
八雲立つ歌の周辺:歌に合わせるイナタ姫|ホツマツタヱを暗号文として読む #19
前回は、オオナムチの実像に迫るために、まずは「出雲八重垣」の正体について考察しました。
その結果、「出雲八重垣」というオオナムチの称号は、「ソサノヲの剣臣」という意味だったことが明らかになりました。
今回は、その「出雲八重垣」という表現を含む、日本最古の和歌ともされる「八雲立つ」に始まる歌の解読に取り組むための下準備として、その歌のきっかけとなり、その歌に合わせて琴を弾いたと描写される「イナタ姫」の正体に迫っていきたいと思います。
八雲立つの歌周辺のイナタ姫
まず、八雲立つの歌と、その歌が詠まれる場面の描写を引用しておきます。
須川に築く 宮の名も クシイナタなり … 宮成らぬ間に イナタ姫 孕めば歌に 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠めに 八重垣造る その八重垣わ この歌を 姉に捧げて 八雲打ち 琴の奏でを 授かりて 歌に合わせる イナタ姫
ここには、宮の名として「クシイナタ」が一度、「イナタ姫」が二度出てきます。孕んだイナタ姫と、歌に合わせて琴を弾いたイナタ姫です。
すでに考察したように、イナタ姫には四人の女王が融合されていました(第15回参照)。
ソサノヲの后ハヤコ、ホヒとの婚姻が認められず、後にアマテルの後妻となったセオリツ姫、オオトシ渡来時に急遽女王に擁立されたヤスタマ、イフキトヌシの后タナコです。
八雲立つの歌の前後に現れるイナタ姫にも、複数の人物が重ねられている可能性があります。
一つずつ見ていくことにしましょう。
クシイナタと孕んだイナタ姫
前回考察したように、「須川に築く宮の名も」の須川は四国で、ここにはソサノヲがハヤコとの復縁によって、国内追放地の日田盆地から四国へ国外追放されたことが記されています。
その四国に「クシイナタ宮」が築かれたのだとすれば、あたかもハヤコがソサノヲとともに四国に追放されたかのように読めます。
しかし、それは九州連立王権の制度からみて考えにくいことです。
ハヤコは、ソサノヲとの初婚の際の国内追放によって、宗像の男系とともに有明海沿岸の相模(佐賀県小城市)に移っていました。ソサノヲが日田盆地からその地に赴いて復縁した直後、四国に国外追放となった後も、ハヤコはそのまま相模にいたはずです。
「宮成らぬ間にイナタ姫孕めば」の「宮」とは、男王が女王との結婚のために4年間(1500日)滞在する仮宮(「千五百(ちゐも)」)のことでしょう。この一節は、ソサノヲはハヤコの居所近くの仮宮に住むことなく国外追放され、その後ハヤコの妊娠がわかった、ということを伝えているとみなせるのです。
だとすれば、やはり四国の宮の「クシイナタ」はハヤコのものではありません。
イナタ姫に融合されている四人の女王のうち、四国で生まれたのはセオリツ姫だけです。しかも、他の三人の女王の出生地が沿岸地域にあるのに対し、セオリツ姫の出生地だけは内陸の盆地(比定地は大洲市)にあり、河川舟運路の中間点を指す「クシ=串」(第18回参照)にも当てはまります。
つまり、「須川に築く宮」とは「四国で生まれた女王」という意味であり、「クシイナタ」は「孕んだイナタ姫=ハヤコ」とは別人の、セオリツ姫のことであると考えられるのです。
歌に合わせるイナタ姫①:女王に加わった女子
では、「歌に合わせるイナタ姫」とは誰のことでしょうか。
四人のイナタ姫に共通するのは、その名称が知らせるように「国外追放地で生まれた女子」であるという点です(第15回参照)。
しかし、四人の共通点はそれだけではありません。
ハヤコ:女王モチコの妹
セオリツ姫:女王ココリ姫の孫。母親は無名女子(ホツマツタヱが例外的に名を記すイヨツ姫)
ヤスタマ:女王サシミメの曾孫。母親は無名女子(古事記のカムオオイチ姫)
タナコ:女王タケコの妹(三つ子の中子)
いずれも女王の血を引くものの、自身には本来女王位継承権がなかった女子である、という点です。
「歌」が女王即位の隠語であることを踏まえれば、「歌に合わせる」とは「(本来女王位継承権がなかった女子を)女王に加える」という意味に解釈できます。
つまり、この一節の「歌に合わせるイナタ姫」は、四人のイナタ姫に共通する特徴を示す暗号になっていると考えられるのです。
歌に合わせるイナタ姫②:他の女王の擁立に合わせて擁立された女王
「歌に合わせる」の意味は、それだけではないようです。
そこには、「女王に加える」という意味に加えて、「他の女王の擁立に合わせて擁立する」という意味も重ねられていると考えられるのです。
アワ歌による女王即位順リストでは、ハヤコの復縁とタケコ・タキコの結婚の間にセオリツ姫が即位したことが示されていました。
