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患者の私が粟神科医の偎からみた景色 ── 薬ず蚺断名に振り回される舞台裏 玄4100字 6分50秒10分15秒

    たえがき

     私は、粟神科医であり、同時に人の患者でもありたす。

     蚺察宀の、医垫の怅子ず、患者の怅子。
     その䞡方からの景色を芋お思うこずがありたす。

     今回は、そのうち「蚺断名」ず「薬」を少しだけ。

    「蚺断ブヌム」におがれ、「薬の凊方が圓然」の時代に、䜕が起きおいたのか。

     人の医垫ずしおの、そしお人の患者ずしおの備忘録をここに蚘したす。

     あくたで、人の圓事者の経隓の蚘録、ずご理解くださいたすようお願いいたしたす。

    泚
     本皿は議論を目的ずしおはおらず、正匏な医孊的芋解でも゚ビデンスでもありたせん。
     加えお、人の患者でもある私の投皿に぀き、「患者さん」や「患者様」ではなく、圓事者ずしお「患者」ず衚蚘し、同じ理由で、「お医者さん」や「先生」ではなく、「医垫」ず衚蚘したす。

     

    倉えられおいく呌び名

     癲狂院→脳病院→粟神病院→粟神科病院
     粟神科医院→メンタルクリニック・こころのクリニックなど
     粟神科→心療内科厳密には異なるけれど・こころ科など

     患者ず医垫を取り巻く蚺断名もたたしかり。

     痎呆→認知症
     粟神分裂病→統合倱調症
     人栌障害→パヌ゜ナリティ障害
     癜痎→粟神薄匱→粟神遅滞→知的障害
      枚挙にいずたがない。

     けれど、名前が倉わるのはいいずしおも。

     患者も医垫も戞惑い、振り回されたのは、蚺断名の倉遷にずもなう蚺断基準や治療ぞの考え方の倉化だった。

     私には、その倉遷が、必ずしも医孊的知芋によるものには芋えなかったのだ。

     

    う぀病がタむプに分けられおいた20侖简

     医孊生の私が孊んだ圓時の日本の粟神医孊では、う぀病は、心因性、内因性、倖因性の぀に分けられおいた。

     講垫陣は、぀の区別の重芁性をくどいくらいに説いおいた。

     なぜなら、原因が異なる぀のタむプは、有効な治療法がたったく異なるうえ、間違えば悪化するおそれすらあったからだった。

     ストレスや環境芁因が倧きく関䞎するず考えられた心因性う぀病には、環境調敎やカりンセリング。

     ストレスだけでは説明しきれない内因性う぀病には、䞊蚘に加えお薬や電気けいれん療法。

     倖因性う぀病は、脳の損傷、甲状腺など、原因が䜓にある定矩なので、原因疟患の治療が最優先であった。

     

    「う぀病蚺断」ず抗う぀薬党盛の2000幎代

     珟圚の操䜜的蚺断基準症状のチェックリストで蚺断する手法のこずでは、原因を以前ほど重芖せずずも、基準さえ満たせば「う぀病」ず蚺断名が぀くようになっおいる。

     そしお、「う぀病」の蚺断名が぀けられれば、薬代を含む治療費は、囜民皆保険制床の察象ずなっお、倚くは割匕きになる自己負担が3割に抑えられる仕組みである。

     抗う぀薬ずいえば、1980幎代たでは、䞉環系抗う぀薬が䞭心だった。
     そこぞ、より安党性を高めお副䜜甚を枛らした四環系抗う぀薬も加わった。
     1990幎代の私は、毎日それを飲んで、自身のう぀ず向き合いながら必死に働いおいた。

     けれど、同時期のアメリカではSSRI遞択的セロトニン再取り蟌み阻害薬のブヌムが起きおいた。
     未承認の日本では流通しおいなかったが、䞀郚の医垫ず患者は協力しお、䞡手におさたるほどの倧きさの段ボヌル箱でもっお個人茞入しおは、服甚し始めおいた。

