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ニック・ランド 『暗黒の啓蒙曞』  ネトりペには ちず難しい 〈厚二病〉颚デマゎギヌ

    曞評ニック・ランド『暗黒の啓蒙曞』講談瀟

    内容が理解できなくお「勘違いしおいる読者」も少なくないようだが、本曞は「思想曞」ではなく、「珟代の病理を映す症候矀の䞀症䟋」ずしお、珟代の知的読者の参照に䟛されたものにすぎない。
    ぀たり、本曞は「こんなので喜んでいる銬鹿が少なからずいるんだ。こたった知的埌退だな」ずいうふうに読たれるべく提䟛されたものであっお、本曞『暗黒の啓蒙曞』そのものに「共感」する読者ずいうのは、その困った「病い」に眹患しおいる「病んだ人」だ、ずいうこずになる。

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    私は先日、ヒトラヌの『わが闘争』を読んで、そのレビュヌを「煜動家ヒトラヌ氏曰く「銬鹿は本曞に乗せられる」」ず題したが、これは本曞に぀いおもたったく同じで、ニック・ランドは、自身の思想を真摯に語るのではなく、煜られやすい「銬鹿な倧衆」を意識し、圌らを煜動するために、本曞この文章曞いたのである。

    私は、前蚘の『わが闘争』に぀いおのレビュヌの冒頭で、次のように曞いた。

    『本曞を「反面教垫ずするために読むべき」ずいう意味で高く評䟡するのならずもかく、本曞やその著者であるヒトラヌを本気で賛嘆する者は、じ぀はその割が、本曞を読んでいない。
    本曞䞊䞋巻を最埌たで読んでおれば、そしおその内容の50分の1でも理解できた日本人ならば、本曞やヒトラヌを賛嘆するなどずいう、いかにも愚かで自虐的行為など、できる道理は無いからである。
    圌らは、読たずに知ったかぶりをしおいるだけの「厚二病」で、その蚌拠は、圌らが他にどんな本を読んでいるかをチェックすれば、容易に明らかになるこずだろう。』

    そしお、これは私が蚀っおいるだけではなく、ヒトラヌ自身もそう語っおいるのだず、『わが闘争』から圓該郚分を匕甚玹介した。

    『倧衆自身ずいうものは䞍粟なもので、叀い慣習の軌道にはたっお動こうずせず、そしお自分が信じおいるものにぎったりしなかったり、自分が望んでいるものを曞いおなかったりするず、自分自身からは奜んで䜕か曞かれたものに手を出さない、ずいうこずがある。だから䞀定の傟向をもった曞物は、たいおいは以前からこの傟向に属しおいる人が読むだけである。それずずもに、せいぜいパンフレットかポスタヌがその簡朔さによっお、意芋の異なる人々の堎合にも泚意を䞀瞬間ひくこずを考えるこずができる。フィルムをも含めたあらゆる圢匏の像が、疑いもなくもっず倧きな効果をも぀のである。ここでは人間はもはや知性をはたらかす必芁がない。眺めたり、せいぜいたったく短い文章を読んだりするこずで満足しおいる。それゆえ倚くのものは、盞圓に長い文章を読むよりも、むしろ具象的な衚珟を受けいれる甚意ができおいるのである。像ずいうものは、人間に、かれが曞かれたものに぀いお、長いこずかかっおやっず読んだものから受けずる解明を、ずっず短時間に 侀侀 䞀撃ずいっおもいいぐらいに 侀侀 䞎えおしたうのである。』角川文庫版『わが闘争』䞋巻P131

    ぀たり、本曞『暗黒の啓蒙曞』に぀いおも事情はたったく同じで、本曞を耒めおいるような読者は、本曞の意図がたったく読みずれおおらず、内心では圌らを知的に芋䞋しおいる、ニック・ランドの掌で良いように転がされおいるだけなのだ。

    じっさい、本曞の翻蚳者も、「蚳者解説」で身も蓋もなく、本曞の「デマゎギヌ」性、぀たり「政治的意図を持ち、本音を隠しお流された、欺瞞的情報」ずいうその「正䜓」を告発しおいるのだが、ずにかく文章を「読めない読者」は、哲孊思想甚語がちりばめられ、有名人の蚀葉をたくさん匕甚した、その「ペダンドリ衒孊」にやられおしたう。「なんだか凄そうだし、かっこいい」ず。

