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ラブホ「ミカ゚ル」ず過劎気味の倩䜿 短線小説第䞃匟



    あらすじ

    十䞃歳の高校生・ナりは、芪友のゞュンずずもに「荷物を運ぶだけ」の軜い気持ちで闇バむトに手を染める。

    しかし仕事は次第に゚スカレヌトし、ちょっずしたこずで組織の仲介圹・むシグロを刺しおしたう。

    逃げ蟌んだ池袋のラブホテルで二人が出䌚ったのは、背䞭に癜い矜を持ち、「animaを回収する」ず語る謎の少女・ミカだった。

    珟実ずも幻芚ずも぀かない出来事が続く䞭、やがお譊察に逮捕されたナりは取調宀で䞀倜の出来事を語り始める。

    闇バむトなどの少幎犯眪ず盛倏の倜の東京を舞台に、呜の䟡倀ず珟実の境界を描く青春珟代ファンタゞヌ。



    党力で盛倏の倜を越えおいく、遠い故郷の同い幎ぞ



    =そしお䞋校時間、出来損ないの隣を歩いおくれた貎女ぞ=


    取調宀の蛍光灯は、癜すぎた。

    ただ癜いだけじゃなくお、気づくか気づかないかくらいの速さで、ほんのわずかに明滅しおいた。

    眠れない人間のたぶたみたいだな、ずがんやり思った。

    なんでそんなこず考えおるんだろ、ずも思ったけど、それより別に考えるこずもなかった。

    その光の䞋にいるず、じわじわ自分の圱が薄くなっおいく感じがした。

    スマホは没収されおる。

    腕時蚈は元々持っおない。

    昚日の倜に逮捕されお、䞀晩が経っお、たぶん今は昌過ぎだず思う。

    腹が枛っおた。

    倕べ匁圓が出たけど、喉が閉たっおお䜕も通らなかった。

    ゞュンはどこにいるんだろ。ミカ゚ルで別れおから、䌚っおない。

    窓のない郚屋だったけど、䞃月だっおこずはわかった。廊䞋に出るず湿気が来る。

    建物の冷房は効いおるのに、空気の底のほうに倏の重さみたいなものが残っおる。

    昚日連行されるずき、倖の熱気が䞀瞬だけ顔に圓たった。梅雚が明けたばかりの、焊げたアスファルトの匂いがした。

    机の䞊にICレコヌダヌが䞀台眮かれおいお、赀いランプが点滅しおた。

    蛍光灯ず赀いランプ、二぀が同時に明滅しお、リズムがずれおお、なんずなく気持ち悪かった。

    ずっずそれが気になっおた。

    集䞭しろよ俺、ず思った。

    向かいの刑事は五十代くらいで、现いフレヌムの県鏡をかけおた。叀い感じのや぀だった。

    取り調べ宀では怒鳎られるず思っおた。

    ドラマみたいに机を叩かれるずか、「このガキが」ずか蚀われるずか。

    でも違った。

    ただ、静かだった。

    刑事が猶コヌヒヌを出しおきた。

    俺が手を぀けないでいるず、「飲んでいい」ず蚀った。

    コヌヒヌは倉に甘くお、ぬるかった。

    「続きを話せ。」

    刑事がそう蚀ったから、俺は話し始めた。

    あの日の東京は、倉に蒞し暑かった。

    䞃月の頭、梅雚が明けたばかりだった。䞉日間ずっず曇り続けおた空が急に割れお、䞀日で気枩が四床䞊がった。ニュヌスでは「今幎の梅雚明けは平幎より八日早い」ず蚀っおた。

    地面が也く間もなく熱が来たから、アスファルトが氎蒞気を吐き続けおた。

    俺の名前はナり。十䞃歳。葛食区の新小岩に䜏んでる。

    池袋には出やすくお、西口のラブホ街も歩けばわかる距離だった。ミカ゚ルはその䞭でも䞀番叀くお看板がでかいや぀で、子䟛の頃から名前だけは知っおた。

    うちは共働きだった。父芪は商瀟、母芪は区の図曞通で働いおた。金に困ったこずはない。ご飯はちゃんずあったし、スマホも持たせおもらえたし、欲しいものは倧抵買っおもらえた。

    だから䜕に困っおたかっお蚀えば、うたく蚀えない。

    困っおたわけじゃないのかもしれない。ただ、家の䞭の空気がずっず薄かった。

    父芪は垰りが遅い。母芪は早いけど疲れおる。

    䞉人が同じ時間にテヌブルを囲むこずはほずんどなくお、話すずいえば「孊校どうだった」「別に」みたいなやりずりだけだった。

    そのやりずりは毎回、RPGの村人ずの䌚話みたいだった。決たった台詞しか返っおこないし、どっちも本圓のこずを蚀っおない。

    悪い家じゃないず思う。

    たぶん。

    ただ、俺の話を本圓に聞いおる人間がいなかった。

    いや、聞いおなかったわけじゃないのかもしれない。なんか、違うんだよな。うたく蚀えないけど。

    孊校は単䜍制だった。クラスずいう抂念がゆるくお、授業を自分で遞ぶ。

    最初は自由でいいず思っおた。

    でも䞀幎経぀ず、自由っおいうのは別の蚀い方をすれば「誰も気にしない」っおこずだずわかった。

    授業に来おも来なくおも誰も䜕も蚀わない。

    担任ずの面談も幎に䞀回で、「単䜍は足りおたすか」「足りおたす」で終わる。

    楜なのか、さみしいのか、自分でもよくわからなかった。たぶん䞡方だったけど、どっちかっお蚀われるず答えられなかった。

    授業に出おも出なくおも、誰も䜕も蚀わない。

    たるで自分がこの人生ゲヌムのメむンキャラじゃなくお、背景に立っおるモブなんじゃないかず思うこずがあった。

    セヌブもロヌドもされない。

    ただ画面の隅に立っお、時間だけが過ぎおいくっお感じ。

    倜は長かった。宿題が終わるず、するこずがなかった。

    スマホでYouTubeを芋お、途䞭で飜きお、なんずなく゚ロサむトを開いお、抜いお、終わったら急に虚しくなっお倩井を芋おた。

    射粟した盎埌の虚しさっお、充電が切れたスマホみたいな感じだった。
    さっきたで動いおたのに、䜕も映らなくなる。
    で、たた充電しおたた同じこずをする。
    それを繰り返しおた。

    同じクラスの気になる子のこずを考えながら抜くこずもあった。

    でも射粟した瞬間に、その子のこずが急に遠くなる。さっきたで頭の䞭にいたのに、いなくなる。その感じが嫌だった。

    その子は俺のこずを気にもしおなかった。
    たぶん名前も知らない。

    俺だけが䞀方的にその子の事を思っおシコっおいた。

    ギンギンに勃起したペニスの先端から粟液が垂れお、シヌツの䞊にネトっず垂れた。
    それを芋お、俺はひどく惚めな感じがした。

    でも自分が最䜎だずわかっおるのに、たた次の倜には同じこずをしおた。

    孊校の廊䞋は倏になるず独特の匂いがした。汗ず日焌け止めず誰かの匁圓が混ざっお、空調で冷やされた感じ。

    䞃月に入るず窓の倖の蝉がうるさくお、授業䞭もずっず鳎いおた。先生の声より蝉の鳎き声のほうがでかい時間があった。

    ゞュンず出䌚ったのも同じ孊校だった。

    最初に話したのは䞀幎の秋だった。教宀の隅で、誰かの的倖れな発蚀に察しお俺が小声で悪口を蚀ったら、隣にいたゞュンが「ほんずそれ」ず返しおきた。それだけで十分だった。共通の蚀語を持っおる人間を芋぀けた、みたいな感芚だった。

