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Photo bytonarinomayu

三題噺ショートショートvol.41_野球小僧

    落語家もすなる三題噺といふものを、コジも、してみむとてするなり。

    企画もの、大の苦手なのである。

    どんな親しい人の企画ものでも、なかなか素直には乗れない。

    私は、「ルール」とか「決まり事」とか「期限」とか「締め切り」とかという制限事項が世の中で一番嫌いなのだ。

    いくつになろうが、聞かん坊の悪ガキ。それが、私、kojuroだからである。


    え?落語?三題噺?ヤスシさん?

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    ヤスシさんの記事より



    心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟つぶやいた。

    コジ、別名、天の邪鬼志朗あまのじゃくしろうだろ。「もし書けなかったとしても、それはそれでOK。でも、やってみなきゃ、もったいない!」なんてこと言われたら、逆に書きたくなるんじゃないの?


    なんのはなしですか。

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    書くの?書かないの?どっちなんだいっ!



    わかったよ、書くよ。書く書く。書けば良いんでしょ、リトル。それで、いいんだろ?


    ブラックホールよりも重い重い重い腰を上げて、半ば自暴自棄に筆を執る。

    さて。では、三題噺ショートショート「野球小僧」まいりましょうか。


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    高校時代、識しきという名のメンバーがいた。

    勉強家で何でも出来たが、特に文学に興味があって短歌や詩をたくさん作っていた。

    しかも野球好きが半端ではなくて。練習には、誰よりも打ち込んでいた。

    だが。

    成績は常にトップだったが、終ぞベンチ入りは叶わなかった。

    それでもスタンドでは宛さながら応援団長で。本物の応援団より声を出し、下働きは厭わずし、へこたれた様子など微塵も見せなかった。




    東京六大学唯一の国立大学に進学し、晴れて野球部に入部したが、程なく病気となり、あっという間にこの世を去った。




    普通、秀才というのは皆と一線を画した存在で。どうしても、やっかみの対象になる。

    識はその点、全く違った。

    爆声を出し尽くす迫力の応援は、確実にグラウンドの隅々まで轟き渡り、チームのみならずスタンド全体の魂を掴み奮い立たせたのだ。

    識は人気者だった。

    TSUTAYAの隣の肉屋のコロッケをみんなで頬張り、夕焼けを見つつ帰ったのを思い出す。



    識の名字は、正岡だった。


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    《余滴》
    をかしきは
    三つの四角に
    まり投げて
    走り廻るも
    人のわざかな

    今回の三題噺は、偉大なる元祖野球小僧、正岡子規に捧げる。

    そんなこんなを家内と語らおうとしてソファーに目をやると、家内が脚を指さしてニッコリと笑って言った。


    「コジくん、野球小僧じゃなくてさぁ、マッサー(注1)小僧になりなよ!」



    ……。


    マッサージすると、家内は上機嫌である。

    家内が上機嫌だと、我が家は平和である。


    だから。


    これで、いいのだ。

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    腕、上がらないなぁ


    (注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。



    今日の投稿を入れて、41作。俺にしちゃあ、三題噺もけっこう書いたは書いたが。これ、どこまで続くの?


    いつまで書くの?

    まさに、お題を発してくれるヤスシさんとの根競べだな。


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    子規が長生きをしていたら野球も変わっただろうって、話





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