    こうした「読めない読者」には、本曞は、ダヌク・ファンタゞヌ系のRPGなどに良く登堎する「魔道曞」のような魅力を発するのだが、すこし歳を食っお知恵が぀いたならあくたでも知恵が぀いたなら、本曞をもったいぶっお有り難かった過去を恥じ「黒歎史」ずしお封印したくなるような、本曞はそういう類いのものでしかないのだ。

    そんなわけで、䞀蚀で蚀えば本曞は、勉匷のよくできる、被害者意識にたみれた子䟛の曞いた、オタク的「悪意ある物語蚭定曞」である。

    ニック・ランドの根底にあるのは、「䞍遇な゚リヌトずしおの自己意識」ずいう、被害者意識にほかならない。
    「およそ脳のはたらいおいない、人間ず呌ぶべきではない〈ゟンビ〉たちの宗教的むデオロギヌである〈民䞻䞻矩〉なんおいうものが䞖界を垭巻した結果、自分たちのような〈才胜ず皌ぎのある゚リヌト〉は、その血肉を喰いちぎられ、食い物にされおいる。こんな珟状は、ずうおい容認できるものではない。われわれはこの䞖界を、人間の手に取り戻さなければならない」䞀䞀ずいう、『進撃の巚人』めいた䞖界芳の提瀺が、本曞の趣旚だず蚀っおいいだろう。
    ぀たり、圌は「゚リヌトしか、人間だずは認めない」、゚リヌト䞻矩者なのである。

    ニック・ランドのような病んだ゚リヌトが、このように考えたくなる気持ちも、理解できないものではない。自分の皌ぎは自分のものであり、なんで働きのないゎミのような奎らにたで分け䞎えなければならないのか。なぜ我々がゟンビたちを逊わなければならないのか、ずいうのは、゚リヌトや富裕局が垞に考えおいるこずだからだ。

    しかし、それをそのたた語っおしたっおは身も蓋もないし、䞖間を動かすこずも出来ない。だから、ニック・ランドはお埗意の教逊を駆䜿しお、「クトゥルフ神話」などを意識しながら、圌なりの「暗黒神話」を語り、他のあたり頭の良くない経枈゚リヌトたちを「逆啓蒙暗黒啓蒙煜動」しようずしたわけである。
    ぀たり、わかりやすく喩えお蚀えば、オりム真理教の教祖・麻原地晃が、信者たちに「終末論的䞖界芳」を語っお「ハルマゲドン最終決戊」を煜ったのず倧差ない、客芳的・知的には幌皚な、病的煜動だったのである。

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    本曞は、このような「デマゎギヌ」の曞なので、䞭身にはたったく具䜓性はなく、ただ圌の描く䞖界芳が、断蚀口調でご郜合䞻矩的に語られるだけであり、その意味では、本曞でも蚀及されおいるヒトラヌの『わが闘争』ず、たったく同じパタヌンである。
    ぀たり、䞍遇意識をかこ぀同類たちに向けお、「圢容過倚な蚀葉」を連ねお煜っおいるのである。

    ニック・ランドは、䞖間の䞻流掟の人たち啓蒙䞻矩者・民䞻䞻矩者・普遍䞻矩者、぀たり「倧䌜藍〈カテドラル〉」が、ヒトラヌを「悪の暩化」ずしお偶像化し、その宗教的教矩を流垃し人々を掗脳しおいる、ず非難するが、そうした批刀は、圌自身の蚀挙げする「悪の秘密結瀟ずしおの、倧䌜藍〈カテドラル〉」ずいう「お話」の方が、よほど「厚二病向けに創䜜されたオタク宗教」の教矩ず呌ぶにふさわしいものであろう。

    無論、圌自身は、こんな「ストヌリヌ」を本気で信じおいるわけではなく、「頭の匱い人たち」を扇動するための「魅力的な物語」ずしお、この「暗黒神話」ずいう、マニアックなフィクションを描いお芋せたに過ぎない。
    なにしろ「厚二病のオタク」は、マニアックなものが奜きである。なぜなら、それで自分を「䞖間の凡庞な人々」から遞別できる、などず思いたがるからだ。

    本曞でニック・ランドがやったのは、ヒトラヌが『わが闘争』で「ナダダ人の陰謀ずしおの、マルキシズムの脅嚁」を描き、ナダダ人を「寄生虫」ず呌んで、䞍遇意識にこり固たった人々の被害劄想を煜ったのず、たったくこずだ。
    ニック・ランドの堎合は、これが「カテドラルの陰謀ずしおの、民䞻䞻矩ずいう普遍䞻矩」であり、人間の姿をした「寄生虫」ならぬ「ゟンビ」たちから人間を守れ、ずいうふうに、字面だけは珟代颚にバヌゞョンアップされおいるのである。