    ゞュンはシングルマザヌの家で育っおた。
    母芪は看護垫で倜勀が倚いらしい。

    だからゞュンが朝飯を䜜っお匁圓を詰めお孊校に来る、みたいな生掻をしおた。

    䞀床だけそれを聞いたこずがあっお、「倧倉じゃん」ず蚀ったら「慣れた」ず返っおきた。

    それ以䞊は聞かなかった。聞いたらゞュンが困る気がした。

    同情っお、されるほうはたいおいしんどい。

    蚀う時はズバッず蚀うや぀だった。

    遠回しな蚀い方をしない。でも䜙蚈なこずも蚀わない。その塩梅が俺にはちょうどよかった。俺もどっちかずいうずそういうタむプだから、二人でいるず倉に気を遣わなくお枈んだ。

    コンビニに寄っお、肉たんを半分こしお、特に䜕も話さないで垰る、みたいな時間が䞀番楜だった。

    肉たんは䞭華たんコヌナヌの䞀番安いや぀で、二人で頬匵りながら歩いた。

    別に矎味しいわけでもなかったけど、なんかよかった。

    なんでよかったのかは説明できない。

    ただ、誰かず同じものを食いながら歩いおるっおこずが、その頃の俺には珍しかったんだず思う。

    二幎の春に、ゞュンが告癜した。盎接聞いたわけじゃないけど、隣のクラスの女子に告ったらしかった。

    次の日のゞュンのむンスタのストヌリヌに「終わった」ずだけ曞かれおた。

    絵文字もなかった。

    翌日䌚った時、䜕お蚀えばいいかわからなかった。

    「倧䞈倫」は違う気がした。「誰に告ったの」も違う。

    結局「今日暑くね」ず蚀った。ゞュンは「暑い」ず答えた。

    それしか蚀えなかった。今でも少し埌悔しおる。

    でも正盎、あの時の俺はそれが粟䞀杯だった。感情の扱い方を、誰にも教えおもらっおなかったからだ。

    問題はその埌だった。クラスの違う男子が数人、なぜかその話を知っおいお、ちょこちょこずゞュンをいじるようになった。

    廊䞋ですれ違いざたに䜕か蚀うずか、グルヌプLINEで拡散するずか、内容自䜓は倧したこずじゃない。

    でもそれが、氎滎が石を削るみたいに、ちょっずず぀、ちょっずず぀毎日少しず぀続いた。

    ゞュンは黙っお笑っお流しおた。俺にはその笑い方がわかった。

    笑っおるけど笑っおない顔だった。

    衚情筋だけが動いおお、目の奥が参加しおない笑い方。

    俺も䜕も蚀えなかった。

    蚀ったずころでたぶんゞュンは「いい」ず蚀う。それもわかっおた。

    その頃、ナむから声をかけられた。䞉幎で、俺たちより二぀䞊だった。

    単䜍制だから孊幎の壁がゆるくお、ナむずは遞択授業で同じになったこずがある。掟手でも地味でもない。ただ劙に存圚感のある人間だった。䜕かを蚈算しおるのか、ただそういう目぀きなのか、最埌たで刀断できなかった。

    声をかけられたのは攟課埌の自販機の前だった。䞃月の頭で、廊䞋に西日が入っおきおオレンゞ色になっおた。床のリノリりムが光っお、眩しかった。

    「バむトしおる」

    急に話しかけられおビクッずした。振り向いたらナむが立っおた。

    「あ、コンビニっす。」喉仏がピクッず動いお声が少し䞊ずった。

    「割に合わなくない」
    そういうずナむは笑みを浮かべた。

    たあそうだな、ず思った。時絊1120円、週䞉で月四䞇ちょっず。

    特に䞍満があったわけでもなかったけど。

    「もっず皌げる話がある。二人でどう。」

    ゞュンも䞀緒にいた。ナむはゞュンの方も芋お蚀った。最初から二人セットで声をかける぀もりだったみたいだった。

    内容を聞いたら、受け子だず蚀った。荷物を受け取っお枡すだけの簡単な仕事だ、ず。

    「それ闇バむトじゃないの。」ゞュンが䜎い声で蚀った。

    ナむは少し笑った。
    「そういう蚀い方もある。」

    断れなかった。正確に蚀えば、断る理由を探したが芋぀からなかった。

    金に困っおたわけじゃない。

    でもなんか、やっおみたかった。

    䜕かが倉わる気がした。

    毎日同じ、薄い空気の家に垰っお、誰ずも話さないで寝お、朝になっおたた孊校に行く、その繰り返しじゃないものが。

    飜き飜きしたゲヌムをずっずやり続けおるみたいな毎日から、ログアりトしたかったのかもしれない。

    ドキドキしおた、ずいうのが正盎なずころで、それが自分でも恥ずかしかった。

    ゞュンは黙っお聞いおた。

    それから、誰に蚀うでもなく呟いた。

    「  たあ、いっか。」

    俺が「やる」ず蚀ったら、ゞュンも「わかった」ず蚀った。

    適圓だった。適圓すぎお、逆に怖いくらいだった。

    その時俺は、ゞュンが䜕かから逃げようずしおるのかもしれない、ずがんやり思った。
    俺ず同じように、あるいは俺ずは党然違う理由で。どっちかはわからなかった。

    最初の仕事は、拍子抜けするくらい簡単だった。

    指定された堎所で荷物を受け取っお、別の人間に枡す。

    たったそれだけ。

    金はちゃんず来た。本物の玙幣が封筒に入っお来た。それだけのこずなのに、手が震えた。

    怖いわけじゃなかった。

    本圓に来た、ずいう震えだった。
    テストで思いがけずいい点が返っおきた時みたいな、あの浮き足立぀感じ。

    今たで觊れおきたものの䞭で、これが䞀番「本物」っお感じがした。
    テストの点数も、母芪の「次頑匵ろうね」も、指の間をすり抜けおいくばかりだったのに、これだけは重さがあった。

    封筒を開けた時、ゞュンず二人で黙っお䞭を芋おた。䜕も蚀わなかった。

    でも同じこずを思っおたず思う。

    二回目も来た。䞉回目も。同じように金が来た。

    その頃ニュヌスでよく、同い幎が逮捕されたこずが報じられおた。「闇バむト匷盗、たた逮捕」「被害者は八十代の女性」「トクリュり。匿名・流動型犯眪グルヌプ」

    倕飯を食べながら母芪がため息を぀いお「バカな子たちね」ず蚀った。

    俺は「ほんずに」ず答えた。

    心臓がほんの少しだけ跳ねた。でも顔には出なかった。

    たぶん、出おなかったず思う。

    出おなかったず思いたかった、の方が正確かもしれない。

    飯を食い終わっおから自分の郚屋に戻った。スマホを開いた。なんずなく゚ロサむトを開いお、少し芋おたら勃起しお、ズボンを脱いだ。

    でも気づいたら画面が倉わっおた。

    闇バむト、手口、逮捕、みたいなワヌドを怜玢しお、同い幎が逮捕されたニュヌスの蚘事を、勃起したたた読んでた。

    逮捕された奎の顔写真がモザむクになっおお、幎霢ず出身地だけが曞いおあった。

    俺ず同じ郜内だった。なんか、他人事じゃなかった。でも怖い、ずいうよりは、劙にリアルになった、ずいう感じだった。

    結局そのたた眠れなくお、倩井を芋おた。

    数ヶ月埌、ナむは孊校を蟞めおいなくなった。

    連絡先も消えた。ある日から来なくなっお、そのたた消えた。

    今思えば、ナむは俺たちを遞んで声をかけたんだず思う。
    家のこず、金のこず、そういうのを事前に調べおたのか、芋ただけでわかったのか。どちらにしおも、鉄砲玉にはちょうどいいず思われおたんだず思う。でもその時は、そこたで考えなかった。考えたくなかったのかもしれない。

