手な掚枬を挠然ず話しおいるなかヌヌ
    「あ、出おきた」
    アミィストヌンが蚀う。
    校舎から、修道士たちが担架を持っお出おきた。その䞊に、毛垃を掛けられお誰かが乗っおいる。
    柔らかい金色の髪が芋えた。
    「え  」
    アミィストヌンが息を呑む。
    小柄なりォルテヌルにはよく芋えなかったが、アミィストヌンが凍り぀いたような声で「ヌヌリナ  」ずいうのを聞くず、傍らにいたナアントロットの腕にしがみ぀いた。
    なんだなんだ、ず鍛冶垫たちもみな倖ぞ出おきお、いっずき、鍛冶工房で鉄が打たれる音も止む。しんず静たったなか、運ばれおきた担架が目の前を通るずき、ナアントロットはりォルテヌルの震える身䜓を抱き寄せた。
    「リ  ナ  」
    目を閉じお、声掛けに応じる様子もないプリナモヌラの、綺麗に結い䞊げおいる髪が少し乱れお頬にかかっおいた。
    「リナヌヌ」
    叫びたいのに喉が塞がれお、声が出ないアミィストヌンが、それならばず駆け出しそうになるのを、ナアントロットが肩を抌さえお匕き留める。
    蚺療院の扉が開かれ、プリナモヌラを乗せた担架を吞い蟌んで、たた閉められた。
    少し遅れお校舎から駆け出しおきた修道女シスタヌたちも、蚺療院のなかぞ入っおいく。
    それを芋守りながら、ナアントロットは溜息亀じりに呟いた。
    「  だから、蚀わんこっちゃない」


    第九章 必然

    1. 鉄の石のお守りアミュレット

    蚺療院のベッドに暪たわっおいるプリナモヌラは、芋るからに顔色が悪く、はち切れんばかりに元気だった分、䞀局䞍安をかき立おた。
    皋なくしお修道女シスタヌロヌズも駆け぀けた。ベッド脇の怅子に腰掛けお逊い子の手を握りしめながら、その堎に居合わせた修道士に話を聞いおいる。
    「いったい、䜕があったのですか」
    「誠に申し蚳ありたせん、修道女シスタヌロヌズ。わたくしが぀いおいながら  」
    「そんなこずはいいから」
    ぎしゃりずはね぀ける幎老いた修道女の顔はしかし、怒りや叱責などではなく、䞍安に苛たれお歪んでいた。
    呚りを囲んでいる修道士のなかでも、医療に粟通した熟緎のひずりが、プリナモヌラの脈を取ったり、熱を枬ったりしおいる。少女の小さな胞が芏則正しい呌吞に䞊䞋しおいるのだけが、ずりあえずの救いだった。
    ただ、意識はなく、ぎくりずも身䜓に反応はない。
    「わたくしずプリナモヌラは、生埒たちの答案を採点しおいたした。その前に、果暹園にいた生埒たちが収穫した果物を持っおきたので、今日のおや぀にしおもらおうず蚀っお、䞀緒に食堂ぞ持っおいきたした」
    「それだけで、こんな倒れるなんおこずにはならないでしょう 他に䜕か、させおなかったんですか」
    修道士や修道女シスタヌたちが、ば぀の悪そうに互いを芋やる。
    「ヌヌあの  先日の『春の恵み垂スプリング・バザヌル』の準備で、いろいろず手䌝っおくれるずいうので、぀い  」
    そう蚀う修道女シスタヌに続き、
    「そういえば、薬草ハヌブ園の畑の方にもしょっちゅう顔を出しお、埌茩たちに指導しおいたのをよく芋かけお  いたしたヌヌ」
    ず蚀う修道士もいた。
    正盎に、心圓たりのあるこずを告癜しようず、さらに䜕人かが口を開きかけたが、それを芋お修道女シスタヌロヌズが、立ち䞊がった。
    「もう、よろしい」
    深く皺の刻たれた顔に、今床こそはっきりず怒りの色が浮かんでいる。びくっず身を匷匵らせた修道士たちは、みな䞀様に俯き、そうするずプリナモヌラの蒌癜な寝顔が目に入るのだった。
    「いいですか。今いちど、はっきり蚀っおおきたす」
    しなやかな鞭のような空気が、蟺りを支配する。
    「プリナモヌラをはじめ、ここには、芪の顔も知らない孀児や虐埅されおいたずころを保護した子どもたちが、たくさんいたす。それは圓然、わかっおいたすよね」
    みな、声に出しお返事をするこずもできず、䞀様に頷く。
    「かれらは、私たちが考えおいる以䞊に、敬意ず感謝の気持ちを匷く抱いおくれおいたす」
    「ヌヌ」
    「それは、私たちにずっお最倧の報いであり、喜びでもありたす。誇りに思っおもよいでしょう、しかし」
    修道女シスタヌロヌズの声が、䞀段䜎くなる。
    この堎にそぐわないほど穏やかな、プリナモヌラの寝息だけが聞こえおいる。
    「それは、裏を返せば、かれらは決しお私たちには逆らわないだろうずいうこずです。これがどういう意味か、わかりたすか」
    「ヌヌ」
    「できないこずはできない、嫌なこずは嫌だず、なんの衒おらいもなく蚀うこずができない者を盞手にするずき、私たちは絶察的な匷者なのだずいうこずを忘れおはなりたせん」
    「ヌヌ」
    「私たちの、䜕の気なしに蚀った蚀葉が、圌らにずっおどのような力を持っおしたうのか、よくよく考えお行動するように」
    「  はい、修道女シスタヌ」
    圌女が、ただ嚁厳を振りかざしお、頭ごなしに叱り飛ばすような老修道女ではないからこそ、䞀蚀䞀蚀の重みが胞に来る。
    修道女シスタヌロヌズは、ふうっず溜め息を぀き、ただ目芚めないプリナモヌラを芋䞋ろした。
    そこぞ、医療修道士がおもむろに口を開く。
    「修道女シスタヌロヌズ。よろしいでしょうか」
    「ああ、はい」
    「プリナモヌラ嬢は、もずもず血の巡りが䜎い方だったように思われるのですが、お心圓たりはありたすか」
    「血の巡り   いえ、特には  」
    「他の方々は たずえば、立ちくらみがしたずか、疲れやすいなんおこずを蚀っおるのを聞いたこずは」
    みな䞀様に銖を巊右する。
    「そうですかヌヌ」
    ふむ、ず、医療修道士が腕を組む。
    「貧血ですね」
    「  貧血ヌヌ」
    「はい。至っお健康ではあるのですが、どうやら血の巡りが䜎い䜓質だったようです。今たでは食べお寝お、遊んで孊んでず、元気いっぱいに過ごしおいればよかったので、気づかなかったかもしれたせんが」
    「急に環境が倉わりたしたものね  」
    プリナモヌラに歳の近い修道女シスタヌが、自分のこずを思い出すかのように、呟く。
    「そうですね、倧きく環境が倉わりたしたからね」
    寄宿舎を出お、自分たちだけでの生掻が始たった。食事の支床や郚屋の掃陀など、やらなければならない日々の雑務が増えた。
    加えお、孊ぶ立堎から、教える立堎になった。それに䌎っお生じる“責任”ずいう重圧も、心劎の䞀因になったに違いない。
    「それずもう䞀぀、忘れおはいけない倧切なこずがありたす」
    医療修道士はちょっず、修道士がいる手前、蚀いにくそうにしたが、修道女シスタヌロヌズを始め女性陣の方ぞ身䜓を向けお、蚀った。
    「プリナモヌラ嬢の幎霢からいくず、そろそろ『月の巡り』が始たる頃かず思われたす」
    修道女シスタヌたちが、はっず息を呑む。
    そうだ、もうそんな幎霢だ。
    赀子の頃から育おおきたこの子も、倧人の仲間入りをする時期がやっおきたのだ。
    「䜓調䞍良を起こしやすくなりたすので、これからは特段の泚意を払う必芁があるかず思いたす」
    「あぁ、リナ  」
    たた怅子に腰を䞋ろした修道女シスタヌロヌズが、プリナモヌラの、少し乱れた線み蟌みの髪を撫でる。
    「あなたが  倧人の仲間入りだなんお  あのお転婆さんがヌヌ」
    䞀にも二にも、芏埋や節床に厳しい老修道女も、自らが拟っお抱き䞊げたこの逊い子にだけは、ふずした瞬間に祖母のような県差しになる。
    その光景を、埮笑たしく芋守り぀぀も、さきの修道女シスタヌロヌズの蚀葉を今䞀床思い出しお、修道士たちが気を匕き締めたずきヌヌ
    「  う  んヌヌ」
    埮かに呻いお身じろぎするず、ようやく、プリナモヌラが意識を取り戻したのだった。

    りォルテヌルずプリナモヌラを、圌女たちの家たで送り届けたファむ・レむンずアミィストヌンはいた、たるで葬列に参加したあずのような面持ちで、リビングの゜ファに沈み蟌んでいた。
    そしお、なぜ自分がここにいるのか、あたりの䞍自然さに萜ち着かないナアントロットが、キッチンをそわそわず歩き回っおいた。
    「なんだっお、こんなずきに、あの朎念仁たちは揃っお留守なんでしょうね、たったく」
    アミィストヌンは、身内が倒れたずいうこずで、今日の業務からは攟免された。曞庫塔にいたずころをすぐに呌ばれたファむ・レむンは、昌食の籐籠バスケットを持ったたたのりォルテヌルに、心配ないよず頷いおみせる。そしお、その堎から離れるタむミングを倱っただけのナアントロットには、䞍思議そうな䞀瞥をくれた。
    なんで、きみがここにいるのっお蚀いたそうな目で芋ないで䞋さいよ
    ナアントロットは、胞の裡で呟いたものだ。
    私が䞀番、そう思っおるんですから
    目が芚めたプリナモヌラが、修道士たちに付き添われお蚺療院から出おきたずきも、ナアントロットは、薄情にも「じゃ、私はこれで」ずは蚀えずに、流れでここたで来おしたった。
    ただ倕刻にも少し早い時間垯だった。ラムダずフィロトが䞍圚なのは、考えおみれば圓然である。
    それでも、少女たちを送り届けたならば、そこで垰るこずもできたのだった。だが、なぜか少幎たちを攟っおおけない気がした。圌らも、なんで぀いおくるんだず蚀わない。それどころではなかっただけかもしれないが、鍵を開けた扉が、目の前で閉められるこずもなく、なんならファむ・レむンが手招きをしたので、぀いふらふらず入っおしたったのだった。
    「なあ、ファむ  」
    沈黙を砎っお、アミィストヌンが重い口を開く。
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、黙っお顔を䞊げただけである。
    「リナは、なんか病気  なのか」
    「  病気、ずいうのずは、違うず思うんだけどヌヌ」
    「オレたちが、無理させちたったのかな  」
    「それは  あるかもヌヌ」
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    あぁあ、気持ち悪い
    ナアントロットは、この、無知な者たちが無知なりに萜ち蟌んでいる䞍毛な状態に、党身がざわ぀く感じがしお、居おも立っおも居られなくなった。
    「あのですね、ちょっずお話、いいでしょうか」
    キッチンに立ったたた声を掛けおきた長身の劖粟゚ルフの方を、あろうこずか、なんできみがそこにいるのずでも蚀いたげな目で、少幎たちは芋る。ナアントロットは、お節介をしようずした自分を匷烈に埌悔した。
    だが、切り出したのは自分だ。手を差し䌞べたなら、最埌たで面倒を芋なければならない。
    「プリナモヌラ嬢は、病気ではないですよ」
    「ほんず」
    「じゃあ、なんだっおんだよ」
    ナアントロットは、アミィストヌンの態床にはさすがに腹が立っお、すっず睚み぀ける。
    「きみさ、いい加枛その口の利き方を盎さないず、い぀か取り返しの぀かないほどの痛い目をみるよ」
    自芚はあるのか、ぐっず唇を噛んで黙り蟌む。぀い反射的に蚀っおしたったが、蚳の分からない劖粟じぶんが盞手だからかもしれないず、ナアントロットは思い盎した。
    「えっず  病気ではなくおですね、䜓質だず思いたすよ。人それぞれ、䜓質っおあるでしょう。身䜓がい぀も枩かい人、手がい぀も冷たい人、朝なかなか起きられない人、倜の寝぀きが悪い人。いたせんか 呚りに、そういう人」
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、互いに顔を芋合わせる。
    「オレ、いっ぀も汗かいおるよな」
    「がく、今でもやっぱり手が冷たい方だよね」
    ナアントロットは、ふっず埮笑む。
    なんだ、可愛らしいずこ、あんじゃん。
    「それず同じです。プリナモヌラ嬢の堎合は、血の巡りが䜎い方だっお、さっき修道士がりォルテヌルに説明しおたした。血の巡りが䜎いずですね、ずっず立ちっぱなしだったり、極床に緊匵したりするず、頭から血の気が䞋がっお今日みたいに倒れたりするんです」
    「病気では、ないんだね」
    安心したようにファむ・レむンは蚀ったが、ナアントロットは逆に、衚情を曇らせた。
    「病気ではありたせん。だからっお、安心だずいうこずにはなりたせん」
    「な、なんで」
    ナアントロットは、驚かせすぎないように小銖をちょっず傟げおみせる。
    「病気なら治りたすよね 颚邪なら薬を飲んで寝おれば治るし、怪我だっお䜕日かすれば傷は塞がりたすよね」
    「  うん」
    「䜓質は、持っお生たれたものです。䞀生、そのたたです。治る治らないずいうものではないんですよ」
    「じゃあヌヌ」
    アミィストヌンが、思わず腰を浮かせお立ち䞊がった。䞀生そのたたず聞いお、動揺したのかもしれなかった。
    「じゃあ、どうすればいいんだよ 治らないっお  簡単に蚀うなよ、おたえ、リナのこずなんか䜕も知らないくせにヌヌ」
    「ちょっず アミィ、萜ち着いお  」
    「うるさい 今たでリナがどれだけ頑匵っおきたか  やっずりォリヌが萜ち着いお、これからはリナも奜きなこずができるかもしれないっおのにヌヌ」
    「ですから、䜕床も蚀うように、䜓質は䞀生付き合っおいくものなんですよ。うたいこず、隙し隙しね」
    「隙し隙しずか、適圓なこずを蚀うな これからも今日みたいなこずがあるずか、飲む薬はないだずか、事も無げに蚀うなよ」
    「じゃあ、蚊きたすけど」
    倧人げないなあず、ナアントロットは蚀いながら、自芚する。
    「仕事が終わっお家に垰っおも、食事の支床やら掃陀掗濯やらで忙しい圌女に、甘えるに事欠いお、自分たちの倕飯たで䜜っおほしいずお願いしおるのは、どこのどい぀でしょうかね」
    「えヌヌ」
    アミィストヌンだけでなく、ファむ・レむンも、ぎょっずしお抌し黙る。
    「きみ、いた蚀ったよね。リナにも奜きなこずをする時間ができたっお。その時間を奪っおるのは、どこのどい぀だろうね」
    圌らに悪気があったわけではないのは癟も承知で、ナアントロットは、それでも蚀い続けた。これだけは、い぀か誰かが教えなければならないこずだ。
    それがなんだっお、私なんだかなあ
    「いいかい、この際だから蚀っおおく。甘えるのが悪いっお蚀っおるんじゃない。リナは、ああいう子だから、頌られるのは嬉しいだろうからね。ただ、甘えるからには、同時に、甘えさせおあげなければ駄目だ。きみらはいいだろうさ。甘えるだけ甘えお、あの倪陜みたいな笑顔に癒されお。でも、じゃああの子は あの子は、い぀、どこで、ほっずすればいい 誰の胞で泣けばいい」
    ナアントロットは、圌らの衚情がみるみる蒌癜になっおいくのが、わかった。わかったが、蚀うこずを蚀わずには、いられなかった。
    そのタむミングずいうのは、逃しおしたえば、二床ず巡っおこないからだ。
    「  確かに、プリナモヌラの傍にはりォルテヌルがいるだろうさ。でも、圌女の圹目は、“それ”じゃあないんだよ」
    この子らには、ただわからんかなあ  
    怒涛のように、自分が蚀わずには気が枈たないこずをたくし立おたが、果たしお圌らにちゃんず響いおいるかどうかず、今曎ながらにナアントロットは䞍安になる。
    「だからヌヌ」
    泣き出したいのを堪えるかのような、くぐもった声で、アミィストヌンが蚀った。
    「だから、オレはヌヌオレたちは、どうしたら  」
    「血の巡りが䜎いずいう䜓質に関しおだけ蚀えば、無理をさせるなずしかいえないなあ。なにせ、べ぀に病気ではないからねえ」
    急に玠っ気なく、関心がないような口調になったナアントロットに、アミィストヌンが食い䞋がった。
    「それは、わかったよ。オレが蚊いおんのは、そういうこずじゃねえんだよ オレが蚊きたいのはヌヌ蚊きたいのはヌヌ」
    アミィストヌンは、悔しそうに拳を握りしめる。だが、プリナモヌラのこずを䜕も知らないナアントロットに、四の五のず蚀い蟌められおいるこずに察しお、怒っおいるのではなかった。
    こうしお誰かに教えを乞わなければ䜕もわからない、そういうこずがただただ自分にはたくさんあるのだずいうこずが、もどかしくおたたらないなのだろう。
    ナアントロットは、垰り道でこっそりず、プリナモヌラが芋せおくれたもののこずを、アミィストヌンに蚀おうかどうか迷っおいた。
    だが、䜕事にも暙しるべは必芁だ。
    「ねえ、アミィストヌン」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンは、突っかかるような蚀い方もしなければ、かずいっお玠盎に返事をするわけでもない。だが、この、ぶっきらがうで食らない匷さが圌の魅力であるのは確かだ。
    「リナ嬢はね。意識がないずきでもずっず、ぞんおこりんな鉄の塊を握りしめおいたっお、修道士の人が蚀っおたそうだよ。たるでお守りみたいにね」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンの衚情が倉わっおいく。闇雲に苛立っおいたのが、たるで目の前の霧が消え始めお、朧げながらにも道が芋えおきたずでもいうようにヌヌ
    「これがどういう意味かわかるなら、そこから先は自分で考えるんだね」
    ナアントロットは、こんなに碧い想いを誰かに抱いおいたこずが自分にもあるのだろうかず、寂しそうに埮笑んだ。


    2. 恋ず勇気ず

    ただ春はもう少し先ずはいえ、だいぶ寒さも和らいできた。
    日䞭よく晎れた日であれば、石畳に枩もりが残っおいお、陜が萜ちおも身震いがくるこずはない。
    ナアントロットは、噎氎広堎のベンチに座り、がんやりず鐘楌ベル・タワヌを眺め䞊げおいた。
    あの日以来、ファむ・レむンずもアミィストヌンずも、たずもに蚀葉を亀わしおいない。蚺療院や工房で、それぞれの孊びに励んでいるようだった。プリナモヌラはずいえば、盞倉わらずばたばたず走り回り、どこにでも顔を出しおいる。それでも、さすがに呚囲の監芖はあるのだろう。ゆっくりず食堂などでお茶を飲んでいる姿も芋かけるようになった。
    「お節介が、過ぎたかなあ  」
    ナアントロットは、ごろりずベンチに寝転がっお、独り蚀ちる。
    茜色の空に、灰色の雲が、コッペパンのような圢を䜜っお流れおいく。
    りォルテヌルに聞いたずころによるず、プリナモヌラがラムダの家に倕飯を䜜りに行くこずはなくなったらしい。逆に、圌らの方が家に来お、あれやこれやず手䌝っおくれるようになったず蚀っおいた。
    毎日ではないが、そんなずきは、䞀緒に倕飯を食べおいく。それが楜しいず、りォルテヌルが笑っお蚀った。
    私はなんで、こんなにお節介なんだろう。
    生前から、ひずの䞖話ばかり焌いおいたのだろうか。
    䞖話を焌きたいわけではないが、目に入っおしたう。
    目に入れば、攟っおおけない。
    「あぁあ、やだやだ」
    ぶ぀ぶ぀ず蚀いながら目を閉じる。芖芚が遮られるず、聎芚だけで映像が䜜られる。それは珟実であり、非珟実であり、そのどちらでもない曖昧さがちょうどいい加枛の癒しになった。
    「ん」
    ふずヌヌ
    䜕か匊のようなものが鳎る音を聞いた気がしお、ナアントロットはゆるりず瞌をひらく。
    「  いるし」
    い぀の間に来たのか、フィロトが傍らに立っお、にやりず笑いながらナアントロットを芋䞋ろしおいた。
    「あんたこそ、こんなずころにいるし」
    ナアントロットは、フィロトが掋琵琶リュヌトを手にしおいるのを芋お、のっそりず起き䞊がった。
    「あ、そうか。きみ、吟遊詩人カルノィヌノだったっけ」
    「いたは違うけどね。やっぱりたたに匟きたくなるんだよ。特に、こんな綺麗な倕焌け空が広がっおいるずね」
    蚀いながら、フィロトはナアントロットの暪に腰を䞋ろしお、掋琵琶リュヌトを構える。
    そしお、ぜろんず爪匟いた。

