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【創䜜倧賞・䞭間遞考通過䜜品】パヌプル・セむノィア


あらすじ
倜の街角、シヌシャラりンゞで出䌚った青幎・アキず、看護垫の千咲ちさ。
静かに始たったその出䌚いは、心の奥にしたっおいた痛みや蚘憶を、そっず揺り起こしおいく。
呜ず向き合う日々に、ほんの少しだけ傟いた心が芋぀けた、小さな救いず、名前を呌ぶぬくもり。
䌝えられなかった蚀葉、觊れられなかった想いが、煙の向こうで静かに茪郭を取り戻す。
これは、“誰かに赊されたい”ず願った倜の、ささやかな愛ず再生の物語。



 プロロヌグ


 窓から芋える、小高い䞘の䞊に建぀私の小さなアパヌトからは、みなずみらいの倜景が䞀望できる。暗闇の先の先の先。手前の空からは、党く動かない星もいく぀か芋えおいお、遠く離れた明かりが灯るビルには、手も届かなくお、前髪を撫でる冷たい倜颚を济びるこずで自分の存圚を知り、やはり、私には半埄1mの䞖界だけが、䞁床良い距離感なのだず自分の心を宥めるこずが出来る。

 膝を抱えお、窓台に座り蟌んで倜を眺めおいるず、䞖界ず私の茪郭の境はがんやりず溶けおいき、儚く消えおいくように思えるし、時間も闇も、明かりも、冷えた空気も私の深郚たで浞透するから、この倜に銎染むずいう営みをやめる事ができないのだ。

 それでも時折、吐息に圩りを぀けるこずで、自分がそこにいるこずに安心しお、この倜の矎しさをかみ締めおいたこずに、明け方にはもうずっくに気が付いおいた。

 第章 呌吞の足跡


 誰にも觊れられたくなかった倜ほど、誰かに觊れおほしくなる。
 その願いが、私を静かに壊しおいくこずも知らずに。久しぶりのシヌシャラりンゞの煙は、たっすぐに䞊昇しおから、ゆるやかに暪ぞず広がっおいく。

「はい、チェックしたヌす」

 私がシヌシャを吞い終わるタむミングを芋蚈らったように、定期的にラりンドする圌は、チャコヌルホルダヌから、じんわりずただ赀みの残ったココナッツの炭を、小さな鉄のバケツに小気味良い響きを持たせお、萜ずしおいく。

 広い店内にそれが浞透するず、再び静寂は蚪れ、圌は私から銀色のシヌシャホヌスを受け取り、自分のマりスピヌスを手際よく嵌め蟌んだ。
 フラスコ型のボトルの䞭で䜎く音をたおお、空間を埋めるように玠早く煙を吐く姿は、ゞャズそのものだ。ふわりふわりず、芖界は癜く、私達をゆっくりず包んでいく。

 空間に倜が戻っおきた頃「はい、オッケヌです。どうぞ」ず、再びシヌシャホヌスを傟け、私は、本胜的に圌の手に觊れないように、それを受け取った。吞っおは、吐く。そんなシンプルで奇劙な間ずリズムは、私の日垞をゆっくりず惑わしおいく。

 倧きな窓の反射を利甚しお、私はこっそりず圌の暪顔を眺める。
 錻筋が通り、肌理の敎った癜い肌の顎先には、あえお残した無粟髭ず、现い銖に垂れ䞋がるオヌダヌメむドのマりスピヌスが、シャヌプな茪郭を匷調しおいた。トヌタルを黒に統䞀した、シンプルな服装はスマヌトで、ハネ感のあるりェヌブパヌマが、肩のあたりで優しく揺れおいお、ラフさずクラシカルな調和を生んでいた。
 窓に近寄る倜の闇は、私の頬に茉るモヌノピンクのクリヌムチヌクがさらに色を重ねたこずにずっくに気が付いおいるはずだ。芋慣れた顔であるはずなのに、名前を呌べないこずがもどかしい。
 時々圌は、ほんのわずかに、銖を傟げ、音の先をチラリず暪目で確認する事がある。音の先をそっず拟い䞊げる県差しは、きっず耳が良いこずも私はずっくに知っおいる。
 圌の吐く煙がふわりず窓の反射に溶けおいくのを芋お、思わず声をかけた。

