
褒められなくても
空気を読むことって?(音読と運動会)
ちゃんとしなくちゃと思う人に
夢がなくても
褒められなくても
褒められるのが好きかどうか、
自分ではどう思いますか?
気づいていなくても、
褒められるのがめちゃくちゃ好きな人もいます。
実はそうでもない人もいます。
軽くチェックしてみようか。
□好きな科目は点の取れる科目だ
□問題を間違えると、落ちこまないでいいよと言われても落ちこんでしまう
□間違えたくなくて、横目で先生や他人の解答を見てしまうことがある
□よくできたねと言われたことや容姿をほめられたことが忘れられない
□(冗談だったとしても)かわいくない、かっこ悪いと言われたことが忘れられない
これは今、体感的に作ったチェックリストです。
実は全く専門家ではないので、信じなくても大丈夫です。
でも体感的には、チェックが多いほど「褒められるのが好き」と言っていいと思います。
・・・
これに全部チェックが入る人もいるはずです。
でもひとつもチェックが入らない人もいるはずです。
ほとんどチェックが入った人にとって、
ひとつもチェックが入らない人なんているの?
って信じられないかもしれないね。
褒められると嬉しい!
これはみんなにある感情です。
確かにうれしいよね!
でも、じゃあなんでこの、
「褒められなくても」なんてページを作ったのか。
少しずつ、
なるべく分かりやすく説明していくからね。
褒められるのが好きな人には特に読んでほしいページです。
ーーーーーー
【○と×】
好きな科目が、点の取れる科目。
そういう人は、
例えば、調子のよかった「数学」で、
低い点を取ったりすると、
「やっぱりわたし文系だった」とか言ったりします。
問題を間違えただけで、ずーんと落ちこむ人は、
逆に、問題が合った「だけ」で、ニコニコになることもあります。
その科目が、好きでもなんでもない科目だったとしても、です。
どうでもいい科目のはずなのに、
ずーんと落ちこんだり、逆にニコニコしたりする。
・・・
点が取れるのが好き。
これはつまり「○が好き」ということです。
言いかえれば
「×がきらい」ということ。
それも極端にです。
だから「×」がつかないように、
チラッと答えを見たりしちゃうのだと思います。
(自覚がない場合も多い)
点が取れるのが好き=○が好き=×が嫌い=間違えたくない
・・・
問題を間違えた「だけ」。
問題が合った「だけ」。
そういう言い方をしたのは、
問題を解くのが「ただの理解度チェック」だからです。
○が多い
→理解してる
→次の単元に行こう
×が多い
→理解してない
→もう一度解説を読み直そう
こんなふうに、
理解度のチェック「だけ」でいいはずなんです。
・・・
でも、
ただの理解度チェックなはずなのに、
○と×に、感情がひどく左右される。
○が付く
→嬉しくなって、その科目が好きになる
×が付く
→つらくなって、自分を責めたりさえする
問題は「ただの理解度チェック」なんです。
だから×が付いても、
ただ「その問題はまだ理解が不十分ですよ」と分かっただけなんです。
あなた自身が否定されたわけじゃないんだ。
だから、落ちこむ必要はないはずなんです。本当です。
でも、どうしてそうなってしまうんだろう。
ーーーーーー
【自分の目と他人の目】
今までの文の流れから、
「褒められるのが好きすぎる」ことを、
ぼくが警戒しているのが、なんとなく分かってきてると思います。
それはなぜか。
それは「評価基準が他者だけにあるから」です。
・・・
褒められるのは確かにうれしい。
ぼくも褒められたいです。
だけど、褒められるのが好きな人は、
「自分では良し悪しが決められなくなる」ことが多い。
結果として、異様に他人を気にして生きてる場合が多いような、
そんな気がしてるからです。
わかってほしいのは、
全然点が取れなくても、その科目が好きな人がいるということです。
全然点が取れなくても、好きでいていいの。
・・・
褒められなくても、
自分でちゃんとわかってあげればいい。
点は全然伸びなかったけど、
自分なりには頑張ったって思っていい。
部活ばかりやってって怒られたけど、
自分は部活も一生懸命やったって思っていい。
容姿についてのことが、
チェックリストに載ってたのも同じです。
誰も褒めないけど「このスカートはすごくかわいい」と思っていいし、
誰も気づかなかったけど「爪を整えて気分がいいな」って思っていい。
本当だよ。
嘘じゃないです。
・・・
自分なりには頑張ったな。
部活も一生懸命やったな。
このスカートはすごくかわいいな。
爪を整えて気分がいいな。
これは、
結果がどうであろうと、
「評価基準が自分にある」人です。
だから
「点が伸びないけど楽しいな」
「全然クリアできないけどこのゲーム好きだな」
って思うことも普通にあります。
逆に「点が取れても好きじゃない科目」も普通にあります。
でも、
○が好きすぎる、×が嫌いすぎる人は、
「評価基準が自分以外にある」ことになる。
だから、○が付くと嬉しすぎちゃう。
だから、×が付くとつらすぎちゃう。
自分で自分のことを決められないから、
他人や点数に「自分の評価をすべて」預けてしまってるっていう感じです。
だから、
○が付くと、自分が肯定されたような、
×が付くと、自分が否定されたような気持ちになっちゃう。
ただの理解度チェックのはずなのに、です。
それは、心が結構たいへんなはずです。
・・・
教えてると、
チラッとカンニングしたり、
分からなくて困ってるときにちょっとヒントをあげると
「あーそうだったそうだった」って分かってたふりをする人が、
本当に少なくないんです。
冷静に考えれば、
それが勉強に何のメリットもないことは分かるはずなんだ。
だけどしちゃう。無意識に、無自覚にです。
中には、
廊下に落ちていたゴミを拾うときに、
チラッと周りに誰かがいないかを見てしまう人もいるそうです。
何でか分かる?
