
2024年四国お遍路逆打ちへ行った私の記録~「いつか」を「今」に変えたきっかけと思い出~
四国遍路のきっかけ
はじまりはささいなきっかけでした。
それは、秩父三十四観音をツアーでめぐっていた時のこと。
「来年は逆打ちなのよ」
と参加者のおひとりが誰かと話している声がふと聞こえてきました。
「四国?」
「逆打ち?」
秩父→坂東→西国→四国
とめぐれたらいいなぁと漠然と思っていた私。
まだまだ遠い話だと思っていたのですが、調べてみたらとても行きたくなって、勝手に体が動き出していました。
やはり四国は遠いので、ツアーを探すことに。
連続して順番に逆に行かないと完全な逆打ちにならない。
そのプレッシャーはありました。
実際調べてみると、すでにキャンセル待ちになっているツアーもあり、とても焦りました。
でもとりあえずキャンセル待ちをしてみようと申し込みをしたら、数日後、あっさりツアー会社から「キャンセル待ちの順番が早かったのでご連絡しました」と電話がありました。
ひとつだけ行けるかどうかわからなかった回のツアーの参加が決まったことで、逆打ちで四国遍路が出来ることになりました。
紆余曲折ありながらも、こうして予約が出来たということは、四国へ行けるということは、やはりタイミング、そしてご縁なのだと思いました。
よく「四国遍路は呼ばれた人しか行けない」ということを言われます。
確かにそういう側面はあるでしょう。
でも、私は呼ばれるなんて恐れ多いと思っていました。
それなのに、出発が近づいてきたある日の夜、夢を見ました。
自分が強く思っているから夢に出てきたのだと思ったのですが、金倉寺のある像を見た時にあの夢で見たお方とそっくりで思わず
「あ!」
と声を上げてしまいました。
その話をツアーでご一緒した方にすると
「きっと呼んでくださったんですよ。良かったね」
とおっしゃってくださいました。
そのお方はお大師様のようで、智証大師(智證大師)様にも似ていました。
お大師様だったのか、智証大師だったのか、夢の中の記憶ですのでわかりません。
でも、四国に行く、お遍路に行くということは何か見えない力でつながっているのではと感じました。
そういえば、母もお大師様の夢を見たと話していたことを思い出しました。

