メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byinagakijunya

三題噺ショートショートvol.44_道

    落語家もすなる三題噺といふものを、コジも、してみむとてするなり。

    企画もの、大の苦手なのである。

    どんな親しい人の企画ものでも、なかなか素直には乗れない。

    私は、「ルール」とか「決まり事」とか「期限」とか「締め切り」とかという制限事項が世の中で一番嫌いなのだ。

    いくつになろうが、聞かん坊の悪ガキ。それが、私、kojuroだからである。


    え?落語?三題噺?ヤスシさん?

    画像
    ヤスシさんの記事より



    心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟つぶやいた。

    コジ、別名、天の邪鬼志朗あまのじゃくしろうだろ。「もし書けなかったとしても、それはそれでOK。でも、やってみなきゃ、もったいない!」なんてこと言われたら、逆に書きたくなるんじゃないの?


    なんのはなしですか。

    画像
    書くの?書かないの?どっちなんだいっ!



    わかったよ、書くよ。書く書く。書けば良いんでしょ、リトル。それで、いいんだろ?


    ブラックホールよりも重い重い重い腰を上げて、半ば自暴自棄に筆を執る。

    さて。では、三題噺ショートショート「道」まいりましょうか。


    画像

    本物って凄まじいと、つくづく思う。



    求もとむは、ショートを守っていた。守備がピカイチで。

    おまけに出塁率も凄い。ヒットかフォアボールか。必ず塁に出る。

    そのうえ足が速い。二塁、三塁を確実に陥おとしいれる。

    走攻守揃うとよく言うが。求の場合は、更に“努力”がつく。

    彼より早くグラウンドに着いたこともなければ、遅く帰ったこともない。

    いつ家に帰り、寝ているんだろう?

    本気でそう、思っていた。




    高校を出ると求は家を継いだ。かなりの借金があると言っていたが、年の離れた妹に、初任給でぬいぐるみを買ってあげたら財布が空になったと笑っていた。

    おやじさんが直すぐに病気で亡くなり、それからは一人で家族を養い。ただ只管ひたすら働いた。




    ずっと、ずっと。




    ある祝日の翌日、求の工場には灯りがついていなかった。

    「最高の人生だった」

    求の最後の言葉だ。




    工場の消えた電球は、また、煌々こうこうと点いている。

    借金は完済。結構な保険金を残し。工場と家族と従業員を守った。



    求は、求道者そのものだった。

    画像


    そんなこんなを家内と語らおうとしてソファーに目をやると、家内が脚を指さしてニッコリと笑って言った。


    「コジくんの道は、マッサー(注1)ね。頼むね!」



    ……。


    マッサージすると、家内は上機嫌である。

    家内が上機嫌だと、我が家は平和である。


    だから。


    これで、いいのだ。

    画像
    三題噺は…ただ、ただ、ムズい


    (注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。



    今日の投稿を入れて、44作。俺にしちゃあ、三題噺もけっこう書いたは書いたが。これ、どこまで続くの?


    いつまで書くの?

    お題を発してくれるヤスシさんとの根競べだ。


    画像
    三題噺って、すこぶるムズいって、話

    この記事が参加している募集

     
     
     

    kojuro

     
     
    なぜかキナリ杯をきっかけに、noteを書くようになった。気ままに、気長に、書きたいときに、書きたいことを書きたいだけ書く。

    あなたへのおすすめ