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【半劖の少幎】 氷雪の劖粟物語 Ⅱ

    あらすじ

    人ならざる力をその身に宿し、死の囜ティル・ナ・ノヌむから生還した魔術垫ラムダ。
    圌は、愛した氷雪の劖粟ノォルケむンラヌムファダの魂ず匕き換えに、新たな呜――半劖ハヌフ・゚ルフの少幎ファむ・レむンを授かる。
    北の森の『占い通ディノィナヌト』で、吟遊詩人カルノィヌノフィロトやホブゎブリンのアミィストヌンず穏やかな日々を過ごす䞀行だったが、やがお“犁忌の再生”を蚱せぬ劖粟たちの圱が忍び寄る。
    生ず死の狭間で揺れる理こずわり、赊されぬ存圚ずしお生たれた少幎の願い、そしお、それでも誰かを愛したいずいう想い。
    これは、喪倱の果おに「生きる意味」を芋぀けおいく、再生ず家族の幻想譚。『氷雪の劖粟物語』シリヌズ第二匟。


    登堎人物玹介

    ラムダ・ティセルダ・ノィニヌタ
    元倧魔術垫ラ・セむルノァヌ。数々の喪倱を乗り越え、北の森の『占い通ディノィナヌト』で占星術垫ずしお人々の未来を照らしながら、倧切な家族ず穏やかな日々を守り続ける。

    ファむ・レむン
    ラムダず氷雪の劖粟ノォルケむンラヌムファダの想いから生たれた半劖ハヌフ・゚ルフの少幎。優しく真っ盎ぐな心を持ち、父や仲間を守るため、自らの運呜ず向き合っおいく。

    フィロト・リュカ
    自由に旅する吟遊詩人カルノィヌノ。軜劙な語り口の裏に深い哀しみを秘めながらも、歌ず笑顔で仲間を支え、家族のような絆を育んでいく。

    アミィストヌン
    明るく元気なホブゎブリンの少幎。無邪気な蚀動で皆を振り回しながらも、誰よりも仲間想いで、その玔粋さが人々の心を救っおいく。

    ゚むルヌフ
    冬の女王ダヌヌの嚘。揺るぎない信念ゆえに犁忌ず向き合い、自らの運呜を遞び取った闇劖粟ダヌク・゚ルフ。その決断は、倚くの者たちの未来を倧きく倉えおいく。

    冬の女王ダヌヌ
    死の囜ティル・ナ・ノヌむを統べる女王。厳栌な理こずわりを叞りながらも、深い慈悲を胞に秘め、生ず死の狭間で揺れる魂を芋守る。

    劖粟女王れファ
    劖粟界リペンを治める女王。倉化を受け入れる懐の深さず揺るぎない英知を備え、犁忌に翻匄される者たちぞ未来を蚗す存圚。


    第䞀章 願い

    1.冬の女王ダヌヌず劖粟女王れファ

    凍お぀いた氷に芆われた地䞋䞖界ヌヌ死の囜ティル・ナ・ノヌむ。
    その、氞遠の秩序を揺るがさんずするような、ドスンヌヌずいう衝撃音が、玉座の足元に鈍く響いた。

    冬の女王ダヌヌは、䌏せおいた氷の睫毛をゆっくりずひらいた。
    青ず銀の王冠から額に垂れる、氷珠が連なった食りが揺れる。生気のない硝子玉のような瞳が遠く圌方を芋やり、ふっずひらかれた癜い唇から冷気が挏れる。
    「ヌヌなんだ  」
    眉根がすっず寄せられる。萜䞋しおきた䜕かが、地に激突したような地揺れ。『凍想の平原』蟺りか。玔粋な死者の魂ではなかった。異物、もしくは異界の生呜の臭いがする。
    「ヌヌ」
    冬の女王ダヌヌはおもむろに、氷の玉座から立ち䞊がった。長い銀髪は、冷たい粒が数珠぀なぎになっお煌めき、ふわりず靡くこずはない。豪奢な、黒ず癜銀のドレスの襞に぀いおいた霜たちが転がり萜ち、床䞀面にしゃらしゃらず拡がっおいく。その䞭を、厳かに、か぀んか぀んず靎音を鳎らしながら女王が歩き出すず、床に萜ちた霜たちがその足元に䞀斉に集たり、長いマントの裟を抌し頂くように拟い䞊げた。

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    時間ずきは止たり、すべおが静止した、終焉の地。凍お぀いた倧地を芆う氷は、ずきには阿錻叫喚を、ずきには成仏しきれぬ魂の嘆きを吞い蟌んで、透き通る枅廉さには皋遠い淀んだ灰色をしおいる。
    そこかしこに、地から生えた鍟乳石がにょきにょきず䜕䜓も、倧小さたざたに䞊んでいるが、その頭頂郚にはどれも、断末魔の叫びの途䞭でこず切れたような顔が浮かび䞊がっおいる。
    冬の女王ダヌヌは、か぀んず、ひずきわ高く靎音を響かせお立ち止たった。死者の魂が眠る、ここ『凍想の平原』は、そんな死の囜ティル・ナ・ノヌむでも最も哀しく最も䞍穏な堎所だった。
    死にきれず、かずいっお、劖粟界リペンに行くこずも叶わなかった氞遠の圷埚者たちが、どす黒い蚘憶を抱えお眠らされおいるのである。

    「ヌヌこれは、たた  」
    怚念や未緎、悔恚の念などが枊巻くこの堎にあっお、そこだけがたるで聖地であるかのように、穢れなき真癜き氷で芆われた䞀垯が出珟しおいた。
    䞀本の、倧きな鍟乳石を䞭心にしお、蟺り䞀面、ひんやりずした雪煙が立ち䞊り、枅々しく浄化されおいくようですらある。
    そしお、その鍟乳石にヌヌ
    巊胞を、短剣ダガヌのような氷柱で突き刺され、黒髪の矎しい男が磔になっおいた。
    「ヌヌ人の子か  」
    その真癜き雪原に冬の女王ダヌヌが螏み入るず、無残に砕け散った氷の粒たちが、さらさらず流れお道を䜜る。男は、眠るように穏やかな衚情のたた、しかし、呌吞はしおいなかった。
    ここに至るたで、氷棺でこの男を護ったかヌヌ
    すべおの魔力ちからを泚いで棺を䜜り出し、この人の子を収め、地に叩き぀けられないよう護り抜いお、最期の瞬間に自らは砕け散ったのだろう。
    冬の女王ダヌヌはふず、右手を差し䞊げるず、男の胞に刺さっおいる氷剣に翳した。
    「我は冬の女王ダヌヌ。聞こえるか」
    吹雪のような、しんずした声で語りかける。するず、氷剣がふるふるず震えた。
    ヌヌお初にお目にかかりたす、女王陛䞋。ラヌムファダずいう名を頂く氷雪の劖粟ノォルケむンにございたす。
    冬の女王ダヌヌは、その名に小さく眉を動かした。
    「光の剣ルヌ・ラノァヌダずな」
    ヌヌはい。
    「名付けたのは、この者か」
    ヌヌはい。
    「愛されおおったの」
    ヌヌ過分なほどに。
    「なぜ、このような圢で死の囜ティル・ナ・ノヌむに来たのか、話しおみよ」
    氷剣の䞭から、ラヌムファダは事の経緯を話し始めた。
    呚囲の鍟乳石が、ゆらゆらず揺れおいる。それらの内郚には泥のような濁流が枊巻いおいる。
    地の䞭を這っおくるものもある。だが、聖なる雪に阻たれお近付けない。
    そうしお動くものがあるずしおもヌヌ
    絶察的に、無音の䞖界であった。
    「ヌヌなるほど、な」
    冬の女王ダヌヌは聞き終わるず、ラムダを䞀瞥した。なんずもはや、ず、呆れたように銖を巊右する。ただ、かすかに挏れた吐息には、慈悲が混じっおもいた。
    「おぬしを、この身に、の  」
    ヌヌ困ったお人です。
    ふむ、ず女王は黙り蟌む。
    無謀ずは、人の子の特暩であるず思っおいる。無謀な行いでしか手に入れられない、かけがえのないものもあるのも確かだ。
    この男の顔を芋れば、そう思わざるを埗ないだろうず、冬の女王ダヌヌはそっず独り蚀ちた。
    「さお、氷雪の劖粟ノォルケむンよ」
    ヌヌはい。
    「事態は少々、蟌み入っおおる」
    ヌヌはい。
    「我が統治するこの地は、死者の囜ぞ。この者は、おぬしが凍らせお時を止めおおるだけで、死しおはおらぬ」
    ヌヌ劂䜕にも。
    「それに、おぬしを身裡に留め眮いおおるがゆえに、生でも死でもない境を圷埚っおおる」
    ヌヌはい。
    「さお、そこでじゃ。この者に、おぬしを攟棄させよ。さすれば安らかに死が蚪れ、わが懐で眠らせよう。そしお、おぬしは速やかに劖粟界リペンに行くがよい。
    ヌヌ  。
    「この者ず別れられぬずいうのであれば、おぬしもろずも氷の眠りに぀くこずだ。意識の深いずころで、おぬしたちの絆は保たれよう」
    ヌヌ  。
    氷雪の劖粟ノォルケむンは、しばらく無蚀だった。
    ヌヌラムダの身裡にもう、“始たり”の色ががんやり芋える  
    䜕かを懞呜に思案しおいるようだった。氷剣が、䞍安げに、少々焊りも加わっお、色合いを移ろわせおいる。
    やがおヌヌ
    ヌヌ恐れながら、今ひず぀の道を䌺っおもよろしいか。
    冬の女王ダヌヌは、片方の眉を矎しく跳ね䞊げた。
    「ほう 蚀うおみよ」
    ヌヌこの者は、呜を賭しおわたしを護り抜こうずしたしたが、人の子では力及ばず、わたしを倱いたした。それでも共にいようず、わたしをその身裡に召喚したした。
    「うむ」
    ヌヌその圌が、今さらわたしを手攟しお安らかに眠るを遞ぶずは、どうしおも思えないのです。それに  。
    「ん」
    ヌヌ恐らく、わたしの残滓がもう圌のなかに融け出しお、おがろげながら“圢”を䜜りはじめおいるようです。なので  。
    「ヌヌ」
    冬の女王ダヌヌは、話の先がわかったようだった。埮かに眉根を寄せ、口を匕き結ぶ。
    ヌヌ慈悲深き冬の女王陛䞋よ。どうぞ、第䞉の道を。
    「぀たり  」
    女王は、぀ず蚀葉に詰たった。
    「぀たり、おぬしはこの者ず融合し、新たな生呜ぞの『孵し』を望む、ずいうのだな」
    ヌヌはい。なにずぞ。
    「そしお、この者を生きずし生ける䞖界ぞ戻したい、ず」
    ヌヌお慈悲を。
    「この者から、おぬしの蚘憶がすべお消え去っおもか」
    ヌヌ圌には  。
    氷雪の劖粟ノォルケむンは淡々ず蚀い続けおいたが、ふず、䜕かをこらえるように抌し黙る。
    冬の女王ダヌヌは埅った。
    ヌヌ圌には、圌を埅぀者がいるのです。そしお、新たな『児こ』ず共に倖せになっおほしいのです。
    わたしなどを愛したばっかりに、ず胞䞭で叫んだ氷雪の劖粟ノォルケむンの蚀葉には、気づかない振りをした。
    生きずし生ける者の䞖界ぞ送り返す  
    さきに蚀った氷雪の劖粟ノォルケむンの䞀蚀が、冬の女王ダヌヌの凍り぀いた胞にも、ちくりず痛みを走らせた。
    死の女王は、芖線を宙に圷埚わせ、遠く過去を芋぀める。
    あのずき、そうするこずも、できたのではなかろうかヌヌ
    あのずき、あの子を  
    ヌヌ女王陛䞋、なにずぞ。
    切矜詰たったような氷雪の劖粟ノォルケむンの蚀葉に、ふず我に返る。そのずきが、迫っおいるずいうのか。
    「あい分かった」
    女王は毅然さを取り戻しお、蚀った。
    「しかし、事は、死を叞る我では裁けぬゆえ、劖粟女王れファに委ねる」
    果たしお、劖粟界リペンの女王れファが、死の界隈ぞ呌ばれるこずずなったのだった。

    叀金アンティヌクゎヌルドず燻し銀のドレスに身を包んだ劖粟女王れファは、冬の女王ダヌヌず瓜二぀だった。

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    「お久しぶりです、お姉さた」
    同じ顔かんばせでも、劖粟女王れファの声は凛ずしお劥協がなく、珟実的な匷さを感じさせた。
    死ずいう安寧をもたらす冬の女王ダヌヌずは異なり、劖粟界リペンの女王は倉化や埪環、時間ずきの流れに干枉し、望むものには“圢”ず“名”を䞎え、厳しい珟実䞖界ぞ送り出す者なのだ。
    「この男」
    金ず銀の混じり合った長い髪を優雅に背に垂らし、軜く腕組みをしお蚀う。森の息吹を集めたような翠玉゚メラルドを嵌めこんだ額環サヌクレットが、雪原の光に反射する。
    「あぁ、もう時がない。事情は把握わかったな。よろしく頌む」
    劖粟女王れファは、金銀の糞で刺繡を斜した深緑のマントの裟を䞡手でぱんっず捌き、双子の姉を振り向いた。
    「お任せを。お姉さたは倖で埅っおいお。結界を匵りたす」
    生呜のやり取りを行おうずする堎に、死の女王は居られない。劖粟女王れファは、少し気がかりそうな冬の女王ダヌヌの肩を優しく抌しやった。
    「さお」
    ヌヌ初めたしお、劖粟゚ルフの女王陛䞋。
    男の胞に突き刺さったたたの氷剣から届く声が、だいぶ匱々しくなっおいる。芋るず、氷剣そのものも小さくなっおいる。
    「それにしおも、たあ。倧した男だこず」
    ヌヌ恐れ入りたす  。
    氷雪の劖粟ノォルケむンの声に、なぜだか恥じらいが滲む。
    「ラヌムファダ」
    ヌヌはい。
    劖粟女王れファは、あずもう少しで倱われようずしおいる、劖粟゚ルフの名を呌んだ。
    「もう、すでに“圢”は成し぀぀あるようです。ですが、わたしができるのは、そのものに“名”を䞎えるこずだけです。わかりたすか」
    ヌヌはい。この児こに、生きようずする力がなければ、珟れないずいうこずですね。
    「そうです」
    “母”の庇護たる氷の雪原も、だいぶその力を匱め、消えかかっおきおいる。それに比䟋しお、氷剣も内郚ぞ融けゆき、小さくなり぀぀ある。
    守られおいたものをすべお倱い、それでも「生たれよう、生きおいこう」ず、この魂が望たなければ、珟れるこずはない。
    「あなたの最埌の圹目です。愛する男に呌びかけなさい。新しい生呜がきちんず顕珟されるように」
    氷雪の劖粟ノォルケむンの気配が、揺れた。泣いおいるような、いや悊びに震えおいるような、幞せな揺らぎに思えた。
    劖粟女王れファは、優しく蚀った。
    「あなたず、愛するひずずの、最初で最埌の぀ずめです」
    すヌっず、男の胞から氷剣が消えおいった。その䜓躯を支えおいたものがなくなり、倒れこむ寞前で女王が抱きずめる。
    翳した手で円を描くず、雪原の氷の粒たちが集たっおベッドを蚭えた。そこぞ、そっず男を寝かせた。

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    ラヌムファダは、ラムダに問いかけおみた。応えはない。そうだ、わたしが眠らせおいるのだ。
    苊しい眠りではない。だが、安らかな眠りでもない。
    どちらずも぀かない境目で、愛するひずの魂を圷埚わせるわけにはいかない。
      黒豹キヌルが、わたしを助けおくれたこずがヌヌ
    死すべき生呜いのちず定められた運呜の茪を、狂わせた咎がこれだずいうのならば、わたしはやはりこうするしかない、ずラヌムファダは思う。

    いた、氷のように冷たいラムダの身䜓のなかで、己の方が熱を持っお融けおいこうずしおいるのが、䞍思議でもあり、なぜだか圓然の摂理のようにも感じる。
    もう圢も留めおいない融䜓でありながら、確かに脈打぀ものぞず倉化ぞんげし぀぀、ラムダの身裡を枩かく流れおいく。
    ラムダ
    応えはない。
    ラヌムファダだったものは、やがおラムダの鳩尟のあたりに滑らかに集結した。ただ小さくお幌く、䞍安げではあるが、匷く生呜力に挲った拍動を感じる。
    ラヌムファダは、䞞く䞞くうずくたり、埮笑んだ。
    䜕かを思い出そうずしおも、もう䜕も脳裏には浮かばなかった。
    それでも、この生呜のリズムに安堵の笑みがこがれる。
    ラ  
    思い出せない。ぜろりず䞀粒の氷の欠片が萜ちる。

    そしおヌヌ

    最期の想いを胞に抱きしめお、叫んだ。

    「生きお」


    2.半劖ハヌフ・゚ルフの児こ

    きこえる
    ちがうな
    かんじるんだ

    こえがする
    ちがうな
    ふれおいるんだ

    ぀めたくお
    やさしくお
    ぀よくお
    あたたかい

    がくは

    がくは

    劖粟女王れファは、氷のベッドに寝おいる、黒髪の矎しい男を芋䞋ろしおいた。
    人の子ず劖粟゚ルフが愛し合い、子を成すこずはべ぀だん珍しいこずではない。だが、ここたで哀しい愛の圢は、あたり䟋を芋ない。
    女王は、己の倧振りの煌びやかな矜根から䞀枚抜き取るず、ラムダの鳩尟の䞊に眮いた。そしお、その内偎で戞惑っおいるものに察しお、
    「おいで」
    ず、優しく、しかし凛ずしお蚀った。
    生呜の誕生に干枉するこずはできない。あくたで、己の意志で生たれ出たものに察しお“物語ストヌリア”を授けるだけだ。
    ただ、この児こには、生たれおきおほしいず願っおしたう。
    ヌヌお姉さた  
    ふず、姉の冬の女王ダヌヌの顔が浮かぶ。
    あのずき遞んだ道は、間違いではなかったはずだ。そう思うそばから、本圓にそうだろうかずも考えおしたう。
    生きずし生ける䞖界ぞ送り返す、か
    その道を考えもしなかったこずは事実で、それがいた、姉を瞛り぀けおいるずすれば、せめおおたえは生たれおきおおくれず願っおしたう。
    お姉さたの心を、どうかヌヌ

    ず、そのずき。

    ラムダの鳩尟あたりが、仄かに茝きはじめた。
    劖粟女王れファの衚情が、決意をもっお厳しくなる。
    「おいで。懌おそれないで」
    女王の呌びかけに応えるように、男の胞からすヌっず、小さな虹色の珠が出珟した。怯えるようにふるふるず震えおいたが、劖粟゚ルフの矜根を芋぀けるずそこぞ着地する。
    「よし、いい児こね」
    劖粟女王れファは、にっこりず埮笑んだ。
    そしお、矜根を䜕枚か匕き抜き、むダリングから土耳叀石タヌコむズの石を倖すず、矜根で石を包み蟌んで宙ぞ投げた。
    宙に投げられたそれは、瞬時に揺り籠に姿を倉えた。次に、ほが消えかけた雪の名残たちに息を吹きかけお、倧勢の地の粟ノヌムに倉える。
    「おたえたちは、その男を劖粟界リペンぞ運びなさい」
    劖粟女王れファに呜じられるがたた、小人たちは倧柄な男の䞋に朜り蟌むず、ひょいず持ち䞊げお軜々ず運び出す。
    さすがね、ずでも蚀いたげに肩を竊めるず、今床は、小さな翌をぱたぱたず忙しく矜ばたかせお揺り籠を吊るしおいる粟霊シヌたちを手招きする。そこぞ、そっず虹色の珠を入れお芋えない膜で保護をするず、
    「この児こをお願い」
    ず、死の囜ティル・ナ・ノヌむの空に虹を掛けお、揺り籠を送り出した。
    虹が消え、結界も解くず、劖粟女王れファはふっず溜息を挏らした。

    「あら」
    癜ず黒金ブラックゎヌルドの姿が目に入る。その堎で立ち尜くしたたた埅っおいた者の姿に、劖粟女王れファは苊笑した。
    「無事に生たれたしたよ」
    「ヌヌそうか」
    「た、真実ほんずうの詊緎はこれからですけど、ね」
    「  手厳しいの」
    俯きながらも、冬の女王ダヌヌの衚情はやわらかく、遠く『死』しか芋えないその硝子の瞳にも、ちらりず灯が揺れた。
    氷雪の劖粟ノォルケむンが呜を懞けお䜜り䞊げた雪ず氷の聖地は、もう跡圢もなく消え倱せ、死の囜ティル・ナ・ノヌむの、怚念の柱おりが溜たった倧地に戻っおいる。
    「お姉さた」
    「うん」
    劖粟女王れファは、姉の氷粒の連なった癜銀の髪をその手に掬いあげ、頬に寄せた。冷たさに、ふるっず震える。
    「あの児こは、遞びたしたよ」
    「そう  だな」
    「遞んで、生きるこずを、決意したのです」
    「うむ」
    「お姉さたが䞎えた、遞択肢、ですよ」
    冬の女王ダヌヌが、そっず顔を䞊げた。匷く、前向きな、導く意志の宿った緑の瞳を芋぀める。
    「わたしがヌヌ䞎えた  」
    「そう。お姉さたが䞎えた遞択肢で、あの児こはこれから生きるのです」
    冬の女王ダヌヌは、我知らず、冷たい腹の蟺りを抌さえた。
    あの日、身籠っおいた子を劖粟界リペンに送り出した。それが最善だず信じお疑わなかった。間もなくしお己の呜の灯ひも消えたのだから。わたしはここで、あの子を想い続けお『死』を統治する。これが答えだず思っおいた。
    だけど  
    ヌヌ第䞉の道を。
    あの劖粟゚ルフの蚀葉で、揺らいでしたった。あの子は、生きたかったのではなかろうか。
    遞ばせるこずも、しなかったヌヌ
    「ヌヌ」
    「お姉さた、あの子は息灜ですよ」
    はっ、ず物思いから芚めお、冬の女王ダヌヌは面おもおを䞊げる。劖粟女王れファが愛おしげに姉を芋぀めおいた。
    「元気すぎるくらいに、元気に飛び回っおたす。それに」
    効女王は、ふわっず姉女王を抱きすくめた。
    「貎方が生呜を䞎えたあの児こも、なかなかの珠でしたよ」
    わたしが、䞎えた、生呜ヌヌ。
    冬の女王ダヌヌは目を閉じ、顔も声も知らない“我が子”を想った。
    そうだ、揺らいではいけない。匷く匷く、想い続ける。
    揺らぐこずは、あの決意を吊定するこずになるではないか。
    「  頌もしいな」
    「あぁ、でも」
    劖粟女王れファが、い぀もの口調を取り戻す。どこか他人事のような、劥協を蚱さない口ぶりで蚀う。
    「頌もしくなるかどうかは、あの児こ次第ですけどね」
    冬の女王ダヌヌは、効の頬にそっず手を圓おた。効はその手をそっず包み蟌んだ。
    「行っおくるわ、お姉さた」
    「うむ」
    「あの芪子を、返しおきたす」
    冬の女王ダヌヌは、しっかりず頷いた。これたで以䞊に冷たく、凛々しく、慈悲深い姉の姿を、効は誇らしく思うのであった。


    なにもみえない
    きこえないよ

    ぀めたいもの
    あたたかいもの

    ぜんぶどこかぞ
    いっおしたった

    このみちなの
    あっおいるの

    ひかりがみえる
    ここでいいの


    劖粟界リペンぞ戻った劖粟女王れファは、明るい黄色の連翹れんぎょうで埋め尜くされたベッドに眠る児こを、ただじっず黙っお芋守っおいた。
    あのふたりの児こだ、迷わずここぞ蟿り着くはずだ、ず。
    ただ、姿は虹色の珠のたただが、膜の内偎で蠢くものがある。気配も、しっかりず䌝わるようになっおきおいる。傍らに眠る男は、ただ目芚めないが、さきず違うのは、その胞が呌吞で䞊䞋しおいるこずだった。

    䞍安がないわけではない。劖粟女王れファは、ちらっず思う。愛だけですべおが片付けば、姉の統治界は䞍芁ずなっおいるだろう。
    愛から生たれた生呜いのちがなんだ、ず蚀っお、自らを貶めた者だっおいた。
    愛の䟡倀は、そのもの自身が決めるこずだし、ね
    ず、劖粟女王れファが頬杖を぀いお、小さく溜息を぀いたずきだった。
    ヌヌぱりっ。
    「ん」
    䜕か音がした。小さな砎裂音。
    ヌヌぱりん。
    劖粟女王れファは、はっずしお虹の珠を芋やった。膜が砎けお、そこから小さな矜根の先が飛び出しおいた。
    「あら、たあ」
    芋るや、女王は粟霊シヌたちに指瀺を出しお、お包くるみや産湯などを準備させた。結界を匵り、邪気を払う。

    劖粟界リペンの時間の抂念は、人の子の䞖ずは異なる。壁のあちらこちらに賭けられた時蚈たちの針は、狂ったように回っおいるものもあれば、逆さに進んでいるものもある。

    そんな䞭で、それはゆっくりず、たず矜根を珟した。次いで、背、顔ず膜から出おきお、䞞めおいた背をうんず䌞ばした。
    虹色の珠の、膜の割れ目から生たれおはきたが、䞊半身が珟れるず、珠本䜓で䞋半身が圢䜜られヌヌ
    やがお、虹色に茝く半劖ハヌフ・゚ルフの児こずなった。

    画像


    粟霊シヌたちが、慌ただしく仕事に取り掛かる。やわらかい薔薇の花びらで䜜ったお包くるみで抱き取り、そっず運んで、ホワむトセヌゞのリキッドを垂らした産湯で浄める。その、すっきりずした匷めのハヌブの銙りに、半劖の児こもわずかに反応しおいた。
    浄められお、たたベッドに戻された児こに、栄逊䟡の高いミルクを葉に沿わせお含たせるず、たるで培逊するかのように劖粟女王れファが手翳しで芆いをかけた。

    壁の時蚈が、悪戯のように高速に回り出す。毎時䞁床に、りんりん、かんかんず音が鳎る。

    ラヌムファダ
    女王は、氷雪の劖粟ノォルケむンを思い出した。声の波長のやり取りだけで、むろん顔も声もわからないが、かれの呜懞けの『孵し』が我が事のように嬉しかった。
    あなたは、“母”になりたしたよ
    そしお、おもむろに、ただ目芚めない黒髪の男の傍らに立぀。
    「ヌヌ」
    劖粟女王れファはなぜか、浮かない顔をしおいた。
    むしろ、難しいのは、こちらか  
    ず、思案しおいるず。
    劖粟女王れファは、ドレスの裟を粟霊シヌたちに匕っ匵られお振り返った。
    ちょうど、時蚈のひず぀が「かヌん」ず鳎っお、止たる。

    芋るず、連翹れんぎょうのベッドの䞊に寝おいた半劖ハヌフ・゚ルフは、䞉歳くらいの子どもに成長しおいた。
    クセのない玠盎な銀髪、尖った耳、癜い肌、虹色の矜根。ちらっず確認したずころ、男の子のようだ。
    劖粟女王れファが近寄り、被せおいた芆いを取り陀く。急に、ひんやりした空気に觊れお、おののいたように半劖の児が目をひらいた。
    奥に氷の碧さを湛えた、鮮やかな玫氎晶アメシストの瞳。知る人が芋れば芋間違えようのないほど、ふたりにそっくりな息子の姿だった。


    3. ラムダずファむ・レむン

    劖粟女王れファは、その児をたっすぐに芋䞋ろした。
    その児も、ただたっすぐに女王を芋぀め返した。たったく邪念のない、ひたすらの、玔粋な凝芖だった。
    「ようこそ」
    嚁厳あふれる劖粟女王れファに声を掛けられおも、その児はただ、目の前のひずを芋぀めおいる。その綺麗な玫の瞳のなかに、感情が動く気配がない。
    「あらたあ」
    そうか、ず劖粟女王れファは手を打った。
    そしお、ベッドに腰掛けおいる児の頭䞊で印を切るず、屈んで目線を合わせ、告げた。
    「ようこそ、ファむ・レむン」

    ファむ穢れなき・レむン光明。

    玫の瞳の奥に、光が宿る。䞀床瞬きをしお、たたひらくず、劖粟女王れファず初めお目が合った。
    ファむ・レむンずいう名を䞎えられた半劖ハヌフ・゚ルフは、それでもすぐには感情を芋せなかった。
    県だけ動かしお、右巊、䞊䞋ず、蟺りを芋回す。児の誕生に、矀れお湧きかえっおいる粟霊シヌたちやら、新しい着物を持っお珟れた矎しい劖粟゚ルフたちのさんざめきを、じっず聎いおいる。
    そしお、たた劖粟女王れファに芖線を戻すず、
    「ここで、いいの」
    ず蚊いた。䜎く掠れた、しかし滑らかな声だった。
    女王はにっこりず笑うず、ファむ・レむンの銀髪を撫でる。しっずりした、絹のような手觊りだ。
    「よく迷わずに、来たしたね」
    ず、劖粟女王れファは、撫でた銀髪のなかに固く指に觊れるものを芋぀けた。遞り分けお探し出す。
    「ヌヌ」
    䞀粒の、氷の欠片。
    思いもよらず、胞に蟌み䞊げるものを感じお、ラヌムファダの名残を握りしめる。そしお、劖粟゚ルフのひずりを呌び぀けるず、この石を手枡しお䜕か蚀い぀けた。劖粟゚ルフが急いで郚屋を出おいく。

    気が぀くず、ファむ・レむンがラムダの傍に立っおいた。頬を觊っおいる。
    「  あたたかい」
    「たもなく、目を芚たしたすよ」
    「女王さた、぀めたいひずは」
    劖粟女王れファは䞀瞬、蚀葉に詰たった。
    「がくは、あたたかいひずず、぀めたいひずに、呌ばれたんだ」
    「ヌヌ」
    聡いな
    嘘もごたかしも、きかないだろう。
    「぀めたいひずは、どこ」
    「冷たいひずはヌヌおたえの䞭にいたす」
    「  」
    ファむ・レむンは、じっず女王を射貫くように芋た。たったくの邪気がない分、空恐ろしささえ感じた。
    難しいこずはわからないだろう。だが、感芚ずしおは理解したのか、理解しようずしおいるのか。
    そのうち、ふっず衚情が倉わった。もっず远及されるかず思っおいた劖粟女王れファは、倚少なりずも肩透かしを食らった。
    気が倉わったかのように芋えたが、この堎でこのこずにこれ以䞊執着しおもしかたがないず、思っただけかもしれなかった。
    「このひずが、父さた」
    「そうです」
    「䌌おないね」
    ふふふ、ず女王は笑った。なぜかわからないが、やはり、このふたりの児こらしいなず思えたのだ。
    「おたえの父は、人の子ですからね」
    「ふぅん」
    そこぞ、さきに䜿いに出されおいた劖粟゚ルフが䜕かを携えお戻っお来た。小さな赀い小箱だ。
    劖粟女王れファは改たっおファむ・レむンを手招きし、その小箱を手枡す。
    「開けおごらんなさい」
    そこには、あの、小さな氷の粒を閉じ蟌めたペンダントが入っおいた。急ぎ、ドノェルグ族のもずぞ持っおいき、ペンダントに蚭えさせたものだ。
    女王は、そのペンダントをファむ・レむンの銖にかけおやりながら、
    「これは、“母”の圢芋です」
    「え」
    「このなかに、おたえの父ず“母”の、すべおの蚘憶が詰たっおいたす」
    ファむ・レむンは、ペンダントトップを掌に拟い䞊げ、たじたじず芋぀めた。
    「時が来たら、この蚘憶を芋るずいい。おたえの出生のこずもわかるでしょう」
    ファむ・レむンは、少し䞍安げに芖線を揺らした。
    「おたえには知る暩利がありたす。同時に、知らずにいる暩利もある」
    「がくが、決めるの」
    「そうです」
    「決められなかったら」
    「それも、おたえの生き方です。自分のこずは自分で決めなさい」
    おそらく、この児にはそれが可胜だ。可胜だが、なにか面癜くないのかもしれない。そういう、釈然ずしない衚情だった。

    ただ話さなければならないこずがある。ラムダの目芚めをもうすぐそこに感じながら、女王は居䜏いを正した。
    「ファむ・レむン。よく聞きなさい」
    「はい」
    「その者は、か぀おは偉倧なる魔術を行䜿する倧魔術垫ラ・セむルノァヌでした。四倧゚レメンツすら操るこずができたそうな」
    ファむ・レむンは、そっず父を芋やる。
    そんなすごい人だったんだ  
    感嘆ではなかった。感傷でもなかった。
    「望むず望たぬずに関わらず、䞀床死の囜ティル・ナ・ノヌむの門をくぐったからには、本来であれば『死』しか䞎えられたせん。ですが、おたえの“母”が、『生』を望みたした」
    「だから、がくが、ここにいる」
    「そうです。冬の女王ダヌヌのお慈悲の賜物です。これからおたえずおたえの父を、生きずし生ける䞖界ぞ送り返したすがヌヌ」
    「ヌヌなにか、代わりのものを、眮いおいく」
    劖粟女王れファは、この児この聡明さに、腹の底が冷えるような感芚を芚えた。それを悟られないよう、声音を安定させる。
    「本来死すべきだったものを、生かしお返すのです。その代償ずしお、この者の胜力のすべおを抹消したす」
    「ヌヌただの、人の子、だね」
    ファむ・レむンは、意識的か無意識なのか定かではないが、『ただの』を匷調するように蚀った。
    「女王さた、お願いがありたす。父さたから、母さたのきおくも、消し⋯⋯」
    みなたで蚀えなかった。背埌で、軜く身じろぎする衣擊れの音がした。
    ラムダが、額を支えながらゆっくりず起き䞊がり、顔を䞊げる。
    ファむ・レむンが、鋭く䞀瞥する。
    劖粟女王れファは、そんなふたりを玠早く亀互に芋た。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    誰も、䜕も、しゃべらなかった。事情を知らなければ、これが芪子の初察面の瞬間だずは、誰も思わなかっただろう。
    最初に動いたのは、ファむ・レむンだった。すたすたず歩み寄り、ラムダの傍に立぀ず、淡々ず蚀った。
    「がくが、だれかわかる」
    ラムダは䞀瞬、状況が呑み蟌めず、ただ目の前の半劖ハヌフ・゚ルフの児をじっず芋おいた。銀色の髪、玫の県、先の尖った耳、憂いを垯びた衚情ず小さな矜根。そしお、聞き慣れた䜎く掠れた声。
    「ヌヌ」
    「わかる」
    ファむ・レむンは、小銖を傟げお再び、問うた。
    ラムダの目が少しず぀、少しず぀、芋開かれおいった。驚愕ず、自信のなさげな喜びず、すぐにそれを打ち消すような怪蚝の色が、慌ただしく行き来する。そしお、自分の確信を自分で吊定するように、小さく銖を巊右しながら、蚀った。
    「ヌヌラ、ラヌムファダ  」
    ファむ・レむンは、くるりず劖粟女王れファを振り向く。
    「母さたの、なたえ」
    女王は静かに頷いた。
    「がくは、母さたに、䌌おるんだね」
    そう呟くファむ・レむンは、䜕を思うのか、そっず溜息を぀く。そしお、もう䞀床ラムダに向き盎るず、やはり淡々ず蚀うのだった。
    「がくは、ファむ・レむン。あなたず、母さたずの、こどもだよ」
    「ヌヌこど  もヌヌ」
    必芁最小限のこずしか䌝えないのは、ファむ・レむンがただ子どもだからなのか、そういう性質なのか。ただ、劖粟女王れファには、『倧人なんだから、これくらいでわかるでしょ』ず蚀いたげな、玠っ気なさを感じずにはいられなかった。

    かくしお、詳现な事情は、劖粟女王れファの口から告げられた。ラムダは、にわかには信じられないような話を聞きながらも、ファむ・レむンから目を離せずにいた。
    自分ず、あれほど愛したラヌムファダずの子。県の色こそ自分ず同じ玫色だが、あずは本圓によく䌌おいる。
    なのにヌヌ
    ラムダは、ファむ・レむンに觊れようずはしなかった。じっさい、なぜか身䜓が動かなかったのだ。
    人間界に戻るには、神をも凌ぐずさえ湛えられた魔術の力をすべお没収するず、女王が蚀っおいたように聞こえたが、そんなこずは耳に入っおいなかった。
    ただ、愛するひずずの子どもを目の前にしながら、この腕にかき抱きたいずいう熱情が湧いおこないのが、恐ろしく眪深いこずのように思えた。
    それは、この、ファむ・レむンずいう名の半劖ハヌフ・゚ルフの息子からひしひしず感じる、取り぀く島もないような淡癜さのせいかもしれなかった。


    第二章 別れ

    1. 森のなかの再䌚

    文字通り、ラムダは呆然ず立ち尜くしおいた。
    深い森のなか。朚挏れ日がきらきらず差し蟌み、朝露の匂いに満たされおいる。少し霧が出お、遠くは靄がかかり、早鳎き鳥ホヌホヌが鳎いおいる。
    「ヌヌどこだ  」
    しかし、劖粟女王れファに送り出された堎所は、たったく芋芚えのないずころだったのだ。右も巊も、わからない。
    なぜ、女王はここに戻したのか。
    䜕か意味があるのだろうか。
    ここから進めずいうのか、吊、ここで埅おずいうのだろうか。
    「ヌヌ」
    ラムダが䞀歩も動けずにいるず、その暪をかすめるようにしお、぀いず前に歩み出た姿があった。
    「ずりあえず、行こうよ。父さた」
    「ヌヌ」
    ラムダは、びっくりしお、思わず埌退る。銀髪の幌い少幎が、自分を振り仰いで芋おいた。

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    「あ  」
    そうだ。
    そうだった。
    俺の  息子  
    実感はないのに、圧倒的な存圚感が、そこにある。ラヌムファダにそっくりな、半劖ハヌフ・゚ルフの児こ。
    芋た感じは、人の子でいえば、五歳くらいだろうか。
    しかし、すでに老成したような萜ち着きさえ感じお、おいそれず近づくこずができなかった。
    「どこぞヌヌ」
    ファむ・レむンは肩を竊めおみせる。
    「わからない。でも、ここにいおも、しかたないでしょ」
    「それは  そうだがヌヌ」
    「母さたがね、『生きお』ず、願ったんだっお」
    「」
    ファむ・レむンは、きっぱりず蚀っお、玫色の瞳で射貫くようにラムダを芋た。ラムダは、䞀瞬、気圧された。決しお、き぀い物蚀いずいうのではない。ただ、芆しようのない事実だけを、玔粋に明確に突き぀けおくるので、䜕も蚀い返せない圧がある。
    「あぁ、そうヌヌだな  」
    ラムダはふず、自分の同じ色の瞳のなかに、ずっず奥の方に、氷のような碧が確かにあるのを芋぀けた。
    ラヌムファダの名残のような、氷のいろヌヌ
    「だから、生きなければ、だめなんだよ」
    かすかに苛぀くような音色が混じったが、ラムダは気づかない。
    ヌヌしっかりしお
    さすがに、この蚀葉は口の䞭で噛み殺した。いた蚀うこずではない。
    ず、ファむ・レむンは䜕かを感知したように、芖線を遠くぞ投げた。
    あれ、かな
    「行こう。たぶん、向こうにいる」
    「えヌヌいる」
    ファむ・レむンは、勝手にすたすたず歩いおいった。その埌を远うように、ラムダも歩きはじめる。
    同じ、歩き方だ
    ラムダは、ファむ・レむンの埌ろ姿にラヌムファダを思い出しおいた。歩いおいるが足音はせず、䞋生えも沈むこずはない。自分の足元で、螏みしだかれる草の音がするのが、ずいぶん䞍躟のように思えたものだ。
    ラヌムファダ  
    あの倜、嘆き悲しむのを説埗しお自分のなかに召喚した。自分の生呜が終わっおも、ひず぀になりたかった。ラヌムファダを倱ったのに、それから先の人生を歩んでいく意味がわからなかったからだ。
    だが、『生きお』ず蚀っお、生きずし生ける䞖界ぞ返された。
    なぜヌヌ
    ラムダはふず、振り返りもしないで、さっさず前を行く半劖ハヌプルフの児こを芋やる。
    自分のなかに己の残滓を融け蟌たしお、新しい魂を圢䜜ったのだず聞いた。
    がんやりずだが、鳩尟のあたりが䜕やら蠢うごめいおいたのを芚えおいる。あれが、そうなのか。
    そういう意味では確かに、俺ずラヌムファダずの子どもなのだろう。この子のなかにはラヌムファダが息づいおいる。それもわかる。嬉しくもある。
    だけどヌヌ
    ラヌムファダでは、ないんだヌヌ
    どうしおも、この思いから抜け出せない。
    「あ、いた」
    背埌で父芪が悶々ずしおいるこずなどたるで意に介さず、ファむ・レむンが䜕の感情も乗せずに蚀った。
    「えヌヌ」
    ラムダも、無理やり珟実に匕き戻される。
    「知っおる子、でしょ、たぶん」
    ファむ・レむンが指さす方を芋たラムダは、目を疑った。少し先の朚の切り株の䞊に、真っ赀な圢なりのものが座っおいた。林立する暹々に阻たれお、はっきりずは芋えないが、赀い髪の先を指でいじりながら座っおいる者がいる。
    「ヌヌアミィ  」
    蚀い終わらないうちに、ラムダは我知らず、駆け出しおいた。
    「アミィストヌン」
    その声にはっず面を䞊げ、こちらぞ向かっお駆けおくる姿があるのを芋止めた途端、その者も、切り株から飛び降りお走り寄っおくる。
    「兄貎っ」
    颚が舞い䞊がる。草の䞊で眠っおいた朝露が、蹎散らされお、光っお消える。
    アミィストヌンは、迷いもなく、ラムダの腕の䞭に飛び蟌んだ。ラムダもしっかりず抱き止める。ほんのりず、懐かしい野生の臭いがする。腕の䞭にすっぜりず収たるこの感芚に、安堵の波が抌し寄せる。
    「無事だったかヌヌ」
    あぁ、無事でいおくれた。どこかに隠れおいたのか。ラヌムファダがそうさせたのかもしれない。
    「ほんずに兄貎だよな ラムダの兄貎だよな」
    「ああ、俺だ。間違いなく、俺だ」
    「ラヌムファダが、奥の郚屋ぞ隠れおいるように蚀ったんだ。だからおいら、垃団をひっかぶっおたんだよ」
    「そうかヌヌラヌムファダが  」
    「そしたら、ものすごい音がしお、ものすごく寒くなっおさ」
    「ヌヌそう  だな  」
    「だから、おいら、ずっずずっず、垃団をかぶっお埅っおたんだよ」
    「そう  かヌヌ」
    ふいに、あの日の光景が背筋を䞊っおくるような錯芚に襲われお、ラムダはホブゎブリンの子をぎゅっず抱き締める。
    そのずき、だった。
    「ねぇ、ラヌムファダは」
    ラムダは、ぎくりずした。
    「ヌヌ」
    抱き締められおいたアミィストヌンにも䌝わるほどに、びくっず身䜓が跳ね䞊がった。
    「兄貎が無事だったっおこずは、ラヌムファダ  も  」
    蚀いかけお、アミィストヌンはラムダの埌ろに、距離を取っお䜇んでいる半劖ハヌフ・゚ルフに気が぀いた。
    「え  ず」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、黙っお、ふたりを芋おいる。父が旧友ずもず再䌚するのを䞀緒に喜ぶでもなし、ホブゎブリンの少幎に興味を瀺すでもなし、たしおや息子じぶんず察面したずきずは倧違いであるこずを、䞍満に思っおいるふうでもない。
    「アミィ  この子は  」
    蚀い淀むラムダの抱擁から抜け出しお、アミィストヌンは半劖ハヌフ・゚ルフに歩み寄った。たじたじず芋お、
    「小さいラヌムファ  」
    「がくは、ファむ・レむン」
    たるで、䜕を蚀い出すかわかっおいたような玠早さで、アミィストヌンの語尟を浚い、ファむ・レむンが名乗る。
    「父さたの、むすこ、だよ」
    「ぞ」
    沈黙が萜ちた。
    アミィストヌンは、わかりやすく、ぜかんず口をあけお間抜け面をさらした。
    「きみは、アミィストヌンっおいうの ホブゎブリンだよね」
    「う、うん。そうヌヌだけど  」
    「そ」
    だからどう、ずいうわけでもなさそうな玠っ気なさで、ぷいっずラムダの方を振り返る。
    「行くよ、父さた。この先に、通しろが、あるはずなんだ」
    「あ あぁ  」
    ラムダはどうにもこうにも、自分の息子でありながら、このファむ・レむンずいう子のペヌスに぀いおいけなかった。事実が、事実ずしおだけ、淡々ず流れおいく。無理匷いはしないが、ちゃんず぀いお来いず蚀われおいるのず同じ感じで、気が぀くず息が切れおいる。
    「きみも、いっしょに。そう、いわれたでしょ」
    ファむ・レむンは、アミィストヌンにも告げる。
    「おう。なんかわかんないけど、あそこにいれば、迎えが来るっお。䌚えたらあずは䞀緒に行けっお、綺麗な劖粟゚ルフの姉ちゃんが」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、アミィストヌンの最埌のひずこずに、眉根を寄せた。気が぀いたアミィストヌンは、口を抌えお瞮こたる。
    「あ、いや。ごめん。口の軜い友や぀がいおさ、口振りが移っちゃっお  」
    「そ」
    ファむ・レむンは、くるりず螵を返すず、歩き出しながらふたりに蚀った。
    「劖粟女王れファさたが、莈っおくださった通しろがあるの。行くよ」
    「ヌヌ」
    「  」
    しばし、呆気に取られお動けずにいるふたりを、もう振り返りもしないで、半劖ハヌフ・゚ルフの児こは進んでいく。
    アミィストヌンは、肘で、ラムダの倪腿を小突いた。それに応じお、ラムダも芋䞋ろす。
    「あの、さヌヌ」
    しかし、アミィストヌンは、それ以䞊、䜕も蚀えなかった。
    本圓に、なんず蚀ったらいいのか、わからなかったのである。

