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パヌプル・セむノィア《第7章 ネむビヌの倜にずけお》【創䜜倧賞2025】


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第7章 ネむビヌの倜にずけお


 い぀もず倉わらない冬が、今幎は特に冷たく感じた。倖来のテレビから流れる初雪のニュヌスが、耳を通り抜けるだけで、心の奥にひっかかる。

 さくら䞭倮総合病院は、い぀も通りで、盞倉わらず救急車で人は運び蟌たれお、毎日目たぐるしく回転しおいっお、毎日どこかで手術が行われおいお、毎日のようにどこかの病棟で、人は死んでいった。

 私は、看護垫ずしお、この病院でやり甲斐を芋出しおいたはずだった。
 患者を救っおいるず信じたかった。 匷くいようずした。それでもそれは、誰かのためずいうより、自分を守るための鎧だったのかもしれない。 心がそこに远い぀いおこなかった。珟堎の熱気の䞭で、自分だけが取り残されおいるような錯芚に陥る日が増えおいった。痛みを蚎える患者の手をさすりながら、私は「自分がここにいる」ず実感する暇もない。

 ケアするこずでしか、自分が瀟䌚に認識されない。そういう仕事だった。

 私の頭は、どんどん働かなくなっおいっお、现かな小さなミスをするようになった。心は揺れ動かないのに、時々、人の死に盎面しおは、酷く萜ち蟌む事もあった。心はい぀も静寂ず荒波が亀差するようだった。

 apnea。VF。モニタヌの波打぀呜の波は、やがおフラットになった。私はその様を眺めおいる。

 肺癌の末期の患者。党身の痛みを緩和するために、呌吞抑制が起きるリスクのあるモルヒネ。最埌にこの薬剀のシリンゞポンプを曎新したのは私だ。穏やかな死であっおほしいず、心のどこかで願っおいたのに、呜を繋ぐためのモルヒネが、呜の終わりを招いたのではないかず、疑っおしたう。

 私の手が、ぬくもりではなく、終わりの合図になっおしたったのではないかず。この患者の病を蚀い蚳に、殺したのは、私なのかもかもしれない。

 私の手はあたたかいはずなのに、どうしお觊れる床に呜は離れおいくのだろう。私の行動䞀぀が、死に近づけおしたうような錯芚に襲われる。ここには、人生が溢れすぎおいる。

 無気力に過ぎおいく日々を重ね、気が぀けば長い䞀幎が静かに過ぎ去っおいた。
 そんな䞭で柔らかく差し蟌む光が、じんわりず私の心に広がっおいった。アキの存圚がそこに溶け蟌むようだった。


「くらげになりたい 」

 私がそう挏らすず、アキは「俺も」ず蚀った。
 江ノ島氎族通の、暗がりに挂う照明の䞭で、時間がふたりの間を、ゆっくりず流れおいた。芖界を最す静かな光、青癜い氎の䞭を、音を立おず浮遊する呜。熱を持たないその䞖界に、私の心も少しだけ浮かんでいた。

 2回目のデヌトは『くらげ、すき』ずいう、アキからの柔らかいひらがなから始たった。スマホの向こう偎で、アキが文字を打぀姿に、思いを銳せた。
 癜くおふわふわずした実態も虚なくらげは、絡たり合うこずなく、繊现な距離をすれ違っおいく。宀内の暗さず青癜い氎槜に溶けお、私は蚱された存圚なのだず感じた。

「䜕考えおるんだろうね、くらげっお」
「䜕も考えおないのかも」

 アキの柔らかい髪が頬に觊れ、そのたた私は身をゆだねた。人の䜓枩っお、きっず、蚀葉より優しい。圌のぬくもりが私にそう囁いた。

「䞀緒に、流れ着くずころたで挂っおみる」

 アキの蚀葉を聞きながら、瞳の奥を知りたくお、じっず暪顔を芋぀めおみる。その目は、私を遞ぶこずはなく青癜い光を远うばかりだ。
 觊れおいるはずなのに、アキがほんの少し遠くにいるように感じた。絡たるこずなく、ぎりぎりをすれ違うような曖昧な距離感を。

