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旅ずデヌタず日本の課題 (1/5) 近況 海倖での実感

    Kuniaki Matsumura

    å…š5回の目次

    1 束村の近況䞖界旅行ずビゞネススクヌルでの実感
    2 日本の珟圚地成長ず幞犏、栄枯盛衰におけるフェヌズ自芚
    3 囜家の成功芁因108因子の効果を䞀芧する
    4 日本の重倧課題最重芁因子で最䞋䜍。熱意の厩壊
    5 努力の優先順䜍囜家の戊略効率を枬る
     続線の目次

    第䞀回は、攟浪しお、留孊しお、日本の課題を芋える化しようず思った個人的な話。

    客芳分析レポヌトは2から↓


     歳になった幎、人生で䞉回目の䞖界䞀呚旅行に出た。アメリカ、メキシコ、ブラゞル、ポルトガル、スペむン、スむス、むギリス、ドバむ、銙枯、シンガポヌル、オヌストラリア、タむ、マレヌシア、むンドネシア 目的地も蚈画もなく毎日を党力で楜しむ、こういう生の旅がどうしようもなく奜きだ。着陞した街を朝から晩たでひたすら歩く、光を芳る、歎史を知る、人ず関わる。スリリングな探怜、享楜的な嗜み、神秘的な経隓、哲孊的な気づき、物語の再線集。䞖界の倚様な魅力からむンスピレヌションず゚ネルギヌを心身に充填した。

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    䞖界呚遊航空刞のシミュレヌタヌサむトより https://rtw.oneworld.com/rtw/ 


     幎、歳のバックパック旅行は、他民族ぞの奜奇心で溢れおいた。成熟し敎然ずした日本から離れ、食らない生の人間生掻に觊れるこずが刺激的だった。未開ぞの旅、冒険ずいう趣向が匷かった。円の匷さは、その劥圓性の解釈ができないたた、日本に生たれた幞運ず優越感を䞎えおいた。

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     四半䞖玀たった今回はずいぶんず趣が違う。日本はもはや先進囜ではなく、他囜は憧れ、孊ぶべき察象になった。囜際的に日本がそんな埌進ポゞションに移ったこずに気づいおいない日本人も少なくない。しかし行っお感じれば認めざるを埗ない。他囜には、日本にはないあるいは倱っおしたった茝きがある。その茝きに、ただしくあらためお謙虚に憧れるこずも倧切だず思う。
     各地の文化や生掻の倚様な魅力は語りだせばきりがない土産話は別の機䌚にしよう。たくさんの玠晎らしい䜓隓をしながら「囜の茝き」を成立させおいる芁因は䜕だろうかず考えおいた。数か囜を歩いた垰玍的な掚論ずしお、良い囜には、「個人の掻力」ず、「瀟䌚基盀の効率」があるのだず思った。そしお、その軞で振り返ったずきに、今の日本はどのくらい良い状態にあるだろうか。もやもやずした気持ちが敎理しきれないたた旅を終え、せわしない仕事の日垞に戻った。
    生身の旅で䜓感したこの問題意識は、翌幎の゚グれクティブプログラムず客芳デヌタ分析を通じおより深刻に、鮮明になっおいく。


     幎月。期せずしお、グロヌバルなビゞネススクヌルの経営幹郚プログラム、AMPAdvanced Management Programに参加するこずになった。堎違いだず思いながら、敵地に身を眮く぀もりで冬のボストンに赎いた。私は子䟛のころから孊校ずいうものが苊手だし、たしおビゞネスなんお座孊で孊ぶものではないず思っおいる。ただ、苊手意識や違和感がある堎所に混ざったずきにこそ䞀぀䞊䜍の統合的な気づきを埗られるこずも知っおいる。

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     AMPには人の同玚生がヵ囜から集たっおいた。人ず぀のリビンググルヌプが割り圓おられ、日本人の私は、むンド人、ブラゞル人、レバノン人、オヌストラリア人、ノルりェヌ人、ドむツ人ず同宀になった。この仲間で毎日数時間におよぶディスカッションを通じお孊ぶこずになる。個人でのケヌス予習、グルヌプでの蚎議、講垫ファシリテヌションによるクラス蚎議、ずいう段階で孊ぶメ゜ッド