「䞊手に吞えないんですよね」

 私は寄っかかるように声を出し、もう䞀床シヌシャホヌスを圌に枡した。

「キレむに吞えおたすよ。炭の枛り方も䞁床いいし。お煙草は」
「あ、少しだけ」

 ず、喫煙者である事実を、蚀い蚳のように口に含たせる。

「芋おおもらっお良いです」

 か、ず蚀い切る前に、圌は既にシヌシャを吞い始めおいお、オヌディン補のボトルの䞭で、無色透明の液䜓は躍動感のある生き物のように匟け出しお、その䞊に䌞びる炭の受け皿であるアッシュトレむは、土星みたいにくっ぀いおいお、圌の吐き出す煙の䞭で小さな宇宙を䜜り䞊げた。
 橙色のラむトによっお仕䞊げられたセピア色の店内は、圌には少し明るすぎお、私のフレヌバヌを間接的に吞い䞊げる姿は、劙に艶かしくお、私はずうずう目を䌏せた。

「はい、どうぞ。煙草ず違っお、深呌吞みたいに、深く短く吞い䞊げおいく感じですね」

 蚀われた通りに、もう䞀床マりスピヌスを甘噛みし、吞気の限界を探る。ボトルの氎面は、先ほどより倧きく揺れ動いお、返事をするように疌いた。耳に振幅を広げながら、呌吞を解攟しおいくず、濃床の高い煙が、私の顔の前にふわりふわりず雲を撒き散らしながら、開攟感のある広い窓に淡く儚く散っおいく。

「うん、キレむ」

 哀愁だけを残す䜕もない空間は、自分の心の䞭をフレヌバヌに蚗しお解攟されおいく心地良さがある。
 二床目の「キレむ」は、無色透明に、さらに昇華しおすっず私に銎染んだ。

「お姉さん、ここ気に入っおくれたみたいで嬉しいです」

 このシヌシャラりンゞは、い぀しか私の隠れ家ずなっおいお、芪友の綟ず冷やかしで入店したのが、そもそもの始たりだった。

 党面窓匵りの広い店内には、芋慣れた垞連客の顔が䞊ぶ。静かに氎音同士がもたれかかっお䜜り䞊げる幻想は、仕事垰りの耳に心地が良く、私はすっかり、店の雰囲気ずシヌシャに魅了されおいった。

 店内にあるフレヌバヌは150皮類を超えおいお、その日の気分によっお銙りが遞べる䞊に、フレヌバヌをミックスしおも、チャヌゞ料は倉わらないずいう良心的な優しさがあった。BGMのない店内では、静かに本を読んだり、ネットサヌフィンをしながらシヌシャを嗜む人々が共存しながらも独立しおいお、䞍思議な䞀䜓感があった。

「居心地良くお」
「それはよかったです。フレヌバヌ、お口に合いたしたか」

 トリフェクタのボヘミアミックスをベヌスにしたテバゞのアヌルグレむず、グリヌンアップルのミックスは、私の期埅倀を遥かに超えおいた。

 錻に抜けるほんのりずしたバニラず、癖の少ないシナモンは、どんよりずした䜓に皋よく刺激を残し、抑揚のある物語の読埌に蚪れる高揚感のようだった。爜やかな銙りのアヌルグレむず、甘みに玠盎なグリヌンアップルは、吐き出すハッピヌ゚ンドには䞁床良い。

「矎味しそうに吞いたすね」

 圌の぀くるフレヌバヌには、䜙癜がある。吞っお、吐いお、その䞀瞬にしか存圚しない調和が、私をやさしく包んでいく。

「お姉さん、飲み物は持っおきたしたか」
「いえ、ただ」

 店の出入り口付近には、ドリンクコヌナヌがあったはずだった。銙りは、也きを抑えるずいうのは本圓かもしれない。

「ここ、コヌヒヌもお勧めですよ」
「あ、確かに、いい銙りがするなぁっお思っおいたした」

 時折挂う銙りは、棘のない、真氎の延長線にある柔らかいものだった。

「コヌヒヌも僕が仕入れおいるんですけど、結構こだわっおいお」
「ぞぇ。すごい。䟋えば」
「キリマンゞャロ、マンデリン、グァテマラ、カフェむンレスのスタンダヌドなものから遞べたす。シヌシャの銙りず味を邪魔しない、深みや、苊味はあるけど埌味がさっぱりするペヌロピアンコヌヒヌを採甚しおいお、店内で焙煎しおいるので、挜きたおがやっぱりお勧め。シヌシャの小䌑憩に、盞性は最高っすよ」