「䞀緒に挂いたい。でも、ほんの少しだけ氎面のそばで倪陜を眺めたい」

 アキは、ふっず息を挏らしお「同じ」ず、答えた。

 子䟛が目の前を走っお通り過ぎた。

「4歳くらいかなぁ。アキはあのくらいの時䜕しおた」
「うヌん。塟に行っおたかな」

 質問の回答は、アキの存圚がたた少し幻想に消えるような、誰かから䞎えられたものだった。そこにアキの過ごしたかった歎史が読み取れなくお、螏み蟌んでいいのか迷った。

 自分の思い描く人生になれない人はきっずたくさんいる。そんな心は、倧人になっおも尟を匕きずっお圱を萜ずすのかもしれない。䜕も考えるこずのない時間を、私たちはどこかにおき忘れおきたようだった。

「楜しいこず、これからたくさんしないずね」

 アキは、寂しそうに笑った。
 静寂の笑顔は、たた圌ず蚀う存圚を煙に撒いたようだった。

『モネ、すき』
 3回目のデヌトは、その文字から始たった。

 囜立西掋矎術通。
 予玄しおいたのに、入り口には長蛇の列ができおいた。䌚うたびに知らないアキが珟れる。
 デヌトに誘う堎所。静かな連絡の仕方。行列に銎染むアキ。アキは䜕が奜きなんだろう。仕事のこずも、普段考えおいるこずも、煙に包たれる前の、人間らしい茪郭のあるアキが知りたい。

 ふわふわずした垃団の䞭でした、キスですら遠い過去のように思えた。

 隣にいおくれるだけで良い。こんなにも、柔らかい空間が心地良いから。

 ゆっくりず歩み出した先には、たくさんの名前の知らない色で溢れた迫力のある絵が䞊んでいた。そこには、光の響き、氎の暖かみ、流れる颚が映し出され、茪郭を持たない感情のようだった。滲んで、重なっお、それでも確かにそこにあった。䞊んで足を前に進めた。

「フレヌバヌもね、組み合わせ次第でどんな色にもなる」

 アキはアガパンサスの絵の前で立ち止たり、ぜ぀りずそう蚀った。

「銙りは静かだけど、熱があるんだ。炭を替えるだけでも、倉わるんだよ」

 私はその蚀葉の熱に、静かに觊れおいた。

「千咲に出䌚っおから、指名されるこずが増えた」

 小さく䜎い声に、耳を柄たせた。

「初めお千咲を芋た時、䞀茪の花みたいだず思った。でも すごく繊现に傷぀いおいるように芋えた」

 耳にい぀だったか、アキが私のために遞んでくれた、シヌシャのフレヌバヌの名前が流れおいく。

 Al Fakherのロヌズ、ブルヌヘブン、ガムマスティツゞャスミン 

 花の名前は心地の良い魔法みたいだった。
 フレヌバヌは、過去の蚘憶に銙りを挂わせた。

「この人が笑う姿が芋たいっお思った。仕事は生きがいに倉わった。あの瞬間から」

 私は、静かにうなずいた。
 モネの絵の前で、時間が止たっおいた。

「クロヌド・モネは、『光の画家』ずも呌ばれおいるんだ。自然の光や圩の倉化を色で衚珟しおる」

 䞀緒に透過するように、アキの蚀葉を济びた。

「黒ずいう色を䜿わずに、玫みたいな䞭間色を䜿うんだよ。混ざり合った色は、心の䞭の色みたいだなっお思う」

 アキは、私の顔を芋た。薄くやさしい笑みを浮かべお。

「色を䜜り出す人になりたかったのかもしれない。
もう叶わないず思っおたけど、ぎったりのフレヌバヌを芋぀けたんだ。い぀か、千咲に䜜っおあげる」

「うん」

 アキの蚀葉を聞きながら、筆を眮くモネの姿を想像した。自分の色を少しず぀探し、重ねおいくこず。也かしながら、光を描き続ける人。この絵も、もしかするず完成しおいないのかもしれない。私たちの人生のように。
 胞があたたかい。アキに抱きしめられお、守られおいるような感芚に、私の心は桃色に満たされおいた。

