Quis custodiet ipsos custodes? ―『ELDEN RING』における秩序と制度
メーテールは、かつて大いなる意志から徴を受け取り、その後も次の便りを待ち続けていた。
メスメルは、母マリカの意向によって始まった聖戦を率い、その後も影の地に残っている。マリカから新しい指示が届いたことも、聖戦を終了させる命令が出されたことも、作中では確認できない。
この二人は、上位から徴や任務を与えられた立場にある。ただし、置かれている状況は同じではない。
メーテールでは上位との接続が問題になり、メスメルでは過去に与えられた任務を誰が終了させるのかが問題になる。
Quis custodiet ipsos custodes?「番人自身を、誰が見張るのか」
現在では、権力を監督する者をさらに誰が監督するのか、という問いとして使われることが多い。
『ELDEN RING』でこの言葉を考える場合、単純に「さらに上位の監督者」を探しても十分ではない。
神人を選ぶ者、上位の意思を伝える者、与えられた権限を実行する者、律の変更案を作る者、それを採用する者が、それぞれ別の主体として存在するからである。
本稿では、これらを選抜、媒介、委任、採択という異なる役割として整理する。
ただし、これは作中に示された固定的な階級表ではない。
律そのものが変更され得る以上、世界の公式構造を図式化するためではなく「秩序」という一語の中に異なる働きを押し込まないための整理である。
また、一般兵の挙動については、設定上の制度とゲーム上の戦闘処理を分けて扱う。
政治関係が変化しても敵対状態が更新されないからといって、それだけで「新しい命令が現場へ届かなかった」という設定を導くことはできない。
メーテールとメスメルの差を入口として、秩序を構成する主体が何によって結ばれ、その関係がいつまで有効なのかを見ていく。
黄金律は何を律するのか
黄金律について比較的明確に語られているものの一つが「死王子の修復ルーン」である。
そこでは、黄金律は運命の死を取り除くことで始まったとされる。
また同じ修復ルーンによって「死に生きる理」を律の一部とすることができる。
少なくともここでいう「律」は、王朝や宗教組織の名称だけではない。
何を世界の理として含め、何をその外へ置くかという構成に関わっている。
さらに、死王子の修復ルーン、完全律の修復ルーン、忌み呪いの修復ルーンが存在する。
律は一度成立すれば変更不能になるものではなく、修復の過程で別の理を組み込まれ得る。
黄金律原理主義も、黄金律そのものとは分けて考えた方がよい。
回帰性原理や因果性原理は、黄金律を理解し、説明しようとする体系である。律そのものと、それについて構築された理論では役割が異なる。
同じことは、二本指、指読み、王、教会、軍隊にも言える。
これらは律そのものではなく、それを解釈し、伝え、社会の中で実行する側にある。
この区別を置くと、誰が最上位にいるかだけでは、秩序の働きを説明できないことが分かる。
神人の選抜と、その後の秩序
ラニは、自分、ミケラ、マレニアが神人であり、それぞれの二本指によってマリカを継ぐ新しい神の候補として選ばれたと語る。
ここでは、神人を選ぶことと、選ばれた神人が後にどのような秩序や律を目指すかを分ける必要がある。
ラニは二本指に選ばれながら、その支配を拒絶した。
自らの肉体を捨て、自分に対応する二本指を殺し、最終的には黄金律とは異なる律へ進む。
ミケラも黄金律原理主義を学んだ後、それではマレニアの腐敗を治療できないことを知り、無垢金へ向かった。
影の地では自ら神となることを目指し、ラダーンを王として新しい時代を成立させようとする。
マレニアも神人ではあるが、腐敗の眷属やゴーリーが期待する「腐敗の女神」としての役割を、本人が自らの律として掲げているわけではない。
少なくとも作中で前面に出ている本人の立場は、腐敗の女神として自らの律を掲げることではなく、ミケラの刃として仕えることである。
二本指による選抜は、選ばれた神人の後の意思決定まで拘束していない。
そして『SHADOW OF THE ERDTREE』によってメーテールの来歴が示されたことで、選ばれた側だけでなく、選ぶ側の権威も検討の対象になる。
二本指が神人を選ぶとして、その判断は何と接続していたのか。
メーテール―媒介の断線
円卓では、二本指が褪せ人を導き、指読みエンヤがその言葉を伝える。
黄金樹の拒絶の棘によって道を阻まれると、二本指は大いなる意志へ伺いを立てる。その返答には長大な時間が必要になるとエンヤは説明する。
『SHADOW OF THE ERDTREE』では、その系統がさらに遡られる。
指の母メーテールは、かつて大いなる意志から徴を受け取っていた。
しかし「彼方の杖」には、彼女が壊れ、見捨てられた後も、次の便りを待ち続けていたことが記されている。
本稿では、この状態を便宜上「断線」と呼ぶ。
ただし、ここでいう断線は、メーテールから二本指までを含む通信経路全体が完全に消滅した、という意味ではない。