準備を整える
ツアー選び
ツアーの予約をした話を先ほどしましたが、この予約からまずわからないことだらけ。
逆打ちのまわり方やツアーについて、情報収集から始めました。
右も左もわからない状態でしたが、調べていくうちに「逆打ち(ぎゃくうち)」という巡り方があり、うるう年に逆打ちをすると順打ちの3倍のご利益があることがわかりました。
母に聞くと、祖母もその昔めぐり、母も何度かめぐったけれど、逆打ちはしたことがないと話していました。
88番札所から1番へと遡るこの方法は、順打ちよりも道が険しく、その分功徳も大きいと言われています。
ただ、お遍路に行くならまずは順打ちからという話もあり、「今行っていいものか」と悩みました。
ですが、なぜか「今しかない」という気持ちになって、一度にすべてをめぐる時間は取れないため、2泊3日を6回に分けて巡る分割ツアーを選びました。
また4年後となると、物価高でもっとツアー代も値上がりするのでは…という気持ちもありました。
前泊することにして
ツアーの集合時間はかなり早いものが多かったです。
昨今の交通機関の遅延などが心配で、集合時間に遅れないよう、羽田空港の近くで前泊することにしました。
私は東横インユーザーなので、早めに宿泊を押さえておきました。
東横インは無料バスで空港まで送ってくれるのがとても便利です。
当日の朝、無料朝食の時間には少し早かったのですが、早い出発の人も多いためか、スタッフの方のご厚意でパンとコーヒーが用意されていました。
準備してよかったもの
歩きやすい靴はもちろん、納経帳や白衣、輪袈裟(母からもらいました)などのお遍路用品も事前に揃えました。
主に、いっぽ一歩堂さんで購入しました。
https://www.ippoippodo.com/
ツアーによっては現地で購入もできますが、一つひとつ手に取りながら準備する時間は、自分自身の心の準備にもつながった気がします。
納経帳は逆打ち専用のものを用意する方もいると旅行会社に問い合わせた際にお話ししていたので、私も逆打ち専用を購入しました。
金剛杖は本来なら持っていくものですが、私は今回は見送りました。
また、飛行機にはライター1個しか持ち込めないため、ライターに風よけを装着して使うことにしました。
ですが、これをセットして持ち込むと大きさでNGとなり、没収となってしまうため、分解してライターだけ機内持ち込みにしました。
1つのお寺で本堂と大師堂にお参りしますので、お燈明(ろうそく)2本ずつ、お線香3本を2セットをめぐるお寺の分用意します。
お賽銭も少しずつ集めておきました。
最近はキャッシュレス決済、カード払いが多いので、意外と小銭は手元になく、両替するということも視野に入れていましたが、なんとか集めました(笑)
写経もしっかりと取り組みました。
初めは慣れずにとても時間がかかりましたが、だんだんと書けるようになって、216枚(本堂と大師堂の2枚を納めますが、私は煩悩の数108×2)書きました。
最後手元にある写経したものは、高野山にすべて納めました。
※方法はそれぞれのお考えもあると思いますので、参考程度にしてください。
四国遍路を振り返って
これは完全に自分用の記録として書いています。
何度も思い出して読み返してもう行けないかもしれない、また行けるかもしれない、順打ちも別格二十霊場も行きたいという思いも含めて6回を振り返ってまとめてみました。
2年前のことを振り返ると当時のことがよみがえってきます。
お寺の写真をたくさん撮ったのですが、このnoteはガイドブックのような意味合いはなく、お寺の案内や現地の情報を期待しないでお読みください。
私が印象に残っているところだけ旅の記録として記していますので、グルメや景色などがメインです。
第1回 発願~涙と試練の階段~(3月)
空路で四国入り、香川の霊場を巡る 前泊してドキドキしながら空港へ。
集合場所に行くと、すでにもう集まっている人たちがいます。
なんとなくベテランの方というのがわかります。
飛行機は北海道に行って以来2年ぶり。
しかも四国初上陸。
期待に胸を膨らませて離陸しました。
現地で先達さんと合流して、いよいよ逆打ちのスタート。
88番からのスタート時、なぜか涙があふれてきました。
なぜなのかわかりません。
あちこちで、
「やったー」
「おめでとう」
という声と笑顔がありました。
きっと結願したのでしょう。
私も半年後はそうなれるといいなと思いながら、ここから始まるたびにワクワクしました。
お経も読み慣れていないのでお作法を先達さんに教わりました。
初めは少し恥ずかしかったのですが、だんだんと大きな声でお経を読めるようになっていきました。
旅慣れていないため、自由夕食と言われても、女一人どうやって食事をしようか悩みました。
コンビニで済ませてしまうのはつまらないので、ホテルから歩いて近くの焼き鳥屋さんへ。
地元の方が多く集まっているお店で、女一人、快く迎えていただき、高齢のご夫婦が営むお店で楽しくおしゃべりして帰ってきました。
2泊目のホテルオークラ丸亀は海のすぐそば。
競艇のレースがあれば見学できるということで行ってみたのですが、強風の影響で中止に。
ちょっと残念でした。

四国の難所は色々とあるのですが、私が一番きつかったのは弥谷寺でした。
とにかく階段が多い。
少し前に足を痛めていたので、それもあって堪えました。
中にはお寺まで行かず、途中で待っている方もいました。
愚痴を聞いてくれるお地蔵さんとわらべさん。
連続した札所にいらっしゃるのは、たくさんの愚痴を抱えた参拝者やお遍路さんがいらっしゃるからなのかもしれません。


