
八雲立つ歌の前提:八雲の正体|ホツマツタヱを暗号文として読む #20
前回は、日本最古の和歌ともされる「八雲立つ」に始まる歌の解読に取り組むための下準備として、その歌のきっかけとなり、その歌に合わせて琴を弾いたと描写される「イナタ姫」の正体を中心に考察しました。
その結果、そこには、複数の女王と、その即位をめぐる諸事情が、何重にも重ねられていました。
引き続き今回は、この日本最古の和歌とされる歌の冒頭にある「八雲立つ」と、歌の続きに琴の奏法を装って記される「八雲打ち」の正体を明らかにしていきます。
八雲立つ歌に残る謎:八雲と妻籠め
まず、「八雲立つ歌」とその続きの部分を引用しておきましょう。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠めに 八重垣造る その八重垣わ この歌を 姉に捧げて 八雲打ち 琴の奏でを 授かりて 歌に合わせる イナタ姫
前々回、「八重垣」とは剣臣のことで、特に「出雲八重垣」とした場合は「ソサノヲの剣臣」という意味であり、オオナムチを指す、ということを明らかにしました。
また、歌に続く部分についても、「八雲打ち」を残して、すでに前回検証を終えています。
残るは、「八雲立つ」と「八雲打ち」の「八雲」、そして「妻籠め」の正体ということになります。
実は、「八雲打ち」の用例は、この八雲立つ歌の続きのほかに、二例あります。
まずは、その二つの用例を見ていくことから始めたいと思います。
八雲打ちの用例
桑もて作る六弦琴
「八雲打ち」の用例のひとつがあるのは、前回、冒頭のみ取り上げた「高天には」で始まる一節です。
高天には 弓弦打ち鳴らし ウズメ身の 奏でるを見て 大御神 桑もて作る 六弦琴 賜ふワカ姫 六つに弾く … 六筋の琴は 酔い眠る 大蛇に六つの 弓弦かけて 八雲打ちとぞ 名づくなり
冒頭の部分は、前回見たように、セオリツ姫(弓弦)とヤスタマ(ウズメ)の擁立を表していました。
では、「八雲打ち」と名づけられた「桑で作った六弦琴」とは何でしょうか。
まず、「桑」は双子を表している可能性があります。
もともと双子の隠語としては「瓜(うるり)」があります。
その瓜の別名である「真桑(まくわ)」からの連想で、「桑」も双子を表している、と考えることができるのです。
美濃に行き アマクニタマの 喜びも 昔春日に 瓜得て 生むタカヒコネ 捧げ物 各々真桑 一籠と 八十喜びて
この一節は一言でいえば、オオナムチ(アマクニタマ)の双子の女子タカ姫とオクラ姫が、ソサノヲの双子の男子アメワカヒコとタカヒコネをそれぞれ大王に擁立した、ということを伝えています。
ここでは、真桑が瓜と並んで双子の隠語として機能していること、その一例がアメワカヒコとタカヒコネであること、タカ姫とオクラ姫が「美濃」にいたことを確認しておきたいと思います。
「高天には」の一節の「桑」もアメワカヒコとタカヒコネのことであるとすると、この二人が作った「六弦琴=六人の湯津の女王」とは、相模江の島から温泉地(湯津)に居所を移した女王たち、という意味にとることができるのです。
ちなみに、夫アメワカヒコを殺害されたタカ姫が、有明海沿岸の温泉地「美濃(佐賀県嬉野市)」に居所を移したことは、古事記の補完暗号も伝えています。
国譲り神話のアメワカヒコの葬儀の場面にある、「タカヒコネが蹴飛ばした喪屋が美濃に飛んで行った」という有名な逸話です。
さて、「大蛇に六つの弓弦かけて」の「大蛇」は、表層で大蛇であることが明記されるモチコとハヤコでしょう。
そのモチコとハヤコに「六人の湯津の女王」を加えると、八岐大蛇神話における「八姫」のひとつである「宗像の八人の女王」に相当するのです。
つまり、「六弦琴」とは、ハヤコの三つ子(いわゆる宗像三女神)タケコ・タナコ・タキコ、タケコの双子タカ姫・オクラ姫、そして双子の異母姉にあたるヤスタマのことであると考えていいでしょう。
アワ歌の女王即位順リストの中で、宗像女系の女王たちを整理すると、次のようになります。
このうち、モチコとハヤコを除く六人が、「六弦琴」として示された女王たちにあたります(太字)。

下照姫と二青女
もうひとつの「八雲打ち」の用例は、次の一節にあります。
アマクニタマの オクラ姫 これも捧げて 仕えしむ 下照姫は 二青女 召して楽しむ 八雲打ち
タカ姫の高照姫に対して、双子の妹オクラ姫は下照姫とされます。
