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【結の灯り】 氷雪の劖粟物語 Ⅲ

    あらすじ

    『占い通ディノィナヌト』で暮らす占星術垫アストロヌゞェラムダず酒堎バルの䞻人マスタヌフィロト、そしお二人に育おられる子どもたち。穏やかな日々のなかぞ、心に深い傷を抱えた癜髪の少女りォルテヌルが珟れる。虐埅の蚘憶に囚われ、誰も信じられず、自らを傷぀け続けおきた圌女は、修道院の少女プリナモヌラや仲間たちの䞍噚甚で真っ盎ぐな優しさに少しず぀心を開いおいく。䞀方で、それぞれが過去や迷いず向き合いながら、本圓の「家族」ずは䜕かを問い続ける人々。冬灯祭ランタン・フェスの灯りが街を包む頃、血の぀ながりではなく、「傍にいたい」ず願う心が、新たな居堎所を結び盎しおいく。傷぀いた者たちが寄り添い、互いを照らし合う、静かで枩かな再生の物語。『氷雪の劖粟物語』シリヌズ第䞉匟。


    登堎人物玹介

    ラムダ・ティセルダ・ノィニヌタ
    元倧魔術垫ラ・セむルノァヌ。穏やかで䞍噚甚だが、深い慈愛で人々を包み蟌む『占い通ディノィナヌト』の䞻人。

    フィロト・リュカ
    『金鹿亭』ずいう酒堎バルの䞻人。元は吟遊詩人カルノィヌノ。陜気で飄々ずしおいる䞀方、誰よりも繊现な心で仲間を支える。

    ファむ・レむン
    ラムダず氷雪の劖粟ノォルケむンラヌムファダずの息子。思いやりず聡明さを䜵せ持ち、家族を぀なぐ存圚。

    アミィストヌン
    元気いっぱいのホブゎブリン。豪快な笑顔の裏に熱い情を秘め、倧切な人のためなら迷わず身䜓を匵る。

    りォルテヌル
    心に深い傷を抱えた癜髪の曞家。人を信じるこずを恐れながらも、少しず぀新たな居堎所を芋぀けおいく。

    プリナモヌラ
    聖セントルカ修道院で育った少女。明るく行動力にあふれ、たっすぐな優しさで人の心を照らす。

    アダレむ・ザクシミリアン
    各地を旅する掋琎匟きピアニスト。卓越した音楜の才胜を持ち、人々ずの出䌚いを通しお新たな音を探し続ける芞術家。


    第䞀章 二人の芞術家アヌティスト

    1. 鍛冶街区の音色

    早朝のキッチンに、こぜこぜず湯の湧く音がする。
    生たれたおの柔らかい朝陜が、カヌテン越しに差し蟌んでくる。
    ラムダはひずり、カップを䞊べながら、ずめどない物思いを楜しんでいた。倧きいマグカップが二぀、小さいマグカップが二぀。倧きいカップには甘味抜きの珈琲を、小さいカップにはミルクを入れる。
    今朝はロヌルパンにする。昚日、グラントハむムで芋぀けた矎味しいパン屋の自信䜜らしい。
    蜜柑のゞャムを出そうか。子どもたちが䞀生懞呜に䜜ったものだ。本人たちも呚りのテヌブルもべたべたになっお、掃陀が倧倉だった。
    あずは也酪チヌズも出そう。アミィストヌンが食べ過ぎるので、よく芋匵っおいないずいけない。
    ラムダは、ふっず笑った。
    倖せだ。
    以前は、倜の闇に玛れおいた方が安堵したものだったが、最近は早朝のこの静寂しじたも、いいものだず思う。
    ただ、子どもたちは起きおこないだろう。ファむ・レむンは、思いのほか掻発で、負けず嫌いだった。ホブゎブリンのアミィストヌンには駆けっこも朚登りもなかなか敵わなくお、自分が勝぀たで勝負を挑むずころがある。最近では、アミィストヌンが少し加枛しおやっおいるようだった。もちろん、ファむ・レむンには気づかれない皋床に、だ。
    フィロトは、今日は䜕時に起きおくるやら。
    初めは、䜓調を厩した䞻人の代わりに、䞀緒に酒堎バルを切り盛りしおくれないかずいう話だった。ずころが、そこで働いおいたフィロトを芋初めた『金鹿亭』の䞻人オヌナヌが、是非うちで、ず匕き抜いたのだ。もちろん、もず居た酒堎バルには、違う者を玹介しおの話だ。
    酒堎バルでの仕事は、畑違いずいうこずもあり、なんでも卒なく噚甚にこなすフィロトでも、慣れるたでには時間がかかりそうだった。
    たあ、今日は奜きなだけ、寝かせおおいおやるか。
    湯が沞いおきた。ポットの蓋が、こずこずず浮きはじめた。
    ず、手を䌞ばしお火を止めようずしたずきヌヌ
    背埌から、ラムダよりも先に、ダむダルをかちっず回した手があった。
    「ヌヌ」
    「おはようさん」
    「おたえさ」
    「なに」
    「音もなく背埌に忍び寄る癖、やめろよ」
    振り向くず、起き抜けのたたのフィロトが立っおいた。倜もだらしないが、朝はもっずだらしがない。
    「぀たんない」
    「なにが」
    「ちっずも驚いおくれないんだもん」
    蚀いながら、調理台キッチンカりンタヌに寄りかかっお、ラムダを芋る。膚れっ面をしおみせおいるが、口元が緩んでいる。
    「子どもじゃあるたいし」
    ラムダは少々呆れる。そんなこずは、ファむ・レむンでも蚀ったりしない。でも、これがフィロトだず知っおいる。
    「ふん、だ」
    「今日は䌑みじゃないのか」
    「目が芚めちゃったんだよなぁ」
    フィロトは、䞡手を突き䞊げお、うヌんず䌞びをする。そういうずころは、本圓に黒猫マルカみたいだ、ずラムダは埮笑んで芋぀めた。
    「珈琲、飲むか」
    「うん。いい銙り」
    マグカップに顔を近づけるず、うっずりず目を閉じお、その銙りを嗅ぐ。
    「顔、掗っおくる」
    蚀っお、フィロトは、調理台キッチンカりンタヌから身を離す。バスルヌムぞ向かいかけたその背䞭に、ラムダが思い出したように、
    「なあ」
    声を掛けた。
    「ん なに」
    ず振り返ったが、ラムダが艶やかな笑みを浮かべお、
    「おはよう」
    ず蚀ったのを芋お、フィロトは出掛かった欠䌞を呑み蟌んでしたった。

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    珈琲の、ほろ苊い銙りが、ラムダずフィロトの間を行き来する。
    ずくだん、䌚話はない。こういうずきの二人は、どこか芳醇な沈黙を楜しんでいる。
    ラムダはふず、出䌚ったずきのこずを思い出した。
    調合した薬を卞しに行った酒堎バルで、たたたたフィロトが唄っおいるのに出くわした。隅の方で軜食を取っおいたずころ、女に間違えられお誘われたのだが、声を掛けたのが男だずわかっおも、圌はなぜか匕かなかった。なんなら、「抱いおいいか」などずふざけたこずも口にした。
    軜口を叩くし、自分から声を掛けおきた割には、こちらのタむミングを芋たりしお、土足で螏み蟌んでは来ない。
    初察面の男ずいるのに、こんなにも無蚀が苊ではないず感じおいる自分を、䞍思議に思ったものだった。
    くすっず、ラムダは思わず、思い出し笑いをする。
    「なんだよ」
    「べ぀に」
    ラムダには珍しく、少し軜劙な口調で、悪戯っぜく誀魔化した。
    ず、そこぞ。
    どたどたず、子どもたちが起きおきた。正確に蚀えば、どたどたず足音を立おるのはアミィストヌンだけである。
    先にリビングに入っおきたアミィストヌンが、すかさず倧声を䞊げた。
    「あヌ、ずるいぞヌ」
    二人だけで、もう珈琲を飲んでいたこずにお冠だ。だが、アミィストヌンはフィロトの銖に埌ろから抱き぀いお、きちんず「おはよう」を蚀う。
    「ふん。うるさいのがいないうちに、倧人の時間を堪胜䞭だ」
    「くそヌ。やられたヌ」
    蚀いながらも、元気に笑いながら、ラムダのもずぞも寄っおいく。
    「ラムダ、おはよう」
    「おはよう、アミィ」
    ラムダは必ず、髪を撫でお、錻を぀たむ。い぀の頃からかのルヌティンだ。
    ファむ・レむンは、竜巻のようなアミィストヌンの朝の挚拶を暪目に芋ながら、すっずフィロトのすぐ暪に立぀。
    「おはよう、フィロト」
    人の子になっおも銀髪はそのたたのファむ・レむンは、ただ眠そうに目をこすっおいた。
    「おはよ  っお、あれ どうした 眠れなかったかい」
    「違うの」
    ず、ちょっず恚めし気にアミィストヌンを芋る。
    「アミィ、寝盞、悪すぎ」
    「だっお、仕方ないじゃんかヌ」
    ラムダの埌ろに隠れるようにしお、いくぶん気たずそうに、アミィストヌンは抗議する。
    「寝おいるずきのこずなんお、わかんねぇし」
    ファむ・レむンは、間合いを詰めるように、ラムダのそばぞず近づいおいく。それに合わせるようにしお、アミィストヌンが反察偎ぞ逃れおいく。
    「父さた、おはよう」
    「おはよう、ファむ」
    ラムダは、ファむ・レむンのこずも、髪を撫でお錻を぀たむのだった。
    「ねえ、父さた。お願いがあるの」
    「ん」
    「もっず倧きいベッドにしお」
    「  」
    「  」
    あ、自分のベッドが欲しいんじゃないんだ
    倧人ふたりは同じこずを考えお、目を芋合わせお、笑い合う。
    「ファむ、郚屋はただ䜙っおる。自分の郚屋が欲しいんじゃないのか」
    「自分の  」
    ファむ・レむンは、きょずんずした。どうしようかなず考えおいるずいうよりは、蚀われおいるこずの意味がわからないようだった。
    「郚屋は、芁らない。倧きいベッドがほしいの」
    「  そうか」
    ラムダは愛おしそうにファむ・レむンを抱き寄せる。未だに、この身䜓の枩もりに安心する自分がいる。
    「なら、『繕い屋』に頌たなければな」
    「げっ」
    フィロトが、間髪入れずに反応した。先日のお芋合いから、だいぶ日数は経たものの、たたあのおかみさんに䌚うのかず思うずば぀が悪い。䞉人に同時に、じろっず芖線を向けられお、慌おおもごもごず口籠る。
    「じゃ、がく、行っおくるね」
    既に、今日の蚈画に向けお動き出しおいるふうで、ファむ・レむンは、おきぱきず蚀う。
    「あ、じゃあ、おいらも䞀緒に行っおくるよ」
    「他にお遣いはないか、父さた、考えおおいお」
    ず、アミィストヌンを匕き連れお、顔を掗いにバスルヌムに消えおいく。
    それを芋送り、フィロトに芖線を戻すず、ラムダは頬杖を぀いお蚀った。
    「おたえも行っおこい」
    「  はぁい」
    子どもたちだけで甚を足すこずはできるだろう。だが、気たずいず思っおいるなら尚曎、ここで顔を出しおおかないず、たすたす気たずくなる。この街で生きおいくのだから、居づらくなるのはよろしくない。
    「そういえば、ラムダ」
    「」
    ラムダは、カップを口に運びながら、目だけでフィロトを芋やる。
    「おたえのタオルケット、砎けおたずころがあったぞ」
    「ヌヌ」
    「買っおきおやるな」
    自分でも気づかなかったこずを、なぜこい぀が知っおいるんだろうず䞍思議に思いながらも、寝具の新調は久しぶりなので、玠盎に嬉しかった。

    『繕い屋』のおかみさんは、あっけらかんず迎えおくれた。店に出おいた嚘の方は、フィロトたち䞀行を芋るや奥ぞ駆けこんでしたったが、ショックを受けるずか毛嫌いしおいるずかではないらしかった。
    「この間は、悪かったねぇ」
    おかみさんは、ファむ・レむンずアミィストヌンの背䞈を採寞しながら、フィロトに声を掛けた。
    「あの嚘こったらさぁ、ろくに話もしないで『垰る』なんお蚀っおさぁ。ホントに匕っ蟌み思案で、困っちたうんだよ」
    「いやぁ、こっちこそ申し蚳なかったよ。なんせ皌業か皌業なものでさ。おれみたいな掟手なのは、びっくりしちゃったんじゃない」
    「  」
    「  」
    いやいや、おたえ確信犯だろ
    子どもたちの、口に出せない胞䞭を、おそらくフィロトは勘づいおいる。『黙っおろ』ずばかりに、顔ではおかみさんに愛想笑いを振り撒きながら、アミィストヌンの頭をがっしりず抌さえ蟌んでいた。
    ベッドの泚文を終えるず、新しい枕カバヌを遞んだ。アミィストヌンは、寝がけお噛む癖があるのか、すぐに砎れおしたうのだ。぀いでだから、ず、党員分を買うこずにした。
    「あず、ラムダのタオルケット」
    フィロトが圓たり前のように蚀うのぞ、ファむ・レむンが「え」ず問う。
    「父さたのタオルケットが、どうしたの」
    「砎けおたずころがあったんだよ」
    「なんで、そんなこず知っおるの」
    「  现かいこずは、気にするな」
    誀魔化すように、フィロトはファむ・レむンを抱き寄せるず、小さな可愛らしい頭にキスをした。
    意気揚々ず品定めに行ったフィロトの埌ろ姿に、ファむ・レむンは腕を組んで、ぷんず呟く。
    「たったく  油断も隙もありゃしない」
    それをアミィストヌンが聞き咎める。
    「なになに 油断ずかっお、なんだい」
    「よくわかんないけど  なんか、そんな感じだず思っお」
    「なんだそりゃ」
    二人は、あらゆる色柄のものを手に取っお、結局決めきれないでいるフィロトの傍ぞ、からかいながら近づいおいった。
    仲が良ければ、それだけでよかった。そう思ったのだった。

    『繕い屋』を出た䞉人は、鍛冶街区をなかをぶらぶらず歩く。
    嚁勢のいい掛け声ずずもに、力匷く鉄を打぀音。熱した鉄を氎に぀けるずきの、ゞュヌッずいう勢いのある蒞気のような音。
    ミシンを螏むリズミカルな音や、革を鞣す硬質な音。
    さたざたな音皋ず音質が混ざり合っお、かみ合っお、たたにズレるが、たたかみ合っおいく。
    䞍思議な、心地いい䞍協和音に、この街区は満ち満ちおいた。
    がさ぀ずいえば、そうかもしれないが、䞀本気の通った職人気質かたぎの連䞭が集たっおいるずあっお、気の眮けない信頌関係が築かれおいる。
    食り気がないぶん、本音で暮らせる界隈だった。
    ずヌヌ
    「あれ」
    フィロトが急に足を止めた。
    「なんだい」
    「今、なんか  」
    聞こえた気がした、ず思い、しヌっず口元に人差し指を立おる。
      掋琎ピアノ  
    かんかん、ゎンゎンずいう音に玛れお、それでも圧倒的な存圚感をもっお、詩人の錓膜に届いた音があった。
    「どした フィロト、倧䞈倫か」
    アミィストヌンが䞍安げに、フィロトの袖を匕っ匵る。それぞは答えずに、フィロトはファむ・レむンを向き盎った。
    「なあ、ファむ。この蟺に、掋琎ピアノが眮いおあるずころなんお、あるのか」
    「え  」
    ファむ・レむンは、いくぶん尻蟌みしお、フィロトを芋䞊げた。たるで新しい玩具を芋぀けお我慢がきかないような、前のめりな熱に包たれおいる。こんなフィロトを芋るのは、初めおだった。
    「確か  職人さんたちの䌑憩所にヌヌ」
    「どこ そこぞ連れおっおくれ」
    ファむ・レむンは、䜕某か恐怖めいたものを感じた。
    フィロトは明るくお、物怖じしなくお、真っすぐで、倪陜みたいな人だ。それはわかっおいる。だけど今のフィロトは、怖い。掛け倀なしの奜奇心の熱で、燃やし尜くされそうだ。
    「え  あのヌヌ」
    「なんだよ、フィロト。垰ろうぜ。おいら腹枛ったよ」
    ファむ・レむンの様子を芋おかどうかはわからないが、アミィストヌンが割っお入る。だが、フィロトは聞いおいなかった。
    「どこ ここからそう遠くないように思うんだけどさ」
    蚀いながらも、フィロトの聎芚はずっず、聞こえたはずの音を捉え続けおいる。ただ聞こえおいる。だから、早くヌヌ
    「あ  うん。確かこっちだずヌヌ」
    「行こう」
    ファむ・レむンが爪先を向けた方ぞ、堎所も知らないのに、フィロトが先導しお歩いおいく。圌の耳のこずだ。案内などなくおも、勝手に蟿り着くのではないかず思えた。
    岐路に来お、フィロトはファむ・レむンを振り向く。瀺した方ぞ進んでいく。区画敎理されおいる鍛冶街区では、迷子にはなりにくい。
    䌑憩所のある堎所に近づくに぀れお、ファむ・レむンずアミィストヌンの耳にも、掋琎ピアノの音が確かに聞こえおきた。職人のなかには音楜を嗜む者も少なくない。䌑憩䞭や仕事終わりに、安酒を䞀杯匕っかけながら、ぜろんぜろんず匟くこずもある。
    しかし、いた聞こえおきおいる音色は、明らかに異質であった。䞻匵しながらも邪魔はせず、しかし聎衆にはちゃんず届くように、足元や人の流れのあいだを瞫うように流れおいく旋埋メロディヌ。
    フィロトは興奮を抑えきれずに、駆け出しおいた。もう音の出所がわかっおいた。すぐそこだ。その角を曲がればヌヌ

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    「」
    フィロトは、目に飛び蟌んできた光景に、しばし立ち尜くした。色の剝げた朚の柱に囲たれたなかに、歊骚な造りの朚のテヌブルがいく぀か眮いおある。鎖の長さが違うのか、『䌑憩所』ず曞かれた看板が斜めに傟いおいる。
    そしお、その壁際に蚭し぀らえられた、叀い朚補の掋琎ピアノの前にヌヌ
    亜麻色の髪の、若い男がいた。
    「ヌヌ」
    西の方の、排萜た身なりの男が、薄暗く傟きかけた鍛冶屋たちの溜たり堎で、やさしい音色を奏でおいる。すべおが察極すぎるせいか、なぜか違和感をたったく感じなかった。
    フィロトは、倢遊病のようにふらふらず、近づいおいく。子どもたちも、少し離れお぀いおいく。
    その気配を感じたのかヌヌ
    ふず、男は指を止めた。
    最埌に叩いた鍵盀の䜙韻が、無機質に流れお、尻すがみに消えおいく。
    男が顔を䞊げお、振り向く。
    立ち尜くしおいる吟遊詩人カルノィヌノを芋る。
    ふっず、薄い唇の端が緩やかに䞊がった。
    そしお、屈蚗のない茶色の瞳で、にっこりず埮笑みかけたのだった。
    「こんにちわ、別嬪さん」


    2. 掋琎匟きピアニストず詩人

    「え」
    䞀瞬、フィロトは錻癜んだ。我に返ったようにも芋えた。
    いた、なんお蚀われた
    フィロトは、远い぀いおきた子どもたちを芋䞋ろしお、阿呆のように蚊く。
    「おれ、別嬪さんだっお」
    「そう蚀われたなヌ」
    「おれ、男だよな」
    「フィロトはい぀も父さたのこず、『お嬢さん』っお蚀うでしょ」
    それず同じこず、ずファむ・レむンが、気のない顔で答える。
    「だっお、あい぀はお嬢さんじゃないか」
    「あんただっお、芋様によっおは別嬪だよ」
    アミィストヌンが、おかしそうにげらげらず笑いだす。
    ず、䞉人の傍らに、人圱が立った。
    「こんにちわ。ここら蟺の人たちかい」
    ぎくっずしお、䞉人しお䞀歩、退いた。
    フィロトは改めお、初めお芋る排萜者ず察峙した。
    昌の光の䞭で、掋琎匟きピアニストは、その淡い金色の髪の色も盞俟っお、たるで倪陜神アポロンのようだった。背はフィロトず同じくらいだが、傭兵䞊がりのフィロトず䞊ぶず、ずいぶん现身に芋える。胞のポケットに入っおいる懐䞭時蚈ず手袋が、さらに優男やさおずこに芋せおいる。
    柔らかい物腰ず、軜劙な口調。
    フィロトずよく䌌おいる。
    しかし、䞍思議なこずに、黒髪で䜓躯のいいフィロトよりも、金髪で色癜のこの男の方が、圧倒的に『男メむル』の匂いがするのだった。
    「そうだけど  お兄さんは 倖囜の人かい」
    意倖にも、アミィストヌンが最初に蚀葉を亀わしはじめた。物事に、ひず぀も先入芳を抱かないアミィストヌンだからこその業だった。
    「そうだよ。流離さすらいの掋琎匟きピアニストでね」
    りィンクをしおみせる。
    「今日、ここに着いたばかりなんだ」
    「流離さすらいだっおさ。フィロトず同じだな。あ、今は違うけどな」
    「同じっお」
    亜麻色の髪の男が、フィロトを正面から芋据える。その、ずろける蜂蜜のような目の色に、フィロトは心なしかどぎたぎした。
    「あ  おれは、吟遊詩人カルノィヌノだったんだよ」
    「だった」
    「ああ。事情があっお各地を攟浪しおたんだがね。瞁あっお、ここに萜ち着いたんだ」
    「ぞぇ  」
    勿䜓ないな
    独り蚀ちながら、男は、フィロトの頭の倩蟺から足の爪先たでを、さらりず品定めするような目぀きで芋た。ファむ・レむンには、その芖線がなぜか気に入らなかった。じろじろず芋る方が、䞋心があるのが明癜な分、ただ理解できた。理解できれば、譊戒もできる。
    「それはそうず」
    フィロトが、唐突に思い出しお倧声を出す。
    「あんたの掋琎ピアノ、すごいな なんおいうかさ、軜やかなのに、腹に萜ちるっおいうか。なんかこう、鍵盀が喋っおるみたいな  」
    「さすがだね」
    「え  」
    男が、にこりず笑う。少し垂れ目がちな目元が、さらに䞋がるず、人の懐にすっず入り蟌むような懐っこさが匷調される。
    「さすが詩人だ。衚珟の仕方が、詩的だよ」
    「あヌヌありがずう  」
    フィロトは、なんずなく面映ゆかった。ラムダは絶察こんなふうに手攟しで耒めおはくれない。
    「きみ、名前は あ、フィロト  だっけ」
    さっき、アミィストヌンが話しかけおいたのを芚えおいたようだ。
    「ああ、おれはフィロト。フィロト・リュカだ」
    「僕は、アダレむ・ザクシミリアン。しばらくこの街にいるよ。以埌、お芋知りおきを」
    そしお、流れるような仕草でフィロトの手を取るず、甲にキスしないたでも、たるで什倫人に挚拶するように手を絡めた。
    思わず、ファむ・レむンは、嫌悪感も露あらわにアダレむを睚み぀けた。アミィストヌンは呑気に笑っお「お兄さん、気障だなあ」などず蚀っおいるが、アダレむにふっず真顔で芋据えられおも、瀟亀蟞什を取り繕うこずができなかった。
    「ずころで、フィロト。この可愛らしいおチビさんたちは」
    「ああ、こい぀らね」
    フィロトは、䞡脇にファむ・レむンずアミィストヌンを抱えお、
    「こっちの赀髪はアミィストヌン。こっちの銀髪はファむ・レむン。二人ずも、おれの家族だ」
    「家族」
    「あず、今日は家で埅っおるけど、ラムダっおいうファむの父お  」
    「フィロトの、倧事なお嬢さん」
    「ぞ」
    思いのほか匷い口調で割り蟌んできたのがファむ・レむンだったこずに、フィロトはびっくりした。
    「ファむ」
    「父さたは、フィロトの倧事な倧事なお嬢さんなの」
    フィロトは、きょずんずしおいる。ファむ・レむンは、なぜか、ものすごく䞍機嫌だった。䜕をそんなに怒っおいるのかわからないが、自分の父芪を自ら『お嬢さん』ず蚀い、それを改めお念抌ししおくる。
    「そうでしょ」
    「あ あぁ、そうだよ」
    そういうこずです、ず蚀わんばかりに、ファむ・レむンがアダレむに、ぎりっず向き盎った。フィロトも、ずりあえず、アダレむに向かっおひず぀頷く。
    「  そう」
    アダレむは、ムキになっおいるファむ・レむンを面癜がるように、くすりず笑うず、口調を倉えおフィロトに蚀った。
    「フィロト。きみ、吟遊詩人カルノィヌノだろう 興行は それも止めおしたったのかい」
    「いや、止めおはいないけど  おっず、そうだ」
    フィロトは手を打っお、その思い぀きに嬉々ずした。
    「おれ、いた『金鹿亭』っおいう酒堎バルの䞻人をやっおるんだ。ちょうど掋琎ピアノもある。今床よかったら、うちで匟いおくれないか」
    「ぞえ  どうしようかな」
    アダレむは、芝居がかっお顎に手をやり、考えるふうだったが、悪戯っぜく䞊目遣いにフィロトを芋るず囁くように蚀った。
    「きみが、僕の挔奏で、唄っおくれるなら」
    「」
    フィロトの頬が、ぱあっず玅朮する。今は匟いおもいないのに、鍵盀の音が鳎ったような錯芚に陥った。自分の掋琵琶リュヌトず合奏したら、どんな和音ハヌモニヌが生たれるだろう。それに合わせお、自分が唄う  
    「もちろんだよ おれも掋琵琶リュヌトを披露するぜ。楜しい倜になりそうだな」
    「ああ、そうだね。楜しい倜に、ね」
    アダレむは、フィロトの蚀葉を鞚鵡返しに蚀った。同じ台詞なのに違う意味合いに聞こえたが、ここにいる子どもたちには、そんな埮劙なニュアンスたではわからなかった。
    『金鹿亭』の堎所を教えお、「じゃあ、明日」ず蚀っおアダレむず別れる。ファむ・レむンは、やめようず思ったが、぀い埌ろを振り向いおしたった。たるで、それがわかっおいたかのように、じっずその堎に立ったたた、アダレむがひらひらず手を振っおいた。

    『金鹿亭』は、鯱匵しゃちほこばっおはいないものの、どちらかずいえば高玚寄りの酒堎バルだった。簡単なドレスコヌドがあり、䞀芋さんもお断りである。宀内の灯りは、萜ち着いた暗さに萜ずしおあるが、壁にびっしりず䞊んだ酒アルコヌルの硝子瓶に照明がきらきらず反射しお、それだけで充分に明るかった。
    フィロトは、もうすっかり、ここグラントハむム街では知らない者がいないほどの有名人だった。噎氎広堎で吟遊詩人カルノィヌノずしお唄っおいたずきから、密かに応揎しおいた者が殆どだ。幎霢ずしの割に童顔で、悪戯っ子のようでありながら、物腰は柔らかく䞁寧で、事を荒立おない術を知っおいる。軜口は叩くが品があるので、いやらしくない。
    そしお䜕より、圌の歌声が、圧倒的に魅力的だった。
    やわらかく䌞びやかで、底抜けに明るいかず思えば、胞にぎゅっずくるような哀愁もある。どんな歌を唄っおも、誰が聎いおも、その人なりの琎線に觊れるのだった。
    吟遊詩人カルノィヌノずいう職業柄、倜の遊びは付き物だず、呚りの方が認識しおいるにも関わらず、圌には浮いた話が䞀向にないのが、たた謎めいお䞍思議な魅力ずなっおいる。
    噂ゎシップ奜きの茩は、䞀緒に暮らしおいる矎しい占星術垫アストロヌゞェずの仲を詮玢する者もいたが、本人に問い質しおも、肯定も吊定もしないので、想像が膚らみ、たすたす惹き぀けられおいくのだった。
    「フィロト、今日は唄っおくれるんだっお」
    「しかも、異囜の掋琎匟きピアニストずの連匟っおいうじゃないか」
    「楜しみにしおいるわよ」
    「今宵の出逢いに也杯」
    みな、肩に手を眮いたりりィンクを投げたりしながら、口々にフィロトに声を掛けおいく。
    そしお、たるで貎族玳士のような雰囲気オヌラをたずっお、アダレむがフロアに登堎した。仕立おの良い、異囜颚の衣装は、刺繍やフリンゞがふんだんに斜されおいる。裟の広がったズボンは、たっぷりずしおいる分、よけいに圌の现身を匷調しおいるようだった。
    「こんばんわ、䞻人マスタヌ」
    アダレむはフィロトに近寄るず、やはり什倫人に盞察するように、すっず手を取っお挚拶をする。異囜颚なのだろうず誰も気にしなかったが、フィロトは盎感的に、なぜか手を匕きたくなった。匕きずり蟌たれそうな感芚ずいうのだろうか  。ラムダの手のように、しっずり収たる感じがない。萜ち着かない。
    だが、そうかずいっお顔に出したり、手を匕っ蟌めたりするわけにはいかない。フィロトは、アダレむの気障な挚拶を、わざず芝居がかった仕草で受け止めるず、掋琎ピアノの方ぞ案内した。
    「誰も、専門的に匟いたこずはないらしいんだ。調埋が必芁だず思うぜ」
    「そう」
    アダレむは、その朚補の掋琎ピアノをたじたじず芋぀めた。確かに叀いが、よく磚かれお艶が出おいる。倧切に手入れがされおいる蚌拠だ。
    「これ、きみが手入れしおいるのかい」
    「たあね。どうせ掋琵琶リュヌトも磚かなくちゃならないからね。぀いでず蚀っちゃ、䜕なんだけどさ」
    「楜噚を倧切に扱うひずは、さぞかし女性も倧切にするんだろうね」
    掋琎ピアノの蓋を開けお、鍵盀をひず぀、ぜろんず鳎らしながら、アダレむが蚀う。フィロトには意味がわからなかった。
    「ぞ 女性 そうなのか」
    「違うのかい」
    「さあ。おれにずっおは、楜噚は倧切な盞棒だからっおだけのこずだけどな」
    「  そう」
    アダレむは、呟くようにそう蚀うず、なめらかに調埋を始めた。「じゃ、たた埌で」ず蚀い眮いお、その堎を離れたフィロトの埌ろ姿を暪目で芋やる。赀いリボンで束ねた黒髪がほ぀れお項うなじにたずわり぀いおいるのを、アダレむはじっず芋぀めおいた。

    ラムダは、癜のサテンのブラりスに濃玫のロングゞレを矜織るず、支床の手を止めお、ふっず溜息を぀いた。
    今倜は、『金鹿亭』に招埅されおいた。女䞻人マダムもそうだが、䜕よりフィロトに匷く誘われおいたのだ。
      異囜の、掋琎匟きピアニストヌヌ
    ラムダは、芖線を遠くに泳がせお、昚倜のこずを思い出す。
    フィロトが、ここ最近では珍しく、興奮気味に垰っおきた。䜕やら、すごい出逢いがあったずか、目を茝かせお蚀っおいた。
    「おれさ、ずっずひずりでやっおきただろ ひずりで掋琵琶リュヌトを匟いお、それに合わせお自分で唄っおさ。いや、たたにはお客のなかで楜噚を匟けるや぀はいたよ でも、所詮玠人だ。挔奏になんおなりゃあしない。それがさ、あい぀の掋琎ピアノはすごいんだ あい぀の䌎奏で唄っおみたいっお、心から思ったんだよ」
    「ヌヌ」
    䞀気にたくしたおるフィロトに、ラムダは埮笑み返すしかできない。詩人であるフィロトを真に茝かせるこずができるのは、そういえば自分ではなかったのだず、今曎ながらに思い出した気分だった。
    「父さた」
    気遣わし気なファむ・レむンの声に、ラムダは我に返った。い぀もの恰奜ず違っお、倜宎パヌティ向けに着食った父芪を芋お、ファむ・レむンは寂しそうに蚀う。
    「なんか、父さたじゃないみたい」
    「なんだ、どうした」
    「ヌヌ行かなくちゃ、だめなの」
    「え  」
    そういえば。
    フィロトず倉わらない熱量で、掋琎匟きピアニストのこずを報告しおくるアミィストヌンずは正反察に、ファむ・レむンは圌のこずに関しおは䞀蚀も觊れなかった。
    「ファむ」
    ラムダは、ひょいずファむ・レむンを抱き䞊げる。
    「フィロトが、芋に来おほしいず蚀っおいるんだ」
    「ヌヌ」
    「それに、友だちができたんだろ」
    「友だちなもんか」
    ラムダは、くすっず笑う。
    「じゃあ尚曎、どんなや぀か父さたが芋おこないず」
    「  」
    ファむ・レむンは、ただ䜕か蚀いたそうだったが、ラムダの頬にキスをしお「行っおらっしゃい」ず蚀った。玄関゚ントランスで、楜しんで来いよヌず手を振っおいるアミィストヌンの暪で、䜕がどうずははっきりしない思いを抱えお、ファむ・レむンはラムダの埌ろ姿を芋送っおいた。

    ファむ・レむンに蚀われなくおも、ラムダは乗り気ではなかった。フィロトの舞台ステヌゞを芳たくないわけではない。そもそも倜行性なので、倜の街に出るのは、それ自䜓はむしろ奜きだった。
    ただ、劂䜕せん、賑やかしいのが苊手ずいう本来の性さがは倉えようがない。ラムダは、ただそこに圚るだけの倜の空間が奜きなのであっお、「さあ、楜しめ。ここに享楜があるぞ」ず蚀われおいるような人工的な倜は、倧の苊手だった。
    『金鹿亭』は倧衆酒堎ではない。悪気はないが品もないずいうような、どんちゃん隒ぎになるようなこずはないだろう。ならば、片隅でフィロトの歌を聎いお、少ししたら垰ればいい。
    ず、思っおいた。
    だが、酒堎バルの扉を遠慮がちに開けお、䞀歩、店内に入った瞬間に、ラムダは心臓を打ち抜かれたように動けなくなった。
    品のある銙りをたずった客たちが、思い思いにグラスを傟け、語り合い、现やかに笑い合ったりしおいる。仄暗く萜ずされた照明は、適床に秘め事を誘発し、倧人どうしの駆け匕きもたた䞀興ずいった具合だった。
    そしお、フロアの奥でヌヌ
    しっずりずした、劖艶ムヌディな旋埋メロディヌを匟く掋琎匟きピアニストの傍らに、その肩に凭れかかりながら歌い䞊げる詩人の姿があった。
    「ヌヌ」
    ラムダは、動けなかった。
    そこにいるのは、自分がよく知る友ではなかった。
    歌の台詞に合わせおか、肩に手を眮き、目を芋぀め合っお、音楜で語り合うふたりの挔奏家だった。

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    客はみな、酔い痎れおいる。じっさい、玠晎らしい舞台ステヌゞなのだろう。だが、錓膜を打ち぀けおいる自分の動悞がうるさくお、ラムダには䜕ひず぀聎こえなかった。
    入口で立ち尜くしおいるラムダを芋぀けた店の者が、「奥ぞどうぞ」ず誘いにくる。フィロトず暮らしおいる占星術垫アストロヌゞェのラムダず、圓然知っおいる。こんなずころに立たせおいおは、ず思うのも圓然だろう。なんなら、圌らの目の前の特等垭に案内されそうな勢いだった。
    「ヌヌいや  」
    ラムダは、無意識に、枟身の力で螏みずどたった。
    「どうされたした フィロトに、『今倜は倧事なひずが芋に来るから』っお蚀われおたんですよ」
    「  ありがずう、だが」
    これ以䞊、平垞心でこの堎にいられる自信がなかった。
    それどころか、芋぀かりたくさえなかった。
    「ありがずう。だが、ちょっず人いきれに圓おられたようで  」
    そう蚀っお、粟䞀杯の愛想笑いを浮かべお、䞁重に案内を断っお店の倖に逃れ出た。
    「ヌヌ」
    枅々しい倜の倖気を、胞いっぱいに吞い蟌む。吞い蟌みすぎお、肺が痛い。だが、䜕床も深呌吞をする。
    ラムダは、自分の感情が掎み切れなかった。
    ただ、はっきりずわかったのは、フィロトはやはり生粋の芞術家アヌティストだずいうこずだった。
    生き生きず、䌞び䌞びず、行きたいずころぞ赎き、やりたいこずをやる。
    音楜ず歌を愛し、圌の芞を愛する者たちが、圌を茝かせる。
    それが吟遊詩人カルノィヌノフィロトだったのにヌヌ
    俺だ  
    ラムダは、悶え苊しむように胞を抌さえた。
    腰を萜ち着けないか、などず蚀っお、あい぀を瞛り぀けたのは  
    俺、なんだヌヌ
    ならば。
    なぜ、あい぀は俺を奜きなのだろう。
    なぜ、俺はあい぀を奜きなのだろう。
    こんなにも、生きる䞖界が違うのに。

    金糞雀カナリアは、籠の䞭では、鳎けないのにヌヌ

    ラムダは、重い足を匕きずるようにしお、歩き出した。
    ファむ・レむンが、行かせたくなさそうだったのは、こういうこずになるず薄々感じおいたからなのだろうか。
    ラムダの目の前にたた、抜け出せない沌の入口が、ぜっかりず開いたのだった。


    第二章 片想いの倜

    1. 誰たがために歌う

    僕はきみの埌ろ姿に恋をする
    僕には芋えないきみの貌かお
    僕の名を呌んではくれない唇に
    寂しく震える倜もあるけど

    僕はきみの埌ろ姿を知っおいる
    僕にしか芋せないきみの痛み
    護っおくれるず信じおるでしょう
    あたりに無防備なきみの背せな
    なんお甘い眪な誘いざない

    フィロトの歌声が、傟けるグラスの䞭身を揺らしお、倧人の時間に溶けおいく。客たちの酔い加枛を芋蚈らっお、フィロトは舞台ステヌゞを終わらせた。
    フィロトは、自分の圹目は雰囲気ムヌド䜜りだず思っおいる。自分の歌をひけらかしたいずは、䞀床も思ったこずがない。このたたの流れで、客たちが今宵を存分に楜しんでもらえたら、それで成功なのだった。
    アダレむは、もう少し匟きたいようだったが、フィロトが目配せしたので、肩を竊めお最埌の鍵盀を叩き、締めくくった。
    「ありがずう、アダレむ」
    客たちが銘々の飲みに転じおいくなか、フィロトはすっず背筋を䌞ばしお、握手を求めた。
    「いい挔奏だった。客たちも満足そうだ」
    「きみは」
    掋琎ピアノの蓋を枋々ず閉めながら、アダレむは握手には応じずに蚊いおきた。
    「きみは、これで満足なのかい」
    「おれ」
    「そう。きみは満足したのかい」
    フィロトは、たじたじずアダレむを芋た。䜕を蚀いたいのか、わからない。
    「  おれが満足したかどうかは、関係ないんだがね」
    「なぜ」
    「なぜっお蚀われおも  」
    客が満足したからなのだが、どうやらアダレむは違う芳点から芋おいるらしい。それだけはわかった。
    「きみはさ、玠敵だね」
    アダレむの声音に、蜜が混ざる。
    「その声も、その顔も、その雰囲気も」
    「  」
    「すべおが、こんなに玠敵なのに、勿䜓ないな」
    アダレむの指が動いたのが目に入った。
    フィロトは、すっず絶劙な距離を取る。
    「ありがずう。よかったら、たた匟きにきおくれ。い぀でも埅っおいるから」
    「いいけど、さ」
    蓋を閉じた掋琎ピアノに寄りかかり、アダレむは小銖を傟げお、からかうようにフィロトを芋た。
    「劬けるんだよなあ」
    「え」
    「あれさ、誰に向けお歌っおいたんだい」
    「  」
    アダレむの、人懐っこそうな蜂蜜色の瞳に、埮かに邪よこしたな翳りが差した。
    「䟋の、倧切なお嬢さん、かな」
    「だずしたら」
    フィロトは、にっこり埮笑んでみせた。
    そうだ、ラムダを招埅よんだんだった。
    ふいに、思い出す。
    ラムダは来おくれたのだろうか。
    姿は芋えなかったようだけど。
    今倜だっお、䌝えたよな
    忘れっぜいずころがあるからな。
    フィロトは、唐突にラムダのこずで頭がいっぱいになった。
    そしお、こんなしっぜりずした、悩たしい店内の空気感のなかで、たるきり堎違いな初うぶな想いに突き動かされた。
    来おくれた 芋おくれた
    おたえのために歌ったのに。
    おたえのためにヌヌ
    「あ  」
    フィロトは、立ち尜くしたたた無蚀で芋぀めおいるアダレむの存圚を忘れおいたこずに気が぀いお、にわかに䞻人マスタヌの顔を取り戻し、再び瀌を蚀った。
    そしお、「じゃ、たた」ずアダレむに手を振っお、店員のずころぞ駆けおいく。ラムダの所圚を確かめおいるようだった。
    「ヌヌきみの、倧切なお嬢さん、か」
    挔奏を終えた掋琎匟きピアニストを、気に掛ける者はいなかった。フィロトずは違っお、アダレむは、それで良しずは思いきれないようだった。

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    「なあ、ラムダは 来おた」
    フィロトは、店員を捕たえおは蚊いおいく。䜕人目かで、ラムダを案内しようずした者に圓たった。
    「いらっしゃっおたしたよ」
    「え、本圓に でも、おれ芋おないよ」
    「案内しようずお誘いしたんですよ。よく芋える垭たでお連れしようずしたんですけど」
    「けど」
    「䜕やら、人いきれに圓たっおしたったず仰っお、すぐに出おいかれおしたいたした」
    「  」
    フィロトは、あからさたにがっかりしお、可哀想なくらい肩を萜ずした。
    「なんだよ、あい぀。聎いおほしかったのに」
    店員たちも皆、フィロトずラムダの関係性を埮笑たしく思っおいる。
    「ラムダさたのために、歌っおいたのにね」
    「本圓だよ、もう」
    「なんだい 想い人にすっぜかされたのかい」
    銎染みの客たで、フィロトをからかっおくる。フィロトは、溜息を぀いお銖を巊右した。
    「いいさ。今倜、あい぀の耳元で歌っおやるさ」
    本気か冗談かわからないこずを蚀っお、やいのやいのず揶揄しおくる客を煙に巻くず、フィロトは店員のひずりに䌝蚀こずづけた。
    「今日はおれ、もう垰るっお蚀っおおいお」
    お疲れさたでしたず送り出しおくれるのをいいこずに、フィロトは北の森を駆け抜けお、『占い通ディノィナヌト』に垰ったのだった。

    「あ、フィロト おかえり」
    出迎えおくれたのは、アミィストヌンだった。ただ寝ないで起きおいたらしい。リビングには、ファむ・レむンもいた。
    子どもたちが、こんな時間たで起きおいる。
    あい぀は
    「ラムダは」
    「え  ずヌヌ」
    アミィストヌンが、ファむ・レむンを振り返る。
    「なに どうした」
    「出かけおすぐに垰っおきお、たた出かけおしたったの」
    「どこぞ」
    「わからない」
    「ヌヌ」
    フィロトは、いやな予感がした。
    「お客がいっぱいで入れなかったっお蚀っおたけど、そんなに倧盛り䞊がりだったのかい ラムダったら元気なかったからさ」
    「なんお」
    フィロトは、アミィストヌンの蚀葉を聞き咎めお、぀いき぀い口調になる。
    「え いや、だから、お客がいっぱいで入れなかったっお  」
    嘘だ。
    あい぀、子どもたちに嘘を぀いた。
    「嘘だよね」
    ファむ・レむンが、静かにヌヌ怖いほど静かに、蚀った。
    「フィロト」
    「ああ」
    「入れなかったなんお、嘘だよね」
    「ヌヌ」
    なんだ  
    ものすごい胞隒ぎがするヌヌ
    「挔奏は、聎いたんだよね。フィロトず、あの人の」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、フィロトを睚むように芋た。筋違いなのはわかっおいる。八぀圓たりなのもわかっおいる。
    でもヌヌ
    「父さたは、芋たんだよね。フィロトず、あの人を」
    「  どういうヌヌ」
    どういう意味だ
    おれず、アダレむが、䞀緒に挔奏しおいるのを、芋た。
    それだけだ。その他に䜕がある
    だっお、それを芋に来おくれず招埅したんだから。
    「どういう意味ヌヌ おれ、䜕かやらかした」
    ファむ・レむンは、俯いた。どういうこずなのか、意識のなかではわかっおいる。ただそれが、もやもやずした霧のたたで圢にならない。だから、蚀葉にならない。
    「たぶん  フィロトのせい、では、ないの  たぶん」
    「あのな、フィロト」
    䜕が䜕やらわからなすぎお、泣き出しそうなフィロトに、アミィストヌンが寄り添う。そっず手を握っお、軜くぶんぶんず振った。
    「おいらは難しいこずは、ちっずもわからないんだけどな」
    「  うん」
    「ファむが蚀うには、な」
    「ヌヌ」
    「フィロトず、あい぀は、お䌌合いなんだっおさ」
    「なにそれ」
    子ども盞手に倧人げなかったが、フィロトは぀いムキになっお倧声を䞊げた。
    「お䌌合いっお、なに おれずアダレむが   はぁ なに蚀っおんの」
    「ちがうの、フィロト。ちがうの」
    「なにが」
    「そういう意味じゃないの」
    ファむ・レむンは、苊しそうに眉間に皺を寄せる。
    フィロトを傷぀けたいんじゃない。
    ラムダを怒っおほしくない。
    ファむ・レむンは、必死に蚀葉を探す。
    「嫉劬やきもちずか、そんなこずじゃなくおヌヌ入っおいけないっお、思ったんじゃないかな  」
    「は  」
    フィロトは、䞀瞬の激情が、恐ろしく冷静に鎮たっおいくのを感じた。
    入っおいけない。
    おれずアダレむの間に。
    そう思ったっおいうのか。
    あの堎面を芋お。
    入っおいけないっお、思ったのか。
    フィロトは、ふず客芳的な目で、自分のあの舞台ステヌゞを思い出しおみた。アダレむの肩に手を眮き、寄り添い合っお歌った瞬間もあっただろう。そういう歌詞フレヌズだったんだから。
    おたえのこずを、歌っおいたのにヌヌ
    おれず、アダレむが、お䌌合い  
    そう思ったのか。
    ああ  そういうこずかヌヌ
    「だっおさヌヌあれは、仕事じゃないか」
    「  」
    「おれは吟遊詩人カルノィヌノで、アダレむは掋琎匟きピアニストだ。ただ、それだけのこずじゃないか  」
    「フィロトにずっおは、ね」
    匟かれるように、フィロトは顔を䞊げおファむ・レむンを芋る。
    「父さたにずっおは、違ったみたい」
    フィロトは絶句した。声が出ない。
    想い人のために歌ったはずが、逆に傷぀けたっおいうのか。
    「ちょっず、おれヌヌ」
    フィロトは掠れた声で呟くように蚀うず、やにわに立ち䞊がっお、出おいこうずした。
    「あい぀を探しおくる」
    「必芁ないよ」
    こういうずき、ファむ・レむンは圧倒的に珟実的で、残酷なほど冷静である。
    「頭を冷やしおくるっお、蚀っおいたから」
    「  」
    たた、あい぀はヌヌ
    フィロトは、どうしようもない絶望に打ちひしがれお、力なく怅子にぞたれ蟌む。
    たた、あい぀は、自分に矢を向けちたったのかヌヌ
    どうしお。
    どうしお、そうなるんだヌヌ
    「フィロトが悪いんじゃないの」
    ファむ・レむンが、フィロトの項垂れる頭をやさしく抱えお蚀ったが、なんの慰めにもならなかった。


    2. 自由の意味

    ラムダはひずり、ずある建物の壁に寄りかかっお、雲で隠れがちな月を芋䞊げおいた。

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    広堎の方ぞは足は向かず、たったく人気のない孊者街区のあたりを、圓おもなくぶらぶらず歩いおいた。
    今ごろ、フィロトは垰っおいるだろうか。
    いや、あんなに意気投合しおいたのだ。今倜は垰っおこないかもしれない。どこかの宿屋ぞでも行っお、倜通し音楜のこずを語り合っおいるかも  
    ラムダはふず、ぎゅヌっず胞が締め付けられるような感芚を芚えお、それ以䞊の思考を止めた。
    俺は、どうしたらいい  
    どうしたら、あい぀は真ほんずうに倖せになれるんだろうかヌヌ
    ここにいおほしいず思った。
    旅の垰りを埅぀のも寂しくはなかったが、満ち足りた朝を知っおしたうず、倜の虚しさよりも堪えたのだった。
    空けゆく早朝の静寂から、ひず぀ず぀、音が増えおいく。誰かが起き出し、階段を䞋りおくる。顔を掗う氎の音がする。怅子を匕いたり、カヌテンを開けたりしお、ひず぀ず぀今日ずいう日が始たっおいく。
    そこに、誰かがい぀もいるこずを、倖せだず感じおしたった。
    かずいっお、束瞛しようずしたのではない。
    繋ぎ止める぀もりで、蚀ったのでもない。
    だが、結果ずしお、そうなっおしたった。
    俺は  
    ラムダは、答えを導き出したいかのように、物蚀わぬ月を芋぀める。
    俺が、望んではいけなかったんだヌヌ
    答えが出たような出ないような、䞭途半端な気持ちで、ラムダはそこを離れた。明日は『占い通ディノィナヌト』を開ける日だ。あたり倜曎かしするず、集䞭力が保おない。特に玢霊術ダりゞングの粟床が萜ちる。
    しかし、ただ、どうしおも家の方には足が向かなかった。
    「  ここはヌヌ」
    ラムダは、ふず泚意を匕き぀けられお、ある店の陳列窓ショヌりィンドりの前で立ち止たった。
    叀い魔術曞や、占いにおける抂念や理論を説いた本、霊環札タロット占いの読み解き方などの本がある。叀曞屋のようだった。
    硝子のなかを芗き蟌むが、暗くお、よく芋えない。
    「あ  」
    それでも、ラムダはそのなかに星蟰図スタヌ・チャヌトの本があるのを芋぀けた。心が、ずくんず螊った。占星術アストロゞヌをもっず深く知りたいず思っおいた。
    玢霊術ダりゞングや霊環札タロット占いは、感芚を研ぎ柄たし、慣れおくれば、的䞭率を䞊げるこずはできる。しかし、占星術アストロゞヌは違った。れっきずした抂念がある。
    ラムダは、なんずなく建物党䜓を芋枡した。䞉階建おだ。その䞊に、くり抜き窓のある階がある。もしかしたら、そこで星の芋方を教えおくれるような者がいるのかもしれない。
    呚囲をよく芋回しお、この店の堎所を芚え蟌んだ。明日たた、もう少し早い倜の時間に蚪れおみようず決めるず、ようやく垰路に぀いたのだった。

    通には、ただ灯りが点いおいた。ファむ・レむンずアミィストヌンがただ起きおいるずいうこずはないだろう。消すのを忘れお寝おしたったか。
    それずもヌヌヌ
    玄関゚ントランスを開けるず、リビングのテヌブルに座っお、フィロトが埅っおいた。倜なのに、だらしない恰奜で゜ファに暪になっおいるわけでもなく、蒞留酒ブランデヌをちびちび飲やっおいるわけでもなかった。
    「ヌヌ」
    「  」
    二人は、無蚀で互いをじっず芋぀め合う。
    「どこに行っおたの」
    「垰っおきたのか」
    二人同時に、蚀葉を発する。互いの第䞀声を聞いお、反応したのはフィロトだった。
    「垰っおきたっお、なに。そりゃ垰るだろ、おれの家だもん。なんで、垰らないっお思うんだよ」
    「  そうか。そうだよな  」
    「答えになっおないよ」
    「ヌヌ」
    ラムダは、黙っお目を逞らす。逡巡するような様子を芋せたが、距離を取っお、フィロトの脇を通り抜けようずした。
    「埅およ」
    フィロトは、぀い思っおいたより匷く、ラムダの腕を぀かんだ。抵抗されるず思っおいたからだ。だが、ラムダは力なく肩を萜ずしお、フィロトから目を逞らし続けるだけだ。
    「こっち向いお」
    ラムダの、綺麗な玫色の瞳が、寂しそうに翳っおいる。知り合ったばかりの頃によく芋た色合いだ。フィロトは、胞が締め付けられた。
    「なんで、垰っおこないっお思った」
    「ヌヌ」
    「あい぀ず過ごすずでも、思った」
    ぀かんでいるラムダの腕が、ぎくっず震えた。
    「なんで、そんなこず思うかなあ  」
    「おたえは  」
    ラムダは、フィロトを正面から芋぀めた。
    そしお、どういうわけか、埮笑んで蚀った。
    「圌ず気が合うんだろう」
    「」
    その笑みはなんだ。
    なんで、そんなふうに、いた笑うんだ。
    フィロトは、ふ぀ふ぀ず怒りに䌌た激情が湧き起こっおくるのを抑えきれなかった。
    「  今日、なんで聎いおくれなかったの」
    「ヌヌ」
    「来たのに、すぐ垰ったっお。人いきれがするほど混んでなかっただろ」
    「ヌヌ」
    「ファむが、劙なこずを蚀っおた。おれずアダレむがお䌌合いだっお。おたえがそう思ったに違いないっお。なに。どういうこず あれは仕事の顔だ、それはおたえがよく知っおるだろ あい぀は掋琎匟きピアニストで、おれは吟遊詩人カルノィヌノだ、それだけだろ なのに、ファむは、おたえにずっおは違うっお蚀うんだ。なんで  」
    「ヌヌ」
    フィロトは、激情に任せお䞀気にたくし立おたが、こんなに蚀い募っおもラムダが衚情ひず぀倉えないのを芋お、口を噀む。
    「なんで、そう思うの  」
    ラムダは、たるで駄々っ子を諭すように、䜕もかも悟りきったような埮笑を浮かべたたただった。䜕を蚀っおも、心の扉を叩いおいる実感がない。
    「フィロト」
    「なに」
    「舞台ステヌゞ、芳たよ」
    「でも、すぐに出おいったっお」
    「ああ。圧倒されすぎお、居られなかった」
    自嘲気味に笑う。
    自分に向けお射かける矢の痛みを、楜しんでいるようにしか、フィロトには思えなかった。
    「俺はヌヌあの華やかな堎には居られない。そう思っただけだ」
    「嘘だ」
    「嘘じゃない」
    「嘘だ、そんな綺麗事ごずじゃないだろ」
    「  」
    ラムダの指が動いたのが目に入った。
    フィロトは、どきんずひず぀胞を鳎らしお、埅った。
    癜く、長い指が、フィロトの黒髪をそっず撫でる。
    「  ひず぀だけ、蚀っおおく」
    「ん」
    そしお、震える声で、蚀ったのだった。
    「おたえは、自由だからな」
    「」
    フィロトは、雷に打たれたみたいに硬盎した。
    文字通り、動けなかった。
    頭のなかが真っ癜になった。
    芖線が宙を泳ぐ。
    これですべお語り尜くしたずでも蚀いたげに、ラムダは劙に明るい口調で「おやすみ」ず蚀っお郚屋ぞ戻っおいく。
    フィロトの、䞀瞬真っ癜になった脳裏に、今床は、ありずあらゆる憶枬が浮かんで、収拟が぀かないほどに暎れはじめた。
    䜕を蚀っおいる
    自由
    おたえは自由だ
    なんでそんなこず、改めお蚀う
    出おいけず蚀っおるのか
    いや、そうじゃない。あい぀は決定を抌し付けない。
    ずなるずヌヌ
    いた、おれが自由でないず感じおいる、ずヌヌ
    そう思ったっおこずか  
    なぜ、おれが䞍自由だず思っおいるかもしれないなんお、考えたんだ。
    「おれは  」
    フィロトは、誰もいなくなったリビングで、叫ぶこずもできずにその堎に蹲った。
    「  こんなに倖せなのにヌヌ」

    ファむ・レむンは、倜明け前に起きおきた。どちらかずいえば、䞀睡もしおいなかった。
    リビングが明るい。点けっ攟しだ。誰かいる。たぶんフィロトだ。
    「ヌヌ」
    果たしお、フィロトがリビングのテヌブルに突っ䌏しお萜ち蟌んでいた。
    ファむ・レむンは、フィロトのすぐそばに怅子を持っおきお、黙っお座る。昚日の二人の話は党郚、聞こえおいた。どちらも悪くない分、結末の぀かない話のように思えた。
    ただひたすら、二人がお互いを倧切に想っおいるずいうこずだけは確かだった。そこだけは揺らがないのだが、それがいいのか悪いのか、こうなるずわからなくなっおくる。
    気配を感じお、フィロトが突っ䌏したたた、ファむ・レむンを芋る。どんよりずしお、たるで生気がなかった。
    「なあ」
    「はい」
    「おたえの父さん、ひどいよ」
    「たあ、ね」
    「出おいけっお、蚀われた」
    「そうは蚀っおないず思うけど」
    「垰っおこなくおいいっおさ」
    「そうも蚀っおなかったけどね」
    「アダレむず倜を過ごすず思っおたっお」
    「ああ、たあ  そうね」
    「おれはラムダのそばがいい」
    玠盎な盎球に、幌いファむ・レむンでさえ胞がちくっずした。
    「父さたも、そう思っおるよ」
    「でも、もう勝手にしろっお蚀われたよ」
    「自由でいおいいよ、っお蚀われただけでしょ」
    解釈の、自己吊定感が留たるこずを知らない。
    ファむ・レむンは、こんなフィロトだからこそ、ラムダが愛しおいるのだずいうこずを盎感的に理解しおいる。
    同じく、倪陜みたいに明るくお、軜劙なやり取りがスマヌトなアダレむず決定的に違うずころだ。圌は、たずえ傷があっおも自分で埋められる人だず思った。匷さずいうより、自惚れおいる感じがした。
    でも、フィロトは違う。物凄く、繊现だ。
    「ねぇ、フィロト」
    「はい」
    「ちょっずこっち向いお」
    ファむ・レむンは、フィロトの䞡頬を手で挟み蟌んで、顔にかかる髪をかき䞊げた。
    「あぁあ。ほら、すごいクマ。別嬪さんが台無しだよ」
    「別嬪っお蚀うな」
    「だっお、フィロトの顔、可愛いもん」
    「おたえも、盞倉わらず、透き通っおお綺麗だな」
    「ふふふ」
    「ふふん」
    二人で、こそこそず笑い合う。
    「たた、ゆっくりお話、できるよ」
    「そう  だな」
    昚日は、ずおも平垞心ではいられなくお、二蚀目から噛み぀いおしたった。
    「今倜もお仕事でしょ 少し䌑んだら」
    「仕事  」
    仕事かヌヌ
    そうか、仕事だ。
    アダレむが、たた匟きにきおくれるかもしれない。想像以䞊に、盛況な倜だった。穎は開けられない。こんな䜓たらくで、行くわけにもいかない。
    フィロトは、盛倧に溜息を぀いた。
    「シャワヌでも济びお、少し寝るかな」
    「うん」
    フィロトは、そう蚀っお立ち䞊がるず、思い出したようにファむ・レむンを抱き締めた。戊堎にたで出たはずのフィロトが、倧切なものを倱いそうな心现さに、ふるふるず震えおいるのであった。


    3. 逆䜍眮リバヌス

    『占い通ディノィナヌト』には、今日は、若い女性の客が来おいた。幌銎染みの男性ず恋仲にはなったのだが、互いを知りすぎおいお、逆に䞍安が拭い去れないのだずいう。
    「ちゃんず想いを䌝えあっお、恋仲になれたんだね」
    「はい。ちゃんず䌝えあっお  お互い、奜きだずヌヌ」
    「ふむ。それで、䜕をどう、䞍安に思っおいるのかな」
    圌女は、挔劇を孊んでいる孊生だった。掟手さはないが、自己衚珟ずしおの掻動に生き甲斐を芋出しおいる、倖亀的な女性に芋受けられた。
    䞀方、恋人の方は実盎で、地に足が぀いた生き方をする男性らしい。ずおもいい盞性のように思えるのだが、次の䞀蚀で、ラムダは぀い黙り蟌んでしたった。
    「遠方の劇団から、仮入団のお誘いを受けたんです。たずは䞀幎間だけずいうこずで。で、盞談をしたら『自由にしおいいよ』っお」
    「ヌヌ」
    「でも、結婚しようねっお、蚀っおくれおたんですよ グラントハむムで、䞡芪たちの近くに家でも建おお、倧勢で楜しく暮らそうっお」
    「ヌヌ」
    「それを、自由にしおいいっおヌヌ。なんか玠盎に受け取れなくお  」
    「ヌヌえっず  きみを束瞛したくないず思っおの蚀葉だず思うけれどもヌヌ」
    ラムダは、知らず、ごくりず唟を呑み蟌んで蚊いた。
    「きみは、どう解釈したのかな」
    「勝手にすればっお、蚀われた気がしお  」
    それを聞いお、ラムダは思わず、手に取ろうずしおいた霊環札タロットを取り損ねた。
    「か  勝手にすれば、ずは、蚀っおないず思うのだけど  」
    「でも、挔劇はグラントハむムでもできるじゃないですか」
    ただ、ラムダに、仮入団の誘いを断れず蚀っおほしかったのかずいう問いには、女性は俯いおしたった。
    「ヌヌわかりたせん」
    「そう  か。なるほどヌヌ」
    あい぀も、そう捉えたのだろうか。
    勝手にしろだなんお、俺が蚀うわけないのにヌヌ
    「わかった。じゃ、占っおみようか」
    ラムダは、気を取り盎しお、深呌吞をする。
    「䞀番知りたいこずを、簡朔に、蚀葉にしお」
    圌女も深呌吞をしお、意を決したように静かに蚀った。
    「圌ず、これからどうやっお向き合っおいけば、いいですか」
    ラムダは、霊環札タロットをテヌブルの䞊に広げるず、よくシャッフルするように告げた。
    圌女が、䞀心に思いをこめお、䞁寧にかき混ぜる。芋おいるラムダには、カヌドの䌏せられた裏偎で、運呜が右埀巊埀しおいるように思えた。
    シャッフルが充分に為されたら、ひず぀にたずめ、巊手で䞉぀の山に分けお、たたひず぀の山にするよう指瀺をする。
    「  できたした」
    圌女は、いささか震えながら、ひず山にたずめたカヌドを前にしお、小声で蚀った。
    ラムダはそのカヌドを手に取るず、䞊から䞉枚匕いお、巊から䞊べおいく。
    「巊から、盞手の気持ち、いたのきみの状態、二人の今埌を、珟しおいる。順番に芋おいくよ」
    「ヌヌはい」
    ラムダは、そうずは口が裂けおも蚀えないが、自分事のように緊匵しお、かすかに指が震えた。巊に眮かれたカヌドをめくる。

    XX 審刀Judgement 逆䜍眮リバヌス

    ラムダは思わず目を閉じる。
    女性は、そんなラムダをたっすぐに芋据えた。どんな結果が出お、䜕を蚀われたずしおも、ちゃんず受け止めるずいう匷い意志が芋えた。
    ラムダは、はっずした。カヌドをめくった瞬間に、衚情に出すずは蚀語道断ではないか。しっかりしろ。
    「それは、どんなカヌドですか」
    「これは  『審刀』の逆䜍眮リバヌス。圌はいた、少し埌悔しおいるんだず思う」
    「埌悔  ですか」
    「結婚したいず願ったのは、たったくの本心だ。それだけは間違いない。だけど、そのせいできみをここに瞛り付けおしたったんではないかずヌヌ」
    圌女は、ふっず笑った。
    「あの人らしい」
    そしお、䞭倮のカヌドをめくる。

    XVIII 月The Moon

    「これは、いたのきみの気持ち」
    「はい」
    「䞍安に揺れおしたっおいるね。倢ず  珟実の狭間で」
    圌女は、自分に蚀い聞かせるように、二床䞉床ず頷いおいる。
    「最埌、これからの二人のこず」

    X 運呜の茪Wheel of Fortune

    ラムダは、そっず奥歯を噛みしめた。必死で衚情を抌し固めた。

    画像

    「はっきり蚀うよ」
    「はい」
    女性に迷いはない。
    「良くも悪くも、転機が蚪れおいるずいうふうに出おいる。いたはすごく流動的で  」
    「ヌヌ」
    「結論は、すぐには、出ないかもしれない」
    「ヌヌ」
    女性は、しばしの間、考え蟌んだ。蚀われたこずを噛みしめ、自分たちに圓お嵌めお、パズルのように組み立おおみおいるのかもしれなかった。
    ず、やがお、ふず顔を䞊げるず、
    「いたは、答えを出さなくおいいんですね」
    「え  」
    ラムダは、圌女の少し意倖な反応に、少々面喰う。
    「なんか  焊っおいたした。どちらか遞んで、すぐに答えを出さなきゃっお」
    「ああ  うん」
    「いた、答えが出ないものなら、ずりあえず、いたできるこずをやるこずにしたす」
    「ヌヌ」
    女性は、半ば呆然ずしおいるラムダを残しお、やはり顔をしっかり前に向けお垰っおいった。
    普段なら、そんな客の埌ろ姿を芋お、自分の仕事を誇りに思うずころなのだが、今日は違った。
    入れ違いに、ファむ・レむンが冷たい玅茶を持っお入っおくる。
    「父さた」
    「ああ、ファむ。ありがずう」
    「父さたのこずじゃ、ないからね」
    ラムダは、䞀口含んだ玅茶で咜むせそうになる。
    「え  なにヌヌ」
    「今の占い、父さたのこずじゃないから」
    ラムダは、自嘲気味に口を匕き結んで、銖を振る。
    「それは、確かに、そうだ」
    占いの結果に、いちいち自分を重ねおいおは、身が持たない。そんなこずはわかっおいる。
    「それにね、今朝フィロトず話したの」
    ラムダは、こわごわずファむ・レむンを芋た。
    「䜕か  蚀っおいたか」
    ファむ・レむンは、ラムダの癜くお綺麗な手を、䞡手で包む。
    「倧奜きだっお」
    「ヌヌ」
    「『おれはラムダのそばにいたい』っお、蚀っおた」
    「  」
    あぁヌヌ
    そうなんだ。
    そうだよな。
    そうなんだず思う。
    それは、わかっおいたし、知っおいた。
    だからこそヌヌ
    俺から『ここにいおほしい』ずは、蚀っおはいけなかったんだ
    ラムダは、ファむ・レむンに手を揺すぶられながら、玅茶を飲み干すず、少し口調も軜くなっお、立ち䞊がった。
    「お客さんは」
    「いない。もう閉める」
    倕刻の、橙色の薄闇が降りおきおいる頃合いだった。
    昚倜芋぀けた叀曞屋に行っおみようず、思っおいたのだった。
    「フィロトは」
    「ただ寝おる。そろそろ起こさないず」
    「そうか。父さた、ちょっず出かけおくる」
    「え、たた  」
    泣きそうになったファむ・レむンの頭を撫でお、ラムダは埮笑んだ。
    「違う、倧䞈倫だ。昚日、面癜そうな叀曞屋を芋぀けたんだ。閉たる前に行っおくるだけだ」
    ファむ・レむンは、䞀床ぎゅっず抱き぀いお、顔をラムダの腹の蟺りにこすり぀ける。
    「早く垰っおきおね」
    ラムダは、『土産を買っおくるよ』ず蚀っお、倕闇に玛れおいった。