    「ここ、か」
    ファむ・レむンは、ようやく歩みを止めお、その建物を芋䞊げた。

    画像

    森の倖れの、打ち捚おられた占い通ディノィナヌト跡。石の階段は角が欠けお、厩れおいるずころもある。看板は傟き、窓は䜕枚か割れ、壁には蔊が這っおいる。バルコニヌの床はずころどころ抜け萜ちお、手すりも䜕本か折れおいる。
    でも、趣はいいな、ずファむ・レむンは埮笑んだ。さすが、劖粟女王れファさた、センスがいいず、生意気なこずを独り蚀ちる。
    少し遅れお远い぀いおきたラムダずアミィストヌンも、朜ちおはいるが、䜕某か䜏んでみれば䜏みやすそうな颚情のこの建物に、目を奪われおいた。
    「ヌヌここは  」
    誰にずもなく、ラムダが問いかける。
    「䜿われなくなった、占いの家。ひずめに぀かないよう、女王さたが、かくしおくれおる」
    「占い」
    「父さた」
    ファむ・レむンが、すっずラムダの正面に立った。
    「たりょくを、ぜんぶなくしたの、わかっおる」
    「ああ、理解っおいる」
    「えっ !?」
    ラムダずアミィストヌンが、同時に蚀った。すっず䞀瞥されお、アミィストヌンは自分の口元に人差し指を立おる。
    「父さたはもう、たじゅ぀しじゃない。たじゅ぀のしごずは、できないでしょ」
    「ヌヌ」
    「でも、ホロスコヌプずか、ダりゞングずか、タロットは、できるよね」
    占星術ホロスコヌプ、玢霊術ダりゞング、霊環札タロット占。
    これらは、魔力を芁したり、術を行䜿したりする類のものではない。玔粋に、磚き抜かれた勘ず、読み取る力ず、高められた集䞭力の為せる技である。芁するに、個人の技術スキルだ。
    ラムダは、ファむ・レむンを芋぀め、そしお傟いた看板に曞かれた『占い通ディノィナヌト』の文字を芋お、たた芖線を戻す。
    「ね」
    ファむ・レむンは、これですべおの説明が枈んだずでも蚀うように、話を打ち切るず、通しろの入口ぞず歩いおいく。圌の、蝶のような重力では、石段が欠けおいおも厩れおいおも、なにひず぀関係ないのだった。
    なので、ドアノブを廻そうずしお、それがぜろりず抜け萜ちたずきには、思わず舌打ちをした。
    うしろのふたりに気づかれないように、そっず玠早く手を翳しお、ドアノブを盎す。その小さな魔法に、ロヌブの内偎、銖から䞋げたペンダントがひんやりず反応した。
      母さた
    ラムダずアミィストヌンが䜕か話しながら近づいおくる。「兄貎の髪、銀色が混ざっおるなヌ」「ラヌムファダの色だな」などず蚀っおいるのが聞こえる。
    旧い友だ、芪しいのは圓たり前だ。
    ヌヌ
    ファむ・レむンは口元をきゅっず匕き結び、ペンダントを䞀瞬握りしめお、新しい䜏凊の扉を開けた。

    宀内の荒れ具合も、なかなかのものだった。だが、やはり調ずずのえば暮らしやすそうな向きはある。リビングを占いの間にする。奥は、道具郚屋。二階は自分たちの生掻の堎ヌヌなどなどず思考を巡らせながら、ファむ・レむンはゆっくりず調床を芋お回る。
    それは、ホブゎブリンの少幎も同じだったらしい。
    「わぁお」
    アミィストヌンは、なぜかこの幜霊屋敷に興奮しお倧声を䞊げた。
    「なあ、ファむ すごいな ボロボロだあ」
    そしお、぀いさっきたで近寄りがたく感じおいた半劖ハヌフ・゚ルフに、肩からぶ぀かっおきた。
    「カヌテンもボロ、絚毯もボロ。テヌブルは、がったがた。ベッドなんお黎くさいや なあ」
    あちこち駆け回っお、ひず぀ひず぀ボロさ加枛を確認しお、たたファむ・レむンのずころに戻っおくる。
    「わくわくするな」
    ファむ・レむンは、アミィストヌンのあたりの無邪気さに、うっすらず埮笑んで芋せた。
    「いやじゃないの」
    「だっお、ボロなだけだろ」
    「」
    「壊れたものは、盎せばいいだけだろ」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、意倖だずいう目でアミィストヌンを芋た。無邪気にはしゃいでるようでいお、圌は圌でいろいろなこずを乗り越えおきたのかもしれない。そういえば、なぜホブゎブリンが人の子の父ず懇意なのかも䞍思議ずいえば䞍思議だ。
    「そうだね。盎せばいい、だけだ」
    「おぅ、よ」
    そしお、この通しろのボロさ加枛を報告しようず、萜ちそうな倩井を立ち尜くしお芋䞊げおいたラムダの方ぞ、倧興奮で駆けおいく。
    ファむ・レむンは、そんなアミィストヌンをじっず芋぀めおいたが、ふず気が぀いた。圌が陜気に走り回るず、黎の生えた、湿気くさいこの郚屋も、空気が少し軜くなりはしないか。朜ち萜ちおいくだけだったこの䞖界も、たた生呜力に溢れお、日々の営みの取り戻すだろうか。
    「ヌヌ」
    それならそれでいい。それに越したこずはない。
    しかし、ファむ・レむンの衚情は冎えなかった。
    その、掻気を取り戻した䞖界に、圓たり前のように銎染んでいる自分の姿が、たったくもっお想像できなかったからである。


    2. 街の子

    「腹、枛ったなあ」
    アミィストヌンが蚀う。誰も、答えない。
    「颚呂、入りたいなあ」
    やはり、誰も、答えない。
    「服、着替えたいなあ」
    「ねえ」
    耐えかねお、ファむ・レむンが遮った。
    「無理なの、わかるよね」
    「わかるけどさぁ、腹が枛ったのは、しかたないじゃんか」
    そんなこずは、ファむ・レむンも、恐らくラムダだっお同じだ。重々承知しおいる。ただ、蚀っおも仕方ないので蚀わないでいるだけだ。
    「だから、いたから、行くの」
    「どこぞ」
    「おかいもの」
    「わお」
    アミィストヌンの小さな牙が、きらりんず光る。
    「街ぞ行くのか おいら、街ぞは行ったこずないんだ。ずっず、隠れるようにしお、森のなかにいたからさ」
    「そう」
    ファむ・レむンは、ちょっず意地悪をしおみたくなった。
    「きみ、行きたいの」
    「え だめなのかい」
    「きみず、行くずは、蚀っおないんだけど」
    アミィストヌンは䞀瞬、黙り蟌んだ。連れお行っおくれよず駄々をこねるかず螏んでいたのだが、ホブゎブリンの少幎は思いの倖ほか、珟実的だった。
    すっずラムダを指差すず、
    「目立぀ぜ」
    思わず、ファむ・レむンは小さく、くくっず笑っおしたった。
    長い黒髪の、玫色の県の矎青幎。もずもず䞍思議な空気感を持っおはいたが、今は艶のある黒髪にずころどころ銀髪が混ざりこんで、さらに謎めいた颚貌になっおいる。

    画像

    あっずいう間に人だかりができるか、さもなくば、尟行぀けられお居堎所がバレおしたうか。
    そのどちらでもないにせよ、街じゅうの噂にはなっおしたうかもしれない。今はただ隠れおいたいな、ずファむ・レむンも考えおはいた。
    「たしかに、ね」
    それにしおも、先立぀ものが必芁である。䞀文無しでは䜕もできない。
    ファむ・レむンは、郚屋の䞭を物色し始めた。叀雅アンティヌクな小物がないかどうか、芋お回る。
    意を察しお、ラムダは奥の郚屋ぞ入っおいった。かちゃんかちゃんずいう音や、建付けの悪くなった匕出しを無理やり開けようずしおいる音がする。
    やがお、凝った装食の、玔銀補の煙管きせるず、刃物ナむフを䞀本、持っお出おきた。
    「これ、さびおるけど」
    「刃物自䜓は、金にはならない。石の方だ」
    鞘に、玅玉ルビヌが象嵌されおいる。
    「きれい」
    「おいらの県ず、同じ色だぜ」
    ぐいっず芗き蟌んで、自分の県を指差しおアピヌルする。
    「そ」
    ファむ・レむンは、それぞは軜く受け流しお、テヌブルの䞋に萜ちおいた振り子ペンデュラムを、ラムダに芋せた。
    「これは」
    「うん、いい代物だな」
    「売っお、だいじょうぶ ぀かう」
    「いや」
    こういう類のものは、以前に䜿っおいた者の思念が残留しやすい。あたり、䜿い回しをするものではない。
    「新調するから、倧䞈倫だ」
    「わかった」
    この囜の、お金の䟡倀などわからない。これだけの品物で、いくらになるか芋圓も぀かない。
    ふず、ファむ・レむンは、いたラムダず自分が着おいるロヌブずマントを芋た。劖粟女王れファからの莈り物だ。劖粟゚ルフの魔力で䜜られおいる。魔導商のずころぞ持っおいけば、かなりの倀になるだろう。
    だけど、あたり高くなっおも、目立぀しな  
    それに、劖粟女王れファから貰ったものを手攟したくないのも確かだった。
    「来お」
    ファむ・レむンは、唐突に蚀うず、アミィストヌンの腕を匕いた。
    「着替えるよ」
    「え、だっお、服ないんだろ」
    アミィストヌンは、目をくるくるさせた。
    「ずくべ぀」
    ファむ・レむンずアミィストヌンが、物陰に入っおいく。

    ラムダは、さきから、子どもふたりが䜕やらせっせず事を運んでいるのを、ただ芋おいるしかできずにいた。
    アミィストヌンはもずもず、现かい気遣いができる子だった。そのおかげで、ノァモスも「ずいぶん、助かった」ず蚀っおいた。
    それに  
    ファむ・レむン。半劖ハヌフ・゚ルフの子。
    俺の  息子ヌヌ
    ただ、ぎんず来ないが。
    半劖ハヌプルフは、そもそもが胜力が高い。しかも、あの氷雪の劖粟ノォルケむンず、倧魔術垫ラ・セむルノァヌだった自分ずの子だ。すべおの事象に干枉できるほどの魔力を持っおいおも可笑しくない。
    「ヌヌ」
    それに比べお  
    それに比べお、俺はヌヌ
    ラムダは、胜力のすべおを倱った己の䞡手を芋぀めた。
    俺はヌヌ無力だ  
    ただの、人の子だ。
    圓たり前のこずが、圓たり前のこずずしお改めお重く圧し掛かる。
    䜕もできなくなった。
    愛するひずはいない。
    息子ずなっお孵されおはきた。
    だけど、おたえはもういない。
    俺に、どう生きろず、望んだんだ  
    愛するひずが望んだ『生』をどう生きればいいのか、たるで空を掎むようで手応えがなく、䞍安に抌し぀ぶされそうになる。
    「父さた」
    すぐ近くで声がしお、ラムダはびくんず飛び䞊がった。
    「  」
    聞き慣れた、愛しい、䜎く掠れた声。それが、よく䌌おいるが別のものから発せられる。同じように、自分に向けお。
    「どう」
    どう、ず問われお、ラムダは目の前に䞊んで立぀、ふたりの子どもを芋た。
    アミィストヌンは、汚れたチュニックではなく、刺繍の入った癜いシャツに革のズボンを履いおいた。ファむ・レむンの方も、お揃いのシャツに革のベストを着お、肩から倧きめの革袋バッグを提げおいる。
    「街の子に、みえる」
    「あぁ、うん。䌌合っおるぞ」
    「おいら、こんなの初めお着た 動きやすいな なあ、兄貎。これからもこんな服、着おいいかい」
    「あぁ。それなら、服も買っおくるずいい」
    「買う必芁ないよ だっお、ファむが魔ほ  」
    「行くよ」
    たぶん䜙蚈なこずを蚀い出すだろうずわかっおいたファむ・レむンは、アミィストヌンの蚀葉尻に被せお蚀った。
    ずくべ぀だっお、いったのに
    「それに、芋お 耳 䞞くしおヌヌ」
    「いいから、行くの」
    劖粟゚ルフの尖った耳では郜合が悪いず螏んで、人の子ず同じように䞞めたのだが、これぐらいのこずで喋り倒すようでは街に出たらもっず泚意しないず、ずファむ・レむンは思った。
    「じゃ、父さた。行っおきたす」
    「あぁ、気を぀けお」
    「父さたは、ぞやのかたづけを、しおおいお」
    「ヌヌ」
    返事がないのが気になったが、ずりあえず、赀うさぎポルトみたいに飛び跳ねおいるアミィストヌンの腕を匕っ匵っお、買い出しに出かけたのだった。

    画像

    森を抜けるず、堅牢な門が芋えおきた。街の呚囲を高い城壁が囲んでいる。門番のような者が立っお、街ぞの出入りを芋匵っおいるこずはなさそうだ。
    ファむ・レむンは、ゆっくりず歩きながら『俯瞰の県バヌド・アむ』で街党䜓を芋枡した。
    ここは北門だった。自分たちの通しろは北の森の倖れにある。たずは䞡替所に行かなければならない。たいおいは、歊噚屋のなかに䜵蚭されおいる。鍛冶区は東偎、ほが真反察だ。だいぶ距離がある。
    ただ街に入る前から、きょろきょろしお萜ち着かないアミィストヌンに䞀抹の䞍安を芚えたファむ・レむンは、門をくぐる盎前に自分たちに垳ノェヌルをかけた。これはなんだい、あっち行こうよず隒がれおは、面倒だし、目立っおしたう。街の子に倉じおはいるが、劂䜕せん、自分もアミィストヌンも劖粟゚ルフである。容姿の矎しさは、人の子のそれずは質が違うだろう。目敏い者が、いないずも限らない。
    垳ノェヌルで姿を隠しおおくのが最善だ。ずはいえ、芋えなくなっただけで、人にぶ぀かれば圓たっおしたう。
    「この道から、行くよ」
    ファむ・レむンは、塀沿いの、人気のない道を遞んだ。案の定、アミィストヌンは賑やかな倧通りぞ行きたがる。
    「あずで」
    ぶ぀ぶ぀蚀いながらも、ちゃんず぀いおくる。玠盎だから助かるずいうものだ。
    曞庫や孊者の通が集たっおいる街区や、魔導ギルドの塔が立ち䞊ぶ制限区を巊に芋ながら歩き続ける。
    仕立お屋や宝食品店が芋えおきたずきには、蚀ったばかりなのに、アミィストヌンが駆けおいこうずする。
    「兄貎が、服買っおいいっお」
    「だから、あずで」
    宿屋街を抜けお、西門の前を通るず、やっず鍛冶区が芋えおきた。
    鍛冶屋や歊噚補造所もあるため、この䞀角は熱気があふれ、鉄を打぀音や
    陜気な掛け声に満ちおいる。
    ここたで来れば倧䞈倫、ず、ファむ・レむンは垳ノェヌルを倖したが、なぜか異様に興奮したアミィストヌンが、
    「オルロス爺のずころみたいだぜ、やっほヌい」
    ず叫んだので、ちらっず埌悔した。
    それでも、
    「え ヌヌだれ」
    「オルロス爺。ドノェルグ族の、酒飲みの爺さた。なんでも䜜っちたうんだ」
    「ふぅん」
    「ラヌムファダが火炎竜ファむドレむクにやられお倧怪我したずきもな、こう、皮膚の䞭に沈んでるような、ふしぎな鎧を䜜ったんだぜ」
    アミィストヌンは、自分の手柄のように蚀っお、錻を膚らたせる。
    「  そ」
    いったい、どういう生掻を送っお来たのだろう。召喚獣に襲われるような、どんな恚みを買ったのだろうか。
    それにしおも、ホブゎブリンずいう皮族は戊闘奜きで、闘いに明け暮れおいるのではなかったか。こんなに感情豊かで、人懐こい者たちではないはずだ。
    人の子の魔術垫セむルノァヌず劖粟゚ルフ、ドノェルグ族ずも芪しくお、確かもう䞀人、口の軜い友がいるずか蚀っおいた。
      
    ファむ・レむンはふいに思い出しお、銖から提げおいるペンダントを觊った。父ず“母”のすべおの蚘憶が収たっおいるず、劖粟女王れファが蚀っおいた。芋るも芋ないも、おたえの自由だず。だが、おたえには知る暩利があるず、蚗しおくれた。
    父さたず、母さたの、すべおヌヌ
    知る暩利があるずいうのず、知っおいいのかどうかずいうのは、違う気がする。ファむ・レむンはなぜか、「知っおいい」ずいうより「知っおおいた方がいい」ず蚀われおいる気がしお、それが匕っかかるのだった。
    ずヌヌ
    「どうした 疲れたかい」
    アミィストヌンが、芗き蟌んできた。
    「たさか」
    アミィストヌンに䞍意を突かれたこずが䞍本意だったファむ・レむンは、匷い口調で返し、もう䞀床、別の魔法をかける。
    「ん なに、したんだい」
    「呚りからは、倧人に、芋える」
    「ラムダの兄貎くらい」
    「父さたよりは、䞋」
    「ぞえ」
    アミィストヌンは、自分の手や足を、しげしげず眺めたわす。
    「これから、歊噚屋に行っお、お金ず亀換しおもらうでしょ」
    「おぅ」
    「子どもだず、舐められる」
    アミィストヌンは䜕を勘違いしたのか、悪そうな顔で牙を光らせ、にやりず笑っおみせた。
    が。
    「アミィは、黙っおお」
    䜕を䌁んでいたにせよ、ファむ・レむンに即座に封印されおしたった。

    「あヌ、楜しいなあ」
    アミィストヌンは、噎氎広堎のベンチに座り、ミルクたっぷりの甜瓜メロンのゞュヌスを飲みながら青空に声を攟った。
    「そう」
    ファむ・レむンは、桃の茱萞ぐみを噛みながら、気のない返事をする。
    持っおきた品物が、意倖にも高額で亀換できた。品物がよかったのか、ファむ・レむンの無意識の圧のせいかは、定かではない。それを元手に、服やカヌテン、シヌツやタオル、石鹞シャボンやシャンプヌ、いろんな生掻甚品、それにもちろん食物も、たんたり買い蟌んだ。
    しかし、たんたり買い蟌んだ割には、圌らは手ぶらだった。肩から䞋げた革袋バッグは、来た時のたたの薄さである。
    「これ、いいな」
    アミィストヌンは、ひそひそ声で、その革袋バッグをぜんぜんず叩いお蚀う。
    「いくらでも、入るのな」
    「たあ、ね」
    ファむ・レむンの魔法の賜物だ。
    「なら、さ。兄貎も小さくしお、これに入れおくれば  」
    「〇※△」
    ファむ・レむンは、たたらず悪態を぀いた。盎前で、高䜍劖粟ハむ・゚ルフにしかわからない隠語に蚀い換えるだけの、冷静さは残っおいた。

    しかし、北の森倖れの我が通しろに垰り着いお、どういうわけか血たみれの䞡手で立ち尜くしおいたラムダを芋たずきには、さしものファむ・レむンも呆れかえっお、蚀わずにはいられなかった。
    「ねえ、どうしたら、そうなるの」


    3. すれ違う涙

    ファむ・レむンは、実はなんずなく、嫌な予感はしおいたのだった。
    ひず぀のこずに、ずお぀もなく秀でたひずずいうのは、おそらくそれ以倖のこずはたったく䜕もできないのではないか、ず。
    神をも凌ぐ魔力ちからを持぀倧魔術垫ラ・セむルノァヌ、现々ずしたこずを請け負っお䞖話を焌くホブゎブリンず、気玛れな、生掻感などたるでない劖粟゚ルフずの、䞉人での暮らし。
    想像がたったく぀かないような、火を芋るよりも明らかなようなヌヌ
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、口元を抌さえお考え蟌んでいた。
    颚呂堎から、アミィストヌンずラムダの䌚話が、くぐもっお聞こえおくる。あの手では䜕もできないず思っお、アミィストヌンず颚呂に入っおもらった。掗髪も掗䜓も、甲斐甲斐しくやっおくれるだろう。
    聞けば、萜ちおいるものを玠手で拟ったり、割れた皿やグラスなどを集めたり、ささくれだった階段の手摺を觊ったりしたらしい。切り傷や、刺さった棘で、女のように癜く綺麗だった手が悲惚なこずになっおいた。
    咄嗟に、なんでそうなるのず蚊きはしたが、なんでこうなるのか本人が䞀番蚊きたかったかもしれない。
    「ん」
    ふず、ファむ・レむンは郚屋の片隅に、そこだけなんずなく敎頓されお、物が集められおいるのに気が぀いた。
    「道具  」
    黎が生えたり、埃がこびり぀いたりしおいる、打ち捚おられおいた占いの道具だった。ただ䜿えるのか、我楜倚なのかは、ファむ・レむンにはわからない。ただ、芋぀けたらいそいそずそこぞ避けおおいた父の姿は、想像できた。
    「ヌヌた、いいか」
    そういうこずなら、しかたない。そうならそうで、やりようはある。
    ファむ・レむンは、ずりあえず腹ごしらえだず思い盎しお、食卓だけは魔法で小奇麗にし、買っおきたものを䞊べた。

    「䞊がったぞヌ」
    石鹞シャボンの銙りを挂わせお、ふたりが入济を枈たせお戻っおきた。
    「お 矎味そうなのが䞊んでる」
    アミィストヌンが錻をくんくんさせたが、飛んでいっお摘み食いをするような、はしたないこずはしなかった。
    ファむ・レむンに手招きされるがたた、ラムダは息子の前に座る。小机には塗り薬や消毒液、包垯などが敎然ず眮かれおいる。
      ほう
    ラムダは、その揃えられた道具を芋お、感心した。必芁なものがちゃんず揃っおいる。
    ラムダは魔術垫セむルノァヌだったのであっお、魔法䜿いではない。なので、ラヌムファダのように治癒魔法を駆䜿するわけではなく、人の子でいう『治療』を斜す。今たでさんざん、人の治療をしおきた。道具の扱い方で、その者の医術ぞの傟倒も図るこずができた。
    そういう意味では、ファむ・レむンの秘められた胜力に驚きを隠せなかったが、䞀方では、やはり気掛かりなこずもある。
    治癒魔法を䜿えるはず  なんだがヌヌ
    魔法を䜿えずいうのではない。䜿えるのに、敢えお䜿おうずしおいないように芋える。それには理由があるはずだ。
    ヌヌラヌムファダのこず  か
    ファむ・レむンの差し出した手の䞊に、ラムダは掌を芋せお乗せる。颚呂䞊がりで火照っおいたせいもあるが、やはりファむ・レむンの肌はひんやりずしお気持ちが良かった。
    「ラムダ、じっずしずけよ」
    アミィストヌンは、゜ファの背によじ登り、背埌からラムダの長い髪をタオルで拭き始めた。
    ファむ・レむンは、無蚀だった。䜕も蚊かないし、䜕の声掛けもしない。ただ黙々ず治療を進めおいく。こんなずころは、ラヌムファダず䌌おいるず、アミィストヌンは思った。かれも、気玛れだったし、必芁最小限のこずしか喋らなかった。
    で、その静寂に耐えきれなくなっお、よけいなこずを蚀うのもアミィストヌンだった。
    「なあ。魔法で、ちゃちゃっず治せないのかい」
    「ヌヌ」
    「そんな、ただるっこしいこず、しなくおもさあ」
    「ヌヌ」
    「ラヌムファダは、兄貎の腹の倧怪我だっお、ふさい⋯⋯」
    「アミィ、やめろ」
    「がくはヌヌ」
    ファむ・レむンには珍しく、匷い口調で遮った。
    アミィストヌンの手が止たる。
    前髪の隙間から、ラムダが様子を䌺う。
    ファむ・レむンはしかし、䞀瞬の激情をさっず匕っ蟌めるず、包垯を巻き終わったラムダの手をそっず離しお、立ち䞊がりながら蚀い捚おた。
    「がくは、がくだ」

    腹が満ちたアミィストヌンは、゜ファに寝転がり、ラムダの膝枕でいびきをかいおいる。その赀い髪を撫でながら、ラムダの心は千々に乱れおいた。
    そろそろ倕刻になる。森の倖れずはいえ、暹々に陜射しを阻たれお、もうだいぶ薄暗い。
    結局、ファむ・レむンはリビングには戻っおこなかった。どこぞ行ったかもわからなかったが、ふいに、森の奥のどこかで膝を抱えおいる像むメヌゞが浮かんだ。
    ラヌムファダも、よくそうやっお、䞀晩䞭過ごしおいたな  
    かれは、奜きこのんでそうしおいたが、ファむ・レむンはどうなのだろうか。远いかけおあげるべきだったか。
    ず。
    「ヌヌ」
    ラムダの思考に皲劻が萜ちた。
    急に立ち䞊がったために、アミィストヌンが床に転がり萜ちる。今曎ながらに気が぀いたこずに、猛烈な焊りを感じた。
    「いっ  おっ」
    远いかけおあげるべきだったか。
    あぁ  
    远いかけおきおほしいず、思っおいたかどうかは関係ない。
    「なんだよヌ、ラムダ。急に立぀な  よ  」
    ラムダは、アミィストヌンの蚀葉など耳に入らない勢いでマントを矜織るず、入口ぞ向かった。
    そうしおほしいず、願っおいるからではなくおヌヌ
    俺が、そうしなければいけなかったんだヌヌ
    心臓が飛び跳ねおいる。冷汗がじわりず滲み出おくる。
    「どこに、行くんだよう」
    ラムダは振り返るのももどかしげに、アミィストヌンを芋やるず、努めおやさしく蚀った。
    「あの子を迎えに行っおくる」
    「あヌヌうん」
    「倧人しく埅っおいろ」
    ラムダは駆け出した。やみくもに森の䞭ぞ分け入った。
    あの子は、べ぀に埅っおなどいないかもしれない。
    远っおきおほしいなど、欠片も思っおいないかもしれない。
    だが、そうではないのだず、なぜ気づかなかったのか。
    俺がヌヌ俺が、そうしなければいけなかったんだ
    ラムダは、だが、急に立ち止たった。
    「ヌヌ」
    颚の音も、倧気の流れも、遠くの息吹や気配も、䜕ひず぀感じられなかった。あるのはただ、目の前に広がる、いたこの目で芋るこずのできる䞖界だけだった。
    こういうこずか
    この目で芋えたもの、この手で觊れられたもの、この耳で聞こえたものしか、わからないのだ。
    急に狭たった䞖界に、ラムダは圧瞮されそうな感芚に陥った。今たでは、倧空に心を飛ばし、倧地の震動を感じ、月倜の鈎の音で憩えおいたのに。
    粟霊シヌたちの姊しい話声も聞こえないし、岩陰に隠れおいる小人ピクシヌも芋぀けられない。

    自分にはもう、こんな狭い䞖界しか、わからないのだ。

    ラムダは、呆然ずしながらたた歩き出した。目を凝らし、小さな銀色の姿を探す。この方向で合っおいる確蚌はなく、そもそも、あるかどうかも定かではない。同じようなずころを、ぐるぐる回っおいる気がする。陜はどんどん萜ちおくる。闇に包たれたら、もう䜕も芋えない。
    俺は、あの子をヌヌ
    あの子を、どう  
    それ以䞊は、思うこずすら憚はばかられるようなこずが脳裏に浮かんで、ラムダは思考を止めた。
    そしお、胞のなか、腹の底の方に、すっず冷えたものを感じお、足が竊んだ。身䜓がにわかに硬盎する。

    ラヌムファダのこずは、远いかけたではないか。
    そこに、远いかける理由はなかったはずだ。

    なのに今、なぜ、あの子を探す意味を探しおいるんだろう。
    なぜ、あの子を远いかける理由を考えおいるんだろう。

    远いかけなければならなかった。

    さっきは、そう思った。
    でも、たぶん、それも違う。
    ラムダは、意味も目的もわからないたた、たた䞀歩を螏み出した。
    「あ  」
    しかし、䜕かに阻たれた。
    この先にもただ、森は広がっおいる。だが、これ以䞊進むこずができない。芋えない䜕かがそこにある。
    「ヌヌ結界、か  」
    誰かが、ここに結界を匵っお、䞭にいる。
    そんなこずができるのは、誰か。
    ひずりしかいない。
    「ヌヌ」
    知らず、ラムダの頬に涙が零れた。
    この目に芋えるものしか把握できないのに、目に芋えないもので拒絶されたら、もう絶望しか残らないではないか。
    ラムダは途方に暮れお、結界の壁に身を預け、暗闇に沈みゆく森を眺めた。ただそこにあるだけの倜に、涙が溢れお止たらなかった。

    ファむ・レむンは、結界のなかで、それをずっず芋おいた。
    自分を探しに远いかけおきおくれたのかず、わかっおも、ずくべ぀䜕の感情も湧かなかった。
    远いかけおきおほしいずも思っおいなかったし、そもそも来るずは想定倖だったのだ。そしお、なんのために远いかけおきたのかも、ファむ・レむンは薄々気が぀いおいた。

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    「ヌヌねえ」
    ファむ・レむンはそう呌びかけながら、暹の根元に座り蟌んだたた、右手で虹を掛けるように倜空に匧を描く。
    月の粟ラむラたちが、そこかしこに珟れお、鱗粉を撒きながらファむ・レむンの呚りを飛び回る。
    「がくは、぀めたい」
    しゃらしゃらず鳎る劖粟゚ルフたちの矜音は、笑っおいるようでもあり、説教しおいるようでもある。
    「がくは、いじわる」
    応えは同じだ。かれらは干枉しおこない。どうでもいいこずだからだ。
    劖粟゚ルフずは、そんな生き物だ。それでいい。
    なのに  。
    自分は意地悪なのかず、そんなこずを疑問に思ったりするのは、半分は人の子の血が混ざっおいるからだろうず、ファむ・レむンは思った。
    即ち、あの黒髪の、物静かな、自分ず同じ玫色の県のひずの血だ。
    母さた  
    ファむ・レむンは、己の先の尖った耳を觊る。銀粉をたぶしたような、雪煙のような銀色の髪を觊る。そしお、透き通るような肌をたじたじず芋る。
    がくは、どうしたら、いいの  
    どう、しなければ、ならないの  
    月が、高い暹々の䞊に顔をのぞかせ始めた。叢雲がかかっお、なんだか重苊しい。
    ファむ・レむンは、そっずペンダントを取り出すず、たるでその䞭に母の姿を探すかのように、じっず芋぀めた。
    頬に圓おお冷たさを確かめ、耳に圓おお声なき声を聎く。
    そしお。
    目の高さに差し䞊げた右手の人差し指に、ペンダントの玐をぶら䞋げるず、くるくるず回し始めた。
    ぎゅんぎゅんず鳎くような音を立おお、ペンダントが円を描く。次第に高速になり、残像が鏡のようになっおいく。
    母さたヌヌ
    さよなら
    呟くず、ファむ・レむンは、思いきりペンダントを空ぞ攟り投げた。
    曇り月倜の空を背景に、ラヌムファダの圢芋だった氷柱が、空䞭でぱりんず割れる。そこぞ、凍お぀いた湖面のような倧画面パノラマが浮かび䞊がった。
    「ヌヌがくは、がくに、ならないずね」
    ファむ・レむンは、父ず“母”のすべおの蚘憶を芋た。
    䞀晩䞭、芋おいた。
    倜が明けお、画面パノラマが消えおしたうたで、芋おいた。
    消えおしたっおも、ファむ・レむンはそこを動けなかった。
    ただずっず、地に萜ちおいる、石トップを倱った鎖の枊を芋぀めおいた。


    第䞉章 愛のかたち

    1. 残像むメヌゞの䞭の男ひず

    倜のグラントハむム街は、昌間ずはたるで様盞を倉えおいた。
    北門をくぐった途端に、未知の䞖界に迷い蟌んだようで、ファむ・レむンは埗も蚀われぬ心现さを芚えた。
    背䞭の、瞮こたっおいる矜根がちりちりず震える。
    倜に玛れる䜕かや、倜にだけ珟れる䜕かを秘めおいるようで、昌間ず同じ街䞊みなのに、空気の重さも音の通り具合も違う。
    垰ろうかな  
    第六感が、そう譊告する。だが、垰れない理由がある。どちらかずいえば、垰りたくない理由の方が倧きい。
    ファむ・レむンは、意を決しお、街の䞭ぞ入っおいった。

    我が通しろの修繕を䟝頌しようず、『繕い屋』に行くのが目的である。昌間のうちに目星は぀けおおいた。鍛冶街区ず職人区ずの境目あたりに、䜕軒かあったはずだ。職人たちが集たる界隈だけあっお、そこたで荒くれた様子はないず高を括っおいた。
    倜は、たったく違っおいる。
    ファむ・レむンは、倜に蚪れようず決めおいたわけではなかった。ただ、倜行性の性質は劂䜕ずもしがたく、昌間の陜射しのなかよりも倜の月明りの方が行動がしやすいずいうのは吊めない。
    だが、ここは静謐な森の䞭ではない。人の子の混沌ずした䞖界である。こちらがいくら『攟っおおいおくれ』ず思っおも、そうかず蚀っお攟っおおいおはくれなさそうな、ねっずりした密床を感じる。
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、俯きがちに歩を進めた。ポケットに忍ばせた路銀の革袋ポヌチを、たるで呜綱であるかのように握りしめる。
    昌間は人目に぀かないように倖呚を歩いたが、この倜の雰囲気だず、そこは危険だず虫が報せた。街䞭を歩けば目立぀かもしれないが、早く目的地に着けるし、人目がある䞭で䜕かトラブルに巻き蟌たれるこずもないような気がしたのだ。

    孊者街区や教䌚区のあたりを通るずきたでは、民床のせいか、銀髪の綺麗な少幎がひずりでこんな時分に出歩いおいるこずに、少し驚いたり怪蚝な目を向けたりはしたものの、構うこずなく皆、玠通りしおいった。
    少し安堵しお、気を緩めたずき。
    ヌヌえ  なに  
    ファむ・レむンは、ぎくっずしお足を止めた。
    䞭倮の噎氎広堎の方から、䜕やら喧隒が聞こえおくる。
    楜噚の音、それに合わせお唄う声や囃はやす声、螊っおいるのかステップを螏んで石畳を蹎る靎音。
    ひたすら陜気なだけで、䞍穏な空気は感じないけどヌヌ
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、眉間に皺を寄せた。賑やかしいのが䞀番苊手だった。
    噎氎広堎を突っ切っおいけば䞀番の近道だったのだが、どうしおもそちらぞ向かう気になれない。华っお人混みに玛れ蟌めおいいのかもしれないが、どうしおも嫌だった。
    仕方なく、角を曲がっお進路を倉えた。区画はわかりやすく区切られおいる。宿屋街に入っお、造船運送区を抜ければ、鍛冶街区に着く。

    画像

    早く抜け出したい䞀心で、前をよく芋お歩いおいなかったファむ・レむンは、どすんず誰かにぶ぀かった。
    「あヌヌごめんなさい」
    小さく謝っお顔を䞊げるず、酒に酔っお䞊機嫌な二人組の男の赀ら顔があった。
    「おヌやたあ、どこぞの別嬪さんかなぁ」
    「こヌんなずころを、ふら぀いおたら、危ないよヌ」
    ファむ・レむンは、小さく、たた『ごめんなさい』ず呟いお、千鳥足の男たちの暪をすり抜ける。
    呚りを盗み芋るようにしお芋枡すず、宿屋街のなかだず思っおいたが、酒堎バルや嚌家ゲヌナヌが立ち䞊ぶ䞀角だった。
    ヌヌ
    傭兵や船乗りのような屈匷な若者たちの、豪気な声ず汗の臭い。
    今日の仕事を終えた職人たちの、濁だみ声ず鉄や革の臭い。
    酔客を介抱する嚌婊たちの、甘ったるい声ず銙氎の臭い。
    ファむ・レむンは、芋たこずも聞いたこずもない䞖界芳に面喰めんくらい、激しい嫌悪感に震え始めた。
    早く抜けた方がいいずわかっおいるのに、足が竊んで動かない。
    その、䞀瞬立ち止たったずころを目敏く芋぀けたひずりの嚌婊が、気怠そうに声を掛けおきた。
    「あらヌ、坊や。こんなずころに、䜕のご甚」
    むわっずした䜓臭に包たれお、ファむ・レむンは吐きそうになった。
    「ヌヌ」
    觊れられそうになった女の手を既すんでのずころで亀わし、あずも芋ずに走り出す。あちらこちらで人にぶ぀かりはしたが、皆、酔っ払っおいる。「おいこら、埅おヌ」「逃げるな、小僧」ずいう声は聞こえおきたが、远いかけおたでは来なかった。
    だれかヌヌ
    助けお、ずいう匱気が沞き起こっおきたが、ファむ・レむンは、意地でも抑え蟌んだ。助けなんお期埅しおも無駄だ。無駄なこずは、するだけ無駄だ。
    今はずにかく『繕い屋』を目指す。
    ふず気づくず、がやがやずいう声や、調子っぱずれな歌声が、遠くなっおいた。顔を䞊げるず、人気のない路地に入り蟌んでいた。
    「あぁ  」
    ファむ・レむンは、倒れ蟌むように壁に身䜓を預けるず、どきどき脈打っおいる巊の胞を抌さえた。こんなずきでも肌は冷たく、汗をかくずいうこずもない。
    「ここはヌヌどこ  」
    自分の居堎所がわからなくなっおしたった。魔法はできるだけ䜿わないず決めおいるのだが、身の危険には倉えられない。ファむ・レむンは、『俯瞰の県バヌド・アむ』で『繕い屋』の堎所を芋぀け出す。運よく、近いずころに迷い蟌んでいたずわかるず、息を敎えお、ずがずがず歩き出した。

    蟿り着くだけでこんなに苊劎をしたのに、『繕い屋』での亀枉はスムヌズに、穏やかに枈んだ。屋根や床の匵替え、暖炉の掃陀、窓や扉の補修ず、倖芳の敎備も請け負っおもらえた。
    疑り深くなっおいるファむ・レむンは、䞀瞬、隙されおるのではないかず思ったが、かなりの金額を提瀺されたので、これはこれで安心した。
    父さたに内緒で、売っおおいおよかったな  
    昌間のうちに宝食商に寄っお、䞡耳に付けおいた翡翠のむダリングをお金に換えおいたのだ。劖粟女王れファからの莈り物だったので手攟したくはなかったが、たぶん、こんなこずもあろうず䞋さったに違いないず思い盎しお、売ったのだった。

    『繕い屋』を出お、ほっず安心したファむ・レむンはしかし、たた珟実を突き぀けられた。来たずいうこずは、垰らなければならない。
    あの界隈を、だ。
    「ヌヌ」
    もう面倒くさいな、ずファむ・レむンは唐突に思った。この気苊劎が、ずお぀もなく面倒くさくなった。持ち合わせた神経を䜿い果たしたのか、劖粟゚ルフの性分が頭をもたげたのか、その双方かもしれないが、こんなに倧倉な思いをするのに飜きおしたったのだった。
    なんずかなるかな
    さっきも、走っお、逃げられたし
    違う道を行けば、あそこを通るこずはない。どこをどう通っおきたか芚えおいないなりに、勘だけで、ずにかく歩き出した。
    ファむ・レむンは、いやな感じがする隒がしさのない方を遞びながら、萜ち着いお歩いおいった。ここは、旅人や商人たちが利甚するような宿屋が倚い界隈らしく、店構えも質玠だが品はいい。
    積み荷の匂いなのか、銙蟛料のような錻に぀んずくる銙りや、機はた織物の防虫剀の銙りが、挂っおくる。
    酒堎バルや食堂リストランテも立ち䞊んでいるが、客局の民床を反映しおか、静かな音楜が流れおくるような店が倚かった。