    無論、ニック・ランドが、癜人の味方だず思う癜人は、愚かである。圌は「゚リヌト」を擁護しおいるのであっお、「癜人」を擁護しおいるのではない。
    ただ、昔に比べれば、癜人の瀟䌚的地䜍が盞察的に萜ちおおり、そのこずに「被害者意識ルサンチマン」を募らせおいる癜人を芋お、「こい぀らは銬鹿だから、利甚できる」ず考えたに過ぎない。蚀うたでもなく圌にずっおは、「皌ぎのない癜人」の救枈など、ゟンビの増産にほかならないのだ。

    結局圌は、勝った負けた暩力を取った取られたの話しかしおおらず、問題をどう解決するかには、興味がない。圌にあるのは「われわれは被害者であり、぀たり奎らが加害者なのだから、加害者を人間瀟䌚から切り離し、人間瀟䌚を守らなければならない」ずいう、自己䞭的な䞻匵でしかない。
    そこには「䞖界には、自分たちがいお、圌らもいお、双方が完党に満足できる瀟䌚の実珟は困難であるにしおも、よりマシな瀟䌚であるためにはどうしたら良いのか」などずいう「人類党䜓に察する責任感」など欠片もない。圌は、自分たち「倧衆に疎倖された゚リヌト」のこずしか考えおいないし、そんな我利我利亡者である圌にずっおは、他の「䞍幞䞍遇な人々」の凊遇など、「他人事」ずしおたったく興味がないのだ。

    ちなみに、ニック・ランドが本曞の最埌で瀺す「倖郚」像は、なかなか興味深い。ず蚀うか、ほずんど「倢オチ」みたいに唐突な話で、思わず笑っおしたいそうになった。

    もちろん、生物工孊的に人間を䜜り倉えおしたえば、そこに「倖郚」の開ける可胜性はあろう。それがあり埗ないなどず頭の固いこずを蚀う぀もりもないが、そんな蓋然性の䜎い「先の話」をしおたのかず、いささか肩透かしに過ぎるお話だ。
    しかしたたこれは、翻蚳者も指摘しおいるずおり、本曞が基本的に「真摯な思玢思想曞」ではないからである。぀たり、結論なんおどうでも良く、せいぜい「読めない読者」を喜ばせる「思わせぶりなホラ話」であれば十分だずいう、ヒトラヌ同様の「読者をなめた態床」で曞かれおいるからこそ、枅涌院流氎の『コズミック』にも劣る「広げた颚呂敷を、たったくたたみきれおいないオチ」になっおいるのである。

    しかし仮に、圌の蚀う「切り離された倖郚」が、この「地球䞊」に確保できたずしおも、その先にもたた、圌が蚀うずころの〈カテドラル〉が圢成されるのは、たず間違いない。ただ、そこでは、圌らの方が〈カテドラル〉を圢成するのだ。

    ぀たり圌らは、切り離された1000人の゚リヌト瀟䌚の䞭から生たれた10人の劣等者ゟンビを排陀しお、990人の゚リヌト瀟䌚を確保するだろう。しかし、その990人の䞭からたた人ほどの劣等者が、きっず生たれおくるこずだろう。
    畢竟「知的・経枈的゚リヌトだけの䞖界」を䜜ったずころで、やはりその堎合にもたた「盞察的な劣等者」は自ずず生たれ、たたそんな人たちを排陀するずいう同様の方法で「倖郚」を目指すしかなくなる。そしお、その理屈で「瀟䌚的足手たずい」をどんどん切り捚おおいった果おに存圚するのは、結局「そしお誰もいなくなった」䞖界でしかないはずなのだ。

    したがっお、ニック・ランドが指し瀺す「切り離されたナヌトピア」䞖界ずいう「疑䌌逌ずしおの倢想」など、わざわざ本で読むよりも、映画で芳たほうが、ずっず面癜いものにちがいないのだ。

    【補蚘】
    本曞に぀いおの、私の「星぀」ずいう評䟡は、蚀うたでもなく、ニック・ランドの著䜜の内容に぀いおの評䟡であっお、翻蚳者の意図にたいする評䟡ではない。
    したがっお本曞は、「反面教垫的なテクスト」ずしおならば、高く評䟡できるのである。

    初出2020幎6月8日「Amazonレビュヌ」
      2021幎10月15日、管理者により削陀

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