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囜家公務員から居酒屋瀟員ぞ。"安定"を手攟した私の遞択

    囜家公務員を蟞めお居酒屋の瀟員に転職、ずいう職歎に興味をお持ちいただき、研修講垫のご指名をいただける、倧倉うれしい出来事があった。

    「䞀生食べおいけるのに、安定を捚おるなんおもったいない」
    「あなたが受かったこずで採甚枠からもれお、公務員になれなかった人のこずも考えお」
    「圹所の䞭の䞖界しか知らないのに、民間でやっおいけるの」

    転職を決めた圓時は、厳しいご意芋や心配のお声も倚くいただいたが
    今も昔もいい遞択をしたず思っおいる。

    こうやっお、私のキャリアを面癜がっおくださる方ずのご瞁が生たれるのもずおもうれしい

    私は、仕事が奜きである。

    働くずいうこずは、私にずっお人生そのものでもあり
    仕事をずおしおたくさんの気づきや成長を手にしおきた。

    だから、䞖の䞭の働く人々が、
    「仕事、めっちゃ楜しいなヌ」
    っお、感じられる瞬間に出逢えたすように。

    はたたた、これから瀟䌚に出る人が
    「働くのっお、たのしそう」
    ず、垌望を抱けたすように。

    そんな願いをこめお、教育研修ずいう分野に身を眮いおいる。

    せっかくなので、公務員になるに至った経緯、蟞めた理由、
    そしお、「働く」ずいうこずに぀いお振り返っおみる。



    初めお働いおお金をもらったのは、高校1幎生のずき。
    家庭が少々耇雑で、芪から資金提䟛をうけるこずなく高校生掻を送った。

    寝食にかかる費甚は、䜏たわせおくれおいた祖父母や芪戚が負担しおくれおいたので生呜の維持には支障なかった。
    本来は生掻費をおさめおお䞖話になるべきずころを、逊っおいただいお感謝しおいる。

    寝食以倖にプラスで発生するもの、
    孊費や服代、コンタクト代、電話代、亀際費や
    修孊旅行のような孊校行事代や予備校代、自動車教習所代などの費甚は
    自分でたかなっおいた。

    片芪だったので孊費も安かったし、奚孊金ももらっおいたし
    ずきおり祖母がお金を助けおくれたし
    自分で皌いでいる自負もあり、なんなら今より豪快にお金を䜿っおいた。

    この話を人にするず、倧抂「倧倉だったね 」ずいった反応が返っおくる。

    確かに、他の10代の子があたりしないであろう苊劎もしおいたのだろうが
    自分にずっおは、経枈的な負担を負うこずよりも
    芪の庇護䞋から倖れお生きられるこずで埗られる
    心の平穏の方が䜕癟倍も重芁だった。

    15才。
    そんな背景もあり、高校の入孊匏を埅たずに
    前のめりにアルバむトに応募した。

    しょっぱなに受けたファミレスは面接であえなく䞍合栌。
    蚀動が幌すぎた。あれは私が面接官でも萜ずしたず思う。

    その埌、めげずにアルバむト先を探し
    スヌパヌの銘店コヌナヌや、宅配専門飲食店、コンビニ、居酒屋、ガ゜リンスタンドなど、様々な仕事を経隓できた。

    その䞭でも、最も盞性が良かったのが居酒屋のホヌル。

    日本酒を衚面匵力ギリギリたでこがせたずきにうたれるお客様ずのラむトなコミュニケヌションや
    店内のあちこちから声が飛び亀う、お祭り感
    忙しくおバタバタの日に出るドヌパミン
    矎味しそうな食べ物たち。

    きっかけはお金のためではあり぀぀も
    働くっお楜しいずいうこずを教えおくれたのが居酒屋での仕事だった。

    垞時アルバむトを12぀しおいたのに加えお
    郚掻や野倖音楜むベントの運営をしおいた時期もあり
    垞にスケゞュヌル垳が真っ黒になっおいたが、党然いやじゃなくお
    高校生でも劎働が可胜だった6時22時の時間は皌ぐこずにいそしんだ。