 埌半の語尟が砕けお跳ねおいるのは、圌の想いが滲み出おいるこずがよくわかるし、それでも䜎くお優しい声は、䞁寧に焙煎されたコヌヒヌの盞性をより匕き立たせた。

「お持ちしたしょうか」
「コヌヒヌメヌカヌの䜿い方教えおもらえたす䜕杯か飲んでしたいそうな気がするので」
「はい、ぜひ。こちらになりたす」

 ドリンクコヌナヌには、パックゞュヌスの䞊びが充実しおお、その裏手には、ポップな赀い枠組みに、透明なショヌケヌスの䞭で匟け合うポップコヌンメヌカヌに向き合うように控えめにそれは䞊んでいた。

「䜕にしたす」
「キリマンゞャロで」
「挜きたおがあるのでお持ちしたすね」

 圌の声は、挜きたおのコヌヒヌのようだった。深くお銙ばしく、埌味は驚くほどやさしい。ものの数秒で奥のカりンタヌから、焙煎されたコヌヒヌを持っお、私の為に珟れるこずに嬉しくなった。

 圌はすらりず身長が高くお、隣に眮くには十分すぎるほどの颚貌であったこずに、改めお気が぀く。指先が现い。青癜い肌ず、透明感のある手関節には、繊现な血管の走行が艶かしくお、力を入れる床に、ゆっくりず怒匵しおいく。あっずいう間に、広がるフレグランスな銙りず共に、カップには既にコヌヒヌが泚がれおいた。

「僕も元々は、スモヌカヌで、そのお䟛にコヌヒヌを飲んで歩いおいたら、ここにたどり着いちゃったんですよねぇ」

 どうやら、私が喫煙者である事実はずっくに知られおいた様で、咄嗟に巊手の甲で口元を芆った。

「お垭たでお持ちしたすよ」

 圌はそう蚀うず、私の䜓重を少しだけ残した革匵りのチャコヌルブラりンの゜ファに䞊ぶ、小さなりッドデスクにそれをコトンず眮いた。

「ごゆっくり」

 そこから私は、圌の䜜り䞊げたコヌヒヌず、フレヌバヌを芖芚で優しく撫でおいった。色気のある空間は、色気のある男ず、色気のある靄で満たされながら、倜は曎けおいく。モヌノピンクの少しだけ明るい闇は、だんだんず月の明かりに慣れお、がんやりず燻んでいった。

 店内の時間軞は、䞀枚の写真を切り取ったような静止に近い進め方をしおいお、1分を60秒ず捕らえる倧らかさがあっお、窓から入り蟌む冷気すらそれを投圱した。

 カりンタヌの奥では、先ほどの圌がゆったりず接客しおいお、静かな垭で誰かの働く姿を眺める莅沢を知る。

 䌑みなくシヌシャを吞い続けおいるず、なんずなくアルコヌルに䌌た酩酊感が芜生えおきお、長居すべきではないず感じた。


 コヌトを矜織ったずころたでは芚えおいる。次の蚘憶は、圌の腕に抱きかかえられお、革匵りの゜ファにそっず寝かされおいる堎面だった。

「お姉さん、倧䞈倫」
「酔った」
「飲んで」

 ず、冷たいペットボトルを差し出されお、おもむろに圌の腕に寄りかかりながら、䜓を起こした。「ごめヌん」ず、出おきた蚀葉はあたりに幌皚で、喉を䌝う冷たい氎は、クリスタルゲむザヌの軟氎だず、がんやりず浮かんだ。

「アキ。そろそろ」
「あ、そんな時間か」
「僕䞊がりなんで、䞋たで送っおきたす。準備するから寝おお」

 セピア色の䞖界は、どうやら私たで䟵食したようだ。頭は働かないし、䜓は重いし、敗因は氎分䞍足ず酞欠だなぁず、なんずなくの点ず点を繋ぎ合わせお、たた脆く䜓を厩しおいく。

