
百観音巡礼、満願。北向観音と善光寺で「ありがとう」を伝えてきた3日間の旅
序章|3冊の納経帳と、私の「内なる旅」
手元には3冊の納経帳があります。

百観音様とご縁を結んだことをこの納経帳を開くたびに思い出し、これまでのことを振り返ります。
2023年から始まった、秩父、西国、坂東をめぐる百観音霊場巡り。
その間に四国の逆打ちお遍路も重なり、私の人生において最も濃密で、そして最も自分の内面と深く向き合う時間が流れていました。
そして、無事に満願(結願)のお礼参りの日を迎えることができました。
目標としていた百観音をすべてお参りできたことは、ただ「場所を巡った」という物理的な達成にとどまりません。
私自身の魂の奥深くまで光を当て、人生の過去・現在・未来を繋ぎ直すような、壮大な「内なる旅」でした。
いつか自分の人生を静かに振り返る時が来たとき、
「あの巡礼をやり遂げて本当に良かった」と心から思える、かけがえのない宝物になると確信しています。
しかし、百観音をめぐり終えたことは、決して「終わり」ではありません。それは一つの美しい区切りであり、浄化された新しい自分として、次のステージへと向かうための「出発」でもあります。
現世の利益を授け、北向きに未来を見つめる「北向観音」。
そして、来世の極楽浄土を約束し、静かに人々の祈りを受け止める「善光寺」。
この二つの聖地を結ぶ三日間の小さな旅は、私にとってこれまでの歩みを労い、これからの人生の羅針盤をセットし直す旅でした。
準備編|AIと一緒に考えた、自分だけの最高のプラン
今回の旅は、長きにわたる巡礼の締めくくり。
「ツアーで参加者の方と分かち合うのもいいな。最後は自力で最高の行程を組んでみるのもいいな」というどちらの思いもがありました。
少しだけお礼参りを急ぎたい理由(気分)もあって。
ツアーだと日程的に合わないのともう少し早く行きたい。
そして日帰りだと満願の思いを味わうにはあっという間だなぁと考えて、調べ始めました。
AIの力も借りながら、時間をかけて計画を練り上げていく時間は、すでに旅の始まりであり、とてもワクワクするものでした。
徹底的に調べ上げ、今の自分が「見たい」「感じたい」「味わいたい」と思う要素をすべて盛り込んだ、気合十分のプランが完成し、ひとり旅でのお礼参りに行くことを決めました。
【1日目】 🚄 北陸新幹線(~上田)→ 🚃 上田電鉄(上田~別所温泉) 📿 北向観音(お礼参り) → 🏨 上松や 泊
【 2日目】 🚃 別所温泉~長野 →🙏 善光寺参拝(山門・本堂・お戒壇巡り) 🏨 宿坊 淵之坊 泊(写経体験)
【3日目】 ✨ お朝事(満願御礼)→🚄 長野駅~松本駅(特急しなの)~ 🚄 特急あずさで帰路
早割や平日利用といった工夫を重ねて交通費などの支出を賢く抑え、その分を現地での特別な体験や、心を満たすことに回せたのはとても良かったです。
行きは新幹線、帰りは特急、ローカル線と色々な列車に乗るという楽しみも加えることが出来ました。
工夫次第で理想の流れが固まったとき、旅の始まる前に一つの達成感を味わうことが出来ました。
私は欲張ってゆとりを持って2泊3日にしましたが、当初1泊2日で行こうとプランを練っていました。
朝早く新幹線で上田まで行き、北向観音へお参りして無料の足湯または外湯に入って(温泉を省くともっと時間短縮できます)お昼前に長野に向かい、善光寺の宿坊に泊まって、お朝事に参加するという流れでした。
これでも十分にお参り旅という目的に沿ったことが出来ます。
ですが、やはり別所温泉で1泊するということが私にとってはとても大きい意味があったように思います。
AIと相談してプランを考えることは、これまでの上野散歩などでもやってきました。
提案してくれたものを自分で精査し、この流れで抜け漏れがないか、自分でも調べて修正を加えていきました。
これをすべて自分でやっていたら、短時間でプランを作ることはできなかったかもしれません。
また、荷物についても熟考しました。
ゴロゴロとキャリーケースを引くのではなく、すべてを登山用リュック一つに集約。
身軽に動けることは、心まで軽くしてくれます。
お土産が増えると少しかさばるという難点はありましたが、そこはエコバッグ持参で乗り切りました。
背中に感じるリュックの適度な重みは、これまでの巡礼で背負ってきた経験の重みと重なり、心地よいものでした。
1日目|北向観音へ。別所温泉の夜のぬくもり
旅の始まりは、北陸新幹線。
車窓から、移りゆく景色を眺めていると、日常のスイッチがゆっくりとオフに切り替わっていくのを感じます。
上田駅でローカル線の上田電鉄に乗り換え、別所温泉へ。
上田電鉄は紆余曲折あって現在は別所線を残すのみになったという歴史に触れると、時代の流れを感じます。
ガタゴトと揺れるリズミカルな音と、窓から差し込む柔らかな光に包まれながら、のんびりとした時間が流れていきました。