大いなる意志そのものが存在しなくなったのか、沈黙したのか、メーテール側の受信が失われたのかも、この記述だけでは決められない。
確認できるのは、メーテールが壊れ、見捨てられた後も次の便りを待っていたことであり、そこから二本指がその後どのような情報源によって判断していたのかまで確定することはできない。
一方、二本指は作中で、神人を選び、褪せ人を導く存在として機能している。
ここで問題になるのは、二本指の判断が正しいか間違っているかという二択ではない。
上流から新しい情報を得ていることが確認できない一方で、媒介を担う側の役割は残っていることである。
制度の形式が存続していることと、その制度が現在も当初の情報源と接続していることは同じではない。
「完全律の修復ルーン」の記述でも、現黄金律の不完全さは「視座の揺らぎ」とされ、人と変わらず心を持つ神そのものが律の瑕疵として扱われる。
律を担う神自身も、その律を無条件に保証する存在とはされていない。
メスメル―委任はいつ終わるのか
影の地では、メーテールとは別の問題が現れる。
メスメルの聖戦は、マリカの意向によって始まった。
彼は角人への粛清を率い、その後も影の地に残されている。
一方、マリカから新しい指示が継続して届いていたことは示されない。
聖戦を撤回する命令が出されたことも確認できない。
メスメルはマリカによって瞳を封じられ、影の地へ置かれた存在でもある。
そのため、彼を単純な代理統治者とみなすことはできない。マリカによって隔離され、その後放置されたと読む余地もある。
それでも、影の地には聖戦と、それを遂行する軍事機構が残っている。
ここで扱いたいのは、上位との通信が途絶えたかどうかではなく、一度与えられた任務を、誰が、どの時点で終了させるのかという問題である。
この点では、ゴッドフレイが対照になる。
マリカはゴッドフレイとその戦士たちから祝福を奪い、狭間の地を去らせた。
その一方で、死の後には再び祝福を返し、狭間の地へ戻って戦うことを予告している。
ゴッドフレイには、祝福の剥奪と再付与が明示されている。
一度与えられた資格が永続するのではなく、与えた側によって変更され得ることが分かる。
メスメルには、そのような更新が見えない。
メーテールでは、上位から新しい徴を受け取っていることが確認できない状態でも媒介の系統が残る。
他方、メスメルでは、過去に与えられた任務を撤回・更新する契機が示されないまま聖戦が継続している。
前者は接続の問題であり、後者は委任の終了条件の問題である。
忠誠は命令への全面的な服従ではない
メスメル軍の内部を見ると、委任された目的が末端まで同じ形で貫かれているわけでもない。
火の騎士たちは、もともと黄金樹の貴族でありながら、メスメルに忠誠を誓ったことで疎まれ、故郷を追われた。
「火蛇」では、メスメルの火を受領した騎士たちが、それを自らに宿すことはできず、火の祈祷として彼と共にあろうとしたことが記されている。
その一方で、黒騎士長アンドレアスは、黄金樹を追われた後もメスメルに忠実だったが、主の蛇としての性質を知ると反乱した。
火の騎士ザルツァは蛮行を深く軽蔑し、多くの土地や村を焼いた一方、ラウフの古遺跡を焼くことには命を懸けて反対した。
ヒルドも、標本を保存すべきだと主張した者たちに加わっている。
同じ軍に属し、同じ主君へ忠誠を誓っていても、個別の命令に対する判断まで統一されていたとは言えない。
委任された目的は、組織の内部で個人の判断を通過しながら実行される。
この点でも、上位から与えられた意思と、末端で実際に行われる行為を同一視することはできない。
律の変更案を作る者と、採択する者
律の修復でも、役割は分かれている。
死王子の修復ルーンを宿すのはフィアであり、完全律の修復ルーンを見出すのは金仮面卿、忌み呪いの修復ルーンを宿すのは糞喰いである。
彼らは、それぞれ異なる理を修復ルーンという形で残す。
しかし、その誰も自分自身でエルデンリングを修復しない。
修復ルーンは、エルデの王がエルデンリングを修復するときに用いるものとして存在している。
ここでは、律の変更内容を作る側と、それを実際に採用する側が分かれている。
設定上、修復ルーンの採択は褪せ人が行う行為として表現される。
ただし、どれを採用するかはゲーム上プレイヤーに委ねられているため、選択結果から褪せ人個人の思想や動機まで推定することはできない。
神人の選抜と、その後に目指される秩序が必ずしも一致しなかったのと同じく、律の修復でも提案と採択は同じ主体に置かれていない。
制度を飛び越える褪せ人
褪せ人の立場は、この分離を考えるうえで特殊である。
狭間の地の主要勢力には、血統、領地、軍隊、家臣、教義といった背景がある。
デミゴッドたちは個人として強大であるだけでなく、その背後に支配領域や組織を持っている。
対してプレイヤーの褪せ人は、自前の領土や軍隊、黄金の一族の血統を根拠に王位を要求する存在ではない。
