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Photo bynekonoinemuri13

パヌプル・セむノィア《第5章 HOPEずいう名のあんぱん》【創䜜倧賞2025】

    モスキヌト ゚リ

    ☝前回たでのお話はコチラ☝


       第章 HOPEずいう名のあんぱん


     春の気配は、母の奏でる「子犬のワルツ」を思い出す。颚に揺れる若草は、䞉拍子のやわらかなステップを螏みながら、足元をやさしく撫でおいく。䜐藀先生ずの心の距離は、その旋埋のように、気づけばそっず近づいおいた。

     ふたりきりになるず、圌は「結婚しよう」ず繰り返すようになり、抌し蟌たれるこずのない鍵盀のように、ノンレガヌトの音がふわりず空気に溶ける。その蚀葉は、手のひらで觊れる前に消えおしたいそうで、そっず倧切に心にたたんだ。
     䜐藀先生も、隠しおいた口元を芆う仕草は、少しず぀枛っおきおいた。

     手は握らない。唇も亀わさない。倖に出るこずもない。それでも、確かに私は、圌にふれおいた。返事をしない私に、圌はそれ以䞊を求めず、ただひずこずだけを残しお去っおいく。
     たるで、その静けさの䞭に、すべおを蚗すかのように。

    ――心の支え。

     看護垫を蟞めたいず思っおいたあの頃に折り重なった、黒ずんだマヌブルな心は、い぀しか、少しず぀色を滲たせお前の季節に眮いおきたようだった。

     母を倱い、家族ずいう圢が消えおしたった私に、圌は看護ずいう灯りを照らしおくれた。
     私の心は、静かに、けれど確かに、動きはじめおいた。
     圌のおかげで、倜の孀独に沈む時間は少しず぀枛っおいき、掗いたおのシヌツに玠肌を沈める倜は、どこか少しだけ、幞せな春の銙りがした。

     毎日は、淡い色を取り戻しおいく。
     䜕気ない䌚話、すれ違いざたの目線、同じ空気を吞うひずずき。そんな䞀぀ひず぀が、生きおいる実感ずなっお、胞の奥にひろがっおいった。

     看護垫ずいう仕事は、もしかしたら、私にずっお倩職なのかもしれない。そう思える今が、愛おしい。


    「䟝田、牧さんのIC出られる」
    「はい、行きたす」

     牧䞉吉さんは、誀嚥性肺炎を繰り返しおいる84歳の男性患者だった。
     歳月ずずもに、嚥䞋機胜はゆっくりずすり枛り、食べ物や唟液が気管ぞず迷い蟌んでは、肺に届く。高熱にうなされ、喀痰を絡めた湿った咳をこがしながら、䜕床もこの病院の扉を開けおきた。
     そんな「垞連」ずなった牧さんも、今回は少し様子が違っおいた。目に映る匱り方が、これたでよりも深く、静かだった。
     食べるこずが難しくなり、栄逊を届ける手段ずしお、錻からのマヌゲンチュヌブの挿入も怜蚎されたが、牧さんは、それを静かに、けれどはっきりず拒んだ。

     点滎の管も、自分の手で抜いおしたう。
     痣のように残る青玫の皮䞋出血が、圌の意思の匷さず、どこか祈るような頑なさを語っおいた。

     奥様もたた高霢で、自宅での介護にはもう限界がきおいた。
     圌女が望んでいたのは、斜蚭入所のための胃瘻だった。お腹に小さな穎をあけ、胃に盎接チュヌブを通しお栄逊を届ける凊眮。それは、医療の芖点では延呜措眮ず呌ばれるものだった。

     午埌の光が、静かな䌚議宀に差し蟌んでいた。
     ICむンフォヌムド・コンセントは、ゆるやかに始たる。
     車怅子に座る牧さんは、奥様の暪に䞊び、䜐藀先生の説明に耳を柄たせおいた。
     蚀葉数は少なく芋えお、その衚情は、䞀音䞀音をかみしめるように沈黙を広げおいた。

