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「甲冑飛脚」第䞀話

    ◆あらすじ◆
    「畳ず線銙の匂いがするね」──入孊早々、クラスの女子の䞀蚀で、孊校から走っお逃げ垰った護國屋ごこくや 健匌けんいち、16歳。実家は戊囜時代から続く甲冑工房。䞭孊で陞䞊を捚おた圌は、「優勝賞品・飛隚牛5kg」に釣られ、母の策略のたた『芆面マラ゜ン』ぞの出堎を決める。枡された"芆面"は、祖父特補の本物の甲冑。玄10kgの鉄塊を着蟌み、トップランナヌだけが集うAブロックに攟り蟌たれるが──なぜか先頭集団で激走。そしお折り返し地点のアクシデントが、幌い日に眮き去りにした「ある本胜」を呌び芚たす。暎走する甲冑歊者、芋守る家族、戞惑うラむバル、ざわ぀くSNS。こうしお『甲冑飛脚』は岐阜の地に産声を䞊げた。圌の怪走は、ただ始たったばかり──。

    「護國屋ごこくやくんは、畳ず線銙の匂いがするね」

    満面の笑みで、そう蚀われた。

    高校に入っお、最初の朚曜日。この時期は午前䞭で終了だ。

    「攟課埌」の語源は、日課から解攟された埌、ずいう意味らしい。授業や集団行動ずいう台本を取り䞊げられ、芋知らぬクラスメむトずアドリブで関係を築くこの時間は、俺にずっおなかなかに骚が折れる。入孊しおすぐなら、なおさらだ。

    高校デビュヌなんおしなくおいい。ただ、いいクラスメむトではありたい。そんなささやかな願いを胞に、芪友の埌ろで倧人しくしおいたはずが──なぜか、初察面の女子から、匂いの品評をいただいおしたった。

    固たる俺をよそに、思考だけが空回りする。実家は戊囜時代から続く甲冑工房で、畳の郚屋も仏間も確かにある。今朝もご先祖に線銙をあげおきた。゚チケットで消臭スプレヌは毎回振っおいるのに──それでも、消えおいないっおこずか。

    「  くっ、『スメルペサペナラ』め、この䞍良品が」

    䞭孊からの芪友、カタヌこず和歌荌わかた 歩あゆむが俺の顔を芗き蟌んできお、「あ、たずい」ず小さく呟いた。

    カタヌず同じ孊玚委員の女子が、わざわざ匂いを指摘しおくれた。誰もが気づいお口を぀ぐんでいたこずを、この子は勇気を出しお䌝えおくれたに違いない。じゃないず、あの「満面の笑み」の意味がわからない。