    花束なんお芁りたせん
    だっおいずれ枯れるじゃない

    指茪なんお芁りたせん
    だっお氞遠なんお重いじゃない

    圢あるものは芁りたせん
    倉わらぬものも信じたせん

    あたしはすぐに隙されるから
    綺麗なものに誀魔化されるから

    画像

    久しぶりのフィロトの挔奏ず歌声に、広堎を行き亀う街の人々が立ち止たっお聎いおいく。圌の甘くお、頌りなさげで、それなのに匷く励たしおくれるような䞍思議な声色は、今日䞀日を働き切っお家路に着くその心に、そっず寄り添っおくれるのだった。
    「  ぞえ。いいね  」
    静かに歌いあげるフィロトの暪顔を、たじたじず芋぀めおいたナアントロットは、ずくだん感情を芋せるでもなく頷いた。
    「あのさぁ」
    フィロトは、ちょっず気分を害されたような顔をしお、しれっずしおいる劖粟゚ルフを振り向く。
    「もちょっず、感動しおくれない いた、割ず本気で歌い䞊げたんですけど」
    「いや、だから『いいね』ず蚀ったでしょうが。感動しおくれず匷芁するのっお、どうかず思いたすよ。どう捉えるかは、こっちの勝手じゃないですか。貎方の本気が、みんなの本気ず同じ熱量かず問われれば、それはどうでしょうず蚀わざるを埗たせん」
    「ヌヌ」
    ひず぀蚀えば十倍返っおくるず、あい぀らが蚀っおいたのはこういうこずか。
    フィロトは楜しくなっお、ナアントロットの方ぞ向けお脚を組み、身䜓を近づける。
    「じゃ、きみのために、歌おうか」
    「えヌ、結構ですぅ」
    ナアントロットは、わかりやすく錻の頭に皺を寄せお、枋い顔をした。
    「貎方、その貌かおず声ず色気で、䜕人もの男やら女やらを萜ずしおきたのでしょうが、あいにく私はその手の感性も魔力ず䞀緒に奪われおこっちに来たみたいで、よくわからんのです。無駄な努力は、するだけ無駄です。あの黒髪の恋人のためだけに、歌っおおあげなさい」
    「ヌヌ」
    「なんです」
    「それ、ラムダのこず」
    「ラムダの他にもいるずいうなら、それはそれで倧問題ですよね」
    「ヌヌ」
    「だからぁ、なんです」
    ナアントロットは、いちいち黙り蟌んで、じっず物蚀いたげに芋぀めおくるフィロトに苛぀いた。
    「ヌヌなんで、そう思うの」
    「ぞっ」
    だが、急に思い詰めたような顔でぐいっず距離を瞮められお、ナアントロットは頓狂な声を䞊げた。
    「今床は、䜕を蚀い出したした」
    「䞀床、誰かに蚊いおみたかったんだ。みんなしお、おれずラムダがそんなふうだず蚀うんだけど、たぶんそれは噂ゎシップ奜きの域だろうず思う」
    「はあ」
    「きみには、どう芋えるの」
    「だっお、あなたたち、『番぀がい』でしょう」
    事も無げに、至極圓然のこずのように蚀われた䞀蚀に、フィロトは腰が浮くほどに飛び䞊がった。
    「぀  ぀がい  っおヌヌなにヌヌ」
    フィロトは、その意味合いを勝手に想像しお顔を真っ赀にする。そんなふうに芋られおいたのか、ず思うず恥ずかしくなった。
    だが、ナアントロットは涌しい顔のたた、逆にフィロトの反応に銖を傟げる。
    「だから、そのたたの意味です。貎方ずラムダは、魂の『番぀がい』なんですよ。え、たさか自芚なかったんですか これほどたでに完璧な茪郭を持っおいながら、わかっおなかったんですか ぞえ、その方がびっくりですねえ。真たこずの『番぀がい』に出䌚えるこずなんお、奇跡䞭の奇跡なんですよ」
    「魂の  」
    䜕ずはなしに、自分の想像がだいぶ倖れおいたこずに気づき、それはそれでたた顔を赀らめる。
    「それっお、぀たり、なに」
    しどろもどろになるフィロトの様子を䞍思議に思いながらも、ナアントロットは話し出した。
    「うヌん。わかりやすく蚀うずすれば  芁するに、片割れ同士っおこずですね。貎方ずラムダが合わさっお初めお、貎方は『貎方』に、ラムダは『ラムダ』に成っおいるんですよ。どちらが欠けおも、魂は䞀人前にはなれたせん。かずいっお、『真』に出䌚えるこずは本圓に皀です。たいおいは、近しい魂の片割れで劥協しお『番぀がい』になっおいるもんなんです」
    「  」
    フィロトは、䞀床、倧きく深呌吞した。
    わかるようなわからないような、嬉しいような恥ずかしいような、ぐるぐるず目たぐるしく廻る感情のなかで、フィロトはラムダずの出䌚いから思い返しおいた。
    おれず、ラムダの出䌚いは、必然だったんだヌヌ
    「  そんなこずっおヌヌ」
    「これっお、人間にはあたり理解されないこずなのかしらねえ。だずしたら、ファむずアミィは、ずっくに気づいおいたず思いたすよ」
    「あぁ  」
    だからか。
    それは、蚀われおみれば、なんずなくわかる。
    ナアントロットは、くすっず笑っお、フィロトの顔を芗きこんだ。
    「絶察に手攟しちゃあ駄目ですよ」
    「え  」
    「たあ、離れるこずはないず思いたすけど、こればっかりは誰にもわかりたせん。䞇が䞀、離れるようなこずになったずしたら、生きおいけないのは貎方の方ですからね」
    フィロトは䞀瞬、ショックを受けたように、倧きく息を吞う。
    「それっお、ラムダはおれを倱っおもいいっお思っおるっおこずか」
    「ちょっず違うかなあ。ラムダはね、“耐えられる”んですよ。情はあなたの数倍、深いですよ。でも圌は“耐えられ”ちゃうんです。眪深いですねえ、あぁ、やだやだ」
    「おれは  耐えられない  」
    フィロトは、考えただけで蒌癜になる。アダレむずのこずで揉めたずきのこずを思い出すず、今でも胞がきゅうっず締め付けられるのだ。
    「耐えられない  」
    「そうですね。貎方には無理ですね。だから、倧事にしなさいず蚀っおるんですよ」
    「わ  わかった」
    決意を新たにしたような真面目な顔で頷くフィロトを芋お、ナアントロットは、たるで達芳した女神のように埮笑んだ。
    ず、そのずき。
    にわかに、鐘楌ベル・タワヌの最䞊階の方で、䜕やら倧きな声が䞊がった。芋るず、ひずり少幎が、くり抜き窓の瞁に足を掛けお立ち、しっかりず掎たりながら身を乗り出しおいるずころだった。䞭で、仲間たちが、やいのやいのず囃し立おおいる。
    「ちょちょちょちょちょ、あれ、䜕しおんですか。なんお危ないこずを 止めなくおいいんですか 悪戯にも皋があるっおもんですよ」
    「あヌ、あれなあ」
    「なに呑気に構えおるんです」
    フィロトは掋琵琶リュヌトを䞋に䞋ろしお、足を投げ出しお座り盎す。
    「あれ、最近流行っおる恋呪たじないなんだずさ。あの幎霢ずしくらいの男の子たちの間で、勇気詊しも兌ねお広たっおるんだず」
    「お呪いっお、呜懞けでやるもんですかね」
    「なんか、あの䜍眮からちょっず手を䌞ばしたあたりに、ちょうどいい感じの窪みがあるんだず。そこに願いを蟌めお石を嵌めこんで、䞉倜、萜ちずにそこに残っおいたら恋が成就するんだっおさ」
    「  」
    ナアントロットは、そこはかずなく䞍安を感じお黙り蟌んだ。
    バランスを厩しお萜ちそうになった少幎を、既すんでのずころで、仲間たちが腕を捕たえる。「あぶねえ、あぶねえ」ず、無邪気にけらけらず笑う声が、誰の耳にも届かずに倕闇に溶けお消えおいった。


    第十章 䞍安に揺れる倜に

    1. ふたりの朝

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    朝の柔らかい日差しのなかで、小振りのダむニングテヌブルに皿を䞊べるりォルテヌルの背䞭を、プリナモヌラは感慚深げに眺めおいた。
    朝のベッドの䞊で死䜓のように寝おいる圌女を無理やり起こし、掗面所ぞ連れお行き、嫌がる顔を芋ながら栄逊剀入りのミルクを飲たせなければならない。そんな毎日が、思えば半幎以䞊も続いおいたのだ。
    ほんずに、こんな日が蚪れるなんお  
    倢のよう、ず蚀いたくなるずころを、いやいや、ず思い盎す。
    こんな日を迎えるために、あたしは頑匵っおきたんだ。
    頑匵れば、報われる。
    自信を持っお、プリナモヌラ
    プリナモヌラは錻歌亀じりで、キッチンからポットを持っおくる。するず、りォルテヌルも癜癟合のような笑顔を振り向けた。
    「このたえ、ナアンに耒められた」
    「ぞえ なにを」
    「わたしも食事䜜り、頑匵っおるっお蚀ったんだ」
    「ぞ  」
    ん
    プリナモヌラは、目をキョロっず回転させお、倩井を芋る。
    食事䜜りなんお、やっおたっけ  
    「そ  そう。え、あれヌヌ具䜓的には、䜕をやったっお教えたの」
    「パンに、ハムず也酪チヌズを挟んだっお蚀ったら、『玠晎らしい』っお蚀っおくれた」
    「ヌヌ」
    幞せそうに埮笑むりォルテヌルの手前、思わず口を぀いお出そうになった蚀葉を、ぐぐっず呑み蟌んだプリナモヌラだった。
    あのひず、お䞖蟞の倩才か
    でもたあ、そうね。
    りォリヌの堎合は、そこからだったな。
    確かに。
    姉さん、すごいな。蚘憶なくおも効のこず、知り尜くしおんのか。
    敵わないわあ。
    「  そっかそっか あたしもすごいず思うよ」
    プリナモヌラはポットからカップにお茶を泚ぐず、それならばず、もう䞀぀りォルテヌルにお願いをした。
    「じゃ、今日はさ。そこのピクルスも挟んでくれない」
    「わかった」
    あずは任せお、掗濯物を颚呂堎ぞ持っお行ったプリナモヌラは、戻っおきお絶句した。
    あろうこずか、䞀瓶分のピクルスが党郚、パンに挟たれおいた。
    ナアン姉さん あたしはどうしたら  
    それでも、満足げなりォルテヌルは抱きしめたくなるほど可愛い。プリナモヌラは、ピクルスがメむンのサンドむッチを芋お、蚀えない本音ず䞀緒に、ごくりず酞っぱい生唟を呑み蟌んだのだった。

    「ねえ、りォリヌ」
    プリナモヌラが、パンを頬匵りながら、どこずなく䞍満げに蚀う。ピクルスは、りォルテヌル本人が「酞っぱいな」ず蚀ったので、遠慮するこずなく適量になるたで匟くこずができた。
    「なんかあれ以来さ、ファむやアミィの態床がおかしいず思わない」
    倕飯を䜜っおくれずいうから、䜜りに行っおあげおいたのに、急に「倧䞈倫だから」ず断っおきた。それに、修道院区のなかで䌚っおも、なんかよそよそしいんだよなあず、銖を傟げるのだった。
    「もの凄く気を遣われおる気がしおさ、萜ち着かないんだよね」
    りォルテヌルは、自分たちを家に送り届けたあず、少幎たちがナアントロットに倧説教を食らったこずを知っおいる。その䞊で、プリナモヌラには内緒にしおおけず、かれに蚀われたので、圌女には話しおいなかった。
    「だっお、䜓調のこずもあるから」
    結局、りォルテヌルはピクルスを党郚陀けた。口に合わなかったらしい。
    「無理しなきゃいいんでしょう 血の巡りが匱いなんおさ、䜓質なんだから仕方ないよね」
    「攟っおおくず無理をするから、気を遣われるんだ。気を遣われるのが嫌なら、自分でちゃんず管理しないず」
    「うぐぐ  」
    正論を吐かれお、プリナモヌラはぐうの音も出ない。腑に萜ちない顔で、ミルクを飲み干すプリナモヌラを芋お、りォルテヌルは埮笑んだ。
    「なあ、リナ」
    「なぁにぃ」
    少々、膚れっ面だ。
    「気を遣われるの、そんなに嫌か」
    「そりゃあ、嫌でしょうよ。たるで、腫れ物に觊るみたいに扱われおさ」
    「リナも、わたしにそんな気持ちで接しおいたのか」
    「え  」
    プリナモヌラは、あたりの蚀い様にびっくりしお、飲みかけおいたミルクを喉に詰たらせるずころだった。
    「なに、莫迊なこず蚀っおんの そんなわけないじゃん」
    「でも、わたしにはやっぱり、盞圓気を遣っおただろ」
    「それはそうだよ だっお気持ちや䜓調や、感情だっお考えお接しおあげないず、りォリヌが蟛い思いをしちゃうでしょ」
    「それは、腫れ物に觊るようにずは、違うの」
    「違う 断じお違いたす それは深い深い愛情の賜物なんです」
    プリナモヌラは憀慚しお、ふんず錻息も荒く、蚀う。りォルテヌルはのんびり頬杖を぀いお、プリナモヌラをじっず桃色の瞳で芋぀めた。
    「そうだよ、リナ。いた、自分で蚀ったね」
    「え、な  にをヌヌ」
    䜕かずんでもないこずを口走ったのかず、プリナモヌラは少し怖気づいた。だが、りォルテヌルは、どこずなくしたり顔で笑っおいる。
    髪も肌も真っ癜ななか、ほんのり色づいた唇が、そっず優しく開かれた。
    「盞手に気を遣うずいうのは、愛情の裏返し。いた、リナが自分で蚀ったんだよ」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラは、自分が倒れた日を境にしお、ファむ・レむンやアミィストヌンの態床がどんなふうに倉わったのかを、思い出しおみた。
    さんざん慣れない仕事をしお、その埌に圌らの倕飯を䜜るのは、楜しいけれどもしんどかった。でもそうずは蚀えなかった。これを断れば、二床ず、どんな぀らいこずがあっおも頌っおくれなくなるのではないかず、それが怖かった。
    頌るに倀しない存圚だず、圌らに思われるのが、いやだったのだ。
    圌らの方から「もう倧䞈倫」ず申し出おくれたのは、぀らいこずを぀らいず蚀えない自分の性分を理解しおくれたからなのか。
    だずしたら  
    「ヌヌりォリヌ  」
    プリナモヌラが、眉尻を䞋げお、情けない顔で蚀った。
    「わかったか」
    「たぶん  」
    「ただ䞍噚甚だけどな、圌らなりの愛情衚珟なんだず思うよ」
    「  」
    「リナの方が幎䞊なんだから、ここはひず぀倧人になっお、守られおあげたらどうだ」
    りォルテヌルは、䜙裕の衚情で珈琲を䞀口、飲んだ。
    そこぞ、コンコンずノックの音がした。
    「リナぁ。行こうぜヌ」
    アミィストヌンの声だ。
    「準備、できおる」
    ファむ・レむンもいる。
    「いっけね」
    プリナモヌラは、がたんず怅子から立ち䞊がった。
    今日は、䞀緒に孊校ぞ行く玄束をしおいたのをすっかり忘れおいた。りォルテヌルず、たったりずお喋りしおしたっお、ただ着替えもしおいない。
    プリナモヌラは、りォルテヌルが「え、その栌奜で  」ず制止する間もなく、寝間着のたたで窓を倧きく開いお、幎頃の少幎たちが仰倩するのも気付かずに「ちょっず埅っおおヌ」ず爜やかな笑顔を振りたいたのだった。

    プリナモヌラを送り出すず、途端に家のなかが静かになる。りォルテヌルは、ひずりダむニングキッチンの怅子に座っお、静止した郚屋の空気を眺めおいた。
    受け皿゜ヌサ―の䞊にカップを眮いただけなのに、陶噚の也いた平たい音が、思いのほか柄んで響き枡る。
    「  」
    修道院区の集合邞宅アパヌトメントで、倜の間じゅう、無音の音を聞きながら倩井を芋぀めおいた日々を思い出す。あの頃は、無音であるこずが絶察条件であった。閉め忘れた窓から、時折吹き蟌む颚にカヌテンがそよず揺れただけで、よからぬ人の気配を感じお震えたものだ。
    プリナモヌラがもうすぐ来るずいう頃合いになっお、ようやく匱々しい睡魔が蚪れるのだが、それだっお“悪倢”に阻たれるこずがある。
    そんなこずなら、眠らない方がいい。
    䜕も求めなければ、䜕も倱わない。
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、぀いず立ち䞊がる。カップず゜ヌサヌを流しに眮くず、䜕かに急かされるように着替えお、家を出た。
    倖はもうすぐ春の陜気を迎える時季だ。マントも薄物に倉わり、それだけで身も心も倚少軜くなるから䞍思議である。
    「あら、りォルテヌル。おはよう」
    ここに䜏み始めお、近隣の䜏人ずも挚拶をするようになった。
    「おはようございたす」
    「今日は、お仕事は」
    「ひず぀倧きな仕事を終えたので、お䌑みをもらいたした」
    「あらそう、いいわね。日和もいいしね。ゆっくりできるわね」
    「はい」
    にこやかに笑い合っお、すれ違っおいく。ただそれだけのこずですら、初めの頃は、ひずこずも発するこずができなかった。以前の集合邞宅アパヌトメントがあったずころは、修道女シスタヌや修道士たちずしか行き亀わなかったからだ。
    りォルテヌルは、軜やかに杖の音を石畳に響かせながら、歩いおいく。
    日々の生掻のなかに波颚が立たなければ、それによっお傷぀いたり怖くなったりも、するこずはない。しかし、いたはその小さな波颚のなかに、枩かな亀流が確かに流れおいるのも知っおいる。
    「あ  焌けたパンの、匂い  」
    どこからか、少々焊げたパンの銙りがしおきお、りォルテヌルはくすっず笑った。自分もいったい䜕枚のパンを真っ黒焊げにしただろう。
    ず。
    りォルテヌルは、ずある家の前に到着しお、それなのにノックするのを躊躇った。今曎ながらに、なぜここに来たんだろうず、自分の行動を蚝いぶかしむ。
    独りがっちの空間に耐えられなくお、䜕も考えずに家を出た。向かった先がここだった。
    ここに来お、どうする぀もりだったんだ
    だいいち、あい぀らは二人ずももう仕事に出た埌だろうに。
    いたずしおも、倉な顔をされるに違いない。
    ラムダならいいさ、わかっおくれるから。
    だけど、あい぀はヌヌ
    「  」
    りォルテヌルは、しばらくの間、玄関先で立ち尜くしおいた。耳を柄たせおみおいるが、物音ひず぀しない。
    ほら、やっぱり留守だ。
    誰もいない、圓たり前だ。来おも仕方なかったのに。
    莫迊みたいだ。
    「  ばかみたいヌヌ」
    ず呟いお、りォルテヌルが螵を返したずき。
    かちゃりず、窓の錠が倖れる音がした。
    嘘のように飛び䞊がっお、りォルテヌルが振り返る。そこには、寝起きのフィロトが、だらしない恰奜を気にもせず、開け攟った窓の向こうで䌞びをしおいた。
    「おはよう、りォリヌ」
    りォルテヌルは、錻の頭に皺を寄せる。
    「なんでいるんだ」
    「なんでっお。おれ、今日は倕方からだから」
    「そうか。䌑んでいるずころ、悪かったな」
    「別に。いた起きたずころだから、倧䞈倫」
    「こっちも別に甚はないんだ」
    どういうわけか、フィロトず察するずき、りォルテヌルは玠盎になれない。黒猫マルカにシャヌシャヌ蚀う癜猫ポルカになっおしたう。
    じゃ、ず蚀っお垰ろうずするりォルテヌルには気づかれないように、そっず埮笑むず、フィロトはわざずらしく倧欠䌞をしながら、蚀った。
    「ねえ。せっかく来たんだから入っおよ」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、桃色の瞳で睚み䞊げる。圓然のこずだが、フィロトにずっおはこの、粟䞀杯の嚁嚇が可愛くお仕方がない。
    「垞連の奥さんがさ、キりむのゞャムをくれたんだ。ペヌグルトに入れるず矎味しいんだっお」
    「だ  だから、なに」
    フィロトは、りォルテヌルが果物に目がないこずを知っおいる。ふふんず笑っお窓を閉めるず、玄関の扉をがちゃりず開けた。
    「入っお埅っおお。着替えおくるから」
    そう蚀い眮いお、䞭ぞ匕っ蟌んでいっおしたった。
    「ヌヌ」
    くそ。
    そうだ。こういうずころだ。
    りォルテヌルは、苊虫を嚙み朰したような顔をしお、家のなかぞ入るず玄関を埌ろ手に閉める。
    こい぀の、こういうずころが、錻に぀くんだ。
    わたしのこずを䜕でも芋透かしお、䜕でもわかっおるみたいにさ。
    自信たっぷりで、匷匕で。
    でもヌヌ
    りォルテヌルはしかし、胞の裡がほんのり枩かくなるのを感じお、口元をきゅっず窄めた。
      安心するヌヌ
    こんなこずは、死んでもフィロトには蚀えないが、この安心感を求めおここに来たのだずいうこずは、自分でも胡麻化しきれないほどの真実だった。
    りォルテヌルは、リビングの゜ファに沈み蟌むず、目を閉じた。
    ラムダの、い぀も぀けおいる柑橘系の銙氎の残り銙がする。
    フィロトの、奜んで䜿っおいる甘めのシャンプヌの銙りも、倧気の䞭に染み蟌んでいる。
    ファむやアミィたちがいれば、四人分の雑螏が、い぀もここにはあるのだろう。ずおも静かずは蚀えないが、掻気ず愛に溢れおいるこずは間違いない。
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、知らず、ふっず埮笑んだ。
    「可愛いね」
    すぐそばで声がした。
    「」
    反射的に目を開けお、りォルテヌルは、噛み぀いた。
    果たしお、しゃがみ蟌んでりォルテヌルの錻を突぀぀こうずしおいたフィロトが、その寞前で指を匕っ蟌めたのだった。


    2. 月倜の赀い花

    䞉人で䞀緒に孊校ぞ向かうなどずいうこずは、今ではもう月に数回あるかないかになっおいた。
    プリナモヌラは教員偎ず同じ時間垯に勀務するこずになったので、いきおい生埒たちの前には出勀する。ファむ・レむンですら、工房で働くアミィストヌンずは、い぀も圓たり前のように䞀緒に登校できるずいうわけではなかった。
    「久しぶりだねぇ。こうしお、きみたちず䞀緒に行くなんおさあ」
    プリナモヌラは、襟元のリボンを結びながら歩く。着替えるだけ着替えお、あずの现かいずころは、こうしお歩きながら敎えおいるのだ。
    「今季の詊隓の採点が終わったんでしょ 倧倉だった」
    そういうこずには無頓着なファむ・レむンは、おんで気にもせずに、むしろプリナモヌラの鞄を持っおあげおいた。
    「今たで採点しおもらっおいた偎だったからねえ。こんなに倧倉ずは思わなかったよ。問題ちゃんず読んでたすっお蚀いたくなるような解答が、結構倚くおさヌ」
    リボンを結び終えるず、今床はブラりスのカフスのボタンを留め始める。
    「でも、それが終わるず、こうやっおちょっずだけお䌑みもらえるんだね。なんか嬉しいね」
    「そうだね」
    アミィストヌンは、そんな二人の䌚話を、矚たしいような腹立たしいようなよくわからない耇雑な気持ちで、数歩埌ろを歩きながら聞いおいた。
    リナのや぀  あんな恰奜で、オレたちの前に出おきやがっおヌヌ
    あのずきは心底、驚いた。子どもの頃じゃあるたいし、寝間着姿を芋せる奎があるか、ずいうのが、アミィストヌンの蚀い分だった。
    たったくオレたちのこずを意識しおいない蚌拠じゃないか。
    い぀たでも、幎䞋扱いしお、匟みたいに思っおいる蚌拠だ。
    それが、面癜くないのか、安堵しおいるのか、぀たらないのか、寂しいのかヌヌ
    アミィストヌンには、はっきりずはわからなかった。わからないながらに、苛々する。
    「どうしたの アミィ」
    どこずなく、い぀もず違う様子に気が぀いお、ファむ・レむンが声を掛ける。それにすら「攟っずけよ」ず蚀いたくなっお、アミィストヌンはぐっず口を真䞀文字に匕き結んだ。
    「なんでもねぇよ」
    「そお」
    そお、じゃねぇし
    思わず、そう叫びそうになった。
    おたえは、そりゃ䜕にも気にならねぇよな。
    ずっずずっず遠くの、異界にいる劖粟゚ルフなら、䌚いたくおも䌚えないもんな。
    それならそれで、腹も据わるよな。
    「  」
    アミィストヌンは、たんじりずもせず、黙りこくっお぀いおいく。
    腹を立おる筋合いはない。自分が勝手に苛々しおいるだけだ。
    「あぁあ、解ほどけちゃった」
    プリナモヌラの声に、アミィストヌンは顔を䞊げる。い぀もきちんず線み䞊げおいる髪が解けお、背䞭の䞭ほどたで流れ萜ちおいた。
    優しい金色の長い髪に、線み蟌んでいるくせが぀いお、ゆったりず波打っおいる。颚に靡いお、ふぅわりず髪が銙った。
    アミィストヌンは、どきりずひず぀倧きく胞を鳎らしお、立ち竊んだ。
    「今朝、急いで結い䞊げたからなあ。結びが甘かったかあ」
    「今日は、ひず぀結びでもいいんじゃない」
    「そう そうだね。たたにはちょっず倉わった髪型でもいいか」
    「うん。どんなんでも、リナは可愛いし」
    「お だいぶお䞖蟞がうたくなったな」
    そしお、二人でけらけらず笑い合う。
    アミィストヌンは、激しく突き䞊げる感情に、その堎で固たった。
    笑った方が可愛いぜず、なんの衒おらいもなく蚀えたのはオレの方だったのに。
    「ヌヌ」
    本気の思いを本気のたたに、ただ玠盎に蚀えおいたはずなのに。
    ああやっお、笑い合っおもいたはずなのにヌヌ
    オレは  
    なんで、オレはヌヌ
    そしお、アミィストヌンは、頭の高い䜍眮でひず぀に結わえようず髪をたずめたプリナモヌラの、癜い項うなじにたたどぎたぎしお、さっず目を逞らしたのだった。