ゴミを拾う自分を見てほしいからだそうです。
無意識に。
その人はたぶん、人のいないところではゴミは拾いません。
褒められなくても別に大丈夫な人には、
この話がなんだか分からないかもしれないね。
褒められるのが好きな人も、
なんでここまで言われなきゃいけないか、
よく分からないかもしれない。
だけど、褒められるのが好きすぎると、危ない側面があるんです。
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【評価を受ける機会自体】
定期テスト、嫌いな人が多いはずです。
通知表も、嫌いな人がたくさんいるはず。
「はー、最悪」って、
だいたいみんな言ってます。
学生時代にはそうした「評価」がついてまわります。
これがあるから頑張った人も、これがあるから悩んだ人もいるはず。
・・・
さっきの「褒められるのが好きすぎる人」の話に戻すと、
評価されるから、見てくれてるから頑張れる、という側面があるんだよね。
だから、もしかしたら、
大変大変って言いつつ、
実はテストや通知表が好きな人もいるはずです。
だって学生時代は、
年に5回もテストがあって、
年に3回も通知表がもらえたんだから。
良くも悪くも、評価があるから、見てもらえてたんだね。
でも学生時代が終わったら?
社会人になると、評価される機会はぐっと減ります。
当然褒められる機会も減るはず。
なのに、むしろ「どうしてこれができないんだ」という、
マイナスな注意は増える可能性があります。
学生時代は、若いだけで、
「かわいいね」「肌がきれいね」「元気だね」と褒められてたけど、
それも年齢を重ねるごとに少なくなっていきます。
そうすると「褒められるのが好きすぎる人」は、単純に辛くなるはずです。
誰も私を見てくれない。そう思ってしまうから。
こういう人たちが、
すごく辛くもののひとつにが育児があるそうです。
育児は、あんなに大変なのに、誰も褒めてくれないよね。
おむつを替えても、ミルクをあげても、寝かしつけても、誰も褒めてくれない。それどころか子供はずっと泣いちゃうんだ。その頑張りが、閉じた家の中で見てもらえない。
そもそも大変な子育てが、より大変さを増してしまうはずです。
・・・
褒められて、やる気になるのは、別に悪くない。
でも学生が終わると、評価される機会はグッと減ること。
「はー最悪」って言いながら、なんとかテストを頑張ってれば○がもらえた時代は、意外とすぐに終わってしまうこと。
「褒められるのが好きすぎる」のを警戒していた理由がこれです。
めんどくさいことを言う担任も親も近くにいなくなって、気づいたら誰も自分を見てないような気がしちゃう。
○も×もつかない世界で、やってかなきゃいけなくなる。
誰も答え合わせをしてくれなくなる。
そう気づいておくことは、大事な気がします。
ーーーーーー
軽くまとめるね。
■評価基準が自分以外(他者だけ)にあると
・○が好きすぎる、×が嫌いすぎる(ここまではまだいい)
・自分で良い悪い、好き嫌いが決められない
・つまり人の目や人の評価を気にしすぎてしまう
・なんでかというと「自分の評価」がないから
・さらに大人になるほど評価の機会は減ってしまう
・誰も自分のことを見てない、褒めてない気持ちになる可能性がある
■評価基準が自分にあるなら
・○と×は、ただの理解度チェック
・成績と好き嫌いは一致しない
・自分の頑張りは自分が知ってる
・これが好きだなって思える
・大人になって評価の機会が減ってもそんなに大丈夫
という感じです。
この話、どの専門書も読んでないので、本当に体感です。
専門家じゃなくてごめん。
だけど自分としては実感のある体感なんだ。
今までを否定してるわけじゃなくて、
仕組みに気づけたら、少しは対策ができるかも、と思うんです。
(逆に、自分の考えしか受け入れられないのも極端だと困ったもんです。だから「人の話が聞ける」こと自体は、現時点でとってもいいところだと思います。バランスバランス。)
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ということで、
他者にだけ評価を任せないで、
自分も自分のことを見てみるのがいいはずです。
今のうちに練習しておこうね。
■好きな科目は点の取れる科目じゃなくてもいい
■問題をまちがえても何にも問題ないし落ちこまなくていい
(ただの理解度チェックだから)
■横目で先生や他人の解答を見なくていい
■出来や容姿を褒められても、自分の評価を優先させていい
■かわいくない、かっこ悪いとか言う思いやりのない人のことは頑張って気にしないようにしていい
自分で本当に頑張れたなとか、
本当に好きだなと思うところがあっていいんです。
というか(なかったなら)あったほうがいい。
意識して、持とう。
自信を無理につける必要はないんです。
「あ、自分、仕事のメモ残すのうまいな」とかそういうので全然いい。
(関連ページ 勉強でいちばん大事なこと)
・・・
「私っていつもこう言われるの!」
「前もそう言われたことあるんだよね」
みたいなのが口ぐせの人は、大人になっても結構います。
これは自分の意見のようで、他人の意見だよね(気づいてた?)