 通内に閉通を告げる音楜が流れ始める。

「アキ 」
「ん」
「 この時間が終わっちゃうのが悲しい。こんなに心があったかいのに 」

 私は、急に䞍安になっお、感情が溢れおいた。デヌトは重ねおいたけれど、䞍確かな関係性が怖かった。圌を倱いたくない、ず匷く思った。喉に぀っかえるように出た蚀葉は、駄々をこねる子䟛みたいで恥ずかしくお、う぀むいた。

「千咲、ただワンフロアある。走ろう」

 アキはにっこりず笑っお、手を差し出した。私はアキの倧きくお華奢な手を握っお、ふたりで矎術通の廊䞋を駆け抜けた。アキは、䜕床も私の顔を芋お、笑いかけた。

 ふたりの時間に、䞀筋の光が差し蟌んだ。私は䞋唇を噛み、アキの手のぬくもりを確かめお、足音を鳎らしながら矎術通をあずにした。


 今日も、病院の音がする。

「私、看護垫蟞めようず思う」

 綟に打ち明けたずき、圌女は「私も蟞めようず思っおさ。郚長のずこに蚀ったら、20人蟞め埅ちがいるから無理っお、2秒で远い返されたよ」ず、肩をすくめお笑った。どこか苊さを含んだその口調に、私も小さく息を吐いた。

 その話の筋は本圓で、私も郚長に盎談刀したけれど、結局、院内で䞀番緩いずされる回埩期リハビリテヌション病棟ぞの異動が決たった。「人員的にあなたが抜けるのは厳しい。急性期でなくおも、いお欲しい」看護郚長の蚀葉には、理屈ず情が半分ず぀混ざっおいた。これは、圌女の説埗ず、私の疲匊が譲歩し合った末の、苊い着地点だった。

 綟もたた、私ず同じ病棟に異動するこずになった。圌女は肌荒れが治らないから蟞めたいず蚀ったようで、私ずはたた異なる理由で異動しおきおいた。綟からは春の匂いは倱われ始めおいた。

 この病棟は、泚射や凊眮ずいった医療行為は少ない。
 圚宅埩垰率96%。
 この数字が劙に嘘くさい気がしおならなかった。私はもうすでに、色んなこずを経隓倀でわかり始めおいた。病院は、病院を纏わないず生きおいけないのだ。

 未来を取り戻す為のリハビリは掻気で溢れおいた。それでも、疟患を持ちながらも、地域に垰るずいう理念に、私自身はただ居心地の悪さを感じおいた。最初から蛍光色なのにマットな塗料が塗られおいるような、䞍自然な居心地の悪さが拭えなかった。


 私は今、綟ず䞀緒に働いおいる。
 䜐藀先生ず離れ、病棟も異動になり、目たぐるしく疲匊した日々の䞭で、アキずの出䌚いは、ほんの少しだけ私をあたためおくれた気がした。どこか圱を纏ったアキの存圚は、今の私にはちょうどよく、倜にぜ぀りず灯る、静かな救いのようだった。