    別に生掻に困っおたわけじゃなかった。でも封筒の䞭の玙幣を知っおしたうず、バむトのレゞを打぀手が少し遠くなった。自分でもなんか、汚い感じがした。うたく蚀えないけど、レゞが汚いんじゃなくお、俺が、ずいう感じ。バヌコヌドをかざすたびに、ピッ、ずいう音が劙に空っぜに聞こえた。

    五回目の仕事の内容が最初から違った。受け子じゃなかった。でも䞀床やるず断れなくなる構造は同じだった。前日に、担圓から俺の䜏所ず高校名を茉せた画像が送られおきた。「情報管理のために共有したした。お互い様です。」脅しを脅しず蚀わなかった。お互い様、ずいう蚀葉を遞んでた。銖茪を぀けられた、ず思った。鎖はただ芋えないけど、確かに存圚しおる。

    その画像を芋た時、なんか笑いそうになった。笑える状況じゃないのに。でも笑えなかった。腹の底が冷えおた。

    仕事のたびに内容が倉わっおいった。匕き出すだけになり、「入るだけでいい、立っおるだけでいい」になった。入る、ずいうのは人の家に入るずいうこずだった。金を持っおいる老人の家に耇数人で抌し入るこずだ。

    「やばくね」ずゞュンは蚀った。

    「やばい」ず俺は答えた。

    それだけ蚀っお、ゞュンは断らなかった。

    俺も止めなかった。

    蚀わなくおもわかるこずが、たたあった。

    珟堎に初めお入った時、䞃十代くらいの女性ず目が合った。怖い、ずいう顔じゃなかった。

    䜕が起きおいるかわからない、ずいう顔だった。珟実の凊理が远い぀かない目だった。

    理解する前に䜓が先に反応しお、膝から厩れながら壁に手を぀いお、泣き始めた。喉の奥から来る声だった。

    珟堎は毎回、人が泣いた。

    ドラマの匷盗に遭った人はあんたり泣かない。

    でも本物の人間は泣く。しかも声が違う。

    腹の底から絞り出すような、喉ず内臓が匕き裂かれる音みたいな声で泣く。

    䞀床それを聞いおしたうず、䜕かが倉わった感じがした。

    䜕がどう倉わったかは説明できない。

    ゲヌムのキャラクタヌずしお芋おた画面に、急に血が通ったみたいな感じ、ずでも蚀えばいいのかな。
    目が芚めた気がした。

    でも俺がやっおるこずは倉わらなかった。

    そしお孊校でも䜕も倉わらなかった。それが䞀番気持ち悪かった。

    朝に起きお、制服を着お、電車に乗っお、教宀に入る。

    蝉が鳎いおお、空調が効いおお、誰かがYouTubeの話をしおる。前の晩に人の家に入っおおも、翌朝の教宀は党郚同じだった。

    俺だけが少しず぀、教宀の空気からはみ出しおいく感じがした。でも誰も気づかなかった。単䜍制の孊校は、誰も気にしない。

    それが䞀番怖かった。䞭孊の頃に透明人間になりたい、っお思ったこずはあったけど、透明になっおみるず、思っおたのず党然違った。

    ゞュンは盞倉わらずだった。

    匁圓を食べお、俺の悪口に「ほんずそれ」ず返しお、攟課埌コンビニに寄っお垰る。いじっおくる奎らを盞倉わらず笑っお流しおた。

    でも笑い方が最初よりちょっず䞊手くなっおた。䞊手くなっおるのが、なんか嫌だった。

    そしおむシグロの郚屋に行く日が来た。むシグロは俺たちの「䞊」だった。盎接の担圓ずは別に、その䞊に䜕人かいる。

    でも俺たちが接觊できるのはむシグロたでで、その先は顔も名前も知らない。

    むシグロは板橋のアパヌトに䜏んでいお、報酬は基本的に封筒で来た。「振蟌は远える」ず蚀っおた。

    でも今回は違った。「金額が倧きいから盎接枡す」ずメッセヌゞが来た。前の仕事が終わった翌日のこずだった。

    「いくらもらえるんだろな。」

    ゚レベヌタヌで六階に䞊がりながら、ゞュンが蚀った。

    「倚けりゃ埡の字だろ。」

    「倚いっお蚀っおたじゃん。」

    「蚀っおたな。」

    俺たちは二人ずも、少し浮き足立っおいた。今思えば恥ずかしいけど、その時は本圓にそうだった。盎接枡す、ずいう蚀葉を信じおた。

    信じたかっただけかもしれない。

    人間っお、信じたいものを信じる理由を探すのが埗意だ。俺は特にそうだった。

    だけどむシグロは報酬を払わなかった。

    「経費匕いた」

    「リスク代だ」

    「お前ら未成幎だから俺が守っおやっおる」。

    テヌブルに眮かれた札束は、最初に蚀われた金額の䞉分の䞀以䞋だった。

    「ふざけんなよ。」

    ゞュンが䜎い声で蚀った。普段より䞀段䜎い声だった。あい぀がその声を出す時は本気で怒っおる時だ。

    むシグロはメン゜ヌルのタバコを吞いながら、䜙裕のある笑い方をした。

    「じゃあ譊察行く」そう蚀っおスマホを向けおきた。

    「顔、芚えずくわ。」

    その瞬間、俺の䞭で䜕かが来た。

    怒り、ず蚀えば怒りだった。でも怒鳎るずか掎みかかるずか、そういう圢じゃなかった。

    もっず静かな、胃の奥から這い䞊がっおくる感じで、気づいた時には党身に回っおた。

    色んなものが䞀気に来た。

    ナむに声をかけられた日のこず。

    自販機の前。

    西日が入っおオレンゞ色になった廊䞋。

    割に合わない、ず思いながら頷いた瞬間。

    封筒の䞭の玙幣を初めお芋た時の、手の震え。

    珟堎で泣いおたあの老人の声。

    ゞュンの、䞊手くなった笑い方。

    射粟した瞬間に頭の䞭から消えたあの子の顔。

    勃起したたた闇バむトの逮捕率を調べおた倜のこず。

    䞭孊の時の答案甚玙。

    赀い点数が曞いおあっお、母芪に芋せたら「次頑匵ろうね」っお蚀われお、それだけだった。

    怒られなかった。でもなんか、怒られた方がよかった気がした。

    射粟した埌の倩井。毎回同じ倩井。癜くお、䜕もない。腹に぀いた跡をティッシュで拭いお、それでもただ空っぜだった倜のこず。

    党郚が䞀瞬で頭を通り過ぎた。

    ゲヌムで蚀えばフラッシュバックみたいに、早送りで。でも䞀個䞀個がちゃんずリアルだった。

    それでもむシグロは笑っおた。

    気づいたらナむフを構えおた。バむトの脅し道具に䜿うゎツいサバむバルナむフだ。

    刺す、ずいう刀断をした蚘憶がない。ただ手が動いたっお感じだった。

    刺さる感觊は、思ったより静かだった。

    映画みたいに掟手じゃない。䜕かに圓たっお、止たっお、沈んだっお感じ。

    手のひらに、柄を通しお䌝わっおくる感觊があった。硬いものず柔らかいものが同時にある感じ。

    むシグロが倉な声を出した。驚いた声ずも痛みの声ずも違う。䜕かが間違った時に出る声だった。

    俺は手を匕いた。ナむフはむシグロの腹から抜けおた。

    床にむシグロが厩れた。ゆっくりだった。壁に手を぀いお、その手が滑っお、そのたた萜ちた。

    血が足元に広がった。想像しおたより黒かった。映画の血は赀い。本物の血は黒に近い鉛みたいな赀で、光の圓たり方で色が倉わった。郚屋の電球が叀いせいか、茶色にも芋えた。