    次第に、ファむ・レむンは、自分の物思いに沈みこんでいった。明日には『繕い屋』の職人衆が来お、修繕工事が始たる。どれぐらいの期間で終わるのかはわからないが、ずにかく、第䞀歩が螏み出せる。
    『占いの間』は、黒ず薄玫の暙章スカヌフを掛けよう。
    父さたの、仕事堎、だもの
    ファむ・レむンは、“母”の圢芋の残像むメヌゞで芋た、倧魔術垫ラ・セむルノァヌラムダのこずを思い浮かべた。黒倧鷲に倉じた姿は、嚁厳ず匷さに満ち溢れおいたなず、がんやり思う。
    魔力を倱ったからには、あのラムダには戻れない。だが、新しい『生』では占星術垫アストロヌゞェずしお名を銳せるこずができる  はずヌヌ。
    ヌヌ
    ファむ・レむンの気持ちが、すっず冷めた。珟実を思い出したからだ。
    あそこたで䜕もできないず、倩晎な気もする。なら、尚曎、仕事に励んでもらわないず、ず考えおいたずきだった。
    ふわっず、身䜓が浮いた。
    「えヌヌ  」
    胎をぎゅっず暪抱きにされおいた。
    地面が遠い。
    倪い足ず芋慣れない玠材のブヌツが芖界に入った。物凄い勢いで歩いおいる。矜根も出しおいないのに、飛んでいるようだった。
    ファむ・レむンには、この事態がたったくわからなかった。ただ、普通ではないこずが自分の身に起こったこずだけは、わかった。
    身をよじっおみたが、䜙蚈に腕に力を入れられおしたった。その者は無蚀で走るように歩いおいく。
    なにヌヌ
    どこぞヌヌ
    呚囲を芋おみようにも、恐怖が勝っお、指先すら動かせない。
    これでは駄目だずわかっおいるが、声を䞊げるこずもできない。
    やがお、少し開けたずころに出お、その者が止たった。街灯の䞋に集たった、耇数の足元が芋えた。
    「どうだ」
    「いいのが、いたか」
    「䞊物だぜ、こい぀は」
    なんの  なんの、話ヌヌ
    「どこぞの、お坊ちゃんじゃねえか」
    「おべべが、䞊等だ。高く売れるぜ」
    高くヌヌ売れる  
    ファむ・レむンは、詳しいこずはわからなかったが、自分が物ず同じように扱われようずしおいるず悟った。自分を売っお、たくさんのお金をもらおうずしおいるのだ。
    売られた自分はどうなる
    いやだ。
    「あ、こら、暎れるな」
    「行こうぜ。もう船が出る」
    「船があるのか」
    ヌヌた、す  
    「ああ。船頭に握らせた。がったくりやがっお」
    「た、いいじゃねえか。こい぀で元が取れる」
    た  たすヌヌ
    ず、男たちが螵きびすを返した。

    たすけお

    ファむ・レむンが、声にならない声で叫ぶ。
    硝子现工のようなこの身が、割れるのではないかず思った。

    そのずき。

    「もしもヌし」
    䌞びやかな声がした。
    およそ、この堎にそぐわない、若く、艶さえある男の声だった。
    「」
    殺䌐ずしおいた珟堎の空気に、ず぀ぜん枅涌氎をぶっかけられたみたいで、柄の悪い男たちですら、䞀瞬ぜかんずした。
    「なに、しおんの」
    「なヌヌ」
    男たちは䞉人いた。ファむ・レむンを抱えた男が埌ろに䞋がり、二人が前に出る。
    「なんだ、貎様は」
    「関係ねえや぀は、すっこんでろ」
    突然のこずで怯んだ男たちが、すぐに嚁勢を取り戻したのには理由わけがあった。
    声の方を振り向いお、そこにいたのが、黒髪を赀いリボンで無造䜜に瞛った吟遊詩人カルノィヌノだったからである。
    「関係なくは、ないんだな、これが」
    「どういう意味だ」
    「ぐだぐだほざくず、おたえさんも売り飛ばすぞ」
    男たちは、詩人の物腰ず、甘い顔マスクにごたかされお、隠された䜓躯の良さには気づいおいなかった。
    詩人は、けらけらず笑う。
    「ここ、『麗蘭亭』の瞄匵しただっお、知っおた」
    「ぐっヌヌ」
    「  」
    なんだっお、ず蚀っおこないずころを芋るず、男たちは知っおいたようだった。『麗蘭亭』は、ここら蟺䞀垯を広く牛耳る、高玚嚌家の元締めである。捕たえた無法者には容赊ない制裁が埅っおいるず、裏筋の者たちは皆、恐れおいる。
    「はぁん。知っおいおこの狌藉ずは、勇気あるね」
    「うるせえ」
    「ずにかく、おたえには関係ねえだろうが」
    「関係なくはないっお、蚀ったじゃないか」
    詩人は、ずいっず䞀歩間合いを詰めるず、背䞭の掋琵琶リュヌトを意味ありげに背負い盎した。
    「䞍届き者を差し出せば、女䞻人マダムから報奚金ボヌナスがもらえるんだ」
    詩人は、ふず銀髪の少幎を芋た。暪抱きにされたたた、ぐったりずしお動かない。䜕か飲たされたようには芋えなかったから、気でも倱っおいるのか。
    隒ぎは起こしたくないしなぁ
    ず、詩人は矢庭に指を咥えるず、甲高く指笛を鳎らした。静たり返った倜の空を切り裂くように響き枡る。仲間を呌んだず、男たちも悟る。
    「悪いね」
    男たちの䞀瞬の隙を぀いお、詩人は、前に出おいた二人の暪を颚のようにすり抜けるず、少幎を捕瞛しおいた男の裏に玠早く回り蟌んだ。そしお、間髪入れずに、銖筋の急所を䞀突きする。
    だらりず脱力した男の腕から、しなやかな動きで少幎を抱き取るず、䞀目散に逃げ出した。背埌では、「倧䞈倫か、おい」「この野郎、ふざけた真䌌を」ず、がたがた蚀っおいる声がする。
    詩人は、事も無げに錻歌を歌いながら、
    「おれの枟名は『黒猫マルカ』だっおぇの」
    ず、独り蚀ちた。

    詩人は、さっきたで唄っおいた噎氎広堎たで戻っおくるず、脇に抱えおいた少幎を抱き起しおベンチに座らせた。いやに軜いのが、気になっおいた。ただ六、䞃歳のように芋えるが、こんなに軜いわけがない。
    「おい、倧䞈倫か」
    詩人は、少幎の顔を仰向けさせた。その、肌の冷たさに、ぎくっず眉を跳ね䞊げる。
    「おたえ  」
    顔にかかる銀の髪をそっず避ける。気を倱っお、ぐったりず目を閉じおいるが、この類たぐいの矎しさには芚えがあった。
    こい぀  劖粟゚ルフかヌヌ
    どこの囜にも人倖はいる。別に驚くこずでもないが、こんな時分に、ひずりで、こんな界隈にいたこずが倧問題だった。
    それに  䌌おいるヌヌか
    たさかな、ず、思い浮かんだ掚枬をすぐに打ち消す。
    「おヌい」
    詩人は、芪指ず人差し指で少幎の頬を挟み、軜く揺らしおみた。少幎は、くたっずしお詩人の方に頭を凭れかけさせ、ゆるゆるず目を開ける。芗き蟌んでいた詩人の、奥行きのある茶色の瞳がそこにあった。

    画像

    「あ  」
    ファむ・レむンが蚀う。
    「お」
    詩人がにこりず笑う。
    「気が぀いたか」
    「  」
    ファむ・レむンは、ただ思考回路が正垞に働いおいないようだった。
    無衚情のたた、県だけを動かしお蟺りを芳察する。そしお、䜕が起こったか、思い起こそうずしおみた。
    途䞭から蚘憶がないが、確か男たちに売られようずしおいた。ここは広堎だ、あの路地ではない。
    この男ひずが、助けお、くれた  
    「」
    ず、そこで気が぀いた。芋知らぬ男に肩を抱かれおいる。
    ファむ・レむンは、すいっず、倚少は遠慮がちにその抱擁から逃れ、少し距離を取っお座った。
    「ヌヌなんか、既芖感デゞャノが  」
    苊笑いする詩人に、ファむ・レむンは改めお瀌を蚀おうずしおヌヌ
    蚀葉を倱った。
    正面から芋た男に、芋芚えがあった。
    黒髪に赀いリボン、それに掋琵琶リュヌト。
    「か  吟遊詩人カルノィヌノの、お兄さん  」
    確か、“母”の圢芋の残像むメヌゞのなかにいた男ひずだ。
    「あぁ、そうだよ。おれはヌヌ」
    「ちがうの。父さたの、友だちの  」
    「父さん」
    吟遊詩人カルノィヌノフィロトは、目を䞞くした。劖粟゚ルフを息子に持぀父芪なんおいう皀有な存圚、知り合いにいただろうか。
    埅およ。
    もしかしお。
    フィロトは半信半疑で、ファむ・レむンの瞳を芗き蟌んだ。よくよく芋慣れた、綺麗な玫氎晶アメシスト。
    それに、この距離の取り方。
    銀髪ず、この雰囲気。
    䜎い掠れ声。
    なにより、この綺麗な貌かんばせ。
    「父さん  っおヌヌ」
    いやいや、だっお、あい぀らはもうヌヌ
    もう、この䞖界からは  
    フィロトは、この䞖の神秘に觊れるような心持ちで、こわごわず蚊いた。
    「ヌヌおたえ、もしかしお、ラムダの  」
    「うん」
    ずだけ答えお、ファむ・レむンは埮笑んだ。
    「がくは、ファむ・レむン。ラムダず、ラヌムファダの、息子だよ」
    起こり埗ないこずを、至極圓たり前のように告癜されお、フィロトは頭の䞭が真っ癜になった。


    2. 人の子に

    「助けおくれお、本圓に、ありがずう」
    ファむ・レむンは、䞁寧にお蟞儀をしお瀌を蚀った。
    「いや、あの  」
    「がくずしたこずが、油断をしおしたっお。父さたには、話しおおくね。貎方が、助けおくれたっお」
    「あ、あのさヌヌ」
    「名前を、蚊いおもいい」
    「おれは、フィロト  っお、ちがう おい埅お」
    ファむ・レむンは、きょずんずする。䜕もおかしなこずは蚀っおいないはずだ、ずいう顔だ。ちゃんずお瀌を蚀っおいるのに。
    「埅お。萜ち着け」
    「がくは、萜ち着いおるけど」
    フィロトは、かちんず来た。だが、このやり取りが懐かしすぎお、笑っおしたった。確かに、だ。確かに䌌おいる。どちらかずいうず、ラムダに。
    「あのさ」
    「はい」
    「父さたっおいうこずは、ラムダず䜏んでるのか」
    「はい」
    倉なこずを蚀い出した、ずいう顔をしたファむ・レむンの反応は眮いおおいお、フィロトは曎に蚊く。
    「ラヌムファダは」
    確か、あの悪魔を浄化しようずしお自ら犠牲になったはずだがヌヌ。
    蘇生  なんおこずはヌヌ
    「がくの䞭にいる」
    たた難解なこずを圓然の顔しお、ず、フィロトは腹の䞭がくすぐったくなったが、それを我慢しおもう䞀぀蚊いた。
    「ふたりで䜏んでるのか 他にも誰かいる」
    ファむ・レむンは、さすがに眉間に皺を寄せた。なんでそんなこずを蚊くんだろう。
    だが、残像むメヌゞを思い出した。この人は吟遊詩人カルノィヌノで、あちこちを旅しおいお、たたに垰っおきたずきには父さたずすごく仲よく過ごしおいた。
    父さたの、倧事な人かヌヌ
    思い盎しお、ファむ・レむンは答えた。
    「アミィストヌンっおいう、ホブゎブリンの子も、䞀緒だよ」
    にやり、ず吟遊詩人カルノィヌノが笑った。
    「ヌヌ」
    幎の頃はラムダず同じくらいなのに、なんだかアミィストヌンに䌌おいる、ずファむ・レむンは思う。悪戯っ子みたいだ。
    「おれさ、今晩泊るずころ決めおなくおさ」
    「うち、ただ廃墟みたいだけど、いい」
    話が、二぀䞉぀、先に飛んだが、こんなずころはラヌムファダに䌌おいるず、フィロトは思う。あい぀も、蚀葉数は少なく、必芁最小限のこずしか話さなかった。
    さぞかし蟌み入った事情があるに違いない。ラムダ本人に盎接聞こうず螏んだのだが、たさかすべおのこずを知っおいるのがファむ・レむンの方だずは、倢にも思わないフィロトだった。
    「ありがずな。助かったよ」
    「助けおもらったの、がくだから」
    ファむ・レむンは立ち䞊がったが、ふら぀いお、たたベンチにトスンず、座っおしたった。
    「抱いおっおやろうか」
    フィロトが手を差し出す。
    「  」
    「おいで」
    フィロトは、有無を蚀わせずファむ・レむンを抱き䞊げる。軜い。
    「どっち」
    「北の森のはずれ」
    そういえば、以前にもこんなこずがあった。アミィストヌンを芋぀けたずきだ。そしお、今もたた同じように、ラムダの埅぀通しろぞ垰ろうずしおいる。
    運呜の人だな、おれたち
    くすくすず笑っお、フィロトは、胞に䞋げた黄玉石トパヌズのペンダントに觊れた。どこに居を移しおも俺の堎所がわかるように、ずか蚀っお、枡されたものだ。
    あのずき、あい぀も䞀緒に死んだんだず、思っおいた  
    だずしたら、この石はもう䜜動しない。でも、なぜか手攟せずにいた。
    気の向くたたに流離さすらっお、ここグラントハむムに蟿り着いた。そしお、ラムダは生きおいた。
    ふっず、胞の䞭が枩かくなる。
    「おや」
    気が぀くず、ファむ・レむンはフィロトに抱かれお、肩に顔を埋めおいた。
    「なあ」
    「うん」
    「なんで、ひずりで、こんなずころにいた」
    「『繕い屋』に、お願いをしに」
    「倜じゃなくおも、よかっただろ」
    「がく、倜が奜き」
    そりゃ劖粟゚ルフだからな そうだけどさ
    「おれが、たたたた食堂リストランテから芋かけたからよかったものを、さ」
    「それで、来おくれたの」
    「こんな子どもが、ひずりで歩いおいい時間じゃないからね」
    「うん⋯⋯」
    「ラムダは 䞀緒に来おくれなかったか」
    「ヌヌ」
    「ん あい぀、そんな薄情じゃないだろ」
    むしろ、過保護になりそうだが  
    「父さたは  なにもできないの」
    フィロトは思わず、噎き出した。぀い、ファむ・レむンを萜ずすずころだった。斜め䞊から来た答えに、しばらく笑いが収たらない。
    そういわれおみれば、倧魔術垫ラ・セむルノァヌずしお偉倧なる魔力を誇っおいたずきですら、幎䞭、手元が狂ったず蚀っお火傷を䜜っおいた。“䜕もできない”ラムダが、なんずなく想像できおしたったのだった。

    倜颚が、涌やかに吹きすぎおいく。
    ファむ・レむンの身䜓の冷たさが心地いい。銀髪からは、雪のような匂いが立っおいる。
    「あい぀は、魔術しか取り柄がないからな」
    「もう、それも、ないの」
    「は 魔術が、できない」
    「そう。魔力を党郚、なくしたから」
    フィロトは、よくわからないなりに、理解の茪をぐるぐる回しおみた。
    「䜕かの亀換条件ずか」
    かすかに、ファむ・レむンの身䜓が緊匵したように、フィロトは感じた。
    あれ  たずかった
    「ヌヌがくの、せいかも、しれないの」
    「  」
    フィロトは、ファむ・レむンの背䞭を優しく撫でた。それ以䞊は、䜕も話さなかった。頬を、䜕か軜やかなものが掠めおいく。粟霊シヌたちが慰めにきおいるのかもしれないず、フィロトは思った。
    おれが拟う子は、みんな蚳ありだな
    フィロトは、アミィストヌンを抱いお垰ったずきのこずを思い浮かべた。
    『おたえ、子どもがいたのか』
    そう蚀っお、軜やかに生きおいるフィロトをラムダは揶揄した。
    だが、ずフィロトは、少し憀っお錻腔を膚らたせる。
    今床は、おたえの息子だからな

    開けられた扉の向こうに、黒髪の矎青幎ず、真玅の圢なりのホブゎブリンが、ぜかんず口を開けおいるのを芋お、フィロトは勝ち誇ったような気分になった。
    「フィロトっ」
    アミィストヌンが、ファむ・レむンを抱いおいない方の肩に飛び぀いおいく。
    「フィロトだ 生きおた」
    「そりゃ、こっちの台詞だよ」
    「ファむ どこに行っおたんだよ」
    「街ぞ」
    フィロトの顔を間に挟んで、子どもふたりが䌚話を始める。
    「おい、降りおからやれよ」
    やんちゃ坊䞻ず、倧人びた“おたせ”だが、あれはあれでいい盞棒のようだ。
    ふたりを降ろしお、改めお懐かしい旧友ずもを芋たフィロトは、䜕某かぎょっずした。
    死んだず思っおいたや぀が生きおいたのだ、幜霊でも芋たかのように驚くのは圓然こっちの方だ、ず思っおいた。
    おいおいおい  
    ただ、本物の幜霊を芋るこずになろうずは、予想倖だにしおいなかった。感情ずいうものが完党に抜け萜ちおいる。空っぜだ。あの、匷くお優しくお、穏やかで、揺るがない冷静さを持っおいたラムダの面圱は、埮塵も芋受けられない。
    なんおこったヌヌ
    盞圓なダメヌゞを、喰らったのだろう。
    そりゃ、そうだ  
    詳しいこずはわからないが、あのラヌムファダを倱ったのだ。あんなに愛しおいたひずを倱くしお、䜕の運呜の悪戯か、自分は生かされおいる。
    しかも、そっくりな息子が、そばにいるのだ。
    粟神が厩壊したずしおも、おかしくない。
    フィロトは、静かに䞀歩螏み出した。
    「ラムダ」
    壊れ物を扱うように、矜根のような声で蚀う。
    「ただいた」
    ゆっくりず、ラムダの瞳が動く。ゆっくりず、フィロトに焊点が合う。
    フィロトは、噛みしめるように埮笑んで、ひず぀頷いた。
    ラムダの頬に、涙が䌝っお萜ちた。

    「ファむ」
    フィロトが呌ぶず、ファむ・レむンが振り向いた。
    アミィストヌンず䞀緒に、䜕か飲み物を甚意しおいるずころだった。
    「ちょっず」
    手招きするず、『あたり銎れ銎れしくしないで』ず蚀いたげな顔をしながらも、そばたで来た。今になっお、フィロトに甘えたこずが䞍本意だったず恥ずかしくなったに違いなかった。
    「魔法、䜿えるかい」
    「  」
    「䜿えるよ」
    呌んでもいないのに、アミィストヌンたで぀いおきた。
    頌んでもいないのに、ファむ・レむンの代匁をする。
    「おたえは、黙っおろ」
    「いいじゃんかヌ」
    「ファむに蚊いおるんだよ」
    フィロトは、アミィストヌンの頭を抌さえ蟌む。
    ファむ・レむンは、おずおずず蚊いた。
    「ヌヌどうしお」
    「悪いな。本圓はあたり䜿いたくないみたいなんだけどさ」
    「ん」
    「奥の郚屋、ちょっず綺麗にしおくれないか」
    「ヌヌ」
    フィロトは、腑抜けた状態になっおいるラムダを芪指で瀺しお、蚀った。
    「おたえの父さん、なんずかしなくちゃ」
    ファむ・レむンも、同じこずを思っおいたのだろう。ずくに䜕の感情も瀺さずに溜息を぀くず、奥の郚屋に入っおいった。
    「アミィ。ちょっず匷めの酒アルコヌルはあるか」
    「たぶん、あったず思う。でも、兄貎は匷くないよ」
    「わかっおる。気付けだ」
    フィロトは、アミィストヌンの赀い髪をくしゃくしゃっず撫でお、あずで土産をやるからず蚀った。

    二人掛けのテヌブルに、隣り合う䜍眮で座るず、フィロトはラムダに酒アルコヌルを䞀口、飲たせた。
    匷くないラムダは、䞀瞬眉根を寄せお、唇をぎゅっず窄すがたせる。閉じた目を開いたずきには、瞳の奥に倚少は光が甊っおいた。
    「倧䞈倫か、おれの倧事なお嬢さん」
    蚀っお、フィロトは、ラムダの敎った錻の頭を぀たんだ。
    「ん」
    されるがたたに、なっおいる。䜕か少しでも喋り出したら、たた泣きそうになるのか、黙ったたたでフィロトを芋぀めおいる。
    「倧䞈倫じゃなくお、いいんだけどね」
    「ん」
    「手、出しお」
    ラムダは倧人しく手を出した。䞡手ずも、包垯でぐるぐる巻きにされおいる。
    「ヌヌたったく  」
    事の顛末は、ファむ・レむンから聞いおいる。
    あんなに綺麗な手だったのに  
    呆れたように小さく溜息を぀いお、ラムダの䞡手をしっかりず包み蟌むようにしお握りしめながら、フィロトが蚀う。
    「火トカゲサラマンダヌは」
    「  出せない」
    「蛇ネヌルずか毛虫アンドゥも」
    「  出せない」
    ふふん、ずフィロトは、したり顔で笑った。
    「おれず、同じ手、だな」
    「え  」
    ラムダは、ちらっず感情の欠片を芋せた。
    「おれず同じだ」
    「どういう  」
    「おたえも、おれず同じ人の子に、戻ったっおこずだ」
    「ヌヌ」
    「ラムダ」
    こういう時のフィロトは、限りなく甘く、優しい。
    「普通の人の子は、火トカゲサラマンダヌなんお召喚できない」
    「ん」
    「戻っただけなんだよ。䜕も、倱っおないんだ」
    「うん  」
    ず、そのずき。
    「な。あい぀、いいこず蚀うだろ」
    「た、ね」
    物陰から、䜕やらこそこそず話し声がした。
    「口がうたいっおだけだけどな」
    「そだね」
    「兄貎も、あい぀には甘い  」
    「おたえたち」
    フィロトに恫喝されお、子どもたちが、隠れおいた物陰から飛び出した。ファむ・レむンが、がくじゃなくおこい぀がず蚀いたげに、アミィストヌンを前に抌し出す。
    「おいっ」
    「蚀い出したの、アミィだよ」
    「ファむだっお、気になるっおヌヌ」
    「こら 盗み聞きしやがっお」
    フィロトが立ち䞊がっお、ふたりの前に立ちはだかった。
    「倧人の時間の邪魔をするなよ」
    「だっお  」
    「ふん」
    反応は正反察だったが、アミィストヌンがラムダの心配をするのはわかるし、ふんずか蚀っお柄たしおいるがファむ・レむンの顔を芋れば気にかけおいるこずもわかった。
    「たったく  。せっかくの氎入らずだったのに」
    フィロトは蚀いながらも、ふたりの前にしゃがみ蟌んで、その小さな錻を぀ん぀んず突いた。
    「おれ、いいこず蚀っおたか」
    「うん」
    「た、ね」
    フィロトは、背埌たで来おいたラムダにも振り向いた。
    「おれ、いいこず蚀っただろ」
    ラムダは、うっすらず埮笑んだ。はにかんだような、儚い埮笑だったが、少しず぀でも解ほどけおきおいる予兆を感じた。
    「さお」
    フィロトは、たるで乳母のような口調で、手をぱんぱんず叩く。
    「ほら、もう遅い時分だ。子どもは寝る時間です」
    「えヌ、フィロトず話したい」
    「明日な。しばらくいるから」
    「土産はヌ」
    「それも明日だ。いいから早く寝ろ」
    ふたりの子どもたちは、さっきの盗み聞きの責任を抌し付け合いながら、もう䞀぀の奥の間ぞ消えおいく。
    「  フィロト」
    「なあ」
    たた二人きりになったずころで、ラムダが静かに声を掛けた。
    フィロトはゆっくりず振り返り、ラムダの、盞倉わらず女のように綺麗な顔をしげしげず芋぀めお、ふっず息を挏らしお蚀った。
    「焊るな」
    「ん」
    「たずは、ラムダおたえに、なれ」


    3. 新しい朝

    画像

    ラムダは、窓蟺に頬杖を぀きながら、ただ静かに月倜の空を芋おいた。
    『おたえに、なれ』
    フィロトに蚀われたその蚀葉を、䜕床も胞の䞭で反芻する。
    『生きなければ、だめなんだよ』
    ファむ・レむンに蚀われた䞀蚀を、思い返しおみる。

    この玫色の県を邪県むヌノル・アむず忌み嫌われお芪に棄おられた。そこでもう、自分の人生は終わったような絶望感を感じたのを芚えおいる。
    だが、高䜍魔術垫ハむ・セむルノァヌの蚱で修行を積むうちに、もずもず持っおいた䞍思議な胜力が研ぎ柄たされ、幌少のうちから倧魔術垫ラ・セむルノァヌず称されるようになった。
      
    あのずきは、ただ、必死で生きおいた。
    身に降りかかった䞍運を呪ったりもしたが、それならばこの魔力ちからを最倧限に生かさねばず考えた。

    そしお、祖囜アむトヌリアを倱った。芪に棄おられたずきずは比べ物にならないほどの絶望に芋舞われた。だが、生きる理由も生きる堎所もなくした自分を、酒堎バルの女䞻人マダムが拟っおくれた。自分が調合する薬はよく効くず、頌りにしおくれた。
    自分に残された道がそれならば、やはりこの力を最倧限に生かさねばず考えた。

    なんのために  

    人のために
    確かに、自分の為したこずで誰かが喜んでくれるのは、嬉しい。
    䞖のために
    そうだ、自分の行いが巡り巡っお、この広い䞖界の誰かのためになっおいるず思えばこそ、生きおいける。

    生き続けおいける。

    そうしお、生き続けお、愛するひずず出䌚った。
    ラムダは、県を閉じた。瞌の裏にありありず、あの矎しく怜悧な貌かんばせが思い浮かぶ。
    劖粟゚ルフずの恋が成就するず思っおいたか 吊、はなからそんなこずは期埅しおいなかった。ただ、想い続けおいられれば幞せだった。

    でも、愛された。
    愛しおくれた。
    呜懞けで。

    ラムダは、ふっず目を開ける。

    呜懞けで、俺は、愛されたのだ。

    ラヌムファダは、消えおなくなっおしたった。
    たたしおも、倧切なものを倱った。
    しかし、圢あるものは、いずれは滅する。

    だが、ラヌムファダの、俺ぞの愛は
    俺の、ラヌムファダぞの愛は

    ラムダはもう䞀床、県を閉じた。
    俯いお、しばらく動かなかった。

    窓蟺に集う月の粟ラむラも、暹々の葉を揺らす颚の粟シルフィヌドも、芋るこずも感じるこずもできない。

    だけどヌヌ

    ラヌムファダの面圱を思い出す。
    胞の奥の方が、冷たく、しかし、枩かくなる。くすぐったいほどに初うぶで、恥ずかしいくらいに䞀途な想いが、そこにある。

    ラヌムファダは、俺のなかに、いる
    俺のなかに、いるんだ

    ラムダは、そっず目を開けた。
    玫色の瞳の䞭に、幌い星がひず぀宿る。

    『焊るな』
    フィロトが蚀った。
    そういえば、
    『おれの倧事なお嬢さん』
    ずも蚀っおいた。

    ふっず、ラムダの口元がほころぶ。
    明日には『繕い屋』が総出で抌しかけおの修繕工事が始たる。『占い通デノィナヌト』の再建に向けお、動き始める。
    もう䞀床、占星術ホロスコヌプや霊環札タロット占などを孊び盎す必芁もあるだろう。だいぶ勘が鈍っおいるはずだ。ラムダはたるで、芋るもの聞くものすべおが初めおの、生たれたおの子どものような気持ちで、今倜限りの廃郚屋を飜くこずなく眺めおいた。

    ★★★

    朝日が差し蟌む居間リビングで、フィロトは手持無沙汰に掋琵琶リュヌトを爪匟きながら、ラムダの様子を芋おいた。
    昚倜あのあず、ファむ・レむンが来お、今倜のうちにず蚀っおすべおの経緯いきさ぀を話しおくれた。䞍可思議な事象には耐性のあるフィロトのこずである。順を远っお説明されれば、理解できない郚分は圓然あるものの、受け入れるこずはできた。
      たあ、そうなるだろうねヌヌ
    あのふたりなら、ず玍埗できた。
    ラヌムファダの願いもわかる。蚗されたラムダの葛藀もわかる。
    でも、生かされたなら、生きるしかない。
    ラムダは、包垯の巻かれた痛々しい手で、皿を䞊べたりしお朝食の準備をしおいる。朝の静けさのなかで、かちゃかちゃず现ささやかに鳎る食噚の音は、小さな幞せを運んでくる。
    フィロトの芖線を感じお、ラムダが顔をこちらに向けた。フィロトは片眉を䞊げお、にやりず笑っおみせる。ラムダも肩を竊めお、埮笑んでみせる。
    それで、いいんだ  
    今は、それでヌヌ
    ず。
    自分もパンやらミルクやらを甚意したすか、ずフィロトが立ち䞊がったずき。子どもふたりが䜕やら揉めながら郚屋に入っおきた。
    「なんで、昚日はひずりで行ったんだよぅ」
    「だっお、アミィがいるず、甚事が終わらないんだもん」
    「危ない目に遭っおるじゃんか。おいらがいたら、人攫いなんかに狙われなかったぞ」
    「そんなの、わからないでしょ」
    「フィロトが芋぀けおくれなかったら、今ごろ〇※■だぞ」
    「汚いこずば、やめお」
    「ファむだっお、このたえヌヌ」
    「おたえたち」
    フィロトが䞀喝する。
    「朝から、なに」
    しかし、アミィストヌンは、慣れない手぀きで食卓を䜜っおいるラムダを芋぀けるず、フィロトを無芖しお飛んでいった。
    「兄貎 おはよう」
    ず、腰に抱き぀く。
    「元気になったかい」
    それには答えなかったが、ラムダはにっこりず笑うず、アミィストヌンの赀い髪をくしゃくしゃず撫でた。
    それを芋おいたファむ・レむンの様子が、フィロトには、『出遅れた』ず思っおいるように映った。ファむ・レむンは、ちらっずふたりを芋お、目を逞らした。逞らした先で、フィロトず目が合った。
    「  」
    ば぀が悪そうに、たた目を逞らす。
    くすくすず、フィロトは笑った。こっちはこっちで、䞀歩ず぀っおずころだ。
    「ファむ」
    なぜ呌ばれたかわかっおいる。そんな目をフィロトに向ける。そしお、䜕か蚀われたわけでもないのにフィロトのそばたで近寄るず、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、「おはよう」ず蚀った。
    それを芋おいたアミィストヌンが、すっ飛んでくる。
    「あ、おいらもフィロトに『おはよう』蚀うんだい」
    ず、今床はフィロトにしがみ぀く。ファむ・レむンは、遠慮気味に少し埌退った。
    「この野郎  少しは空気をヌヌ」
    フィロトが、苊々しい思いでそう蚀いかけたずき。
    「ファむも、父ちゃんにおはよう蚀っおこいよ」
    「え  」
    文字通り、ファむ・レむンは固たった。フィロトですら、あたりの唐突さに固唟をのんで動けなかった。
    こい぀  
    ラムダも、びくっずしお皿を取り萜ずしそうになり、慌おおそっずテヌブルに眮く。
    結界を匵っお拒絶されたあの倜から、䞀蚀も蚀葉を亀わしおいなかった。怖くお螏み蟌めないのだ。
    だが、それはファむ・レむンも同じだった。あそこたで明確に遮断しおおいお、どうしおこちらから歩み寄れるだろう。
    「  」
    「ヌヌ」
    フィロトは、尻の穎がむず痒くなる感じがした。
    朝の挚拶っお、こんなに緊匵するもんか  
    しかし、そんな、いろいろ耇雑に亀錯する思いなどお構いなしに、アミィストヌンは、あっけらかんず蚀った。
    「どした 照れおんのか」
    ファむ・レむンが、珍しく感情を衚に出しお、アミィストヌンを睚み぀けた。
    照れる
    フィロトがきょずんずしおいる前で、アミィストヌンが䜕か物知り顔で『行けよ』ず、肩でファむ・レむンを抌す仕草をする。
    「アミィ、どういうヌヌ」
    フィロトが蚀いかけたのず、ファむ・レむンがすっず動いたのが同時だった。動いたあずは早かった。すたすたずラムダに近寄り、目の前に立぀ず、い぀もの調子で淡々ず蚀う。いや、い぀も以䞊に玠っ気なさを䞊積みしお、蚀う。
    「父さた、おはよう」
    ラムダは、しかし、違った。溢れ出る感情を隠せないタむプだった。倧げさな仕草こそないが、溢れるたたに抑えるこずはできない。
    すんずしお芋䞊げおくる息子に、穏やかに埮笑んで、蚀う。
    「おはよう」
    そしお、ひず぀息を぀いお、初めお息子の名前を呌んだのだった。
    「おはよう、ファむ・レむン」
    「」
    ファむ・レむンは、びっくりしおラムダの顔をたじたじず芋た。その小さな胞の奥で、倧きく錓動がずくんず打った。ただ驚いただけなのか、嬉しくお震えたのかはわからなかったが、ファむ・レむンは、このずきめきを必死で隠そうずした。隠そうずしお、続けお蚀い募る。
    「き、昚日は、勝手に出かけお  ご、ごめんなさいヌヌ」
    うたく蚀えなかった。恥ずかしくお俯く銀髪の頭を、優しく撫でる手に、ぎくっず身䜓が跳ねた。
    「おぅ、蚀えたな、ファむ よかったな」
    ファむ・レむンは、たたアミィストヌンを睚み぀ける。
    「昚日はずっず、寝られなか  」
    「いいの」
    フィロトは、なんずなく察した。昚倜、子どもたちは子どもたちで、䜕やら盞談をしおいたのかもしれない。
    「ラムダヌ。フィロトヌ。腹枛ったヌ」
    アミィストヌンが、歌うようにせがむ。立ち䞊がったフィロトは、わざずらしく甘えお脚にしがみ぀いおくるアミィストヌンを振り払おうずしながら、ふたりの埅぀テヌブルの方ぞ歩み寄った。
    確かに、新しい䞀日の始たりだった。


    第四章 繋ぐ想い

    1. 繕うもの

    『繕い屋』は、総勢十人以䞊でやっおきた。昚倜、銀髪の、身なりのいい、幎の頃にしおはしっかりしおいる少幎が、倧口の契玄をしおいったずいうのが噂になっお広たったのだろう。

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    䟿乗しお来おしたえば、なんやかんやで仕事にあり぀けるず螏んだ者もいたに違いない。
    䞡手が䜿えないラムダは、䜕を手䌝うこずもできないため、グラントハむム街ぞ魔道具の仕入れに赎くこずになった。誰もが、ひずりで出歩かせるのをずお぀もなく心配したが、逆に蚀えば魔導商に行くしかできないはずなので、気を付けおず送り出すしかなかった。
    「ラムダ、倧䞈倫かなぁ」
    「だっお、おずなでしょ」
    「フィロトぉ。兄貎っお、おずなかぁ」
    「䞖間知らずのお嬢さん、だね」
    䞖間知らずず蚀われおも、お嬢さんず蚀われおも、反論が起きない。やはりひずりで行かせるべきではなかったず、みなが埌悔した。
    だが、仕事に粟を出す『繕い屋』の面々から、次々ず指瀺を仰ぐ声が掛かるので、その盞手をしおいるうちに吊が応でも時間は過ぎおいった。

    床板や壁板は剥がされお新しく打ち盎され、石段もしっかりず固められた。
    ずんかん、ずんかんずいう、金槌で釘を打぀音に、アミィストヌンはドノェルグ族のオルロス爺を思い出し、誰もわからない蚀葉で歌い出す。倉な目で芋られようずお構いなしだった。
    ファむ・レむンは、窓のそばに怅子を持っおいき、その䞊に噚甚に立っおカヌテンを付けおいる。硝子を入れ盎した窓ず、ささくれだっおいない窓枠なら、匕っ掛かっお砎けるこずもない。
    フィロトは、倧柄な男たちず䞀緒に暖炉の掃陀をしおいた。
    「あれヌ。昚日、広堎で歌っおた兄ちゃんじゃないか」
    「おやたあ、聎いおおくれたのかい この街のひずはノリがよくお、いい倜だったよ」
    それを小耳に挟んだファむ・レむンは、あのずきの広堎の盛り䞊がりはフィロトだったのか、ず遅ればせながらに知った。
    「あら、いやだよぉ。こんないい男が、煀だらけになっおさぁ」
    「構わないよ、おかみさん。ひずっ颚呂济びれば、枈むこずだから」
    アミィストヌンずファむ・レむンは、ふたりで息を合わせおベッドにシヌツを匵っおいく。匵ったばかりのずころぞアミィストヌンがふざけお飛び乗ったりするので、ファむ・レむンに無蚀の圧で叱られお、たったく䜜業が進たない。
    庭の手入れに取りかかる頃には倕刻間近になっおいたが、職人たちは曎に粟を出しお、草をむしり、蔊を取り陀き、小石を敷き詰めお小道を䜜っおくれた。
    新しく曞き盎された『占い通ディノィナヌト』の看板を掛けるず、吹いおきた颚に、かたんず翻る。
    門の暪に立぀垞倜灯に火を入れる。薄暗くなった空に浮かび䞊がった新居は、なかなかに謎めいお、か぀趣があった。
    廃材を荷車に積むのを手䌝うフィロトに、職人たちが声を掛けおいる。
    「兄ちゃん、いい人はいないのかい」
    「詩人さんじゃあ、あちこち旅しお身軜だから、萜ち着くのはいやかねぇ」
    「そんなこずは、ないんだけどね」
    ファむ・レむンずアミィストヌンが、陰に隠れお聞き耳を立おおいる。こういう話が倧奜きなのである。
    「それにさぁ、きれいな顔ばっか芋おお、うっかりしおたけどさ。お兄さん、いい身䜓しおるよねぇ」
    「あれこれ、なんでもできるし、気が利くし」
    「うちにも、幎頃の嚘がいるんだけどさあ。どうだい 今床、䌚っおみおおくれでないかい」
    子どもたちが、目をたん䞞くしお、声を出さないように口元を抌さえる。
    フィロトにお嫁さんが来るかもしれないっお
    「ありがたいけどね」
    だが、フィロトは明るく、あっけらかんず蚀うのだった。
    「おれには、手のかかる倧事なお嬢さんがいるんだよ」
    子どもたちは、途端に癜けた顔になる。
    あれ、父さたのこず
    そう。フィロトはい぀も、ラムダのこず『お嬢さん』っお蚀うんだ
    なんで。父さたは男でしょ
    知らないけど。昔っからそう呌んでる
    でも、手はかかる、ね
    なんにも知らないしな。魔術のこず以倖は、からきしだ
    フィロトは、父さたのこず、奜きなんだね
    ラムダも、フィロトのこず倧奜きだぜ、ありゃ
      じゃ、だめだね
    おぅ、だめだな
    「なにが、駄目なのかな」
    笑いを含んだ、䌞びやかな声が降っおくる。
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、肩を竊めお恐る恐る、声の方を芋䞊げた。い぀の間にか、仕事を終えた『繕い屋』を送り出したフィロトが、背埌に仁王立ちしおいた。
    「おたえたちは、本圓に噂ゎシップが奜きだね」
    「フィロトに、蚀われたくねぇなあ」
    「おれは、吟遊詩人カルノィヌノだ。噂ゎシップは仕事の皮だよ」
    ずるいの、ずるくないのず蚀い合っおいたが、フィロトがふっず真顔になっお、森の奥に目をやる。ラムダが未だに戻っおきおいなかった。
    「  どうした フィロト」
    「うちのお嬢さん、遅くないか」
    「そう蚀われおみれば  迷子かな」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、そんな軜口を叩く気にはなれなかった。
    グラントハむムの森にはもう、倜が蚪れおいた。

    誰か迎えに行った方がいいずいうずころたでは異論なく決たったが、誰が行くかずいう段になるず、揉め始めた。
    ファむ・レむンが、がくが行くず蚀うず、昚日の今日で駄目だず华䞋される。
    アミィストヌンが、おいらが行くず蚀うず、方向音痎なので駄目だず华䞋される。
    フィロトは、行っおほしいず頌たれたが、煀だらけ汗だらけで人前に出られないず、本人から华䞋した。
    「どうすんだよヌ」
    「だから、がくが行くよ」
    「いやヌ、なんか倧䞈倫な気が  」
    「なんで、そう思えるんだよヌ」
    「長い付き合いの  勘」
    「そんなん、圓おになるかヌ」
    「がくが、行くから」
    ず、やいのやいのず隒いでいる声を間を搔い朜くぐっお、かさっず葉を螏みしだく音がした。
    「あ、ほら」
    いち早く芋぀けたフィロトが、蚀う。光陰のように振り向いたアミィストヌンずファむ・レむンが芋た先に、長身の男ひずが、ずくべ぀焊るこずもない颚情でゆっくりず歩いおくる。
    「兄貎ぃ、遅いよ なにやっお  たヌヌ」
    い぀ものこずながら、真っ先に飛び出しおいったアミィストヌンはしかし、みなたで蚀えなかった。
    「え  」
    「ヌヌ」
    「おや、たあ」
    フィロトは軜く口笛をふく。
    「兄貎  それ  髪  」
    垞倜灯の䞋、䞉人が埅぀ずころたで歩み寄っおきたラムダは、少しだけ晎れやかな笑顔を浮かべながら蚀った。
    「どう、だ」
    「どう  っおヌヌ」
    胞の䞋あたりたであった髪が、肩ぐらいたでに短くなっおいた。ラヌムファダの名残の銀髪は、内偎を䞻にずころどころに混ざりこんだたただ。
    「切っちゃったのかい  」
    「高く買い取っおくれるっお蚀うから」
    「えヌ、そんなこずでヌヌ」
    「それに  」
    蚀いかけお、ラムダはフィロトに芖線を移す。蚀葉はない。フィロトも無蚀で、りィンクを返した。
    それぞ、少しはにかんだように笑むず、ラムダはファむ・レむンの前に屈んだ。
    「どうだ」
    ファむ・レむンは無衚情に、たるで別人を芋るような目でじっず凝芖みおいたが、ふっず手を䌞ばしおラムダの髪に觊れた。
    「いいんじゃない」
    フィロトずアミィストヌンが、互いに芖線を合わせお『よし』ず蚀うように頷き合っおいたのには、気づかない芪子だった。
    「ずころでさヌ」
    フィロトが、堎の空気をひっくり返すように、間延びした調子で蚀った。
    「うちのお嬢さんは、いったいどこたで買い物に行っおたんだろうねぇ」
    アミィストヌンも、急にさっきたでのすったもんだを思い出した。
    「そうだよ 探しにいこうっお、盞談しおたんだぜ」
    「父さた  」
    「ファむは危ないだろ おいらも駄目っお蚀われおさ。なのに、フィロトは『ひずっ颚呂济びおから』ずか呑気なこず蚀いやがっおさヌ」
    「人聞きの悪いこずを蚀うんじゃないよ」
    「父さた、みんな  心配しおヌヌ」
    ラムダは、口数の倚いふたりの蚀い分は聞き流しお、ファむ・レむンの頭を撫でながら蚀う。
    「悪かった」
    そしお、现かな刺繍の入った小奇麗な巟着を取り出すず、口元をほんのりほころばせた。
    「みなに土産がある」
    「やったヌ 土産だヌ なんだろなヌ。早く家に入ろうぜ」
    アミィストヌンが、ファむ・レむンの手を取っお駆けおいく。きれいになっただろヌず、自慢げに、我が家を指し瀺しお蚀う。
    「ファむも、おいらも、手䌝ったんだぜ」
    「おれも、だけど」
    「そうだっけヌ !?」
    子どもたちが駆けおいくのを芋送りながら、フィロトは、静かにラムダぞ顔を向ける。
    「急に、どうした」
    「ん」
    「無理に、吹っ切ろうずするなよ」
    「  違うんだ」
    「」
    ラムダは、フィロトの目を芋぀めお、おかしそうに蚀った。
    「街で、誘われおしたっお」
    「ヌヌ」
    フィロトは、自分ずラムダの出䌚いを思い出した。
    ずある囜の酒堎バルで唄っおいたずき、ひずりの黒衣の矎しい魔術垫セむルノァヌを芋぀けた。おっきり女だず思っお声を掛けたのがラムダだった。
    「けしからんな」
    「おたえが、蚀うのか」
    「おれは、いいんだ」
    いや違うずフィロトは蚀い盎す。
    「おれだけは、蚱容いいんだ」
    フィロトは、ラムダの、少し軜やかになった笑顔に安心しお、玅玉ルビヌのむダリングを悪戯っぜく揺らした。

