メインコンテンツへスキップ
見出し画像

「前にある島」第5話(第五部/五部)

    📖 この物語は全五回です。
    ・ 第一回 消えゆくもの
    ・ 第二回 島へ向かう
    ・ 第三回 生きている人達
    ・ 第四回 人は世界を反対に見ている
    ・ 第五回 前にある島(このページ)

    第二十三章 まだ見ぬ島

    船が港へ近づいていた。
    いつもの十五分の船旅のはずだった。
    けれど、その日は何かが違う。
    港がやけに明るい。
    人の声が聞こえる。
    太鼓の音まで響いてくる。

    「え?」

    甲板から身を乗り出すと、大島の港に人があふれていた。
    子どもが走り回り、若い人が笑っている。
    屋台が並び、どこから来たのか分からない観光客までいる。
    そして港の真ん中には――太鼓台。
    新居浜の太鼓台が、大島にあった。

    「ひーくん!」
    聞き覚えのある声だった。
    振り向くと、ガンちゃんが立っていた。
    あの日、棺の中のガンちゃんに着せた法被。
    その法被をまとい、いつもの笑顔で手を振っている。

    「なんしよん、遅いがね!」
    驚くはずなのに、不思議と驚かなかった。
    「悪い悪い」
    そう返すと、ガンちゃんは満足そうに笑う。
    隣には、ともちゃん。
    法被姿のたいちと、ゆずなちゃんも楽しそうに走り回っている。
    「今日は忙しいんぞね」
    ガンちゃんがオレの腕をつかんだ。
    「太鼓台、出すけん」

    「大島で?」
    「大島で」

    「誰が担ぐん?」
    「みんなよ」

    指さした先には、島のおじいちゃんも、おばあちゃんも、若い子も、観光客まで法被姿で集まっていた。
    太鼓台の上では子どもたちがはしゃぎ、笛の音が港いっぱいに響いている。

    「差してくれー! うりゃー!」
    掛け声とともに太鼓台がゆっくり持ち上がる。
    ガンちゃんは身軽にかき棒の上に飛び乗った。
    「ガンちゃん、無茶すんなよ」
    そう言おうとした瞬間だった。
    「乳もませてーー!」

    港中が、一瞬静まり返る。
    次の瞬間、大爆笑だった。

    ともちゃんは呆れたように笑い、たいちは照れくさそうに頭をかく。
    ゆずなちゃんだけは意味も分からず大はしゃぎだ。
    トヨミおばあちゃんも「アホやねぇ」と笑っている。
    オレも笑った。
    笑いながら、少し泣きそうになった。
    ガンちゃんは、そこにいた。
    本当に、そこにいた。

    太鼓の音が響く。
    太鼓台は港をゆっくり進み、その向こうで海がきらきら光っていた。
    そのとき、太鼓台の横に立つ正岡さんが目に入った。
    ……いや。
    正岡さんのはずなのに、格好がおかしい。
    陣羽織。
    陣笠。
    腰には刀。
    完全に村上義弘だった。
    「正岡さん、その格好なんですか」
    正岡さんは真顔で答えた。
    「海賊の島やろ」
    「いや、そうですけど」
    「形から入らなあかん」
    そう言いながら、片手にはヨモギドレッシングの箱。
    もう片方にはスマホ。
    「金ちゃん、ホームページのアクセス見てくれ」
    「甲冑でやることですか」
    「関係ない」

    後ろでは若い子たちがテントを組み立てている。
    並んでいるのは、
    ヨモギ茶にヨモギドレッシング。
    ヨモギアイス、ヨモギビール。
    ヨモギ石けんに、ヨモギフェイスパック…。
    「正岡さん、増えすぎです」
    「まだまだや」
    正岡さんは得意そうに笑う。
    「次はヨモギのテーマパークや」
    「どこに作るんですか」
    「考えながら作る」
    夢の中でも、正岡さんは正岡さんだった。

    テントの周りでは若い子たちが忙しく動いている。
    誰かに言われたわけでもない。
    自分で考え、自分で動き、笑いながら働いている。
    正岡さんはその端っこで、ときどき笑い、ときどき叱り、ときどき黙って見守っていた。
    「若い子らが食えるようにならなあかん」
    どこかで聞いたその言葉が浮かぶ。ここではもう、言葉じゃなかった。
    景色になっていた。
     
    港を離れ、山の方へ歩いていくと、森の中から子どもたちの歓声が聞こえてきた。木こりの青年が立っている。
    ……ただし、普通の格好ではない。
    クワガタの角がついた覆面姿だった。