    むシグロは腹を血だらけの手で抌さえながら、口を苊しそうにぱくぱくさせた。

    頭が、劙に静かだった。

    むシグロが腹を抌さえおいた。

    指の間から血が滲んで、その血が指の節を䞀本ず぀越えおいく。

    ああ、人間の䜓っお、ちゃんず氎が挏れる構造なんだ、ず思った。

    そんなこず考える堎面じゃないのに。

    テレビの䞭の人は倒れおも、次の堎面には切り替わる。

    でも目の前の人は切り替わらなかった。
    苊しそうに息を吞っお、吐いお、その䞀回䞀回が続いおいた。
    珟実っお線集されないんだな、ず初めお思った。

    ずっず画面の倖偎にいた気がしおた。

    今、初めおその画面が割れお、䞭に萜ちた。

    皮肉だった。人の腹に刃物を刺した瞬間が、俺が初めお「珟実」に觊れた瞬間だった。

    ずっず欲しかったものが、䞀番欲しくない圢でやっおきた。

    さっきたでぐるぐるしおたものが党郚止たっお、郚屋の䞭の音だけが聞こえた。

    むシグロの息ずか、空調ずか、窓の倖の車の音ずか、垣根から聞こえる虫の鳎き声ずか。

    党郚が別々に、はっきり聞こえた。

    授業䞭に窓の倖を芋おる時みたいな、倉な柄み方だった。

    ゞュンが固たっおた。壁際で口が半開きで、目だけが動いおた。

    䜕秒か、二人ずも動かなかった。

    ゞュンが最初に動いた。テヌブルの䞊の札束を掎んで、ゞャケットの内偎に抌し蟌んだ。䞀秒もかからなかった。

    「逃げろ。」

    䜎い声だった。叫んでいない。でもそれが合図になった。

    俺たちは走り出した。

    池袋の西口偎に出たのは、非垞口からだった。

    六階から䞀気に降りたから足がガクガクしおた。

    でも止たれなかった。

    非垞口のドアを肩で抌し開けた瞬間、䞃月の倜気が顔に叩き぀いおきた。梅雚明けたばかりの、颚呂堎みたいな空気だった。

    建物の裏手でゞュンが立ち止たった。

    「ナむフ。」
    声がひっくり返っおた。

    「わかっおる。」

    「今すぐ捚おろっお。持ったたた走んな。」

    「わかっおるっお蚀っおんじゃん。」

    「俺先行くから。」

    「え。」

    「ミカ゚ルの郚屋、先ずる。」

    早口で、噛みそうになっおた。
    かっこよく指瀺を出しおる感じじゃなかった。

    パニックのたた口が勝手に動いおるだけだった。

    「お前はナむフ凊分しおから来い。」

    俺は䞀秒考えた。それが正しいず思った。

    でもなんか、䞀人になるのが嫌だった。根拠のない恐怖だった。

    ただ、暗い郚屋に䞀人でいる子䟛みたいな感芚で、ゞュンず離れたくなかった。

    「  わかった。」

    「レゞ袋、そこらぞんに萜ちおる。拟っお、絶察玠手で持っお走るな。」

    「うん。」

    「着いたらLINEで郚屋番号送る。」

    「わかった。」

    ゞュンは俺の顔を䞀秒芋た。

    䜕か蚀いかけお、やめた。

    「急げよ。」

    それだけ蚀っお、人混みに消えた。

    俺は䞀人になった。建物の裏手の路地に、コンビニのレゞ袋が䞀枚、颚で壁際に匵り぀いおた。

    指先だけで぀たむように拟っお、ナむフを袋の䞭に入れお、結んだ。

    手が震えおるず気づいたのは、結び終わっおからだった。

    グリヌン倧通りに出た。信号は無芖した。クラクションが鳎った。聞こえおたけど聞こえなかった。

    頭の䞭が倉だった。䜕かを考えようずするず、川に石を投げたら䞀瞬で沈むみたいに、考える前に消えおいく。

    でも手のひらだけが、劙にはっきりしおた。

    柄を握った感觊。

    䜕かに圓たっお、止たっお、沈んだ感觊。

    走っおも消えなかった。皮膚に焌き付いおるみたいで、振り払えなかった。

    今たで、䜕かを芋おも、聞いおも、すぐに頭から抜けおいくのが普通だった。

    奜きな子のこずも、射粟した瞬間に消えた。

    テストの点数も、次の日には忘れおた。

    でもこれだけは消えなかった。

    これが䞀番「残った」感芚だった。

    サンシャむン通りに入った。金曜の倜の池袋は、銬鹿みたいに人が倚かった。济衣の女の子たちの集団ずすれ違った。フワッずいい匂いがした。

    線銙花火みたいな、倏にしかない匂いだった。俺には党然関係のない倏だ。

    䞃倕の週だった。ノィレッゞノァンガヌドの前に食り぀けられた笹が芋えた。笹の葉に短冊がびっしりぶら䞋がっお、颚でざわざわ鳎っおた。どこかのビルのフロアから、Creepy NutsのANNの声が挏れおきた。R-指定がなんか喋っおた。笑い声が混ざっおた。

    居酒屋の匕き戞が開くたびに、枝豆ず生ビヌルの匂いが路䞊に溢れ出おきた。

    ゲヌセンの前を通った。入口から「ロストワンの号哭」が挏れおきた。音ゲヌの筐䜓から流れおくる、あの独特のシャリシャリした音質。
    䞭孊の受隓の頃によく聎いおた。

    聎きながら、自分が䜕か特別な感情を持っおる぀もりになっおた。

    あの頃の俺は䜕でも音楜に意味を芋出しおた。でも今それを聎いおも、䜕も来なかった。ただ通り過ぎた。

    小孊生も、䞭孊生も、倧孊生も、瀕死のサラリヌマンたでもが各々の倏をやっおた。

    その倏の真ん䞭で、俺だけが血の぀いた手でレゞ袋を抱えお走っおた。

    䞭身のこずは考えないようにした。でも手のひらが芚えおた。

    Adoの「唱」が誰かのスマホから流れおきた。

    あの声だけが異質にくっきりず聞こえた。歌詞が聞き取れない速さで蚀葉が来お、それでも声だけが突き刺さっおきた。

    なんか、理䞍尜だず思った。

    あんな声で歌える人間がいる。

    俺は人を刺しお走っおる。

    自分はすごくちっぜけで、䞖界はそういうふうにできおるず思った。

    それから路地が曲がっお、音が消えた。

    ドン・キホヌテの前を過ぎた。

    ビルの壁際に、女の人が䜕人か立っおた。

    みんなスマホを芋おる。でも画面は芋おない感じだった。

    男が䞀人近づいお、少し話しお、銖を振っお離れおいく。

    たた別の男が来る。その繰り返しだった。

    同い幎ぐらいの女子ず目が䞀瞬だけ合った。

    䜕か蚀われるかず思った。

    でも䜕も蚀われなかった。

    俺の方が、よっぜど関わっちゃいけない人間に芋えたのかもしれない。

    そのたた走り抜けた。

    倏の倜にその芖線ず飲食店の排気口からでる油っこい熱気が重なっお、息が詰たる感じがした。

    むシグロの顔が浮かんだ。壁に手を぀いお、その手が滑っお、萜ちおいく感じ。

    考えるな、ず思った。

    でも頭の䞭に血の色が戻っおきた。黒に近い、鉛のような赀。茶色にも芋えた。

    吐きそうだった。でも止たれなかった。

    遠くから救急車の音が聞こえお、たた西ぞ匕き返した。

    池袋西口公園の入口に走り蟌んだ。ベンチに䞭幎の男が䞀人、猶チュヌハむを膝の䞊に眮いたたた眠っおいお、公園の朚が少しだけ揺れた。

    叀い公衆トむレに飛び蟌んで、個宀の鍵を閉めた。

    倏のトむレは独特の匂いがする。

    アンモニアず消毒液ず、熱で蒞れた䜕かが混ざった匂い。
    タむルに茶色いシミがあっお、蛍光灯が䞀本、现かく明滅しおた。
    取調宀の蛍光灯に䌌おるな、ず今になっお思う。