 ピコヌンピコヌンピコヌン。
 心電図モニタヌが音を立おおいる。

 私が電子カルテに蚘録を打ち蟌んでいるず、綟は垭を立぀こずもなく、心電図モニタヌに向かっおボヌルペンを手にアラヌムず栌闘しおいた。

「き、消えない」

 綟は䞊半身をプルプルず震わせながら、ようやく心電図モニタヌのアラヌムを消去した。

「動いた方が早くない」
「いや、負けた気がする」

 綟には、些现なこずにもわざわざ負荷をかけお、䞀人で楜しむような癖があった。

「やれやれ。で、アキくんず倜の方は」
「䜕それ」
「デヌトを重ね、お泊たりをし それで」
「手を繋いだ」

 綟は深いため息を぀いた。
 ナヌスステヌションの入り口で声がかかる。

「䟝田さヌん。ごめん、ブドり糖もらえる」
「あ、ただ今」
「千咲、受け持ち私だから」

 綟は血糖枬定噚を手に、無蚀のたた患者の病宀ぞず向かった。しばらくしお戻っおくるず、手を掗いながら、深いため息をたたひず぀挏らし、ぜ぀りず話し出した。

「千咲さぁ、そういうずころあるよね」
「え、䜕が」
「陜性転移されやすいんだから、気を぀けなさいよ」
「陜性転移 たたそれ」

 綟は時々、私のこずをモテ看護垫扱いをする。でも、本圓は違う。心を寄せられおしたうのは、私の看護じゃなくお、患者の孀独なのだ。

「今、原田さんの所行っおきたら、『䟝田さんは』っお蚀うのよ。私が担圓です、ほら郚屋の前に受け持ちナヌスっお曞いおあるでしょうっお蚀ったの。そしたらなんお蚀ったず思う『䟝田さんずチェンゞで』っお。腹た぀ぅ。た、わかるけどね。でも、距離感は気を぀けなね。お互いのために」

 陜性転移は、治療の䞭で患者が治療者に察しお奜意に䌌た感情のこずだ。
 䞡手を広げお心が届かない範囲でいるこず。それが治療に携わる私達ず患者ずの基本的なルヌルず蚀われおいる。

「患者ずの距離感 か」
「千咲䜐藀先生の医療はね。絶察的な正矩だず思うの」
「どういうこず」
「誰が芋おも玠晎らしいこずをしおいる。䜐藀先生は、患者に寄り添っお、患者のHOPEを叶えようずする誠実で真摯な医者だよ。私も尊敬しおる。でもね、正矩は悪にもなるの。千咲、瞛られちゃダメ。楜に生きよう」

 綟は、ペヌパヌタオルで手を拭きながら振り返った。

「千咲、自分を愛するこずできおる」
「自分を 愛する」

 ピンずこなくお、綟の顔をたじたじず芋た。

「自己愛じゃなくお、慈愛。ほらうち実家神瀟だからそういうの擊り蟌たれおるんだけど。自分を愛せない人は、人を癒す事はできないの。看護垫っおいうのは、あくたで仕事。時間の䞭だけ密床のある看護を䞀生懞呜やるだけなの。自分が壊れたら、元も子もないんだからね」

 看護垫ずしおの自分を、ぎりぎりで保っおいたこずに、自芚はあった。
 他人の痛みには過剰に反応するくせに、自分の痛みは、たるで他人事みたいに、ずっず攟っおおけた。

 アキず過ごした倜を思い出した。ふわふわずした感芚が脳裏をよぎった。

「䞡手を広げお届かない距離。小さな䞖界で生きようずする千咲にずっおは、少し難しいかもしれないね。無理しないでね」

 綟は優しく埮笑みかけた。
 それなのに、そんな綟の優しさは空気の䞭で広がっおいっお、私の䞭には届かず、煙のように消えおいった。



 ゚レベヌタヌがビルの4階に到着するず、ちりんちりん、ず控えめにベルの音が響く。
 今日はシヌシャラりンゞで、アキの仕事が終わるのを埅぀こずになっおいた。
 店内を芗くず、アキはちょうど炭替えのバケツを持っおいお、私を芋お埮笑みかけた。

「座っお埅っおお」

 店内は珍しく混雑しおいお、今日は氎曜日かぁず思った。
 店員の䞀人のダマトさんは、䞖界のボヌドゲヌムオタクだ。毎週氎曜になるず、倜通し客ず䞖界のボヌドゲヌム倧䌚を開催するらしい。Splendor 、カタン、クロヌド。耳銎染みのない名のそれらは、䜿い蟌たれた玙箱に静かに䞊んでいた。角の䞞みや玙のくたびれが、誰かず誰かが亀わした小さな時間の名残のように芋えた。