    「金ちゃん、見てください!」
    案内された先には、小さな木のリング。
    その上で二匹のクワガタが向かい合っていた。
    周りを囲むのは子どもたち。
    ……いや。真剣なのは大人の方だった。
    「クワレス世界大会、始めるぞー!」
    声が響く。
    現れたのはカッキー。
    新居浜出身の元プロレスラーで、今はクワレスを通して自然の大切さを伝えている。もちろん覆面姿。
    なぜかマイクだけは持っている。
    「赤コーナー! 愛媛代表、オオクワ丸!」
    歓声が上がる。
    「青コーナー! 能登代表、ミヤマ仮面!」
    子どもも大人も本気だった。
    青年が誇らしげに言う。
    「森を守ったら、虫が増えたんです」
    「分かる」
    「虫が増えたら、子どもが来たんです」
    「まあ、それも分かる」
    「子どもが来たら、親も来たんです」
    「ええ流れやね」
    青年は少し間を置いて笑った。
    「物販も伸びました」
    「急に商売かい!」
    森じゅうが笑いに包まれた。

    木を植える人がいる。虫を探す子どもがいる。
    その横では大人が写真を撮っている。誰も急いでいない。。
    森は遊び場であり、学び場であり、暮らしの一部になっていた。

    山を下りると、大きな古民家が現れた。
    庭には季節の花。
    縁側には猫。屋根にも猫。井戸のそばにも猫。
    数える気が失せるほど猫がいた。
    「金ちゃーん!」
    のんのんが手を振っている。
    青いクラゲ柄のワンピース。
    風が吹くたび、クラゲが海を泳ぐように揺れていた。
    肩にも猫。足元にも猫。
    その間を子どもたちが駆け回っている。
    「何匹おるん?」
    「知らん」
    即答だった。

    「数えんの?」
    「数えよおもたら増えとるし」
    夢の中でも、のんのんはのんのんだった。

    古民家へ入ると、本当にいろんな人がいた。
    絵本を読んでもらう子ども。
    宿題をする高校生。
    赤ちゃんをあやすおじいちゃん。
    おにぎりを握るおばあちゃん。
    仕事帰りのお母さんが、ようやく一息ついている。
    庭では、お父さんたちが子どもと水遊びをしていた。
    誰が家族で、誰がそうじゃないのか分からない。
    けれど、それは誰も気にしていなかった。

    玄関には、手書きの紙が貼ってあった。

    今日の約束
    ・眠たい人は昼寝すること
    ・お腹がすいた人は先に食べること
    ・困ったら、一人で抱えんこと
    ・子どもの声はBGM
    ・お年寄りの昔話は途中で止めんこと
    ・猫は勝手に入ってくること
    ・花が咲いたら、みんなで見ること
    ・正岡さんを見つけても、甲冑には触らないこと

    「なんなん、これ」
    思わず笑うと、のんのんも笑った。
    「ルールじゃないよん」
    「え?」
    「安心して帰って来るための約束」
    その一言で、この家の空気がすっと分かった。

    部屋の隅では、小学生が絵本を読んでいる。
    その横で、おばあちゃんが静かに聞いている。
    高校生は赤ちゃんを抱っこし、庭では、おじいちゃんが竹とんぼを作っていた。
    誰かが誰かを助けている。でも、助けているつもりはない。
    ただ自然に、そうなっていた。
    猫は、その真ん中を当たり前の顔で歩いていく。
    のんのんは庭の花に水をやっていた。

    「のんのん」
    「ん?」
    「これが作りたかった場所?」
    少し照れながら笑う。
    「こんな場所があったらええなぁって、ずっと思っとってん」
    その横顔は、夢を語る人というより、帰りたかった景色を思い出している人に見えた。
    子どもの笑い声。赤ちゃんの泣き声。
    味噌汁の匂い。花の香り。猫は縁側で大あくびをしている。
    どれも特別じゃない。だからこそ、かけがえがなかった。

    「ええな」
    そう言うと、のんのんは少し照れくさそうに笑った。
    「ええやろ」
    その笑顔を見ていると、ここは古民家じゃない。
    人が安心して帰ってこられる場所なんだと思えた。

    古民家を出ると、畑の方から賑やかな声が聞こえてきた。
    行ってみると、トヨミおばあちゃんがいた。
    派手だった。ピンクと金色の着物。帯はきらきら。
    足元は厚底草履。髪には花。
    九十歳を過ぎたギャルだった。
    「トヨミさん、その格好」
    「似合おがねー」
    悔しいくらい似合っていた。

    そのまま畑へ入り、厚底草履でクワを振るう。
    若い子たちが慌てる。
    「危ないけん!」
    「どかんかね」
    一言で全員下がった。
    「まだまだ若いもんには負けん」
    土が跳ねる。若者たちが拍手する。
    遠くから正岡さんが叫ぶ。
    「トヨミさん、腰いわすで!」
    「いわさん!」
    畑中が笑いに包まれた。
    ヨモギ畑の向こうには海が広がっている。
    山と畑と人。その全部が、一つの景色になっていた。

    夕方になった。
    浜には人が集まっている。
    焚き火を囲み、屋台が並び、子どもたちの笑い声が響く。
    太鼓台も浜までやって来ていた。
    ガンちゃんはビールを片手に笑っている。
    正岡さんは甲冑姿のまま若い子たちと話し、のんのんは猫を抱き、トヨミおばあちゃんはギャル着物のまま、おにぎりを配っていた。
    少し離れたところでは、木こりの青年とカッキーが、まだクワガタの勝敗でもめている。
    「今のは押し出しやろ」
    「いや、逃げた方の負けです」
    「プロレスなら場外カウントあるやろ」
    「クワガタに場外カウントはありません!」