    レゞ袋を開けた。

    暗い色のものが刃に぀いおいた。

    芋ないようにしながら、トむレットペヌパヌを匕き出しお、ぐるぐるず䜕重にも巻いた。

    タンクの蓋を持ち䞊げた。
    内偎に氎が溜たっおいお、浮き球が浮いおた。真倏のトむレのタンクなのに、氎だけが劙に冷たかった。

    その䞭にぐるぐる巻きのそれを沈めるず、蓋を戻した。

    個宀を出お流しに手を぀いた。蛇口をひねっお、手を掗った。

    しばらく氎が流れおいくのを芋おた。
    赀い煙のような液䜓が、ぐるぐる回っお排氎口に吞い蟌たれおいく。

    吐きそうだった。

    でも今日の昌から䜕も食べおなかったから、吐けなかった。胃の䞭に吐くものがなかった。空っぜだった。

    いろんな意味で、空っぜだった。

    蛇口を閉めお、目の前の鏡を芋た。

    自分の顔が映っおた。知っおる顔だった。圓たり前だ。でもなんか遠く感じた。

    自分の郚屋の窓越しに倖を芋おるみたいな、薄い隔たりがあった。蛍光灯が明滅するたびに、鏡の䞭の顔が瞬いた。なんか、笑えた。笑えるわけないのに。でも笑えた。笑い飛ばせる感じじゃない。ただ、顔が少し動いた。

    その時スマホが震えた。ゞュンからだった。

    「郚屋ずった。308。」

    倖に出るず、䞃月の倜気がたた肌に匵り぀いおきた。

    公園の朚の䞋に、誰かが倒れおいる事に気づいた。最初は酔っ払いかず思った。ベンチじゃなくお地面だったから、浮浪者かずも思った。

    でも近づくに぀れお、違うずわかった。

    女の子だった。裞足で、薄いTシャツず短パンだけ着おた。䞃月の倜だからそれは倉じゃない。でも朚の根元に倒れおるのは倉だった。

    それよりもっず倉なものがあった。

    矜だ。

    癜い矜が、背䞭から生えおた。䜜り物じゃない、ずいう感じがした。

    ちゃんず肉に生えおる。鳥の矜みたいに、䜓の䞀郚ずしおくっ぀いおる感じだった。

    矜の先のほうは黒く煀けおいお、ずころどころ焊げおた。焊げた端がぱらぱらず地面に萜ちおいお、機械油ず焊げた金属が混ざったような倉な匂いがした。倏の公園の、草ず土の匂いの䞭にそれだけが浮いおた。

    しゃがんで顔を芗き蟌んだ。肌が劙に癜かった。街灯の光が圓たっお、少し透き通っお芋えた。唇に血の気がなかった。でも胞が䞊䞋しおるのが芋えお、息をしおるのがわかった。

    俺は立ち䞊がっお呚りを芋た。公園には眠っおる䞭幎の男だけだった。誰も気にしおない。

    行かなきゃいけない、ず思った。ゞュンが埅っおる。早く合流しないずいけない。

    でも足が動かなかった。

    立ったたた、その子を芋おた。

    手のひらの感觊が戻っおきた。䜕かに圓たっお、止たっお、沈んだ感觊。さっきトむレで流したはずのものが、たた戻っおきた。

    このたた眮いおいったら、ずいう考えが来た。眮いおいける、ず思った。でも眮いおいけない、ずも思った。どっちが本圓かわからなかった。

    あのたた歩けばよかったず今でも思う。

    歩けばミカ゚ルに着く。ゞュンが埅っおる。
    譊察より先に隠れられる。

    頭ではそうだった。

    でも足だけが動かなかった。
    さっきたで、人が苊しんでるのを芋おも逃げた。

    今ここでたた逃げたら、俺は䞀生同じこずをする気がした。

    根拠なんおない。

    ただ、そう思った。

    気づいたらその子の腕を持っお、肩に担いでいた。

    䜓重がかかるのを芚悟したけど、空気で䜜った人圢みたいにびっくりするくらい軜かった。
    倏の熱の䞭で、その子だけが少し涌しかったのを芚えおる。

    矜が邪魔で抱えにくくお、䜕床か抱え盎した。するず矜の端が厩れお、黒い煀みたいなものが手に぀いお、払っおも取れなかった。

    その時、遠くでパトカヌのサむレンが鳎った。足が止たった。近づいおくるのか、遠ざかっおるのか、最初わからなかった。その子を担いだたた、逃げるように街灯の圱に入るず、意味もないのに息を止めた。サむレンはしばらく同じ音量で続いた。近くもなく、遠くもなく。それからゆっくり、遠くなった。

    俺は息を吐いお、女の子を担ぎ盎すず、たた歩き出した。

    背䞭の矜が歩くたびに少し揺れた。

    癜い矜が街灯を反射しお、信号機の青より癜かった。

    池袋にはいろんな栌奜の人がいる。孊生、サラリヌマン、メむド、着ぐるみ、酔っ払い、立ちんが。

    なのに女の子の矜だけは、街の景色から浮いおいた。

    東京の方が、この子を知らないみたいだった。

    HOTEL MICHAELの看板はネオンが半分切れお
    「MI  HAEL」になっおた。

    ロビヌはタバコず安い芳銙剀が混ざった匂いがしお、照明がオレンゞで薄暗い。

    受付のカりンタヌは朚目調のプラスチックが剥げかけおた。
    壁に倩䜿の絵が食っおあったけど、安いポスタヌを額に入れただけのや぀で、フレヌムが斜めになっおお誰も盎す気がないらしかった。

    背負っおた女の子はずっず眠っおた。
    䜓が軜すぎお、生きおるのかどうかたたに䞍安になった。

    フロントのおばさんが俺を芋お眉をひそめた。五十代くらいで、ずっずここにいる感じの顔だった。

    「未成幎」

    「十八っす」

    「その子は」

    「その蟺でナンパした子で、酔い朰れちゃっお。」

    おばさんは䜕も蚀わなかった。䞉秒くらい俺を芋お、それから芖線を倖した。たぶんこういうのは芋慣れおるんだず思う。

    するずロビヌの圱からゞュンが出おきた。
    俺を芋お、䜕かを蚀いかけお、次に女の子を芋お、固たった。

    「誰だよ、それ。」

    「知らん。」

    「なんで背負っおんの。」

    「知らん。」

    「お前が拟ったの」

    「倒れおたから。」

    ゞュンは䞉秒くらい黙った。そしおたた䜕かを蚀いかけた時、遠くでたたパトカヌのサむレンが鳎った。
    俺たちの心臓が跳ねた。でも今床も遠ざかっおいった。おばさんは䜕も蚀わなかった。

    ゚レベヌタヌが叀くお、閉たる時にガタンず音がした。扉が閉たった瞬間、冷房の効いた空気が満ちた。倖の熱ずの萜差で、肌がじわっずした。汗が急に冷えた。

    ガタン、ず゚レベヌタヌが止たるず扉が開いた。

    ゞュンが廊䞋を歩きながら、独り蚀みたいに蚀った。

    「たあ、連れおきちゃったもんはしょうがないけど。」

    怒っおるのか怒っおないのかわからない蚀い方だった。

    たぶん䞡方だった。

    郚屋に入るず、すえた匂いがした。
    タバコが染み蟌んだような、それより叀い䜕かが混ざった匂いだ。
    壁玙は元々癜かったのかもしれないけど、今は薄黄色になっおた。ずころどころ浮いおいお、角が剥がれおた。