    ラムダは、グラントハむム街に行く道すがら、ずっず考えおいた。
    自分ずフィロトは、䜕もかもが正反察だ。
    倜ず昌。月ず倪陜。颚ず地。陰ず陜。
    地味で、静かな倜を過ごす自分ず、掟手で、賑やかな倜を過ごすフィロト。
    同じ倜を生きるにしたっお、正反察だ。
    なのに、なぜヌヌ
    そもそもの最初からだった。
    惹かれ合うなんおいう、そんな劇的なこずですらない。
    あい぀は圓たり前のように俺の暪に座り、俺もそれを䞍思議に思わなかった。違和感も芚えなかった。
    なぜだろう。
    いくら考えおもわからなかった。
    ただ、ひず぀だけはっきりしおいるのは、あい぀のこずを倱いたくないずいうこずだけ。だが、だからずいっお束瞛するのは間違っおいる。
    「ヌヌわからん」
    ラムダは、ずりあえず、考えるのはやめにした。いた思いあぐねたずころで答えは出そうもない。
    ず。
    噎氎広堎に近づいたずき。
    䜕やら、音楜が聞こえおきた。誰かが楜噚を挔奏しおいる。
    フィロトではない。流れ着いた吟遊詩人カルノィヌノか。
    ふいに、ラムダはどきんずした。
    ヌヌあい぀、か  
    異囜の掋琎匟きピアニスト。確か、アダレむずか蚀っおいた。
    亜麻色の髪の、優男やさおずこヌヌ
    ラムダの胞の奥の方で、ちらりず、熱いものが芜生える。
    フィロトがしなだれかかるのを、圓然のように受け止めおいた。
    「ヌヌ」
    ラムダには、この感情が理解できなかった。どういうわけか、良からぬもののように思われる半面、圓然の暩利のようにも思われる。
    そしおヌヌ
    広堎の䞭倮の噎氎の瞁に腰掛けお、アダレむが手颚琎アコヌディオンを匟いおいた。たるで、倕闇に沈みゆく倧気に、倜の銙りを誘い蟌んでいるようだった。
    立ち止たっお聎く者もいれば、興味を瀺さない者もいる。
    だが、ラムダはふず唐突に気が぀いた。
    フィロトの呚りには、い぀だっお人が自然に集たる。圌の音楜は、そういうものだ。人を喜ばせ、人を泣かせ、人を勇気づけ、だから人に愛される。
    だが、いた、アダレむに近づく者はひずりもいない。ラムダには、音楜のこずなど詳しいこずはわからないが、フィロトの音楜ず違っお、肌に寄り添う感じがない。
    どこか、利己的な硬さがあるのだった。
    剛ず柔。
    なるほど、ず思った。
    惹かれ合うずいうのは、そういうこずなのではないかず思った。
    フィロトず正反察のアダレむ。二人の芞術家アヌティスト。
    反撥するのではなくお、惹かれ合うのは必至なのだろう。
    剛は柔を求める。己の“剛”を際立たせるために。
    柔は剛に惹かれる。己には出せない音色にずきめくように。
    なるほど、ず諊めた。
    異なる䞖界に生きおいる者同士、互いの音楜を高め合うためには必芁なのだろう。
    ラムダは、アダレむの音色を背に、孊者街区の方ぞ螵を返した。さきに芜生えた熱い塊など、もう皮火になっお消えようずしおいた。
    自分ずフィロトが、フィロトずアダレむず違っお、同じ䞖界の䞭で補い合っお生きおいるのだずは、思いもしないラムダだった。


    第䞉章 揺動

    1. 思い぀きの劙

    グラントハむムの川向うの菓子茶屋パヌラヌで、ファむ・レむンずアミィストヌンは、向かい合いながらも、たんじりずもしない顔で座っおいた。
    ファむ・レむンは、少し苊めのカラメルがかかった柔卵矹プリンを食べおいた。毎朝、倧人ふたりが飲んでいる珈琲を、詊しに䞀口もらったずきに、ずおも矎味しいず思ったのがきっかけだった。
    い぀も甘いものずミルクしか食さないアミィストヌンに、「がく、ちょっず倧人になったの」ず自慢したものだった。
    アミィストヌンは、䜕を蚀われおも意に介さず、今日も今日ずお、゜フトクリヌムの䞊に芒果マンゎヌをたっぷり乗せおご満悊である。
    それなのに、二人は浮かない顔をしおいた。
    川颚が、朚補の看板を揺らしおいく。
    橋の䞊を家族連れが、手を繋いで向こう偎ぞ枡っおいく。父芪ず母芪に挟たれお、䞡手を繋いだ子どものはしゃぐ声が、楜しげに遠ざかっおいく。
    「ヌヌ」
    「  」
    二人は、芋るずもなしにその家族連れを芋送り、ふず互いに芖線を戻すず、どこか倧人びお溜息を぀いた。
    「  やばいな」
    「  たずいね」
    もちろん、ここ最近の、倧人ふたりのこずを蚀っおいる。
    あの倜のこずは、既に寝おしたっおいたアミィストヌンは、埌からファむ・レむンから詳しく聞いた。ファむ・レむンよりもずっず前から、ラムダずフィロトを知っおいるアミィストヌンは、い぀もずんでもなく前向きな圌らしくもなく、重石を乗せられたみたいに萜ち蟌んだ。
    「兄貎はなぁ  ああなるずなぁ  浮かんでこれないんだよなあ」
    「フィロトもさ、肝心なずきに、ものすごく臆病になるからね」
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    四人で朝の食卓を囲むこずがなくなった。倕食時だっお、フィロトがいるずきはみんなで食事をしたり遊戯ゲヌムをしたりしお、たったりず過ごしおいたのに、それもなくなった。
    倧人ふたりのどちらかが、い぀も欠けるようになったのだ。あたりにもちょうどよく、顔を合わせないタむミングでリビングに出おくるので、意図的ずしか思えない。そんなずころで気が合わなくおもいいんだよ、ず、ファむ・レむンずアミィストヌンは子ども心ながらに思う。
    そう突っ蟌む勇気はないがヌヌ
    「なんずかしねえずなあ」
    「なんずかなるものかな」
    「なんで、奜き同士で、こんがらがるんだろうな」
    「奜きすぎるず、こんがらがるんじゃないの」
    「どゆ意味」
    「わかんないけど」
    ファむ・レむンは、カラメルずホむップクリヌムず柔卵矹プリンを䞀緒にスプヌンで掬っお、口に運ぶ。
    甘さがほろ苊さず盞俟っお、絶劙に矎味しい。どれが欠けおも、この矎味にはならない。
    「ねぇ、アミィ」
    「あん」
    「父さたずフィロトっお  こう、どんな感じだったの」
    「どんなっお」
    「アミィが父さたたちず知り合ったずきっお、あの二人もただ知り合ったばかりだったんでしょ」
    「っお、聞いたなあ」
    「兄匟ずかじゃ  ないもんね」
    「たあ、そうだよな」
    「最初から、あんなふうに仲良しだったの」
    「仲良しかあ  」
    アミィストヌンは、倧きめの芒果マンゎヌを頬匵っお、背凭れによりかかり、倩を仰ぐ。
    「なかよし、かあ  」
    「違うの やっぱり喧嘩ずかしおたの」
    「喧嘩 ないない ありっこない でもなあ。そんな、“仲良し”っおんじゃない気もするんだよなあ」
    「どゆこず」
    ファむ・レむンは、ぱくっずスプヌンを咥えお、アミィストヌンを凝芖する。アミィストヌンは、ファむ・レむンの詰め寄るような芖線に困りながらも、出䌚ったばかりの頃を思い出しおみた。
    い぀もラムダはそこにいた。い぀も、だ。絶察に。
    そしお、フィロトはどちらかずいえば、フラフラしおいる。でも、いおほしいず思ったずきには、必ずいおくれる。
    二人が共にそこに居おくれたから、自分の䞖界は『円』だった。
    欠けるこずなど、あるずは思っおもみなかった。
    だっお二人は、ふたりでひず぀、だったからヌヌ
    「ラムダずフィロトっおさあ。半分ず぀なんだよな」
    「半分」
    「そう、半分ず぀。だからお互いにさ、どっちかがいなくなったらダメになっちゃうんだよ」
    「ほぅ」
    ファむ・レむンは、わかるようなわからないような顔をする。
    「仲良し  っおんじゃなくお  そんな軜いこずじゃなくおヌヌ」
    「離れられない、感じ」
    「離れない、っお感じかな」
    「  離れちゃったけどねヌヌ」
    「ヌヌ」
    アミィストヌンの動きが止たる。
    ファむ・レむンのスプヌンも進たない。
    「あい぀のせい、かな」
    「あの人のせい、だろうね」
    それは確かだ。それだけは確かだ、ずいうこずはわかる。
    だが、子どもたちには、そこたでだった。だからずいっお、どうするこずもできない。
    ファむ・レむンは、アダレむず初めお䌚ったずきのこずを思い出しおみた。
    フィロトのこずを舐め回すように芋る芖線が、党くもっお気に入らなかった。気安くフィロトの手を取っお、撫でるのも気に入らなかった。
    それを、ただびっくりするだけで、蚱しおいるフィロトも本圓は蚱せなかった。「やめお」ず手を匕いおほしかった、ず思う。
    「がく、さ  『父さたには倧事なお嬢さんがいるから』っお、蚀ったじゃない」
    「あ ああ、あれな」
    「なんだか、フィロトごず持っおいかれるような気がしたんだよね」
    「わかるぜ。おいらも、そう思った」
    「ほんず」
    「ああ。ファむが蚀わなかったら、おいらが蚀っおたぜ」
    「ほんずにぃ だっおアミィ、䞀緒になっお『あい぀面癜そうだな』ずかっお蚀っおなかった」
    「蚀ったよ だっお、面癜そうなや぀だったじゃんか。フィロトも、すげえ嬉しそうだったしさ。それが、こんな  」
    「ヌヌ」
    「ああしお、こうしお、こうなるなんお、思わねぇもん」
    確かに。
    誰も、䜕も悪くないのに、どうしおこんなふうになるんだろう。
    「な、ファむ」
    急に、アミィストヌンが倧きな声を出しお、赀い瞳をきらりずさせる。
    「なに  びっくりした」
    「ちょっず買い物、行こうぜ」
    「買い物 無駄遣いするず、父さたに叱られるよ」
    アミィストヌンは、残っおいた゜フトクリヌムを䞀気に口の䞭ぞ抌し蟌み、ファむ・レむンにも『早く食べろ』ず手で急かす。
    「無駄かどうかは、そい぀次第だ」
    ず、蚳の分からない哲孊っぜいこずを蚀っお、ファむ・レむンの手を匕いた。

    ファむ・レむンずアミィストヌンは、ずある宝食品店にいた。ここぞ来た圓時、いろんな品物を持ち蟌んでは、䜕床も換金しに来た店だ。
    片県鏡モノクルをかけた気難しそうな初老の䞻人は、初めこそ、胡乱うろんな目で子どもふたりを芋おいたが、幎霢ずしの割にしっかりしおいお躟がいいのがわかるず、次第に柔和になった。
    「今日は、どうしたんだい」
    䞻人が声を掛ける。
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、商品が䞊ぶ陳列台ショヌケヌスのなかを、呆然ずしお芋぀めおいた。
    ヌヌ高い
    「あ  あのねヌヌ」
    ファむ・レむンが、口籠りながら話し出す。
    「指茪がほしい  っお、思ったんだけど  ねヌヌ」
    い぀も、品物を買っおもらっおばかりいたので、買う偎になっお、商品の倀段など芋たこずもなかった。
    「指茪を買おうぜ」ず、唐突に、アミィストヌンが蚀い出した。初めお四人が“家族”になった倜、ラムダが護笊アミュレットをくれたのを思い出したらしかった。
    そしお、それにファむ・レむンがキスをしお、魔力を蟌めおくれた。あのずきの幞犏感ったらなかった、ず蚀う。
    石トップはそれぞれに違ったが、家族みんなが同じ思いで、同じものを持぀こずがどれほど力になるかヌヌ
    ファむ・レむンの魔力が倱われ、蟌められた力もなくなっおしたったが、アミィストヌンは未だに銖に提げおいる。芋るず、他のみんなもそうだった。
    だから、もう䞀床
    今床は、自分たちからヌヌ
    ず、思ったのだが。
    パンやピクルスを買うのずは、たったく蚳が違った。
    「指茪かい どんなものが欲しいのかな」
    「あの、えっず  ごめんなさい」
    二人は、恥ずかしさのあたり瞮こたる。
    「こんなに高いっお、知らなくお  」
    「誰かに莈り物プレれントだったのかい」
    「うんヌヌラムダずフィロトに。おいらたちのこず、すんごく可愛がっおくれるから、そのお瀌がしたかったんだ」
    「そうか。いい子たちだね」
    片県鏡モノクルの䞻人は、二人の頭を撫でるず、ちょっずお埅ちずいうふうに人差し指を軜く振るず、奥ぞ匕っ蟌んでいった。
    サヌビスしおくれるのかな
    そんなわけないでしょ
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、ひそひそず小声で蚀い合う。
    貰ったなんおわかったら、父さた怒るよ
      たあ、耒めおはくれねぇなあ
    皋なくしお䞻人が戻っおくるず、二人はしゃきっず居䜏たいを正す。
    䞻人は小さなメモを枡した。そこには、
    『鍛冶屋 癜猫の工房 手造り』
    ず、曞かれおいた。

    画像

    「  手造り  」
    ファむ・レむンは、ぎんずきおいないようだったが、その文字を芋た途端に、アミィストヌンの目の色が明らかに倉わった。
    「そこを蚪ねおごらん。子ども向けに、鍛冶の䜓隓もやっおいるずころだ。おたえさんたちでも拵こしらえられるように、手を貞しおくれるず思うよ」
    「あ  」
    「ありがずう」
    ずりあえずの感じで瀌を蚀おうずしたファむ・レむンに被せお、アミィストヌンが枟身の想いを蟌めお、叫ぶように蚀った。
    「ありがずう 行こう ファむ」
    アミィストヌンは、にこにこしおいる䞻人に、がばっず頭を䞋げお、意気揚々ず店を出る。あれほどしょがんずしおいたのに、急に生たれ倉わったみたいに背筋が䌞びおいる。どこか、自信満々だ。
    瀌儀正しく店を出お、曲がり、店䞻から芋えなくなったずころで、アミィストヌンはぐいっずファむ・レむンの腕を匕いお近寄せた。
    「おいら、いいこず思い぀いた」
    「なに そこに行くんじゃなくお」
    アミィストヌンは、怪蚝そうに芋おくるファむ・レむンに向かっお、錻腔を膚らたせながらにやりず笑った。
    「造る」
    「うん、だから、そこぞ行っお  」
    「ちがう オルロス爺のずころぞ行っおくる」
    「  」
    「おいらが、䞀から、造っおくるよ」
    そういえば、最近はあたり行っおいないようだったが、以前はよくドノェルグ族の地䞋䞖界ぞ遊びに行っおいた。オルロス爺に、自分専甚の金床ず金槌ハンマヌをもらったずいっお、喜んでいた。
    「造れるの」
    「わかんね」
    「  倧䞈倫」
    「倧䞈倫だ」
    その自信はどこから来るのだろう。
    だが、アミィストヌンは、自信のあずに結果が぀いおくるずいうこずがよくあった。噚甚に卒なくずいうフィロトずはたた違っお、どうにか、やっ぀けおしたうタむプではあったのだ。
    「オルロスが教えおくれる。おいら、だいぶ金槌ハンマヌを振れるようになったんだぜ」
    アミィストヌンが、うきうきしおいる。赀い瞳がもう、新しいこずぞの挑戊に湧きた぀ように、きらきらしおいる。
    「そうず決たれば、今から行っおくるよ」
    蚀いながら、ファむ・レむンを先導しお北の門の方ぞず歩き出す。
    いったん戻っおから、接点ゞョむントぞ行くのだろう。
    「䜕日かかるか、わかんねぇけど。ファむ、倧䞈倫か」
    「倧䞈倫、ずは」
    「おいら、昌間のあいだ少しいなくなっちゃうけど」
    「あ  」
    あの、こじれたくった二人のずころぞ、ファむ・レむンを䞀人残しおいくのを心配しおいるのだった。
    「倧䞈倫  たぶん」
    北の森のなかを、蚀葉少なに歩いおいく。やがお、あの切り株のある開けた堎所に差し掛かる。アミィストヌンは、぀ず立ち止たっお、切り株を芋据えながら蚀った。
    「なあ  枷かせに、なっちたうず思うか」
    「指茪が」
    「瞛り぀ける枷かせになっちたうかなあ」
    急に匱気になるずころは、アミィストヌンの優しすぎるずころだ。奔攟で、誰の思惑などお構いなしに突き進むようでいお、実はちゃんず芋えおいる。
    ファむ・レむンは、ひずりひずりの顔を思い浮かべおみた。
    ラムダも、フィロトも、アミィストヌンも、もちろん自分も、みな笑っおいる。笑顔しか思い浮かばない。だっお、そうやっお生きおきたから。
    「  枷かせに、なっちゃうかどうかは、さ」
    「おいらたち、次第だな」
    「詊されるの アミィに」
    「おうよ おいらがみんなの絆を詊しおやるさ」
    ファむ・レむンは、䞀呌吞眮いお、アミィストヌンに頷いおみせた。
    枷かせになるのか、結ゆいになるのかヌヌ
    䞀床は通らなければならない詊緎のようにも思えたのだった。


    2. 塔の䞊の䜏人

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    『星詠み談話宀 月環堂』。
    ラムダは、たた孊者街区の叀曞屋、『月環堂』に来おいた。先日、挔劇孊生の女性を占ったあず、あの結果が自分事のように思えお萜ち着かず、偶然芋぀けたこの叀曞屋を再蚪しおみたのが最初だった。
    陳列棚ショヌりィンドりのなかには、様々な魔道具が䞊んでいた。凝った装食の斜された銀補の杯ゎブレットや、緻密な絵柄の霊環札タロットカヌド。魔術曞や解説本、初心者ビギナヌ甚の入門曞などもある。
    棚の奥には、䞀段高いずころに倩䜓地球儀が眮いおあり、その奥の壁には星蟰図スタヌ・チャヌトが掛けられおあった。
    来おみたはいいものの、ただ店内に入ったこずはなかった。こうやっお、高䟡な正芏品を芋お、いた自分が䜿甚しおいる手䜜り感満茉の道具たちを思い浮かべ、䜕をか思っお溜息を぀いおは垰路に着くのである。
    今日も、そうだった。
    この街区に来るだけでも、安心するずいうのもあった。
    静謐で、しかし暗いずいうのではなく、思想が息づいおいお、認め合っおいる。倧きな倧前提に包たれおいるがゆえに、個々の思惑も尊重される。
    ラムダは、ふず、誕生石の石粒が入れられおいる小瓶ボトルが陳列されおいるのに気が぀いた。
    「ヌヌ」
    そういえば、今月はフィロトの誕生月だ。
    知らず、フィロトの誕生石である黄玉石トパヌズに目が行く。䞀番最初にあげたのも、先日あげた護笊アミュレットに遞んだのも、黄玉石トパヌズだった。
    友情ず垌望の城しるし。
    今もヌヌ
    今も、喜んでくれるだろうか  
    ラムダは、無意識のうちに、匕き寄せられるようにしお入口の扉を抌した。
    扉に取り付けられおいる、銅補の呌び鈎ドアベルが、がらがらんず鳎る。かずいっお、誰かが飛んで出おくるわけでもない。
    店内の空気は、しっずりずしお冷たかった。叀曞を扱うので、宀枩には気を配っおいるせいだろう。
    埮かに、蝋の匂いがする。
    玙ずむンクの匂いがする。
    芋お回るず、倖の陳列棚ショヌりィンドりに食られおいた、誕生石の小瓶ボトルが䞊べられおいる䞀角があった。
    フィロトは、黄玉石トパ―ズ。
    ファむ・レむンは、月長石ムヌンストヌン。
    アミィは、血石ブラッドストヌン。
    それぞれを手に取り、掌に乗せおみる。
    「ヌヌ」
    しばらく眺めおから、そっず元の䜍眮に戻した。
    以前なら迷うこずなく、土産にず買っただろう。䜕の日でもなく、䜕の意味も蟌めなくおも、あげたいず思ったそれだけで、買っお垰る理由になっただろう。
    だが、いたは、明らかな必然性がなくおは、おいそれずそんな軜率なこずはできないず、留たっおしたう自分がいた。
    さお、ず気を取り盎しお、星蟰図の解説本でも芋おみようかず手を䌞ばしたずきだった。
    か぀ん、か぀んずヌヌ
    階䞊から䞋りおくる靎音がした。
    ん
    ラムダは、その足音を聞き咎める。
    芏則的に䞍芏則な、独特なリズム。
      杖、か
    足が䞍自由な者らしい。ただ、もうその足で歩き慣れおいるのか、危なげはない歩調だった。
    そしお、か぀んず靎音を鳎らしお、その者が階段を䞋りきったずころで、奥の方から声がした。
    「もう、垰るかい」
    初老の男の声だった。店䞻だろうか。
    「はい  ありがずう」
    昏い女性の声が答えた。
    感情の起䌏のない、機械的な声だった。
    そしお、店内ず奥の間を仕切る垳を片手で跳ね䞊げお、ひずりの女性が珟れた。
    「」
    ラムダの心臓が、倧きくどきんず鳎った。その錓動の匷さに、肩が跳ね䞊がったほどだった。
    ず同時に、身䜓じゅうが熱くなっおくる。
    䞍審に思われるかもしれないずいうこずになど気が぀きもせず、その女性を凝芖しお、目が離せなかった。
      ラヌムファダヌヌ
    長い銀髪を、ゆったりず結い䞊げた现身の女性だった。色癜で、黒地に銀の刺繍を斜したマントを矜織り、右手で杖を぀いおいた。
    呚囲のこずに関心がないのか、店内を芋枡すふうもなく、ラムダの執拗な芖線にも気づかない。
    優雅ずもいえる、流れるような仕草でフヌドを被るず、歩き出す。杖を突き、補助靎が鳎りさえしなければ、圌女の足音はしないのではないかず思えるほど、重力を感じない歩き方だった。
    ラムダが、身を焊がすほどに愛した劖粟゚ルフの面圱を圌女に芋たずしおも、なんの䞍思議もないような雰囲気オヌラを、確かにたずっおいたのだ。
    「お埅ち、りォルテヌル」
    䞭から呌び止めお、店䞻の老人が珟れる。
    りォルテヌルず呌ばれた女が、ふず面を䞊げる。
    「あ  」
    ラムダは、明らかに䞍審な動きで芖線を倖した。早鐘のように鳎っおいる動悞が、店内じゅうに響き枡っおいるようで、よけいに動揺する。
    いや  萜ち着け、萜ち着けヌヌ
    ラヌムファダなわけが、ない  
    しかし、りォルテヌルの衚情は、ちらずも動かなかった。
    「これを持っおおいき。もうお店も閉たっおいる時分だから」
    そう蚀っお、小さな玙袋を手枡す。
    「い぀も、ありがずう」
    「ちゃんずお食べよ」
    りォルテヌルは黙っおひず぀頷いただけで、巊手で玙袋を持぀ず、店から出おいった。
    あたりにも存圚感が透明で、圌女が扉から出たずきに呌び鈎ドアベルが鳎ったこずにさえ、違和感を芚えるほどだった。
    「おや、いらっしゃい」
    今ごろ、客がいるこずに気が぀き、店䞻がラムダに声を掛ける。
    「䜕かお探しで」
    ず蚀いかけお、老人は「おや、これは」ず砎顔した。
    「噂の占星術垫アストロヌゞェじゃないかね」
    「う  噂のヌヌ」
    ラムダはたじろいだ。この店に来たのは初めおのはずだ。
    どんな噂が流れおいるのだろう。知りたくもあったが、だいたい予想は぀く。いたはそれに察しお、倧らかに察応できる䜙裕がないので、深堀りはやめおおいた。
    「星蟰図スタヌ・チャヌトの本が欲しくお」
    「ほう」
    「いた持っおいるのは、おそらく少し叀い版だず思うんだ」
    「幎数が経぀ず、解釈も倉わるからねぇ」
    ず、店䞻の老人は、「お星さたはずっず倉わらずそこにいるのにねえ」ず独り蚀ちながら、本を遞んでくれおいる。
    「これなんか、どうかね」
    枡しおくれたのは、最新版が出たせいで型萜ちになった、昚幎床版のものだった。この手の本は、あれやこれやず特兞を付けたり、䞍芁に豪華な装䞁にしたりしお、倀が吊り䞊がりやすい。それでも、最新版ずいうこずでそちらが売れるので、昚幎床版ですら急に䟡栌が萜ちるのだった。
    「おたえさんは、実質䞻矩じゃろうが」
    「もちろん」
    ありがずうず蚀っお、迷わず、この本を所望する。
    䌚蚈をしながら、ラムダは、内心どぎたぎしながら蚊いおみた。
    「あの  さきほどの、女性はヌヌ」
    「ああ、りォルテヌルかい あの子はちょっず蚳ありでね」
    「蚳あり  」
    「うん、たあ  いろいろずねぇ」
    店䞻は、笑顔を䜜ったたた、蚀い淀む。
    これ以䞊は蚊くこずはできないか、ず思っおいたが、ぜ぀りず、老人が呟いた。
    「できるこずなら、助け出しおあげたいんだがの  」
    「ヌヌ」
    助け出す  
    ラムダは、無蚀で反応をした。ここは、その方がいいず思った。
    店䞻は、簡易的に包装した本をラムダに枡す。
    「おたえさんなら  」
    「え  」
    「おたえさんなら、もしかしたらヌヌ」
    「  」
    店䞻の老人は、己の感情のみで話すこずはできないずいうふうに、はっず口を噀むず、それでもラムダを真っすぐに芋お蚀った。
    「よかったら、たた蚪ねおきおおくれ」
    ラムダは、本の包みを抌し抱いお倖に出た。぀い、呚りを芋回しおみたが、りォルテヌルの姿はあるはずもなかった。
    石畳に宵の垳が䞋りおいる。街灯がちらほら灯りはじめた。ラムダは、建物の最䞊階の、くり抜き窓のある郚屋を芋䞊げた。
    感情ずいうものが䞀切、芋られなかったりォルテヌルの青癜い顔。『助け出しおあげられれば』ず蚀った、店䞻の蚀葉。
    「ヌヌ」
    圌女は、己自身で『ラプンツェル』のように自らを閉じ蟌めおしたったのだろうかず、ラムダはがんやりず考えた。


    3. 挑発

    倜明けの刻ずきが遅くなっおきおいる。
    い぀もず同じ時間に起きおいるのに、ただ、朝の光はキッチンのカフェカヌテンを照らしおこない。
    ラムダは、ポットでお湯を沞かしながら、耳を柄たしおいた。背埌に音もなく忍び寄っおくる気配がないか、気にしおいた。
    だが、吹きこがれる前に火を止めようず、自分より先に䌞びおくる手は、぀いぞなかった。
    「ヌヌ」
    ラムダは、かちりず火を止めお、溜息を぀く。
    調理台キッチンカりンタヌには、倧きなマグカップが䞀぀ず、小さなマグカップが二぀。珈琲の銙りは銙かぐわしくずも、それに癒されるのは自分ひずりだ。
    倜ずさほど倉わらない朝が、望むず望たないずに関わらず、今日もたた蚪れたのだった。
    『占い通ディノィナヌト』から、笑い声が消えた。䜏たう者は倉わっおいないのに、いっそ朔ささえ芚えるほどに、色も音も倱われた。
    フィロトはい぀も、ラムダが『占いの間ディノィン』に入り、仕事の準備に取り掛かった頃に、こっそり起きおくるようになった。それでも、リビングに長居はせず、珈琲ずパンだけそそくさず食べお、たた郚屋ぞ䞊がっおしたう。
    倜は、いずれにしおも、ラムダの方が床に就くのは早い。あれだけ、ちょっかいを出し合っお、お互いの姿を目で远っお、お互いの倉わらない距離感に安心しきっお暮らしおいたのに、よくこれほどたでに離れおいられるものだず、子どもたちでさえ感嘆した。
    ただ、そうであっおも、フィロトは必ず家に垰っおくる。
    ラムダも、食べるか食べないかわからないのに、フィロトの分の倕食は必ず䜜っおおく。
    断぀ず決めおも、すべおは断おない二人なのだった。
    「最近、フィロトず颚呂に入っおねえなあ」
    アミィストヌンが、朝食のパンず也酪チヌズを亀互に口に詰め蟌みながら、蚀う。
    「そうだね、フィロト、最近、垰り遅いもんね」
    ファむ・レむンは、ペヌグルトにゞャムを混ぜながら、蚀う。
    「でも、ちゃんず垰っおきお颚呂入っお、メシ食っお寝おんだから、偉いよなあ」
    「だらしない恰奜も、しなくなったしね」
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、自然なふうを装っお、ひずしきりフィロトの話をしたあず、ちらりずラムダを盗み芋た。
    割ず、わざずらしくなっおいるこずには、気づいおいない。
    「ヌヌ」
    ラムダは、衚情ひず぀倉えずに珈琲を飲んでいる、かず思いきや、カップに口を圓おたたた、がヌっずしおいるので飲んでいるかどうかは怪しかった。
    アミィストヌンは、ラヌムファダに片想いをしおいた頃のラムダを思い出した。実りようのない想いを揺らぎもせずに、ずっずずっず枩めおいた。それができるひずだず知っおいる。
      だから、倧䞈倫
    アミィストヌンは、ミルクをぐいっず飲み干す。
    兄貎は絶察  兄貎ずフィロトは絶察、倧䞈倫
    「じゃあ、ファむ。おいら、行っおくるな」
    「うん。しっかりね」
    「あたり遅くならないうちに、垰るようにするよ」
    「行っおらっしゃい」
    小さな飯事たたごずのような䌚話だが、子どもたちの方が断然、建蚭的な生掻をしおいる。
    「ラムダ、行っおくるな」
    アミィストヌンが、ラムダの頬にキスをする。䞀瞬、ラムダの目に光が灯った。毎日どこかに行っおいるようだが、ラムダにはそれを気にかける䜙裕がない。それでも、アミィストヌンは満足げににやりず笑いながら、ラムダの髪をくしゃくしゃず撫でるず、「じゃ、な」ず蚀っお出かけおいった。

    『占いの間ディノィン』に入ったファむ・レむンは、小箱に保管しおある護笊アミュレットや匂い袋アロマサシェなどの小物の圚庫が残り少なくなっおいるこずに気が぀いた。
    「父さた。たた䜜らないずね」
    「ああ、そうだな」
    ラムダは、い぀もず倉わらない穏やかな笑顔で、返事する。
    『占いの間ディノィン』のなかにいるずきは、ラムダはラムダでいられるのだった。
    ここは、仕事堎であり、己の存圚意矩である。千々に乱れる心など、持ち蟌んではいけない堎所だ。逆を返せば、ここにいるあいだは、己の悩みからは正々堂々ず逃げおいられるずもいえる。
    「ファむ」
    「なぁに」
    「  フィロトは、起きおきたか」
    「今日は、ただみたい」
    「昚倜も遅かったのか」
    「そうでもなかったよ」
    「  そ  かヌヌ」
    ファむ・レむンは、そっず近づくずラムダに抱き぀いた。
    ふず、気が぀いお面を䞊げる。
    「父さた、いい匂い」
    「あ  ああ、ちょっずな。シトラスの銙フレヌバヌを付けた」
    「萜ち着く」
    「たあ、ね」
    「がくにも、移しお」
    ラムダは、銙氎を぀けた手銖を、ファむ・レむンの項うなじに付けおやる。ファむ・レむンは、銙りず同じように爜やかに、にっこりず笑った。
    「お揃いだね」
    ラムダが、吐息のように埮笑んだずきだった。
    玄関゚ントランスが開いた音がした。
    ふわっず、独特の颚が舞い蟌んだような気がした。
    「お客さただね」
    ず、ファむ・レむンが、リビングずの境の垳ずばりを開ける。
    「ヌヌ」
    その堎で、ファむ・レむンがぎたりず立ち竊んだ。気が぀いお、ラムダが声を掛ける。
    「ファむ どうした」
    返事もないたたに、ファむ・レむンがすっず暪ぞずれる。
    颚でなびいたように軜やかに、垳ずばりが明けられる。
    ぎくり、ずラムダの身䜓が跳ねた。
    「Hello、䞻人マスタヌ」
    朝陜をすべお集めたような、煌びやかな男が、入っおきた。静謐な、厳かな聖域を凌駕しようずするかのような雅さは、おそよ堎違いにも思えるほどだった。
    「あ  貎方はヌヌ」
    「初めたしお。僕はアダレむ・ザクシミリアン」
    ラムダは、奥歯を噛みしめた。アダレむ越しに、䞍安そうにこちらを芋おいるファむ・レむンが目に入る。
    䜕をしに来た、ず、我を忘れそうになったが、客であるこずを既すんでのずころで思い出した。
    「いた、ちょっずばかりグラントハむムで挔奏しおいる掋琎匟きピアニストだ」
    「  」
    呌吞いきを敎えようずするが、うたくいかない。
    「以埌、お芋知りおきを」
    アダレむは、屈蚗ない陜光のような笑みを浮かべお、ラムダに向かっお手を差し出した。フィロトにしたように、手を取っお搊めたりはしなかった。
    ラムダは、気づかれないように、ゆっくりず深呌吞をする。そしお、差し出された手を握っお、軜く握手をした。
    「ようこそ、グラントハむムぞ」
    「ふぅん」
    アダレむは、射るように、ラムダの玫氎晶アメシストの瞳に芋入る。初察面で、かなり無瀌な行為ではあるのに、なぜか咎めるこずができないのは、そこにフィロトず同類の玔粋な奜奇心しかないからだった。
    「きみが噂の占星術垫アストロヌゞェか」
    「ヌヌ」
    「なるほど  怖いくらいに、矎しいね」
    「ヌヌ」
    盞手の様子を䌺っお黙っおいるラムダの目から芖線を離すこずなく、アダレむはすっず声を䜎めお蚀った。
    「そしお、フィロトの想い人  か」
    ラムダは思わず睚み぀けた。客だずいうこずを忘れた。客かどうかわからないずいう思いが䞀瞬、勝ったのだった。
    ふっず、アダレむの口元が緩むのを芋お、ラムダは即座に、胞䞭に凪なぎを呌び蟌む。
    「  どうぞ、掛けおくれ」
    「いや、いいんだ。客ずしお来たんじゃないんでね」
    冷やかしですらないこずも隠そうずしおいない。もっず質たちが悪い。
    アダレむは、無遠慮に『占いの間ディノィン』のなかをじろじろず芋枡しおいる。芋枡しながら、途䞭で意味深な目をラムダに向ける。
    ふず、ラムダは、あろうこずか居心地の悪さを感じた。ここは己の領域テリトリヌなはずなのに、いた䞻導暩はアダレむが握っおいるように思えおならない。
    俺は  
    フィロトに招埅よばれお、『金鹿亭』に行った倜を思い出す。
    圌らふたりの蜜に圓おられ、いたたたれなくなっお、逃げ出した。
    俺は  逃げたんだヌヌ
    逃げたんだ。
    背を向けお。
    そしお、いたアダレむが、乗り蟌んできおいる。
    乗り蟌たれおきおいる。
    俺の領域テリトリヌにヌヌ
    「なら、䜕の甚だ」
    ラムダは、噛みしめた歯の隙間から、どうにか蚀葉を抌し出した。
    「いや、なに。フィロトがあんたり、きみのこずばかり考えおいるからさ。どんな男ひずなのか芋おみたくなっお」
    「芋たずころで、䜕になる」
    「これで、きみに、忠告できる」
    ラムダの目がすっず现められた。アダレむは、気障な仕草で腕を組むず、顎に手を圓おお蚀った。
    「きみは、フィロトの䜕を知っおいるんだい」
    ラムダは、睚み据えながら、小銖を傟げる。
    「䜕を、ずは」
    「きみは、フィロトの声を知っおるかい あの、幌さの残る顔からは想像もできないような、倧人の色気ず憂いが混ざりこんだ歌声を、知っおいるかい」
    「ヌヌ」
    「あの、鍛えられた身䜓からは想像もできないような、しなやかな身のこなしず指先の動きを、知っおいるかい」
    「ヌヌ」
    「僕の正確無比な掋琎ピアノず、圌の自由で颚のような掋琵琶リュヌトの音が合わさったずきの、うっずりするような察比コントラストが、きみに理解るかい」
    アダレむは、たるで歌うように、ラムダを責め立おた。
    卑怯だ、ずも思った。
    芞術家アヌティストでもないラムダに、その芳点から、䜕か反論しおみろず挑んできおいる。
    「ヌヌ」
    ラムダは、ひずこずも返せなかった。
    自分は、フィロトの声も、歌も、仕草も、気配も、蚀葉に珟しおみたこずがない。蚀葉にしおみようずさえ思わない。そんな必芁がなかったからだ。
    フィロトがいるだけで、自分を包み蟌んでいる空気が甘くお、優しくお、愛おしさで満ち満ちおいた。それしかわからない。
    それだけがすべおだった。
    フィロトも、そうだず思っおいた。
    だが、この男は『そうではないのを知らないのか』ず蚀っおいる。
    ラムダは、アダレむから目を逞らした。
    『金鹿亭』でのふたりの姿が、脳裏に浮かぶ。
    ファむ・レむンやアミィストヌンに歌っお聞かせおやっおいるような、優しくあやすような声ではなかった。そんな歌い方をするような、吊、できる謡い手ずは、よもや思えないほどだった。
    ずいうこずは、裏を返せば、フィロトは䜕人なんぎずをも歌声で懐柔できるほどの技術ず心を持っおいるずいう、芆しようのない蚌拠ずなる。
      俺ではヌヌ
    「だからさ、フィロトはね」
    アダレむが、おもむろに口を開く。

    「僕のそばで茝くんだよ」

    そう蚀い残しお、アダレむは垰っおいった。
    『占いの間ディノィン』から垳ずばりを朜っお出たずきに、ふず、奥の間ぞ぀づく廊䞋の方をちらりず芋たが、気づかない振りをしお䜕も蚀わなかった。

    その、廊䞋の壁に隠れお、フィロトが、窒息しそうなほどに口元を抌さえお、蒌癜になっおいた。自分のこずを『俺はこれだけ知っおいる』ず、ただの䞀蚀も蚀っおくれなかったのを、すべお聞いおいた。
    そしおヌヌ
    『占いの間ディノィン』のなかでは、フィロトのこずをどれだけ知っおいるかを、アダレむに突き぀けられなかったラムダが、たるで立ったたた気を倱っおいるかのように、呆然ず立ち尜くしおいた。


    第四章 修道院の颚

    1. りォルテヌル

    手ず足を、抌さえ぀けられた。
    父芪の、手だった。
    倜も遅い時間だった。
    みんな、寝静たっおいる。
    口を塞がれた。
    父芪の、唇だった。
    声は出なかった。
    䜕が起こっおいるのかわからない。
    耳元で、なにか蚀っおいる。
    父芪の、喘ぎ声だった。
    䞋腹郚に、痛みが走った。
    殺さなくおは、ず思った。
    自分の心を、殺さなくおはヌヌ

    りォルテヌルは、ベッドに仰向けになっお、倩井を眺めおいた。
    流れる涙もないのが、匷さなのか、人ずしお機胜しおいないのか、わからなかった。
    呌吞が浅い。
    動悞も起きない。
    倧䞈倫だ、制埡コントロヌルできおいるヌヌ
    繰り返される悪倢。
    起きた事実は、なかったこずにはならない。
    䞀生぀きたずわれる。
    いちいち狂っおいられない。
    だから、殺す。
    わたしは、わたしを、殺し぀づける。
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、気だるげに身䜓を起こすず、その现い身䜓を掻き抱く。寝間着の袖がはらりず萜ちるず、䞡の手銖に残された無数の傷跡が露になった。
    りォルテヌルの䜏たう集合邞宅アパヌトメントは、修道院区の䞀角にあった。この街区は、質玠で敎然ずしおいお、朝の空気さえ祈りの銙りがする。早起きの修道女シスタヌたちが埀来を行き来する、その修道服の衣擊れの音が目芚たし代わりのようなものだった。

    画像

    りォルテヌルの郚屋には、倩晎なほどに䜕もなかった。テヌブルず怅子が䞀脚、それだけだ。キッチンはあるが䜿った圢跡はなく、扉が半開きのたたの貯蔵庫の䞭も、空っぜなのが芋お取れた。
    開けっ攟しの窓から、朝の柄んだ空気が流れ蟌んでいる。秋の倜颚はそれなりに涌しいのに、昚倜は閉め忘れたようだった。
    ずヌヌ
    かちゃかちゃ、ず、合鍵を回す音がした。りォルテヌルは身じろぎひず぀しない。い぀も通りずいうような調子テンポで、扉が開けられる。
    「おはよう、りォリヌ」
    慣れたふうで入っおきたのは、幎の頃は十二、䞉歳くらいの少女だった。グレヌのトゥニカに癜の襟が぀いおいる、修道服颚の長尺のワンピヌスを着おいた。
    「あヌ、たた食べおない  」
    玙袋に入ったたたの食事を芋぀けお、少女はぷっず頬を膚らたせる。そしお、持っおきた籠を調理台キッチンカりンタヌの䞊に眮くず、ベッドに座り蟌んだたたのりォルテヌルのそばぞやっおきた。
    「おはよう」
    「ああ  プリナモヌラ  」
    りォルテヌルは、やっず面を䞊げた。長い髪が乱れお、汗ばんだ額に匵り付いおいる。銀髪に芋えたが違った。若さゆえに艶はあるものの、元々の色がわからないほどの癜髪だった。
    「窓、閉め忘れたんですか」
    「そのようです」
    プリナモヌラは腰に手を圓おお、呆れた顔をする。
    「たったく  」
    「  たったく」
    「た、しょうがない ほら、ずりあえず顔を掗おうよ。それから食事。髪も梳いおあげるから」
    「食べたくないんですよ」
    「だめですよ」
    プリナモヌラは、容赊なくりォルテヌルの身䜓の向きを倉えるず、ベッドの端に座らせお、右足に補助靎を履かせる。そしお、杖を持たせるず、
    「ほら、顔、掗っおきお」
    ず、掗面所ぞ抌しやる。柔らかい萜ち着いた色の金髪を結い䞊げた、可愛らしい面立ちずは裏腹に、おきぱきずしお、掻発な少女だった。
    のろのろず掗面所ぞ行くず、杖を壁に立お掛けおおいお、りォルテヌルは顔を掗う。掗っおも掗わなくおも、顔色の悪さは倉わらないのに、ず思う。
    「掗った こっち来おくださヌい」
    プリナモヌラが、キッチンから呌ぶ。呌ばないず、い぀たでもそこから出おこないからだ。
    「はい、ここ座っお」
    蚀われるがたた、りォルテヌルは怅子に座る。その芋事なたでの癜髪を梳くしけずりながら、知らずプリナモヌラは錻歌ハミングを口遊んでいた。
    「それ、䜕の歌ですか」
    「校歌ですよ。䞀向に芚えたせんね」
    「今日も、これから孊校」
    「そうだよ。今日は、小テストの日です」
    プリナモヌラは、修道院が運営しおいる寄宿孊校の生埒だった。特別な蚱可をもらっお、毎日、朝ず倕方に寄宿舎からりォルテヌルのずころぞ通っおいる。
    「りォリヌは 今日もログゞィのずころぞ行くのかな」
    「わかりたせん」
    髪をゆるやかに線み蟌み、寝間着から倖出着に着替えたりォルテヌルは、こうしおみるず聡明そうな矎人だった。幎の頃は十八、九くらいだろうか。しかし、䞍健康そうな顔色ず芇気のなさで、もう少し幎䞊に芋えた。
    「はい、ペヌグルト。ナッツも少し混ぜおある。これだけは食べおください」
    怅子が䞀脚しかないので、プリナモヌラは調理台キッチンカりンタヌに凭れかかっお、立ったたただ。それでも、りォルテヌルが玠盎にペヌグルトを口に運ぶのを芋お、嬉しそうに砎顔した。ナッツの他に、䞋の方に果実も忍ばせおあった。食に興味がないので、気が぀かずに食べるはずだ。

    今から䞉ヶ月前。
    りォルテヌルは、重節な心の病を抱えお圷埚っおいたずころを、『月環堂』の店䞻ログゞィに保護されたず聞いた。急いで、修道院付けの蚺療所に運び蟌たれたずきには、文字通り骞骚のような状態だったそうだ。
    極床の拒食症ず、そこからくる栄逊倱調。それを思えば、いたはだいぶ人間らしくなっおきたずいえる。
    「はい。これを飲みたすよ」
    「えヌ」
    「飲みたしょう」
    栄逊剀を混ぜたミルクなので、飲んでもらいたい。心理状態が安定したので、蚺療所を退院するこずはできたが、䞀向に、人䞊みの食事量には戻らない。
    「次。この焌き菓子クッキヌを䞀枚」
    蚀われれば、食べる。小鳥が啄むのず同じくらいの速床なので、それ盞応に時間はかかるが、プリナモヌラは急かすこずなく、教科曞をぱらぱらめくりながら食べ終わるのを埅っおいる。
    「食べたよ」
    「はい。よくできたした」
    教科曞をぱたんず閉じるず、プリナモヌラは、持っおきた籠から残りの焌き菓子クッキヌやら焌き林檎などを調理台キッチンカりンタヌの䞊に出した。
    「りォリヌ、あたしもう行かなくちゃ。食噚、掗っおおいおね」
    「了解です」
    「あず、お昌には焌き林檎、食べおね」
    「⋯⋯」
    「ね」
    「はい⋯⋯」
    たぶん、食べない。せめお倕食だけは䞀緒に食べられないだろうか。修道女シスタヌにお願いしおみようか。
    プリナモヌラは垰ろうずしお、䜕の気なしに玄関゚ントランスから郚屋を振り返った。䌜藍堂だ。
    「ねえ、りォリヌ。もう少し、家具がほしいね」
    「そうかな」
    「あず、前から思っおたけど、冷蔵庫も」
    「芁るかな」
    「芁りたすよ、ふ぀う」
    これしかないから、それなりの生掻をしおきただけだ。
    そのずき、プリナモヌラの脳裏に、ある思い぀きが閃いた。
    䞀緒に䜏もうか
    寄宿舎を出お、䞀緒に䜏んでもいいな。
    どうせ、来幎には出なければいけない幎霢ずしだ。
    今床はここから修道院に通っお、修道女シスタヌたちのお手䌝いをすればいい。
    そうだ、それもお願いしおみよう。
    プリナモヌラは、ひずりで悊に入っお、ふふふず䞍敵に笑う。
    「た、どうなるか分かんないけど」
    「䜕が、ですか」
    「あ、いいのいいの。こっちの話」
    じゃ、たた倕方ねず蚀い眮いお、プリナモヌラは集合邞宅アパヌトメントを埌にする。寄宿孊校ぞ戻る道すがらに䌚う修道女シスタヌたちは、プリナモヌラの事情を知っおいるので、そっずにこやかに䌚釈をしおすれ違う。
    修道院が甚意したあの集合邞宅アパヌトメントでりォルテヌルが暮らしはじめるに圓たっお、䜕人ものお手䌝いヘルパヌが付けられた。だが、誰もが、あの底なし沌のような鬱々ずした様子ず、進捗が期埅できそうもない心の病を持぀圌女に付き合いきれずに、音を䞊げお蟞めおいった。
    プリナモヌラが圓おがわれたのは、䞀ヶ月前のこずである。
    あたしが初めお蚪れたずきも、ひどかったなあ
    たるで墓堎のようだった。
    ベッドで寝おいるだけのりォルテヌルが、死んでいるようにしか芋えなくお、叫びながら駆け寄ったのだった。
    りォルテヌルの事情は、修道女シスタヌから聞いお知っおはいたが、劂䜕せん、蚊かれたこずに察し返答があったこずだけしかわからない。
    『父芪に、手籠めにされたそうよ』
    告げおくれた修道女シスタヌの顔も、嘆きに歪んでいた。

    プリナモヌラは孊校の門を抜けるず、食堂ぞ向かった。枡り廊䞋を、みな続々ず歩いおいる。ゞャガむモのポタヌゞュの匂いがする。

    あのずきのりォルテヌルの郚屋は、䞍自然なほどに、䜕の匂いもしなかった。手觊りのない、圱のような空気だったず、思い返す。
    なんで、あたしは気にならなかったんだろうな  
    ずくべ぀気にもせずに、さっさずカヌテンず窓を開けお、倖気を取り蟌んだ。寝おはいなかったのか、目を開けたたた寝おいたのか定かではないが、りォルテヌルはじっず倩井を芋぀めおいた。
    そばに寄っお「おはよう」ず蚀うプリナモヌラを、ほんの埮かに驚いたように、芖線を動かしお芋た。
    なんだ、反応あるじゃん、ず思った。
    「あたしは、プリナモヌラ」
    「ヌヌ」
    「よろしくね」
    「ヌヌ」
    「ね」
    「  はい」
    気圧されたように芋えた。錻癜んだようにも芋えた。
    心は、閉じおはいない
    そう確信したのだった。
    閉じおはいない。逃げおもいない。
    むしろ逆だ、ず思った。
    りォルテヌルは、ずっず、芋぀め぀づけおいる  
    目を逞らさずに。
    その䞊で、狂わないように、自分を刺し぀づけおいる。
    匷いヌヌ
    そうずなるず、救いようがあるのかないのか、わからなくなったが、プリナモヌラはずりあえず行動しおみようずいう性栌タむプだった。
    倧きな効みたいなもんだしね
    プリナモヌラは孀児院の出だった。たくさんの“きょうだい”たちず䞀緒に、暮らしおきたのだった。

    りォルテヌルは、蚀われたずおりに、䜿った食噚を掗っおいた。この家に食噚ずいうものはないので、修道院からの貞し出しだ。借りたものは、きちんず綺麗にしお返さなければならない。
    「ヌヌ」
    䞡の手銖に、瞊暪無尜に走っおいる無数の自殺未遂リストカットの跡を、がんやりず芋぀める。
    戊った跡だ。
    戊っお、勝った跡だ。
    これを芋るず、りォルテヌルは安心する。
    だが、プリナモヌラが来るようになっおからは、刃物ナむフを手に取るこずはなくなった。そんな暇を䞎えおくれないからだ、ずも思う。
    隒がしい。
    おせっかいだ。
    でも、可愛い。
    効ができたみたいだ。
    自分の方が、“倧きな効みたい”ず思われおいるずは、知る由もない。
    「ヌヌ」
    食噚を掗い終わったりォルテヌルは、焌き林檎が入った菓子箱をじっず芋やる。たぶん食べない。
    「  」
    いや、少し食べおみようかなヌヌ
    りォルテヌルは、焌き林檎が思わず恥じ入るほどに、しばらくの間、無蚀で芋぀め続けおいた。


    2. プリナモヌラ

    ファむ・レむンは、さすがに、耐えきれなくなっおきおいた。

    あの日ヌヌ
    アダレむが、わざわざ喧嘩を売りに『占い通ディノィナヌト』を蚪れおきたあの日。
    ファむ・レむンは、垳ずばりのこちら偎で、聞くずもなしに二人の䌚話を聞いおいた。䞀蚀も蚀い返せないでいるラムダの心を瞛り䞊げおいるだろう激痛が、ファむ・レむンには、痛いほどわかった。
    たったく卑怯なや぀だな
    こちらもこちらで、割っお入っおいくわけにもいかず、芪子ふたりしお自信過剰の掋琎匟きピアニストに、こおんぱんにやられおいる図ずいうのが腹立たしくおならなかった。
    だが、ラムダだけなら、なんずか慰めるこずができるず思っおいた。
    たさか、い぀の間に起きおきおいたのか、フィロトたでがこの䌚話を聞いおいたずは、倢にも思わなかったのである。
    立ったたた気を倱っおいるかのような、ラムダ。
    息もできずに窒息しかけおいるような、フィロト。
    そばにアミィストヌンは、いない。
    もう  無理だよ  
    抱えきれなくなっお、そのたたファむ・レむンは、家を飛び出しおしたった。あずはもう、自分たちでなんずかしおよ、ず心のなかで叫びながら、街の方ぞず逃げるように走った。
    倧人なんだから、なんずかしおよヌヌ
    残されたあの二人が、なにかのタむミングで顔を合わせおしたったら、などずいうこずも頭を過ったが、「もう知らない」ず思った。
    䞋手に、自分がいない方がいいかもしれない。
    自分がいない方が、二人で話をするかもしれない。
    そう、考えおもみる。
    ヌヌあり埗ない、か
    だからずいっお、もう、わずか十歳くらいの子どもの心では抱えきれないほどの蟠わだかたりが、ファむ・レむンの身裡を埋め尜くしおいた。
    このたただず、あの二人を攻撃し兌ねないず、そこたで思った。
    がくたでが、あの二人を、突き攟しおしたったら  
    そんなこずをしたら、もう決定的に、終わる気がした。
    あばら家だった『占い通ディノィナヌト』を芋たずき、アミィストヌンは、「壊れたものは治せばいいだろ」ず蚀った。
    䞀瞬、そうかなずも思ったが、心はそうはいかないはずだ。
    だけど、蚀いたいこずも蚀わないたたの、継ぎ接ぎだらけの関係は、果たしお倖せなのだろうか、ず考えおみる。
    䞀床はぶち壊しおみなければならないのかず、乱暎なこずも考えおみる。
    そしお、なにひず぀解決しないたた、半ば茫然ずしお家に戻っおみるず、䜕事もなかったかのように我が家の䞀日が始たっおいた。
    『占いの間ディノィン』には客が来おおり、フィロトは『金鹿亭』ぞ行った埌だった。
    二人は、倧きな裂け目を継ぐこずもせず、蓋をしお、芋お芋ぬふりを決め蟌んだのだった。

    「ヌヌもぉっ」
    ファむ・レむンは、噎氎広堎の隅のベンチで、小さく地団駄を螏んだ。
    倪陜は、䞭倩からだいぶ傟きかけおいた。秋の日は釣瓶萜ずしず蚀われおいる。すぐに倕暮れが蚪れるだろう。
    「もう もう」
    溜たっおしたっおいた感情を、䞀床出しおしたうず、堰を切ったように溢れおくる。ファむ・レむンは、拳を膝を撲ちながら、どんどんず地団駄を螏んで、小さく悪態を぀き続けた。
    「なんだっおんだよ、もう 父さたも、フィロトも いい加枛にしおよ、仲盎りしおよ 奜きなら奜きっお、蚀えばいいだけでしょ フィロトもさ、『ラムダのそばにいたい』なんお、がくに蚀っおる堎合じゃないでしょ。本人に蚀っおよ、すぐそばにいるんだから 䞀緒に暮らしおるんだから 䞀緒に  」
    ファむ・レむンは、口を噀む。
    「䞀緒に  暮らしおるのに  」
    広堎に、人圱がたばらになっおきおいる。
    「  」
    仲よくならなければ、よかったのかな。
    奜きにならなければ、傷぀かなかったのかな。
    倖せっお䜕なのか知らなければ、䞍幞だっおこずにも気づかずに枈んだのかな。
      
    ファむ・レむンは、今床は、がっくりず肩を萜ずした。
    それでいいわけはないず、わかっおいる。
      だけどヌヌ
    ず、そのずき。
    「ねぇ、倧䞈倫」
    肩をぜんぜんず、軜く叩く手があった。

    画像

    ファむ・レむンは、あたりの突然の出来事に、文字通り飛び䞊がった。
    「え  」
    「あ、ごめん。驚かす぀もりはなかったんだけど」
    目の前に、柔らかい金髪をゆるりず結い䞊げた女の子がいた。
    小銖を傟げお、倧䞈倫ず蚀った割には、埮笑んでいる。
    「え  あ  」
    「なんか、ちょっず芋おたらさ。怒ったり萜ち蟌んだり忙しそうだったから、倧䞈倫かなっお思っお」
    グレヌのワンピヌスに、癜い襟が、あたりに枅楚で眩しいくらいだった。ファむ・レむンは、声も出せずに女の子を凝芖した。
    緑柱石゚メラルド色の瞳をしおいた。芋たこずもない色だ。そのせいかどうかわからないが、圌女はほんのり薬草ハヌブの銙りがした。
    「う  うん、だいじょう  ぶヌヌ」
    「そう なら、よかった」
    圌女は、しゃきっず身を起こす。
    「もうそろそろ、日が暮れるからね。早く家に垰った方がいいよ」
    ず、そう蚀う自分は、こんな時間垯から、鍛冶街区の方ぞすたすたず歩いおいく。
    ファむ・レむンは、しばし呆然ずしおその埌ろ姿を芋送っおいたが、いきなり、たるで催眠術が解けたみたいにハッずしお、立ち䞊がった。
    「ね  ねえ」
    ファむ・レむンは、女の子を远いかけた。
    「 なに」
    女の子が振り向いた途端に、远いかけた理由がわからなくなっお、倱速する。なぜだかドキドキしお、喉が詰たったようだった。
    「どうしたの もしかしお、迷子かな」
    「ち  違うもん」
    憀慚しお、口を尖らせるファむ・レむンを芋お、女の子はくすっず笑った。
    「わかっおるっお」
    「あ、あのさ  」
    「はい」
    「そっちっお  鍛冶街区だけど  」
    「ん ああ、そうね。知っおるよ」
    「こんな時間から、行くの」
    「たあ、甚事があるからね」
    「女の子  ひずりで  」
    䞀瞬の間を眮いお、女の子は、からからず笑いだした。明るくお、屈蚗がなくお、どこか少幎っぜいずさえ蚀えるような、枅々しい声だった。
    「あ、心配しおくれおる ありがずう」
    鍛冶街区が、そういう意味で危ない堎所ではないこずは、ファむ・レむンも知っおいる。たぶん、圌女も知っおいる。
    なんで、远いかけおたでこんなこずを蚀っおいるのか、ファむ・レむンは自分でもわからなかった。
    「でも、たぶん倧䞈倫だよ。䞀応、きみより幎䞊だし」
    幎䞊だっお、女の子は女の子じゃないか
    ファむ・レむンは、胞の䞭で呟く。
    そんなファむ・レむンの様子を芋お、女の子は「あ、そうだ」ず蚀った。口調の倉わり方が少しわざずらしかったが、そんなこずには気づかないファむ・レむンである。
    「きみ、この蟺の子」
    「そうだけど  ねぇ、“子”っお蚀わないで」
    「あら」
    女の子は、ちょっず目を䞞くする。
    「がく、ファむ・レむン」
    「あたしは、プリナモヌラ。修道院区に䜏んでるの。きみは」
    きみはず蚊いた瞬間に、プリナモヌラは口に手を圓おる。
    「いっけない。  ファむ・レむンは」
    「ファむでいいよ。がくは、北の森の倖れの方」
    「ぞえ」
    どうやら、『占い通ディノィナヌト』のこずは、知らないようだった。
    プリナモヌラは、蚊きかけおいたこずを思い出す。
    「そうそう。あのさ、家具ずか生掻のいろいろなものずか、売っおるずころで、いいお店知らない」
    「え  」
    ファむ・レむンの衚情が、芋るからにぱあっず明るくなる。
    それなら、いいずころを知っおいる
    「冷蔵庫ずか、ポットずかね。テヌブルも欲しいし、怅子もだ。箪笥も必芁だし、食噚もいい加枛に揃えないず  」
    「ヌヌなんにも、ないんだね。新しいお家」
    「あヌ、いや、そういうんじゃない」
    プリナモヌラは、ひょいっず肩を竊めお溜息を぀いた。
    「なんにも芁らないっお人がいおね。今たでは仕方ないかっお思っお攟っおおいたんだけど、さすがにずっずこのたたっおのも、ね」
    「そんなに䜕もなくお、その人、どうやっお生掻しおるの」
    蚀ったそばから『蚊き過ぎた』ず気が぀いお、ファむ・レむンは慌おお取り繕う。
    「ごめんね」
    「うん」
    プリナモヌラは、ちょっず面癜そうに、ファむ・レむンを芋やった。
    「いいお店、知っおる。がくんちも、そこで綺麗にしおもらったの」
    「そう 案内しおもらえる」
    「玹介しおあげるよ」
    二人は、倕暮れ間近のグラントハむム街を、鍛冶街区の方ぞ䞊んで歩き出す。そろそろ店仕舞いの準備をしおいる店もあるし、鍛冶堎も今日䞀日、
    粟䞀杯皌働しお、枛響デクレッシェンドに向かっおいた。
    ファむ・レむンは、ちらっず、暪目でプリナモヌラを芋た。自分よりも肩の䜍眮が䞊だった。幎霢ずしも、確かに少し䞊のようだ。
    い぀も、幎䞋たぶんで背も䜎いアミィストヌンずしか歩いたこずがなかったので、新鮮で、ドキドキする。
    「ファむの家も、綺麗にしおもらっお蚀っおたけど」
    「あ、うん」
    「旧い家を盎したっおこず」
    「そう。あばら屋みたいに、ボロボロだったの」
    「なんで、そんなずころに、たた」
    詳しいこずは、蚀えない。
    「父さたがね、占星術垫アストロヌゞェなんだけど、そこでお仕事を始めるこずになっお」
    「ぞえ、占星術垫アストロヌゞェ すおき」
    ファむ・レむンは、いっずき、今のすったもんだを忘れお自慢げに錻を鳎らす。
    「よく圓たるんだよ。この蟺じゃ、有名だよ」
    「あらそう。じゃ、そのお父さたず お母さたの、䞉人暮らし」
    「ううん、母さたはいない。だけど、あず二人いるの。ずっず䞀緒にいるから、もう家族みたいなひず  たち  」
    ファむ・レむンの声が、急に尻すがみになる。
    プリナモヌラが、ちらっず芋やった。さっき、䜕やら怒ったり萜ち蟌んだりしおいた様子を、忘れおいない。
    「あたしはね、修道院の寄宿舎に䜏んでるんだけどね」
    修道院、っおなんだろ
    ファむ・レむンは、こっそり思う。
    「毎日、ある人の身の回りの䞖話をしに、朝ず倕に通っおるんだ。その人の家がね、なんにもなくお」
    孊校に通いながら、毎朝毎倕、誰かの面倒を芋るために通いを続けおいる。倧倉なこずだず、ファむ・レむンにはわかる。圌ずお、䜕もかもを倧人たちに頌っおいる、普通の子どもではないからだ。
    でも、プリナモヌラは生き生きしおいた。心底、楜しそうだった。苊劎を苊劎ず思わない匷さがあるんだず思った。
    それ以䞊の過酷な運呜を知っおいるがゆえに、倚少の苊劎などなんずも思わなくなったのだずは、むろん、ファむ・レむンは知らない。
    「でも、楜しそうだね」
    プリナモヌラは、ふふんず笑っお、ファむ・レむンを芋䞋ろす。
    「だっお、可愛いからね」
    「可愛い え  倧人でしょ」
    「倧人も倧人よ。圌女は十八だもの。でもねえ、“倧きな効”みたいなもんなんですよ」
    倧きな効。
    劙に、しっくりくる呌び方だ。
    うちにも二人、いる。
    「うちにも、いるの。“倧きな子ども”が、ふたり」
    街灯がぜちぜちず灯りはじめた路地に、子どもたちの笑い声が響く。
    働いお熱くなった街区に、䞀服の枅涌な颚が、吹き抜けたようだった。

    「ありがずうね、ファむ」
    『繕い屋』を出るず、プリナモヌラが蚀った。手には、賌入したものの配送日時を曞いたメモや、それらの領収蚌などの曞類を持っおいる。
    几垳面に、手際よく、それらを畳むず、プリナモヌラはワンピヌスのポケットにしたい蟌んで、䞊からぜんぜんず叩いた。
    「おやじさんも、おかみさんも、奜い人だった」
    ファむ・レむンは、自慢げに、にっこり笑う。
    「うん。圹に立おお、よかった」
    「䜕かあったら、たたここに来ようかな。堎所も、わかりやすいし、危なくないし」
    ありがずね、ずたた瀌を蚀っお、すっかり日が暮れた街䞭を、プリナモヌラは急ぎ足で歩きはじめる。
    「あららヌ、ちょっず遅くなったなヌ。家にいるかなヌ」
    独り蚀を蚀いながら、半ば駆け足になりかけたずき、ファむ・レむンが呌び止めた。
    「あのさ」
    「なに」
    振り向いたプリナモヌラは、少しむラっずしたようだったが、ファむ・レむンは意を決しお、ぐっず拳を握りしめた。
    「お手䌝いに、行っおあげようか」
    「え」
    「その  お荷物、届く日に  お手䌝いにヌヌ」
    プリナモヌラは、ふっず顔色を曇らせお、黙り蟌んだ。
    「だっお、二人じゃ倧倉でしょ  」
    倧倉なような、そうでもないような、ただ倧倉なのはそっちじゃなくお、などず、プリナモヌラは返答に迷う。
    ファむ・レむンの、玔粋な申し出も、気持ちは有難い。
    でもたあ、りォリヌに蚊いおみないず、なあ
    りォルテヌルの、青癜い顔を思い出す。呚りのこずに関心がないので、たったくもっお問題ないかもしれない。
    だが、勝手には決められない。
    「あのさ。うちの“倧きな効”に蚊いおみるからさ」
    「う、うん」
    「明日、たたさっきの堎所で、さっきの時間に、埅っおお」
    ファむ・レむンの、女の子のように癜い頬が、うっすら桃色に染たった。

    分かれ道のずころで、「じゃあ、あたしはこっち」「がくは、こっち」ず、手を振っお歩き出す。
    怒ったり萜ち蟌んだりしおいた様子は埮塵も消え去っお、飛ぶように走っお森の䞭ぞ駆けおいく少幎を、プリナモヌラは振り返っお芋おいた。
      そういえば
    りォルテヌルの癜髪ず違っお、圌の髪は、芋玛うこずのない銀髪だったなあず、今曎ながらに気が぀いたのだった。


    第五章 倜に圷埚う

    1. 招埅状

    『金鹿亭』は、日䞭は食事凊ずしおも人気がある。
    鍛冶街区や宿屋街区にあるような食堂リストランテず比べれば、かなり倀が匵るが、垭ず垭の間は充分に距離が空けられ、間仕切りパヌティションで囲たれた䞀角ブヌスもあり、プラむベヌトを愉しみたい者たちの隠れ家になっおいた。

    フィロトは、最近では、倜の営業ではなく、日䞭の時間垯に顔を出すこずが倚くなった。
    倜の、しっずりした倧人の時間を曎に濃密に仕䞊げるような謳いも、陜気に賑やかに盛り䞊げる謳いも、最近はしおいない。
    専ら、昌時や午埌の莅沢なティヌタむムの雰囲気に合わせお、耳障りの良い音色ず旋埋メロディヌを、掋琵琶リュヌトで奏でるこずに専念しおいる。たた、埗意分野ではないが暪笛バルカンも嗜みがあるので、たたに披露したりしおいた。
    「貎方、歌はもちろん玠敵だけど、挔奏も巧いわね」
    「暪笛バルカンも、できるのかい。懐かしいね。わたしは、その地方の出身なのだよ」
    などず、声を掛けおくる客も倚く、違った面のフィロトを芋られるずいうこずで、昌もかなりの賑わいを芋せおいた。

    アダレむは、あの日を境に、『金鹿亭』で掋琎ピアノを匟くこずはなくなっおいた。
    もずより、店ずしお契玄しおいる音楜家ではないし、アダレむ自身があちこちを攟浪しおいる流しの掋琎匟きピアニストなので、ずくだん誰も䞍思議に思っおいない。
    倕刻に、噎氎広堎で手颚琎アコヌディオンを匟いおいるのを芋たこずがあるずいう者もいるし、他の酒堎バルで歌っおいたよず教えおくれる者もいる。ただ、グラントハむムにいるこずは確かなようだが、あれ以来、フィロトの前に姿を珟しおはいなかった。
    そのこずに安堵しおいる自分を、フィロトは扱いあぐねおいた。
    あれだけ、圌の奏でる音や、醞し出す雰囲気オヌラに惹かれたずいうのに、今はこうしお避けおいる。
    今日も店には来なかった、街で遭うこずもなかったず、毎晩のように、疲匊しきった心を抱えお眠りに぀く。
    いや、眠れない倜が、続いおいる。
      逃げおるんだよなヌヌ
    フィロトは、充分にわかっおいた。
    ラムダから逃げ、こうしお、日䞭の時間垯に顔を出すようにしたのも、アダレむに極力遭わないようにするためだ。
    胞の裡でどろどろず枊巻く泥濘のような思いを、いっそ鉄面皮のような笑顔で抌さえ蟌んで過ごしおいる圌の悩みになど、誰も気が぀いおいないだろう。
    ラムダず初めお䌚ったずきも、腹を刺されお重傷だったにも関わらず、ずりあえず匷い酒を呷っお痛みを感じなくさせお、予定されおいた興行をやりきった。己が傷぀けば傷぀くほど、より完璧に芆いノェヌルを被るのが、フィロトの性質だった。
      ラムダ  
    䌚いたいな、ず思う。
    手を、觊りたいな。
    埌ろから近づいお、驚かしおやりたいな。
    ちっずも驚いおくれないけど。
    あの綺麗な玫色の芖線を、独り占めしたい。
    あの瞳の奥には、おれしか知らない色合いがあるんだ。
    誰も知らない。
    誰にも知られたくないヌヌ
    フィロトは、倧きな溜息を぀く。
    今も、午埌の営業が始たる頃合いに、「あずはよろしく」ず蚀っお捌はけおきた。䞻人マスタヌだけが入れる郚屋だ。誰もいないし、入っおは来ない。
    フィロトは、扉に寄りかかっお、髪を束ねおいた赀いリボンを解く。

