
アーケードの女神像│プロローグ「水の音」
【あらすじ】
白い廊下で目を覚ました俺は
静寂のなか無人のアーケードに導かれる。
そこに佇むのはかつて親友Kと遊んだ、
ゲーム筐体に似た奇妙な女神像。
クレーンが動くたびに水が湧き、
像がゆっくりと沈む。
景品に触れようとした瞬間、
遠い記憶が呼び起こされる――
崖の上、最後に交わした言葉。
これは幻想か、それともあの世からの再訪か。
静かに沈みゆく罪と赦しの物語が今、始まる。
‐‐‐
──音が、する。
目を閉じているはずなのに、
世界が回っている。
耳の奥で何かが水に沈むような音がしていた。
「……ズズズ……ザリ……」
石が擦れ合うような湿った音。
水の中で誰かが足を引きずっているような、
不快な振動。
それが、どこからともなく繰り返されている。
遠くもなく、近くもなく、
まるで頭の中に直接響いてくるようだった。
ゆっくりと、まぶたを開ける。
眩しさはない。ただ、白い。
視界はどこまでも白く、そして静かだった。
天井、壁、床──
すべてが無機質な白で塗りつぶされた
細長い廊下。
整然と並んだ蛍光灯が
淡く青白い光を落としている。
病院のようで、病院ではない。
美術館のようで、何も飾られてはいない。
匂いもない。風もない。
音も──あの「水音」以外は
何一つ存在しなかった。
ゆっくりと上体を起こす。固い床。
足を動かしてみると、靴を履いていなかった。
ジーンズに薄手のジャケット。
どれも見覚えがあるようで、ない。
ここはどこだ?
その問いが脳裏に浮かんだ瞬間、
もっと深い疑念が押し寄せてきた。
──俺は、誰だ?
名前が出てこない。顔も、家族も、仕事も。
すべてがぼんやりと靄の向こう側にある。
ただ、ひとつ。
胸の奥に
重く沈むような“痛み”だけが残っていた。
それは恐らく、誰かに対する後悔。
言えなかった言葉。届かなかった想い。
その残響が
この白い空間に染み込んでいる気がした。
「……誰か……いたはずだ」
小さくつぶやいた声が廊下の壁に反響する。
遠くの方で「回転音」がした。
規則的で、鈍く、冷たい機械音。
ズズズ……ザリ……
ズズズ……ザリ……
音の正体を確かめるように足を踏み出した。
乾いた靴音が静寂を破る。
誰かに叱られそうなほど、
それは大きく響いた。
廊下はどこまでも続いている。
出口は見えない。
振り返ってもやはり同じ白。
まるで「戻る」という選択肢がこの世界には
用意されていないかのようだった。
歩きながら胸の奥の何かが
少しずつ冷たくなっていく。
思い出してはいけない何かに
近づいている気がした。
だがその正体はまだ──
水の底に沈んでいる。
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各話リンク
アーケードの女神像|プロローグ「水の音」
アーケードの女神像|第1話「覚醒の廊下」
アーケードの女神像|第2話「過去の水面」
アーケードの女神像|第3話「崩れる日常」
アーケードの女神像|第4話「再会の海辺」
アーケードの女神像|第5話「沈まぬ記憶」
アーケードの女神像|エピローグ「白い廊下を出て」