善通寺でちょっと不思議なことがありました。
これは心の中にしまっておきますが、戒壇めぐりをしたときのことは忘れません。
見えないはずのものが見えたのが私だけというなんとも言い難い不思議なことがあったのです。
【1日目】
羽田空港✈(飛行機)→ 高松空港
(88)大窪寺【逆打ちの結願所からスタート】(87)長尾寺 → (86)志度寺
(85)八栗寺 🚠(ケーブルカー利用)(84)屋島寺【源平合戦の舞台・絶景の山の上】 → (83)一宮寺
🏨 宿泊:ホテルウィングインターナショナル高松
【2日目】
(82)根香寺 → (81)白峯寺 → (80)国分寺→(79)天皇寺 → (78)郷照寺 → (77)道隆寺(76)金倉寺 → (75)善通寺【お大師様誕生の地・広大な伽藍】
🏨 宿泊:オークラホテル丸亀
【3日目】修行の地を巡り、帰路へ(74)甲山寺 → (73)出釋迦寺
🚶(へんろ道 徒歩10分)(72)曼荼羅寺 → (71)弥谷寺【階段の難所・岩壁の仏様】
(70)本山寺 → (69)観音寺・(68)神恵院【一箇所に二つの札所】
高松空港 ✈(飛行機)→ 羽田空港
第2回 海から昇る朝日とB級グルメ(4月)
2回目は雲辺寺からのスタート。
ロープウェイで行きました。
見晴らしがよくて気持ちが良いお寺でした。
愛媛の休暇村で1泊。
温泉は久しぶり。
旅の疲れも癒えました。
瀬戸内海の景色が素晴らしく、朝少し早く目が覚めたので、せっかくなので、高台へ。
日の出の時間にちょうど間に合って、海の向こうから朝日が。
他に誰もいない、私だけの時間に感無量。

まっすぐ私のほうに朝日が向かってくるようでした。
お大師様に会えたような気持ちになりました。
すると後から別のツアーの方だと話す女性が来て、朝日に「あっ!」と言葉を飲み込んでいました。
私「こんなにまっすぐ朝日がきれいに海の向こうからやってくるなんて。お大師様が会いに来てくださったのかもしれませんね」
女性「ほんまや、感激やわ~(うるうる)」
女性は涙ぐんで「もう少し見ていたい」とおっしゃるので、私は先に「失礼します」と言ってこの場を後にしました。
今治ではB級グルメの焼豚卵飯を食べました。
アラフィフおばさんにはちょっときついお食事でした(笑)
松山空港で飲んだみかんスムージーは心にしみておいしかったです。


歩き遍路体験で、八ツ塚もひとつずつお参りしました。

【1日目】
羽田空港 ✈→ 高松空港→(67)大興寺→(66)雲邊寺 🚠(ロープウェイ利用)【標高911m・四国霊場最高峰】→(65)三角寺 🚕(タクシー乗換) 5. (64)前神寺 → (63)吉祥寺 → (62)宝寿寺
🏨 宿泊:休暇村 瀬戸内東予
【2日目】
(61)香園寺→(60)横峰寺 🚌(マイクロバス乗換)→(59)国分寺 → (58)仙遊寺 → (57)栄福寺→(56)泰山寺 → (55)南光坊 → (54)延命寺
🏨 宿泊:今治国際ホテル
【3日目】
(53)圓明寺 → (52)太山寺 → (51)石手寺→(50)繁多寺 → (49)浄土寺 → (48)西林寺→八ツ塚 🚶(徒歩15分)→ 文殊院(逆打ち元祖・衛門三郎邸跡)
(47)八坂寺 🚶(徒歩15分)→ (46)浄瑠璃寺
松山空港 ✈→ 羽田空港
第3回 難所と四万十のうなぎ(5月)
難所といわれる岩屋寺からスタートでした。
でも体感ですが、私的には弥谷寺のほうがキツかったです。
3回目ともなると心構えができるのとYouTubeで予習しているのと、体力が少しずつついてきたこともあったかもしれません。

新ロイヤルホテル四万十にはモンベルのお店が入っていました。
そこで思わずかわいいクマのお遍路Tシャツを購入しました。
何度か顔を合わせるうちに仲良くなった方と四万十川の天然うなぎを食べたのですが、そのおいしさは忘れることが出来ません。