セオリツ姫はその即位の7穂前の元服時に、一度女王に擁立されようとしたものの、ホヒの天君擁立に失敗しています。
その同じ年にハヤコとソサノヲは復縁したと考えられるのです。
その年代比定は、復縁によって生まれた男子の元服年代の復元からも支持されます。
一方、タケコの元服時には、アマテルがセオリツ姫と再婚して天君即位を企図します。
宗像側のタケコ擁立に合わせて、住吉側からセオリツ姫があらためて女王に擁立されたわけです。
つまり、セオリツ姫の元服時には宗像側からハヤコが、タケコ元服時には住吉側からセオリツ姫が女王に擁立されたのです。
この「ある女王の元服に合わせて、対抗勢力から別の女王が擁立された」ことを、「歌に合わせる」と表現したのだとすれば、そのイナタ姫に該当するのは、ハヤコとセオリツ姫、ということになります。
なお、「元服時」という限定を外せば、残り二人のイナタ姫であるヤスタマとタナコにも同じ状況がある可能性があります。
そのことについては、次回あらためて論じることにします。
ハヤコの復縁とセオリツ姫擁立をめぐる、宗像側と住吉側の動きを並べた年表で確認しておきます。
なお、年代は、結婚・出産・元服に関する読解規則にしたがって復元されたものです。
また、「歌に合わせる」が示す同年の女王擁立を太字で示してあります。

琴の奏でを授かりて
表層では、歌に合わせてイナタ姫が奏でたのは、琴ということになっています。
しかし深層では、「琴」は女王の隠語です。
そして、「奏で」は、その女王位継承権が承認されることの隠語である可能性があります。
「奏で」については用例が限られていますので、ここで検証しておきましょう。
その用例は三か所にあります。
奏で枯らせる
奏で枯らせる 過ちと 喪に慎むを 聞し召し 御子のクスヒに 訪わしむる
「奏で枯らせる」とは、ヤスタマを女王に擁立して(奏で)、オオトシを鏡臣として迎え入れ、宗像カグヤマツミを連立から排除した(枯らせる)ことを指しているものと考えれます。
「過ち」は宗像排除がアメワカヒコ殺害という事態を招いたことを、「喪に慎む」は夫アメワカヒコを失ったタカ姫の女王再即位が見送られたことを、「御子のクスヒに 訪わしむる」は、そのタカ姫の双子の妹オクラ姫がタカヒコネ(クスヒ)と結婚したことを示しているとみなせます。
したがって、ここで「奏で」とは、ヤスタマの女王位継承権を承認したことを指す隠語であるとみなせるのです。
ウズメ身を奏でる
高天には 弓弦打ち鳴らし ウズメ身の 奏でるを見て
「高天」には女王の居所という意味と、女王の結婚を管理する機関という意味があります。
「弓弦(ゆつ)打ち鳴らし」の「ゆつ」は、記紀には「湯津」と記され、「斎つ」で「神聖な」といった意味の美称であるとされる語です。
ホツマツタヱにも、「湯津の黄楊櫛」という表現が、八岐大蛇神話と黄泉の国神話にあります。その「湯津」とは温泉を指す隠語で、具体的には伊予(四国西部)や美濃(佐賀県嬉野市)を指す隠語です。
この一節の「弓弦」は、「湯津」と同音であることを利用して、四国で生まれたセオリツ姫を指す隠語として用いられています。
つまり、「弓弦打ち鳴らし」で、セオリツ姫の女王即位が二度に渡って失敗(打ち)に終わったものの、最終的には女王即位が遡って認められたこと(鳴らし)を示していると考えられます。
「ウズメ身の奏でるを見て」の「ウズメ」は、ヤスタマと娘の名でもありますが、ヤスタマ自身のことを指す場合もあります。
「身」は「身をヤスカタと 祀る(28-75)」では「水(み)」で、夫となったオオトシの隠語ですが、ここではカンミムスビの「ミ」で、父オオナムチの隠語でしょう。
この二つ目の用例でも、「奏で」はヤスタマの女王位承認を指していると見ていいでしょう。
急ぎ奏でん
守諮り かねて奏での 詔 タケミカツチに 伏兎環 賜えば急ぎ 奏でんと 高野に到る イツナミチ
三つ目の用例は局面が異なります。
「伏兎環(ふとまかり)」の「伏兎」とは、遣唐使が中国から伝えたとされる「唐菓子(からくだもの)」の一つとされます。実際には弥生時代には中国から伝わっており、そのまま「ふと」と呼ばれていた可能性があることになります。そしておそらく「兎が伏せた形」というその名の由来も知られていたのでしょう。宗像の拠点の名が「宇佐」であることを利用して、「兎(と)」を宗像の隠語として用いたと考えられるのです。
宗像の女系子孫の中で、三つ子の中子で女王位継承権がないとみなされたタナコは、元服後17年間、未婚のままでした。このことを「兎が伏せる」ととらえたのでしょう。
ソサノヲとオオナムチの連立がオオトシを選択して宗像を排除したことで、宗像は敵対していた住吉と接近します。そして、宗像のタナコの女王擁立による住吉タケミカツチの剣臣即位が企図されたのです。
