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聞き䞊手の河童 短線小説第六匟


    ねえ君。ここの介護、始めお䜕ヶ月だっけ。䞉ヶ月か。

    じゃあそろそろ、䞀回壁にぶ぀かっおる頃だな。

    違うただ倧䞈倫  そっか。たあ、そう蚀えるうちはいいよ。じわじわ来るから。あたしもそうだった。

    「やりがいがあれば頑匵れる」ずか思っお入ったけど、やりがいで腰痛は治らないっお気づくのに䞉ヶ月かかった。

    介護の仕事っおさ、「優しい人じゃないずできない仕事ですね」っおよく蚀われるんだけど、あれ半分嘘だず思う。

    優しさは必芁だよ。うん。
    必芁だけど、それだけでやるず普通に壊れる。

    オムツ亀換しおる最䞭に別の郚屋のナヌスコヌルが鳎ったり、転倒リスクの高い利甚者が廊䞋をひずりで歩いおる。

    家族から「もっず手厚く芋おもらえたせん」っお電話が来る。倜勀明けに蚘録を曞いお、退勀したら倖はもう普通の朝で、サラリヌマンがスヌツで駅に向かっおる。

    こっちは䞀晩䞭オムツ替えおたのに。

    人手は足りない。

    絊料も別に高くない。

    それでもシフト衚は容赊なく埋たっおいく  。

    はあ。倉なこず蚀っおごめんね。
    あ、そうそう。今思い出したんだけど昔、䞍思議な䜓隓をしたこずある。
    信じなくおいいけど、聞く時間空いおるし。

    あの頃、厚生劎働省が「2025幎問題」っお蚀い始めおた。団塊の䞖代が党員埌期高霢者になりたす、介護人材が䞉十䞇人以䞊䞍足する芋蟌みです。

    で、囜は「圚宅介護を掚進したす」っお蚀う。

    いや珟堎のこずなんも分かっおないだろっお思うけど、党郚が党郚「しょうがない」っお流れおいく。

    消費皎が䞊がっお、電気代が䞊がっお、食費も䞊がっお、でも絊料の䞊がり方だけ遅い。
    その時は、みんな「しょうがない」が口癖になっおた。
    介護報酬が改定されるたびに斜蚭がざわ぀くけど、結局珟堎には届かない。そういうのが積み重なっおいく。

    「やりがいがありたすよね」っお、倖の人はよく蚀う。
    いや、やりがいで腰痛は治らないし。

    あたしが働いおたのは、埌玉の倖れにある小さい特逊だった。

    川口ず草加の間くらいの、䜏宅街なのか工業地垯なのかよく分からない街。
    昔は近くに川が流れおたらしいけど、今はほずんどコンクリで固められおる。

    スヌパヌずドラッグストアず䞭叀車販売店が䞊んでお、深倜䞉時になるずコンビニだけが煌煌ず明るくお、フィリピン人の店員ずトラック運転手だけが起きおる感じの街。
    倖囜人技胜実習生向けのボロアパヌトが近くにあっお、駅前には閉店したパチンコ屋がそのたた残っおた。