    ど--でもいい。
    けれど、二人とも本気だった。
    その様子を見て、また誰かが笑った。そして誰かがふと言った。
    「島の人口、何人になったん?」
    正岡さんが肩をすくめる。
    「知らん」
    ガンちゃんが缶ビールを掲げた。
    「そんなことより飲もうや」
    のんのんは猫を撫でながら笑う。
    「人数より、今日も誰かが笑えたらそれでええやん」
    トヨミおばあちゃんが頷いた。
    「そやそや。食べんかい」
    会話が途切れると、島の音だけがゆっくり耳に入ってきた。

    浜の向こうへ夕日が沈み始める。
    海が赤く染まる。風が吹く。
    太鼓の音が遠くで響いている。
    どこからともなく、誰かが何かを口ずさんでいた。
    ガンちゃんは、その歌に耳を澄ませるように目を細めた。
    「ひーくん」
    「どした?」

    「あれ。歌ってや」
    「またか」
    「またよ」

    その声に応えるように、宅間がいつの間にか隣へ立っていた。
    何も言わない。
    あの日と同じだった。
    マイクもない。楽器もない。
    それでも二人で顔を見合わせ、歌い始めた。
    あの日と同じように、うまく歌おうとは思わなかった。
    格好よく見られようとも思わない。
    ただ、この景色へ届けたかった。
    歌っているうちに、浜のみんなが笑っていた。
    子どもも。若者も。お年寄りも。
    猫まで、じっとこちらを見ている。
    そのときだった。
    どこからともなく、声が聞こえた。
    『ある・いる・なる』
    誰の声か分からない。
    波の音のようでもあり、風の声のようでもあった。
    もう一度。
    『人は世界を反対に見とる』

    オレは海を見た。
    浜を見た。そこに集まる人たちを見た。
    ガンちゃんも笑っていた。
    正岡さんも。のんのんも。トヨミおばあちゃんも。
    誰も何かを証明しようとはしていない。
    ただ、それぞれが自分らしく生きていた。
    祭りになり。
    暮らしになり。
    島になっていた。
    その景色を見た瞬間、「なる」という言葉が少しだけ胸の奥へ落ちてきた。
    説明じゃなかった。理屈でもなかった。
    この景色そのものだった。

    「ひーくん」
    ガンちゃんが笑う。
    「どした?」
    「ええ島じゃねぇ」
    「うん」

    「ほら、起きんかね」
    「え?」
    ガンちゃんは、いつもの笑顔だった。
    「起きて、やってんよ」
    その瞬間――目が覚めた。船の中だった。
    港へ着く少し前。窓の外には、大島が見えている。
    港はいつもの港だった。

    太鼓台はない。甲冑姿の正岡さんもいない。
    ギャル着物のトヨミおばあちゃんも。
    クラゲ柄のワンピースを着たのんのんも。
    ガンちゃんも、いない。
    あるのは海。山。港。
    そして防波堤の上を歩く一匹の茶トラ。
    夢だった。

    けれど、潮の匂いだけは本物だった。
    胸の奥には、まだ太鼓の音が残っている。
    オレは小さく笑った。
    悪い夢じゃなかった。
    船は静かに港へ近づいていく。
    目の前には、大島があった。
    そして、その島は――
    まだ見ぬ島でもあった。

    第二十四章 ヨモギの芽

    春が来ていた。
    大島へ向かう船から見る景色も、どこかやわらかい。
    正岡さんと知り合ってから、島へ渡る回数が増えた。
    その日も、一緒にヨモギ畑へ向かった。

    正確にはクソニンジン。あの妙な名前のヨモギである。
    去年は試験栽培だった。
    島の八十九歳と九十一歳のおじいちゃんが育て、今年はいよいよ本格的な収穫を迎える。畑には若い緑が広がっていた。
    オレには違いがよく分からない。
    けれど正岡さんは葉をそっと触り、「よう育っとる」とうれしそうに笑った。まるで孫を見るような目だ。

    「これが大島を変えるんですか」そう聞くと、
    「可能性は十分あると思うよ」穏やかな口調だった。けれど、その声には確信があった。
    市場のことも、よく調べている。
    普通のヨモギより高値で取引されていること。全国でも栽培はまだ少ないこと。収穫したものはすべて買い取り、自分たちで商品にすること。
    誰に届けるのか。どう広げるのか。
    専用のホームページまで作っていた。
    「今は抹茶ブームやろ」
    正岡さんが言う。
    「けど、その次はヨモギが来ると思うんよ」
    海外の健康志向や自然食品の流れも見ているらしい。
    そういえば先月、全国ニュースでも二度、「抹茶の次はヨモギ」という特集を見た。思いつきではない。
    正岡さんは、この小さな畑の向こうに、未来を見ていた。

    「ある程度広まったらな」そう言って笑う。
    「みんな勝手に発信してくれるんよ」そして続けた。
    「空中戦が始まる」
    正岡さんらしい表現だった。