別所温泉に到着し、まずは旅館に荷物を預け、いよいよ北向観音へのお礼参りへ向かいました。
(旅館に行く前に一度門前を通り過ぎていますが)



境内に足を踏み入れた瞬間、空気がふっと変わるのを感じました。
平日ということもあってか参拝者は少なく、深く呼吸をするたびに、心がスッと鎮まっていくような空気感が広がります。
本堂の前に立ち、静かに手を合わせました。
暑い日も、寒い日も、一歩ずつ進んできた日々。
時には迷い、時には励まされながら重ねてきた祈り。
ただただ、「無事にここまで導いていただき、ありがとうございました」という感謝の念だけが、静かに溢れていきました。
その後、安楽寺、浄楽寺、別所神社と、この地のエネルギーを感じながらお参りしました。








荷物を先に預けていた旅館「上松や」さんにチェックイン。
すぐに、楽しみにしていた温泉へと向かいました。



別所温泉の滑らかで優しいお湯は、ほのかに硫黄の香りがします。
少し熱めのお湯なので、露天風呂でゆっくりしました。
少しひとり旅で気を張っていた心も、解きほぐされていきました。
夕食は、お部屋食のコースでした。
実はこの日、タイミングを逃してお昼を食べ損ねていました。
また、お茶が出来たらと思い、事前に調べて「ここに行きたい」と思っていたカフェが、なんと臨時休業だったのです。
あんみつを食べる予定でした。
ジェラートを食べられたらと思っていたのですが、ジェラート屋さんもやっていませんでした。
たまたまかもしれませんが、平日は空いている反面、やっていないお店もあったり、臨時休業だったりということもあるようなので、これから行かれる方は少し注意が必要かもしれません。
しかし、お昼を抜いたことで夕食の美味しさは格別なものになりました。
運ばれてくるお料理は、一つひとつが本当に丁寧に作られており、彩りも鮮やか。
目で楽しみ、舌で味わう「ザ・旅館」という王道のお食事は久しぶりで、心からの大満足を味わい、見事に完食しました。
むしろお昼抜きで良かったとも思いました。
そして夜、もう一度お風呂に行こうとしたところで、予期せぬハプニングが。
旅館の方から「ボイラーの故障でシャワーが使えない」とのご連絡があり、代わりに外湯の無料券をいただいたのです。
別所温泉には、無料の足湯を含む趣の異なる外湯がいくつか点在しています。