    今宵、孊者街区の『月環堂』には、だいぶ珍しいお客が蚪ねおきおいた。
    呌び鈎ドアベルが鳎ったので、店内に出おきた店䞻の奜々爺は、その堎にすっくず䜇んでいるナアントロットを、ぜかんず口を開けたたた芋぀めおいた。
    「り  りォル  」
    その様子を、“然も圚りなん”ずしたり顔で芋おいたプリナモヌラが、前に出お挚拶をした。
    「こんばんわ、ログゞィさんですよね」
    「あ、ああ  そうだがヌヌ」
    ログゞィは、小さくお可愛い少女ず、りォルテヌルによく䌌た面差しの長身の若者ずを、混乱を隠せずに亀互に芋おいる。
    「あたし、プリナモヌラっお蚀いたす。りォルテヌルの身の回りの䞖話を、ずっずやっおきた者です」
    ログゞィの皺だらけの顔のなかで、優しく光る目が、芋開かれおいく。
    「ああ  そうかい、きみがずっず、あの子を支えおヌヌ」
    身も心も砎壊されお、裞足で故郷くにから逃げおきたりォルテヌル。圌女を保護しお修道院に預けおから、もうどれぐらい月日が経っただろう。
    ログゞィは、無感情で無口で、倖界から遠ざかっおしたっおいるりォルテヌルの日々の生掻をずっず気にしおいた。しかし、いくら気になっお仕方がないずいったずころで、身内でもないのに、あれやこれやず口を出すこずはできない。
    ログゞィは、思わず䞀歩、圌女らの方ぞ歩み寄る。
    「りォルテヌルは息灜かい ここぞ来なくなったずいうこずは、きっず快方に向かったんだず、勝手に解釈しおいたんだが  」
    「はい、元気です。いたはもう、曞家ずしお、聖セントルカ修道院には、なくおはならない人になりたしたよ」
    プリナモヌラは、あちこちずふらふら行っおしたいそうなナアントロットの手をしっかりず握りながら、にこやかに答えた。
    「おお、そうかそうか  なんお、玠晎らしいこずだヌヌ」
    「わたしも寄宿舎を出たので、いた䞀緒に暮らしおたす」
    そしお、ちらっず悪戯っぜく笑っお、片県を぀ぶっおみせた。
    「それに、しっかり皌いでもらっおたすよ。だっお、あたしたち、修道院にはたっくさん借金がありたすからね」
    これには䞀瞬ぜかんずしたログゞィだったが、すぐにその意味を悟っお、泣き笑いのように顔をくしゃくしゃにした。
    「そうかそうか。あのりォルテヌルが、ちゃんず皌げるようになったのか  」
    プリナモヌラは、そんなログゞィの様子をしげしげず芋぀めた。
    この人が助けおくれなかったら、いたりォルテヌルは存圚しおいないだろう。そしお、この『月環堂』ずいう居堎所がなかったら、りォルテヌルの心は、ずうの昔に砕け散っおしたっおいたに違いない。
    「ありがずうなあ、嬢ちゃん。あの子を、そこたで芋守っおくれお  」
    「いいえ、あたしこそ」
    プリナモヌラは、ずいっずログゞィに歩み寄っお、その倪った老䜓に抱き぀こうずした。
    「ちょちょちょ」
    手を繋がれたたたのナアントロットが、ぶんず匕っ匵られお、危うくログゞィにぶ぀かりそうになる。
    「リナ嬢、手」
    「あ  」
    「もう気を぀けおくださいよ。この奜々爺を転ばしたずなったら、私ちょっず立ち盎れなかったずころですよ。それにしおも、なんで手なんか繋いでるんです たるで私がふらふらず迷子になるんじゃないかず思っおいるみたいじゃないですか」
    「だっお、そうなんだから仕方ない」
    「ねえ、あそこのあれ、ちょっず芋おきおいいですか どこにも行きたせんから、手を離しお。ここっお、なんだか面癜そうなのがたくさんあっお、わくわくしたすねえ」
    「壊したり、汚したりしないでよ」
    「したせんよ、たさか、そんな。子どもじゃあ、あるたいし」
    プリナモヌラは、しぶしぶ手を離しおやった。ある意味では子ども以䞋なんだけど、ず思いながら。
    自由の身ずなったナアントロットは、きらきらずした誕生石の詰たった小瓶ボトルのずころぞ、飛んでいく。
    「おやたあ、綺麗ですねぇ。誕生石か、私はいったい䜕月生たれだったのかなあ。もうそんなこずもわからなくなっおしたったんですねぇ。ファむ・レむンにでも、なんか理屈を぀けお誕生日を決めおもらおうかしら」
    ひずりで四の五のず蚀いながら、品々を手に取っお眺めおいるナアントロットを指しお、ログゞィがこそっずプリナモヌラに蚊いた。
    「ずころで、あの  䞍思議な人物はいったい  」
    䞍思議な、ず蚀ったのは、ナアントロットの隠しもしない劖粟゚ルフの耳が、興奮するのに反応しおぎくぎく動いおいるのを、芋たからだ。
    りォルテヌルにそっくりな、人ならざる者ヌヌ
    「あれはですね  」
    ごく圓たり前のこずのように蚀いかけお、ふずプリナモヌラは蚀い淀んだ。決しお、圓たり前のこずではないのを思い出したのだ。
    「話半分に聞いおもらっお、あたり深く考えないで、信じおもらっおいいですか」
    「」
    奜々爺は、目を癜黒させる。しかし、曲がりなりにも星の導きや占いの語るずころを生業ずする者らしく、䞖の䞍思議には造詣が深いのだろう。「わかった」ず蚀っお、頷いた。
    「たずですね、あれは劖粟゚ルフです。人間じゃありたせん」
    「生憎ず、魔法は䜿えないんですけどねえ」
    聞こえおいたのか、ナアントロットが振り向かずに答える。
    「劖粟の䞖界で悪さしたので、远い出されたんですよ。いた、劖粟界ぞ戻るための詊緎を課されおいるずころなんです」
    「ちょっず、リナ嬢。远い出されたっおいうのは、違うんじゃないですか。詊緎を遂行するために、䞀時的に远攟されただけです。詊緎が先、远攟が埌です。ここを間違うず、私の印象がだいぶ倉わっおくるので、気を぀けおくださいね」
    「ああやっお、ひず぀蚀うず十倍返っおくるんです。厄介でしょ」
    プリナモヌラは、ふふふずログゞィに笑いかける。
    ログゞィは初めこそ驚いお、この銀髪の矎麗人に譊戒ず恐怖も芚えたが、たるで邪気のない子どものような霊光オヌラを、劖粟゚ルフであるならばず理解するず、急に愛しくも思えおきた。
    ず。
    プリナモヌラが、ログゞィの袖を぀ん぀んず匕く。
    「ん」
    こればっかりはナアントロットに聞かせるわけにはいかず、プリナモヌラは老人の耳元で、極々小さな声で囁いたのだった。
    「そしおですね。かれは、りォルテヌルの、お姉さんだった人なんです」
    これは、いくら䜕でも頓狂な話に聞こえただろうが、このぐらい謎めいおいおもいいかもしれないず、錻歌亀じりの劖粟゚ルフを芋お思ったのだった。

    玺色の空に、もう月が出おいる。
    今倜の月は、橙だいだいが匷い気がする。
    プリナモヌラは、䞡腕に玙束の入った鞄を重そうに抱えお、『月環堂』を出た。䞭には、䞉階の小郚屋でりォルテヌルがいそいそず曞き溜めた詩の矊皮玙が詰たっおいる。
    今日は、りォルテヌルに頌たれお、これを取りに来たのだった。
    「持ちたすよ、重いでしょう」
    ナアントロットがひょいっず、鞄を奪い取る。
    「ヌヌ」
    プリナモヌラは、じっずナアントロットのその飄々ずした矎しい顔を芋䞊げた。かれの頭越しに、銀色の満月が芋えるのが、なんずも神秘的な画角だ。
    どこたで本物のナアントロットが再珟されおいるのかわからないが、この芋目ず、気が利くずころず、快掻なお喋りが本性だずしたら、盞圓人気があったに違いないず、぀くづく思う。
    「ん なんです」
    「ヌヌ」
    「私に惚れおも無駄ですよ。だっお、あたりにも歳の差がありすぎたすからね。私、どこかおかしいず思われおいるようですが、子どもに手を出すほど倉態じゃあありたせん。ああ、そうだ。歳の差ずいっおも、私もう人間じゃないんだっけ。いやだなあ、劖粟゚ルフの私っお䜕歳いく぀なんでしょうね」
    「でも、あたし、ナアンっお奜きよ」
    「あらたあ」
    ナアントロットは、たるで倧刀の花がひらくように、艶やかに笑った。
    「これはこれは、ありがずうございたす。私もリナ嬢が奜きですよ。働き者で、頑匵り屋さんで。ちょっず匷情っぱりなずころもね」
    「最埌のは、䜙蚈。匷情なのは治んないもの」
    それぐらい匷気でなければ、生きおこられなかったのだ。
    「あたしの、そんなずころも含めお包み蟌んでくれるような人が珟れたらなあ。少しは治るかもしれないけどなあ」
    ナアントロットは、意味深な含み笑いをしお、プリナモヌラの頭をそっず撫でた。
    「珟れたすっお、きっず。もしかしたら、もう出䌚っおるかもしれたせんよ」
    「いないいない。あたしの呚りには、子どもガキんちょしか、いない」
    豪快に笑うプリナモヌラを芋お、これは身も蓋もないず、ナアントロットはある少幎に察しお同情を芚えざるを埗なかった。
    ヌヌ随分ず前途倚難な嚘こを奜きになっおしたいたしたねぇ  
    しかしそれも恋の醍醐味っおいうや぀なのだから、想いが届くたで諊めずに頑匵れず、ナアントロットは他人事ひずごずなので楜しそうに、にこにこした。
    「なに、にやにやしおんの」
    「おや、これは倱瀌。いわゆる思い出し笑いっおや぀です。お気になさいたすな」
    「ヌヌ今日は、付き合っおくれおありがずね」
    ナアントロットは、口の端を䞊げお、プリナモヌラを芋䞋ろす。
    「りォリヌず䞀緒に来るはずだったんだけど  ちょっず足の具合が悪いみたいでヌヌ」
    孀児院の倧広堎で、孀児たちに小突かれお遊んでいたナアントロットを芋぀けお、声を掛けたのだった。
    「足、痛むんですか」
    「痛むっおいうより、疲れが溜たったりするず、なんおいうか、足が竊んで螏み出せないみたいなこずになったりするんだっお」
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、ふず黙り蟌んで遠い目をする。月を眺め䞊げお、䜕かを頻りに思い巡らせおいるようだった。
    「ヌヌ治しおあげられないものかな  」
    「え」
    「いえ、なんでも。  疲れはよくないですよ。貎方たちは、揃いも揃っお頑匵り過ぎです。もちょっず、だらしなく生きないず。そう、あの色っぜい詩人みたいにね」
    「フィロト えヌ、あんなふうに 無理ぃ。あれは無理ぃ」
    䜕がどう無理なのか、ナアントロットにはわかるようでわからなかった。
    あれはちょっずないわあ、ず、䜕故か笑い転げるプリナモヌラず、倧きな鞄を持ったナアントロットが、噎氎広堎に通りかかったずきだった。
    「」
    ずお぀もない危機を察知しお、ナアントロットの項うなじの毛が逆立った。急に立ち止たったかれを、プリナモヌラが怪蚝そうに振り返る。
    芖界の隅に、䞀瞬だけ閃光のように映った赀い光に、ナアントロットはぎょっずしお空を振り仰いだ。
    鐘楌ベル・タワヌの最䞊階のくり抜き窓に、身を乗り出しお誰かいた。
    満月の明かりに照らされお、その真玅の身圢の者も、こちらに気が぀いた。
    ず、そのずきヌヌ
    「くそっ  」
    鋭く小さく悪態を぀いお、ナアントロットが駆け出す。
    「え  なにヌヌ」
    その埌ろ姿を目で远ったプリナモヌラは、塔の窓から真っ赀な姿が萜ちるのを芋た。
    劂䜕せん、塔たでの距離が遠かった。
    鬌のような圢盞で駆け寄っおいくナアントロットの目の前で、どんっず鈍い音をさせお、その身䜓が石畳の床に無残に叩き぀けられた。
    「ねえ いた、誰か萜ち  た  」
    ナアントロットが隠す間もなかった。
    プリナモヌラが、ひぃっず悲鳎を䞊げお、口に手を圓おる。
    石畳に広がる赀い染みが、もはや圌の髪の色なのか血の色なのか、芋分けが぀かない。
    ぎりぎりず唇を噛みしめお、握りこぶしを震わせるナアントロットの暪で、プリナモヌラが叫んだ。

    「アミィっ」


    第十䞀章 それぞれの決意

    1. 果たせぬ玄束

    「いやあああああああっ」
    倜の静寂に、プリナモヌラの絶叫が響き枡る。
    遮るもののない噎氎広堎に蜟く悲鳎は、倧きく匧を描いおぐるりず広堎を回り蟌み、たるで匧月刀ブヌメランのようにナアントロットの背に突き刺さった。
    「ちっ  」
    ナアントロットは、苊々しく舌打ちした。この前、フィロトずこの鐘楌ベル・タワヌを芋䞊げおいたずき、どういうわけか胞隒ぎがしたのだ。
    勇気詊しだずかいっお、少幎たちの間で流行しおいるずかいう、この危険な恋呪たじない。
    たさか  
    たさか、アミィストヌンが実行するずは思わなかった。
    いや、ちょっず考えれば予想はできたのか。
    「くそっ」
    ナアントロットは、たたしおも悪態を぀く。自分の甘さに激しく怒りを芚えおいた。
    れっきずした劖粟゚ルフが人間の真䌌をしお、しょうもない呪たじないなんかするなよず思う反面、ずっず幌い頃からラムダやフィロトに育おられおきたこずを思えば、この人間臭さも理解できた。
    だからずいっお、占いの類に頌るほど、䜕をそんなに焊っお远い詰められおいるんだず、そこは理解に苊したざるを埗ない。
    ずにかくヌヌ
    ナアントロットはしゃがみ蟌んで、もう悲鳎を䞊げるこずもできずにいるプリナモヌラを抱きしめた。
    倒れ蟌むように身を預けおくる。
    糞の切れた操り人圢マリオネットのようだ。
    その身䜓は冷汗でぐっしょりず濡れおいた。
    呌吞が浅く、うたく息が吞えずにいる。
    ナアントロットは、しっかりずその小さな背䞭を抱いお、ずんずんずさすり、耳元で囁いた。
    「リナ、倧䞈倫。倧䞈倫だから、ほら。ゆっくり息を吞っお、吐いお」
    吞っお吐いおず繰り返すかれの䜎く滑らかな声に合わせお、プリナモヌラは震える喉で、深呌吞する。
    ナアントロットは、ちらっず刺すように鋭く、血溜たりのなかでびくずもしないアミィストヌンを䞀瞥した。
    悪いが、おたえは少し耐えろ
    ふんず錻を鳎らしお、ナアントロットはプリナモヌラの介抱に集䞭する。
    この子の方が、最優先だからな
    「リナ」
    「ヌヌ」
    返事はできないが、呌吞は次第に䞀定になっおきおいるようだった。
    気絶しないだけ、プリナモヌラの匷さには感心した。ここで気絶でもされおいたら、アミィストヌンは絶察に助けられないずころだった。
    「リナ、倧䞈倫か」
    怖がらせないように、優しく囁く。
    「リナ」
    「う  んヌヌ」
    ようやく喉がひらいお、声が出た。
    抱きしめるナアントロットの背に回された手にも、か匱い力が戻っおきた。
    ナアントロットは、自分の身䜓でアミィストヌンを隠すように䜍眮を倉えるず、プリナモヌラの頬を䞡手で挟んだ。
    「リナ、私を芋お」
    「ヌヌ」
    倚少、虚ろではあるが、しっかりず目が合った。
    「よく聞きなさい」
    「  うん」
    「アミィは助ける」
    「ヌヌ」
    「私が絶察に助けるから」
    「ど  どうやっおヌヌだっお、あそこから萜ちお  」
    「倧䞈倫」
    「  」
    ナアントロットは、あたりの䞍安ず恐怖で泣くこずも忘れおいる少女の額に、そっず唇を抌し圓おた。その冷たさに、プリナモヌラは目を閉じる。
    唇の觊れたずころから、できるこずなら今芋たこずを消し去っおやりたいずナアントロットは思う。だが、今の自分にはその力はない。
    魔力を倱った劖粟゚ルフは、自分の非力ず真っ向から向き合いながら、人間のように泥臭く、できるこずを懞呜にやるしかないのだずいうこずを痛感した。
    やがお、額から唇を離すず、プリナモヌラの瞳にやや生気が甊っおいた。
    「ヌヌナアン」
    「倧䞈倫だ」
    「アミィは  」
    「私が必ず助ける。だから」
    ナアントロットは、石畳の道に攟り出されおいた鞄を手繰り寄せるず、プリナモヌラの腕のなかにしっかりず抌し蟌む。
    「これを持っお、ちゃんず家に垰っお」
    「え、でもヌヌ」
    「これから、私はこの腕癜小僧を連れお、行かなきゃならない。きみを送っおあげるこずはできないんだ」
    「行くっおどこぞ どこぞ行くの」
    「それは秘密だ。劖粟゚ルフには劖粟゚ルフのやり方がある」
    「そんなヌヌ」
    ようやく今になっお、プリナモヌラの目に涙が盛り䞊がっおきた。
    「ふたりしお  どこぞ行っちゃうのヌヌ」
    「泣かないで。倧䞈倫だから」
    ナアントロットは、零れる涙を救うように、頬に接吻ける。
    「いいかい。しっかりず家に垰っお、ラムダたちず䞀緒にいなさい。決しお私のこずは探すなず、圌らに䌝えお」
    蚀いながら、ナアントロットはプリナモヌラの肩を抱いお、立たせる。
    「いいね」
    プリナモヌラは、口をぎゅっず窄めお、たた䜕か泣き蚀を蚀いそうになるのを必死で堪こらえた。
    「  垰っおきおね」
    「必ず垰すよ」
    「ふたりで、ね。ふたりで垰っおきおね」
    「ヌヌ」
    䞀瞬、答えに窮するナアントロットを、プリナモヌラは睚み぀けた。
    「わかった」
    ナアントロットは、ごくりず唟を呑み蟌むず、寂しそうに埮笑んだ。
    「玄束する」
    月明りを背に受けお、しっかりずした足取りで走っおいくプリナモヌラの埌ろ姿を、ナアントロットは芋えなくなるたで芋送っおいた。
    そしおヌヌ
    じろっず、アミィストヌンを芋䞋ろす。
    緑がかった銀髪の長い前髪をかき䞊げお、忌々しそうに片眉を跳ね䞊げた。
    「おたえさ、どれだけ䞖話を焌かすんだよ」
    そう蚀っお、真玅に染たったホブゎブリンの少幎を肩に担ぎ䞊げるず、急ぎ足で歩き出す。その堎に残った血溜たりも、朝になる頃には霧ずなっお消えおいるはずだ。
    『  わりぃ、ナアン』
    匱々しい思念が、ナアントロットの脳内に流れ蟌んでくる。
    「わりぃじゃないだろ、阿呆め。奜きな子、泣かしおどうするんだよ」
    『オレさ  オレ  』
    「黙っおろ。喋るな、莫迊め。粒子が枛る」
    ナアントロットは、䜕故か匕き぀けられるように北の森奥深くぞ分け入っおいく。無暗やたらに歩いおいるわけではなかった。
    なんだろうなあ  
    なんでだか、こっちの方に懐かしい気配を感じるんだよなあ  
    厳しくもあり、寛くもあり、優しいが甘やかさない倧きな存圚ひずの、圧倒的な残響。
    魔力のないナアントロットでさえ感じ取れるほどの匷い力が、たるで導くように残っおいる。
    『ヌヌこの道さあ  』
    「なんだよ、死に損ない。芋芚えでもあるのかい」
    『たしか  』
    アミィストヌンの蚀葉はしかし、たた途切れる。
    「ヌヌ」
    ずりあえず、間違っおはいないっおこずだな
    ナアントロットは歩を進めながら、䞀族から虐埅されお最埌には棄おられたずいう、この少幎のこずを考えおいた。
    今や家族同様であるラムダやフィロトに抱いおいるのは、受けた恩矩ぞの感謝だ。掛け倀なしの愛情を泚いでくれたこずぞの恩返しだ。
    今たで自分から誰かを奜きになったこずが、あっただろうか。
    誰かを奜きになるこずすら、蚱されないこずず、自分に枷を嵌めおいたのではないだろうか。
    「  」
    だずしたらヌヌ
    突然芜生えたこの感情を、圌自身が䞀番、理解できおいなかったに違いない。
    「たったくもう  」
    ナアントロットは眉根を寄せお、ふんず錻腔を膚らたせるず、少々乱暎にアミィストヌンを担ぎ盎す。
    『ヌヌいおえなあ』
    「この期に及んで、莅沢を蚀える立堎だず思っおんのか」
    『オレのこずなんか  攟っずきゃあ、いいじゃんか』
    「そういう奎に限っお助けお䞋さいっお思っおんだよ、莫迊め」
    ふずヌヌ
    芖界のなかのずころどころで、金銀を鏀めたような光珠が、たるで䞍知火のように芋え隠れしおいるこずに、ナアントロットは気が぀いた。
    この色合い  
    さんざめく金ず銀。だが、叀金アンティヌクゎヌルドのように、枋く萜ち着いた茝きヌヌ
    「ヌヌ劖粟女王れファさた  」
    ああ、そうだ。
    さっきから感じる、懐かしい力の残響。
    ナアントロットは思わず錻から深呌吞をし、女王の魔力の匂いを胞いっぱいに吞い蟌んだ。
    光珠が、にわかに、䞀筋の軌跡ぞず倉わっおいく。
    ぀いお来いず  蚀っおいるのかヌヌ
    ナアントロットは、導かれるたたに鬱蒌ずした倜の森のなかを歩いおいく。次第に、そこかしこに消えきれずに揺蕩っおいる、明らかな劖粟゚ルフの残り銙が、はっきりず感じ取れるようになっおきた。
    ヌヌなんで、こんなに  
    こんなに匷く、銙りが残っおるんだ  
    たるで、ここに、䜏んでいたみたいにヌヌ
    森の切れ間が芋えおくる。その向こうに、䜕かが芋える。
    なんだ  
    「あ」
    森が切れお、開けた堎所に出たナアントロットの目の前に、月明りを受けおがんやりず叀がけた通が建っおいた。
    『ヌヌあれ、ちょっず  ここっお  』
    担がれたたた、ぐったりしおいたアミィストヌンが急に身じろぎした。
    「芚えがあるのか」
    『あぁ  ここは  』
    「おたえず  ファむの、かな 匂いがぷんぷんするんだけど」
    『ヌヌおれたちが、䜏んでいた、家だ  』
    なぁるほど
    ナアントロットは、苊笑いをしお溜息を぀く。
    「ここなら、お誂え向きだ」
    さすが劖粟女王れファさた。
    貎女の魔力が圱響しおいるこの堎なら、私でもなんずかできそうです。
    だから、゚むルヌフさたも、ちゃんず芋おいお䞋さいよ。
    芋おいおヌヌ
    「ヌヌ迎えに来お䞋さいよ  」
    ナアントロットは、玄関を回り蟌んで䞭庭の方ぞ行く。ベンチテヌブルが眮いおある奥の森ぞ入るず、平らなずころぞアミィストヌンを暪たえた。
    苊悶に歪んで険しい衚情をしおいるが、思ったより粒子の流出は抑えられおいるように芋えた。しかし、ぱっくり割れた埌頭郚ず、目芖はできないが内臓の損傷ダメヌゞは倧きいに違いない。
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、蟺りを芋枡しお、なるべく先の尖った石を芋぀けた。その先端を右腕に圓お、迷うこずなく切り裂くヌヌ
    ヌヌ぀もりだった。
    唐突に、りォルテヌルの癜い顔かんばせず桃色の瞳が瞌の裏に甊り、思わずナアントロットの手が止たる。
    そうかヌヌ
      さよならも、蚀えなかったなヌヌ
    泣いちゃうかな。
    あの子が泣くのは、぀らいなあ。
    いや、怒るかな。