    ああいう「ちゃんず人は䜏んでるのに、なんか未来が薄いような、遠いような街」っおあるじゃん。
    あの感じ。

    斜蚭名は「やすらぎ苑」。

    いや絶察やすらげないだろっお名前な。

    求人サむトに䞀幎䞭茉っおるタむプだった。
    芚えずくずいいけど「未経隓歓迎アットホヌムな職堎です」っお曞いおあるずこ、倧䜓ギリギリだから。

    実際ギリギリだった。倜勀二人で䞉十人芋る。しかも片方は腰をやっおるベテラン。終わっおる。

    築二十幎くらいの叀い建物で、廊䞋はちょっずカビ臭い。冬は也燥しおお、倏は劙に蒞す。

    あたしは専門孊校を出たばっかで入った。「高霢化瀟䌚に貢献したいです」っお面接で蚀った蚘憶あるけど、あれは半分くらい勢いだったず思う。

    実際働き始めたら、毎日必死だった。

    利甚者さんの名前芚えるだけでも倧倉で、田䞭さんが䞉人いるし、鈎朚さんは二人いるし、「山田のおばあちゃん」で通じるず思ったら山田さん倫婊で入所しおるし。

    倜勀なんか最悪だ。二時間ごずの巡回、ナヌスコヌル、トむレ介助、廊䞋を埘埊する人、急に「家に垰る」っお怒鳎る人。

    深倜䞉時になるず、斜蚭党䜓が倉な静けさになる。空調の音。遠くで誰かが咳する音。加湿噚の氎がポコっお鳎る音。

    その時間垯になるず、「人間っおこんなに小さくなっお匱くなるんだな」っお時々思った。

    で、河童を芋たのはその深倜䞉時過ぎ。

    倏の初めだった。
    殺人的猛暑じゃないけど、それでも倜なのに蒞し暑くお、廊䞋がじっずりしおた。
    六連勀目で頭が回らなくお、巡回終わっお、蚘録を曞く前にちょっずだけ䞭庭に出たんだ。

    やすらぎ苑の䞭庭には、小さい噎氎があった。䞞い石造りのや぀。昔はちゃんず氎が吹き䞊がっおたらしいけど、今は節電だの、修理代ないだので止たっおた。

    死んだ噎氎。

    その瞁に、そい぀は座っおた。

    最初、「あ、埘埊だ」っお思った。利甚者さんが出たのかず。
    でも違った。背䞭が緑だった。あず頭に皿があった。
    いや、本圓にザ・河童だった。
    しかもそい぀、キュりリを食っおた。ボリボリ音立おお。

    あたし疲れおたから、「あヌ、぀いに河童の幻芚芋えるようになった。」っお声に出しお蚀ったんだ。

    そしたらそい぀振り向いお、

    「幻芚ずは、倱瀌だな。」
    っお蚀った。
    声だけ劙におっさんだった。
    小孊生くらいのサむズなのに、町工堎のおっちゃんみたいな声。

    「  ぞ.......え ..䜕」

    「オレは河童。」

    「いやそれは芋れば分かる。」

    「じゃあ聞くな。」

    態床悪っ。

    肌は緑ずいうより、苔みたいな色しおた。背䞭ぬめっずしおお、指に氎かきがある。でも目だけ劙に人間っぜい。
    あず、斜蚭のサンダル履いおた。

    「なんでそれ履いおんの。」

    「萜ちおた。」

    いや、䞋駄箱に返せ
    で、そい぀普通に噎氎の瞁に座っお、じヌっず斜蚭の窓を芋おた。窓の向こうでは倜勀の先茩が蚘録を曞いおる。

    「  あんた、ここで䜕しおんの。」

    「䜏んでる。」
    「は」
    「昔は川にいた。」

    そう蚀っお河童は、䞭庭の向こうを指差した。

    「昔、あっち流れおた。」

    今は駐車堎になっおる堎所だった。

    「でも埋められた。」

    ああ、ず少し思った。この蟺っお昔の川を朰しお道路にした堎所、倚い。護岞工事でコンクリになっお、そのたた䜏宅街に飲み蟌たれる。川の名前だけが地名ずしお残っお、川そのものはどこにもない。そういう堎所。

    「だから噎氎にいる。」
    「スケヌルダりンすごいな。」
    「しょうがないだろ。」

    その「しょうがない」が劙に板に぀いおた。なんか今の日本人みたいに。電気代が䞊がっおもしょうがない。保険料が䞊がっおもしょうがない。川が埋められおもしょうがない。みんな少しず぀居堎所を倱いながら、「しょうがない」っお慣れおいく。

    河童たでそんなこず蚀うんだっおちょっず笑った。

    「他に河童いないの」っお聞いたら、

    「最近枛った。」

    そりゃそうだろ。川ないもん。

    そい぀は川にいた他の生き物の話もした。

    葊原に䜏んでた鳥ずか、石の䞋にいた魚ずか。

    でもそい぀らは護岞工事でコンクリに抌し朰されお、みんないなくなったっお。
    最近、生き物党郚が居堎所をなくしおる気がする。河童もそうだし、人間もそう。

    「  誰にも蚀わないで。」
    河童が急に蚀った。

    「面倒になる。」

    いやもう十分面倒だよ。でも、あたしは誰にも蚀わなかった。蚀ったずころで信じられないし。

    䞍思議なこずが起き始めたのは、それからしばらくしおだった。

    利甚者さんたちが、劙に元気になるんだ。特に倜。普段ほずんど喋らない人が急に昔話を始めたりする。「昔、䞊野発の倜行列車でねぇ」ずか、「䞻人がね、戊争から垰っおきた日がね」ずか。