    だったら、俺のずるべき行動は䞀぀だ。にっこりず、笑顔を顔に貌り付ける。

    「  臭くおごめんね 俺、ちょっず甚事あるから」

    革の孊生カバンをひっ぀かんで、教宀から飛び出した。『護國屋 健匌けんいち』ず達筆で曞かれたネヌムタグがばしばし揺れる。

    背䞭で「ゎコケン、埅おっお」「違うの、そうじゃなくお──」ず聞こえた気がしたけれど、振り返らず、ただ校門を目指した。

    こんな攟課埌、難易床が高すぎる。

    ◆

    校門を出おすぐのバス停に、垰りのバスを埅぀同じ高校の生埒がずらりず䞊んでいた。俺も片道30分の距離をバスで通っおいる。最埌尟に぀こうずしお、ふず思う。

    ──この密集した公共の乗り物に、俺みたいなのが乗り蟌んだら、臭くお迷惑なんじゃないか。

    すでに「䞀幎に臭いや぀がいる」ず噂になっおいるかもしれない。バスはダメだ。

    「もういい、走っお垰る」

    革カバンをリュックず背䞭の間に挟んで、走り出した。

    走れば颚が生たれる。颚が吹けば、この叀颚な匂いも空ぞ拡散しおいく。汗ず䞀緒に、䞍玔物を地面ぞ叩き萜ずせる──はずだ。

    金華山の緑が、昌の光にやけにくっきりず目を刺す。空は嫌になるくらい青くお、倪陜がらんらんず照っおいる。  いっそ少しだけ、あの光に溶けお消えおしたいたい。

    暪に、乗るはずだったバスが远い぀いおきた。䞭を芋るのが怖い。なのに、぀い目をやっおしたう。

    ──最悪だ。俺に匂いを教えおくれた恩人が、申し蚳なさそうな顔でこちらを芋おいた。あの人にこれ以䞊心配をかけられない。だから、途䞭でもバスには乗らない。ただ走る。

    バスを芋送っおすぐ、信号で足が止たる。かたわらの芪子連れ。䞉歳くらいの、兜のヘアピンをした女の子が、䞀枚のポスタヌを抱えおいた。

    「  芆面マラ゜ン」

    ぀い芗き蟌んで声に出すず、芪子がこちらを振り返る。決たりの悪さに、青信号ず同時にたた駆け出した。

    無心で足を回すうち、さっきのバスを远い越しおいた。もう䞭は芋ない。䟋の芖線も、感じなかった。その頃には、匂いのこずなんお頭の隅に远いやられおいた。

    孊校から家たで走っお垰った皋床では、どうにも身䜓が萜ち着かない。路線バスを远い越しお、そのたた眮き去りにしおも、脚は軜いたた。心拍も呌吞も乱れおすらいない。

    ふず、足が止たった。

    あの青に手をかざしおみる。でも、空気が指先ずすれ違うだけ。──そういえば、䜕かを自分から掎みにいったこずなんお、なかったかもしれない。

    䌞ばした手を、なんずなく握っお、䞋ろす。──䜕やっおんだ、俺は。

    気づけば、芋慣れた蛇の家王の匕き戞は、もう目の前だった。

    ◆

    30分ちょっずで自宅に到着。ひず぀、息を吐き出す。

    癜朚の匕き戞をカラカラず匕くず、砂利を螏む音がゞャリゞャリず足元に返っおくる。

    玄関には向かわず、䞭庭ぞ回る。我が家の愛犬、道匌どういちが切り株の䞊で眠りこけおいた。生たれ぀き癜毛がうっすら緑がかった黒柎犬で、りチの甲冑に䜿う黒ず海束みる色に、劙にリンクしおいる。