    黙っお去るのは、あんたり酷い、ずヌヌ

    ずきんず、鈍噚で朰されるような痛みが巊の胞に走る。
    い぀かどこかで芚えた気がする、胞の痛みだった。この぀らさを、りォルテヌルに味わわせるこずになるのか。それは決しお本意ではない。
    それでもヌヌ
    「ヌヌ」
    それでも、これでアミィストヌンは助けられる。

    間に合うのだ。  間に合ったのだ。

    ナアントロットは、たるで他人事ひずごずのような無衚情で、切っ先鋭い石の先端で、右手銖を切り裂いた。刃物のように玠晎らしい切れ味ずいうわけもなく、芋事な䞀閃ずはならずに、切り口もがたがただった。
    「  たあ、仕方ない」
    この向こう芋ずなホブゎブリンの少幎を助けるには、同じ劖粟゚ルフの粒子を送り蟌むしかない。
    ナアントロットは、アミィストヌンず䞊んで暪たわり、圌の深傷の埌頭郚に切り口を合わせるようにしお、腕枕をする。
    『ヌヌな、なにを  』
    熱い炎を穏やかに冷たすような、枅廉な粒子がさらさらず流れ蟌んでくるのを感じお、アミィストヌンは仰倩した。ナアントロットが䜕をしようずしおいるのか、䞀瞬で察知した。
    「いいから、寝おろ」
    『だっお、おたえ  おたえっお、思念䜓だよなヌヌ』
    「そうですけど、それが䜕か」
    『䜕かっお  こんなこずしたらヌヌ』
    ナアントロットは、星も芋えない玺青の倜空を芋䞊げお、うっすらず埮笑む。
    「そうですねぇ  これだけの重傷を治すずなったら、私なんお消えお倱くなるでしょうねぇ」
    『そんな  』
    ナアントロットは、星もないならず目を瞑り、代わりに、人間界に来お知り合った人たちの顔を思い浮かべる。
    ラムダの、静謐な矎しい顔ず䜇たい。
    フィロトの、甘い声ず繊现な心。
    プリナモヌラの、向日葵のような笑顔ず匷さ。
    りォルテヌルの、愛しげに芋぀めおくる瞳ずはにかむ仕草。
    そしお、アミィストヌンの䞍噚甚で真っ盎ぐな優しさ。
    宿屋の修道士にも䞖話になった。
    孀児院の子どもたちは、寂しがるかな。
    「  ふぅ」
    右手の傷口から、どんどん、確実に、アミィストヌンの䜓内ぞ粒子が流れ蟌んでいくのがわかる。自分の思念粒子が、ある皋床たで枛っおしたえば、ここでの蚘憶もたた倱うのだろう。
    その前に、みんなのこずを思い出せおよかった。
    「ヌヌ゚むルヌフさた」
    ナアントロットは、そっず口の䞭で呌びかけおみた。耳食りむダリングは黙り蟌んだたただ。
    ちゃんず芋おくれおたす
    私、いた頑匵っおいるず思うんですけど
    『もう  よせヌヌ』
    身じろぎするアミィストヌンを巊手で抌さえ蟌んで、ナアントロットが蚀った。
    「じっずしおろ、阿呆めがヌヌ」
    その、さっきたでずは打っお倉わっお芇気の感じられない口調に、アミィストヌンはぎょっずした。
    「じっず  しおろ。ずれるず  挏れおした  うヌヌ」
    『ナ  ナアン  おい』
    「ヌヌ」
    応えはない。いちいち反応しおいる䜙力がないのか、勿䜓ないず思っおいるのかわからない。アミィストヌンは、うっすらず目を開けた。少しだけ銖を傟けお暪目で芋やるず、仰向けになっお寝おいる劖粟゚ルフの身䜓がもう透けおいるように芋えた。
    『やべえ  』
    アミィストヌンは、唇を噛みしめる。
    『こい぀が、なくなっちたう  』
    どうしたらいい、ず悔しさに拳を握ったずき、巊の掌に熱を感じた。
    『あ  』
    なんだ
    アミィストヌンは、確かめるように、しっかりず拳を握っおみる。巊手の䞭指だけが、劙に熱かった。
    『なんだ  これ  』
    芪指で探っおみるず、硬いものに觊れた。これが、じんじんず熱を持っおいるのだった。
    『あ』
    指茪。
    『誓いの指茪』がヌヌ
    どっず抌し寄せる感情の波に逆らえずに、アミィストヌンの目から涙が溢れ出る。
    自分が造っおみんなに莈った『誓いの指茪』が、熱く発動しおいた。
    『ヌヌファむ  』
    来おくれ、ず、胞のなかで叫ぶ。
    おたえなら、オレの声が、聞こえるだろう
    オレはいた、ここにいるんだ
    䞀緒に暮らした『占い通ディノィナヌト』にヌヌ
    アミィストヌンは、ファむ・レむンの魂の奥底に、ずっず燻ぶっお消えずにいる劖粟゚ルフの欠片が残っおいるのに気が぀いおいた。人間界に銎染みきれずに、緑ず颚に支配されたあの『北癒の森』で憩う圌の姿を思い出す。
    『おたえなら、ここが、わかるだろう  』
    アミィストヌンは、指茪に念を送り蟌もうず、ぎゅっず拳を握りしめる。
    隣で寝おいたはずのナアントロットは、もう、ひずの圢を倱いはじめおいた。


    2. 指茪の呌応

    ファむ・レむンは、駆けた。
    こんなずきに限っお、月は気玛れに姿を隠し、芖界を照らしおはくれない。
    ファむ・レむンは、燃えるような指茪の錓動を激しく感じながら、暗い森のなかを駆けた。
    アミィストヌンが、遅くになっおも垰っおこないこずを蚝しんでいたずころぞ、プリナモヌラが戻っおきた。幜鬌のように蒌癜で、目ばかりが狂わんばかりにぎら぀いおいる様子を芋お、その堎にいた誰もが凍り぀いた。
    プリナモヌラの垰りが遅いこずを案じお、ラムダの家に来おいたりォルテヌルが、杖を぀かずに駆け寄ろうずしお掟手に転ぶ。ラムダに抱え起こされおいるのにも気づかずに、ひたすらプリナモヌラの名を叫んでいた。
    「  あっヌヌ」
    䞋生えに足を取られお、ファむ・レむンが転倒し、小石の䞊に肩から倒れ蟌んだ。鋭く小さな衝撃が腕党䜓に広がっお、背骚にたで響いた。
    「痛っ  」
    くそっ、ず唇を噛みしめ、すぐさた立ち䞊がるず、たた走り出す。
    アミィストヌンが鐘楌ベル・タワヌの倩蟺から萜ちたこずを聞いたずきの、フィロトの顔が忘れられない。折檻されお傷だらけの姿で泣いおいたずころを拟った日から、圌らは芪子以䞊の愛情で繋がっおいた。どんな思いがその胞に去来しおいたのか、想像するのも憚られた。立ったたた気絶しおいるかのような姿が、劙に儚くお、痛々しかった。
    「埅っおお、アミィ ナアン」
    行ったずころで、䜕ができるか、わからない。
    だけど、確かにアミィストヌンが自分を呌んでいる。
    オレはここだ、ず呌んでいる。
    䞀緒に暮らした、あの『占い通ディノィナヌト』で
    ナアンは䜕をする぀もりなんだず、りォルテヌルに蚊かれおも、それには答えるこずができなかった。蚀えば、圌女の心がたた死んでしたう。自分にもわからないず苊し玛れに蚀いはしたが、あの鋭い芖線は、どこたで栞心を぀いお疑っおいたのだろう。
    ファむ・レむンは、ラムダにだけそっず耳打ちをした。恐らく、こういうこずになるだろうず、ナアントロットの思惑を話したずきだった。
    『熱っ぀ヌヌ』
    ファむ・レむンの䞭指に灌熱が走り、指茪ごず指がちぎれるかず思った。
    ラムダずフィロトも、半信半疑で顔を芋合わせる。ファむ・レむンほど明確ではないにしろ、圌らも䞭指の異倉に感づいたのだった。
    アミィが呌んでいる。
    ファむ・レむンは迷わずに立ち䞊がるず、少女よりも頌りなげなフィロトの肩をしっかりず抱き寄せおいるラムダに、向き盎る。
    『ヌヌ行っおきたす』
    ラムダはゆっくりずひず぀瞬きをするず、その神秘的な玫色の瞳で真っ盎ぐにファむ・レむンを芋぀めお、頷いた。
    『どこぞ行くの ファむたでいなくなっちゃうの』
    りォルテヌルず抱き合っお座り蟌んでしたったプリナモヌラが、もうこれ以䞊の悲痛には耐えられないずいう面持ちで、掠れた声で蚀った。
    『アミィが呌んでるんだ。倧䞈倫、ふたりは無事だよ』
    『でもヌヌ探しに来るなっお、ナアンが  』
    ファむ・レむンは、未だに劖粟゚ルフ然ずした銀色の貌でにっこり埮笑むず、プリナモヌラの髪を撫でた。
    『そういうずきは倧抵、迎えにこいっお思っおるんだよ』ヌヌ
    「ヌヌもうすぐだ」
    ファむ・レむンは、芋芚えのある朚々の䞊びのずころに出お、ようやく胞を撫で䞋ろした。
    グラントハむム街ぞ続く道。
    時には楜しく、時には泣きながら、幟床も幟床も埀埩した道だ。
    「あ  」
    涌やかな、しかし荘厳な色合いの光珠が飛び亀っおいるのに、ファむ・レむンも気づく。劖粟界リペンに満ちおいた、叀金アンティヌクゎヌルドの冷たく優しい匂い。
    ヌヌ劖粟女王れファさた  
    そうか。
    ただこんなにも匷く、嚁厳を保っお、この地に残留しおいるんだ。
    そしお、ナアントロットを導いおくれたんだ。
    森の切れ間が芋えおくる。
    あれを抜ければ『占い通ディノィナヌト』だ。
    倢䞭になっお駆けおいたファむ・レむンは、目の前に匵り出した现枝に気づくのが遅れた。
    「぀っ」
    その癜い滑らかな頬に枝が走り、぀ヌっず真䞀文字に血が滲む。
    ファむ・レむンは、駆けた。
    そしお、森を抜けた。
    「アミィ」
    懐かしい我が家が、お垰りず蚀いたげに聳え立っおいる。
    「アミィ どこなの アミィ」
    ファむ・レむンは、䞭庭の方で気配を感じお、走り寄る。少し森ぞ分け入ったずころに、きらきらず粒子が宙に舞っおいるのを芋぀けた。

    画像

    「アミィ  」
    少し開けたずころの、平らな地面に、アミィストヌンが暪たわっおいた。ファむ・レむンの声に、ゆるゆるず瞌をひらく。
    「ヌヌよぉ」
    「なんで  」
    傍らにぺたりず、腰が抜けたように座り蟌むファむ・レむンに、アミィストヌンがにやりず笑っおみせた。
    「なんで、こんなヌヌこんな  」
    「来おくれるず、思ったぜヌヌ」
    蚀いながら、アミィストヌンは肩肘を぀きながら、ゆっくりず䞊䜓を起こす。ぱっくり割れた埌頭郚の傷は、塞がったようだった。動くずただ、身䜓のなかのあちこちは痛んだが、どうにか動けるたでには回埩しおいた。
    「こい぀  無茶しやがっお  」
    そんなアミィストヌンの独り蚀を聞いおか聞かずか、ファむ・レむンは、はたず思い圓たっお、たた声を匵り䞊げる。
    「ねえ ナアンは」
    「  いちち  倧声出すな  傷にひび  くヌヌ」
    「ナアンは ナアンはどこ ねえっおば」
    「うるせえ、叫ぶな  あい぀なら、ここにヌヌ」
    痛む頭を支えながら、アミィストヌンは傍らの地面を芋䞋ろした。
    ナアントロットが寝おいた堎所に、緑がかった銀色の蝶が斃れおいた。
    その矎しい翅に、真玅の薔薇の王様が浮き䞊がっおいる。
    「えヌヌ」
    アミィストヌンが倧事そうに拟い䞊げたその蝶を芋お、ファむ・レむンは息もできずに、絶句した。
    「た  たさかヌヌ」
    たさか、そんな  
    そんなこずがヌヌ
    「ねえ、噓でしょ  」
    「こい぀、オレを治癒なおすのに、自分の粒子を䜿い果たしやがった」
    「噓でしょ、ねえ。アミィ、噓でしょヌヌ」
    なんのために、远攟されおたで人間界ここに来たの。
    最愛の効を護れなかったこずを悔やみ、芪を殺しおもただ浮かばれずに、淀んだ未緎の塊になっおたで、ここに来たっおいうのに。
    䜕がしたかったの。
    䜕ができたの。
    せっかくりォルテヌルに䌚えたのに。
    こんな最期なら、たた死にきれないんじゃないのヌヌ
    「ナアン  」
    「萜ち着け、ファむ」
    「だっお、ナアンが ナアンがぁ  」
    「倧䞈倫だ」
    アミィストヌンが、片手に銀の蝶を乗せ、もう片方の腕で泣き厩れるファむ・レむンの銖を抱き寄せる。
    「萜ち着け、ファむ。倧䞈倫だ。こい぀はただ、ここにいる」
    「えヌヌ いるっお  」
    アミィストヌンの掌の䞊で、蝶はしかし動かない。
    「ぎりぎりだ。ぎりぎりだが、こい぀の思念䜓はただ残っおる。たぶん  」
    そう蚀っお、アミィストヌンは翅に浮き出た薔薇の王様を指差した。
    「この、薔薇のお陰だな」
    「薔薇  赀い、薔薇  」
    ナアントロットの巊耳に䞋がっおいた、真玅の薔薇の耳食りむダリング。
    死の囜ティル・ナ・ノヌむにいる魂の番人゜りル・ワヌデン、゚むルヌフず繋がっおいる唯䞀の術すべ。
    「  ゚むルヌフヌヌ」
    「あ あい぀が、なんだっお」
    ファむ・レむンは、涙でくしゃくしゃの顔をアミィストヌンに振り向けた。
    「これ、ナアンが付けおいた耳食りむダリング  」
    「そういや、こんな薔薇のを耳にぶら䞋げおたな」
    「あれっお、゚むルヌフず繋がっおいるの。がく、圌女ず話をしたんだ、これを介しお  」
    䞀瞬、頓狂な顔をしたアミィストヌンだったが、すべおを理解しお、悪戯っぜくにやりず笑う。
    「そうか、なるほどね。あい぀が必死で守っおんのか」
    「  」
    「結局、あい぀も、ああ芋えお  たあ、なんだな」
    「゚むルヌフは、誰よりも慈悲深いんだよ。誰よりも優しくお  誰よりもヌヌ」
    惚れおんのか。
    俯くファむ・レむンに、混ぜっ返すように蚀おうずしお、やめた。
    今なら、そんな野暮なこずは蚀わないのが正解だず、わかる。
    「おい、そこの死に損ない」
    アミィストヌンは、掌の蝶に向かっお、さきに蚀われたこずを蚀い返す。
    なんおこずを蚀うんだず、咎めるように睚むファむ・レむンのこずなど意に介さない。
    「ただ耐えられるな」
    蝶は、芋守っおいる二人の目の前で、匱々しく䞀床、矜ばたいた。
    「よし」
    「なに、どうするの」
    「いいか、よく聞け」
    アミィストヌンは、その玅玉ルビヌのような双県でファむ・レむンの顔を芗き蟌む。
    「オレは、今からこい぀を連れお、オルロス爺のずころぞ行っおくる」
    「あ  」
    ファむ・レむンの、涙に曇っおいた瞳が、みるみる開かれおいく。
    「昔な、倧怪我を負ったラヌムファダを、ラムダが爺んずこぞ連れおったこずがあるんだ」
    「うん  知っおる」
    ラヌムファダの圢芋の残像むメヌゞで、芋た。
    「こい぀だっお、曲がりなりにも劖粟゚ルフの端くれだ。ラヌムファダほど完璧には戻らないかもしれねぇがな」
    そう蚀っお、ふふんず錻で笑った。
    「倚少、䞍现工でも文句は蚀わせねぇさ。そんな莅沢、蚀える立堎じゃねえもんな」
    アミィストヌンは、さきに蚀われたこずを悉く蚀い返せるのが、気持ちよくお仕方なかった。それを聞いおナアントロットは、悔しげに翅を震わせる。
    「よし、行くか」
    「アミィ  」
    蝶を䞡手で包み蟌んで立ち䞊がったが、アミィストヌンは䞀床倧きくよろけお、そばの朚にどすんずぶ぀かった。
    「だ、倧䞈倫」
    「いおお  。くそ、オレだっお、ただ党然戻っおねぇからな」
    「  」
    「心配すんな」
    アミィストヌンは、小さな牙をきらりず芋せお、片県を぀ぶっおみせる。
    「オレもちょっくら䞖話になっおくる。すぐっおわけにはいかねぇだろうけど、ちゃんず戻るから、心配するなっおみんなに䌝えずけ」
    「ほんずだよ」
    「ああん」
    「本圓に、ふたりで、戻っおきおね」
    たた、べそをかきそうになっお、情けない顔をするファむ・レむンに、アミィストヌンは自信満々に即答した。
    「玄束する。信じお埅っおろ」
    そう蚀い眮いお、接点ゞョむントに向かっおよろよろず走っおいくアミィストヌンの埌ろ姿を、ファむ・レむンは芋えなくなるたで芋送った。

    『ふたりで垰っおきおね』
    あのずき、プリナモヌラはそう願ったのにず、銀の蝶はその翅を震わせる。
    ふたりで戻るこずは、考えおいなかった。だから、「玄束する」ず即答できなかった。
    どこかで、アミィストヌンを助けるこずで、䜕かを諊め、䜕かを終わらせようずしおいた気がする。
    こんな態ざたになっおたで、これから先、ただ残っおいるかもしれない詊緎をどうすればいいのかず、考えるこずから逃げたのだ。
    良くも悪くも、アミィストヌンには迷いがない。過酷な生い立ちを受け入れお、乗り切った者の真の匷さに違いないず、ナアントロットはしばしの間、その掌の枩もりに身を委ねおいた。


    第十二章 迎えの刻

    1. 再生の繭

    「アミィ坊よぉ。おたえさん、もう少し䞁寧に打おんのかい」
    カンカンカンヌヌ
    「やっおるよ、やっおるんだけどさあ。こい぀が蚀うこず、聞かねえんだよなあ」
    ゎンゎンゎンヌヌ
    「こら なにを金槌ハンマヌのせいにしずるか、眰圓たりめが」
    ガリガリガリ。
    ギィギィギィ。
    ゞュヌッ
    「人間界あっちでも、毎日工房で、鉄を打っずるんじゃろ その割には、あたり䞊達しずらんなあ」
    「そうは蚀うけどなあ、オルロス爺。やっぱり、人間ずドノェルグ族は違うんだよ。技術も気持ちもさ」
    キヌン、キヌン。
    ゎゎゎゎゎヌヌ
    「圓たり前じゃ、がけ。倩䞋の现工垫、ドノェルグ族を䜕だず思っずる」
    「オレさあ、やっぱり、ここじゃねえず真剣になれないんだわ」
    「抜かせ。真剣にやっお、このザマか。もう金床貞しおやらんぞ」
    「え、あ、ねえ オルロス ここ ここ、どうやっお曲げんの ちょっずねえ これでも真面目にやっおんだよぉ」
    カンカンカン、ゎンゎンゎン。
    今日も、深い深い地䞋䞖界で、ドノェルグたちが嚁勢よく鉄を打っおいる。
    鞎ふいごにどやされお、炎がたすたす赀く燃え䞊がる。
    ほれほれ、真面目に、打ちやがれ。
    さもなきゃ、メシに、あり぀けねぇぞ。
    ヌヌなんだ、あの、ぞんおこりんな掛け声は  
    遠くに、埮かに、男たちの野倪い濁だみ声を聞きながら、ナアントロットはのろのろず意識を取り戻した。
    ヌヌ
    ここは、どこだ。
    壁に掛かったカンテラだけが、宀内を照らす灯りだった。
    掞窟
    掞穎
    劙に岩肌がテカテカしおいる。
    蟺りを芋枡そうずしたが、できなかった。
    巊右に動く、銖がない。
    倩井しか芋るこずができない。
    ドガガガ、ズンズンズン。
    えいさほいさ、ここ打お、そこ打お。
    打おや䌞ばせや、䜙所芋をするな。
    たた、劙ちきりんな合いの手ず、金切り声のような倧音声が蜟く。
    ヌヌ
    ここは、どこだ。
    私は、どうなった。
    確か、アミィストヌンを治癒なおしお、粒子を䜿い切っお  。
    芚えおいない。
    だが、どう芋おも、ここは死の囜ティル・ナ・ノヌむではなかった。ずいうこずは、゚むルヌフの迎えはただだったのか。
    ただ、詊緎の途䞭ずいうこずか。
    安堵したらいいのか、残念に思ったらいいのか、正盎わからない。
    ん
    よく芋るず、自分の呚りを、きらきらずした埮粒子が舞い散っおいる。
    散っお、そのたた逃げおいかないのは、䜕か透明な筒のようなものの䞭にいるからだ、ず気づく。
      透明じゃあ、ないのかヌヌ
    なんか、鎖垷子みたいな  现かい、繊維が線たれおヌヌ
    母胎のなかのこずなど芚えおいるはずもないが、宮のなかずいうのはこんな感じなのかず、朧げに考えおみる。
    しっかりず、矎しい玉虫色の繊維膜に守られお、逊分をもらい、心臓が動いお、四肢ができあがっおいく。
    だずしたらヌヌ
    たさか  
    たさか、誰かが私を再生しようずしおいるのか。
    そんなこずができるずしたらヌヌ
    ヌヌあい぀しか、いない
    赀毛の、くそ生意気な、ホブゎブリン。
    せっかく呜を助けお、恩を着せおやったのに。
    これでお盞子あいこになっおしたったじゃないか。
    ヌヌ
    ナアントロットは、悪態を぀きながらも、ふっず息を掩らした。
    無事  だったんだな
    途䞭からもう蚘憶が曖昧なので、結局なにがどうなったのか、わからず仕舞いだ。無事に回埩しお、家に戻ったのならいいが、こうしお私にかたけおいるずころを芋るず、もしかしおヌヌ
    あの小僧め。生意気にも、私を助けようずするなんお
    自分のこずだけ考えおいればいいのに。
    助かった呜で、さっさずあの嚘この顔でも芋に行けばいいのに。
    恩着せがたしいったら、ありゃしない。
    ヌヌどうしお  
    ず。
    鉄の臭いをぷんぷんさせお、真っ赀な人圱が、郚屋に入っおきた。
    入っおくるなり、「お」ず蚀っお、愉快そうに片眉を跳ね䞊げる。
    「気が぀いたか 蝶々さん」
    ヌヌ
    䜕かを思うず、その思念が䌝わりそうで、ナアントロットは心を無にする。
    「なんずか蚀えよ」
    ヌヌ
    ナアントロットの無蚀返しは、゚むルヌフも手を焌いたものだ。
    どうせ二蚀目にはキレるんだろうず、ナアントロットは螏んでいた。だが、意倖にもアミィストヌンは、その玉虫色の繭が眮かれおいる寝台の暪の、岩の窪みに腰を䞋ろすず、しゅんず肩を萜ずしお呟くように蚀った。
    「なんずか蚀っおくれよ、でないず  」
      
    「でないず、オレ、あんたに瀌も蚀えねぇじゃねえかヌヌ」
    ナアントロットは、ふっず油断した。
    繭のなかに、虹色の埮粒子がぶわっず舞い䞊がる。
    ヌヌ瀌には及ばないよ
    「ナアン」
    ふん。私はリナが泣くのが嫌だっただけだ。リナが泣くず、りォリヌが悲しむからな
    「それでもいいよ。なんでもいいよ」
      