    SNSで誰かが紹介する。誰かが動画を上げ、それを見た誰かが興味を持つ。情報が空を飛び始める。
    「そこまで行ったら強い」
    話を聞きながら思った。
    この人は夢を語っているようで、足元はいつも現実にある。
    調べ、準備し、仕組みを作る。その先に未来を見る。
    「ただな」
    正岡さんは笑った。「結果だけは分からん」
    売れるかもしれないし、売れないかもしれない。
    島を変えるかもしれないし、変えられないかもしれない。
    「けど、おもろいやろ」
    オレも笑った。

    少し歩くと、別の畑で若い男が作業をしていた。
    むぎと君、二十一歳。おじいちゃんの農業を継いだ青年である。
    作業着は泥だらけだったが、本人はまったく気にしていない。
    「こんにちは」汗をぬぐいながら笑った。
    若い。それだけでまぶしい。

    話を聞くと、その日も朝から畑に出ていたらしい。
    米。野菜。いろいろ育てている。
    「大変だろ」そう聞くと、
    「そうっすね」
    笑いながら答えた。そして続ける。
    「でも、自分で決められるんがおもろいです」
    その一言が残った。
    正岡さんは、その話をうれしそうに聞いていた。
    アドバイスはする。けれど押しつけない。
    若い人が、自分で考えるのを待っている。そんな距離だった。

    「失敗したらええんよ」正岡さんはよく言う。
    「その方が覚えるけんな」
    むぎと君は苦笑いした。きっと何度も聞いてきた言葉なのだろう。
    二人を見ながら思った。
    正岡さんが育てているのは、ヨモギだけじゃない。
    人も育てている。
    若い芽。まだ何になるか分からない芽。
    そう思うと、畑の景色まで違って見えた。

    風が吹き、若い葉が揺れる。その向こうで、海が光っていた。
    大島は相変わらず小さな島だ。
    人口が急に増えたわけでもない。
    観光客が押し寄せているわけでもない。
    けれど、何も変わっていないわけじゃない。
    見えにくいだけで、あちこちに芽が出ている。
    そんな気がした。
    正岡さんが畑を眺めながら言った。
    「芽が出たらな」
    少し間を置いて笑う。
    「次は育てるだけや」

    オレは一枚のヨモギの葉を見つめた。まだ小さい。
    けれど、その小さな葉は、春の風をしっかり受け止めていた。

    画像

    第二十五章 若者たち

    正岡さんの周りには、なぜか若い人が集まっていた。
    最初は偶然だと思っていた。けれど違った。
    一人や二人ではない。次から次へと現れる。
    ある日も、正岡さんに呼ばれて大島へ行くと、見慣れない若者がいた。

    むぎと君、二十一歳。農家。
    作業着には泥がついたままだった。畑からそのまま来たのだろう。
    高校を卒業後、専門学校へ進んだ。
    けれどどうもしっくりこなかった。通っていても楽しくなかったという。
    そんなとき、おじいちゃんが倒れた。
    それをきっかけに、農業を継ぐことを決めたという。
     「厳しいぞって言われました」
    そう笑ってから続けた。
    「でも、おもしろそうやったんです」
    その一言に、正岡さんがうれしそうに笑った。

    「おもしろそう」
    どこかで何度も聞いた言葉だった。
    むぎと君は六次産業という言葉も知らなかった。
    BtoBもBtoCも知らない。けれど畑の話になると目が輝いた。
    話は尽きなかった。
    正岡さんは、ときどき口を挟む。けれど教え込まない。
    むぎと君が、自分で考えるのを待っていた。

    別の日、正岡さんから、能登の若者の話を聞いた。
    珠洲市で活動する、ゆうと君。
    地震のあと被災地へ入り、仮設住宅のおばあちゃんたちと出会った。
    そこで始めたのが「バーバーイーツ」。
    思わず笑ってしまう名前だ。けれど中身は本気だった。
    おばあちゃんたちが漬物や惣菜を作り、それを届ける。
    役割が生まれ、収入が生まれ、地域も元気になっていく。
    その活動はテレビでも紹介された。
    (※ 日テレのニュース「エブリー」にて 2025.1.13放映。)

    もう一人、印象に残っている若者がいる。
    能登の拓夢君。「ケロンの村」の二代目村長だ。
    もともとは、おじいちゃんの秀雄さんが始めた場所だった。
    自然と共に暮らし、人と人が支え合う。
    その思いを、今は孫が受け継いでいる。
    けれど、ただ受け継いでいるだけではない。
    自分たちの世代らしい形で、少しずつ育てている。
    守るだけではなく、前へ進める。
    その姿は、どこか大島にも重なって見えた。
    面白いことに、拓夢君の彼女は新居浜出身だという。
    宇高の由妃乃ちゃん。
    遠く離れた能登と新居浜が、そんなところでつながっていた。
    世の中は案外狭い。