似たようなお寺の名前が続くとだんだんと記憶が混ざってきます。
【1日目】
羽田空港 ✈→ 松山空港
(45)岩屋寺【切り立った岩壁に建つ難所】→ (44)大寶寺 → (43)明石寺
🏨 宿泊:JRホテルクレメント宇和島
【2日目】
(42)佛木寺 → (41)龍光寺 → (40)観自在寺→(39)延光寺 → (38)金剛福寺【足摺岬の突端・太平洋を望む】
🏨 宿泊:新ロイヤルホテル四万十
【3日目】
(37)岩本寺 → (36)青龍寺 → (35)清瀧寺
高知空港 ✈→ 羽田空港
第4回 御厨人窟と高知のかつおづくし(6月)
高知は太平洋を見ながらのバス移動が多かったです。
顔なじみになった方と前回に引き続き、かつおを食べようということになり、予約していただきました。


竹林寺の竹林羊羹をお土産に。
当時まだ生きていた父がとても喜んでくれたと母が話していたのが印象的でした。
もう父もこの世にいないんだよなぁと思うと寂しい。
そして母も・・・(この話は別のnoteに書いています)。

御厨人窟にも立ち寄りました。

ここでお大師様が修行したのかと思うとその一端に触れられて感激でした。
宍喰の海岸、早朝に散歩すると波の音が心地よく、日の出にとても感動しました。

四回目になると、さらに身体も心も少しずつ慣れてきましたが、あと少しでお遍路も終わりに近づくと思うと寂しさも感じます。
お参りの流れ、写経の扱い、移動のリズム。
それらが自然にできるようになっていることが少しだけ自信につながりました。
そして、回を重ねるごとに、更年期症状が和らいでいることを実感しました。
重だるさや、ふとした不安感はお参りに集中することで遠ざかって行ったような気がします。
目標を持つ、目標に向けて心身を整える、いつもと違う風景を見る、静かに手を合わせる、知らない人と会話する。
こうしたことが相乗効果となって、体だけでなく心まで少しずつ軽くなっていくような感覚があり、気がつけば「次はどのお寺かな」と前向きな気持ちで明日を楽しみにしている自分がいました。
お食事もパワーのあるものをいただいて、体を動かす、そんなことを重ねていくうちにエネルギー循環も良くなったのかもしれません。
【1日目】
羽田空港 ✈→ 高知空港
(34)種間寺 → (33)雪蹊寺 → (32)禅師峰寺→(31)竹林寺【美しい庭園と「竹林羊羹」】 → (30)善楽寺 → (29)国分寺
🏨 宿泊:西鉄イン高知 はりまや橋
【2日目】
(28)大日寺 → (27)神峯寺 🚕(タクシー乗換)【「真っ縦」と呼ばれる急坂】→(26)金剛頂寺 → (25)津照寺 → (24)最御崎寺→御厨人窟【弘法大師が悟りを開いた洞窟】
🏨 宿泊:ホテルリビエラししくい
【3日目】
(23)薬王寺 → (22)平等寺→(21)太龍寺 🚠(ロープウェイ利用)→(20)鶴林寺
徳島空港 ✈→ 羽田空港
第5回 結願、そして足止め(7月)
五回目は、逆打ちの結願です。
神山温泉は朝、鷺が飛んでいて部屋からその飛ぶ姿を見ることが出来ました。

四国へ来るのも最終回ということもあって、寂しい気持ちと達成感とが入り混じった気持ちで胸がいっぱいでした。
それは決して終わることや「やり遂げたぞ!」という気持ちだけでなく、お参りで感じる静けさや、手を合わせる時間この旅の途中で多くの方が関わっていてくださって自分がいるということも感じていました。