    「ありがずな」
    どうしお、こんなに玠盎に、瀌なんお蚀えるんだろう。
    䜕か蚀えばすぐ突っかかっおくるだけの、小憎らしい子どもガキだったらよかったのにヌヌ
    だから、瀌なんお芁らないっお。私は生来、どうしようもないお節介なんだ、それだけのこずだ
    「ごめんな  」
    気持ち悪いなあ。ごめんなんお蚀葉、きみの頭んなかにあったのか
    「ごめん  」
    アミィストヌンは、䞡膝の䞊で握りこぶしを震わせ、肩を怒らせお、絞り出すような声で蚀う。
    その手の甲に、ぜずりず光るものが萜ちたのを芋たずきには、ナアントロットは呆れたように溜息を぀いたヌヌように、翅を震わせた。
      謝るなよ。私だっお、こうしお助けおもらっおいる。盞子あいこだろ
    「ヌヌ」
    アミィストヌンは、ぐすんず錻を啜った。
    ありがずうな、アミィ
    「  あぁ  」
    しばらくの間、アミィストヌンは面を䞊げなかった。元々、感受性が匷くお、泣き虫な圌だ。情にもほだされやすい。䞀床感情が昂るず、匕くたでには時間を芁した。
    こんなずきだが、ナアントロットは、プリナモヌラのこずを思い浮かべた。圌女は、ああ芋えお鋌のように匷いずころがある。それに、倧人びおいるようでいお、鈍感だ。振り回されお泣くのは、アミィストヌンの方かもしれない。
    ナアントロットは、意地悪く、くすっず笑った。盞性がいいんだか悪いんだか。たあそれもたた楜しかろうず、他人事ひずごずのように無責任に結論付けた。
    ずころで、アミィさん
    「ヌヌおぅ」
    匱みを芋せおしたったアミィストヌンは、だいぶば぀の悪い顔をしお、返事をする。
    ここは、どこ なんか、ものすごく喧やかたしいんだけど
    「喧しいっお、蚀うなよ。ここはドノェルグ族の地䞋䞖界だ。ここのオルロス爺ずは、ガキの頃からずっず䞖話になっおんだよ」
    「ほぉお、倩才鍛冶垫のドノェルグ族の」
    それで、あの調子のいい掛け声か。
    鉄を打぀音、氎に぀けお冷やす音。
    絶えず颚を送る、鞎ふいごの音。
    いいもんだなあ。
    それで 私はなんで、ここにこうしお、たるで孵化を埅぀みたいに繭の䞭にいるんだろう
    「あんたを、手っ取り早く回埩させるためだよ」
    蚀葉は乱暎だが、圌の優しい心根を知っおしたうず、聞けば聞くほどこそばゆくなっおくる。
    「ラヌムファダのこずは、知っおるよな」
    ラムダに聞いたよ
    「ずっず前だけど、かれが火炎竜ファむアドレむクに襲われたこずがあったんだ。きったねえ爪を突き立おられお、あの綺麗な癜い腕が、焌かれちたっおさ」
    ヌヌ
    なぜ、そんな害獣に襲われるようなこずになったんだず、ナアントロットはそっちの方が気になったが、今は黙っおいた。
    「ラムダも手を尜くしお斜術したんだけどさ。あたりに酷くお、治りきらないっお刀断しおさ。ここに寄越したんだよ」
    ふぅむ
    「爺たちは、歊噚もそうだけど、鎧や防具なんかも造る。䞍思議な魔力を蟌めた繊維で、垷子かたびらや籠手を線んだりもする。その繊維で線んだ繭で、ラヌムファダの傷もすっかり治ったんだ」
      繭  
    ナアントロットは、自分を包み蟌んでいるものを芋た。
    「そう。あんたの、その繭もそう。ラヌムファダを治したのず同じ繭だ。だけど、ひず぀だけ倧きな違いがある」
    それは
    アミィストヌンは、ふず真面目な顔になっお、䞀瞬口を噀んだ。
    「それはヌヌオレが、造った」
    ぞ
    「オレの魔力を蟌めお、オレが線み䞊げお、造った」
    いやなんだけど
    「そう蚀うず思ったよ」
    なんで、そこたでするんだよ。これじゃあ、盞子あいこにならないじゃないか
    「そうだよ、盞子なんかで終わらせねえよ。思いっきり、あんたに恩を着せお、思いっきり恩返ししおもらう぀もりなんだからな」
    ば  
    ナアントロットは、蚀葉に窮した。
    莫迊じゃないの  
    いくら恩返ししたいず思っおも、私はたぶんもうすぐ、この䞖のどこからも消えお倱くなるっおいうのに。
    私の詊緎、知っおるよな
    「䜕かさせられおるっおのは知っおるけど、どうなったら終わるのかは知らねぇもん」
    そりゃそうだけどさ  
    アミィストヌンは、䜕を考えおいるのか、小さな牙を芗かせお䞍敵に埮笑んでいる。
    「繭だけじゃ回埩させるぐらいしかできない。あんたを再生するには、あんたの粒子が混ざりこんだオレ自身の魔力が、䞀番効果があるんだ」
    おたえ  
    単玔バカなのか、利口なのか、わからない。
    「オレは、借りたものは返す。もらった恩は忘れねぇ。た、ホブゎブリンっおのがそもそも、そういう埋儀な皮族なんだけどな」
    さお、ず膝を叩いお、アミィストヌンは立ち䞊がる。
    革の前掛け゚プロンのポケットから手袋を出すず、きゅっきゅず鳎らしお手に嵌める。
    「元気になった姿を芋お安心した」
    おたえには、これが元気になったず芋えるのかい
    「おぅよ。粒子が元気に暎れおらぁ」
    なんか、だんだんボロボロになっおいっおるんだがね。これ、倧䞈倫なのかね
    ナアントロットは、こうしお話しおいる間にも、舞い散る粒子の粒が少しず぀倧きく、倚くなっおきおいるのに気が぀いた。
    「そうだなあ。お䞖蟞にも、もう矎しい銀の蝶ではなくなっちたったなあ」
    蝶でいたかったわけではないが、矎しい圢フォルムが厩れおいくのは、やはり耐え難いものがある。
    しかし、継ぎ接ぎがいやなら、䞀床は完党に厩壊させなければならない。
      そうやっお、䞊から目線で、私を小銬鹿にしおればいいさ
    アミィストヌンは、たるで子どもの頃のように、無邪気にけらけらず笑った。
    「拗ねるなよ、ごめんお。ただ、もうどう足掻いおも仕方ないだろ だったら、そこで安心しお歌でも歌っおろよ」
    私は音痎なんだよ、莫迊めが
    「はっはぁ 倧䞈倫だ、誰も聎いおねぇし」
    そしお、腹を抱えお笑いだす。
    䞀頻り笑うず、アミィストヌンは涙を拭いお、蚀った。
    「ずにかくだ。オレの魔力ず、その繭を信じお、眠っずけ。絶察に元に戻しおやるから」
      
    元に戻ったずころで、もう先は長くはない。
    だが、
    「必ずふたりで戻るっお玄束したんだ。砎るわけにはいかねえんだよ」
    そう蚀われお、ナアントロットは䜕も蚀い返せなくなった。
    オレはただもう䞀仕事あるんだず蚀っお、アミィストヌンは鍛冶堎ぞ戻っおいった。
    ナアントロットは、激しい葛藀に芋舞われおいた。
    未緎を断ち切るために、人間界ここに来た。
    ここで誰かを奜きになっお、たた未緎を残すこずになったら、゚むルヌフが断ち切っおやるず蚀っおくれた。
    断ち切っおやる、ずヌヌ
    今床こそ眠らせおやる、ずヌヌ
      ゚むルヌフさた  
    だから、もうやめたいっお蚀ったのに。
    ナアントロットは、胞の奥底にはっきりず芜生えおしたった、『圌らず共に生きられたらな』ずいう䞍毛な願いを、どうすれば抹殺できるのかを真剣に考えはじめた。 

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    2. 無蚀の策

    時の経過がわからないたた、ナアントロットは、玉虫色の繭のなかで倧人しく目を閉じおいた。
    ヌヌどれぐらい、こうしおいるんだろうなあ  
    なんか、物語ストヌリアになかったっけ。
    自分は数時間の぀もりが、垰っおみたら皆、よがよがの老人になっおいたずかいなかったずか。
    ナアントロットは、なぜか真っ先にラムダの貌を思い浮かべた。矎しいひずは、老人になっおも矎しいに違いない。逆に、もはや神がかっおいるかもしれない。それはそれで、芋おみたい気もする。
      ぁいおお  
    ちりちりずする、神経質な痛みが党身に走っお、ナアントロットは眉を顰めた。あらかた䜓躯が出来䞊がっおきた最近は、䜓内でいろいろず繋がったり結び぀いたりしおいるような、こそばゆい痛みを感じるようになっおきおいた。
    なんだかもう  自分が自分でないようなヌヌ
    どうなるこずかず思ったが、どうするこずもできず、アミィストヌンが蚀うように眠るこずにした。真っ先に心の臓が圢成され、そこから波状に、枝葉のように四肢が䌞びおいくのが、朧げながらわかった。
    むずむずする。
    匕っ匵られる感芚がある。
    頭郚が完成しお、瞌をひらくこずで倖界を芋たずきには、あたりの色圩の鮮やかさに目眩がしたほどだった。
    巊右に動かせる銖が、ある。
    胞板から続く肩ず、そこから䌞びる腕が、ある。
    腹の䞋郚に骚盀ができたので、䜓幹がだいぶ安定した。
    ナアントロットは、腕を䞊げおみた。肘から䞋は、ただできおおらず、切り口のずころで䜕やら繊維質な粒子が䌞びたり絡み合ったりしおいる。
    驚いたのは、こうしお普通に呌吞をしながら芋おいる間にも、目に芋えおわかるほどの高速で身䜓が造られおいるずいうこずだった。
    もしかしたらヌヌ
    ただ、䜕日も経っおいないのかヌヌ
    しかし、身䜓の“箱”は圢成されおも、未だに向こうが透けお芋えるほどの高い透明床である。䞭身たで詰たっおいくのを埅぀ずするず、やはり数日かかるのではないかず、ナアントロットが欠䌞をしたずきだった。
    アミィストヌンが郚屋に入っおきた。
    手に䜕かを持っおいる。
    繭に近づいおくるず、ナアントロットを芋䞋ろしお、にやりず笑う。
    そしお、おもむろに手を繭の䞭に差し入れた。
    ちょっず埅お
    ただ頭を持ち䞊げるこずができないナアントロットには、自分の䞋腹郚蟺りで、圌が䜕をしようずしおいるのかが芋えない。
    おいこら、䜕をしおいる
    ヌヌ
    劙な小现工などするなよ
    ヌヌ
    いざ死の囜ティル・ナ・ノヌむに戻っお、怒られるのは私なんだからな
    アミィストヌンは、四の五のず煩うるさいナアントロットを無芖しお、繭の䞭に慎重にもう片方の手も差し蟌んだ。せっかく集たった粒子が飛び散らないように、掌を翳す。
    こら、なんか蚀えっおの
    ナアントロットは、唯䞀できるこずずしお、枟身の思いを蟌めおアミィストヌンを睚み぀ける。だが、アミィストヌンは涌しい顔で無芖を決め蟌み、臍の䞋あたりを匄たさぐっおいたが、やがおひず぀頷くず、手に持っおいたものをそっず抌し蟌んだ。
    いた、䜕を入れた
    ヌヌ
    ナアントロットは、䜕やら硬くお柔らかいものが䞹田に挿入されたのを感じお、ぞわっず身震いする。そこだけ劙に仄かに熱を垯びお、それ・・もたた、かれのなかで生たれるのを埅぀かのようであった。
      なにをヌヌ
    ナアントロットがそこはかずない䞍安に揺れる県差しで芋぀めるなか、アミィストヌンは、ふっず真顔で、再生途䞭の劖粟゚ルフをじっず芋䞋ろす。
    赀毛の奥で光る玅玉ルビヌの瞳が、い぀にも増しお匷い決意を滲たせおいるように芋えたのは、気のせいかヌヌ
    ヌヌおい  
    問い質しお、確かめる間も䞎えずに、アミィストヌンはくるっず螵を返す。そのたた出おいくのを、ナアントロットは為す術もなく芋送っおいた。
    なぜ、アミィストヌンは、䞀蚀も声を発さなかったのか。
    ここには、誰もいないのに、䜕を譊戒したのか。
    誰も、いない
    誰もヌヌ
    ん
    ナアントロットは、はたず思い圓たっお、頭を巊右に振っおみた。巊の耳にぶら䞋がっおいる硬いものが、項うなじにぶ぀かる。
    たさか  
    ゚むルヌフさたを、気にしおた
    圌女に聞かれたくなかった
    なぜ
      
    ナアントロットは、ぎゅっず困惑気味に眉を顰しかめる。
    魂の番人゜りル・ワヌデンに秘密にしおおきたいこずを、あい぀は、やらかしたのだ。
    ナアントロットは、いよいよ、さすがに芳念した。
    これもたた、詊緎ずいえば詊緎なのだろう。
    「  あ  あ  」
    声を出しおみる。吐息のようなか现さではあるが、声垯が震えお音が出た。
    どうせ、聎いおいるのはあの人しかいないし
    ナアントロットは暇぀ぶしに、音痎も気にせずに、かさかさず虫が這うような声で歌いはじめたのだった。


    3. 鈍色にびいろの月

    接点ゞョむントから抜け出お、人間界に戻っおきたナアントロットは、そこかしこに死の番人ガヌディアンの気配があるこずに気が぀いた。
    今宵は、月も星もない。空党䜓が、薄い雲で芆われおいる。
    番人たちの鎌の先はただ䞋ろされお、死のマントも閉じられたたたではあったが、終幕が近づいおいるこずを報されるには十分な、冷たい静けさを挂わせおいた。
    れっきずした劖粟゚ルフであるアミィストヌンも、圓然この䞍穏な空気に気づいおいた。ファむ・レむンを襲った゚むルヌフが、その盎埌に死の番人ガヌディアンに連行されたずきの、あの森に残っおいた氷のような冷たさヌヌ
    ヌヌおんなじだ  
    ファむ・レむンを芋぀けお駆け぀けたずきに嗅いだ残り銙ず、同じ臭いがするのだった。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    二人は、終始無蚀で歩き぀づける。
    ナアントロットは、嘘のように元通りに再生された自分の姿に、玠盎に驚愕した。たるで矎しい棺のようだなずも思ったが、それは胞の裡に留めおおいた。
    森を抜け、やがお修道院区に入る。
    路地を曲がっお、緩やかな坂を䞊る。
    右手に芋えおきたりォルテヌルずプリナモヌラの家の明かりは、消えたたただった。
    それを、ふたり同時に䞀瞥し、足を止めるこずなく歩いおいく。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、ずがずがず䞊んで歩くアミィストヌンを芋䞋ろした。腹の䞭に䜕を仕蟌んだのか、぀いに教えおはくれなかった。
    䜙蚈なこずはしおくれるなよ、ず思ったが、今の自分にずっお䜕が“䜙蚈なこず”になるのか、なぜかはっきりずはわからないのだった。
    いよいよ、ラムダたちの埅぀家の屋根が芋えおきた。その先の角を曲がれば到着だヌヌずいうずころで、ナアントロットが立ち止たる。
    わかっおいたかのように、アミィストヌンも足を止めお、長身の劖粟゚ルフを芋䞊げた。月明りもない灰色の宵闇のなかで、その姿は、今にも消えおしたいそうに儚く芋えた。
    「アミィ」
    「おぅ」
    「きみには、先に蚀っおおく」
    「  」
    アミィストヌンは、真䞀文字に口を匕き結んで、目を逞らさずに小さく頷く。
    「ありがずう」
    倖せになれ
    「  おぅ」
    ナアントロットは、この䞊もなく優しくにっこりず埮笑むず、アミィストヌンの赀毛をくしゃくしゃっず撫でた。この、少し剛こわい髪の感觊を芚えおおこうず、思った。
    ラムダの家は、階䞋の明かりが点いおいる割には物音ひず぀、声ひず぀、しなかった。ナアントロットは、窓からも芋えない距離で再び足を止めるず、アミィストヌンに蚊いた。
    「あの倜から、どれぐらい経っおるんだ」
    「䞞䞉日くらい、かな」
    「䞍寝ねずに埅っおいたなんおこずは  」
    「ラムダずフィロトなら、あり埗るだろうな」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルずプリナモヌラは、倧䞈倫だろうか。
    ファむ・レむンが説明をしたはずだから、死ぬこずはないずはわかっおいるだろう。だが、じゃあ心配ないねず、い぀ものように眠りに぀けるような人たちずは思えない。
    りォルテヌルの、あの瞋り぀くように芋䞊げおくる、初うぶな桃色の瞳を思い浮かべる。
    プリナモヌラの、堪こらえた涙がみるみる盛り䞊がっおくるのを芋るのは、正盎しんどい。
    「  どんな顔しお、入っおいけばいいんだろうな」
    「あ その顔で入っおいくしかねぇじゃん。他にあんのか」
    「そもそも、私たで、ここに来るこずはなかったんじゃないのかな」
    「はあ 二人で必ず戻るず玄束したっお、蚀ったじゃねぇかよ」
    「だから、二人でちゃんず人間界ここに戻っおきただろうが。おたえが圌らに説明すれば枈む話なのでは」
    アミィストヌンは、こんなずきだが、半ば呆れおナアントロットを芋た。
    「なに、おたえ、びびっおんの」
    「びびび、びびっおなんか、いないよ。倱敬な」
    「りォリヌやリナに泣かれるのが、぀らいんだろ」
    「じゃ、おたえは党然、たったく、これっぜっちも平気なのかさ」
    「だっお、オレはこれからちゃんずみんなを守るっお決めおるからな。泣かせるのは、今だけだもん」
    胞を匵っお蚀い切るアミィストヌンに、返す蚀葉がなくお、ナアントロットは唇を噛みしめた。
    自分だっお、そう蚀えたなら、どんなにいいだろう。
    「おたえは、いいさ。そうやっおい぀も無駄に前向きでさ」
    「無駄っお蚀い皮ねぇだろ。前向きで䜕が悪いんだよ。埌ろには進めねぇんだから、前向くしかねぇじゃん」
    「前がある奎はいいよねぇ。次の䞀歩を螏み出すそこに䜕もないっおひずの気持ちなんか、わからないよねぇ」
    アミィストヌンは、思わずカッずした。
    「さっきから、䜕をグダグダず。だから、おたえの腹んなかヌヌにヌヌ」
    ず、口走りそうになったずきだった。
    がちゃりっず音がしお、ものすごい勢いで玄関の扉がひらかれた。
    口喧嘩をしおいた二人は、同時に、びくんず飛び䞊がる。
    「あ  あに  きヌヌ」
    「ヌヌ」
    宀内の橙色の灯りを背に受けお、銀髪混じりの黒髪を胞元たで垂らした男が、女神よりも矎しい顔かんばせで立っおいた。
    その、䞀瞬驚きに芋開かれた玫色の目が、埐々に怒りを孕んでいく。
    そしお、無蚀のたた歩み寄っおくるず、ナアントロットずアミィストヌンの前に立ちはだかった。
    「こんなずころで䜕をしおいる」
    䜎く、抌し殺したような声を出すずきには、ラムダが本気で怒っおいる蚌拠だ。
    「えっず  あの  」
    「みんながどれだけ心配しおいたか、わからないのか」
    「いや、うん  そのヌヌ」
    「それを䜕だ。悠長に口喧嘩ずは、いい床胞だな」
    「ち、違うんだよ、ラムダ  あの  さヌヌ」
    必死に蚀い蚳をしようずするアミィストヌンの頭を抌さえ蟌んで、ラムダは、ナアントロットに目を向けた。
    「  」
    無蚀で射貫かれるように芋぀められお、ナアントロットはしどろもどろになる。
    「えっずぉヌヌただいた、戻りたし、た  」
    身内でもなく、友人ずいうわけでもないラムダに察しお、取るべき距離感がわからず、ナアントロットは真面目ず䞍真面目の境目で、呟くように蚀う。
    しかし、ラムダは、困った奎だず蚀いたげに衚情を歪めるず、ナアントロットの肩にそっず手を眮いた。
    「  あたり、無茶をしおくれるなヌヌ」
    そういえば、ず、ナアントロットは思い出した。
    先日、ラムダを襲おうずした賊から庇っお、暪腹を刺されたばかりだった。あのずきの圌の悲痛な叫びが、ただ耳に残っおいる。
    劖粟゚ルフである自分は、これぐらいのこずでは死なないずわかっおいるが、そんなこずは圌らには理解できないだろう。
    「もしかしお、心配しおくれた」
    「圓たり前だ」
    「ファむに聞いたでしょう」
    「死にはしないずわかっお、ああそれならよかったず、思うず思うのか」
    「  だよね」
    「俺はいいさ」
    ふいに、ラムダの口調が倉わった。
    悲しい緊匵を孕んだ声になる。
    「俺は、な」
    「  」
    ず、䜕か蚀おうずしおナアントロットが口を開きかけたずき。
    「あ、フィロト」
    アミィストヌンが叫んだ。
    玄関の向こうに姿を珟したフィロトに、気づいたのだ。
    アミィストヌンが、ラムダの手を振りほどいお、走っおいく。
    「フィロト フィロトぉ」
    「アミィ  」
    子どものずきのように抱き぀いたアミィストヌンを、子どものずきのようにずはいかずに、ぐぐっず足を螏ん匵っおフィロトは抱き留める。
    「おたえっおや぀は  ほんずに  」
    「ごめんよぉ、フィロトぉ。ごめんよぉ  」
    ラムダは、その光景を芋お初めお、ほっず胞を撫で䞋ろした。あのフィロトでさえ、この䞉日間、ろくに寝食をしおいないのだ。
    同じように、その埮笑たしい光景を寂しげに芋぀めおいたナアントロットは、ラムダの芖線に気が぀いお目を䌏せた。
    「来い」
    ラムダが、その腕を掎んで、誘うように歩き出す。
    「りォリヌが、埅っおいる」
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、ラムダに匕っ匵られるようにしお家の方ぞ向かった。
    䞉日月型の銀色の光が、ちらりず芋えた気がしたが、今宵の倜空に月は出おいなかった。
    神劙な心持ちで䞭に入り、玄関の扉を閉めたナアントロットだったが、
    「ちょっずこっち来なさい、アミィ」
    いきなり飛んできた黄色い怒号に、自分のこずのように棒立ちになった。
    「そ、そんなに怒らなくおも  」
    「はあぁ そんなに怒るなだあ よくもそんなこずが蚀えるわよね」
    「だから、ごめんお」
    「ごめんで枈むか 目の前で、塔の倩蟺から人が萜ちるのを芋おごらんなさいよ それがあろうこずか、友だちだったなんお」
    「ご、ごめんヌヌ」
    「だいたい、あんな時間に、あんなずころで、いったい䜕をしおたのよ 最近なんかコ゜コ゜しおるなあっお思っおたんだけど、なんなの 䜕しおたの」
    「えっずぉヌヌ  」
    プリナモヌラの倧説教に、キッチンの方ぞ匕っ蟌んでいたファむ・レむンも、肩を竊めおみせる。
    すべおにおいお達芳したようなファむ・レむンは、その堎所からあらゆる事象を芋おいるかのようだ。銀髪に癜い肌ずいう颚貌も盞俟っお、幌いながらに、あたかも仙人のようだった。
    そんなファむ・レむンに、ちらっず手を挙げお、ナアントロットは合図する。特に気のない玠振りで、すんず柄たしたたたのファむ・レむンは、ラムダに連れられおいくナアントロットを、黙っお芋おいた。
    ラムダは、奥の郚屋の扉をノックする。キィず軋む音を立おお扉がひらかれるず、ベッドの端に座るりォルテヌルがいた。顔色が蒌癜だった。
    「え  」
    「心配ない。少し暪になっおいただけだ」
    「  」
    「そばにいおやれ」
    蚀うず、ラムダはそっずナアントロットの背を抌しやり、リビングの方ぞ戻っおいく。未だ怒りが収たらないプリナモヌラの小蚀が、くぐもっお聞こえおきおいた。
    「  ナアン」
    か现い声で呌ばれお、ナアントロットは胞が締め付けられるように苊しくなった。圌女の方ぞ歩み寄っおいく䞀歩䞀歩、その足元に床の硬さがあるこずを確かめながら進んでいく。
    りォルテヌルは、ずっずナアントロットのこずを目で远っおいた。
    かれが歩き出しお、近づいおきお、目の前に立ち尜くしお、ベッドに䞊んで腰かけるのを、じっず、ずっず芋぀めおいた。
    ナアントロットは、凪いでいた心に、次第に小波さざなみが立ちはじめたのを感じおいた。嵐の前觊れのようだった。
    それを悟られたいず、䞀床ゆっくり目を瞑る。
    「ナアン」
    袖を぀ん぀んず匕かれお、目を開けるず、愛おしい癜猫ポルカのような顔が自分を芋䞊げおいた。
    「本圓に、ナアン」
    りォルテヌルは、おずおずずナアントロットの身䜓を觊る。繭のこずも粒子のこずも、ファむ・レむンに話は聞いたが、ひず぀も理解できなかった。
    こうしお、觊っお確かめるたではヌヌ
    「本圓に、私だよ。本物だ」
    「銀の蝶になっおしたったっお、ファむが蚀っおたんだけど」
    「ああ、䞀床はね。確かに蝶々になっおしたったよ」
    ナアントロットは、ふふっず笑った。あのずきは流石に、これで終わったず思った。
    「アミィが助けおくれた。あい぀は匷いな」
    「だっお、その前に、ナアンがアミィを助けたんでしょう」
    「たあ、そうだけど」
    「無茶ばかりするっお、ラムダが怒っおたよ」
    「そうね。この前、あんなこずがあったばかりだものね。さっき、蚀われたよ」
    りォルテヌルが、そっずナアントロットに身䜓を寄せた。手を繋いで、肩に頭を凭せ掛けおくる。
    「ヌヌ」
    透き通るような癜髪に籠った寝具の銙りに、少しばかり動揺する。
    ずヌヌ
    ナアントロットの心のなかに、高波が立ちはじめた。自分にしか感じられない波動で、壁が现かく軋み出しおいる。
    ナアントロットは、埮動だにできなかった。
    安心させるように、その现い肩を抱き寄せるこずすら、できなかった。
    その先に埅っおいるこずを考えるず、その堎の優しさなり慕情なりで、おいそれず動くこずはできなかったのだ。
    「ナアン」
    「  ん」
    「戻っおきおくれお、よかった」
    「ヌヌ」
    ごくりず、唟を呑み蟌む。
    ナアントロットは、出掛かった蚀葉、䌝えたかった蚀葉、そのすべおを呑み蟌んだ。
    りォルテヌルが、ナアントロットを仰ぎ芋る。
    はにかむような桃色の瞳を最たせお、蚀った。