せっかくの機会なので、3つある外湯の中のひとつへ足を運んでみました。
上松やさんからすぐの石湯という真田幸村の隠し湯です。


そこには、古き良き日本の原風景が色濃く残っていました。
観光客も地元の人も分け隔てなく、お互いに軽く言葉を交わし、場所を譲り合う心地よい空間。
「ボイラーが壊れたんだってね。ゆっくりしていってね」
と、地元の方が温かい声で労ってくださり、なんだか心はほっこり、和らぎました。
シャワーも一つしかないので、交代で。
「どうぞ」という言葉、これまでの巡礼で泊まったホテルの大浴場では一度も聞かなかった言葉です。
石鹸もシャンプーも自分のものを持ち込むので、便利とは言えませんが、昔子どもの頃、家族で伊豆でキャンプに行ったときに入ったお風呂(銭湯)を思い出しました。
また、旅館のスタッフの方々の、近すぎず遠すぎない、絶妙で温かい気配りの距離感。
それは昔、家族で旅行に行き、旅館の方に大切にもてなしてもらった時の記憶を呼び起こすような、優しさに満ちたものでした。
ハプニングすらも、人の温もりを感じるための完璧な采配だったのかもしれません。



2日目|善光寺への参拝と宿坊で心を整える
温泉効果か、朝、すっきりと早く目覚めた私は、朝の澄んだ空気の中でお風呂に入り、豪華な朝食でお腹を満たしました。
ボイラーは直っていませんでしたが、温泉は源泉かけ流しなので体を洗うには工夫すれば大丈夫でした。
むしろ温泉が熱めなので、ぬるいシャワーはちょうど良いと感じたくらいです(笑)

エネルギーに満ち溢れた状態で別所温泉に別れを告げ、在来線のしなの鉄道に揺られ、ゆっくりと長野を目指します。




長野駅に降り立ち、善光寺へと向かう前に、私の中には密かなミッションがありました。
それは「モンブランを食べる」こと。
駅のお店に入ると、ケーキのモンブランと、モンブランソフトクリームがあり、心が揺れました。
そして、迷いに迷って、昨日ジェラートを食べられなかったし、とても暑い日だったというのもあって、モンブランソフトを注文しました。

その濃厚な栗の風味と冷たい口当たりが、これから歩き出す身体に活力を与えてくれました。
リュックの重みを感じながらも、長野駅から善光寺までは自分の足で歩くことにしました。
この日は気温が30度に迫る、まるで真夏のような暑さ。
しかし、一歩一歩踏みしめながら門前町を進むそのプロセスもまた、巡礼の延長線のようでした。

先に今夜お世話になる宿坊「淵之坊」へ荷物を預け、身軽になってからいざ善光寺の本堂へ。
宿坊で購入したセット券を手に、本堂内陣、内陣お戒壇巡り、山門、経蔵と巡りました。
史料館は時間の都合で、翌日に回すことにしました。





特に印象深かったのは「お戒壇巡り」です。
真っ暗闇の回廊を手探りで進む体験。
視覚が完全に奪われる中で、自分の右手の感覚を頼りに進んでいきます。
前の人にぶつかってしまいながら進むと、極楽の錠前(じょうまえ)にたどり着きます。
南無阿弥陀仏
と唱えてご縁を結び、さらに進むと出口が見えてきました。
一度古い自分をリセットし、新しく生まれ変わるような体験でした。
お参りを終え、門前町を散策しました。
善光寺の門前は非常に活気に溢れており、カフェや若者向けのおしゃれな店舗も立ち並び、歩いているだけでワクワクするエネルギーに満ちています。懐かしいモンチッチのお店もありました。

5月とは思えない暑さの中、この日もお昼はしっかり食べず、食べ歩きをしました。
杉養蜂園のはちみつ入りビネガードリンクで喉を潤し、BENIBEIのサクサクのアップルパイの甘さに癒され、高橋商店の熱々のおやきで信州の恵みを味わう。
直感に従って美味しいものに出会うことも、旅の醍醐味です。