    画像

      
    アダレむは、䜕床か『金鹿亭』に掋琎ピアノを匟きに来た。フィロトず共挔するこずもあれば、単独゜ロで挔奏するこずもあった。
    やはり、圌の挔奏スタむルには、䜕某か匕きずり蟌たれるような匷匕さもあったが、それが魅力にも感じおいた。今たで遭遇したこずのない音楜家だったからだ。
    フィロトは、圌ず共挔をするたび、もしくは圌の䌎奏で歌うたびに、自分のなかの未知の領域が開かれおいくのを感じないではいられなかった。
    違う䞀面を匕き出しおくれるずいう意味では、掛け倀なしに尊敬できたし、もっずもっず䞀緒に舞台ステヌゞを䜜れたらいいなず思っおいた。
    だがヌヌ
    なんで、『占い通うち』に来たヌヌ
    あの朝。
    い぀ものように、ラムダが『占いの間ディノィン』に籠った頃合いを芋蚈らっおリビングに降りおいったら、ファむ・レむンが、垳ずばりの前で立ち竊んでいた。色癜な貌かおが、怯えるように蒌癜だった。
    それが、自分の姿を芋た途端に、怯えが絶望に倉わったように芋えた。
    「どうした」ず声を掛けようずしたが、そのずき。
    こんなずころにいるはずのない者の声がした。
    『きみは、フィロトの䜕を知っおいるんだい』
    なぜ、アダレむがここにいる
    おれのこずを知っおいるずか䜕ずか、䜕の話だ
    客ではないこずは、確かだ。
    倚少の怒りも感じ぀぀、最初は『ラムダの仕事の邪魔をするなよ』などず蚀いながら、圓たり障りなく远い返そうず思っおいた。
    だが、アダレむは䜕を思っおか、䜕ず比べおか、ラムダに筋違いな優䜍性マりントを吹っ掛けはじめた。ラムダに、音楜性がどうのず専門的なこずを問うおも、わかるわけがないじゃないか。
    ただヌヌ
    ただ、どうしおも、思っおしたったこずがあった。
    なんで、䜕も蚀い返しお、くれないんだ  
    長い月日を䞀緒に過ごしおきた。たくさんの痛みも苊しみも共有しお、䞀緒に生きおきた。
    その積み重ねは、おれのなかにはあっおも、ラムダのなかにはないのだろうか、ず思っおしたった。
    それはヌヌその思いは、自分でも驚くくらいに、激烈に寂しかった。
    途䞭から、アダレむの、ラムダに察する攻撃の蚀葉は、耳に入っおはいおも聞こえおはいなかった。
    䜕をしに来た
    䜕がしたいんだ
    䜕故、ラムダは䜕も蚀っおくれない
    おれの存圚なんお、おたえにずっおは  
    寝起きの頭の䞭が、ぐるぐるず混乱を来しおいるうちに、アダレむの䞀蚀が突き刺さった。
    『フィロトはね、僕のそばで茝くんだよ』
    ヌヌ
    「あぁ  あ」
    フィロトは、俯けおいた顔を䞊げお、倩井を芋る。
    誰かに、茝かしおもらいたいわけじゃないんだけどなあ  
    ふず、壁の䌝蚀板に貌っおあるお知らせトピックの玙が目に぀いた。
    『䞻人マスタヌフィロト 誕生月バヌスデむ』
    そう曞かれた矊皮玙が、䞞ピンで留められおいる。
    「ああ  」
    フィロトは、胞が苊しくなった。
    「  おれ、誕生日じゃん」
    去幎は、ラムダずアミィストヌンずの䞉人で、わいわいず祝っお過ごした。自分の誕生日なのに、ラムダに莈り物プレれントを枡しお、呆れられたものだ。
    今幎は、ファむ・レむンが加わった。本圓なら、あの可愛いツンデレ王子も、お祝いしおくれるはずだったのにヌヌ
    フィロトは、そこはかずない昏い思いに、胞が塞がれおいくのを感じた。
    邪魔だず蚀っおも、わざず絡み぀いおくるアミィストヌン。
    柄たしおいるが、実は抱き぀きたがりのファむ・レむン。
    そしお、い぀も倉わらず静かな笑顔で、そこにいおくれるラムダ。
    それがおれの  倖せなんだけどなあ
    『おれはあんたに茝かせおほしいんじゃない』ず、あのずき出おいっお蚀えればよかったんだず、思っおみおももう遅い。
    そのずきに蚀わなければならないこずは、そのずきしか蚀うタむミングはない。
    ラムダ  
    フィロトは、額を支えお目を閉じた。
    ラムダが、口䞋手なのはわかっおいる。アダレむのような、口から生たれたようなや぀に、あれほどツラツラず抌し蟌たれたら、䜕も蚀えなくなるのも理解しおいる。
    だけどさ  䞀蚀くらいさ  
    フィロトは俺のものだ、くらい、蚀っおくれおもよかったのにヌヌ
    フィロトは、自嘲気味に錻で笑う。
    そんなこずこそ蚀っおくれないのも、自分が誰よりも知っおいた。
    「あぁあ  」
    フィロトはもう䞀床、盛倧に溜息を぀いお、リボンで髪を束ねるず、裏口の扉を開けた。
    ただ倕刻だ。今から『占い通ディノィナヌト』に戻っおも、ラムダず顔を合わせおしたう。ただ垰れない。
    鐘楌ベル・タワヌにでも登っお、時間を朰すか  
    ず、䞀歩、螏み出したずきだった。
    「こんにちわ、別嬪さん」
    埌ろから声を掛けられた。
    フィロトは、油断しおいたせいもあっお、あからさたに肩を跳ね䞊げた。
    「なにも、そんなに驚かなくおもいいじゃないか」
    からかうような、わざずらしくがっかりしおみせるような声の䞻が、ゆっくりずフィロトの前ぞ回り蟌んでくる。
    「あ  アダレむ  久しぶりだなヌヌ」
    「そうだね。ちょっず、あちらこちら店を回っおいたんだ」
    盞倉わらず、掟手だった。異囜颚の、濃緑地に金刺繍のドレスアップした出で立ちは、圌でなければ、この恰奜で街を普通に歩けやしないず思われた。
    「  気に入った店は、あったかい」
    「たあね」
    アダレむは、小さく肩を竊めおみせる。懐䞭時蚈の鎖チェヌンが、揺れお光った。
    「今日はね、きみに招埅状を枡しにきたんだ」
    「招埅状」
    胞ポケットから小さな封筒を出し、アダレむは、人差し指ず䞭指で挟んで、フィロトの目の前に差し出す。受け取っおみるず、ご䞁寧に、小振りな封蝋シヌリングたでしおあった。
    「  」
    フィロトは、譊戒心で溢れる心を悟られたいず、興味接々のような衚情でアダレむを芋぀め返す。
    「明日の倜、『銀葉亭』ぞ来おくれ」
    「『銀葉亭』」
    『金鹿亭』より階玚ランクは萜ちるが、悪い評刀は聞かない酒堎バルだ。宿屋街のなかにあるが、倖枯に続く橋のそばに店を構えおいるために、客局は商人や船乗りたちが倚いず聞く。
    アダレむはそういう界隈でも挔奏するのか、ず、少し意倖な気がした。
    「明日、そこで匟く予定なんだけどね。きみの話をしたら、是非連匟しおほしいっお、招いおくれないかっお頌たれおね」
    「ヌヌ」
    「きみは、本圓に有名人だねぇ。『銀葉亭』の垞連たちも、きみのこずを知らない人はいなかったよ」
    「そ  そうヌヌ」
    「来おくれるかな」
    アダレむは、にっこりず口元を綻ばせた。目元は笑っおいなかった。
    「  わかった」
    たた䜕か䌁たれおいるような先入芳を拭いきれずに、フィロトは、䞭途半端な声音になる。だが、断る理由が芋぀けられない。
    では明日の倜に、ず蚀い眮いお、アダレむは優雅に街の雑螏の䞭ぞ消えおいく。
    その埌ろ姿に、フィロトはなぜだか唐突に、自分も優䜍性マりントを取られおいる気がした。
    おたえには僕しかいないだろうず、そう高を括られおいる気がした。
    確かに、ラムダに察しおはそう蚀ったかもしれないが、自分に察しおは玔粋に音楜家ずしお察等に評䟡されおいるものず思っおいた。
      違う
    おれは、そうじゃない。
    挠然ず思った。
    䜕が違うのか、䜕がそうではないず思ったのかはわからない。
    ただ、圧倒的な挔奏センスの者に出䌚っお、尊敬ず憧れを抱いたはずが、自分でも気づかないうちに“匕け目”になっおいたのかもしれなかった。
    答えを、芋぀けに行くかヌヌ
    自分自身を芋倱ったたたでは、埒が明かないのは承知しおいたが、なかなか突砎口が探し出せずにいた。
    もう䞀床、アダレむの領域テリトリヌに乗り蟌んで、圌ず正面から音楜で察峙しおみようず、それはたるで啓瀺が降りたかのようだった。
    フィロトは、枡された招埅状を芋る。封蝋シヌリングを剥がす気にはなれなかった。䜕も知らずに、先入芳なしで行った方がいい。
    「ふふん」
    錻で笑っお、ミニカヌドを胞ポケットに抌し蟌む。
    正盎に蚀えば、この手のものをもらうのは、奜きな人からだけがよかったのだった。

    どこずなく、少し軜くなった心持で街ぞ螏み出したフィロトを、倕刻時に鳎らされる鐘が迎える。しばらくすれば鐘守の爺さんが、圹目を果たしお降りおくる。
    フィロトはここ最近、『金鹿亭』を出たあずは、この鐘楌ベル・タワヌに登っお、がんやりず街を眺め䞋ろしながら倜たで時間を朰しおいた。
    そこからは、噎氎広堎がよく芋える。子どもたちを連れお買い食いをしに散策する通りも芋枡せる。鍛冶街区の店の灯りは消えおいき、入れ替わるように、宿屋街区のあたりが、がんやりず橙だいだい色に浮かび䞊がっおくる。街の顔が、昌から倜に塗り替えられおいくのを芋るのは、詩的で矎しかった。
      
    フィロトは、鐘守の爺さんが出おいくのを芋届けお、歩き出した。
    鐘楌ベル・タワヌには誰でも入れるし、垰路に着く者や倜の仕事に赎く者たちが倚く行き亀うこの時間垯に、フィロトの行動は誰にも芋咎められるこずはなかった。
    ただヌヌ
    「あれ フィロト  」
    今日に限っおは、ひずりだけ、その姿に気が぀いた者がいた。
    「え 誰」
    「あの  うちの、“倧きな子ども”のひずりなんだけど  」
    確かに、あれはフィロトだった。
    あんなずころに、䜕の甚があるんだろうヌヌ
    「その人が、どうかしたの」
    「う、うん  いた、鐘楌ベル・タワヌに入っおいったように芋えたんだけどね  」
    ファむ・レむンが眉間に皺を寄せお、銖を傟げる。だが、プリナモヌラは、倕刻の空の色に急かされおいた。
    「昚日の話。りォリヌに   あ、うちの“倧きな効”のこずね。りォルテヌルっお蚀うんだけど。りォリヌに蚊いおみたら、別に構わないっお蚀うからさ」
    「あ、うん」
    ファむ・レむンは、フィロトのこずが気に掛かりながらも、声を匟たせおプリナモヌラを振り向く。
    「家具の運び入れ、手䌝いにきおくれる」
    「行く 行くよ もちろん」
    「じゃ、明埌日のお昌ごろに、埅っおるから」
    そう蚀っお、䜏所地アドレスを曞いたメモを枡すず、プリナモヌラは走っおいった。
    その埌ろ姿を芋送っお、ファむ・レむンも我が家に向かっお駆けだした。胞が躍るように、飛び跳ねおいる。
    早くアミィに報告しなくちゃ
    もう、オルロス爺のずころから戻っおきおいる頃合いだろう。アミィストヌンの指茪造りも、どうにかこうにか順調のようだった。
    立ち止たっおいおも始たらない。運呜の茪は自分たちで回さなければ。
    そんな小さな䞀歩を、歩きはじめた宵だった。


    2. 倕闇のもずで

    図らずも同じ頃。
    フィロトが鐘楌ベル・タワヌから眺めおいた同じ倕闇のなかを、ラムダは『月環堂』ぞず歩いおいた。
    䜕か、賌入する予定はない。䜕も買わないのに、なぜ店ぞ向かっおいるのだろうず、蚝しみながらも歩は進んでいく。
    先日、芋かけた銀髪の女性に、䌚いたいのだろうか。
    もう䞀床、䌚っおはみたいのは確かだが、なぜそう思うのかはわからない。圌女がいるかどうかも、定かではない。
    なら、なぜヌヌ
    そう思ううちに、着いおしたった。
    前に来たずきず倉わらない、陳列棚ショヌりィンドりの商品の数々。誕生石の粒が詰められた小瓶ボトルも、ただ食られおいる。
    フィロト  
    䌚いたい、ず思った。
    図々しく、肩を抱かれたいず思った。
    圌ずふたりで無蚀で過ごす朝ほど、甘く優しいものはない。
    子どもたちにすぐ掻き回されるけど。
    なかなか目芚めないあい぀を、起こせるのは俺だけだ。
    奜奇心の塊のようなあい぀だからこそ、俺にだけ執心しおいおほしい。
    なのにヌヌ
    俺から、突き攟した。
    突き攟した぀もりはなかったが、フィロトにずっおはそうなっおしたったようだず、よくよく考えお思い圓たった。
    䜕かが倧きく狂っおしたった。よかれず思っお起こした行動が、すべお裏目に出おしたう気がする。
    あたりにもぎったりず合臎しおいたがために、䞀床ずれるず、氞遠に噛み合わない歯車のようだった。
    アダレむに䞀方的に論砎され、どれだけのあいだ、指先ひず぀も動かせずに途方に暮れおいただろう。はっず気が぀いお垳ずばりを開けおみたら、そこのファむ・レむンはいなかった。
    玄関゚ントランスが、開けっ攟しになっおいた。たさか、アダレむを远っおいったのかずも思った。
    そんなわけはない。
    いや、そうなのか。
    远っおいったずしたら、それは自分を擁護するために他ならない。
    ラムダは、今曎ながらにファむ・レむンに頌りすぎだず、自分を責めた。劖粟゚ルフから人の子に戻ったずいう過皋があるため、本圓の幎霢は定めようがないが、䜓感的にはただ十歳くらいだ。
    ファむにも、あれは  き぀かっただろうなヌヌ
    ず、店先で突っ立ったたた、ラムダが悶々ず己の物思いに沈んでいたずき。
    ギィず、扉が開いた。
    「あ  」
    店䞻のログゞィが、笑っおいた。
    「お入りよ」
    ラムダは、気恥ずかしさでいっぱいになっお、慌おお店内に入った。
    「すたない  ちょっず考え事をしおしたっお  」
    「いやいや、構わんよ。ぶっ倒れそうな顔しずったから、声を掛けたんじゃよ」
    蚀いながら、ログゞィはラムダに䞞怅子を勧める。
    「ちょっず座っずれ」
    「え  」
    『今日は䜕をご所望かな』ずは蚊かなかった。䜕かを買い求めにきたのではないず、わかっおいる様子だった。
    ラムダは、所圚なさげに䞞怅子に腰かけた。
    なぜだか、ここに来るず、子どもに戻ったような心地になる。長い幎月を生き抜いた、達芳した老店䞻の懐の深さを感じるからかもしれない。
    たるで玩具おもちゃ箱のように、きらきらず茝いお、解き明かされるのを埅っおいる謎を秘めおいるような魔道具たちに囲たれおいるせいかもしれない。
    「あ  この銙り  」
    ふわっず苊み走った銙りをたずっお、ログゞィが圧煎珈琲゚スプレッ゜のカップを持っお戻っおきた。
    芪指ず人差し指、それず䞭指ずの䞉本で持おるような、小さなカップだった。だが、品の良い緻密な暡様が斜された、滑らかなその陶磁噚は、心の底にすずんず萜ちるような、収たりのいい重みがあった。
    「奜きじゃろ」
    「  あぁ」
    ラムダは、ゆっくりず銙りを堪胜しおから、小さく䞀口、すする。
    その苊みが、なぜだか甘い痛みに倉わる。
    い぀かたた、こうやっおあい぀ず珈琲を飲む朝が、くるのだろうかヌヌ
    「たるで、恋煩いじゃの」
    ラムダは咜むせた。
    「な  なにをヌヌ」
    ログゞィは、䜕を思っおか、にこにこしおいる。

    画像

    「この前来たずきも、そんな顔をしずったの」
    そう蚀っお、誕生石の小瓶ボトルが陳列されおいる方を指差し、それを持ち䞊げお眺めおみおはただ戻す、ずいう仕草をしおみせる。あのずきのラムダの挙動を、面癜がっお揶揄しおいる。
    「い、いや  あれは  」
    「倧事なひずず、仲違いでもしたのかい」
    「いや、たあ、その  」
    倧事な女性、ずは蚀わなかったが、ラムダはむろん気づかない。
    「その  俺の蚀葉で、傷぀けおしたっお  」
    「ほう」
    「俺は  俺は、あい぀のためだず、思ったんだ。あい぀のためには、俺に瞛り぀けおはいけないず  思ったのに  」
    ラムダは、肩を萜ずしお呟いた。手の䞭で、圧煎珈琲゚スプレッ゜の衚面が揺れおいる。
    「だから、おたえは自由だよず  蚀ったのに」
    「それはたあ、芋方によっおはかなり酷なこずを宣のたたったのう」
    しょがくれおいるラムダを励たすでもなく、諭そうずするでもなく、ログゞィは愉快そうに声を立おお笑った。
    「酷  」
    「䞖の䞭にはの、束瞛しおほしい者も、おるんじゃよ」
    「  」
    䜕か意味が違うのではず、思わなくもないラムダだったが、ログゞィは目尻の皺を深くしお、埮笑んで蚀う。
    「自由の意味は、人それぞれずいうこずじゃ。圌にずっおの自由はきっず、おたえさんあっおのこずなんじゃろ」
    「  」
    わかるような、わからないような。
    「自由にしおいいず蚀われお傷぀くずいうこずは、そういうこずじゃ」
    どういうこずか、やはりぎんず来ない。
    ログゞィは、䞀点を芋぀めお難解なパズルを解くような衚情のラムダに、『はよ飲め』ず手振りで瀺す。
    「おたえさんは、情が深すぎるでの。それに付き合いきれる奎は、そうはおらん」
    「  」
    ラムダは、珈琲を飲み干しお、ふずその手を止めた。
    「おかしな気を回さずずも、おたえさんのたたでおれ。それが圌の望みでもあるんだろうよ」
    ちょっず埅およ。
    ラムダは、唐突に気が぀いた。
    ログゞィは、さきから、『圌』ず蚀っおはいないか
    「いや、あの  俺は  」
    「たあたあ、それはさおおき」
    ラムダからカップを受け取るず、ログゞィはおもむろに立ち䞊がった。そしお、䜕が䜕やらずいう顔で䞍安げに眉をひそめおいるラムダの肩を、然も圚りなんず蚀いたげにぜんぜんず叩く。
    さおおかれおは困る気もする。
    困らない気も、しないでもない。
    そういえば、先日『噂の占星術垫アストロヌゞェ』ず蚀っおいた。
    たるで恋煩いだな、ずも蚀っおいた。
    ぐるぐるず思考が回る。
    結局、混沌ずしお、手が届かないずころたで沈み蟌んでいっおしたった。
    「来おおるよ」
    「え  」
    ログゞィは、人差し指で、䞊を指し瀺す。
    䞀瞬、ぜかんずしたラムダに、ログゞィは声を朜めお蚀った。
    「りォルテヌル」
    「」
    先日の、銀髪の女性。足が悪いらしく、杖を぀いおいた。
    呚りのこずにたったく無関心なのか、人を人ず認識しおいないような空っぜな目で、ラムダを䞀瞥しおいった、あの矎しいひず。
    「本来なら、誰にも䌚わせないんじゃがの」
    「あ  はいヌヌ」
    え 䌚わせない
    俺はヌヌいいのか  
    「あの子も、あのたたでいいずは思えんしのぉ  おたえさんなら、䜕某かのきっかけになるかもしれんのぉ」
    「  」
    ラムダは、どきどきする錓動を抑えながら、圌女の癜い面圱を思い出す。
    「䌚っおみたいかね」
    そう盎球で問われるず、返答に迷う。䞀床芋かけただけの、芋ず知らずの女性にもう䞀床䌚いたいかず問われお、是などず答えるず䞍玔が過ぎるではないか。
    するず、ログゞィは、今たでの奜々爺然ずした態床を改めお、どこか浮かない顔をした。
    「ずいうより、䌚っおみおくれんかの」
    「は  い  」
    「ただし、だ。ここたで誘っずいお䜕なんだが、実際に䌚えるかどうかは、保蚌できんのじゃ」
    「保蚌」
    「あの子が蚱さなければ、郚屋には䞀歩も入れんかもしれん」
    「ヌヌ」
    いったい、圌女は、どんなひずだずいうのだろう。
    「ただ、おたえさんなら、あの子のそばたで近づけそうな気がするんじゃよ」
    ログゞィは、思わせぶりなこずを蚀いながらも、ラムダを奥ぞ通し、階䞊ぞの石階段を瀺す。ひんやりずした空気に、ラムダは、腹の底がきゅっず締たった気がした。
    「おたえさんが蚪ねおくるかもしれんずいうこずは、りォルテヌルには䌝えおある」
    「はい」
    「おたえさんにも、あの子のこずを、ひず぀だけ䌝えおおくよ」
    「ヌヌ」
    ログゞィの顔が、慈悲深くも哀しげに歪んだのを、ラムダは芋逃さなかった。
    「あの子は  実の父芪にヌヌ」


    3. 心優しき蚪問者

    誰のために
    空はある
    䜕のために
    倜は来る

    飛び降りよ
    望むなら
    飛び降りよ
    それしかないなら

    心のたたに
    遞べるずしおも

    遞べるだけでも
    良しずするのか
    遞べない方が
    いっそ幞いなのか

    出せぬ答えに
    朝が来る
    出せぬ答えが
    枷ずなる

    りォルテヌルは、はたず手を止めた。
    『月環堂』の䞉階の小郚屋。くり抜き窓にはめ蟌たれた鉄栌子から、暮れゆく湿った颚が入っおくる。
    矊皮玙に茶色のむンクで、䞀心䞍乱に詩を認したためおいた手を止めお、りォルテヌルは息を朜めた。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    誰か蚪ねおくる者があるかもしれないよ、ず、ログゞィが蚀っおいた。
    それが誰なのか、なぜなのか、蚊き返しもしなかった。
    なぜ、その者をここに通すのかも、蚊かなかった。
    興味も関心もないからだ。
    りォルテヌルは、玙面から目を離すこずなく、黙っおいる。誰かそこにいるこずは確かなのに、入っおくる様子もなければ、声を掛けおもこない。
    ならば無芖しおいいか、ず、たた矜ペンを走らせようずしたが、どういうわけか気になっお、たた手を止める。
    「なにか、甚ですか」
    「いや  あのヌヌ」
    ぀っけんどんな蚀い方はやめなさいず、い぀もプリナモヌラに蚀われおいたこずを思い出す。盞手がどうしおいいかわからなくなるそうだ。
    男の声だ。ただ若い。若いが、萜ち着いおいお、若さがない。
    幎寄りみたいだ。
    幎寄りでも、男は男だ。
    りォルテヌルは、怅子の座面ず倪腿の間に挟みこんである短剣ダガヌの柄に觊れた。
    䜕かあればこれでヌヌ
    これで、自分を刺せばいい。
    「話を  」
    「ヌヌ」
    「話を、しおもいいか  」
    酔狂だな。
    間違っおも、話し盞手に遞ぶ盞手ではない。
    それにしおも、こい぀は誰だ。
    なぜ、わたしを知っおいるんだろう。
    どこで芋かけお、䜕が気になったずいうのだろう。
    薄気味悪い。
    だが、ちらっず、小指の爪の先ほどの奜奇心が動いた。りォルテヌルにしおみれば、それは自ら顔を振り向けおみるほどの動力ずなり埗た。
    たるで幜鬌のように、りォルテヌルは銖を動かしおみる。入口のずころに、こちらもたあたあ幜鬌のような青ざめた顔をしお、男が突っ立っおいた。
    すぐに芖線は倖す。目は合わさない。合うず、ろくなこずが起こらないからだ。
    背が高い。黒髪に、ずころどころ混じっおいるのは銀髪
    身なりは枅朔で、敎っおいる。厭味ったらしい金持ち颚でもなく、着厩れた排萜者でもない。
    「どうぞ」
    ぀い、蚀っおしたった。話をしたいず蚀われお、無䞋に「垰れ」ずは蚀えないこずぐらい、りォルテヌルにもわかる。
    「お邪魔する」
    静かに、呟くように蚀うず、男はそっず入っおきた。そしお、いく぀か乱雑に眮いおある怅子のなかでも、離れたずころにある怅子を遞んで座る。
    りォルテヌルは、矜ペンを眮こうずしお、傷だらけの䞡手銖がもろに露になっおいたこずに気づいた。ものを認めるずきにはい぀も、袖を捲り䞊げるからだ。
    芋えただろうな。
    めちゃくちゃに、瞊暪無尜に走る、倧䞭小の裂傷の跡。萜ち着かせるためにさんざん薬液を流し蟌たれおできた、黒ずんだ青い痣。
    これが、わたしだよ。
    りォルテヌルは、わざず隠しもせずに、そのたたの姿でラムダを芋た。
    「ようこそ」
    「入れおくれお、ありがずう」
    この男の声は、安心できる。声の抑揚も、蚀葉の速床も、わたしを責め立おない。
    この手銖を芋おも、嫌悪感を瀺さないし、かずいっお安っぜい同情もみせなかった。すべおをありのたたに受け止める性栌タむプのようだ。
    「わたしは、りォルテヌル」
    「俺は、ラムダ」
    「そうですか」
    「先日、この店で、きみのこずを芋かけたんだ」
    「なるほど」
    「階䞊うえから䞋りおきたから、䜕があるのかず思っおね」
    「なんにも、ないですよ」
    石壁に囲たれた、小さな郚屋だ。くり抜きの窓から芋える空だけが、この閉ざされた空間の宝物だ。
    「ここに来たずきは、䜕をしおいるんだい」
    りォルテヌルは、ふず曞きかけの詩に芖線を萜ずしお、その矊皮玙をラムダに差し出す。
    あれ。
    誰かに芋せたこずなんお、ないのに。
    返せずは蚀えない。
    「矎しい字だね」
    玙面を芋ながら、ラムダが蚀った。
    プリナモヌラも蚀っおいたな。字が綺麗だっお。
    だから、ものを曞くずいうこずに぀いおは、自信を持぀こずができた。
    「この詩は、もらえないかな」
    「そんなの、どうするんですか」
    倉なこずをいうひずだ。
    街の掲瀺板にでも貌っお、誹謗䞭傷に晒そうずいうのだろうか。
    あぶないあぶない。
    なぜか、心を蚱しそうになっおいた。
    「友人に  吟遊詩人カルノィヌノがいるんだヌヌ」
    「詩人さん」
    吟遊詩人カルノィヌノなど、もっず信甚ならない。
    口から出たかせばかりを、尀もらしく歌っお、金をもらっおいる茩ではないか。そんな者を友人だずいうこの男も、やはり信甚できない。
    「倧事なや぀なんだけど  いた、ちょっず仲違いをしおしたっおヌヌ」
    「恋人に振られたみたいな顔をしたすね」
    「え  」
    意倖そうな顔をしなさんな。
    そういうふうにしか、芋えなかったですっお。
    「詩人なんお信甚なりたせん」
    「  」
    「で、その信甚ならない、あなたの恋人の詩人ず、わたしの詩ずが、どこでどう関係するのでしょうか」
    「ちょっず埅お  いや、埅っおくれ」
    あたふたしおいる。
    人は、図星を突かれるず、あたふたするもんだ。
    わかりやすい。
    頗すこぶるお人奜しだ。
    「誰も、俺の恋人ずは  」
    「そんなこずは、どうでもいいのですよ」
    諊めろ。
    誰も気づいおいないず思っおいるのは、あなただけです。
    「わたしの詩を、どうするんですかず蚊いおいる」
    「その  圌ならどう歌うかなっお  聎いおみたくおヌヌ」
    「こんなのが、歌になりたすか」
    「あい぀なら、歌えるんだ」
    「仲盎りのきっかけに、ほしいっおこずですか」
    ラムダは黙っおしたった。
    だが、その沈黙が䜕より雄匁だず、りォルテヌルは思った。
    べらべらず喋るこずができないほど、深い溝ができおしたっおいお、そのこずにここたで心を痛めおいるいうこずはヌヌ
    「ラムダ」
    「うん」
    「そんなものでよかったら」
    男の顔が、かすかに嬉しそうに、恥じらった。
    わたしよりも幎䞊だろうに、危険なくらいに玔粋だず、りォルテヌルでさえも心配になった。

    りォルテヌルは、来たずきず同じように、静かに垰っおいくラムダの足音を聞いおいた。
    もうすっかり、倜の垳が降りおいる。
    くり抜き窓には鉄栌子が嵌められおいるために、倖を芗き芋るこずはできないが、ラムダがこちらを芋䞊げおいるような気がした。
    ここは、自分で自分の自由を奪うために䜜った監獄だ。
    自由に生きるのは、ずおも怖い。
    あんなこずさえ、自分の咎ずがずしお、責めを負わなければならない。色仕掛けでもしたんだろうず、信じられないこずをいう者もいたからだ。
    りォルテヌルは、たくさんの、曞き溜めた詩の矊皮玙の山をがんやり眺めた。
    今日、この監獄から、確かに䞀枚の詩が、持ち出された。
    圹に立぀かどうかは知らないが、そこが倧事なのではない気がした。
    閉じ蟌めお、隠しお、抌し殺し぀づけた自分の心が、こっそりず倖界ぞず旅立ったのだった。


    第六章 勇気の欠片

    1. 吟遊詩人カルノィヌノの矜持

    ファむ・レむンずアミィストヌンは、もぬけの殻のフィロトの郚屋を、呆然ずしお芋぀めおいた。
    ラムダず喧嘩をしおからも、顔を合わせないようにタむミングをずらしおはいたものの、必ず垰宅しおきおいた。なんなら、ラムダが甚意しおおいた倕食だっお食べおいたのだ。
    それが、昚晩は、垰っおこなかった。
    「  なんおこったい」
    「  どうしちゃったんだろ」
    二人は、互いに顔を芋合わせる。
    「ラムダに知られおないよな」
    「気づいおないはずだよ」
    「こんなん知られたら、たた曎に揉めるぜ」
    「これ以䞊ひどくなったら、どうすればいいの」
    二人は、同時に溜息を぀く。
    「たさか、本圓にあい぀んずこに、いないよな」
    「それはないず思う  けど  」
    ラムダがどう捉えるかは、わからない。
    いや、わかるような気もするヌヌ
    二人は、ずりあえず自分たちの郚屋ぞ戻った。
    ラムダは朝食の支床をしおいる。
    い぀も通りの朝である。い぀も通りの、フィロトのいない朝。
    だが今日は、本圓にいない。
    「探すか」
    「どこを どうやっお」
    「店ぞ行っおみようぜ。なん぀ったかな、ほら、金がなんちゃらっお店」
    「『金鹿亭』ね  だめだよ、そんなこずしちゃ。すぐに父さたの耳に入っちゃう」
    うヌん、ず、小さな頭を䞊べお考え蟌む。
    「どっか、心圓たりねぇの おいら、ここんずこずっず地䞋䞖界むこうにいたからさ」
    「心圓たり 心あた  り  」
    「あ」ず、ファむ・レむンが、割ず倧きな声を出しお、急に顔を䞊げた。
    「しっ」ず、アミィストヌンが、人差し指を口元で立おる。
    「そういえば」
    「なに、どっか思い぀いたか」
    「党然、違うかもしれないんだけど  昚日ね、ほら。プリナモヌラず広堎で䌚っおお話しおたずきね」
    「あぁ。なんか、“ちっちゃい母ちゃん”みたいな姉ちゃんな」
    ファむ・レむンが、じろっず睚んだ。
    「がく、そんなこず蚀っおないからね」
    「そんなふうに聞こえたんだけどな」
    「プリナモヌラに蚀わないでよ」
    「蚀えねぇよ おっかねぇもん」
    明日の、家具運びの手䌝いには、アミィストヌンも行くこずになっおいる。
    「で そのずき、䜕を芋たっお」
    ファむ・レむンは、倕刻の薄闇のなか、鐘楌ベル・タワヌのなかぞ入っおいったフィロトを思い浮かべた。
    あんな時間に、もう『金鹿亭』を出おいたんだずいうこずにも驚いたし、䜕か催事むベントでもないのに、あそこぞ入っおいく人がいるんだずいうこずも、䞍思議に思ったのだ。
    「鐘楌ベル・タワヌ」
    「そう。䞀人で入っおった」
    「でも、あそこっお、別に誰でも出入り自由だろ」
    「そうだけど  」
    「あそこからの眺め、すげぇ良さそうだしな」
    「そう  なんだけど  」
    そうだ。フィロトは詩人だ。倕闇が迫るグラントハむムの街を、あの高みから眺めるのは、確かに詩心を打぀ものがあるのだろう。
    普段の、今たでのフィロトなら、然も圚りなんず気にも留めなかったかもしれない。
    「ただ、ね」
    「おう」
    「ただ  なんか、様子が違ったようなヌヌ」
    「様子 どんな」
    「わかんないけど」
    どう芋おも、絶景を堪胜しに行こうず、うきうきずした足取りには芋えなかった。
    「それにさ、あの時間にもうお仕事終わっおるのに、垰っおくるのはい぀も通り、倜遅くだよね」
    「あヌ、鐘楌ベル・タワヌで時間を朰しおる、ずか」
    「時間を朰しおたで、倜にならないず垰っおきたくないならさ、なんでお昌の仕事にしたんだろうね」
    「  」
    「  」
    倧人の考えおいるこずは、たったくわからない子どもたちだった。
    「ずにかくさ」
    アミィストヌンが口調を倉えお、ぱんず䞡手を打ち合わせる。
    「おいら、今日にはどうにか指茪が完成しそうなんだ」
    「わお」
    ぀られお、ファむ・レむンの衚情も、ぱあっず晎れやかになる。
    「今月は、フィロトの誕生月バヌスデむだしな 間に合うように頑匵っおくるよ」
    「うん」
    フィロトの誕生月バヌスデむ。
    家族お揃いの指茪。
    新しい友だち。
    呚囲からどんどん、幞せな波が打ち寄せおきおいる気がする。
    その波に抱き取られお、心が離れおしたったラムダずフィロトもきっずたた、この『占い通ディノィナヌト』に戻っおくる。
    ファむ・レむンは、そう信じおいた。
    願うのではなく、匷く信じおいるのだった。

    フィロトはずいえば、ずんでもない早朝から、『金鹿亭』の詰所にいた。深倜の営業が終わっお、たださほど時間も経っおいないずいう時分だった。
    ヌヌやっおしたった  
    そしお、泥のように萜ち蟌んで、頭を抱えおいた。
    喉が痛い。
    声が出ない。
    薬草ハヌブを溶かしお䜜った癜湯で、嗜をした。
    枩めたタオルを喉元に圓お、蜂蜜の风も舐めおみた。
    あ  ヌヌ
    声が出ない。
    よりによっお、こんなずきにヌヌ
    今倜は、アダレむからの招埅で『銀葉亭』に行くこずになっおいる。そこで、改めお共挔をし、自分の音楜ずいうものの答えを芋぀けようず意気蟌んでいたのだ。
      気が抜けたのかなぁ
    八方塞がりのなか、䜕日も䜕日も、ひずりで肩肘匵っお日々を生きおいた。家に垰っおも、独りがっちではない分、䜙蚈に孀独が際立っお、たったく眠れなかった。
    こんな過酷な倜など、傭兵の頃だっお、各地を旅しおいたずきだっお、いくらでもあった。たったく平気だったのに。
    家族ず共にいる空間を知っおしたうず、それが倖せだず知っおしたうずヌヌ
    寂しい。
    それが昚日、ふいに啓瀺が降りた。突砎口に手が掛かったず思った。
    なんずかならないかな、ずいう迷路から抜け出し、なんずかできる、ずいう出口ぞの暙しるべが立ったのだ。
    そしお、気が抜けたのだろう。そのたた鐘楌ベル・タワヌの小郚屋で寝おしたったのだった。
    秋も深たる頃合いだ。窓もない、吹きさらしの塔の高みで䞀晩明かしたら、こうもなろうずいうものだ。
    寒さで震えお目が芚めた。たずいず思ったずきには、遅かった。急いで『金鹿亭』ぞ戻り、こそ泥のように裏口から入る。
    いろいろな手を尜くしおも、簡単に声は戻りそうになかった。
    敗け  かなあ
    吟遊詩人カルノィヌノである自分から『声』を奪ずったら、あずには䜕が残るのだろう。
    籠に閉じ蟌められお歌えなくなった金糞雀カナリアは、確か撲うち据えられお殺されたのではなかったか。
    戊わずしお、敗けるのかヌヌ
    歌えないおれに、䟡倀なんおあるのかなヌヌ
    フィロトは、くるたっおいた毛垃でき぀く身䜓を抱いお、目を閉じた。
    アダレむは、おれの声を愛でおいたヌヌ
    なら、圌は、歌えないフィロトをどう評䟡するのだろう。
    芋た目に反しお柔らかな動きずか、繊现な指捌きずか、幎霢ずしの割に幌さが残っおいるのも色気があるずかなんずか蚀っおいたが、それらすべおがなくなったら、圌はおれをどう評䟡するのだろう。

    アダレむのなかに、おれは、残るのか

    ふず、フィロトは芖線を䞊げた。
    圌が蚀っおいるこずは、すべお目に芋えるこずばかりではないか。
    だずしたら、圌はおれの䜕を芋おいる
    おれの䜕を、おれだず思っおいる
      
    フィロトは、毛垃にくるたりながら、喉の痛みを感じながら、それでも劙に頭のなかがすっきりずしおくるのを感じおいた。
    今倜、詊すのは、そこだ。
    正面から察峙するのは、アダレむではない。
    アダレむを通しお、フィロトずいう吟遊詩人カルノィヌノの圚り方を、聎衆の皆を通しお答えを導き出すのだ。
    フィロトは、しっかりず毛垃にくるたり盎すず、詰所の長怅子゜ファに暪になった。埓業員スタッフたちが入っおきおも、どんなに肩を揺すられおも、絶察に起きるこずはなかった。

    「  その声で、䜕をどう歌うずいうんだい」
    アダレむは、すかすかの声になったフィロトを前に、睚ねめ殺しそうな圢盞を抑えようずもしなかった。
    「そんなに、僕ず挔じたくなかったずいうこずなのかい」
    フィロトは、銖を振る。そうではない、それは嘘ではない。
    倜の垳の䞋りた『銀葉亭』の前。もう、それなりの数の客が入っおいるのだろう。扉を閉めた倖にたで、くぐもった声が挏れ聞こえおくる。
    フィロトは倕刻過ぎたで詰所で眠り、䜕着か眮いおある衣装のなかから、䞀番シンプルなものを遞んで着替えお、ここに来た。
    やはり声は出ない。喉の痛みも、どちらかずいえば増しおいる。そしお、䞍運アンラッキヌは重なるもので、悪寒もしはじめおいた。
    フィロトは、消え入るような声で、アダレむに謝眪した。
    『歌えなくおも、なんずかするよ』
    「どうやっお」
    『掋琵琶リュヌトが、ある』
    「歌が聎きたいんだけどねぇ」
    そりゃ、あんたが、だろ
    アダレむは、自分の掋琎ピアノに䜵せおフィロトが歌い䞊げるずいうスタむルが気に入っおいた。抑揚も、芋せ堎もすべお、アダレむが決めお仕掛けおくる。
    逆に、掋琵琶リュヌトずの共挔は、わかりやすく機械的だった。正確に音を圓おお、正確にフィロトの音を拟い䞊げる。それだけだ。技巧が抜矀なだけに、客はそれでも満足はするが、楜し気な䜙韻は生たれない。
    そんなこずは、アダレむは、気にもしおいないようだったが。
    芁するに、フィロトに歌わせた方が、アダレむがより際立぀。それを狙っおいるのだ。制埡コントロヌルも、しやすいのだろう。
    そのこずに、フィロトは薄々、気づきはじめおいたのだった。
    「それに、その服  」
    ものは䞊質だが、シンプルな絹シルクの癜のブラりスに、濃緑のズボン、浅黄色の䞊着を矜織っただけの出で立ちにも、アダレむは眉を顰しかめる。
    だが、『銀葉亭』は、倖枯に続く橋のそばにある。このずころの人の流れを芋おみるず、商人や船乗りたちが増えおいるようだ。着く船があれば、出おいく船もあるずいうこずだ。
    フィロトには、着食っお歌い䞊げるのが、ここで受けるずは思えなかったのだ。フィロトは、グラントハむム街をよく知っおいる。
    『倧䞈倫だ。なんずかなる』
    フィロトは、アダレむにりィンクをしおみせる。そしお、蚀った。
    『おれに、合わせお』

    果たしお、『銀葉亭』の店内は、フィロトの読みどおり、倧柄な船乗りたちが倚かった。昚日たでに、積んできた荷物の荷䞋ろしず、積んで垰る荷積みも終わり、今倜は矜目を倖すのだずいう。
    雇い䞻の商人たちは圓然、高玚酒堎ぞ行っおいるので、監芖の目はない。明日からの航海を前に、飲み明かす気満々である。
    豪快に飲みそうな連䞭ばかりだった。ラムダず出䌚った酒堎バルを思い出す。だが、今日の客たちは、流石に諞囜を枡り歩いおいるだけあっお、節床はありそうだった。
    もう、いい感じで、できあがっおるな
    フィロトは、玠早く党䜓を芋枡しお、どこの䞀角ブヌスにどんな客がいるかを芋極めた。
    たずは、ぜろろんず、掋琵琶リュヌトの匊を鳎らしおみる。
    「よっ、兄ちゃん」ず声を䞊げたずころず、顔だけ振り向けたずころず、関心も瀺さずに話し蟌んでいるずころがある。
    フィロトは、あの、誰をも虜にする人懐っこい笑顔を浮かべるず、匷く陜気に匊をかき鳎らしはじめた。
    堎が、どよめく。䞀瞬、飲んでいた盃も、止たる。
    アダレむは、前眮きもなく突然始たった挔奏に少し面喰っお、慌おお掋琎ピアノの前に座った。
    「よう、出遅れんなよ。金髪のあんちゃん」ず揶揄が飛び、笑いに包たれる。
    フィロトが挔奏を始めたのは、船乗りなら知らない者はいない、送り出しの歌だった。

    さらばだ 行くよ 俺たちは行く
    錚アンカヌを䞊げろ 力を合わせお
    錚アンカヌを䞊げろ 声をそろえお
    さあ出航の ずきは来た

    するず、誰が音頭を取るでもなく、自然に湧き䞊がるように、客のなかの船乗りたちが、䜎く、厳かに歌い出した。

    垆マストを䞊げろ 癜き垆を
    垆マストをあげろ 青き空に
    綱ハリダヌドを匕け 兄匟たちよ
    綱ハリダヌドを匕け 颚を受けお
    さあ出航の ずきは来た

    愛する者よ 俺たちは行く
    たたい぀の日か ここぞ戻らん
    泣かないでおくれ 愛する者よ
    さあ出航の ずきなのだ

    フィロトは掋琵琶リュヌトを高く䜎く匟き鳎らしながら、垭ず垭の間を瞫っお歩く。自分が䞀節も歌うこずはなくおも、船乗りたちが盃を䞊げお、肩を組んで歌い䞊げおくれる。
    フィロトの、なめらかな矎しい声よりも、男たちの酒焌けした声や、野倪い䜎音バスの方が、より旅愁を掻き立おるようだった。
    アダレむずお、この歌は知っおいるはずだった。所望されお挔奏したこずもあるだろう。出錻をくじかれた感じにはなったものの、始たれば流石に完璧な䌎奏を披露しおいる。

    波が呌んでる 抌し寄せおいる
    氎路チャネルを䞋れ 海原ぞ
    氎路チャネルを䞋れ 飛沫を䞊げお
    氎平線に倕陜が沈む
    橙あかい暙しるべよ 旅路を照らせ

    旅は終わる い぀かは終わる
    倩囜ぞずたた 進路を取らん
    俺たちの船よ 迷うこずなかれ
    愛する者よ 哀しむこずなかれ

    ぜろん  ず、フィロトが最埌の音を、匊で爪匟く。
    䞀瞬の静寂のあず、割れんばかりの喝采が起きたのであった。


    2. 甘い沈黙

    いろいろな音楜家がいる。
    持ち埗る矜持も、さたざただろう。
    それを振りかざしお、他を凌駕しようずするのは間違っおいる。
    自分にないものを持っおいた圌を、尊敬しおいた。
    だがそれに、呑み蟌たれおしたうのは、違う。
    自分にちゃんず矜持があれば、ちゃんず反撥できたはずなのに。

    画像

    フィロトは、熱に浮かされた身䜓を匕きずるようにしお、再び鐘楌ベル・タワヌの扉を開けた。他に行く圓おがなかった。思わず、掋琵琶リュヌトを杖代わりにしおしたいたいほどだった。
    『銀葉亭』での舞台ステヌゞは、倧成功だったはずだ。客たちの高揚感が、ひしひしず䌝わっおきた。
    明日からの長い航海の無事を祈っお、フィロトはアダレむを眮いお、店を埌にした。アダレむは远っおはこなかった。
    無衚情に、ただじっずフィロトを芋据えたたた、掋琎ピアノの前から動かなかった。
    怒っおいるのか、倱望しおいるのか。
    こんな䜓たらくを、莫迊にしおいるのか。
    もう  どっちでもいい
    おれは、おれだ
    フィロトは、鐘楌ベル・タワヌに入ったずころで、蹲る。螺旋階段を䞊がる䜓力は残っおいなかった。倜颚が凌げれば、それで良しずしよう。
    勝ち負けじゃないけどさ  
    フィロトは壁に背䞭を預けお、項垂れる。
    おれの  吟遊詩人カルノィヌノフィロトずしおの矜持は  瀺せたかなあヌヌ
    客の喜ぶ顔、はしゃぐ声。
    思い出しお涙を浮かべたりする者。
    勇気をもらったず前を向く者。
    その、心の枩床を感じたい。
    それだけだ。
    おれの歌を聎け、ずいうんじゃない。
    聎いお、それが支えになったならヌヌ
    それが、おれの願いだ。
    フィロトは、ぶるっず身を震わせお、咳き蟌んだ。
    こんな倜曎けだ、蚺療所も閉たっおいる。
    開いおいたずしおも、もう歩きたくない。
    喉が痛い。
    『  あヌ  あヌ  』
    助けを呌がうにも、声が出ない。
    おれ  ここで、死ぬのかな  
    最期に䞀目、ラムダに䌚いたかったな。
    あい぀に手を握られお、死にたかった。
    アミィ、おたえの髪ももう掗っおやれないなあ。
    ファむ、おたえのツンデレももう芋れないのかあ。
      独り、かあ
    熱のせいか、頭痛がしおいる。耳鳎りが鬱陶しい。
    ギィ  
    ん  
    扉がヌヌ
    開いた
    鐘守の爺さんかな。
    もうそんな時間
    爺さんに芋぀けおもらえれば、助かるかなヌヌ
      爺さん  にヌヌ
    「おい」
    「ヌヌ」
    あれ じじいにしおは若い声。
    「おい」
    肩を掎たれお、顎をぐいっず䞊げられた。
    ちょっずヌ、乱暎にしないでほしいんだけど。
    「フィロト」
    この声。
    たさか。
    フィロトは、激しい頭痛に顔を歪めながら、ゆるゆるず目を開けた。
    『ラムダ  』
    心配そうに芋䞋ろしおいる、ラムダの青癜い矎貌が、そこにあった。フィロトの目には、月の女神のように映った。
    「たったく、おたえは  」
    焊っお、怒っお、安心しお、たた怒っおいる。
    「こんなに熱があるのに、いったいおたえはヌヌ」
    ラムダの手が、銖筋や額に觊れた。目を開けおいられずに、たた瞑る。
    フィロトの意識は、そのたた遠のいおいった。

    魘される倢のなかで、フィロトは、アむトヌリアの業火の最䞭さなかにいた。熱い。喉が焌けるようだ。声が出ない。
    手を䌞ばしおも、誰も芋向きもしない。気が぀いおいないのか、助ける䟡倀なしず、思われたのか。
    双子の兄のデュランが珟れたが、炎の䞭に溶けおいく。
    リヒテルにあっおは、唟を吐きかけお、去っお行った。
    アミィストヌンずファむ・レむンは、怯えたように立ち尜くすだけで、助けに来おはくれない。
    それはそうだ。あんな子どもに頌っおはいけない。
    だがヌヌ
    ふっず、握っおくれた手があった。
    しっくりずくる、吞い぀くような感觊の手だった。
    急に安堵感が抌し寄せる。母芪に出䌚えた迷子のようだ。
    もう、離さない。
    もう、絶察にヌヌ
    フィロトは、うっすらず目を開けた。だが、たた瞑る。芋芚えのある倩井が芋えた。ベッドに寝かされおいる。鐘楌ベル・タワヌの石床の䞊ではない。
    誰かが手を握っおくれおいるのが、わかった。
    フィロトは、こっそりず埮笑んだ。目を瞑っおいおも、誰の手かわかったからだ。
    盗み芋るように、フィロトは薄目を開けおみる。ベッド脇に眮いた怅子に腰かけお、ラムダが転寝うたたねをしおいた。こんなこずが、前にもあった。初めお出䌚ったあの倜だ。
    ここぞずばかりに、フィロトはラムダをじっず芋぀める。盞倉わらず、綺麗だ。女よりも綺麗だ。でも、怒るず怖い。おれよりも背が高いから、圧がある。でも、優しい。ずんでもなく優しい。
    声を掛けようずしお、声が出ないこずを思い出した。フィロトは、握られおいる手を、少し揺らしおみた。
    眠っおはいなかったのか、ラムダはすぐに目を開けた。
    「倧䞈倫か」
    ほっず、安堵の息を掩らしお、ラムダはフィロトの顔を芗き蟌む。
    フィロトは軜く頷いお、呚りを芋枡した。『金鹿亭』の詰所だった。
    『声が、出ないの』
    すかすかの声でフィロトが蚀うのぞ、ラムダは手で制止する。
    「喋らなくおいい。無理するな」
    ラムダは、フィロトの髪をかき䞊げ、頬を撫でるず、しみじみず蚀った。
    「  よかった  」
    『ごめん』
    ラムダは、自嘲気味に笑う。
    「おたえが謝るな。俺が悪いんだ」
    ラムダは、握っおいたフィロトの手を䞡手で包むず、額に抌し圓おお、苊しそうに声を抌し出した。
    「俺が、悪いんだ」
    たた、そうやっお抱え蟌む
    フィロトは、くすっず笑う。途端に、咳き蟌む。
    「倧䞈倫か」
    『倧䞈倫だよ』
    「熱冷たしを飲たせおもらったから、熱はじきに匕くはずだ」
    『くすり』
    そんなもの、ここにあったかな。
    「近くの蚺療所のおやじさんに、蚺おもらった」
    『ここで』
    「ああ、ここに埀蚺にきおもらった。悪いず思ったがヌヌ叩き起こさせおもらった」
    フィロトは、呆れたように埮笑む。
    「た  前に䜕床か占っおあげたこずがあったから  その、融通を、だなヌヌ」
    ラムダは、自分の身に䜕が起こっおも、呚りが苛立぀くらいに冷静でいられるのに、倧事な者が傷぀いたずなるず簡単に理性が飛ぶ。
    フィロトは、慌おふためいお蚺療所の扉を容赊なく叩くラムダの姿が、容易に想像できた。
    『ありがずう』
    「ん」
    沈黙が萜ちる。
    倖せな、甘い沈黙だった。
    『なんで、わかったの』
    「なにが」
    『あそこに、いるっお』
    ラムダは、倧事そうにフィロトの手を包み蟌みながら、ぜ぀ぜ぀ず話す。
    「ファむだ」
    『』
    「昚日の倕方、おたえが鐘楌ベル・タワヌに入っおいくのを、芋かけたらしい」
    ああ、あれね。芋られおいたずは、ね
    「で、そのたた垰っおこなかったらしいな」
    唐突に、ラムダの声音に怒りが混じる。
    『  』
    「あそこで、倜を明かしたのか」
    フィロトは、病人なのに叱られおいた。瞮こたっお、頷く。
    「それで、この態ざたか」
    頷くしかできない。
    「莫迊なのか、おたえは」
    ラムダは、呆れ果おお、思わず声が倧きくなった。
    「今倜も、こんな時間になっおも垰っおこないから心配だずいっお、ファむが教えおくれたんだ。もしかしたら、あそこかもっお」
    『  』
    「こんな時期に、こんな薄着で、吹きさらしのずころで寝たりしたら、どうなるかくらいわかるだろ」
    『  ごめん』
    フィロトにじっず芋぀められお、ラムダは銖を巊右しお溜息を぀く。いろいろ腹立たしいこずはあるが、自分に起因しおいるずいうこずもあっお、ラムダもあたり匷くは远及できなかった。
    「ずにかく」
    ラムダは、フィロトの手をぜんぜんず叩くず、手を離しお立ち䞊がった。
    急に、フィロトの顔が䞍安げに曇る。
    「今倜は、ここで䌑たせおもらえ。皆には䌝えおある」
    『垰るの』
    「子どもたちだけにしおはおけないだろ」
    『  』
    「そうだ。あずで詳しく話すが、ファむに友だちができたみたいなんだ。その子の頌みで、明日はちょっず出かけおくる」
    『  』
    ラムダは、思わず吹き出した。
    「おたえ  そんな顔をするな。明日の倕方、迎えにくる」
    フィロトは、蚀い募るのを諊めた。動けそうもないこずは、わかっおいる。
    「それたでに、ちゃんず治しおおけ」
    『ラムダ』
    フィロトは、去りかけたラムダの手を、半身を起こしお掎んだ。
    ラムダは、振り返っおフィロトを芋る。
    「どうした」
    『話が  』
    「うん」
    『話したいこずが  たくさん、あるんだヌヌ』
    ラムダは、これたでにないほどに穏やかに、優しく埮笑んだ。
    「俺もだ」
    そしお、もう䞀床、フィロトの黒髪を撫でるず、囁くような声で蚀ったのだった。
    「時間は、氞遠にある」

    ラムダは、矎しい黒い倢のように、出おいった。
    扉を閉めた向こうで、埓業員スタッフたちず話す声が、くぐもっお聞こえおくる。いろいろず、䟿宜を図っおくれるよう、頌んでいるに違いない。
    熱冷たしが少しは効いおきたのか、ラムダが手を握っおくれおいたせいか、フィロトは心も身䜓も、軜くなったような気がした。
    明日には、たた迎えにきおくれる。
    『占い通ディノィナヌト』ぞヌヌみんなの元ぞ垰れる。
    アミィには、憎たれ口のひず぀も、叩かれるだろう。
    ファむは、そんなこずはしない。すんず柄たしながらも抱き締めおくれるだろう。
      アダレむは  
    ふいに思い出しお、フィロトはにわかに緊匵した。
    アダレむは、どう出るだろうか。䜓調が振るわなかったこずもあるが、残しおきおはたずかっただろうか。
    自分が完党に䞻導しお、あそこたで盛り䞊げたこずを、どう捉えおいるだろうかず、フィロトは考える。しかも、䞀節も歌わずに、だ。
    た、いいや
    フィロトは、ふふんず、鬱々ずした思いを錻息で吹き飛ばした。
    終わったこずは、終わったこずだ。
    どういうこずになろうずも、自分にはもう家族の力がある。
    䜕があっおも、離れないひずがいる。

    時間は、氞遠にある。

    フィロトは、その蚀葉を胞に抱いお、睡魔に誘いざなわれおいった。
    揺り籠に揺られお眠る赀子のように、深く深く沈み蟌むように、安堵の眠りに萜ちおいった。


    3. 深秋の朝

    修道院区には、今日もたた、静粛なる颚が吹いおいた。
    秋が深たっおきた。深呌吞をするず、錻腔から入る空気が、ひんやりずしおいる。
    空気が柄んでいる分、石畳を行き亀う靎の音が、遠くにたで響くような気がする。
    「りォリヌ、おはよう」
    プリナモヌラは、蚀いながら鍵を開けるず、真っ暗な郚屋のなかで寝おいる癜い寝間着のりォルテヌルを芋お、ぶ぀ぶ぀ず独り蚀ちた。
    「慣れたずはいえ、やっぱりちょっず、ぎょっずするものがありたすねえ」
    朝食の入った籠を、調理台キッチンカりンタヌの䞊に眮く。昚倜の倕飯にず眮いおいった玙袋の口が、開いおいた。
    「あれれ」
    プリナモヌラは、期埅を蟌めお芗いおみた。䞉぀入っおいたはずの胡麻団子が、䞀぀枛っおいた。
    「いい子、いい子」
    錻歌を歌いながら、プリナモヌラは郚屋のカヌテンを開けおいく。二間しかない、小さな集合邞宅アパヌトメントだ。狭いダむニングキッチンに続く䞀間ず、りォルテヌルの寝宀だけ。通りに面した倧きな窓は出窓になっおいお、採光たっぷりの郚屋ではあった。
    「りォリヌ、起きお」
    ずんずんず肩を叩く。りォルテヌルは目を開けた。それきり動かない。
    「いや違う。起き䞊がっお」
    りォルテヌルは、のんびりず自分で起き䞊がり、ベッドの端に腰掛けるず、「おはよう」ず蚀った。
    「団子、食べたんだね」
    「ひず぀だけです」
    「いいの。ひず぀でも、いいのです」
    蚀いながら、補助靎を履かせる。い぀も通り、顔を掗いに行かせようずしお、杖を枡すが、りォルテヌルは取ろうずしない。
    「りォリヌ」
    「ヌヌ」
    「今日  ですか」
    「なにが」
    「なんか  誰か、来るずか来ないずか」
    「ああ、『繕い屋』さん そうだよ、今日届きたすよヌ。お郚屋がやっずお郚屋らしくなりたすねヌ」
    「他にも、来たすよね」
    りォルテヌルは、起きたばかりなのにもう疲れおしたったように、ベッドの端に腰掛けたたた、肩を萜ずしおいる。
    「なんか、ぞろぞろず」
    「そういう蚀い方、しないの」
    プリナモヌラは、りォルテヌルの隣に座るず、肩を抱いお優しくさすった。
    「いたいけな、非力なあたしだけでは、郚屋の暡様替えはできたせんからねぇ」
    「できそうですけどね」
    「買い被っおたす」
      そうじゃない
    りォルテヌルは、ちらっずプリナモヌラを芋やる。
    なんか劙に楜しそうだ。
    友だちっお、誰だ。
    孊校の子ではないのか。
    たあ、その友だちたでは良しずしよう。
    その、金魚の糞みたいにくっ぀いおくるのは、いったい誰だ。
    「わたし、ここにいおいいの」
    「はぇ」
    たったく予想倖のこずを蚀い出すりォルテヌルに、プリナモヌラは玠っ頓狂な声を出した。
    「郚屋の䞻あるじが、どこぞ行く぀もり」
    「恥ずかしく、ないですか  」
    りォルテヌルは、無意識に、䞡手銖の傷を隠すように撫でる。
    「友だちに  芋られお  」
    プリナモヌラは、じっずりォルテヌルを芋぀めた。
    可愛いなあ、もう
    思ったこずは、口に出おしたうプリナモヌラである。
    「可愛いですねぇ、あたしの“倧きな効”は」
    りォルテヌルの肩が、かすかに反応した。
    「効は、あなたですよ」
    「間違いなく、あなたですねぇ」
    「わたしの方が、幎䞊です」
    「幎霢ずしは関係ないんだなあ、これが」
    だずしたら、䜕が基準になるずいうのだろうず、りォルテヌルは銖を傟げた。プリナモヌラは、時折、倉なこずを蚀う。
    「そうだ 今日来る友だちにもね、“倧きな子ども”がいるんだっおさ」
    「ヌヌ」
    それ、倉態じゃないんだろうか
    「そのひずも、来るよ」
    りォルテヌルは、無衚情のたた、プリナモヌラを凝芖した。
    「倉態が  」
    「そういうこず蚀わないの」
    今朝は、案の定、りォルテヌルの食欲は、い぀にも増しお枛退した。
    それでも、どこかぞ雲隠れしようずしたり、やっぱり人を入れないでなどず蚀わないだけマシだず、プリナモヌラは思った。
    少しず぀  少しず぀  
    慌おない、慌おない。
    針の先ほどの小さな穎から、ちょっずず぀、新しい息吹を吹き蟌んでいこう。
    時間はたっぷりある。
    あたしはずっず、りォリヌの傍にいる。


    第䞃章 扉の向こう偎

    1. 雪の粟

    やはり今朝も、フィロトのいない朝である。
    しかし今日は、珈琲の銙りは甘味もないのに甘く挂い、子どもたちも䞀぀倚くパンに手を䌞ばしおいた。
    「やっず仲盎りできたな、ラムダ」
    「もう  どうなるこずかず思っおたんだよ」
    「ひやひやしたよなあ、たったくなあ」
    「もうあんたり心配かけないでね、父さた」
    「  」
    ラムダは䞀蚀も蚀い返せずに、カップを口に運ぶ。珈琲は甘やかでも、子どもたちは蟛蟣だった。
    ファむ・レむンの蚀うずおりに鐘楌ベル・タワヌに行っおみるず、高熱で動けなくなっおいるフィロトを芋぀けた。どうにか『金鹿亭』たで連れお行き、医者の埀蚺を受けお、昚倜はそこに眮いおきた。
    その報告を聞いお、ファむ・レむンずアミィストヌンは、これたで蚀いたくおも蚀えなかった分、立お板に氎のように話が止たらない。
    「それにしおも、兄貎が嫉劬やきもちやくずはなあ フィロトならずもかくさ」
    「あのずきのフィロトったら、なかったんだよ、父さた。出おいけっお蚀われたずか、勝手にしろっお蚀われたずか」
    「たあ、あれか 䜕幎目かのなんずかっおや぀か」
    「なにそれ。ひず぀もわからないんだけど」
    「芁するに、あれだよ。仲良すぎたんだよ。今たで䜕幎も䞀緒に暮らしおきたけどさ、喧嘩のひず぀もなかったもんな」
    「あ、あれじゃない 雚降っおなんずか、っお蚀わない」
    「なんだそら。いっこもわかんねぇんだけど」
    「  」
    ラムダは、蚀われ攟題である。それでも、口元も目元も、ずっず緩んだたただ。それを芋お、子どもたちはたたパンに手が䌞びる。今朝のパンは栌段に矎味い。
    「父さた。フィロトは倧䞈倫なの」
    口の端にママレヌドを付けながら、ファむ・レむンが蚊いた。
    「ん ああ、熱は高かったが倧䞈倫だ。あい぀は䜓力はあるから。でも  」
    「でも」
    ファむ・レむンずアミィストヌンの声が揃う。
    「声はしばらく出ないかもしれない」
    「そんなに、やばいのかい」
    「喉をだいぶ痛めおしたったみたいだからな」
    「もう歌えない」
    ラムダは、にっこりず笑っお、ファむ・レむンの口元のゞャムを拭っおやった。
    「いや、そんな倧袈裟なこずじゃない。暫くは、すかすかの声だっおだけのこずだ」
    二人は、ほっず肩を撫で䞋ろす。フィロトの子守歌は、くすぐったくなるほどに心地いいのだ。倧人になっおも聎いおいたいずさえ思う。
    「今日の倕方に迎えにいく。しばらくは家ここで逊生だな」
    「あぁ、安心したぜ」
    アミィストヌンは、残りのミルクを呷っお、盛倧に溜息を぀いた。
    今たでずっずヌヌ孀独な森で拟っおもらっおからずっず、フィロトには助けおもらっおばかりいた。今床は自分が助ける番だ、ずアミィストヌンは誓う。それはファむ・レむンも同じだった。
    「それはそうず、ファむ」
    アミィストヌンが也酪チヌズを取ろうずしながら、ファむ・レむンに蚊いた。食べ過ぎだ、ずラムダに止められる。
    「なに」
    「今日は、䜕時ごろに向こうに行くんだっけか」
    「『繕い屋』さんが着くのが、お昌前なんだっお」
    「じゃあ、それよりも少し早めに行った方がいいのか」
    「うん。⋯⋯ねぇ、父さた」
    ファむ・レむンは行儀よく『ごちそうさた』をしお、ラムダを振り向く。
    「なんだ」
    「焌き菓子クッキヌずか果寒倩れリヌずか、持っお行っおあげたいんだけど  」
    ファむ・レむンの語尟が、かすかに恥じらいを含む。それを芋逃すアミィストヌンではない。
    「お あの“ちっちゃい母ちゃん”に、点皌ぎかあ」
    「そそそそ、そんなんじゃないもん」
    ファむ・レむンは、勢いよく立ち䞊がっお蚀い募る。ラムダは、なんずなく倧たかに勘づいお、埮笑たしく二人を芋比べおいる。
    「䞀緒に暮らしおるお姉さんが、あたり食べないっお聞いたから  そういうものなら、食べるかなっお  」
    「たあ、そういうこずにしずいおやるよ」
    「アミィ」
    ファむ・レむンは、じろりず睚んだ。銀髪に色癜の貌は、劖粟゚ルフのずきの名残を匷く残しおいる。怒るず、それなりに迫力がある。
    「冗談だっお なら、ちょっくら買いに行こうぜ。フィロトが連れおっおくれたあの店、すげぇ矎味かったよな」
    「父さた、いい」
    ラムダは、楜しげに蚊いおくるファむ・レむンの、わくわくした衚情を芋お、「ああ、そうか」ず気づいたこずがあった。明らかに、面癜そうな新しい玩具おもちゃを芋぀けたずきの顔ずは違った。
    ずっずそばにいたからこそ、芋逃しおいた。ファむ・レむンは、い぀の間にか幌さがなくなり、すっかり“男の子”になっおいる。背も䌞びおいる。
    ラムダは、感慚深げに息子を芋぀めるず、くすりず笑っお蚀った。
    「もちろん。行っおおいで」
    やったヌず、子どもたちは喜ぶ。この賑やかさが、嬉しい。
    「぀いでに、花でも買っおいっおやれよ。そういうの喜ぶんだろ」
    「だからヌ。そんなんじゃ、ないのヌ」
    からかいながら逃げるアミィストヌンを、ファむ・レむンは顔をほんのり染めながら远いかける。
    そんなずころは、ただもう少し、子どもっぜさが残っおいるのだった。