でもここでスムーズに終われなかったのです。
羽田空港に到着した飛行機が折り返せなくなり、高松空港で足止めとなってしまいました。
そこでタクシーで高松駅に戻り、ツアー会社が必死にお宿を探してくれて、翌日帰ることになりました。
宿が見つからなかったのはトライアスロンの大会があったからだそうです。
私が泊まったお宿は言葉にできないほどのお部屋(悪い意味)でした。
ほこりだらけでお風呂もボロボロ。
ですが、泊まれるだけありがたいと思うことにして、朝起きたら、早めにチェックアウトして高松駅でモーニングを食べることにしたのは良い思い出です。
ツアー参加の方たちの中で、離団してギリギリ乗れる便で成田に向かった方たちもいましたが、残留組は
「お大師様が返してくれなかったね」
などと話していました。
【1日目】
羽田空港 ✈→ 徳島空港
(19)立江寺 → (18)恩山寺 → (17)井戸寺(16)観音寺
→ (15)国分寺🚶(へんろ道 徒歩15分)(14)常楽寺 → (13)大日寺
🏨 宿泊:神山温泉 ホテル四季の里
【2日目】最大の難所・焼山寺と阿波の霊場(12)焼山寺 🚌(マイクロバス乗換)【「遍路ころがし」最大の難所】
杖杉庵(衛門三郎終焉の地)
(11)藤井寺 → (10)切幡寺 🚕(タクシー乗換)【333段の階段】
(9)法輪寺 → (8)熊谷寺 → (7)十楽寺
🏨 宿泊:ホテルサンルート徳島
【3日目】ついに結願、そして1番札所へ(6)安楽寺 → (5)地蔵寺 → (4)大日寺
(3)金泉寺 → (2)極楽寺 → (1)霊山寺【逆打ちの終着点・発願の寺】→(88)大窪寺【結願の報告へ】
高松空港 ✈→ 羽田空港
第6回 高野山にお礼参り(8月)
お礼参りで高野山に行きました。
まずは丹生都比賣神社(正式参拝)。




高野山はこれで4回目。
ご縁のある場所です。
2022年の結縁灌頂にも来ています。

クレンジングで定期的にメイクを落としているそう

真夏でも涼しく、明け方に見た満月が印象的でした。


母の友人が前年に亡くなり、高野山のあるお寺に眠っているということで、自由時間に行くことが出来ました。
手掛かりがフルネームしかなく、個人情報の観点から教えていただけるかわからない中、お寺にお願いすると調べてくださり、お位牌を見つけていただきました。
そして一緒に般若心経を唱えていただき、母に報告することが出来ました。
【1日目】
羽田空港 ✈→ 伊丹空港
丹生都比賣神社(正式参拝)【高野山の守護神へ正式参拝】→ 女人堂(現存する唯一のお籠り堂)【かつて女性が祈りを捧げた場所】
🏨 宿泊:天徳院(宿坊)【精進料理と朝のお勤め体験】
【2日目】
高野山(朝のお勤め参列)→ 奥之院御廟(逆打ち満願報告)【お大師様が入定されている聖地】→ 壇上伽藍(金堂・根本大塔)【高野山のシンボル】)→ 清浄心院(特別拝観・護摩祈祷)→ 普賢院(特別拝観)
伊丹空港 ✈→ 羽田空港
終わりではなく、「一巡した」という感覚
結願の日。
もっと大きな感動や達成感があるのだと思っていました。
けれど、実際に胸に広がったのは、驚くほど穏やかな感謝の気持ちでした。
やり切った、というよりも、一周して、元の場所に戻ってきた。
ここから新たな自分の人生のスタート。
そんな感覚に近かったのです。
何かを得たというより、余計なものが少しずつ削ぎ落とされて、本来の自分に近づいたような感覚。
逆打ちから始め、2泊3日を6回重ねて巡ったこの時間は、私にとって確かに「特別な旅」ではありましたが、生き方を静かに見つめる時間だったのだと思います。
一期一会の出会い お遍路は人生そのもの
年齢も肩書きもない世界
お遍路で印象に残っているのは、お寺や風景だけではありません。
むしろ、人の存在こそが、この旅を豊かにしてくれました。
ツアーの参加者は、圧倒的に人生の先輩方が多く、70代、80代の方も珍しくありませんでした。
その歩みは決して速くはないけれど、一歩一歩が、とても確かなものでした。

