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Photo bysumisumi1102

Pluto-教授と、彼の恋人と、私。⑤

    ⑤ 土曜日の黒い服

    5月の終わりだった。

    学校は一年でいちばん忙しい季節を迎えていた。

    成績。

    保護者面談。

    進路相談。

    終わらない会議。

    職員室では誰もが忙しそうに歩いていて、"Hang in there."(頑張ろう!)が挨拶ではなく呪文みたいになっていた。

    だから土曜日の研修のメールを見たとき、最初に思ったのは、

    「げ、こんな忙し時に、行きたくないよ・・・」

    だった。

    生成AI研修。

    全教員参加。

    実践型ワークショップ。

    「参加できませんか。」

    そう聞かれたら断れたかもしれない。

    でも「全教員参加」と書かれているものは、たいてい参加しなければならない。

    学校という場所は、そういうところだ。

    土曜日の朝。

    クローゼットを開ける。

    黒。

    白。

    グレー。

    今日も迷わない。

    服を選ぶことに体力を使いたくない日は、黒がいちばん安心する。

    昔はもう少し色のある服も着ていた。

    青とか。緑とか。インドっぽい柄物も。

    でも、いつからだろう。

    気がつけば、クローゼットから色が少しずつ消えていた。

    鏡の前に立つ。

    ショートカット。

    少し眠そうな目。

    髪を伸ばそうと思ったことは何度もある。

    でも、そのたびに母の声が聞こえる。

    「似合わないわよ。」

    私は小さく笑って、前髪を整えた。

    四十三歳にもなって、まだ母に髪型を決められている。

    母の呪縛はしぶといものだ。


    駅まで歩く道で、風が変わった。

    雨が降る前の匂いがする。

    私はこの匂いが好きだ。

    雨そのものより、雨が降る前と、雨が上がったあとの空気が好きだった。

    アスファルトが少しだけ湿った匂い。

    くちなしの花が、いつもより強く香る朝。

    そんな日は、世界が少しだけやさしくなる気がする。

    ホームで電車を待ちながら、窓に映る自分を見た。

    四十三歳で、教師で、バツイチで、子供なしで、日本語を教えていて、星読みが好きで、豆腐が好きな、本当は天文学を研究したかった人。

    頭の中で並べてみる。

    どれも間違っていない。

    でも、どれも私ではない気がした。

    人は、肩書きだけではできていない。

    そんなことを考えながら電車に乗った。

    この日が、あとになって思えば、人生の向きを少しだけ変えた土曜日になるなんて、そのときの私は、もちろん知らなかった。

    はじめに https://note.com/pluto369/n/nd9a991f49352

    1 https://note.com/pluto369/n/n70ff91570b14

    2 https://note.com/pluto369/n/na487963d6b1b

    3 https://note.com/pluto369/n/n7fc35833181c

    4 https://note.com/pluto369/n/nfc1f077e5f59

    5 https://note.com/pluto369/n/nb99f5b50e8ab

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