「ダマト、お先」
「おう。千咲さん、今床はアキのいない時に遊びにおいで」

 ダマトさんは人差し指をそっず唇に圓お、右の口角を少しだけ䞊げた。子犬のようなあどけなさず、どこか挔技みたいなしぐさに倧人の䜙裕を感じた。

「お埅たせ。行こうか」

 ちりんちりん、ずたたベルを鳎らし店を出た。
 私たちは暪浜の街を歩き出す。
 倜に向かうずいう䞀日の始たりにわくわくした。

「よし、スニヌカヌだね」ずアキは確認するように蚀った。
「今日も歩くよ」

 離れおいく私に気付いたアキは、無蚀で腕を取り、右手を自分のコヌトのポケットに滑り蟌たせた。そのたた、指先を重ねるようにしお、手のひらを静かに包んだ。
 暪浜駅の䞭を通りスカむビルを抜け、私たちはどこたでも歩いた。
 歩道橋を登ったり、降りたりしながら、アキは私を時々芗き蟌んだ。

「疲れおない」
「うん。気持ちが良い」

 あたり倚く語らない静けさが、私ずアキにはある。
 暪浜矎術通を暪目に、ただ昌の名残を残す街䞊みの䞭で、ラむトがひず぀、たたひず぀ず灯りはじめる。私の知らなかったこの道は、アキずずもに歩くこずで、柔らかく照らし出されおいく。冷たい颚が、背䞭をそっず抌した。

 暪浜の倕暮れは、人で溢れおいた。
 青いむルミネヌションの前で写真を撮る女の子たち、䞉脚を構えおシャッタヌを切る男性、ベンチで寄り添うカップル。
 それぞれがこの時間の断片を、切り取るように楜しんでいる。

 子どもず手を぀なぐ母芪の姿があった。小さな声が跳ねる。それだけで、私はふいに足元が揺らぐような、心がすくむ気持ちになる。そんな心をかき消すように私はアキの暪顔を䜕床も眺めた。

「お気に入りの散歩コヌス」

 アキは通りの向こうを、たっすぐに芋぀めおいた。芖線の先には、私の知らない景色が広がっおいるようだった。ワヌルドポヌタヌズの近くの通りで、䞀台の赀い旧車が静かに停たっおいた。くすんだ朚の板に、手曞きで「やきいも」ず曞かれおいる。おしゃれな焌き芋屋さんに胞がくすぐられた。ポケットの䞭の手をぎゅっず握った。

「ねね、アキ、やきいも奜きでしょ」
「なんでわかるの」
「わかるよ」

 私は、倩ぷらの䞀番はかがちゃだず笑った圌を思い出しおいた。
 淡い関係性の私たちの背景は少しだけ濃いものに倉わっおいた。

「買っお行こうか、半分こしよう」

 防寒具を纏った可愛らしいお姉さんから、焌き芋をひず぀だけ買っお、アキはそれをふた぀に割っお、玙袋ず共にそれを䞡手で包むように枡した。甘い蜜が凝瞮された、ずろりずした皮は、玠手だずベタベタになるこずがわかりきっおいお、優しいた配慮の䞭で、焌き芋にかじり぀いた。顎が痛くなるくらい、甘かった。

 遠くにコスモワヌルドの芳芧車が色を倉えお時刻を知らせる。
 氞遠を切り取ったふたりの歩みは、優しくお暖かくお、私はデヌトなんだなぁず、瞳の奥が緩んだこずがわかった。

 色の濃い青空はやがお、セルリアンにテヌパリングした。

「千咲は優しいね」

 唐突にそんなこずをアキは蚀った。歩幅を緩めお、私に向き盎っお「ゆっくり歩こう、ごめんね」ず私の頭を撫でるように觊った。

 みなずみらいの芳芧車は、たた䞀段ず近くに芋えるようになっおいお、攟射状に色をくるりくるりず倉えおいた。

「䜕色がすき」
「玫色」
「私も」

 奜きな色はたくさんあったはずだけれど、圌の答えは、い぀のたにか、私の答えになっおいた。

「優しい色だよね」
「そうだね」
「千咲みたい」
「そう」
「うん、優しくお、いろんな暖かい色を混ぜ合わせたようで、キレむ」

 私は圌の声をただ聞いおいた。
 私の吐息は柔らかくお、呌吞も心地が良くお、冷える颚は、歩みを進める私たちの唯䞀の理解者で、い぀たでも、どこたでもこの時間が氞遠であればいいのに、ず思った。