その事態を受けて、イフキトヌシ(イツナミチ)がタナコとの結婚を強行し、自らの鏡臣即位を主張したというわけです。
「伏兎環」の「環(まかり)」は、ドーナツ状の菓子のことと思われますが、追放の隠語「罷り」と同音です。
「伏兎環」とは、その結婚でイフキトヌシとタナコが追放されたことを知らせていると考えられます。
つまり、三つ目の用例では、「奏で」はタナコの女王位承認を示しているとみなせます。
以上のように、表層では琴の奏法を装う「奏で」は、三つの用例すべてにおいて、本来女王位継承権がない女子の女王位を承認することを示す隠語として用いられているとみなすことができるのです。
姉に捧げて
八雲立つ歌周辺の考察の最後に、「この歌を姉に捧げて」についても取り上げておきます。
ソサノヲの「姉」ワカ姫
八雲立つ歌を歌ったのはソサノヲであり、「姉」とはワカ姫ということになります。
しかし、すでに考察したように、ワカ姫はソサノヲの姉ではありません。母イサナミの異母妹であり、ソサノヲから見れば叔母にあたります。
それでも、ここではその「姉」をワカ姫として読んで、ソサノヲが復縁したハヤコの女王即位(歌)を、ワカ姫が擁立した鏡臣オモイカネに「捧げた」と読むと、次のような解釈ができます。
アワ歌による女王即位順リストの中で見ると、ハヤコ・セオリツ姫・ヤスタマ・タナコは、それぞれ次の位置にあります。

このリストによれば、ワカ姫(歌い手)の女王即位以降、モチコ、ハヤアキツ姫、ハヤコの二度の即位が続いています。
この天君アマテルを擁立したモチコ、剣臣タカキネを擁立したハヤアキツ姫の女王即位を無効とみなし、ハヤコとの復縁によって天君に即位したソサノヲが、ワカ姫が擁立した鏡臣オモイカネに次ぐ大王として擁立されたのです。その女王即位によって「オモイカネとの三大王連立を成立させた」ことを、「姉に捧げて」としたと考えられます。
なお、八雲立つ歌には剣臣オオナムチを示す「出雲八重垣」も登場しますから、この「歌」にはオオナムチを擁立したタケコの女王即位も含まれていると受け取るべきでしょう。
だとすれば、その三大王連立は、鏡臣オモイカネ、天君ソサノヲ、剣臣オオナムチだったということが、ここに記されていることになります。
「イナタ姫」の姉:モチコとタケコ
四人のイナタ姫の中には姉がいる女王が二人います。
そのうちの一人、ハヤコの女王即位は、姉モチコの女王即位を無効にするものでした。
この「妹が姉の代わりに天君を即位させた」ということも、「姉に捧げて」のもうひとつの解釈として十分に成り立つものと考えます。
もうひとりは、三つ子の中子であるタナコです。
タナコが擁立したイフキトヌシの鏡臣即位は、すでに鏡臣として即位していたオオトシを、姉タケコが擁立したオオナムチの次代剣臣に即位し直させるものでした。
つまり、間接的ではありますが、「妹が姉の次の剣臣を即位させることになった」のです。これも「姉に捧げて」の解釈として成立するでしょう。
タキコの姉:タケコ
イナタ姫には含まれないものの、この局面で即位した女王の中に、姉がいる女王がもう一人います。
結婚が遅れた中子タナコとは異なり、長姉タケコとともに元服と同時に即位した三つ子の末妹タキコです。
タキコが擁立した宗像カグヤマツミは、オモイカネの次代鏡臣として即位しました。
つまり、タキコは、自身の姉タケコの擁立した剣臣オオナムチの連立相手を擁立したとともに、ソサノヲの「姉」ワカ姫が擁立したオモイカネの次期鏡臣を擁立したことになります。
このタキコにも「姉に捧げて」の一人である資格が十分にあるのです。
以上の考察をまとめると次のようになります。

おわりに
今回は、八雲立つの歌のきっかけとなり、その歌に合わせて琴を弾いたと描写される「イナタ姫」の正体を中心に考察を進めてきました。
そこには、複数の女王と、その即位をめぐる諸事情が、何重にも重ねられていました。
「イナタ姫」には、八岐大蛇神話と同様、ハヤコ・セオリツ姫・ヤスタマ・タナコが重ねられている。
「歌に合わせる」には、四人のイナタ姫がいずれも本来女王位継承権のないところから女王に加えられたことが示されている。
さらにその奥には、ハヤコの復縁とセオリツ姫の最初の擁立、セオリツ姫の二度目の擁立とタケコの擁立が、それぞれ同じ年の出来事だったことも重ねられている。
「姉に捧げて」の「姉」には、ソサノヲの「姉」ワカ姫だけでなく、ハヤコとタナコの姉モチコとタケコが重ねられている。
これらのことを踏まえれば、「八雲立つ歌」にも同様に何人もの人物の事績が重ねられている可能性が見えてきます。
次回も引き続き、日本最古の和歌ともされる「八雲立つ歌」の解読に取り組むための下準備として、歌の冒頭にある「八雲立つ」と、歌の続きに琴の奏法を装って記される「八雲打ち」の正体を明らかにしていきます。