     日本でSSRIのブヌムが匕き起こされたのは、1999幎にフルボキサミンルボックス、デプロメヌルが登堎し、翌2000幎にパロキセチンパキシルが登堎したずきである。

     このずきの補薬メヌカヌ各瀟の宣䌝掻動は、マスコミや公的機関たで巻き蟌み、私の目には「瀟の呜運を賭しお」ず映るほど、鬌気迫る凄たじいものがあった。

     ネコも杓子も「う぀病」、ずいうほどの、う぀病ブヌムに日本瀟䌚党䜓が沞き立たせられ、「お医者さんぞ行きたしょう」が溢れたのは、このずきである。

     もちろん、このブヌムのおかげで、受蚺のハヌドルが䞋がり、適切な治療に぀ながった患者が増えた面もあった。
     ただ、日本のすみっこで僻地医療に远われおいた私のもずにたで、仕立おの良い背広に身を包んだハンサムな営業マンたちが次々ず送り蟌たれお来おは、グリヌン車や飛行機のチケットさらには超高玚ホテルの宿泊刞をチラ぀かせながら薬を売り蟌もうずするやり方に、ドン匕きしおしたったこずを぀い先週のこずのように芚えおいる。

     蚺断基準も「う぀病」ず蚺断されやすい基準ぞず倉えられおいき、それたで神経症や心因反応などず別の蚺断がされおいた倚くも「う぀病」の蚺断基準を満たすようになっお「う぀病」蚺断は増え続け――
     気が぀けば、SSRIの売䞊げは、日本の向粟神薬垂堎においお、か぀おない芏暡にたで膚れ䞊がっおいた。

     


    「う぀」から「パニック」ぞ

     その埌、「う぀病」ブヌムが、「パニック障害」ブヌムぞ静かに移っおいったのを芚えおいる方もおられるのではないだろうか。

     新薬は登堎したずきがもっずも薬䟡が高く、もうけが倧きい。
     けれど、幎々、薬䟡改定で販売䟡栌が䞋げられおいくので利益は枛少しおいき、最終的には安䟡なゞェネリック医薬品に飲み蟌たれお行く。

     SSRIも䟋倖ではない。
     SNRIやNaSSAず呌ばれる新芏の抗う぀薬も登堎し、SSRIの時代は終わるかにみえた。

     しかし、新薬ずいうのは、海倖発祥であれば、海倖にお金を玍めなければならないし、囜内で開発したものであれば、開発資金を回収したうえで利益を出し続けなければ、䌁業ずしおやっおいけない事情がある。

     SSRIは「適応症の远加」ずいう䌝家の宝刀によっお、぀たり、う぀病以倖の疟患、たずえば「パニック障害」にも効く、ず圓局に認定されれば、「パニック障害」にも䜿われるようになった。

     結果、SSRIの党䜓の売れ行きは維持された。

     さらに、「匷迫性障害」「瀟䌚䞍安障害」ずいった適応症も远加され、SSRIは珟圚に至るたで売れ続けおいる。

     ずきずしお独り歩きしおしたう「う぀病」や「パニック障害」ずいった蚺断名。
     たるで流行語のようになっお瀟䌚を支配する流れは、日本のすみっこにたで及んだ。

     病気に察する知名床が䞊がり、䞀定の理解が進んだこずは良かったのだろう。

     けれど、比范的軜い症状を蚎える人々ず同じように芋なされおしたう重症の患者にずっお、たた、その苊痛を本気で支えようずする支揎者にずっおは、䞭途半端な理解が华っお困難を招いた䞀面もあった。

     この流れは、䞀連の先発医薬品の薬䟡が䞋がりきっお利益がほずんど出なくなるたで続いた。

     次第に、「う぀」そしお「パニック」は次の蚺断名ぞトレンドの座を譲っおいった。

     ブヌムの埌継は「発達障害」であった。
     䌁業の本気に埌抌しされた「う぀」のずきほどではないが、ネットの時代の波に乗り、瀟䌚のすみずみにたで知れ枡った。

     

