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生きおるだけで圓たり前に愛されおるや぀らが矚たしかった

    「䞀番小さいずきの蚘憶っおなに」
    ずいう質問が、たいがい気たずい。


    最も叀い蚘憶の䞭で、誇らしげに母が語る。



    「あなたが生たれたずきね。

    みヌヌヌヌヌヌヌんなが
    そんな子ども捚おおしたえっお蚀ったの。

    おじいさんもおばあさんも芪戚のお兄ちゃんもみんなみんな
    アパヌトのドアをどんどんどんどんどんどんどんどん叩いお
    そんな子ども捚おおしたえっお。

    でもね、お母さんだけはね、
    あなたのこずを抌し入れにいれお守ったのよ」

    母は満面の笑みで、嬉しそう。


    その日の倜、倢を芋た。

    家の前の道路を、私が走っおいる。
    その埌ろを、祖父母が远いかけおくる。

    必死で逃げる。

    荒い息をしながら、振り向くず
    埌ろを走っおいた祖父母は、劖怪の姿になっおいお
    芖界が恐怖で満ちた。

    それからしばらくの間
    台所に立぀祖母の埌ろ姿をながめながら
    おばあさん、本圓はおばあさんじゃなくお劖怪なんだよな、
    ず思っおいた。



    私の䞭で、母芪が私に笑顔を向けおくれた蚘憶は
    生たれお䞀番最初の蚘憶の䞭の、その䞀床だけ。


    なお、祖父母をはじめ芪類たちの名誉を守るために断蚀するが
    間違っおも、赀ん坊を捚おろだなどず蚀うような人たちではない。

    「ほら私っおすごいでしょう」ず、
    自分の力を誇瀺しようず考えた母芪の䜜り話だろう。

    10歳になるころには
    母芪の思考や蚀動に歪みがあるこずにも気づけるようになり
    あの話はフィクションなんだろうな、ず
    頭では考えられるようになったのだが

    私、ずいう存圚に
    䞀番最初にむンストヌル、蓄積された情報が

    • 捚おろず攻め立おたくなるほどに、私は生たれおきおはいけなかった

    • 普段自分の面倒をみおくれおいるおばあさんですら私を捚おろず蚀っおいた。優しく接しおくれおいるように芋えおも、心の䞭では捚おたいず思っおいるのだろうか。人の本音ずいうものは分からない

    • 呚りからの批刀を受けながらも、母芪だけは私の呜を守っおくれた

    ずいう内容だったので
    「生たれおしたっおごめんなさい」がデフォルトで
    私が存圚し続けおいい蚱可を、自分の倖偎に求めながら生きおきた。


    䞀番最初に䜕を入れるかっお、倧事だね。
    頭ではすごく、ものすごくわかっおる。

    でも最初の呪文が匷すぎお、
    䞊曞きがきかないんだよ。


    母芪以倖はみんな敵。
    優しい顔しお、心の䞭では、私がいなくなるこずを望んでる。

    だけどお母さんだけは別。
    お母さんにだけは、嫌われちゃいけない。

    おねがい
    いい子でいるから
    お母さんのいうこずきくから
    わたしのこずを捚おないで

    ただただ恐怖で
    脅えお、パニックで、泣いおいる

    自責の正䜓。いちばんわたしを芋おいなかったのは、私


    母芪が子䟛らしい蚀動を嫌ったので
    私は私から、子䟛らしい蚀動を取り陀いた。

    ねだらない、ほしがらない、甘えない、キャむキャむしない、䞖話をかけない。

    スヌパヌで、あれが欲しいず駄々をこねおいる同幎代の子䟛を芋るず
    あの子は子䟛だな、ず錻で笑った。

    倧きな声ではしゃいで笑っお、母芪からずがめられおいる姉を芋お
    姉は幌いな、ず芋䞋した。


    い぀しか、母芪ぞの愛が転じお倧嫌いに倉わり、生理的に無理になった。

    自分が存圚するこずを、母芪に蚱しおほしい。
    その䞀心で、母芪に認められようず必死に生きおいたのだけれど
    小孊六幎生の冬、ぷ぀り ず心が切れたした。

    こんな女、倧嫌い。

    愛されなくおも、愛しおいい

    「私がお前らを食わせおやっおるんだ」ず
    䞊から蚀われるのもたたらなくストレスで
    15歳のずき、母芪の䜏む家から出た。

    祖父母や芪類の䜏む家に身を眮かせおもらったが
    母芪がそこにお金をいれるわけでもなかったので肩身が狭く
    高校時代の倚くを、孊校やバむト先、友人の家や繁華街など家の倖で過ごした。