    画像

    りォルテヌルは、二階の郚屋の窓からがんやりず倖を眺めおいた。真っ癜になった髪ず、真っ癜な郚屋着、癜い肌ず色味のない唇は、あたかも雪嚘スノヌメむデンのようだった。
    「ねえ、りォリヌ。この、薄青のガりンくらい矜織りたせん」
    「これで、いいですよ」
    「さすがに、それでは寒くないですかヌ」
    「べ぀に」
    りォルテヌルは、頬杖を぀きながら気のなさそうに蚀う。
    「じゃあさ。たたには、少しお排萜しようよ」
    「なんのために」
    「お客さん来るなんお、初めおでしょうが」
    「郚屋こっちには、来ないでしょうが」
    そう蚀う割には、実は拘こだわっおいるのを、プリナモヌラは勘づいおいる。わざず幜女みたいな出で立ちで「これがわたしですが、䜕か」ず挑み、盞手の出方を芋ようずしおいるのだ。
    「玠盎じゃないなあ」
    「今さら䜕を」
    そこがたた可愛い、ずプリナモヌラは思う。出方を芋たいずいうこずは、興味がないわけではない蚌拠だ。
    ファむ・レむンは、あず二人連れおくるず蚀っおいた。今日のずころは、誰をも、りォルテヌルに盎接䌚わせる぀もりはない。この閉鎖された空間に、自分以倖の誰かが足を螏み入れるこず、それ自䜓が重芁なのだった。
    プリナモヌラは、ひずりでぶ぀ぶ぀ず蚀いながら、あれをここに眮く、これをどうするこうするず、家具の配眮などを考えおいる。
    開け攟した窓から秋の颚が吹き蟌むず、意倖ず寒い。りォルテヌルはこっそりず、ぶるっず震えた。するず、郚屋の扉の向こうから、薄青のガりンが攟り蟌たれおきた。
    「ヌヌ」
    目敏い。
    党身に目でも぀いおるのか。
    耳もいい。
    独り蚀も党郚拟っお、しかも芚えおいる。
    たちが悪い。
    「ヌヌ」
    でもたあ、確かに少し寒い。
    りォルテヌルはガりンを矜織るず、たた窓倖に目をやった。
    がんやりず芋おいた芖界の隅に、䜕やら赀いものが映る。䜕の気なしに、そちらを芋るず、その隣には銀色の姿があった。
    「  」
    そしお、その埌ろに、ひずきわ倧きな黒い人圱。倉な䞀行だ。近づいおくるに埓っお、䜕やら話し声も聞こえおくる。
    楜しげだ。
    わたしには無瞁の䞖界。
    ひずはみな、心に鬌を棲たわせおいる。
    せいぜい、虚構うその倖せを噛みしめおおくんだな。
    「ヌヌ」
    その䞀行が、りォルテヌルの県䞋を通り過ぎようずした、そのずき。
    「ファむ・レむン」
    隣の郚屋の窓から、プリナモヌラが声を掛けた。䞀行が足を止める。銀色の子どもが、手を振り返す。
    「え  」
    りォルテヌルは、固たった。
    よりによっお、あの連䞭がうちの客だずは。
    「早くない」
    「お菓子、持っおきたの。みんなで食べない」
    「おぉ、気が利くじゃなヌい」
    「でも、そろそろ荷銬車が着くんじゃねぇの」
    「早く䞊がっおおいで」
    ずヌヌ
    りォルテヌルが、杖を䜿っおバタンず扉を閉めた。
    䞀瞬、その音にびくっず肩を匟いたプリナモヌラが、腰に手を圓おお溜息を぀く。
    やっぱ、そうなるかぁ
    そんなプリナモヌラの気持ちを知っおか知らずか、りォルテヌルは、客が来おから閉めるよりはいいだろう、ず思っおいた。
    楜しげな空気感は苊手だ。
    仲間倖れになる。
    なら、最初から倖れおいた方がいい。
    ず、たた窓倖ぞ芖線を戻したずき。立ち尜くしお、こちらを芋䞊げおいる者がいるのに気が぀いた。あの、子どもたちの埌から぀いおきおいた、倧きな黒いひずだ。
    「ヌヌ」
    なに、芋おる。
    芋䞖物じゃないんだけど。
    あれ
    どこかで芋たこずがあるような、ないような。
    りォルテヌルは、しばし思案したが、思い圓たるような人物がいるわけがない。この郚屋に閉じこもっおいる他には、『月環堂』にしか行かないのだから。
    『月環堂』ヌヌ
    「あ」
    りォルテヌルは、もう䞀床、黒いひずを芋る。子どもたちずずもに、階段を䞊がろうずしおいるずころだった。
    あの、『恋煩い』だ
    厄介だな。
    プリナモヌラの友だちの知り合いか。
    いや、父芪だったか。
    詩なんかあげなければ、よかった。
    あれをダシに話しかけられたりしたら、どうしおくれようか。
    「ヌヌ」
      父芪  
    りォルテヌルは奥歯を噛みしめる。胞の奥がざら぀く。
    だがふず、『月環堂』で䌚ったずきのラムダの顔を思い出すず、䞍思議ず心は凪いでいった。
    深呌吞をする。枕の䞋に忍ばせおある短剣ダガヌに、手が䌞びるこずはなかった。
    玄関を開ける音がした。プリナモヌラが、わざずらしく倧きな声で出迎えおいる。知らない他人ひずの家に招かれお、どたどた䞊がり蟌んでくるような䞍躟な子どもではないようだ。
      関係ないし
    りォルテヌルは、矜織っおいたガりンを頭から被っお、膝を抱えた。

    「いらっしゃい。ようこそ我が家ぞ」
    プリナモヌラは、䌜藍堂の郚屋のなかぞ、芝居がかった仕草で招き入れる。
    「⋯⋯ずは蚀っおも、芋おの通り䜕にもないんだけどね」
    ファむ・レむンは、目を閉じ、錻から深く息を吞うず、蚀った。
    「でも、雪の華みたいな、柄んだ銙りがするよ」
    「そお たあ、䞻あるじが雪の粟みたいなひずだからね」
    「で その雪の粟みたいな姉ちゃんは、どこにいるんだい」
    プリナモヌラが芪指で、扉が閉められた奥の郚屋を指す。
    「たあ  おいおいっおこずで」
    プリナモヌラが、ファむ・レむンたちが持っおきおくれた焌き菓子クッキヌなどを、唯䞀の家具であるテヌブルに広げる。途端に、銙ばしい銙りが郚屋のなかを満たす。
    「これな、すげぇ矎味いんだぜ」
    「えっず  きみ、名前を蚊いおもいい」
    「あ、おいら アミィストヌンっおいうんだ」
    「アミィストヌン。可愛い名前だね。  で、そちらがファむのおずう  さたヌヌ」
    ラムダを芋䞊げたプリナモヌラが、怪蚝そうに蚀葉尻をがかす。
    「あの  どうかされたした」
    「あ  いやヌヌ」
    ラムダは、気が぀かないうちに、奥の郚屋に匕き籠った䞻あるじを透芖せんばかりの勢いで、凝芖しおいた。
    「すたない  その、こんなずころでりォルテヌルに䌚うずは思っおいなかったものだからヌヌ」
    「え」
    プリナモヌラが、ぜかんず口を開ける。
    「りォリヌを知っおるんですか」
    「あ  」
    ファむ・レむンずアミィストヌンたでが、ぐるっず、すごい勢いで振り向いお芋䞊げおくる。
    「たたたた  たたたただ。『月環堂』ぞ本を買いに行ったずきに  芋かけおヌヌ」
    䜕も悪いこずなどひず぀もしおいないのに、ラムダは眪を犯しお責め立おられおでもいるかのように、䞀歩退いた。
    「芋かけただけでは、顔ず名前たでわかりたせんよね」
    そんなラムダに詰め寄るプリナモヌラの顔は、しかし、どこずなく嬉しそうだった。半信半疑な、期埅感が滲み出おいる。
    「ろ  ログゞィが『たたおいで』っお蚀うので行っおみたずきに  」
    「みたずきに」
    「階䞊うえに通しおくれお  」
    「それで」
    なぜか、プリナモヌラず䞀緒になっお、我が子たちも詰め寄っおくる。
    「ぞ  郚屋で、少し話をしただけだ、それだけだ  」
    「玠晎らしき哉」
    プリナモヌラは、やはり芝居がかった仕草で、倩に䞡手を突き䞊げお芋せる。おっきり、うちの姉にちょっかいでも出したのかず、疑われおいるず思っおいたラムダは、意倖な反応に錻癜んだ。
    「りォリヌが郚屋に入れたっおこずですよね」
    「たあ  そうだ」
    「だっお、その、あなたは  」
    プリナモヌラが、ふっず真顔になっお声を萜ずし、もう䞀歩ラムダに近寄っお、蚀う。
    「圌女の事情を、知っおたすよね」
    「  知っおいる」
    そしお、手銖のあたりを指し瀺しお、蚀う。
    「芋たしたよね」
    ラムダは、無蚀で頷く。
    プリナモヌラが、泣きそうな顔で、砎顔した。
    「ありがずう」
    圌女を、吊定しないひずがいた。
    圌女が、拒吊しないひずがいた。
    「  ありがずう」
    プリナモヌラの瞳が、最んだように芋えた。
    だが、遠くからガラガラず荷銬車が近づいおくる音がしおきたのに気が぀いお、圌女は「さお」ず手をひず぀叩く。
    「今日は、どうぞよろしくお願い臎したす」
    いよいよ、独房のようだった郚屋が、生たれ倉わろうずしおいるのだった。


    2. アミィストヌンの想い

    宵闇の垳ずばりが降りる頃。
    遠く森のなかを、こちらに向かっお歩いおくる二人の人圱があった。
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、玄関゚ントランスの倖で、今か今かず埅っおいた。そしお、森を抜けおそのひずの姿が芋えた瞬間に、ファむ・レむンは駆け出しおいた。
    「フィロト」
    「あ、おい ファむ、ずるいぞ」
    遅れをずったアミィストヌンは、慌おお駆け出すも、ファむ・レむンに䞀歩、及ばなかった。
    先に抱き぀いたファむ・レむンに、フィロトは、頬にキスしお応える。そしお、アミィストヌンが膚れっ面になる前に、フィロトから抱き寄せおキスをしおやる。
    「お熱は、もう倧䞈倫」
    『たあ、なんずか、な』
    「声はどうした ただ、すっかすかなのかい」
    『あヌ、あヌ』
    「態ざたぁ、ねえなあ」
    フィロトは、アミィストヌンの尻を蹎飛ばそうずしたが、予想しおいたのか、身軜にひょいっず避けられた。
    枩かな、橙色の明かりが灯る我が家に足を螏み入れるず、フィロトは深く溜息を぀いた。毎晩垰っおきおはいたが、誰の出迎えもない倜遅くにだったし、垰らなかったのも昚晩だけだが、なんだかひどく懐かしい気がした。
    「た、た、こっち来いよ」
    アミィストヌンが、フィロトの手を匕く。
    「父さた、こっちこっち」
    フィロトを迎えにいったラムダは、ファむ・レむンに手を匕かれる。
    「なんだ、どうした」
    そしお、二人は䞊んで゜ファに座らされた。
    「」
    「」
    ファむ・レむンずアミィストヌンが、向かいに䞊んで座り、にこにこず二人を芋぀めおいる。
    『なに なんか、あんの』
    フィロトが、隣のラムダを振り向く。
    「いや  知らない」
    ラムダも、きょずんずしおフィロトを芋る。
    子どもたちは、黙っおにこにこず、二人を芋぀めおいる。
    「いいですなあ」
    アミィストヌンが、劙に幎寄りじみお、蚀った。
    「いいですねえ」
    ファむ・レむンも真䌌しお、お道化お蚀う。
    「ヌヌなにが」
    ラムダが、劙に萜ち着かなげに、もぞもぞし始めた。
    盞察しお、フィロトはラムダのそばで、寛いでいる。
    「たあたあ。ちょっず䞊んで座っおおくれよ」
    「この光景を、がくたち、ずっず芋たかったんだよ」
    「  」
    『ふふん』
    フィロトは、状況を把握するず、゜ファの背もたれにふんぞり返り、足を組む。そしお、今にも立ち䞊がりそうなラムダの手を取るず、しっかりず繋いだ。
    『そういうこずだ』
    「どういうこずだ」
    フィロトは、にっこりず笑う。ラムダは、少し頬を匕き぀らせおいるが、繋がれた手を解こうずはしない。
    アミィストヌンが、結婚匏の神父よろしく、畏たっお蚀う。
    「仲盎り、したしたか」
    『したしたヌ』
    「ヌヌ」
    「もう喧嘩はしたせんか」
    ファむ・レむンも、真䌌しお蚀う。
    『したせヌん』
    「ヌヌ」
    子どもたちは、じろりずラムダを睚む。
    「兄貎は」
    「父さたは」
    「え  」
    加えお、手を繋いだたたフィロトは、繋いでいない方で肘掛けに頬杖を぀き、ラムダを悪戯っぜく芋぀めおくる。
    『ほら、宣誓しお』
    ラムダは、䞉人に芖線を向けられお、目のやり堎がなく、俯いお蚀った。
    「  け  喧嘩は、しないヌヌ」
    「よろしい」
    蚀うず、アミィストヌンは立ち䞊がり、敎理箪笥チェストの匕出しから、䜕やら倧事そうに持っおくる。それを、テヌブルの䞊に䞊べた。
    匂い袋アロマサシェに䜿っおいる、綺麗な垃袋が四぀。少し倧きめの二぀をラムダずフィロトの前に眮き、小さめの二぀を自分たちの前に眮いお、アミィストヌンが蚀った。
    「フィロト」
    え、おれず蚀いたげに、フィロトは背もたれから起き䞊がる。
    「誕生日、おめでずう」
    『あ  』
    「お誕生日、おめでずう。フィロト」
    ファむ・レむンにずっおは初めおの、家族の誕生祝いだ。
    「フィロト」
    ラムダが、ぎゅっず手を匷く握り返しお、埮笑んだ。
    「誕生日、おめでずう」
    フィロトの目が最みはじめる。こんなずきに仲違いなんかしおしたっお、誕生日など祝っおもらえないず諊めおいた。
    「でな」
    アミィストヌンは、うかうかしおいるずこれだけでフィロトが泣いおしたうず、急いで蚀った。
    「その袋、開けおみおくれ」
    䞭身を知っおいるファむ・レむンは、慌おお手に取るこずもなく、目の前の倧人ふたりの反応を芋おいる。
    ラムダずフィロトは、そっず小袋の口玐を緩めお、䞭に入っおいたものをころんず掌に取り出した。
    『ゆ  指茪  』
    「これは  」
    アミィストヌンは、錻の䞋を掻いお、照れ臭そうに蚀う。
    「あのさ  すっごい歪いび぀で、ごめんな」
    翡翠の石粒がはめ蟌たれた銀補の指茪は、確かに綺麗に成圢された茪リングずは蚀えず、名もない芞術家の䜜品みたいだった。
    「これ、アミィが造ったのか  」
    「おぅよ。オルロス爺に、しこたた叱られながら、教えおもらっお造ったんだぜ」
    『  』
    フィロトは、掌の小さな銀色の指茪を芋぀めお、蚀葉を倱っおいる。
    「ほんずは、ねヌヌ」
    ファむ・レむンが、恥ずかしそうに蚀った。
    「い぀も行っおいる宝食商に、買いに行ったの。でも  すっごく高くお  買えなくお  ね」
    「ああ。で、おいらが思い぀いたっおわけさ。買えないなら、造ればいいじゃんっお」
    「造れるのっお蚊いたら、自信満々に造れるっお蚀うから、安心しおたんだけど  」
    「あ、なんだよその蚀い方。蚀っずくけどな、茪っかにするの、すっげヌ難しいんだぞ」
    「それにしおも、もうちょっず  」
    「アミィ」
    ファむ・レむンの蚀葉を遮っお、フィロトがアミィストヌンを手招きする。
    アミィストヌンは、䞀瞬、真顔になっおヌヌ
    フィロトの胞に飛び蟌んだ。
    『ありがずう』
    フィロトは、アミィストヌンをしっかり抱き締めお、すかすかの声で耳元で蚀う。くすぐったそうにしながらも、アミィストヌンは半べそをかきながら、フィロトの胞に顔を埋めた。
    「あのずき、フィロトが拟っおくれなかったらさ  」
    『  うん』
    「おいらは、いた、ここにいないんだヌヌ」
    ファむ・レむンは、そっずラムダに傍らに立぀。ラムダは、ファむ・レむンを片膝の䞊に乗せるず、銀色の顔かんばせを芋぀めお埮笑んだ。
    「この袋、おたえが䜜ったんだな」
    「うん」
    「䞊手だ」
    「ふふふ」
    「ファむ」
    「なあに」
    ラムダが、ファむ・レむンの頬を優しく撫でる。
    「俺ず共にいおくれお、ありがずう」
    ファむ・レむンは、ちらっず恥じらいながらも、ラムダの黒髪に混じった銀髪を掬いずっお蚀った。
    「  がくを、受け入れおくれお、ありがずう」
    倖せな時間が過ぎる。
    匂い袋アロマサシェに䜿うはずだった垃袋から、ほんのり甘い銙りが挂っおいる。
    「では、では」
    アミィストヌンが、急にフィロトの胞からがばっず起きた。そしお、ファむ・レむンに、にやっず笑っおみせる。
    「さお、さお」
    それを受けお、ファむ・レむンもラムダの膝の䞊から䞋りるず、アミィストヌンの暪に戻っおきた。
    今倜の子どもたちは、やけに楜しそうである。
    「  今床は、なんだ」
    「これからが本番なんだ」
    ラムダの顔がたた、萜ち着かなげに曇る。
    「では、皆々さた。指茪を持っお」
    アミィストヌンが、気取った口調で音頭を取る。銘々が、指茪を手にする。
    するず、アミィストヌンずファむ・レむンが声を揃えお蚀った。
    「誓いの指茪の、亀換です」
    「  」
    『』
    ラムダは固たり、フィロトは砎顔する。
    そんな二人の前で、アミィストヌンずファむ・レむンが互いの指に指茪を嵌め合い、肩をぶ぀け合っお、けらけらず笑った。
    「なにしおんだ、兄貎もフィロトも。早く着けおみおくれよ」
    「父さた、フィロトに着けおあげお。フィロト、お誕生日なんだよ」
    「お  おたえたち  よくこんなヌヌ」
    さすがに恥ずかしくおラムダは及び腰になるが、こういうこずが倧奜きなフィロトはここぞずばかりにいい気になっお、ラムダに巊手を差し出しお笑う。
    『はい、どうぞ』
    「じ、自分で着けろ」
    『どうぞ』
    「  」
    「指茪の亀換䌚なんだぜ、ラムダ。自分で着けおも意味ねぇだろ」
    「たったく  」
    確かに今日はフィロトの誕生祝いでもある。仲盎りできた蚘念でもある。
    腹の底がむずむずするのを芚えながら、ラムダはフィロトの巊の䞭指に指茪を嵌めおやった。
    『じゃ、次はおれ、ね』
    フィロトは、さっさずラムダの巊手を取るず、䞭指にすっず嵌めおやる。翡翠の小粒が、装食灯シャンデリアの灯りを受けお、きらりず光った。
    「これからも  」
    アミィストヌンは、自分が䞹粟蟌めお造った指茪を、倧切な家族のみんながお揃いで身に着けおいるのを芋お、思わず倧粒の涙をぜろりず零した。
    「これからも、みんなで䞀緒にヌヌ」
    「䞀緒に仲良く、ね」
    そのあずをファむ・レむンが拟い、泣いおいるアミィストヌンの頬を、からかうように指先で突いた。

    画像

    はしゃぎすぎた  
    もらっおきた熱冷たしを飲んで、ベッドに入ったフィロトは、ただ少しだるい身䜓を枕に預けお半身を起こしおいた。
    巊手を目の前に翳しお、指茪を芋぀める。指のサむズなどわからなかったはずなのに、そこはやはりアミィストヌンは劖粟゚ルフの䞀族である。ホブゎブリン族の造るものは䞍思議な力が宿っおいるのか、指に嵌めた瞬間に、しゅっず巻き付くように銎染んだのだった。
    ず、そのずき。
    遠慮がちに、ノックをする音がした。
    「起きおるか」
    そしお、かちゃりず開けおラムダが顔を芗かせる。
    『起きおるよ』
    フィロトは、楜な姿勢のたた手招きした。
    垞倜灯ナむトラむトだけの、仄暗い郚屋に入っおきたラムダは、ベッドの脇に怅子を持っおきお座る。
    「倧䞈倫か」
    『倧䞈倫だよ』
    「ヌヌ」
    『どうしたの』
    ラムダは、手に持っおいた矊皮玙のメモを、フィロトに手枡す。
    『なにこれ』
    蚀いながら、フィロトは開く。そしお、ほお  ず息を挏らしお、メモに曞かれおいるものに目を通した。
    『いい詩だね』
    「そう思うか」
    フィロトは、詩を唄うように旋埋メロディヌを探りながら、錻歌ハミングをする。
    『これ、どうしたの』
    「孊者街区の叀曞屋で、偶然知り合った女性がいるんだ」
    フィロトは、片眉を䞊げお面癜そうにラムダを芋る。ラムダの方から女性の話をするのは初めおだ。
    「その叀曞屋の䞉階の小郚屋で、倜な倜な詩を曞いおいるそうだ」
    真っ癜な髪ず真っ癜な肌。雪嚘スノヌメむデンそのもののような、りォルテヌル。
    『なんで、そんなずころで』
    ラムダは、静かにフィロトを芋る。そしお、りォルテヌルの事情こずを話した。フィロトは、しばし目を閉じお、深々ず呌吞する。
    『なるほどね⋯⋯』
    「その詩に、おたえが旋埋メロディヌを付けたらどんな歌になるかず思っお⋯⋯もらっおきた」
    『よく、くれたね』
    心の裡を赀裞々に語っおいるような詩である。誰にも芋せたくなくお、でも抱えきれなくお、詩ずいう圢を取っお吐露しおいたのではないのだろうか。
    それを、初察面の、それもいきなり蚪ねおきた者に枡すずは。
    ラムダに察しお䜕かを感じたか、早く垰っおほしかったかの、どちらかだ。
    「  」
    『なに』
    「む  無理を蚀っおヌヌ」
    『おたえが女性に、無理を蚀うこずなんおあるのか』
    フィロトは、これには心底驚いお思わず息を呑み、咳き蟌んでしたう。
    「違う  そういう぀もりじゃなくお  」
    ラムダは腰を浮かせおフィロトの背をさすり、消え入るような声で呟いた。
    「仲盎りの  きっかけに、ずヌヌ」
    フィロトは䞀瞬ぜかんずし、にやりず笑っお、ラムダの敎った錻をきゅっず぀たんで蚀った。
    『ファむのツンデレは、父芪譲りだな』
    「ヌヌ」
    照れ隠しのように、すっず立ち䞊がったラムダは、そそくさず怅子を元に戻しお出おいこうずする。
    その背にフィロトが声を掛けるず、振り向いた。
    『ありがずな』
    「ん」
    『旋埋メロディヌ、付けおみる』
    ラムダの口元が、優しく緩む。そしお頷くず、「おやすみ」ず囁いお出おいった。
    フィロトは、垞倜灯ナむトラむトだけの仄暗い郚屋のなかで、傷぀いた少女を想いながら、しばらく矊皮玙の文字を眺めおいた。


    第八章 幞なる終焉の足音

    1. 䞍揃いの家具

    閉めた扉の向こう偎で、どたばたず䜜業が始たった、あの日の朝ヌヌ

    りォルテヌルは所圚なさげに、ガりンを頭から被っお膝を抱いおいた。
    重い家具を運び入れる、沈むような、いく぀もの足音。
    现かいものを片付けおいく、おきぱきずした身軜な足音。
    閉じこもった郚屋の䞻あるじに気を遣っおなのか、足音からしお結構な人数がいるはずなのに、倧声を匵り䞊げる者もなく、䌚話も最小限だった。
    かずいっお、あからさたに声を萜ずしお、喋っおいるずいうのでもない。
    「  」
    りォルテヌルは、被っおいたガりンを䞋ろした。
    そうずなるず、なぜか、気になっおくる。
    無遠慮に、ずかずかず人の個人領域パヌ゜ナルスペヌスに螏み蟌んでくるような茩でないのであれば、扉を閉め切るたではしなくおもよかったのかな、ず思ったりもする。
    りォルテヌルは、はたず、己の『戊闘服』を芋た。わざず幜鬌みたいな、真っ癜な出で立ちで、「これがわたしだが、䜕か」ず瀺しおやろうずしおいたのに、すっかり忘れおいた。今日は、プリナモヌラに髪も梳かしおもらっおいないので、がさがさのたただ。
    くそ。
    倱敗した。
    もう来られないようにしおやるはずだったのに。
    子どもっおのは莫迊だからな。
    䜕に興味を持぀か、わかったもんじゃない。
    奥の郚屋から出おこなかったわたしに、たた䌚いにきたりするだろうか。
    「  」
    りォルテヌルの心が、ふっず沈み蟌む。
    たた  䌚いに  
    「  来るわけが、ないかヌヌ」
    ラムダの面圱ががんやり浮かんだが、ふんず錻息で吹き飛ばした。
    あれは、ただの酔狂だ。
    恋人の詩人ず仲盎りすれば、わたしになど甚はない。
    あんな詩がほしいなどず、瀟亀蟞什にも皋がある。
    なんで  
    りォルテヌルは、たた膝をぎゅっず抱えお、膝の䞊に顎を乗せお考えた。
    なんで、あげおしたったんだろう  
    『月環堂』の䞉階の小郚屋。あそこは、りォルテヌルが己を閉じ蟌めおおく牢獄だった。自分が、決しお過去から逃げるこずのできないように、過去を忘れおしたわないように、自ら嵌めた足枷だった。
    どういうわけか、あんなこずですら、自分を自分たらしめる䞀面だず思えおならない。なかったこずにならないならば、受け入れるしかないからだ。
    ほぉっず、溜息を぀いたずき。
    誰かが䜕かを萜ずしたのか、床が傷぀きそうな重たい音がしお、りォルテヌルは小さく飛び䞊がった。
    「父さた、なにやっおんの」
    「すたない。手が滑った」
    「たったく、幟぀になっおも䞍噚甚は治らねぇなあ」
    「床が抜けたらどうするの」
    「いや、そこたで廃屋ボロじゃないんで心配ご無甚です」
    あい぀は、䞍噚甚なのか。
    たあ、そうだろうな。
    “倧きな子ども”ず蚀っおいたそうな。
    さぞ手が掛かるだろう。息子が利発そうだ。
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、膝の䞊に額を乗せお、瞮こたる。
    わたしには  誰もいないな  
    䜕を匱気なこずを蚀っおいる。
    すべおを捚おおきたんだ、圓たり前だろう。
    独りでいるほか、ないじゃないか。
    そう思っおも、りォルテヌルは、顔を䞊げられなかった。
    扉の向こう偎で、皿のぶ぀かり合う音や、冷蔵庫を開け閉めする音がしおいる。
    こちらも向こうも自分の生掻空間だったはずなのに、今は、この郚屋だけ切り離されおいる気がした。もうここから出られないかもしれない。扉の向こう偎はもはや別䞖界になっおいるのだろうず、寂しく身震いしたのは、颚が冷たいからではなかった。
    「ヌヌリヌ」
    ん 誰か呌んでいる
    りォルテヌルは、い぀の間にか、う぀らう぀らしおいた。
    誰かが自分を呌ぶ声がした気がしお、ふっず顔を䞊げた。
    「  」
    「りォリヌ」
    プリナモヌラの声だ。倖から聞こえおくる。
    「䞀床、顔だけでも芋せおもらえたせんかねヌ」
    どういう意味だ
    顔を芋せろ、ずは
    りォルテヌルは、すっかり静かになった呚囲のせいで、今日の出来事むベントを䞀瞬、忘れた。
    䜕も考えずに、ただプリナモヌラの声に反応しお、窓蟺に立った。
    「あ」
    くそ。
    そうだった。
    「䜜業終わったから、垰るっおヌ」
    倖の通りで、プリナモヌラが、ラムダたち家族を送りに出おいるずころだった。皆しお、こちらを芋䞊げおいた。䞀床は䌚ったこずのあるラムダならずもかく、赀髪ず銀髪の子どもたでがこちらを芋おいる。
    なんなら、赀髪の少幎は手たで振っおいる。
    「雪の姉ちゃん ちゃんずメシ食えよ」
    「アミィ、蚀葉遣い」
    「あん なにが」
    「だっお、幎䞊の女性ひずだよ」
    「ラムダよりは䞋だろ」
    「それ、おかしくない」
    あり埗ない。
    人んちの庭先で、勝手に揉めはじめたぞ。
    りォルテヌルは、窓蟺から退ひきたい気持ちず、それは倱瀌だず螏み止たらせる気持ちに挟たれお、その堎に凍り぀いた。
    「じゃあ、たたな」
    たた
    たた、っお蚀ったか
    あの赀髪は芁泚意だ。
    だけどヌヌ
      無邪気、だなヌヌ
    様々に亀錯する自分の内なる声に翻匄されお、りォルテヌルは、眉間に皺を寄せた。己を芋倱いそうだ。
    意識の倖偎で、圌らの䌚話が聞こえおいる。
    「迷惑だったのかな  りォルテヌル、怒っおる」
    「手振ったの、無芖されたし、な」
    「あれはやり過ぎだよ。銎れ銎れしいず思われたよ、きっず」
    「倧䞈倫だよ、心配ない」
    「そお」
    「拒吊いやなずきは、あの人、錻面でばたんっお扉閉めるから」
    プリナモヌラず、䞉人の客が、たた窓蟺のりォルテヌルを芋䞊げた。
    今床こそ、りォルテヌルは遠慮なしに、芳音開きの扉の把手を䞡手で掎むず、思いきり音を立おお、閉めた。

    今朝、りォルテヌルは、今たでの人生のなかで最䞊玚の居心地の悪さを感じお、ベッドの䞊に座り蟌んだたた動けなかった。

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    朝陜が差し蟌む明るい空間が、数歩先から広がっおいる。あの、独房のように殺颚景な昚日たでの郚屋が、思い出せないくらいだった。
    昚倜は、倜䞭にトむレには行った。だが、明かりも点けずに、暗闇のなかを杖でたさぐっお歩いたので、郚屋の倉わりようを芋たのは、今朝が初めおだったのだ。
    他人ひずんち、みたいだ  
    だが、プリナモヌラは䞊機嫌だった。い぀も通りの時間にやっおはきたが、早速、錻歌亀じりでキッチンに立っおいる。
    「これよ、これこれ。こうでなくっちゃ」
    ず、䜕やらうきうきずしお、独り蚀ちおいる。りォルテヌルには、䜕がこうでなくちゃならないのか、さっぱりわからない。
    「りォリヌ。起きおるんでしょ 顔を掗っおくださいな」
    「めんどくさ」
    杖が芋圓たらなかった。
    昚倜、トむレに立っお、戻っおきおヌヌ
    そういえば、䜕かが倒れるような音がしたような気がする。
    「新しい郚屋での生掻、第䞀歩なんですよ」
    「  知るか」
    「あらら」
    プリナモヌラが、湯を沞かしおいるガスのスむッチを止めお、寝宀たでやっおくる。
    「たた杖を倱くした」
    「ヌヌ」
    杖は、ベッドの䞋に転がり蟌んでいた。垂れたシヌツの陰に隠れお、芋えなかったらしい。
    プリナモヌラは、りォルテヌルの前に跪くような姿勢で杖を拟うず、そのたた玔癜の寝間着の襞に顔を埋めた。
    「だ、倧䞈倫」
    「ねぇ、りォリヌ」
    くぐもったプリナモヌラの声に、りォルテヌルは埮かに手を震わせた。
    「倧奜きだよ」
    「  」
    頭䞊から降っおくる応えはない。プリナモヌラは顔を䞊げるず、りォルテヌルの䞡手を取っお、自分で自分の頬を挟み蟌んだ。
    「だいすきだよ」
    むぎゅヌっず匷く挟むあたり、口元が狭たっお、もごもごずした発音になる。りォルテヌルの、真っ癜になっおしたった睫毛が、ぎくっず動いたように芋えた。
    「物奜きも、いたもんだ」
    プリナモヌラは、にこっず笑うず補助靎を履かせる。そしお、杖を持たせお立たせながら、こっそりず思った。
    今は、それでいい。
    今は、あたしだけで、いい。
    圌女には、この郚屋にいずれ新しい颚が吹いおくるこずが、はっきりずわかっおいた。

    りォルテヌルずプリナモヌラは、狭いダむニングキッチンで、テヌブルを挟んで座っおいた。い぀ものペヌグルトも、栄逊剀入りのミルクも、小さく切った桃の果実も、盛られおいるのは修道院からの貞し出し食噚ではない。
    りォルテヌルは盞倉わらず、ちびちびず、ペヌグルトを舐めるように食べおいる。混ぜ蟌んだナッツを噛むず、かりっずいい音がする。
    「それにしおもさぁ」
    プリナモヌラは、自分もサンドむッチを食べながら、暡様替えをした郚屋をぐるぐるず芋回しお蚀った。
    「ちゃんず、新しいものを買った方がよかったですかねぇ」
    「そんな金、どこにあるんですかねぇ」
    りォルテヌルが保護されお、この集合邞宅アパヌトメントの䞀宀を圓おがわれたのは、玄䞉ヶ月前だ。今のずころ、金銭的な面は修道院が面倒を芋おくれおいる。
    今回、人䞊みの生掻をさせたいずいうプリナモヌラの垌望で、家具賌入などが蚱可されたが、数幎間の修道院ぞの劎働奉仕が担保ずなっおいる。
    そのため、『繕い屋』に盞談をしお、すべお䞭叀品で揃えるこずにした。
    怅子は䜕脚かあるが、すべお高さも圢デザむンもバラバラだ。
    皿やカップなども、倧䞭小ずさたざたで、うたく重ねるにはパズルの才胜が必芁だ。
    ポットや調味料入れ、冷蔵庫やリビング゜ファに至っおは、亡くなった富豪の遺品である。そもそも高品質なので、ただただ党然、䜿える代物ばかりだ。
    「あ、そだ。リビングの照明さ、電球が切れおたでしょ。ラムダが付け替えおくれたよ」
    「そうですか」
    「暗いなか歩くの、危ないっお蚀わなかった 切れたら教えおくださいね」
    「ヌヌ忘れなければ」
    「たったく  」
    りォルテヌルは、桃の果実をひず぀、手掎みで食べる。果物は奜きなようだ。この様子だず、たぶん今の話は聞いおいない。
    「ヌヌじゃ、あたし行くね」
    最埌のパンの欠片を口に抌し蟌んで垭を立぀ず、プリナモヌラはトゥニカの䞊から厚地のケヌプを矜織る。もうそんな季節になったのかず、りォルテヌルは窓の倖を芋た。
    「そのミルク、党郚お飲み䞋さいな」
    「おいしくない」
    「だヌったら、ちゃんず食事を摂りたしょう」
    「  」
    「嘘。ただ、食事はいいからさ」
    プリナモヌラは、母芪のように、駄々っ子を諭すように蚀った。
    「今は、ミルクをしっかり飲んでよね」
    「  はい」
    可愛い。
    うちの“倧きな効”は、矎人で、気分屋で、賢くお、可愛い。
    こんなずころに、仕舞っおおきたくない。
    そのうちに、い぀か絶察ヌヌ
    じっず芋匵るように凝芖しおいるプリナモヌラの芖線から逃れるように、りォルテヌルはぷいっず暪を向いお、栄逊剀入りのミルクを飲み干した。


    2. アダレむの音、フィロトの声

    秋も深たったグラントハむムの街。
    ある日の昌䞋がりに、アダレむの姿は、久しぶりに鍛冶街区にあった。
    職人たちの䌑憩所に眮いおある、あの䞭叀アンティヌクな掋琎ピアノを匟いおいる。
    ここは、フィロトず知り合った堎所だった。
    今日も今日ずお掻気溢れる鍛冶街区の協奏曲コンチェルトのなかで、しかしアダレむはひたすら自分ず向き合っおいるようだった。
    あのずきの  フィロトの  音  
    アダレむは、ずっず内なる声に耳を傟けおいお、音色を探しおいる。
    思い出すのは、『銀葉亭』でフィロトが匟いた、船乗りたちの送り出しの歌である。
    声を朰しおしたっお歌えない、ず蚀った。だが、なぜか自信満々で、『おれに合わせお』ずたで蚀った。
    そしお、圌はその蚀葉通り、䞀節も歌わずしお倧喝采を受けお、舞台ステヌゞから降りた。
    芞術に、勝ち負けはない。
    だが、圌のあの挔奏パフォヌマンスを目の圓たりにしお、屈蟱ずいう思いなど、ちらずも湧かなかったずいえば、それは嘘になる。
    歌えない吟遊詩人カルノィヌノに䞻導リヌドされたこずも、倧いに䞍本意ではあった。
    あのずきの  音  
    アダレむは、あれからずっず、フィロトの掋琵琶リュヌトの音を再珟しようず詊みおいた。だが、圌の音皋キヌは、正確ず䞍安定の境界線を挂っおいるような感じで、掎みどころがない。
    䞋手をすれば、䞍協和音になっおしたいがちなずころを、圌の絶劙な軜重の指捌きも盞俟っお、知らないうちに、蚀いようのない恍惚ぞず持っおいかれおしたう。
    「  なるほど  ねヌヌ」
    アダレむは、ずうずう掋琎ピアノを匟く手を止めた。
    どうしおも再珟できなかった。
    フィロトの方が巧者だずか、そういう問題こずでもない。アダレむには、理解ができない䞖界芳なのだった。
    芞術に、勝ち負けはない。
    音楜に、正誀はない。
    それはわかっおいる。
    ならば、なぜ僕は  
    こうしおフィロトの音を探しおいるのだろう。
    気になっお仕方ないのはなぜだろう。
    圌ず合わせたいのか、圌を取り蟌みたいのか。
      それずも、嫉劬しおいるのか  
    アダレむは、人差し指で、癜鍵をひず぀叩く。物悲し気な単音が響く。
    嫉劬か。
    そうか、そうかもしれない。
    自分にない音を持぀圌に嫉劬したのだ。
    いや  怖かった、のかなヌヌ
    圌を認めおしたったら、自分の音を吊定するこずになる。
    だから攟眮できなかった。自分が繰り広げる䞖界のなかに懐柔しおしたいたかった。
    アダレむは、人差し指で、いたずらに黒鍵ず癜鍵を叩いおいく。その音の䞊びは矎しくなかった。胞がざら぀くような嫌悪感を芚えた。
    旋埋メロディヌには、芏則性がある。感芚的なもので、瀺すこずはできないが、この音の次にはこの音が来るべきず、無意識が期埅する音の䞊びがある。
    アダレむはずっず、そう信じお音楜家をやっおきた。
    それが、人の望みを叶え、人に勇気を䞎え、ずきには暙しるべずなるず信じおきた。
    『きみの音楜は、自鳎琎オルゎヌルのようだね』
    アダレむは、はっず指を止めた。昔、掋琎ピアノの垫に蚀われたこずを、唐突に思い出した。
    自鳎琎オルゎヌル。
    蓋を開ければい぀だっお、決たった音楜を、決たった音色で、決たったリズムで鳎らしおくれる。
    そこに感情はない。
    荒ぶるこずもなければ、絶望に沈むこずもない。
    そこに、匟き手の思いは反映されない。
      耒め蚀葉だずヌヌ
    そう思っおいた。
    い぀䜕時でも、正確無比に挔奏できるこずぞの、賞賛だず思っおいた。なぜなら、それは、聎き手にずっおも絶察的な安心感をもっお受け入れられるこずだからだ。
    蓋を開ければい぀だっお、決たった音楜をヌヌ
    「  」
    アダレむは、ふず姿勢を正しお掋琎ピアノに向かい合う。
    そしお、ずある曲を口遊みながら、匟き始めた。

    振り向きさがすよ
    君の姿を
    遠く遠く
    手の届かぬ思いのたたに

    『遠い君よ、麗し君よ』。それは、このあたりの地方によく知られる民謡だった。

    颚に途切れる
    君の声よ
    散り散りになり
    霧ず消えるよ

    麗し君よ
    捉えられぬ君よ
    だからこそ
    愛すべきぞ

    ぀れなき君よ
    麗し君よ
    せめお我に
    笑たれんこずを

    匟き終わったアダレむは、急に耳に入っおきた鍛冶街区の生掻音に、眉を顰しかめた。自分の䞀糞乱れぬ矎しい旋埋メロディヌを聎いたあずだず、それはい぀にも増しお乱雑で、敎っおいないように感じられた。
    収たるずころに収たった音笊。
    流れるべくしお、流れる旋埋メロディヌ。
    耳障りのいい音色は、心を波打たせるこずはない。
    「ヌヌ」
    ふいに、アダレむはぎょっずしたように瞠目どうもくした。
    心を、波打たせるこずは、ないヌヌ
    心の䌎わない自鳎琎オルゎヌル。
    蓋を閉めれば、音は消え倱せ、耳に残るこずはない。
      それなら  
    芞術に、勝ち負けはない。
    音楜に、正誀はない。
    それは、わかっおいる。
    だがヌヌ

    心に残らない音楜ずは、なんだ。

    アダレむは、今曎ながらに呚りの音に耳を傟けおみた。
    トンカン、トンカン。
    ドゎゎ、ゎゎ、ドゎンドゎン。
    シュッ、シュヌッ、シュシュッ、ゞュヌッ。
    乱雑だ。矎しくない。リズムが䞍自然だ。次に来るはずの音色が来ない。肩透かしを食らう。倱望する。
    だが、うるさくない。
    アダレむは、思わず口を抌えおいた。
    うるさいのではない。いやに耳に残るが、嫌悪感はない。
    たるで、母芪の小蚀のようだ。
    母芪の  小蚀  
    あれは確かにうるさい。でも枩かい。愛情ゆえずわかっおいるからだ。
    「ヌヌ」
    アダレむは、おもむろに掋琎ピアノの蓋を閉めた。その䞊に䞡肘を぀き、組んだ手で額を支える。
    ただ倖郭だけだったが、フィロトの音楜ずの決定的な違いを、芋぀けた気がした。
    だからどうだ、ずいうこずたではわからずに、アダレむはしばらくそこから動けなかった。

    フィロトの声は、二、䞉日も経った頃には、すっかり元通りに完治した。䞀床喉を朰しおしたったら、“クセ”が぀くずいうこずで、蚺療所のおやじさんから风を凊方しおもらっおいる。
    今日もそれを舐めながら、フィロトは、宵闇のなかを『月環堂』ぞず向かっおいた。
    フィロトは歩きながら、ポケットにしたい蟌んでおいた矊皮玙のメモを取り出す。ラムダも蚀っおいたが、本圓に矎しい文字だった。字ずいうものは、その人の“人ずなり”を衚すずいう。
    だが、話に聞くず、䞭々どうしお䞀筋瞄ではいかない女性らしい。
    「  りォルテヌル、かヌヌ」
    その名を呟いおみる。
    幎の頃は十八ずか。自分より少し幎䞋だ。ラムダから、その身に受けた過去の事情は聞いおいる。
    心の病を抱えながら、修道院区で、助けを借りながら生掻しおいる。その居を調ずずのえに、先日ラムダたちが出向いたらしいが、姿を珟さなかったず聞いた。
    垰り際にちらりずだけ、窓蟺に立った圌女は、たるで雪嚘スノヌメむデンのようだったず、ファむ・レむンずアミィストヌンが蚀っおいた。最初に芋たずきはラヌムファダず芋間違えたず、ラムダも蚀っおいた。
    「ふふん」
    フィロトは、詩の曞かれたメモをポケットにしたうず、なぜか自信ありげに埮笑むのだった。
    「おれには、果たしお、顔を芋せおくれるかなあ」
    果たしお、『月環堂』に着くず、䞉階の窓には明かりが灯っおいた。今倜も独りで、矜ペンを走らせお、衚立っおは蚀えない想いを矊皮玙に吐露しおいるのだろうか。
    フィロトは、建物の壁に寄りかかっお、ぜろろんず匊を撫でおみた。
    「ヌヌ」
    反応は、ない。挚拶代わりに、子どもたちがよく歌う童歌の䞀節を匟いおみる。
    䞉階からの応えの代わりに、かちゃっず店の入口の扉が開いお、ログゞィが顔を芗かせた。
    「きみ、フィロトかね」
    「え」
    孊者街区に来たのは初めおだ。この老人ずも初察面のはずだが。
    「あのラムダの  」
    ログゞィは、倉なずころで蚀葉を切った。そしお意味深に、にこりず笑う。
    「え、あぁ、たあ、はい」
    ラムダのなに、ず蚀おうずしたんだ そこが倧事なんだが。
    「入るかい」
    「いえ」
    フィロトは、人懐っこい笑顔で肩を竊めるず、
    「今日は、塔の䞊の姫ラプンツェルにご挚拶だけで」
    老人は、たたにこりず笑うず、静かに扉を閉めた。ふわりず圧煎珈琲゚スプレッ゜の銙りが、倜の倧気に挂った。
    「詩人さん、ですか」
    扉が閉たるず同時に、階䞊から声が降っおくる。䜎く、抑揚のほずんどない、萜ち着いた声だった。フィロトは、嬉しそうに埮笑む。
    「こんばんわ、塔の䞊の姫ラプンツェル」
    「ラムダの恋人の、詩人さん」
    思わず、フィロトは吹き出した。
    「ラムダが、そう蚀ったのかい」
    「吊定は、したせんでしたよ」
    「そう」
    フィロトは、くすくすず笑った。
    「仲盎りは」
    「したよ」
    「ヌヌなにか、甚ですか」
    「詩を」
    「  」
    「詩を、ありがずう」
    「そんなもの」
    「歌になんかならないだろうっお、蚀ったんだっお」
    「ならないでしょう」
    「聎いおお」
    フィロトの、艶のあるなめらかな声が、倜の静寂に流れおいく。声質ずしおは明るめなのに、憂いを含んで聞こえるのは、圌の生き様が混ざりこむからかもしれない。
    フィロトは歌いながら、りォルテヌルのこずを想った。この詩を曞いおいるずきの、りォルテヌルを想った。
    自然に、声が震えおきおしたう。この詩に認したためお倖ぞ攟り投げた分だけでも、せめお救われおほしいず、願った。
    「どう」
    歌い終わるず、フィロトは顔を䞊向けお、蚊いおみた。
    「  ふん」
    予想通りの応えだった。
    「いい出来だず思うんだけどなあ」
    本気で、そう思っおいる。
    するずヌヌ
    䞉階の、鉄栌子の嵌った窓から、玙飛行機が飛ばされおきた。

    画像

    「え、なに」
    「ヌヌ」
    開いおみるず、それは詩が曞かれた矊皮玙だった。
    「歌っおみろっお」
    「無理でしょうけど」
    フィロトは、楜しくなっおきた。
    挑戊状じゃん
    可愛いこず、やっおくれるねぇ
    フィロトは、即興であらかたの旋埋メロディヌを䜜るず、掋琵琶リュヌトを爪匟きながら、心地よい音色を探しおいく。

    口は そうさ 滑るもの
    目こそ そうだ 背けるもの
    心はずくに 移ろうもの
    人は埗おしお 裏切るもの

    そんなものさ
    知らぬは愚かよ
    信じたいず願うは自由よ
    ただ知るべきは
    人は裏切るずいうこずよ

    歌っおいるフィロトこそが、身に぀たされる思いがした。この詩を、この矎文字を保ったたた曞くずいう、恐ろしいほどの粟神力の匷さが、华っおフィロトの胞を絞め぀けた。
    りォルテヌルは、救われようずはしおいない。そのこずを、フィロトは悟った。この塔は、敢えお向き合い぀づける独房なのではないかヌヌ
    「なあ、りォルお  」
    䜕か蚀葉をかけようずしたフィロトの頭䞊に、たた玙飛行機が飛んでくる。
    開けおみるず、ひずこず

    『垰れ』

    ず、曞かれおいた。
    女性の方から匕導を枡されるこずは、滅倚にないフィロトである。これもなかなか䞀興だず、思わず笑っおしたった。
    「たたね、りォルテヌル」
    フィロトは、飛ばされおきた玙飛行機の矊皮玙を、畳んで胞に収める。
    こうしお少しず぀、あの窓から飛ばしおいったずしたら、い぀かあの塔から芋える景色も倉わるはずだず、䞍思議ず信じるこずができたのだった。


    3. 占いのちから

    いた、『占いの間ディノィン』のテヌブルの䞊には、霊環札タロットが展開されおいた。
    倧アルカナのカヌド十枚を甚いお、『ケルト十字法』で、占っおもらっおいる者がいる。
    異囜颚の排萜た着こなしのアダレむが、すべお衚オヌプンにされた謎めいた札ず、それを読み解こうず、思案げに芖線を萜ずすラムダを亀互に芋比べおいた。
    「すべお、俺に知られおしたうが、厭わないか」
    ず、ラムダが問えば、
    「知られお困るこずなんか、ないさ」
    ず、アダレむは答えた。
    そしお、いた、アダレむの珟圚ず過去ず未来が、目の前に瀺されおいる。
    ラムダは、ひず぀深呌吞をしお、十字型の䞭倮のカヌドに觊れた。

    「これは、珟圚」
    VIII 力Strength 逆䜍眮リバヌス
    「  意味は」
    「自信喪倱ずか、道を芋倱うずか、かな」

    次に、そのカヌドに察しお垂盎に眮かれた、二枚目のカヌドに觊れる。
    「障害ずなっおいるもの」
    V 法王The Hierophant 逆䜍眮リバヌス
    「  」
    「叀い䟡倀芳に、瞛られおいるずいう暗瀺」

    䞀枚目のカヌドの䞊、䞉枚目のカヌド。
    「これは、顕圚意識を衚す。きみが、自芚できおいる意識ずいうこずだ」
    XVI 塔The Tower 正䜍眮
    「  厩れ萜ちおいるなヌヌ」
    アダレむが、深い溜息亀じりで、呟く。
    「叀きが厩壊し、真実が明るみになった  自芚あるんだな」
    「たあ、ね」

    次に、䞀枚目のカヌドの䞋、四枚目のカヌドを指す。
    「こちらは、朜圚意識。逆に、きみが気が぀いおいない本心、本音ずいうずころだ」
    VI 恋人The Lovers 正䜍眮
    「䜕か、蚀いたそうじゃないか」
    「いや  意倖だったんで」
    「玠敵なカヌドだ」
    「調和ずか結ゆいを意味する」
    「意倖ずは、倱瀌な」
    「おっきり、独善的なや぀かず  すたない」

    次に、䞀枚目のカヌドの右偎。五枚目のカヌドに觊れる。
    「これは、過去を瀺す」
    XIX 倪陜The Sun 正䜍眮
    「成功、祝犏を暗瀺するカヌドだ」
    「そうだな  確かに、そうだ。倧事なこずに気づかずに、呚りに持ち䞊げられお、いい気になっおいた過去だ」
    「そんな、吊定的なカヌドではないんだが、な」

    䞀枚目のカヌドの巊偎に眮かれた、六枚目のカヌド。
    「これは、近い未来を衚す」
    XX 審刀Judgement 逆䜍眮リバヌス
    「これは」
    「過去ぞの囚われずいうものは、簡単には拭い去れない。䜕か倧きな決断などは、そうそう䞋せるものではない」
    「しばらくは、悶々ずするずいうこずかな」
    アダレむは、諊めたように、少し投げやりに蚀った。

    十字型に䞊べられたカヌドに右偎には、瞊䞀列に四枚のカヌドが䞊べられおいる。
    ラムダは、䞀番䞋のカヌド、䞃枚目のカヌドを指差した。
    「これは、きみ本人の立ち䜍眮」
    I 魔術垫The Magician 正䜍眮
    「ラムダ、きみみたいなカヌドだけど」
    ラムダは肩を竊めおみせる。
    「創造力ず才胜に溢れおいるずいうカヌドだ。俺ではなく、きみのカヌドだろう」
    なぜか、アダレむも肩を竊めおみせる。

    その䞊のカヌド、八枚目のカヌド。
    「これは、呚囲の目がどうか、ずいうこずを暗瀺しおいる」
    III 女垝The Empress 正䜍眮
    「矎ず芞術の城しるしだ。みなが、きみの掋琎匟きピアニストずしおの才胜を認めおいるずいう蚌拠だな」
    「掋琎匟きピアニストずしお  かヌヌ」
    アダレむは䜕を思うのか、そう呟いお、頭の埌ろで手を組んで目を閉じる。

    その䞊のカヌド、九枚目のカヌドの䞊で、ラムダはずんずんずテヌブルを叩いた。アダレむが、目を開ける。
    「これは、きみが抱いおいる願望や恐れの感情」
    X 運呜の茪Wheel of Fortune 正䜍眮
    「運呜  」
    「転機が蚪れる。流れが倉わる。それを芋逃さないように意識を持っお」
    「転機  」
    「それは、きみにしかわからない。しっかり芯を持っおおかないず、倉わり目を芋過ごしおしたう」
    「倉わらなければいけない、ずいうこずなのか」
    「違う、そうじゃない。倉わるべきか、倉わらざるべきかを、芋極めるずきがくる、ずいうこずだ」
    「ヌヌ」

    そしお、ラムダは深呌吞をし、䞀床アダレむを芋お、最埌のカヌドを指差した。
    「これが、最終結果のカヌド」
    XIII 死神Death 正䜍眮
    アダレむの顔が、わずかに匕き぀った。だが、ラムダは穏やかに埮笑んでいる。
    「これは  」
    「これは、終焉ず再生の象城だ。䜕かが終わるずきずいうのは、䜕かが始たるずきでもある」
    「  」
    「逆に蚀えば、倉化を求めるなら、過去ず蚣別しなければならないずいうこずだ」

    アダレむは、䞁寧に「ありがずう」ず蚀っお垰っおいった。
    啓瀺が降りたようでもなければ、䜕かヒントになるようなこずを掎んだようでもなかった。
    ラムダは、重い額を支えお、展開したスプレッドを眺めた。
    誰かを、どこかぞ、導こうずは、思っおいない。
    どこぞ導くかなど、神の領域だ。
    ただ、圌がこれから歩んでいこうずする道の、暙しるべのひず぀には、なり埗ただろうかず、気持ちは塞いでしたう。
    ず、ノックの音がした。
    はっず顔を䞊げるず、フィロトが垳ずばりを䞊げお立っおいた。
    「䌑憩だ」
    そう蚀っお、りィンクをする。
    ラムダがリビングに出おいくず、テヌブルの䞊にグラスが二぀、眮いおあった。琥珀色の液䜓が、きらきらず光を反射しおいる。
    「昌間から吞んでるのか」
    「堅いこず蚀わないの」
    「子どもたちは」
    「どんぐりを集めに行ったよ」
    どんぐり。
    ただ、そんなものを集めるような童心は残っおいるのか。
    「䜕やら、願いを蟌める魔術があるんだっお」
    「あ  アミィか」
    ラムダは、ぎゅっず胞が締め付けられお、喘ぎそうになった。
    あれは、ラヌムファダずの最期になっおしたった日だ。
    どんぐり䞀個にひず぀だけ願い事を吹き蟌んで、貯めおおける魔術を教えおやるず、玄束しおいたのだった。
    せっかく、たくさん集めおきたはずなのに、あのどんぐりはヌヌ
    「ラムダ」
    「あ  」
    フィロトが、゜ファに誘う。
    「䌑憩だ。座れ」
    「あ  うん」
    ラムダが腰掛けるず、フィロトは向かいに座った。隣には座らなかった。そうなるず、なんか倉な感じがしないでもない。
    「はい、也杯」
    「䜕に」
    フィロトは、真正面からラムダをうっずりず芋぀めお、恥ずかしげもなく蚀うのだった。
    「ふたりきりの午埌に、也杯」


    第九章 決意を阻むもの

    1. 聖セントルカ修道院区

    倕食を終えお、プリナモヌラが食噚を掗う音を聞きながら、りォルテヌルはがんやりずフィロトのこずを考えおいた。
    いく぀になっおも䞍噚甚だず子どもにすら蚀われおいたラムダの、恋人の吟遊詩人カルノィヌノ。
    たあ、恋人ず蚀っおはいるが、たぶん違う。
    そんな薄っぺらいものではないんだろう。
    同性の恋ずいうものも知らないわけではないから、なんずはなしに、感芚でわかる。あの二人からは、そんな俗っぜい匂いがしない。
    いきなりやっお来お、これみよがしに歌なんか歌っお  
    くそ。
    たったくもう。
    たるで自分の詩ではないみたいだった  
    りォルテヌルは、初察面のずきのラムダを思い出しおみる。
    疵物に觊れるようにずいうふうではなかったものの、わたしを驚かせないようになのか、敢えお遠くの怅子に腰掛けた。物静かな話しぶりは、圌の垞なのだろう。
    ずころが、その友人の詩人ずきたら、『挚拶代わりに歌を』などず気障なこずを抜かしお、勝手に人の詩を歌いはじめた。䞍本意だが、びっくりしおしたった。距離の詰め方が、どうかしおいる。
      でも  
    りォルテヌルは、倕食の枈んだテヌブルに突っ䌏しお、目を閉じた。
    でも  なんだろう  
    怖くは、なかった。
    ラムダの、䜎く響く萜ち着いた声も、フィロトの、なめらかで柔らかい、真綿のような声も、どちらかずいえば心地よかった。
      もう䞀床  
    いや、埅お埅お。
    りォルテヌルは、はっず目を開ける。
    初察面の、しかも男だ。
    こんなふうに甘く寄っおきお、かどわかすのが手段おに違いない。
    隙されおはいけない。
    二床ず  隙されおは  
    りォルテヌルがたた、ぎゅっず目を瞑ったずきだった。
    「はい。お皿掗い、終わり」
    プリナモヌラが、ほぅっず溜息を぀いお、手をぱんぱんず鳎らした。
    「りォリヌ、眠くなっちゃった」
    「  いえ」
    顔を起こしたりォルテヌルの前に座るず、プリナモヌラは、少し真面目な顔になっお蚀った。
    「ちょっず、お話がありたす」
    「なんでしょう」
    「  」
    䜕からどう話せばいいかを逡巡しお、䞀瞬、口籠る。先手を打っお、りォルテヌルががそっず蚀った。
    「明日から、もう来たせんか」
    「ぞ」
    「ここぞは、もう来たせんか」
    「なんで、そうなるの」
    「蚀いにくそうだったので、先に蚀いたした」
    「そんなこず、蚀おうずしおないんだけどねえ」
    「  」
    無衚情に隠されお、なかなかわかりづらいが、りォルテヌルがほっずしたのがプリナモヌラには芋お取れた。
    「ねえ、りォリヌ。ここに来お䞉ヶ月くらい、経ったよね」
    「はい」
    「あのずきは死にかけおたので、修道院のほうで保護しおくれお、今たで面倒を芋おきおくれおたんだけどね」
    「  はい」
    プリナモヌラは、手を出しお、ず仕草で瀺す。そしお、りォルテヌルの癜い䞡手をそっず包み蟌むず、次にはぎゅっず握っお、蚀った。
    「お仕事を、したす」
    「だれが」
    「貎方しか、いないでしょう」
    「無理です」
    「たあ、そう蚀わずに」
    「  むり」
    りォルテヌルが泣きそうになったのを芋お、喉が詰たりそうになったが、プリナモヌラは、奥歯を噛みしめおゆっくりず諭すように蚀った。
    「りォリヌ。い぀たでもずっず、修道院のお䞖話になるわけには、いかないの。少しでも生掻費を、自分で皌がないず」
    「ヌヌ」
    「今だけのこずじゃなくお。これから先のこずを、考えるず、ね」
    りォルテヌルは、唇を震わせお、黙っおいた。じっずプリナモヌラを凝芖しおいるように芋えたが、その芖線は虚空くうを圷埚っおいた。
    しばらく、どちらも声を発しなかった。
    珟状を理解できない圌女ではない。
    プリナモヌラは、りォルテヌルが心の敎理をするのを、じっず埅぀。
    䞡手で包み蟌んでいた癜い手は、初めこそ小刻みに震えおいたが、次第に収たり぀぀あった。
    「  なんの」
    「曞写スクラむブ」
    りォルテヌルが、ふっず目線を䞊げる。
    プリナモヌラの、枩かな埮笑ず出䌚う。
    「写本工房スクリプトリりムで、人手が欲しいそうなの。曞家が䜕人か、蟞めおしたったんだっお」
    「  」
    「修道女シスタヌたちはみんな、りォリヌの字が矎しいのを知っおるから」
    「  」
    プリナモヌラは、優しくりォルテヌルの手をさすった。袖をたくっお、傷跡を晒した。その傷すらも、愛おしいもののように、そっずさする。
    りォルテヌルは、自分の手銖の傷を芋぀めた。こんなに優しく、可愛がるように觊れられるず、なんだか違うものに芋えおくる。
    「  い぀からヌヌ」
    「明日、たずは小䞀時間くらい」
    「  明日  」
    急な話だず蚀いたいのだろうが、こうなれば、明日でも䞀週間埌でも、同じこずだ。
    「䞀緒に、行こう」
    プリナモヌラは、そう蚀ったものの、心臓が飛び出るくらいにドキドキしおいた。りォルテヌルは、拒吊いやずなったら錻面で扉を閉めるひずだ。
    「ヌヌ」
    「  」
    だが、りォルテヌルは、ずもすれば芋逃すほどに小さく、頷いた。
    頷いたように、芋えた。
    䞀応、確認する。
    「ね」
    「  はい」
    頷き、自信なさげではありながらも、しっかりず返答したりォルテヌルに、プリナモヌラはできるこずなら抱き぀きたかった。
    だが、そこはじっず堪こらえた。あくたでも平静を装っお「決たりね」ず蚀い、垭を立぀。
    「垰りたすか」
    「うん」
    芋送ろうずしお、杖を぀きながら、りォルテヌルも玄関゚ントランスたで来る。
    「りォリヌ」
    「なんでしょう」
    プリナモヌラは、やはり我慢できなかった。
    いきなり抱きしめおきたプリナモヌラに、怪蚝な顔をしお、りォルテヌルは倧人しく抱かれたたたになっおいる。
    「だいすき、りォリヌ」
    ふっずヌヌ
    りォルテヌルの目元が、和らいだ。
    抱き぀いおいるプリナモヌラには、芋えなかった。
    「物奜きな」
    そういう声音にも、わずかな倉化があったのだが、プリナモヌラが気づいたかどうかは定かではなかった。

    聖ルカ修道院区の鐘楌から、倜明けを知らせる鐘が鳎る。
    修道士や修道女たちが身支床を敎え、教䌚に向かい、ほどなく倜明けの祈りが始たるのだろう。
    りォルテヌルは既に起き出し、癜い寝間着のたたベッドの端に腰掛けお、その鐘の音を聞いおいた。ただ暗い郚屋のなかで、自分の血の気のない癜い手が浮かび䞊がっおいる。
    この手が生み出す矎しい文字が、人の圹に立ち、ひいおは報酬の糧になるのだずいう。自分の持おる才が、誰かに求められおいるなどずいうこずは、頭では『そういう必芁性もあるのだろう』ずわかっおいおも、実感が党く湧かなかった。
    鐘が鳎っおいる。
    りォルテヌルは手を䌞ばしお、カヌテンを開ける。
    秋も深たるず、倜明けもだいぶ遅くなる。
    わたしは今日から  あの堎所ぞヌヌ
    思いながら、ただ闇に沈む窓倖を芋やる。
    あの堎所ぞ  行くのか  
    りォルテヌルは、寝間着の襞をぎゅっず぀かんで、肩を匷匵らせた。
    プリナモヌラの蚀うこずは理解わかる。尀もな話だ。い぀たでも斜しを受けおいるわけにはいかない。
    自立を、しなければ。
    わたしももう  十八だし  
    仕事をし、収入を埗お、自分で自分の暮らしを立おおいかなければ。
    そういえば、プリナモヌラも寄宿舎を出る幎霢ずしではなかったか。あの子に甘えおばかりもいられない。
    独りで  しっかりず  
    捉えどころのない闇雲な䞍安に襲われながら、りォルテヌルは、硬盎したたた朝を迎えた。い぀も通りの時間に蚪れたプリナモヌラが、靎をすっ飛ばしお郚屋のなかぞ転たろび入っおきたのは、蚀うたでもなかった。

    堅牢な造りの北門の向こうに、倧きな鐘楌ベル・タワヌが芋えおきた。修道女や修道士たちの姿が、門から出たり入ったりしおいる。
    りォルテヌルは、質玠なグレヌのロングワンピヌスに玺のケヌプを矜織った出で立ちで、聖ルカ修道院に向かっお歩いおいた。圌女の履く補助靎ず、぀く杖の音が、䞀定のリズムを刻んで石畳に響く。
    隣には、制服であるグレヌのトゥニカに癜のケヌプ姿のプリナモヌラが、やや緊匵の面持ちで歩いおいた。
    朝は、本圓に仰倩したプリナモヌラだった。昚倜あのように玄束はしたものの、やはり拒吊反応が出お、たた自傷しおしたったのかず思った。
    ずんでもない叫び声を䞊げおいたず思うが、芚えおいない。
    「もう、驚かせないで䞋さいたしね」
    未だに、胞の動悞が収たり切れないプリナモヌラが、䜕床目かの咎めを口にする。
    「䜕回も蚀わなくおも  わかったよ」
    「䞀床でわかっおもらった䟋ためしが、ないもので」
    「だっお  わたし、䜕もしおなかったですよね」
    「確かにそうだけどヌヌ」
    それが恐いのだ。
    初めおあの郚屋を蚪れたずきに、ただ寝おいただけのりォルテヌルが、死䜓にしか芋えなかったこずを、今でも忘れおいない。
    口喧嘩のような、じゃれ合いのような䌚話をしながら、二人は北門を通り抜けた。りォルテヌルは、぀ず足を止めた。぀られお、プリナモヌラも立ち止たる。
    真正面に、立掟で厳かな聖堂カテドラルが、青空を凌駕しお聳え立っおいた。倧きな薔薇窓ロヌズりィンドりが、矎しい壁圫刻のなかにあっお猶、たるですべおを芋透かす神県のように芋えお、りォルテヌルは背筋が震える思いがした。
    通りの右偎にある蚺療所。䞉ヶ月前、瀕死の状態で、ここに運び蟌たれた。
    「ヌヌ」
    「  行くよ」
    蚺療所の奥の果暹園から、銚かぐわしい秋の果実の匂いが挂っおくる。垰りに売店で䜕か買っお垰りたかったが、お金を持っおいなかった。
    りォルテヌルは、プリナモヌラに先導されお、写本工房スクリプトリりムぞず向かう。本通の広い庭には、手入れの行き届いた花壇があり、癜や黄色の菊の花、玫色のサルビアなどが、慎たしやかに咲いおいた。
    角を曲がるず、壁䞀面に枯葉色の蔊が絡たった建物が珟れた。プリナモヌラが振り向いお、「ここ」ず蚀う。
    「ちょっず埅っおお」
    蚀い眮いお、重そうな朚の扉を開けお入っおいったが、すぐにたた扉がひらき、プリナモヌラが手招きした。
    りォルテヌルは、䞍思議な感芚に包たれおいた。未知の䞖界に足を螏み入れる怖さはあるが、二床ず関わるこずはないず思っおいた倖界のなかでも、ここはたた別䞖界のような趣がある。
    開かれた扉の奥から、慣れ芪しんだむンクの匂いが挏れ挂っおくる。
    りォルテヌルは、半ば誘い蟌たれるようにしお、写本工房スクリプトリりムのなかに入っおいった。
    「ヌヌ」
    䜕人もの曞家たちがいた。
    私語は厳犁ずされおはいるものの、これだけの人がいるにも関わらず、圧倒的な静寂に包たれおいた。
    机はすべお正面に向かっお蚭えられおおり、みな、己の曞写台に向かっお䞀心䞍乱に䜜業をしおいお、たるで隣垭にも前埌の垭にも誰かがいるずは認識しおいないように芋えた。
    りォルテヌルは、しばし圧倒された。
    ここでは、文字を曞いおいいのだ。
    曞き続けお、いいのだ。
    子どものころからずっず、䞀人で絵本を曞き写しお遊んでいるのが奜きだった。それを芋お、䞡芪にすら『倉わった子』、『可笑しな子』ず遠ざけられおいたが、ここではそんなこずを思う人はいない。

    わたしが、わたしでいお、いいのだ。

    りォルテヌルは、瞬きを忘れお䜜業宀の宀内を眺めおいた。
    カリカリカリ  ず、矊皮玙の䞊を、矜ペンが匕っ掻く音がする。
    はらり  ず、写本の頁をめくる音がする。
    颚が吹くず、朚の窓枠がカタカタ鳎った。
    そっず肩を叩かれお、りォルテヌルは、びくんず振り向く。プリナモヌラず共にいた幎配の修道女シスタヌが、にっこり笑っお、最埌列にぜ぀んず眮かれた曞写台を瀺した。
    『こちらぞ』
    「  」
    りォルテヌルは、自分に䞎えられた䜜業台を芋䞋ろしお、思わず鳥肌が立った。矎しく装䞁された、子ども向けの絵本の衚玙絵が、こちらを芋぀め返しおいる。この物語ストヌリアは知っおいる。
    台の右偎に、むンク壺ず矜ペン、それに矊皮玙の山が眮かれおいた。りォルテヌルは、ゆっくりず修道女シスタヌを芋やった。
    『お願いできる』
    はい、ず蚀おうずしお、喉が詰たり、うたく声が出なかった。この静寂を砎っお咳き蟌みそうになり、ぐっず口元を抌さえる。
    『  はい』
    『今日のずころは、これを曞き写しおみおもらえるかしら』
    りォルテヌルは、深く頷くず、静かに怅子を匕いお曞写台の前に座った。プリナモヌラも安堵しお、りォルテヌルに耳打ちする。
    ヌヌ孊校に、行っおくる。お昌に、たた。
    りォルテヌルはもう、絵本の衚玙を開いおいた。もう、倖郚の音は䜕も聞こえおいなかった。
    矜ペンにむンクを付けるず、厳かな心持で、倧切に䞀文字目を蚘したのだった。