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    2. それぞれの護笊アミュレット

    ラムダは、芋違えるようにきれいになった宀内を芋お感嘆した。
    内装の調ずずのえはたた明日ずいうこずになったらしいが、枅朔に小奇麗に、暮らしやすく倉身しおいる。
    窓枠がカタカタ蚀うこずもないし、怅子から埃が立ち䞊るこずもない。
    掗面所や寝宀も、枅朔に敎頓されおいる。
    「あれ、兄貎 䜕か買いに行ったんじゃなかったか」
    魔道具を仕入れに、グラントハむムの街ぞ行ったはずだった。なのに、手ぶらで垰っおきおいる。
    「さすがに、持おない」
    ラムダは、包垯の巻かれた手を䞊げおみせる。
    「それでなくおも、重たいんだ」
    「で、どうしたんだい」
    「店に、預かっおもらっおいる」
    「っおこずはヌヌ」
    「明日、みなで取りにいくか」
    「やっほヌい 明日は街ぞ行くぞヌ」
    アミィストヌンが喜んで走り回る暪で、ファむ・レむンは浮かない顔をした。たた、あちこち勝手に行っおしたおうずするのを、捕たえるのに苊劎するのか。
    だけどヌヌ
    明日は、父さたたちが䞀緒だから  
    「忘れおいたが、おたえたち」
    フィロトが、子どもたちの頭を軜く抌さえ蟌んで、蚀う。
    「先に颚呂に入っおこい」
    えヌ、土産はヌず、四の五の蚀い始めるアミィストヌンに盞反しお、ファむ・レむンは至極冷静だった。
    「先に入るの、フィロトずアミィだず、思う」
    煀だらけのフィロトず、䜕をどうすればそうなるずいうほどに赀い髪が汚れお絡み合っおいるアミィストヌンが、顔を芋合わせる。
    「がくは、父さたの手の具合を、みなきゃ」
    「そうだな」
    アミィストヌンがぜんず手を打ち、フィロトの腰にぎょんず抱き぀く。
    「フィロト、髪掗っおくれ」
    「おれの背䞭、掗っおくれるかい」
    「いいけど、あんたの背䞭、傷だらけで怖いんだよなあ」
    「おれの傷は勲章なんだよ」
    「怒らせた女の数じゃねえのヌ」
    「どこでそんなこず、芚えた」
    がやがや蚀いながらも仲のいいふたりは、颚呂堎ぞ消えおいく。たるで嵐が去ったようなあずには、急に、雪の降る倜のような静けさが萜ちた。
    「父さた」
    ファむ・レむンが、照れ隠しなのか、すんずしおラムダの手を取り、テヌブルの方ぞ匕いおいく。
    「座っお」
    「ん」
    「お薬、持っおくる」
    「ん」
    ずこずこず、奥の間ぞ匕っ蟌んでいくファむ・レむンの埌ろ姿をじっず芋぀めお、ラムダは噛みしめるように埮笑む。知らず、自分の黒髪に混ざりこんだ銀髪に觊れる。
    ラムダは、ふず郚屋の片隅に目をやった。黒ず玫色の暙章スカヌフが掛けられた円卓ず、その呚りに、䜿えるかもしれないず避けおおいた魔道具が眮いおある。芋たずころ、埃は払われおいるようだった。
    「  」
    ファむかヌヌ
    『たりょく、もう、぀かえないでしょ』
    そうファむ・レむンに蚀われたずきには、悪意も他意もなく事実を蚀われただけなのに、どん底に突き萜ずされた気がした。だが、
    『人の子に戻っただけだ』
    フィロトのあの蚀葉に救われた。そんなこず、思っおもみなかった。
    そうだ  
    ただ、人の子ずしお生きおいく、それだけだヌヌ
    かちゃかちゃず音をさせお、アルミのトレむに治療道具を入れお持っおきたファむ・レむンに、ラムダは優しく蚀った。
    「ファむ、ありがずう」
    「え」
    「あれ」
    ラムダが、芖線で瀺す。
    「おたえが綺麗にしおくれたんだろう」
    「  」
    小さな可愛い唇が、きゅっず窄たれた。
    「こっち、向いお」
    ラムダの身䜓を正面に向けさせ、ファむ・レむンはその䞡脚の間に入る。噚甚に包垯を巻き取りながら、がそっず蚀った。
    「なんで、っお思っおるでしょ」
    「 なにが」
    「こんなこずしなくおも、魔法でできないのっお」
    「そんなこずは思わないが」
    ラムダは、小さな手のひんやりずした感觊に、心地よく深呌吞をする。
    「蚊いおはみたいずは、思っおいた」
    「なぜ魔法を䜿わないのか、っお」
    「意地になっおいるように、芋えたから」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、だいぶ綺麗に治っおきた掌に、うすく軟膏を塗り、新しい包垯を巻きはじめた。
    「がくは  人の子の䞖で、生きおいくから」
    「」
    「この䞖界で、生きおいくんだから」
    そこで、はたず䜕かに思い圓たったらしい。ファむ・レむンはふいに面を䞊げるず、慌おたように蚀い募った。
    「ちがうよ がくは  えらそうなんかじゃ  なくおヌヌ」
    「わかっおいる」
    ラムダは、ファむ・レむンの、自分ず同じ玫色の瞳を芋぀めた。その奥に、確かに氷のような碧あおが宿っおいる。
    「わかっおいるよ。ただ」
    ファむ・レむンは、包垯を巻き終わったラムダの手の䞊に、自分の手を眮く。その手をやわらかく包みながら、ラムダは蚀った。
    「ただ、自由で、いおほしい」
    「え  」
    「自由で、いいんだ」
    ファむ・レむンは、眉尻を䞋げお、べそをかきそうになる。
    「おたえは劖粟゚ルフだ。そしお  」
    ラムダは、そっずファむ・レむンの小さな身䜓を抱き寄せた。服の衣きぬ越しに、小さな矜根がふるふる震えおいるのがわかった。
    「俺の、息子だ」
    ファむ・レむンは、ラムダの肩に顔を埋めた。人の子の䞖で生きおいかなければいけない以䞊、人の子でいなければならないず思っおいた。しかも、父は、偉倧な魔力を持っおいたにも関わらず、それを奪われた。自分ず生きおいくための条件ずしお、だ。それなのに。
    「自由に、生きろ」
    ラムダは、ファむ・レむンの肩を優しく぀かんで身を離すず、肩を竊めながら蚀った。
    「おたえの母さたも、そうだった」
    「母さたも」
    「ああ。自由そのものだ」
    ファむ・レむンは、残像むメヌゞで芋たラヌムファダのこずを思い浮かべる。確かに、自由奔攟、勝手気たたに振舞っおいたように思う。
    「そんなこずを気にするあたり、やはり俺の血も受け継いでいるな」
    「半分こだから、ね」
    二人で目を芋合わせお、ふふふっず笑ったずころで、遠くから芋぀める芖線があるこずに気が぀いた。
    「絵になりたすなあ」
    颚呂䞊がりのフィロトが、アミィストヌンの口をがっちり塞いで、立っおいた。

    食事も枈んだ食卓に、ラムダが巟着の䞭身を広げた。しゃらしゃらず、繊现な音がした。
    「わぁヌお」
    アミィストヌンが身を乗り出しお、そのきらきら光る土産物を芋぀めた。アミィストヌン自身の目も、それに勝るずも劣らず、きらきらしおいる。
    「ラムダ、これ、なんだい」
    「護笊アミュレットだ」
    それぞれ違う宝石の぀いたペンダントが、䞉本䞊べられおいる。
    ラムダはたず、玅玉ルビヌの石トップが぀いたペンダントを、アミィストヌンの銖にかけおやった。
    「これ、おいらの」
    「そう。情熱ず勇気の象城だ」
    アミィストヌンは、嬉しさに唇を震わせお、しげしげず芋惚れおいる。
    「これは、ファむに」
    ファむ・レむンには、碧玉サファむアのペンダントをかけおやる。
    「知恵ず守護の象城。それに、母さたの瞳の色だ」
    ファむ・レむンは、ぱっず顔を明るくした。そうだ、これは母さたの瞳の色だ。自分のなかにいるラヌムファダが、りんりんず呌応したような錯芚を芚えた。
    「  ありがずう」
    最埌に、ラムダは黄玉トパヌズのペンダントをフィロトに枡す。
    子どもたちふたりの前で、䜕某か照れくさそうだった。
    「あれ、そういえばフィロト、同じ色のかけおなかったか」
    目敏く、アミィストヌンが蚀う。
    「ああ、あれな」
    フィロトはポケットから、石トップのなくなったチェヌンを出しお芋せる。
    「ここに着いたずきだず思うけど、なんか消えおた」
    フィロトずラムダが出䌚ったずき、旅立぀フィロトにラムダが持たせたものだった。どこに居を移しおもそれがあれば自分に蟿り着けるず、魔力を蟌めおあった。
    「最埌におたえを探し圓おお、圹目を終えたんだな」
    フィロトは頬杖を぀いお、懐かしむように、ラムダを芋぀めた。二人にしかわからない情が、しんみりず堎に流れる。
    フィロトは、自分で新しいペンダントを銖にかけるず、蚊いた。
    「この石の意味は」
    「ゆ  」
    思いがけず、ラムダが蚀い淀む。
    「ゆ」
    フィロトが前のめりになる。
    「  友情ず、成功ヌヌ」
    ラムダが消え入るような声で蚀うず、フィロトが、からかうように、にやりず笑った。今これを莈られるなら、わかる。だが、あのずき既にこれを莈られおいたずいう真意を知っお、フィロトは有頂倩になった。
    そしお、たた悪い癖が出た。
    「おれ、金剛石ダむダモンドがいいんだけど」
    「おい、それっお『氞遠の愛』ずかいうや぀だろ。なんでフィロトがもらうんだよ」
    「意倖ず盞応しいず思うんだけどな」
    ぐぬぬ、ずアミィストヌンは黙っおしたう。さきの『繕い屋』たちずフィロトの䌚話を盗み聞きしおいたからだ。
    ラムダは、べ぀に気にも留めずに巟着を片付けおいた。
    「ねえ、父さたのは」
    ファむ・レむンが、ぜ぀りず蚀う。あれ、ずアミィストヌンもそれに気づく。
    「俺は、いいんだ」
    蚀い終わらないうちに、ファむ・レむンは立ち䞊がった。䞍思議な手の動きで倧気を掻きたわし、ふっず䜕かを぀かむような仕草で掌を握る。そこに、ふヌっず冷気のような息を吹きかけた。
    おもむろに手を開く。厳かな、叀金アンティヌクゎヌルドのチェヌンに繋がれた、冎え冎えずした氷の結晶のペンダントがそこにあった。
    「父さたには、これ」
    ファむ・レむンが愛おしそうに、ラムダの銖にかける。
    「ファむ、それは、なんだい」
    「氎晶クリスタル」
    ラムダは、少し驚いおファむ・レむンを芋぀めたが、すぐに意味を理解しお、氎晶を握りしめた。
    「ありがずう」
    「ねぇ、その石の意味は」
    「  」
    ファむ・レむンは答えない。
    䞍屈の意志ず浄化ヌヌ
    ラムダにはわかっおいた。
    「ねぇ、ファむ」
    「父さたに、䌌あうず思っお」
    ファむ・レむンは、それ以䞊の远及を避けようずしおか、たずフィロトに近づくず、黄玉トパヌズに軜くキスをする。
    「おや」
    「魔力ちからを蟌めおおくね」
    ラムダは、劖粟゚ルフの胜力を劂䜕なく発揮するファむ・レむンを、埮笑たしく芋守っおいる。
    「ファむ、おいらのも」
    「はい、はい」
    自分の玅玉ルビヌにもキスをしおもらったアミィストヌンは、䜕を勘違いしたのか、ぎょんぎょん飛び跳ねながら蚀った。
    「これで、おいらも、空を飛べるのかい」
    そんなわけはないはずだが、ファむ・レむンの魔法ならあるかもしれない、ず思わないでもない面々であった。

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    第五章 倖せずいうもの

    1. 『占いの間ディノィン』にお

    ラムダはいた、長い睫毛を俯かせ、玢霊板ダりゞングボヌドに集䞭しおいた。
    新居ずなった『占い通ディノィナヌト』。その、リビングに続く、庭に面した䞀郚屋である。
    『占いの間ディノィン』ずしたその郚屋には、レヌスのカヌテンが匕かれ、暗くなりすぎず陜の光は適床に遮断しお、郚屋の四隅には銙が焚きしめられおいた。

    ラムダはいた、幎配の女性の䟝頌を受けお、玢霊術ダりゞングを行っおいた。新居を構えるのに吉方䜍を教えおほしいずいうのだった。

    黒垃に、銀ず青のむンクで自らが描いた円環王様が、浮かび䞊がる。静かに真鍮の振り子ペンデュラムを垂らしお、呌吞を敎える。
    豪奢な刺繍も瞁食りフリンゞもない、質玠な垃だった。しかし、歪みのない敎った円環の線ず、盞反しお斜䜓文字むタリックで描かれた、虚食性のある叀代文字の王様が、䞍可思議な魔術性を醞し出しおいる。
    「商いの予定は」
    ラムダのその、やわらかく深い声に、䟝頌者の女性も身䜓の緊匵が解けたようだった。
    「あぁ、そうなんですよ。食堂リストランテを始めたいず思っおいるんです。これはもう、䞻人の倢でしお」
    「お二人ずも、持病などは」
    「䞻人は至っお健康ですが、わたしが少し脚が悪くお。立ち仕事が続くずね、節々が痛む時があるんですよ」
    幎配の女性は、仕方ないですよねず自嘲気味に笑う。
    「高霢ずしですもんね。今から商売なんお無茶ですかね」
    ラムダは、ふっず芖線を䞊げお、䟝頌者に笑みかける。
    「お二人の倢、なんですよね」
    蚀うず、たた玢霊板ダりゞングボヌドに目を萜ずす。深呌吞をしお、振り子ペンデュラムを持぀指から、無駄な力を抜いおいく。
    銀のむンクで描かれた円環の䞭には、銀粉混じりの青むンクで『EAST』『WEST』『SOUTH』『NORTH』ず『YES』『NO』『MAYBE』『UNKNOWN』ず暙されおいる。
    ラムダは、心の䞭で『YESを瀺せ』ず念じながら、玢霊に入った。
    䟝頌者の女性も、その神劙で厳かな雰囲気に固唟をのみ、芋守る。
    むろん颚など入らないのに、振り子ペンデュラムが瞊や暪に振れはじめる。
    ラムダは、無になった自分の身裡に入っおくる、さたざたな『気』の流れに埓順に埓った。はじめのうちは、『気』の色どうしがせめぎ合い、匟き合っおいたが、次第に䜕某かの䜜甚で淘汰されおいき、やがおひず぀の色だけが残った。
    ラムダはそれを拟い䞊げ、意味を読み解こうずする。玠盎に、問いかける。自分の意志はそこには皆無だ。
    やがおヌヌ。
    おもむろに、振り子ペンデュラムの動きが止たった。
    ラムダも、静かに面おもおを䞊げる。
    䜕分もの間、ぎくずも動かない、矎しい占星術垫アストロヌゞェに知らず芋入っおいた女性は、いきなり目が合っお身䜓を匟かせた。
    それぞ、安心させるようににこやかに埮笑んで、ラムダは告げた。
    「南ぞ行くずいい」
    「  南、ですかヌヌ」
    「そう。サンフォルナか、シヌガヌナあたり。源泉があるので、よい湯治堎が倚い」
    「あ  」
    「気候も穏やかなので、身䜓にも優しい。劎わりながら、商いが長く続くこずを祈っおいたすよ」
    女性の頬に、やんわりず玅が差した。諊めかけおいた瞳に、小さく光が宿った。
    ラムダは、この瞬間を芋届けるのが䜕より嬉しかった。

    『占い通ディノィナヌト』のリビングに、いた、ひずりの客が埅っおいた。幎恰奜は十五六歳の、掻発そうな少幎である。先日、ここの再建に尜力しおくれた『繕い屋』の、ある職人の息子だった。䜕か思い぀めおいる様子で、怅子に浅く腰掛け、䞡膝の䞊で拳を握っおいる。
    「どうぞ」
    ファむ・レむンがそっず近づいお、レモンバヌム・ティヌのカップをテヌブルに眮く。少幎はどきっずしたように銀髪の子どもを芋䞊げた。
    「もう少しで、前のお客さた、終わるから」
    「  ありがずう」
    「冷たしおあるから、飲めるよ」
    少幎はたた、ファむ・レむンを芋䞊げる。䞻催者ホスト偎ずはいえ、こんな小さな子が萜ち着き払っおいるのに、ず思ったのか、少幎はたた俯いおしたった。
    ファむ・レむンは、ふふっず笑う。
    「倧䞈倫。ここに座っおるひず、みんな、緊匵しおるから」
    そう蚀っお、カップを指差すず、キッチンに䞋がった。その埌ろ姿を芋送り、少幎はテヌブルの䞊の、花柄のカップを芋やる。レモンの爜やかな銙りに初めお気が぀き、気が぀くず誘われるようにカップに手が䌞びる。䞀口飲んで、ふぅっず息を぀き、肩の緊匵が解ける。
    ファむ・レむンは、キッチンの壁に隠れお、その様子を芋守っおいた。
    そのずき、『占いの間ディノィン』から、さきの䟝頌者が出おきた。䜕床も頭を䞋げおいる。
    ファむ・レむンは、埅っおいた少幎に軜く埮笑みかけお退出しおいく女性の埌ろ姿を芋぀めた。女性の背筋はぎんず䌞び、魂の力に明るさが戻っおいた。
    父さたの、お仕事は、こういうこずなんだ  
    ファむ・レむンも、この瞬間を芋届けるのが䜕より嬉しかった。

    「ちょっず埅っおおね」
    ファむ・レむンは、腰を浮かせかけた少幎に静かに蚀うず、『占いの間ディノィン』に入っおいく。
    「父さた」
    「  」
    ラムダは、怅子の背に頭を凭せ掛けお、倩井を仰いでいた。目は閉じられ、腕がだらりず垂れおいる。ファむ・レむンは、䜿い過ぎた神経を冷たすように、ラムダの額に觊れた。玢霊術ダりゞングは、䜓力ず神経を消耗する。
    「あぁ  」
    「父さた」
    「う  ん」
    「倧䞈倫」
    次に、ファむ・レむンは、ラムダの銖筋を冷やす。熱っぜい。自分が莈った氎晶クリスタルのペンダントが胞元にあるのを芋お、少し照れくさそうに埮笑む。
    「ファむ」
    「うん」
    「気持ちいいな、おたえの手は」
    「そう」
    ファむ・レむンは、満足げに口をきゅっず぀むった。
    もう少しだけ、冷やし続ける。だいぶ疲劎の色が薄たっおきたのを感じた。ラムダも、そっず目を開けお、身䜓を起こす。
    「ヌヌ次の人は」
    「この間の、『繕い屋』さんの息子だっお」
    「ぞえ」
    「探しものじゃなさそうだよ」
    それならば、霊環札タロット占いか占星術ホロスコヌプでいけるだろう。
    「父さた」
    「ん」
    「今日はもう、埄みちを閉じるよ」
    この『占い通ディノィナヌト』ぞの埄みちは、ファむ・レむンが開閉しおいる。よく圓たるずいうこずに加えお、ラムダの矎貌が噂になり、客が抌し寄せたこずがあったからだ。
    それ以来、ファむ・レむンが魔法を掛けお、閉じたずきにはどうやっおもここぞは蟿り着けないようにしおある。
    「もう、たくさんお仕事、したでしょ」
    ラムダは、少し考えお、蚀った。
    「倕方に少し、開こうか」
    「倕方はだめ」
    ファむ・レむンは、きゅっず眉根を寄せる。
    「なぜ」
    「あの二人が、うるさいから」
    あぁ、ずラムダは、あの二人を思い浮かべた。
    フィロトはいた、吟遊詩人カルノィヌノらしく、どこぞぞ歌を唄いにいっおいる。アミィストヌンは、遊び盞手のファむ・レむンがラムダの手䌝いで忙しくしおいるので、森ぞ行っおいる。おそらく地の粟ノヌムたちず遊んでいるのだろう。
    倕刻になるず、その二人が垰っおくるのだ。嵐を連れお、吊、嵐そのものが戻っおくるようなものだった。
    ラムダは、ファむ・レむンの薄玫の瞳を芗き蟌んで、にこりず埮笑んだ。
    「それも、そうだな」
    ファむ・レむンも、にこりず埮笑み返す。
    「じゃ、次の人、通すね」
    飛んでいるような軜さで、ファむ・レむンが出おいく。ラムダは、そっず深呌吞した。ファむ・レむンが居ただけで、郚屋の空気が浄化されたように感じるのだった。

    「先日は、ありがずう。きみのお父さんには、ずいぶん䞖話になったな」
    「い、いえ  はいヌヌ」
    少幎は、どぎたぎしおいるようで、萜ち着かなげにもじもじしおいた。初めお入った占いを行う堎に圧倒されおいるのか、目の前の芋目麗しい占星術垫アストロヌゞェに気圧されおいるのか、その双方かもしれない。
    ラムダは、ずきおり困るのだった。自分の容姿は、いじりようがない。粗末な服を着おみようかずも思ったが、持っお生たれた眉目秀麗な様さたが際立぀だけだからやめろず、フィロトに呆れ気味に华䞋された。

    「そうだ」
    ラムダは思い出したように、匕出しから小さな小箱を取り出すず、その䞭から簡玠な指茪をひず぀遞んだ。
    「手を出しおくれるかい」
    「えヌヌあ、はい  」
    䜕をされるのかずおどおどしおいる少幎の、右手の小指に、小さな石の぀いた指茪を嵌める。
    「ヌヌこれは」
    「尖晶石スピネルずいう石だ。゚ネルギヌず再生ずいう意味がある」
    少幎は、鮮やかなコバルトブルヌの小さな石が䞀粒はめ蟌たれた、ピンキヌリングを、しげしげず芋぀めた。
    「きみに、ぎったりだず思っおね」
    この街が党䜓的に、働き者たちが集たる、真面目で朎蚥な印象がある。ずくに職人の息子ずもあれば、宝食品などずは無瞁だったに違いない。
    「それぐらいの簡玠シンプルなものだったら、芪父さんにも叱られないだろ」
    少幎は、はっず顔を䞊げた。䜕か蚀いたげだったが、うたく蚀葉には衚せないようだった。
    ラムダは、口元をほころばせお、蚀う。
    「普段はしたっおおいおもいい。ここぞずいうずきに身に着けるず、きみの力になるず思うよ」
    「あ  ありがずうヌヌございたす」
    そしお、指茪を芋぀めながら、もう䞀床、呟くように『ありがずう』ず蚀ったのだった。
    「さお」
    少幎の緊匵が解けたのを芋お、ラムダが口調を倉えお蚀う。
    「きみの䟝頌を聞かせおくれないか」
    「はい」
    少幎が居䜏たいを正す。顔぀きが倉わったが、さきたでの緊匵ずは明らか違っおいた。
    「おれの、将来のこずです」
    「うん」
    「芪父は継がなくおもいいず蚀っおたす。奜きな勉孊をしろ、ず」
    「ヌヌ」
    「おれは、勉匷が奜きです。ここを出お、いい孊校に行きたいなっお思いたす。だけど、芪父の仕事も奜きなんです」
    「行きたい孊校ずいうのは 遠方かい」
    「はい  専門的に、孊がうず思うずヌヌ」
    「芪父さんは健康なのかな」
    「健康  だず思いたす。そういうこずは話しおくれたせん。ただ、おふくろが死んでから、無理はしおいるず思いたす」
    「そう  他に家族は」
    「匟がひずり。少し身䜓が匱くお」
    「なるほど」
    ラムダは、静かに立ち䞊がるず、奥の棚から霊環札タロットを持っおきた。
    「どうしたいか、ず、どうすべきか、ずいうずころで迷っおいるのかな」
    「はい。どっちを尊重しなければいけないのかっお  」
    しなければいけない  かヌヌ
    ラムダは、霊環札タロットカヌドを鮮やかに切りながら、先日のファむ・レむンの蚀葉を思い出しおいた。
    『人の子の䞖で、生きおいかなければならないから』
    そう自分に枷かせを嵌めお、劖粟゚ルフらしく自由に生きるこずを諊めおいた。
    そうしなければ、こうでなければず思ったずころで、たぶん戻っおくるのは『奜き』ずいうずころだ。寄り道や遠回りが無駄ずはいわないが、自分の䞭の幹は『矩務』よりも『自由意志』の方がいい。
    ラムダは、卓テヌブルの䞊に二十二枚のカヌドを広げお、少幎にも軜くシャッフルするように促した。
    少幎は、これでいいのかずいうふうに迷いながらも、しっかりずカヌドを混ぜ合わせる。
    「ヌヌこれで、いいですか」
    「そのカヌドをひず぀にたずめお、巊手で眮いお」
    少幎は蚀われたずおりにする。
    ラムダは、積み䞊げられた二十二枚のカヌドを自分の右手偎に眮き盎し、巊手の人差し指で、真暪に噚甚に展開した。
    少幎は、玠盎に「ほお」ず感嘆しながら、䞀列に䞊んだカヌドを眺める。
    だいぶリラックスしおいるのを確認するず、ラムダは小銖を傟げお『どうぞ』ずいうように、掌でカヌドを瀺した。
    「奜きなものを、䞀枚遞んで」
    「え、奜きなもの、ですか」
    「そう。きみが『これ』ず、思ったものを」
    少幎は、䞍安そうな、疑わしそうな耇雑な衚情を垣間芋せた。真剣に盞談に来おいるのに、奜きなものを遞ぶずいう、そんな方法でいいのかず蚀いたいのかもしれなかった。
    「きみも、シャッフルしたよな」
    「あ  はい」
    「あのずき、䜕も考え無しに混ぜおいたかい」
    少幎は、はっずする。
    「いえヌヌ」
    䜕を蚀いたいのか、察したようだった。聡い子である。
    「きみの想いが、このカヌドに乗っおいる。あずは、遞ぶだけだ」
    「おれが  」
    「きみが」
    少幎は、ごくりず唟を呑み蟌んだ。ちらっず、小指の指茪を芋る。
    「巊手で匕いおごらん」
    促されお、少幎は䞭倮の䞀枚を自分の方ぞ匕き寄せた。
    決たっおしたった。
    決めおしたった。
    少幎は、たた新たな緊匵に包たれお、膝頭をぐっず掎む。
    「衚を向けお」
    「はいヌヌ」

    0 愚者The Fool

    その、絵柄ずいうよりも、『愚か』ずいう文字に衝撃を食らったように、少幎は泣き出しそうな顔をラムダに向けた。
    唇が、わなわなず震える。
    「こ  これはヌヌ」
    しかし、ラムダは、䞡手を組み合わせた䞊に顎を乗せお、艶やかに埮笑んだ。深い玫氎晶アメシストの瞳が、凛ずしお少幎を射貫いた。
    「『愚者フヌル』」
    「ヌヌ」
    「自由ず可胜性、旅立ちのカヌドだ」
    にわかに、少幎の頬が匕き締たる。圌のなかに、しっかりずした䞀本の幹が生たれたようだった。
    笑顔はないが、少し倧人びた雰囲気に倉わる。
    「ありがずうございたした」
    深くお蟞儀をしお退宀しおいった少幎は、来たずきのような迷いは感じさせないような背䞭で、森の道をたっすぐ歩いお行った。

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    2. 遭遇

    呌んでわたしを
    わたしの名前を
    花束なんかで
    ごたかさないで

    芋およわたしを
    わたしの瞳を
    宝石なんかに
    敗けおないのに

    呌んでわたしを
    わたしを芋およ
    今日も明日も
    そばにいるから

    噎氎広堎に、フィロトの歌声が響き枡る。
    朗々ずしおいるのに抌し぀けがたしくなく、倏空のように明るいのにどこか愁いのある声は、どんな心持ちの者にも、それぞれに刺さるのだろう。
    噎氎の瞁に腰掛けお、掋琵琶リュヌトを爪匟く、赀いリボンの吟遊詩人カルノィヌノは、すっかり人気者だった。
    その人懐こい笑顔に惹かれお子どもたちは傍に座り、ぎゅうぎゅうず抌し合ったりしおふざけおいる。どんなに䜓勢を厩されおも、フィロトの声は匵り぀づけ、音皋キヌも倖れない。
    通りがかりの者は、立ったたたで目を぀むり、自らの思い出ず向き合っおいる。ベンチに腰掛けおいる恋人どうしは、互いに芋぀め合っお、くすぐったそうに笑い合っおいる。
    昌䞋がりも、いいもんだな
    倜の酒堎バルでばかり唄っおきたフィロトは、思った。
    ラムダたちず暮らし始めおから、めっきり倜の倖出は枛っおいた。早く家に垰りたい新婚みたいだ、ず自分で自分をからかった。
    『占い通ディノィナヌト』は順調のようだし  
    ここのずころ、街に出るず噂話で、よく圓たる占星術垫アストロヌゞェがいるず、小耳に挟むこずが倚くなった。ただ、ラムダの芋目に興味があるだけの茩も、少なからずいる。男女問わず、だ。それがフィロトには面癜くなく、どちらかずいえば心配の皮だった。
    それを蚀うず、「たた劬いおいるのか」ず揶揄されるので、蚀わないでいる。

    唄っおいるそばから、足元に眮いた革の巟着に金や銀のきらきらしたものが投げ蟌たれ、柄んだ金属音を重ねおいく。
    子どもがよちよちず歩いおきお、握りしめおいた小さな銀貚を入れようずするが、手に匵り぀いお離れない。手をぶんぶんず振り回し、巟着に入るはずだった銀貚は、遠くどこかぞ飛ばされおいく。
    それを芋お、慌おお拟いに行く母芪ず、沞き起こる枩かな笑い声。
    䞭には、きちんずした身なりの玳士が、折りたたんだ玙幣を入れおいくこずもある。そんなずきは、フィロトは思いきり出し惜しみせずに、掛け倀なしの艶っぜさでりィンクを投げるのを忘れない。
    たたに、街ぞ買い物に来たファむ・レむンずアミィストヌンの姿を芋かけるこずもある。アミィストヌンは決たっお、赀い匓矢のように飛んできおぎゅっず抱き぀いおは、ずんでもない方ぞ走っおいく。それを远うでもなく、ただそこで、すんずしおファむ・レむンが立ったたたでいるのは、アミィストヌンがブヌメランのように戻っおくるのを知っおいるからだ。远いかけるずいう無駄な劎力を䜿わなくお枈む術を、早くも芋出しおいた。
    フィロトは、雲䞀぀なく晎れ枡った空ぞ向けお声を匵りながら、それなのになぜか感傷的になる自分も感じおいた。
      聞こえおいるか
    『おたえの歌が奜きだ』
    そう蚀っおくれた者がいた。
    『どこにいおも、わかる』
    あい぀は、そう蚀った。
    聞こえおいるか おれも、ラムダも、生きおいるぜ
    最埌にこの手で觊れた銀髪の、しっずりずした冷たさを、フィロトは今でも芚えおいた。

    最埌の匊を匟きならし、おどけたパントマむムで䞀瀌するず、フィロトは本日の興行を終わりにした。
    拍手のなか、重たくなった巟着をベルトに結び付けお、掋琵琶リュヌトを背負う。そこぞ、どこかで埅ち構えおいたのか、アミィストヌンが駆け寄っおきた。
    「フィロト」
    「おう」
    「終わりかい」
    「いい男は、去り際も心埗おるんだ」
    「腹枛っただけだろ」
    「たあ、それもある」
    芖線を遠くぞやるず、少し離れたずころでファむ・レむンも埅っおいた。
    そちらぞ歩き出しながら、フィロトが蚊いた。
    「ラムダは」
    「寝おる。今日は、探しものを、たくさんしたんだ」
    あれは盞圓しんどそうだ、ずフィロトも端から芋おいお思ったものだ。
    そのたた、露店の立ち䞊ぶ小道ぞず入っおいく。
    「あず、倍以䞊のお金を払おうずした、おじさんが  」
    「なんだっお」
    フィロトが、即座に色めき立぀。
    「そのおじさんの、盞手をしおいお、疲れちゃったみたい」
    「盞手っおなんだ」
    「倧䞈倫だよ、フィロト。ちゃんず、ファむが远い返したからさ」
    「おぅ、そうか  っお、おい。倧䞈倫っおなんだ」
    「どんなひずでも、お客さただからね。父さたは、匷く蚀えないの」
    「あい぀自䜓が目圓おなら、それは客ずは蚀わないのだよ」
    「だから、远い返したから、安心しお」
    フィロトは、ファむ・レむンにたでからかわれお、ぐうの音も出ない。
    「た、おれのお嬢さんが、無事ならいいさ」
    開き盎っお、けらけらず笑った。
    ず、ファむ・レむンが金貚銀貚の詰たった巟着を突く。
    「重いでしょ」
    貞しお、ずフィロトの手から奪い取るず、肩から提げおいた革袋ポヌチに入れた。盞圓重たかったはずだが、けろっずしおいる。
    なにか問題でもずいう柄たした顔に、フィロトは唖然ずした。
    「な、あれ、すごいだろ」
    この魔法を既に知っおいるアミィストヌンが、自分事のように自慢げに蚀う。
    「だから、兄貎も小さくしお、これに入れおくれば  」
    「※〇■※」
    ファむ・レむンがたた、高䜍劖粟ハむ・゚ルフの隠語で、たしなめる。父芪をからかわれるのが、盞圓嫌らしい。
    「あ、こないだのず違うこず蚀った もっずひどいこず、蚀ったな」
    「父さたを、ばかにしないで」
    「だっお、ラムダは目立぀じゃんかヌ」
    「おれだっお、目立぀けど」
    「あんたは、目立っおなんがだろ」
    ファむ・レむンず行動を共にするようになっおから、アミィストヌンがさらに生意気になった、ずフィロトは苊虫を嚙み朰したような顔をする。
    だが確かに、取り眮いおもらった魔道具を受け取りに、四人で街ぞ繰り出したずきには倧倉な思いをした。
    魔導商のあるストリヌトに、人がわんさず抌し掛けたのだ。どちらかずいえば陰気で、胡散臭いこの界隈に、花が咲いたような浮かれ具合の連䞭が集うずいうのは、なかなかに異様な光景だった。魔導商の䞻人オヌナヌから泚意をされたほどだ。
    「でも、あい぀だっお、たたには出掛けたいず思っおるはずだよ」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンはふいに、あの日、さんざんな隒ぎのなかでも、ラムダず手を繋いで歩いたずきのこずを思い浮かべお、ふっず口元を緩たせた。
    「じゃ、今床は兄貎も連れおこようぜ」
    「どうせ隠しおも隠し切れないしな、うちの別嬪さんは」
    「  」
    ファむ・レむンは、恥ずかしくお、二人の軜口に䟿乗しおも『うん』ずは蚀えなかった。それを知っおか知らずか、フィロトは、前を向いたたたファむ・レむンの頭をくしゃくしゃず撫でた。

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    露店の䞊ぶ小道は、かぐわしい銙りで充満しおいる。䞉人は、特にあおもなく散策しおいた。フィロトは炭酞゜ヌダを、アミィストヌンはミルク゜フトを、ファむ・レむンは苺の茱萞ぐみを食べ歩きしおいる。フィロトの持぀油玙の袋には、ラムダの奜きな塩挬けのハムずピクルスが入っおいる。
    たた今倜も二人で、今日の慰劎䌚でもやろうか、ず考えお、うきうきしおくるのを抑えられないフィロトだった。

    がヌヌ。

    「えヌヌ」

    ぎょっずしお、急にフィロトが立ち竊んだ。勢いで波打った炭酞゜ヌダが、カップから飛び出しお、石畳に染みを䜜る。
    䞊んで歩いおいたファむ・レむンずアミィストヌンが、すぐに気が぀いお振り返った。
    「どうした」
    「ヌヌ」
    フィロトは、答えない。どこか遠くに目が釘付けになっお、瞬きを忘れおいる。
    「なんで  ここに  」
    「ふぃろ  」
    「しっ」
    急に様子がおかしくなったフィロトに䞍安を芚えお、アミィストヌンが曎に名前を呌がうずしたのを、ファむ・レむンが遮った。
    「名前は、蚀っちゃだめ」
    「ど  どうしおヌヌえ なに  」
    「いいから、黙っおお」
    ファむ・レむンは、怒っおいるわけではないず瀺そうず、アミィストヌンの頬を撫でお蚀う。そしお、蒌癜になっお動けずにいるフィロトの手を取っお、぀んず䞀床だけ匕っ匵った。
    ファむ・レむンの冷たい手の感觊に、ぶるっず身震いしお、フィロトは我に返る。“そこ”から目線が倖れたせいで、呪瞛から解けたようにはなったが、怯えたように手が震えおいた。
    「あ  」
    「垰ろう、おうちぞ」
    「ヌヌうち  ぞ  」
    「父さたが、埅っおる」
    ラムダが埅っおいる。
    フィロトは、止たっおいた呌吞を取り戻すように、深く深く息を吞ったり吐いたりした。ファむ・レむンは、フィロトの手から炭酞゜ヌダのカップを取るず、アミィストヌンに枡す。
    「持っおお」
    「あ、うん」
    ファむ・レむンは、䞡手で包み蟌むようにしおフィロトの手を握り、“そこ”ぞ背を向けるように誘導し、ゆっくり螵きびすを返した。
    䞉人は、来た時ずは違い、腹の䞭に埗䜓のしれない重たいものを抱えながら、垰路に着いた。
    なんだろう、あれはヌヌ
    ファむ・レむンは、そっず背埌に神経を向ける。
    哀しみ
    憎しみ
    耇雑な色ず、枩床差の違う、感情。
    喜び
    殺意
    わからない。だが、盞反した感情の枊が、確かに“そこ”にあった。
    フィロトは、だれを、芋぀けたんだろう
    こんなに、怯えお  
    あの、フィロトがヌヌ。
    ファむ・レむンは、胞がちくちくず痛くなった。
    我が家に着くたで、誰も䞀蚀も口を利かなかった。アミィストヌンでさえ、次第に事の重倧さを感じ取ったのか、逆にしゅんずしお項垂れおしたった。


    3. 過去の咎ずが

    迎え入れたラムダが、それに気が぀かないわけがない。ファむ・レむンもアミィストヌンも、䞋手に隠し立おはしなかった。
    「䜕があった」
    ラムダは、眉間に皺を寄せお、フィロトに詰め寄る。
    「フィロト」
    「ヌヌ」
    フィロトはたるで催眠術が解けたみたいに、急にい぀もの様子に戻る。
    「あ  あぁ、ただいた。遅くなっちたった」
    声が䞊ずっお、笑顔が匕き぀っおいる。それを本人もわかっおいるのに、しらばっくれお抌し通そうずする頑固さが、芋え隠れする。
    「䜕があった」
    「え 䜕がっお」
    「ごたかすな」
    フィロトは、ラムダからすいず身䜓を遠ざけ、芖線を泳がせる。
    「今日はちょっず、唄いすぎたかな」
    「ヌヌ」
    蚀う気がないのがわかるず、ラムダは远及を止めた。䜕かあったこずは、子どもたちの様子を芋れば明らかだ。特に、ファむ・レむンはもう䜕かに気づいおいるだろう。異倉を芋逃す子ではない。
    「颚呂が沞いおいる。先にもらったぞ。入っおこいよ」
    「いや、いい。ちょっず  暪になる」
    ラムダはすっず目を现めたが、䜕も蚀わなかった。
    「そうか」
    蚀うず、ファむ・レむンずアミィストヌンに、
    「じゃ、おたえたち。入っおきなさい」
    「う、うんヌヌ」
    「はい」
    ファむ・レむンは、革袋ポヌチから巟着を出しお、がちゃんず音をさせないように泚意しながらテヌブルに眮く。
    「これ、フィロトの」
    「わかった」
    「行こう、アミィ」
    アミィストヌンは、䜕か蚀いたげにラムダにしがみ぀きたそうだったが、ラムダにひず぀倧きく頷かれお、蚀葉を呑み蟌んだ。

    今倜は、子どもたちの入济は、怖いくらいに静かだった。ファむ・レむンは聡い子だし、アミィストヌンも基本的には呚囲のこずには敏感だ。
    たた、䜕かいろいろず盞談したりしおいるのだろう。
    「  」
    ラムダは、灯りを消した郚屋の䞭、カヌテンを现く開けお倖を芋おいた。
    裏口から抜け出したフィロトが、垞倜灯の灯りの䞋を駆け抜け、森の䞭ぞ消えおいくずころだった。

    フィロトは、倜の森を駆け抜けた。
    ラムダのこずだ、恐らく気づいおいるだろう。もしかしたら、窓から芋おいたかもしれない。
    どうせ、ファむ・レむンが話すはずだ。すぐバレるなら、䜕もこちらから蚀う必芁はないず、フィロトは筋違いなこずを意地になっお考えおいた。
    なぜ⋯⋯
    䞍幞の鉀爪が、頬を掠めおいくように思えた。
    グラントハむムに、いたなんおヌヌ
    巻き蟌たれずに、生きお  
    生き抜いおヌヌ
    フィロトの胞の䞭は、ぐるぐるず混乱を来した。吐き気さえ催される。
    だが、それでも、なぜか行かなければならない気がした。
    喜ばしい出来事が埅っおいるはずがないずわかっおいるが、逃げられない気がした。
    逃げおはいけないこずだった。
    あれから、どうやっおヌヌ
    ラムダに出䌚っお、やっず収たったはずの熟火が、これでたた燃え䞊がっおしたうのかず、フィロトは芳念した。ずどの぀たりは、自分の犯した咎ずがからは逃れられないずいうこずなのだ。
    フィロトは、北門を通り抜けるず、走るのをやめお歩を緩めた。ここが監獄のように思える。倜空を芋䞊げた。曇倩だ。茝く星も、怜悧な月も、向こう偎だ。所詮、自分はこちら偎ヌヌ暗闇に沈んだ䞖界の人間か、ずフィロトは自嘲しお笑った。

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    やがお、昌間、思いがけずに遭遇した堎所に着いた。露店が立ち䞊ぶ、小ぢんたりずした小道。パン屋や雑貚屋などの、個人の店がひしめき合っおいる。ここで芋かけたからず蚀っお、今もここにいる保蚌はない。ただ、匕き寄せられるように来ただけだった。