でも他人からの言葉を、
大事に持ちすぎてる人は結構います。
さっきも言ったように「×が嫌い=○が好き」です。
だから「悪口」が残りすぎるのと同じで「褒められたこと」も覚えすぎてしまう。
「褒め言葉」も「悪口」もどっちも、
人の言うことだけを参考にしなくていいんだよ。
自分の好き嫌いは自分で決めていいの。
それに自分の好きなところっていうのは、
勉強ができる
顔がかわいい
スタイルがいい
とか、そういう数字で表せるところじゃなくてもいいからね。
人にやさしくできる
人の話がちゃんと聞ける
何が言いたいかを分かってあげられる
こういうところだってめちゃくちゃいいところです。
数字で表せないからって、存在しないわけじゃないからね。
(関連ページ WhatよりHow)
誰が書いたんだかわからない文章を今もこんなに読める。
数字では表せないけど、
ぼくはそれだけでプレゼントをもらったようにうれしいです。
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チェックリスト同様、
これも統計的な根拠はないけど、
体感的には長女や長男に多い気がします。
小さい頃は歩いただけで褒められたはずです。
だけど、自分が褒められてた記憶っていうのはないよね。
年上の子は、自分の記憶はないけど、
妹や弟が褒められるのは散々目にするから、
そのせいで、もしかしたら褒められることにこだわってしまうのかな、と予想したりします。
(あくまで体感的な傾向で、違う可能性も高いと思います。
だから実際は何もないかもしれない。
でも気をつけといて損はないかも、と思って、文章を書いています)
(だから、保護者のかたがこれを読んでいたら、
何かを達成したときだけじゃなく、
なんでもない、くだらない日も、
なんかいいよね、一緒にいれて楽しいねって言ってあげられたら、
素敵なんじゃないかと個人的には思ってます)
(関連ページ 特別な日と普通の日の差を埋める)
(ただ、そういう意見を読んで、
親がそういう親だったせいだ!
先生がそういう先生だったせいだ!と言いたくなったら、
たくさんの人にこれから出会うわけなので、
家族や学校が100点なはずもないか、と、
本を読んだり映画を見たり、新しい人に会って、
トータルで500点くらいにしちゃうのがおすすめです)
・・・
ただ○が好きなだけ。
言ってしまえばそれだけです。
なのにどうしてこんなに、可能性の話や心配の話をするんだろう。
それは、大人になって、
本当につらくなってしまう人たちを、何人か見てきたからです。
その人たちに「褒められるのが好き」という共通点を、感じてきました。
その人たちは、実際は学生時代もつらそうでした。
だけど若いときは体力が、パワーがあるから、なんとか乗り切れたんじゃないかな。
他人の目を気にしてしまう気持ちももちろん分かります。
「気にしないで」という言葉が難しいのも分かる。
でも、気にしないのが難しくても、
自分で「ここは私のいいところ」って思うのは、まだできそうでしょ?
店員にはかなり優しいんだよな
字だけはほんと綺麗なんだよね
当たり前に思ってたけど結構掃除ちゃんとしてるわ
笑い声嫌いじゃないんだよね実は
褒められないことを、誰も分かってくれないと誤って解釈して、
ネガティブな世界に行っちゃいけないよ。
・・・
それでも自分のことばかりで頭がいっぱいになったら、
何か新しいことを始めたり、
何か誰かのためにやってみるのがいいです。
詩人の谷川俊太郎さんへの質問
質問「谷川さん、さみしいときに元気がでるおまじないがあったら教えてください」
谷川俊太郎「あのね、自分のさみしさにかまけてると、さみしさはなくならないよ。そういうときは他人のために何かするんだ。ボランティアでもアルバイトでも」
谷川俊太郎さんのこの言葉は、
実感としてとても心に残っています。
例えばコンビニでバイトを始めたら、
接客って難しいなって感じたりするよね。
そういう新しい悩みが、
今のままじゃ動かない悩みを、いつの間にか上書きしてくれるはずです。
ーーーーーー
褒められなくても、好きって言っていいからね。
間違っても、怒られてるって思わなくていいからね。
誰かを見返すために、何かをしなくていいからね。
本当です。
□人と自分のこと
空気を読むことって?(音読と運動会)
ちゃんとしなくちゃと思う人に
夢がなくても
▷ 褒められなくても
□勉強できようサイト
(このページは動画バージョンもあります)