
「前にある島」第3話(第三部/五部)
📖 この物語は全五回です。
・ 第一回 消えゆくもの
・ 第二回 島へ向かう
・ 第三回 生きている人達(このページ)
・ 第四回 人は世界を反対に見ている
・ 第五回 前にある島
第十二章 のんのん
六月が過ぎ、七月になった。
大島のことを考える時間が増えていた。
正岡さんの話を聞きながら、島の未来を想像する。
海底熟成酒のことを思い出す。
そんな日々の中で、もう一人、気になる人がいた。
のんのんだった。本名は伊藤まゆみ。
オレより四つ年下で、みんなから「のんのん」と呼ばれている。
ムーミンに出てくる「ノンノン」に似ていると言われたのが始まりらしい。なるほどと思った。
やわらかい雰囲気なのに、どこか芯の強さを感じる。
そのあだ名が、よく似合う女性だった。
最初に会ったのは、二〇二四年の夏、岡山で開かれたヌーソロジーの集まりだった。オレがヌーソロジーを学び始めて、一年ほど経った頃である。
ヌーソロジーとは、「自分とは何か」「世界とは何か」を別の角度から見つめ直そうとする哲学だ。「ヌース」は古代ギリシャ語で「創造的知性」を意味している。
会場には四十人ほど集まっていた。
講演が終わり、懇親会になる。
みんな知り合い同士で話していた。
初参加だったオレは、その輪に入りきれず、少し居場所を探していた。
そんなとき、一人で座っている女性が目に入った。
青いドレスを着ていた。
スレンダーで、どこか凛とした雰囲気がある。
それが、のんのんとの最初の出会いだった。
少しだけ話をしたが、何を話したかは覚えていない。
ところが半年後、大阪で開かれた別の集まりで再会した。
「あ、クラゲの人や」
思わずそう思った。
最初に会ったときに着ていた青いドレスには、小さなクラゲが泳いでいた。その印象だけは、不思議と残っていた。
今度は長く話した。
読書のこと。文章を書くこと。電子書籍の出版。
気づけば共通の話題が次々に出てきた。
のんのんも、長くブログを書き続けているという。
ちょうどその頃、オレは電子書籍を出版しようとしていた。
会が終わってからLINEを交換し、その後、ときどき連絡を取り合うようになった。
最初、Zoomで話した。
けれど、のんのんは途中でこう言う。
「金ちゃん、電話の方がええな」
オレは、顔が見える方が話しやすいと思っていたので、少し意外だった。
「声だけの方が伝わるんよ」
のんのんはそう言った。
そのときはよく分からなかったが、後になってこんな話をしてくれた。
「音とか響きってな、思っとる以上に伝わるんよ」
「顔見て話すのもええんやけど、声だけの方が感じることもあるんよな」
言われてみれば、そんな気もした。
オレは相手の表情や言葉から理解しようとする。
けれど、のんのんはもっと別の何かを受け取っているようだった。
何度も話を重ねるうちに、それが少しずつ分かってきた。
オレは物事を整理したくなる。理屈や仕組みを知りたくなる。
一方、のんのんは感じたことから話す。
心が動いた方へ進む。そして、その感覚は案外外れない。
そんな人だった。
あるとき、大島の話をした。
正岡さんのこと。島おこしのこと。食堂のこと。人口のこと。
そんな話を一通りしたあと、のんのんが言った。
「金ちゃんは大島が好きなん?」
少し答えに困った。
好きなのだろうか。気にはなっている。
けれど好きかと言われると、どうだろう。
しばらく考えてから答えた。
「好きなんかなあ」
すると、のんのんが笑う。
「考えとる時点で好きなんやと思う」
そんなものかなと思った。
けれど、そう言われるとそんな気もした。
また別の日、島の人口を増やしたいという話をした。
すると、のんのんが言う。
「島の人は増えてほしいんかな」
オレは返事に詰まった。
増えた方がいい、ずっとそう思っていた。
すると、のんのんが続ける。
「今おる人が、毎日笑えてたら、それも大事やと思うんよ」
そんな当たり前のことに気づいていなかった。
のんのんは何かを教えるわけではない。