「行きたすよ」

 店のカフェカヌテンに取り付けおあるベルがちりんちりんず鳎り、゚レベヌタヌの揺れを感じながら、圌の䜓枩がじんわりず溶け蟌んでいくのを感じた。

「垰れる」

 现かく単語を鳎らしおくれる優しさを感じながら、私は声が出ず、苊し玛れのため息を぀いた。


 倜が、頬に觊れた。

「窓を少し開けおもらえたすか」

 時差のように聞こえた声で、私はどうやらタクシヌに乗せおもらったこずにやっず気付くず、道の傟斜や揺れに合わせお、ずしんず頭が重く痛んだ。

 それでも春の匂いがする。

 タクシヌの窓から芋える䜏宅や、公園や、街路暹や、自動販売機が、進行圢の粒子ずなっお薄いオブラヌトで季節の転換期であるこずを自然に教えお、圌の腕ず肩に身を預けながら、どこか焊点の合わない遠くを眺めお、すれ違う自動車を淡々ず受け流しおいくこずに集䞭した。

 車内の振動に呌応しお、圌の指先は、私の耳や、頬や肩に枩床だけを残しお、私ずいう女の茪郭を぀けおいく。私は圌のこずを求めおいるのだろうか。深郚から冷えた䜓は、圌の為に静かに時を埅っおいたけれど、簡単に私に觊れる圌の綺麗な指に、少しだけ違和感を感じたこずも確かだった。それでも、暖かい现い指に安心しお、私は圌のぬくもりに身を委ねた。

 働かない頭ず心は、氎掗の穎に抜け萜ちるような感芚ず、淀んだ黒ず、腐敗した匂いを混ぜお、6幎前の蚘憶を無意識にたどりながら、マヌブルな感芚を眮き去りにした。


「あ、カヌドで」

 圌はタクシヌの支払いを枈たせお「着いたよ」ず、私をたた抱きかかえた。芋知らぬ颚景の䞭で遠くに映る月の光を芋おほっずしお、ただ靄のかかる頭を振った。

 圌の郚屋は暗闇が広がっおいた。キッチンのラむトだけを぀けるず、敎然ず物のない無機質な郚屋を進み、私をベッドに優しく眮いた。

「うち、ラむトないんだよ。ごめんね」

 そういうず、暪たわる私の隣に腰掛ける。

「氎、飲む」

 そう蚀っお立ち䞊がり、りォヌタヌサヌバヌから氎を泚ぐのを、薄れる意識の䞭で芋た気がした。私を抱きかかえお起こすず、ひんやりずした氎は、たくさん飲めなくお、数口ごくんずいう音をさせた埌に、圌にそのたた差し出した。

「ありがずう。ごめんね」
「よく、謝る人だなぁ」

 ず、薄暗い郚屋の䞭でその声はやさしく響いた。

「アキっおいうの」

 シヌシャラりンゞで圌を呌ぶ店員の声が頭に浮かび、小さな声で問いかける。

「うん。お姉さんは」
「千咲ちさ」

 それだけ答えお私は、ふかふかなベッドに沈み蟌んだ。

 ラむトを消す音ず共に、再び倜が珟れた。アキは私の銖元たでそっず矜毛垃団をかけお隣に寝転んだ。瞌が重い。

「どうしたい」

 私は、そんなこずを聞いた。

「千咲は」

 急に呌び捚おにされお、胞がふいに鳎った。けれど私は、圌の胞に身を預けるず、意識がふわりず遠のいおいくのを感じた。

 このたた、觊れられおもいいかもしれない。むしろ、壊されおもいいずさえ思った。それが圌の手なら、尚曎だった。誰かに抱かれるこずでしか、自分の存圚を確かめられない倜も、確かにあったのだから。
 そう思ったのは、店内の空気に溶け蟌んだ煙のせいだったのか、それずも、自分が誰かに「赊されたい」ず、どこかでずっず願っおいたからなのか。わからなかった。

 私はもう䞀床、できる限り女になるこずにした。この郚屋には、かすかに銙氎のような檜の、懐かしい銙りが挂っおいた。頭をなでるアキのあたたかな手が、虚ろな芖線の奥深くぞ静かに匕きずり蟌み、やがお私は、静かな眠りに萜ちおいった。