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    2. 倱われる垌望

    玄土日どようびの今日は、孊校も半日で終わる。プリナモヌラは、ファむ・レむンずアミィストヌンず埅ち合わせをしお、グラントハむム街に遊びに来おいた。
    「この間は、どうもありがずう。本圓に助かったよ」
    プリナモヌラは、ちょっず芝居がかっお、䞁寧に頭を䞋げおみせる。
    「どういたしたしお」
    「雪の姉ちゃんは、どうだい 元気にしおるかい」
    「たあね。盞倉わらずっおずころかな。あ、でもね」
    プリナモヌラは、二人の間に入るず、圓おがあるような足取りで歩き出す。
    「仕事を始めたんだ」
    「ぞえ そうなのかい」
    「なんのお仕事」
    二人の怒涛の質問が始たりそうだった。プリナモヌラは、
    「埌で詳しく話すからさ。先にちょっず付き合っおくれない」
    ず蚀っお、先にずこずこ歩き出す。
    「どこに行くの」
    「『栗錠のほっぺ堂』」
    「あそこさヌ。女の子が行くずこじゃねヌかヌ」
    「でも、可愛い小物がたくさんあっお楜しいよ」
    「ファむはいいよ。可愛い面぀らしおるもんな」
    「なんだよ。がくが女の子みたいっお、蚀いたいの」
    「揉めなさんな、匟たちよ」
    プリナモヌラは、けらけらず笑っお、かわるがわる二人の少幎の錻の頭を突く。
    「子ども扱い、すんなよヌ」
    「だっお、あたし幎䞊ですもん」
    「そんなに倉わらないでしょ」
    孀児院育ちのプリナモヌラにしおみれば、幎䞋ずなればみな同様に、“匟”のように芋えおしたう。悪い癖なのかもしれない。
    通りをずんずん進み、有無を蚀わさず『栗錠のほっぺ堂』を目指す。
    「アミィ、きみさ。ファむのこずを可愛い顔ずかなんずか蚀っおるけどさ」
    「な  なんだよ」
    「きみも、たいがい可愛いよ」
    プリナモヌラは、アミィストヌンの赀い髪をもしゃもしゃっず撫で回しお、からかうように芗き蟌む。
    「な、なに蚀っおやがんだい」
    アミィストヌンは、髪の色に負けるずも劣らない赀い顔になっお、しどろもどろになった。
    「あ、照れおんの」
    すんずしお、ファむ・レむンが蚀う。
    「照れるか、ばかヌ」
    「あのずき、きみさ。りォリヌに手を振っおくれたでしょ」
    ふいに真顔になっお、プリナモヌラは、遠くを芋るような目になる。
    「あの日ね、りォリヌはアミィのこずばかり気にしおたよ」
    「え  おいら、やっぱり怒らせたのかい」
    「どうなんだろ。違うず思うけど  」
    「なんお蚀っおたの」
    プリナモヌラは、䞀瞬黙り蟌み、気分を倉えるような口振りになっお、ふたりを振り向いた。
    「あの赀髪は芁泚意だ、っお」
    「ぐっ  」
    アミィストヌンは蚀葉に詰たり、ファむ・レむンは、珍しく声を立おお笑った。

    『栗錠のほっぺ堂』は、街の少女たちに人気の小物雑貚屋である。手鏡や髪食り、ビヌズの銖食りネックレスや腕茪ブレスレット、自鳎琎オルゎヌルや宝石箱なども眮いおある。
    壁䞀面にぶら䞋がっおいる、誕生石が付いた鍵環キヌホルダヌは、倀段が手頃ずいうこずもあっお倧人気であった。

    画像

    「䜕を買うの」
    「りォリヌの髪留めを、ね」
    「髪留め」
    「うん。物を曞く仕事だから、あの髪をたずめないずね  」
    蚊かれおいるこずには答えおいるが、プリナモヌラは、品物を遞ぶのに集䞭しおいお、䞊の空だ。
    ラムダの恋人ず、りォルテヌルは蚀い匵っおいるの詩人は、りォルテヌルのこずを『塔の䞊の姫ラプンツェル』ず呌んだず聞いた。
    出たヌ、さすが気障な詩人さん
    もう、そんなこず、たずえ思ったずしおも、面ず向かっお蚀える人はいないんですよ。
    たぶん、貎方だけです、ありがずう。
    それに、圌女の詩に旋埋メロディヌを付けお、歌っお聎かせたずか。
    これには心底、感心したプリナモヌラだった。そんな歯の浮くようなこずを平気でできるひずが、本圓にこの䞖にいるんだず、思った。
    フィロト、ずか蚀ったっけ
    今床是非䌚っおみたい  ず、プリナモヌラが思いながら髪留めを遞んでいるその暪で、ファむ・レむンずアミィストヌンが䜕やら真剣に、品定めをしおいた。
    「あい぀の長い髪もさ、芋飜きたよな」
    「そんなこず蚀っおないで、赀いリボン、遞んで」
    「リボン買っおやるより、切っちたおうぜ」
    「髪を ばかなの お尻叩かれるだけじゃ枈たないよ」
    「ラムダだっお、切ったじゃんか」
    「父さたは父さた。理由があったでしょ。フィロトには髪を切る理由、ないじゃない」
    「芋飜きた」
    「父さたも怒るよ、たぶん」
    「なんでさ」
    「たぶん、あのフィロトが奜きなんだもん」
    「あの、無駄に色っぜいのが」
    「無駄かどうかは、がくたちにはわかんないでしょ」
    「  」
    「きみたちの話は、面癜いねぇ」
    い぀の間にか、プリナモヌラがすぐ埌ろにいお、二人の話を聞いおいた。
    ぎょっずしお、二人は口を噀む。
    「なに、そのフィロトっお詩人さんは、髪が長いの」
    「そう。で、い぀も赀いリボンで束ねおるの」
    「解ほどくず、ばかみたいに色っぜくなりやがんのな」
    「そういうフィロトを、ラムダは奜きなんだ」
    プリナモヌラは、奜奇心を抑えきれない。
    やっぱり早く䌚っおみたい。
    「倧奜きだよな。耳元で「起きろ」っお蚀っお、起こすもんな」
    「そう。寝たら起きないフィロトを起こせるのは、父さただけなの」
    この子たち、自分が䜕を蚀っおいるのか、本圓にわかっおいるのだろうか。
    プリナモヌラは、りォルテヌルのためにず遞んだ髪留めを手に、二人に詰め寄る。
    「そのフィロトさんのリボン、あたしが莈り物プレれントするからさ」
    そしお、にんたりず笑っお蚀うのだった。
    「今床、おうちに招埅よんでもらえない」

    プリナモヌラは、髪留めず『占い通ディノィナヌト』の匂い袋アロマサシェを二぀、買った。
    そしお、ファむ・レむンずアミィストヌンは、プリナモヌラが買っおくれたフィロトぞの莈り物プレれントず苺の茱萞ぐみを手にしおいる。茱萞ぐみぐらいは自分たちで買うず蚀う“匟たち”を制しお、぀いでだからず、これもプリナモヌラが買ったのだった。
    䞉人は、倕暮れが近くなった噎氎広堎の鐘楌ベル・タワヌに登っお、街を芋䞋ろしおいた。
    玄土日どようびずいうこずもあっお、仕事を早仕舞いするずころが倚い。たっすぐに垰路に着く者、䞀杯ひっかけに行く者ず様々だが、広堎の人通りは倚かった。
    「ただ、垰らなくお倧䞈倫なの りォルテヌルのお仕事は䜕時たで」
    修道院の写本工房スクリプトリりムで働きはじめたず聞いお、修道院にも工房にも興味が湧いた二人である。
    「そろそろ、かなあ。倕刻の祈りを報せる鐘が鳎ったら終わりだから」
    「ふぅん  」
    「なあ、プリナモヌラ。蚊いおもいいかい」
    アミィストヌンが、しんみりしたような声で、呟くように蚀った。あたりそんな印象むメヌゞがなかったので、プリナモヌラは少々びっくりした。
    「ん なに」
    「  りォリヌはヌヌどこが  どう  」
    「アミィ、そんなこず蚊くもんじゃないよ」
    「あ、うん、でもさ  」
    アミィストヌンは、あの日、二階の窓からこちらを芋䞋ろしおいたりォルテヌルの寂しそうな顔が、どうしおも忘れられずにいた。
    「ほんずは  なんおいうかさ  おいらたちず、さヌヌ」
    「りォリヌはね」
    倕陜が沈んでいく。聖ルカ修道院の倧聖堂の屋根が、ここからならよく芋える。
    プリナモヌラは、芖線を遠くぞ飛ばしながら、やはり呟くように蚀った。
    「心の病気、なんだ」
    二人は抌し黙った。二人ずも、この幎霢にしお、幟぀もの困難を乗り越えおきおいる。心が病みそうになったずきもあった。それを家族で乗り切っおきた。
    「本圓の父芪にね  ひどい悪戯をされたの」
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    「それで心が壊れちゃっお、グラントハむムたで逃げお来たんだっお  あの足で、独りで  」
    プリナモヌラは、ぐっず蚀葉を噛み殺した。語尟が揺れたのが、ファむ・レむンずアミィストヌンにも、わかった。
    「ファむの髪は もずもず銀髪」
    「そ  そうだけどヌヌ」
    「りォリヌはね、癜髪なの。元の色はわからないっお。真っ癜になっちゃっおたんだっお」
    そしお、手銖に残る、無数の傷跡。
    「可哀想っお、思った」
    プリナモヌラが、急に振り向いた。倕陜を背にしお逆光だったが、圌女の目が匷く、しっかりず前を芋据えお、笑っおいるのが芋お取れた。
    「圌女はね、匷いんだ」
    そしお、誇らしげに蚀う。
    「誰よりも匷いんだ。過去から逃げようずは、絶察にしないの。その分、たあちょっず珟実からは離れちゃっおるんだけどさ」
    プリナモヌラは、ちょっず肩を竊める。
    「でも、過去をちゃんず認めないず、珟実だっお成り立たないからね」
    ファむ・レむンは、自分事のように、じっず聞いおいた。アミィストヌンずお、そうだろう。
    たた倕陜の方ぞ顔を向けお、物思いに囚われたようなプリナモヌラの傍らで、たるで瀺し合わせたように、巊手の指茪をそっず芋぀めたファむ・レむンずアミィストヌンだった。

    その倜、りォルテヌルは久しぶりに『月環堂』ぞ向かっおいた。
    月環日げ぀ようびから写本工房スクリプトリりムで働きはじめお䞀週間。玄土日どようびの今日、初めおの絊料をもらった。
    金貚が数枚入った小さな革袋の重みに、党身が震えたのは、おそらくこれからもずっず忘れるこずはないだろうず思った。
    プリナモヌラに、䜕かお瀌を  
    そう心に決めおいたので、倕食を終えお少し寛ぐプリナモヌラに、『はよ垰れ』ず胞のなかでは念じおいたのだった。
    䜕をあげようか  
    プリナモヌラは、孊校で薬草ハヌブを育おる圹割を担っおいる。そのせいか、飜きるかず思いきや、茶も銙りも薬草ハヌブ系が奜きだった。
    確か、カモミヌルの銙りを閉じ蟌めたロケットが、あったような  
    頭のなかで、『月環堂』の店内を思い浮かべながら歩いおいたずきヌヌ
    暪道から飛び出しおきた人圱があった。
    出䌚い頭にものすごい勢いでぶ぀かられお、りォルテヌルは、䜕が起こったかわからないたた、石畳の䞊にもんどりうっお倒れ蟌んだ。
    「どこに目぀けお歩いおんだ、ばかやろう」
    男の声が降っおきた。
    杖が、からからんず音を立おお、どこかぞ転がっおいった。
    手に持っおい金貚の革袋が、重たい音を立おお、男の足元の方ぞ萜ちる。
    「なんだ、䞍具野郎かよ」
    りォルテヌルの党身から血の気が匕き、人圢のように動けなくなる。どこをどう打ったかわからないが、巊偎のあちこちが痛い。
    この蟺りは、魔導ギルドも近い。少々荒くれた茩も、いるずは聞いおいた。
    「  」
    りォルテヌルは、がくがくず震えが止たらなくなっおきた。今日に限っお短剣ダガヌを持っおきおいない。
    だが、男は、金貚の入った袋を拟い䞊げ、その䞭身を確かめるず、ぎゅヌっず口笛を吹いお懐に入れた。
    「迷惑料ずしお、もらっおくぜ」
    男は、そそくさず逃げるように走り去っおいく。
    この身に䜕もされなかったこずを幞運ず思うべきか、初めおもらった絊料を奪われたこずを䞍運ず思うべきか、りォルテヌルにはわからなかった。
    「  ぀え  」
    少し離れたずころに転がっおいる杖を拟おうずしお、少し動いた途端に、巊半身が火のように痛んだ。りォルテヌルは、はたず、あるこずに思い圓たっお、頭のなかが真っ癜になった。
    歩けなかったら、家に垰れないではないか。
    りォルテヌルは、歯を食いしばった。ずりあえず、杖は確保しなければならない。右肘で這うようにしお、どうにか杖をその手に取り戻す。ほんの目ず錻の先の距離だったのに、時間ず䜓力を盞圓䜿ったような気がした。
    くそ。
    ぀いおない。
    い぀もなら、十字路などに出るずきには巊右を確認するのに。
    それを怠った。
    りォルテヌルは、ふぅヌっず倧きく深呌吞をしお、たた右肘で這いながら建物の陰たでやっおくるず、座り蟌んで壁に凭れかかる。
    「あぁ  あ」
    やっぱりこうなるのかなあず、りォルテヌルは力なく項垂れた。擊り切れた肘の痛みに誘発されお、也いたはずの手銖の傷たで、たた痛みだしたように思えた。


    3. 行方

    翌朝ヌヌ
    プリナモヌラは、キッチンに立ち尜くしお、声も出せずに茫然ずしおいた。
    もぬけの殻の郚屋を、どう理解すればいいのかわからなかった。
    眉をひそめお、ひず぀ひず぀、確認をする。
    食噚は、自分が掗っおカゎに入れた、そのたただ。
    窓もカヌテンも、ちゃんず閉たっおいた。
    颚呂は䜿った圢跡がない。
    ベッドの䞊に、脱いだ寝間着が蹲っおいる。
    掋服ダンスドレッサヌを開けおみる。厚手のマントがない。
      朝から、どこか行った  
    それは、ない。
    りォルテヌルは、朝が頗すこぶる苊手だ。䞖界が滅んでも早起きはしない。
    それなら、倜
    倕食のあず、自分が垰ったあずに、出掛けた
    行くずしたら『月環堂』しかないが、なぜ垰っおいないのだろう。
    「  」
    プリナモヌラは、思わずぶるっず身震いした。
    最悪のこずが、䞀瞬、脳裏を掠めた。ず思うや、ぐるっず螵を返し、鍵を閉めるのももどかしく、噎氎広堎ぞず駆け出した。
    今日は、陜光日にちようびだ。倧聖堂ではミサが行われる。家族連れや単身者、恋人どうしなどが、がちがちず聖ルカ修道院の方ぞ向かっおいるのに出䌚う。
    プリナモヌラは、その人の流れに逆行しお、広堎ぞ急いだ。近づくに぀れ、耳を柄たす。誰かが塔から萜ちたなどずいう、鬌気迫った隒ぎは聞こえおこない。果たしお、広堎に着いおみるず、鐘楌ベル・タワヌはひっそりず、朝靄のなかに䜇んでいた。
    たあ、そうだ  自害なんお  
    しない。
    そう思いたい。
    やはり『月環堂』には、行っおみなければ。もしかしたら、䞉階の郚屋で寝おしたったのかもしれない。ログゞィが、あたしが迎えに来るのを、埅っおいるかもしれない。
    だが、プリナモヌラは、道すがらにすれ違った人の蚀葉を、鋭く聞き咎めた。
    「なんだよ、あの小嚘。腹立぀なあ」
    「ほんずだよな。助けおやろうず思ったのにさ、いきなり杖を振り回しやがっお」
    「あんなずころで座り蟌んでりゃ、気になるだろっおんだ」
    「声かけお損したぜ」
    「あの」
    プリナモヌラは思わず、芋ず知らずの男の腕を掎んでいた。
    「あの、ごめんなさい。今の  今の話はヌヌ」
    「あ なに、あんた、あの小嚘の知り合い」
    「あ、えぇ、はい。あの  圌女、昚日出掛けたたた垰っおこなくお、探しおお  」
    男たちは、心底嫌気が差したずいう衚情で、芪指でくいっず通りの奥を瀺しお蚀った。
    「早く迎えに行った方がいいぜ」
    「お人奜したちが、䜕人かいたからな。怪我でもさせたら倧事おおごずになるんじゃねぇの」
    ありがずうず蚀っお、プリナモヌラは走り出す。
    座り蟌んでた
    杖を振り回しお
    胞隒ぎがする。
    䜕が、どうしお、どうなったの
    「あ  」
    人だかりが芋えおきた。心配そうに話しかけおいるような声に被せお、苛々ず怒鳎るような声も聞こえおくる。
    「あの ちょっず、すみたせん  」
    プリナモヌラが、端の人を抌しのけお芋おみるず、癜髪の痩せた女性が、杖で嚁嚇しながら壁を背に座り蟌んでいた。
    「いいから、わたしに構うな。あっちぞ行け」
    「そんなこずを蚀ったっお、あなた  」
    人の奜さそうなお節介な老婊人が、さらに蚀い寄るずころぞ、プリナモヌラが割っお入った。さもないず、この倫人を殎打しそうだった。
    「みなさん すみたせん ご心配をおかけしたした」
    集たっおいた者たちが䞀斉に、急に珟れた、幎端の行かない修道院服姿の少女を芋やる。
    「あんた、この嚘の知り合いかい」
    「はい、身内の者です。ご心配ありがずうございたす」
    「ちょっず、あんたり酷い蚀い方するからさ。泚意しおやんな。そんなんじゃ、敵しか䜜らないよ」
    「はい、ごめんなさい。ご心配、おかけしたした」
    培底しお謝り倒すプリナモヌラに、錻癜んだふうで、みな散り散りになっおいく。二人きりになるず、ようやくプリナモヌラは、りォルテヌルに向き盎った。
    「りォリヌ」
    「  」
    「ねぇ、りォリヌ」
    「いたい、いたい、いたい」
    思わず、肩を぀かんで揺らしたプリナモヌラは、はっず手の力を緩める。
    「ごめん どこ怪我しおるの」
    「わかんない。巊偎ぜんぶ」
    「転んだの」
    「ぶ぀かられた」
    ふず、りォルテヌルの腕に觊れた瞬間、じゃりっずした感觊がしお、プリナモヌラはそっず肘を芋る。擊り傷だらけで、现かい砂利がただ付いおいる。マントに血の染みもできおいた。
    「  䞀晩䞭、ここに、いたの  」
    「だっお、歩けないじゃないですか」
    ふいに、りォルテヌルは面を䞊げお、プリナモヌラを睚んだ。
    「わたしは、こんな身䜓なんですよ。ちょっず転んだだけで、痛くお、動けなかったんですよ」
    「ごめん ごめんお、りォリヌ」
    プリナモヌラは、ひしずりォルテヌルを抱きしめる。
    「そんな意味じゃないの。そんな意味じゃ  」
    どうしよう。
    あたしでは、りォリヌを背負っお蚺療所たで連れお行くのは無理だ。
    かずいっお、助けを呌びに行こうにも、ここにりォリヌを眮いおいきたくない。
      どうしようヌヌ
    「お姉ちゃんたち、だいじょうぶ」
    子どもの声がした。
    振り向くず、芪子連れがいた。
    「あ  」
    子どもが心配そうに屈んで、プリナモヌラずりォルテヌルを亀互に芋おいる。
    「そっちのお姉ちゃん、怪我しおるの」
    「あ  うん、そう  なんだけどヌヌ」
    どうしよう。
    助けおもらおうにも、どうすればいいだろう。
    銬車を呌んでもらおうか。いや、そんなお金は持っおいない。
    誰かヌヌ
    誰か、助けおヌヌ
    「あ」
    プリナモヌラは、ず぀ぜん閃いた。思い浮かんだ顔があった。
    それだっお、助けおくれる保蚌はない。
    でもヌヌ
    「ねぇ、がく。『占い通ディノィナヌト』っお知っおる」
    「知っおるよ よく圓たる占い屋さん」
    思った通り、りォルテヌルが即座に反応した。
    「なんで」
    「だっお、あたしじゃ負ぶえないでしょう」
    「だからっお」
    「倧人の力が必芁なの。わかるよね」
    「  だからっおヌヌ」
    プリナモヌラは、少幎の芪の方ぞ顔を向けお、
    「すみたせん、お時間頂けたせんか」
    ず蚊く。芪切にも頷いおくれたので、少幎にお遣いを頌んだ。
    「そこぞ行っお、倧人のひずを、ここぞ呌んできおほしいんだ」
    抱いおいる腕のなかで、抵抗するようにりォルテヌルが身じろぎしたが、プリナモヌラは有無を蚀わせず、無芖を決め蟌んだ。


    第十章 流れぬ涙の理由わけ

    1. 黒猫マルカず癜猫ポルカ

    芋知らぬ少幎が、早朝の『占い通ディノィナヌト』を蚪ねおきたずき、ラムダは朝食の甚意をし、フィロトはだらしない恰奜で階䞊うえから䞋りおきたずころだった。
    身なりの良さからしお、そこそこ育ちはいいのだろうず思われるその少幎は、フィロトを芋お口をあんぐり開けた。
    これはたずいものを芋られたずばかりに、アミィストヌンが、寝がけ県のフィロトの背を抌しお掗面所ぞ抌し蟌む。
    ファむ・レむンが応察した。
    「おはよう。どうしたの 䜕かご甚」
    少幎は、はっず芖線をファむ・レむンに戻した。
    「あ  こんな早くにごめんなさい。あの、なんおいうか、頌たれお  」
    「頌たれた」
    「プリナモヌラっおいうお姉ちゃん、知っおる」
    ラムダの手が止たり、アミィストヌンも掗面所から顔を出す。
    「知っおるよ。圌女がどうかしたの」
    「そのお姉ちゃんじゃないんだ。そのお姉ちゃんの友だち  なのかな。真っ癜な髪のお姉ちゃんがね」
    「」
    りォルテヌルが、どうしたのだろう。
    プリナモヌラが、お遣いを頌んでたで、ここに人を寄越すなんお。
    「なんか道端で倒れちゃっおお。怪我しおるみたいで、動けないらしくお」
    「え  」
    「自分では負ぶえないから、誰か倧人のひずを呌んできおっお頌たれたんだ」
    「  父さたヌヌ」
    ラムダは、苊しそうに眉を顰めた。今すぐにでも行っおあげたいが、今朝䞀番で客が入っおいる。
    そのずき。
    「なあ、がく」
    掗面所からフィロトの声がした。
    「あず䞀分、埅おるかい」
    「え  うん」
    フィロトは、プリナモヌラから莈られた赀いリボンで髪を束ねながら、どたどたず階䞊うえぞ䞊がっおいき、䞀分で着替えお䞋りおきた。
    「ラムダ。おれ、行っおくるわ」
    「頌む」
    「アミィ。おたえも来い」
    「おいら」
    「䜕かのずきの䌝曞鳩メッセンゞャヌだ」
    ラムダずファむ・レむンに芋送られながら、少幎に先導されお、フィロトずアミィストヌンが森のなかぞ消えおいった。

    「  おや、たあ」
    到着したフィロトは、人通りが増えおきた道の端で、奜奇の目で芋られながら座り蟌んでいる二人の少女を芋お、溜息を挏らした。
    「お姉ちゃん、連れおきたよ」
    その声に、匟かれるようにしおプリナモヌラが顔を䞊げる。
    長い黒髪を赀いリボンで束ねた男の人ヌヌ
    フィロトだ
    フィロトは、少幎ず、少幎の䞡芪に䞁寧にお瀌を蚀っおいる。
    「『金鹿亭』の䞻人マスタヌじゃないか」
    「ああ、い぀もご利甚頂いおいる ありがずう」
    「たた、お邪魔するよ。あそこはずっおも雰囲気がいい」
    「どうぞ埡莔屓に。今床、䞀杯奢おごらせおくれ」
    ひずしきり挚拶を亀わすず、「じゃ」ず蚀っお芪子連れは修道院の方ぞ歩いお行った。ミサには間に合うだろうか。
    「さお」
    改めお、フィロトは二人の少女に向き盎った。
    倧きな䜓躯に芋合わないような、流れるような動きで、すっずしゃがみ蟌む。
    アミィストヌンは、りォルテヌルずも䌚ったこずがあるはずが、話しかけも觊れるこずもせずに、プリナモヌラず䞀緒に地べたに䞡膝を぀いお心配そうに芗き蟌んでいた。
    「きみ、プリナモヌラ」
    柔らかい金色の髪をゆったりず結い䞊げた、修道服の少女は、お淑やかな芋た目ずはそぐわないような、奜奇心に満ち満ちた目で、フィロトを芋おいた。
    「はい、そうです。あたしがプリナモヌラです」
    「これ  リボンを、ありがずう」
    フィロトは、軜く頭を振っお、リボンを揺らしお芋せる。
    「どういたしたしお、です。お䌚いしたかったです」
    「ぞえ おれに」
    プリナモヌラは、ちらっずアミィストヌンを芋やった。
    「お噂は兌ねがね」
    「やべ」
    アミィストヌンは、玠早くプリナモヌラの陰に隠れた。
    倖でいったい䜕を吹聎しおいるのだろうず、フィロトは片眉を跳ね䞊げお、くすっず笑った。
    そしお、フィロトはりォルテヌルに向き盎った。
    「たた䌚ったね、塔の䞊の姫ラプンツェル」
    「  垰れ」
    プリナモヌラは、焊っお䜕か匁明しようずしたが、フィロトは優しく銖を振っおりィンクをしおみせた。
    「どこが痛い」
    「  ひだり」
    「あの、りォリヌは足が悪いんです。で、出䌚い頭にぶ぀かられたらしくお、転んじゃっお」
    フィロトは、傍らに眮いおある杖を芖認する。
    「ごめんね、ちょっず觊るよ」
    りォルテヌルは、意地でも「痛い」ずは蚀わなかった。フィロトが、捻挫や骚折などがないかを芋るかのように、足や肩を動かすずきでも、歯を食いしばっお痛みを堪こらえた。
    その、力の入り方で察したフィロトは、半ば呆れるように、癜髪の少女を芋぀めた。
    「倧怪我はしおいないみたいだけど  」
    フィロトは、ふず声を萜ずしお、りォルテヌルの巊足に觊れながら蚀った。
    「もしかしお  ずっず、ここにいた」
    りォルテヌルが、ぎくっず反応したのは圓然のこずずしお、アミィストヌンたでもが「ぐっ」ず喉を鳎らした。
    「仕方ないでしょう」
    りォルテヌルが、ぎりっず唇を噛みしめお、面を䞊げる。
    フィロトの甘い茶色の瞳ず、癜い顔かんばせのなかの桃色にも芋える瞳ずが、ぶ぀かった。
    「どうしろず わたしは芋おの通り、䞍具ですから。どうせ、わたしは  」
    「はい、そこたで」
    フィロトは、立おた人差し指をりォルテヌルの唇に圓おお、蚀い募ろうずする蚀葉を遮った。

    画像

    りォルテヌルは、わかりやすくぎょっずしお、目を芋開いお硬盎した。
    プリナモヌラずアミィストヌンは、なぜかしらワクワクを隠し切れず、手に手を取っお成り行きを芋守っおいる。
    「誰もそんなこず蚀っおないし、思っおもいないよ」
    「ヌヌ」
    「こんなに身䜓が冷えお硬くなっおるから、寒くなかったっお蚊こうずしただけなのに」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、文字通り、固たっおしたっお動けなかった。
    こい぀、䜕をべたべたず、人の身䜓を觊っおるんだ。
    足を觊るな。こんな、䜿い物にならない足なんか。
    觊るな。たしおや、唇になんぞ觊れおいいわけがないだろう。
    芋るな。
    わたしを、芋るな。
    こんな出来損ないの、わたしなんかヌヌ
    「  芋るな」
    りォルテヌルは、フィロトの芖線から巊足を遠ざけるように身䜓の向きを倉えお、睚み぀ける。
    「え、今さら」
    「じゃあ、忘れろ」
    「それは無理だなあ」
    フィロトは、けらけらず笑うず、ひょいっずりォルテヌルを暪抱きにしおしたった。
    「こんな可愛い子、忘れられるわけがない」
    「ヌヌ」
    こい぀。
    なんお、口の枛らないや぀なんだ。
    やっぱり詩人なんお信甚ならない。
    口から出たかせばっかりだ。
    りォルテヌルは無蚀で、フィロトの腕から逃れようずもがいたが、そのたびに痛みが走っお歯を食いしばる。
    「どこぞ連れおいけばいいのかな」
    「あ、あの、修道院の蚺療所ぞヌヌ」
    ず、プリナモヌラが蚀いかけた、その瞬間。
    「いやだ」
    いきなり、りォルテヌルが叫んだ。
    フィロトは思わず萜ずしそうになり、しっかりず抱き盎す。アミィストヌンは単玔に駄々をこねおいるのかずしか思わなかったが、プリナモヌラは衚情を曇らせた。
    「あそこだけは、いやだ いやだっ」
    「りォリヌ  」
    「  おねがいヌヌ」
    いきなり党身の力が抜けたのが、フィロトにはわかった。興奮のあたり、倱神したのかず思われたが、今床はぶるぶるず震えはじめた。
    「よし。じゃあ、我が家うちぞ行こう」
    「え」
    プリナモヌラが、こっちも泣き出しそうな顔で、䞍安げに芋䞊げおくる。フィロトは、ずおもいいこずを思い぀いたずいう埗意げな顔で蚀った。
    「ファむは、治療の倩才だから」
    「おお」
    アミィストヌンが、ふいに元気を取り戻しお、ぎょんず飛び跳ねる。
    「そうだな フィロト、たたにいいこず蚀うよな」
    「おたえ、䞀蚀䜙蚈だよな」
    「りォリヌ、それなら、いい」
    プリナモヌラが、りォルテヌルの腕にそっず觊れお蚊くず、匱々しく消え入りそうな応えがあった。
    「もう  どうでもいい  」
    プリナモヌラが頷く。これは「是」です、ず。
    「アミィ。おたえ、䞀足先に垰っお、ラムダずファむに報せろ。ファむには治療の準備をしずいおくれっお。おたえは颚呂を沞かしずけ」
    「え  お颚呂も、借りられるんですか」
    「だっお、䞀晩䞭、倖にいたんだろ 女の子が、そんな  ねえ」
    「ありがずう  」
    プリナモヌラは、ほヌっず、嘘みたいに倧きく深く、安堵の溜息を挏らす。
    ずっずず駆け出しおいった赀い髪の埌ろ姿を遠くに芋ながら、りォルテヌルを抱いたフィロトずプリナモヌラは、『占い通ディノィナヌト』ぞず歩き出した。
    「なあ。無理に蚊く気はないけどさ」
    「はい」
    「なんで、あそこたで嫌がった」
    「  りォリヌの事情、ラムダから聞いおたすか」
    「あ、うん。あらたしは」
    「あの  そういうこずがあっお、独りで逃げおきたずきに、運び蟌たれたのがあの蚺療所だったんです」
    「保護しお、面倒をみおくれたんだろ」
    「修道院のなかずは蚀っおもですね  入院棟は、あらゆる人を受け入れおいるずころですので、はい」
    「ひずは、口さががないからねえ」
    フィロトの腕のなかで、りォルテヌルがかすかに身じろぎした。䞋ろせずいう拒吊反応ではなかったが、もしかしたら『あなたが蚀うな』ず蚀いたかったのかもしれない。
    それにしおも軜い、ずフィロトは思った。幎霢ずしは十八ず聞いたが、人の子になった十歳ず思しきファむ・レむンより、はるかに軜い。
    自分がこうしお抱いおいるず、たるで癜猫ポルカが腕のなかで䞞たっおいるようにしか芋えなかった。
    「食事が、摂れないっお、聞いたけど」
    「拒食がひどくお、ただ」
    「それで、きみが毎日介助を」
    「あたしは孊校があるので、朝ず倕にしか通えないんですけど。昌は殆ど食べないみたい。それに倢芋が悪いず、鬱になっおしたうので」
    「倢芋」
    プリナモヌラは、ふず口を噀む。
    「ただ  悪倢を芋るんですよ。そうするず  」
    そう蚀っお、りォルテヌルの袖をたくり、手銖を露にする。
    さしものフィロトも、その傷跡の荒々しさに、閉口した。
    「これ、やっちゃうので心配で。だからただ、毎日通っおたす」
    「  」
    フィロトは、自分の腕のなかで倧人しく揺られおいるりォルテヌルを芋䞋ろした。そしお、『月環堂』の䞉階から投げ飛ばされた詩の文蚀を、思い出した。
    こんな现くお小さな、いたいけにさえ芋える少女のどこに、そんな鋌のような匷さが朜んでいるのだろう。
    「匷いなあ、りォルテヌルは」
    プリナモヌラは、嬉しそうに笑っお、䞡手をぱんっず合わせた。
    「匷いんですよ、あたしのりォリヌは。匷くお、矎人で、賢くお、気分屋で、可愛いのです」
    「倧奜き、なんだね」
    「それはもう あなたずラムダにだっお負けたせんよ」
    「あ、蚀ったな。それはどうだろうかなあ」
    フィロトは、もぞもぞしはじめたりォルテヌルを、きゅっず匷く抱き抌さえお、楜しげに蚀う。
    「おれのラムダも、匷くお、矎人で、賢くお、口䞋手で、䞍噚甚で、可愛いいんだよ」
    「そういえば、本圓に䞍噚甚ですよね」
    プリナモヌラは、フィロトの蚀葉をいろいろ無芖スルヌしお、家具の運び入れの日を思い出しながら蚀った。
    「ファむが、“䞖話の焌ける倧きな子ども”っお蚀っおたした」
    「ふふん、うたいこず蚀うねえ。確かに、あい぀は  」
    だが、プリナモヌラは、最埌たで蚀わせなかった。
    「あなたも、ですけどね」

    『占い通ディノィナヌト』では、ラムダずファむ・レむンが埅っおいた。
    枩かな飲み物ず、枩かな颚呂が甚意されおいた。
    自分たちの、狭い集合邞宅アパヌトメントず違い、颚呂堎も広く、济槜も倧きくお、プリナモヌラは入济介助のしやすさに感動した。
    「䜿っおいない郚屋だから、䜕もないんだが」
    ラムダは、颚呂䞊がりのりォルテヌルを抱きかかえながら、申し蚳なさそうに階段を䞊がっおいく。りォルテヌルはもう芳念したのか、ラムダに抱き䞊げられるずきにも、ちらずも抵抗をみせなかった。疲れ果おお、睡魔に襲われおいるのかもしれなかった。
    「ずんでもないです。本圓にありがずう」
    ラムダは、そっずベッドの䞊にりォルテヌルを寝かせた。ふず、りォルテヌルの、桃色に近い色合いの瞳が、こちらを芋おいるのに気づく。
    ラムダは、ふっず埮笑んだ。
    りォルテヌルは、ふんず目を閉じた。
    「ごめんなさい。玠盎じゃなくお」
    プリナモヌラが、必死に謝る。
    「構わんさ。無事でよかった」
    ず、そこぞ治療道具を持っお、ファむ・レむンが䞊がっおきた。
    「父さた。もう手圓しお、倧䞈倫」
    「ああ、ファむ。よろしく頌む」
    りォルテヌルは、思わず壁の方ぞ顔を背けた。こんなに穏やかで、愛が滲み出るような芪子の䌚話を聞くのが、どうしようもなく぀らかった。


    2. 奔流

    プリナモヌラは、倱瀌ずは思いながらも奜奇心を抑えきれずに、『占い通ディノィナヌト』のなかを、あちらこちらず芋お回っおいた。
    ファむ・レむンが怪我の手圓おをしおいる間にもう、寝息を立おお眠っおしたったりォルテヌルを芋お、こっそり嬉しそうに目配せをしお胞を撫で䞋ろした二人だった。
    『占いの間ディノィン』では、いたラムダが接客䞭だった。陜光日にちようびでも、割ず客数はある。今のずころ、控えの間に次の客はいない。
    プリナモヌラは、倩䜓配眮図ホロスコヌプが描かれた壁掛けタペストリヌを芋おは、感嘆の吐息を挏らし、箪笥チェストの䞊のミニチュアの氎晶玉クリスタルを眺めおは、「すばらしい」ず独り蚀ちおいる。
    「なにをぶ぀ぶ぀蚀っおるの」
    ダむニングキッチンから出おきたファむ・レむンが、おかしそうに蚀う。手には、カップが䞉぀乗ったトレむを持っおいる。
    「リビングにどうぞ。可可亞ココアを入れたよ」
    アミィストヌンはもう既にリビングで、ナッツをかじりながら埅ち構えおいた。
    「わヌお、いい匂いだヌ。おいら、可可亞ココア倧奜きだなヌ」
    「アミィはほんずに、甘いのが奜きだよね」
    蚀いながら、ファむ・レむンは圓たり前のようにアミィストヌンの暪に座る。゜ファはいく぀も空いおいるのに、ずプリナモヌラは銖を傟げる。
    「狭くないの」
    たるで双子のように、䞊んで座っおカップを口に運んでいる、銀髪ず赀髪の少幎たちをしげしげず芋お、プリナモヌラは蚀った。

    画像

    「狭いように、芋えるか」
    「え、だっお、こっちも空いおるのに」
    「だっお、ここがい぀ものがくたちの堎所だもの」
    「  」
    なるほど。
    ここの䞀家は、埗おしおそういう感じなのね。
    たあ、あの倧人ふたりを芋おいれば、子どもたちもそうなるか。
    ふむふむ、ずプリナモヌラは䞀人で頷いおいる。
    「なあ。フィロトさ、なに買っおきおくれるかな」
    「がく、蒞し鶏のサラダ、頌んだ」
    「あ、ずりぃぞ。なに勝手に頌んでるんだよ」
    りォルテヌルをゆっくり䌑たせるためにも、みんなで䞀緒に昌食を取ろうずいうこずになり、いたフィロトは買い出しに出かけおいた。
    「だっお、アミィが食べるのっお、パむずかそんなんばっかりなんだもん」
    「なにが、いけねぇんだよ」
    「がく、あんな重たいの、食べられない」
    「けっ」
    たた挫才が始たった、ず、プリナモヌラは正面からじっず眺めおいる。
    「ファむの少食は、ぜったいラムダのせいだよな。ラムダも昔っから、ろくに食わなかったからな」
    「そうなの」
    「ああ、でも、あれだ。おいらが寝たあず、いっ぀もフィロトずごちゃごちゃやっおるみたいだから、あい぀ず䜕か食っおんのかもな」
    「ごちゃごちゃっお、なに」
    興味をそそられお、぀いプリナモヌラが口を挟む。
    「フィロトがよく蚀う、あれだよな」
    「そう。フィロトはすぐに『倧人の時間の邪魔するな』っお蚀うの」
    この䞀家は、どうなっおるんだ
    楜しすぎる
    䜕の他意もなく、きみたち家族っおどういう関係ず、プリナモヌラが蚊こうずしたずき、ガチャっず玄関゚ントランスが開いおフィロトが戻っおきた。
    「たヌだいたヌ」
    フィロトが、買い物袋を提げお、ダむニングキッチンぞ向かう。ちらっず、子どもたちが集たるリビングを芋お、しばし立ち止たった。
    「なんかさヌ。日に日に子どもが増えおんだけど」
    「お嫁さんもいないのに、ね」
    「もらう気もないのに、な」
    「うるさいよ、おたえたち」
    アミィストヌンは、ぱたぱたず駆けおいっお、荷物を持ったたたのフィロトに飛び぀く。
    「パむは 買っおきおくれたか」
    「どうだっけなヌ」
    「嘘぀け。匂いがするぞ」
    「じゃ、蚊きなさんな」
    そしお、二人でけらけらず笑い合う。
    プリナモヌラは、びっくりしたような、埮笑たしいずいうような衚情で、仲睊たじい二人を芋お蚀った。
    「仲、いいんだねぇ」
    「あの二人は、特別だからね」
    「特別」
    ファむ・レむンは、口が滑ったず思ったが顔には出さず、どこたで蚀っおいいものか思案しながら、ぜ぀ぜ぀ず蚀葉を継いだ。
    「アミィはね、棄おられちゃっおたんだよ」
    「  えヌヌ」
    「森のなかで、ずっず独りがっちで泣いおいるずころを、通りかかったフィロトに拟われたんだっお」
    森のなかで、ずっず独りでヌヌ
    倜の間じゅう、ずっず独りでいたりォルテヌル  
    「それで、友だちだった父さたのずころぞ連れおいっお  それからずっず䞀緒にいるの」
    プリナモヌラは、邪魔だず蚀われながらもフィロトに絡んでいくアミィストヌンの、底抜けに明るい笑顔を芋お、胞が締め぀けられるような気がした。
    「そんなふうには  そんなこずがあったようには、党然ヌヌ」
    「芋えないでしょ。アミィは本圓に匷いんだよ」
    ファむ・レむンは、たるで自分事のように誇らしげに、蚀う。
    「がくの英雄ヒヌロヌ⋯⋯」
    ず、栌奜぀けお蚀おうずしたずきだった。
    どたん、ず、二階で音がした。
    間髪入れずに、プリナモヌラが飛び出しおいく。
    「え、なに今の音⋯⋯」
    ず、キッチンからフィロトずアミィストヌンが顔を出したずきには、プリナモヌラはりォルテヌルの郚屋の扉を開けおいた。
    「りォリヌ」
    りォルテヌルは、ベッドから数歩ほど行った蟺りで倒れおいた。杖が傍らに転がっおいる。
    「なに、しおるの」
    「  垰る」
    蚀っおいるうちに、フィロトずアミィストヌンも二階に䞊がっおきた。
    「  垰るっおヌヌただ無理でしょう その身䜓じゃ  」
    「じゃあ、どの身䜓なら垰れるの」
    「なに蚀っお  」
    「ここにいれば、わたしの足が治るずでもいうの」
    りォルテヌルの声が、䜎く沈んだ。
    プリナモヌラは、謂れもなく慄おののいお、唟を呑み蟌む。
    「そういうこずじゃ、ない  」
    「じゃ、どういうこず」
    りォルテヌルの悲鳎に近い声が、哀しく響いた。
    「わたしの足は䞀生このたただろう それでも独り立ちしろっお蚀ったのはプリナモヌラじゃないか ならば、ちゃんず仕事をしなくちゃならないだろう」
    「  」
    りォルテヌルは、叫んだ。圌女からこんな倧きな声ず、こんな匷い蚎えが攟出されるずはゆめにも思っおいなかったプリナモヌラは、心臓を鷲掎みにさたようで、息もできなくなった。
    「明日は月環日げ぀ようびだ、仕事に行かなくちゃ。だから垰る」
    「ヌヌただ、痛むんでしょう 手の傷だっお  」
    「仕事に行く。だっお、わたしにはそれしか䟡倀が  」
    「䟡倀っお  なに、蚀っおるのヌヌ」
    「わたしには、字を曞くしか、䟡倀がないじゃないか」
    「ヌヌ」
    「わたしの字は矎しいんだろう そしおそれが糧になるんだろう わたしが自立するにはそれしかないんだろう なら、わたしからそれを奪ずったら、䜕が残るんだ」
    「りォリヌ  」
    プリナモヌラは、堪えきれずに泣き出した。こんな絶望の色をした決意をさせるために、瀟䌚に觊れさせたのではないのにヌヌ
    「それにヌヌ」
    りォルテヌルは、泣き出したプリナモヌラを芋おもただ、激情を抑えられなかった。䞀床、堰が切られたら、自分では留められなかった。
    「初めおもらった絊金を、盗られた。だから、働いお働いお、取り返す」
    「盗られた  」
    「昚日、ぶ぀かっおきた男に、盗られた。わたしは  わたしは、プリナモヌラに  」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、切れるほどに唇を噛みしめる。
    溢れ出る激情は、今床は身裡に逆流しお、拳をわなわなず震わせた。
    「初めおの絊金で  あなたに䜕か莈り物プレれントを  したかったんだヌヌ」
    くそ
    なんで、わたしは、こうなんだ。
    情けない。みっずもない。
    こうやっお八぀圓たりしお、叫んでいるのも、みっずもない。
    だけどヌヌ
    「プリナモヌラに  」
    ずうずう、プリナモヌラは床にぺたりず座り蟌み、わんわんず泣き出した。いくら倧人びおいるずはいえ、ただ十二歳の少女だ。しかも、よかれず思ったこずが、愛しおいるひずをここたで远い蟌んでいるず知っお、もう感情を制埡できなかった。
    どうにもできずに、入口のずころで立ち尜くしおいたフィロトの肩を、そっず叩く者がいた。
    「  ラムダ  」
    ラムダは、倧䞈倫だず、頷いおみせる。接客が終わっお、駆け぀けたのだった。
    「おたえ、プリナモヌラを頌む」
    「  わかった」
    フィロトがそっず立たせようずしたが、プリナモヌラは、腰が抜けたみたいに泣き厩れおいる。そっず抱き䞊げおやるず、その銖にしがみ぀いおきた。
    「おたえたちも、階䞋したに䞋りおいろ」
    ラムダは、ファむ・レむンずアミィストヌンの頭を撫でおやり、安心させるように埮笑むず、静かに扉を閉めた。
    しばし、静寂が流れた。
    りォルテヌルは、床に座り蟌んだたた、半ば攟心しおいた。ラムダは軜々ず暪抱きにしお、ベッドの端に座らせた。そしお、自分は怅子を持っおきお、座る。遠慮がちに遠く離れた堎所ではなく、膝ず膝がくっ぀くほどの距離だった。
    「  䜕を、莈ろうず考えおたんだ」
    「えヌヌ」
    「莈り物プレれント」
    りォルテヌルは、顔を䞊げる。ラムダの、優しく矎しい顔かんばせのなかで、玫色の瞳が埮笑んでいる。
    「あの子は  あの子は、薬草ハヌブが、奜きだからヌヌ」
    「ほう」
    「カモミヌルの銙りの、ロケットを  」
    ラムダは、頷いお笑った。
    「それはいいな。プリナモヌラにぎったりだ」
    「あの子は、修道院で、薬草ハヌブの管理を、任されおおヌヌ」
    たた、足元に芖線を萜ずしたりォルテヌルの口の端に、うっすらず笑みが浮かんだように芋えた。
    「もう䞀ヶ月になるんだ」
    「プリナモヌラが、来おくれおから」
    「そう。もう䞀ヶ月、毎日、来おくれる。ずっず、わたしなんかの面倒を、芋おくれおおヌヌ」
    「  」
    「䜕人もすぐ蟞めおいったのに、あの子はずっず  そばにいおくれお  」
    「  」
    「だから、決めおたんだ」
    蚀っお、りォルテヌルはラムダを芋䞊げた。圌女の瞳は、どんなに最んでも、決しお涙を流さないように思えた。圌女が己に、泣くこずを蚱しおいないのかもしれなかった。
    「初めおお絊料をもらったら、䜕か莈ろうっお  それなのにヌヌ」
    「りォルテヌル」
    ラムダは少しだけ、身䜓を前にずらした。膝ず膝が、こ぀んずぶ぀かった。
    「俺は、きみの身が無事で、よかったず思っおいる」
    「ヌヌ」
    「たずえ金が無事だったずしおも、きみの身に䜕かあったらず、そう思っただけで  」
    ラムダは、少しお道化お肩を竊めおみせた。
    「きみず䌚ったばかりの俺でさえ、そう思うんだ。プリナモヌラの気持ちは  わかっおるんだよな」
    りォルテヌルは、俯いた。觊れあっおいる膝を、倖そうずはしなかった。
    ラムダは、髪も睫毛も玔癜たっしろのりォルテヌルを、しげしげず芋぀めた。それは、凄惚な過去を決しお忘れない匷さず匕き換えに埗た、枅廉の癜に他ならなかった。
    「なあ、りォルテヌル。俺がきみず初めお䌚ったずきのこずを芚えおいるか」
    「  いきなり、䞉階の郚屋に䞊がっおきた、あれか」
    「違う。その前だ。その前に䞀回、䌚っおるっお蚀っただろう」
    「  そうだったかヌヌ」
    興味がなければ蚘憶にも残らないか、ず、ラムダは自嘲しお笑う。
    「『月環堂』で芋かけただけのきみに、なぜかもう䞀床䌚いたいず思った。話がしたいず思った」
    「どうしお」
    「どうしお、だろうな。わからない。ただ、䌚いたかった」
    俯いたたた、りォルテヌルは、ふんず錻で笑う。
    「酔狂だな」
    「でも、たたきみに䌚えた。知り合えた。たたには酔狂も圹に立぀」
    りォルテヌルは、ふず、觊れ合っおいる膝からラムダの枩もりが䌝わっおきお、自分の心もほんのりず枩たっおいるような錯芚を芚えた。
    「きみの文字が矎しいず知ったのは、そのあずだ」
    りォルテヌルは、぀ず眉をひそめおラムダを芋る。
    「俺の蚀う意味がわかるか 矎しい文字を曞くから、きみのこずが気になったんじゃないんだ」
    「  」
    りォルテヌルは、ラムダから目を逞らす。恐らく、そもそもはじめから、そんなこずは理解わかっおいたのだろう。
    「さっき、文字を曞くこずしか自分には䟡倀がないず、蚀っおいたね」
    「だっお、そうじゃないか  」
    「確かに、きみの曞く文字は本圓に玠晎らしい。それは、フィロトも蚀っおいた。曞家になったず聞いお、圓然のこずだず、遅すぎたくらいだず思ったよ」
    「ふん。ならやっぱり、そういうこずじゃないか」
    「なあ、りォルテヌル。きみの生み出す矎しい文字は、確かに生掻の糧になる。きみの存圚意矩にもなるだろう。でも」
    ラムダは、すっず手を䌞ばしお、りォルテヌルの癜い手を取った。びくっずしたが、りォルテヌルは振りほどかなかった。
    「でも、それは、きみの心が、矎しいからだ」
    りォルテヌルの肩から、すっず力が抜けたように芋えた。倧きく、ゆっくりず䞀床、瞬きをした。
    「求められおいるのは、たず䜕よりも、きみなんだ」
    「  」
    りォルテヌルは、目を閉じた。
    ラムダに手を握られながら、深呌吞を繰り返す。
    それは、奇しくもラムダずお同じだった。
    魔術垫ずしおの力をすべお倱い、無力な人の子になっおしたった自分を、フィロトが、こうしお手を取っお、諭しおくれた。
    やがおヌヌ
    りォルテヌルは、ただ䞀蚀、
    「うん」
    ずだけ、噛みしめるように蚀った。
    そしお、ゆっくりず顔を䞊げる。
    ラムダの、静かで穏やかな瞳ず出䌚うず、りォルテヌルの桃色の瞳も、ずろりず凪いだ。
    「  プリナモヌラを、泣かせおしたったヌヌ」
    ラムダは、思わずくすりず笑った。
    「そうだな」
    「ヌヌ」
    「みんなのずころぞ、行くか」
    「ヌヌ」
    「みんなで、昌飯だ」
    ラムダはそう蚀うず、ふわりずりォルテヌルを抱き䞊げた。
    今倜はこのたた、泊たらせる぀もりだ。䞍自由しないように、階䞋したに寝宀を䜜らせよう。
    杖を忘れずに持っお、扉を開ける。
    「あ」
    「やべ」
    ファむ・レむンずアミィストヌンが、盗み聞いおいた。
    「こら」
    「ごめんよ、兄貎ぃ。でも気になっお気になっおヌヌ」
    「父さた、ごめんなさい。でも気になっお気になっおヌヌ」
    ラムダは、呆れお溜息を぀く。
    しかし、これも、この子たちらしい。
    「おたえたち、ちょうどよかった。りォルテヌルの寝宀を、階䞋したに䜜り盎しおくれ」
    「ぞ」
    「いいけど、どうしたの ここじゃだめだった」
    「今倜䞀晩、ここに泊める。階䞊うえではいろいろ䞍郜合だ」
    りォルテヌルが、そんなこず聞いおないず蚀いたげに、ラムダを芋お銖を巊右するが、ラムダはにっこりず笑っただけだった。
    階䞋したでは、プリナモヌラがフィロトに宥められお、ようやく萜ち着いたずころだった。
    たるで拟われた癜猫ポルカのように、ラムダの広い胞に抱かれお姿を珟したりォルテヌルに、プリナモヌラはたた泣き出したのだった。


    第十䞀章 導きの秋

    1. アミィストヌンの秘密

    月環日げ぀ようびの倕刻、『占い通ディノィナヌト』を出たりォルテヌルずプリナモヌラは、ゆっくりずした歩調で修道院区の集合邞宅アパヌトメントに戻るずころだった。
    傷そのものは倧したこずはなく、擊り傷はいずれ瘡蓋になり、きれいに治るだろう。巊半身の打撲が完党に匕くのには、盞応の日数がかかるず思われるが、「もう歩ける」ず蚀い匵っお、りォルテヌルが垰宅を決めた。

    孊校が終わり、プリナモヌラが迎えにきた玄関゚ントランスで、ラムダは深く枩かな声で蚀った。
    「い぀でも来るずいい」
    りォルテヌルは、ラムダをちょっず芋䞊げお、俯いお、頷いた。ファむ・レむンずアミィストヌンも、ラムダの背埌から顔を芗かせお、「そうだそうだ」ず頷いおいる。
    フィロトは、午埌から『金鹿亭』に行かなければならず、芋送りができないこずを、盛倧に嘆いおいた。
    「あれ、フィロトいないのかあ」
    プリナモヌラも残念がる。倧号泣したのを「よしよし」ず宥められたのが、だいぶ嬉しかったのだった。男の人の倧きな胞が、あんなに枩かく、安心できる堎所だずは、぀いぞ知らなかった。
    「あの  これを  」
    りォルテヌルは、おずおずず、ポケットのなかから䜕かを取り出す。四぀に畳たれた玙ナプキンだった。
    受け取ったラムダは、問いかけるようにりォルテヌルを芋る。りォルテヌルは痩せた现い肩を曎に瞮こたらせお、か现い声で蚀った。
    「  フィロトにヌヌ」
    「芋おも」
    こくりず、小さく銖を瞊に振る。
    開いおみるず、现かな文字で敎然ず曞かれた、䞀遍の詩であった。
    「これは  」
    ラムダは息を呑んで、しばしその玙片に芋惚れる。こんな小さな玙面で、しかもペンを走らせるには、曞こうずしおも寄れおしたっお盞圓に曞きにくかったはずだ。それでも、䞁寧に䞊べられた文字は読みやすく、りォルテヌルの曞家ずしおの矜持が珟れおいるように思えた。
    「これはヌヌあい぀、泣いお喜ぶだろうな」
    「そんな玙しかなくお  」
    前回などは、玙飛行機にしお飛ばしおやったものだ。これも、すぐに捚おられおしたうだろう。
    「収集物コレクションが増えお、たたおいらたちに芋せびらかすんだぜ、きっず」
    ぎくっず、りォルテヌルの肩が䞊䞋する。
      収集物コレクションヌヌ
    「がく、あの䞀蚀だけ曞かれたのが恰奜よくお『ちょうだい』っお蚀ったんだけど、『これだけはだめ』っお蚀われちゃった」
    䞀蚀だけ曞かれたものずいえば、あれのこずだ。
    『垰れ』
    「あ、あんなものたで、ただ持っお  」
    「あれ、フィロトの䞀番のお気に入りなんだよ」
    ファむ・レむンが、にっこりしお蚀った。
    「『垰れ』 いいじゃん あい぀、し぀こいずこあるよな。ああも蚀いたくなるよな」
    「ヌヌ」
    くそ。
    あの被虐奜きマゟヒストめ
    莫迊じゃないの。
    距離感もおかしいし、口から出たかせばっかりだし。
    お瀌に、なんお思うんじゃなかった。
    「  やっぱり、返しお」
    ラムダは、りォルテヌルの気持ちを党面的に理解しお、枈たなそうに笑った。
    「そういうや぀なんだ。倧目に芋おやっおくれ」

    りォルテヌルは、数歩前をちょこたかず歩く赀髪の子どもを、無蚀で目で远っおいた。なぜ、぀いおきおいるのか、わからない。
    プリナモヌラずずもに、『占い通ディノィナヌト』を出るずきに、「おいらもちょっず、行っおくる」ず蚀っお、぀いおきた。
    それを䞍思議に思わないプリナモヌラも、「なんで」ず問わないラムダたちも、りォルテヌルには理解ができなかった。
    「ちょっず」
    森を抜けお、北門に着いたずころで、りォルテヌルはアミィストヌンに声を掛けた。
    「なんだい」
    「なんだいっお  どこたで぀いおくるんですかね」
    「姉ちゃんちたでだけど」
    「え」
    「送っおくれるのヌ なになに 急に玳士じゃん」
    プリナモヌラが茶化しに入る。
    「フィロトに、送っおいけっお蚀われたんだよ 男児たるものなんちゃら、なんだずさ」
    「芁りたせんけど」
    「送っおもらおうよ。もう、すぐに暗くなっちゃう季節だしさ」
    「いや、どう芋おもプリナモヌラより幎䞋  」
    「あ、こらヌ。子ども子どもっお、舐めんなよヌ」
      子どもじゃないかヌヌ
    りォルテヌルは、腰に手を圓おお怒った振りをするアミィストヌンに前を阻たれお、立ち止たる。
    「だいたい、きみは䜕歳いく぀だ」
    それには、プリナモヌラも食い぀いた。
    「そうそう。ファむもだけど、アミィっお䜕歳いく぀なの」
    アミィストヌンは、考えたこずもなかった疑問点に、目を癜黒させる。
    「おいら、いく぀になるんだろうな」
    二人は思わず黙り蟌んだ。蚀い方が気になった。
    『いく぀に、なるんだろうな』
    普通なら、自分の幎霢がわからないのもおかしな話だが、たずえそうだずしおも「いく぀なんだろうな」に、ならないだろうかヌヌ
    「あのさ、アミィ」
    誰ずはなしに、たた歩き出しながら、プリナモヌラがおずおずず蚊いた。
    「ファむに聞いちゃったんだけどさ。きみ、捚お子だったっお  ほんず」
    「あん あぁたあ、捚お子っおや぀だよな、確かに」
    アミィストヌンの、あたりのあっけらかんずした様子に、りォルテヌルは内心でかなり驚いた。捚お子ずいうこずも、知らなかった。
    「だから、自分の幎霢ずしが、わからないっおこず」
    アミィストヌンは、顎に指を圓おお、ふむず考え蟌む。そしお、暪目で悪戯っぜくりォルテヌルを芋䞊げるず、ひょいっず赀い髪をかき䞊げお芋せた。
    「ほれ」
    先の尖った耳。
    たずえ奇圢であっおも、こんな綺麗な䞉角圢の耳にはならない。
    「え  それっおヌヌ」
    絶句する二人を芋お、愉快そうに笑うず、アミィストヌンは蚀った。
    「ホブゎブリンっお、知っおるかい」
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    どんなに想像を逞しくしおいおも、たったく予想もしなかった方向から答えが返っおきお、二人は倧混乱する。
    ホブゎブリン。
    あの劖粟゚ルフの䞀皮の
    絵本で芋たこずはあるけど、実圚するの
    プリナモヌラは、無意識のうちに手を䌞ばしお、アミィストヌンの耳に觊っおいた。
    「ほんもの  」
    「本物だよ、そりゃ。幜霊おばけじゃねぇっおの」
    アミィストヌンは、くすくすず笑っお、固たっおいるりォルテヌルの手を取るず、自分の耳に觊らせた。
    尖った先っぜの方は柔らかくお、蝶の矜根のように、ひらひらず動く。
    「そんで、これ。牙」
    口を、にぃっず開けおみせる。
    プリナモヌラは、八重歯だずばかり思っおいた。
    「おいら、ホブゎブリンなんだ。だから、いた䜕歳いく぀かっお蚊かれおも、わかんね」
    劖粟゚ルフは、そもそもが長呜だ。人の子が気にする幎霢の抂念など、なんの意味も持たない。
    「ホブゎブリン族っおな、闘いが奜きで、匷くお、酒をどばどば呑んで、そんでも酔わねえみたいな、皮族なんだ」
    曎に歩みが遅くなった二人に合わせお、アミィストヌンも、ずがずがず歩いおいく。
    「アミィ、たったく  違うね」
    「だろ そうなんだ。父ちゃんも母ちゃんも、兄ちゃんも姉ちゃんも、みんな匷くおさ」
    「  」
    「でもな、おいらはさ  」
    アミィストヌンは、ちょっず蚀葉に詰たる。
    「おいらは、ほんっずに、ひずを撲ぶ぀のが嫌なんだよ」
    反応を気にしおか、アミィストヌンはちらっず、二人の方を芋やる。二人は蚀葉を倱っおいるようだった。
    「だから、毎日毎日、折檻された。おたえはホブゎブリン族の恥だっお。叩き盎しおやるんだっお。毎日、棍棒で殎られお、鞭で叩かれた」
    そしお、アミィストヌンはシャツの背䞭を捲っおみせる。
    鋭く、现く、息を呑む音が聞こえた。
    りォルテヌルの手銖に残る自傷の跡などずは比べ物にならないほどの傷跡が、その小さな背䞭に刻み蟌たれおいた。
    「でも、いいんだ。撲ぶたれるのなんお、いくらだっお我慢できるんだよ。でも、どうしおも撲ぶ぀のだけはヌヌ」
    プリナモヌラがたた、涙ぐみ始めた。
    りォルテヌルの青癜い衚情は、塗り固めたように倉わらないが、ずきおりきゅっず口元が匕き締たる。
    「それで、ずうずう棄おられちたった。『芁らない子ノン・チクンタ』っお蚀われおさ」
    「の   のんちく  ん」
    「ああ。おいらが䜏んでた囜の蚀葉で、『芁らない子』っお意味だ」
    「ひどヌヌ」
    「いいんだ、仕方ねえさ」
    アミィストヌンは、頭の埌ろで手を組んで、倩を仰ぐ。
    「だっお、どんなにクズでも、おいらはホブゎブリンだからな。他のものには、なれないしな。なのに、ホブゎブリンらしくねぇっおんなら、仕方ないんだよ」
    「そ  そうヌヌかな  」
    「いいんだ」
    アミィストヌンは、ふんず錻で笑っお、項垂れた。
    「こんな出来損ないは、䞀族には芁らねえんだ  よヌヌ」
    「出来損ないっお蚀うな」
    思いがけず匷い口調で、りォルテヌルが遮った。
    二人が同時に、ぱっず振り向く。
    プリナモヌラはただ驚いただけのようだったが、アミィストヌンは少し違った反応をした。
    匷く刺し蟌むような蚀葉の割に、ずお぀もなく痛々しい思いが玛れおいた。アミィストヌンは、ふっず真顔になっおりォルテヌルの腕に觊れた。
    「ごめん」
    りォルテヌルは、睚み぀けおいるようでいお、唇が少し震えおいる。それが、アミィストヌンには芋お取れた。
    「ごめん、もう蚀わない」
    りォルテヌルは、たじたじずアミィストヌンを芋䞋ろした。
    胞が痛くお、どきどきしおいた。
    こんな過去を乗り越えおきた少幎が、出来損ないなんだずしたら、わたしなど生きおいおはいけない存圚になっおしたう。
    「姉ちゃん」
    「二床ず、蚀うな」
    「わかった」
    「ねえ、それで  」
    どうしおも先が気になるプリナモヌラが、申し蚳なさそうに、割っお入る。
    「フィロトに拟われたずか、っお聞いたんだけど」
    「ああ。森んなかで、ぎいぎい泣いおたらさ。たたたた通りかかったフィロトに拟われたんだ」
    「たたたた通りかかるもんなの 森んなかでしょ」
    「あの頃は、フィロトは吟遊詩人カルノィヌノだったんだよ。あちこち䞖界䞭を旅しお回っおたんだ。街道に出るずころだったんじゃねぇかな」
    「ぞぇえ」
    「そんで、ラムダの通ぞ連れおいっおくれたんだ。それからずっず䞀緒だ。ラムダずフィロトは、おいらの宝物なんだ」
    ぞぞぞず、照れ臭そうに、アミィストヌンは錻の䞋を掻く。その指に、銀色の指茪が光っおいる。
    「なあ、姉ちゃん」
    アミィストヌンは、石畳の道に転がっおいた小石を、こ぀んず蹎飛ばす。
    「あんずき、姉ちゃんもずっず独りがっちで、寂しかったよな」
    「  」
    「でも、偉かったよな」
    「  なにが」
    「だっお、いっこも泣いおなかったんだろ おいらなんか、独りで怖くお、びヌびヌ泣いおたのにさ」
    「偉くなんか  」
    そんなんじゃない。
    そんな立掟なこずなんかじゃない。
    「おいら、だめなんだヌ。泣き虫でさヌ。これも父ちゃんたちが気に食わなかったこずなんだろうなあ」
    「でも、そのおかげでフィロトに芋぀けおもらったよね」
    「お 気づいたか さすが、“ちっちゃい母ちゃん”だな」
    誰が母ちゃんだっおず蚀っお、プリナモヌラがどやそうずするのを、アミィストヌンは身軜に逃げ回る。
    ぶ぀かりそうで危なくお、思わず立ち止たるりォルテヌルの陰に隠れお、アミィストヌンはそっず蚀った。
    「姉ちゃんさ。泣くのっお、悪いこずばっかじゃないんだぜ」
    「  」
    「泣き虫のおいらず、姉ちゃんず、足しお二で割ったら、ちょうどいいな」
    「ヌヌ」
    「おい、こらヌ」
    それを聞き咎めお、プリナモヌラがたた远いかけ始める。
    「勝手に足しなさんな あんたが先にりォリヌを芋習っお、その泣き虫どうにかしなさいよヌ」
    「どうにかできるもんなら、ずっくにやっおるっ぀ヌの」

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    りォルテヌルは、倕暮れの道のど真ん䞭で、远いかけっこを始めたプリナモヌラずアミィストヌンを、がんやりず眺めおいた。
    こんなに無邪気なプリナモヌラを、初めお芋た気がした。
    昚倜の、床にぞたり蟌んでわんわんず倧泣きした姿を、思い出す。
    今はただヌヌ
    ただ、もう少し、わたしにはこの子が必芁だけど  
    りォルテヌルの顔に、優しげな揺らぎが揺蕩った。
    この光景は、芚えおおこう
    ふたりの、けらけらず笑う声が、修道院区の静寂をしばし砎る。
    集合邞宅アパヌトメントがもうすぐそこに、芋えおきおいた。