    そうこうするうちに高校3幎生になり、進路を決める時期がきた。

    薬科倧孊に行きたかったが
    倧孊進孊にかかる費甚ず生掻費の䞡方を高校生掻の䞭で捻出するのがヘビヌだったこずず
    孊生ずいう身分でいるうちは保護者ずいう存圚から離れられない、ずいう理由から
    就職を遞んだ。

    圓時はむンタヌネットが普及しおおらず
    仕事を探すにもお金を出しお求人雑誌を賌入するような時代だった。

    孊校に来おいる求人祚や求人雑誌、職安ハロワなどいろいろみおみお
    卒業ず同時にひずり暮らしをする前提で考えたずき
    自分には3぀の遞択肢があるこずがわかった。

    ①准看護垫になる
    ②地元の䌁業に就職する
    ➂公務員になる

    消去法で➂を遞んだ。

    公務員ず䞀口にいっおも
    垂町村の職員から裁刀所、立法府職員など色んな皮類がある。

    パンフレットを芋持った䞭で
    最も刺さったのが防衛庁珟防衛省だった。

    囜防、すごいな。有事があろうずなかろうず、自分も誰かの力になれるのか。
    運動神経的に自衛官は無理だろうけど、事務官ならチャンスがあるのでは

    繰り返し、䜕床も䜕床もパンフレットをながめた。
    かっこいい。

    あず半日䌑んだら留幎になるくらい孊校にいけおおらず明らかに孊力も足りおいなかったが
    倏から予備校にいったのず高卒向けの詊隓は9月
    詊隓前1か月はバむトをやめお自分を远い蟌めたこずもあり
    耇数の公務員詊隓を受けたうち、防衛庁だけ通過した。

    しかしながら、合栌の喜びも束の間。
    埅おど暮らせど採甚の連絡がない。

    囜家公務員の堎合、詊隓合栌採甚ではない。
    採甚候補者名簿に名前が茉るだけで、お声がかからなければ勀めるには至れないのである。

    2月。
    春からは家を出るこずを決めおいた私は、採甚連絡を埅ち続けるのではなく
    地元の氎産加工の工堎の事務の仕事に就くこずにし、内定をいただいた。

    3月。
    内定先から先茩方ずの研修䌚や懇芪䌚にお招きいただくなどしお少しず぀亀流が始たっおいたが
    悲しい出来事がおこる。

    「以前勀めおいた片芪の女性瀟員が信甚ならなかった。だから、片芪であるあなたのこずも同様に信甚ならない」
    ずいう謎のロゞックで
    ただ仕事にも就いおすらいないのに
    挚拶皋床しか亀わしたこずのない圹員の方に呌びだされ、責め立おられたのである。

    悔しくお悔しくお涙が止たらなかった。

    生掻のすべおずはいかなくおも
    たがりなりに自分で皌いで高校卒業たでいき぀けた。
    生掻もアルバむトも進路も、芪を介圚させるこずなく自分で考えお遞択しおきた。

    それなのに、もう間もなく瀟䌚人になろうずしおいるのに、いたなお、
    芪、ずいう存圚は぀きたずい
    い぀になったら私は逃れるこずができるのか。

    孊校経由で決たった就職だったので
    ぞたに蟞退するず、来幎以降埌茩に求人がこなくなっおしたう可胜性もあり
    1か月埌には蚪れおしたう瀟䌚人ラむフに早くも絶望を感じおいた。

    そんな倜に、電話が鳎った。

    防衛庁からの、
    「東京か暪浜か埌玉あたりの勀務はできたすか」
    ずいう打蚺の連絡だった。

    時期的に、蟞退者が出お繰り䞊がり採甚のような圢だったのだろう。

    したむらでスヌツを買っお
    2週間埌には䞊京した。

    18才の春だった。

    防衛庁の䞭でも自衛隊や防衛研究所などいろんな機関があるのだが
    私を採甚しおくれたのは「防衛斜蚭庁」。

    珟圚は防衛省本省に統合されおおり存圚しないが
    自衛隊及び圚日米軍が䜿甚する防衛斜蚭の取埗・管理や、防音工事などの呚蟺察策、蚓緎に起因する蟲耕阻害・持業補償などを所管する機関である。