ただ少しだけ見方を変える。それだけで景色まで変わって見える。
歳を取ると、新しい友人はできにくい。
まして異性ならなおさらだ。
LINEが届くとうれしかった。電話で話す時間も心地よかった。
五十八にもなって何を言っているんだと思う。
それでも、のんのんと話していると世界が少しやわらかくなる。
猫が好き。
ガーデニングが好き。
写真や創作も好き。
好きなことを話しているときの声は、いつも少し弾んでいた。
けれど、それだけではなかった。
話していると、ときどき子どものことが出てくる。
お年寄りのことも出てくる。
学校へ行きづらい子のこと。
居場所をなくした人のこと。
そんな話になると、声の調子が少し変わる。
「みんなが安心して集まれる場所があったらええのにな」
ぽつりと言った、その一言が心に残った。
猫も。花も。
創作も。
全部、その夢につながっているような気がした。
この人は、自分の「好き」を、人の笑顔につなげようとしている人なんだな、と。それが少しうらやましかった。

第十三章 猫とガーデニング
のんのんと話すようになってから気づいたことがある。
この人は、自分が好きなものに囲まれて生きている。
猫。
花。
写真。
創作。
そういうものが、のんのんの周りには自然にあった。
ある日のLINE電話。話しているその途中で、
「ちょっと待ってな」
とのんのんが言う。
向こうで何かガタガタと音がしていた。
「どうしたん?」
「猫がな」
そう言ったあと、
「あー、そこ乗ったらあかん」
と誰かに話しかけている。
思わず笑った。
「今、何匹おるん?」
すると、彼女も笑った。
「十匹」
「じゅ、十匹?」
「そう」
まるで当たり前のことのように、のんのんは言った。
オレも猫は好きだ。
けれど十匹となると、もう別世界だ。彼女にとってはそれが日常らしい。
猫の話をするときの声は、いつもやさしかった。
飼っているというより、一緒に暮らしている、そんな言葉の方がしっくりきた。
ガーデニングも同じ。
庭に咲いた花の写真を送ってくれる。
花の名前は分からなくても、うれしそうに話しす。
「今年はよう咲いたんよ」
その声の方が心に残った。
まるで子どもの成長を見守るようだった。
十年近くガーデニングの動画をYouTubeへ投稿し続けていると聞いて、そのチャンネルをのぞいてみると、登録者は八千人を超えていた。
驚いた。十年続ける。それだけでも簡単なことじゃない。
「よう続けてるね」そう言うと、
「好きやから」と笑った。
そして続けた。
「あたしアホやからな」
「どういう意味?」オレは笑った。
「好きやったら、やってしまうんよ。損得とか考えへん」
その言葉が、のんのんらしかった。
猫が好きだから、一緒に暮らす。
花が好きだから育てる。
写真が好きだから撮る。
作るのが好きだから作る。
ただ、それだけ。
けれど、その「好き」を何十年も続けている。
それは案外、簡単なことじゃない。
オレたちは歳を重ねるにつれ、商売や家庭、世間体や責任を優先するようになる。好きなことは、いつの間にか後回しだ。
のんのんは違った。
好きなものを、ちゃんと好きなままでいた。
いくつかのブログを書き続け、
ガーデニングや癒し系のYouTube動画を発信する。
趣味の写真は販売サイトへ登録し、コラージュ作品も作る。
マルシェへ出店し、カラーセラピーの講座を開き、
ヒーリングの個人セッションもしている。
売れるかどうかより、まず面白そうだからやってみる。
そこは正岡さんと、どこか似ていた。
正岡さんは、思いついたら動く。
のんのんも、思いついたらやってみる。
けれど向かう先が少し違う。
正岡さんは人を巻き込みながら前へ進む。
のんのんは、自分の心に聞きながら進む。
どちらも、オレにはないものだった。少しずつ彼女に惹かれていった。
ある日、のんのんがぽつりと言った。
「いつかね」
少し照れながら続ける。
「子どもも、お年寄りも、みんなが自然に集まれる場所を作りたいんよ」