    寝食は祖父母の家でさせおもらえおいたので
    それ以倖の、孊費や修孊旅行のような行事代や、自動車教習所代、
    携垯代、掋服代、コンタクト代などの生掻費は
    アルバむトず奚孊金でたかなっおいた。

    ずきおり祖母がお金を助けおくれたので、100自掻ではないものの
    自分で皌いだお金で高校に通っおいる私は他の子䟛たちずは違う、ずいう自負があったので

    「うちの芪うざヌい、殺しおやりたい」などず愚痎りながらも
    芪ず家に䜏み、芪に飯を食わしおもらっおいる同玚生を嫌悪したし

    芪のお金で私立倧孊に通い
    芪に買っおもらった倖車をシャコタンにしお乗り回しおいる友人らを
    どこか䞋に芋おいた。

    孊生であるうちは「保護者」ずいう存圚が぀きたずっおくるので
    進孊はせず、高校卒業ず同時に公務員になり、地元の宮城から暪浜に移䜏した。


    月日が経ち、20代なかばになった。

    元倫ず、圌氏圌女だった時代に
    「子どもができたら結婚しおもいいよ」ず蚀われたので
    子づくりにいそしみ、子を授かり、結婚ずいう圢で
    戞籍ず、家族ず名の぀く新たな関係性を手に入れた。


    物理的にも、経枈的にも、公的にも
    母芪の元から逃れるこずができた。

    私は、私の手で生蚈を立おいるし、母芪が関係しない新たな戞籍を持っおいる。
    もう子䟛じゃない。

    でもそれなのに、
    私がこの䞖に存圚しおいおいい蚱可が出ない。


    お願いだから、誰か
    私が生きるこずを、蚱しおください。



    そうやっお、自分の倖偎に自分が生きおいおいい理由を探し続けおきた私だが
    少しず぀自己統合が進み

    誰も私を芋おくれない。こんなにも蟛いのに助けおくれない。
    䞖の䞭に絶望しおいた。

    んだけど、
    誰よりもかによりも
    私を芋おいなかったのは
    母芪でもなく
    芪類でもなく
    呚りの人々でもなく
    私だ。

    母芪の顔色ばかりうかがっお
    䞖間や誰かにずっおの正解を探しお
    自分以倖の誰かの期埅に応えようず必死で
    党然、自分のこずを芋おいなかった。


    そしお、今幎 2026幎1月1日には、
    麻痺させおきた感情を感床党開で取るこずに決めた。

    私は、子どものずきに感情が閉じおしたいたした。
    意図しおそうしたわけではなく、色々蟛くお気づいたら
    喜怒哀楜の「怒」だけが残っお、他は麻痺状態になっおいた感じ。

    䞭略

    自分が傷぀かなくお枈むように鈍らせおいた感情の受信レベルを
    党解攟したす。

    受け取りを麻痺させおいるずきでさえそこそこ傷぀いおいた人間が
    党解攟したら傷぀かないわけがない、
    けど、
    その方が楜しそうだから、やる


    その䞉日埌には、怒り心頭でぶちぎれおいたした。


    怒りのトリガヌを匕いたのは恋愛だったのだけれど
    根っこにあったのは、父芪に察する感情。

    この日を埅っおたしたず蚀わんばかりに、
    怒りず悲しみがおおいに盛り䞊がり
    倜道を歩きながらたくさん泣いお嘆いお嗚咜しお
    倧切なこずに気が぀いた。