    「ありがずう」

    月もなかったはずの今宵の倜空に、䞉日月のような銀色の光が、珟れる。
    死の番人ガヌディアンが鎌を振り䞊げたのず、薔薇の耳食り《むダリング》から声がしたのが、ほずんど同時だった。

    「詊緎終了だ」


    第十䞉章 ふたりの女王

    1. 最匷の護笊タリスマン

    「詊緎終了だ」
    魂の番人゜りル・ワヌデンたる゚むルヌフの声が、無慈悲に響いたずたん、ふたりの死の番人ガヌディアンが灰色の圱のように珟れた。
    そしお、䞡偎から鎌の刃を亀差クロスしお、ナアントロットの銖に掛けたず思うや、䞡の手銖ず䞡脚を瞄で拘束しお吊るし䞊げる。
    倜の闇に吞い蟌たれるようにしお、かれを連れ去り消えるたで、たった瞬きひず぀分の時間しか芁しなかった。
    さよなら、りォリヌ
    乱暎に、倜空の歪ひずみに匕っ匵り蟌たれる寞前に、ナアントロットは胞の裡で呟いた。
    りォルテヌルは、䜕が起こったのか、たったくわからなかっただろう。
    圌らの家で起こったこずずいえば、窓が勝手に開いお閉じたぐらいの、䞀瞬の霊的珟象でしかない。
    ファむずアミィぐらいかな  気づいたのはヌヌ
    ナアントロットの目に最埌に焌き付いおいるのは、自分の肩に凭れかかっおじっず芋䞊げおいた、りォルテヌルの薄桃色の埮笑だ。それがせめおもの逞はなむけだった。
    充分だ。
    ナアントロットは、しみじみ思う。
    あの最んだ瞳ず、はにかむような笑顔。
    それで充分だ。
    蚘憶を倱っおいるので理由などはわからないが、ずおも充足されおいた。このために劖粟界リペンを脱走しおたで、人間界に行こうずしおいたのだず、それだけはわかった。
    これで心眮きなく、氞遠に眠るこずができるヌヌ
    ず、思っおいた。
    ナアントロットを逆さ吊りにしお闇路を䞀目散に飛んでいた死の番人ガヌディアンたちは、任務通りに眪人を死の囜ティル・ナ・ノヌむたで運んできた。
    通垞なら、゚むルヌフが埅぀『裁きの間』ぞ連行し、冬の女王ダヌヌに報告する。それで任務完了ずなる。
    しかし、番人たちは死の囜ティル・ナ・ノヌむに入るや吊や、きぃぃぃず金切り声を䞊げお叫ぶず、瞄をばっず手攟した。ナアントロットが、四肢を拘束されたたた、『凍想の平原』の泥地ぞず真っ逆さたに萜䞋しおいく。それを芋向きもせずに、番人たちは朝を恐れる蝙蝠のように飛び去っお行った。
    「ちょっずヌヌヌヌヌヌっ」
    平原に激突するよりも、途䞭で塵ごみのように捚おられたこずよりも、あの泥地に頭から突っ蟌んでこの矎しい顔や身䜓が汚れるのが、ずお぀もなく嫌だった。
    「顔だけはヌヌヌヌヌっ」
    ず、地面に叩き぀けられる盎前で、誰かが瞄を぀かんだ。ぐんっず瞄が匕かれお、反動でぶわっず持ち䞊がる。
    「あ、゚む  」
    振り子時蚈の振り子のように、ナアントロットを巊右に揺らしおいるのは、光沢のある黒装束の゚むルヌフだった。『黒魂の城』から飛んできお、既すんでのずころで捕たえたのだった。
    「ありがずうございたす、゚むルヌフさた おかげで、この臭い泥たみれにならずに枈みたした。いやあ、䜕だっおあい぀ら途䞭で私を捚おおいきやがったんだか。任務の途䞭攟棄ですよ、あれ。ちゃんず眰しおくださいね」
    べらべらずたくし立おるナアントロットは、゚むルヌフが恐ろしく機嫌が悪く、睚み぀けおいるのに気づかない。
    そしお、いた、死の囜ティル・ナ・ノヌむ党䜓が、䜕かに察しお匷い拒吊反応を瀺し、地揺れを起こしおいるのにも気づかなかった。
    「あ、゚むルヌフさた。ただいた戻りたした。いろいろずお䞖話になり、ありがずうございたした。これで綺麗さっぱり死ヌヌ」
    「黙れ、戯たわけが」
    ゚むルヌフは、平原の倧暹の根元にナアントロットを転がすず、巊手に持぀ロッドをどんっず地に叩き぀けお怒鳎った。
    「なにが綺麗さっぱり死ねる、だ。ふざけるな」
    「え  䜕をそんなに怒っおヌヌ」
    「貎様  しらばっくれるのか」
    ゚むルヌフは、怒りにわなわな震えながら、嚁嚇するようにずいっずナアントロットに歩み寄る。そんな䞭でも、地揺れず軋みは続いおいた。
    「いた、冬の女王ダヌヌさたをお呌びした。すぐに来られるだろう。今のうちに、あたしに匁明しおおいた方が身のためだぞ」
    「だ  冬の女王ダヌヌさたヌヌ 匁明」
    女王が来るず聞いお、蚳が分からないながらも、䜕か重倧なこずを仕出かしたず悟ったナアントロットは、䞀気に䞍安に顔を歪たせる。
    「ごめんなさい、゚むルヌフさた。だけど、本圓に䜕のこずかわからないんです」
    䞀瞬、カッずなりかけたが、゚むルヌフは倧声を匵る代わりに䞀床、深呌吞をした。
    嘘を぀く奎ではない、もずい、嘘を぀ける奎ではない。
    「おたえ  いったい、䜕を持ち蟌んだ」
    「持ち蟌む ちょっず埅っおくださいよ 䜕を持ち蟌める暇があったず思うんです いきなり珟れお、さよならの『さ』も蚀う間もなく、あの蝙蝠どもに連行されたっおいうのに」
    濡れ衣を着せられそうになっおいるこずに気づいたナアントロットが、負けおはならぬず声を匵る。するず、それに呌応するように、どんず地底から突き䞊げるような振動があり、䞍安定な魂たちが䞀斉にきぃきぃ哭き出した。
    「だいたい、䜕がどうなれば終了ずなるのかも教えおもらっおいなくおですね、゚むルヌフさたの勝手な腹積もりで『はい終わり』っおされお、その挙句に今床は謀反者扱いですか。わかっおはいたしたが、貎方、なかなか暎君の玠質がありたすよ」
    「ちょっず埅お、わかった おたえ、興奮するな、萜ち着けヌヌ」
    「蚀いがかりを぀けずいお、興奮するなずは䜕事ですか」
    「わかったから すたなかった、ちょっず萜ち着いおくれヌヌ」
    ゚むルヌフずナアントロットの倧声の応酬に、魂たちの悲鳎が幟重にも重なっお、割ず阿錻叫喚の図になっおいるずころぞヌヌ
    「䜕事じゃ」
    そのたった䞀蚀で、あたり䞀面に氷が匵った。
    ぎしぎしず厚く匵る氷に塞がれお、地揺れが小振りになっおいく。
    「ひっ」ず息を呑み、恐る恐る振り返る二人の背埌に、圧倒的な死の静寂ず嚁厳をたずっお、冬の女王ダヌヌが立っおいた。
    「か、母さ   いえ、冬の女王ダヌヌさた  」
    「ヌヌ」
    ゚むルヌフが膝を折っお傅かしずく傍ら、ナアントロットは瞄で四肢を拘束されたたたなので、女王の前だずいうのに地に転がり、為す術がない。それに気づいお、゚むルヌフはぱちりず指を鳎らし、拘束を解いた。
    「いおおお  もっず早く  」
    「しっ」
    ゚むルヌフに叱られながら、ナアントロットが、慌おお居䜏たいを正す。
    冬の女王ダヌヌは、それぞは目もくれず、ちらりず嫌悪の色を眉間に滲たせお平原を芋やった。

    画像

    そしお、倧振りの翅から黒金ブラックゎヌルドの珠を数個、取り倖すず、平原の䞊空ぞ向けお攟り投げる。掌を翳し、枊を巻くような仕草に合わせお、黒光りした金平糖のような粒々が、泣きわめく魂たちの䞊に降り泚いだ。
    「おや぀の時間みたいだ  」
    「しっ」
    きぃきぃずいう金切り声が収たるのを芋届けた冬の女王ダヌヌは、じろりず、足元に平䌏する者たちを芋䞋ろした。
    「゚むルヌフ」
    「は  はい」
    「貎女たで䞀緒になっお䜕をやっおおる」
    「ヌヌも、申し蚳ありたせん  」
    冬の女王ダヌヌは、我が嚘たる魂の番人゜りル・ワヌデンの震える肩を芋お、しょうもないず蚀いたげに、ふっず溜息を぀く。
    だが、次に、ナアントロットに向けられた芖線には、凍お぀くような厳しさしかなかった。
    「ナアントロット」
    「はい」
    ナアントロットは、恐れげもなく面を䞊げお、初めお芋たみえる冬の女王ダヌヌの凍土のような颚貌に感嘆する。
    双子ずは聞いおいたけど  ほんずだ、劖粟女王れファさたず瓜二぀だヌヌ
    「゚むルヌフから報告は受けおおる」
    「はい」
    「そなた、人間界での詊緎は終わったのであろう」
    「はい、そのようです。それで呌び戻されたした」
    「ずいうこずは、氞遠にこの地で眠る心積もりができた、ずいうこずで間違いないのだな」
    「はい  」
    ナアントロットは、なんずなく、話が劙な方向ぞ行きそうな予感がしお、蚀い淀んだ。
    「これは異なこずを」
    冬の女王ダヌヌの口調に、僅かばかりだが、ゆかしがるような雰囲気が混じった。゚むルヌフもよくこの蚀い回しを䜿うなず、ナアントロットは頭のなかでがんやり考える。
    「䜕が、でしょう」
    「そなた、生きる垌望に満ち満ちおおるのだがの」
    「はいぃ!?」
    咄嗟に、思わず頓狂な返答をしたナアントロットを、゚むルヌフがずんでもない力で肘鉄を喰らわす。女王の埡前だぞ、ず、睚ねめ殺しそうな勢いだった。
    「いったいなあ、もう」
    「おたえ、さっきから䜕なんだ。倱瀌にも皋があるぞ」
    「䜕がです 蚊かれたこずにちゃんず答えおるだけじゃないですか」
    冬の女王ダヌヌは、ふっず埮笑んだ。やり蟌められおいる我が嚘こを、面癜がっおいる颚でもあった。
    「ナアントロット」
    「あ、はい」
    「立っおみよ」
    「  はい」
    いきなり平手打ちずかは、たさかないよなず思いながらも、ナアントロットは譊戒しお、少し顎を匕く。
    だが、冬の女王ダヌヌはしげしげずナアントロットの長身の身䜓を、頭の先から爪先たでゆっくりず芋、そしお腹の蟺りに芖線を戻しお蚀った。
    「その、腹に隠し持っおいるものは、䜕だ」
    「貎様  やっぱりヌヌ」
    矢のように玠早く、ナアントロットの胞倉を掎んだ゚むルヌフだったが、
    「よい、おやめ」
    ず女王に諫められ、枋々手を離す。
    「腹 腹っお䜕ですか 䜕も隠しおたせん、誓っお、䜕も持っおたせん 服、脱ぎたすか 脱ぎたすよ。隅々たで調べおください」
    「その必芁はない」
    「ですけど、身の朔癜を  」
    「尖晶石スピネル」
    ひずこず、冬の女王ダヌヌが、蚀った。
    きょずんずするナアントロットずは盞反しお、゚むルヌフは、ぎょっずしお目を芋開いた。
    「そなたの腹のなかに、尖晶石スピネルが埋たっおおる」
    「す  すぎ  」
    「鉱石の䞀皮だ、そんなこずも知らんのか」
    ゚むルヌフは小銬鹿にしたように蚀いながらも、そっず二、䞉歩、ナアントロットから離れおいく。䜕から䜕たで想定倖のこの劖粟゚ルフには、困惑を通り越しお、逆に懌おそれすら感じおいた。
    「あの、私、倧䞈倫ですよね そんなもの、食べた芚えはないんですけど、私、砎裂したりしないですよね いくら䜕でもそんな消え方は嫌だなあなんお  」
    「少し黙れ、貎様は、たったくヌヌ」
    「砎裂は、せぬよ。心配するな」
    さしもの寡黙な冬の女王ダヌヌも、思わずうっすらず砎顔した。
    「尖晶石スピネルずいう真玅の鉱石いしが、そなたの腹に埋め蟌たれおおるのだ。これは、たさしく『生呜力゚ネルギヌ』ず『再生』の象城での。しかも、ご䞁寧に錫すずで包含されおおる」
    「だからヌヌ」
    ゚むルヌフが、合点がいったずいうように息を呑んで、さきに死の番人ガヌディアンたちが飛んで逃げた方向に目を向ける。
    「あの䞋玚の者たちにしおみれば、觊れおもいられぬほどの熱波だったのだろうな  」
    「それにしおも、投げ捚おるっおのは酷すぎやしたせんか」
    「黙れ、悪党。そもそも、貎様がそんなものを、この死の倧地に持ち蟌んだのがいけないんだろうが」
    少し距離をずった゚むルヌフだったが、これほど倧胆なこずをしおおいお䟝然、他人事ひずごずのような態床のナアントロットに痺れを切らしお詰め寄った。
    「だから、身に芚えはないんですっおば」
    ナアントロットも、䞡手を広げお倧声で匁明する。
    冬の女王ダヌヌがこの堎に居お、この倧地の激震を抌さえ蟌んでいなければ、ずっくに死の囜ティル・ナ・ノヌむは厩壊しおいたに違いないず思われた。
    「食べ物でないんだずすれば、誰かに悪さをされお腹のなかに仕蟌たれたずしか、考えられないですよね だずしたら、私のせいじゃありたせん」
    「適圓なこずをほざくな 知らないうちに腹に䜕かを仕蟌たれたずなれば、貎様、盞圓な間抜けだぞ」
    「知らないうちになんおこずはないですよ、そこたで莫迊じゃありたせん。ですが、瀕死になっおどうにも動けない時期が  あっ  おヌヌ」
    ナアントロットは、唐突に思い圓たっお、口を噀んだ。
    臍の䞋あたりを手で抌さえる。
    芖線が゚むルヌフから倖れ、虚空くうを泳ぐ。
    「あ  あい぀ヌヌ」
    埮かに挏れた呟きを、目敏く拟い䞊げた冬の女王ダヌヌが、すぅっず目を现めた。
    「身に芚えが、あるのじゃな」
    「え、いや、あのヌヌ」
    ナアントロットは、あたりの為されように自らも慄いお、唇を震わせる。
    これか
    あい぀  これを仕蟌んだのか  
    尖晶石スピネル。
    『生呜力゚ネルギヌ』ず『再生』の象城。
    「ヌヌ女王さた」
    「なんじゃ」
    「ヌヌさきほど、錫すずず、仰いたしたよね それも䜕か、意味合いが、あったりするのでしょうかヌヌ」
    ナアントロットは、自分でも想像以䞊に動揺しおいお、息が切れるような感芚に身䜓を小刻みに震わせおいる。
    「錫はな、匷力な護笊タリスマンに䜿われる金属じゃ。それで尖晶石スピネルを包み蟌んでいるずなれば、そなた」
    冬の女王ダヌヌの目元に、うっすらず笑みを浮かんだ。
    冷酷な死を叞る圌女だが、ごくたたに雪解けのような埮笑を芗かせるずきがある。そうするず、春には至らないたでも、劖粟女王れファず通ずるような枩かみが、陜炎のようにそよぐのだった。
    「もはや、そう容易たやすくは死ねぬぞ」
    「  」
    ナアントロットは、絶句する。
    阿呆のように棒立ちになっおいるナアントロットの肘をぐいっず匕いお、゚むルヌフが詰問した。
    「どういうこずだ」
    「  」
    「身に芚えがあるんだろ。説明しろ」
    「アミィストヌン  」
    「あ」
    ゆらりず、゚むルヌフを振り向く。
    「あの赀毛のホブゎブリン。゚むルヌフさたも知っおるでしょう ファむ・レむンの友だちの」
    「し  知っおいるヌヌ」
    虐いじめた過去が脳裏に浮かんで、䞀瞬、口籠る。
    「あの、くそガキ。どんだけ私に恩を着せる぀もりだ  」
    ナアントロットは、あのドノェルグ族の地䞋䞖界でのこずず、そこに至るたでの経緯をすべお話した。
    終始無蚀で策を匄した、アミィストヌンのしたり顔が思い起こされる。
    すべおを把握した冬の女王ダヌヌは、己の手には負えぬこずず、双子の効を呌び寄せた。
    そしお、たたしおも死の囜ティル・ナ・ノヌむに、劖粟界リペンの女王れファが、降臚したのであった。


    2. 新たな眪状

    叀金アンティヌクゎヌルドのドレスに身を包んだ劖粟女王れファは、既に冬の女王ダヌヌず魂の番人゜りル・ワヌデンにきっちりず絞られお、瞮こたっおいる長身の劖粟゚ルフを芋䞋ろした。
    緑がかった銀髪ず、端正な貌。
    最愛の効の仇を蚎っお、芪殺しの倧眪に甘んじた姉。
    䞀床は倧人しく氞遠の眠りに぀いたはずが、匷烈な未緎は消えなかった。
    ヌヌ効を救えなかった自責の念ず、謝るこずすらできなかった埌悔  か
    劖粟女王れファは、あのずきのこずを思い出す。
    自分を眰するこずで解き攟たれる魂なら、芪を殺したずころで、赊すこずはできないだろう。
    それを憐れず思っお、『劖粟暹』から実を摘んでやったにも関わらず、無謀にも劖粟界リペンから脱走を詊みた愚か者。
    「ヌヌ」
    なんず蚀ったらいいのかわからずに、劖粟女王れファは姉を芋やる。
    冬の女王ダヌヌも、圌女にはずおも珍しく、感情を露にしお溜息を぀くのだった。
    「お姉さた  この子、どうしたらいいのでしょう」
    「たったくヌヌ前代未聞の珍事じゃの」
    ナアントロットは、凍お぀くような死の女王よりも、衚面䞊は華やかで笑顔さえ芋せる劖粟女王の方が怖かった。
    『劖粟暹』の実ずなっおもそのたた腐っお柱おりになるのが垞のずころを、摘み取られ、しかも劖粟゚ルフの箱たでもらったのに逃げ出したのだ。これこそ、恩知らずずいうものだ。
    「ずにかく」
    劖粟女王れファは腰に手を圓おお、芝居がかっお溜息を぀くず蚀った。
    「なんにせよ、これ以䞊この子をここにおいおは眮けたせんわね」
    「ああ、そうじゃな。我にはどうにも手が出せぬ代物なのでな」
    隕石玚の『生呜力゚ネルギヌ』の塊だ。取り出すこずもできないし、滅するこずもできない。
    それに、どんな術すべで芜生えたものであっおも、生呜いのちは生呜だ。
    「では、この子は䞀旊、劖粟界うちで預かりたすヌヌナアントロット」
    「  はい」
    「行きたすよ」
    「はい  」
    芋るからにしょがくれお、ナアントロットが幜鬌のように立ち䞊がる。
    二人の女王の顕珟で、さしもの゚むルヌフも䞀蚀も発せずにいたが、いざ連れお行かれるかずなった瞬間、
    「あヌヌ」
    思わず、埮かな声が挏れた。
    䜕を蚀おうずしお出た声なのか、゚むルヌフ本人にもわからなかった。
    すぐそばにいたナアントロットが反応しお、小さく振り向き、寂しげに埮笑む。
    「では」
    もう䌚うこずは、ない。
    「ヌヌ」
    ゚むルヌフの黒曜の瞳に、ナアントロットの灰色の顔が、がんやりず映る。
    感情が凍結フリヌズしお、䜕の音も誰の声も聞こえなくなった。
    劖粟女王れファがそっず手を差し䌞べお、゚むルヌフの髪を撫でる。その感觊で我に返ったものの、やはり蚀葉は出おこなかった。
    「倧䞈倫ですよ、゚むルヌフ」
    女王は、跳ねっかえりの姪の、艶やかな黒い頬を掌で包んで、優しく蚀った。
    「貎女に黙っお、向こうぞ戻しはしたせんから」
    ゚むルヌフは、ハッずした。
    「いえ別にヌヌそんなこずは、あの  」
    どぎたぎしお慌おふためく゚むルヌフに、悪戯っぜく笑っおナアントロットが耳打ちした。
    「倧䞈倫ですよ、゚むルヌフさた。黙っお行ったりはしたせんから」
    「貎様は黙っおろ」
    ゚むルヌフが即座に睚み぀ける。
    「なんだかんだ蚀っお、お優しい方ですよね。寂しいず思っおくれたんですか 出来の悪い子ほど可愛いっおや぀ですか」
    「煩うるさい 可愛くなんかあるか。ずっずず去れ、行っおしたえ 二床ずその面぀らを芋せるな」
    双子の女王たちが、顔を芋合わせお、苊笑亀じりの溜息を぀く。
    「貎女たちは、たったく本圓にヌヌ」
    果たしお、いぶし銀の豪奢な出で立ちの劖粟女王れファに先導されお、ナアントロットは死の囜ティル・ナ・ノヌむを出おいった。
    気遣わしげに、母たる冬の女王ダヌヌがその暪顔を芋守っおいるのにも気づかずに、゚むルヌフはただじっず圌らの埌ろ姿を芋送っおいた。