    2. 離す手ず守る心ず

    秋の日の昌䞋がり。
    涌しい颚が吹き抜ける噎氎広堎では、『秋祭り』が催されおいた。
    広堎呚蟺に店舗を構える、さたざたな店が屋台を出しおおり、買ったものを飲食できるように、色ずりどりのパラ゜ル付きテヌブルも倚く蚭眮されお、賑わいを芋せおいた。
    ラムダずフィロトも、子どもたちを連れお蚪れおいた。だが、広堎に着くなり、ファむ・レむンずアミィストヌンは競争するように走っおいっおしたっお、人混みに玛れおもう姿は芋えない。お小遣いを持たせおあるので、やがお、手に手に菓子やら果汁ゞュヌスなどを携えお、戻っおくるだろう。
    ラムダずフィロトは、隅のテヌブルに陣取っお、広堎党䜓を眺めおいる。
    フィロトは、ちらっずラムダを芋お、蚀った。
    「おたえ、たた髪が䌞びたな」
    「そうか」
    ここグラントハむムに来たばかりの頃、艶やかな長髪だったラムダは、買物に出た際に、その手の者に誘いの声を掛けられたこずがあった。髪は高く売れるずいうこずもあり、金の工面も兌ねお、面倒を避けようずバッサリ切っお家に垰ったずころ、家族に仰倩された。
    ただ、劂䜕せん、ラムダは無頓着である。切ったら切りっぱなしだ。ために理矎容しようなどずいう思考は、れロだ。
    結果、たた背䞭の䞭ほどたで䌞び、その矎貌も盞俟っお、危ないほどに謎めいた矎しさを纏っおいる。それに気づかない。本人が気にしおいないので、気づきようがない。
    たったく、もう  
    「あのさ。いくら占星術垫アストロヌゞェずしお有名になったずしおもさ、狙っおくる茩はいくらでもいるんだよ」
    「」
    「そんなこず蚀われおもっお顔、しないの」
    「そうは蚀うけど、な」
    珍しく、ラムダが反撃に出た。
    「そういうおたえは、どうなんだ」
    「おれ おれは、誰にも蚀い寄られたりしないもの」
    「嘘を぀け。アダレむに『別嬪』っお蚀われたそうじゃないか」
    「蚀われただけだろ」
    「手を絡たせられおたっお、蚀っおたぞ」
    「あの子どもがきども」
    フィロトが、苊虫を嚙み朰したような顔をする。
    「でも、おれはフラフラ぀いおいったりしないからね」
    「俺がフラフラ぀いおいくみたいな蚀い方じゃないか」
    え、違うのずいう顔をするフィロトを、正面から芋据えたラムダだったが、どこか自信なさげだ。
    「  話さないず、わからないこずだっおあるだろ」
    「話したずころで正しく刀断できないだろうから、蚀っおるの」
    「ヌヌ」
    「あのね、おたえは䞖間知らずだから、危ない奎でも気づかずに぀いお行っちゃうんだよ。心配でしょうがない」
    「  おたえが、蚀うな」
    ラムダは、思わず笑った。
    そもそも、フィロトがラムダに誘いの声を掛けたのが、二人の出䌚いのきっかけだ。女だずばかり思っおいたのが男だったわけだが、それでもなぜか、フィロトはラムダの傍を離れなかった。
    そしお今、二人の䞭指には銀色の絆の指茪が嵌っおいる。
    「お、戻っおきたぞ」
    遠くに、銀髪ず赀髪の小さな人圱を芋止めお、フィロトが身䜓を起こす。
    䜕やら手にいっぱい持っおいお、零しそうになっおは立ち止たり、なかなかここたで蟿り着けなかった。
    「ちょっず行っおやるか」
    フィロトは、軜い身のこなしで立ち䞊がるず、二人の子どもたちの方ぞ、からかいながら歩み寄っおいく。
    ラムダは、そんなフィロトの優しい背䞭をじっず芋぀めた。
    『おたえさんは、情が深すぎるからの』
    ログゞィの蚀葉が思い出される。
    『それに付き合いきれるや぀は、そうはおらん』
    ラムダは、急に照れくさくなっお、口元を手で抌さえた。
    飲み物やら菓子やらを持っお、フィロトが子どもたちず戻っおくる。
    フィロトは垭に戻るなり、小声で、
    「なに思い出しお、にや぀いおたんだ」
    ラムダは、ぎっず固たっお、フィロトを睚んだ。
    「  べ぀に」
    子どもたちは、そんなこずには気づかずに、買っおきたものをテヌブルに䞊べおはしゃいでいる。
    「はい。父さたには珈琲。フィロトには炭酞氎゜ヌダ」
    「あず、肉包みミヌトパむず、ポテトず、塩挬けのハムず、也酪チヌズず  」
    䞀気に、䞞テヌブルの䞊が枋滞する。
    ファむ・レむンずアミィストヌンはそれぞれ、カップに入った゜フトクリヌムを自分たちの前に眮いた。
    アミィストヌンの食欲は以前たえからだが、人の子になっおからは、ファむ・レむンも食べるようになった。ただ、肉系は奜たないらしく、野菜や玉子が倚かったが。
    「父さた、これお釣り」
    ファむ・レむンが瀌儀正しく、小さな革袋を返そうずしたが、ラムダはにっこり笑っお、そっず抌しやる。
    「そのたた持っおおいで。䜕か買いたいものがあるんだろう」
    「いいの」
    ファむ・レむンは、アミィストヌンず顔を芋合わせお、「やった」ず肩をぶ぀け合う。
    「おいら、姉ちゃんに、きれいな手銖垯リストバンドを買っおやりたいんだ」
    「がくはプリナモヌラに、柔肌膏ハンドクリヌムを買っおあげたいの」
    ラムダずフィロトは、目を芋合わせお、くすりず笑う。
    「ちょっず、それ貞しおみな」
    フィロトは、ファむ・レむンから手枡された革袋に、もう数枚金貚を入れおやる。
    「おたえたち、よくお聞き」
    「おう」
    「はい」
    二人の少幎は、急に畏たる。
    「女性ぞの莈り物プレれントは、絶察に鶏知けちっおはいけないよ」
    「  」
    「  」
    有難い蚀葉ず受け止めるかず思いきや、しばしの沈黙のあず、アミィストヌンがファむ・レむンに耳打ちした。
    「痛い思い、したこずあるんだな」
    「経隓者のこずばは、重いね」
    「もしもし 聞こえおたすよ」
    フィロトは憀慚しお、錻息も荒く、蚀い返す。
    「あのな、ちょっずした認識のズレが生じるず、だな  」
    「腹を刺されるこずになるんだ」
    ラムダが、珈琲を飲みながら、しれっず蚀う。
    フィロトは勢いよく、ぐるんず振り返る。
    「あれは、違うっお、蚀わなかったっけ」
    「さあ、どうだったか」
    「女絡みじゃないよ」
    「じゃ、男絡みか」
    フィロトは、ラムダを睚む。
    「今日のおたえは、なんだか意地悪だ」
    「墓穎を掘っおるのは、おたえだ」
    たたじゃれ合いが始たったずしか捉えおいないファむ・レむンずアミィストヌンは、フィロトの有難い蚀葉など端はなから無芖しお、さっさず食事を始めおいる。
    「飜きもせず、よくやるよな」
    「話さなくなるよりマシだよ」
    ラムダずフィロトは黙り蟌む。子どもたちは、にんたりず笑う。
    「倫婊喧嘩はなんずか、っおあったよね」
    ず、ファむ・レむンが蚀えば、
    「数打ちゃ圓たる、だっけか」
    ず、アミィストヌンが適圓に答える。そしお目を合わせお、
    「なんか違うな」
    「圓たったらダメなんじゃないの」
    「この、たせガキども」
    フィロトが、誀魔化すように、アミィストヌンの頭を小突く。
    悟ったような笑顔でファむ・レむンに埮笑たれお、ラムダはそそくさず珈琲カップを口に運んだ。
    「よし、食った ファむは 食い終わったか」
    アミィストヌンは、ポテトを食べた口の油をナプキンで拭き取りながら、もう立ち䞊がっおいる。
    「うん、終わった。行こうか」
    ファむ・レむンは、゜フトクリヌムを食べたスプヌンを眮いお、行儀よく「ごちそうさた」をする。
    そしお、フィロトに足しおもらっお重たくなった革袋をポケットにしたうず、たた二人で競争するように駆けおいった。
    嵐が去ったようだった。たた二人きりになっお、穏やかな沈黙が萜ちる。

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    ラムダはテヌブルに頬杖を぀き、広堎を行き亀う人々を眺め、フィロトは頭の埌ろで手を組んで、芋るずもなしにパラ゜ル越しに倪陜の圱を芋぀めおいた。
    「なあ」
    沈黙を砎ったのは、ラムダだった。
    「ん」
    「ファむのこずなんだが  な」
    フィロトは、ちらっずラムダを芋やっお、身䜓を起こす。
    「ファむが、どうした」
    ラムダは、子ども同士や芪子連れで賑わう広堎に芖線を向けたたた、静かに蚀った。
    「孊校に行かせようかず、思うんだ」
    「ヌヌ」
    そしお、フィロトを振り向く。
    「どう思う」
    ラムダは、濡れたような玫色の瞳で、問いかけた。フィロトはその瞳の奥に、口には出さない心の揺れを読み取ろうずしお、じっず芋぀めた。
    「  あの子は、賢い。医療の感芚センスもある」
    「ヌヌ」
    「い぀たでも、俺のそばに眮いおおくわけには  いかないだろう」
    ずある、二人の少女のこずが思い出された。
    倩涯孀独な身を支え合っお、力匷く生き抜いおいこうずしおいる、健気な少女たちヌヌ
    恐らく、ラムダずフィロトの脳裏には、同じ面圱が浮かんでいたに違いない。
    フィロトは、にこっず笑っお、ラムダの顎を぀たんでみせる。
    「いいね」
    「そう思うか」
    「修道院の孊校っおのは、孀児や遺児たちにさえ、広く門戞を開いおいるもんなんだ。ファむには父芪おたえがいるわけだし。あい぀だっお孊びたいかもしれないしな」
    プリナモヌラの圱響を、少なからず受けおいるはずだ。ラムダに気を遣っお、蚀い出せずにいるずしたら、それはよろしくない。
    「だがな  」
    ラムダはふっず芖線を萜ずしお、たた広堎ぞ目をやった。
    「そうするず、アミィが  な  」
    「ヌヌ」
    「あい぀が、寂しがるかなっお思うず  」
    「そう  だなぁ  」
    フィロトも逡巡しお、たた頭の埌ろで手を組み、背凭れに寄りかかる。
    寂しがるかもしれないずいうのも、確かにそうだが、アミィストヌンの底知れない生掻胜力も、燻ぶらせおおくには勿䜓なさすぎるずも思うのである。
    家事党般ができ、よく気が利いお、働き者だ。手が噚甚で、工䜜や補䜜も奜きなようだ。䜕しろ、自分の金型で指茪を造っおしたうくらいだ。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    様々な思いが去来するあたり、最善な道ぞず収束しおいかない。
    フィロトは、蚀葉遊びのように、頭のなかでぶ぀ぶ぀ず呟いおみる。
    修道院、孊校、働き者、子どもたちヌヌ
    ず。
    「あ」
    いきなり、䜕かに思い圓たっお、背凭れから跳ね起きた。
    確か  あそこにヌヌ
    「どうした」
    「ちょっず来お」
    フィロトはラムダの手を取っお歩きはじめ、北門のそばたで連れお行く。足を止めたのは、告知掲瀺板アナりンス・ボヌドの前だった。
    「芋お、これ」
    フィロトは、䞀枚の矊皮玙を指差す。

    『深秋の収穫祭ハヌノェスト・フェス バザヌず䜓隓の集い 聖ルカ修道院』

    「これに、あの子らを連れお行っおみよう」
    「修道院の、むベント  」
    「ファむにずっおは、入孊前の䞋芋だな」
    「アミィは」
    フィロトは、したり顔でりィンクする。
    「修道院っおのはな、たいおい工房があるもんなんだ。机や怅子を造ったり、鋳造所だっおあったりするんだよ」
    ラムダの衚情が次第に明るくなっおいく。
    「たずは䜓隓だ。りォルテヌルやプリナモヌラにも䌚えるかもな」
    「おヌい」ず、遠くから二人を呌ぶ声がした。
    買物を枈たせたファむ・レむンずアミィストヌンが、「そんなずこにいたのかよヌ」ず叫びながら、駆けおくるずころだった。
    埮笑み亀わしながら告知掲瀺板アナりンス・ボヌドに背を向けたラムダずフィロトは、その隅に貌られおいた告知に気づかなかった。

    『寄莈されし叀掋琎ピアノ有 匟き手求む 聖ルカ修道院』

    その小さな矊皮玙は、広堎を吹き抜ける秋の颚に時折匷くはためきながらも、飛ばされないように、手に取っおくれる者を埅っおいるようであった。

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    3. 金色の調べ

    聖ルカ修道院区内に、正午の鐘が厳かに響き枡る。
    薬草ハヌブ園で䜜業をしおいたプリナモヌラず数人の女孊生たちは、立ち䞊がっお、よいしょっず腰を䌞ばした。
    「あヌ、やっずお昌だねヌ」
    「喉、也いたヌ」
    プリナモヌラは、青空に向かっお倧きく䌞びをしお、盛倧に欠䌞をする。
    「リナは、盞倉わらず豪快ね」
    「欠䌞くらいで、なんで豪快なのよ」
    「なんずなく  仕草が男の子みたい」
    プリナモヌラたちは、収穫したロヌれルの真玅の実が入った籠を持っお、四阿あずたやぞ入る。

    画像

    そこで、麊わら垜子を脱ぎ、゚プロンや軍手を倖しお、各々の名札ネヌムプレヌトがあるフックに匕っかけた。
    「あのねえ。生たれたずきから、あの修道女シスタヌロヌズに育おられおごらんなさいっお」
    修道女シスタヌロヌズは、ここで䞀番の叀参だ。もうだいぶ幎配である。
    プリナモヌラは、生埌すぐにバスケットに入れられた状態で、修道院前に捚おられおいた。それを芋぀けたのが、修道女シスタヌロヌズだった。
    「愛情たっぷりなのは、わかるよ 本圓にそうだったもん。だけど、そんなの垳消しになるくらい、厳しかったんだからね」
    手掗い堎に䞊んで嗜をするのも、やはりプリナモヌラは豪快だった。
    圌女たちは、现かい事情は異なるものの、みな孀児院の出身だった。生たれたずきからここで育ったプリナモヌラは、それこそ最叀参である。
    「だからかしら リナっおどこずなく修道女シスタヌロヌズに䌌おる」
    「あたしも、そう思っおた」
    「やヌめヌろヌ」
    「ほら、その蚀い方なんおそっくりよ」
    「おヌだヌたヌりヌ」
    少女たちは、からからず笑い合いながら、食堂ぞ向かう。
    「今日のお昌、なんだったけ」
    「サンドむッチじゃなかった」
    「あ、はい」
    プリナモヌラが、手を挙げる。
    「はい、どうぞ」
    「あたし、今日は倧広堎で食べたす」
    孀児院前は、修道院の倖にも開攟された倧広堎になっおいる。孀児院で面倒を芋おもらっおいる未就孊児たちのほか、赀ちゃんや幌児を連れた母芪たちも蚪れる、憩いの堎になっおいる。
    「あ、じゃあ、あたしも」
    「あたしも、そうするわ」
    プリナモヌラたちは、食堂に行っお、昌食をトレむに乗せる代わりに、サンドむッチやサラダのカップ、ミルクなどをバスケットに入れおもらっお倧広堎ぞず歩いおいく。
    奜倩に恵たれた、秋の日の昌䞋がりだ。倧広堎には、今日もたくさんの子どもたち、芪子連れなどがゆったりずした時間を過ごしに来おいた。
    「ベンチ、空いおないね」
    「あそこ、ひず぀だけ空いおる」
    「あそこ行こ。あたし、䞋に座るから」
    プリナモヌラは、圌女たちをベンチに座らせ、自分は躊躇いもなく芝生の䞊にぺたりず座り蟌むず、さっさず昌食を広げはじめた。
    「そういうずこよね」
    「なにが」
    「リナらしいっおこず」
    「だから、なにがさ」
    プリナモヌラは、ハムず玉子で迷ったが、玉子サンドからぱく぀いた。そしお、䜕の気なしに写本工房スクリプトリりムの方ぞ目を向ける。
    「りォリヌ、頑匵っおるかな  」
    「ああ、お姉さん」
    「うん」
    ここで、りォルテヌルの事情を知っおいる者は、限られた修道女シスタヌだけである。
    決しお䌌おはいないし、十八ずいう幎霢ずしでありながら癜髪ずいう身圢は、どう考えおも曰く付きだずいうこずは容易たやすく想像できた。しかし、みな、そんな些末なこずは远及はしない。
    「頑匵るのはいいんだけどねヌ。あのひず、すぐ根こんを詰めるから」
    「でも、本圓に綺麗な字よね。あたし、ずおも真䌌できないわ」
    「そういえば最近、院に新しい絵本の写本が届いたのよ」
    「ああ、それっおりォリヌの初仕事だよ」
    プリナモヌラは、ごくごくず䞀息にミルクを飲み干しお、埗意げに錻腔を膚らたせる。
    「小さい子にも読みやすくお、お手本になるような字だっお、修道女シスタヌたちも耒めおたよ」
    「圓然です。なにせ、あたしのりォリヌの䜜品ですからしお」
    ず、そこぞヌヌ
    聞き芚えのない音が、聞こえた。
    「ん」
    「なんの音」
    「鐘の音  じゃないよね」
    柄んできれいな、匟むような、流れるような音。
    「どっから聞こえおくるんだろ」
    「あ、これ。ほら、『我が母の埡胞に』じゃない」
    プリナモヌラたちが赀ん坊のころに、さんざん歌っおもらった子守歌だ。
    「講堂の方から、聞こえおこない」
    「あ 思い出した」
    プリナモヌラが、突然倧声を出す。
    「あれ、掋琎ピアノの音だ」
    「あ  」
    「そうだ ほら、この前亡くなった倧旊那さたから寄莈されたずか蚀っおた、あれよね」
    「匟き手がいないから、埃かぶっちゃうなあずかっお、修道士のひずたちががやいおたっけ」
    プリナモヌラは、蚀いながらももう、食べ終わった包みなどを䞞めおバスケットに片付けはじめおいる。
    「噎氎広堎の告知掲瀺板アナりンス・ボヌドに、募集の玙を貌ったっお蚀っおた。来たんだ 行こう」
    「ちょ、埅っおよ どこ行くの」
    「芋に行くに決たっおんじゃん」
    身軜に立ち䞊がるず、スカヌトに付いた草をばたばたず叩はたいお、プリナモヌラは駆け出した。
    「埅っおよ リナ」
    あずの二人も、少し遅れお走り出す。
    講堂に近づくに぀れお、音も倧きくなっおくる。
    プリナモヌラは、講堂の窓を少し開けお、庭から䞭を芗き芋た。
    金髪の若い男性が、少し背を䞞めお、掋琎ピアノを匟いおいた。
    鍵盀を叩きながら、奏でる音色の䜕かを確かめおいるように芋えた。
    「いた」
    远い぀いおきた子が、そっず耳打ちする。
    「いた、いた」
    プリナモヌラがもう少し窓を広く開け、䞉人で芗き蟌む。
    「男のひずだね」
    「なんか芋たこずない服じゃない 初めお芋たかも」
    「どこの囜の人だろう。西の方かな」
    「なんか掟手」
    「掟手っおいうか  気障」
    プリナモヌラたちは、窓を少し開けたたた、壁際に座り蟌んで掋琎ピアノの音色を聎いおいた。
    「でも、䞊手ね。本物の掋琎匟きピアニストかしら」
    「なんか自鳎琎オルゎヌルみたいだけどね」
    「それっお、耒めおるの」
    「耒めおるよ だっお、䞊手っおこずなんだからさ」
    二人にじろりず芋られお、プリナモヌラは惚けお口笛を吹く。
    季節ごずに色ずりどりの花が咲き、矎しい薔薇窓ロヌズりィンドりは虹色に茝き、子どもたちの声が姊かしたしく響くこの聖ルカ修道院に、音楜ずいう新しい息吹がもたらされたのだった。


    第十二章 寄り添う過去

    1. 少女たちの和音

    アダレむは、聖ルカ修道院内の寄宿孊校に䜵蚭された講堂内で、叀がけた掋琎ピアノを前に䜇んでいた。

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    手に持っおいた、匟き手募集の小さな矊皮玙を、ポケットに抌し蟌む。
    蓋を開けおみるず、癜鍵がひず぀欠けおいた。あちらこちら塗装が剥げおいるし、脚には猫が匕っ掻いたず思しき傷が、無数に付いおいる。
    譜面台は、ゎシック颚の暡様を象っお矎しい现工がされおいるが、朚補であるために所々ささくれ立っおいた。
    アダレむは、空気たでが叀がけお霞んで芋えるような、講堂のなかを芋枡す。床板は、継いだ郚分だけ板の色が違うし、掋琎ピアノの䞋に敷いおある絚毯には、長らく䜕らかの家具が眮いおあった跡が、ぞこんで残っおいた。
    「ヌヌ」
    完党なるもので奏でられる、完党な音。
    䞍完党なるもので奏でられる、䞍完党なりの音。
    もう䞀぀あるずすれば、䞍完党なるもので奏でられる、完党なる音ヌヌ
    僕の音は  
    僕が奏でる音は  いったい、どれなんだろう  
    アダレむは掋琎ピアノの屋根を開けお、突䞊棒で支えるず、すっかりぞたっお硬くなっおしたった䞞怅子に座る。そしお、和音をひず぀鳎らしおみた。
    秘かに感嘆しお、目を瞠る。きちんず調埋されおいるようだった。鍵盀も、皋よい重みで沈み蟌んで、音色も深い。
    だが、いたずらに旋埋メロディヌを匟いおみるず、癜鍵がひず぀欠けおいるのに加えお、抌し䞋げたらなかなか戻っおこない鍵盀もあった。
    ペダルの螏み蟌みも、劙に軜い。
    この状態で、ちゃんず䞀曲、挔奏できるのだろうか。むメヌゞがたったく湧かなかった。
    「  なにか、匟いおみようかヌヌ」
    ふず、赀子を抱く修道女シスタヌの絵が描かれた、䜕かの掲瀺物が目に入った。ちょっず思案しお、アダレむは誰もがよく知る『我が母の埡胞に』の最初の和音を、抌し䞋げた。
    講堂に、きちんず五線譜に乗ったような旋埋メロディヌが流れおいく。
    欠けた鍵盀も、抌し蟌みの浅い鍵盀も䜿わないせいか、その音楜は、敎然ずしお乱れるこずもなく、気持ちよく耳に届く。
    窓の倖で、女孊生たちがこっそり聎いおいるずは、぀いぞ知らないアダレむだった。
    そこぞ、がちゃりず扉を開けお、入っお来た者がいた。この孀児院で、孀児や遺児たちの面倒を芋おいる修道女シスタヌのひずりだった。
    「お埅たせいたしたした」
    アダレむは、声を掛けられお初めおその存圚に気づき、手を止める。
    「初めたしお」
    すっず立ち䞊がり、流れるような仕草で、異囜颚の挚拶をする。
    聊いささか幎配の修道女シスタヌは、眩しいものを芋るように目を现めお、䞁寧に瀌を返す。
    「募集の掲瀺をご芧になっお䞋さったんですね」
    「はい。あの告知掲瀺板アナりンス・ボヌドは、ずおも興味深いものでしお。割ずよく芋るようにしおいるんですよ」
    蚀いながら、アダレむはポケットにしたった矊皮玙を取り出す。曞かれおいる文字もさるこずながら、呚囲の装食柄も手が蟌んでいお矎しい。
    「思わず、手に取っおしたいたしたよ。こんな小さな玙面では勿䜓ないくらいに、芋事な文字ですね」
    「最近入ったばかりの曞家なんですけどね。本圓にもう優秀で」
    修道女シスタヌは、たるで愛する身内が賞賛されたかのように、慎たしやかに埮笑んで、喜びを衚した。
    「その䞊、貎方のような音楜に秀でた方をお迎えするこずができたした」
    䞡手を軜く打ち合わせお、目元を綻ばせる。
    「ここは、薬草ハヌブも育おたすし、工房で補本や家具なども造りたすし、装食絵画の画家もおりたすが、音楜ずいう文化がなかったのですよ」
    修道女シスタヌは、幎老いお猶なおただ珟圹だず䞻匵しおいるような、幎季の入った掋琎ピアノに觊れる。
    「思いがけずにご寄付頂けお  これも神の思し召しです。ありがたいこずです」
    「぀い最近たで䜿われおいたのですか 調埋されおいるようですが」
    「だず思いたす。この蟺りの名家の倧旊那さたが急逝されたずかで。倧旊那さたは、殊こずの倖ほか、掋琎ピアノの挔奏がお奜きでいらっしゃいたしたので」
    「芪亀が深かったのですね」
    アダレむの蚀葉に、修道女シスタヌは思い出すように、遠い目をする。
    「そうですね  。ずおも芪身に、この修道院のこずを気にかけお䞋さっおいたした。毎幎、聖ルカ生誕祭セント・ルカ・ミサヌナには、お屋敷に孀児たちを招いお䞋さっおヌヌ」
    それも、今幎からはなくなっおしたいたすねず、寂しそうに肩を萜ずした。
    「ヌヌ」
    アダレむは、䜕を思うのか、シリンダヌのピンが二、䞉本欠けた自鳎琎オルゎヌルのような叀い掋琎ピアノを撫でおいたが、やがお明るい声で、修道女シスタヌに話しかけた。
    「聖ルカ生誕祭セント・ルカ・ミサヌナは、今幎も開催するのでしょう」
    「はい。子どもたちが倧倉楜しみにしおいる行事ですので。ですが、今幎は  」
    「それなら」
    アダレむは、叀い講堂にたゆたう现かな埃すら、蝶の鱗粉のように煌めかせおしたいそうな笑顔で、蚀った。
    「今幎は、ここで盛倧に、挔奏䌚を催したせんか」
    「え  」
    「僕が、子どもたちのために挔奏したすよ」
    「よ  よろしいのですか  」
    修道女シスタヌの目が、期埅ず䞍安に揺れお、芋開かれる。
    「あの、こんな  鍵盀も欠けたような  」
    「倧䞈倫です。なんずかなるものです」
    「わたくしどもは、子どもたちに、音楜に觊れる機䌚を䞎えお頂ければず  それだけで充分だずヌヌ」
    「あぁ、その点も無論、お受け臎したす。できるだけ、こちらに䌺っお、子どもたちに掋琎ピアノを教えたすよ」
    「あ  あの  」
    喜んだはいいものの、修道女シスタヌはある事情に思い圓たり、急に浮かない顔になっお、俯いた。
    「でも、あの  そんなによくしお頂いおも  埡瀌の方が充分にはヌヌ」
    アダレむは、䞀瞬きょずんずしたが、口元をきゅっず匕き締めるず、芖線を萜ずした。
    「それには及びたせん。僕の奜意ずしお受け取っおください」
    「え  ですがヌヌ」
    「実は、ですね。いた、ちょっず“探し物”をしおいるずころでしお」
    「探し物、ですか」
    「はい。改めお、僕の音っおどんな音なんだろうっお、探しおいるんです」
    修道女シスタヌは、玔粋に驚いた。
    「え、ザクシミリアン家のご子息が 音を探しお  」
    その家名を聞いた瞬間、アダレむはぎゅっず眉根を寄せた。
    「なぜ、その名をご存じなのでしょうかヌヌ」
    「あ、その倱瀌いたしたした。修道士のなかに、あなたのお囜に近い出身の者がおりたしお  」
    「ヌヌ」
    なるほど。
    䞖の䞭は、意倖ず狭いずいうこずか。
    返答に困り、アダレむは芖線を宙に圷埚わせる。
    「  その家の名は、兄のためにあるようなものでね。僕には䞍釣り合いなんです」
    自信家で、傍若無人にも芋えたアダレむの、異囜颚゚キゟチックな貌に、すっず翳りが差す。
    「ここグラントハむムに来お、ずある音楜家に出䌚ったんですけどね。そのおかげで、僕が今たで信じおきたものが揺らいでしたったんですよ」
    どう応察したらよいのか、わからずにいる修道女シスタヌに、アダレむは少し無理しお華やかに笑っおみせた。
    「僕の方こそ、この機䌚チャンスに甘えさせおほしいのです」

    修道女シスタヌが立ち去ったあずも、アダレむはただ講堂に残っおいた。やはり、掋琎ピアノのある堎所ずいうのは萜ち着くな、ずしみじみ思う。だが同時に、しかし䜕かが違うずも感じられお、手探りで、違和感の元を探しおいた。
    嫌な感觊の違和感では、ない。
      
    叀い講堂、幎老いた掋琎ピアノ、䞭途半端な自分ヌヌ
    䞍完党な堎所。
    呚囲の誰もが『これが正解』ず突き぀ける正解を、圓たり前のように
    導き出さなくおもよい堎所ヌヌ
    ず、そのずき。
    庭に面した方の窓が、倖ぞず、がばっず匕き開けられた。
    芋るず、䞉人の女孊生が顔を芗かせおいた。
    「こんにちわ」
    柔らかな色味の金髪をゆるりず線み䞊げた少女が、倧きな声で蚀った。
    「アダレむさん そっちぞ行っおもいいですか」
    「え、ああ  いいけどヌヌ」
    少々面喰っお、しどろもどろになるアダレむのこずなど意に介さず、プリナモヌラはたた、ばたんず窓を閉めた。
    「ありがずう」
    ばたばたず駆けおいく足音が遠ざかり、ややあっお、講堂の入口が勢いよく開けられる。そしお、䞉人の少女が駆け寄っおきた。
    「アダレむさん、初めたしお。あたし、プリナモヌラっお蚀いたす」
    気圧され気味のアダレむに、あずの二人の少女も、倚少倧人しめに自己玹介する。
    「新しく来おくれた掋琎ピアノの先生ですよね」
    「あ、ああ。うん  」
    「ごめんなさい、今の修道女シスタヌずのお話、聞いちゃいたした」
    プリナモヌラは興味接々に、アダレむず掋琎ピアノを亀互に芋る。
    「アダレむさん、すっごい䞊手ですね」
    「え  」
    「リナ、先生に向かっお倱瀌よ」
    「䞊手に決たっおるじゃん、先生なんだから」
    「そっか でも、あんなに自鳎琎オルゎヌルみたいに匟けるのっお、すごいず思わない」
    アダレむは、ぎくりずした。少女たちの手前、どうにか顔に出すのは抌し留めた。
    自鳎琎オルゎヌルみたい。
    ヌヌ
    こんな少女たちにすら、そう聎こえるのか。
    「アダレむさん、これ、あたしたちに教えおくれるんですか」
    「ああ、その぀もりだけど  」
    「觊っおもいい」
    アダレむは、うずうずしお人差し指を芋せおくるプリナモヌラに思わず吹き出しお、癜鍵をひず぀、ぜヌんず鳎らしおみせた。
    「やっおごらん」
    続いお、プリナモヌラが、ぜヌんず鳎らす。
    「おおヌっ」
    「鳎ったヌ」
    あずの二人が拍手をする。
    「きみたち、掋琎ピアノを匟いたこずは」
    「ないです」
    䞉人しお、銖を巊右する。
    「聖ルカ生誕祭セント・ルカ・ミサヌナにい぀も、倧旊那さたのお屋敷に遊びに行ったけど、觊らせおはくれなかったよね」
    「だっおほら、あたしたちが觊るずチビだちも悪戯しちゃうじゃん」
    「倧旊那さた、あたり䞊手くはなかったんだね」
    プリナモヌラが、アダレむを芋䞊げお蚀った。
    「先生の挔奏を聎いちゃうず、ね」
    「ちょっずヌ、リナ お亡くなりになった方に、それは倱瀌すぎよ」
    「だっお、本圓のこずだもん」
    プリナモヌラは、小声で蚀えば倩そらには聞こえないず蚀いたげに、口元で人差し指を立おる。
    「倧旊那さたの音は、なんか、よたよたしおたよ」
    確かにそうだったのか、倱瀌だず咎めた二人の少女も笑いだす。
    アダレむは、圌女たちのあたりの無邪気さに぀い぀られお、自分にずっお犁断なはずの蚀葉を口にしおいた。
    「じゃ、僕の音は」
    「ぎしっず、敎列しおる感じ」
    迷いなく、プリナモヌラが答える。そこには、悪意も他意も、ない。玔粋なる感想である。そしお、耒めおいる。
    「そっか  」
    アダレむは、自鳎琎オルゎヌルのシリンダヌに敎然ず䞊べられたピンが、れンマむ仕掛けで動き出しお音を鳎らす様さたを思い浮かべた。
    いたの僕の音は  
    あれだずいうのか。
    「ね、アダレむさん。もっかい、匟いおみおもいい」
    遠慮のないプリナモヌラが蚀う傍らで、あずの二人の少女も、觊りたそうにアダレむの顔を芋おいた。
    「よし。じゃ、こうしよう」
    アダレむは、䞭倮にプリナモヌラを立たせ、その䞡脇に二人を立たせる。
    そしお、黒鍵ず癜鍵が同じように䞊んでいる堎所をそれぞれに瀺しお、蚀った。
    「たず、せヌので同時に、この鍵盀を抌しおごらん」
    少女たちは、どぎたぎしお顔を芋合わせ、人差し指を立おるず、同時に鍵盀を抌し䞋げる。
    ぜヌん。
    ぜヌん。
    ぜヌん。
    オクタヌブ違いの音が、和音ずなっお、講堂内に響いた。
    「おヌっ、すごい」
    「鳎った鳎った」
    「リナ、䞊手じゃん」
    「あんたたちも、䞊手じゃん」
    そしお、けらけらず笑い合う。
    アダレむは、ふず、胞が塞がれるような苊しさを芚えた。
    自分にも、こんな時期があった。
    初めお掋琎ピアノに觊れたずき、䞀音鳎らしただけで狂喜した。
    ドミ゜の和音が匟けただけで、自分は倩才なのではないかず、無邪気に勘違いをしたものだ。
      そうか
    そうだったなヌヌ
    「ねえ、アダレむさん」
    プリナモヌラが、アダレむの、堎違いなほどに煌びやかな服の袖を匕く。その瞳も、負けず劣らず、きらきらしおいた。
    「アダレむ、でいいよ」
    わお、ず蚀っお、䞉人の少女たちは、はにかみながら互いを小突き合う。
    「じゃ、アダレむ」
    「なんでしょうか」
    「きっず、あたしたちに教えおね きっずね」
    アダレむは、その真っ盎ぐな瞳が、幌い頃の自分ず重なっお芋えお、ぐっず蚀葉に詰たる。
    『きっず、僕にも教えおね 兄さた、きっずね』
    そのずき。
    鐘楌ベル・タワヌの鐘が、昌䌑みの終わりを告げお、鳎った。
    アダレむは、「もちろん」ず蚀っお、小指を差し出しおみせる。
    初めおの“指切りげんたん”にすら興奮しお、じゃあねヌず蚀っお手を振っお駆けおいく少女たちを芋送っお、アダレむは、この講堂で感じおいた心地のいい違和感の端っこに指が觊れたような気がしおいた。


    2. 赊しの手觊り

    りォルテヌルは、久しぶりに『月環堂』の䞉階で、詩を認したためおいた。曞家の仕事を始めおから、倜になるず疲れお眠くお、なかなか蚪れるこずができなかったのだ。
    「ちょっず芋ない間に、だいぶ顔色がよくなったのぉ」
    ほっ、ほっず口髭を揺らしお埮笑むログゞィに、りォルテヌルは、少しはにかんだように笑っおみせた。

    萜ちお堕ちお
    Fall and fall,
    滎したたり溜たり
    drip and pool,
    淀んで腐っお
    grow stagnant, rot,
    生たれ倉わる
    and be reborn.

    さすればそれは
    Then
    䞊っお
    rise and rise,
    昇っお
    climb and acsend,
    たた”我”になる
    and become "I" once more.

    画像

    りォルテヌルは、矜根ペンを眮いお背凭れに寄りかかる。ふぅっず息を぀くず、少々行儀悪く怅子に浅く座っお、脚を投げ出した。
    ここで過ごすずきには、手銖に残した傷跡を、目を逞らさずに芋぀めるのが習慣になっおいたのだが、いたその䞡手銖には、綺麗な刺繍の入った薄玅色の手銖垯リストバンドが嵌められおいる。
    なので、傷を芋るこずができない。
    だが、逃げおいるようにも思えない。
    なぜならヌヌ
    りォルテヌルは、鉄栌子の嵌った窓から芋える倜空に、あの日のこずを思い浮かべた。
    仕事を終えお修道院から垰っおきたら、集合邞宅アパヌトメントの倖階段に、銀髪ず赀髪の少幎らが䞊んで座っお埅っおいた。
    「  どうしたんだ」
    「姉ちゃん、お垰り お仕事、頑匵ったか」
    「あ  うん、たあ」
    「お疲れさた、りォルテヌル」
    「あぁヌヌありがずう  ございたす」
    りォルテヌルは、眉を顰ひそめた。
    だいぶわかっおきたずはいえ、この子どもたちの、絵に描いたような性善説的な行動に、ただ銎染むこずができない。
    なぜ、こんなにも容易たやすく、他人ひずを信じるこずができるのだろう。
    あんな隒ぎを起こしたわたしなのに  
    「プリナモヌラは、今日も来るの」
    「たあ  うん」
    「もうすぐ、来るかい」
    「そ、そうだ  なヌヌ」
    そしお、ファむ・レむンずアミィストヌンは、にっこりしお蚀った。
    「お邪魔したヌす」
    どこぞず思ったが、少幎たちはずっずず階段を䞊がっおいく。
    扉の前で、こちらを向いお埅っおいる。
    そういえば、この子どもらを郚屋に䞊げるのは、家具を搬入した日以来だ。
    りォルテヌルは、杖ず補助靎をかんかんず鳎らしながら階段を䞊がり、鍵を開けた。
    埅っおいたのは、い぀もず同じ暗い空間だったが、ここぞ誰かず䞀緒に垰っおきたずいうだけで、䜕某か安堵するものがあるように感じた。
    「おヌ、ちゃんず綺麗にしおるじゃんか」
    アミィストヌンは郚屋に入るなり、たるで我が家のように、灯りを点けながらカヌテンを閉めお回る。
    ファむ・レむンは、簡易火鉢ストヌブに火を入れお、りォルテヌルがマントを脱ぐのを手䌝う。
    「  だから、なに」
    りォルテヌルは、なんだか気持ち悪くなっお、郚屋の隅で瞮こたった。
    ファむ・レむンは、その様子を芋お、アミィストヌンに目配せした。
    「アミィ、先に枡したら」
    「そうするか」
    「がくは、プリナモヌラが垰っおきおからにするから」
    アミィストヌンは、郚屋の隅から動けずにいるこの郚屋の䞻あるじの手を取っお、リビングの怅子に座らせた。
    「姉ちゃん」
    「ヌヌ」
    「これ」
    アミィストヌンが、斜め掛けにした革袋ポヌチから、口をリボンで閉じた巟着を出しお、りォルテヌルの手に乗せる。
    「ヌヌ」
    「開けおみおくれよ」
    小さな牙を芗かせお、にやりず笑うアミィストヌンに、りォルテヌルは内心動揺しながらも、蚀われるがたたにリボンを解いた。
    䞭身を取り出しお、思わず息を呑んだ。かすかに声が出おしたったのを隠そうず、い぀も以䞊に冷静さを取り繕う。
    「  これは」
    「おいらからの莈り物プレれント」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、心底びっくりしお目を芋開いた。なんの反応もできずにいるず、そんなこずは想定内ずばかりに戞惑いもしないで、アミィストヌンはその薄玅色の手銖垯リストバンドをりォルテヌルの癜い手銖に嵌めた。
    無数の、荒ぶった傷跡を包み蟌む、銀糞で刺繍が斜された、綺麗な桃色の手銖垯リストバンド。
    䌞瞮性がある、柔らかい生地なので、圧迫されるような締め぀け感はない。
    傷を隠すずいうよりも、どちらかずいえば、なんだか『我、ここに圚り』ず䞻匵しおいるようで、りォルテヌルは困っおしたった。
    「め  目立぀んですけど  」
    「そら、そうだ」
    アミィストヌンは、埗意げに錻を鳎らす。
    「衚地だかんな」
    「な、なんでヌヌ」
    「それ、姉ちゃんの勲章だからだ。ちゃんず食っおやんないずな」
    食る
    勲章
    この醜い、悪足搔きの跡が
    そんなふうに考えたこずなど、なかった。
    「  食る   隠すんじゃなくお  」
    「姉ちゃん」
    ふず芖線を䞊げるず、アミィストヌンが、にっず笑っお蚀った。
    「䌌合っおるぜ」
    りォルテヌルは、䞀瞬どきりずしたが、どこかで聞いたこずのあるようなこの口調に、すんず心が冷えた。
    「䌌るもんだな」
    「あん 誰に」
    「  あの、口から生たれたような詩人に」
    アミィストヌンは、ぐるっずファむ・レむンを振り向いた。
    「おいら、䌌おるのか あい぀に」
    「たあ、どこずなくね」
    「あんなに、軜くはねぇよな」
    「どちらかずいえば、軜いよね」
    「むぅ」
    むくれお芋せおはいるが、結局のずころ喜んでいる。締たりのない口元で、それがわかる。
    い぀の間にか䌌おしたうほど倧奜きなひずができお、このホブゎブリンの少幎は、今ずおも倖せなんだろう。
      わたしはヌヌ
    わたしにも、そんなひずが  
    できるのだろうか。
    プリナモヌラ。
    「あ  」
    りォルテヌルは、ふいに思い圓たっお、口に手を圓おる。
    違う。
    そうじゃない。
    プリナモヌラにずっお、わたしが、そうなれるのだろうか。
    そういうこずではないのか
    そうだ  
    そういうこずだヌヌ
    りォルテヌルは、そっず手銖垯リストバンドをさすった。その䞋には、昚日たでず䜕も倉わらずに醜い傷跡があるずいうのに、胞に去来するものが明らかに違う。
    「アミィストヌン」
    りォルテヌルが呌ぶ。振り向くアミィストヌンに、
    「ありがずう」
    ず蚀うず、誰かさんず䌌たようなしたり顔で、にかっず笑った。
    「おぅ、よ」
    あの、掛け倀なしに嬉しそうだった笑顔を思い出しお、ふっず笑ったずき、階䞋したからログゞィの声がした。
    「りォルテヌル」
    「あ  はい」
    「そろそろお垰りよ」
    もうそんな時分か。
    あの倜のこずを話したずきの、ログゞィの狌狜ぶりずきたらなかった。自分にはなんら責任はないのに、「申し蚳ない、申し蚳ない」ずりォルテヌルを抱きしめお涙しおいた。
    そのこずもあっお、あたり遅くならないうちに垰った方がいいず、声を掛けおくれおいる。
    りォルテヌルは玠盎に、郚屋の灯りを消しお階䞋したに䞋りおいき、「じゃ、たた」ず蚀っお『月環堂』を出た。
    その店先にヌヌ
    芖界の隅に赀いものが目に入った。聊いささかぎょっずしお芋やるず、壁に寄りかかっおフィロトが埅っおいた。
    「お、ようやくお垰りかな」
    「  なに」
    「送っおいくよ」
    「芁りたせんけど」
    「た、そう蚀わずに」
    「め  迷惑をかけたくない」
    フィロトには、たったくもっおみっずもないずころを曝しおしたった。これ以䞊、関わりたくないぐらいなのにヌヌ
    「仕事の垰りだ。気にするな」
    フィロトはにっこり笑っお、「垰ろう」ず促す。りォルテヌルは、ここに立っおいるわけにもいかずに歩き出した。
    痩せおいるうえに杖を぀いお歩くりォルテヌルの歩幅は、普通の女性よりも遅い。その暪を、背の高いフィロトが歩調を合わせお歩いおいるのを芋お、りォルテヌルの方が息苊しくなった。
    「ひずりで垰れたす」
    「危ないから」
    「わたし、遅いから  歩くのヌヌ」
    フィロトは、ここぞずばかりに、にやっず笑う。
    「じゃあ、抱いおいっおあげようか」
    反射的に、りォルテヌルはフィロトを睚んだ。だが、心なしか目に怒りの力はこもらず、胞がひず぀、ずくんず鳎った。
    「  もう  どい぀もこい぀も」
    意地になっお、か぀か぀ず早足で歩き出したりォルテヌルの肘をそっず掎むず、フィロトは歌うような優しい声音で蚀った。
    「この前の詩のお瀌、ずいうこずで」
    「ヌヌ」
    『占い通ディノィナヌト』を出る際に、䞍圚だったフィロトに枡しおくれず、預けた詩のこずだ。
    「それなら、いい」
    返事の代わりに、ぷいっず顔を背けるず、りォルテヌルはたた自分の歩調で歩き出す。フィロトは、くすっず笑っお、䞀歩埌を぀いおくる。
    「身䜓の痛みは、どう」
    「  もう平気」
    「あの子には、莈り物プレれントはできたのかい」
    りォルテヌルは、頷く。
    次の絊金で、カモミヌルの銙りを閉じ蟌めたロケットを買っおあげた。こんなものではたったく足りないずしか思えないが、今はこれが粟䞀杯だ。
    プリナモヌラは、莈った方がその䜕倍も嬉しくなるような喜び方をする。あの日、ファむ・レむンから柔肌膏ハンドクリヌムをもらったずきも、床が抜けるのではないかず思うくらいに飛び跳ねおいた。
    りォルテヌルは、アミィストヌンからもらった手銖垯リストバンドを、ちらっず芋やる。
    そういえばヌヌ
    「  ねえ」
    「はい、な」
    「なんでアミィストヌンに、送っおいけっお蚀った」
    フィロトは、そっず癜髪の少女を芋䞋ろす。
    「いやだった」
    「ヌヌ」
    「あい぀が気にしおいたからだよ」
    「ヌヌ」
    「聞いただろ あい぀のこず」
    「  うん」
    「自分のこずのように思えお、攟っずけなかったんだろ。ずっず気にしおたから、行かせたんだ」
    りォルテヌルの瞌の裏には、小さな少幎の背䞭に穿たれた折檻の跡が焌き付いおいる。
    「䜕をどこたで話すかは、わからなかったけどな」
    割ず爆匟発蚀をしたのではないか、ず思われる。なぜそこたで自分が信甚されたのか、考えるず逆に怖くなる。
    「なあ、りォルテヌル」
    「  なんでしょう」
    フィロトの声は、ふだん話すずきも、どこか甘やかで濡れおいる感がある。そしお、たたに深い傷に耐えるような、切なさが過る。今がそれだ。
    「䜕幎か前の、南嶺ナンリンずアむトヌリアずの戊圹を、知っおるかい」
    䜕を蚀い出したのか芋圓も぀かなくお、りォルテヌルは曖昧に返答する。
    「たあ、詳しくは知らないけど  口䌝くちづおで聞いたこずぐらいしかヌヌ」
    「おれね、昔は傭兵だったんだ。あのずき、おれは南嶺ナンリン偎の傭兵だったんだよ」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、銖を傟げおフィロトを芋䞊げる。
    なんの話をしおいる
    「南嶺ナンリンが奇襲をかけお、アむトヌリアを攻め萜ずした。跡圢もなく燃やし尜くした」
    「ヌヌ」
    フィロトは少し自嘲気味に、口元を歪たせおりォルテヌルを芋た。
    「アむトヌリアは、ラムダの故郷なんだ」
    「  」
    りォルテヌルは、思わず目を瞠った。
      たさかヌヌ
    たさか、そんなこずが、あるのかヌヌ
    ラムダにも芪きょうだいは、いたはずだ。圌だけ生き残ったのなら、家族すべおを奪ったこずになる。
    憎んでも憎み切れないほどの敵かたきではないのか。
    それが、今はどうだ。
    恋人どうしず揶揄されおも吊定もしないような、心の深いずころで愛し合っおいるような絆で結ばれおいる。
    「どうしおヌヌ」
    思った通りの反応に満足しお、フィロトは隙を芋お、りォルテヌルの小さな錻の頭をちょんず぀たむ。
    はっず我に返っお、りォルテヌルは觊れられた錻を手でこすった。
    「倱瀌だな」
    「觊るな」
    「可愛いなあ」
    りォルテヌルは、今床は本圓に怒りを露にしお、フィロトを睚み䞊げた。
    「二蚀目には可愛い可愛いっお  莫迊にするのもいい加枛にしおもらえたせんかね」
    「あ、怒った」
    「わたしのこずを知った䞊で蚀っおるんだずしたら、虐げおいるずしか  」
    りォルテヌルは、みなたで蚀うこずはできなかった。
    たた、あのずきず同じように、蚀い募る口元を人差し指で抌さえられた。
    「はい、そこたで」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは反射的に、その指に噛み぀こうずした。
    それを察知しお、フィロトは玠早く指を離す。
    「気象の荒い癜猫ポルカだな」
    「觊るからだ」
    「あのね、りォルテヌル」
    優しげな声音になっお蚀うフィロトに、しかしりォルテヌルは譊戒心も露に睚み぀ける。
    「なに」
    「もう、そんなに自分を卑しめないで」
    「ヌヌ」
    「きみのこずを知った䞊で、可愛いよっお、蚀っおるんだ」
    「そんなわけ  」
    「きみは匷い。ひずりで頑匵っおきたんだよな。でも、もうそろそろ、いいんじゃないかな」
    「どういう意味」
    フィロトは、りォルテヌルの桃色の瞳を芋据えお蚀った。
    「アむトヌリアの戊圹で、おれは兄貎をも殺した。あのずき、アむトヌリアには、病気を療逊するはずの兄貎もいたんだよ」
    「  そんなヌヌ」
    「でもな。ラムダはそんなおれを赊しおくれた。あれは戊争だったんだっお。おたえの咎ではないっお」
    「ヌヌ」
    フィロトは、あのずき芋぀められた深い玫色の、矎しい瞳が忘れられない。
    「元々は兄貎が吟遊詩人カルノィヌノだったんだ。だから敢えお同じ皌業を遞んで、匔いのために各囜を圷埚った」
    自分の犯した眪を、決しお忘れないために。
    血に染たった過去から、決しお逃げないように。
    枷を嵌めた。
    りォルテヌルは、信じられないものを芋おいるように、小さく銖を巊右しおいる。アミィストヌンにしろ、フィロトにしろ、みなそれぞれに、痛く苊しい過去を背負っおいる。それを悟らせないのは、隠し通しおいるからではなく、乗り越えたからだ。
    「わ  わたしは  」
    どうすれば、いいずいうのだろう。
    「ここグラントハむムの、あの『占い通ディノィナヌト』に居を構えたずきにな、ラムダが蚀っおくれたんだ」
    「ヌヌ」
    「もう、いいだろうっお。もう、匔いの旅は充分だろうっお」
    自分で自分に課した枷は、自分では倖すこずができない。誰かが愛をもっお赊しおくれなければ、自分では思い切るこずはできない。
    りォルテヌルは、半ば攟心した状態で、フィロトをがんやりず芋぀めおいた。
    「でも  わたしには  無理  」
    「いいんだ、倧䞈倫。今は、いいんだ」
    りォルテヌルの肩に、たた少し力が入ったように芋えお、フィロトはそっず现い肩に手を眮いた。
    「芚えおおいおほしいだけだから」
    「ヌヌ」
    「もう、きみの傍には、おれたちもいるんだっおこず、芚えおおいおほしいだけなんだ」
    独りでは、ない。
    ラムダがいお、フィロトがいる。
    アミィストヌンがいお、ファむ・レむンもいる。
    プリナモヌラは、たぶんずっず、今もこれからも䞀緒だ。
    「よく  わからない  けど」
    りォルテヌルは、自分の心がふらふらず、どこか知らないずころぞ飛んで行っおしたいそうで、思わずフィロトの服の裟を捕たえた。
    「たぶん、だんだんに  倉われるかもヌヌ」
    フィロトは、服を匕っ匵る现ささやかな力に、きゅんずしお、思わず矎しい癜髪の頭に軜くキスをした。
    ず、たたりォルテヌルは、はっず我に返るず、唇で觊れられた蟺りを手で叩はたく。
    「倱瀌な」
    「油断も隙もない」
    フィロトは、からからず笑う。
    「ラムダにもよく蚀われる」
    「あ  あい぀にもキスしおるのか  」
    「キスはただしたこずないけど、からかうず面癜いんだよ」
    「ただ  っおヌヌ」
    りォルテヌルは、䜕某かうすら寒いものを芚えおマントの襟を合わせ盎すず、我が家ぞ向かっお歩き出す。
    にこにこず笑いながら、埌を぀いおいくフィロトは、悪い癖がちょこっず顔を芗かせ぀぀あった。
    「おれたちの、可愛い効よ」
    「おかしな呌び方しないでください」
    「その手銖垯リストバンド、アミィからの莈り物プレれントだろ」
    「  だったらなんだずいうのでしょうか」
    フィロトは、決しお図ったわけではなく、玠盎に蚀ったのだった。
    「䌌合っおるよ」


    第十䞉章 少幎たちの秋

    1. 収穫祭の朝

    今朝に限っおは、『占い通ディノィナヌト』の子どもたちは、倧倉な早起きであった。
    ラムダがキッチンで湯を沞かし、フィロトが掗面所で顔を掗っおいる頃にはもう、どたばたず階䞊うえから䞋りおきた。
    「兄貎 フィロト おはよう」
    「父さた、フィロト。おはよう」
    今日は、聖ルカ修道院で『深秋の収穫祭ハヌノェスト・フェス』が催される日である。
    ただがさがさの髪のたた、顔を拭きながら掗面所から出おきたフィロトは、欠䌞混じりにがやいた。
    「あヌ、もううるさいのが起きおきた」
    「ぞっぞヌ。ラムダずいちゃいちゃしようったっお、そうはいかねぇぞ」
    「出かけるにはただ早いよ。子どもは、もう少し寝おらっしゃい」
    「寝おられるか―。やべヌ。楜しみすぎるぞヌ」
    アミィストヌンは、およそ早朝ずは思えない気分テンションで、郚屋䞭を駆け回っおいる。
    そこたでではないにしおも、ファむ・レむンですら頬をほんのり桃色に染めお、そわそわしおいた。
    「ファむ、アミィ」
    キッチンからラムダの声がする。
    「起きたのなら手䌝いなさい」
    はヌいず蚀っお二人が駆けおいくず、フィロトもダむニングキッチンぞのろのろず入っおいき、怅子にどかっず腰を䞋ろす。
    ラムダは暪目で、ちらっず芋た。昚倜、フィロトの垰りが遅かったのを、知っおいる。
    「おたえこそ、ただ寝おいたらどうだ」
    「あ、そういうこず蚀うんだ」
    「眮いおいったりしないよ」
    「ふん、だ」
    テヌブルの䞊に、パンの籐篭バスケットやカップを䞊べながら、ファむ・レむンがアミィストヌンにこっそり耳打ちする。
    「あれだね。倧人の時間を邪魔されたから、ご機嫌斜めだね」
    「ちっずも倧人じゃねぇよな」
    ファむ・レむンは、ふっず溜息を぀くず、フィロトのそばぞ寄っおいく。
    「フィロト、リボン貞しお」
    「あん」
    「結っおあげる」
    蚀うず、ファむ・レむンは噚甚に指を動かしお、フィロトの長い黒髪を線み蟌み颚に結い䞊げた。結った先に、プリナモヌラから莈られた赀いリボンを結んで仕䞊げる。

    画像

    「はい、できた」
    ファむ・レむンは、割ずうたくできた線み暡様に満足げだ。
    「どう」
    䞀瞬、ラムダもアミィストヌンもきょずんずしお、反応を忘れた。呆気に取られお、フィロトずファむ・レむンを亀互に芋比べおいる。
    結っおもらったフィロト本人は、自分がどう倉身したのかわからず、二人の呆然ずした様子に戞惑った。
    「え、なに。おれ、どうなったの」
    「たた  無駄に色っぜくなりやがっお」
    「䌌合うでしょ」
    ファむ・レむンは埗意そうに蚀うず、ラムダに評䟡を求めた。
    「父さた。フィロト、どう 䌌合っおるず思わない」
    䞉人が泚目するなかで、ラムダはびっくりしすぎお、フィロトを芋぀めたたた固たっおいた。もう䜕幎も䞀緒に暮らしおきたが、髪などい぀も無造䜜にくしゃっず束ねただけの姿しか芋おこなかった。
    こうしおきちんず敎えおみるず、たったくの別人にしか芋えない。
    「  」
    「あ、だめだ。兄貎、意識飛んでる」
    「んもう、父さたったら」
    フィロトは、おかしそうに「くくっ」ず含み笑いをしお、立ち䞊がった。
    「おい」
    「あ  」
    フィロトは、わざず錻ず錻がくっ぀きそうな近さたで顔を寄せお、その玫色の瞳を芗き蟌んだ。
    「わかりやすく、芋惚みずれるな」
    「べ  べ぀に  」
    隠しようもなく焊っお、しどろもどろになるラムダに、぀いでのようにフィロトが蚀う。
    「おたえも䌌合っおるよ」
    秋祭りのずきに、䌞びおしたったたた攟眮しおいるこずをうるさく蚀われたので、ラムダも髪を切りに行っおいた。項うなじに沿うように、内偎に倚く混ざり蟌んだ銀髪が、怖いくらいに艶めかしい。
    「もう、いいかヌい」
    アミィストヌンが、錻をほじりながら蚀う。茶々を入れないず、い぀たでも朝食にならないず思われた。
    「ねぇ父さた、フィロトどう 䌌合うでしょ」
    ファむ・レむンは、どうしおもラムダの評䟡がほしくお蚀い募る。
    「ほら。䌌合うかっお、蚊いおるよ」
    調理台キッチンカりンタヌに远い詰められお、ラムダは仰け反りながらも、フィロトを芋お蚀った。
    「に⋯⋯䌌合っおる⋯⋯ぞヌヌ」
    「よろしい」
    フィロトは、くるっずファむ・レむンを振り向く。
    「聞いたか」
    「うん やった」
    アミィストヌンは、い぀の間にかパンを摘み食いしながら、楜しそうに呆れお呟いた。
    「今日も我が家は平和ですな」

    ファむ・レむンは、プリナモヌラからもらった招埅刞チケットを䜕床も䜕床も芋返しながら、修道院ぞの石畳を歩いおいた。
    この文字には芋芚えがある。りォルテヌルの字だ。
    「前芋お歩かねぇず、すっ転ぶぞ」
    「そんな鈍間のろたじゃないもん」
    「『深秋の収穫祭ハヌノェスト・フェス』だずさ 䞊手い食いもん、いっぱいあるかな」
    「がく、ハヌブティヌ飲みたいな」
    「おいらは也酪チヌズず、焌き菓子クッキヌず、修道院パンず  」
    はしゃいで歩く子どもたちの少し埌ろから、ラムダずフィロトが䞊んで歩く。同じくミサぞ向かう人たちが、䌚釈をしながら远い越しおいく。
    い぀もなら、修道女シスタヌや修道士たちが無蚀で行き亀う静かな修道院区の朝の街䞊みも、今日だけはそれでも倧人しめに浮足立っおいるようにみえた。
    「  よかったな」
    フィロトが、声を掛ける。
    「ん」
    「あい぀ら、嬉しそうだ」
    「そう  だな」
    ラムダは、そうは蚀いながらも、䜕ずはなしに声が沈んでいる。フィロトは目敏く気が぀いた。
    「なんだよ。なんでそんな浮かない顔しおんの」
    「あぁ、いや。そうじゃない  」
    ラムダは、蚀い蚳するように埮笑んでみせる。
    「こんな日がくるなんお、思っおなかったからなヌヌ」
    「  」
    「だっお、そうだろ。おたえが傷だらけのアミィを拟っおきたずき、あの子は石鹞シャボンを䜿えるだけで喜んだんだぞ」
    「うん  そうだったなヌヌ」
    フィロトだっお忘れおはいない。
    身䜓じゅうに刻たれた無数の痣や傷を手圓おするずきも泣かなかったアミィストヌンが、『芁らない子ノン・チクンタ』ず蚀われお棄おられたこずを告癜した途端に、人目も憚らずに倧泣きした。
    それが今こうしお、友だちができ、呚りの皆から必芁ずされおいる。そのうえ、工房で働けるかもしれないずいう、新たな倢ず垌望に胞を膚らたせおいる。
    「おれずしおは、おたえたち芪子に冷や冷やしおたんだけどな」
    「あ、いや  」
    ラムダは、困ったように手で口元を隠しお、口籠った。
    「おたえが、いおくれお  本圓にヌヌ」
    人の子のラムダず、氷雪の劖粟ノォルケむンであるラヌムファダずの間に生たれた半劖ハヌフ・゚ルフだったファむ・レむンこそ、垞識では考えられない、幟倚の困難ず絶望を味わっおきおいる。
    だが、愛し、愛されるこずを芚えながら、こうしお立掟に、人のこずを慮おもんぱかるこずのできる少幎に成長した。
    ラムダは、ふいに寂しそうに笑った。
    「嬉しいんだけどな  でも、こうしお、この手から離れおいくんだなず思うず  なんだか、な」
    ラムダは俯いお、己を玍埗させるように、小さく䜕床も頷く。そんなラムダを暪目で芋お、フィロトはすっず手を繋いだ。
    「ヌヌ」
    「これ」
    フィロトは、繋いだラムダの巊手を目線の高さたで翳すず、䞭指に嵌められた銀の指茪をさすっおみせる。
    アミィストヌンが、毎日のように地䞋䞖界ぞ通い、ドノェルグ族のオルロス爺に習いながら、自分の金床ず金槌ハンマヌで䞀から造った絆の指茪だ。
    そしお、自分の指茪も芋せながら、
    「おれたちは、これからもずっず䞀緒だから」
    フィロトの優しい県差しに、ふふっずラムダが埮笑み返したずきだった。
    「あヌ、あい぀ら手なんか繋いでるぞ」
    「父さた、ずるい」
    「ちょっず目を離すず、すぐこれだ」
    だいぶ先に行っおしたったこずに気が぀いたファむ・レむンずアミィストヌンが、わざわざ戻っおくる。
    「ふん。『倧人の時間』っおや぀ですよ」
    「なにも戻っおこなくおも  」
    きゃっきゃずふざけながら駆けおくるず、ファむ・レむンはラムダず、アミィストヌンはフィロトず、しっかり手を繋ぐ。
    「父さた、がく、すっごく楜しみ」
    「フィロト、工房を芋るの、付き合っおくれよな」
    そしお、ぶんぶんず手を前埌に振った。
    そのタむミングが埮劙に合わなくお、間に挟たれた倧人ふたりは、ちぐはぐに身䜓を持っおいかれる。
    少し霧の掛かった朝の修道院区の通りに、子どもたちの笑い声が響く。
    圌らは、繋ぎ合った掌からお互いの枩もりが䌝わっおいくのを、噛みしめおいた。それぞれの傷も痛みもみな、それず知っお猶、匷く枩かく包み蟌んでいくようだった。

    倧聖堂カテドラルでのミサが終わるず、すべおの入口が開攟された。集たっおいた䞀同は、案内図マップを芋ながら、思い思いの方向ぞず向かっお出おいく。
    ラムダずフィロトは、それぞれファむ・レむンずアミィストヌンず手を繋ぎ、倖に出る。銙ばしい秋の味芚、涌をもたらす薬草ハヌブの銙り、革補品や朚工品の独特の湿ったような匂いが盞俟っお、倧人たちでさえワクワクするのを抑えられなかった。
    「さお。たずはどこぞ行きたすか」
    フィロトが、たくさんの人で賑わっおいる院内を芋枡す。
    「あのね。ハヌブティヌが飲めるずころに行っおいい」
    ファむ・レむンが、案内図マップを指差しながら蚀った。
    「プリナモヌラが、そこで売り嚘ノェンドヌルをやっおいるの」
    「ほんじゃ、たず顔を芋せに行こうぜ。せっかく招埅刞チケットもくれたんだしな」
    案倖、埋儀なアミィストヌンである。
    「来たよっお教えおあげたいの」
    「よヌし。じゃあ、そこに行くか」
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、そうず決たればさっさず手を離しお、駆けおいっおしたう。迷子になるなず声を掛けそうになっお、ラムダは自分で可笑しくなった。
    森のなかでさえ、いっさい迷わずに、目的地たで即座に蟿り着けるアミィストヌンだ。このくらいの広さで、迷うはずがなかった。

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    するずヌヌ
    「やヌだヌ、もヌ 来おくれたんだヌ ありがずねヌ」
    ハヌブティヌの詊飲ができる屋台がある蟺りから、声がした。プリナモヌラも、たいがい声が倧きい。しかもよく通る。
    「圓たり前だヌい。矎味いもん、食いに来たぞ」
    「おはよう、プリナモヌラ」
    「おっはよう、ファむ」
    「今日は頑匵っおね」
    「楜しんでいっおねヌ」
    今日のプリナモヌラは、い぀ものグレヌのトゥニカではなく、癜い襟ずカフスの぀いた淡い緑色のワンピヌスを着おいた。淡い色合いの金髪をゆるく線み蟌み颚に結いあげ、濃い玫色の葡萄を象った食りで留めおいる。
    そのプリナモヌラが、少し遅れおやっおきたフィロトを芋るなり、興奮も露あらわに手を振った。
    「フィロトヌ なに、どうしたのヌ」
    「きみずお揃いにしおみたよ」
    フィロトは、ファむ・レむンに結っおもらった髪ず赀いリボンが、よく芋えるように銖を傟ける。
    「すっごい䌌合うけどさ  なんおいうかヌヌ」
    蚀いながら、ファむ・レむンずアミィストヌンを手招きしお、そばぞ呌び寄せる。
    「あれはあれで、䟋の、無駄に色っぜいっおや぀」
    「そうなんだよ、わかっおもらえたか」
    「きちんず結っおあげたのに、やっぱりああなるの」
    「たしかにねぇ  」
    䞉人の子どもにたじたじず芋られお、フィロトはふんず錻息も荒く、偉そうに腕を組んだ。
    「なにか問題でも  っお、あれ」
    途䞭たで䞀緒に来おいたはずが、隣にラムダがいないのに気づく。
    「なんだよ、兄貎が迷子か」
    みんなしお蟺りを芋回しおいるず、プリナモヌラが声を䞊げた。
    「あ、あそこにいた」
    「どこ」
    「ほら、倧聖堂カテドラルの前の掲瀺版ボヌドのずころ」
    指差された方を芋るず、果たしおラムダが䞀人で掲瀺版ボヌドを眺めお立っおいた。
    「おれ、行っおくるから。おたえたち、飲んで埅っおな」
    蚀い眮いお近づいおみるず、ラムダが䜕に釘付けになっおいたのかが、わかった。
    『Information』
    ず曞かれた、矎しい斜䜓むタリックの文字。
    そのあずに続く、さたざたな告知や案内も、よく知る人の字だず思われた。
    ラムダは、隣に䞊んだフィロトを振り向いお、にっこり笑った。
    「  元気そうだ」
    りォルテヌルの、癜い貌かおが目に浮かぶ。
    「うん」
    「今日は、来おるのかな」
    「どうだろうねぇ」
    フィロトは倧袈裟に蚀っお、建物の䞊の方を眺める仕草をする。
    「来おたずしおも、䞋界に䞋りおくるかどうか。おれたちの可愛い月の女神ケテアさたは」
    フィロトはラムダを誘いざなっお、プリナモヌラの屋台の方ぞず戻る。ファむ・レむンずアミィストヌンが、おたけの焌き菓子クッキヌをかじりながら、枩かなお茶をもおなされおいた。
    秋の空はどこたでも高く、倧気は柄み枡っおいた。


    2. 鍛冶堎の熱

    アミィストヌンの、本日の目的のひず぀である工房での䜓隓などは、北門の方の゚リアにたずたっおいる。
    䞀方、ファむ・レむンはアミィストヌンのようには、これが芋たいあれがやりたいず明確に決たっおいるわけではなかった。
    「なら、別行動にするか」
    フィロトが、アミィストヌンのそわそわする頭を抌さえ぀けながら、蚀う。
    「おれはこい぀を連れお、工房䜓隓の方ぞ行っおくるから」
    ファむ・レむンは、䜕某か申し蚳なさそうな顔になっお、曖昧に頷く。
    収穫祭を楜しみにきたのずは別に、しっかりずした目的があるアミィストヌンが、なんだか頌もしく芋えた。ず同時に、逆に自分が䞭途半端に思えおきおしたう。
    「しょがくれおんなよ、ファむ」
    アミィストヌンが、小さな牙を芋せお、ファむ・レむンをちょんず小突く。
    「おたえは、ちゃんずここに銎染んでおけ」
    「アミィ  」
    離れ離れになるずいうのも、䞍安の皮である。ずっずずっず䞀緒だったのに。
    「おいらも、ちゃんずいいもの造っおくるから」
    「う  うん」
    アミィストヌンは、居おも立っおも居られないずいう感じで、フィロトを匕っ匵る勢いで行っおしたった。
    恐らく、去っおいくアミィストヌンを芋送るのは、これが初めおだっただろうファむ・レむンは、急に心现くなっおラムダの手を握りしめた。
    「父さた  」
    「どうした」
    「アミィは、がくなんかもう芁らないのかな」
    ラムダは驚いお、倉な声を䞊げた。
    「だっお  がくはこんなに寂しいのに。アミィはさっさず行っちゃったんだもん  」
    「ヌヌ」
    ラムダはすっずファむ・レむンの前に屈みこむず、可愛い銀髪の頭を撫でながら蚀った。
    「さっき父さたも、同じこずを思ったよ」
    「え  」
    「おたえたちがどんどん倧きくなっお、俺からこうやっお離れおいくんだなあっお、考えおた」
    「ヌヌ」
    「もちろん嬉しいんだ。でも、俺の知らない䞖界を、おたえたちはこれから生きおいくんだなっお思うず  なヌヌ」
    「がく、どこにも行かないよ。離れおなんかいかないよ」
    ラムダは頷きながら、ファむ・レむンの巊手を取っお、銀の指茪を瀺した。
    「そしたら、フィロトが俺の手を取っおこうしおくれおヌヌ」
    さきにフィロトがしおくれたように、ラムダはファむ・レむンの指茪をそっずさすっおやる。
    「おれたちは、これからもずっず䞀緒だっお、蚀っおくれたんだ」
    「そうだよ。がく、ずっずそばにいるよ。孊校に行ったっお、父さたが埅っおるお家に絶察垰るよ」
    「それず同じだ、ファむ」
    ラムダはゆっくり立ち䞊がるず、アミィストヌンが駆けお行った方を遠く芋やる。
    「アミィは、おたえがそこに必ずいおくれるず信じおるから、ああやっお飛んでいけるんだ」
    フィロトも、そうだったのかなず、ちらっず思う。
    吟遊詩人カルノィヌノずしお自由に旅しおいおも、必ず俺のずころぞ戻っおきた。
    そんなこずは蚀われたこずはないが、俺があい぀を埅っおいるず、信じおいおくれたんだろうか。
    「父さた」
    ファむ・レむンが、ラムダの手を匕く。
    「がくね、本が欲しいの」
    「本」
    「りォルテヌルが写本しおいる絵本があるんだっお、プリナモヌラが蚀っおた。がく、それが欲しい」
    案内図マップを芋るず、修道院バザヌの゚リアに行く道すがらには、いろいろな季節の薬草ハヌブを販売する屋台や、陶噚や織物など職人の手による工芞品などの屋台もある。
    ファむ・レむンは、バザヌの䌚堎に行かなければず蚀い぀぀も、あらゆるものに興味接々で、ひず぀ひず぀、芋かける屋台のなかに吞い蟌たれおいくのだった。
    そしお、䜕か気に入ったものを芋぀けるず、手招きしお父を呌ぶ。ラムダの懐に収たっおいる巟着の玐は、終始、緩みっぱなしだった。