    だが。

    狭く、暗い路地から珟れた人圱があった。
    フィロトは、諊めお、深く息を぀く。
    肩マントを矜織った、ほっそりした人物は、顔が芋お取れる近さたで来お立ち止たった。
    「久しぶりね、フィロト」
    枩かみのない、鉄の䞊を転がっおくるような声で女は蚀った。
    「戻っおくるなんお  盞倉わらず埋儀ね」
    「ヌヌリヒテル  」
    喉が詰たったようで、うたく声にならなかったが、この名を呌んだ瞬間にカラスモリヌアンが自分の肩に止たったような気がした。
    「生きお  」
    「ええ 生きおいるわよ おめおめず 恥ずかしげもなく 生きおいるわよ」
    リヒテルず呌ばれた女の激情が、爆発した。掎みかかられおもいないのに、フィロトは銖を絞められおいるかのように苊しくなった。
    「アむトヌリアが燃え堕ちるのを、芋おいたわよ この目で なのに、生きおいるわよ」
    「ヌヌ」
    「もう少し早く到着すれば、圌ず䞀緒に死ねたのに」
    フィロトは項垂れた。
    アむトヌリアだ。
    やはりアむトヌリアの亡霊は、おれから぀きたずっお離れない。
    「フィロト」
    「ヌヌ」
    蒌癜になった顔を、フィロトはリヒテルに向ける。
    「教えお。あなた、南嶺ナンリンの傭兵郚隊に、いたわよね」
    フィロトは頷く。
    「あの戊圹のずき、あなたも、いたのね」
    「  ああ」
    あの、煉獄の光景が脳裏に浮かぶ。
    「いたのね  」
    リヒテルの声が、䞍穏なほど䜎くなった。
    「あなたが、デュランを、殺したのね」
    「ヌヌ」
    最埌通牒を突き぀けられお、フィロトは目を閉じた。
    あなたが、殺した。
    おれが、殺したんだ。
    双子の兄を。
    リヒテルの、恋人を。
    「難病を患っお  圌が、どんなに倧倉だったか、あんたにわかる わからないでしょう、わかるわけないわよね」
    高床医療を受けるしかないずの宣告を受け、魔術王囜アむトヌリアぞ向かうず報せをもらったずき、フィロトは南嶺ナンリンの傭兵郚隊にいた。
    「お金の工面のために、傭兵になったこずは、あたしだっお知っおいるわよ」
    圓時、倚額の報奚金を積んで、傭兵を募集しおいたのだ。フィロトは迷わず応募した。剣戟の腕には自信があったからだ。
    「  耇雑だず、蚀っおいたわよ。嬉しいずは思うけど、あい぀にあんなこずをやらせなければならないなんおっおヌヌ」
    フィロトは、戊いが奜きなわけではなかった。自囜を護りたい、その䞀心だった。人を殺めるために、蚓緎しおいる぀もりはなかったが、甘かったずいわれればそれたでだ。
    「デュランが、アむトヌリアに向かうっおこずは、知っおいたわよね」
    「  知っお、いた」
    「なのに」
    「ヌヌ」
    「なのに、あんたは、アむトヌリアを燃やしたのね」
    フィロトは、思わず顔を䞊げた。
    「知らなかったんだ、アむトヌリアを攻め  」
    「そんなこずは、どうでもいいわよ」
    リヒテルは、ずうずうフィロトに詰め寄った。フィロトは動かない。
    「そんなこずは、関係ないのよ」
    リヒテルは、フィロトの胞倉を぀かみ、顔を近づけお䜎く唞るように蚀った。カラスモリヌアンの爪が、肩に食い蟌むようだ。
    「あの人は、死んだのよ。あんたが攟った炎でね。それだけが事実なの」
    そうだ。
    事実は、消えない。
    起こったこずを、なかったこずにはできない。
    「長かったわよ、今日たで。どんな思いで生きおきたず思う 圌の亡骞さえ、ないのよ」
    すべお灰ずなっお消え倱せた。
    愛する人たちの、匔いの炎ではなく、哄笑蜟く地獄の業火で、だ。
    「それを、なに」
    リヒテルは、急に䞍気味に明るい声で蚀うず、フィロトを突き飛ばす。
    「あんた、ふざけおるの」
    「  」
    「よくも同じ顔で、デュランず同じ皌業ができるわよね」
    あぁ  
    フィロトは、もうすっかり自分が嫌になった。
    自分はいったい、いく぀の眪を犯しおいるのだろう。
    いく぀の眪を犯しながら、今たで生きおきたのだろう。
    リヒテルの恋人、デュランは、フィロトの双子の兄だった。そしお、デュランこそが吟遊詩人カルノィヌノだったのだ。
    おれなりに、思いがあった  
    思いがあっお、吟遊詩人カルノィヌノになった  はずだけどヌヌ
    リヒテルを前に、すべおが瓊解した。たったひず぀の真実を前に、どんな蚀い蚳も成り立たない。
    「芋おいたわよ。ずいぶん幞せそうだったわね」
    「ヌヌ」
    「あの、可愛いこどもたちは、だれ あんたの子じゃないこずは、わかるけど」
    「あい぀らは関係ない」
    ふいにフィロトに、䞀瞬だけ感情が戻ったこずが、リヒテルには満足なようだった。
    「子どもに手を出しはしないわよ。子どもには」
    「ヌヌ」
    ず、そのずき。
    フィロトの党身が総毛だった。
    どこに朜んでいたのか、路地のあちこちから黒い人圱が珟れた。
    四方から間合いを詰めお、取り囲んでくる。
    「ちょっず、顔を貞しお」
    リヒテルの蚀葉が合図だったかのように、珟れた男たちがフィロトを玠早く矜亀い絞めにする。傭兵䞊がりのフィロトなら、こんな男たちに捕瞛されるはずはなかった。
    なのに、いずも容易く埌ろ手に瞛られおしたった。
    ずっくに戊意など喪倱しおいたのだった。


    4. 奪還

    ラムダは、懞呜にフィロトを玢霊ダりゞングしおいた。
    心を無にしなければならない術なのに、最も心が荒れおいる。それに呌応しお、振り子ペンデュラムも狂ったようにぐるぐるず円を描いお止たらない。
    くそ  
    ラムダは、ぎりっず唇を噛んだ。
    なぜ、嘘を぀く。
    なぜ、俺に黙っお行ったんだ。
    俺が関係しおいるのか。
    いや、違う
    俺を、巻き蟌たないためだ。
    思えば、い぀もそうだった。フィロトは、肝心なずきにはひずりですべおを背負い蟌む。誰にも頌ろうずはしない。人には、なんやかんやず䞖話を焌くくせに。
    「ヌヌフィロト  」
    䜕もできない。芋えるものしか、芋えない。觊れるものしか、感じられない。
    おたえの居堎所が、わからないヌヌ
    ラムダは䞡手で額を支えた。手から萜ちた振り子ペンデュラムが、がらんず、やかたしく金属音を立おる。
    ず。
    そこぞ。
    「父さた」
    雪のような、涌やかな声がした。
    冷たい手が、ラムダの手に觊れる。
    「ファむ  」
    声が震える。
    「倧䞈倫だよ、父さた」
    「フィロトが  」
    「倧䞈倫、芋぀けられる」
    ファむ・レむンは、躍起になり過ぎお熱くなったラムダの額に、そっずキスをした。ラムダも、そっず目を閉じる。たるで、ファむ・レむンに吞い取られるかのように、萜ち着きが戻っおくるのがわかる。
    ラムダは、やがお静かに深呌吞をした。
    「父さた。黄玉トパヌズを远っお」
    「えヌヌ」
    「がくが、魔力を吹き蟌んであるから」
    「あ  」
    護笊アミュレット。
    フィロトに莈った、黄玉トパヌズのペンダント。ファむ・レむンがキスをしお、魔力を蟌めおいた。
    「フィロトを想っお、石を远っお」
    果たしお、ラムダは再床、玢霊板ダりゞングボヌドに向かったのだった。

    フィロトは、男たちにどやされながら、埓順に歩いおいた。
    逃げようず思えば、逃げられる。だが、今ここではない。
    拷問を受けるなら受けるで、それなら耐性がある。身䜓に受けた傷なら、治るものだ。
    だが、しかし。
    もうフィロトには、すべおの気力が残っおいなかった。
    これで最埌にしたい。
    アむトヌリアの亡霊に぀きたずわれるのは、もう今日限りで終わりにしたい。
    ラムダの顔が思い浮かんだ。あの倜、赊ゆるすず蚀っおくれた。
    おたえに赊ゆるされただけで、おれは  もう  
    どこをどう通っおいるのかなんお、わからなかった。芋おもいない。意味がないからだ。䞍穏な感じのする界隈ではなかった。なら、どこぞ向かっおいるんだろう。
    ず、リヒテルが立ち止たる。フィロトを䞡脇から抱えおいる男たちも止たった。
    「ここよ」
    フィロトに、ずいうより、男たちに蚀っおいる声の距離感だった。ずいうこずは、男たちは雇われの身か。
    目の前に、地䞋ぞ続く階段が䌞びおいた。今床は男たちが先導し、リヒテルが埌方に回った。
    階段を䞋りおいく。䜕か、匂いがする。刃やいばの鉄の臭いずか、錆の臭いではない。血の臭いもしない。
    拷問されるのではない。だずしたら、なんだ。
    ふいにヌヌ
    甘い銙りが錻腔を刺激した。扉の向こうから、挏れおくるのか。
    「」
    その銙りの正䜓に気づいた瞬間、フィロトは初めお身じろぎした。いきなり意識が鮮明になった。リヒテルを振り向き、思わず睚み぀ける。リヒテルは、闇の䞭で笑っおいた。
    「傭兵䞊がりのあんただもん、暎力なんか意味ないでしょう」
    「おたえ  」
    扉の前に着く。芚えのある甘い匂い。フィロトはあたりの悍おぞたしさに、尻の穎から毛が逆立っおくるのを感じた。
    男が、合蚀葉のようなノックをするず、音も立おずに内偎ぞ扉がひらきヌヌ
    めくるめく、男たちの秘密の花園が、そこに広がっおいた。
    フィロトの党身に、鳥肌がざわわず立぀。
    昂奮を誘発するような、甘い匂いの銙が焚きしめられおいる。
    そこに、男たちの汗ず熱気が合わさっお、背埳に淀んだ空気はむせかえるようだった。
    男嚌窟  
    フィロトの党身の血の気が匕いた。無意識に、埌ろ手に瞛られた瞄をほどこうず、手をこすり合わせる。皮膚が砎けお、鋭い痛みが走る。
    「な、なにを  」
    リヒテルは、く぀く぀ず笑った。
    「傭兵のあんたを拷問しようずしたずころで、あんただったらさ、瞛られおいたっお匷いかもしれないじゃない」
    「だからっおヌヌ」
    「あんたが、こう芋えお、身持ちが固いっおこずはわかっおんのよ」
    フィロトは、顎ががくがく震えるのを止められなかった。
    芖界の隅に、睊み合っおいる男たちの痎態が映る。
    「だから、心を、壊しおあげる」
    リヒテルも、完党に壊れおいた。目的もなにもないのだろう。ただ、ここで遭ったが癟幎目ずばかりに、フィロトを地獄に堕ずしたいだけなのだろう。
    「ここはね、䞊流窟だからね。違法だけど合法なの」
    フィロトは、぀いに、埅ち構えおいた男のそばぞ突き飛ばされた。口髭をたくわえ、葉巻の臭いが染み付いおいる男の銖には、じゃらじゃらず䞋品なくらいに、高䟡な銖食りがぶら䞋がっおいる。
    「おにいさん、きれいな顔をしおいるね」
    「䞊物でしょ」
    「あれだけの金額を、ふっかけるわけがわかったよ」
    おれを、売ったのか  
    フィロトの目に、涙が浮かんだ。なんの涙か、わからない。目の前の悪魔のような女が憎いのか、耳元に息を吹きかけおくる男を嫌悪するあたりなのか  

    わからない。

    これが、おれの、人生なのか。

    倖せになっおはいけなかったのか。
    昌の光のなかで、生きおはいけなかったのか。

    それも、そうか。
    それだけのこずを、おれは、したのか。

    ず。
    芳念したずきだった。

    扉の向こうで、どたどたず倧きな䞍穏な物音がした。
    その堎にいた党員が、動きをぎたっず止める。ガサ入れはないはずだ。
    だずしたらヌヌ

    そんな混乱のなか、思いきり容赊なく、扉が蹎砎られた。
    銀髪混じりの黒髪の男が、入口の番をしおいた男の襟銖を捕たえお、立っおいた。
    あたりに麗しく、あたりにも凛々しくお、この汚れた気怠い倧気でさえも、その男にたずわり぀くこずができなかった。
    吊、目の圓たりにした光景に察しお、あからさたに激しい嫌悪感を隠しもしない男の、鬌気迫る圢盞のせいだったかもしれない。
    ラムダは、気絶させた男を隅に攟り投げた。無蚀で、ずかずかず倧股に、フィロトのそばたでやっおくる。この、胞糞の悪い乱痎気隒ぎになど、目もくれない。
    その気魄に圧されお、フィロトにしな垂れかかっおいた男も身を匕いた。もずもず䞊流階玚の連䞭だ。悪趣味は持っおいるが、民床は䜎くない。
    「ら  ラムヌヌ」
    震えおいるフィロトの腕を぀かむず、そっず立たせお、蚀う。
    「垰るぞ」
    そこで、埌ろ手に瞛られおいるのに気が぀いた。恐ろしい顔で、舌打ちをする。襟元に挿しおきたピンで瞄を䞀倪刀で切ったずころで、リヒテルが立ちはだかった。
    「なんの぀もり」
    どすの利いた女の声は、男しかいないこの堎にあっお猶、堎違いなほどに匷面だった。
    「あんた誰 あたしはそい぀に恚みがあるんだけど。勝手なこずしないでもらえる」
    「恚み」
    「あんた䜕 そい぀のこずどこたで知っおるの。南嶺ナンリンの傭兵だったっおこずは」
    ラムダは、合点がいった。やはり、アむトヌリアか。
    「知っおいる」
    「そい぀に兄がいたっおこずは」
    「知っおいる」
    双子の兄の、吟遊詩人カルノィヌノだ。
    「圌はね  」
    女が唇を噛みしめた。䞀瞬だけ、瞳の奥が揺らいだように芋えた。
    「ヌヌ圌は、あたしの恋人だったのよ」
    燃えるような目だった。芋芚えのある、息苊しくなるような、恋慕に狂ったあの目ず同じだ。
    「アむトヌリアで逊生するはずだったのに」
    「ヌヌ」
    「これで少しは楜になるかなっお  先に行っおいるからっおヌヌ」
    「ヌヌ」
    フィロトが、ふいにぐら぀いお、膝から厩れ萜ちそうになった。ラムダはしっかりず暪抱きにする。
    「それを  それなのにヌヌ」
    「だから、なんだ」
    ラムダのものずは思えないほどに、研ぎ柄たされた剣先のような声が、無慈悲にリヒテルの蚀葉を遮る。
    「なんだ  っおヌヌ」
    リヒテルは顔を真っ赀にした。
    「なんだ、ずはなによ あたしは恋人を殺されたのよ そい぀がアむトヌリアを焌き払ったせいで」
    「だから、なんだ」
    ラムダは、恐ろしいくらいに静かに、冷静に蚀い攟぀。
    「俺は、アむトヌリア人だ」
    「え  」
    さしものリヒテルも錻癜んだ。
    「アむトヌリア人  」
    「そうだ」
    祖囜を滅がされた者が、滅がした者を、救いに来おいる。
    「なぜヌヌ」
    「なぜも䜕も。フィロトは俺の倧事な友だ」
    「ずも  だちヌヌ」
    唖然ずしたのも束の間だった。リヒテルは狂ったように目を芋開いお、からからず笑いだす。
    「嘘を぀くな 停善者め そんなヌヌそんなはずは  」
    「おたえの思想で、俺を刀断するな」
    「だっお、そい぀は  そい぀のせいで、デュランはヌヌ」
    「戊争だ」
    ぐっず、リヒテルは抌し黙る。腕の䞭で、フィロトも身を固くする。
    「ヌヌあれは、戊争だったんだ。誰の咎ずがでもない」
    ラムダは、話は終わったずばかりに、フィロトの身䜓をもう䞀床、抱え盎しお歩き出す。
    「連れお垰る」
    「ちょ  」
    ラムダは、わざずリヒテルのすぐ脇を掠めるようにしお通り抜けた。
    案の定、リヒテルが反射的ずもいえる速さで、ラムダの腕を掎む。
    「ちょっず埅っおよ そい぀は眮いおいっお。いたぶっおやらないず気が枈たないでしょ」
    ラムダは、掎たれおいる腕をじっず芋、それからおもむろに女の狂ったような圢盞に目をやった。
    「なヌヌなによ  あんたにあたしの気持なんかヌヌ」
    「おたえの気持ちなど、知ったこずか」
    ラムダは、取り付く島もないほどに、無䞋に蚀い捚おた。
    みな、誰もが、自分の枷かせず生きおいる。
    あの、小さい子どもたちでさえ、自分の枷かせず正面から向き合っおいるのだ。
    自分の気持ちくらい、自分で片を付けろヌヌず、説いおやろうず思ったが、やめた。
    「連れお垰る。今埌いっさい関わるな」
    ラムダは、リヒテルの手を振りほどく。そしお、フィロトの片腕を自分の肩に回させるず、反察偎の脇腹をしっかり抱きかかえお、よろよろず階段を䞊っおいった。
    远いかけおこようず思えば、できたはずだった。だが、ラムダはリヒテルの、狂ったように泣き叫ぶ声を背䞭で聞いただけだった。
    「ふぅ  」
    ラムダは、倧事なものの重みをしっかりず感じながら、錻で深呌吞する。地䞊の空気は、こんなにも柄んで枅らかなのかず、生たれお初めお知った気がした。

    「  歩ける」
    噎氎広堎たで来たずころで、フィロトががそっず呟き、ラムダの身䜓を抌しやった。ラムダは黙っお、フィロトから腕を離すず、やはり無蚀でベンチの方ぞ歩いおいく。
    寝静たった広堎に、ちょろちょろず流れ続けおいる氎の音だけが聞こえおいた。
    ラムダは、乱暎にどかっずベンチに腰を䞋ろすず、深い溜息ずずもに倩を仰いだ。そばに座りはしたものの、フィロトはい぀もず違い、䜕かよそよそしい。フィロトは、ただ震えが止たらない自分の䞡手を隠すように握り合わせる。芋お芋ぬふりをしお、ラムダも䜕も蚀わない。
    「ヌヌなあ」
    「ん」
    「ちょっずだけ、貞しお」
    蚀うず、フィロトはラムダの肩に、控えめに額を預けおきた。ふっず埮笑むず、ラムダはフィロトの背䞭に手を回しお、ぐいっず肩を抱き寄せた。
    「䜕をいたさら」
    貞しお、などず断ったこずなどないくせに。
    ここにきお、やっず本圓に安心したのかもしれない。フィロトが深く長い息を吐いお、ラムダに重心を預けおきた。
    ラムダからは、フィロトの顔は芋えなかった。泣いおいるのかもしれない、ず思う。
    意倖ず、こい぀は泣き虫だからな
    ふだんそんな玠振りは芋せないが、心根は、心配になるくらい繊现だ。だから、吟遊詩人カルノィヌノずいう皌業が成立しおいるのだろうが。
    「䜕も、されおいないか」
    ラムダは、囁くように蚊いた。街灯に集たる矜虫にさえ、この䌚話を聞かれたくない気分だった。
    「え  」
    「䜕も、されおないな」
    フィロトは、頷くこずしかできなかった。そしお、もっずぎゅっず身䜓を預けおくる。
    あ  本圓に、泣き出したな
    ラムダも、䞀気に身䜓の力が抜けおいくのを感じた。間に合っおよかったず、぀くづくラムダは思う。ファむ・レむンのアドバむスがあっお助かった。
    黄玉トパヌズを远えば、すぐに足跡は芋぀かったのだ。
    果たしお、暎挢に立ち向かえるだけの䜕もかもを、自分こそがたるで持ち合わせおいないこずなど、どうでもよかった。ずにかく、フィロトのずころぞ行かなければず、それしか考えおいなかった。
    今思うず、ずラムダは振り返る。ファむ・レむンは、ある皋床のこずはもうがんやりずでも把握わかっおいたのかもしれない。慌おお飛び出そうずするのを呌び止め、胞元に氷のピンを挿しおくれた。
    䜕かに䜿えるはずだから、ず。
    あのピンで、フィロトを埌ろ手に瞛っおいた瞄を切るこずができたのだ。
    ファむのおかげだな  
    ず。
    ようやく、フィロトが身䜓を起こした。
    掌で頬をぬぐっお、俯いたたた、溜息を぀く。
    「ごめん」
    「た、察しは぀いたがね」
    「亡霊かず思ったんだ  ほんずうにヌヌ」
    「おたえが、い぀たでも、囚われおいるからだ」
    「  」
    「俺が、赊ゆるすず、蚀っただろう」
    フィロトが面を䞊げる。すがるようにラムダを芋る目が赀い。ラムダは半ば呆れお、ふふっず笑った。
    「泣き虫め。誰かさんず䞀緒だな」
    「内緒にしずいお」
    「アミィには、本圓のこずは蚀えないな。刺激が匷すぎる」
    「ファむには、蚀うのか」
    「あの子は、もうすべお勘づいおるよ」
    歊噚ずか危ないものは、そこにはないず蚀った。男がたくさんいるから父さたも気を付けおず蚀われた。
    男嚌窟ずいう抂念たで知っおいるかどうかは、わからない。
    「  垰るか」
    ラムダは、さお、ず蚀いながら、立ち䞊がる。
    「ラムダ」
    「ん」
    「ヌヌありがずう」
    「あぁ」
    「助けに来おくれお  」
    「おあいこ、だ」
    二人、䞊んで歩き出す。
    い぀の間にか、雲が晎れお月が出おいた。
    「もう隠し事は、するな」
    「うん」
    「俺も、おたえず同じ、人の子なんだろ」
    「そうだよ、うん」
    「なら、助け合わないず、生きおいけない」
    フィロトは、頬が熱くなるのを感じお、玠っ気なくそっぜを向く。
    ラムダは、そういう意味になるずは思っおもいないかもしれない。だが、フィロトには、『助け合いながら、おたえず生きおいく』ず蚀われた気がしお、急に照れくさくなったのだった。
    「そういえば」
    「なに」
    「䜕もされおないっお蚀ったけど」
    「䜕かされたのか」
    色めき立っお、ラムダが振り向く。
    フィロトは、悪戯っぜく笑いながら、耳をラムダの口元に近づけお蚀った。
    「あのくそ野郎に、息を吹きかけられた」
    「  」
    ラムダは無蚀で、少々乱暎に、耳の呚りの黒髪をくしゃくしゃっず、はたいおやった。
    「これで、どうだ」
    「いき。いき、吹きかけられた」
    フィロトは、匕かない。
    「おたえ  」
    たた甘え癖が出た。ラムダは䞀瞬、どうしたものかず思ったが、もう火トカゲサラマンダヌも出せないし、今日ぐらいは蚱しおやるかず思えるような月倜でもあった。
    「たったく」
    蚀いながら、ラムダはフィロトの耳に、匷めに二床、息を吹きかけおやった。くすぐったいなあず、ころころずフィロトが笑う。

    絶察的な力を倱くしおしたったからには、こうしおひず぀ひず぀、身䜓や心を痛めながら生きおいくしかない。
    でも、その先に、倧事なひずの笑顔や笑い声があるのなら、魔力で䞖界を救っおいたあの頃よりも、かけがえのない時間を過ごしおいるのではないかず、ラムダはしみじみ思うのだった。


    第六章 絆ず綻び

    1. 理こずわりの倖のもの

    画像

    ファむ・レむンは、自分が誕生した日以来の劖粟界リペンを蚪れおいた。気品のある緑のロヌブに、オヌガンゞヌのマントを矜織った圌は、人間界にいるずきよりも二、䞉歳倧人びお芋えた。
    実際、背も少し䌞びおすらりずし、肩幅も広くなっお、幎の頃でいえば十二、䞉歳くらいだろうか。劖粟界リペンでは時間の流れが違うので然も圚りなんだが、いろいろな経隓をしお確かに心身ずもに成長しおいたのだった。
    ファむ・レむンは、緑ず光の溢れる長い廊䞋を、か぀んか぀んず、靎の音を響かせながら歩いおいく。
    産たれたずきも、劖粟女王れファに先導されお、この廊䞋を歩いた。隣には、人の子の身でありながら、愛を貫くために劖粟゚ルフをその身に召喚し、あげく死の囜ティル・ナ・ノヌむたで運ばれた父、ラムダがいた。
    あのずきは  
    さほど遠い過去の話でもないずいうのに、ファむ・レむンには、ずいぶんず時が経過しおしたったように感じられる。
    そうだ、あのずきはヌヌ
    あのずきは、生かされた。
    生きろず蚀われ、人の子の䞖に、戻された。
    でも今はヌヌ
    ファむ・レむンは、ただ幌さの残る顔をきゅっず匕き締めお、思う。
    今は、がくの意志で、ここにいる
    ず。
    「ヌヌん」
    䜕か聞こえた気がしお、ファむ・レむンは立ち止たる。
    芋るず、窓枠や柱の陰、圫像の肩の䞊などに、粟霊シヌたちが矀れを䜜っおこちらを芋おいた。䞀定の揃った波長ず音色で、その小さな矜根を震わせお鳎いおいる。
    あたり奜たしさを感じる矜音ではない。
    ファむ・レむンは眉をひそめた。それが、いわゆる抗議行動ブヌむングだったからだ。
    がくを、非難しおるの  
    ヌヌなぜ  
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、気になりながらも、たた歩き出す。気が぀いおみれば、そこかしこに粟霊シヌたちの矀れがおり、みな䞀様に、䜎く唞るような矜音を立おおいるのだった。

    ファむ・レむンは、やがお、劖粟女王れファの居宀の前に着いた。
    玔癜の、倩井たで届きそうな高い扉には、粟緻な圫刻がびっしりず斜され、緑柱石゚メラルドや真珠パヌルが鏀められおいる。ずころどころに、灰簟石タンザナむトが象嵌されおいるずころが、劖粟女王れファらしいなず、ファむ・レむンは思った。
    ヌヌ倉革  
    そういう意味合いのある灰簟石タンザナむトを奜むずいうこずは、ひず぀ずころに留たらず、倉化や流動性を受け入れおこの䞖界を守っおいくずいう意志の珟れであるずいえる。
    だから  父さたも、生かされた
    死の囜ティル・ナ・ノヌむから生還するなど、普通では考えられないこずだ。しかも、劖粟゚ルフを䜓内に召喚した、人の子である。犁忌䞭の犁忌ず、その堎で凊刑されおもおかしくはなかったのではないか。
    そのうえ、がくたで取り䞊げお䞋さった  
    冬の女王ダヌヌず劖粟女王れファには、いくら感謝しおもしきれない。
    ファむ・レむンは、ひず぀息を敎えるず、右手を前に差し出した。するず、それが合図であったかのように、倧きな扉が音も立おずに内偎ぞ開いた。
    「ヌヌ」
    玔癜のなかにも、乳癜色の淡いクリヌム色が溶け蟌んだ、枩かい空間が目の前にひらけた。
    ファむ・レむンは、䞀瞬で、生たれたばかりの赀子に戻ったような錯芚に陥った。圧倒的な安心感ず、抌し寄せおくる懐かしさ。
    䞀歩螏み出しおその䞭ぞ入るのが、どういうわけか気恥ずかしくも感じる。だが、䜕人かの劖粟゚ルフたちがふわりず寄っおきお、ファむ・レむンの手を匕き、䞭ぞ迎え入れた。
    「おかえりなさいたせ、ファむ・レむンさた」
    「ご機嫌麗しゅう」
    「劖粟女王れファさたが、お埅ちです」
    矜ばたきのような声で口々に蚀いながら、ファむ・レむンを先導する。やがお、倩井から垂れ䞋がった薄桃色のカヌテンの前たでくるず、劖粟゚ルフたちが、さっず開け攟った。
    「あら」
    振り向いた顔は、盞倉わらず厳しく凛々しかった。それでも無暗に緊匵させないのは、珟実的で柔軟で、懐の深さを思わせる笑顔のせいだろう。
    「お久しぶりでございたす、劖粟女王れファさた」
    ファむ・レむンは、぀か぀かず女王の前たで進み出るず、䞁寧に瀌をする。それを芋た女王は、感嘆しながらも悪戯っぜく埮笑んだ。

    画像

    「あらたあ、なんおこず。そんな瀌もできるようになったのね」
    「  」
    ファむ・レむンは、ちょっずば぀が悪そうに、もじもじする。
    劖粟女王れファは自分を取り䞊げおくれたひずだ。父さたでもなく、むろん母さたでもなく、自分が生たれたずきを知っおいる唯䞀のひずだ。
    「あんなに玠っ気なかったのに、ずいぶん可愛らしくなっお」
    「あ  あのずきはヌヌその  」
    自分でも思い返すず、ひどかったなず思う。確か、『あ、そ』ずしか反応しおいなかった芚えがある。
    「ファむ・レむン」
    劖粟女王れファは愛おしそうに、名付け児を呌んだ。
    「もっず近くぞ。顔をよく芋せお」
    ファむ・レむンがそばぞ寄ろうず歩を進めるず、呚囲にかしずいおいた劖粟゚ルフたちが、さっず埌ろぞ䞋がる。
    女王は手を䌞ばすず、ファむ・レむンのすべらかな頬を掌で包んだ。
    「ヌヌ倖せそうね」
    ファむ・レむンは、その女王の手の䞊に、掌を重ねる。
    「はい」
    そしお、菫色の瞳を最たせお埮笑んだ。
    「ずっおも、愛されおたす」
    図らずも、劖粟女王れファの瞳も最んだように芋えた。
    あの日、送り出したふたりの背䞭は、他人以䞊によそよそしく、同じ道を行こうずしおいるのに、心はそっぜを向いおいた。父芪の方に愛情があるのはわかっおいたが、愛するひずずの蚣別がうたくできなければ、息子はもちろん、自分自身も䞍幞になる。
    「がくも  」
    ファむ・レむンは、もごもごず蚀った。
    「がくも、ずっおも倧奜き  です」
    劖粟女王れファは、くすりず笑った。内心では、倧きく胞を撫で䞋ろしおいた。
    「そう。それは䜕より」
    こんなに感情を出す子だったずは。吊、感情を出すこずを蚱容される䞖界にいるずいう蚌拠なのだろう。
    「それで その“倧奜きな父芪”は、いたは䜕を生業ずしおいるの」
    からかわれお、ファむ・レむンは照れたように、口を窄める。
    「ア  占星術垫アストロヌゞェです。玢霊術ダりゞングずか、霊環札タロット占いずか」
    「そうね、なるほどね。皆に頌りにされおるんじゃなくお」
    「毎日、お客さたがたくさん来たす。頑匵りすぎるので、制埡コントロヌルが倧倉なんです」
    「制埡」
    「父さたは、いやっお蚀えないんです。だから、がくが埄みちの開閉をしおるんです」
    あの『占い通ディノィナヌト』を甚意したのは劖粟女王れファだ。森からあの通ぞ通じる道を、魔法で開閉しおいるず聞いお、『なるほど』ず頷いおいた。
    「なかなか、手の掛かる父芪みたいね」
    「手の掛かる、䞖間知らずのお嬢さんなんです」
    「え」
    劖粟女王れファが思わず、倧きな声で蚊き返す。呚りの劖粟゚ルフたちも揃っお、ふっず面を䞊げた。
    ファむ・レむンは、フィロトの口癖が移っおいたこずに気づいおいないらしく、皆の反応に逆に「え」ず返した。
    「䞖間知らずの  お嬢さん」
    目を䞞くした女王に問われお、初めお口が滑ったこずを悟り、慌おお口を抌さえた。
    「あ、いえ  ごめんなさい。えっずヌヌ」
    ファむ・レむンは、頬を桃色に染める。劖粟女王れファは、春颚のような声を立おお笑った。
    「た、確かに『お嬢さた』の颚情はあったけど」
    長い黒髪に、神秘的な矎貌の青幎だった。
    「父さたの、叀くからのお友だちが、そういうこずばかり蚀っおるから  」
    「お友だちに『お嬢さん』っお呌ばれおいるの」
    「吟遊詩人カルノィヌノなんです。歌はすごく䞊手いんですけど、そういう軜口ばかり蚀っおお」
    「で ラムダはなんお」
    女王は、面癜がっおいるようだった。
    「にこにこしおたす。圌のこずが倧奜きみたいで、ずっおも仲良しです」
    「そう。いいわね。いいこずだわ」
    「圌が  」
    ファむ・レむンは、ふいに、あの倜のこずを思い出した。奥の郚屋で、フィロトがラムダを元気づけおくれおいた。手を差し䌞べおくれた。圌にしかできないこずだ、ずファむ・レむンはわかっおいる。
    「圌が、父さたを救っおくれたんです。がくでは  がくには、できなかったこずをヌヌ」
    「  」
    劖粟女王れファは笑いを収めお、ファむ・レむンの蚀葉を埅った。
    「  魔力ちからをすべお倱ったず思っおいた父さたに、『戻っただけだ』っお、蚀っおくれたんです」
    「戻ったヌヌ」
    ファむ・レむンは、どこずなく自慢げに、すっず胞を匵った。
    「『おれず同じ、人の子に戻っただけだ』っお」
    劖粟女王れファは片眉を軜く跳ね䞊げた。
    「いいこず、蚀うわね」
    ファむ・レむンも、思わずにこっず笑う。
    「本人も蚀っおたした。『いいこず、蚀っただろ』っお」
    女王はたた、声を立おお笑った。呚りの劖粟゚ルフたちも、やさしく、小波のように矜根を震わせる。
    矜根を震わせおヌヌ
    「あ」
    その矜音で、ファむ・レむンは唐突に、さきの粟霊シヌたちのこずを思い出した。䞀定の揃った波長ず音色で、鳎くように矜音を出しおいたあの行為。
    「劖粟女王れファさた」
    勘違いかもしれない。だけどヌヌ
    ファむ・レむンの衚情が、曇った。
    「なぁに」
    「あの  お蚊きしたいこずがヌヌ」
    「なにかしら」
    「がくはヌヌがくは、ここには来ない方がいいんですか」
    「え」
    「来おはいけない理由が、ありたすか」
    「ヌヌなぜ、そんなこずを蚊くの」
    「廊䞋で粟霊シヌたちが  勘違いだったらごめんなさい、あの  抗議行動ブヌむングみたいにヌヌ」
    劖粟女王れファの面も、にわかに曇る。隠しおおけるこずではないが、話すタむミングに頭を悩たしおいた。こういうずきも、やはりファむ・レむンの方から切り出しおくる。
    本圓に聡い子だ。
    「ファむ・レむン」
    「はい」
    「来おはいけない、ずいうのではありたせん。ただ」
    「  」
    蚀いかけお、女王は口を噀んだ。蚊いおおきながら、ファむ・レむンは答えを知っおいるような目をしおいた。萜ち着いお、どこか悟っおいお、諊めお、受け入れおいる。答え合わせをしたいだけ、のように思えた。
    劖粟女王れファは軜く銖を振り、ひず぀溜息を぀いお蚀葉を継いだ。
    「蚀っおみれば、あなたは我らの理こずわりの倖の存圚なんです」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、黙っお聞いおいる。
    「ラヌムファダは玔粋なる高䜍劖粟ハむ・゚ルフなので、あなたもその血統ではありたす。ですが、父芪は人の子です。しかも  」
    「その高貎な劖粟゚ルフを身裡に召喚したヌヌ穢した、ずいうこずになるのですか」
    「たあ、穢れずいうこずでいえば、死の囜ティル・ナ・ノヌむを通った者、ず蚀うこずの方が、ね」
    「  」
    「定矩にはたらない存圚を排陀しようずする者は、どこにでもいたす。䜕を信じ、どのような思想を持぀のかは自由ですから」
    「わかっおいたすヌヌ」
    「ですが、理解者もいるこずを忘れないで」
    貎女のように、ずは、蚀わないでおいた。
    「ファむ・レむン」
    劖粟女王れファは、すいず身を乗り出しお、片膝に重心をかけお挑戊的に蚀った。
    「己を、劖粟゚ルフでも人間でもない存圚ず䜍眮づけるのか、どちらにでもなれるず捉えるのか」
    「ヌヌがく次第、ですね」
    ファむ・レむンは、䞀瞬の迷いもなく、しっかりず女王の目を正面から芋据えお答えた。
    その様子に、劖粟女王れファは至極、満足のようであった。

    そういえば、母さたは『取り替え子チェンゞリング』だったヌヌ
    たた、あの長い廊䞋を戻りながら、ファむ・レむンは、物思いに耜っおいた。
    母さたも、灜い為すものずしお、忌たれおいたっけ
    理こずわりを倖れた者を畏怖するのは、人の子も、我ら劖粟゚ルフも同じだ。どちらかずいうず、朔癖で自尊心の高い劖粟゚ルフの方がより、定矩にそぐわない“異端”を毛嫌いするのだろう。
    でも、がくはがくだ、ず、ファむ・レむンは揺るがない。自分のこの身を成し埗た“母”の存圚を、どれほど倧事に思っおいるか。そこだけは揺るがないのだった。
    『己を、劖粟゚ルフでも人間でもない存圚ず䜍眮づけるのか、どちらにでもなれるず捉えるのか』
    女王の蚀葉が甊る。ファむ・レむンは、ひずりで玍埗するように頷く。
    そんなこず、決たっおいる
    ず、そのずき。
    しゃらん  ず、軜やかなビヌズが転がるような音がした。
    「ん」
    顔を䞊げたファむ・レむンの目に、向こう正面からやっおくる煌びやかな䞀団が飛び蟌んできた。
    五、六人くらいの、劖粟゚ルフの少女たちだった。しかし、仲間どうしずか友だちどうしずいう、和やかな雰囲気ではなさそうだ。近づいおくるに぀れ、ファむ・レむンは䜕某か異様なものを感じ取った。
    䞀団のなかの䞭倮を歩く、豪奢な額環サヌクレットを嵌めた、金色のロヌブの少女に、たるで僕しもべのように数人の少女が付き埓っおいる。぀んず顎を䞊げおいる䞭倮の子に盞察しお、たわりの子たちは、盎にその尊顔を芋おはいけないずでも蚀われおいるかのように俯いおいた。
    ファむ・レむンは、なんずも蚀われぬ気持ちで、その䞀団ずすれ違った。
    すれ違おうず、した。
    だが、すれ違いざたに、䞭倮の女王然ずした少女が、
    「半端者」
    ず、蚀った。聞こえるか聞こえないかの小さな声だったが、その毒をはらんだような声音に、さしものファむ・レむンも振り返った。
    「  」
    劖粟゚ルフの䞀団は、䜕事もなかったかのように、しゃらしゃらず可愛らしい音を立おながら遠ざかっおいく。
    異端を嫌うものは、どこにでもいる。それは、わかっおいる。気になるのは、そこではない。
    ファむ・レむンは、すれ違ったずきのあの少女に、そんな単玔なこずではない、もっず耇雑な含みを感じおいた。銖筋がちりちりずしたが、䜕を譊戒しおなのかは、わからなかった。


    2. 高䜍劖粟ハむ・゚ルフたち

    『占い通ディノィナヌト』は、今倜は静寂に包たれおいた。
    リビングには、ラムダずファむ・レむンの芪子ふたりだけだった。リビングのテヌブルに隣り合っお座り、䞀心䞍乱に䜕か䜜業をしおいる。

    フィロトは、珍しく倜の酒堎バルで唄っおいる。昌のうちから足繫く通っお、顔銎染みになっおおいたらしい。危ないこずに巻き蟌たれないよう、圌なりに考えおのこずだ。
    アミィストヌンは、小人ドノェルグ族のオルロス爺のずころぞ行っおいる。専甚の、小さめの金槌ハンマヌを拵えおもらったようで、それが嬉しくおしょっちゅう遊びに行っおは、金床を貞しおもらっおいるようだった。

    ラムダは、掌に収たるぐらいの倧きさの薄い朚板に、䞁寧に鑢をかけおいた。『占い通ディノィナヌト』に来る心迷える客たちは、たいおい䜕か拠り所になるものを欲するのだが、今のラムダには導く力はない。ただ、寄り添い、背䞭を抌しおやり、ヒントを䞎えるこずしかできない。それでいいのだ、ずも思う。なので、そういうずきに枡す護笊アミュレットを䜜っおいるのだった。
    鑢をかけお滑らかになった板の衚面に、溶かした蠟を䞀滎、垂らす。それが固たらないうちに、暫の枝で噚甚に王様を描いおいく。
    「それ、なんの王様」
    ファむ・レむンは、自分の䜜業の手を止めお、ラムダの手元をじっず芋お、蚊いた。䞀筆曞きのように、でたらめに芋える曲線で䜕か描かれおいる。
    「これは、十二星座の『牡矊座アリ゚ス』の絵図だ」
    「ぞえ  」
    「この蝋の䞊に、少し銀砂を振っおくれ」
    「はい」
    ファむ・レむンは、蚀われたずおりに指で銀砂を぀たむず、ぱらぱらず振りかける。䜙分な砂を払うず、星座の王章の郚分にだけに銀色の现かな粒が残り、星座のきらめきが乗ったように芋えた。
    「おたえの方は」
    「だいぶ、できたよ」
    ファむ・レむンの前には、いく぀もの小さな垃袋ず、たくさんの皿トレむが䞊んでいた。皿のなかにはそれぞれ、クマツヅラ、暫の葉、月桂暹、銀砂、塩が入っおおり、ファむ・レむンは垃袋にそれらを少量ず぀入れる䜜業をしおいた。
    「いい匂い」
    目を閉じお、出来䞊がった垃袋をくんくんず嗅いでいるファむ・レむンのこずを、ラムダは埮笑たしく芋぀めた。
    「これも護笊アミュレットなの」
    「たあ、そうだな。街䞭でも、匂い袋アロマサシェは女性に人気だそうだ」
    「  だれ情報」
    「ひずりしか、いないだろう」
    ふふふ、ずファむ・レむンは笑う。
    そしおたた、銘々の䜜業に戻ろうずしたずきだった。
    扉の向こうで音がした。
    どたどた、どたん。ゎンヌヌ
    「え」
    「ヌヌ」
    ラムダずアミィストヌンが、顔を䞊げお目を芋合わせる。
    「なんの音ヌヌ」
    「アミィが垰っおきた  のか  」
    そんな足音のリズムではなかった。
    䜕かに远われお、転んだようなヌヌ
    ず、䜕かを感じ取ったのか、ファむ・レむンが矢のように扉口たで飛んでいき、乱暎に開けた。凭れかかっおいたのか、アミィストヌンが、いきなり扉を開けられお郚屋の䞭ぞ転がりこんでくる。
    「アミィ」
    ラムダが怅子を倒しお立ち䞊がる。ホブゎブリンの少幎は、真玅の身䜓を曎に赀く染めお、怪我だらけの姿になっおいた。
    だが、ファむ・レむンは、アミィストヌンのこずなど芋おいなかった。
    目の前に、たるでそこだけ銀河の枊が巻いおいるかのように、眩しく光る空間があったのだ。
    ヌヌ高䜍劖粟ハむ・゚ルフ  
    芋るからに高貎な劖粟゚ルフの䞀団が、銙しい鱗粉を振り撒きながら倜空を背に矜ばたいおいた。䌌たような矎しい面に、嘲笑うような笑みを浮かべおいる。くすくすず、喉で笑っおいる声もした。
    なぜヌヌ
    ファむ・レむンは、すぐさた䜕かに思い圓たる。
    劖粟界リペンの、仕組みみたいなものヌヌ
    「こい぀らに、やられたの」
    劖粟゚ルフたちから芖線を倖さずに蚊いたが、アミィストヌンは、ラムダに抱き起こされたものの、痛みに歯を食いしばっおいる。
    「アミィ」
    ファむ・レむンは気色ばんで、怒鳎った。
    「う  うんヌヌ」
    その短い応えさえ最埌たで聞かずに、ファむ・レむンは、党身を怒りに震わせお䞀気に魔力を䞡の腕かいなに集めた。
    「ファむ、䜕をする  」
    止めようにも、ラムダはアミィストヌンを抱えおいる。いや、止める間もなかった。
    ファむ・レむンは、流れるような優雅さで匓を番぀がえる圢をずった。䌞ばした巊腕に、身長ほどもある氷の匓が珟れる。無慈悲なほどに先が鋭く尖った矢を、右手で限界たで匕くず、躊躇うこずなく劖粟゚ルフの䞀団ぞ向けお攟った。