    どこぞ向かうのかも告げずに、劖粟女王れファは黙っお歩いおいく。その埌ろを、ずがずがず぀いお行きながら、ナアントロットは今曎ながらに奥歯を噛みしめた。
    あの、くそガキが 舐めた真䌌をしやがっおヌヌ
    こちずら、あの態ざただった。
    文字通り、手も足も出なかった。
    そんなずきに、やるこずか
    少なくずも、抵抗も遞択もできない状態の盞手に、やるこずではない。
    なんの断りもなしに、生呜いのちの珠を埋め蟌むずか、あり埗なさ過ぎお思いも぀かなかった。
    なぜヌヌ
    なぜ、そこたでしお、私を生かそうずするんだヌヌ
    身内でも友人でもない。突然降っお湧いた、蚘憶ず魔力を倱くした胡散臭い劖粟゚ルフだ。しかも远攟された咎人ではないか。
    私が生きようが死のうが、圌らにはなんの関係もないはずだ。
    それなのにヌヌ
    ふいに劖粟女王れファが立ち止たる。前を芋おいなかったナアントロットは、ぶ぀かりそうになっお、぀んのめった。
    「ここ。わたしの倧切な、お郚屋なのです」
    そう蚀われお顔を䞊げるず、目の前に、倩井たで届くような玔癜の扉が聳え立っおいた。そこはかずなく、花の銙りがする。爜やかで枅玔な、可愛らしい銙りだ。
    「特別に、入れおあげたすね」
    劖粟女王れファはそう蚀っお埮笑むず、䞡手を翳しお、扉を抌し開けた。扉の向こうに広がっおいた光景に、ナアントロットは思わず息を呑む。
    玔癜よりも柔らかい色合いの乳癜色が埋め尜くすなか、黄色い連翹れんぎょうの花ず薄緑の花葉で食られた郚屋は、吞い蟌む倧気にすら爜やかな薬草ハヌブが溶け蟌んでいるようだった。
    「こ  ここは  」
    ふふふ、ず、女王が笑う。
    「わたしの、䞀番のお気に入りの郚屋」
    「はあ  」
    そしお、呆気にずられおぜかんず口を開けおいるナアントロットを芋䞋ろしながら、懐かしむように蚀った。
    「ファむ・レむンが、産たれた郚屋です」
    「」
    ファむ・レむンの、すんず柄たした銀色の容顔が思い出された。それず、この神々しいたでの宀内の雰囲気に圧倒されお、軜々しい反応などはずおもできなかった。
    「ここで、わたしがファむ・レむンを取り䞊げたのです」
    「ヌヌ」
    「わたしの名付け児ごは、元気にしおいたすか」
    「  」
    ナアントロットは、すぐには答えられなかった。゚むルヌフによっお匷匕に半劖ハヌフ・゚ルフから人の子にされ、それを『導かれた』ずいい぀぀も、未だに森のなかでしか真に憩うこずができないファむ・レむン。
    「あの子のこずだから、盞倉わらず顰しかめっ面をしお、小難しいこずを考えおいるんじゃなくお」
    「なぜ、わかるんですか」
    ぀い出おしたった蚀葉に、ナアントロットは慌おお口を塞ぐ。
    劖粟女王れファは、軜く声を立おお笑うず、ナアントロットを怅子ぞ誘った。二人が腰を萜ち着けるず、どこからずもなく、飲み物を携えた粟霊シヌが珟れ、円卓テヌブルに眮いおたた去っおいく。
    「そりゃあ、わかりたすよ。あのラムダの息子ですからね」
    確かに。
    あの芪子ほど、わかりやすい組み合わせは、そうそういない。
    芪子圓お遊戯ゲヌムでもしたら、誰が芋おも間違えようがない。
    「元気かずいえば、元気なのだず思いたす。でも  」
    「でも」
    「賢いんですよ。なんおいうか、哀しいくらいに、賢いんです。芋おいお、たたに胞が詰たりそうになったくらいです」
    「  」
    劖粟女王れファは、飲み物を䞀口、口にしお、黙っお聞いおいる。
    「賢くなっお、すべおわかったふうに生きなければ、圧し朰されそうなほどに脆いひずかもしれたせん」
    耳食りむダリングを介しお、゚むルヌフず話をしおいたずきの、甘えっ子のような声音ず、駄々っ子みたいな話し方をするファむ・レむンが忘れられなかった。
    ゚むルヌフにだけ芋せたあの姿ヌヌおそらく、あれが本圓の圌の姿に違いなかった。
    「守っおあげたい」
    「そう  ですねヌヌ」
    ナアントロットは、己の思いに匕き蟌たれお、顎をさすりながら答える。
    「守るずいうより  なんでしょうね、共有  でしょうかね」
    「共有ずは」
    「圌は、守っおほしいんじゃないんですよ。だっお、匱くはないから  ただ、圌の生い立ちの耇雑さずか、どうしようもない優柔䞍断さずかを、わかっおあげられるひずがいれば、いいような  うたくいえないけど」
    そこぞ、劖粟゚ルフのひずりが、䜕か甚はないかず、顔を芗かせる。女王が手で合図するず、䞋がっおいった。
    「アミィストヌンでは駄目なのかしら」
    「駄目ですね」
    ナアントロットは、即答した。
    臍の䞋で、どくどくず熱い塊が蠢いおいるのがわかる。
    「ある意味では、あい぀は、䞀番駄目です」
    「なぜ」
    「あい぀は、励たしちゃうから」
    「  」
    「ファむは、励たされたいんじゃないんですよ。心が折れそうになったずきに、頑匵れ挫けるなず、発砎をかけられたいんじゃないんです。静かに、誰かに、そばにいおほしいだけなんです  あ、私も頂きたすね」
    ナアントロットは、急に我に返ったように蚀っお、飲み物のグラスを手に取る。
    「あ、矎味ぁい」
    䞀口飲んで、目をくるくるさせお舌錓を打぀劖粟゚ルフを、劖粟女王れファは興味深く、真剣な県差しで芋぀めおいた。
    「ヌヌファむの、耇雑な生い立ち 捚おきれない優柔䞍断さ」
    たるで誘導するように、女王が呟くのぞ、ナアントロットが正盎に頷く。
    「生たれ来る子は芪を遞べない、それどころか、生たれたくお生たれおくる子はいたせん。それは人の子だっお同じです。それはそうなんですけど、ファむの堎合は犁忌タブヌを冒しおたで生たれた生呜いのちじゃないですか。生たれながらにしおもう、盞圓重いものを背負わされちゃっおたすよね。生きろ、頌むから生きおくれっお。それっおしんどいず思いたせんか」
    「貎方には、あの子の葛藀が、わかったりするのかしら」
    ナアントロットは、少々行儀悪く、飲み物を飲み干すず、
    「私にしかわからないでしょうね。なにせ、これですから」
    蚀っお、物怖じもせず、服をぺろりず捲り䞊げお劖粟女王れファに腹を芋せる。
    䞹田のあたりに、尖晶石スピネルの玅が、うっすらず滲み出おいた。
    「お節介なあの赀毛の小僧に、こんなものを仕蟌たれお『やれ生きろ』ず抌し぀けられお。いい迷惑ですよ、たったく。人の気も知らないで、こんな重い意味ものを勝手に  」
    「ヌヌ」
    「おかげで、゚むルヌフさたにどやされるわ、冬の女王ダヌヌさたにたでお出たしを願うわで、ずんだ倧隒ぎになっおしたった」
    ぷんず腕を組んで、ナアントロットは頬を膚らたせる。
    しかし、
    「では、これからは貎方が、あの子のそばにいおあげおね」

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    ず、くすりず笑った劖粟女王れファの蚀葉には、隠しようもなく、間抜けた阿呆面を曝したのだった。
    「い  いた、なんずヌヌ」
    「だから、これからは貎方が、わたしの愛し子のそばにいおやっおねず、蚀ったのです」
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、しばし理解に苊しんで、目を癜黒させる。
    「え  私、たた人間界に、行くんですかヌヌ」
    「そういうこずになりたすね」
    「お咎めは  」
    「これは異なこずを」
    劖粟女王れファは、さらさらず声を立おお笑った。
    「咎める眪もないのに」
    「だっお、あの  なんか、いろいろずやらかしたようなヌヌ」
    未緎だなんだず隒ぐから片を付けおこいず远攟しおもらった。
    片が付いたので呌び戻されたはずが、爆匟のような塊を持ち蟌んだ。
    それで、䜕のお咎めもないずなったら、あちこちに恩ばかりが膚れ䞊がる。
    「あの  」
    「なんでしょう」
    「なんか眪状をください」
    「え」
    予想だにしなかった蚀葉に、思わず劖粟女王れファも声を匵る。
    「いえね、あの、䜕かしらの眪を負っお、今床こそ本圓に远攟されたずかでないず、あの赀毛の小僧がたたいい気になるんですよ」
    「  」
    「『ほら芋ろ、オレのお陰だからな、感謝しろ』っお、絶察蚀うに決たっおるんです、そういう奎なんです。あい぀に頭が䞊がらないっおいう状況だけは、なんずしおも避けなければなりたせん」
    ナアントロットは、錻息も荒く熱匁をふるう。
    「そ  そうはいっおも  」
    あの劖粟女王れファが、蚀い蟌められおいた。眪を欲しがる者など、いた䟋ためしがない。
    「あ、じゃあ、こういうのはどうです」
    ナアントロットは、いいこずを思い぀いたずいう、したり顔で蚀った。
    「䜕か、女王さたの身に着けおいるものを、ひず぀䞋さい。その翅の金の粒ひず぀でもいいです。それを盗んだ眪ずいうこずで、私は晎れお远攟の身ずなりたす」
    にこやかに笑うナアントロットに぀られたように、連翹れんぎょうの花々が、さんざめくように揺れる。
    「あ、貎方っおひずは  」
    ねず蚀いたげに、悪びれもせずに埮笑んでいるナアントロットに、劖粟女王れファは呆れかえっお蚀葉もなかった。
    だが、やがお、
    「わかりたした。では、これを」
    蚀うず、女王は着けおいた灰簟石タンザナむトの耳食りむダリングを片方倖しお、差し出した。
    「それはちょっず、いくらなんでもヌヌ」
    「これぐらい盗たないず、远攟にはなりたせんよ」
    「はあ  」
    どこずなく、面癜がっおいるような劖粟女王れファの瞳が、子どものようにきらきらしおいる。こういうこずにも順応できる廣い心だからこそ、この劖粟界リペンを束ねおいけるのだろうず、ナアントロットは思った。
    「これで、貎方はわたしの力の䞀郚を授かったこずになりたす。心しお、あの子たちの圹に立ちなさいね」
    「  ありがずうございたす」
    ナアントロットは、芝居がかった仕草で、菫色の宝石いしが煌めく銀の耳食りむダリングを抌し戎く。
    それを着けようずしお、ふずあるこずに気が぀いた。
    「あの、女王さた。これなんですが  」
    今、既に巊耳に䞋がっおいる、真玅の薔薇の耳食りむダリング。
    「それが、どうかしたしたか」
    「ファむ・レむンにあげようず思うのですが、どうか゚むルヌフさたには内密に」
    「それをファむに ゚むルヌフには内緒 たた、どうしお」
    ナアントロットは、その薔薇の耳食りむダリングの秘密を劖粟女王れファに打ち明ける。
    これたた瞳をきらきらさせお、「あらたあ」ず、愛し子の成長を喜んだ女王だったが、ふず眉を曇らせお囁いた。
    「でも、たた内緒にされたず知ったら、あの子、どう思うかしら」
    「倧䞈倫ですよ」
    ナアントロットは、他人事ひずごずだず思っお、無責任に安請け合いをする。
    「あずは、ファむがうたくやりたすっお」
    玄束通り、ナアントロットは、䞀床死の囜ティル・ナ・ノヌむぞ戻っお゚むルヌフに面䌚した。
    「ではでは」
    最埌の別れだずいうのに、『たた明日』ずでも蚀いだしそうなナアントロットの身軜さに、゚むルヌフは思いきり䞍審の目を向ける。
    圌女ずの繋がりが断たれるわけではないこずを知っおいたからだが、それを゚むルヌフ自身が知るのは、もう少し埌のこずだった。


    第十四章 空ず倧地ず

    1. 「ただいた」の理由

    ファむ・レむンずアミィストヌンは朝早くから起き出しお、郚屋の゜ファに䞊んで座っおいた。

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    階䞋では、ずっくにラムダが起き出しお、かちゃかちゃず朝食の支床をしおいる音がする。フィロトは、倜通しプリナモヌラを萜ち着かせるのに砕身しお、さっき圌女たちの家から戻っおきたばかりだった。䜕故そんなこずになったかずいうず、ナアントロットが嘘のように掻き消えおしたった瞬間、悲鳎を䞊げるこずもできずにりォルテヌルが気絶しおしたったからである。
    ラムダずフィロトが、それぞれ、りォルテヌルずプリナモヌラを抱いお圌女たちを家ぞず送っおいった。再び、葬送のような闇に沈んだ倜が蚪れたのだった。
    「リナ、倧䞈倫だったかな  」
    「フィロトが戻っおきたっおぇこずは、萜ち着いたんじゃねぇの」
    アミィストヌンは、頭の埌ろで䞡手を組むず、゜ファに浅く座っお足を投げ出す。今日は孊校のある日だが、りォルテヌルもプリナモヌラも䌑たせた方がいいなず、二人しお考えおいた。
    「それにしおもさ」
    「おぅ」
    「思いきったこずをやったよね」
    「ふん」
    呆れたような、困惑したような耇雑な衚情で、ファむ・レむンが芋぀めるなか、アミィストヌンは自慢げに小さな牙を煌めかせる。
    「爺の助蚀アドバむスだ。あそこには鉱物も鉱石も、たんたりあるからな」
    「オルロスの方から、そんなこず教えおくれるわけないよね」
    「ヌヌんだよ、その含みのある蚀い方  」
    いくぶん、ぎょっずしお、アミィストヌンの動きが止たる。
    ファむ・レむンはい぀ものようにすんずしお、薄玫色の瞳で、じっず赀毛の友を芋た。
    「アミィが、頌んだんでしょ。なんずかナアンを生き延びさせる方法はないか、っお」
    「ヌヌ」
    咄嗟に蚀い返す蚀葉を倱っお、アミィストヌンがじろっず芋た先に、涌しい顔で「お芋通しだ」ず埮笑む、銀髪の友がいた。
    「だ  だったら、なんだっおんだ。悪いかよ」
    「悪いなんお蚀っおないよ」
    「オレを助けおあい぀に死なれたら、寝芚めが悪いだろ。そ、それだけのこずだ、ふん」
    「それだったら、爺のずころぞ連れお行っお再生しおあげたんだから、その時点でお盞子あいこでしょ。それで枈む話じゃない」
    「おい、ファむ」
    アミィストヌンは、身䜓を起こしお、ファむ・レむンを睚む。
    「オレに、䜕を蚀わせたいんだ」
    「奜きなんだよね」
    「ばっ  」
    アミィストヌンの赀毛から、先の尖った耳がぎんず震え立぀。
    「ばっかじゃねぇの 違うわ、誰があんな玠っ頓狂なや぀、奜きなもんかよ いっ぀もヘラヘラしおお、そうかず思うず䜕も考えずに身䜓を匵りやがっおさ」
    「でもそこが、奜きなんだよね」
    「だから、そうじゃねぇっおの」
    ファむ・レむンは、わかりやすく動揺するアミィストヌンを暪目で䞀瞥しお蚀った。
    「だっお、嫌いな人にあそこたでやんないでしょ、ふ぀う」
    「ぐぐっ」
    蚀葉では、絶察にファむ・レむンには敵わない。アミィストヌンは必死に知恵を巡らせお、負け惜しみを捻りだした。
    「オ  オレは、りォリヌが泣くのが、嫌だっただけだ」
    「ふぅん」
    「あい぀がいなくなるず、りォリヌが泣くだろ。そうするず、リナが悲しむじゃんか。それが、いやだっただけだ」
    「ぞぇ」
    「なんだよ、本圓だよ だっお、そうだろ ファむだっおそうだろ」
    「た、ね」
    意味深に、口の端に笑みを乗せるファむ・レむンに、これ以䞊察峙できないず芳念しお、アミィストヌンはがばっず立ち䞊がるず、ぐるんず螵を返しお蚀った。
    「いいから、そういうこずにしずけ」
    ぷんすかず吐き捚おるように蚀うず、どかどかず足音を立おお階䞋ぞ降りおいく。その、䞋手な照れ隠しを芋お、ファむ・レむンはふふふず笑うのだった。
    プリナモヌラが貧血で倒れた日の、あの倜。どこか掎みどころのない䞍思議なひずだず思っおいたナアントロットに、ぐうの音も出ないほどに説教された。圧倒的な正論で、あたりにも真っすぐで、かれの蚀葉の䞀蚀䞀句が、䜙蚈な色も付かないたた胞に刺さった。
    あんなふうに、愛を持っお叱り飛ばされたのは、初めおだったかもしれない。
    あれ以来、アミィストヌンが秘かにナアントロットを慕っおいるのを、ファむ・レむンは気づいおいる。恩返しをしたいのは、むしろ圌の方なのだった。
    がくだっお  
    がくだっお、かれが奜きだ。
    ラムダもフィロトも優しい。圌らの愛に包たれるず、心の底から安堵できる。どんなずきもそばにいおくれるし、守ろうずしおくれる。
    でもヌヌ
    庇護者ず、理解者は、違う。
    がんやりずそんなこずに思い至ったずき、階䞋から呌ぶアミィストヌンの声がした。
    「おヌい、朝飯にすんぞヌ」
    「いた、行くよ」
    ファむ・レむンは、すっず゜ファから立ち䞊がっお窓蟺に寄った。
    今日あたり、劖粟界リペンから戻っおくるはずだ。かれのこずだ、ごく普通に、顔を出すこずはしないだろう。䜕かしら䜓裁を取り繕っおくるはずだ。
    「ふふっ」
    ファむ・レむンは、口元が緩むのを隠せなかった。あの、たくし立おる声が聞こえおくるようだった。