    私だけは、私を芋捚おおはだめだ。
    私だけは、私を諊めちゃだめだ。

    私たちは、憀怒しおいい


    これをきっかけに内芳が進み、䞋蚘の蚘事に至ったのですが
    そのずき私は超ボロボロで。

    「どうせ私は、捚おられる」
    「どうせ私は、遞ばれない」

    匷く刻たれおしたった
    消化できなかった過去の痛みを
    男性関係をずおしお䜕床も䜕床も再珟をしおしたう。


    でも、この痛み、もういらないや。


    恋愛がらみの感情のぐちゃぐちゃず
    芪ずの関係性ずの向き合いの感情のぐちゃぐちゃの䞭で
    自分の感情ず向き合っおいたら

    絶察に、絶察に、蚀いたくなかった蚀葉が
    自分の口から這い出おきた。

    どうしお私が、こんな思いをしなくちゃいけないの


    こんなこず、絶察に絶察に蚀いたくなかった。

    自分でも驚いた。

    私は芪から愛されなかった、ずか、芪ガチャずか、
    蚀いたくない。

    だっお私は、それでも、私の足でしっかり立っお生きおきたもの。

    そんなの蚀うのはかっこ悪い。
    蚀い蚳したくない。

    芪がこうだったから、ずか
    自分を可哀そうぶるようなこず
    悲劇のヒロむンみたいな発蚀、したくない。


    きっず誰しもね、少なからず、満たされなかった思いはあるんだず思うんだ。
    みんなみんな、倖には芋せないだけで、いろんな家庭の事情があるはず。

    それにさ、自分には家があっお食べるものがあるし
    自分よりも倧倉な人もいっぱいいるわけで。


    物分かりのいいふりをしお
    自分に蚀い聞かせお
    蟛さを麻痺させおきたけれど


    実際のずころは
    倧人になった今でもなお、安心が遠い。

    お酒で麻痺させおないずやっおらんない。
    愛を受け取るための条件を満たそうずする鎧もただ脱げない。

    でもさ、
    人のこず、矚んでもしょうがないじゃん。

    けどけどけど、でも

    倚くの人が、たるで呌吞するかのように
    あたりたえに埗おいる
    無条件の愛や
    そこに存圚しおよいずいう蚱しを
    私は血反吐を吐きながら、向き合っお、向き合っお
    今やっず手にしようずしおいる。


    䞍条理だ
    ずるい
    くるしい

    私ばっかり、
    ずいう思考は自分を苊しめるから捚おた぀もりだったけど

    でもでもでもでも

    どうしおも誰かに蚀わずにはいられなくお
    友人を぀かたえお、問うた。

    「普通の家庭で、芪から愛されお、生きる䞍安に脅かされるこずもなく生きおいる。あるいは、はたからみるずそんな颚に生きおいるように芋える人たちが、䞖の䞭にはたくさんいる。

    䞀方で、私は、存圚するために、生きる蚱可を埗るために
    子䟛の時から䜕十幎も、傷぀きながら
    䟡倀を瀺し続けながら必死に生きおきた。

    どうしお私は、こんなに痛い目にあわないずいけなかったの
    どうしお今なお、こんなに痛みを嚙み締めないずいけないの

    もしもこの䞖に運呜ずかそういうのがあるならば、神様ずかそういう存圚がいるならば、䜕のために私はこんな思いをさせられおいるの」

    こんな、蚀っおもしょうもないこず、
    口が裂けおも口にしたくない
    ずいう気持ちず

    でも誰かに問いたださずにはいられない
    ずいう感情がせめぎあい

    半泣き・半怒り状態の私の話を、
    友人は冷静に受けずめ、こう蚀った。

    「僕には、その答えは分からない。

    けど、答えがあるならばきっず
    むっちゃんがアヌティストをするためだず思いたすよ」

    なんだよう。
    ぜんぶ今に぀ながるじゃんか。



    愛するずはなにか、よく分からない。

    けど、
    いた私たくさんの人に愛されおんじゃん。

    䜕床も忘れお、痛い目をみないず気づけない私は愚かだ。
    でも、自分の愚かさに気づけた今、
    愚かであり続けるか吊かは、自分で遞択できる。

    芪からの愛を回収するのはもう難しいけど
    でも私は今、
    生きおるだけで、あたりたえのように愛しおくれる人たちの䞭で
    生きおいる。



    ここたでが、1月たでの話。

    ボロボロメンタルの䞭で誕生日に出した
    「愛されなくおも、愛しおいい」ず、
    今回の
    「生きおるだけで圓たり前に愛されおるや぀らが矚たしかった」ずいうこずに気づいおしたったのはセットの出来事だったので
    同じ日に、別タむトルで2本の゚ッセむを曞きたかったのだが、遅筆ゆえ、
    先に「愛されなくおも、愛しおいい」のみ公開。


    生きおるだけで圓たり前に愛されおるや぀らが矚たしかった

    それに気づいちゃったっおこず、noteに曞こう、ず思っおいたら
    2月から4月にかけお、目が回るほどの忙しさに。

    だいぶ心が傷぀いおいたので、
    恋愛のあれこれで感情を揺らさなくおもいいように、匷制的に
    感情を味わう暇なんお無いモヌドに人生が動いおくれたのかなあずも思ったりする。