    ベッドは䞀台。
    ダブルベッドで、どっかのAVで芋たような芋なかったような感じのや぀だった。
    間接照明がオレンゞで、垃団がえんじ色で、枕が劙にでかかった。

    ゞュンず男子二人で入る郚屋じゃないこずは明らかだった。

    倩井だけが違った。
    やたらでかい倩䜿の絵が描いおあった。でも倩䜿の目が党員どこかおかしかった。焊点が合っおない。生きおる人間の目じゃなかった。

    モブキャラの目みたいに、テクスチャだけ貌っおあっお、䞭に䜕もない感じ。
    この郚屋で䞀番手をかけられおるのが倩井の絵だずいうこずが、逆に䞍気味だった。

    ドアが閉たった瞬間、ゞュンが䜎い声で蚀った。

    「なんで刺したんだよ。」

    「知らん。」

    「知らんじゃねえだろ。」

    「手が動いた。」

    「手が動いたっお䜕だよ、それ。」

    ゞュンの声が裏返った。

    「俺、止める間もなかったんだぞ。」

    「俺だっお止める間なかった。」

    「お前がやったんだろうが。」

    蚀い返せなかった。
    ゞュンはそれ以䞊䜕も蚀わずに、壁に背䞭を぀けお座り蟌んだ。

    膝を抱えお、しばらく床の䞀点を芋おた。

    それから、がそっず蚀った。

    「  どうすんだよ、これ。」

    誰に聞いおるのかわからない声だった。
    答えを求めおる感じじゃなかった。

    ただ、黙っおるのがき぀かったから、蚀葉を出しただけみたいだった。

    俺も䜕も蚀えなかった。

    しばらく二人ずも黙っおた。空調だけが䜎く唞っおた。

    俺は自分の手を芋た。トむレで掗ったから䜕も぀いおなかった。でも、すぐ目を逞らした。掗っおも掗っおも萜ちない感觊が、皮膚の䞋にあった。

    「それず。」ゞュンが女の子の方を芋た。

    「なんでこい぀連れおきたんだよ。」

    「倒れおたから。」

    「バカ。倒れおたから連れおくるか、普通。」

    「お前だっお止めなかったじゃん。」

    「フロントで止めようずしたら遅かったんだよ。」

    ゞュンが額に手を圓おた。

    「矜が生えおんだぞ。コスプレか」

    「機械油の匂いする。」

    「じゃあ䜕だよ。」

    「知らん。」

    「知らんばっかりだな今日のお前。」

    返す蚀葉がなかった。

    俺は女の子をベッドに寝かせようずした。矜が邪魔で暪にできない。斜めに眮こうずした瞬間、カランッ、ず䜕かが萜ちる音がした。

    ガラケヌだった。2000幎代に䜜られたような、ずんぐりした圢の二぀折りのや぀。蓋の郚分に「業務甚」ず曞かれたシヌルが貌っおあった。

    ゞュンが拟い䞊げた。

    「開けるか」

    「開けろよ。」

    パカッず開くず、画面が光った。叀いメヌルの画面だった。そこに新芏のメッセヌゞの郚分に新着があった。「むシグロ・シンゞ43未定リストに远加。凊理保留䞭。担圓ミカ゚ル補䜐代理芋習い䞃玚」そう宛名もなく曞かれおいた。

    二人で顔を芋合わせた。

    「  むシグロっお。」ずゞュンが蚀った。

    「苗字が䞀緒なだけだろ。」

    「シンゞっお名前たで知っおたか」

    知らなかった。胃の奥が冷えた感じがした。

    ゞュンがガラケヌをベッドの枕元に眮いた。俺たち二人ずも、それ以䞊䜕も蚀わなかった。

    空調だけが䜎く唞っおた。
    ゞュンが急に立ち䞊がった。
    「  喉枇いた。」

    それだけ蚀っお、冷蔵庫を乱暎に開けた。
    猶がガチャガチャ鳎った。

    別に喉が枇いおたわけじゃないず思う。
    ただ、座ったたたでいるのが無理だったんだず思う。

    冷蔵庫の䞭にWELCOME DRINKず手曞きした玙があっお、モンスタヌ゚ナゞヌゎヌルドず猶コヌヒヌが䞀本ず぀入っおた。

    ゞュンが猶コヌヒヌを取っお俺に投げおよこした。

    「飲めよ。顔色やばい。」

    プルタブを開けお、口に぀けた。ぬるかった。

    ゞュンはそれから女の子をじっず芋た。矜を芋お、ガラケヌを芋お、それから俺を芋た。目が「こい぀䜕」ず蚀っおた。

    「  シャワヌ济びおくる。」

    俺は立ち䞊がった。手のひらの感觊がただ残っおた。掗ったずころで消えないのはわかっおたけど、掗わずにはいられなかった。

    「先行けよ。」

    ゞュンが壁にもたれたたた蚀った。

    颚呂堎は狭くお、タむルの目地が黒ずんでた。鏡が曇っおお、自分の顔ががやけお映った。それでよかった。はっきり芋たくなかった。

    湯を出すず、最初冷たくお、そのあず急に熱くなった。頭からかぶった。

    手のひらを䜕床もこすった。石鹞を぀けお、こすっお、流しお、たたこすった。

    感觊は消えなかった。圓たり前だった。手の皮膚の䞋に染み蟌んだわけじゃない。頭の䞭に残っおるだけだった。それは氎じゃ流せない。

    わかっおるのに、こすり続けた。

    しばらくしお、氎を止めた。タオルで拭いお、脱衣所に出るず、ゞュンが壁に寄りかかっお埅っおた。

    「長かったな。」

    「  悪い。」

    「別に。」

    ゞュンは俺ずすれ違いざたに、がそっず蚀った。

    「お前も蟛気臭え顔しおんな。」

    䜕も蚀い返せなかった。

    ゞュンが颚呂堎に入っお、ドアが閉たった。氎音がし始めた。

    俺はベッドの脇に座っお、倩井の倩䜿を芋おた。焊点の合わない目が、盞倉わらずどこも芋おなかった。

    その時、ギシッず音がした。

    ベッドが軜く軋んだ。

    顔を䞊げるず、女の子が目を開けおた。

    心臓が跳ねた。声も出なかった。

    女の子はしばらく目をぱちぱちさせお、寝がけた顔で倩井を芋お、それから俺の方に芖線を移した。

    䜕も蚀わずに、じっず芋おきた。

    俺は固たったたた、颚呂堎のドアの方を芋た。氎音がただ続いおた。

    「  ちょ、埅っお。」

    小声で蚀っお、立ち䞊がった。足がも぀れそうになった。

    颚呂堎のドアを叩いた。

    「ゞュン。」

    返事がなかった。氎音だけが続いおた。

    「ゞュン、起きた。」

    「は」

    くぐもった声が返っおきた。

    「女の子、起きたっお。」

    䞀瞬、氎音が止たった。

    「  マゞで。」

    「マゞで。」

    「今出れねえよ、埅っお。」

    「早くしろよ。」

    ドア越しに、ゞュンが䜕か小さく悪態を぀くのが聞こえた。

    俺は振り返った。女の子はただベッドの䞊で、こっちを芋おた。

    眠そうな顔のたた、少し銖を傟けお。

    䜕を考えおるのか、たったく読めなかった。

    それから、寝がけたたたの顔で蚀った。

    「゚ナドリ飲みたい。」

    沈黙が萜ちた。

    「あずタバコ吞いたい。」

    颚呂堎から出お来たゞュンが、ゞュンが尻もちを぀きそうになっお、慌おお腰のタオルを抌さえた。

    「お前、状況わかっおる」

    「わかっおない。でも喉枇いた。」

    俺ずゞュンは顔を芋合わせた。䜕を基準に䌚話すればいいのか、もうわからなくなっおた。

    ゞュンがずりあえずシャツを矜織りながら、冷蔵庫の方に目をやった。

    「  これしかねえけど。」

    ゞュンがモンスタヌを取り出しお、女の子の方に攟った。

    女の子は受け取るず、プルタブを開けお䞀気に飲んだ。

    喉が動くたびに黒の猶が傟いおいく。
    あっずいう間だった。

    飲み干すず、ふうっず息を吐いた。

    それからポケットから䞭南海ず曞かれた箱を取り出しお、タバコを䞀本咥えた。ラむタヌを探しおキョロキョロした。

    「ラむタヌ持っおる」

    ゞュンが濡れた髪のたた、コンビニのラむタヌを無蚀で出しお枡した。芖線は明らかに譊戒しおた。着たばかりのシャツのボタンがただ半分しか留たっおなかった。

    女の子が火を぀けるず、青い煙がくねくねず倩井に向かっお䌞びた。壊れた火灜報知噚の暪を通っお、焊点の合わない倩䜿の目の前を通っお、空調の吞い蟌み口に吞われお消えた。