    道匌が寝おいるのは、『斎藀道䞉が座ったず思われる切り株』。道䞉が初代様ず茶を飲んだずき、腰かけたものらしい。真停のほどは知らないが、由緒だけは䞀䞁前だ。

    瞁偎に腰を䞋ろすず、目の前の甲冑工房から、コツ、コツず金属を叩く音が聞こえおくる。

    もうすぐ端午の節句。工房に収たりきらない子䟛甚の五月人圢が客間に䞊べられお、防虫剀のなんずも蚀えない匂いが挂っおくる。

    ──んん あの端にある青いパッケヌゞはなんだろう たあいいか。

    工房を継ぎたいずは思っおいない。──今のずころは、ね。

    「ただいたヌ」

    食堂に向かっお、䞀応声はかけおおく。

    膝をパンず叩いお立ち䞊がり、靎を脱ぎ捚お、仏間にズンズンず盎行する。抌し入れから『スメルペサペナラ無銙料』を二本取り出し、䞡手に装備した。

    県光するどく蟺りを芋枡し、スプレヌのトリガヌに䞭指から人差し指ず順にゆっくりず指を添わせる。

    ──知っおるか 勢いよく手に力を蟌めるより、こうしたほうが射皋距離ず噎射時間が䌞びるんだぜ がははは

    匂いの元凶である、仏壇の呚り、桐ダンス、プラスチックケヌスで䞁寧に護られた掛け軞に狙いを定めお、静かに噎射を開始。

    『畳ず線銙の匂いがする』──この蚀葉が頭の䞭でずぐろを巻く  消えろ。消えおくれ。消え倱せろ

    スプレヌの残量が半分を切った頃、先祖を祀る朚の扉がテカテカず茝き、匂いを芆したず刀断する。

    「よし 次だ テメェが䞀番ダメなんだよ」

    俺は、制服を脱ぎ散らかしパンむチになった。滑りやすくなった畳に足元がぐら぀く。

    構わず高らかに宣蚀する。

    「仕䞊げだ 今から俺が『スメルペサペナラ』になる」

    顔面に向けお、ためらいなく噎射。氎が䞊から䞋に流れるように、埌先など知るものか。仏間がロりリュ埌のサりナず化しおいく。──シャワヌより効率がいいぞぉ

    異倉に気づいた道匌がパチリず目を開けお、「こや぀、぀いにおかしくなった」ずワンワン吠えたくる。

    道匌の鳎き声も呚囲の音も、もう届かない。

    するず仄暗い霧のなかに黒い倧きな人圱が珟れた瞬間──、

    「──痛っおぇええ」ず俺の絶叫が家党䜓にこだたした。

    ◆

    埌ろを振り返るず、゚プロン姿の母が仁王立ちしおいた。

    「䞀䜓䜕をやっおるのかしら 仏間がびしょ濡れじゃない。倉な匂いが立ち蟌めおいるし。道ちゃんは錻が利くのよ 可哀想じゃない」

    「  母䞊 背埌から気配を消しお愛息子を殎るのはヒドむず思いたす」

    「䜕床声をかけおも気付かないんだもの。愛する母芪の声に反応しないなら実力行䜿もやむを埗ずだわ。ええ、本圓に最終手段だったもの  」

    目元を拭うふりをしながらもケロッずしおいる。愛甚の黒いパンチンググロヌブを身に着けおいるこずから、い぀ものようにげんこ぀を萜ずすのを想定しおいたのだろう。

    母の登堎で嘘のように倧人しくなった我が家の末っ子に「道ちゃん、もう倧䞈倫よ」ず蚀っお切れ長の目を现めながら、背䞭をワシワシ撫でる。

    「  家庭内暎力、DVに぀いおどうお考えでしょうか」

    「芚えおおきなさい。䞖の䞭にはね、䞀発ぶん殎らないず分からない人間も倚いの。そういう人間に、蚀葉を長々ず䞊べ立おお説くのは無駄でしかないわ」

    「それは母䞊が説明が面倒なだけでは」

    「ほら、あなたの奇行は止たったでしょう。結果が党おだわ。それに私は家蚓を倧事にしおいるだけ」

    今しがた俺がスメルペサペナラをかけたくった掛け軞に芖線を向ける。

    『健党な粟神は健党な肉䜓に宿る』

    これは戊囜時代から続く護國屋の家蚓である。叀代ロヌマ発祥らしいこの䞀節のせいで、幌少期からどれだけ苊劎させられたこずか──。

    母は孊生時代はアマチュアボクシングをしおいたらしい。最終的には腕力が物を蚀うず信じお疑わない女性が、よりによっお護國屋に嫁いでくるずは。頭頂郚がズキズキ痛む。

    「それで、なんでこんな惚状を生んでるわけ」

    「聞いおください、母䞊 孊玚委員の女子に『畳ず線銙の匂いがするね』ず蚀われたんですよ ほが初察面で みんなから臭いず思われおるに違いないんです」

    「  蚀葉をそのたた受け取るのに、いい面も悪い面もあるわね。その子はどんな様子だったの」

    「満面の笑みだったんです でもその埌、申し蚳なさそうな顔をしおお  思春期女子の心の機埮なんおわかりたせんっお だからその堎から逃げたした 走っお垰っおきたした バスは迷惑になるので」

    「あなたを蔑むような雰囲気ではなかったのでしょう 考えすぎよ。もしかしたら、その女の子は逆に傷぀いおるかもしれないわ」

    「  みんなに、臭い人間だず思われたに違いないです。圓分孊校䌑みたす」

    「奜きにしなさい。もう矩務教育ではないから、䌑もうが進玚できなかろうが退孊になろうが自己責任よ。でも、ちゃんずその子ず話しおみるこずね。  この話はこれでおしたい」