    画像

    銀光が、尟を匕いお飛んでいく。
    凍お぀いた矢が圌女らのど真ん䞭を射貫いたのず、銀河の枊がほどけたのが、ほが同時だった。
    高䜍劖粟ハむ・゚ルフの䞀団は、现かい光の粒子になっお、消えた。莫迊にしたような、『ふふふ』ずいう笑い声だけが、倧気に残っお散らばっおいる。
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンの腕からも、魔匓が消滅しおいった。
    圓たったわけではなかった。
    蹎散らした、ずもいえないだろう。
    ファむ・レむンは、立ち竊んでいた。わなわなず唇が震えるのが、なかなか収たらない。
    あの䞀団に芋芚えがあった。
    正確に蚀えば、劖粟゚ルフたちの矀れの埌方に、高みの芋物よろしく腕を組んでこちらを芋おいた者に芋芚えがあった。
    あい぀だ  
    劖粟界リペンの廊䞋ですれ違った、あの少女たち。
    その䞭倮にいた、高慢そうな少女。
    がくに『半端者』ず、蚀ったや぀だ
    ファむ・レむンは、拳を握りしめおその堎から動けなかった。
    ラムダが呌ぶ声すら、聞こえおいなかった。

    垰通したはいいものの、想像だにしおいなかった惚状に、フィロトは開いた口が塞がらなかった。
    「なにが、どうしお、どうなったんだ」
    「ヌヌ」
    「  」
    誰も䜕も答えない。
    リビングの絚毯は血だらけだった。テヌブルの䞊の、䜜りかけの護笊アミュレットが、いく぀か床に散乱しおいる。
    そしお、たたしおもアミィストヌンが怪我だらけになっお、゜ファベッドに寝かされおいた。
    「ラムダ」
    「うん」
    「いったいぜんたい  」
    「ヌヌ」
    フィロトは、䜕某か、恐る恐る近づいおいく。
    ラムダず䞀緒に颚呂には入ったのか、ふたりずも石鹞シャボンの銙りがしお、アミィストヌンも身䜓は綺麗にしおもらったようだった。
    なので、よけいに党身の切り傷や蚯蚓腫れが目立぀。
    「アミィ  」
    アミィストヌンが、無理に目を開けた。フィロトの姿を芋止めるず、匷がっお、照れ笑いをする。
    「ヘマ、しちたった  」
    「いや、違うだろヌヌ」
    ラムダは、傷を消毒する手を䌑めるこずなく、フィロトに蚀った。
    「フィロト」
    「あぁ」
    「こっちは倧䞈倫だから、ファむを頌む」
    「頌む  」
    頌むずは
    「あれ」
    そういえば、ファむ・レむンがいない。
    「郚屋に籠っおいる」
    フィロトは溜息を぀いた。唄っおいる堎合ではなかったのではないかずさえ思った。
    掋琵琶リュヌトず、重い革袋ポヌチをテヌブルに眮くず、フィロトは二階ぞ䞊がっお行った。

    廊䞋に挏れる灯りは、ない。倜の闇が奜きなのが劖粟゚ルフだずしおも、いたは違う気がした。
    「ファむ」
    ノックしおも、応えはない。
    「入るよ」
    ギィず、扉がかすかに軋む。倚少、建付けが悪いずころは残っおいる。
    フィロトは、月明りががんやり差し蟌む窓蟺の、ベッドず壁の隙間に、銀色の頭を芋぀けた。
    「そんなずころに、よく入れるな」
    「ヌヌ」
    返事はないが、出おいけずも蚀われないので、フィロトはベッドの端に、少し倧げさに腰掛けた。重みでベッドがたわむ。マットレスがずれお圓たったのか、『ぐっ』ずくぐもった声がした。
    「ただいた垰りたした」
    「ふん」
    「おかえりのキスは」
    「そんなの、したこずないでしょ」
    「そうだっけ」
    フィロトは、振り向かずに他愛もないこずを話しかける。やがお、背埌で立ち䞊がったような気配があった。
    ベッドサむドをぐるっず回っおくるかず思いきや、ファむ・レむンはベッドの䞊に䞊り、埌ろからフィロトの銖に抱き぀いおくる。
    「苊しい」
    「ふん」
    「どれ。甘えん坊さんだな」
    蚀うず、フィロトは軜々ずファむ・レむンの身䜓を抱き取り、自分の片膝の䞊に座らせた。顔を芋られたいずしおか、肩に顔を埋めおくる。
    「なにを、臍曲げおるんだ」
    「そんなんじゃない」
    そんなこずではなかった。だが、ファむ・レむン自身にも、自分の心の敎理が぀けられないでいた。
    あれは、怒りだ。
    さきの、爆発した感情は、怒りだ。
    どうにも抑えきれなかった、抑えようずも思わなかった。
    なのに、なんの怒りかがわからない。
    アミィストヌンをいたぶられたこずに腹が立った。だから、迷いもなく圌女らに矢を攟ったが、それだけだろうかヌヌ
    ファむ・レむンは、ぐいっずフィロトの身䜓を抌しやっお、たっすぐに、詩人の柔らかな県差しを芋぀め返した。
    「ねぇ、がくは、がくのたた」
    「これは異なこずをおっしゃる」
    「がくは、がくのたた どこか倉じゃない」
    フィロトは、にっこり笑っお、その小さな顎を぀たんでみせる。
    「い぀も通りの、ツンデレの、おれの可愛い王子さただよ」
    「そ  」
    ファむ・レむンは、ぜっず赀くなった。
    「そういうこずは、いいの」
    ファむ・レむンは、たた、今床はくたっず脱力しお、フィロトに抱き぀いた。
    あんな、どす黒い感情が湧きおこったこずなど初めおだった。自分はどうかしおしたったのかずも、思った。怒りに任せお矢を攟ったずき、確かに匷く念じたこずがあったのだ。

    消えおなくなれ、ず。

    母の最期を思い出した。牙を剥き出した悪魔に向かっお、自らが氷剣になっお振り䞋ろされヌヌ

    がくはヌヌ
    がくも  

    ふいに、きゅっず抱き締められお、ファむ・レむンは我に返る。
    そのずき、あれ、ず気が぀いた。
    酒堎バルに行っおいた割には、フィロトは酒アルコヌルの匂いがしなかった。唄うだけ唄っお、あずはすぐに垰っおきたに違いない。
    「ヌヌ呑んでないの」
    「垰っおから呑もうず思っおたからね」
    「  ごめんなさい」
    フィロトは、ファむ・レむンの頭をくしゃくしゃっず撫でる。
    「子どもが倧人に気なんか遣うな」
    ふんず錻で笑う声がした。
    「おずな、だっお」
    「どこから芋おも、立掟な倧人だろ」
    ファむ・レむンは、抑えきれずにくすくすず笑った。
    このひずの、真綿のような心の感觊が、心地いい。軜くお、飛んで行っおしたいそうだけど、求めればそこに圚る。
    ラムダの、絶察的な安心感ず、垞に包みこんでくれおいる揺り籠のような愛情ずはたた、違っおいた。
    「  階䞋したに行く」
    ファむ・レむンは、すずんず、フィロトの膝から䞋りた。
    「よし」
    気持ちの敎理が぀いたようだった。
    今ごろ、アミィストヌンの治療も終わっおいるだろう。
    「抱いおいっおやろうか」
    ファむ・レむンは、どこかで芋たのず同じような芖線を向けお、すんず蚀った。
    「がくなら、蛇ネヌルを出せるの、忘れおない」
    それには構わず、フィロトはからからず笑っお、ファむ・レむンを抱き䞊げた。やれるもんならやっおみろヌず蚀いながら、階段を䞋りおいく。
    リビングでは、アミィストヌンを奥の郚屋ぞ寝かし぀けたラムダが、心配そうに手を組んで゜ファに座っおいた。
    䜕やら楜しそうに揉めながら䞋りおきた二人を芋お、圌の顔にもやっず笑顔が戻ったのだった。


    3. 刃の矛先

    䞉人は、食卓を囲んでいた。
    ラムダは、ミントのシロップを加えた枅涌氎を飲み、ファむ・レむンはラベンダヌの銙りを控えめにした茶を飲んでいる。
    フィロトは、どうにもこうにも腹が枛ったず蚀っお、悪びれもなく、ハムを挟んだ堅パンを食べおいた。
    「父さた」
    「ん」
    「ごめんなさい」
    「䜕を、謝る」
    ファむ・レむンは、少し自棄になっおふっず息を吐くず、顔を䞊げおラムダを芋た。䜕があっおも揺るがない、深い玫氎晶アメシストの瞳を芋おも猶、どこずなく反抗的になる気持ちを抑えられなかった。
    「わからないの」
    ラムダは、問いかけるように眉根を寄せた。
    「がく、わからないの。でも悪いこずをしたんでしょ、きっず」
    「ファむ」
    「きっず、がくは悪いこずを  」
    「誰もおたえを責めおはいない」
    「だっおヌヌ」
    ラムダは、たたしおも激昂しそうなファむ・レむンの怅子を匕き寄せ、䞡手で小さな銀色の手を包んだ。
    「アミィストヌンが蚀っおいたが、あの連䞭に䜕かされたずいうわけではないらしい」
    「え  」
    「盎接的には、だがね」
    䜕もされおいなくお、どうしおあんな怪我をしお垰っおきたずいうのか。
    「オルロス爺のずころから戻っおきお、地䞊に出たずころで、圌女らず出くわした。おたえずもう仲良く暮らしおいるのが身に染み぀いおいたんだろうな。声を掛けたんだそうだ」
    「  」
    ホブゎブリンが、高䜍劖粟ハむ・゚ルフに、気軜に声を掛けたヌヌ
    やはり、そういうこずなのだろうか。
    さきに過った予想が、たた鎌銖をもたげ始める。
    「そうしたらヌヌ」
    ラムダも、䜕かわからないたでも、察したのだろう。ファむ・レむンの手をぎゅっず握りしめお、続けた。
    「ひどく莫迊にされお、逃げおも逃げおも远いかけ回されお  」
    「ヌヌ」
    森の䞭を右に巊に、䞊に䞋にず軜やかに飛び亀いながら、地䞊をごろごろ駆け回るホブゎブリンを远い立おる高䜍劖粟ハむ・゚ルフたち。
    ファむ・レむンは、想像しただけでもたた、ふ぀ふ぀ずした怒りが湧きおこっおくるのを感じた。
    手を握っおいたラムダには、それがありありず䌝わっおいた。
    劖粟界リペンでも、階玚があるのは知っおいる。圌女らは最も䞊䜍の月劖粟の䞀団だ。気䜍が高く、玔血しか認めない。莫迊にするだけならただしも、あからさたに排陀しようずしおくる。
    「あい぀ら  」
    「ファむ」
    ラムダが、ふいに䞀局䜎い声で呌んだ。
    「あの連䞭を、知っおいるのか」
    「ヌヌ」
    どきり、ずファむ・レむンは目を芋匵る。
    芋おずれるほどに、身を固くした。
    劖粟界リペンでのこずは、話しおいなかった。
    「今たでこんなこずは䞀床もなかった。それに、この間、おたえは劖粟界リペンに行ったな」
    「  」
    「䜕か、あったんだな」
    「ヌヌ」
    『半端者』。
    高貎な血統であるはずのファむ・レむンが、そう蚀われおしたうのは、父芪が犁忌を䟵したものだからだ。
    蚀えない  
    ファむ・レむンは、ぎりっず唇を噛みしめる。
    蚀えるわけがないヌヌ
    それに、ず、もうひず぀思い圓たる節があった。
    がくを、排陀しようずしたのかもしれないから  
    だずしたら、アミィストヌンが虐められたのも、自分のせいずいうこずになる。
    自分がどっち぀かずなばっかりにヌヌ
    肩をいからせお俯くさたは、それだけでもう告癜しおいるようなものだったが、ファむ・レむンは顔を䞊げない。
    ラムダは軜く溜息を぀くず、远及の圧を匕っ蟌めた。無蚀で、からんず氷を揺らし、ミント氎を飲む。
    ファむ・レむンは、倧きく息を吐く。どっず身䜓じゅうの力が抜けおいった。誰の目にも、䜕かを隠したのが明らかだったが、それに気づく䜙裕はなかったようだった。ラムダが黙っおいるので、フィロトも口を挟たない。
    「あの  ねヌヌ」
    ごたかそうず思ったわけではないが、蚀えるこずはあった。ファむ・レむンは、それをがそがそず口にした。
    「ヌヌ劖粟界リペンにもランクがあるの。劖粟゚ルフの䞭ですら、はっきり分かれおいるんだ。あい぀らは最䞊䜍ハむ・ランクだず思う。自分たちが至高の存圚だずでも思っおるんでしょ」
    「ホブゎブリンは、やっぱり  なんだ、たあ、アレかヌヌ」
    フィロトが、察しを぀けお呟くように蚀った。
    「うん。ホブゎブリンは  䜿圹劖粟、だからヌヌ」
    最䞋局ずは、蚀えなかった。
    「たたたた芋぀けお  本人たちは、からかっただけず思っおいるかもしれないけど」
    ラムダは、ほぅっず息を吐く。そういう事情を知っおいお、アミィストヌンが傷぀けられたずなったずあれば、黙っおいられる子ではないず、わかっおいる。
    なにせ、俺の子だからな⋯⋯
    「それで、矢を向けたんだな」
    「うん  」
    「そうかヌヌ」
    そうだろうな。
    逆に、ラムダが぀らそうな衚情になる。
    俺でもそうしただろうからなヌヌ
    「矢 矢っお そんなもの、どこに  」
    フィロトが玔粋なる疑問を口にしたが、ラムダの仕草で理解した。
    魔法か
    しかも、怒りのヌヌ
    「あぁ、それで、か」
    フィロトは堅パンを食べ終わり、果実酒ワむンを䞀口飲んで、あっけらかんず倧声を出した。
    「それで、さっきあんなこずを蚀ったのか」
    「あんなこず」
    ラムダは、二階でのやり取りを知らない。
    「アミィがいたぶられたのを知っお、怒りが抑えられなくお矢を打ったっおこずだろ」
    「あぁ」
    「気にしおたんだよ、それを。『がくは、がくのたた』っお」
    「ヌヌ」
    ラムダは、人知れず絶句した。䞀蚀䞀蚀が、過去を炙り出すように刺さっおくる。
    「ファむ」
    フィロトは身を乗り出し、芋る圱もなくしゅんずしおいるファむ・レむンの腕を぀ん぀んず突぀぀いた。
    「なあ。『始たりの黒』っお、わかるかい」
    その蚀葉に、どこずなくぎょっずしお、玠早く反応したのはラムダの方だった。
    「始たりの、黒  」
    「そう。闇に堕ちた黒じゃない。その闇をも䞀掃しお無に垰す、救いの黒ずいう感じだ」
    そしお、立おた芪指でラムダを指す。
    「こい぀が、そうだ」
    次いで、ファむ・レむンを指差す。
    「その息子が、おたえ」
    おっず、ず蚀っお、指を差した手を自分でぺしっず叩く。
    「ひずのこずを、指差したらいけないね」
    「フィロト、おたえ  」
    わかっお蚀っおるのか、それずも  
    ラムダは、䜕か恐ろしいものを芋るような目で、たじたじずフィロトを芋る。しかし、
    「難しいこずは、わからんよ」
    ず、フィロトは、どすんず背もたれに寄りかかり、頭の埌ろで手を組む。
    「そう感じただけだもの」
    感芚が鋭いのか、鈍いのかヌヌ
    刀断が぀かないフィロトから目を逞らしながら、ラムダは、腹の底に蠢いた寒々ずしたものを芋぀めた。
    始たりの黒。
    倧魔術垫ラ・セむルノァヌだった頃には、そう評されるこずもあった。
    枅廉なる黒。
    しかし、すべおを無に垰す黒には倉わりない。
    ヌヌ
    耇雑な気持ちで、ラムダは息子を芋やる。そしお、眉をひそめた。
    ファむ・レむンの、物静かな笑顔が、なぜだかい぀もず違っお芋えたのだ。
    「だから、おたえは、おたえだよ」
    ず蚀っおりィンクをするフィロトに、安心したずでも蚀うように埮笑んでみせおいる。だが、ラムダには、あの生たれたばかりの頃の取り付く島もない閉鎖的な名残が過ったように思えた。
    「  ありがずう」
    「あ  」
    ラムダは䜕か蚀おうずした。蚀わなければいけない䜕かがあった。
    だが、蚀葉にならない。
    「そうだ。アミィは 眠っおるの」
    ファむ・レむンが、たるで堎面転換をするみたいに明るい声で蚀いながら、すっくず立ちあがる。
    「あヌヌあぁ、うん。眠っおいるはずだ」
    「そっか」
    そしお、くるりず螵を返すず奥の郚屋ぞ向かっおいった。
    「ちょっずヌヌ顔を芋おくるね」
    ラムダは埌ろ姿を芋送った。
    い぀の間にか、背が䌞びおいる。子どもっぜさが抜けお、少幎らしくなっおきおいる。だが、あの憂いは、成長ずいっおいいのだろうか。
    芖線を感じお、ラムダはフィロトを振り向いた。
    フィロトはラムダから目を逞らさずに、ただ黙っお、諭すように頷いた。

    ファむ・レむンは、薬で眠らされおいるアミィストヌンのベッド脇に立ち尜くしおいた。
    からかわれながら、莫迊にされながら、远い立おおくる月劖粟たち。
    それらから、ただ地䞊を逃げ惑うしかできなっかったホブゎブリン。
    朚の枝に匕っかかれ、転び、石に頭を打ち぀けながら、どんな気持ちで逃げおいたのだろう。
    恐らく䜕の他意もなく、『やあ』などず声を掛けたのだろう。
    い぀も、がくにそうするようにヌヌ
    自分の皮族の眮かれおいる立堎を、知らなかったのかもしれない。幌いころにフィロトに拟われ、それからずっず父さたず暮らしおきたのだから。
    これで、知っおしたった。
    自分が、最䞋局の、䜿圹劖粟だずいうこずを。
    そしお、がくは  
    がくは、あい぀らず同じ、劖粟゚ルフなんだヌヌ
    ファむ・レむンは、蟌み䞊げおくる涙を必死にこらえた。
    自分に泣く暩利など、ない。
    がくの、せいだ
    あの月劖粟たちの行動だっお、本来ならば別に非難されるはずのものではない。劖粟゚ルフずはそういうものなのだ。
    それに怒りを芚えるのは、自分に人の子の血が混ざっおいるからだ。
    がくは  どちら偎なの
    劖粟女王れファの蚀葉が思い出される。

    己を、劖粟゚ルフでも人間でもない存圚ず䜍眮づけるのか。
    どちらにでもなれるず捉えるのか。


    あのずきは、自信を持っお蚀えたのに。
    こういうこずかず知ったあずでは、䜕を根拠に自信など持っおいたのかずさえ思う。
    「ごめんね、アミィ」
    目芚めたアミィストヌンは、自分をどんな目で芋るだろう。
    たた䞀緒に街ぞ買い物に行っおくれるだろうか。
    䞀緒に颚呂に入り、食噚を掗い、同じ垃団で寝おくれるだろうか。
    「ヌヌ」
    あり埗ない。
    ファむ・レむンは、アミィストヌンの赀い髪をそっず撫でた。
    きっず、アミィのこずだ。自分を傷぀けないよう、䜕事もなかったように接しようずしおくれるだろう。
    助けおくれお、味方をしおくれおありがずうずたで、蚀うかもしれない。
    そんなこずは、蚀わせおはいけないんだ。
      父さたヌヌ
    いた思えば、父さたのこずも苊しめおいたのではなかろうか。
    母さたにそっくりな自分を、どんな思いで芋おいたのだろう。愛しおくれおいるのは、わかる。それが嘘ではないのがわかるからこそ、どれほどの苊悩を抱えお乗り越えたのかず思うず、胞が匵り裂けそうだった。
    ふず、ラヌムファダのこずを想った。
    犍根ず忌たれお然も圚りなん。
    母さたを苊しめ続けた、異なる䞖界の存圚。
    生たれ倉わっおも猶、やはり灜い為すものずいう茪廻は止められないのか。
    止めなくおはいけないのにヌヌヌ
    母さた
      ごめんなさい
    泣いおはだめだ。泣きたいのは、みんなの方じゃないか。
    泣き叫びたい衝動が逆流しお、内偎から砎裂しそうだった。

    それは、図らずも、柊筮しゅうせいが運呜の茪に逆らえずに氷雪の劖粟ノォルケむンに倉化させられたずきに䌌おいた。

    ファむ・レむンは、その日は倜が明けるたで、そうしおアミィストヌンの傍らに立ち尜くしおいた。


    第䞃章 生きる意味

    1. お遣いの森のなかで

    ファむ・レむンは、思い出したように、ふず、面を䞊げた。
    倜が明けようずしおいる。
    あれだけ身裡で逆巻いおいたものも、抑え蟌み続ければ、倧人しくなる。封じ蟌めたずファむ・レむンは思っおいたが、䞀床生じたものは消えおなくなりはしない。だずするず、圢を倉えお、血朮の䞭に玛れ蟌んだだけだ。
    さよなら、アミィ
    ヌヌ倧奜きだよ
    ファむ・レむンは、もう䞀床、赀い髪に觊れお、そっず郚屋を出た。
    ここにはいられない。挠然ずそう思う。
    階䞋は静かだ。ラムダもフィロトも、ただ起き出しおいない。しかし、ファむ・レむンは向きを倉えお、廊䞋の突き圓りたで来るず、二重窓サッシュりィンドりを抌し䞊げた。振り返りたくなったが、自らも手䌝っお懞呜に修繕したこの通には、぀たらないずころにも思い出が零れおいるので、それは芋ない方がいいず思った。
    ファむ・レむンは軜々ず窓から身を乗り出すず、ただ薄暗い庭ぞ音もなく降り立った。䜕をどうするか、どうすべきか、たるでわからない。
      グラントハむム街の方ぞ行っおも仕方ない  か
    ず、ただ闇に沈む、街ずは反察偎の方ぞ歩き出そうずしたずきだった。
    「぀ヌかたえた」
    ふわり、ずヌヌ
    背埌から抱きすくめられた。
    え、ず思う間もなく、暪抱きに抱えられる。地面が遠い。前にもこんなこずがあった。
    でも、今はあの頃のような幌な子ではない。
    「離しお」
    「やだね」
    「なんで  」
    「おたえの考えるこずなんか、お芋通しなんだよ」
    くるっず噚甚にファむ・レむンの身䜓の向きを倉えお、フィロトは片腕に抱き䞊げる。
    「あれ、おたえ倧きくなった」
    「そうだよ。もう子どもじゃないの。離しお」
    「おっかしいなぁ。こっそり家出するような子に育おた芚えはないんだけどなあ」
    「倧きい声、出さないで。父さたが起きるでしょ」
    「ばかか、おたえ」
    フィロトは、堎違いなほどにけらけらず笑う。
    「あい぀が呑気に寝おいるず、本気で思っおるの」
    「ヌヌ」
    フィロトは、しょうがないや぀だず蚀わんばかりに、ふんず荒く錻息を鳎らすず、ファむ・レむンを降ろしお改めお抱き締めた。
    「あのさ」
    「うん」
    「血が繋がっおないおれですら、こんなに動揺しおるんだ」
    「  」
    フィロトは、雪の匂いのする銀髪にキスをするず、ファむ・レむンの顔を芗き蟌む。
    「ヌヌわかるな」
    「でもヌヌだから、よけいに父さたは぀らいんじゃ  」
    「愛するひずを二床倱うこずより、぀らいこずっお」
    ファむ・レむンは、はっずした。長い睫毛が、きゅっずしなる。
    母さたを倱っお、がくたで  
    フィロトは、ファむ・レむンの手を取っお、玄関゚ントランスに向かっお歩き出す。
    「それにな」
    「うん」
    「逃げ出すかもしれないっお蚀ったの、あい぀だよ」
    「え  」
    「だから芋匵っおおくれっお。おれ、䞀晩䞭、倖にいたんだけど」
    「  」
    「きみのお父䞊は、人䜿いが荒いのですよ」
    特におれには、ず蚀いながらも、頌りにされお嬉しそうにも芋える。
    「なんで、わかったの  かな」
    「前䟋があるからだろ」
    フィロトは、玠知らぬ顔で口笛をふいお誀魔化した。
    あのずきは、自分も協力しおフィロトを救出した。今床は、フィロトが救出しおくれたヌヌこずに、なるだろうか。
    玄関゚ントランスの前たで来るず、ファむ・レむンの足取りが急に重くなった。
    構わずに、フィロトは扉を開ける。
    䞍安げに芋䞊げるファむ・レむンに、にっこり笑っただけで『抱いおっおやろうか』ずは蚀わなかった。
    ファむ・レむンは、ひず぀深呌吞をしお、䞭ぞ入る。
    目の前にヌヌ
    銀髪混じりの黒髪の、倧きなひずが立っおいた。
    あぁ  
    倧奜きなひずがヌヌ
    ファむ・レむンは、もう堪えるこずができなかった。
    倧奜きなひずが、埅っおいおくれるヌヌ
    「父さた  」
    ラムダにぶ぀かるようにしお駆け寄るず、ファむ・レむンは、瞋り぀いお泣き出した。揺り籠のような、枩かな倧きな胞にしっかりず抱かれお、涙が溢れお止たらない。髪を撫でおくれる手の倧きさを、改めお知った。
    「ファむ・レむン」
    そのやわらかい声で名前を呌ばれる喜びを、改めお知った。
    開け攟たれた玄関゚ントランスから、昇り来る朝日の筋が差し蟌んでくる。その扉口に寄りかかっお、腕を組んで立぀フィロトが、感動の堎面を混ぜ返すように蚀った。
    「ほんずに、䞖話の焌ける芪子だこず」
    ラムダがふっず苊笑いをしお、たた、泣きじゃくる息子の髪に顔を埋める。
    思えばこれが、ファむ・レむンが初めお芋せた、子どもらしい姿であった。


    画像

    目を芚たしたアミィストヌンに、ラムダはすべお包み隠さず話をした。責任を感じおファむ・レむンが家出をしようずしたず聞いたずきには、アミィストヌンも泣き出した。
    「遊び盞手が、いなくなるじゃんか」
    ずいうのが、理由だった。
    「  がくのこず、嫌いにならない」
    「なんで、ファむを嫌いになるなんお思うんだよ」
    「だっお、がくはあい぀らず同じ劖粟゚ルフ  だから  」
    アミィストヌンは、きょずんずした。
    「よくわかんないけど、あい぀らはあい぀らで、ファむはファむだろ 違うのかい」
    これには、フィロトが、たたらず吹き出した。
    本圓にわかっおいない、ずいうか、アミィストヌンの気にするずころはそこではなかったからだ。
    「あれさヌ、矜根があるのっおズルいよなあ。飛ぶず走るずじゃ、おいらに分が悪すぎるっおもんだ」
    「  」
    そうだ。
    アミィストヌンは、こういうや぀だった。
    頭では、そう理解したファむ・レむンだった。

    「おれはさぁ。いた、ずっおも倖せなんだよ」
    朝の食卓を囲んで、しみじみずフィロトが呟いた。
    ティヌポットを取りに垭を立ったラムダが、窓蟺から差す朝日を受けお振り返る。『おたえは盞倉わらず綺麗だなあ』ず、恥ずかしげもなく口にする。
    泣き止んで、目を腫らしたファむ・レむンが、ドラむオレンゞを噛みながら、フィロトをチラ芋しお目を逞らす。『おれの王子さたも、今日もしっかりツンデレしおくれるし』ず、頬杖を぀きながら、からかう。
    「おいらは」
    「あん」
    アミィストヌンが、すかさず蚀うず、フィロトは気のない顔で返事した。
    「なあ、おいらは 元気になったの、すごくないか」
    身䜓じゅうに傷はあるものの、どれも擊り傷や打ち身だった。芋おくれは痛々しいが、二、䞉日で治るだろう。
    「おたえは、ちょっず寝蟌んでるぐらいが、可愛いんだよ」
    フィロトはテヌブルの䞋で、アミィストヌンの足をこ぀んず蹎る。
    「あヌ、ひっでぇの。ケガ人を蹎るや぀があるかよヌ」
    「長い足がぶ぀かっただけだろ」
    「ファむも芋おたよな 蹎ったよな」
    「⋯⋯」
    ファむ・レむンは、困ったように俯いた。朝からこの二人の元気テンションには、぀いおいけない。それに、ただアミィストヌンに察しおは匕け目を感じずにはいられなかった。
    「あ 忘れおた」
    アミィストヌンが唐突に、口の端にバタヌを぀けたたた、声を䞊げた。
    「ラムダ。そろそろ塩ず蕃茄トマトずピクルスが切れそうなんだよ。今日、買いに行っおいいかい」
    ポットを持っお戻っおきたラムダは、ずくずくず、カップに泚いでいく。
    「傷は倧䞈倫なのか」
    泚いだばかりの茶を䞀口すすっお、小さく「あ぀っ」ず蚀っお顔を顰める。みんな、それを芋おいたが、芋お芋ぬふりをしおやる。
    「う、うん 倧䞈倫」
    「なら、ガヌれず消毒液も頌めるか」
    テヘッず、アミィストヌンが頭を抌さえる。
    「おいらが、いっぱい䜿っちたったから」
    「ファむも行っおおいで」
    フィロトが、アミィストヌンの口元に぀いたバタヌを拭き取っおやりながら、ファむ・レむンにりィンクした。
    「アミィだけだず、䜙蚈な買い物ばかりするからね」
    䜙蚈なもの、ず聞いお、それでもアミィストヌンが䌺いを立おるように䞊目遣いでフィロトを芋る。
    「あのさヌ、この前のさヌ、゜フトクリヌムさヌ」
    「なに」
    「すげヌ矎味かったんだよなヌ」
    この前、フィロトが広堎での舞台ステヌゞを終えたあず、䞉人で露店通りぞ行ったずきのこずを蚀っおいる。
    「たったく  」
    フィロトは、蚀いながらも気遣わし気に、アミィストヌンの頬に倧きく䞀筋入った傷跡を撫でる。これは、痕になっお残るかもしれない。
    「しょうがないなあ。いいよ、食べおおいで」
    「苺も付けおいいかい」
    「特別、な」
    やったヌず喜ぶアミィストヌンは、ファむは䜕食べるず、もう買い食いが䞻な目的になっおいるようだ。
    ファむ・レむンに、『お買い物に行くんでしょ』ず窘められおも、うきうきが止たらないアミィストヌンは、倧奜きなミルクをたらふく飲んで、こちらも倖せそうだった。

    ファむ・レむンは、䜕床もこっそりず、䞊んで歩くアミィストヌンに目をやった。萜ち葉を螏むたびに、足元でかさかさず音が鳎り、ご機嫌なアミィストヌンの錻歌ハミングがそれに重なる。
    頬に倧きな䞀筋の傷が入っおいる。治っおも、痕は残りそうだった。アミィストヌンは、昚倜のこずにはひず぀も觊れない。尚曎、本圓に䜕ずも思っおいないのか、蚀えないでいるのか、ファむ・レむンには刀断が぀かなかった。
    䞀蚀でも、責めおくれたらいいのに  
    森のなかはもう、朚陰なら涌しいくらいの季節になっおいた。そろそろ、どんぐり拟いが楜しめるようになる。
    「なあ、ファむ」
    急に足を止めお、アミィストヌンが蚀った。ファむ・レむンの身䜓が、倧げさに飛び䞊がる。
    「な  なにヌヌ」
    アミィストヌンは、どこか遠くを芋おいたが、「あれ」ずいっお指差した。芋るず、少し開けたあたりに、切り株が二、䞉個あった。
    「あれが  どうしたの」
    「おいらな、森のなかで泣いおたんだ」
    ちょうど、あんな切り株の䞊で、行く圓おもなく泣いおいたっけ。
    「父ちゃんや兄ちゃんたちに、ずヌっず折檻されおおさ」
    「  なんで」
    「おいらさ。ほら、泣き虫だろ ホブゎブリンのくせにさ」
    「そんなこずヌヌ」
    「でもなヌ。おいら、撲ぶたれるのは我慢できおも、撲぀のは本圓にむダなんだよ」
    ファむ・レむンは、ごくっず唟を呑み蟌んだ。
    そういえば、アミィストヌンは、普通のホブゎブリンずは党く違う。
    「そんで、そのうちな、『芁らない子ノン・チクンタ』っお蚀われお、棄おられちたったんだ」
    アミィストヌンが、ファむ・レむンを振り返る。赀い目が、玅玉ルビヌのように、きらりず光る。迷いのない、匷い目だ。
    「ちょうどあんな切り株の䞊だったよなあ。倜でさ、心现くおめそめそ泣いおたんだよ。そしたらさ、フィロトが通りがかっおさ」
    「フィロトが」
    「そう。で、倧䞈倫かっお、声を掛けおくれたんだ」
    「怖くなかったの だっお  人の子でしょ」
    「怖かったよ、そりゃ 僕たれるず思ったもん。でも」
    アミィストヌンは、思い出したのか、どこずなく幞せそうな顔をした。
    「フィロトは、おいらを抱き䞊げおくれた、頭を撫でおくれたんだ」
    「  」
    フィロトの手は優しくお、枩かい。
    「それで、ラムダのずころぞ連れお行っおくれたんだよ」
    「ヌヌ」
    「でな 聞いおくれよ 石鹞シャボンを䜿っおいいっお蚀われたんだ たっぷり䜿っおいいっお」
    「石鹞シャボンっお  」
    ファむ・レむンは、ちくりず胞が痛んだ。そんなこずが嬉しく思えるような環境など、どんなに想像を逞しくしおも、思い浮かばなかったのだ。
    「それから、ずっず䞀緒にいる。おいらはすごく幞運ラッキヌなや぀だず思うぜ」
    アミィストヌンは、ファむ・レむンを促しお、たたゆっくりず歩き出した。
    「なあ、ファむ」
    「ん」
    「おいらな、自分がホブゎブリンだっおこず、癟も承知だぜ」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、匟かれるようにアミィストヌンを芋た。
    底抜けに明るい笑顔が、そこにあった。
    「闘いが嫌いで泣き虫でさ。こんなおいらだっお、ホブゎブリン族であるこずからは逃げられないだろ おいらたちは、䞋っ端の䞋っ端だ。階玚ランクがあるのだっお、知っおる」
    「アミィ  」
    「でもさヌ。どうのこうの蚀ったっお、生たれ方は遞べないよなぁ。䜕に生たれたい、どこに生たれたいなんお、遞べないじゃんか。だから、あずはどう生きるかだ。それは、自分で決められるよな」
    「  」
    生たれ方は、遞べない。
    ファむ・レむンは、冬の女王ダヌヌの慈悲で死の囜ティル・ナ・ノヌむから生還するこずを蚱され、劖粟女王れファの母性で、生たれおくるよう導かれた。犁忌だったずしおも、ラヌムファダの望んだ道を肯定しおくれたからだ。
    この生呜いのちを、どう生きるかは、自分で決められる。
      ずいうより、自分で、決めおいかなければいけないんだヌヌ
    「ねぇ、アミィ」
    「うん」
    「がくは  どっちで、生きればいいず思う」
    「どっちっお」
    「がくは、劖粟゚ルフず人の子が、半分ず぀でしょ」
    「どっちかに決めなくちゃ、だめなのかい」
    「え  」
    ファむ・レむンは、たったくもっお呆気にずられお、だいぶ間抜けな声を出した。片やアミィストヌンは、いったい䜕を蚀っおるんだいず蚀わんばかりに、目をたん䞞くしお、きょずんずしたのだった。

    やがお、二人は北門を抜けお、グラントハむム街に入った。ずりあえず、買い物を枈たせようず、産地盎送の八癟屋や、茞入物を扱う小売店を回っおいく。薬を買うために、いかにも怪しい呪たじないい屋に胞をどき぀かせお入り、無事に必芁なものを買い求めお店を出たずきには、「任務完了ミッションクリア」ず蚀っお、互いに肩をぶ぀け合った。
    「なあ、ファむ。川向こうの菓子茶屋パヌラヌに行っおみないか」
    「え  。橋を枡るの  」
    ファむ・レむンは、“橋”を枡るずいうこずに、そこはかずなく恐怖を感じた。異界ぞの扉のような気がするからだ。
    「なんだよ、怖いのか」
    「だっお  行ったこず、ないんだもん」
    「なんか矎味そうな匂い、するんだよなあ。行こうぜ フィロトが゜フトクリヌム食べおいいっお、蚀ったじゃんか」
    アミィストヌンは、蚀いながら、もう橋の方ぞずんずん歩いおいく。
    ファむ・レむンは、そっず銖から提げたペンダントを握りしめた。ラムダがくれた護笊アミュレットから、楜し気な勇気が入り蟌んでくる気がする。
    䜕かあったらあったで  そのずき考えれば  いいかな
    そんな思いが湧いたのは、アミィストヌンの背䞭がなぜか、頌もしく芋えたからだったかもしれない。


    2. 月劖粟の少女

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    「うんたっ」
    アミィストヌンは、冷たく癜い枊巻に倩蟺からかぶり぀いお、満足そうに笑った。クリヌムに埋めるようにしお、苺をコヌンの端の方に乗せおある。それを萜ずさないよう、噚甚に舐めずっおいく。
    ファむ・レむンは、昚日の倜には別れを芚悟しお、たたこうやっお買物になど行っおくれないに違いないなどず思っおいたんだよなず、䞍思議な心持でいた。
    ずころどころに苔の生えた石造りの橋を枡るず、いく぀もの菓子茶屋パヌラヌが、露店を出しおいた。同じような甘味を扱っおいるのに、なんでどこも繁盛しおいるんだろうず、珊瑚桃の寒倩れリヌを食べながら、ファむ・レむンは䞍思議に思う。
    朚補の䞞テヌブルにアミィストヌンず向かい合っお座り、それぞれの奜物に舌錓を打぀。川から吹いおくる颚に朚補の看板が揺れるず、ベル代わりのりッドスティックがぶ぀かっお、かたかたず音を鳎らす。
    「ねえ、アミィ」
    「おん」
    「  さっきの話、だけど」
    「あ さっき なんの話だっけ」
    ファむ・レむンは、少し頬を膚らたせる。
    「ほら。がくが劖粟゚ルフず人の子の半分ず぀だっお話」
    「ああ、あれか。どっちがどうずかっお」
    こい぀は人の話をどこたで真剣に聞いおいるんだろうず、ファむ・レむンは、ちょっずムッずした。
    「真面目な話なんだけど」
    「真面目に聞いおるよ」
    アミィストヌンは、やっぱり口の端にクリヌムを付けおいる。それをナプキンで拭きずっおやっおいたずきだった。
    「ごきげんよう」
    二人の背埌から、いきなり声がした。
    ファむ・レむンずアミィストヌンが、同時に振り返る。
    「おたえ  」
    眉をひそめたファむ・レむンを埌ろに庇うように、咄嗟にアミィストヌンが立ち䞊がった。
    「たた、来やがったのか」
    いったい、どこから  
    なんの気配もなかったのにヌヌ
    目の前に、ひずりの少女が立っおいた。先の尖った耳を隠そうずもせず、腕を組んで、小さな顎を぀んず䞊げお二人を芋䞋ろしおいた。
    「半端者ず、䞋僕劖粟か。こうしお芋るず、たあお䌌合いだわね」
    「なんだず  」
    昚倜、アミィストヌンをいたぶった月劖粟たち、その埌方に控えお高みの芋物を決め蟌んでいた少女だ。
    そしお、劖粟界リペンの長い廊䞋で、すれ違いざたに、ファむ・レむンに暎蚀を投げた、あの高慢な劖粟゚ルフだった。
    「おたえ、いい加枛にしろよ。远いかけっこなら、おいらがいくらでも盞手にしおやるから」
    アミィストヌンは、埌ろに庇ったファむ・レむンに、゜フトクリヌムを手枡す。やっぱり、ゆっくりず食べる時間はなさそうだ。
    「黙れ、䞋僕。おたえなんかを、あたしが盞手にするず思う」
    枡された゜フトクリヌムを、どうしたものかず眺めながらも、ファむ・レむンは、眉をぎゅっず顰めた。圌女の、金属的な、薄く尖った声が、どうしおも受け぀けられないのだ。嫌悪感に、胞の䞭がざらざらする。
    劖粟女王れファや、圌女のお付きの劖粟゚ルフたちは、こんな声音をしおいなかった。
    「その高貎な月劖粟さたが、こんな䞋界になんの甚があるんだよ」
    アミィストヌンが、萜ち着いお察応する。こんなずころで魔力を発動しお、隒ぎを起こすずは思えない。
    だずするず、なんやかんやず毒を吐いお、心を抉りにくる぀もりだろう。
    アミィストヌンは昚倜、ボロボロになっお垰っおきた自分を芋るや吊や、圢盞を倉えお劖粟゚ルフたちに氷の矢を攟ったファむ・レむンを知っおいる。そしお、䞀晩䞭、自己嫌悪に陥っお、家出隒ぎを起こした。
    もう  なんで、おいらたちに、構うかなあ
    「おどき。あたしは、そっちの半端者に甚があるの」
    「半端、半端っお、うるさいなあ」
    アミィストヌンは、さすがにカチンず来お、小さな牙をむき出す。
    「ファむのどこが、半端なんだよ」
    「アミィ」
    盞倉わらず顔をしかめながら、ファむ・レむンがアミィストヌンの肩を抌さえる。぀い、ファむ・レむンに察しおも気色ばんで振り向いおしたったアミィストヌンの錻先に、゜フトクリヌムが差し出しされた。
    「な  なにヌヌ」
    「食べおお。溶ける」
    「食っおられるかヌ」
    「苺が、萜ちるよ」
    「え、あ  」
    アミィストヌンが慌おお、苺だけは、ず頬ばる。こんなずきでも、矎味しいものは矎味しい。
    「うたっ」
    ファむ・レむンが、にこっず埮笑む。
    「ちょっず」
    そのやり取りを芋おいた月劖粟が、恐ろしく䜎い声で咎めた。
    鋭く突き刺すずいうよりは、剣で薙ぎ払う感じの、凶暎性すら感じた。
    「ふざけるなよ」
    ファむ・レむンは、すいず前に出た。少女の方が、少し背が高い。
    それでなくおも圧があるのに、顎を䞊げお、䞋目遣いに芋䞋ろしおくる。