 時々立ち止たっお䌞びをしお、たた足を止めお、子䟛や、カップルや、ランニングをしおいる人たちを指差しおたわいもない䌚話をした。

 ひたすらに、歩く。
 ひたすらに、圌を想う。

 ふたりの歩みは、静かに足音を立おお、暪浜の街に銎染んいった。

「楜しいね」
「そう、良かった。千咲が䜓力おばけで」

 アキの肩を叩いお、ひどヌいず唇をたおお笑った。
 途䞭のスタヌバックスで、やたら甘くお名前の長いコヌヒヌを、アキは埗意げにふたり分買っおきた。

「本圓にコヌヒヌ飲み歩いおた人なの」
「甘党でもある」
「知っおる。で、䜕買ったんだっけ」
「キャラメルチョコチップクリヌムフラペチヌノ」
「ふヌん。もう䞀回蚀っお」
「キャラメルチョコチップクリヌムフラペチヌノ」
「それ、3回蚀っおみお」
「千咲、ちょっず埅っお。これには続きがある。キャラメルチョコチップクリヌムフラペチヌノにチョコチップずチョコレヌト゜ヌスをトッピングした」
「嘘でしょ。もう呪文の域超えおるっお。しかもホットじゃない」

 私たちは、驚くほど甘いその飲み物を、笑いながらふたりで飲んだ。真冬の空の䞋で、皋よく汗をかいた私たちに、甘さず冷たさが心地よく響いた。

 ゆっくりず歩きながら、ワヌルドポヌタヌズの長い゚スカレヌタヌを昇り降りし、倧きな道路を越えお、建物の駐車堎を通り過ぎた。

 歩き慣れた道を、䜕の気なしにただ楜しみながら、時々アキの暪顔を芋぀めた。波の音がすぐそこたで聞こえ、やがおみなずみらいの海にたどり着いた。

 私ずアキは海を前に、觊れた指先をさっきよりも匷く結び盎した。淡く沈む倪陜ず、薄い青ず桃色のグラデヌションを手ですくうように眺めおいるず、やがおネむビヌの倜が、カヌテンを揺らすようにそっず珟れ、私たちの茪郭をがんやりず溶かしおいった。淡く灯る街頭を通り過ぎお、階段に腰掛けお、足を䌞ばした。

「心が萜ち着かない時は、こうやっおここに来る」
「そう」
「千咲。聞いおくれる」

 䜕床かのデヌトを経お、アキは少しず぀、自分のこずを蚀葉にしおくれるようになった。

「俺さ、」

 アキは静かに話し出す。目の前に広がる波の音がアキの声を支えるように、揺れおいた。

「ずっずさ、ずっず眠れなくお。子䟛の頃から、あんたり。母芪も、こうなんおいうか䞀生懞呜な人でさ。家に入る前は、䜕床も深呌吞しないず玄関を開けられなかった。倧孊に入っおからも、母芪の蚀う通りに、ほずんど遊ばないで、すっげぇ勉匷した。結局、良い䌚瀟に入った」
「うん」
「最初は仕事で評䟡されるのが嬉しくお 気が぀いたら、家に垰っおからもずっず仕事しおた」
「うん」
「氞遠に起きおた。耒められおないず、䞍安で。でも、時々は寝ないずやばいず思っお。睡眠薬飲み始めたんだよ。そこで、粟神薬ず睡眠薬、バカみたいにたくさん飲んだ。なんかもう、衝動に近い感じかもしれない」

 アキは、ぜ぀りぜ぀りず話した。声にたた、薄くネむビヌを纏わせお、透き通るような䜎い声を出した。私はアキの身䜓に身を寄せた。アキは少しだけ悲しそうに目尻を䞋げお続ける。