    「ふいヌ。やっぱダニだな。」

    さっきたで朚の根元で死にかけおたや぀の蚀う台詞じゃなかった。俺自身、さっきたで人を刺しおたのだから責める気にもなれなかった。

    「お前、さっきたで死にそうな顔しお倒れおたけど。」ゞュンが蚀った。

    「知っおいる。倒れおた。」

    「なんで」

    「色々あっお。」

    「色々っお䜕。」

    「雷に打たれたり。」

    「雷」

    「うん。」

    「池袋で」

    「池袋の前。」

    女の子はタバコをもう䞀口吞った。

    ゞュンは髪をタオルでガシガシ拭きながら、女の子の肌を芋お蚀った。

    「どこから来たの」

    「遠いずこから来た。」

    「だから、どこから。」

    「遠いずこ。」

    ゞュンが俺を芋た。
    俺はゞュンを芋た。

    ゞュンの目がこい぀倧䞈倫かず蚀っおた。正盎、俺は肩をすくめた。

    頭がおかしいのか、気が動転しおるのか、それずも本圓に䜕かあったのか。
    でも今倜は俺自身も人を刺した埌で、「普通」の基準がどこにあるかわからなくなっおた。
    物差しが狂っおる時に、長さを枬ろうずしおも意味がない。

    「名前は」ず俺は聞いた。

    「ミカ。」
    女の子は少し考えおから答えた。考える必芁があるのか、ずいう間だった。

    「苗字は。」

    「ない。」

    「ない」

    「そう。ない。」

    ゞュンがほんの少し顔を歪めた。関わりたくない、ずいう顔だった。
    でも䜕も蚀わなかった。

    ミカはタバコを指に挟んだたた、倩井を芋䞊げた。

    「この郚屋、倩䜿の絵あるじゃん」

    「ラブホだから。」
    ずゞュンが答えた。
    声が平坊だった。もう普通に䌚話するこずにしたらしかった。疲れおるのかもしれない。

    「目がおかしくね」

    「確かにおかしい。」

    「なんで誰も盎さないんだろ。」

    「知らん。」

    その絵は確かにおかしかった。翌を広げた倩䜿が䜕䜓も描かれおいお、どれも粟巧なのに、目だけが虚ろだった。どこを芋おるのかわからない。いや、䜕も芋おない感じだった。生きおない目だった。

    さっき鏡の䞭で芋た自分の目に、少し䌌おた。

    ミカはしばらくその絵を芋おた。䜕を考えおるのか読めなかった。タバコの煙が现く揺れお、たた倩井ぞ向かった。

    その時、ミカが䜓を動かしたはずみで、リモコンが尻の䞋から出おきた。テレビが勝手に぀いた。NHKのニュヌスだった。

    「本日倕方、板橋区のマンションで匷盗傷害事件が発生、䜏人の男性が腹郚を刺され重傷、譊芖庁は耇数の少幎による犯行ずみお捜査を進めおいたす——。」

    ゞュンが玠早く立ち䞊がり、テレビに向かった。ただ髪が濡れおた。

    「埅っお。」

    ミカが声を出した。さっきたでず衚情が違った。

    「板橋っお蚀った」

    「うん。」

    俺は答えた。声が少し也いた。

    ミカはしばらく黙っおた。それからゆっくりず、さっき俺たちが拟ったガラケヌを手に取った。パカッず開いお画面を読むず、たた閉じた。

    信じおるのか信じおないのか、わからない声だった。

    「たあ、いいけど。」

    その「たあ、いいけど」の方が、なぜかしんどかった。嘘だずバレおるのに、远及されないずいう感じだった。

    ゞュンが俺の隣に来お、肘で軜く突いた。

    「譊察に売るんじゃないか。」

    物凄い小声だった。

    「知らねえよ。ずがけずいたし。」

    「バレおないず思う」

    「わからん。」

    「わからんばっかりだな、今日のお前。」

    蚀い返せなかった。

    ゞュンは眉をひそめた。でも声を荒げなかった。荒げる䜙力が残っおないのかもしれなかった。

    ミカはそのやりずりを聞いおるのか聞いおないのか、たた倩井を芋䞊げおた。

    「今日ほんずキツかった。」

    ミカが急に蚀った。

    「そうなの」ゞュンが圓たり障りなく返した。

    「朝から十䞀人捌いた。」

    「ぞえ。十䞀人。」

    ゞュンが繰り返した。頭おかしい、ず思いながら盞槌を打っおる顔だった。

    「うん。で、移動䞭に雷。」

    「灜難だったね。」

    「十䞀人捌くっお、䜕の仕事しおんの。」

    俺は聞いた。

    「回収。」

    「䜕を。」

    「䜕っおanimaを。」

    animaっお䜕だず思った。アニマルか
    ミカはタバコの灰をベッドの端で萜ずした。

    「今日は病院が倚かった。ほら、病院っお独特の空気があるじゃん。」

    「た、確かにあるね。」

    ゞュンが返事をした。目が死んでいた。

    「あの空気の䞭でずっず仕事しおるず、なんか重くなる。慣れおる぀もりなんだけど。」

    「慣れないもんなの。」

    「慣れたくもないし。」

    ミカの声が、その䞀蚀だけ少し違った。軜口じゃなかった。ただ本圓のこずを蚀った、ずいう感じだった。

    ゞュンが俺を芋た。今床は「おい」じゃなかった。䜕か匕っかかり始めおる目だった。

    その時、ガラケヌが鳎った。

    ミカが手を䌞ばしお画面を開いた。それから小さく舌打ちした。

    「なんか来た」

    ゞュンが聞いた。

    「板橋の病院から。さっき凊理した人の隣のベッドの人が急倉した。」

    「急倉っお。」

    「たあそういうこず。」

    ミカはガラケヌを閉じた。

    「チキショり。埌で行かないずいけない。」

    「回収しに」ず俺は蚀った。

    ミカが俺を芋た。少し間があった。

    「そう。」

    窓の倖で蝉がただ鳎いおた。䞃月の倜だった。

    コン、コン。

    䞉人ずも動きを止めた。

    心臓が跳ねた。譊察か、ず俺は思った。でも違う。譊察のノックじゃない。

    「ミカ。」

    声が響いた。䜎くお、也いた声だった。

    「知り合い」ゞュンが譊戒したように小声で聞いた。ただ髪が也いおなかった。

    「䞊の人。」

    「䞊っお。」

    「うるさい人。」

    ゞュンが電気を消した。カヌテンの隙間からラブホのネオンが滲み蟌んできた。暗くなるず郚屋が氎槜みたいになった。

    「ミカ。いるのはわかっおる。」

    ミカがため息を぀いた。「ぞヌい。」

    「返事すんな。」

    ゞュンが歯の間から囁いた。でも遅かった。

    沈黙があった。壁越しでもわかるくらいの深い深いため息が聞こえた。

    「開けるぞ。」

    オヌトロックにも関わらずカチャ、ずドアが開いた。

    廊䞋男が入っおきた。背が高くお、倩井に届くかず思うくらいだった。
    黒いスヌツを着お现くお、皺䞀぀なかった。袖口ず襟だけが癜い。でも癜いのに、光を跳ね返さない。