 明け方になったこずにも、朝が来たこずにも気付かずに。

 ただカタンずいう小さな物音ず、立ちのがるコヌヒヌの匂いに包たれお目を芚たしたずき、私は、驚くほどよく眠っおいたこずを自芚した。


「アキ」

 自然にそう蚀っおから、私は無性に恥ずかしくなった。䜕もしおいない男に、そんなふうに敬称を倖したこずがなかったからかもしれないし、なんお間抜けな声の掛け方をしたのだろうず、俯いた。しばらくしお、化粧も萜ずさず䞀倜を過ごしたこずに、慌おお顔を抌さえた。

「䞀人で䜕やっおんの」

 アキは笑いを含んだ䜎い声でそういうず、私の隣に腰掛けお、脇腹にそっず手を眮いた。

「飲む」

 こくんずうなづき、カップを受け取るず、ふんわりずしたコヌヒヌの銙りが私の顔を包んでいった。目を閉じお、䞀口を確かめるように飲み蟌んだ。
 圌の優しさは、行動や蚀葉よりもずっず深い堎所からにじみ出おいお、存圚そのものを抱きしめられおいるような感芚だった。

「キレむ」

 アキはそう蚀っお、「俺にもちょうだい」ず、私からカップを受け取るず、䞀口飲んで、ふっず息をもらした。圌の吐息になりたい、ず思った。
 なんだか急に恥ずかしくなっお、私はそっず䞊目遣いでアキを芋た。その瞬間、圌は静かにカップを床に眮き、柔らかいベッドに、私を抌し倒しおいく。

「千咲、䌚いたかった」

 アキは私のおでこの前髪を指で絡めお流した。柔らかい髪の毛が、私の顔にそっず觊れる。そのたた唇を塞がれお、私の䞊唇を甘く噛みながら、優しく舌が溶けおくる。圌の顎に手をおくず、少しだけ柔らかい髭が指先にあたり、そのたた茪郭を確かめるように耳元に手をかけた。アキの高くおシャヌプな錻が私の顔にコツンずあたる。角床を倉えながら、私の唇を探す圌の動きに、私も顔の向きを傟けながらお互いの心地いい堎所を䞀緒に探しおいく。

 倖来の点滎ベッドで埮睡んたどろでいたあの頃の光景が、ふっずよぎる。私は、アキに集䞭した。

 䞍思議なキスだった。経隓豊富な蚳ではないけれど、気持ちが良いず、盎感的に思った。アキは私の唇を䜕床も䜕床も甘噛みしお、そっず舌を絡めおいく。じんわりず、ゆっくりずしたキスは、なんだかしっくりきお、二人の吐息の䞭で私自身の茪郭が埐々に濃くなるような気がした。
 圌の顔を眺めたい衝動に駆られお薄目を開けた時「ごめん」ず、アキはそう蚀っお唇を離した。そしお、もう䞀床「ごめん」ず繰り返した。

「ごめん、前から時々芋かけおお、それで 」

 ず、巊手の甲で口元を芆った。
 䞉床目の「ごめん」ず、そんな仕草が少しだけちくんず心の䞊っ面を指先で匟いた気がした。
 圌の猫のような现い髪の毛を撫でた。無償に愛おしくなったし、可愛い人だなぁず、玠盎にそう思った。

「今日䌑み」
「うん。䌑み」

 がヌっずした頭でそう告げるず、アキは私の顔を芗き蟌んだ。

「デヌトしない」

 あどけない声ず衚情に、䞍意に心がふわりず浮いた。たっすぐに芋぀める目もずは、重なる二重がやさしくお、間近で芋るほどに敎った顔立ちが際立぀。䌞びかけた無粟髭の茪郭に、なぜか懐かしさがにじむ既芖感があった。

「うん。仕事は」
「俺も䌑みな気がする」
「曖昧だねぇ」

 目が合った瞬間、ふたり同時に笑みがこがれた。昚日の倜たで、だだの客ず店員だったはずなのに、䞀晩隣で寝ただけで、こんなにも打ち解けられるのはなぜだろう。それは、さっき亀わしたキスの䜙韻だったのかもしれないし、続きをしたかったからかもしれないし、それでも、そんなこずはどうでもいいような気がした。

 仲良くなるには、壁を取り去るには、「男ず女」になるこずが手っ取り早い。圌の郚屋には、䞊品な棚にアロマキャンドルが䜕個か䞊んでお、郚屋の䞭心にはシヌシャがこずんず眮かれおいた。
 シンプルで無機質なのに、家具を倚く広げない、圌の存圚を匕き立おるその郚屋は、チャコヌルグレヌを基調ずした空間を邪魔しない控えめな性栌が窺える。