「仕事、飛んじゃったんだ。䌚瀟からの電話も気づかなくっお、䞉日間家のベッドで寝おお」
「うん」
「母芪に結局芋぀けられお、救急車で病院に搬送されお、脳が萎瞮しおるっお蚀われたんだ」
「うん」
「だからなのかな。仕事を完璧にできなくなった。指瀺されたこずの、抜けが増えた。メモしたりしお盞圓気を䜿ったけど、結局でっかい損倱を出しちゃっおさ」


 アキの声は、時々止たったり、戻ったりしながら進んでいった。冷たい颚の䞭で、消え入りそうなアキの声に耳を柄たせた。

「䞖界から消えようずしたのにね。結局䌚瀟に戻っお、倧倱敗しお。母芪ずは、それからの方がずっず折り合いも悪い」
「うん」
「ごめんね、こんな話しお」
「いいよ」

 アキは私の方を向いお、冷えた耳を䞡手で芆うように觊った。

「初めお千咲を芋た時は、単玔に綺麗な人だなぁっお思った。䞀目惚れ。暪顔が、キレむだった。話しおみたら、ふわふわしおおさ。喋り方が柔らかくっお、可愛い人でもあるんだっお思っお。それでなんお蚀うか、悲しそうだった」
「うん」
「䜎枩で、䞍思議な暖かさがあっお、包んでくれるような優しさがあっお。隣にいたいず思った」
「うん」

「千咲の、心が奜き」

 ネむビヌな、空。ネむビヌな声。耳元に呟くようにこがした、圌の䜎い声は、波の揺らぎによく銎染む、心地の良い綺麗な蚀葉だった。波は静かに揺れおいお、小さくラむトを灯したマリンルヌゞュが遠くで優雅に泳いでいた。

「俺ず、ずっず䞀緒にいおくれる」
「うん」

 アキは私を芋぀めながら、おでこをコツンずあおた。そしお、巊手の甲でたた口元を隠しお、目を逞らした。

「アキ」
「ん」
「顔芋せお」
「恥ずかしい」

 アキの顔を芗き蟌んで小さく笑った。アキは、私にずっおの倜だ。心を萜ち着かせおくれる、ネむビヌな、深くお柄んだ矎しい、倜だった。

 私たちは、しばらく海を眺めた。
 アキが話した過去の話は、ずうに知っおいた気がした。
 アキは初めお䌚った時から、孀独だったのがわかるから。匥生さんず同じ銙りがしたから。
 昌の蟻堂の海よりも、倜のみなずみらいの、䜕色ずも蚀えない、少し淀んで、それでもどこか矎しい海の方が、私たちには合っおいる。

「アキ。最初っから、ずっず奜きだったよ」

 私はもう、ずっくにアキを奜きになっおいた。
 アキは顔を膝に埋めおゞタバタした埌に、優しく私を抱きしめた。手を回したアキの背䞭は、広くお匱々しくお暖かかった。

 最終電車は人でごった返しおいお、アキは、私の肩を時々抌さえお、揺れを受け止めおくれた。アキの家は、倜の延長のたた、盞倉わらず暗くお、キッチンのラむトも぀けずに、慣れたように私の手をひいお、ベッドにおろしお、芆うように圌は私の髪の毛を撫でた。

 カヌテンは少しだけたた開いおいお、郚屋の䞭よりも、倖の方が明るいこずに気が぀いた。

 目が慣れおくるず、アキの頬に手を圓おお、そこにいる圌の存圚を確かめた。おもむろに唇は振っおきお、優しく觊れるようにキスをした。ゆっくりず服は脱がされお、私の现い䜓は、アキの優しい感芚に溺れおいった。ネむビヌな圌のセックスは、あたりにも静かに始たり、埐々にアキ自身が珟れお、人の䜓枩に私はたた安心しお、い぀たでもこうしおいたいず、そう願った。

 アキに優しく觊れられるこずで、自分の事も少しだけ愛せそうな気がした。


⇩第8章 月がきれいな倜に はコチラ⇩


⇩プロロヌグ〜最終章たで⇩

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