祝福に導かれ、円卓へ招かれ、二本指から大ルーンを集めてエルデの王を目指すよう促される。ただし、その資格が各地の支配者や軍隊から正式に承認されているわけでもない。
それでも褪せ人は各地の領域へ入り、城を突破し、最終的にはその勢力の頂点にいる本人へ直接到達する。
現地からしたら本当に飛んで火に入る夏の虫どころか、突然やって来て国家元首へ直訴ならぬ直撃をかける武装浪人である。
通常の政治過程であれば、王位や領地をめぐる争いには血統、同盟、臣下の支持、軍事力、宗教的な承認などが絡む。
『ELDEN RING』では、そのかなりの部分がゲーム上、「支配者本人まで到達し、倒せるか」という戦闘へ集約される。
各勢力から見れば、褪せ人は制度内部で承認された王候補ではない。
武装して領域へ入り、兵を倒し、主君本人へ向かう外部者でもある。
一方で、褪せ人も完全に制度の外側にいるわけではない。祝福、円卓、二本指の導きを経て旅を始めている。
既存の制度を横断する存在ではあっても、その出発点まで制度から独立しているわけではない。
現場では、異なる忠誠が同じ行動に圧縮される
一般兵については、設定とゲーム状態を分けて考える必要がある。
ゴドリック兵、赤獅子軍、ローデイル兵、聖樹兵、霊廟兵は、それぞれ異なる主君、土地、都市、聖域、戦線、死者を守っている。
しかしゲーム上では、その違いの多くが「褪せ人を発見すると攻撃する」という共通の挙動へ集約される。
政治的な変化と一般兵の状態も、常に連動するわけではない。
ネフェリの統治が成立した後もストームヴィル城内の一般兵の敵対状態は変わらず、セレンが大書庫で「カーリアの女王はもういない」と宣言した後も、学院内の一般的な敵対状態は更新されない。
一方、赤獅子城ではラダーン祭りの開始に伴って敵配置や城内の状態が大きく切り替わり、祭りが終われば通常状態へ戻る。
したがって、政治関係の変化と一般兵の挙動が一致しないことを、そのまま設定上の伝達不全と読むことはできない。
確認できるのは、どの物語上の変化をゲーム状態へ反映するかが選択されていることまでである。
また、設定上の兵士像そのものが均質なわけでもない。
アンドレアスやザルツァ、ヒルドのように名前と来歴を与えられた人物には、忠誠の理由や離反、命令への異議が存在する。
一般兵のゲーム処理では、そうした差異の多くが共通の敵対行動へ圧縮されている。
死後まで続く任務
霊廟兵や霊廟騎士は、任務の終了条件という点で特殊な例になる。
彼らは魂なきデミゴッドを守るため、自ら首を落とし、死後も主に仕える。
以前、死者から何が残るのかを考えた際には、遺灰、肉体、追憶、力、怨霊など、死後に残るものが一種類ではないことを見た。
霊廟騎士の場合、そこに役割と忠誠も加わる。
ただし、これを運命の死が黄金律から取り除かれた直接の結果とする根拠はない。死後の残留そのものは、黄金律以前や黄金樹の外にも確認できる。
今回の問題に関係するのは、少なくとも担い手が死んだ後も、主君を守る役割が残っていることである。
そのため、霊廟騎士は、担い手自身の死を任務の終了条件としない例として読むことができる。
これはメーテールの断線やメスメルの委任と同じ現象ではない。
任務の終了条件が、担い手自身の生死だけでは決まらない場合があることを示す別の例として位置づけられる。
番人の権威は、いつまで続くのか
メーテールは次の便りを待ち続け、メスメルはマリカから与えられた聖戦の中に残っている。
この二人は、ともに上位から徴や任務を与えられた立場にあるが、その状態は同じ問題として扱えない。
『ELDEN RING』の秩序は、一つの意思が上位から末端まで途切れず伝わり、その内容がそのまま実行される構造としては描かれていない。
神人を選ぶ者と、選ばれた神人が後に目指す秩序は必ずしも一致せず、律の変更案を作る者と、それを採択する者も分かれている。
最終的な採択を担う褪せ人自身も、祝福、円卓、二本指の導きから旅を始めており、それ以前の媒介から完全に独立しているわけではない。
メーテールでは、上位から新しい徴を受け取っていることが確認できない状態でも、媒介を担う側の役割が残っている。
ここでは、その権威が現在も当初の情報源とどのように接続しているのかが問題になる。
メスメルでは、過去に与えられた任務を撤回・更新する契機が示されないまま、その執行が続いている。
ゴッドフレイには祝福の剥奪と再付与が明示されるため、委任された資格や任務が更新不能であることを、この世界の一般則とすることもできない。
Quis custodiet ipsos custodes? という問いを『ELDEN RING』へ当てるなら、番人のさらに上に誰がいるのかだけを探しても足りない。
上位との接続が現在も有効なのか、委任された権限や任務を誰が更新し、誰が終了させるのか。この二つは分けて考える必要がある。
メーテールは前者を、メスメルは後者を、それぞれ別の形で浮かび上がらせている。
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