    おじいちゃんが始めた夢を孫が受け継ぐ。それだけでも十分すごい。
    けれど大切なのは、ただ残すことではなく、自分の世代なりの形へ育てていくことなのかもしれない。
    受け継ぐことと、変えていくこと。
    その両方が、きっと必要なのだ。
    正岡さんは、こんな若者たちを何人も知っていた。
    共通しているのは、安定より挑戦。正解より実践。
    そんな生き方だった。

    正岡さんは、こんな若者たちを何人も知っていた。
    共通しているのは、安定より挑戦。
    正解より実践。
    そんな生き方だった。
    オレが二十代の頃とは少し違う。
    良い会社へ入り、出世し、家を建てる。そんな人生ももちろん大切だ。
    けれど目の前の若者たちは、自分で仕事を作り、自分で道を選ぼうとしている。保証なんてない。それでも動いている。
    「若い子は失敗したらええんよ」
    正岡さんはよく言う。
    「失敗した方が強なる」
    その言葉には重みがあった。成功した人の言葉ではない。
    何度も転んできた人の言葉だった。

    あるとき聞いてみた。
    「正岡さん、なんで若い人がこんなに集まるんですか」
    正岡さんはビールを飲みながら笑った。
    「知らん」
    少し間を置いて続ける。
    「僕のところへ集まるんやないと思うよ」
    そして、海の方を見ながら言った。
    「みんな未来の方、見とるだけやろ」
    その言葉を聞いて、オレも海を見た。
    風が吹いている。遠くを船がゆっくり横切っていく。
    未来がどこにあるのかは分からない。
    けれど、あの船の向こうにも、まだ見ぬ誰かがまた新しい何かを始めている。
    そんな気がした。

    第二十六章 祭り

    秋が来た。
    新居浜の町に祭りの匂いが戻ってきた。
    十月になると空気が少し変わる。
    朝晩の風が冷たくなり、店でも自然と祭りの話が始まる。
     
    「今年はどこが出るん?」
    「人、集まるんかいね」
    「天気どうやろな」
     
    そんな話を聞くたびに、またこの季節が来たのだと思う。
    新居浜太鼓祭り。
    この町で育った者にとって、祭りはただの行事ではない。
    太鼓の音を聞くと、体の奥が勝手に反応する。
    子どもの頃から、ずっとそうだった。
    そして、ガンちゃんも祭りが大好きだった。
     
    東京で暮らすようになっても、毎年のように帰ってきた。
    仕事を調整し、新幹線や飛行機に乗ってでも帰ってくる。
    太鼓をかくため。仲間に会うため。
    そしてきっと、子どもの頃の自分に戻るためだった。
    今年の祭りにガンちゃんはいない。
    分かっている。
    それでも祭りが近づくとひょっこり現れて、
    「ひーくん、久しぶり」
    そう笑うんじゃないか、と少しだけ期待してしまう。
     
    祭りの日。
    朝から町はざわついていた。
    法被姿の男たちが行き交い、子どもたちが走り回る。
    遠くから太鼓の音が聞こえてくる。 
    ドン。
    デン。
    ドン。 
    腹の底まで響く音。
    太鼓台が近づいてきた。
    金糸の飾りが朝日に輝き、房が風に揺れる。
    「そーりゃ、そーりゃ」
     掛け声が町じゅうへ広がる。
    オレも法被を着ていた。
    昔ほど体は動かない。それでも太鼓のそばへ行くと、自然と肩が前へ出る。
    隣には宅間。目が合う。
    何も言わない。
    けれど、お互い同じことを思っているのが分かった。

    太鼓台が動き出す。
    重い。若い頃は軽かった気がする。
    いや、軽かったんじゃない。あの頃の自分が若かっただけだ。
    肩へ重みがのしかかる。
    前の男の背中が見える。横からは荒い息づかいが聞こえる。
    少しでも呼吸がずれれば、太鼓台の重さが一気に返ってくる。

    祭りとは不思議なものだ。
    普段はほとんど話さない者同士でも、同じ担き棒へ肩を入れる。
    年齢も仕事も関係ない。
    気の合う者も、そうでない者も、同じ掛け声で前へ進む。
    一人では動かせない。だから、みんなで動かす。
    オレは、その感覚が好きだった。
     
    ふと、のんのんの言葉を思い出した。
    彼女も祭りが好きだと言っていた。
    最初は露店を見るのが楽しみだったらしい。けれど最近は少し違うという。
    「太鼓についてるかき夫さんらを見よったらな」
    そう言って笑った。
    「みんな、自分だけ頑張っとるんやないやん」
    「周り見ながら、息合わせて一つの太鼓を運んどる。そこが好きなんよ」
    のんのんらしいと思った。
    きらびやかな太鼓台も、祭りの熱気も、町に流れる空気も、きっと全部好きなのだろう。けれど最後に目が向くのは、やっぱり人だった。
    その言葉が、肩へ重みがかかるたびによみがえる。
    考えて動くのではない。周りに合わせる。呼吸を合わせる。
    自分を出しすぎず、引きすぎず、みんなで一つのものを動かしていく。
    祭りとは、そんな場所なのかもしれない。