話を聞くと、それはただの交流の場ではなかった。
学校へ行きづらい子も。
子育てに悩むお母さんも。
一人暮らしのお年寄りも。
誰かと話したい人が、ふらっと立ち寄れる場所。
子どもたちの元気と、お年寄りの知恵が自然につながる場所。
そんな居場所を思い描いていた。
どうやって実現するのかは、のんのんもきっと分からない。
それでも、不思議と「できたらええな」と思えた。
夢を語っているのに、夢物語には聞こえなかった。
正岡さんは島の未来を見ている。
のんのんは、その島で暮らす人の笑顔を見ている。
見ているものは違う。
けれど、どちらも真ん中にあるのは「人」だった。
彼女と話していると、成功や失敗、正しいとか間違っているとか、そんな物差しが少し遠くなる。
代わりに、
「目の前の人が少しでも笑顔になれるだろうか」
そんな問いが、静かに残る。
そして気づけば、その問いは、
「オレは、本当はどう生きたいんだろう」
そんな自身の問いへと変わっていた。

第十四章 ゆきちゃん
のんのんと話していると、ときどき不思議なことが起きる。
ある日、高松で仕事関連の会があった。
せっかく香川まで来たので、のんのんに連絡をした。
のんのんは大阪出身だが10年前からは香川に住んでいた。
「夜、良かったら飲まない?」
返事はすぐ来た。
待ち合わせたのは「鯛屋」というお店。
鯛料理の専門店らしい。
カウンターへ座る。付き出しのどて焼きが出てきた。
まずはビールで乾杯。
鯛の塩辛。鯛の刺身。
そして日本酒。金陵の純米生酒を頼む。
「やっぱ魚には生酒よね~」
そう言いながらグラスを持ち上げた。
思ったより飲む人だった。
この日ののんのんは、いつも以上によく笑っていた。
理由を聞くと、前日に久しぶりに家族四人が集まったという。
「めっちゃ楽しかってん」
その笑顔を見ていると、家族との時間が本当にうれしかったのだと分かる。
酒が進むにつれ、のんのんはますます上機嫌になった。
「おさかなさん、ありがとうございましゅ~」
そう言ったかと思えば、
「鯛だけに、めでたいな~」
と親父ギャグまで飛び出す。LINE電話では見せない一面だ。
その様子がおかしくて笑っていると、突然のんのんが言った。
「今日はゆきちゃん出てんねん」
「誰?」
「あたし」
ますます分からない。
「いや、のんのんやろ」
「のんのんやけど、ゆきちゃん」
楽しそうに笑っている。
「たまに出てくるんよ」
そう言って日本酒を飲んだ。
話を聞くと、昔、自分の中にいろんな自分がいることに悩んだ時期があったらしい。
やさしい自分。怒る自分。子どものような自分。
しっかり者の自分。周りに気を遣う自分。
本気で、多重人格なのではないかと心配したこともあったという。
そこで思いついた。それぞれに名前を付けてみよう、と。
その一人が「ゆきちゃん」。
思ったことをそのまま口にする。
天然で、感情完全解放キャラ。楽しいことが大好き。
「今日は完全にゆきちゃんやな」
そう言って笑う。オレも笑った。
普通なら変わった話だと思う。
けれど、不思議とそうは感じなかった。
むしろ、みんな同じなのかもしれないと思った。
会社にいる自分。家にいる自分。
友人といる自分。一人でいる自分。
オレにも思い当たる。
酒屋の店主としてのオレ。父親としてのオレ。
祭りのオレ。本を書いているオレ。
全部オレなのに、少しずつ違う。
「みんなそうやと思うんやけどな」
のんのんはあっさり言った。たしかに、その通りかもしれない。
のんのんは二度の離婚を経験し、シングルマザーとして三人の子どもを育ててきた。
決して平坦な人生ではなかったはずだ。
子どもたちが学校へ行けなくなった時期もあったという。
本人も、自分を見失いそうになったことがあると話してくれた。
それでも、話しているとどこか軽やかだった。
過去を抱えながらも、そこに縛られていない。
そんな印象があった。
あるとき聞いてみた。
「なんでそんなに自由なん?」
少し考えてから答えた。
「自由かどうかは分からんけど」
そして笑う。
