
アーケードの女神像|第5話「沈まぬ記憶」
アーケードの女神像|第4話「再会の海辺」
アーケードの女神像│プロローグ「水の音」
空が朱に染まっていた。
夕日が海を滑り、
波のひとつひとつを金色に染めながら、
静かに水平線へと沈んでいく。
崖の上に立つ俺は、
その光景をただ見つめていた。
手すりに手を置くと、
冷たい鉄の感触が現実へと引き戻してくれる。
さっきまで胸の奥を満たしていた、
重い水のような感覚が少しだけ和らいだ。
──Kはここで何を思っていたんだろう。
俺の知らないあいだに、
彼の人生は、
ずっと静かに壊れていたのかもしれない。
学校も、家庭も、他人との関係も──
何もかも形を保てなかった。
けれどそんな中で彼が最後まで執着したのが、
あの女神像の
クレーンゲームだったのだとしたら。
なぜか分かる気がした。
取れそうで取れない。
でも、どうしても諦めきれない。
それはまるで、
人間関係そのもののように思えた。
Kは俺と仲直りがしたかったのだ。
いや、それ以上にもう一度
「楽しく遊びたかった」──
それだけだったのかもしれない。
不器用で、言葉にできず、
タイミングも逃して、
気づけば引き返せなくなってしまって。
……だからあのとき、
俺の夢の中にまで出てきたんだ。
白い廊下、回転する女神像、水に沈む景品。
あれはKの記憶じゃない。
俺自身の「後悔」が形をとったものだった。
俺が閉じ込めていた“感情”が、
あの風景になった。
心の奥底にあった
「あのとき、声をかけていれば」
「まだやり直せたかもしれない」という願い。
それがあの世界を作った。
Kの幻影は怒っていなかった。
責めてもいなかった。
ただ黙って俺を待っていた。
そしてようやく俺はここへ来た。
風の音がやけに優しく響いていた。
崖の下では波が変わらず岩に砕けている。
でも、それが怖くはなかった。
不意に、ポケットの中で何かが触れた。
取り出すと、
さっき崖の端に置いたはずの──
あの女神像キーホルダーだった。
あれ?確かに置いたはずなのに。
だが、どこかで理解していた。
これは「Kが返してくれた」のだと。
思い出は、もう俺の中に戻ってきた。
Kとの時間も、声も、笑いも、悔しさも、
そして……さよならも。
沈まない記憶として。
俺はもう逃げない。
このまま思い出と共に生きていく。
そう心に決めて、ゆっくりと背を向けた。
崖から離れ、坂道を戻る。
空には星がひとつだけ瞬いていた。