    昼を過ぎ、休憩になった。
    太鼓台の横で缶ビールを開ける。
    祭りの日のビールは、どうしてあんなにうまいのだろう。
    宅間がぽつりと言った。
    「ガンちゃん、今年も帰って来たかったやろな」
    オレは太鼓台を見上げたまま、
    「やなぁ」
    とだけ答えた。それ以上は言えなかった。
    言葉にしたら、何かがこぼれてしまいそうだった。
    風に揺れる房を眺めながら、遠くで鳴る別の太鼓台の音を聞く。
    祭りは続いている。
    ガンちゃんがいなくても。
    そのことが少し寂しく、そして少しありがたかった。
     
    夕方。
    太鼓台は夕日に染まり、男たちの顔にも疲れが見え始めていた。
    それでも終わりが近づくと、不思議ともうひと踏ん張りできる。
    そのとき、誰かが言った。
    「ガンちゃんおったら、今ごろ何言うとるかいね」
    「もう飲みに行こうや、言うとるやろ」
    「いや、女の子見つけて絡みよるわ」
    そして誰かが、あの一言を真似した。
    「乳もませて〜」
    もう笑うしかなかった。

    二十年ぶりに再会した同級生へ向かって放ったあの一言。
    最初に聞いたときは、ビールを吹きそうになった。
    控えめだったガンちゃんが、大人になって、あんなことを言う。
    そのギャップがおかしくて仕方なかった。
    「アホやったなぁ」
    思わず口からこぼれた。
    宅間も笑う。
    「ほんまアホやった」
    笑いが少し落ち着いた頃、不意に涙が出てきた。
    こらえようと思ったが無理だった。

    太鼓の音。人の声。祭りの匂い。
    その中に、ガンちゃんがいた。
    みんなの笑いの中に。
    そして、笑いながら泣いているオレの中に。

    死んだ人は、いなくなる。ずっとそう思っていた。
    もちろん、もう会うことも、一緒に酒を飲むこともできない。
    それでも、消えるわけではない。
    そんなことを、頭ではなく体で感じた。
    太鼓台が再び動き出す。
    「そーりゃ、そーりゃ」
    掛け声が上がる。オレも肩を入れた。
    重い。けれど、その重みがありがたかった。
    一人では支えられない。だから肩を並べる。
    ガンちゃんも昔、この重みに肩を入れていた。
    同じ町で。
    同じ祭りで。
    同じ掛け声の中で。
    そう思うと、胸の奥が熱くなった。

    太鼓台はゆっくりと町を進んでいく。
    子どもたちが見上げ、お年寄りが見守り、若い衆が声を張る。
    昔とは少し違う。
    それでも祭りは続いている。
    人が入れ替わり、形を変えながら。
    その流れの中に、ガンちゃんもいる。
    そんな気がした。

    夜になり、提灯へ灯が入った。
    闇に浮かぶ太鼓台を見ながら、ふと大島のみんなの顔が浮かんだ。
    正岡さん。
    トヨミおばあちゃん。
    のんのん。
    むぎと君。若者たち。
    そして、村上義弘。
    みんな、それぞれ違う場所で何かを担いでいる。
    太鼓台と同じように。
    一人では動かせないものを、少しずつ肩に乗せている。
    誰かが肩を抜けば、別の誰かがまた肩を入れる。
    そうやって、少しずつ前へ進んでいく。
    太鼓台は夜の町をゆっくり進んでいた。
    オレはその後ろ姿を見送りながら、小さくつぶやいた。
    「アホやったなぁ」
    今度は笑いながら言えた。

    太鼓の音が腹に響く。
    夜風が法被を揺らしている。
    祭りは、まだ終わっていなかった。

    画像

    第二十七章 持続

    祭りが終わっても、オレの中では何かが終わっていなかった。
    店番をしながら。配達をしながら。風呂に入りながら。
    ふとガンちゃんを思い出す。
    すると、不思議と正岡さんの顔が浮かび、のんのんの声が聞こえ、トヨミおばあちゃんが笑う。
    むぎと君。能登で出会った若者たち。
    大島。祭り。村上義弘。
    別々だったものが、いつの間にか一本の流れになっていた。
     
    ある日、何となく船へ乗った。
    用事はない。ただ、大島へ行きたくなった。
    港へ着き、海を見る。風が吹いている。いつもの景色だった。
    けれど見え方は少し変わっていた。
    正岡さんの言葉を思い出す。
    「住まんと、すかすかする」

    昔なら、人口八十人という数字を見ていた。
    今は違う。
    トヨミおばあちゃんの笑顔。畑のおじいちゃんたち。
    港で交わした何気ない会話。
    数字の向こうには、いつも人がいた。
    そして、消えたと思っていたものも、本当は消えていなかった。
    村上義弘の顔も声も知らない。
    それでも名前は残り、物語は今も語られている。
     
    祭りもそうだ。
    何百年も続き、今年も太鼓の音が町へ響いた。
    正岡さんが夢見る島も、まだ見ぬ誰かの時間へ向かっている。
    そんな景色を見ているうちに思った。
    人は何かを残して生きるのではなく、
    誰かから受け取り、また誰かへ手渡しているだけなのかもしれない。