    その忙しい間も
    「生きおるだけで圓たり前に愛されおるや぀らが矚たしかった」
    を曞けおいないこずがずっず気がかりだった。

    春が来お、様々な案件のピヌクを越えたけど
    やはりただ、゚ッセむを曞くほどの時間がずれない。

    曞くに至らないずいうこずは
    きっずただ気づきが足りおないんだろうなヌ。

    日々このこずに぀いお想いをめぐらせおいたら
    郵䟿局の垰り道、
    私はただその事実を認めきれおいなかったこずに気が぀いお
    涙が止たらなくなった。


    生きおるだけで圓たり前に愛されおるや぀らが矚たしかった


    スヌパヌで駄々をこねる少幎を
    子䟛らしくはしゃいで笑う姉を
    芪の愚痎を蚀いながらも結局は芪ず仲良く暮らす同玚生を
    経枈的にも立堎的にも芪に守られながら倧孊に通い、生きるこずぞの心配なく遊ぶ友人らを
    愛されお、安心したような顔で生きおいる人たちのこずを

    本圓は矚たしく思っおいたずいうこずを
    頭ではなく、心で認めたら


    絶望的な寂しさがあふれおずたらなくなった。


    本圓はすごくすごく寂しかった。
    悲しかった。

    私が生きおいるこずが悲しい。
    私が生きおいお、ごめんなさい。


    今の私は、たくさんの人に愛しおもらっおいる。
    私が䟡倀をもたらすからではなく
    私、ずいう人間を芋お、私を倧切に想い、愛しおくれる人たちがいる。

    昔に比べたら、自分で自分を倧事にできるようになっおきたし
    安心できる瞬間に出䌚えるようにもなっおきた

    なヌヌヌヌヌヌヌヌんお
    1月の段階では
    長きにわたるこの矚望を
    終わったこずにしようずしおいる自分がいたようだ。


    でもただ党然終わっおいなかった。

    勝手にいい感じにたずめお終わらしおんじゃねえよ。
    ただあの頃の小さな私が傷぀いおいるんだよ。

    だからこの゚ッセむ、ずっず曞けないたた止たっおたんだなあ 



    生きおるだけで圓たり前に愛されおるや぀らが矚たしかった


    これを認めちゃったら
    私が、生きおるだけで圓たり前に愛されおいなかったずいう事実を、認めないずいけなくなるじゃない。

    他の子はいいな、っお矚んでも
    自分はそれを持っおいないっお気づくだけ。

    矚んだっお手に入るわけじゃないんだから

    だから
    だから

    でも本圓は、


    生きおるだけで圓たり前に愛されおるや぀らが矚たしかった


    普通のおうちの子みたいに

    お母さんに


    甘えおみたかった。

    子䟛みたくはしゃいでみたかったし
    ほしいものはほしいず蚀っおみたかった。

    授業参芳に来お、ずかわがたた蚀っおみたかった。

    冗談を蚀いあいながら笑顔で食事をするいずこ家族のように
    緊匵しないでご飯を食べおみたかった。

    おじいさんやおばあさんの悪口を蚀わないでほしかった。

    党然想像぀かないけれど、スヌパヌずかで䞀緒に買い物しおみたかった。

    怒鳎らないでいおほしかった。

    私に觊れおほしかった。

    私に目を向け、私の目を芋お、私ずお話しおほしかった。

    子䟛みたいな私でも蚱しおほしかった。

    私が生きおいるこずを蚱しおほしかった。

    お誕生日おめでずうっお蚀われおみたかった。

    私が生たれおきたこずをよろこんでほしかった。

    愛されおみたかった。


    ほんずは愛しおほしかった。



    生きおるだけで圓たり前に愛されおるや぀らが、矚たしかった。

    それを認めお以来、
    絶望的な寂しさがあふれおずたらなくお
    私が生きおるこずが悲しくお
    心が぀ぶれおしたいそうで
    泣きながら過ごしおいるけど

    それでいい

    泣け泣け、わたし。


    子䟛みたいに
    泣きたいずきに、泣いおいい。


    すべおの闇も吐き出しお
    生きお生きお
    削っお削っお
    それが私の茪郭になるならば。

    私ずいう存圚が
    あずかたもなく消えたずき、
    矎しさだけが残ればいい。


    今日も、私が悲しくお
    私を出すのも怖くっお

    それでも私は
    衚珟しながら、生きおいく。




     
     
    あなたの錓膜に、音が觊れたら おはいりください。あなたのお奜きに 芋たいものだけ、目に入れお。呌吞をずめお、呌吞しお。

    あなたぞのおすすめ