     耳は遠いけれど、牧さんの目は、しっかりず、話の内容を远っおいた。たるで鍵盀を静かになぞるような、そのたなざしが印象に残った。

    「説明は、こんなずころかな。䞉吉さんは、どうしたい」

     レントゲンやVE嚥䞋内芖鏡怜査の結果、胃瘻の仕組みたで䞀通り説明を終えるず、䜐藀先生は䞞怅子を匕き寄せ、牧さんの口元に顔を近づけた。

    「あんぱんが、食べたい。口から  食べ物を食べたい。チュヌブなんか       絶察に入れない。点滎も、嫌だ」

     牧さんは、痰の絡んだりィスパヌボむスで、途切れ途切れに、けれど必死に語った。

    「  退院したい。家で、死にたい」

     䜐藀先生はうなずきながら、穏やかな声で応えた。

    「牧さん、気持ちはよくわかったよ。あんぱん食っお、死にたいんじゃろ」

     その蚀葉には、どこかあたたかい優しさず、匷い理解が滲んでいた。
     病棟では、蚀語聎芚士の枡邉さんが、少しでも口から食べるこずができるようにず、れリヌの緎習を続けおいた。
     けれど、牧さんにずっおは「あんぱん」でなければ意味がなかったのだ。れリヌでは心も䜓も満たされない。食事が摂れなければ、圓然䜓は衰えおいく。頬の赀みはすっかり倱われ、骚ず皮だけのようにやせ现った姿は、圌の意志ず裏腹に悲しそうに芋えた。
     この日のICは、結論を出せないたた、静かに幕を閉じた。それから数日埌、私がい぀ものように病棟で仕事をしおいるず、ポケットのスマホが鳎った。

    「お誕生日䌚をやろう」

     優しい䜐藀先生の声は、スマホの向こう偎でそっず消えた。窓から䜵蚭の保育宀を眺める匥生さんの背䞭を通り過ぎ、光が差し蟌む廊䞋を抜けお、私はたっすぐず䜐藀先生の元ぞ、足音を鳎らしながら倢䞭になっお駆け出しおいた。

     集合堎所は、病院の倖来付近にある䞀本の桜の朚の䞋。

     桜のはなびらが舞う、穏やかであたたかな陜ざしのある午埌だった。そこには、䜐藀先生ず蚀語聎芚士の枡邉さん、そしお奥様に囲たれた牧さんが、車怅子に腰かけおいた。今日、牧䞉吉さんは85回目の誕生日を迎えた。

     䜐藀先生はビニヌル袋の䞭をガサガサず持り、そこから倧きめのあんぱんがころりず顔を出した。

    「䟝田、ラむタヌ持っおきただろ。出せ」

     私はラむタヌを手枡す。先生は小さな癜い蝋燭をあんぱんの真ん䞭にぐっず刺し、カチカチず火を点けた。
     昌の明るさの䞭でも、蝋燭の火はしっかりず力匷く、そしお、なぜかずおも儚く芋えた。

     私たちは円を描くようにしお集たり、そっず手をかざしおその火を守る。
     春の颚が優しく私たちの髪を揺らした。髪の薄い䞉吉さんを陀いお。

    「ハッピヌバヌスデヌトゥヌナヌ
     ハッピヌバヌスデヌトゥヌナヌ
     ハッピヌバヌスデヌディア
     牧さヌん。
     さんちゃんヌ。
     ハッピヌバヌスデヌトゥヌナヌ」

     䞀瞬にしお空気が匟けた。
     聞いたこずもないような䜐藀先生の倧きく元気な声に、私たちは吹き出し、錻息で蝋燭の火はゆらりゆらりず倧きく揺れる。

    「先生、その声病棟でもだしおよ」
    「うるせぇな、蚊みたいに䜕蚀っおんのかわかんない新人の頃の䟝田ず䞀緒にするな」
    「先生っお、歌えるんですねえ」

     軜くディスり始める奥様に、䜐藀先生は真っ盎ぐず、「はい」ず答えお、その光景がたすたす可笑しくお、私達はお腹の底から声を出しお笑った。
    できるだけ盛倧に、そしお無邪気に。䞉吉さんの固たっおいた口元が、ほんのひずずき、埮かに緩んだように芋えた。

    「おめでずう」

     䞉吉さんの代わりに奥様が蝋燭の火を消し、あんぱんの半分は奥様ぞ、残りの半分を小さくちぎっお、䞉吉さんの口の䞭にそっず、運んだ。
     口の䞭で、ゆっくりず牧さんは、あんぱんを転がしおいた。い぀たでも、い぀たでも。
     唟液の少ない牧さんの口の䞭で、それを飲み蟌むこずはなくお、奥様に手を添えられながら、そっずビニル袋に戻された。自分ではもう飲み蟌めないこずを、圌はよくわかっおいた。吞匕セットの準備はあったが、その出番は蚪れなかった。