これは、女王の血統における嫡系と傍系を示していると考えられます。
その下照姫が召した「二青女(ふたあおめ)」とは何でしょうか。
実は「青女」の用例も多くなく、ほかには二例しかありません。そのうちの一つは次の一節にあります。
たとえば侍る 青女たち 五色の花ぞ その君の 心青きは 青に愛で 黄なるば花の 黄を愛でし 赤きは花の 赤に愛で 白きは花の 白に愛で 黒きは花の 黒に愛す 同じ心に 相求む 君の心と わが花と 合うや合わぬや あえ知らず
この「五色(ゐいろ)」は、王族の地位を五つに分類し、それを色で示したものです。
そして、「同じ心」の「心」は、子の隠語です。
この一節にはつまり、九州王権連合を構成する王族の子の婚姻は、地位が等しい王族同士の婚姻を原則とするが、原則通りにならない場合もある、ということが示されているのです。
「五色の花」に現れる五つの色は、王族の地位を示す符牒として読むことができます。
男子側・女子側の対応を整理すると、次のようになります。

この分析に従えば、「青女」とは正統女王傍系の女子を指すということになります。
したがって、下照姫オクラ姫が召した「二青女」とは、オクラ姫と同じく傍系に位置づけられる二人の女子、すなわち三つ子の中子タナコと末妹タキコを指すと考えられるのです。
実際、オクラ姫とタナコが擁立したのは、それぞれ天君傍系のタカヒコネと鏡臣傍系のイフキトヌシであり、女王傍系が擁立するのは三大王族傍系である、という原則に従うものです。
一方、タキコが擁立したのは舟運王族宗像のカグヤマツミであり、原則から外れる例ということになります。
このことからも、五色の花の一節は、二青女の一節と連携して、タキコの例外的な擁立について知らせる暗号になっているとも考えられるのです。
なお、「下照姫と二青女」の三人、オクラ姫、タナコ、タキコは、いずれも「六弦琴=温泉地に居所を移した六人の女王」に含まれています。
この用例を含めても、「六弦琴」を「八雲打ち」とする、という構図に変わりはないということになります。
八雲打ちの正体:住吉側の女王擁立阻止
八雲立つ歌の「姉に捧げて八雲打ち」に該当するのはハヤコとタナコ(タキコを加えることもできます。第19回参照)、「六弦琴」では、タケコ、タキコ、ヤスタマ、タカ姫、オクラ姫、タナコを「八雲打ち」と呼んでいました。
この局面では、宗像と住吉という二つの舟運王族が対立していました。
このハヤコと六弦琴を合わせた七人の「八雲打ち」が、すべて宗像の女子であることを考えれば、「八雲」とは住吉側から擁立された女王を指している可能性があります。
そして、「八雲立つ」の「立つ」を王の擁立とみなし、「八雲打ち」の「打ち」を「討ち」と読み替えれば、住吉側の女王の擁立を、宗像側の女王の擁立によって阻止したという意味にとれそうです。
そこで、アワ歌の女王即位リストを、宗像側と住吉側に分け、年表の形にして示すと、次のようになります。
なお、年代は、結婚・出産・元服に関する読解規則にしたがって復元したものです。また、「歌に合わせるイナタ姫」の四人を太字で示しています。

この表を見ると、宗像側の女王擁立に対して、住吉側も同じ年に対抗する女王擁立を企図していたことがわかります。
そのうち、住吉側の企図した婚姻で成立したのは、アマテルとセオリツ姫の結婚だけでした。その婚姻によるアマテルの天君即位も、当時は成立せず、後に遡って追認されたものです。
それ以外の住吉側の女王擁立企図は、すべて不成立に終わりました。
したがって、「八雲打ち」とは、宗像側の七人の女王たちによって、住吉側の女王擁立が繰り返し阻止されたことを示す表現だと考えられるのです。
住吉側の女王候補アサカ姫
セオリツ姫に続いて住吉側から三度にわたって擁立されたアサカ姫は、住吉傍系のタケミカツチ(鹿島守)の娘です。
そのアサカ姫が三度にわたって女王に擁立されたことについて、以下に検証していきます。
名無しの雉子:アサカ姫によるアメワカヒコ天君擁立企図
タケミカツチの娘に関する以下の記述は、ホツマツタヱが女王位継承権のない女子に名を与えないことについて直接伝える一節ともなっています。
鹿島守 姫生む時に 母が名を 請えど名づけず
そして、この無名の女子に対応するのが、記紀にも記されたので有名な「国譲り神話」の一節に登場する「名無しの雉子(きぎす)」です。