行こうと思った時がそのタイミング。
年齢や時期は関係ないのだと思いました。
先達さんは本当に個性豊かで、厳しさの中にユーモアがあったり、何気ない一言で場の空気を和ませてくれたり。
先達さんの個性もあり、今回はどの先達さんなのだろうという楽しみもあります。
「教える人」というより、共に歩く人としてそこにいてくださったように感じます。
一方でお参りのマナーや礼儀、向き合い方について、基礎から教えていただきました。
先達さんは案内人、ガイドではありますが、同時にお遍路の先生でもありました。
また、連続したツアー参加ということもあって、顔なじみになると、年齢が10歳以上離れているのに、不思議と自然に会話が生まれ、いつの間にか「次も一緒ですね」と声をかけ合う関係も出来てきました。
肩書きも、年齢も、普段の役割も、ここではほとんど意味を持ちません。
ただ「同じ時間を歩いている人」として出会い、そして別れていく。
その距離感の心地よさも、お遍路という場が持つ、不思議な力なのかもしれません。
お遍路に行く理由は様々です。
亡くなった方の供養に、何らかの願い事があって、自分と向き合いたいなど。
親子でいらしている方もいましたし、お参りのプロのような方もいらっしゃいます。
嬉しかったのがお参り友達が出来たこと。
共通のお話が出来る方と今でも交流が続いています。
袖振り合うも他生の縁
そんな言葉もあるように、出会った方とはこれまでの過去世の中でも出会っていた方なのかもしれません。
そう思うと、出会いも別れも人生そのものだという気がしてきます。
もっと若かったら、歩き遍路に挑戦していたかもしれないという思いも沸いてきますが、当然家事や子育てで無理でした。
でも、ちょっとだけ海外放浪している人や北海道バイク一周旅などしている人がうらやましかったのを思い出します。
同じ私で違う選択をそれぞれ楽しめる人生があったらなぁという思いにもなります。
だとすると、今という時間はむしろチャンスなのかもしれません。
何か月も家を空けることはできなくても、まだ体力も気力もある、挑戦したいことにちょっとだけ挑戦する勇気を持つことが生きる力になっていくのかなという気もしています。
補足:行ってみたい気持ちと、迷いのあいだで
四国遍路に興味はあるけれど、
「自分にはまだ早いのではないか」
「ちゃんと作法を知らないといけないのではないか」
そんなふうに迷っている方も、きっといらっしゃると思います。
私自身、決して信心深いわけでもなく、作法に詳しかったわけでもありません。
それでも実際に歩いてみて感じたのは、完璧な準備や知識よりも、向き合う姿勢のほうが大切だということでした。
逆打ちから始めることも、2泊3日を何度か重ねるという形も、決して王道ではないかもしれません。
けれど、無理をせず、今の自分の生活や体力に合わせた巡り方を選んだからこそ、最後まで歩き続けることができたのだと思っています。
お遍路は、頑張る人のための修行ではなく、今の自分をそのまま連れて行っていい場所でした。
歩く速さも、感じ方も、人それぞれ。
誰かと比べる必要は、どこにもありません。
もし、心のどこかで小さく鐘が鳴っているのなら、それは十分な理由なのかもしれません。
大きな決断でなくても、「調べてみる」「話を聞いてみる」
そんな小さな一歩からでも、道はつながっていきます。
行く・行かないの答えを急がなくても大丈夫です。
けれど、迷っている時間そのものも、すでに巡礼の一部なのだと、今は思っています。
人生には時間という限りあるものが存在します。
後悔しない人生を送るために、もし四国遍路に行ってみたいと思った方がいらっしゃったら、まずはツアーのダイジェスト版や一国参りなどお試し的にスタートしてみるのもよいかもしれません。
私は逆打ちというタイミングで気持ちが高まって、一気に半年で行くという選択をしましたが、少しずつ味わいながら向き合いながら進めていくのも良いと思います。
番外編 西国へ続く道
四国お遍路のツアーで知り合った方と仲良くなり、LINEでその後も情報交換をしていると、「西国へ行かない?」
というお誘いがありました。
実家の両親のことがあって、行きたい気持ちはあったのですがなかなか踏ん切りがつかなかったのです。
でもご一緒してくださる方がいるなら…
そんな気持ちで次の西国札所がスタートするのです。
人生という限られた時間の中で、後悔しない選択を。
次は西国へ。
私の巡礼は、形を変えて続いていきます。