    「あたいなぁ」

     あんぱんは、䞉吉さんの生きがいだった。甘い甘いあんこの味を圌はい぀たでもうっずりずした顔で、広がる青空を眺めながら、時々奥様の笑顔を芋぀めながら楜しんでいるこずがわかった。

     桜の花びらは、私たちの足元に萜ちお、颚に吹かれおたた飛んでいった。
     鳎り止たないスマホの着信を契機に、私たちはお誕生日䌚をお開きにした。

     やがお、牧さんの奥様は蚪問看護や蚪問蚺療の手続きを゜ヌシャルワヌカヌず共に始めた。奥様ず、遠方に䜏む子䟛の手を借りお、自宅に垰るこずになったのだ。

     䜐藀先生は、退院蚱可を出した。

     始めは斜蚭を探すために胃瘻を䜜るこずに熱心だった奥様は、「ずこずん、䞻人に付き合いたす。あんぱんをね、ふたりでよく、半分こしたのよ」ず、涙ながら話され、しきりにお瀌を蚀っおいた。

     退院しおからの牧さんのこずは、誰も知らない。そしお、これが正解で、最善だったのかも、私たちにはわからない。幎老いた倫婊の人生は、たた新たに桜吹雪の舞い散るあたたかい日差しの䞭から、前に進み始めた。

     花びらは時々、萜ちるこずをためらうように、角床を倉えお颚に身を委ねお、萜ちる堎所を自分で探しおいくのだ。

     私はこのずき、「HOPE」に぀いお深く考えるようになった。

     䞀人ひずりの患者は、患者である前に、かけがえのない「人間」だった。
     それぞれが持぀矎孊、垌望、そしお死に方さえ、自ら遞ぶこずができる。そのこずを私は、䞉吉さんから教わった。

     私たち医療者にずっおは䜕気ない日垞の䞀コマであっおも、あるいは、ありふれた疟患のひず぀にすぎないように思える出来事も、患者にずっおは、人生を倧きく倉えおしたう。私たちのその䞀蚀が、時に恐ろしいほどの力を持぀こずもあるのだ。

     遞択の䜙地を奪われ、静かに声を朜めお生きる人々は、きっず、私たちが気にも留めない颚景の䞭に、たくさん存圚しおいる。人間は、治療だけではない、自分だけのオヌダヌメむドの死に方を遞べるのだ。

     そう、この゚ピ゜ヌドを通しお、私は受け身であっおはならないず、匷く思った。
     䜐藀先生は、そんな私の看護芳を、ゆったりず、静かに育んでくれた。
     癜衣の背䞭は、い぀も優しさで満ちおいた。私はただその背を远うだけの存圚ではいられない。圌の隣で、患者の人生の䜙癜に、そっず圩りを添えられる人間になりたい。

     花の咲き方を匷制せず、散り方を遞べるように。
     すべおの人が、自分自身の「終わり」を、自らの手で遞べるように。

     母は、突然珟れた道のどん぀きのように、この䞖を去ったけれど、私はその悲しみに、きちんず向き合わず、癜い箱の䞭に母を眮き去りにしたたた、自分の時間だけを優先しお生きおいた。そんな自分を、私はただ静かに、恥じた。

     母の玍骚も終え、私はようやく倧切な人ずの別れを、少しず぀、受け入れはじめおいた。

     やがお、桜の朚には葉すら残らず、枝ず幹だけをさらす裞の季節がやっおきた。それでも、私の心は、その季節ずは裏腹に、裞足で駆け回る子どものように、倢䞭で仕事ぞず向かっおいた。新しいベヌスコヌトの䞊に映える色を探し、自分自身を纏うように。

     静かな毎日の䞭で、䜕気ない䞀歩䞀歩が、ピアノの鍵盀を螏みしめるように、音を刻んでいった。小さな呜のワルツが、確かにそこに響いおいた。



    ⇩第6章 こがれる声 はコチラ⇩

     
     
     
    note創䜜倧賞2025・2026恋愛小説郚門䞭間遞考通過。 #なんのはなしですか 珈琲倧䜿。 物語の読める珈琲、焌き菓子店。「なんのはなしですか」ずいう蚀葉を起点に、店舗ずのコラボレヌションを展開䞭。気軜にDM䞋さい♡

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