夕刻、宿坊に戻り、お部屋へと案内していただきました。
そこでおこなったのが「写経」です。

静寂に包まれた和室で、一文字一文字に意識を集中させていく時間。
心が整っていくのを感じます。
書き上げた写経は、翌日のお朝事で奉納していただけるとのこと。
自分の祈りが形となり、仏様のもとへ届けられる喜びを感じました。
夕食は、宿坊ならではの精進料理。



お肉やお魚を使わずとも、お野菜や豆類だけでこれほどまでに色彩豊かで、滋味深く、お腹がいっぱいになるのかと驚くほどの品数でした。
お昼を門前町での軽食で済ませておいたのは、このためでもありました。



翌朝の「お朝事」は、ガイドの方が丁寧に案内してくださるとのことで、集合時間は早朝5時20分。
お朝事は季節によってスタート時間が変わります。
夏に向けてどんどん早くなる時期です。
心地よい旅の疲れと、満腹感、そして満たされた心に包まれながら、その夜は早めに、静かな眠りにつきました。
3日目|お朝事での祈りと、満願への感謝と
まだ薄暗い4時台に起きて、支度をし、ひんやりとした朝の空気が漂う中、お朝事へと向かいました。


ガイドの方から善光寺の歴史や教えについてご案内いただき、参道にひざまずいて「お数珠頂戴(おじゅずちょうだい)」の儀式に参加しました。
高僧の方に頭をお数珠で撫でていただく瞬間、不思議と心がスッと軽くなり、目に見えない大きな力で守られているような、確かなご利益を全身で感じました。
そして、本堂でのお朝事が始まりました。
堂内に響き渡る読経の声。
幾重にも重なり合う音の波動となって、伝わってきます。
法要をお願いした人だけが内陣の壇上に上がり、名前を読み上げていただけます。
私は「百観音満願御礼」として申し込みをしていました。
静粛な空気の中、静かに私の名前が読み上げられると、なぜか涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちてきました。
悲しいわけでも、苦しいわけでもありません。
それは、魂の奥底から湧き上がるような涙でした。
百の観音様とご縁を結ぶことができたのは、私だけの力ではありません。
電車やバスを運行してくれた方々、ツアーの添乗員さん、先達さん、いつも明るく手を振ってくれたツアー集合時の案内の方、お宿や食堂、ホテルで温かく迎えてくれた方々、道を整備してくれた人々。
仕事を休むことを快くOKしてくれる職場の人たち。
私をこの世に送り出してくれた両親、見守ってくれた天国にいるであろう祖父母や家族。
困難なことがあっても生きていられるのは日々の生活を支えてくれている周囲の存在あってこそです。
無数の人々の仕事と、数え切れないほどのご縁の上に、私のこの満願の日は成り立っている。
そんな思いが一気に押し寄せてきて、ただただ胸がいっぱいになりました。
この百観音巡礼を続けている数年間の間に、父がこの世を去り、母も病に倒れました。
実家じまいの話は別noteに書いています。
子どもの成長も早いですが、親の老化も同じくらい早い。
1年前に出来ていたことが出来なくなる。
いつまでも元気でいると思ったら大間違いです。
そう考えると人生や命について、家族のあり方について、一人で見つめ直すことが何度もありました。
そして、観音様の前で静かに手を合わせる時間は、常に私に前を向く力を与えてくれました。
また、行きたい時がその時期なのだということも感覚的にわかってきました。
堂内に響き渡る読経の中で、過去の悲しみも、未来への不安もすべてが溶け合い、最後には月並みな言葉かもしれませんが「感謝」しか浮かびませんでした。
生きていること。
生かされていること。
すべてが、ありがたい。
天台宗と浄土宗、二つの宗派が入れ替わる間、お戒壇巡りをと促され、昨日とはまた違う心境で、この日ももう一度させていただきました。
一度目よりも心は落ち着き、暗闇の中でより深く、ご縁を結ばせていただいたことを感じました。
お朝事が終わって帰る時にもお数珠頂戴を受けてきました。
行きと帰り(帰りは尼様でした)、2度受けられたことは本当にありがたかったです。