…また 守諮り 遣はす人は アマクニの アメワカヒコと 極まりて タカミムスビが 鹿児弓と 羽々矢賜いて 向けしむる この守もまた 忠ならず 高照姫を 娶りつつ 葦原国を 乗らんとて 八歳経るまで 帰らねば 名無しの雉子 訪い下す アメワカヒコが 門の前 桂の末に 仕業見て ホロロホロロと 鳴くを聞き サクメが告げに 名も無くて 天を鳴くやと ワカヒコが 羽々矢を射れば
「雉子(きぎす)」とは「雉(きじ)」と同義で、舟運王族の女子の隠語です。
「サクメが告げに」は「四国(サク)生まれの女子(=セオリツ姫)の後継者(告げ=継げ)」という意味、「天を鳴く」は「天君を擁立する」という意味です。
住吉側はセオリツ姫によるアマテルの天君擁立に失敗したため、アサカ姫によるアメワカヒコの天君擁立を企てたということでしょう。
それに対して、アメワカヒコはすでにオオナムチの娘タカ姫と婚約し、自らの元服から8穂(4年)の間、タカ姫の元服を待っているところでした。
そして、最終的にアメワカヒコはタカ姫との婚姻を選んだのです。
アメワカヒコが射た「羽々矢」とは、「母であるハヤコ」の意で、ハヤコの女系子孫を指す隠語、ここではタカ姫のことです。
なお、「門の前、桂の末」という句は、表層では単に「雉子が止まって鳴いた場所」を装っていますが、「門」とは北九州のことで、そこには「日高見」があり、「桂」はオオトシの別名「葛城一言主」と合致します。
六弦琴の節で示したアワ歌の即位リストを見ればわかるように、タカ姫の女王擁立に対抗するアサカ姫の女王擁立は、日高見の女王タクハタチチ姫の前、オオトシを擁立したヤスタマのあとです。それを「門の前、桂の末に雉子が止まった」と表現したと考えられるのです。
タチカラ吾子を招かんな:アサカ姫によるタチカラヲ鏡臣擁立企図
前回見たように、タケミカツチが三つ子の中子タナコを女王に擁立し、剣臣に即位しようとしたことは「急ぎ奏でん」に記されていました。
この時に、アサカ姫によるタチカラヲ鏡臣擁立が企図されていたことが、次の一節に記されています。
タチカラ吾子を 招かんな 我が喜びの 門開き しかば儲けの 胸の花
「吾子」はタケミカツチの娘アサカ姫、「招く」は結婚です。
「門」は北九州で日高見の地、ここではすでに日高見から擁立された女王タクハタチチ姫を娶って天君に即位していたアマテルの子オシホミミのことを指します。
そして、「儲けの胸の花」とは、「幸いなことに結婚せずに残っていた宗像の女王」という意味で、タナコのことです。
つまり、この一節には、タチカラヲがアサカ姫と結婚して鏡臣に即位すれば、オシホミミを天君として迎え、タケミカツチがタナコを擁立して剣臣に即位する、という住吉側の三大王連立構想が記されていることになります。
目勝ちに問うべしと:アサカ姫によるオオトシ鏡臣擁立企図
アサカ姫の三度の女王擁立企図のうち、二度に関しては、「名無しの雉子」と「吾子」という形で、アサカ姫を示す人物の存在が記されていました。
これに対して、アサカ姫の最初の女王擁立である、オオトシの鏡臣擁立企図についての記述は、もう少し難解です。
というのも、ヤスタマとオオトシの結婚は、ヤスタマとオオトシの娘であるウズメと、ウズメの夫となったサルタヒコの名で記されており、さらにアサカ姫の存在は、二つの隠語によって示唆されるにとどまっているからです。
その場面とは、「天孫降臨神話」の次の一節です。
…ウズメに 詔 汝目勝ちに 問うべしと … 鵜川仮屋に 御饗して 合い待つ永田 サルタヒコ ウズメまた問う いづれから 行くや答えて 我行かん また問う汝 知るや君 行きます所を 答え言う 君は筑紫の 高千穂ぞ 我は伊勢の南 永田川 汝我が名を 顕さば 我も致さん 返事す
「目勝ち」は、表層では「にらめっこ」のこととされますが、深層では「女勝ち」であると考えられます。
そうであれば、「目勝ちに問う」は「女勝ちに訪う」と読み、女王の擁立争いに勝利して婚姻したことを表しているとみなせます。また、最後の「返事(かえこと)す」も「替え琴」で、婚姻する女王を替えたことを示す隠語です。
この一節におけるウズメとサルタヒコが、実際にはヤスタマとオオトシであることは、その地名からわかります。
サルタヒコはアマノコヤネとともに有明海に渡来しました。それに対してオオトシは、「ちわや」、すなわち、オオナムチが国外追放になっていた中国地方に渡来しました。