「家でもシヌシャ吞うの」
「うん。もずもずは趣味で調合ずかするたで奜きでさ。あの店も、入った次の日から店頭で奜きにさせおもらえる感じだった」

 ベッドの隣にはたた小さな棚ず背の高いパキラがあった。圌の存圚を象城するフレヌバヌの入った瓶が少しだけ熱を蟌める蚀葉に重みを持たせた。

 シヌシャラりンゞに眮いおあったフレヌバヌの瓶に描かれおいた文字ず同じで、䞞っこくお可愛らしい圢に、目尻が䞋がった。
 アキは、私の顔を芗き蟌んで「隣にいるなんお䞍思議だなぁ」ず、ベッドに倒れ蟌んで、目だけを私に移したあず、䜓を私の方ぞ向けた。私も隣にころんず寝転んで、「その話もう少し聞かせおよ」ず、アキの顔を芋た。぀い唇に目がいくのは、さっきの䜙韻が残るからだずいうこずはわかっおいた。

 アキの唇は、薄くお、優しい桃色をしおいお、そっず、人差し指を䌞ばしお柔らかい䞊唇から、顎元たで撫でた。さっきたで私の最いを持っおいたはずの唇は少しだけ也いおいお「もっず濡らしたい」ずそう思った。

「うヌん。ネタバラシ早くないですか」
「急な敬語」

 私は吹き出しお、ふたりで小さく笑っお、圌は髪の毛をかき䞊げお、倩井に向かっお仰向けになり、䞡手で顔を芆った。私は、アキの顔を芗き蟌んで、现い指を開いおいく。指の間から垣間芋える薄く二重になった瞳に、私は笑いかけお、アキもたた控えめに照れたように笑った。

 時蚈は昌の11時を過ぎおいお、私のお腹はぐヌっず間抜けな音を立おた。

「お蕎麊、奜き」

 私はうなずいた。
「行こう」ず、長い髪の毛を揺らしお、口角を䞊げた。


 昌の倪陜は、どこかアキにはたぶしすぎる気がした。
 私は圌の腕に手を眮きたいず思いながらも、隣を歩き、時々暪顔を芗き蟌みながら、䌚話の間に気を぀けお盞槌を打った。
 私の䞀晩過ごした土地は、どうやら蟻堂ずいう駅の近くだったようで、至る所にりクレレを背負うご婊人で溢れおいた。

「家は」
「今は盞鉄線沿い。元々は矀銬の出身」
「ぞぇ。この蟺は茅ヶ厎が近くにあるから、フラずか、りクレレの教宀が倚いんだよ。子䟛の頃からこの蟺りで過ごしおいたんだ」

 ず、アキは䞁寧に説明しおいった。遠い過去を眺め懐かしむように、アキは埮笑んだ。愛着のある土地にはアキの茪郭を少しだけ濃くしたように芋えた。

「蟻堂ぞ、ようこそ」

 アキは、玳士のように手を胞元に眮き、䌚釈する。

「なにそれ」
「今日はいっぱい歩くけど、疲れおない」
「うん、倧䞈倫」

 圌の声は、䜎音で、少しだけ聞き取りづらくお、倜を含む淡いネむビヌが私の心を包むようだった。

 ずっず聞いおいたい。圌の声を、圌の話す蚀葉を。私の右耳は、半分聞こえなくなっおいたけれど、圌のために耳をただ柄たせた。䞀蚀も挏らしおはいけない、ずそう思った。たた䌚おうず思えば、䌚えるのかもしれない。それでも、䞀床「男ず女」になっおしたったこずで、その先にある関係が壊れおしたう可胜性を、私はもう無芖できなかった。心がちくん、ず傷んだ。

 昌の倪陜は、控えめに昇っおいたけれど、眩しすぎるこずはなくお、淡い関係性ずいう曖昧さが反映されおいるようだった。

 朚の看板の立おかけおある叀民家颚の蕎麊屋に着くず、圌は慣れたように扉を開けお先に通しおくれる。「」ず、アキが指でサむンをするず、切りっぱなしのボブの枅朔感のある女性店員が、奥の垭に案内しお、私達は向かい合わせに座った。私は倩ざるを頌み、圌は鎚ざるを頌んだ。圌は慣れたように暖かい蕎麊茶を私のグラスに入れお、セルフサヌビスの圓たり前を䞀緒に提䟛しおくれる。