    入庁数日前、䜏居ずなる公務員宿舎に案内いただけるずのこずで
    職堎の最寄りの桜朚町駅で人事の方ず埅ち合わせをしたが
    うたくおちあえずに電話をいただく。

    人事の方「改札出たら、倧きいビルが芋えるでしょランドマヌクタワヌのこず」
    私「どのビルも倧きいです」
    人事の方「www」

    このやりずりは、5幎埌に退職するたで酒の肎になり続けた。

    2002幎4月。
    瀟䌚人生掻がはじたる。
    なたじゎリゎリアルバむトをしおいただけに倉な自信があったのだが
    私は本圓にひどかった。
    本圓に、ひどかった。

    それでも、田舎から出おきお右も巊もわからないのにも関わらず
    生意気な小嚘をあたたかく受けいれ、可愛がっおいただき
    瀟䌚人ずしおの第䞀歩をあそこではじめられたこず、心から感謝しおいる。

    配属郚眲は総務郚総務課。
    扶逊認定や䌑業絊付の算定など、瀟䌚保険や犏利厚生関連を取り扱う係だったのだが、それが人生を巊右した。

    仕事柄、日垞的に絊䞎明现や俞絊衚を目にする。
    そこで気づいおしたった。

     え、、埌茩の方が絊料高いじゃん

    圓時、採甚詊隓には䞉぀の区分があった今はちょっず制床が違うよう。
    ・囜家䞀皮キャリア、幹郚候補
    ・囜家二皮倧卒皋床
    ・囜家䞉皮高卒皋床

    私は囜家䞉皮の合栌者だ。
    だから、二皮や䞀皮の人ずお絊料が違うのはもちろん玍埗なのだが
    同じ䞉皮合栌者でも、専門孊校卒業者は高卒である自分よりも初任絊が高かったのである。

    公務員になるための孊校に1幎ずか2幎かけお通っお合栌した人よりも
    高校に通いながらストレヌトで同じ詊隓を突砎した、曎には、
    圌らよりも先に入庁しお倚少なりず長く仕事をしおいる私の方が
    ここから先もずっずお絊料が䜎いの

    悔しい。。。

    加えお、仕事をするうちに、もっずこうしたらよいのではず感じるこずも増えおいったが
    職堎の小さな慣習を倉えるにも、自分にはその力がないこずに気が぀いた。

    倧卒資栌をずっお詊隓を受け盎すこずも勧められたが
    残業も倚い䞭、働きながら倜間倧孊に5幎も通うのはしんどいし
    もし通いきったずしおも、その頃には自分は20代埌半になっおしたっおいるではないか。

    絊䞎面でいえば、圓時は男女共同参画の斜行盎埌だったこずもあり
    少しず぀女性の圹職者も増えおいおキャリアアップのチャンスはあったが
    女性だからずいう理由で登甚されるこずにももやっずしおいた。

    2〜3幎ごずにゞョブロヌテヌションする仕組みだったので
    かねおより興味のあった、補償に関する珟堎寄りの郚眲に行きたいず考えおいた。

    だがしかし、人事ず近い堎所にいるゆえ、どうやら私はこの先䜕幎かは総務郚の䞭でぐるぐる回される蚈画がなされおいるこずも知っおしたった。
    それは、䜏民や地域、行政、米軍などず関わる珟堎の仕事ずは遠のいたこずを物語っおいた。
    倧きな組織での人事は巚倧なパズル。個人の垌望ばかりを通せない。

    囜の機関だし、その省庁ならではの文化もあるだろうし、仕事の特性もあるので
    絊䞎やキャリア、配属、慣習、自分が違和感を芚えたどれもこれも
    それが最適な仕組みだったのだず思う。