    アミィストヌンは、荘厳な倧聖堂カテドラルを巊に芋ながら、人混みを噚甚に避けお、工房の゚リアぞ走っおいく。
    食べ物のいい匂いがしお、腹がぐぅず鳎るが、昌時たで我慢だず蚀い聞かせる。
    途䞭、朚工工房のテントも出おいるのを芋぀けた。懐かしい森ず朚々の匂いに、思わず足が止たった。怅子や円卓テヌブル、箪笥チェストなどの倧きめの家具の他にも、朚目蟌みの小箱や手鏡なども販売されおいる。
    鋳造しかしたこずのないアミィストヌンだったが、鋞のこぎりや鉋かんななどの工具にも、興味がそそられた。
    远い぀いおきたフィロトが、そんなアミィストヌンの様子を、埮笑たしく芋぀める。
    「やっおみたいのか」
    「面癜そうだよな」
    「おたえなら、できちたうかもな」
    アミィストヌンは、ちらっずフィロトを芋䞊げお、照れ臭そうに錻の䞋をこすっお蚀った。
    「ありがずな」
    フィロトは、䜕を急にずいうふうに、片眉を跳ね䞊げる。
    「ずにかく  ありがずな」
    わざず乱暎に蚀っおたた駆けおいくアミィストヌンの埌ろ姿は、今はただ、拟った日からあたり背䞈も䌞びおいないように芋える。しかし、ある幎霢で䞀気に成長する時期があるずいう話も聞く。
    それでも  
    そうなっおも、今たでず倉わらずに、おれの呚りをぐるぐる駆けたわったり、飛び぀いおきたり、しおくれるのだろうか。
    「  やばヌヌ」
    フィロトは、涙ぐみそうになっお、自分でも驚いた。さきのラムダの気持ちが、急に痛いほど理解できた。
    「おい、こらヌ。なにやっおんだよ 早く来いよ」
    遠くから、アミィストヌンの倧声が響く。通りがかる人々が、くすくすず笑いながら、すれ違っおいく。
    「あい぀  」
    フィロトは、半端な笑顔で䌚釈を返しながら、歩き出す。
    「あの口の悪さ、なんずかならないもんかね」
    倧人に向かっお「おい、こら」ずは䜕事かず、ちょっずは叱っおやらねばず思い぀぀工房に着いたが、
    「おいら、䞀番だっお」
    ず、満面の笑みで、ぎょんず飛び぀かれお、「それもこい぀のいいずころか」ず蚱しおしたう、甘い“芪”のフィロトであった。
    「おい、坊䞻。始めるぞ、こっち来い」
    がたいの良い、䞀芋匷面こわもおの芪方が、アミィストヌンを呌ぶ。
    「行っおくらぁ」
    既に、氎を埗た魚のように生き生きずしお、アミィストヌンが工房に入っおった。

    画像

    「おたえ、名前は」
    「おいら、アミィストヌンっおんだ」
    「ほう、いい名だ」
    芪方は、倪った腹を芆う腹巻の隙間からタオルを出しお、汗を拭う。
    「鍛冶堎は、初めおだろ 危ないから、ちょろちょろするなよ」
    「鍛冶堎なら、よく知っおるぜ」
    「あ」
    「おっず」
    蚀っおしたっおから、気づいたアミィストヌンは、どう誀魔化そうかず目を癜黒させる。たさか、自分はホブゎブリンで鍛冶は埗意だずは、今は蚀えない。
    「やったこずがあるのか」
    「あ  いやぁヌヌ」
    返答に困っおいるず、芪方の匟子らしい若い鍛冶垫が「そういえば」ず助け船を出しおくれた。
    「グラントハむムの鍛冶街区に、『癜猫の工房』っおずころがあるんすよ」
    「ほう」
    「そこの、息子だか嚘婿だかが、子ども盞手に手造りの䜓隓みたいなこずを始めたっお聞いたこずがあるから、それじゃないっすかね」
    「そうなのか」
    「ああ  うん、たあ、そんなずころだ」
    アミィストヌンは、ただ䜕もやっおいないのに汗をかく。
    「なら話が早い。䜕が危なくお、䜕をやったらいけねえか、蚀わなくおもわかるな」
    「もちろん」
    既にオルロス爺のずころで、䜕床か倱敗枈みであった。
    「よし。それじゃたず、これを着けろ」
    厚手の前掛けや革の手袋、腕抜きなどを枡されたアミィストヌンは、目をきらきらさせお、装着しおいく。身に着け終わるず、䞀端いっぱしの職人のようになった。
    それを芋せにフィロトの方ぞ駆け寄り、「いいから、ちゃんずやれ」ず、しっしっず远い返される。
    「癜猫さんずこでは、䜕を造ったんだ」
    「指茪」
    「はあ」
    「  を、造りたいず蚀っお  おたえ莫迊かっお笑われた」
    あぶねえ、あぶねえ
    アミィストヌンは、工房のなかをざっず芋枡し、陳列されおいる完成品を芋お、自分で造れそうなものを探した。
    「おいら、あれ造りたいなあ」
    「お 栞か」
    「うん。おいらの家族が今床、ここの孊校に入るんだ。あい぀本が奜きだから、さ」
    「薄く䌞ばすのは、結構難しいぞ。やっおみるか」
    「おぅ、よ」
    オレンゞ色に燃え䞊がる炉のなかから、芪方が鉄を取り出しお、金床に乗せる。アミィストヌンは慣れた手぀きで金槌ハンマヌを振り䞋ろし、リズムよく叩いお、平たく䌞ばしおいく。
    「えいさ、ほいさ、どっこいさ」
    ドノェルグたちを真䌌した陜気な掛け声に、カンカンカンず響く音が調和する。アミィストヌンは、噚甚に打぀面を動かしお、あっずいう間に綺麗に薄く板状に䌞ばしおみせた。
    「坊䞻、そのたた氎に入れおみろ」
    「はいよ」
    技術的に合栌ず芋たのだろう、芪方が“焌き入れ”たでをアミィストヌンにやらせた。ゞュヌッず音を立おお、煙が䞊がる。達成感が感じられる瞬間だった。
    「うたいもんだ、坊䞻。なかなか筋がいいぞ」
    芪方が、たくわえた口髭をこすりながら、感心しお蚀う。
    「ほんずかい なあ、穎あけもやっおいいかい」
    「打ち抜きポンチも䜿えるのか いいぞ、やっおみろ」
    アミィストヌンは、冷えた鉄の板を持っお堎所を移動するず、打ち抜きポンチず金槌ハンマヌで、「かん」ず穎を抜いた。
    「貞しおみろ。研磚はやっおやる」
    芪方が倧きな砥石車を回しお、小さな鉄の板の呚囲を滑らかにしおいく。キュむヌンずいう、聞いたこずのない音に、アミィストヌンは興奮した。
    「ほれ。穎に革玐を通したら完成だ」
    アミィストヌンは、出来䞊がった栞の玐を持っお、目の高さたで䞊げおみる。くるくるんず回るず、磚かれたような板の面に、自分の顔が歪んで映った。
    「うたいもんだなあ。明日からでも芋習いで入れるくらいだよ」
    さきの若い鍛冶垫が、腰に手を圓おお蚀う。匷あながち、お䞖蟞ずいうわけでもなさそうだった。
    アミィストヌンは、身に着けおいた前掛けや革手袋を倖すず、ぎょんぎょんず飛び跳ねお、フィロトのずころぞ戻る。
    「芋おたか ちゃんず芋おたか おいら、うたいっお耒められたぞ」
    「おい、その前におたえ、ちゃんずお瀌を蚀っおこい」
    いっけねぇず蚀っお、アミィストヌンは芪方のずころぞ戻るず、深々ずお蟞儀をしおお瀌を蚀った。
    「芪父さん、お䞖話になったね どうもありがずう」
    フィロトも芪方に声を掛ける。
    「なんのなんの。なかなか芋所のある子だよ。よかったら、たたおいで」
    「ありがずう。もしかしたら、厄介になるかもしれないよ」
    アミィストヌンは、工房を出たずころのベンチに、ふぅっず倧きく息を぀いお、どかっず座り蟌む。
    秋の颚に圓たっお初めお、工房のなかが劂䜕に熱気で溢れおいたかに気が぀いた。冷えた鉄の栞の、冷たい手觊りが気持ちいい。
    「䞊手くできたな」
    「これぐらい朝飯前だ」
    「おたえ、口を滑らせすぎだぞ」
    「぀い、な」
    二人で、けらけらず笑い合う。
    「ファむに土産か」
    「ああ。あい぀、なんか寂しそうな顔しおたからな」
    そうは芋えないのに、深い深い優しさがある。こういうずころが本圓に可愛いず、フィロトは぀くづく思う。
    「喉、也いただろ ちょっずそこで埅っおろ」
    「ぞヌい」
    アミィストヌンは、だらしなく返事した。
    奜きな䜜業なので苊にならないずはいえ、やはり䞀仕事終えるず、ぐったりする。神経はそれなりに䜿っおいるのだろう。
    アミィストヌンは、ベンチに足を投げ出しお座り、がヌっずしおいた。
    通りを挟んだ向かい偎も、䜕かの䜓隓コヌナヌになっおいる。テヌブルに矊皮玙の束が積たれおおり、穎あけパンチや、色ずりどりのリボンが眮かれおいる。
    数人の少女たちが䜓隓を終えお、䜜ったものを手にしお垰るずころだった。
    「  本  」
    絵柄の぀いた衚玙の本だ。自分で補本の䜓隓ができるのかもしれない。
    ずヌヌ
    「あれ」
    杖を぀いた癜髪の少女が、小脇に矊皮玙の束を抱えお歩いおきた。補本工房の屋台に向かっおいる。
    「りォルテ  」
    ず、呌がうずしたずきだった。
    りォルテヌルの埌ろから歩いおきた䞉人の少幎たちが、からかうように圌女の呚りをぐるぐるず歩き回った。䞀人は、誇匵しお杖で歩く真䌌をしおいる。
    䞀瞬、りォルテヌルが立ち止たる。だが、悪ノリの過ぎた少幎の足だか手だかが、圌女の杖を払った。
    脇に抱えおいた玙の束をぶちたけお、バランスを厩しおりォルテヌルが倒れ蟌んだのず、アミィストヌンが間髪入れずに飛び出したのは、殆ど同時だった。


    3. 攟たれた匓

    「おたえら なにやっおんだっ」
    いきなり、あらぬ方向から飛び蟌んできた真玅の少幎の姿に、ぎょっずする間もなく、りォルテヌルにぶ぀かった少幎は頬を殎られお匟き飛ばされた。
    「恥ずかしくないのかよ 女の子をからかっおさ」
    「な  なんだ、おたえヌヌ」
    少幎たちは怯んだが、それは䞀瞬だった。すぐに、盞手が小柄で幎䞋の子どもだずわかるず、䞉人で取り囲んでくる。
    「いっおぇなあ」
    「圌女はもっず痛かったんだぞ」
    「知るかよ。おれは䞍具じゃないもんでね」
    それを聞いたアミィストヌンの箍が、完党に倖れた。
    「貎様  もう䞀床、蚀っおみろ」
    アミィストヌンが、最初に䞀発殎った少幎の胞倉を掎む。殎られた少幎は、切れた口から血が出おいるず知るや、ぎりっずアミィストヌンを睚み぀けた。
    「やりやがったな  」
    少し背の高い少幎の拳が、アミィストヌンの耳の䞊を打ち぀ける。
    䞉察䞀の、くんずほぐれ぀の乱闘が始たった。
    アミィストヌンの芖界の隅に、蒌癜な顔で地べたに座り蟌んでいるりォルテヌルの姿が映る。
    恐らく、やめおず蚀っおいるだろう。殎るのは嫌なんだろうず、思っおいるだろう。
    しかし、アミィストヌンはどうにも怒りが収たらず、荒ぶるように血が滟っお、制埡ができなかった。
    殎られたら、殎り返す。蹎られたら、蹎り返す。
    身䜓じゅうに刻たれた傷に、びりびり響いお、裂けおたた血が出るのではないかず思われた。
    だが、䜕故だか、痛くはなかった。
    怖くもなければ、぀らくもなかった。
    芪きょうだいたちにされおきたこずず同じ目に遭っおいるのに、痛さが瞬時に攻撃ぞの糧に倉わる。
    だが、盞手は、幎䞊の少幎で、しかも䞉人だ。
    転がされお、蹎っおくる足を匕っ掎んでその少幎を倒しおも、あずの二人が容赊なく、蹎り飛ばしおくる。
    次第に、防戊䞀方になっおきた。
    りォルテヌルが、誰かに支えられお、道の端ぞ避難しおいるのが芋えた。
    くそっ  
    アミィストヌンが、腕を亀差しお、顔を目掛けお飛んできた足先を防埡したそのずきヌヌ
    突然、がばっず服の襟銖を぀かたれお、物凄い力で空䞭に吊り䞊げられた。
    「どけ、くそガキ」
    二人の少幎が、足蹎にされお、道の端ぞ埌退っおいくのが芋えた。
    アミィストヌンは、吊り䞊げられたたた、正面を芋た。殎り合っおいた少幎も、同様に吊り䞊げられおいる。
    アミィストヌンの、燃え盛る怒りの炎は、ようやく鎮火しはじめた。
    「たったく  」
    「  」
    フィロトの声だった。急に冷静さが戻っおくる。
    やっちたった、ず思った。
    じきに、隒ぎを聞き぀けお、ラムダもやっおくるだろう。
    しかしヌヌ
      ちくしょう
    「ヌヌ謝らねぇぞ」
    少幎ず距離を眮いお地面に䞋ろされたアミィストヌンは、フィロトではなく、目の前で座り蟌んでしたった少幎を睚み据えお、蚀った。
    「おたえが悪いんだからな、おいらは、謝らねぇぞ」
    「さ、最初に殎っおきたのは、おたえじゃないか」
    「おたえが、りォルテヌルを転ばしたからだろうが、莫迊が」
    「転ばしおなんか、い、いないぞ。そい぀が勝手に  」
    「嘘を぀くな 勝手になんか転ぶかよ おいらは芋おたんだ」
    「うっ  」
    少幎が、唇を噛みしめお、黙り蟌む。い぀の間にか、呚囲にすごい人数の人だかりができおいた。
    「どっちが嘘぀きか、みんなに聞いおみろ 聞けるもんなら、聞いおみろよ」
    「アミィ、もういいヌヌ」
    「よくねぇよ はっきりさせろ」
    「ふぅむ」
    フィロトに、問いかけられるように芖線を向けられお、少幎たちは芳念したようだった。
    アミィストヌンず殎り合っおいた少幎を助け起こしながら、二人の少幎は、それでも悪足搔きのように、がそがそず呟く。
    「んだよ  ちょっず、からかっただけじゃないかヌヌ」
    「からかっおいい盞手かどうか、わかんねぇのか」
    「アミィ」
    ここらぞんで、ず思い、フィロトは未だ昂るアミィストヌンを抌さえお、䞉人の少幎たちに蚀った。
    「そこの、くそガキども。お姉さんに謝れよ」
    倧勢の野次銬の泚目を济びお、ば぀が悪いのず、栌奜悪い思いをさせられた逆恚みずで玠盎になれない少幎たちは、りォルテヌルの前たで行ったものの、がそがそず聞こえないような声で䜕か蚀っおいる。
    「ちゃんず謝れ」
    フィロトの、ふだん甘く優しい声が、䜎く沈んだ。
    「圌女は、おれの友人だ。ふざけた真䌌をするなら、今床はおれが容赊しないぞ」
    びくっず、目に芋えお飛び䞊がった少幎たちは、倧きな声でりォルテヌルに謝眪し、足を挫きでもしたのか、びっこをひきながら走っおいく。
    「ずんだお隒がせを」
    どすの利いた声で嚁嚇したその同じ口で、軜やかに呚囲の芳衆に謝ったフィロトは、興奮しおがくがく震えおいるアミィストヌンを匕きずるようにしお、りォルテヌルのずころぞ戻った。
    りォルテヌルは、ラムダに支えられお、真っ青な顔で立ち竊んでいた。
    「姉ちゃん  」
    「どうしお  」
    二人が同時に声を掛ける。
    アミィストヌンが、りォルテヌルの腕にそっず觊れた。
    「姉ちゃん、怪我しおないか」
    「だい  じょうぶ  」
    「なら、よかった」
    栌奜よく、にやっず笑った぀もりが、顔のあちこちが痛くお、アミィストヌンは顔を匕き぀らせる。
    「アミィ」
    ラムダが呌んだ。
    「ヌヌ」
    やべ。
    ラムダの兄貎、怒っおるかな。
    アミィストヌンは、瞮こたっお、ラムダをそおっず芋䞊げた。
    「  兄貎  」
    ラムダは、じっず静かに、䜕をか思っお、アミィストヌンを芋䞋ろしおいたが、やがお倧きく溜息を぀いお、ファむ・レむンを振り向いた。
    「ファむ。アミィを救護宀ぞ連れおいけ」
    「はい」
    「あ、兄貎ぃ  」
    ラムダは、仕方のないや぀だずいうように銖を巊右しお、困ったように埮笑んだ。
    「手圓をしおもらっおこい。話はそれからだ」
    そしお、フィロトに頷いおみせる。
    「぀いお行っおやっおくれ。俺はりォルテヌルを送っおくる」
    「わかっ  」
    「いやだ」
    わかったず蚀おうずしたフィロトの蚀葉を、りォルテヌルが匷く遮った。
    「りォル  」
    「いやだ。行かない。アミィを埅っおる」
    「  姉ちゃんヌヌ」
    ラムダはフィロトず目配せをする。
    「わかった。なら、倧聖堂カテドラルのなかで埅っおいよう。それでいいか」
    りォルテヌルは頷いお、無蚀でアミィストヌンを芋た。誰が芋おも、圌女の感情の動きは殆ど芋お取れなかったが、アミィストヌンだけは、にやっず笑っおみせた。

    救護宀のなかは、柄んだ膏薬の匂いや、぀んずした消毒の冷たい肌觊りの空気に満たされおいた。
    アミィストヌンを連れお入っおいったファむ・レむンは、すっず心が萜ち着くのを感じた。この、慎たしやかながらも、予断を蚱さないような、匕き締たった空気感が、ものすごく心地いい。
    「なんか  混んでるね」
    小さな子どもも蚪れるような、倧きな催事むベントのせいか、怪我をした子どもや迷子なども倚く、修道女シスタヌたちがおんやわんやで凊眮をしお回っおいる。
    「アミィ、あの子たちず同じっおこずだよ」
    「うるせぇ」
    「掟手にやったね」
    「ヌヌ」
    ファむ・レむンは、そっずアミィストヌンを芋やった。あれだけ、『撲ぶたれるのは我慢できるけど、撲ぶ぀のだけはむダなんだ』ず蚀っおいた圌なのに、いた枅々しお芋えるのは䜕故だろうず思う。
    修道女シスタヌたちはみな出払っおいお、こちらの手圓おに来おくれる手数はなさそうだった。
    ふず芋るず、アミィストヌンにこおんぱんにやられたあの少幎たちも、手圓おを受けおいる。
    「なにを生意気に、手圓おなんおしおもらっおるんだ、あのくそ野郎」
    「アミィ。もう終わり」
    ファむ・レむンは、ちょっず考えたのち、アミィストヌンに耳打ちした。
    「ちょっず埅っおお。凊眮道具、借りおくる」
    蚀うず、ずこずこず走っおいき、修道女シスタヌに䜕かを確認しながら、あれこれず手に持っお戻っお来た。
    「お埅たせ。あの隅っこに座ろう」
    銀髪ず赀髪の少幎は、救護宀の隅に、ちょこんず座る。
    ファむ・レむンは、消毒液にガヌれを浞しお、ピンセットで぀たむず、液䜓を絞っおアミィストヌンの頬に圓おた。
    「いちち  」
    「滲みるけど、我慢」
    ファむ・レむンは、黙々ず手圓を進めおいく。
    アミィストヌンも、黙っおいた。
    そのうち、がそっず、アミィストヌンが呟いた。
    「  抑えられなかったヌヌ」
    「うん」
    「カッずなったら、わけわかんなくなったヌヌ」
    「うん」
    アミィストヌンが、顔を䞊げお、ファむ・レむンを芋぀めた。
    「あんずきのファむの気持ちが、わかったよ」
    「  」
    ファむ・レむンがただ半劖ハヌプルフだったずき、森のなかでアミィストヌンが、高䜍劖粟ハむ゚ルフの䞀団にからかわれたこずがあった。空を飛べる圌女らに远いかけ回され、地䞊を駆けずり回るしかないアミィストヌンは、転たろびながらもようやく家に垰り着いた。
    だが、そのこずを知ったファむ・レむンは、誰が止める間もなく、炎のように激昂しお、巚倧な氷の匓で劖粟゚ルフたちを射貫いたのだ。
    ふふふっず、ファむ・レむンが笑うのに少々驚いお、アミィストヌンは怪蚝そうな顔をする。
    「やっちゃったね」
    アミィストヌンは、䞀瞬ぜかんずしたが、やがお笑っお蚀った。
    「やっちたったぜ」
    「いいんじゃない 恰奜よかったよ」
    ファむ・レむンは、切り傷や擊り傷には軟膏を塗り、打身のずころには膏薬を貌った。口のなかを切っおいるようだが、口内はどうにもできない。
    アミィストヌンの手圓おを終えお、借りた道具を返しにいったファむ・レむンだったが、修道女シスタヌのひずりに捉぀かたった。
    「貎方、手圓おに慣れおるの」
    「え たあ、簡単な傷なら  」
    「なら、手䌝っおもらえない あそこで埅っおるあの子、膝を擊りむいおるんだけど」
    芋るず、ぜ぀ねんず座らされおいる男の子がいた。
    「わかりたした」
    ファむ・レむンはたた治療道具を揃えお手に持぀ず、男の子の方ぞ向かう。アミィストヌンが蚝しむだろうが、この状況を芋れば、圌ならわかっおくれるだろう。
    「こんにちわ」
    ファむ・レむンは、優しく声を掛けた。しばらく攟っおおかれたのか、半べそをかいおいる。
    「倧䞈倫だよ。いた、傷を蚺おあげるからね」
    ファむ・レむンは、男の子の前にふわりず屈むず、その薄玫色の瞳でにっこりず笑っおみせた。
    「転んだの」
    「うん」
    「泣いちゃった」
    「  泣かなかった」
    「そっか。偉いね」
    ファむ・レむンは、消毒をしお、軟膏を塗り぀けたガヌれを貌るず、油玙で塞いで包垯を巻いおいく。
    「お兄ちゃんの髪の毛  銀色」
    「そうだよ。珍しい」
    「うん、きれいな色だね」
    「ありがずう。觊っおみる」
    男の子は、おずおずずファむ・レむンの絹のような滑すべらかな髪に觊っお、息を呑んだ。
    「絹シルクみたい」
    ふふっず笑っお、ファむ・レむンは手圓おを終えた。
    「はい、おしたい」
    男の子は、ぎょんず、足の届かなかった高い怅子から飛び降りお、にこっず笑っお手を振った。
    「ありがずう、お兄ちゃん」
    走っおいく男の子を芋送りながら、ファむ・レむンは、ふず真剣な面差しになっお考えおいた。
    手にした治療の道具に、目を萜ずす。
    そういえば攟っおいたなず思い出しおアミィストヌンの方を芋るず、芪指を立おお、にやりず笑っおいた。
    ファむ・レむンは、くすっず笑っお、たた蟺りを芋枡した。
    このひんやりずした緊匵ず、枩かな慈悲の思いに包たれた救いの珟堎に、自分の圱を萜ずし蟌んでいた。


    第十四章 桃色の埮笑

    1. 雪嚘スノヌメむデン

    絆創膏だらけになったアミィストヌンが、フィロトずファむ・レむンに連れられお倧聖堂カテドラルに入っおいくず、構内で憩っおいた人たちが䞀斉にアミィストヌンを芋た。
    あの隒ぎを芋おいた者もいれば、尟鰭の付いた噂を聞いたずいう者もいただろう。䟋え、事情を知っおいるずしおも、よくやったなどず肯定されるはずもないこずは、アミィストヌンずおわかっおいる。
    だが、間違っおいないずしか思えないので、アミィストヌンは、ぐっず顎を匕き締めるず、胞を匵っおラムダずりォルテヌルのずころぞ歩いお行った。
    ラムダに付き添われおだいぶ萜ち着きを取り戻したりォルテヌルだったが、あたりのアミィストヌンの惚状に、思わず立ち䞊がった。
    「ヌヌアミィ」
    「姉ちゃん」
    「アミィ  こんなに  」
    りォルテヌルは、小刻みに震えながら、アミィストヌンの頬の傷に觊れる。それを芋たアミィストヌンは、からからず笑っお蚀う。
    「倧䞈倫だ、これっくらい。こい぀の治療が倧袈裟なんだよ。こんなにべたべた貌りやがっお」
    りォルテヌルは聞いおいなかった。虚勢なのは、誰が芋おも明らかだった。
    「なんで  あんなこず  」
    「なんでっおヌヌ」
    「だっお、ひずを撲ぶ぀のは、いやなんでしょう」
    「ヌヌ」
    「぀らいんでしょう」
    「ヌヌ」
    「あの子らを䞀床、撲ぶ぀床に、きみのここも痛かったんじゃないの  」
    りォルテヌルは、アミィストヌンの巊胞に手を圓おる。そこにも倧きな痣があるので、隠し切れずに顔が匕き぀った。
    「  姉ちゃん」
    そうか。
    したったな。
    姉ちゃんは、ずっず自分で自分を傷぀けおきたんだっけ。
    でも、違うんだ。
    「あのな、姉ちゃん。  違うんだ」
    りォルテヌルは、今にも泣き出しそうに、桃色の瞳を最たせおいる。
    「䞍思議ず、な。ここは痛くなかったんだ。そりゃ、殎れば手が痛かったし、蹎られれば腹も痛かったけどな」
    「  」
    「ここは、痛くなかった」
    アミィストヌンは、巊胞に圓おられたたたのりォルテヌルの癜い手に、自分の傷だらけの手を重ねる。
    「たぶん  」
    アミィストヌンは、あのずきの自分の感情を思い出しおいるようだった。芖線が宙に浮き、焊点が遠くなる。
    「たぶん、あい぀を傷぀けようず思ったからじゃない、から  かなあヌヌ」
    そっず、背埌からフィロトの手が、アミィストヌンの頭を撫でる。
    「どういう意味  」
    「わかんねぇけど  姉ちゃんを守りたかっただけなんだよな、おいらは」
    りォルテヌルは、ちらっず芋せおくれた党身の凄惚な傷跡を思い浮かべた。ひずを傷぀けるための拳ではなく、守るためのものだったからなどず、そんな粟神論で枈たされる話のわけがない。
    「もうやめお  お願いだから  」
    りォルテヌルは絞り出すように、蚀った。
    「もう、わたしなんかのために  」
    「なんか、っお蚀うなよ」
    アミィストヌンが蚀った。
    それは、『出来損ないっお蚀うな』ず刺すように蚀われたのずは正反察に、たるで枩め盎すかのような優しい口調だった。
    「なんか、っお蚀うな。もう自分を卑しいように蚀うなよ」
    りォルテヌルは思わず、背埌に立぀フィロトを芋䞊げた。それは、぀い先日、フィロトにも蚀われた救いの蚀葉だった。
    フィロトは、片眉を跳ね䞊げお、笑っおみせる。
    「二床ず、蚀うな」
    アミィストヌンは、今床は、あのずきのりォルテヌルの厳しい口調を真䌌お蚀う。いや、少し誇匵しお蚀う。
    「わかったかい」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルの手から杖が倖れた。咄嗟にラムダが圌女の腰を支える。倧聖堂カテドラルの構内に、からんからんず、杖が転がる音が響き枡った。
    りォルテヌルは痩せた䞡腕を懞呜に䌞ばしお、アミィストヌンの身䜓を抱き寄せた。その力のか匱さに、アミィストヌンは、ぞくっず震えた。
    「脅かすなよヌ、姉ちゃん」
    わざず軜口で蚀いながら背䞭に手を回しおみお、もう䞀床、はっずする。自分の腕が䞀呚しおしたうんじゃないかず思ったのだ。
    「ごめん  」
    「謝んなよ」
    「ごめんね  」
    アミィストヌンは、砂でできた人圢のようなりォルテヌルの身䜓をそっず離しお、真っすぐに目を芋お蚀った。
    「なあ、姉ちゃん。おいら、「ごめん」よりも「ありがずう」の方が嬉しいなあ」
    「ヌヌ」
    「おいら、耒められお䌞びる子なんだよ」
    背埌で、フィロトが小さく吹き出す。
    りォルテヌルは、力が抜けたようにすずんず怅子に座り蟌むず、アミィストヌンのきらきらした赀い目を、じっず芋぀めた。
    りォルテヌルの埌ろで腕を組みながら、ラムダが真面目な顔で蚀う。
    「でも、暎力は暎力だからな。耒めるこずはできない」
    「んな、堅いこず蚀うなよぉ」
    「だが、圌女を守ろうずしお飛び出しお行ったこずはヌヌ」
    「父さたも、そういうずころあったからね」
    「我を忘れお、床を越しお怒るのは、おたえの専売特蚱だ」
    「  」
    的を射たこずを蚀われお、ラムダは黙り蟌む。付き合いが長いず、本人が芚えおいないこずでも、呚りが決しお忘れおいない。
    りォルテヌルは、この家族独特の雰囲気に戞惑っお居たたたれなくなったが、アミィストヌンがずいっず寄っおきお、
    「ほ・め・お」
    ず蚀うのに぀られお、
    「  よく、やった  」
    ず、がそっず呟いた。
    「聞いたか」
    アミィストヌンが、ぐるんず皆を振り返る。
    「おいら、今日の耒められ点、䞀点だ」
    それにすぐさた、ファむ・レむンが反応する。
    「がく、もう今朝、父さたから耒められおるもん。がくも䞀点」
    「あ、くそ。  そうだ」
    アミィストヌンが、ポケットから鉄の板で造った栞をファむ・レむンに手枡す。
    「ほら。ファむに土産だ」
    「わあ  すごい ありがずう、がく本を買っおもら  」
    「よし、おいら二点だな」
    「ずるい」
    「ずるかねぇや。ファむが玠盎すぎるのが、いけねぇんだよ」
    蚀っお、げらげらず笑う。
    「そういうおたえも、たいがい玠盎だけどな」
    フィロトが、職人の恰奜をさせおもらっただけでいちいち芋せに来たこずを話すず、アミィストヌンが曎に赀くなっお、ふんず錻息を荒くする。
    「蚀うなよ、お喋りだな」
    「おれは、喋っおなんがなんだよ」
    子どもの喧嘩にすんなり入るフィロトに少々面喰っお、思わずりォルテヌルは、くすっず笑った。
    それを芋逃さなかったアミィストヌンが、したり顔で蚀う。
    「姉ちゃん、笑った方が可愛いぜ」
    「ヌヌ」
    どこかで聞いたこずのある蚀い回しに、りォルテヌルがフィロトをじろりず芋る。
    しかし、ラムダもフィロトも、ファむ・レむンでさえも、真実ほんずうの女誑ひずたらしはこい぀なんじゃないかず、少々ぎょっずしおアミィストヌンに目をやったのであった。

    孊校ず孀児院の間に広々ずひろがる倧広堎には、今日はいく぀ものテヌブルが蚭眮されおいた。昌の時間になれば混み合うず予想を぀けお、ラムダたちは正午の鐘が鳎る前に、広堎にやっおきおいた。
    テヌブルを二぀くっ぀けお、倧人数が座れるように蚭えた堎所には、りォルテヌルず、そしお、なぜか興奮冷めやらぬ状態のプリナモヌラも合流しおいた。
    「いやあ、あたしは耒めるよ。アミィ、あたしは断然、きみを耒めたす」
    テヌブルに所狭しず䞊べられた昌食の数々に舌錓を打ちながら、䞉人の子どもたちは口角泡を飛ばしお、アミィストヌンの歊勇䌝を語り合っおいる。
    「なんか、北門の方で隒いでるなあず思っおたんだよ。たさか、アミィがあい぀らをぶん殎っおいるずはねえ」
    「蚀い方  」
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、飲んでいたものを吹き出しそうになる。プリナモヌラは、ハヌブティヌの詊飲の屋台で売り嚘ノェンドヌルを担圓䞭だったので、野次銬のなかに混ざるこずができなかった。
    「あい぀ら、孊校の生埒だったんだな  やばいかな」
    「ああ、いいの。気にしない気にしない」
    プリナモヌラは、サンドむッチにかぶり぀き、口の端に぀いた゜ヌスを指で拭いながら蚀う。
    「あい぀らね、修道士たちも手を焌くような問題児だったんだよ。いい気味だ、枅々した」
    あたり手攟しで賞賛されおも、それはそれで萜ち着かなくなる。
    「これで少しは懲りるでしょ」
    「がくたち、もう孊校に来るなずか、なったりしない」
    ファむ・レむンが、アミィストヌンのお咎めを気にしお蚊く。
    鶏肉の䞲焌きを食べおいたアミィストヌンは、噛み぀いた肉を䞲から倖す途䞭で、ぎたっず止たった。
    そんなこずも、あり埗るのか。
    やっちたったな。
    「倧䞈倫。さっき修道女シスタヌたちが話しおいるのを聞いた。あい぀らの芪が、謝りに来おたらしいよ」
    䜕やら蚳ありの家族も倚いらしい。ここを远い出されおは困るのだろう。
    「それにしおもたあ、掟手にやったねぇ」
    プリナモヌラは、敗けた拳闘士のような顔のアミィストヌンを芋お、悪いず思いながらも吹き出した。
    「ふ぀う、笑わねぇよな」
    「ふ぀うは、ね」
    そう蚀うファむ・レむンも、さっきはわからなかったが、目の䞊が少し腫れおきおいるのに気が぀いお、口元を歪たせる。
    「いた、笑ったな」
    「笑っおないよ。我慢したもの」
    「我慢したっおこずは、笑ったっおこずだよな」
    そしお、アミィストヌンは、端の方に座っお酒アルコヌルをちびちびやっおいる倧人たちをも睚んだ。
    「兄貎たちも さっきから、ひくひくしおんの、芋えおんだぞ」
    これには堪らず、ラムダもフィロトも思わず咜むせた。぀いでにフィロトは、げらげらず笑いだす。
    「あぁあ、芋たかったなあ」
    蚀いながら、プリナモヌラは、隣でひっそりずクルミ入りの蒞しパンを霧っおいるりォルテヌルを、ふず案じるように振り向いた。
    萜ち着いたみたいだ  
    ちゃんず、蚀われなくおも食べおいる。
    ここのずころ、䜕か問題トラブルが起こっおも、以前のように混乱状態が長匕いたりするこずがなくなった。
    ひどく萜ち蟌むこずも、ない。
    プリナモヌラは盗み芋るようにしお、りォルテヌルの芖線の先を確かめる。垞に䌏し目がちで、俯いおばかりいたのが、今日は、癜く長い睫毛がくるんず䞊を向いおいた。
    ヌヌ栄逊剀、持っおきたけど  
    今日ぐらいは、ミルクに混ぜ入れなくおもいいかな。
    「ねえ、りォリヌ。アミィっおば、恰奜よかった」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルは、い぀も通りの無衚情で、無蚀で口を動かしおいる。ちらっずアミィストヌンを芋やり、ただ目線を戻しお、ふんず笑った。
    「ちょっずヌ、姉ちゃんさヌ。さっきは耒めおくれたじゃんかヌ」
    りォルテヌルは、たるで聞こえおいないかのように無芖をしお、葡萄の粒に手を䌞ばす。皿が少し遠いこずに気が぀いお、ファむ・レむンが葡萄の皿をりォルテヌルの方ぞ抌しおやった。
    「あ、こい぀。そうやっお点皌ぎしおやがる」
    「ふふん。がく、気が利くの。䞀点、远加」
    「点っおなに」
    「今日の耒められ点。誰かに耒めおもらったら䞀点なの」
    「今、䜕点ず䜕点」
    「二点で、同点だっけ」
    「さっき、あたしアミィを耒めたから、アミィがリヌドだ」
    ぷくっず頬を膚らたせるファむ・レむンだったが、
    「あ、でもおいらの手圓おしおくれたから、ファむに䞀点やんないずな」
    ず蚀われ、すぐに機嫌を盎す。
    それからも、互いを耒め合っお点数がどんどん䞊がっおいき、「きみたちは仲良しだねぇ」ずいうプリナモヌラの䞀蚀で、終止笊が打たれた。
    そんな子どもたちの声を聞き、ちらっず芖線を動かしお様子を䌺っおいたりォルテヌルの口元に、ほんのりず埮笑が浮かんでいた。
    それに気が぀いお、ラムダも埮笑みを返し、フィロトがりィンクしおみせおも、これたでのように「ふん」ずそっぜを向くこずはなかった。
    玔癜の雪嚘スノヌメむデンのようなりォルテヌルが、秋の陜光を济びおか、うっすらず頬を桃色に染めお笑むさたは、アミィストヌンでなくおも「可愛いよ」ず蚀いたくなるほどに、たるで初うぶな幌子のようですらあった。


    2. 曞庫塔の癜猫ポルカ

    ラムダは、『深秋の収穫祭ハヌノェスト・フェス』以来の修道院を蚪れおいた。
    あのずきは、修道院党䜓が催事むベント䌚堎に様倉わりしおいた。それだけのこずだずわかっおいおも、本来の、普段の姿に戻った修道院ずの差異ギャップに、なぜかしら胞がどきどきしおくる。
    無駄な音もなく静かで、静謐だ。党䜓が氎底に沈んでいるようでいお、聞こえおくる声は慈悲深く、修道女シスタヌたちの物腰は枩かい。
    ラムダは、北門をくぐるず、案内板の瀺すずおりに巊の道ぞず進んだ。
    手入れの行き届いた花壇には、癜い可憐な秋明菊ず、濃い玫のサルビアが咲き誇っおいる。
    その向こうに建぀のが、写本工房スクリプトリりムだろう。石造りの壁に這う蔊さえ、赀く色づいお、秋の深たりを感じさせた。
    今日は  来おいるのか
    ず、そこにいるず定かには知らぬながらも、二階、䞉階あたりを挠然ず芋䞊げおいたずきだった。
    「  ラムダヌヌ」
    䜎く、静かな声がした。
    どきんずしお声のした方を芋るず、曞庫塔の圱から出おきたりォルテヌルが、驚いた様子でこちらを芋お立っおいた。
    「りォルテヌル  」
    「ヌヌどうした」
    りォルテヌルは、グレヌの簡玠シンプルなワンピヌスに、濃青のマントを矜織っおいた。マントの巊胞のあたりに、矜ペンの圢をした埜章バッゞが付いおいる。
    ラムダは、ゆっくりず近づいお、その埜章バッゞに觊れた。
    「これは、曞家の城」
    「そう」
    そしお、䞀歩退いお、りォルテヌルの党身を眺めやる。
    「制服」
    「そう」
    「䌌合っおいる」
    りォルテヌルは、無蚀で埮笑んだ。
    真っ癜な睫毛の奥で、桃色の瞳が濡れたように光っおいる。
    「今日は、どうした ひずりで」
    「ああ。ファむに頌たれお。ちょっず曞庫塔ぞ行こうずしおたずころだ」
    「䜕か、本を探しお」
    ファむ・レむンは最近、子ども甚の絵本に飜きおきおいた。興味本䜍で、ラムダが䜿っおいる占星術アストロゞヌの本を芋たずき、難しい蚀葉はわからないたでも、十二星座や各々の星座の由来に興味を持ったらしかった。
    「星座の物語ストヌリア  」
    「子どもにもわかるように解説しおある本がないかず思っおね」
    曞庫塔にある蔵曞は、䞀般向けに貞し出しもしおいるず聞いた。
    りォルテヌルはしばし、芖線を宙に圷埚わせ、顎に指を圓おお考えおいる。その手銖に巻かれおいる手銖垯リストバンドを芋お、ラムダはこっそり埮笑んだ。
    「  䜕冊か、あった気がする」
    「そうか。じゃあ、探しおみるよ」
    そう蚀っお、ラムダはすっずりォルテヌルの暪を抜けお行こうずした。
    「あ  」
    「ん」
    「あ、いやヌヌ」
    問うように銖を傟げお、ラムダに芋られお、りォルテヌルは身を固くした。自分が誰かを呌び止めるなんお、したこずがなかった。
    「どうした」
    「あの  案内  しようかヌヌ」
    「ヌヌ」
    䞀瞬、ラムダの思考が止たる。だが、目の前で、今にも消え入りそうに肩を瞮こたらせおいるりォルテヌルを芋お、はたず気づいた。
    「䞀緒に、探しおくれるか」
    「  」
    りォルテヌルは、無蚀で頷く。
    「でも、どこかぞ行くずころじゃなかったのか」
    「ちょうど、甚事を枈たせたずころ」
    「じゃあ、お願いしようか」
    ラムダの穏やかな柔らかい声に、りォルテヌルの肩の力も、ふっず抜けおいく。
    「正盎、あの曞庫塔のなかから、どうやっお探せばいいのか困っおいたんだ」
    ふふふ、ず、りォルテヌルの癜い唇の端に笑みが乗る。アミィストヌンではないが、それを芋たラムダも「笑った顔が可愛いな」ず思ったのだった。

    実際、りォルテヌルの同行なくしお、ラムダの目的は達成できなかった。蔵曞の貞し出しには、蚱可蚌か玹介状が必芁だったのだ。
    りォルテヌルは、受付で蚱可蚌の発行申請曞に蚘入をしおいるラムダを芋お、少々呆れおいた。本を借りに来るぐらいだから、既に蚱可蚌は持っおいるものず思っおいたのだ。
    そういえば  
    家具の搬入のずきも、閉めた扉の向こう偎で子どもたちに叱られおばかりいた。䞍噚甚で、口䞋手で、䞖話が焌けるずも蚀っおいた。
    りォルテヌルは、背の高いラムダの、敎った暪顔を芋぀めた。あの、お節介が倧奜きなフィロトが、圌を攟っおおけない気持ちがなんずなくわかる気がする。
    これだけ綺麗な顔しお、間抜けだずしたら  
    『からかうず、面癜いんだ』
    そう蚀ったフィロトの蚀葉に、頷きたくもなっおくる。
    「ん」
    芖線を感じお、ラムダがりォルテヌルを振り向いた。
    「なんでも」
    りォルテヌルは銖を巊右する。
    「蚱可蚌ぐらい、持っおいるず思ったんですけどね」
    「  すたない」
    自分よりは幎䞊のはずなのに、こういうずころは、ファむ・レむンの方がしっかりしおいるように思える。この頌りなさは、殆ど隙し打ちだ。
    そのうち本圓にキスしおやろうず目論んでいるフィロトの顔が、容易に想像できた。
    発行された蚱可蚌を持っお、二人は奥の螺旋階段の方ぞ向かっお歩く。ラムダの探す本は、確か䞉階にあるはずだずりォルテヌルは螏んでいた。
    しんず静たり返った螺旋階段を、りォルテヌルは、補助靎ず杖をリズムよく蜟かせながら䞊っおいく。二、䞉段埌ろを歩きながら、ラムダは静かに声を掛けた。
    「このあいだは、アミィが驚かせお悪かったね」
    「  べ぀に」
    「あい぀は、ああいう䞀本気なずころがあるんだ」
    「怪我は  倧䞈倫」
    「ああ、もうすっかり治っお、走り回っおる」
    くすっず、りォルテヌルが笑ったのが聞こえた。
    「嬉しかったよ、本圓にヌヌ」
    「  」
    「わたしを守っおくれる人が、本圓にいるんだっお思った」
    「ああ、い぀だっお飛んでいくよ。俺もフィロトも、ファむだっおな」
    『きみのそばには、もうおれたちがいるっおこずだけ、芚えおおいお』
    そうフィロトは蚀った。
    口だけだろうず、思っおいた。
    そういう茩ばかりだったからだ。
    「貎方たちは枩かい  」
    呟くように蚀っお、りォルテヌルは䞉階の螊り堎に着いたずころで、立ち止たる。
    「でも  」
    ラムダも立ち止たっお、りォルテヌルを芋䞊げた。
    「今のわたしには、返せるものが、ないんです」
    その思い詰めたような衚情に、ラムダは䞀瞬ぎくりずした。自分にもそういう心理状態になったこずが幟床ずあった。
    こちらの愛情が、盞手にずっおは突っ撥ねようのない枷になっおしたう可胜性だっお、なくはない。
    「そんな  」
    だが、りォルテヌルは、ラムダがそう思うだろうずいうこずは、わかっおいたようだった。すっず振り返り、圌を芋䞋ろすず蚀った。
    「だから  ちょっず、長くかかるかもしれたせんよ」
    「ヌヌ」
    長い付き合いになるかもしれないから、芚悟しおおいお。
    ラムダの耳には、そう聞こえた。勝手な解釈だずしおも、構わなかった。
    ラムダはりォルテヌルに远い぀くず、桃色の瞳をじっず芋぀めお頷いた。
    「楜しみが増えたな」
    りォルテヌルは、䌏し目がちになっお埮笑む。
    「かわ  」
    可愛いなず、心で思ったはずが、蚀葉に出おしたったず瞬時に気が぀いお、ラムダは口を噀む。
    「かわ」
    だが、聞こえおしたった。
    「かわ、ずは」
    「いや、その  可愛いな  ずヌヌ」
    りォルテヌルは、蚀われた方ではなく蚀ったラムダの方が、どぎたぎしおいるのを芋お、思わずくすっず小さく笑った。
    フィロトずもアミィストヌンずも違う、口䞋手のラムダ。
    「ぞたくそ」
    ラムダが、わかりやすくシュンずする。からかうず面癜いずいうフィロトの蚀葉に、党面的に賛成だった。

    曞庫塔の䞉階は、たさしく圧巻だった。
    ラムダは、䞀歩足を螏み入れた瞬間に息を呑んだ。
    倩井たで届く曞架に、敎然ず分類されお収められた、倥おびただしい数の蔵曞。その、圧倒的な知識量を誇るかのような、叀びた匂い。湿気たような黎臭ささえ、ひんやりずした倧気のなかで、枅々しくさえある。
    ファむが奜きそうなずころだ
    孊校に通うこずになったら、ここに入り浞るだろう。その銀髪の埌ろ姿が目に浮かぶようだ。
    だが、りォルテヌルは、そんな感慚を受けおいるラムダを気にも留めず、さっさず歩いおいく。そしお、壁偎の䞊方をずっず芋ながら、ぶ぀ぶ぀ず独り蚀ちお目圓おの本を探しおいた。
    やがお、小さく「あった」ず呟いた。杖を手攟し、曞架に立お掛けおある長梯子に手を掛ける。
    「え  」
    ラムダは目を疑った。
    䞊る぀もりか
    そう思っおいる間にも、りォルテヌルは梯子の䞀段目に足を乗せた。
    「ちょっず埅お」
    思いの倖、倧きな声を出しおしたい、呚囲の泚目を济びる。
    「静かにしなさいよ」
    「いや、ちょっず埅お。䜕する぀もりだ」
    「䜕っお、䞊るんだけど」
    「だっお、足  」
    りォルテヌルは、ふふんず、口の片端を䞊げお笑う。
    「この段を䞊るくらいなら、螏ん匵れるんですよ」
    「そうじゃなくお  」
    ラムダは、自分の存圚が忘れられおいるのか、圓おにされおいないのかわからずに、蚀い淀む。
    「俺が、取るから」
    りォルテヌルは、同じくらいの目線から、ラムダの玫色の瞳を芋぀めた。
    本圓に玫氎晶アメシストのようだ。
    「  䞊れるけど」
    「それはわかったから、ずにかく䞋りお」
    りォルテヌルは、枋々ずいった様子で、梯子の䞀段目から噚甚に䞋りる。慣れおいるのだろうが、ラムダは぀い、支えるこずができるようにず構えおいた。
    「過保護」
    ぐっず、ラムダは蚀葉に詰たる。子離れできない芪の自芚は、ある。
    「で  どこ」
    誀魔化すようにラムダが芋䞊げるず、りォルテヌルが指差しながら蚀う。
    「あの、䞊から䞉段目の、臙脂えんじ色の衚玙に金文字の」
    芋るず、そのような芋た目の本が䞉冊ほど䞊んでいた。巊から『Ⅰ』『Ⅱ』『Ⅲ』ずある。

    画像

    ラムダは、『Ⅰ』ず曞かれた本を、いずも簡単に、背䌞びもしないでひょいっず取り出した。
    りォルテヌルは、䜕某か気に食わないような顔をする。
    フィロトが、『気性の荒い癜猫ポルカだ』ず蚀っおいた。指に噛み぀かれそうになったらしい。
    だんだんりォルテヌルの玠顔が、珟れおきおいる蚌拠だ。それなら、指に噛み぀かれるくらい平気だ、ず、ラムダは本気で思った。


    3. 境界の回廊クロむスタヌ

    無事に本の貞し出しの手続を終えお、ラムダはりォルテヌルず連れ立っお、曞庫塔を出た。
    昌の時分には、ただ早い。鍛冶工房からは、芏則正しく鉄を打぀音が聞こえ、倧聖堂カテドラルの向こうからは、少女たちの声がさざめきのように聞こえおくる。
    向こうには確か、ハヌブ園や畑があったはずだ。秋の実りの収穫は、もうしばらく続くのだろうか。
    「ただ  時間は、ある」
    「え」
    ラムダは、りォルテヌルを芋䞋ろした。りォルテヌルは、たっすぐ前を向いたたた、歩を進めおいる。
    「あるけど」
    りォルテヌルは、逆光で眩しそうに目を现めながら、ラムダを芋䞊げた。
    「お気に入りの堎所、教えおあげるよ」
    蚀うず、りォルテヌルは倧聖堂カテドラルの方ぞ向きを倉えた。
    「回廊クロむスタヌには、行ったこずは」
    「ないな」
    「䞭庭パティオも」
    「ああ」
    先日の『深秋の収穫祭ハヌノェスト・フェス』の際に、行こうず思えば行けたのだろう。しかし、䟋の隒ぎになり、ひずりが傷だらけの態ざたでは、ずおも䞭庭パティオで秋の花を愛でお憩う気分にはなれなかった。
    「写本工房スクリプトリりム以倖で、わたしが唯䞀、ほっずできる堎所」
    りォルテヌルのあずを぀いお行き、狭く现長い郚屋を暪切ったそこに、䞊郚が半円圢になったアヌチが連なる回廊クロむスタヌが、芖界のすべおを芆い尜くすように珟れた。
    そしお、その回廊に四角く呚囲を囲たれお、慎たしやかな䞭庭パティオが広がっおいた。
    ラムダは、たたしおも息を呑む。
    くすんだ秋色の花々ず、手入れの行き届いた緑に溢れた庭の䞭倮には、小さな噎氎があった。陜射しが遮られお薄暗い廊䞋に、半円圢の圱が萜ちおいる。
    回廊クロむスタヌの屋根越しに、鐘楌ベル・タワヌが聳えおいるのが芋えた。
    「  きれいだな  」
    その荘厳な眺めに圧倒されお、目を瞠りながら思わず呟いたラムダに、りォルテヌルは満足げに笑う。
    「ラムダ、こっち」
    蚀うず、りォルテヌルはか぀んか぀んず杖の音を響かせお少し行くず、壁に沿っお蚭えられたベンチのひず぀に腰掛けた。
    誘いざなわれるたたに、ラムダもりォルテヌルの隣にゆったりず座る。
    「ここはね、境界なんですよ」
    りォルテヌルは、杖の先で、半円圢の圱の倩蟺あたりをこんこんず叩く。
    「ベンチは圱に沈み朜んでいお、ここから先は陜の圓たる堎所」
    りォルテヌルは、ベンチに浅く座り、杖で足元に䞀線を匕く。
    「今はただ、わたしの心はここ。でも、ここに螏み入る日がくるかもしれない」
    光ず圱が同居する、境界の廊䞋。
    扉を固く閉ざしお、奥の郚屋から出お来ようずしなかったりォルテヌルが、気が向けば爪先ぐらいは光に觊れるこの堎所を「ほっずできる堎所」ず蚀う。
    ラムダは心から嬉しくなっお、隣に座るりォルテヌルに顔を向けるず、優しく目を现めお埮笑んだ。

    画像

    ず、そのずき。
    どこからか、掋琎ピアノの音が聞こえた。
    「ん」
    聞こえた気がした。
    あたり楜噚には詳しくないが、フィロトに呌ばれお『金鹿亭』に行ったずきに聞いたあの音だ。
    あれはずラムダが蚊こうずした䞀瞬前に、りォルテヌルが、はっず顔を䞊げた。
    「始たった」
    「ヌヌ」
    ラムダは、りォルテヌルのその衚情に、䜕ずはなしにびくっずした。こんな、䜕か楜しいこずを芋぀けたずきのような暪顔は、蚘憶になかった。
    「あれ  は」
    「あの子たちの、『勝手に挔奏䌚リサむタル』」
    ふふふっず、りォルテヌルは笑う。
    掋琎ピアノの音は、講堂の方から聞こえおきた。最初はきちんず音階通りに鳎っおいるが、途䞭で必ず䞀音、倖れる。そしお、倧きな笑い声があずに続く。
    「この蟺の名家の方が亡くなっお、䜿っおいた掋琎ピアノが寄付されたんだっお、プリナモヌラが蚀っおた」
    それが、鍵盀は欠けおいるわ、ペダルは螏めないわの、オンボロな代物らしい。しかし、初めお本物の音楜に盎に觊れる子どもたちには、そんな欠陥など些末なこずだった。
    「プリナモヌラが蚀うにはね、わかりきった音が鳎るより楜しいんだっお」
    想像ず違う、肩透かしを食らう。だが、そこから収たりのいいように立お盎しおいく。
    そんな過皋プロセスが面癜いのだずいう。
    そのうち、数人で匟き始めたのか、䞉段階の高䜎差で、じゃかじゃかず鳎り出した。いた聞いたようなご老䜓なら壊れおしたうのではないかず心配になるくらいの、乱れ打ちだ。
    そんなラムダの心配が䌝わったわけでは無論ないが、ふず、しんず静たり返る。
    あれ、ず思う間もなく、今床は明らかに玄人プロだろうず思われる調べが聞こえおきた。
    だが、いわゆる矎しい挔奏ずは、たた違うように思えた。
    敎然ずした、䞍揃い感。
    矎しく、壊された音。
    ラムダには的確に衚珟はできなかったが、ずおも人間的であるこずだけはわかった。欠けたものを、どうにか取り繕っお補えば、あのようになるずいうこずなのか。
    ずおも楜しげで、いい意味で投げやりな、軜快な音だった。
    どこかで聎いた雰囲気  
    思い巡らしたラムダの耳に、甊った音がある。
    フィロトか
    圌の、自由で、䌞びやかな音楜もたた、芏則ルヌルに囚われないずいう芏則ルヌルに則っおいる。
    「最近来おくれた先生が、本圓の掋琎匟きピアニストらしいんだ」
    「ヌヌ」
    りォルテヌルず二人で過ごした楜しい時間の䜙韻が、静かに冷え蟌んでいくのを、ラムダは感じた。
    この広い䞖界のなかで、掋琎匟きピアニストなど数倚いる。ラムダにずっおたった䞀人しか知らないその人である可胜性の方が、断然䜎い。
    しかしヌヌ
    たさか  
    ラムダは、『占い通ディノィナヌト』で、進む先のいく぀かの可胜性を瀺唆したものの、たさか修道院で壊れた掋琎ピアノを匟いおいるずは倢にも思わず、胞のなかがざわ぀いた。
    「今ね、プリナモヌラたちが倢䞭になっお教わっおいるんだ」
    ラムダは、気づかれないように唟を呑み蟌んだ。
    「アダレむっおいう、亜麻色の髪をした男性らしいよ」
    人知れずラムダの錓動が速くなっおいったのは、子どもたちに煜られお掋琎ピアノの音が次第に昂っおいくのを聎いたせいではなかった。


    第十五章 信じるずいうこず

    1. 迷路のなかの暙しるべ

    昌䌑憩になる少し前、ばたばたず講堂に駆け蟌んでくる足音があった。
    アダレむは、「来たな」ず埅ち構えおいる。
    「こんにちわ、アダレむ」
    「やあ、こんにちわ。今日も元気だね」
    プリナモヌラず二人の少女が、今日の䜜業を早く終えお、掋琎ピアノを習いに来たのだった。
    習うずいっおも、合間合間の数分間、楜噚ず觊れ合う皋床のこずである。しかし、プリナモヌラたちは、朝来た時に告知掲瀺板アナりンス・ボヌドにアダレむが蚪れる旚のお知らせがあるのを芋ただけで、き぀い䜜業や、぀たらない修緎も我慢できるのだった。
    「ちゃっちゃず枈たせおきたしたよ。そりゃもう、頑匵りたしたよ」
    プリナモヌラが蚀うず、二人の友人、シルフィずケむティアが呆れたように混ぜっ返す。
    「リナっおばさあ。普段からもう少し、今日ぐらい頑匵れないの」
    「あんたり差があるず、修道女シスタヌにバレちゃうず思うんだけど」
    今日は、午前䞭いっぱい、蚈算問題の修緎だった。嫌いではないのだが、プリナモヌラは、どちらかずいえば飜きっぜいずころがあった。
    い぀もなら昌の鐘が鳎るギリギリたでかかるのが、今日は「ちゃっちゃず」枈たせお、この講堂にいる。
    芁するに、やればできるのである。
    「あんなのはねぇ。修緎じゃなくお、ただの拷問だね。あたしに蚀わせれば」
    アダレむは、少女たちの䌚話を埮笑たしく聞いおいる。
    「プリナモヌラは、勉匷があたり奜きではないのかい」
    「嫌いじゃないよ。ただ面倒くさいだけで」
    「ずか蚀っおおきながら、成瞟はトップなんだから癪に障るよね」
    ケむティアが、ふんず腕を組んで錻を鳎らす。
    「こんな感じだから、“効”たちにも奜かれるしね」
    シルフィも、肩を竊めお銖を巊右する。
    「そんなこずより、ほれ。掋琎ピアノ 時間なくなるよ」
    アダレむが傍らに立ち、たずプリナモヌラが䞞怅子に座った。
    「じゃ、音階を匟いおみお。芚えおるかな」
    プリナモヌラが、迷わずに『Ⅽツェヌ』の鍵盀を叩く。
    そしお、続けお、『Ⅾデヌ』『゚ヌ』『゚フ』『ゲヌ』『アヌ』『ハヌ』『ツェヌ』ず、匟き鳎らす。
    綺麗に音階が䞊ぶず、さすがに心地よかった。
    「じゃ、ケむティア。そこのキヌで、同じように音階を匟いおみお」
    ケむティアは、プリナモヌラの右隣に立っおいた。即ち、欠けおいる鍵盀のある蟺りである。
    「はヌい」
    同じように、『Ⅽツェヌ』から匟き始めるが、『ハヌ』の鍵盀が鳎らないために、カスッず、情けない音がする。
    䞉人が同時に、ぷっず吹き出す。
    「だめ、䜕回聎いおも、おかしいわ」
    「いきなり、やる気をなくす感じがリナみたいで」
    「倱瀌だなあ」
    アダレむも、「リナみたい」ずいうのが実に的を埗おいるように思えお、気づかれないようにこっそり吹き出しおいた。
    「じゃ、次。シルフィ。そっちのキヌで匟いおみお」
    同じように音階を、きっちりず正しく匟いおいく。こちらは欠けおいる鍵盀はなく、倖れる音はないが、少女たちにはその䜎音バスさえ笑いのツボのようで、やっぱり笑いだす。
    「ひっく」
    「修道士ドラむアの、錟みたい」
    「あ、それ それね 確かに」
    この幎頃の少女たちは、たさに容赊ない。アダレむは、こんなずころで匕き合いに出されるドラむアずいう修道士に同情した。
    「じゃあ、さ。この、鳎らない『ハヌ』を、こっちの黒鍵に倉えおみようか」
    アダレむは、『ハヌ』の巊䞊に圓たる黒鍵を、ぜヌんず匟く。半音䞋がったために、急に寂しげな音色に倉わった。
    「おヌ、切ない」
    「この、なんか半端な感じがいいね」
    「ぞわぞわしたわ、いた」
    アダレむは、圌女たちの、いちいちの反応に耳を傟けおいた。半音䞋がった音色に察する感芚など、ずうの昔に忘れおいた。
    「この『ハヌ』の♭フラットに合うような、音階を探しおごらん」
    プリナモヌラたちは、黒鍵やら癜鍵やらを、䞀芋ランダムに叩きながらも、自分なりに耳障りのいい音の連なりを探しおいく。
    「あたしは  こう  かなあ」
    「それも、うん、いいけどヌヌあたしなら、こうかしら」
    「あたしっお少し、倉 こういう感じが奜きなんだけど」
    結果ずしお、䞉人䞉様の音階が出き䞊がった。
    「アダレむ、それで 正解は」
    プリナモヌラが、詊隓の答え合わせのように蚊いおくる。
    しかし、アダレむは逆に圌女たちから解答をもらったような気がしお、蚀葉にならなかった。
    䞉人いれば、䞉様の音楜が生たれる。
    圌女たちはいた、自分が心地よいず思った音色を、他の二人に抌し぀けもせず、他の二人の音色を吊定するこずもしなかった。
    「ヌヌ」
    正解。
    音楜に、正解はあるのか。
    正解は、必芁なのだろうか。
    あるずしたら、誰にずっおの正解だずいうのだろう。
    その“誰か”ずはヌヌ
    「ねえ、アダレむ。誰のが、䞀番よかった」
    「ヌヌきみたち同士では、どう思う」
    逆に問いかけるず、プリナモヌラたちはお互いをしげしげず芋やり、圓たり前のように蚀った。
    「どれも、よかったよねえ」
    「リナのは、リナっぜかったし、シルフィのもシルフィっぜかったし」
    「“っぜい”っお、なによ」
    䞉人は、揃っお銖をひねる。
    「そうね。“っぜい”っお、なんだろうね」
    「でも、あたしはリナの匟いた音階なんお、思い぀かなかったよ」
    「たあ、そうね。あたしも二人のを聎いお、『おヌ、そう来たか』っお思ったもん」
    アダレむは、少女たちが評し合うのを聞きながら、いたずらな和音を鳎らした。定番の『Ⅽツェヌ』、『゚ヌ』、『ゲヌ』ではなく、䞀音倖れた和音だった。
    倖れたのだから、それは即ち䞍協和音である。
    なら、これは間違いなのか。
    アダレむはたた、今の䞍協和音を螏たえお、これがしっくりず収たるような旋埋メロディヌを探しお匟いおいく。
    『ハヌ』の音が欲しくおも、その鍵盀は鳎らない。
    なら、どうするか。
    半音䞋げるか、半音䞊げるか。
    思い通りには、音は連なっおいかないが、欠けおいるものはどうしようもなく、なんずか補っおそれで良しずするか、ズレたたたで是ずするかだ。
    䞭倮の䞞怅子に座っおいたプリナモヌラは、我知らず立ち䞊がっお、垭を開けた。そこぞ、アダレむもそうずは気づいおいないかのように盲目的に、䞞怅子に腰かける。
    そしお、目を閉じ、頭のなかで匟きながら曞いおいる五線譜の音笊を、ひたすら远いかけた。
    『すごいねぇ』
    『なんか、生きおるみたい』
    『アダレむの心んなかを芋ちゃっおる気がしない』
    邪魔をしないように、プリナモヌラたちが囁き合っおいる。
    アダレむには、それが聞こえおいた。
    想像しおいたのず違う鍵盀を鳎らしおしたっおも、「違う」ず蚀っお叩いおくる躟し぀け板は、ない。
    心のなかを芋られおいるのかいう、そこはかずない恐怖はあったが、匟くからには、自分の音を聎いおほしい。
    詩人が蚀葉を玡ぐように、画家が画垃キャンバスに立ち向かうように。
    それができないで、䜕をもっおしお、我は芞術家アヌティストなどず蚀えるのかヌヌ
    アダレむは、深く思案に沈みながら、ひずしきり掋琎ピアノに向かっおいたが、突然はっず我に返った。確か、プリナモヌラたちがいたのではなかったか。
    顔を䞊げるず、果たしお䞉人の少女たちが、頬を玅朮させおそばに立っおいた。
    「ご  ごめん。぀い倢䞭になっちゃっおヌヌ」
    䞀拍眮いたあずに、プリナモヌラたちの倧拍手が起こった。
    「アダレむ、すごい」
    「すごいよ 壊れた掋琎ピアノじゃないみたい」
    そしお、プリナモヌラが蚀う。
    「なんかさヌ。ハラハラしたり、したけどね。ワクワクもしたよね」
    「ハラハラ」
    たるで意倖な蚀葉が飛び出したので、アダレむは玠盎にきょずんずした。
    「ハラハラしたよ。ワクワクもしたし、『いけいけヌ』みたいに思えたずころもあったよ」
    「  」
    「アダレむが、そういう気持ちだったんじゃないの」
    「そ  それっおさ、聎いおおどうだった そんなめちゃくちゃな音楜っおさヌヌ」
    「めちゃくちゃ そうは思わなかったけどなあ」
    プリナモヌラは、腰に手を圓おお、いたのアダレむの挔奏を脳内でリフレむンする。
    「そうねぇ  なんか、アダレむのこずがわかったっお感じ」
    「」
    アダレむは目を芋開いお、蚀葉を倱った。確かプリナモヌラには、最初に䌚ったずきに、『自鳎琎オルゎヌル』を聎いおいるみたいず蚀われたのだった。
    正確無比で、䞀分の狂いもなく䞊手ではあるが、蓋を閉めれば思い出せない、ただの機械音。
    それがいた、自分の心を曝け出すような即興曲を聎いお、挔者の人ずなりがわかった気がするず、蚀われたのだ。
    「そ  そうかヌヌ」
    そしお、それが、嬉しかった。
    アダレむは、はにかむように口元をきゅっずすがたせるず、にっこり笑っお蚀った。
    「わかっちゃったか」
    「うん、わかっちゃった」
    「で、僕っおどんな人なんだい」
    アダレむは無邪気に蚊いた。䜕の他意もなかった。
    そしお、少女たちも無邪気に答えた。
    「わかんない」
    埮劙に音皋がずれたナニゟンは、その心地悪さが、楜しかった。

    昌䌑憩の鐘が鳎り、少女たちは、来た時ず同じようにどたどたず垰っおいった。
    しんず静たり返った講堂にひずり残るアダレむは、自分ずひず぀になったような、この叀がけた掋琎ピアノを愛おしげに芋䞋ろしおいた。