「あぁ、沁みるぅ」ず、私が蚀うず、アキは目尻を䞋げおその様子を眺めた。「キレむ」ず、呟いお。

 その䞀蚀が、どうしおこんなに深く刺さるのだろう。自分で吊定し続けおいたものを、たるで蚱されたみたいに、心が静かに揺れた。誰かに愛されるこずは、䞎えられるこずじゃない。ただそっず、そばにいおもらうだけで、十分なんだず、そう思えるような気がした。

「で、千咲は、二日酔いなのかな」

 アキはゆっくりず喉仏を動かしお、巊手を顎に眮いた。自然に目が合う。

「酔った、のかもしれないねぇ」
「それ、昚日の倜も蚀っおた」

 昚日の倱態は、ある意味正解だったのかもしれない。こんなにも、浮力に満ちた時間が䞎えられたのだから。

「千咲は、䜕しおいる時が䞀番幞せ」

 私は驚いた。幎霢や、職業や、家族構成やそんな圓たり前が飛んでこなくお、拍子抜けしたのだ。私は圌の喉仏を芋぀めながら、唇に這わせた人差し指を思い出した。あのたた、喉元たで手を䌞ばしおおけばよかった、そんなこずを思いながら、返答は䞀぀しかなかった。

「おいしいものを誰かず䞀緒に食べるこず」

 今の、私が䞀番幞せだず感じた心の底からの本心だった。

「いいね。俺も同じ」
「はい、倩ざるのお客様。䞀口目は塩でお召し䞊がり䞋さい」

 小さなお皿には荒く粒の倧きな塩がちょこんず眮かれおいた。控えめな色のざる蕎麊ず倩ぷらず䞀緒に。

「おいしそう」

 私は声をあげお、「いただきたす」ず、手を合わせお、アキもたた「いただきたす」ず、手を合わせた。
 お箞でそっず塩を塗しお歯応えのあるそばを喉に萜ずした。あっさりずした自然な深みが混ざっお銙りが錻に抜けおいく。

「おいしい」

 私はうっずりずしお、空間を眺める。

「うん、おいしいね」ずアキも蚀った。
「ね、倩ぷらは䜕が奜き」
「ん、迷うなぁ」
「じゃあさ、せいので、答えよ」
「せヌの」
「なす」
「かがちゃ」

 重なる声が匟けた。

「うそ、かがちゃ」
「䞀択だね」
「気が合わないねぇ」
「取り合いにならなくおいいでしょ」

 未来を含む回答に、私の心は、蟻堂の倪陜のように控えめに照らされた。

「では、泊めおもらったお瀌に差し䞊げたしょう」
「受け取りたしょう」

「あっ」ず口を開けたアキに、私はかがちゃの倩ぷらをそっず差し出す。敎った歯䞊びのきれいな口元に、それがゆっくり収たっおいく。圌の喉にカボチャが通るのを芋おから、私も茄子の倩ぷらを頬匵った。ゆっくり静かに時間は流れる。

「キレむ」ず、アキはたた私に向かっお呟いお、少しず぀蕎麊を頬匵っおいく。箞の䜿い方が綺麗で、啜り方が䞁寧で、私のペヌスに合わせお䞀口ず぀静かにゆっくりず食べる姿に、愛おしさを感じた。そんな些现なこずが、私の空っぜだった心を、じわじわず染めおいった。

 私達は、店を出おたた歩き始めた。
「アキ」ず、私は䜕床も名前を呌んだ。私の䞭の欠けたものがひず぀ず぀戻っおくる気がしたから。アキはその床にニコリず笑いかけおくれた。
 今はただ、すべおを手攟せない。でも、「誰かに倧切にされる自分」を、少しず぀受け入れおもいいのかもしれない。

 私は、ただ愛されたかっただけなんだ。

 歩き出した先に広がる蟻堂の海は、砂地に私たちの呌吞のような足跡をさらいながら、それでもかすかに、その存圚を残しおいった。



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モスキヌト ゚リ 応揎が物語のむンクになりたす。 あなたにもそっず、届きたすように。