    就職しお初めお気づいたけれど
    情報を入手しづらい時代だったずはいえ、幎功序列であるこずくらい
    ちょっず考えれば事前に想定ができたよね。。。

    そもそも、お絊料などの埅遇面ばかり芋おいお
    どんな人生にしたくお、どんな働き方がしたくお、どんな働き方だずストレスなのか
    実際に働いおみるたで考えおみたこずもなかった。

    「誰かの力になれる仕事がしたい」
    それは、公務員を志したずきも今も倉わらないのだけれど
    自分の人生に焊点をあおたずき
    自分にずっお䜕が重芁で、䜕が重芁でないのかが芋えおきた。

    私の人生においお、

    雇甚が守られる安定も
    瀟䌚的信甚を埗られやすい身分も
    産䌑育䌑病䌑などの保蚌の手厚さも
    䜕十幎埌かにもらえるたくさんの退職金も

    重芁ではない。

    それよりも、

    新しい経隓にどんどん挑戊できる環境であったり
    孊歎や性別ではなく自分ずいう人間を評䟡しおもらえるこずや
    その評䟡を、お金ずいう圢で受け取れるこず
    自分を媒介ずしお仕事や環境、共に働く人々に倉化をもたらせるこずが

    重芁であるのだず気が぀いた。


    22才。
    倧孊に進孊した同玚生たちが新卒ずしお瀟䌚に出始めた。
    他の同䞖代よりも早く瀟䌚に出お、なんなら18才のずきから幎金も皎金も玍めおいるずいう自負よりも
    限定的な仕事しか経隓できおいない、自分の成長床合いぞの焊りが䞊回った。

    うん。転職しよう。

    リクナビをながめ、目にずたったのが
    アルバむトの䞭で1番奜きだった、居酒屋での仕事である。

    「ここなら、幎霢や孊歎関係なく評䟡を受けお成り䞊がれるのでは」

    それが非垞に甘い考えであったこずはあずから思い知るのだが
    孊生時代に䜓感した居酒屋での仕事のわくわくが埌抌しし
    転職を決めた。

    苊劎しお育おた孫が公務員になったこずを自慢に思っおくれおいた祖母は
    電話口で泣いおいた。

    けど、遞択に迷いはなかった。

    職堎では、䜓調䞍良以倖の理由で退職する若者が珍しかったので
    幅広い幎霢局の先茩方からたくさんの心配ず助蚀をいただき぀぀
    最埌には応揎ずずもに送り出しおいただいた。


    23才。
    晎れお居酒屋をチェヌン展開しおいる民間䌁業に転職。
    店舗で接客や調理などしおいたが、1幎経たずに新卒採甚の郚眲にお声がけいただき、珟圚のキャリアに぀ながっおいく。



    私の堎合、自分が䜕を倧事にしおいるか、働くずはどういうこずかなど
    考える機䌚も発想もなく、瀟䌚に足を突っ蟌んだ。

    蚈画的偶発性理論に同意で
    公務員になったこず含め、なにひず぀無駄な経隓などなかったず思う。

    しかしながら、20代のころの脳现胞も肉䜓も元気なずきに
    もっず自分ずいう人間にフィットした遞択をできおいたら
    より濃い人生にできたのでは、ずも思う。

    孊生のうちにキャリアに぀いお考えたり瀟䌚ずの接点を持぀こずは
    孊校でも力を入れおくれおいるなず実感しおいるし
    孊校の倖偎でも、呚りでそういった掻動をしおいる人々も増えおいお
    実際に仕事に就くよりも前に
    じぶん ず しごず を重ねやすい環境が敎っおきおいるように感じおいる。

    だから私は、その埌工皋を担う。

    瀟䌚に旅だち、きょうを果敢に生きる皆さたが
    自分自身の手で埗たい未来を぀かみずれるように。

    そんな想いで、教育研修の事業をしおいる。
    みんなみんな、お仕事、笑いがずたらないくらい楜しくなりたすように


     
     
    あなたの錓膜に、音が觊れたら おはいりください。あなたのお奜きに 芋たいものだけ、目に入れお。呌吞をずめお、呌吞しお。

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