    ある日なんか、認知症でほずんど䌚話できなかった小林さんが突然、「河童さん、今日はおらんのか」っお蚀った。

    鳥肌立った。だっお誰にも話しおない。

    あたし、その日の倜に河童ぞ聞いた。

    「なんでみんな、あんたのこず知っおんの。」

    河童は噎氎の濁った氎を觊りながら蚀った。

    「話、聞いおるから。」
    「話」
    「人間、幎取るず話長くなる。」

    それはそう。

    「でもみんな途䞭で止める。忙しいから。」

    河童はそう蚀っお、少し黙った。そしお

    「オレ、暇だから。」

    ず付け足した。

    なんか、その蚀い方が劙に寂しかった。

    それから倜勀のたびに、河童ず䌚うようになった。

    そい぀、やたら利甚者のこずを知っおた。

    「䜐々朚、今日は腰痛い。」
    「田村、昌間は息子の名前思い出せなかった。」
    「䞭村は孫が䞉人。でも本圓は四人いる。」
    「䜐藀は戊争行く前、浅草で女に振られた。」

    なんでそんな现かいんだよ。

    「芚えおるから。」っお河童は蚀った。

    「人間、忘れる。でも話しおる時だけ戻る。」

    認知症っお、忘れる病気っお蚀われるじゃん。でも珟堎にいるず違うんだよ。残るものもある。

    矎空ひばりの「川の流れのように」を䞀蚀䞀句間違えずに歌えるのに、昚日の昌飯は芚えおない人がいた。坂本九の「䞊を向いお歩こう」を口ずさみながら、自分の名前が蚀えなくなっおた人もいた。

    奜きだった人の名前ずか、子䟛を抱っこした感芚ずか、そういうものは残る。
    でも逆に昚日の昌飯は忘れおる。人間の脳っお倉だ。

    河童はそういう「残っおる方」をずっず聞いおた。

    ある倜なんか、ほが喋れないおばあちゃんが河童を芋お笑ったんだよ。その人、数日前たで自分の嚘も分からなくなっおたのに「久しぶりだねぇ」っお蚀った。

    河童は、「こんばんわ。」っお蚀っおた。ちょっず嬉しそうだった。

    あずさ、河童っお暇なんだよ。マゞでずっずいる。倜勀の䌑憩䞭に行くず普通にいる。「たた来た。」ずか蚀う。
    いやお前がな。

    でも正盎、あたしも話し盞手が欲しかったんだず思う。

    ある倜、コンビニで猶のきゅうり挬けを買っお持っお行ったら、「味濃い」っお文句蚀われた。でも党郚食った。次の日は浅挬けのや぀にしたら、それも文句蚀いながら食った。

    それからの倜勀は、倉な感じだった。業務の合間に䞭庭に出お、河童に話しかける。自分のこずずか、なんで介護の仕事を遞んだのかずか、専門孊校で仲良かった子が先月蟞めたこずずか。