「自分に嘘つきたくないだけかな」
その言葉が心に残った。
オレはもう一杯、金陵を頼んだ。
自分に嘘をつかない。
簡単そうで、一番難しい。
オレは五十八年生きてきた。
嫌われないように。変に思われないように。失敗しないように。
そんなことを考えながら生きてきた。
商売もある。
地域との付き合いもある。
世間体だってある。
全部を好きなようにはできない。
けれど、のんのんと話していると考えてしまう。
本当は何が好きなんだろう。
本当はどう生きたいんだろう。
同じヌーソロジーを学ぶ仲間として、その話をすることも多い。
けれど、理論や難しい言葉の話はほとんどない。
話題になるのは、日々の出来事や人との出会い。
猫や花を見て感じたこと。
子どものこと。お年寄りのこと。居場所を失った人のこと。
そんな何気ない話をしているうちに、いつの間にかヌーソロジーの話になっている。そして最後は、決まってオレの方が考え込んでしまう。
正岡さんは外へ向かう人だった。
島の未来を語る。若者の未来を語る。行動する。挑戦する。
人を巻き込み、未来を動かそうとする。
のんのんは違う。
まず一人の心に寄り添う。
安心して過ごせる居場所を思い描く。
そこから少しずつ人とのつながりを育てていく。
向かう方向は正反対なのに、不思議と二人はよく似ていた。
どちらも、自分のためではなく、人が笑顔になれる景色を思い描いている。
だから人の心を動かすのかもしれない。
ガンちゃんが亡くなって一年。
祭りを思い出し、飲み会を思い出し、あのテレビ電話を思い出す。
それでも、人は立ち止まったままではいられない。
大島のことを考え、
正岡さんと出会い、
のんのんと出会った。
気づけばオレは、失ったものだけではなく、
今ここにいる人たちへも目を向けるようになっていた。
のんのんは、そんな変化を連れてきた人だった。

第十五章 トヨミおばあちゃん
正岡さんと島の話をしていると、何度も同じ言葉を聞いた。
「まずは島の人に喜んでもらわんとな」
その頃のオレは、島おこしといえば観光客を増やすことだと思っていた。
外から人を呼ぶ。イベントをする。SNSで発信する。
そんなイメージだ。けれど正岡さんは違った。
「まず島の人や」
そう繰り返した。その意味は、まだよく分からなかった。
ある日、大島へ渡ると、正岡さんが一人のおばあちゃんを紹介してくれた。
トヨミおばあちゃんだった。
九十歳を過ぎているという。
小柄で腰は少し曲がっていたが、足取りは思ったよりしっかりしていた。
畑の話になる。クソニンジンというヨモギのことだった。
「この人が育ててくれよるんよ」
正岡さんがそう言うと、トヨミおばあちゃんは笑った。
「わたしゃ、言われるままに植えただけや」
その言い方がおかしかった。
島の未来を変えるかもしれない。
そんな話をしている植物なのに、本人は近所の草花でも育てるような調子だった。
「大変じゃないですか」
そう聞くと、「別に」と笑う。
少し考えて、「畑するん好きやけん」
それだけだった。
オレたちは未来を語る。
人口減少。島おこし。観光。
けれど、トヨミおばあちゃんは違う。
今日の畑。今日の天気。今日の暮らし。まずそこなのだ。
しばらくすると昔話になった。
昔はもっと人がおった。子どももようけ走り回っとった。
漁師も多かった。道を歩けば誰かと会う。そんな時代だったという。
ふと、トヨミおばあちゃんが言った。
「昔の人はな、『ある、いる、なる』言うたりしよった」
オレは首をかしげた。
「どういう意味ですか?」
「さあなぁ」そう言って笑う。
「昔から言いよっただけや」
横で聞いていた正岡さんも笑っていた。
「島には、そういう古い言葉が残っとるんよ」
意味は分からない。けれど、不思議と耳に残った。
オレは聞いた。
「寂しくないですか」
人口は減った。空き家も増えた。船の便も少なくなった。
けれど、トヨミおばあちゃんは少し首をかしげた。
「寂しい?」そう言って笑う。
「まあ、みんな歳取ったけんなぁ」それだけだった。