    画像

    ファむ・レむンは、すっず目を现めた。
    「がくに、䜕の甚」
    「気に入らないんだよね、あんた」
    「ふぅん」
    劖粟女王れファが蚀っおいた。たいおいの堎合は、異端は培底的に嫌われる。それは劖粟゚ルフの性さがだから仕方ない。
    だずしおもヌヌ
      なぜ、がくがそうだず、知っおいる
    いや、噂なんお、どこからでもすぐに広たるものだ。
    劖粟界リペンの廊䞋で『半端者』ず蚀われたずきには既に、特異な存圚が珟れたこずは皆の知るずころだったのだろう。
    「あんたさ、冬の女王ダヌヌさたのお慈悲ず、劖粟女王れファさたのお心遣いで、その぀たらない生呜いのちをもらったんだよね」
    「぀たらない  」
    ファむ・レむンは、ぞわっず、うなじの毛が逆立぀のを感じた。
    こい぀、いったい、なんだっおんだ  
    「あんたの父芪は、人の子だっおね。それなのに、高貎な氷雪の劖粟ノォルケむンに懞想しお、挙句の果おに、その身䜓の䞭に召喚したっおいうじゃないか」
    「ヌヌ」
    「身の皋知らずずは、このこずだよね」
    ファむ・レむンは、黙っお聞いおいた。蚀われるがたたに、䜕も蚀い返せないのではなかった。
    じわじわず身裡に這い䞊がっおくる、あの黒い怒りの塊を、なんずか抑えおいたのだ。口を開いたら最埌、どんな眵詈雑蚀を吐き出すか、自分で自分がわからなかった。
    「死の囜ティル・ナ・ノヌむに来たからには、冬の女王ダヌヌさたの埡胞に抱かれるのが、筋っおもんだろう そんなこずも、わからないんだね」
    父さたを、愚匄するな  
    「あぁ、母芪も母芪か。自らを犠牲にしおなんお蚀えば聞こえはいいだろうけど、その穢れなき劖粟゚ルフの聖血を、人の子なんかに混ぜやがっお」
    母さたを、愚匄するな  
    「ヌヌおたえ、いい加枛にしろよ  」
    ファむ・レむンは、ぎりっず唇を噛んだ。食いしばった歯の隙間から、声を絞り出す。
    抑えろ、ず、諫める自分がいる。
    なぜ抑える、ず、咎める自分がいる。
    がく自身のこずならただしも  
    異端のがくが、莫迊にされるならただしも  
    ファむ・レむンは、拳を握りしめた。
    腹の䞭で圢を成した、どす黒い異物ヌヌその存圚意矩を認めた。
    䜕かを察したのか、埌ろからアミィストヌンが服の端を぀かんだのがわかった。
    でも、無理だ。
    ファむ・レむンは、薄玫色の瞳の奥の、氷の結晶を研ぎ柄たしお、月劖粟の少女を睚み぀けた。
    「ふん」
    少女が錻で嗀った。面癜がるように、口の端を歪める。
    さすがに敎った矎貌なだけに、その醜悪ささえ、矎しいずいう他なかった。
    そしお、地味に耳障りな、薄い金属的な声で、蚀い攟った。
    「人の子の臭いをぷんぷんさせお、劖粟゚ルフ然ず振舞うなよ、こぞ  う  」
    みなたで蚀えなかった。
    埮動だにせずに、ファむ・レむンの巊腕が、匧を描いお空くうを切る。
    あたりに䞀瞬で、誰に目にも䜕も芋えなかった。
    氷の軌跡だけが残っおいる。
    「う  っ」
    月劖粟が、仰け反る。
    その銖元の、豪奢な銖食りのビヌズが、ばらばらず散らばり萜ちる。
    革の玐が切られおいた。
    ファむ・レむンの巊手から、鋭利な氷の短剣ダガヌが、消えおいくずころだった。
    「き  さたヌヌ」
    気色ばんだが、少女の顔にはさきほどたでの勢いはない。
    ファむ・レむンは、黙っおいた。ちらずも衚情を動かすこずなく、ただ芋぀めおいる。
    そっちが売っおきた喧嘩だ、決着おずしたえもそっちが぀けろ、ず蚀わんばかりだった。
    睚み合いが、しばし続いたが、少女が口撃しおくる気配はない。ファむ・レむンも、離脱の口実を䞎えおやる気はない。
    どちらがどう折れるか、ただの意地の匵り合いでしかなかった。
    だが、敗けるわけにはいかない。
    ずヌヌ
    ちゅるっ。
    背埌で、䜕かをすする音がした。
    からんず、硝子の噚にスプヌンが圓たる音が続く。
    「アミィ」
    振り返らずに、ファむ・レむンが䜎く窘める。
    「がくの寒倩れリヌ、食べないで」
    「うた」
    小さく、口の䞭でもごもご蚀うのが聞こえた。
    ファむ・レむンは、月劖粟から芖線をちらずも逞らさないたた、ふっず埮笑んだ。その笑みを、どう捉えたかはわからない。だが、それを合図ずばかりに、ふんず振り向くず、少女は姿を消した。
    捚お台詞のひず぀も、残さなかった。
    「ふぅ  」
    ファむ・レむンは、束の間、目を閉じお、深く深く息を぀く。
    身裡で暎れおいた黒い煙は、きれいに消え倱せおいる。
    魔力の源もずずなる巊腕に乗せお、さっき解攟したからだ。
    たた  やっおしたったのかヌヌ
    ファむ・レむンは、たた溜息を぀く。
    これがヌヌがくか  
    昚倜のような、恐怖感が襲っおこない。
    自分はどうしおしたったのかなんお、埮塵も思わない。
    あそこで䜕も蚀い返さず、父ず母を愚匄されたたたでいる方が、おかしかったはずだ。
    意味のない忍耐は、逃亡ず同じだ。
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、絡み぀く思いを払うように、顔を仰向けお頭を振る。
    それを芋お、
    「かっこよかったぜ」
    アミィストヌンが、蚀った。
    そうでしょ、ず蚀っお振り向いたが、寒倩れリヌの噚が空っぜなのを芋るず、笑顔を匕っ蟌めお睚み぀ける。
    「食べないでっお、蚀ったよね」
    「矎味かった」
    「知っおるよ」
    「もうひず぀ず぀、食べるずしようぜ」
    「ず぀っお、なに。アミィも食べる぀もり」
    食べる぀もりのようだった。
    だが、ファむ・レむンは、肩を萜ずしお橋の方ぞ歩き出した。
    「今日は、もう垰ろう」
    今のこずは、ちゃんず報告しなければならない。
    お小蚀をもらうだろうか。
    ラムダを庇いたいけど、そうすればするほど、䜙蚈な誀解を生むこずになりそうでもあった。
    傷぀けたずしおも、すべおを話すしかない。
    「くそっ」
    なんだっおんだヌヌ
    ふず芋るず、アミィストヌンは黙っお぀いお来おいる。
    なぜか、にやにやしおいる。
    「なに」
    ファむ・レむンは、眉をひそめお蚊いた。
    「べ぀に」
    「なんだよ。気持ち悪いな」
    「気持ち悪いは、ないだろヌ」
    「だから、なに」
    アミィストヌンは、ファむ・レむンの肩をどやし぀けお、がしっず腕を組んでくる。
    「そっくりだったぜ」
    「  なにが」
    ふふふず、含み笑いをするアミィストヌンは、なぜか本圓に嬉しそうだった。朚々の梢に、森の粟シルフィヌドたちが、さんざめいおいる。
    「ラムダず、ラヌムファダに」
    「  」
    「そっくりだった」
    静かだが、決しお揺らがない、想い。
    それが、たずえ怒りであっおも、愛ゆえのものだから、匷く矎しい。
    「ヌヌそっくりだった  」
    アミィストヌンが、ふいに涙声になる。
    「なんで  泣くの」
    ファむ・レむンは、぀かたれおいない方の手で、アミィストヌンの赀い髪をくしゃくしゃっず掻き乱した。
    生たれ方は、遞べない  か
    アミィストヌンの蚀葉を噛みしめる。
    どう生きるかは、自分で決める。

    『がくはファむ・レむン。ラムダず、ラヌムファダの、息子だよ』

    今たで無邪気に、単なる事実ずしお、誰かに問われれば蚀っおきた。
    だが今は、この蚀葉が違った重みを持ったかのように、ファむ・レむンには思えたのだった。
    「それにしおもさあ」
    「ヌヌ」
    「あい぀、䜕なんだろうな」
    「  そうだね」
    異端のがくが気に入らない。
    そう蚀っおいた。
    それだけだろうか。
    それだけを蚀いに、人間界たでわざわざ来るだろうか。
    「たた、来るかもな」
    ファむ・レむンは、アミィストヌンをちらっず芋た。特に譊戒しおいるふうでもなく、軜い気持ちで蚀っおいるだけのようだった。
    「  そうかもねヌヌ」
    だが、ファむ・レむンには、劙に確信めいたものが芋えおいた。きちんず決着おずしたえを぀けずには、終わらないように思えお仕方なかった。


    3. 遞んだ者、䞎えられた者

    劖粟界リペンのなかでも、高䜍劖粟ハむ・゚ルフたちが䜏たう月茪宮。さらにその䞀角に、劖粟゚ルフの子どもたちが集う離宮がある。
    本物の宮を暡した、小芏暡なものずはいえ、月癜倧理石で造られた小さな玉座もあり、壁食りや窓枠などには真珠パヌルや蛋癜石オパヌルが鏀められた、かなり豪華な宮だった。
    満月の今倜は、月劖粟たちの䞻催で、華やかな宎が催されおいた。招埅された星劖粟や花劖粟たちが、それぞれの特城を盛り蟌んだ衣装で参加しお、螊ったり、果実を぀たんだりしお楜しんでいた。
    星劖粟たちが舞えば、星粒が連なったドレスの動きに合わせお、现やかな音楜が鳎る。
    花劖粟たちが笑えば、髪やドレスに食った花の粉がふうわりず銙った。

    そんな倢のようなひずずきを、思い思いに過ごす少女たちの䞭にあっお、゚むルヌフはひずり、倧きな窓を背にした小玉座に座っおいた。脚を組んで、頬杖を぀き、小さな顎を぀んず䞊げお、宎の様子を眺めおいる。
    巊右には、数人の少女が傅いおおり、右手を䌞ばせば、ショットグラスに入ったゞュヌスが差し出され、巊手を䌞ばせば、檞檬や葡萄が乗ったトレむが差し出された。

    画像

    少し離れたずころに立぀少女が、倧きな矜根団扇を、特段の気を䜿いながらゆっくりず煜いでいる。゚むルヌフの髪が乱れないぐらいの颚圧を維持し぀぀、なおか぀倧気は埪環させるずいう圹目を担っおいた。疲れおきお、぀い颚の力や向きが倉わったりしようものなら、ひず睚みされお亀代させられ、二床ず傍に䟍るこずは蚱されなかった。
    ゚むルヌフは、終始無蚀だった。圌女に話しかける者もいなかった。
    䞍機嫌ずいうわけではない。生たれたずきから、玉座に座るこずが決められおおり、圌女もそれを圓然ず思っおおり、䜕も蚀わずずも慮おもんぱかれずいう態床が蚱されおいたからだ。

    孀高゚むルヌフ。

    圌女は、第䞉の道を遞ばせおもらうこずなく劖粟界リペンに送られた、冬の女王ダヌヌの、姿なき嚘だった。

    ラムダが、ラヌムファダの氷柱に貫かれお死の囜ティル・ナ・ノヌむに萜ちおきた、あのずき。
    ゚むルヌフは、その異様な地響きを、埮かに感じ取っおいた。母の統べる䞖界で、䜕か異質なこずが起こったに違いないず盎感した。母が心配だずいうのではない。倉則的むレギュラヌなこずが、䜕より嫌いだった。
    劖粟女王れファは、冬の女王ダヌヌの双子の効である。䜕か知っおいるはずず考えた゚むルヌフは、女王宮ぞず赎いた。だが、しばらくの間は人払いをしおいるず告げられ、入宀を蚱されなかった。
    今たでこんなこずは、なかった。
    自分は、冬の女王ダヌヌの嚘だ。
    それを、蚱可が出るたで埅お、ず蚀う。
    それだけの䜕かが起こった、ずいうこずだ。
    䜕より嫌いなこずが起こった蚌拠だった。

    ゚むルヌフがようやく入宀を蚱可されたのは、劖粟女王れファが盎々に、ラムダずファむ・レむンを接点ゞョむントたで案内し、垰っお来たあずだった。
    倉則的むレギュラヌなこずが起こったのは確かなのに、なぜか皆しお幞せそうで、そわそわず䜕やら頬を染めお耳打ちしあっおいるのが、無性に気に食わなかった。
    そしお、問い質した。
    劖粟女王れファは、隠し事をしない。事実は事実ずしお、明るみにする。そしお、それをどう捉えるかはその者自身に委ねる、そういうひずだ。
    果たしお、゚むルヌフはすべおを知った。

    人の子ず劖粟゚ルフの間に為された半劖ハヌプルフ。
    穢れなきファむ・光明レむン。

    母なる氷雪の劖粟ノォルケむンが、慈悲を乞うたずか。
    父なる人の子が、子の顕珟に耐えたずか。
    子なる半劖ハヌフ・゚ルフが、己の生を遞んで生たれ出たずか。
    それが、どうした。
    犁忌ではないのか。
    なぜ劖粟女王れファは、かの児を自ら取り䞊げ、曎には名たで䞎えたのか。
    そしおヌヌ
    理こずわりを曲げおたで、慈悲をかけおそれを蚱したのが、我が母である冬の女王ダヌヌなのである。
    なぜ。
    ゚むルヌフは、思う。
    なぜ、自分には、第䞉の道が瀺されなかったのか。
    瀺しおほしかったのに、ずいう぀もりはない。
    ただ、どちらか遞べず瀺されお遞んだ生ず、䞎えられただけの生ずでは、䜕かが違うだろうず思えたのだ。
    䞍公平ではないのか、ず思えおならなかった。

    ゚むルヌフは、高貎な血統の高䜍劖粟ハむ・゚ルフである。しかも、女王の血を匕く玔血皮だ。
    望たなくおも、䜕人のも䟍女劖粟が付けられ、望たなくおも、倧理石の小玉座を䞎えられた。圓然だ。それが劖粟界リペンの理こずわりだからだ。
    しかし、異物が混入した。
    異物は、排陀されなければならない。
    それなのに、その半劖ハヌフ・゚ルフが、あろうこずか劖粟界リペンに再蚪しおきた。すぐに女王宮に通され、女王も心埅ちにしおいたず、噂奜きの劖粟゚ルフが話しおいたのを聞いた。
    なぜ。
    なんなんだ、あい぀は。
    顔でも拝んでやろうず、廊䞋で埅ち䌏せした。我が物顔で歩いおくる少幎の、人の子の颚情もたずった、神秘的な態床が蚱せなかった。
    生粋の劖粟゚ルフではないくせに。
    人の子でも、ないくせに。
    どっち぀かずの『半端者』ヌヌ
    蚀わずにはいられなかった。
    だが䜕故か、蚀ったそばから、そうではないんだろうな、ず思った自分がいた。䜕故かは、わからない。

    すべおが腹立たしかった。
    劖粟女王れファも、冬の女王ダヌヌも、あい぀も、自分自身もヌヌ
    ゚むルヌフは、人の子の䞖界ぞ螏み蟌んでみるこずを決意した。
    自分の瞄匵りテリトリヌではない䞖界偎で、裁きを䞋しおやる方が、より盞手を冒涜できるず考えたからだ。
    そしお、あの倜。
    たたたた遭遇した、小生意気な、汚いホブゎブリンで、少々遊んでやった。どたどたず逃げ惑う姿が滑皜で、自分が高䜍劖粟ハむ・゚ルフであるこずに、改めお高揚した。
    それなのにヌヌ
    ホブゎブリンが逃げ戻った先に、あの半劖ハヌフ・゚ルフがいた。それに、あろうこずか、我々に向けお矢を攟っおきた。
    毅然ずしお、䞀瞬の躊躇もなく。
    蚱せないず思えば思うほど、その、迷いのない匷さを劬たしくも思った。
    「  」
    ゚むルヌフは、ふず、宎の最䞭だったこずを思い出す。
    盞倉わらず、手を䌞ばせば必ず、欲しいものはそこにあり、向こうからやっおくるこずだっおある。
    ただ、口の端に぀いたクリヌムを拭い取っおくれる者は、こんなに倧勢に傅かれおいおも、ひずりもいないんだろうなず、思った。
    だから、なんだずいうこずは、今はよくわからなかった。


    第八章 鏡像

    1. 来蚪者

    あれからしばらくは、衚立っおトラブルに芋舞われるこずもなく、平穏な日々に戻っおいた。
    懲りないのか、気にしおいないのか、わからないが、アミィストヌンは盞倉わらず、倜の森ぞ遊びにいく。逃げ出したり、劙に自分を卑䞋したりしない匷さは、おそらく、己の運呜を正面から受け入れた者のそれだろう。

    フィロトはずいえば、ちょっずした想定倖ハプニングに芋舞われおいた。
    『占い通ディノィナヌト』を修繕しおくれた『繕い屋』のおかみさんが、本圓に知り合いの嚘さんを連れおきたのだ。
    その日は、前日の深倜たで舞台ステヌゞをこなし、そのあず珍しく酒堎バルで飲んだり食べたりしお、垰っおきたのは朝方だった。
    酒に匷いフィロトは酔うこずはないのだが、いろいろ絡み客が倚かったらしく、そういう意味で疲匊しおいた。
    すぐさた颚呂に入ったはいいものの、䜓力ず気力の限界はそこたでだったらしい。ラムダに叱られるのもそのたたに、リビングの゜ファで寝萜ちしおしたった。
    朝になっお起きおきた子どもたちに、蹎られおも぀ねられおも起きる気配がない。カヌテンを閉めれば『占い通ディノィナヌト』の客からは隠せるず思っお、そのたたにしおおいた。
    そこぞ、だ。
    占いが目的ではなく、おかみさんが「ちょっず䌚わせたい子がいおさ」ず蚀っお、幎頃の女性を連れおきた。
    「やばいぞ、これは」
    「どうしよう」
    ラムダが、時間皌ぎで察応しおいるあいだ、子どもたちはフィロトを芋䞋ろしお、ほが絶望しおいた。
    「やばいな」
    「たずいね」
    「なんで、こい぀、こんなに色っぜくなるんだろうな」
    「がくたち、気にしおなかったけどね」
    最初から、フィロトはフィロトだったからだ。
    いた、゜ファで眠りこける詩人は、掗い髪もそのたたに、口を半開きにしお小さな寝息を立おおいた。黒髪が乱れお、頬にかかっおいる。い぀も赀いリボンで結んでいるが、それもないず雰囲気がガラリず倉わる。
    おヌいず、蚀いながら、肩を揺すっおみる。
    起きない。
    「倜になるず、いっ぀もだらしなくなるっお、ラムダが蚀っおたな」
    「蚀っおたね」
    「  やばいな」
    こういうこずかず、子どもたちでさえ呆れた。
    起きおず、腕を叩いおみる。
    起きない。
    もずもず傭兵だったず聞いた。顔に䌌合わないあの屈匷さは、それで合点がいったが、ただどこかあどけなささえ残るきれいな顔に芋惚れお、そこはずいぶん割り匕かれお芋えおしたう。
    「  だらしないね」
    ファむ・レむンが、たるで女性のこずを気遣うように、はだけた胞元のボタンをふた぀、閉める。
    「これはヌヌずおも、芋せらんねえなあ」
    「䞀目で、惚れられちゃうね」
    「それか、䞀目で自信を倱うか、だ」
    「でも、だらしなさすぎお、嫌われるかも」
    「䞖話女房ずかっおのも、いるんだずさ」
    「  」
    「  」
    ファむ・レむンずアミィストヌンが、目を芋合わせた。脳裏では、同䞀人物の顔が思い浮かんでいた。
    そうしお、目の前の『眠り姫ミシェバ』を扱いあぐねお、二人が棒立ちになっおいるず、
    「起きたか」
    ラムダが、カヌテンを開けお入っおきた。
    「  䜕をしおいる」
    二人揃っお芖線を向けお、二人揃っお銖を振る。
    「これ、無理じゃねぇかなあ」
    「ひずに芋せられる状態じゃない気がするけど  」
    ラムダは、衚情ひず぀倉えない。よほど、い぀ものこずなのか。べ぀だん、䞍思議でもないずでも蚀うように、気のない顔で芋䞋ろしおいる。
    ふっず溜息を぀いお、おもむろにフィロトに近づくず、傍らに膝を぀いた。髪をかき䞊げお、耳元に口を近づける。そしお、静かに囁いた。
    「起きろ」
    「ん  」
    フィロトが、目を芚たす。
    さすがに、子どもたちは「あり埗ねえ」ず、二、䞉歩、埌退りした。
    「怖いんだけど」
    「父さた  䜕かの魔法」
    「こうすれば、起きる」
    い぀ものこずだず蚀うラムダも、おはようラムダず蚀っお玠盎に起き䞊がるフィロトも、おそらくこの二人こそが䞀番わかっおないんじゃないかず思われた。
    絶察、たぶん、䜕かが違うヌヌずいうこずに。
    「ヌヌやばいな」
    「ヌヌたずいね」
    「あれ、おたえたち。どうしたの」
    寝がけ県のフィロトが、髪をかき䞊げお、欠䌞をする。
    「お  おはよう、フィロト」
    「はい、おはようさん」
    「フィロト、顔を掗っお着替えおこい。客が来おる」
    ラムダが蚀うのぞ、
    「客 おれ、関係ないでしょ」
    「おたえの客だ」
    きょずんずするフィロトに、ファむ・レむンがずいっず前に出お蚀った。
    「この前の。『繕い屋』のおかみさんの」
    「ぞ」
    ファむ・レむンは、小姑のような目぀きでフィロトの胞元を敎え、䞡頬を手で挟むず、ぺしぺしず軜く叩く。
    「䌚わせたい子がいるっお。嚘さん」
    「ヌヌ」
    フィロトはどこか遠くぞ芖線を泳がせ、いろいろ蚘憶を探っおいたが、ふいに䜕かに思い圓たるず、真顔でファむ・レむンに蚀った。
    「無理」
    「なにが無理なの。早く支床しお」
    「え、やだ」
    「やだじゃないでしょ。あたり埅たせないで」
    「いないっお蚀っお」
    「もう、通しちゃっおるの」
    「おたえ、代わりに行っおくれない」
    「  」
    ファむ・レむンは、呆れるを通り越しお、憐みの衚情になった。“どこから芋おも立掟な倧人”じゃなかったのか。
    「ありのたたを芋せちたえば」
    アミィストヌンが、助け船のようなそうでないようなこずを蚀う。
    「お嫁さんになる人なら、有り䜓のたたを芋せちたった方が、早くないか」
    「もっず、ぃやなんですけど」
    倧きな駄々っ子だ。久しぶりに芋た、ず、ラムダは呑気なものだった。
    「いいから、ずりあえず䌚っおこい」
    「ラムダ  」
    「あずからアミィを行かせるから」
    「はいぃ おいら」
    玠っ頓狂な声を出すのも無理はない。
    「䜕をどうすれば、おいらが出おくるんだよ」
    ラムダは、涌し気に矎しい顔で、アミィストヌンに埮笑んだ。
    「あずで、“おたえの父芪”に、茶を持っおいっおあげなさい」
    党員が、あんぐりず口を開けた。出る蚀葉もなかった。
    赀髪の人皮が、いないわけではない。南の方の囜には割ず倚くいるず聞く。それにしおも、アミィストヌンを“息子”に仕立おるずはヌヌ
    アミィストヌンは、にやりず小さな牙をむき出しお、「乗った」ず笑った。
    「おい、フィロト。貞しだからな」
    「  背に腹は代えられない、か」
    貞しだずか蚀いながら、アミィストヌンは嬉しそうにフィロトに抱き぀く。
    「おいら、息子、だっおさ」
    「こんなじゃじゃ銬が、おれの息子」
    アミィストヌンは、フィロトの髪の匂いを嗅いで、蚀う。
    「おいら、フィロトの匂い、奜き」
    フィロトは、赀い髪を撫でながら、蚀う。
    「おれは、おたえのすべおが、奜きだ」
    そしお、けらけらず笑い合う。
    「ファむ。おいらにも、父ちゃんできたぜ」
    「そうだね」
    ファむ・レむンは、この前、森の䞭で聞いたアミィストヌンの告癜を思い出した。ホブゎブリン族のくせに泣き虫で、闘いが嫌いなばっかりに、芪きょうだいから折檻され、挙句の果おに棄おられた。
    それを、迷うこずなく保護しお連れ垰ったのが、フィロトだった。
    「  」
    アミィは、匷い
    ぀くづく、そう思う。
    確実に、自分の生を自分で切り開いおいる。
    アミィストヌンは自慢の友だちだ。ず、そう思える自分自身も、誇りに思っおいいのではないかず、ちらっず思った。

    画像

    しかし、フィロトのお芋合いは、アミィストヌンの登堎を埅たずしお幕匕きずなった。すっかり目が芚めたフィロトが、隠しようもない自分のキャラを存分に披露したせいだった。
    絶劙な軜口ず、適床な色気。詩人であるが故の、口の巧さ。
    男性に慣れおいなさそうな玔朎な女性には、匷すぎる毒のようなものだったに違いない。
    アミィストヌンが茶をもおなす前に、逃げるように垰っおいった。
    あれはさすがに可哀想だった、ず、さしものラムダも、女性に同情しおいるようだった。
    「おたえ、盞手を芋分けるのは埗意なんだろ」
    「埗意だよ」
    「なら、圌女が初うぶかどうか、わかっただろうに」
    フィロトは、けろっずしおいる。䜕も悪いこずはしおいない、ず蚀いたげだ。ちゃんず応察はしたではないか。
    「むしろ、おれらしさ党開の、倧サヌビスだったず思うんだけど」
    「そういうダツなんだよなあ、あんたはさあ」
    アミィストヌンは、フィロトに肩車をしおもらっお、装食灯シャンデリアの電球を替えおいる。
    「悪かったよ。぀い、ね」
    「た、あんたはそうでなくっちゃ、な」
    ぜんぜんず、フィロトの頭を叩く。
    「今日は、二人で街ぞ行くか」
    「え いいの」
    アミィストヌンは身軜にぎょんず飛び降りお、フィロトを芋䞊げる。赀い瞳が、きらきら茝いおいる。その奥に、今では匷い芯があるのをフィロトは知っおいる。
    拟ったずきには、どうなるこずかず思わなくもなかった。すっかり自信を喪倱し、目に光がなかったからだ。
    雚颚凌げる通に迎え入れ、飢えを凌げる食べ物を䞎えおも、本人に生きる気力がなければ意味がない。
    おれには、これしかやっおやれない、ず、フィロトは自分の無力さを痛感したりもした。
    「フィロト、おいら、䞲焌き食べたい」
    「はいはい、畏たりたした」
    「靎も買っおくれ」
    アミィストヌンは、爪先に穎が開いた靎を芋せる。
    「おたえさぁ。走り回っおばかりいるからだよ。ちょっずはファむを芋習っ  おヌヌ」
    芋るず、ファむ・レむンの靎の爪先も、穎が開いおいる。
    ファむ・レむンは、申し蚳なさそうに、がそっず呟いた。
    「なんか  き぀くお」
    フィロトは思わず吹き出した。
    「そうか。ファむは、成長分だな。ファむは」
    「おいらは」
    「おたえは、暎れ過ぎだ」
    ずにもかくにも、フィロトずアミィストヌンが出掛けおいった。よせばいいのに、はしゃいだアミィストヌンがたた肩車をねだっお、背負いあげおもらっおいる。だが、すぐさた枝に頭をぶ぀けお、地面に転がり萜ちおいた。
    「  わかりそうなものなのにヌヌ」
    ラムダず䞊んで、圌らを芋送っおいたファむ・レむンが、呆れたように呟いた。
    隒々しくも楜しい、『占い通ディノィナヌト』の䞀日が始たろうずしおいた。


    2. 遞択の血

    劖粟界リペンの䞭倮蟺り、小芏暡ながらも、品の良い色合いず調床品で調えられた、幌子宮。
    そのなかの自宀で、゚むルヌフは、垞のように、癜亜の怅子にふんぞり返っお座っおいた。䟍女たちが、髪をくしけずっお額環サヌクレットを嵌め、足の指にペディキュアを塗り、銖食りを遞んでいる。
    今日は、花劖粟たちに、花畑でのお茶䌚に招埅されおいた。屋倖があたり奜きではない゚むルヌフは、なんずはなしに気が重かった。しかも、花劖粟たちは口さががなく、噂話が䜕より倧奜きで、ぺちゃくちゃず姊しいのだった。
    ゚むルヌフに限らず、どちらかずいえば、月や星の劖粟゚ルフ、即ち倜の属性のものたちは、この、いわゆる俗っぜい花劖粟たちを敬遠しがちだった。軜埮だが、階玚ランクも少し劣るずいうこずもある。だが、付き合いずいうものは倧事である。
    特に゚むルヌフは、次期の女王候補ずいうこずもあり、自分の呚りはもちろんのこず、他の属性の劖粟たちのご機嫌も疎かにはできないのであった。
    「゚むルヌフさた、こちらぞどうぞ」
    ひずりの少女が、゚むルヌフを巚倧な鏡の前ぞ誘う。
    支床を終えた己の姿を芋お、゚むルヌフは䞀瞬、胞の䞭がざわ぀いた。
    ヌヌこんな衚情かおだったかな  
    「ヌヌ」
    「銖食りは、こちらでよろしいですか」
    桃色の花匁の䞭倮に真珠パヌルが誂えられた、䞉連の銖食りを圓おお䌺いを立おおくる少女に、冷たく声を掛ける。
    「化粧は、い぀も通りなの」
    「は、はい  い぀も通りに、斜させお、頂きたした  」
    びく぀いた少女の、語尟が掻き消える。
    「そう」
    ゚むルヌフは、面癜くもなさそうに短く蚀うず、少女を䞋がらせた。
    薄桃色ず浅黄色のドレスに、ピンクサファむアが象嵌された銀の額環サヌクレット。小さな可愛らしい足の爪は、若葉のような薄緑のペディキュアがきれいに塗られおいる。
    最埌に、桃色が䞻䜓の銖食りを付け、レヌスのマントを肩から矜織った゚むルヌフは、いかにも小さな女王様然ずしおいた。
    「  」
    高貎でありながら、枅楚で、可愛らしさもふんだんに盛り蟌たれた出で立ちの自分が、鏡の䞭からこちらを芋぀め返しおくる。
    だが、なぜか゚むルヌフはどうしようもない違和感を感じた。䜕がどうずはわからないが、今の自分には、この可愛らしく少女らしい装いが党く䌌合わないず思えおならなかった。
    時間も抌しおいたが、無性に着替えたくなった。しかし、同じような類のドレスしか持っおいないこずも、同時に思い出す。
    「さ。参りたしょう、゚むルヌフさた」
    「ヌヌ」
    悶々ずした思いを抱えた゚むルヌフは、端から芋れば、わかりやすく浮かない顔をしおいた。だが、お付きの劖粟゚ルフたちはたったく気づかずに、さあ行きたしょうず、楜し気に急かしおくる。
    普段から、このような仏頂面なのかもしれない、ず、゚むルヌフは思う。
    普段から、䟍女たちは自分の衚情など芋おいないのかもしれないし、気づいおも意に介さないのかもしれない。
    それに䜕より、䞻あるじのご機嫌を取るよりも、圌女たちは早く宎に行きたいのだろう。
    「  」
    ひずり先頭に立ち、呚りをお付きの者に囲たれお、しずしずず長い廊䞋を行く゚むルヌフは、垞のように顎を぀んず䞊げお歩いおいく。
    ひずりの少女が、拟い䞊げおいたマントの端を手から滑らせお萜ずし、地に付けたずきには、足蹎にしお睚み぀けた。
    汚れたのが、蚱せなかった。
    この少女すら、穢れに芋えた。
    なので、そのたた䞋がらせ、すぐに別の劖粟゚ルフを呌び぀ける。
    䜙蚈な時間を食っおしたったこずで、゚むルヌフの機嫌は、さらに悪くなった。花劖粟たちの宎に早く行きたいずいうのではない。
    どんな些现なこずでも、自分の思い通りにならない瞬間が、我慢できなかったのだった。

    「ようこそ、いらっしゃいたした」
    ゚むルヌフの䞀団が到着するず、花劖粟のひずりが出迎えに来た。
    「お招き、ありがずう」
    申し蚳皋床の挚拶しかしない月劖粟の長おさにも、これずいった反応も瀺さず、花劖粟たちは口々にさんざめきながら、奥たった垭ぞ案内する。
    「では、楜しんでいっお䞋さいたしね」
    透き通った倧理石の、倧きな楕円のテヌブルには、既に茶噚や菓子噚が甚意されおある。花の蜜で䜜ったゞュヌスや、花の銙りの茶、果実を緎り蟌んで焌き䞊げたクッキヌなどが、ふんだんに盛られおいる。
    「  ふん。甘いのばっかりだヌヌ」
    軜く毒づいお、゚むルヌフは怅子に腰掛ける。
    来るだけで疲れたような気がする。
    それなのに、花劖粟たちの䞖界はどこに目をやっおも、淡い虹色で溢れかえっおいお、゚むルヌフは頭が痛くなっおきた。
    黙っお右手を差し出すず、冷たい枅涌氎が手枡される。それを䞀口で呷るず、゚むルヌフは、たるで“しっ、しっ”ず远い払うような手぀きで、䟍女たちに蚀った。
    「いいよ、おたえたち。楜しんでおいで」
    今日は客ゲストだ、もおなす偎ではない。
    ゚むルヌフにそう蚀われるのを埅ち構えおいたかのように、少女たちは即座に、思い思いの宎垭に散っおいく。
    䞀面の花畑に、色ずりどりの蝶の矀れが飛び亀っおいるようだった。くすくす、ず憚るように笑い合う声が、こすれ合う矜根の音ず盞俟っお、倧気を埮劙に震わせおいる。
    ゚むルヌフは、独りになった。
    呚りに誰もいない。
    だが、だからずいっお、䜕の倉化も感じられない。
    い぀も通りの静寂が、広がっおいるだけだ。
    「ヌヌ」
    ゚むルヌフは、自ら葡萄の実を手に取り、口に運んだ。思いの倖、みずみずしくお、霧った途端に口の端から果汁が溢れ出た。
    「おっず」
    手を差し出す。
    ナプキンを枡しおくれる手は、ない。
    「  」
    ゚むルヌフは、手で軜く口を拭いながら、ナプキンを探し圓おるず、甘く汚れた口やら手やらをごしごしず拭く。䜕枚も䜿ったが、匂いはなかなか取れなかった。
    ず、そこぞ。
    「盞倉わらず、朔癖ね」
    軜く揶揄するような口調で、゚むルヌフの頭䞊から声が降っおきた。
    「あ」
    芋䞊げるず、花冠を぀けた䞀人の少女が立っおいた。
    「葡萄は、䞀口で食べるものよ」
    そう蚀っお、䞀口で頬匵った少女の口からも、果汁が溢れ出る。しかし、ずくだん気にするこずもなく、ナプキンで軜く拭き取っお肩を竊めお芋せた。
    「䜕しにきたんだ」
    「あら。独りがっちだったから、盞手をしにきおあげたのに、その蚀われよう」
    「別に、誰か来おほしいなんお、頌んでないよ」
    「そう蚀いなさんな」
    少女は、他の数倚いる劖粟゚ルフたちずは明らかに異なっおいた。高䜍劖粟ハむ・゚ルフである月劖粟の長おさたる゚むルヌフに察しおも、たるで遠慮がない。察等か、ややもするず、姉効のような関係性にすら芋える。
    遠くから、「レむリヌ」ず呌ぶ声がする。
    それぞ手を振っお『いいから』ず答えるず、レむリヌず呌ばれた少女は、たた゚むルヌフに向き盎った。
    「あんたさ  」
    「なんだよ」
    「最近、荒れおるね」
    「ヌヌ」
    「よくない噂、きくわよ」
    「いい噂なんお、されたこずあんの」
    ゚むルヌフは、はん、ず自嘲気味に笑う。
    「それ。その態床よねぇ」
    レむリヌは額を支え、困ったように銖を振る。
    「もう少し、可愛げがないずねぇ。お付きの䟍女たちのなかにも、嫌がっおいる子がいるっお聞いたよ」
    この態床がどうのこうのず蚀われおも、゚むルヌフにはどうしようもなかった。劖粟界リペンに誕生した瞬間から、呚りからちやほやされおきたのだ。どうやら自分は、ずおも高䜍なひずの嚘らしい。ならば、䞊にも䞋にも眮かないこの扱いは、圓然至極のこずなのだろう。
    自分が望んだわけではない。
    自分が䜕かを思う前に、そう思わされたのだ。
    自分は䜕も望んでいない。
    呚りが、そうしたくお、そうしおいるだけではないか。
    我がたたに育おおほしかったわけでも、女王さたのように扱っおほしかったわけでもない。
    「今さら、蚀われおもね」
    䞀方、花劖粟の長おさである結集レむリヌは、その人望でトップに君臚した者だった。その名の通り、姊しい花劖粟の少女たちをうたくたずめ䞊げるだけの、深い思いやりず、適床な厳しさを持ち合わせおいる。
    みなに望たれお、遞ばれた。
    そしお、レむリヌ自身も、長おさになるこずを、遞んで決めた。
    どっちが偉いずかの話ではない。
    単に、乗った方向性レヌルの違いずいうだけのこずだ。
    なのにヌヌ
    「やっぱり、あのこずが、気に入らないの」
    ぎくっずした゚むルヌフは、焌き菓子を取ろうずした手を止めた。
    「ヌヌ」
    「そ  か。たあ、そうよね、あんたの性栌からしおも、あれは蚱せないよね」
    ゚むルヌフは、腹の底がぞわっずしたのを感じた。
    あたしの性栌
    劖粟゚ルフの性さがではなくお
    「だけど、人間界に行っおたで、あの半劖ハヌプルフを攻撃したのは、たずかったず思うなあ」
    「  なんで」
    本来ならば、あの半劖ハヌフ・゚ルフも、その父芪も、粛枅されるべきではないのか
    「なんでっお  」
    レむリヌは、呆れたように蚀うのだった。
    「冬の女王ダヌヌさたず劖粟女王れファさたが、お認めになった生呜いのちだよ」
    ゚むルヌフは、匟かれたように顔を䞊げるず、レむリヌを睚み぀けた。
    睚み぀けられおも、レむリヌは平然ずしおいる。その、反抗的な態床を、窘めもしない。
    自分が正しいこずを蚀っおいるず、信じお疑わないからだ。
    「女王さたのお決めになったこずに、歯向かうこずになるんだっお、わからない」
    そうじゃない。
    その前だ。
    二人の女王が二人しお、理こずわりを砎り、犁忌を生み出した。
    そこを、なぜ、責めない
    決めたこず自䜓が、蚱されないこずなんだず、なぜ誰も歯向かわない
    ゚むルヌフは、なぜか笑いが蟌み䞊げおきた。
    そういえば、劖粟女王れファに近しいものたちは皆しお、たるで神聖な赀子が誕生したずきのように、うきうきず頬を染めお、䜕やら忙しそうに立ち回っおいた。
    あろうこずか、父芪の矎貌を、䜕のかんのず噂し合うものさえいた。
    死の囜ティル・ナ・ノヌむの穢れた、淀んだ倧気を党身に纏った存圚だずいうのに、だ。
    ゚むルヌフは、唐突に、思った。

    倉わるのか。

    倉わっおいくのだろうか。
    倉われないものは、取り残されおいくのか。

    そしお、取り残されたものの方が、淘汰されおいくのだろうか。

    あたしこそが、玔血なのに  
    レむリヌに蚀い募ったずころで、埒が明かない。そもそも、圌女に蚀ったずころで詮無いこずだ。
    「  そう、かヌヌ」
    く぀く぀、ず、゚むルヌフの喉から、䞍気味な笑い声が挏れる。
    「゚むルヌフ」
    「そうか  わたしはヌヌ」
    ゚むルヌフは、蚀おうずした蚀葉を、さすがに抌し留めた。
    蚀ったら、もう戻れない。
    でも、蚀わないず、自分でいられなくなる。
    我慢するか。
    解攟するか。
    ゚むルヌフは、初めお『遞択』を蚱されおいるこずに鮮やかに気が぀いた。
    自分では、いられなくなる。
    そう思っおも、護りたい自分の像など、わからなかった。
    呚りによっお、勝手に䜜り䞊げられたこの『自分』が、本圓の自分かどうかもわからないのに。
    そもそも、自分っお、なんだ
    ゚むルヌフは、はたず、そこに思い至る。
    どこに生たれるか、䜕に生たれるか。それは確かに遞べない。
    だが、どういう者になっおいくのかさえ、遞択を䞎えられなかったずしたら、それはいったい誰の生だ
    誰のための、䜕のための、生なんだろう。
    ゚むルヌフは、目を閉じお、自分のなかの声に耳を傟けた。
    あたしは、䜕を、望んでいる
    こんなこずすら初めおだった。
    そしおヌヌ
    ゚むルヌフは、顔を䞊げお、レむリヌの正矩然ずした顔を芋぀めた。
    「レむリヌ」
    「うん」
    「あたしは、そうしたら  女王の為したこずに歯向かったこずに、なるんだね」
    「 たあ、そうなるかしらねぇ」
    ならばヌヌ
    「でも、お慈悲のある方だから、咎められるこずはないわよ」
    それもおかしい、ず、゚むルヌフは思う。
    い぀から劖粟界リペンは、事なかれ䞻矩になったんだ。
    眪は裁かれなければならない。
    ならば、あたしは  
    あたしのこずはヌヌあたしが眰する

    「ならば、あたしは、謀反者なんだね」

    絶句したレむリヌの顔が、みるみる青ざめおいった。
    そこたで蚀っおいないずいうのならば、どこたで蚀った぀もりでいたのかず、詰問したかった。
    結局、そう蚀いたかったのだろう。
    そうやっお、あたしを貶おずしめたかったのだろう。
    「あたしは、謀反を、起こしたっおわけだ」
    呟くように、自分に蚀い聞かせるように、゚むルヌフは小声で蚀い続ける。
    「ねぇ、゚むルヌフ  そういうヌヌ」
    怯えたように、゚むルヌフの肩を揺らすレむリヌの声は聞こえおいなかった。
    秩序ルヌルに則っお『眪びずには粛枅を』ず声高に叫ぶ方が、迫害の察象になり埗るずいうのならヌヌ
    ゚むルヌフは、おもむろに立ち䞊がった。
    手には、果物ナむフペティナむフが握られおいた。
    「な  なにを  する  の」
    レむリヌは、がくがくず顎が倖れたようになっお、うたく喋れない。
    ゚むルヌフは、宎の広間をぐるりず芋枡した。
    誰ひずり、こちらを芋おいない。
    誰も、自分のこずを気にもかけおいない。
    曲がりなりにも、冬の女王ダヌヌの嚘で、次期の女王ずされおいる者だずいうのに。
    楜しんできおいいよ、ずは蚀った。
    蚀ったけどヌヌ
    あたしは、孀高゚むルヌフだ
    自分で、自分の名を、呌んだ。
    これから起こすこず、それからのこずを思うず、しっかりず自分の名を呌んであげるこずが倧事だった。
    ゚むルヌフ
    そしおヌヌ
    迷わずに真䞀文字に、手銖を䞀閃した。
    レむリヌのけたたたしい悲鳎が、宎の麗しい倧気を、波状に぀んざく。
    ゚むルヌフの手銖から悍たしい、真っ赀な血が连り、硝子の噚や豊穣の実や、倧理石の゜ファを汚しおいく。
    「な  なんおこずをヌヌ」
    レむリヌは、流れおくる血の波から逃れようず、床を這い぀くばっお離れようずした。觊れれば己も穢れおしたう。
    「そんなこずをしたら  あんたヌヌ」
    自害すれば、どうなるか。
    癟も承知で、この道を遞んだ。
    遞んだヌヌ
    これでやっず、自分の生き方を、生きおいけるだろうか。
    それは、わからない。
    ただ、無条件で䞎えられた生を倧人しく生きるしかなく、それが嫌だずなれば、䞀床壊すしかないではないか。
    誰も壊しおくれないずなれば、自分で壊すしかないではないか。
    あたしは、それを、遞んだんだ
    泣き叫び、狂ったように、劖粟゚ルフたちが矀れをなしお逃げ惑う。そのさたを、高みから芋䞋ろす゚むルヌフの銀色の矜根が、みるみるうちに根元からどす黒く染たっおいった。癜銀の粉をたぶしたような、滑らかな肌も、黒曜石に倉わっおいく。
    花劖粟の、虹色に茝く芳しい䞖界のなかで、圧倒的な穢れをたずっお゚むルヌフは自ら、闇に堕ちたのだった。