    そして、ガンちゃんも。失ったと思っていた。
    けれど違った。
    祭りの日になると笑わせてくる。
    酒を飲めば思い出す。昔話の途中で突然現れる。
    死んだ人が生きている。
    変な言い方だけれど、体験としては、その方が近かった。
     
    その頃、『アルジャーノンに花束を』を読み終えた。
    ガンちゃんが残してくれた一冊だった。
    読み終えたあと、のんのんへ電話した。
    「読んだことある?」
    「懐かしいなぁ」
    障害のある息子さんに勧められて読んだという。

    「どうやった?」
    のんのんにそう聞かれ、少し考えて答えた。
    「まず、ガンちゃん思い出したな」
     
    そう。ガンちゃんは、本当のやさしさを知っていた人だった。
    人の痛みを知っていたからなんじゃないかと思う。
    誰かの失敗話になっても、すぐに責めたりはしない。まず、その人の側から考えようとしていた。

    ガンちゃんには、不思議と心の垣根がなかった。
    相手を値踏みせず、自分も飾らない。
    だからだろうか。
    ガンちゃんの前では、不思議と見栄を張る必要がなかった。
    哲学の話もそうだった。
    普通なら照れくさくて話さないようなことまで、自然と話すことができた。

    今思えば、ガンちゃんと過ごすうちに、人とフラットに向き合うということを、少しずつ教わっていたのかもしれない。

    主人公は望んでいたものを手に入れる。
    けれど、それだけでは幸せになれなかった。
    読んでいるうちに、何度もガンちゃんの顔が浮かんだ。
    ガンちゃんは、何を抱えながら笑っていたんだろう。
    「本当の幸せって何なんやろな」
    そう言うと、のんのんは少し黙ってから言った。

    「無理したらあかんのやと思う」
    「みんな、今の自分じゃあかんって思いすぎなんちゃうかな」
    「努力は大事やけど」
    「自分を嫌いながら頑張るのは、しんどいよ」
    いかにも、のんのんだった。

    電話を切ったあと、しばらく本を眺めていた。
    ガンちゃんが残してくれた一冊が、
    あらためてガンちゃんのことを教えてくれた気がした。
    そして今は、こうしてのんのんとの会話になっている。
    人は消えても、人と人との間に生まれたものは、消えないのかもしれない。
     
    数日後、のんのんからLINEが届いた。
    猫が昼寝している写真。「今日も平和やな~」
    思わず笑った。
    風が吹いている。猫は眠っている。
    それだけで満たされる日もある。
     
    正岡さんは未来を見ていた。
    のんのんは目の前の命へ心を向けていた。
    ガンちゃんは人を笑わせた。
    トヨミおばあちゃんは今日を生きていた。
    みんな違う。
    けれど、どこかでつながっている。
    その流れを思うと、ヌーソロジーで学んだ「持続」という言葉が浮かんだ。昔は難しい言葉だと思っていた。
    けれど今は違う。
    時間が長く続くことでも、何かを受け継ぐということでもない。
    もっと静かで、もっと当たり前にずっと流れ続けているもの。
    そんな気がした。
     
    船の時間が来た。
    港へ向かう。
    振り返ると、大島はいつもと変わらずそこにあった。
    小さな島。人口も少ない。課題も多い。
    それでも、不思議と終わる気はしなかった。
    今日も誰かが笑い、誰かが悩み、誰かが何かを始めている。
    アホなことを言う人もいる。
    それでいい。

    船が岸を離れる。
    島が少しずつ遠ざかっていく。
    その後ろには、白い航跡が静かに伸びていた。
    途切れることなく、どこまでも。

    画像

    第二十八章 前にある島

    ある朝、早く目が覚めた。
    昔より朝が早くなったのは、年齢のせいかもしれない。
    店を開けるにはまだ時間がある。
    コーヒーをいれ、窓の外を眺めた。
    空が少しずつ明るくなっていく。静かな朝だった。

    ふと、ガンちゃんを思い出した。
    以前のような悲しさは、もうなかった。
    寂しくないわけではない。
    会いたいとも思う。
    一緒に酒を飲みたい。祭りで笑いたい。
    その気持ちは変わらない。
    けれど、「いなくなった」という感じもしなくなっていた。
    うまく説明はできない。
    ただ、そんなふうに思えるようになっていた。
    コーヒーを飲みながら、この一年を振り返った。

    正岡さん。
    のんのん。
    トヨミおばあちゃん。
    むぎと君。
    能登で出会った若者たち。
    そして、大島の人たち。
    生き方も考え方も違う。けれど共通していた。
    みんな、自分の人生を生きていた。 
    当たり前のようで、案外難しいことだ。
    人は比べる。
    人の目を気にする。
    正解を探す。
    オレもずっとそうだった。

    けれど、この一年で出会った人たちは違っていた。
    正岡さんは未来を語り、
    のんのんは、人が安心して笑える場所を思い描き、
    トヨミおばあちゃんは今日の畑を耕し、
    むぎと君は夢中で土と向き合っていた。
    みんな不器用だった。完璧でもなかった。
    だからこそ、その姿は気持ちよかった。
     