「鵜川」は西山陰・響灘沿岸の山口県下関市豊浦町宇賀(うか)、「永田」は同市永田郷に比定できます。
そして、これから向かう場所である「伊勢の南永田川」とは、「葛城」のことで、和名類聚抄の旧肥前国三根郡葛木郷、現在の佐賀県吉野ヶ里町三津字永田に比定されます。
つまり、オオトシが中国地方から九州に移ったことも、この一節に記されているのです。
この時、ヤスタマ以外の女王候補は、その前年に元服していたアサカ姫しかいません。したがって、この「目勝ち」と「替え琴」の相手はアサカ姫ということになります。
「八雲」の正体
では、なぜ、住吉側のセオリツ姫とアサカ姫の女王擁立は「八雲」と呼ばれるのでしょうか。
奴は八つ子
このことを考えるためのヒントになるのが、タケコとセオリツ姫の擁立をめぐる説話「アメヱノミチ」の一節に現れる「奴(やつこ)」です。
ちわやより アメヱノミチが 御神に 事語らんと 呼ばらしむ 君イフキトに 鎮めしむ イフキトヌシは 御幸輿 ハタレが問わく 上神か 答えて神の 奴なり また問う奴 輿は何 曰く汝を 奴とせん 故に乗るなり またハタレ 汝若生え 恥見する 奴とせんと
アメヱノミチはオオナムチ、「事語らん」は「琴語らん」で、女王(琴)の擁立による即位、具体的にはタケコの擁立によって、剣臣に即位しようとしているという意味です。
このタケコの擁立に対抗して、セオリツ姫が女王に再擁立され、兄イフキトヌシが次期大王に名乗りを上げました。
「上神(かんかみ)」は三大王族、「神の奴(やつこ)」は諸王族を指すとみなせば、その続きのやりとりは次のように解釈できます。
なお、「若生え」は元服時の無名女子との結婚、「恥見する」は子がないことを示す隠語です。
オオナムチがイフキトヌシに「お前は三大王族か」と問うと、イフキトヌシは「諸王だ」と答える。
「ならば、なぜ次期大王を名乗っているのか」と問うと、「お前を諸王のままとするためだ」と答える。
オオナムチは、「では、元服時の結婚で子が生まれなかったお前を、諸王のままにしてやろう」と言った。
結果、セオリツ姫の最初の女王擁立は認められず、イフキトヌシの次期鏡臣の座も幻となりました。イフキトヌシは諸王族のままとなったのです。
この諸王族のことを「神の奴」と呼ぶのは自然なことであり、隠語とみなすほどではないと思うかもしれません。しかし、この「奴」は「八つ子」と同音です。
イサナギの代までは、九州王権連合を構成する王族は、三大王族と、二つの先住王族、二つの舟運王族の合計「七王族」でした(第6回参照)。
その後、剣臣ミナカヌシの系譜が断絶する一方、天君に傍系が三系統、鏡臣と舟運王族住吉に傍系が一系統ずつ生まれ、構成王族は合計「11王族」になりました。
つまり、三大王族を除く諸王族の数は「八」であり、そのことから諸王族を「八つ子」と呼んだと考えられるのです。
八雲は諸王族出身の女王
「八」が諸王族の数であり、諸王族のことを「八つ子」と呼ぶ、ということを踏まえれば、「八雲」の解釈はそれほど難しいものではありません。
セオリツ姫は、ココリ姫の孫にあたりますが、鏡臣傍系ツキヨミと女王位継承権のないイヨツ姫の間に生まれた女子であり、アサカ姫は、舟運王族・住吉の傍系タケミカツチと、やはり女王位継承権のない無名女子との間に生まれた女子で、どちらも諸王族出身の女王です。
「雲」は女王擁立の隠語であり、諸王族(八つ子)出身の女王擁立を「八雲」と呼んだのでしょう。
八雲の別解
ただし、別解もあります。
アサカ姫の女王擁立は今回検証した三回にとどまらず、あと三回あり、その三回目、すなわち通算六回目にして、ついにアサカ姫は女王に即位します。
このアサカ姫の六回にセオリツ姫の二回を合わせると、住吉側からの女王擁立は合計で八回あったことになるのです。
そうであれば、八雲にはこの「八回にわたる擁立」という意味も重ねられていると考えることができます。
なお、残る三回のアサカ姫女王擁立については、次の局面に進んだ段階で検証していくことにします。
おわりに
今回の考察で、「八雲」とはまずは、九州王権連合を構成する王族のうち、三大王連立制の天君・鏡臣・剣臣の嫡系以外の諸王族から女王が擁立されることを指す隠語であることが明らかになりました。
これでようやく「八雲立つ歌」本体の解読の準備が整いました。
次回はいよいよ、残る「妻籠め」の正体も含め、日本最古の和歌とされる「八雲立つ歌」の暗号を読み解いていくことにします。