
🎐『風鈴坂と夏色ラムネ』
夏休みが始まる少し前。
小さな港町には、「風鈴坂」と呼ばれる坂道がありました。
坂の両側には古い家々が並び、軒先には色とりどりの風鈴が揺れています。
風が吹くたび――
ちりん。
ちりりん。
澄んだ音色が坂いっぱいに広がり、
まるで夏そのものが歌っているようでした。

小学五年生の遥(はるか)は、その坂が大好きでした。
学校帰りには必ず坂を上り、てっぺんにある小さな駄菓子屋へ寄ります。
店のおばあさんは、いつも決まって笑顔で迎えてくれました。
「今日もラムネにするかい?」
「うん!」
ビー玉を押し込む。
ポンッ!
青い瓶の中で泡が弾ける音は、夏の始まりの合図でした。

ある日。
風鈴坂で、一人の少年と出会います。
白い帽子をかぶった、少し寂しそうな男の子。
「こんにちは。」
遥が声をかけると、少年は少しだけ笑いました。
「僕、蒼(あおい)。今日、この町に来たんだ。」
それから二人は毎日遊ぶようになります。

虫取り。
海辺で貝殻拾い。
夕焼けを眺めながら飲むラムネ。
風鈴の音が鳴るたび、二人は笑いました。

けれど、八月の終わり。
蒼はぽつりと言いました。
「明日、この町を出るんだ。」
「え……。」
「お父さんの仕事でね。」
遥は何も言えませんでした。

最後の日。
二人は風鈴坂をゆっくり歩きます。
風はいつもより優しく吹いていました。
「はい。」
蒼は一本のラムネを差し出します。
「最後に、一緒に飲もう。」
二人は瓶を合わせました。
カチン。
「また会えるかな。」
遥が尋ねると、蒼は空を見上げました。
「風鈴の音を聞いたら、きっと思い出して。」
そう言って笑いました。

翌日。
蒼の姿はもうありませんでした。
風鈴坂には、いつもの夏の音だけが響いています。
ちりん。
遥は一人でラムネを開けました。
ポン。
すると風が吹き抜け、風鈴が一斉に鳴り始めます。
その音の中に、どこか懐かしい笑い声が混じった気がしました。
「またね。」
遥は小さく手を振ります。
空には、入道雲。
海から吹く風は、あの日と同じ匂いでした。

それから何年も経ちました。
大人になった遥は、久しぶりに故郷へ帰ります。
風鈴坂は昔と変わらず、優しい音色を響かせていました。

坂の上の駄菓子屋も健在です。
「いらっしゃい。」
おばあさんは昔と変わらない笑顔で一本のラムネを差し出しました。
「久しぶりだね。」
遥が瓶を受け取った、その時。
後ろから懐かしい声がしました。

「やっぱり、ここにいた。」
振り返ると、一人の青年が笑っています。
白いシャツ。
優しい目元。
「あ……蒼?」
「風鈴の音を聞いたら、思い出すって約束しただろ。」
二人は顔を見合わせ、思わず笑いました。
そして昔と同じようにラムネの瓶を軽く合わせます。
カチン。
その瞬間、坂いっぱいの風鈴が一斉に鳴りました。
まるで長い再会を祝福するように。

この町には、今でもこんな噂が残っています。
「風鈴坂で夏色ラムネを飲む二人は、離れても必ずもう一度巡り会える。」
だから今日も、坂道には涼やかな風鈴の音が響いています。
誰かの大切な約束を、
そっと夏風に乗せながら。 🎐🥤☀️

💗柊紅葉💗

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