    画像

    そこぞヌヌ
    別の入口から、か぀んず靎音を鳎らしお、入っお来た者がいた。
    「ヌヌラムダ」
    「こんにちわ」
    ラムダずは、先日『占い通ディノィナヌト』で占っおもらったきり、䌚っおいなかった。
    「ここで匟いおいたんだな」
    蚀いながら、ラムダは講堂内に歩み入っおくる。埃がきらきら舞っおいる煀けた倧気を、楜しんでいるようだった。
    「講垫か、䜕かで」
    「たさか」
    アダレむは、盞倉わらず矎しく、䜕事にも動じないようなラムダの圚り様に萜ち着かなくなり、぀いき぀く蚀い返す。
    「そんな埡倧局なもののはずがない」
    だが、ラムダは意倖にも明るく、さらりず答えた。
    「埡倧局なものでいたいようには、芋えないがな」
    匟かれるように、アダレむはラムダを振り向く。
    「なんで、そう思う」
    「なんでず蚀われおも  」
    音楜のこずも芞術のこずも、䜕䞀぀わからないラムダである。ただ、今のアダレむを芋お、そう思っただけに過ぎない。
    「違うのか」
    逆に問われお、アダレむは蚀葉に窮した。
    『きみたちは、どう思う』
    ぀いさっき、少女たちに投げかけた蚀葉が、そのたた舞い戻っおきた。
    僕は、いたの僕を、どう思うのかヌヌ
    アダレむは、少々恚めしいずいうような目で、ラムダを芋぀める。
    「きみのお陰で、すっかり迷子だよ」
    「」
    ラムダは、片眉を跳ね䞊げお、無蚀で問う。
    「きみに占っおもらっおから、迷路に迷い蟌んだみたいだ」
    「それは枈たないこずをした」
    ラムダは、真面目に畏たっお謝ったが、ふいにくすっず笑っお、包み蟌むような埮笑でアダレむを芋぀め返した。
    「迷子で、いいんだ」
    「どういう意味」
    「迷子になっお、正解なんだず思う」
    「  」
    「目の前に珟れた迷路に、怖くなったり面倒くさくなったりしお、入っおいこうずしない者もいる」
    「  」
    「自分の苊悩に蓋をしお、なかったこずにしおしたう者もいる」
    「ヌヌ実際、いたのか そういうや぀ら」
    ラムダは、肩を竊めおみせた。
    「少なくはないな。でも、それも圌らの生き方だ」
    「ヌヌ」
    アダレむは俯いた。ラムダの蚀わんずしおいるこずが、がんやりずでもわかったようだった。
    「でも、きみは迷路に入った。ちゃんず迷子になった」
    「ちゃんず  っお」
    「なら、きみは、誰かが敷いた䞀本道の線路レヌルの䞊を、ただ真っ盎ぐ走っおいきたかったのか」
    「ヌヌ」
    「音なんお、少しぐらい倖れおも、䜕ずかなるんだろう」
    俺にはわからないけど、ず、付け足しお蚀う。
    「生きおいくのも、それず䞀緒だ」
    そう蚀われお、䜕か蚀葉を返そうずしお、アダレむはちょっず目線を䞊げた。ラムダが手に持っおいる、雅みやびな装䞁の本が目に入った。
    「  それは」
    「ん あぁ、これか。ファむのお遣いだ。借りおきおず頌たれた」
    「息子のお遣いを、するんだね、きみは」
    「䜕でもするさ。䞖間知らずずばかり蚀われおいるからね。お遣いも勉匷になる」
    曞庫塔で本を借りるには、いろいろ手続きが必芁であるこずを、借りにきお初めお知ったず話しお聞かせた。
    「きみも、迷路のなかを圷埚っおいるみたいだね」
    「そうだな。人を占っおいる堎合じゃないんだ、本圓は」
    アダレむは、くっず吹き出した。
    初めお笑顔を芋たな、ずラムダは思った。
    笑えたなら倧䞈倫、ずも思った。
    「じゃあ、たたな、アダレむ。倱瀌するよ」
    ラムダは、手にした本を掲げお挚拶をし、螵を返す。
    「垰りが遅いず、ファむに叱られるんだ」
    ラムダは、悠々ず去っおいった。それでも、家に垰れば、䞖間知らずだの䞖話が焌けるだのず、现々蚀われおいるのかず思うず、おかしくなっおくる。
    みな、誰もが䞍完党なのだった。
    アダレむは、誰もいない講堂で、「よし」ず声に出しおみる。気分を倉えるように倧きく息を぀くず、たた掋琎ピアノの前に座った。
    どうせ迷路に入ったのなら、ひず぀も挏らさずに宝箱は拟っおいこうず、心に決めたのだった。


    2. 橙色の長い倜

    『深秋の収穫祭ハヌノェスト・フェス』が終われば、次には『聖ルカ生誕祭セント・ルカ・ミサヌナ』が埅っおいる。
    十二月に入るず、クリスマスに催されるその厳粛な催事むベントに向けお、修道院区総出で準備が始たる。
    今日は朝から講堂や孀児院の広間を開攟しお、街の人たちも倧勢集たり、アドベントカレンダヌ䜜りが行われおいた。
    りォルテヌルは、仕事を終えお写本工房スクリプトリりムを出るず、倕闇迫るなか、回廊クロむスタヌぞ向かった。
    歩きながら、今日のこずを思い出す。カレンダヌ䜜りには、ファむ・レむンずアミィストヌンも参加しおいた。
    アミィストヌンはりォルテヌルを芋぀けるず、すかさず飛んできた。顔じゅう絆創膏だらけだったので心配しおいたが、傷も残らず、きれいな肌に戻っおいる。打たれ匷いのもここたで来るず、賞賛しかない。
    そしお、「今日も可愛いぜ」ず耳打ちしお、戻っおいった。手を振るファむ・レむンに、軜く胞元で小さく手を振り返すず、ファむ・レむンの䜕倍のも力匷さで、アミィストヌンも手を振っおきた。
    「ふふっ  」
    りォルテヌルは、思い出し笑いをする。あの子たちを芋おいるず、些现なこずなど気にならなくなっおくる。
    プリナモヌラはもちろん、ラムダやフィロトがいおくれるず思うず、すべお䜕ずかなるのではないかず思えおくる。
    ただ、最埌に䞀歩を螏み出すのは、自分の心ひず぀だ。
    圌らは寄り添っおくれるが、手を匕っ匵っおはくれない。吊、手を匕っ匵っおもらうようでは、だめなのだ。
    そうずなるず、ただ尻蟌みする自分がいるのを、りォルテヌルはもどかしく思うのだった。
    倕闇に萜ちる回廊クロむスタヌは、昌ずは異なり、光ず圱の境界が消え倱せる。ベンチに座れば、誰からも芋えなくなり、こちらから誰かを芋る偎に回るこずができる。ひずの様子を芋るのが楜しくなっおきたのには、自分でも驚いたものだった。
    りォルテヌルが、回廊クロむスタヌに足を螏み入れようずしたずきだった。
    誰かの声がした。修道士だろうか。二、䞉人の男の声だった。
    思わず、入口の際で立ち止たる。ベンチはいくらでもあるが、先客がいる空間に入っおいく勇気はない。
    りォルテヌルは、仕方なく螵を返しお戻ろうずした。
    がヌヌ
    「あの、癜髪の曞家っお、あの嚘こだろ ほら、半幎ぐらい前だったかな。蚺療所に運び蟌たれおきたっおいう」
    「ああ、なんか父芪にかどわかされたずか䜕ずかっお 詳しいこずは教えおもらえないけどな」
    党身の血の気が匕いお、りォルテヌルは動けなくなった。目の前が真っ癜になり、握りしめる杖の感觊だけが、掌で熱く脈打っおいた。
    「そんなこずがあったら、そりゃあ心も病むよな」
    「しかも、足が悪いんだろ 食事も摂れないずかっお、毎日介助ヘルパヌが入っおるんだずさ」
    「ぞえ。ずいぶん気にかけおもらっおるんだなあ」
    「可愛い子ちゃんは、埗だねぇ」
    男たちは、げらげらず笑い合う。
    根も葉もない、でっち䞊げの話なら、その方がただマシだった。
    「それにしおもさ、実の芪父に、なんやかんやされおさ、人を信じられなくなったっおんなら、そりゃそうだよなあっお同情もするんだけどさ」
    「なに、ああ、あれ 『深秋の収穫祭ハヌノェスト・フェス』の、あの隒ぎだろ ずいぶんず芋目のいい男たちに囲たれおたよな」
    「そう、やたらず芋目麗しい男たちに、な」
    りォルテヌルは、歯を食いしばった。気を倱わないようにず、右の腿にギリギリず爪を立おた。
    「おいおい、僻ひがむなよ」
    「そんなんじゃないよ。たださ、思わなかったか なんだ結局、男たちに蚀い寄られおるのかっおさ」
    「あ、そういえば、その芪父のこずにしおもさ、あの嚘この方から誘ったんじゃないかっお蚀う噂もあるぐらいだしな」
    「ぞえ、そうなのか それは初耳だ」
    「たあ、だっお、確かにな。可愛い顔しおるからな。そんなこずもあったりなかったり、するんじゃないのか」
    「あったりなかったりっお、どっちだよ」
    その先の男たちの蚀葉は、耳に入っおきおはいるが、聞こえおはいなかった。りォルテヌルは、「倧䞈倫、倧䞈倫」ず念じながら螵を返しお、来た道を戻りはじめる。
    やっずここたで来たのに、この回廊クロむスタヌにさえ、入れなくなっおしたったず思った。
    倧䞈倫、倧䞈倫。
    もう、あのずきのわたしではない。
    ずっず耐えた。耐えた先に、圌らずの出䌚いがあった。
    それをたた、振り出しに戻すわけにはいかない。
      それだけはヌヌ
    りォルテヌルは、ぞくっず身震いした。
    圌らず出䌚う前に、たた戻る。
    それだけは、死んでもいやだった。
    倧䞈倫。我慢、我慢。
    いろいろ蚀われるのは、なにもわたしだけではない。
    誀解されるのも、デマを流されるのも、わたしに限ったこずではない。
    みんな、これに耐えおるんだ。
    もしくは、反論の声を䞊げおいるんだ。
    りォルテヌルは、動悞が激しくなっおくるのがわかった。
    いた、どこをどう歩いおいるのか、わからない。
    ふず、短剣ダガヌを探した。ない。ここ最近はもう持ち歩いおいなかった。
    無性に、自分を刺したくなった。あの痛みず背埳感が、懐かしい。
    痛いのは䞀瞬で、心に受けた痛みをそこに集䞭するこずができる。あずは、血ず䞀緒にどんどん流れおいくだけだ。
    りォルテヌルは、息苊しくなっお喘いだ。
    なんで、そんなふうに蚀うんだ。
    わたしが芪父を誘っただず
    どこをどうすれば、そんな話になるんだ。
    噂奜きなだけだ、そうだ、みな人の䞍幞が奜きなだけだ。
    本圓にそう思っおはいないのかもしれない。
    ラムダ  
    フィロト  
    そうか。
    端から芋れば、そういうふうに映るのか。
    芋目麗しい男たちに囲たれおいる。
    莫迊か。
    そんなんじゃない。
    でも、そう芋えるのか。
    立ち眩みに倒れそうになっお、りォルテヌルは杖を支えに螏ん匵った。道端に石か䜕か転がっおいないか、目を皿のようにしお探す。
    䜕か尖ったもの。
    䜕か硬いもの。
    だが、蟺りは暗くなっおきおいお、もうあたりよく芋えない。
    りォルテヌルは、曎に力を蟌めお、右腿に爪を立おた。同じ傷に圓たったのか、びりっず裂ける感觊があった。
    ふうっず、息を぀く。
    痛い。
    それなら、わたしはただ生きおいるのか。
    発䜜が起きそうな予兆を感じたが、頓服も持っおいない。
    倧䞈倫  倧䞈倫  
    どこをどう歩いたのか、たったく蚘憶になかった。だが、目を瞑るずそこに、たるで道暙のように、橙色の枩かい灯りが芋えおいた。
    そしおヌヌ
    りォルテヌルはふず芋芚えのある庭先の光景に気が぀いお、立ち尜くした。
    街灯が立぀門。ぶら䞋がっおいる朚の看板。
    枩かな、橙色の灯りが぀いおいる家。
    ここ  は  
    郚屋のなか、窓蟺をふっず黒い人圱が過る。
    その人圱が、たた窓蟺に戻っおくる。
    ず、次の瞬間、その人圱がたた消えたず思ったら、玄関゚ントランスが乱暎にばたんず開かれた。
    「りォルテヌル」
    誰かがわたしの名を呌んで、走っおくる。
    そしお、迷いもせず、わたしを抱き䞊げおくれる。
    「いったい、どうしおヌヌ」
    蚀いながら、どさくさに玛れお、額にキスされたのをりォルテヌルは感じたが、手で払う気力は残されおいなかった。

    ファむ・レむンは、熱い湯の入った桶にタオルを浞しお絞るず、りォルテヌルの、脂汗でじっずりしおいた項うなじに圓おた。そしお、ゆっくりず抌し圓おるようにしお、拭き取っおいく。
    りォルテヌルの口から、声にならない吐息のような声が、掩れた。
    「気持ちいい」
    「  うん」
    「そっか。よかった」
    りォルテヌルは、先日の盗難事件の際に、ここを寝宀にずあおがわれた䞀階の郚屋で、暪になっおいた。
    そばにはファむ・レむンしかいない。圌は慣れた様子で、りォルテヌルの身䜓をきれいに枅拭しおいるずころだった。
    「あのさ、ごめんね。あのワンピヌスは脱いじゃったの」
    「ああ、別に、そんなこず  」
    「あの服だずき぀くお、苊しそうだったから」
    それに、あの服のたたでは手が入れづらくお、身䜓をうたく拭けそうになかったからだ。
    「心配しないで。がくずアミィで、やったからね」
    りォルテヌルは、意味を理解しお、目を閉じたたたくすくすず笑う。
    「で、これは 誰のシャツ」
    小柄で痩せおいるりォルテヌルが着るず、膝の䞊あたりたで隠されおしたう。
    「フィロトの」
    「  」
    あい぀のか。
    ちっ。
    たた、䜕やら嬉しそうに、䜙蚈なこずを蚀っおきそうだ。
    「なんで、ラムダのじゃないんだ」
    「こういうずき、フィロトっお本圓に早いの」
    い぀郚屋から取っお来たのかず思うくらい、「はい、おれの着せおあげお」ず、さっさずファむ・レむンに抌し付けおいったのだずいう。
    ファむ・レむンは、りォルテヌルの身䜓をそっず向こう偎ぞ偎臥䜍にさせお、背䞭を拭きはじめた。
    「フィロトなんかね。おれが颚呂に入れるっお倧真面目に蚀っお、父さたに怒鳎られたんだよ」
    「あい぀なら、蚀いそうだな」
    「だっお  」
    ふいに黙り蟌んで、ファむ・レむンの手が止たる。
    「だっお、でもね、ものすごく心配しおいたの」
    「うん  わかっおるよ」
    できる範囲で、可胜な限り党身にわたっお枅拭をし終えるず、ファむ・レむンは最埌に新しいタオルを新しい湯で絞っお、りォルテヌルに手枡した。
    「りォリヌ、顔、拭ける」
    「拭ける」
    りォルテヌルはその枩かいタオルをしばし顔に乗せたたたでいたが、やがおごしごしず拭くず、そのたた髪もがしがしず拭きはじめた。
    「い  意倖ず  」
    「なに」
    「なんおいうか、男の子っぜいんだねヌヌ」
    ふんず、りォルテヌルは笑う。
    「お淑やかだず思っおたの」
    「ヌヌ」
    いや、そんなこずはなかったっけず、ファむ・レむンはいろいろず思い圓たった。気性の荒い『癜猫ポルカ』だず、フィロトが愛おしげに蚀っおいたのを思い出す。
    「じゃ、りォリヌ。腿の傷、蚺るよ」
    ず蚀っお、ファむ・レむンがりォルテヌルのシャツの裟を捲り䞊げたずきだった。
    コンコンずノックず同時に、がちゃっず扉が開いお、フィロトが顔を芗かせた。
    「どうだ」
    りォルテヌルの、现く癜い脚が䞞芋えだった。
    「出おけ」
    「出おお」
    暪っ面を叩かれるような勢いで二人に同時に蚀われお、フィロトは慌おお扉を閉める。
    ファむ・レむンずりォルテヌルは、顔を芋合わせお、吹き出した。
    「芋られたね」
    「芋やがったな」
    「たったく、本圓にフィロトっおば、もう  」
    ファむ・レむンは、心底困ったように銖を巊右しお、治療道具を小箪笥サむドテヌブルに広げる。
    どれだけの力で爪を立おれば、これだけの傷を぀けるこずになるのか。
    皮膚が砎けお、血が滲み出し、呚囲は広く青痣になっおいた。
    「本圓はね  」
    りォルテヌルはたた目を閉じお、仰向いおいる。
    「本圓はたた、自分を刺すずころだったんだ」
    「え  」
    「でも、短剣ダガヌを持っおなかったヌヌ」
    「持っおたら  」
    「今ここに、こうしお、いないだろうな」
    ファむ・レむンは、軟膏を塗ったガヌれの䞊から包垯を巻いお、端を折り蟌んで留めるず、シャツの裟を䞋ろした。
    「りォルテヌル」
    「ん」
    りォルテヌルは、肘で支えお半身を起こす。その銖に、颚のようにふわりず抱き぀くず、ファむ・レむンは癜髪のなかに顔を埋めお囁くように蚀った。
    「ここに来おくれお、ありがずう」
    「  」
    「がくたちを思い出しおくれお、ありがずう」
    「芚えお  ないんだけどね」
    「それなら、もっず、ありがずうだね」
    無意識のあいだに、ここに足が向いおいたずいうこずだ。そう思うず、ファむ・レむンは痛いほどに胞を撫で䞋ろすのだった。
    「ヌヌ歩ける」
    ファむ・レむンは、そっず身を離すず、りォルテヌルの顔を芗き蟌む。
    「歩けるよ。倧䞈倫」
    「みんなのずころに行こう」
    そう蚀っお、扉を開ける。䞀歩出ないうちに、壁際に立っおいる人圱が目に入った。
    りォルテヌルは、溜息亀じりに暪目でじろっず、フィロトを芋䞊げる。
    「埅ち䌏せが趣味なのか」
    「歩けるか」
    「たったく  どい぀もこい぀も」
    過保護だな。
    「無理するなよ」
    「しおない」
    「さっきは、ごめんな」
    りォルテヌルは、ふず立ち止たった。
    「たた、わたしの脚を芋たな」
    「み  芋おないよ」
    「嘘぀け」
    「わざずじゃないし  」
    「さっき、おでこにキスしたな」
    「し  した  かな」
    りォルテヌルは溜息を぀いお俯くず、぀ず顔を䞊げお、フィロトの人懐っこい茶色の瞳を芋぀めた。
    「たったく  」
    䜕故か、それ以䞊、小蚀を蚀っお責め立おる気が倱せた。
    フィロトの愛情衚珟は、恥ずかしげもなく明け透けで、わかりやすい。裏衚がなくお、歊骚なくらいに真っ盎ぐだ。
    今の、少し心が疲れおしたったりォルテヌルにずっおは、圌のその玠盎な、バカ正盎なずころが救いずなっおいるこずも確かだった。
    「あのさヌヌ」
    「うん」
    「シャツを  借りおしたっお  」
    フィロトの顔が、急に明るくなる。
    「おれの、な。それ、おれのシャツな。やっぱりブカブカで、可愛いよな」
    「可愛くはない。䞍栌奜だし」
    「それが可愛いんだよ。おれの癜猫ポルカ」
    「誰が、あんたの癜猫ポルカだ」
    りォルテヌルは、錻の頭を぀んず突こうずしたフィロトの指に噛み぀こうずする。それを埌ろで芋おいたファむ・レむンは、「ああ、このこずか」ず玍埗した。
    リビングに入っおいくず、安堵の色も濃いラムダず、泣くたいず唇を噛んでいるアミィストヌンが埅っおいた。
    枩かい飲み物ず、胃に負担のなさそうな、軜い食事が甚意されおいた。
    りォルテヌルが長怅子゜ファに座るず、ファむ・レむンずアミィストヌンが挟みこむように座っおきた。
    「せた」
    思わず、りォルテヌルが蚀う。
    「いいじゃんかヌ」
    「いいでしょ、りォリヌ」
    二人が、嬉しそうにすり寄っおくる。
    「今晩は泊たっおいくずいい」
    「でも  」
    明日は仕事がある。それにプリナモヌラが心配する。
    「心配しなさんな。朝䞀番で送っおいくよ」
    「誰が」
    「おれしか、いないでしょ」
    りォルテヌルが、眉間に皺を寄せた。
    でも、背に腹は代えられないか。
    「なに、その『背に腹は代えられぬ』っお顔は」
    「だっお、そうだろ」
    くすっず笑ったのは、ラムダだった。端から芋れば、黒猫マルカず癜猫ポルカのじゃれ合いだ。
    「なあ、食べようぜ」
    案の定、アミィストヌンが割っお入る。
    「姉ちゃん、食べられそうなもの、あるか 取っおやるよ」
    「りォリヌ。玉子のスヌプ、飲める 暖たるよ」
    りォルテヌルは、やはり圌らの枩かさは本物だず、信じおいいのだず、改めお実感した。
    ちょっず可愛いからず、ただ蚀い寄っお来おいるだけだの、他に䜕か他意があるように解釈する茩もいるだろうが、それは違うず自分が身をもっお感じおいる。
    それを、ちゃんず、信じるこずにしよう
    スヌプは枩かかった。シフォンケヌキのような軜いパンも矎味しかった。
    ラムダずフィロトの芖線は、あくたでも優しく、ファむ・レむンずアミィストヌンは、どこたでも無邪気だった。
    これを信じられないずしたら、この䞖で信じられるものなど䜕もないず、心から思えた。
    ファむ・レむンずアミィストヌンは、お腹いっぱいになっお「おやすみ」ず寝宀ぞ行く。りォルテヌルが泊たっおいくこずに安心したのだ。

    倜は静かに曎けおいく。

    子どもたちが寝たあず、りォルテヌルは、ラムダずフィロトに、䜕があったのかをゆっくりず話した。途䞭でたた息が苊しくなったが、圌らの声を聞くず、䞍思議ず萜ち着きを取り戻すこずができた。
    こんな倜なら、いくら長くおもいいなず、りォルテヌルはこっそり埮笑んで考えおいた。


    第十六章 傍にいたいひず

    1. プリナモヌラの涙

    ここグラントハむムでは、幎末の『聖ルカ生誕祭セント・ルカ・ミサヌナ』の䞀週間前に、『冬灯祭ランタン・フェス』が行われる。
    噎氎広堎に立぀䞀番倧きな朚が、この䞉日間だけ、金色に茝くランタンツリヌに生たれ倉わるのだ。
    明日からの『冬灯祭ランタン・フェス』に備えお、数日前から職人たちが総出で、その倧暹に装食甚の枝枠フレヌムを取付ける䜜業をしおいたが、それも無事に終了した。
    明日の日没からは広堎にたくさんの屋台が䞊び、リヌスやランタン、キャンドル、願いを曞く朚札などが売られる。
    食べ歩きができるように、玙に包たれたパむやカップに入った揚げ芋、軜めの酒アルコヌルなども䟛され、倧人も子どもも楜しめるような倧きな催事むベントなのだった。
    プリナモヌラたちは、その『冬灯祭ランタン・フェス』で配られる籠を蔓で線む䜜業をしおいた。修道女シスタヌや、寄宿孊校の䞊玚生たち数人も聖セントルカ修道院を代衚しお、小さな屋台を出すこずになっおいるのだ。
    毎幎、この籠に焌き菓子クッキヌや茱萞ぐみなどを入れお、祭りに来た子どもたちに無料で配っおいるのだが、今幎最䞊玚生になったプリナモヌラたちも、その圹を担うこずになった。
    「ねえ、今幎の食り人アドルナヌル、誰に決たったんだろうね」
    蔓を噚甚に扱い、瞊暪亀互にくぐらせお螺旋状に線み䞊げながら、プリナモヌラが誰にずもなく蚊いた。
    「ブラむアンは、たずないわ」
    「あの肥え方だず、脚立が壊れそうだもんね」
    「ペルノィオンは芋た目には絵になるけどね」
    「あの怠け者が、果たしお請けるかどうか疑問だわ」
    今日も、少女たちは容赊ない。
    食り人アドルナヌルずは、『冬灯祭ランタン・フェス』においお、ランタンを食り吊るす圹のこずである。
    菓子の籠を配るのず同様、こちらは修道士ず共に、最䞊玚生の男子が遞ばれおその担圓になる。
    「た、圓日芋おのお楜しみっおこずか」
    「リナは、最終日フィナヌレだっけ」
    ケむティアが、線んだ籠を掲げお遠目に芋ながら、バランスを確かめおいる。
    「そうだっおさヌ。なんか、ツリヌの解䜓も现々ず手䌝わされそうだわヌ」
    「いいじゃん あたし、お祭りが終わったあずのあの寂しい感じも奜きだなあ」
    シルフィは、線み䞊がった籠の持ち手の郚分に、リボンを結び付けおいる。
    そこぞ、ひずりの修道女シスタヌが入っおきた。
    「䜜業は進んでいたすか」
    「はい、修道女シスタヌベル」
    少女たちの声が揃う。
    「もうすぐ昌の鐘が鳎る頃合いですから、ちゃんず䌑憩を取りなさいね」
    「わかりたした」
    最䞊玚生ずもなるず、統制も取れおくる。今でこそ、しっかり者に育ったが、この子たちも䞋玚の頃は、お転婆もいたし、堎面緘黙症の子すらいた。だが、互いに支え合い、励たし合い、ずきには喧嘩もしたりしお、共に成長しおきた。
    最䞊玚生の圌女たちは、来幎の春には寄宿舎を出お、各々の道に進んでいく。修道女シスタヌベルに限らず、子どもたちの成長はこの䞊ない喜びず同時に、身䜓の䞀郚を倱うような寂しさを芚えるのだった。
    「プリナモヌラ」
    修道女シスタヌベルが、プリナモヌラを呌んだ。
    「はい」
    「ちょっずいらっしゃい」
    「  はい」
    プリナモヌラは、ケむティアやシルフィに「なんだろ」ず肩を竊めお、立ち䞊がる。
    「たた、なんかやらかしたの」
    ケむティアが、からかうず、
    「もう最䞊玚生なんだからさヌ」
    シルフィも続く。
    「身に芚えはありたせんけどねぇ」
    揶揄しながらも、二人は䜜業の手を止めずに「行っおらしゃヌい」ずプリナモヌラを送り出した。
    修道女シスタヌベルは、廊䞋に出るず静かに扉を閉め、プリナモヌラを芋䞋ろした。い぀も朗らかな修道女シスタヌの顔が、どこずなく䞍安げに緊匵しおいるのが芋お取れた。
    「修道女シスタヌベル  」
    「プリナモヌラ」
    「はい」
    「ヌヌ」
    プリナモヌラは、䜕かしら嫌な予感がしお、ごくりず唟を呑み蟌む。
    りォリヌの身に䜕かあったのだろうか。
    それずも、先日の課題を出すのが締め切りを過ぎたからだろうか。
    だが、修道女シスタヌベルは、たったく予想倖のこずを口にした。
    「  貎方に、お客さたが来おいたす」
    「客ぅ」
    修道女シスタヌ盞手ではあったが、あたりに意倖すぎお、プリナモヌラは頓狂な声を䞊げた。盎埌に、はっず口を塞ぐ。
    「すみたせん」
    だが、修道女シスタヌベルは、そんなこずには気が぀いおもいないような面持ちで、プリナモヌラの肩にそっず手を眮いた。
    「貎方のご䞡芪が  お芋えです」

    プリナモヌラは、扉の前に立ち尜くしおいた。
    連れおきおくれた修道女シスタヌベルは、入宀を急かすこずもなく、埌ろに控えおいる。
    扉をノックしようずしおは、たたその手を匕っ蟌める。この状態で、いったいどれぐらいの時間が経っただろう。
    䞡芪。
    あたしのお父さんずお母さん。
    あたしを産んでくれた人。
    そしお、あたしを捚おた人ヌヌ
    プリナモヌラは、修道女シスタヌベルを振り返った。圌女も、叀参に近い修道女シスタヌだ。もう十幎近くも、プリナモヌラの成長を芋守っおきおいるうちの䞀人だ。
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    修道女シスタヌベルは、䜕も蚀わずに、プリナモヌラを芋぀めおいる。「行きなさい」ずも「おやめなさい」ずも、蚀っおくれない。
    ここから先は、自分が決めるのだず、教えおいるのかもしれなかった。
    プリナモヌラは、きゅっず唇を匕き締めるず、修道女シスタヌベルに笑っおみせた。
    殆ど同時に、修道女シスタヌベルの口元が歪み、瞳が最んだが、意を決しお前を向いたプリナモヌラは、それには気づかなかった。
    コンコン。
    ノックをする。奥から静かな応えがある。修道女シスタヌロヌズの声だった。
    修道女シスタヌロヌズ
    あたしを拟っおくれた人ヌヌ
    「お入りなさい」
    「倱瀌したす」
    プリナモヌラは、扉を開けお䞀歩、進み入る。埌ろを向いお扉を閉めるその背䞭で、立ち䞊がる人の気配ず、衣擊れの音を感じ取った。
    鋭く、息を呑む音がした。
    ゆっくりず振り返り、プリナモヌラは真っすぐに、圌らを芋る。
    若い男ず女が、怅子から立ち䞊がり、今にもプリナモヌラの方ぞ転たろび寄っおきそうな勢いで、腕を䌞ばしたり匕っ蟌めたりしおいる。
    男は、目を瞠っお目を最たせ、女は、䞡手で口を芆い、䜕か叫び出しそうなのを抌さえ蟌んでいるかのようだった。
    「ヌヌ」
    プリナモヌラはしかし、こんなに色のない感情があるものなのかず、自分のあたりの冷静さに、自分で驚いた。
    扉を開ける前たでは、緊匵もしたし、䞍安も感じおいたはずが、いざ珟実を目の圓たりにするず、䜙蚈な劄想の颚船が瞬時に割れお「なるほどね」ずさえ思ったのだった。
    柔らかい色合いの、金色の髪。
    掻発そうで、か぀柔軟そうな、身のこなし。
    どちらかずいうず、あたしは母䌌か。
    くりっずした目元の感じが、䌌おいる気がする。
    でもヌヌ
    でも、だから  なに
    プリナモヌラの感情に、䞀向に色の付く気配はなかった。
    䜕を芋おも、䜕がわかっおも、ただひず぀。
    それだけのこず  
    ずヌヌ
    修道女シスタヌロヌズが口を開き、膠着した堎を動かす。
    「プリナモヌラ、こちらぞ」
    「  はい」
    プリナモヌラは、䞡芪だずいう男女の前の長怅子゜ファに向かっお歩き出す。その䞀挙手䞀投足を、たるで我が子が初めお立っお歩いたかのように感動を蟌めお芋守る圌らの挙動が、無性に癜々しく思えお仕方なかった。
    「プリナモヌラ」
    「はい、修道女シスタヌ」
    「こちらが、貎方の䞡芪だず、仰る方々です」
    「そう蚀われたしおも」
    あ  ぀い  
    プリナモヌラは、蚀った瞬間に、内心で反省する。もう少し蚀い方を考えるべきだった。
    ちらっず修道女シスタヌロヌズを芋やるず、軜く睚んでいた。䞡芪はずいえば、再䌚の感動が冷めやらずで、プリナモヌラの塩察応には気づいおいないようだった。
    「はじめたしお」
    「  プリナモヌラヌヌ」
    「ごめんなさい、プリナモヌラ  本圓に、ごめんなさいヌヌ」
    「ヌヌ」
    父が拳を握りしめお嚘の名を噛みしめるように呌び、母が顔を䞡手で芆っお泣き厩れるのを、プリナモヌラは亀互にじっず眺めおいた。
    「プリナモヌラ、枈たなかった。本圓に  本圓に  」
    「ごめんね、プリナモヌラ。父さんも母さんもただ若くお  若すぎお  貎方を育おられる自信がなくお  」
    それで、修道院の前に捚おた。
    䞀通の手玙だけを残しお。
    䜕か、王のような柄が入ったお包くるみに包んで。
    あずになっお、その王がいわゆる家王だず知った。ならば、修道院に残っおいた蚘録やら䜕やらず照合しお、この二人が本圓に実の䞡芪だず確蚌が取れたのだろう。
    ヌヌだから
    「いいえ、気にしないで䞋さい。あたしはこの通り、元気に育おお頂きたしたので」
    「本圓に立掟に  玠敵な女の子になっお  」
    「寄宿舎での暮らしは  倧倉ではなかったかい」
    「倧倉でしたよ、それはもう」
    プリナモヌラは、正盎にけろりずしお蚀う。
    「修緎も、䜜業も、躟も、厳しくしお頂きたしたよ。どこに出おも困らないように」
    あたしはちょっず他の面で支障があるかもだけど、ず胞のなかで呟く。
    でもたあ、お転婆くらいで、䞖に迷惑をかけるこずはないだろう。
    「孊校での成瞟もいいず聞いたよ。頑匵ったんだね、努力したんだね」
    「薬草ハヌブの育成なんかも䞊手だっお聞いたわ。すごいわね、そんなこずもできるのね」
    「はあ  」
    プリナモヌラは、なぜだか、だんだん居心地が悪くなっおきた。
    尻の蟺りが、ぞわぞわする。
    そういえば、十二幎も経っお、今ごろ䌚いに来た理由は䜕なんだろう。
    「はい。楜しく過ごしおいたすから、どうぞご心配なく」
    プリナモヌラは、わざずらしく砎顔しお、ずびきり明るく蚀った。
    芖界の隅に、口を開きかけた修道女シスタヌロヌズの気配を捉えた。䞡芪が揃っお、䜕か逡巡したように口籠ったのがわかった。
    「䌚いに来おくれお、ありがずうございたした」
    プリナモヌラは、埗䜓の知れない䜕かにせっ぀かれるようにしお、きびきびず蚀うず、立ち䞊がっお修道女シスタヌロヌズに問いかける。
    「䜜業に戻っおいいですか」
    「ヌヌ」
    だが、修道女シスタヌロヌズは、厳しく口を匕き結んだたた、怅子に座るよう手で瀺した。
    「プリナモヌラ」
    「  はい」
    䞀瞬、間があいた。修道女シスタヌロヌズが蚀い淀んでいる。
    プリナモヌラは、今になっお緊匵しお、修道女シスタヌず䞡芪ずを亀互に芋た。
    「  ご䞡芪は、貎方を、匕き取りたいず望んでいたす」
    「ヌヌ」
    郚屋に、沈黙が萜ちた。
    誰も蚀葉を発しなかった。
    次第に、䞍安やら垌望やら拒絶やらの感情がない亀ぜになっお、混沌カオスのように枊巻きはじめる。
    匕き取りたい、ずは
    䞀緒に暮らしたい、ずいうこずか。
    この人たちず
    どうやっおヌヌ
    プリナモヌラは、すっず長怅子゜ファに座り盎すず、䞡芪を正面から芋据えた。
    「なぜですか」
    「えヌヌ」
    「理由を聞かせお䞋さい」
    「それは  」
    「あたしを捚おた理由は、さっき聞きたした。仕方なかったんだず思いたす。なら、今床はなぜ匕き取りたいんですか」
    「理由なんお  だっお  」
    たた泣き出しそうになった母芪の肩を、宥めるように抱き、揺すっお、父芪が口を開く。
    「母さんは身䜓も匱かったんだ。おたえを産んだあずも入退院を繰り返しおしたっお、猶のこず、先立぀ものが無くなっおしたった」
    「ヌヌ」
    「父さんも、仕事を倱敗したりしお、なかなか安定した生掻ずはならなくお  でも」
    父芪は、ふいに自信を取り戻したような明るい衚情になる。
    「でも、もう倧䞈倫なんだ。母さんもすっかり健康になったし、父さんも長く働けるずころが芋぀かったんだ」
    「もう、倧䞈倫なのよ、プリナモヌラ。安心しお」
    倧䞈倫ヌヌ
    倧䞈倫
    「あの  倧䞈倫、っお、䜕ですか」
    プリナモヌラは思わず腕組みをし、自分でも思案するように、蚊いた。
    「倧䞈倫っお、䜕が、ですか」
    「だから、その  もうお金の心配はない、ずいう意味の  」
    「お金  」
    金か。
    確かに、お金は芁る。
    食べるにも着るにも、お金は芁る。
    䜏むにも、孊ぶにも。
    でもヌヌ
    それだけでは、生きおはいけない。
    それだけで、生きおきたわけではない。
    「あたしが  」
    プリナモヌラは、おもむろに口を開く。
    「あたしが、ただ寝お食べお、それだけで倧きくなったず思いたすか」
    「ヌヌ」
    「ヌヌ」
    「お金がなかったから捚おた。お金ができたから拟いにきた」
    「そんな  拟うだなんおヌヌ」
    「そう蚀っおいるのず同じです」
    プリナモヌラは、ぎしゃっず暪面を匵るような声で、蚀い切った。
    䞡芪もさるこずながら、修道女シスタヌロヌズでさえ、声も出せずに固たった。
    「責めおるんじゃないんです。恚んだりもしたせん。ただ、お金で埗られるものだけで、倧きくなったずは思わないで䞋さい」
    「  プリナモヌラ  」
    「あたしは、物じゃないんです」
    修道女シスタヌロヌズが、額を指で支えたのが、芖界に入った。
    それは蚀うな、ず蚀いたいのかもしれない。
    だが、プリナモヌラは劙に晎れ晎れずしおいた。
    倱望を色濃く残しお、䞡芪が呆然ず絶句しおいる。たるで、断られるずはゆめにも思っおいなかったようだった。それには玔粋に申し蚳ないず思ったが、これだけは譲れないずいう思いを明確に認識できたら、それに抗うこずはできなかった。
    「あたしを物のように扱うのは、捚おたずきだけにしお䞋さい」

    いた、郚屋のなかには修道女シスタヌロヌズずプリナモヌラしかいなかった。プリナモヌラの䞡芪だず名乗り出た男女は、぀いぞ嚘に「お父さん」「お母さん」ずは、ただの䞀床も呌んではもらえなかった。膝から厩れ萜ちお泣く母を抱えお、二人はすごすごず修道院を埌にした。
    机の前に、嚁厳を保っお座る最叀参の修道女シスタヌロヌズを前に、プリナモヌラは聊か瞮こたっお、立ち尜くしおいた。
    「  たったく、このお転婆嚘はヌヌ」
    修道女シスタヌは、深く溜息を぀く。
    「ごめんなさい、修道女シスタヌ。でもね」
    プリナモヌラは、どこか甘えるような仕草でもじもじする。
    「あたし、間違っおないず思うんだけど  な  」
    「リナ」
    ふいに、修道女シスタヌロヌズは座っおいた怅子を埌ろにずらしお、プリナモヌラを愛称で呌んだ。
    「こっちぞおいで」
    近づいお、目の前に立ったプリナモヌラをしげしげず眺め䞊げる修道女シスタヌロヌズの幎老いた目に、みるみる涙が盛り䞊がっおきた。
    「こんなに倧きく  生意気になっお  」
    そしお、抱きしめた。
    「ずんだ跳ねっかえりだわヌヌ」
    たるで、祖母が孫を抱くような抱擁だった。
    䞀瞬、驚いたプリナモヌラだったが、぀られたように泣き出しお、修道女シスタヌロヌズに身を預ける。
    「跳ねっかえりなのは、ロヌゞィ譲りだよ」
    「育お方を、間違ったかねぇ」
    「もう遅いですよぉだ」
    そしお、二人でお互いの頬に流れる涙を拭いながら、くすくすず笑い合う。
    「あたしはね、ロヌゞィ」
    「うん」
    プリナモヌラは、修道女シスタヌロヌズの目尻の皺にキスをしお蚀った。
    「あたしは、修道院ここの嚘だから」


    2. 『冬灯祭ランタン・フェス』の倜

    画像

    今宵の噎氎広堎は、たくさんの星の粟が舞い降りお、集たっおきおいるかのようだった。
    『冬灯祭ランタン・フェス』も最終日を迎えた。
    広堎に立぀倧きな暹が、職人たちの手によっお枝枠フレヌムで補匷され、玺色の倜空にその雄姿を聳え立たせおいる。
    その枝は既に、願いを蟌めた橙色のランタンが鈎生りになっおいた。ランタンそのものは極軜い玠材で䜜られ、枝を傷めないように皮玐や玙瞒りで吊るされおいるので、たわわに実が生った倧朚のように芋えおも暹に負担はない。
    ファむ・レむンずアミィストヌンも、ラムダずフィロトに連れられお、『冬灯祭ランタン・フェス』に来おいた。プリナモヌラが最終日に修道院の屋台を担圓するず聞いお、今日たで我慢に我慢を重ねおきたのだった。
    食り人アドルナヌルたちが、脚立に䞊り、預かったランタンを䞊手に䞊の方ぞ吊るしおいく。
    「父さた、がく、あのランタンがいい」
    「あ、おいらも 䞀緒に吊るしおもらおうぜ」
    ファむ・レむンずアミィストヌンは競うように屋台ぞ走り、奜みのランタンを手にするず、持っおきた小さな朚片を䞭に入れた。朚片には願い事が曞いおある。
    「ファむ、なんお曞いたんだ」
    「内緒。アミィは」
    「内緒」
    そしお、けらけらず笑い合う。
    おそらく、二人の願いは䞀緒だろう。
    「ランタン食り、こちらぞどうぞ」
    「䞊の方、ただ空いおたぁす」
    食り人アドルナヌルたちが脚立の䞊から、倧声で呌ばわる。
    「ねえ、父さた。がくの食っお」
    「え。いいけど、䞊の方じゃなくおいいのか」
    手が届くたでの高さなら、各々で䞋げおもいい。ファむ・レむンは、自分のランタンをなるべく高いずころに食ろうずしおいるラムダの暪顔を、幞せそうに芋䞊げおいた。
    その項うなじに光る銀髪を芋るたびに、片時も離れずにいるこずを実感できる。
    「フィロトぉ。おいらのも䞋げおくれよ」
    「おたえは、自分でおやり」
    「えヌ、だっおおいらじゃ、この蟺にしか䞋げらんねぇじゃんか」
    ぷんすかず頬を膚らたせるアミィストヌンを、フィロトがひょいっず肩車する。
    「ほれ。これなら、どうだ」
    「わお 最高だぜ いい眺めだ」
    「こぉら、暎れるな。ランタン、萜ずすよ」
    アミィストヌンは、フィロトにしっかり支えおもらっお、ランタンを吊るす。肩車の䞊から芋䞋ろすず、冷たい灰色の石畳のうえにも、枩かい橙色の灯が反射しお、ゆらゆらず揺れおいた。
    「吊るしたか」
    「もうちょっず」
    「嘘぀け。䞋ろすぞ」
    「ただ、もうちょっず」
    「おたえ、重くなったんだけど」
    そろそろ、肩車もできなくなりそうだ。
    「  もうちょっずだけ」
    アミィストヌンは甘えお、フィロトの頭にしがみ぀く。
    フィロトは、悪戯っぜく笑うず、アミィストヌンの䞡足をわざずしっかり抌さえお、修道院の屋台の方ぞ歩き出した。
    「よぉし。じゃあ、この甘ったれた姿を、あの子にも芋おもらおう」
    「え おい、こら 䞋りるよ、離せ おヌりヌるヌ」
    「アミィ、遠慮するな」
    「んだよ、兄貎たで なあ、ラムダ。䞋ろしおくれヌ」
    ぎゃあぎゃあ隒ぐ声ず、担がれた高いずころでじたばたず暎れる姿は、ずうにプリナモヌラの目に入っおいた。
    「おやおや、アミィさん。あなたも今幎の食り人アドルナヌルで」
    「ちがやい こら、䞋ろせ、莫迊フィロト」
    「ご挚拶だねえ、たったく」
    ようやく䞋ろしおもらえたアミィストヌンは、照れ隠しに、力いっぱいフィロトの身䜓をどんっず抌しやる。無論、フィロトはびくずもしない。
    「こんばんわ、アミィ、ファむ」
    「こんばんわ、リナ」
    今日のプリナモヌラは、い぀ものグレヌのトゥニカの䞊に、金の刺繍の入った赀いマントを矜織っおいた。ランタンの茝きが反射しお、金髪の䞊に赀い珠がころころ転がっおいるように芋える。
    実際、二぀ぐらい幎䞊だが、今日のプリナモヌラはもう少しお姉さんに芋えるなず、ファむ・レむンは思った。
    「はい、どうぞ」
    プリナモヌラは、菓子の籠を二人に手枡す。
    「もう、『回垰の喜箱』ぞは行ったの」
    「ただ、これから。リナは」
    「あたしは昚日、りォリヌず枈たせたよ」
    「なヌんだ。じゃあ、今日は姉ちゃん、来ねぇんだ」
    アミィストヌンは、あからさたにがっかりする。ファむ・レむンは無論のこず、それを小耳に挟んでいた倧人ふたりも、こっそり残念に思っおいた。
    「じゃ、たたね。『回垰の喜箱』に行っおくる」
    ファむ・レむンは手を振ったが、次々に籠をもらいに蚪れる子どもたちの盞手をしお、プリナモヌラがこちらを向き盎るこずはなかった。
    「行こうぜ、ファむ」
    アミィストヌンが、ファむ・レむンの手を匕く。
    「箱に入れる儀匏が終わらねぇず、矎味いもんにあり぀けねぇ」
    『回垰の喜箱』は、鐘楌ベル・タワヌの麓に眮かれおいた。倧きな、幟぀ものバスケットには既に、いろいろな品物が入れられおいる。
    この䞀幎間䜿ったもののなかからひず぀、手攟すものを決めおこの箱に収めるのが、『冬灯祭ランタン・フェス』ず同時に行われる儀匏だった。
    壊れおしたったものでも、叀くなったものもよく、感謝の気持ちを蟌めおここに奉玍する。
    この『回垰の喜箱』に入れられた品物たちは、いったん修道院の預かりずなり、幎始のバザヌで栌安で販売されるのだった。
    「おたえたち、それを入れちゃうの」
    フィロトが、子どもたちが手にしおいるものを芋お、残念そうに蚀う。
    「おいら、これでいっぱいミルク飲んだぜ」
    「がくは珈琲も、ちょっず飲めるようになったよ」
    二人は、愛甚のマグカップをバスケットにそっず眮く。
    「たた、買っおね」
    「頌むな」
    フィロトは、二人の頭を抌さえるようにしお、くしゃくしゃず撫でる。
    「明日の朝は、どうすんだっ」
    ラムダは、だいぶ昔の版で解釈の旧くなった星詠みの本を、フィロトは、プリナモヌラにもらうたでずっず身に着けおいた赀いリボンを、それぞれバスケットに入れる。
    違う誰かの手に枡れば、それらも、たた違う生を生きおいくこずになるのだろう。
    「なあ、食いもん買っおきおいいか」
    「がくも、お腹空いた」
    「いいよ、行っおおいで」
    修道院の屋台でもらった籠を抌し぀け、手ぶらになっお元気よく駆けおいく。その埌ろ姿を芋送っお、ラムダずフィロトは目を芋合わせお、くすっず笑った。
    「呑むか」
    フィロトが芪指で、酒アルコヌルの屋台を指す。
    「そうだな、少し呑むか」
    「こんな綺麗な倜だしな」
    フィロトは、ちょっず埅っおろず蚀っお屋台の方ぞ行きかけたが、たた戻っおきお、ラムダにこそっず耳打ちした。
    「おたえが䞀番、綺麗だけどな」
    「わざわざ戻っおくるな」
    ラムダは思わず吹き出しお、フィロトの背䞭を抌しやる。こい぀ずは、死ぬたでこんなやり取りをするんだろうなず、確信を持っお思えた。
    冬の颚が、鈎生りのランタンを揺らす。
    擊れ合っお、優しい音が鳎る。
    ぎゅうぎゅうで窮屈だず思っおも、離れればきっず寂しい。
    互いにそっぜを向いおいおも、手が觊れあっおさえいれば、その手を取るこずができる。
    ランタンツリヌを芋䞊げお、物思いに耜っおいたラムダの芖界を遮るように、フィロトが酒アルコヌルの小瓶を振っおみせた。
    「ほれ」
    「ありがずう」
    人の流れを遮らないようにず、この䞉日間はベンチが撀去されおいる。二人は近くの建物の壁際に立っお、芋るずもなく、祭りで賑わう埀来を眺めおいた。
    「なあ」
    フィロトが、人の流れを目で远いながら、蚀う。
    「ん」
    ラムダも、静かに返す。
    「倖せだな」
    「  」
    ラムダは、フィロトを振り向いお、その頬に觊れた。びくっずしお、ラムダを芋぀め返した茶色の瞳が最んでいる。
    「泣くなよ」
    「仕方ないじゃん」
    「これからもたくさん倖せなこずがあるぞ」
    「ふん。そのたびに、きっずおれは泣くんだ」
    ラムダは、フィロトの頬を撫でながら、少しおかしそうに笑っお蚀った。
    「じゃあ、そのたびに、こうしお涙を拭いおやる」
    食べ物の玙包みやカップを䞡手に持っお戻っおきたファむ・レむンずアミィストヌンが、そんな二人の様子を芋逃すはずがない。
    「いちゃこらすんな、こらヌ」
    「仲良しも、ほどほどにヌ」
    ラムダずフィロトの生きる䞖界は、この子どもたち二人で枩かく灯され、それはたたファむ・レむンずアミィストヌンにずっおも同じなのであった。


    3. 珈琲ず『倧人の時間』

    『聖ルカ生誕祭セント・ルカ・ミサヌナ』が、今たさに、倧聖堂カテドラルで厳かに行われおいる。
    䞋玚生から䞊玚生たで、すべおの孊幎にわたっお遞ばれた孊生たちによる聖歌隊の歌が、今幎最埌の倜空に吞い蟌たれおいく。
    りォルテヌルはひずり、回廊クロむスタヌにいた。
    来おはみたものの、やはりあの、厳粛な堎に入るこずはできなかった。
    䞭庭パティオの噎氎も、朚々も、星型のオヌナメントできらきらず食り付けられおいる。
    この回廊クロむスタヌをぐるりず䞀呚するように、等間隔に眮かれた灯火台には蝋燭が灯され、おもちゃの鐘を付けたリヌスがベンチに眮かれおいた。
    りォルテヌルはそのリヌスを手に取っお、意味もなく、おもちゃの鐘を揺らしお遊ぶ。
    去幎の幎末は、自分の囜で、家族ずずもに過ごしおいたのにヌヌ
    たった䞀床の、たった䞀぀の汚点が、それたでのすべおの蚘憶を真っ黒な墚で塗り぀ぶしおしたった。
    その䞊から癜の絵の具をどれだけ倧量に流しおみおも、醜い灰色に淀むだけで、真っ新さらの画垃キャンバスには戻らない。
    りォルテヌルは、そっず目を閉じる。
    知らぬうちに、アミィストヌンがくれた手銖垯リストバンドをさすっおいる。
    「あ  」
    ぜろろん  ず、掋琎ピアノの音が聎こえおきた。
    そういえば、今倜特別に掋琎匟きピアニストの挔奏があるず、蚀っおいた。名前をアダレむず、いっただろうか。
    そのアダレむず故郷が近いずいう修道士のひずりが蚀うには、なんでも有名な音楜家の息子だそうな。
    なぜ、そんな埡倧局なご子息が、こんな修道院で匟くこずになったのか。
    しかも、その寄莈品の掋琎ピアノは、鍵盀がなかったり音が出なかったりする、頗すこぶるオンボロらしいではないか。
    りォルテヌルは、少しは音楜に嗜みがあった。だから、調埋は枈んではいるものの、出ない音を補おうずしお、狂うずいうより厩されおいるずいうのがわかる。
    でも、悪い挔奏ではなかった。
    そんな楜噚では、䞀回䞀回が、い぀も新しい本番だ。同じ挔奏は、したくおもできないだろう。圌が必死なのが、䌝わっおくる。
    いた、匟きながら、圌は圌の音を探しおいるのだ。
    次にどの音が来るのか、どう匟けば心地よいのか、鳎らすたでわからない綱枡りをしおいる。
    「  」
    りォルテヌルは立ち䞊がるず、リヌスを手にしたたた、歩き出す。
    プリナモヌラも、倜は寄宿舎からは出られない。
    このリヌスを食っお、キャンドルを灯しお、ひずりで静かに幎を越そう。

    りォルテヌルは、真っ暗な郚屋にキャンドルを䞀本灯し、簡易火鉢ストヌブを焚いお、ベッドの䞊に蹲っおいた。
    先日聞かされた、プリナモヌラの話が、たた重く圧し掛かっおくる。
    『いきなり珟れお、あなたのお父さんずお母さんですよっお蚀われおもさあ』
    匕き取りたいずの申し出を、䞀蹎したのだず聞いお、りォルテヌルは耇雑な気持ちになった。
    十二幎も攟ったらかしだったずしおも、迎えに来おくれるだけいいのではないか。でも、そう思う傍から、本圓に実の芪に勝るものはないのだろうかずも考える。
    そしお、自分ずいうお荷物のせいなのではないか、ず考えおしたう。
    ずヌヌ
    こ぀ん。
    閉めた窓に、䜕かが圓たったような音がした。
    たたに、小さな虫が䜓圓たりしおくるずきがある。それに違いない。
    だが。
    こ぀ん、こ぀ん。
    「  うるさいな」
    りォルテヌルは、虫を払っおやろうずしお、思いきり窓を開けた。
    「あ」
    「やあ」
    くそ。
    やられた。
    たた、あい぀だ。
    手に持っおいた小石を、いた捚おたな。
    「閉めないで」
    りォルテヌルの手が窓の把手に掛かるよりも先に、フィロトが蚀う。
    「なんの甚」
    「迎えに来たよ」
    「誰を」
    「おれの癜猫ポルカを」
    だから、違う぀っおんだろう。
    「忙しいので」
    「嘘おっしゃい」
    真っ暗闇な郚屋も、芋えおしたっおいるだろうし、第䞀この男は優しげな顔をしお、蚀い出したら絶察に匕かない。
    「ヌヌ」
    「おいで」
    フィロトが、たるで䜕かの有名な歌劇の堎面のように、石畳の道に䜇んでりォルテヌルに向かっお䞡手を広げお蚀った。
    「䞀緒に過ごそう」
    「やだ」
    「そんなわけはない」
    「え  」
    さしものりォルテヌルも、その自信満々の䞀蚀に錻癜んだ。
    「もう、わかっおんの。だから玠盎に、おいで」
    「ヌヌ」
    なにがわかっおるっお
    もう、だからあい぀は嫌なんだ。
    調子が狂うったらありゃしない。
    りォルテヌルは、黙っおそっず窓を閉めた。そしお、皋なくしお、かんかんず杖を鳎らしお、降りおきた。
    フィロトのそばたでやっおくるず、恚みがたしい目で芋䞊げる。だが、劂䜕せん、圌女の瞳は桜貝のような初うぶな桃色をしおいる。いくらきりっず睚んだずころで、フィロトにしおみれば可愛さが増すだけのこずだった。
    「ミサには行ったの」
    歩き出しながら、フィロトが蚊いた。
    「行ったけど  䞭には入れなかったヌヌ」
    「どうしお」
    「どうしおっお  あんな、厳かで矎しい堎所には、入れない」
    「たた、そんなこずを蚀う」
    フィロトは溜息を぀く。だが、意固地な背䞭にも、柔らかみが出おきおいるのが芋お取れる。
    「プリナモヌラがね  」
    石畳の暡様を目で远いながら、りォルテヌルが蚀った。
    「うん」
    「この前、実の芪が䌚いに来たのに、远い返したんだっお」
    「ぞえ」
    フィロトが、面癜そうに声を匵る。
    「十二幎間も攟っずいたくせに、匕き取りたいっお蚀っおきたんだずさ」
    「なるほど、それで」
    「『あたしは物じゃない』っお、突っ撥ねたんだっお」
    「やるねぇ。あの子らしいや」
    「そうかな」
    りォルテヌルが、急に苛々しお、声を荒げお立ち止たる。
    「そうかな、本圓に」
    「ヌヌ」
    「本圓に、あの子は本心で  」
    「䜕が蚀いたいの」
    やわらかい声に遮られお、りォルテヌルはハッずしお、フィロトを振り仰ぐ。幎霢よりも幌く芋える、懐っこい瞳はしかし、確かに匷くお揺らがない。
    「わたしの  」
    りォルテヌルの声が震えた。
    「わたしのせいじゃないのかなっお  」
    「なんで、きみのせい」
    「だっお、わたしはい぀たでもだらしがなくお、ちゃんずできなくお」
    「ヌヌ」
    「わたしの䞖話をしなくちゃならないからかなっお」
    「ふむ」
    フィロトは顎に手を圓おお考えおいたが、「よし」ず勝手に玍埗しお、りォルテヌルをひょいず抱き䞊げるず、すたすた歩き出した。
    「こら」
    「これ、持っおお」
    りォルテヌルに杖を枡す。
    「こら」
    「䜕でしょう」
    「人の話を聞きなさいよ」
    「聞いおるよ」
    「䞋ろせ」
    「誰も芋おないし」
    「芋おたっお抱っこするくせに」
    「するね」
    こい぀。
    人を赀ん坊みたいに。
    もう  疲れる。
    りォルテヌルは芳念しお、力を抜いた。
    「なあ、りォルテヌル」
    わたし怒っおるのに、なんで普通に話しかけるんだ。
    もう
    もう  
    「䜕でしょう」
    フィロトは、ぷっず吹き出す。
    「ラムダっお、ああ芋えおどうしようもなく䞖話が焌けるの、知っおる」
    「䜕を今さら」
    「じゃあ、おれっおこう芋えおすごく嫉劬やきもち焌きで、あい぀を束瞛しおおきたいの、知っおる」
    「芋ればわかるね」
    フィロトは、りォルテヌルをしっかりず抱きかかえお、その桃色の、誰よりも初うぶな瞳を芋぀めた。
    「おれたち、どちらかがどちらかの犠牲になっおるように、芋える」
    「  」
    りォルテヌルは、しげしげずフィロトの目を芋぀めお、黙り蟌む。フィロトが、「ね」ず蚀いたげに、片眉を跳ね䞊げる。
    そうこうするうちに、森を抜けお『占い通ディノィナヌト』が芋えおきた。盞倉わらず、あの倧きな窓から挏れ来る枩かい明かりを芋るず、安心する。
    ず、りォルテヌルは䜕をか思い出しお身じろぎした。
    「䞋りる」
    「もう着くよ」
    「だから、䞋りるんだよ、ばか」
    抱かれお、楜しお来たずは思われたくない。
    フィロトは察しお、りォルテヌルをそっず䞋ろす。
    「黙っおおよ」
    「わかっおるよ」
    「  」
    なんで、こい぀はこんなに信甚できないんだろう。
    なのに、぀い心を蚱しおしたう。
    『占い通ディノィナヌト』の玄関゚ントランスを、がちゃりずりォルテヌルが開ける。
    「ただ  」
    ただいた、ず蚀いそうになったこずに気が぀いお、瞬時に蚀葉を呑み蟌んだ。なにを莫迊なこずを。ここは他人ひずの家だ。
    しかし、その頭䞊からフィロトが倧声で、
    「ただいたヌ」
    ず蚀う。
    「おかえりヌ」
    ずいう応えずずもに、ファむ・レむンずアミィストヌンが駆けおきた。
    「おかえり、フィロト、りォリヌ」
    「ただいた垰りたしたヌ」
    ファむ・レむンの出迎えに、フィロトがにっこりする。
    「姉ちゃん、おかえり」
    そう蚀っお、アミィストヌンが埌ろのフィロトを芋䞊げる。
    「思ったより、早かったな」
    「ああ、そこたで抱っ  」
    りォルテヌルの杖が、どんず音を立おお、フィロトの爪先に立おられた。
    声にならない声で、フィロトが呻く。
    リビングから、ラムダも迎えに出おきた。その埮笑に、぀い吹き出しそうになる。この完璧な矎貌で、誰からも䞖話が焌けるや぀ず思われおいるなどず、反則にも皋がある。
    「おかえり、りォルテヌル」
    「  うん」
    だが、この声は本圓に優しくお、耳に心地よい。
    「姉ちゃん、ほら、マント脱げよ」
    「りォリヌ、こっち来お」
    なぜだか慌ただしく、二人の子どもたちは、りォルテヌルをリビングぞず招き入れたがる。りォルテヌルはその勢いに抌されお、怪蚝に思いながらもリビングに入った。
    「あ  」
    「どうも」
    プリナモヌラが、満面の笑みで、そこに居た。
    「なんで  今倜は寄宿舎で  」
    「抜け出しおきた  わけでは、ございたせん」
    プリナモヌラは、入口のずころで茫然ず立ち尜くすりォルテヌルに近づくず、䞡手で頬を挟んで笑った。
    「ロヌゞィが、行っおらっしゃいっお倖出を蚱しおくれた」
    「ヌヌ」
    「みんなで、䞀緒に過ごそう」
    「  」
    「姉ちゃん、ほら、ここ座れよ」
    アミィストヌンが、有無を蚀わさずに長怅子゜ファの䞭倮にりォルテヌルを座らせる。
    「あたし、ここ」
    プリナモヌラが、圓たり前の顔をしお、りォルテヌルの暪に座る。
    「じゃ、がくたちは、ここだね」
    ファむ・レむンずアミィストヌンはそれぞれ、ラムダずフィロトの暪ぞすずんず収たった。
    「え  ずヌヌ」
    りォルテヌルは事の成り行きがいたいち掎めずに、困惑しながらも、目の前の光景をゆっくりず芋枡した。
    ラムダずファむ・レむンは、本圓の芪子だろうが、深い事情わけがありそうだ。母芪はどうしたのなんお、蚊けないけど。
    フィロトずアミィストヌンに至っおは、他人どうしなんお蚀葉では衚わせないほどの遠い存圚なはずなのに、䞀番理解しあっおいる。
    ラムダずフィロトの関係なんお、蚀わずもがなだ。
    そしお、ゆっくりず隣に座るプリナモヌラを、芋た。
    「  いいの」
    「あたしは、りォリヌず、いたいの」
    りォルテヌルは、唇を噛みしめた。それは、ずっずずっず、わかっおいた。
    それなら、わたしは
    わたしは、どうしたい
    境界の回廊クロむスタヌの、光ず圱。
    無意識に蟿り着いた、この橙色に包たれた『占い通ディノィナヌト』。
    これを信じおみようっお、決めたじゃないか。
    「わたしも  䞀緒にいたいっお、そう思っお  いいの」
    「そう思っお、もらいたいの」
    「わたしの䞖話は  嫌じゃないのか  」
    「䞖話だなんお思っおないよ そんなふうに思ったこずなんお、䞀床もないよ」
    豪快に笑うプリナモヌラに抱き぀かれお、りォルテヌルはフィロトをちらず芋やった。フィロトはたた、「ね」ず蚀いたげにりィンクを投げおよこした。
    「姉ちゃんさあ。この、どヌしようもねえフィロトの䞖話を、喜んでやる物奜きが、ここにいるんだよ」
    アミィストヌンが、我慢できずに、テヌブルの䞊にもおなされた焌き菓子クッキヌをひず぀口に攟り蟌んで、ラムダを指差す。
    匕き合いに出されたラムダずフィロトが、ぎっず固たる。
    「い぀たでたっおも䞍噚甚で、䞖間知らずで、占い以倖はからっきし駄目な父さたを、䞀秒も攟っおおけない物奜きも、ここにいるんだよ」
    ファむ・レむンたでもが、也酪チヌズを乗せたクラッカヌを぀たんで、フィロトを指差しお蚀う。
    そしお。
    「䞍愛想で、蟛蟣で、口が悪くお、でも本圓は優しいりォリヌず䞀緒に暮らしたいず思っおいる物奜きが、あたしです」
    はいっず、勢いよくプリナモヌラ自身が挙手をする。
    「え」
    ふず聞き咎めお、りォルテヌルが眉間に皺を寄せる。
    「䞀緒に暮らす  」
    「そう」
    ふふんず埗意そうに錻腔を膚らたせお、プリナモヌラは腰に手を圓おお胞を匵った。
    「来幎、寄宿舎を出たら、りォリヌず䞀緒に暮らしたす」
    「ヌヌ」
    「嫌ず蚀っおも駄目なのです。もう修道女シスタヌロヌズに蚱可をもらっちゃったので」
    「ヌヌ」
    そもそも、いたの集合邞宅アパヌトメントは修道院の借り䞊げで、奜意で䜏たわせおもらっおいる。プリナモヌラの奉仕掻動が、担保にもなっおいる。い぀たでもあそこで暮らせるずは思っおいなかったが  。
    「でも、どこで どうやっおヌヌ」
    䜏む家は
    お金は
    「现かいこずは、おいおいっおこずで」
    「え、駄目だろ」
    「なんずかなるっお」
    そしお、プリナモヌラは居䜏たいを正しおりォルテヌルの暪に座り盎すず、目の前の面々をぐるっず芋枡しお、蚀った。
    「このひずたちを、芋おごらんなさいよ」
    割ず行き圓たりばったりで生きおきた、生き蚌人たちなのであった。

    りォルテヌルは、銚しい珈琲の薫りで目が芚めた。
    䞀瞬、『月環堂』を思い出す。ログゞィがい぀も、のんびりずドリップしおいたっけ。
    あれ、ここどこだっけ。『月環堂』なわけ、ないし。
    目をこすり、起き䞊がっお、思い出した。『占い通ディノィナヌト』の䞀宀だ。既にもう自分の郚屋のように䜿っおしたっおいる。
    そしお、たたフィロトのぶかぶかのシャツを着る矜目になったこずも思い出す。着替えを貞しおくれず蚀ったら、もうそこに甚意しおあった。
    あの、したり顔が腹立たしい。
    りォルテヌルは、ベッドの端に腰掛けお、しばしがんやりず壁の暡様を芋おいた。薄緑の葉の暡様だ。あの集合邞宅アパヌトメントの壁玙は、どんな柄だっけ。気にしたこずもなかった。
    プリナモヌラの郚屋なら花暡様かな。そう思っお、なぜか吹き出す。そんな可愛らしいタマじゃないか。
    そういえば、プリナモヌラは無事に門限に間に合ったかな。ファむ・レむンずアミィストヌンが送っおいったはずだけど。
    「ん」
    がそがそず、話し声が聞こえる。ただこんな早朝なのに、もう誰か起きおいるのか。
    りォルテヌルは郚屋を出た。声はダむニングキッチンから聞こえおくる。
    芗いおみるず、ラムダがキッチンで珈琲を淹れ、すぐそばの怅子に、フィロトが座面から萜ちそうなだらしない恰奜で座っおいた。
    「  」
    「おや、おはよう。よく眠れたかな」
    その、だらしない姿勢を盎すでもなく、フィロトが声を掛ける。髪をリボンで束ねおいないず、ちょっず育ちのいい捚お猫みたいだず思った。
    「お  おはよう  」
    寝ぐせが぀いお、がさがさの髪でも䞀向に気にしないりォルテヌルを芋お、フィロトはフィロトで同じようなこずを思っおいた。
    「おはよう、りォリヌ」
    ラムダが、りォルテヌルを愛称で呌んだ。どきんず、胞が鳎る。
    振り返った圌が持぀盆トレむには、カップが䞉぀、乗っおいた。
    「こっちおいで、りォリヌ」
    フィロトも愛称で呌んだ。銎れ銎れしいなず、思った。
    「  」
    だが、フィロトには、぀い寄っおいっおしたいたくなる、䞍思議な䜕かがある。りォルテヌルは、呌ばれるがたたにフィロトの暪に眮かれた怅子に倧人しく座った。
    ラムダが、りォルテヌルの前にも珈琲のカップを眮いお、座る。
    あれ。
    なんか、挟たれた。
    「なあ、ラムダ」
    「うん」
    「ひずり、仲間が増えたね」
    「そうだな」
    「  なんの、話  」
    「珈琲は奜きか」
    「うん」
    「甘味は入れる」
    「入れない」
    珈琲は、苊いのが矎味しいのだ。
    ラムダずフィロトが、りォルテヌルを挟んで埮笑み合った。
    「りォリヌ、也杯しよっか」
    フィロトが、カップを持぀よう、くいっず顎で瀺す。
    りォルテヌルは䞍思議そうな顔で、ラムダずフィロトを亀互に芋た。
    「なにに」
    蚳がわからないたた、りォルテヌルはカップを持぀。二人にか぀んず圓おられお、朝の静かなキッチンに、きらりず光るような音が匟けた。
    「『倧人の時間』に、ようこそ」
    い぀の間にか、心の支えになっおいたラムダずフィロトの声が、重なっおりォルテヌルを包み蟌む。
    玔癜の髪に芆われた小さな耳たぶが、ほんのり桃色に染たっおいた。

    画像

    ヌ完ヌ


    ★オリゞナルのルビ説明

    占い通ディノィナヌト占い通
    占いの間ディノィン占いの間
    占星術垫アストロヌゞェ占星術垫
    酒堎バル酒堎
    黒猫マルカ黒猫
    癜猫ポルカ癜猫
    吟遊詩人カルノィヌノ吟遊詩人
    男メむル男
    食堂リストランテ食堂
    匂い袋アロマサシェ匂い袋
    物語ストヌリア物語
    玄土日どようび土曜日
    月環日げ぀ようび月曜日
    陜光日にちようび日曜日
    䌝曞鳩メッセンゞャヌ䌝曞鳩
    芁らない子ノン・チクンタある囜の蚀葉で「芁らない子」ずいう意味
    深秋の収穫祭ハヌノェスト・フェス修道院のむベント。秋の収穫祭
    聖ルカ生誕祭セント・ルカ・ミサヌナ聖ルカ修道院で行われる幎末のミサ
    南嶺ナンリン南嶺囜
    氷雪の劖粟ノォルケむン氷雪の劖粟。ファむ・レむンの“母芪”
    売り嚘ノェンドヌル屋台の売り子
    月の女神ケテア月の女神
    冬灯祭ランタン・フェス聖ルカ生誕祭の前に行われるむベント
    食り人アドルナヌルランタン・フェスで、ランタンを食る人



    この蚘事が参加しおいる募集

     
     

    玄祥

     
     
    珟圚、ファンタゞヌ小説を執筆しおいたす。わたしの文章のルヌツは日本文孊ず英米幻想文孊にあり、正しく矎しい日本語ず行間を読たせるものです。なので、『文章を読む』のがお奜きな方は、是非読んでみお䞋さい。プロフィヌルに、たずめ読み甚のリンクを貌りたした。ゆっくりず、時間぀ぶしにどうぞ。

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