     ケヌススタディもよく出来たものではあったが、やはり座孊の限界か、最前線の珟堎楜倩で背負うこずによる孊びには遠く及ばない。䞀方、講垫、同玚生の熱量、リヌダヌシップ、コミュニケヌション、生き方からは倚いに刺激を受けた。たず圧倒されおしたう。最初は、䜕に圧倒されおいるのかも分からないが、囜民性の違いに由来しおいる郚分が倧きいこずも分かっおきた。
     囜民性の囜際比范デヌタを眺めるず、たしかに日本はかなりナニヌクな文化・䟡倀芳を持っおいるこずが分かる。長期志向で芏埋があり、婉曲的でリスク回避的、ずいった特性が際立っおいる。第二次倧戊埌の数十幎はこの勀勉な囜民性が奏功し経枈的な倧成功を収めた。ではその埌の䜎迷は䜕が原因なのだろうか。䞖界の成功芁因が倉化し、日本の囜民性がフィットしなくなったずいうこずだろうか。あるいは日本人の囜民性の方が倉わっおしたったのか。
     はたしお、ビゞネススクヌルずいう文脈においお日本はもう泚目すべき察象ではなくなっおいた。䞻芁囜のマクロ経枈を孊ぶクラスの察象囜からも倖されおいる。やっず出おきた日本䌁業のケヌスもDX倱敗事䟋ずしお他囜の成功䌁業の匕き立お圹を挔じおいた。
     日本が匷かった時代にその恩恵を受けお育った䞖代団塊ゞュニアずしお、母囜が存圚感を倱っおいくこずに耐えがたい悔しさを芚える。瀟䌚の䞭でもリヌダヌを担う幎代になり、ただ心配や批刀をしおいるだけでは蚱されない、責任は自分たちにある。個人的な悲芳で終わっおいお瀟䌚が倉わるこずはない。客芳的に珟実認識するこずからやり盎さなければならないず思った。
    珟実を盎芖し、解くべき課題に向き合い、再成功ぞのシナリオを描く、その方法ず仲間を䜜っおいく、これがこの䞖代のリヌダヌずしおの瀟䌚的責任だず思うようになった。課題は巚倧で、自分は埮力でしかない。それでも誰かがやるしかない。向き合うこずができれば、解決をやり切る力が、日本人にはある。

    個人的な収穫ずしお、これたで幎間に独自開発しおきたフレヌムワヌクや信念がグロバルの経営幹郚レベルでも圱響力を持぀、ずいう手応えを埗た。特異な有益性が実感できたこずで、それを掻甚する䜿呜感が高たったように思う。ハヌバヌドらしいリヌダヌシップ文化の圱響も䞀定あったのだろう

     デヌタ分析 に぀づく


    補足 より個人的な話

     䞀回目の䞖界攟浪のこず。奈良で育ち、東京に出たくお倧孊に進孊したが、専攻の孊業には身が入らなかった。倧孊幎のころ、孊校にいるより、自分の䜓で経隓するこず、実際に働くこずから孊べるこずが倚いだろうず思うようになった。日本の倧孊生があたりにゆるい時間の過ごし方をしおいるように感じた。海倖旅行から垰っおくる床に、成田から東京に戻る電車で芋るサラリヌマンの元気のなさが心配になった。そもそもこんなにゆるい日本がなぜ䞖界で最䞊䜍クラスに䜍眮するずされおいるのが䞍思議で仕方がなかった。
     倧孊を蟞めようず䞡芪に盞談をした。父から、条件぀きで䌑孊するこずを蚱可しおもらった。条件のひず぀は卒業はするこず。もうひず぀はアメリカの匷さに぀いおレポヌトを曞くこず、だった。ぬるた湯にいた自分には、そんな分析をどうやればいいか皆目芋圓が぀かなかった。
     倧孊進孊をせず䞖界的建築家になった安藀忠雄さんの事務所に䜏み蟌みバむトしながら薫陶を受けた安藀さんの圚り方の圱響がいたも自分の䞭にあるのを感じる)。旅から孊んだずいう安藀さんぞの憧れもあっお、䞖界か囜のバックパック䞀人旅に出た。旅を通じお、䞖界を動かしおいる倧きな力は、宗教ずビゞネスなんだなず思った。それが原点ずなっお建築は離れ、経営戊略や理念構築の仕事をするようになった。父ぞのレポヌトは提出しないたただった父は芚えおいないだろう。自由を認めおくれたこずに応える自分に達しおいない埌ろめたさがあった。
     今幎歳、攟浪に送り出しおくれた父の幎霢に達した。遠回りばかりしおいる人生だが、幎前にもらった宿題をやっず提出するこずができた。


     
     
     
    建築専攻、戊略コンサル、広告、ベンチャヌ、ビゞネススクヌルを経お、IT䌁業勀務。趣味は旅行、ゎルフず考え事。最近は日本の瀟䌚戊略/熱意再生に奮起 キャリア経緯 https://note.com/kuniakimat/n/n00ed1f34939c

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