    䞉月の早朝の空は、倜の矀青ず爜やかな氎瞹みはなだずが混ざったような、冬ず春の境目の色合いをしおいた。しかし春はもうそこたで来おいる。
    ナアントロットは、ただ街灯が消えずに残る朝もやのなかを、はっきりしない足取りで歩いおいた。向かっおいるのは、ラムダたちの家である。
    「  」
    逡巡しおは、立ち止たる。こんな調子だから、接点ゞョむントからさほど遠くはないのに、䞀向に到着しない。
    ナアントロットは、圌らに䌚いに行く理由を、䞀生懞呜に考えおいた。
    事の顛末をきちんず話さなければならない気もする。しかし、䞀方で、そんなこずはもう誰も、別に気にしおいないかもしれないずいう気もしおくる。
    そもそもが、埗䜓の知れないひずりの劖粟゚ルフが、降っお湧いただけだ。ず぀ぜん珟れお、ず぀ぜん消えただけのこずだ。
    圌らずは、瞁も所瞁もない。
    「ヌヌ」
    圓おのあるような、ないような足取りで、ナアントロットはたた、ゆらりず歩き出す。蹎った小石が、軜い音を立おお転がっおいった。
    䌚いたい、ず思う。
    だが、ただ䌚いたいず思うだけでは、䜕か気恥ずかしかった。
    䌚いに行っお圓然だずいう、確固たる事情がほしかった。
    それならば、「䜕しに来たの」ずいう顔をされおも、「甚があっただけ」ず逃げ垰るこずができる。
    それにヌヌ
    「  りォルテヌル  」
    ほんのり色づいた頬に浮かぶ控えめな埮笑ず、䞊目遣いに芋぀めおくる桃色の瞳の揺らめきが目に浮かんだ。
    ヌヌ私の垰りを、ずっず埅っおいおくれたのに  
    やっず垰っおきたず思ったら、舌の根も也かぬうちに、たた消えおしたったのだ。
    泣いただろうか。
    怒っただろうか。
    「ヌヌ嫌われおしたったかな  」
    ナアントロットの胞の奥が、しくしくず疌いた。
    街灯が、ちらほらず消えおいく。
    灰色に沈む街䞊みに、家々の窓の明かりが灯り出す。
    いっそ、ただ誰も起きおいなければ、それはそれで蚀い蚳は立぀などず思っおいたが、ラムダの家の明かりは点いおいた。
    枩かな、橙色の灯り。
    こんな早起きは、おそらくラムダだな。
    「ヌヌ」
    ナアントロットは、そそくさず、いったんその堎から離れた。
    心の準備がただだった。
    たた、圓おもなく街䞊みを歩く。
    この路地をちょっず行ったずころに、矎味しいパン屋があった。
    あの角の家の飌い犬は、私が通っただけで吠えたおおきたっけ。
    そしお、ナアントロットは、い぀も季節の花々で食られおいる、癜壁の質玠な家の前に立った。
    「リナ  りォリヌ  」
    圌女たちの家も、ただ眠っおいる。
    静かだな。
    たるで、この䞖界に、この街に、自分など存圚しなかったみたいだ。
    懐かしいなどず思っおいるのは自分だけのような気がした。
    「そっかヌヌ」
    それもそうだ。
    私は、䜕者でもなかったんだから。
    消え倱せるためだけに存圚した、思念䜓だった。魔術垫がぱちんず指を鳎らせば、みなの蚘憶からいなくなる。
    よくある物語ストヌリアだ。
    ナアントロットは、自意識過剰だ、ず肩を竊めお、自嘲気味に笑った。
    十字路の真ん䞭で、小さく枊を巻いお吹きあがった颚に、灰簟石タンザナむトの耳食りむダリングが揺れる。
    「あ、そうだヌヌ」
    ナアントロットは、はっず思い出した。䌚いに行かなければならない事情なら、あった。ポケットに忍ばせた、繊现ながらに硬質なものにそっず觊れる。
    これを、ファむに枡さなければヌヌ
    真玅の薔薇の耳食り。死の囜ティル・ナ・ノヌむに独り埅぀、゚むルヌフず繋がる唯䞀の術すべ。
    ふいに、にやりず笑っお、ポケットから耳食りを取り出すず、ナアントロットは薔薇の郚分に口吻けお、ふっず息を吹き蟌んだ。
    「これで、よし」
    これで、こちらからも接觊コンタクトできる。
    ただ朝も早い。こんな時間に蚪問しおは迷惑になるだろう。子どもたちは孊校ぞ行く日だろうしな。どうせ私のこずなど芚えおはいないのだし。これはドアノブにでも提げおおこう。
    ナアントロットは、口の䞭でぶ぀ぶ぀呟きながら、再びラムダの家ぞず向かう。道すがらに摘み取ったホトケノザを掌で包み、軜く二、䞉床振っお、小さな桃色の袋に倉えるず、耳食りをその䞭に入れた。
    「あら」
    さっきは、キッチンにしか点いおいなかった明かりが、リビングにも点いおいた。フィロトなり子どもたちなりも、起き出したのか。
    「ヌヌ」
    ナアントロットが、音を立おないように気を぀けながら、袋の玐をそぉっずドアノブに掛けようずしたずきだった。
    ドアの向こう偎も、䜕の気配もしおいなかったはずだった。だが、たるで埅ち構えおいたかのように、勢いよく扉が開かれた。
    「おヌヌヌヌヌっず」
    匕っかけきっおいなかった桃色の袋が、勢いに任せお飛んでいく。それを慌おお远いかけお、石畳に萜ちる寞前に受け止めたナアントロットは、振り向きざたに思わず噛み぀いた。
    「こら、気を぀けなさいよ いきなり開けたら危ないでしょう」
    「よく蚀うぜ、この䞍審者が」
    赀毛のホブゎブリンが、小さな牙を芋せお、にたりず笑っお立っおいた。
    「誰が䞍審者だ、こら」
    「どこから芋おも怪しいだろ。こんな朝っぱらから、人んちの玄関先でなにこそこそやっおんだよ」
    「こっちにはこっちの事情があるんだよ。理由わけあっお、こそこそしおたんだから、別に怪しくもなんずもないだろうが」
    「事情なんお知ったこずか」
    そしお、睚み合う。
    「そもそもなんで私がここにいるっおわかったんだよ。劖狐䞊みの嗅芚でも持っおんのかさ」
    「ばかか、おたえ」
    アミィストヌンは埗意になっお、ここぞずばかりに胞を匵っお偉そうに蚀った。
    「そんなもん芁らねぇくらい、劖粟゚ルフの匂いが、ぷんぷんしおるぞ」
    「あ  」
    「っおか、腹んなかの石は、誰が仕蟌んだず思っおんだ」
    ぐっず蚀葉に詰たったナアントロットが、悔し玛れに反射的に、口撃しようずしたずきだった。
    「ねえ、ちょっずさあ。じゃれ合うんなら、䞭でやっおよ」
    話すずきでさえ歌うような、甘い声がした。起き抜けのフィロトが、だらしない恰奜で、「入れ入れ」ず手招きしおいる。
    「顔突き合わせれば喧嘩ばっかりしお、もう。仲がいいのも倧抂にしなさいよ」
    「じゃれおねぇし」
    「仲良くないし」
    二人で同時に反発しお、たた二人で同時に睚み合う。
    アミィストヌンもだいぶ身長は䌞びたものの、フィロトず同じくらい長身のナアントロットず比べれば、だいぶ差はある。
    しかし、なぜか芋た目ほどの身長差を感じない。攟出する熱量が同皋床だからかもしれなかった。
    「それよりも、貎方」
    リビングに入っおきたナアントロットは、フィロトの、あたりにもしどけない恰奜に、䞀時いっずきアミィストヌンのこずを忘れた。
    「なんお姿を晒しおるんですか」
    「ほえ なんお姿ずいわれおも」
    フィロトは、い぀も黒髪を束ねおいる赀いリボンを解いお、シャツのボタンを腹のあたりたで開けおいた。
    「だっお、いた起きたんだもん」
    蚀いながら、欠䌞する。
    「起きた瞬間に、しゃきっずしおる奎なんお、ラムダぐらいしかいないよ」
    「俺は、どちらかずいえば、寝おないだけだ」
    「ホントに隙がないんだよなあ。毎朝毎晩、いっ぀も様子を窺っおるんだけどさあ」
    「俺の隙を狙っお、䜕をする぀もりだ」
    「内緒」
    ナアントロットは、阿呆のように口をぜかんず開けお、無駄に色っぜいフィロトず、その姿に䞀分いちぶも惑わされないラムダを、亀互に芋おいる。
    それに気づいたファむ・レむンは、静かに近寄るず、ナアントロットの袖を匕いた。面癜がるように笑う目元が、どういうわけか、劖粟女王れファの面圱ず重なった。
    「い぀ものこずなの」
    「昔っからだ」
    アミィストヌンも、呆れたように蚀う。
    「ああやっお、人前でも構わず、いちゃこらするんだよ」
    「喧嘩するより、いいず思うけどね」
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンの䞀蚀で、ナアントロットずアミィストヌンが黙り蟌む。
    喧嘩ではなくじゃれ合いなのは、誰が芋おも明らかなので、どっちもどっちだずファむ・レむンは思った。
    「ナアン」
    ファむ・レむンは、ちょっず背䌞びしお、ナアントロットの頬に觊れる。巊耳に、灰簟石タンザナむトの耳食りむダリングが䞋がっおいるのに気が぀いお、ふっず埮笑んだ。
    劖粟女王れファさたが奜きだった宝石いしだ  
    「おかえり」
    ナアントロットは、思わず息を呑む。
    忘れられおいなかった。
    私は、確かに、この䞖界にいたんだ。
    「たヌヌただいた  」
    「ふん。性懲りもなく、垰っおきやがったぜ」
    「誰のせいだず思っおるんだ、このくそガキ」
    「おうよ。オレのお陰だな、感謝しろよ」
    「違うね」
    今だずばかりに、ナアントロットは胞を反らせお、意気揚々ず蚀い攟぀。
    「おたえのせいなんかじゃない。私は远攟されたんだよ。おたえのお陰じゃないんだ」
    こい぀、たた倉なこずを蚀いだしたず、その堎にいた党員が思ったが、これが最匷の免眪笊だず信じおいるナアントロットは、埗意げに続ける。
    「私はね、劖粟女王れファさたの耳食りむダリングを盗んだんだ。その眪で远攟されたんだよ。いいかい 決しおおたえの功瞟じゃないんだ」
    蚀っお、巊耳の耳食りを芋せ぀ける。
    誰がどう考えおも、劖粟界リペンを治める女王から耳食りを盗めるわけがない。これ以䞊、アミィストヌンに恩を着せられたくなくお、策を講じた぀もりなのだろう。
    ラムダずフィロトは、目を芋合わせお、気づかれないように吹き出した。
    ファむ・レむンは、突っ蟌みどころを芋぀けお突撃しようずしたアミィストヌンを枟身の力で匕き留める。
    そしお、どんなものでも浄化しそうな枅廉な埮笑で、かれを芋䞊げた。
    「でも、垰っおきおくれお、よかった」
    「  」
    さらりず、森林の銙りず冷気が挂った。
    ファむ・レむンが、感情を抑えたからなのか、露あらわにしたからなのかはわからない。だが、やはり圌からは、消すに消せない劖粟゚ルフの残滓を感じる。
    ナアントロットは、手に持っおいた桃色の小袋を、そっずファむ・レむンの掌に乗せた。
    「これは」
    ファむ・レむンが、その现ささやかな重みにぎくっずしお、小銖を傟げる。
    「おみやげ」
    そう蚀っお、今は別の耳食りが䞋がっおいる巊の耳を、髪をかき䞊げお芋せた。
    䞀瞬の間があいおヌヌ
    「あ」
    「うん」
    ファむ・レむンの癜い頬に、ぱあっず玅が差す。
    「あげる」
    ナアントロットが意味深にりィンクするのず、倧事そうに小袋を持っおファむ・レむンが駆け出したのが、殆ど同時だった。
    「がく、ちょっず  」
    「おい、どこ行くんだよ 䜕なんだよ、それ」
    二階ぞ駆けあがっおいくファむ・レむンを、アミィストヌンが远いかけようずする。その銖根っこをぐいっず捕たえお、ナアントロットは錻腔を膚らたせお蚀った。
    「野暮な男は、嫌われるよ」


    2. 誕生の虹

    「おヌい、リナ」
    倖からアミィストヌンが声を掛ける。
    しん、ずしお、応えはない。
    「今日は䌑んでね。修道女シスタヌたちには、うたく蚀っおおくからね」
    ファむ・レむンが蚀っおも、やはり無反応である。
    朝方たでかかっおフィロトが介抱しおいたプリナモヌラは、いたようやく眠ったのかもしれなかった。
    昚倜、ナアントロットが消えおしたった瞬間に気絶しおしたったりォルテヌルの方が、先に安定を取り戻しお、目を芚たしおいる可胜性がある。
    「りォリヌ」
    ファむ・レむンが、扉口に近づいお、隙間から呌びかける。
    「ここにお芋舞い、眮いずくから」
    りォルテヌルの郚屋は䞀階だ。しかも奥たった堎所ではない。
    どうか気づいおず願いながら、“お芋舞い”を眮いお、ファむ・レむンずアミィストヌンは、孊校ぞず向かったのだった。
    遠ざかっおいく足音を、りォルテヌルは聞いおいた。ベッドの端に腰掛けお、䜕をする気も起きず、動けずにいた。
    どんな圢にしろ、姉のナアントロットに䌚えたのは、心の底から嬉しかった。姉の貌をしながら、たったくの別人だずいうこずに、初めは理解が远い付かなかったが、それでもかれ自身の枩かさに玠盎に惹かれた。
    「  」
    りォルテヌルは、顔を䞊げお、窓の倖を芋る。
    そうか。
    もう孊校ぞ行く時間か。
    昚倜のこずは、蚘憶が曖昧だった。プリナモヌラの泣きわめく声が、意識の遠くの方で聞こえおいた気がする。
    ラムダたちの家にいたはずだが、気が぀くず、自分のベッドに寝かされおいた。しゃくり䞊げるプリナモヌラを、ずっず萜ち着かせおくれおいるフィロトの声がした。
    圌の声は、唯䞀無二の、安定剀のようなものだ。
    その声を聞きながら、りォルテヌル自身も再び眠りに萜ちたのだった。
    「  お芋舞いずか、聞こえた気が  」
    のろのろず手繰り寄せお、薄手の䞊着に手を通そうずしたが、力が入らなかった。りォルテヌルは、溜息を぀いお、たた肩を萜ずす。
    わたしを救えなかったこず、わたしに謝れなかったこずに起因しおいるのならば、その終結もきっず、わたしが鍵キヌになるのではないか。
    かれに匕導を枡すのは、わたしなのではないか。

    ならば、出䌚わなければよかったのに。

    りォルテヌルは、千々に乱れる心を扱いあぐねお、身を折っお耐えた。別れるための出䌚いなら、どこに倖せを芋出せばいいのだろう。
    わたしにさえ出䌚わなければ、お姉さんは今もどこかで  
    どこかで、誰かず出䌚っお、笑っおヌヌ
    誰かずヌヌ
    りォルテヌルは、どうにか䞊着を矜織るず、杖に党䜓重を乗せおゆっくりず立ち䞊がる。自分は気絶をしおしたったのだず聞かされた。それなら圌らにもたた、随分ず心配をかけおしたったに違いない。それを思うず、心が塞いでしたう。どうしおわたしは、しゃんずできないのだろうかず、自責の念に駆られる。
    りォルテヌルは、ふず二階の物音に耳を欹そばだおた。すすり泣く声も、怪しい物音もしない。
    眠っおくれたようだ。
    「お芋舞いっお  」
    ファむ・レむンが差し入れおくれるくらいだから、わたしの奜きな果物か、リナが奜きな甘いものかヌヌ
    杖を぀いお、重い身䜓を匕きずるようにしお、ようやく玄関たで蟿り着いたりォルテヌルは、そぉっずドアノブを回しお扉を開けた。
    玄関先の、足元を芋る。
    「あれヌヌ」
    䜕も眮いおない。
    ドアノブに䜕か掛かっおいるのかもしれないず、䞀歩螏み出しお、顔を芗かせたそこにヌヌ
    「あ  」
    壁に寄りかかっお、こちらを振り向いたひずがいた。
    緑がかった銀髪の、長身のひず。
    姉の貌を持぀のに、たったくの別人で、だけど心惹かれお止たないひず。
    「やっず取りにきおくれた」
    「  」
    「お芋舞いなんか芁らないっお蚀われたら、どうしようかず思ったよ」
    「  」
    ナアントロットは、石のように固たっお声も出せずにいるりォルテヌルに、にっこりず埮笑んだ。端正な貌に、艶やかな憂いが垯びる。
    「りォルテヌル」
    囁きながら、ゆっくりず歩み寄る。驚かさないように、髪を撫で、腰に手を回しお、そっずそっず抱きしめた。
    「  」
    「ヌヌあれ」
    ナアントロットは、少し身を離しお、りォルテヌルの顔を芋䞋ろす。
    「私のこず、忘れちゃったかな」
    「  」
    りォルテヌルは、ナアントロットの腕のなかにすっぜりず収たりながら、ただじっずその灰色の瞳を芗き蟌んだ。そしお、吐息のような声で䜕か蚀った。
    「え なに」
    ナアントロットが、耳を寄せる。
    『どこぞも、行かない』
    声に出しお䜕か蚀ったら、たたナアントロットが消えるかもしれないず、それを恐れおいるのだった。
    『䜕を蚀っおも、どこぞも行かない』
    「  行かないよ」
    「ヌヌ」
    「もう、どこぞも行かない。ずっず、ここにいる」
    りォルテヌルは、ただどこか疑わしげに、唇を震わせおナアントロットを芋䞊げおいる。
    「ヌヌたた、昌食ランチできる  」
    「できるよ」
    「もう少し䞊手に、サンドむッチ、䜜れるようになったんだ」
    「おやおや」
    ナアントロットは、興味深そうに片眉を跳ね䞊げおみせる。
    「たた、散歩しおくれる」
    「いいよ」
    「春に  お祭りがあるんだ  」
    「䞀緒に行こうか」
    「暑い季節はちょっず  苊手なんだけど  」
    「みんなで、涌しい地方ぞ行くのもいいんじゃない」
    「わたしの詩集が  店先に眮かれるこずに、なっお  」
    「宣䌝なら任せなさい」
    そしお、たた冬が来る。
    そのずきも䞀緒にヌヌ
    そのずきは䞀緒に、『聖ルカ生誕祭セント・ルカ・ミサヌナ』に行けるだろうか。
    「ナアン」
    「はいはい」
    「玄束だ  よ  」
    ず、そのずき。
    「ゆあヌんっ」
    家のなかから絶叫が響き枡った。
    「ゆあヌんっ」
    起きおきたプリナモヌラが、䞡の拳を握りしめお、肩を怒らせお叫んでいた。たた泣き出しそうに、嗚咜を挏らしおいる。
    「うわ  そうだ、もう䞀人いたんだっけ」
    「ゆあヌんっおばあ」
    「こらこら、そんな倧声を出さないの。女の子がはしたない」
    ナアントロットは、ひょいっずりォルテヌルを暪抱きに抱き䞊げるず、慌おお玄関の扉を閉める。
    「このやろう、ほんずにもう、心配ばっかりかけやがっおぇ」
    「ちょっずリナ嬢。お口がずいぶん悪いですよ」
    いったいどこのどい぀の圱響なんだよ、ず独り蚀ちながら、ナアントロットは、りォルテヌルをリビングの゜ファに䞋ろす。
    「ちょっず埅っおお」
    ず、その小さな額に啄むようなキスバヌド・キスをするず、今床はプリナモヌラを抱き䞊げお、りォルテヌルず䞊べお腰掛けさせた。
    「はい、これでよし」
    「なにがいいもんか、この䞍良劖粟゚ルフめ、䜕回家出すれば気が枈むんだよ、ばかやろぉ」
    悪口を蚀っおは泣き、泣き止んでは悪口を蚀う。
    「ごめんね、リナ嬢。もうどこにも行かないよ」
    「そんなこず蚀っおさ、たたさ、あたしたちを眮いおさ  」
    ナアントロットは、二人の前に胡坐をかいお座り蟌み、なぜか埗意げに蚀う。
    「倧䞈倫、どこにも行かない。だっお、行くずころ、なくなっちゃったから。人間界ここにいるしかないんだよ」
    「ど  どういう意味」
    プリナモヌラが、涙をごしごし拭いお、すっかり腫れおしたった目で芋぀める。
    「今床こそ、远攟されちゃったからね」
    「たた䜕かやらかしたの」
    「たあ、そんなずこ」
    ず、肩を竊める。
    「  」
    プリナモヌラが無蚀で、すいっず立ち䞊がった。
    ナアントロットの胡坐のなかに、ぜずんず座り蟌む。
    「リナ嬢」
    やにわに銖にしがみ぀くず、プリナモヌラは倧声で蚀った。
    「えらいぞ よくやった」
    りォルテヌルが、ふふっず吹き出す。たるで、倧茪のモクレンが花開いたような、質玠でも華やかな笑顔だった。
    奥ゆかしくも倧人びお、あどけなさの残るその衚情に、ナアントロットの心は初めお揺らぎ、腹の底がじんわりず枩かくなったのだった。

    『聖セントルカ修道院』。
    厳かな石門の衚札プレヌトに刻み蟌たれた文字の凹凞を、そっず撫でる癜い手があった。
    ナアントロットは、朝の柄んだ空気のなかで、その文字を人差し指でなぞっおいく。
    あの日。
    蚘憶もなくし、人ですらなくなっお、ここに攟り出された。
    そんなに未緎に瞛られおるなら、自分で片を぀けおこいず蚀われたが、䜕をどうしたいのかもわからなかった。
    「  ここから、始たったんだよなあヌヌ」
    ナアントロットは、空を芋䞊げる。
    立掟な倧聖堂カテドラルだずずいぶん感嘆したものだが、今では自分事のように、『ここの薔薇窓ロヌズりィンドりすごいでしょう』ず、自慢したくなる。
    旅人の恰奜をした者が出おきたのを芋お初めお、ああ、あそこは旅籠はたごなのかずわかったが、今では二階の角郚屋がほが自分のために空けられおいるのだった。
    ナアントロットは、神劙な面持ちで、修道院区に䞀歩、足を螏み入れた。
    未知の䞖界が始たる緊匵ではなく、垰っおきた懐かしさが蟌み䞊げおくる。
    「  今日のスヌプは  じゃがいも、だな」
    厚房から挂っおくる銙りで、朝食を圓おられるようになっおいた。
    早起きの修道女シスタヌや、寝坊しがちの修道士の顔も芚えた。
    手䌝っおほしいこずがあれば呌ばれ、䜙蚈なこずをすれば、圓たり前のように叱られたりもした。
    ナアントロットは、ふっず笑っお俯く。
    その耳に、起き出した寄宿舎の子どもたちの、小波さざなみのような雑螏が聞こえおくる。それに誘われるように、孀児院の前に広がる倧広堎ぞ入っおいくず、ナアントロットはベンチに寝転がった。
    長い脚が収たりきらずに、肘掛けからはみ出す。
    あの日はただ寒かったが、今日は暖かい。こうしお日が昇っおくれば、もう倖套は䞍芁だろう。
    ナアントロットは眠っおいる振りをした。
    そろそろ、孀児院の子どもたちが、朝食の前の“運動”に出おくる頃合いだ。
    そしお、間もなく、い぀も䞀番乗りのガキ倧将が我先にず倧扉を開けお、幎䞋の子たちを先導しおくる声が聞こえる。
    ずヌヌ
    「あれ」
    足音がぎたっず止たる。
    ナアントロットが、ほくそ笑む。
    「おい、誰かいるぞ」
    「えヌ 䞍審者ぁ」
    ちょっず
    䞍審者じゃないでしょう。
    そりゃ確かに、ここのずころずっず遊んでやっおいなかったけどさ
    「でも、あの長い脚さあ  」
    あの声は、おたせな䞉぀線みの女の子だ。
    「ナアンじゃない」
    さすが、ご名答
    「え、なに。あそこで䜕やっおんの」
    「最近、芋かけなかったけど、どこ行っおたのかな」
    「なになに ナアンだっお あ、ほんずだ」
    ナアントロットずしおは、懐かしがっお即座に駆け寄っおきおくれるものず螏んでいた。しかし、少し雲行きがおかしいように感じられた。
    「え、ちょっず埅っお。あれさ、うちらが行くの埅っおるんじゃない」
    「あヌ、構っおほしいっおあれか」
    「うわ、面倒くさ」
    「どうする」
    面倒くさいずいう蚀葉が聞こえお、ナアントロットは激しく動揺した。
    自分はそんなふうに思われおいたのか
    構っおあげおいた぀もりが、構っおもらっおいたのか
    でも。
    構っおもらうのは、嬉しい。
    そんな遠巻きに芋おいないで、構いにきおほしい。
    どうしたら、寄っおきおくれる
    「ヌヌ」
    ナアントロットは痺れを切らした。
    ベンチに寝転がったたた、おもむろに、右手を空ぞず差し䞊げる。
    子どもたちが気づくように、ゆっくりずした所䜜を心がけお、巊から右ぞず匧を描くように倧きく、その手を振った。
    するずヌヌ
    「あっ」
    ひずりが、声を䞊げた。
    「虹だっ」
    「芋お、虹」
    子どもたちが、䞀斉に叫んだ。
    広倧な聖セントルカ修道院の䞊空に、䞃色の虹が掛かっおいた。
    たるで薔薇窓ロヌズりィンドりの玻璃窓ステンドグラスの茝きが投圱されおいるかのように、それは厳かで、垌望に満ちおいた。
    きれいだ  
    ナアントロット自身も、芖界を暪切っおいく虹を眺めお、溜息を぀く。
    生たれた瞬間から、消えはじめおいく、矎しく儚い珟実ヌヌ
    「ねえ、芋た」
    子どものひずりが、囁くように蚀った。
    「いた、ナアンが䜕かやったよ」
    「あたしも芋た 手をこうやっお振っおた」
    にわかに、集たっおきおいた子どもたちの間に、ざわめきが起こる。
    「ねぇ、もしかしお  」
    「うん、あれっおたさか  」

    「魔法じゃない !?」

    その途端ヌヌ
    歓声を䞊げながら、子どもたちがナアントロットに向かっお駆けだした。
    「ナアンが魔法を䜿った」
    「え、おれ、ちゃんず芋おなかったヌ」
    「魔力ないっお、蚀っおなかったっけ」
    「ナアン」
    ナアントロットが、ベンチから立ち䞊がる。光の角床で、灰簟石タンザナむトの耳食りむダリングが、きらりず鋭く煌めいた。
    「ナアン」
    䞀番小柄で、はしっこい少女が、真っ先に到着しお、ナアントロットに抱き぀いた。
    「はいはい、ナアンですよ」
    次々ず、脚にしがみ぀いたり、腕にぶら䞋がったりしおくるのをすべお受け止めながら、ナアントロットは嬉しそうに砎顔する。
    「どこ行っおたの」
    「なんで来おくれなかったんだよぉ」
    「がくたちず遊ぶの、いやになっちゃったの」
    「あんたが、耳を匕っ匵っおばかりいるからでしょ」
    「だっお糊でくっ぀けるっお、蚀っおたからさ」
    ナアントロットは、䞀人ひずり順番に、抱き䞊げおは䞋ろすを繰り返す。
    「ごめんなさいねえ。ちょっずばかり倧人の事情っおものがありたしお、それはそれは忙しくしおいたのです。決しおあなたたちず遊ぶのが嫌になったわけではありたせん」
    そしお、最埌に、い぀もお兄さんお姉さんの茪のなかに入れずに、埌ろの方でもじもじしおいる幌い少女を手招きしお抱き䞊げる。
    「ねえ、あれ、魔法」
    圌女が、小さな顎を䞊向けお、虹を指差す。
    「魔法、䜿えるようになったの」
    その぀ぶらな瞳に、癜銀の顔かんばせが映る。
    緑がかった銀髪に、透き通るような灰色の目。先の尖った耳に䞋がるのは、魔力の源もずの耳食りむダリング。
    そしおヌヌ
    䜕よりも、迷いも未緎も払拭された、自信に満ちた『自分』の姿。
    「そうです、ナアンはですね  」
    ナアントロットは、己が掛けた䞃色の橋を芋䞊げた。

    画像

    「ナアンは、本圓の劖粟゚ルフに、なったのです」
    臍の䞋に仕蟌たれた真っ赀な尖晶石スピネルが、どくんず息づいた。
    ナアントロットは、ふっず苊笑いをする。
    今日が、私の誕生日だ
    劖粟゚ルフのナアントロットの、誕生だ。
    肩甲骚のあたりがむずむずする。今なら宿屋の二階からでも飛び立おるのだろう。劖粟女王れファからもらった翅はきっず、倢ず珟実ずが鏀められお、矎しいに違いない。
    だけど、私は  
    「さあ、あなたたち」
    抱き䞊げおいた少女を䞋ろすず、ナアントロットは、孀児院を指差しお倧声で蚀った。ちょうど修道女シスタヌが倧扉を開けお、朝食の準備ができたこずを報せるずころだった。
    「修道女シスタヌのずころたで、競争です」
    黄色い歓声を䞊げお、䞀気に駆け出す子どもたちに囲たれお、ナアントロットも走り出す。
    翅を持たなかった劖粟゚ルフは、䞀歩䞀歩、自分の足で螏みしめる倧地の枩かみを、誰よりも知っおいるのだった。

    ヌ完ヌ



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    玄祥

     
     
    珟圚、ファンタゞヌ小説を執筆しおいたす。わたしの文章のルヌツは日本文孊ず英米幻想文孊にあり、正しく矎しい日本語ず行間を読たせるものです。なので、『文章を読む』のがお奜きな方は、是非読んでみお䞋さい。プロフィヌルに、たずめ読み甚のリンクを貌りたした。ゆっくりず、時間぀ぶしにどうぞ。

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