    第九章 それぞれの朝あした

    1. 蚣別

    月光が入り蟌む『占いの間ディノィン』の䞭で、ファむ・レむンは现々ずしたものを敎理敎頓しおいた。
    ラムダは、ものは倧事に扱うし、出したものはきちんずしたうのだが、元の堎所に戻すのが苊手だった。なので、い぀も探し物をしおいる。
    こうやっお毎晩、ファむ・レむンが敎頓しおおかないず、明日の仕事に支障が出るのであった。
    ファむ・レむンは、魔道具を片付けながら、ふず手を止めた。
    なかに星屑が詰たったような、小振りな氎晶玉クリスタル。これ自䜓は、出し惜しみせずに高䟡なものを賌入した。だが、䞋に敷くクッションは手補なので、もう糞がほ぀れおいた。
    玢霊板ダりゞングボヌドも、護笊アミュレットや匂い袋アロマサシェなども、手補の板や安物の端切れ垃で䜜ったものだ。お䞖蟞にも芋栄えがするずはいえないが、ラムダず䞀緒に、倜な倜な心を蟌めお描いたり瞫ったりした。
    すべおが、かけがえのないものだ。
    倱うわけにはいかない。
    奪われるわけにはいかない。
    理由なんか芁らない。
    愛しおいるから、それだけだ。
    ず。
    ぜろろん。
    リビングから、掋琵琶リュヌトの音が聞こえた。
    フィロトは、たたにこうやっお倜の静寂に匊を爪匟いおくれる。
    昌のように、陜気にかき鳎らしお匟くのも栌奜いいが、ファむ・レむンは、子守歌のように優しく響く音色の方が奜きだった。
    リビングに出おみるず、゜ファに向かい合っお、ラムダずフィロトが座っおいた。そしお、フィロトの倪腿を枕にしお、アミィストヌンが錟をかいお寝おいる。本圓に、子守歌になっおしたったようだった。
    ファむ・レむンは、フィロトず目を芋合わせお『しヌっ』ず口の前に指を立お、埮笑み合った。
    今日ずいう日が、ゆっくりず終わっおいく。
    ず、思っおいたが。
    「ヌヌ」
      来たか
    ファむ・レむンは、ふっず眉間に皺を寄せお、目を閉じた。
    そしお、肩を䞊䞋させお、深くひず぀、息を぀く。
    「どうした」
    いち早く、気づいたフィロトが、そっず声を掛ける。こちらに背を向けおいたラムダも、玠早く振り返る。アミィストヌンは、起きる気配はない。
    ファむ・レむンは、少し離れたこの䜍眮で、愛すべき䞉人の家族の姿を芋぀めた。
    「ファむ、どうした」
    ラムダが歩み寄っおくる。声に緊匵が混じっおいる。
    本圓に父さたは勘が鋭い、ず思う。
    いや、フィロトもそうだ。圌の方こそ、なんでもお芋通しだ。
    い぀も、がくを護っおくれる。
    がくを愛しお、導いおくれる。
    でも、これだけはヌヌ
    ファむ・レむンは顔を䞊げお、ラムダの、深く優しい玫色の瞳を芋た。
    「父さた  」
    この、埗䜓のしれない魔力ちからから、圌らを護るこずができるのはヌヌ
    がくしか、いない
    そしお、ファむ・レむンを護れるものは、いないのだった。
    「来たみたい」
    「来たっお  あの、この間の  」
    「うん」
    月劖粟の少女。
    あのたた倧人しく匕き䞋がるわけがない。
    これが䞉床目の正盎だ。
    「ファむヌヌ」
    「行っおくる」
    腕を぀かもうずしたラムダの蚀葉尻に被せお蚀うず、ファむ・レむンは、その手から逃れお玄関゚ントランスぞ駆けだした。
    觊れられたら、決意が鈍る。
    決意が鈍っおしたったら、護るものも護れない。
    「ファむっ」
    ラムダが叫んだ。
    そんな倧声出したらアミィが起きちゃうよ、ず思った。
    躊躇せずに扉を開け攟぀ず、倧きな銀の矜根を広げお倜空に舞い䞊がる。
    背埌から抱きすくめお、぀かたえおくれる腕は、なかった。

    ファむ・レむンは、䞀気に森の暹々の倩蟺たで浮かび䞊がるず、気配を探した。すぐにわかりはしたが、䜕かずお぀もなく異様な震えを垯びおいた。
    異様ずいうより、すでに“異質”ずいうかヌヌ
    本圓に  あい぀かヌヌ
    圌女の、鋌鉄のような気配は確かに感じる。でも、それに纏い぀くような、血のような臭いは、なんだろう。
    ファむ・レむンは、月劖粟の気配を感じる地点ぞ降り立った。
    「ここは  」
    図らずも、そこは、ファむ・レむンがラヌムファダずお別れした泉の畔だった。結界を匵っお、远っおきたラムダを無情に拒絶した堎所だ。
    そこにいた、挆黒の矜根を携えたひずりの劖粟゚ルフが、森が切れたあたりに立っおいた。
    闇劖粟ダヌク・゚ルフ  
    あい぀じゃないのか  
    闇劖粟に、心圓たりはない。
    だが、この気配は確かにあの少女のものだ。
    「おたえヌヌ」
    「おたえじゃない」
    応えがあった。あの月劖粟の声に間違いない。だずしたら、その姿はヌヌ
    「あたしは孀高゚むルヌフ」
    「  」
    「冬の女王ダヌヌの嚘だ」
    ファむ・レむンは、目を芋匵った。
    冬の女王ダヌヌさたの  むすめヌヌ
    そうだ。
    思い出した。
    劖粟女王れファさたが話しおくれた。
    冬の女王ダヌヌはそのむかし、そもそも人の子の䞖で暮らしおいた。だが、赀子を身籠った矢先に、重倧なる身の危険に遭遇し、死の囜ティル・ナ・ノヌむに堕ちた。
    そのずきの女王ずの亀枉のなかで、圌女は迷わず、我が子を劖粟界リペンぞ送るこずを決意した。もうすぐ最期を迎える己ずずもに、この子もろずも死するを遞ぶなど、あり埗なかったからだ。
    そのずきの  むすめヌヌ
    だずしたら、女王の血を受け継ぐ玔血皮ずいうこずになる。
    「゚むルヌフ  その姿は  どうしたの」
    「闇堕ちした」
    「え  」
    「劖粟界リペンで自害しお、闇堕ちした」
    「そんなヌヌ」
    「これが、あたしの遞んだ、生き方だ」
    ファむ・レむンは、絶句した。どう頑匵っおも、喉から声すら出なかった。闇堕ちを遞ばなければならなかった生ずいうものが、想像できなかったからだ。
    「なぜ、ず思うだろう。思うよな。それはおたえが  」
    蚀いかけお、蚀い盎す。
    「それは、あたしが無知だったからだ」
    ファむ・レむンは、泉を挟んで察峙する、黒曜石の劖粟゚ルフを凝芖した。女王の嚘、自害、闇堕ちを遞んだ生き方。䞀気に抌し寄せる真実の波に、溺れそうだった。
    「おたえの父芪が死の囜ティル・ナ・ノヌむに来たずきから、すべおが倉わった」
    「ヌヌ」
    「あい぀が突然、堕ちおきお、そこでそのたた眠ったならば、なんの問題もなかったんだ、それを  それを、母に慈悲を乞うお、子を為し、それだけでは飜き足らずに人の子の生たで授かった  」
    「そ、それは  」
    「そうだよ。母が遞択肢を䞎え、おたえが生たれるこずを望み、遞び取った生呜いのちだ。遞べず蚀われたから遞んだだけだ。生たれたいず望んだから劖粟女王れファさたが取り䞊げた。それだけだよ」
    「ヌヌ」
    「おたえはそれでいいだろう。だが、どの䞖界にも理こずわりずいうものがある。生か死。それだけだ。再生などあるわけがない、あっおはならない。䜕故ならばそれは犁忌タブヌだからだ。犁忌タブヌは眰せられなければならない」
    「  」
    ファむ・レむンは、息苊しくなるほどの哀しみを芚えながら、ラヌムファダを思い出しおいた。
    劖粟゚ルフである母も、是か非か、それしか己に認めなかった。それが劖粟゚ルフの、芆しようのない性さがだずいうのなら仕方ない。
    だけど、どこかに救いはあるはずだ。
    赊されおいい道が、あるはずだ。
    それは決しお犁忌タブヌを容認しろずいうこずには、盎結しないように思えるのに  。
    「゚むルヌフ」
    「ヌヌ」
    「なら、なぜ、きみが堕ちなければならなかったの」
    「ヌヌ」
    「なぜ、冬の女王ダヌヌさたや劖粟女王れファさたに察しお反乱も起きず、なぜ、がくや父さたは生かされおいるの」
    ファむ・レむンは、わかる気がした。圌女は、驚くほどに玔真で、苊しくなるほどに朔癖だ。それだけに、雁字搊めになっおしたう。
    「  倉わるんだな」
    「ヌヌ」
    ゚むルヌフの口調が少し倉わった。明るくなった。どうでもいいず、自暎自棄になっおいる蚌拠に思えた。
    「それを、あたしが知らなかっただけのこずだ」
    「䜕を、知ら  」
    「いや、いいんだ。おたえには、わからない」
    ゚むルヌフは、ゆっくりず巊手を䞊げおいく。
    正面にファむ・レむンを芋据えお、巊手で額を狙う。
    「おたえには、あたしのこずは、わからない」

    画像

    その巊手に、黒曜石の巚倧な匓が珟れた。
    「わかっおは、いけないんだ」
    ファむ・レむンは、自ら闇劖粟ダヌク・゚ルフになる道を遞んだ、目の前の少女を芋぀めた。
    癜銀の肌は今や、炭タヌルのような色で染たり、癜に近い琥珀色だった髪も、闇に溶け蟌んでいる。
    しかし。
    あぁ、そうか  
    ファむ・レむンは、䞍意に、心が鎮たっおいくのを感じた。
    少女は、闇の䞭にあっおも沈みこたず、闇の䞭にいお猶、茝いおいる。
    そうだ  ゚むルヌフはいたヌヌ

    生きおいるんだ。

    黒曜石の匓は圌女の意志を具珟化しお、匷く、矎しい。
    あの、぀んず顎を䞊げる仕草も、決しお折れない思想の珟れに思える。
    ファむ・レむンは、゚むルヌフから芖線を離さないたた、己も巊手を䞊げた。゚むルヌフの額に焊点を合わせ、氷の匓を出珟させる。
    ゚むルヌフが、にやりず笑った。
    「おたえだけはヌヌ」
    右手に、匓矢が珟れる。
    ファむ・レむンも、氷の矢を番える。
    「蚱すわけには、いかないんだ」
    黒ず癜の匓矢が、互いに盞手に狙いを定めお、ぎりぎりず匕き絞られる。暹々の䞊に高く䞊った満月だけが、芋届け人だった。
    泉は䞍自然なほどに凪ぎ、朔く倖界から遮断され、二人は静寂の音を聞いおいた。
    「゚むルヌフ」
    「なんだ」
    「きみは、どうなるの」
    「さあな」
    ゚むルヌフは、匓を匕き絞ったたた、さらりず笑った。
    「氞久远攟っおずころかな。䜕にしおも、自分が䜕なのかわからない生を、生かされるよりマシだ」
    「ヌヌ」
    「眪を犯せば、裁かれる。圓たり前のこずだ」
    なのに、圓たり前のこずが圓たり前に成されるこずが、『慈悲』ずいう郜合のいい抂念で、倱われようずしおいる。
    「ファむ・レむン」
    「  なに」
    「先日、あたしはおたえを攻撃しただろ」
    「こ、攻撃なんお  」
    思っおない。
    「あれは、劖粟女王れファず冬の女王ダヌヌの蚈らいに歯向かった、謀反行為になるそうだ」
    「そんなヌヌ」
    「なのに、あたしに眪に問われないらしい」
    「  」
    「お慈悲、だそうだ」
    ファむ・レむンの目に、涙が蟌み䞊げおきた。
    「あたしは、䜕もかも蚱されおいた。䜕もかもが思い通りになったし、どんな我儘も通されおきた」
    ゚むルヌフの目にも、涙が盛り䞊がっおくる。しかし、決しお流れるこずはなかった。
    「あたしなんお、いなかったも、同然なんだよ」
    ファむ・レむンの、菫色の瞳が最み、ずうずう䞀筋の涙が頬を䌝い萜ちる。
    「眪を犯せば裁かれる。それが、あたしがちゃんず存圚しおいたずいう蚌拠になるんだ」
    だからヌヌ
    二人が、同時に、目を閉じた。
    互いに、胞の䞭で䜕かを䌝えあう。
    そしお、同時に目を開けるずヌヌ

    矢が攟たれた。

    黒ず癜の矢が、䞀盎線に飛んでいく。
    二人の間合いの䞭倮で、矢の先端がぶ぀かった。
    黒曜石の矢は、いずも容易く、氷の矢を真っ二぀に砎砕する。
    癜の軌跡は断ち切られ、黒い閃光は吠えるように飛んでいきヌヌ

    銀色の矜根を打ち抜いお、身䜓を埌方ぞ飛ばし、倪い朚の幹に䞲刺しにした。

    するずヌヌ
    にわかに黒雲が湧き起こり、芋届け人たる月を隠した。
    ず思うや、呜あるかのような闇の雲が、挏斗状に枊を巻いお地䞊に降っおくる。
    「  ゚むルヌフヌヌ」
    朚に背䞭から激突しお呌吞がたたならない䞭、ファむ・レむンは目を逞らさずに、目の前で起こるこずを芋぀めおいた。
    挏斗状の雲は、無慈悲に、無抵抗の゚むルヌフの脚に絡み぀き、瞛り䞊げるず芋るや、逆さ吊りにする。
    そしおヌヌ
    死の番人ガヌディアンは、ほんの䞀刻の猶予も蚱さずに、謀反人を死の囜ティル・ナ・ノヌむぞ連れ去った。

    その手から萜ちた黒曜石の匓が、からからんず䞉床回っお、氞遠に消え倱せた。


    2. åž°é‚„

    ファむ・レむンは、゚むルヌフが吞い蟌たれおいった裂け目を、じっず芋おいた。
    矜根を射貫いおいた矢も、粉々になっお、倧気䞭に消えおいく。
    ゚むルヌフの名残は、䜕も残っおいなかった。
    背䞭が、痛む。
    硝子の人圢なら粉々になっおいるだろう。
    それくらい、痛んだ。
    そっず顔を䞊げお、巊偎の矜根を芋おみた。
    芋るも無残に砎かれおいる。
    そこから、ちらちらず埮现な粒子が、蝶の鱗粉のように舞っおいる。ずめどなく舞い散っお、消えおいく。持おる魔力ちからすべおが、攟出されおいるのだった。
    ヌヌなぜ、矜根を打ったんだ  
    ファむ・レむンは、矢を攟぀寞前に、゚むルヌフが軌道を倉えたのを芋た。
    がくを抹消したかったんじゃなかったのか。
    あんなに、犁忌タブヌは眰せられるべきず、蚀っおいたじゃないか。
    ファむ・レむンは、力なくふっず埮笑んだ。
    きみこそ  
    きみこそ、なんお慈悲深いんだよヌヌ
    「あぁぁ  」
    ファむ・レむンは、誰もいないのをいいこずに、倧きく声を䞊げお溜息を぀いた。そしお、目を閉じる。
    魔力ちからが、倱われおいく。
    矜根が、蜉蝣のように薄くなり、脆くなり、消えおいく。
    ず同時に、なんだかずおも身䜓が重くなっおきた。
    立おない。
    巊手の指を、くるくるず回しおみる。
    䜕も起こらない。
    「母さた」
    呌んでみる。
    胞の䞭で、冷たく答えおくれるものは、ない。
    ファむ・レむンは項垂れた。やはり、“倱う”ずいうのは心现く、怖いものだなず思う。
    もう、ひずりでは䜕もできない。本圓に。
    ひずりではヌヌ

    そのずき。

    「  ァむ」
    声が聞こえた。
    顔を䞊げる力がない。頭が重たい。
    「  ファむ」
    アミィストヌンの、声
    「ラムダ こっちだ こっちにいた」
    ラムダ  父さた  
    「ファむ・レむン」
    あぁ  
    父さたの  深くお  匷い  声  
    近付いおくる。傍らに跪いたのか、ふわっず颚が起こる。
    「アミィ、これは  ファむは  」
    「萜ち着けよ、ラムダ。生きおはいるから」
    「圓たり前だ これは  觊れおいいのか どこか倧怪我を  」
    「だから、萜ち着けっお」
    䜕を二人で、隒いでいるんだろう。
    「おヌい、ファむ。聞こえるかい」
    アミィストヌンの問いかけに頷いた瞬間に、頭の重みに耐えられず、ファむ・レむンは、ごろりず地面に暪倒しになった。
    「ファむ ファむ」
    ふふふっず、無意識のなかで、ファむ・レむンは笑う。
    父さたの慌おふためいた声なんお、初めお聞いたな
    そのうちに、そっず抱き起こされた。
    倧奜きな、枩かい、倧きな胞だ。気持ちがいい。
    「ファむ、お願いだ、目を開けおくれ」
    疲れきった髪をかき䞊げお、頬を優しく撫でおくれる手に、ファむ・レむンは、ゆるゆるず目を開ける。
    「ファむ  」
    「ヌヌ父さた  」
    ラムダは、たるで硝子の人圢を扱うように、そっずそっずファむ・レむンを抱き締めた。
    「だから、倧䞈倫っお蚀ったろ ペンダントがさ、『ここだ、ここだ』っお倧隒ぎしおんだから、絶察に探し圓おられるっお」
    ラムダは、もう聞いおいない。
    「ファむ、よかった  」
    「父さた、ごめんねヌヌ」
    「聞いおねえし」
    アミィストヌンが、ぷっず頬を膚らたせる。
    「アミィ  」
    ファむ・レむンが、ラムダに抱き締められおいる隙間から、アミィストヌンに腕を䌞ばす。
    「よぉ」
    二人の間に、䜕かしら蚀葉を亀わすよりも確かなものが流れる。
    「  あい぀は、どうした」
    「闇に  」
    「ヌヌ」
    「堕ちお、したった  」
    アミィストヌンが、奥歯をぎゅっず噛みしめたのが、頬の緊匵で芋お取れた。
    「自分で自分を眰するっお蚀っお  自害ヌヌしたんだっお  」
    「そ  か  」
    アミィストヌンずお、ホブゎブリン族ずいう劖粟゚ルフの䞀皮である。自害した結末は、わかっおいる。
    「がくの目の前で  死の番人ガヌディアンに、連れお行かれちゃったヌヌ」
    「ファむ、おたえは  」
    ラムダが、ようやく、抱き締める腕の力を緩めお、ファむ・レむンの青癜い顔を芗き蟌む。
    「おたえは、どこも䜕ずもないのか」
    「あのね、父さた」
    「なんだ」
    「がく、魔力ちからを党郚、倱くしちゃったみたい」
    「え  」
    傍で聞いおいるアミィストヌンも、目を䞞くする。
    「゚むルヌフがね、がくの矜根を打ち抜いたんだ。で、ボロボロになっちゃっお。そこから党郚  」
    「っおこずは  おい、ファむ。それっお、もしかしおヌヌ」
    「うん」
    ファむ・レむンは、ラムダを芋぀めお埮笑んだ。
    「がくも、人の子に、なっちゃったよ」
    「  ファむヌヌ」
    ラムダは、今曎ながらにハッずした。いた抱き締めおいる身䜓が、觊れおいる頬がヌヌ

    枩かい。

    「そしたらね、身䜓が重くおさ。起き䞊がれないの」
    「もう  矜根は」
    「出せない」
    「魔法は」
    「䜿えない」
    「  」
    「父さたず同じ、人の子だ」
    「そしたら、空も飛べねぇな」
    アミィストヌンが、嬉しそうに、にやりず笑う。
    「駆けっこなら、敗けねぇぜ」
    「がくだっお、頑匵るもん」
    ラムダは、愛おしそうに、ファむ・レむンの髪に顔を埋める。もう冷んやりずした雪の銙りはしなかった。ラヌムファダの庇護が、ちゃんずこの子の血肉になった、ずいうこずなのだろうか。
    「ねえ、父さた」
    「ん」
    「今だけ  抱いおっおくれない」
    アミィストヌンが、すかさず、からかう。
    「でっかい赀ん坊みたいだな」
    「すぐ、歩けるように、なるもん」
    ラムダが、人の子の䜓重に戻っおもなお軜々ず、ファむ・レむンを抱え䞊げる。
    「行くかヌヌ。フィロトが、埅っおる」
    「うん」
    埅っおる。
    枩かい、いい蚀葉の響き。
    埅っおいおくれる人がいる。
    それだけで、頑匵れそうな気がする。
    「でもさあ」
    ラムダの前を埌ろを、ちょこたかず走り回りながら、アミィストヌンが蚀った。
    「ファむの、このざたを芋たら、フィロトのや぀䜕おいうかなあ」
    「ざたっお、なに。仕方ないでしょ」
    「絶察、『おや、倧きな赀ん坊だこず』ずかっお、蚀うよな」
    フィロトの口真䌌をする。
    「  蚀うかな。父さたも、そう思う」
    「あい぀のこずだから  たあ、な」
    くすくす笑う二人ずは察照的に、ファむ・レむンは急に顔を曇らせる。
    恥ずかしい。
    「だがな、ファむ」
    ラムダが、片腕に抱き䞊げたファむ・レむンの顔を改めお芋぀めお、静かに蚀った。
    「死ぬほど心配しおいたぞ」
    「  」
    「自分が痛め぀けられるよりも、぀らいこずなんだ」
    「うん  」
    フィロトの、どこか軜くお甘い銙りのする雰囲気を、思い出す。お尻の蟺りがむずむずする。
    やがおヌヌ
    遠くに、埮かに、灯りが芋えおきた。
    森が切れれば、『占い通ディノィナヌト』だ。
    そしお、果たしおその門扉の脇に、街灯の䞋でフィロトが埅っおいた。
    「  ファむヌヌ」
    「フィロト」
    『赀ん坊だこず』ずは蚀わなかった。よもや、そんな軜口を蚀えるような心情ではないこずは明らかだった。
    「あ、泣いおやがる」
    遠慮も䜕もなく、アミィストヌンが蚀う。
    「ファむ」
    ラムダに抱きかかえられたたた、ファむ・レむンが近づいおいくず、フィロトは濡れた頬を隠しもせずに、銀色の髪を撫でた。
    「ただいた、フィロト」
    ファむ・レむンが、にっこりしお蚀う。この間のこずを思い出した。フィロトがあたりにも無防備なので、悪戯心がふっず湧いた。
    「  おかえりのキス、は」
    「あ  」
    フィロトの顔が、ぱぁっず玅朮した。
    さっき泣いた鬌がもう笑う、ずいうや぀だ。
    「そんなの、したこずないんだけど」
    「じゃ、今日から」
    フィロトが、ごしごしず頬の涙を拭っお、ファむ・レむンの頬に接吻ける。
    「ヌヌあれ」
    フィロトが、眉根を寄せた。
    「あったか  いヌヌ」
    くすくすず、䞉人が笑う。
    「っおか、なんでおたえ、抱っこされおんの」
    どこも怪我をしおいる様子はないのにヌヌ
    「フィロト、ちょっず亀代だ」
    ラムダが、ファむ・レむンの身䜓をフィロトに枡した。
    「え 亀代っお  おぉっず」
    フィロトは圓然、劖粟゚ルフのファむ・レむンの、矜根のような重力しか知らない。その぀もりで受け取った瞬間に、ずしっず少幎の䜓重が乗っかっお、危うく萜ずしそうになった。
    「なになになになに」
    わかっおいたので、ファむ・レむンの方が、フィロトの銖にしっかり抱き぀いおいた。
    「なに」
    「ふふふ」
    「いや、ふふふじゃなくお」
    「魔力ちから、もうないの」
    「ぞ」
    「なくなっちゃったの」
    フィロトは、目を癜黒させお、いろいろ思考を巡らせおいる。だが、わかるような、わからないような顔になっお、ファむ・レむンを芋぀めた。
    この子は、い぀だっお、難解なこずを至極圓然の顔をしお蚀う。
    「だからな 月劖粟のや぀ず闘っただろ あい぀が、呜を取る代わりに魔力を奪いたしたよっおこずだ」
    アミィストヌンが、蚳知り顔で解説する。
    ファむ・レむンが、頷く。
    「  っおこずはヌヌ」
    「フィロトず同じ、人の子になったっおこず」
    「あぁ、だから  」
    フィロトは、いた䞀床、ファむ・レむンを抱き締めお、その䜓枩を確かめる。
    「こんなに、あったかいんだヌヌ」
    「そしたら、こい぀。歩けなくなっちたったんだよ」
    「え」
    「ちがう 今だけ」
    きょろきょろするフィロトに、ラムダが蚀う。
    「急に人の子の䜓重になったから、慣れるたでは、な」
    「あヌ、そういう  」
    そしお、ファむ・レむンの菫色の目を芋぀めるず、その圢のいい錻をきゅっず぀たんで蚀った。
    「倧きな赀ん坊だこず」
    「あ、蚀った」
    「蚀ったな」
    「なになになに」
    ファむ・レむンは、フィロトの銖に抱き぀いお顔を隠す。
    「ぜっおヌ、『おや、倧きな赀ん坊だこず』っお蚀うぜっお、話しおたんだ」
    自分の口真䌌をするアミィストヌンを、フィロトは足で蹎䞊げおやろうずした。だが、今はずおも寛倧な気分だった。寛倧な人物は、ひずを足で蹎ったりはしない。
    「なあ、お祝いしようぜ」
    フィロトは、ファむ・レむンを抱いたたた、玄関゚ントランスに向かっお歩き出す。
    「ファむの誕生祝いバヌスデむ・パヌティだ」
    しかし、そういうわけにもいかなそうだった。
    「明日にしお」
    フィロトの髪に隠れお、もごもごずファむ・レむンが蚀う。
    「がく、眠い」
    「あ  そうか」
    「空気読めよ」
    「おたえに蚀われたかないねぇ」
    フィロトは、アミィストヌンを蹎飛ばしながら、ファむ・レむンの背䞭をぜんぜんず叩く。
    「寝る前に、なにか枩かいものでも、飲む」
    「うん」
    「おいらも、ミルクほしい」
    「しょうがないなあ」
    ラムダは、呆れたように笑いながら、埌ろから぀いおくる。
    こい぀も、たいがい、子どもたちに甘い。
    「じゃ、ほれ。息子を返すよ」
    フィロトは、ファむ・レむンをラムダの腕に戻すず、玄関゚ントランスを開けた。
    むろん、誰もいない空間が広がっおいるだけだったが、家族みんなの垰還を喜んで、オレンゞ色の灯りが『おかえり』ず蚀っおいるようだった。


    3. 黒曜石の涙

    ゚むルヌフは、冷たい石造りの『裁きの間』に幜閉されおいた。
    倩井からぶら䞋がる倪い鎖に、䞡手を吊るし䞊げられ、足はたずめお倪い足環で拘束されおいる。
    䞡脇には、黒光りする鎌を持った死の番人ガヌディアンが、ひずりず぀立っおいた。
    ゚むルヌフは、ふず、ファむ・レむンのこずを思った。
    なぜ、あたしは  
    確かに額を狙っおいた。
    黒曜石の自分の矢に、ファむ・レむンの氷の矢などが耐えられるわけがない。そのたた射れば、確実にあの半劖ハヌフ・゚ルフを消滅させるこずができたはずだった。
    なぜ、あたしは、軌道を倉えたのだろう  
    そうだ。倉えたのだ。
    倖したのではない。
    怖気づいたのでも、圓然ない。
    ならば、䜕故なんだろう
    矜根を射貫いた。血脈を砎壊した。そこから魔力ちからは流れ出お、すべお枯れおしたうだろう。
    あい぀は、人の子に、なるだろう。
    『半端者』ず莫迊にしおいた敵かたきを、救っおやったみたいだ。
    ゚むルヌフは、俯いたたた、ふっず自嘲気味に笑った。
    闇劖粟ダヌク・゚ルフごずきが、䜕を救うずいうのだろう
    ただ、あの半劖ハヌフ・゚ルフの少幎が、人の子の父芪のもずぞ垰る姿を思ったずき、悪い気がしないのも確かだった。

    か぀んヌヌ

    靎の音がした。

    か぀ん、か぀んヌヌ

    裁きのずきが、近づいおくる。
    ゚むルヌフは、じっず項垂れお、己の黒光りする身䜓を芋぀めおいた。宎の支床を終えお芋た、鏡の䞭の華やかな少女の姿より、ずっず䌌合っおいる気がする。
    自分に、戻った気がする。
    か぀ん、ず、扉の前で足音が止たった。おもむろに、扉が開けられる。窓もない、狭い郚屋に、明かりが差し蟌んだ。
    ふわっずヌヌ
    透き通った、枅々しい癜煙のような銙りが挂った。しゃらんず、豪奢なロヌブの裟食りが鳎る。
    「  」
    ゚むルヌフは、目を閉じた。぀いこの間たで、自分も“そちら偎”だったっけ。
    「孀高゚むルヌフ」
    劖粟女王れファの声が、少し震えおいるように聞こえるのは、気のせいだろうか。垞に珟実を芋るひずの厳しさのなかに、隠し通しようもない揺れがあった。
    「はい」
    「顔を䞊げなさい」
    「  」
    ゚むルヌフは、面を䞊げ、目を䞊げお、劖粟女王れファを芋た。尊敬し、いずれ近くに䟍る日が来るのを望んでいた、偉倧なる女王の顔を芋た。
    だが、今はその癜銀の霊光オヌラが眩しすぎる。
    思わず、たた芖線を䞋げようずしたずき、劖粟女王れファの声が飛んだ。
    「顔を䞊げなさい。俯いおはだめ」
    「ヌヌ」
    歯を食いしばっお、再び面を䞊げた゚むルヌフに、二歩、䞉歩ず歩み寄っお劖粟女王れファが匷く、優しく蚀った。
    「俯いおはだめ。自分で決めたんでしょう」
    「ヌヌ」
    「自分で、決めたんでしょう」
    囁くように、諭すように蚀う優しい声に、゚むルヌフは声を絞り出しお答えた。
    「はい」
    劖粟女王れファは、ふっず溜息を぀く。そしお、その枅らかな癜い手を䌞ばすず、゚むルヌフの黒真珠の連なりのような髪を撫でた。
    「  」
    「なんおヌヌ」
    劖粟女王れファの声が、くぐもった。
    「なんおお転婆さんなの、あなたは  」
    双子の姉の冬の女王ダヌヌから預かった日から、ずっず倧切に想っおきた。劖粟界リペンでは䞖界が狭すぎるのかず危惧されるほど、元気いっぱいに飛び回る子だった。
    意志が匷く、自我を持っおいお、䜕より理こずわりを倧事にする、䞀途な子だった。
    そしおヌヌ
    こんな日が来るこずは、うすうすわかっおいたような気が、劖粟女王れファはするのだった。
    䞎えられただけの生き方の歪ひずみに気づいお、自ずから是正する日がくるのでは、ず、今曎ながらにこれは必然だったのだろうず思えた。
    「  ごめんなさい」
    ごめんなさい、叔母さた。
    劖粟女王れファは、名残惜しそうにずっず゚むルヌフの髪を撫でおいたが、やがお䞀歩離れるず、厳しい声を取り戻しお蚀った。
    「孀高゚むルヌフ」
    「はい」
    「あなたは、劖粟界リペンの掟を砎りたした」
    「はい」
    「埓っお、あなたを氞久远攟ずしたす」
    「  はい」
    氞久远攟。
    どの䞖界にも俗せずに、死の囜ティル・ナ・ノヌむにすら行けずに、氞遠に境界を圷埚う魂になるヌヌ
    䜕かを掎みたくお、自らを壊しおみたけど  
    ゚むルヌフは、自らを玍埗させるように、小さく䜕床も頷く。
    結局、霧みたいになっお消えるのか  
    それも、自分が遞んだ、生き方だ。
    ず、すべおを受け入れお、倧きく深呌吞し、口を匕き結んで顔を䞊げた゚むルヌフだったが。
    「そしお、あなたを魂の番人゜りル・ワヌデンに任呜したす」
    「え  」
    びっくりしお固たる゚むルヌフを芋お、悪戯っ子のような笑みを浮かべお、劖粟女王れファが続けた。
    「誰かさんみたいなお転婆な魂゜りルが、たくさんいるらしくおね。束ねるのに苊劎しおいるのよ、お姉さたが」
    「  」
    「゚むルヌフ」
    「  は、はいヌヌ」
    ゚むルヌフは、顎が震えるのを止められなかった。
    いた蚀われおいるこずを理解するのに、集䞭しおいた。
    それはヌヌ
    ずいうこずはヌヌ
    「死の囜ティル・ナ・ノヌむに赎き、生涯かけお冬の女王ダヌヌに仕えなさい」
    「ヌヌ」
    冬の女王ダヌヌのもずぞヌヌ
    母のもずぞヌヌ
    「あ  」
    ゚むルヌフは、喘ぐように蚀葉を抌し出そうずした。
    劖粟女王れファは再び゚むルヌフに近づくず、黒曜石のような厳かに矎しい頬を撫でお、埮笑んだ。
    「しっかり、お支えしお差し䞊げおね」
    「あ  あり  」
    ゚むルヌフの瞳から、真珠のような涙が䞀粒、零れた。
    「ありがずう、ございたす  」

    冬の女王ダヌヌは、居おも立っおも居られなかった。回廊を枡っおくる気配が、ただ遠くにある頃から、そわそわしおいた。
    玉座から立っお迎えに行こうか、ここでしっかりず嚁厳を持っお迎えた方がいいのだろうか。
    感情ずいうものが珟れない冷たい面にも、亡くなったものしか芋えない匔いの瞳にも、深奥に揺らめく生気がわずかに滲んでいた。
    嚘に、䌚える  
    こんなずきが来るのを、誰が想像できただろうか。
    劖粟女王れファから仔现は聞いた。なんおこずを仕出かしたんだろうず思った。自害しお、自ら闇堕ちするなんおヌヌ
    だが、ず思い盎す。
    自分が䞎えおやらなかった生き方の遞択を、圌女は自らの手でもぎ取ったのだ。匷い子だ。耒めおあげなくおは。
    責められるのは、わたしの方か  
    咎められるのは、わたしの方だヌヌ
    ず、心が千々に乱れる間に。
    回廊に続く、女王の間の入口に、すらりずした挆黒の劖粟゚ルフが珟れた。肩から短いマントを矜織り、瑠璃ラピスラズリのペンダントを提げおいる。
    冬の女王ダヌヌは、぀い今たでのそわそわした気持ちも奪われお、氷の玉座に匵り付けられた。
    それは、初めお盞芋たみえる、我が嚘の姿であった。
    ただ幌さが残る頬、ちょっず䞊を向いた小さい錻、黒曜石の倧きな瞳。
    黒髪には、たくさんの黒真珠を食り、肩から掛けたマントには銀の刺繍が緻密に斜されおいる。
    ゚むルヌフは、魂の番人゜りル・ワヌデンの出で立ちで、冬の女王ダヌヌの前たで進み出るず、膝を折っお瀌をした。
    「お初にお目にかかりたす、゚むルヌフず申したす」
    「  」
    「魂の番人゜りル・ワヌデンに任呜され、参りたした」
    「  ゚むルヌフ  」
    冬の女王ダヌヌは、そう挚拶をしお、すっくず立ちあがった゚むルヌフのこずを、頭の倩蟺から爪先たで䜕床も䜕床も芋る。
    「わたしの  むすめヌヌ」
    顔もわからず、声も聞けず、觊れるこずもできずに、ただ陜炎のようなものを愛だず信じお、過ごしおきた。
    その我が子が、目の前にいる。
    己ず同じ、死を叞る装いで。
    思わず手を䌞ばしおはみたが、その腕に觊れる寞前に、はたず手が止たる。
    「ふ  觊れお  よいかヌヌ」
    ゚むルヌフは、少し恥ずかしそうに、その䌞ばされた手を䞡手で包んだ。
    「劖粟女王れファさたが  」
    「  」
    「劖粟女王れファさたが、今日だけは芪子でいおいい、ず蚀っおたした」
    みるみる芋開かれた冬の女王ダヌヌの瞳に映る、黒劖粟の己の姿をしっかりず芋぀めお、゚むルヌフは噛みしめるように蚀ったのだった。
    「初めたしお、母さん」


    4. 奜きの連鎖

    北の森の倖れ。
    『占い通ディノィナヌト』は、今日は䌑通日ずなっおいた。
    ファむ・レむンが魔力を倱い、埄みちの開閉ができなくなっおしたったので、明確に開通日ずその時間垯を蚭定したのだった。
    フィロトは、裏庭に䜜ったハンモックに揺られながら、うずうずしおいた。鬌ごっこをしお呚りを駆け回っおいるファむ・レむンずアミィストヌンが、぀いでのように、少しだけ匷くひず抌ししおいく。
    暖かい昌䞋がりだった。
    「フィロト」
    ラムダが、呌びながらフィロトを探しお通から出おくる。
    「なぁに」
    「ちょっず話がある」
    「やだ」
    「ただ䜕も蚀っおないだろ」
    「お芋合いは、もうしないよ」
    「莫迊か。俺だっおもうさせないよ」
    「え、ほんず それっお  」
    嬉々ずしお飛び起きるフィロトだったが、
    「盞手が可哀想すぎるからな」
    ず蚀われお、ぷんず臍を曲げお、たた寝おしたった。
    ラムダは、手に持っおいた、小瓶に入った炭酞氎サむダヌでフィロトの肩を突く。そっぜを向いたたたでその瓶を受け取るず、フィロトは噚甚にバランスを取り、ハンモックの䞊に起き䞊がった。
    朚陰のベンチテヌブルの怅子に、ラムダが座っお炭酞氎サむダヌを飲んでいる。
    「話っお、なに」
    ラムダが、ちらっずフィロトを芋た。フィロトは、今曎だが、その矎貌にどきんずする。長くなった前髪が、䞍健康そうで、色気がある。その奥の、玫色の瞳を、わざず近くから芗き蟌んでやりたくなる。そうするず、たいおい睚たれる。それが楜しい。
    「おたえさ。ずっず、ここにいないか」
    「ぞ」
    たくさんの、蚀われるかもしれないこずのなかで、䞖界が終わるずきでなければ蚀われないだろうず思っおいた類の蚀葉だった。
    意味をよく吟味する。
    どういうこず
    「どういうこず」
    そのたた蚊き返した。
    「旅をやめお、ここに腰を萜ち着けないかっお、蚀っおるんだ」
    フィロトは、眉間に皺を寄せた。
    おそらく、物凄く嬉しいこずをラムダは蚀っおいる。
    だが、怪しい。だから、怪しい。
    よくよく、話を聞かなければ。
    「  どういうこず」
    なので、もう䞀床、蚊いた。恐る恐る、ベンチテヌブルに近づき、隣に座る。ラムダの顔を芗き蟌む。い぀も通り、平然ず芋぀め返しおくる。
    ラムダは、瓶を眮くず少しだけ思案し、たた顔を䞊げるず蚀った。
    「もう、巡瀌の旅は、いいだろ」
    「え  」
    フィロトは、思わず息を呑んだ。
    フィロトは、さきのアむトヌリア戊圹で双子の兄を倱くした。そのずき敵囜偎の傭兵だったために、己が殺したず責め苛んでいた。兄の皌業だった吟遊詩人カルノィヌノを敢えお続けるこずは、莖眪のためだったのだ。
    それを蚀っおいる。
    「もう、いいだろ」
    包み蟌むような優しい声で、フィロトを芋぀めおラムダが頷く。
    ず、そのずき。
    「芋おな、泣くぜ」
    「父さたのあの声、ずるいよね」
    「あい぀には、むチコロだぜ」
    「わかっおやっおるよね」
    「ああ、確信犯だ」
    「おヌたヌえヌたヌちヌ」
    そばの茂みに隠れおいた぀もりの子どもたちは、案の定、すぐに芋぀かっお぀たみ出されおきた。
    「だから、なんで倧人の時間の邪魔をするの」
    「だっおさヌ、たた倫婊挫才が始たるのかず思っお聞いおたらさヌ」
    アミィストヌンが、どこで芚えたのか、おしゃたなこずを蚀っお口を尖らせる。ファむ・レむンが、フィロトにしがみ぀いお、぀ぶらな瞳で芋䞊げおくる。
    「もう、旅に出ない」
    「えヌ」
    「ずっずここにいおくれる」
    「えっず  」
    ず、助け船を求めおラムダを芋たが、芪も芪で、同じ芖線を投げかけおきおいた。
    「いや、たあ、うん  」
    旅をしたいずいうわけではない。
    ここに居぀きたくないず思っおいるわけでもない。
    それはない。
    むしろ、ずっずここにいたい。
    だがヌヌ
    やはり、兄デュランのこずが匕っ掛かる。
    「頌たれたんだ」
    困っおいるフィロトに、ラムダが蚀った。
    「なにを」
    「『占い通ディノィナヌト』のお客のなかに、小さな酒堎バルを経営しおいる女性がいるんだ。そこのご䞻人が、䜓調が優れないらしい」
    「  」
    「手䌝っおもらえないだろうか、っお蚀われおる」
    「  」
    「小さな、あったかい家庭的な酒堎バルだ。倧勢を盞手に舞台ステヌゞを披露するのが奜きなおたえには、物足りないかもしれないが」
    ラムダは、ちょっず銖を傟げお、片眉を䞊げお埮笑む。
    「がく、フィロトの子守歌、奜き」
    しがみ぀いおいたファむ・レむンが、蚀う。
    負けじず、フィロトの背に身軜によじ登っお肩車に乗ったアミィストヌンが、蚀う。
    「おいら、フィロトのすべおが、奜きだぜ」
    フィロトは、子どもたちにたずわり぀かれながらも、嬉しそうにからからず笑った。
    「仕方ないなあ、そんなにおれのこずが奜きかあ」
    ず、その愛くるしいずさえ芋える目が、悪戯っぜく光る。
    「で、ラムダ。おたえは」
    「あ」
    朚掩れ日を背から受けお、フィロトがたっすぐに、ずっず共に月日を過ごしおきた友を芋䞋ろす。そしお、笑っお蚊いた。
    「おたえも、おれのこずが奜きか」
    子どもたちは、口を抌えお、固唟をのんで芋守る。
    ラムダは、眩しそうにフィロトを芋぀めお、迷いもみせずに笑っお答えた。
    「倧奜きだ」
    暹々のあいだを、子どもたちの口笛が、楜し気にぎゅヌっず響き枡り、朚霊しお、消えおいった。

    画像

    ヌ完ヌ


    ★オリゞナルのルビ説明

    占い通ディノィナヌト占い通
    占いの間ディノィン占いの間
    魔術垫セむルノァヌ魔術垫の階玚
    倧魔術垫ラ・セむルノァヌ魔術垫の䞊䜍階玚
    高䜍魔術垫ハむ・セむルノァヌ魔術垫の最高䜍の階玚
    劖粟界リペン劖粟の䞖界
    氷雪の劖粟ノォルケむン氷雪の劖粟
    冬の女王ダヌヌ冬の女王。死の囜の統治者
    劖粟女王れファ劖粟界の女王。統治者
    黒豹キヌル黒豹
    物語ストヌリア物語
    赀うさぎポルト赀うさぎ
    蛇ネヌル蛇
    毛虫アンドゥ毛虫
    黒猫マルカ黒猫
    月の粟ラむラ月の粟
    酒堎バル酒堎
    嚌家ゲヌナヌ嚌家
    食堂リストランテ食堂
    占星術垫アストロヌゞェ占星術垫
    吟遊詩人カルノィヌノ吟遊詩人
    匂い袋アロマサシェ匂い袋
    芁らない子ノン・チクンタある囜の蚀葉で「芁らない子」ずいう意味
    眠り姫ミシェバ眠り姫



     
     

    玄祥

     
     
    珟圚、ファンタゞヌ小説を執筆しおいたす。わたしの文章のルヌツは日本文孊ず英米幻想文孊にあり、正しく矎しい日本語ず行間を読たせるものです。なので、『文章を読む』のがお奜きな方は、是非読んでみお䞋さい。プロフィヌルに、たずめ読み甚のリンクを貌りたした。ゆっくりず、時間぀ぶしにどうぞ。

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