宿坊に戻って温かい朝食をいただき、チェックアウト。
事前に申し込んでおいた「百観音の証書」をしっかりと受け取りました。

これは私のこれまでの歩みの証明です。
心残りのないように史料館をゆっくりと見学し、バスで長野駅へと向かいました。



(centotto gelato)




帰りは時間にゆとりを持ってあえて新幹線は使わず、のんびりと特急を乗り継ぎました。
特急「しなの」で松本まで行き、そこから特急「あずさ」に乗り換えて、帰路につきました。
車窓から見える景色は、行きとは少し違って、より鮮やかに、より愛おしく見えました。
待ち時間にゆとりがあったので、松本駅でお蕎麦を食べました。
暑くなければ、松本城まで行きたかったのですが、またの機会に。

まとめ|百観音巡礼の結びと、これからの歩み
2023年から始まった百観音霊場めぐり。
納経帳に並ぶ一つひとつの御朱印は、私が私自身の心と対話し続けた記録です。


書置きでいただき、ファイリングします
北向きに未来を見つめる北向観音に、これからの希望を託し。
静かに祈りを受け止める善光寺に、これまでの歩みへの深い感謝を捧げる。
この三日間の小さな旅は、百観音巡礼という物語の「エピローグ」であると同時に、これからの人生という新しいページを開くための「プロローグ」でもありました。
完全なるひとり旅が無事に終了したことも達成感があります。
ツアーの良さ、ひとり旅の良さ、この年になって旅というもののとらえ方がより広がり、より深くなったことも大きな収穫です。
人生にはコントロールできない波が幾度も押し寄せます。
しかし、巡礼を通して得た「見えない力への信頼」と、すべてのご縁に対する「感謝」の念は、これからの私を支える揺るぎない土台となってくれるはずです。
ひとつひとつのお寺に歴史があり、昔の人も思いを持ってお参りに来ていたことに思いをはせながら、ひとり時間で秩父、坂東、西国をめぐったことを振り返ることが出来ました。
そして、今後の人生をどのように過ごしていこうかという自分への問いに対しても日常を離れたことでよりクリアに向き合うことが出来たような気がします。
満願は、終わりではありません。
すっきりと浄化された心と体で、私はまた、明日からの日常という名の新たな旅路を歩き出します。
リュックを下ろし、日常に戻った今、私の心の中には、静かだけれど力強い光が灯り続けています。
もしかしたら、再訪するかもしれませんし、新しいご縁をいただくお寺や地域もあるかもしれません。
悩んだり苦しくなったらお寺に、巡礼に足が向くかもしれません。
その時はまた真摯な気持ちをもって出かけたいと思います。
この旅の終わりを味わい、私はいつもの日常の中へと戻っていきます。
お土産を少しずつ楽しみながら。


私が歩んだ巡礼の記録
今回の満願に至るまでの、各地での巡礼の様子は以下の記事に詳しく綴っています。あわせてご覧いただければ幸いです。
秩父三十四観音
西国三十三所
坂東三十三観音
番外編ですが、四国遍路逆打ちの記録もよろしければお読みください。
追伸:母の旅立ち
この記録をまとめている中で母が永眠しました。
電話では話していたのですが、まさに百観音満願の報告を直接しに行く予定だった面会の日に。
あと数時間、生きてくれていたらと思うのですが、これもタイミングだったのでしょう。
(お礼参りを急ぎたくなっていたのもこれだったのかと後でわかりました)
お参りの報告をするたびに、「祖母、母、私と三世代でご縁をいただくのはすごいこと、ありがたいこと」と話していました。
母は最期まで感謝の言葉を口にしていました。
そして、私の中で、生老病死のとらえ方が巡礼を通じて変わったことも実感しています。
「さようなら」ではなく、「また会おうね」
「悲しい」「寂しい」ではなく、「ありがとう」
お母さん、百観音満願まで見守ってくれてありがとう。
そんな気持ちでお礼参りのnoteを締めくくります。