    午後、大島へ渡った。
    港へ着く。海が光っている。島の道。畑。吹き抜ける風。
    いつもの景色だった。
    けれど、見ているオレはもう違っていた。
    初めてこの島を見つめた頃は、終わるものばかり数えていた。
    人口が減る。人が亡くなる。町が衰退する。
    そんなことばかり考えていた。
    今は違う。

    ヨモギの芽がある。若者たちがいる。
    子どもたちの笑い声がある。誰かが誰かを気にかける姿がある。
    終わりばかりじゃない。
    始まりも、ちゃんとそこにあった。
    港のベンチへ腰を下ろす。
    遠くで子どもの声がした。振り返ると、島へ遊びに来た家族連れだった。
    小さな男の子が夢中で走り、その後ろをお父さんとお母さんが笑いながら追いかけている。
    その景色を見ながら、正岡さんの言葉を思い出した。
    「住まんと、すかすかする」

    今なら少し分かる気がした。
    数字では見えないものがある。
    理屈では届かないものがある。
    そこへ行き、風を感じ、人と話し、一緒に笑う。
    そうして初めて見えてくるものがある。
     
    大島は、この先どうなるのだろう。
    クソニンジンは広がるだろうか。
    若者たちは夢をかなえるだろうか。
    正岡さんの思いは実を結ぶのだろうか。
    分からない。けれど、それでいい。
    未来が決まっていない。だから人は夢を見る。
    風が吹いた。潮の匂いがした。
    空は、どこまでも青かった。

    そのとき、子どもが転んだ。一瞬うずくまる。
    けれど、すぐに立ち上がり、また走り出した。
    思わず笑った。
    人生も、きっと同じなんだろう。
    転ぶ。泣く。立ち上がる。また笑う。
    その繰り返しだ。

    不意に、ガンちゃんの笑い声が聞こえた気がした。
    振り向いても、もちろん誰もいない。
    それでも笑ってしまった。
    「アホやなぁ」小さくつぶやく。

    風が返事をするように吹き抜けた。
    海の向こうでは、夕日がゆっくり傾き始めていた。
    船の時間が近づいている。
    それでも、もう少しだけ座っていたかった。
    目の前には島がある。小さな島だ。
    けれど、もう終わりの島には見えなかった。
    そこには今日も、
    誰かが笑い、誰かが働き、誰かが夢を見ている。
    そして、誰かが誰かの帰りを待っている。暮らしが続いている。
    庄屋の家で聞いた言葉が浮かんだ。

    『ある、いる、なる』
    『人は世界を反対に見とる』

    あの頃は意味が分からなかった。
    今も、分かったとは言えない。
    けれど、それでいい。
    分からないから歩く。
    分からないから会いに行く。
    分からないから、人は面白い。

    船の汽笛が鳴った。
    オレはゆっくり立ち上がる。
    もう一度だけ海を見た。あの日と同じ海だった。
    けれど、見ているオレはもう、あの日のオレではなかった。

    前にある島。
    それは、大島なのかもしれない。
    まだ見ぬ未来なのかもしれない。
    あるいは、自分自身なのかもしれない。
    答えは分からない。
    けれど、その島は、いつも前にある。
    オレは小さく笑い、港へ向かって歩き出した。

    【完】

    [あとがき]
    この物語を書こうと思ったきっかけは、親友ガンちゃんの死でした。
    人は亡くなる。島は過疎になっていく。
    年齢を重ねれば、自分にも終わりが近づいてくる。
    そんな当たり前のことを、ここ最近何度も考えさせられました。それでも、人は誰かと笑い、誰かを想い、何かを始めようとします。
    この物語は、そんな人たちへの感謝として書きました。

    ここに登場する人たちには、それぞれ現実のモデルがいます。
    ガンちゃんも。正岡さんも。のんのんも。そして、大島も。
    オレがその人たちから受け取った時間を一つの物語にしました。
    物語のために少し形を変えたところもあります。けれど、流れている時間だけは本物です。

    もしこの物語を読んで、誰かに会いたくなったり、故郷を思い出したり、何かを始めたくなったりしたなら、オレはこんなに嬉しいことはありません。
    今もあの島では誰かが笑い、誰かが畑を耕し、誰かが海を眺めています。
    終わりのようで始まりの物語は、ここでおしまいです。
    ややこしいですね。
    でも、あの島は今日も、前にあります。
    またどこかでお会いしましょう。
                      --- 酒屋の金ちゃん ---



    ◀ 第四部「人は世界を反対に見ている」


    #創作大賞2026
    #エンタメ原作部門 
    #大島
    #新居浜
    #クソニンジン
    #太鼓台

     
     
    愛媛県の酒屋店主。趣味は空手、読書。昔ある宗教に属するも心がついていかず頓挫。2023年のある出会いをきっかけに再び精神世界の探求がはじまる。驚きの宇宙論、全く新しい人間意識の捉え方に目からウロコの毎日なり♪

    あなたへのおすすめ