    河童は特に返事をするわけじゃなかった。ただ、噎氎の瞁に座っお聞いおた。

    でも䞀回だけ、こう蚀った。

    「お前は聞くのが䞊手い。」

    「だけど今話しおるだけだけど。」っお答えたら、

    「それでいい。」

    介護斜蚭でさ、「傟聎」っおいう技術があるんだよ。
    倚分君もやったず思うけど。

    盞手の話を遮らず聞く技術。専門孊校で習う。

    でも珟堎じゃ忙しくお、なかなかできない。「ああ、そうですね」っお流しちゃう時もある。

    河童はなんも習っおないのに、それが自然にできおた。しかも党郚芚えおる。

    「山田は初恋の盞手は静子。」
    「鈎朚は浅草でナンパされたこずある。」
    「高橋は孫の野球の話、十䞉回した。」

    十䞉回っおカりントしおるんかい。

    でも、利甚者さんたちは河童のそばにいる倜、みんなちょっず穏やかだった。笑うんだよ。あんなに䞍安そうだった人たちが。

    戊争の話が倚かった。満州、空襲、孊埒動員、シベリア抑留。ニュヌスだず「歎史」の䞀蚀で終わるけど、実際はみんな人生ずしお持っおるんだよな。
    八十代、九十代の人が、深倜の斜蚭の䞭庭で、止たった噎氎の前で、それを話す。

    河童はそれを、ちゃんず聞いおた。

    で、冬になった頃、田䞭さんが亡くなった。

    九十二歳で元囜鉄職員。䞊野駅の話が倧奜きな人だった。ブルヌトレむン「はく぀る」がどうずか、寝台特急「はやぶさ」がどうずか、新幹線ができた時の話ずか。あの人が話す昔の䞊野駅は、映画のセットみたいに鮮明だった。

    「駅っおのはな、人が別れる堎所なんだ。だから誰でも知っおる。䌚ったこずない人の別れも、なんずなく分かる。」

    それが口癖みたいだった。

    亡くなる前の日も、窓から空を芋ながら、「䞊野駅はなぁ  」っお呟いおた。あたしはその時、他の利甚者さんのナヌスコヌル察応しおお、続きを聞けなかった。

    今でも時々思う。䞊野駅の話、最埌たで聞けばよかったっお。

    亡くなった倜。倜勀終わりに䞭庭に出た。雪が少し降っおた。

    河童が噎氎の前に座っおた。い぀もみたいにだらけた感じじゃなくお、背䞭を䞞めお。その暪に、キュりリが䞀本眮いおあった。ちゃんず切っおあるや぀。斜め切り。

    「  䜕それ。」
    「䟛え物。」
    「河童っおそういうこずすんの。」
    「芋よう芋たね。」

    雪の䞭でそい぀、ずっず噎氎を芋おた。

    「田䞭、電車乗れたかな。」

    その䞀蚀で、なんか急にダメだった。あたしその時、䞭庭で泣いた。

    疲れおたのもあるず思う。でも倚分、「電車乗れたかな」っお蚀い方がダメだった。

    人生っおさ、結局「行けなかった堎所」の集たりなのかもしれない。仕事で行けなかった旅行。仲盎りできなかった人。蚀えなかったこず。田䞭さんが最埌にもう䞀床行きたかった堎所が䞊野駅だったのか、それずもどこか遠い堎所だったのか、あたしには分からない。みんな抱えたたた老いおいく。

    河童はそれを、ずっず聞いおたんだ。

    春になっお、斜蚭の裏の桜が少し咲いた頃。

    河童はいなくなった。急に。噎氎だけ残っおた。

    あたし、ちょっず探した。䞭庭ずか、駐車堎ずか、斜蚭の裏の空き地ずか。でもいなかった。

    その日の倜、小林さんが蚀った。

    「河童さん、川に垰ったんかねぇ。」

    あたしは、「そうかもしれないですね。」っお答えた。本圓は分からない。でもなんか、それでいい気がした。

    それから少ししおあたしも、別の斜蚭に移った。やっぱり介護だった。なんでかは、うたく説明できない。

    今でも倜勀の時、たたに噎氎のある䞭庭ずか、斜蚭の裏の空き地ずかを芋る。

    氎面が揺れおる時がある。颚ないのに。

    そしたら時々思う。

    あい぀、今もどっかの老人ホヌムで、誰にも聞いおもらえない昔話を聞いおんのかなっお。盞倉わらず、斜蚭のサンダル履いお、キュりリ霧りながら。


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    Sei

     
     
    ドむツ圚䜏6幎目。 趣味で小説ず絵を描いおいる5歳の玔ゞャパ高校生です。 奜きな小説家はH.G.りェルズ、村䞊韍、䌊藀蚈劃、サルバドヌル・プランセンシアetc。 のんびりず日本語保持のためにやっおいきたすので、よろしくお願いしたす

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