    ずはいえ、だ。母の死角で、そっず二の腕にクンクンず錻を寄せおみる。

    ──さっぱり分からん。だから文明の利噚に頌った。䜕かあったらメヌカヌが悪い。

    母に向かっおお腹を芋せお、ただワシャワシャず撫でられ気持ちよさそうな我が家の愛犬。

    消臭スプレヌの深い霧が埐々に晎れおきお芖界が開けるず同時に、かぐわしいカレヌの匂いが錻先に挂っおくる。

    「ちょっず遅めのお昌でしょうか えぞぞ」ず手を擊りながら母芪に近づく。

    「  ええ、支床は枈んでいるわ。それより、あなたに知らせたいこずがあったのよ」

    母は圹目を果たしたパンチンググロヌブを倖しお、タブレット端末を操䜜し、ある画面を芋せおきた。その目の奥がギラリず光るのを俺は芋逃さなかった。

    「近所でマラ゜ン倧䌚が開催されるのよ。芋おみなさい」

    画面には『第䞀回 芆面マラ゜ンin岐阜 開催決定』ずいう文蚀が。

    「どこかで芋たような  あ、あの幌女が持っおた  」

    「参加者は芆面着甚が矩務らしいわ。面癜いむベントね」

    スクロヌルするず掚奚芆面の欄に、目元だけ芆うマスカレヌドマスクの画像。距離は5kmず10kmの2぀のみ。初心者でも参加しやすそうではある。

    「俺に䜕の関係が  」

    「゚ントリヌしずいたから」

    「  はい」

    「だから、あなたを゚ントリヌしずいたから。頑匵っおね」

    「  え 俺が出るんですか なな、䜕のために」

    「高校では郚掻に入らない぀もりなんでしょう 護國屋の人間ずしお地域のむベントに参加するのは重芁なこずよ。それにほら、あなたのバカみたいな䜓力が掻かせる堎よ。出おみなさい」

    「いやいや 確かに䜓力はありたすし、たたに道匌の散歩で走っおはいたすが、倧䌚に出るのはちょっず違うずいうか  」

    「あなたの意志が䞀番重芁よ。ただキャンセルはできるから、あなたが決めなさい」

    倧䌚ず聞いお、ほんの少し䞭孊時代が頭をよぎった。

    陞䞊郚に入り長距離を走っおいた。走るたび、もう少しで䜕かに手が届きそうな──そんな感芚だけが確かにあっお。その正䜓が知りたくお、ただひたすらに走った。

    緎習メニュヌは必ず人の1.2倍以䞊、カタヌがオヌバヌワヌクだず䜕床も止めに入っおきた。幞い䞈倫な身䜓のおかげで怪我はしなかったが──緎習䞭も、レヌス䞭も、衚地台の䞀番高いずころに立ったずきでさえ、぀いぞそれを掎むこずはできなかった。

    陞䞊のスポヌツ掚薊での高校進孊の話もあったが、断った。䞭孊で陞䞊は蟞めお、ランニングシュヌズも党郚埌茩に譲った。もう必芁ないず思った。少なくずも、そのずきは。だから──、

    「    ごめん、母さん。俺やっぱり出ないこずにするよ」

    母は完党にずろけきっおいる道匌を「よっこいしょ」ず抱っこした。道匌の「この腰抜けが」ずいう芖線が突き刺さる。

    「そう、残念ね。健ちゃんがそう蚀うなら仕方ないわね。タオルで郚屋をきれいに拭いおから食堂に来なさい。それからシャワヌね」

    ほんの少し残念そうな衚情を芋せる母に、少しだけ居た堪れなさを感じた俺は、ラックからタオルを取っお畳の拭き掃陀を始める。

    するず母は䜕かを思い出したように立ち止たった。

    「  そういえば、区分別の優勝者には、副賞で飛隚牛5kgが莈られるらしいわよ。倪っ腹よねぇ。牛肉が5kgもあれば、色んな料理が考えられるわね。ステヌキ、焌肉、牛カツ  ロヌストビヌフもいいわねぇ」

    そう蚀うず、たた食堂ぞ歩みを始める母の姿が。

    「ひ、飛隚牛 高玚和牛」

    聞き捚おならない情報を聞いた俺は、慌おお拭き掃陀を䞭断し远いすがる。

    「おお、お埅ちください、母䞊 飛隚牛が食えるなら話は別です 私、護國屋 健匌は芆面マラ゜ンに出堎し、護國屋家の男子ずしお恥じぬ走りをするこずを、ここに誓いたす」

    俺の答えに満足そうな笑みを浮かべ「よろしい」ず蚀っお、道匌ず䞀緒にそのたた去っおいった。

    勢いで参加を決めた俺だが、䞀぀気になるこずが──。

    「芆面マラ゜ンでどんな芆面を被ればいいんだろう レスラヌマスクか」

    その時の俺は、完党に倱念しおいた。護國屋は由緒ある甲冑工房であるず──。

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    ゚ッセむや小説を曞いおいたす。 30代男。関東圚䜏

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