行政への文句もない。若い人への愚痴もない。
ただ、「そういうもんやろ」という顔をしていた。
その姿を見ていると、不思議な気持ちになった。
正岡さんは未来を見ている。
十年後。二十年後。人口千人。海賊の島。ヨモギの島。
夢を語る人だ。
一方で、トヨミおばあちゃんは今日を生きている。
畑に水をやる。草を抜く。船を待つ。夕方になれば家へ帰る。
どちらが正しいという話ではない。
たぶん、どちらも必要なのだ。
未来を描く人。
今日を生きる人。
島は、その両方でできている。
帰り際、トヨミおばあちゃんが言った。
「また来んかいよ」
その言葉がうれしかった。
観光客としてでもない。商売人としてでもない。
ただ、「またおいで」
何気ない一言が、心に直接届いた。
船着場へ向かう道を歩いていると、正岡さんがぽつりと言った。
「さっきの『ある、いる、なる』もそうやけどな。
この島には、昔から不思議な言葉が残っとるんよ」
少し歩いてから続けた。
「『人は世界を反対に見とる』いう言葉もある」
思わず聞き返した。
「反対に?」
「まあ、その話はまた今度や」
そう言って笑った。
船が港を離れる。島が少しずつ遠ざかっていく。
その景色を眺めながら考えた。
島おこしとは何だろう。
人口を増やすことだろうか。
観光客を呼ぶことだろうか。
それとも、トヨミおばあちゃんのような人が、明日も変わらず暮らしていけることなのだろうか。
答えはまだ分からない。
けれど、「ある、いる、なる」。
そして「人は世界を反対に見とる」。
帰りの船でも、その二つの言葉を何度も頭の中で転がしていた。
第十六章 村上義弘
大島へ通うようになってから、気になる名前があった。
村上義弘。
島のあちこちでその名前を目にした。
案内板。城跡。言い伝え。島の人の話。
どうやら七百年ほど前、この島を拠点に活躍した人物らしい。
村上水軍の祖。そう呼ばれている。
正直に言うと、昔は歴史にそれほど興味がなかった。
学校で習った。試験のために覚えた。
その程度だった。
けれど大島に関わるようになってから少し変わった。
歴史が遠い昔の話ではなくなったのだ。
「村上義弘」は南北朝時代の人で、海を支配した男だった。
そう聞くと荒々しい海賊を想像する。
ところが調べてみると少し印象が違う。守る人だった。
後醍醐天皇の皇子である「懐良親王」をかくまい、その山は今も「皇子山」と呼ばれている。
敗れた武士たちの関係者を保護し、人々が祈りを捧げた浜は、今も「比丘尼の磯」という名前で残っている。六百年以上前の出来事なのに、その痕跡は今も島の中に生きていた。
海の安全を守る。
瀬戸内海の秩序を守る。
もちろん戦もした。
けれど、それだけではない。
守ることが仕事だった。そのことが心に残った。
海賊という言葉から連想するものとは違ったからだ。
そして、もう一つ面白いことを知った。
「懐良親王」は後に九州へ渡り、南朝の中心人物として活躍したという。
オレはその話を調べながら、なぜか「楠木正成」のことを思い出した。
後醍醐天皇を支えた忠臣として有名な人物だ。
「楠木正成」は山で戦った。
「村上義弘」は海を守った。
もちろん立場も役割も違う。
けれど二人とも、同じ時代を生き、同じ天皇につながる物語の中にいた。
そう考えると面白い。
歴史の教科書の中だけの話だと思っていたものが、急に大島の海とつながって見えた。
さらに調べると、皇居前の楠木正成像は別子銅山の銅で造られているという。
新居浜では別子銅山の歴史がよく語られる。
新居浜南高校のユネスコ部が、その歴史を学び発信する活動で知られていることも知っていたし、最近では「皇居の楠公さん」というブランドの話も耳にする。
山の歴史は大切に受け継がれている。
けれど海の話になると、急に静かになる。
村上義弘のことを調べるたびに、そのことが少し気になった。
ある日、大島の海を眺めながら考えた。
七百年前。この海を村上義弘も見ていたのだろうか。
同じ潮の流れ。同じ島影。同じ夕焼け。