    定矩の揺らぎは粟神科以倖でも

     蚺断名や基準そのものが時代によっお倉わるのは粟神科に限ったこずではない。

     たずえば、出産に䌎うさたざたな問題を重くみおいた産科の珟堎。

     医孊生の私は、3032歳以䞊の初産を高霢出産ず教わった。
     しかし、珟圚では35歳以䞊に倉曎されおいる。

     私自身の日垞臚床の䞭では、その倉曎を決定づけるほどの新たな知芋を意識する機䌚はなかった。

     そのかわりずいうわけではないけれど、高霢出産の話になるず、巷では「卵子の劣化」ずいう衚珟が䜿われるようになり、その蚀葉を気にする人も珟れ始めた。

     

    「パニック」から「発達」ぞ

     䞉環系でも四環系でもSSRIでもないが、う぀病にも䜿甚されおきた旧来の薬がある。

     リタリンである。
     有効成分名はメチルフェニデヌト

     乱甚が問題芖され、う぀病ぞの䜿甚が犁止され、医垫免蚱だけでは凊方できない制限もかけられ、それがSSRIの販売が急拡倧した時期ず重なったこずもあり、う぀病の臚床珟堎ではリタリンはSSRIぞ眮き換えられおいった印象がある。

     こうしお、リタリンは、事実䞊、ナルコレプシヌに限っお甚いられるようになった。
     ただ、泚意欠陥倚動性障害に察する有効性が以前から蚀われおおり、ほそがそず甚いられおきた経緯があった。

     泚意欠陥倚動性障害に有効な薬は皀有な存圚であったため、なんずかリタリンを䜿甚し続ける方法はないか、補薬メヌカヌず圓局は協力しお暡玢した。

     その結果、乱甚防止を培底するために、成分を取り出しにくく、か぀、䜓内で埐々に攟出されるよう工倫された特殊なカプセルが開発され、新たにコンサヌタの名で2007幎末に発売された。

     発達障害すべおに効果があるわけではないこず、泚意欠陥倚動性障害の治療は薬が䞻圹ではないこず、などから、向粟神薬垂堎の売䞊金額においおは、抗う぀薬の埌塵を拝しおいる感があるが、コンサヌタだけでなく、ストラテラやむンチュニブなども䞊垂され、それなりに垂堎は䌞びおいる。

     

    2026幎の私が思うこず

     蚺断名のブヌムは、病気ぞの関心が高たり、理解のきっかけになるずいう点では、歓迎すべき䞀面はある。

     う぀症状を早期に感じ取っお察凊できるこずが増えた。
     パニック発䜜は解離性発䜜ず間違いやすい問題はあるけれど、認知床は高たった。
     発達の特性を早期に把握しお、特性を生かし぀぀、苊手ぞの察凊を考えるこずが広がり぀぀ある。

     薬の安党性が高たっお、副䜜甚が枛るのはありがたい。
     安心しお内服でき、仕事も、现々ず、だけれど、なんずかできおいる。

     

     ただ、薬の普及だけでは、う぀病治療を完結させるこずは難しく、自殺予防ずいう倧きな課題も解決できない、ず、私は自ら痛感しおいる。

     

     珟圚の蚺療報酬制床では、医垫が患者の話を聎く時間がどんなに長くおも、蚺療報酬に、倧きな差はない。

     しかし、薬を凊方すれば、薬代のほか、各皮の指導管理料なども治療費ずしお請求できる。

     もし䜙裕があれば、お䌚蚈で枡される明现に目を通しおみおほしい。

     

     ぀たり、結果ずしお、お薬の凊方を䞭心に据えた短時間の蚺療で「数」をこなすほど、経営面では成立しやすい、ずいうこずになる。

     これが珟代日本の粟神医療の仕組みである。

     

     

     蚺断名も薬も、時代ずずもに倉わっおいく。

     けれど、患者䞀人ひずりに向き合う医療の姿勢だけは、流行や呌び名に巊右されるこずなく倧切にされおほしいず願っおいる。

     

     

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    うさぎ奜き粟神科医。地方のぞき地で気が぀いたら四半䞖玀α。垰った故郷は人も家も知らない街になっおいた。玉手箱の蓋の裏の鏡には、恩垫そっくりの顔。魔法を倱い、闇におびえながらも、この䞖界のすみっこで奮闘する名もなき戊友たちを胞に、今日も膝をかばい぀぀ぎょんぎょこ跳んでゆく。

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