    顔が芋えなかったけど、茪郭はあった。でも特城が぀かめない。

    手だけが、はっきり芋えた。ドア枠に添えられた手が、死人みたいだった。

    男は郚屋を芋回した。ミカを芋た。俺たちを芋た。

    「  こい぀らは」

    「助けおもらった。」

    ミカが答えた。

    男は少し黙った。それからミカに向かっお蚀った。

    「むシグロ・シンゞ。四十䞉歳。本来今倜が予定だったが、ズレた」

    「知っおる。メヌル来おた。」

    「劻の垰宅が䞃分早たった。」

    䞃分。その蚀葉が頭の䞭で反響した。

    「お前達。」

    男が俺たちの方を向かないたた蚀った。

    「刑が軜くなるぞ。」

    声に枩床がなかった。

    「よかったな。」

    ゞュンが「どういう意味だ」ず䜎い声で蚀った。ただシャツのボタンが半分しか留たっおなかった。

    男は答えなかった。

    ミカが立ち䞊がった。䞭南海をテヌブルの端で揉み消した。

    「行かないずいけない」

    「板橋の病院がある。」

    「知っおたヌす。さっきメヌル来おた。」

    「知っおるなら早く来い。始末曞が増える。」

    「たた䞉癟字以内ですか。」

    「五癟字に増やした。」

    「増やした意味ありたす」

    「お前のせいだ。」

    男がドアを開けたたた廊䞋に出た。

    ミカが俺たちを振り返った。眠そうな、さっきず倉わらない顔だった。

    「えヌっず。」

    ミカが少し考えた。

    「助けおくれおありがずう。」

    間があった。

    「次に䌚う時は仕事で来るから。できるだけ先にしおほしい。」

    「どういう仕事だよ。」

    ゞュンが蚀った。

    ミカは答えなかった。ただ少し口の端を䞊げた。

    その瞬間だった。

    「どけ譊察だ」

    男が蚀うず埌ろに折りたたたれおいたものを広げた。

    「ぞヌい。」

    そう蚀うずミカも矜を広げた。

    次の瞬間、照明が党郚消えた。颚だけが吹いお、矜音がした。

    次に電気が぀いた時、二人ずも消えおた。残っおたのは、空になったモンスタヌ゚ナゞヌの猶ず、テヌブルに揉み消された䞭南海の吞い殻だけだった。

    「動くな」

    足音がするず制服の譊官が雪厩れ蟌んできた。

    床に抌さえ぀けられた。手銖に冷たいものがかかった。手錠だった。

    隣を芋るず、ゞュンも同じように抌さえ぀けられおた。ただ髪が半分濡れたたただった。目が合った。䜕も蚀わなかった。蚀葉にする䜙裕は、もうどっちにもなかった。

    ミカの目を思い出した。
    誰かが俺を責めないで芋たのは、あの倜になっお初めおだった。

    刑事でもなく、むシグロでもなく、ゞュンずも少し違う。

    䜕も知らない、でも綺麗な目だった。

    窓の倖が芋えた。池袋の倜。ネオン。人。車。䞃月の熱気ず笑い声。

    䞖界は䜕も倉わっおなかった。

    ミカの蚀葉が、遅れお戻っおきた。

    次に䌚う時は仕事で来る。

    仕事。

    回収。

    朝から十䞀人捌いた、ず蚀っおた。

    病院が倚かった、ず。

    ガラケヌにむシグロ・シンゞ、四十䞉歳、凊理保留䞭、ず曞いおあった。

    あ、そういうこずか。

    そこたで考えお、やめた。
    考えたくなかった、ずいうより、もう考えられなかった。

    頭の䞭のキャパが、ずっくに䞊限を超えおた。

    頭の䞭が静かだった。
    音がしなかった。カヌペットの繊維が頬に食い蟌んでた。窓の倖の蝉がただ鳎いおた。

    䞃月の倜は、ただ続いおた。

    そしお取調宀の蛍光灯の䞋で、俺はぬるい猶コヌヒヌを飲み終えた。

    「以䞊です。」

    刑事は長い間、䜕も蚀わなかった。ICレコヌダヌの赀いランプだけが点滅しおた。
    蛍光灯も、倉わらず癜すぎた。

    それから刑事は県鏡を抌し䞊げお、静かに蚀った。

    「君もお友達も薬物反応は出なかった。」

    「知っおたす。やっおないので。」

    刑事はたた黙った。
    指を机の䞊で組んで、ほんの少しだけ目を现めた。

    「極床の興奮状態や、匷いストレス䞋では、人間は実圚しないものを芋るこずがある。」

    「  はい」

    「君たちは昚日、かなり远い詰められた状況にいた。」

    「はい。」

    「二人が同じものを芋た堎合でも、䞀方が匷く誘導すれば、もう䞀方も同じ幻芚を共有するこずがある。これは既に報告䟋がある。」

    俺は少し黙った。

    もしかしたら、そうなのかもしれない、ず思った。

    人を刺した盎埌だった。逃げお、走っお、限界だった。ゞュンも同じだった。

    二人で同じ劄想を芋おいたずしおも、おかしくはない。

    矜の生えた女の子も、死人みたいな手の男も、党郚俺たちの頭が䜜り出したものだったずしたら。

    「そうかもしれないです。」
    ず俺は蚀った。

    「気が動転しおたのは確かなので。」

    刑事は䜕も蚀わなかった。

    「ただ。」

    刑事が口を開いた。

    「308号宀に残っおいた痕跡に぀いお、䞀぀確認したいこずがある。」

    「はい。」

    「空のモンスタヌ゚ナゞヌの猶が䞀本。それから、吞い殻が䞀本。䞭南海ずいうブランドのタバコだ。」

    俺は黙っお聞いおた。

    「どちらからも、君ずお友達以倖の指王が怜出されなかった。」

    刑事は䞀床止たった。

    「正確に蚀えば、指王自䜓が存圚しなかった。猶にも、吞い殻にも。」

    郚屋が静かだった。

    「モンスタヌ゚ナゞヌは君たちのりェルカムドリンクだ。觊っおいないなら指王がないのはわかる。だが吞い殻は違う。誰かが吞っお揉み消したものだ。それに唟液も指王もない」

    刑事は県鏡を抌し䞊げた。

    「どう説明する。」

    俺は少し考えた。

    「  説明できないです。」

    正盎に蚀った。

    説明なんお、最初からできなかった。
    むシグロを刺した理由も。
    矜の生えた女の子も。
    死人みたいな手をした男も。

    説明できるこずだけが珟実なら、俺は昚日から䞀床も珟実の䞭にいないこずになる。

    だから考えるのをやめた。

    説明できなくおも起きるこずは、起きるんだず思うこずにした。

    刑事はたた黙った。長い沈黙だった。蛍光灯が癜く、静かに光り続けおた。それから小さく息を吐いお、ICレコヌダヌに目を萜ずした。

    「この話は、調曞には曞けないな。」

    それ以䞊䜕も蚀わなかった。

    取調宀の蛍光灯が、癜く、静かに光り続けおいた。

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    Sei

     
     
    ドむツ圚䜏6幎目。 趣味で小説ず絵を描いおいる5歳の玔ゞャパ高校生です。 奜きな小説家はH.G.りェルズ、村䞊韍、䌊藀蚈劃、サルバドヌル・プランセンシアetc。 のんびりず日本語保持のためにやっおいきたすので、よろしくお願いしたす

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