もちろん景色は少し違うだろう。
けれど海は残っている。
人は消える。
海は残る。
そう思ったとき、ガンちゃんのことが浮かんだ。
あいつも亡くなった。
けれど本当に消えたのだろうか。
祭りの話をすると出てくる。
同級生が集まれば、やっぱり出てくる。今も会話の中にはいる。
少なくともオレの中にはいる。
村上義弘も同じだ。
七百年前に亡くなった人なのに、名前は残り、物語も残っている。
島の中に。人の記憶の中に。
そう考えると、人は何を残すのだろうと思った。
お金だろうか。地位だろうか。名誉だろうか。
たぶん、それだけではない。
村上義弘は海を守った。
ガンちゃんは仲間との時間を守った。
守るものは違う。けれど、その姿はどこか似ていた。
船が港へ着いた。
振り返ると、大島が見えた。
小さな島だった。
けれど小さくは感じなかった。
そこには七百年の時間があり、そしてオレ自身の時間も、少しずつ混ざり始めていた。
港へ向かう途中、正岡さんが言った。
「金ちゃん、今度、庄屋の家を見に行こうや」
大島には、昔から残る大きな古民家があるらしい。
そして、そこには少し変わった話も残っているという。
なんだか面白そうで、オレは胸を弾ませた。
第十七章 庄屋の家
数日後。
正岡さんに誘われて、庄屋の家へ行った。
島の中心から少し離れた場所にある大きな古民家だった。
村上家住宅主屋。
国の登録有形文化財にもなっている。
門をくぐった瞬間、空気が変わった気がした。
古い木の匂い。太い梁。磨かれた廊下。
長い年月を生きてきた家だ。
「昔はこの辺りで一番栄えとった家やな」正岡さんが言った。
十八代続く庄屋の家で、今の当主は正岡さんと同じくらいの年齢。
公民館の館長もしている。
しばらく話をしていると、館長さんが案内してくれることになった。
昔の漁業や製塩、海運。そして村上義弘のこと。
次々と出てくる大島の歴史はどれも面白く、オレはすっかり聞き入っていた。その後、公民館へも案内してもらった。
三階建ての立派な建物。昔の学校だという。
大島が賑わっていた頃に建てられ、今は丸ごと公民館として使われていた。
館内を歩いていると、館長さんがある場所で足を止める。
「これ見てみ」
床の上に大きな足型が残されていた。石鎚嶋之助。
聞けば、大島出身の力士で、
身長一九四センチ、体重一八九キロ、足のサイズ三十四センチ。
今でも十分大きい。昔なら化け物みたいな体格だ。
紀州藩お抱えの相撲取りになった後、大島へ戻り、子どもたちに読み書きを教えたという。
本当かどうかは分からない。
けれど、そういう話が残っていることが面白かった。
大島には教科書には出てない歴史が残っている。
人から人へ語り継がれてきた歴史だ。
館長さんは楽しそうに話してくれた。知らないことばかりだった。
そして帰る前、館長さんが思い出したように言った。
「そういやな。この前、
トヨミさんが言いよったやろ、『ある、いる、なる』って」
先日、オレが帰りの船で何度も転がしていたあの言葉だ。
「実はな」
館長さんが少し笑う。
「あの言葉、昔から庄屋の家に伝わっとったらしいんよ」
「なんですか。秘密の古文書ですか」
「宝の地図とか」
「この島に埋蔵金でもあるんですか」
館長さんは首を振る。
「そんなんあったら、もう掘っとるわ」
みんなで笑った。笑いが落ち着いたころ、館長さんは少しだけ真面目な顔になった。「意味は、よう分からんのやけどな」
そう言って、ゆっくり口にした。
「ある、いる、なる」
オレは黙った。やっぱり、その言葉だった。
館長さんは続けた。
「もう一つある」
「人は世界を反対に見とる」
今度は正岡さんが静かにうなずく。
「あれも昔から伝わっとる言葉や」
意味は、まだ誰にも分からない。
館長さんも。正岡さんも。もちろんオレも。
けれど、その二つの言葉は、謎のまま心のどこかに居座り続けていた。

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