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異世界に行けなかった俺の半生。|#14 無免許の俺が、店長と呼ばれた日:②

    これは、全部背負うとカッコつけた俺が見た、現場という地獄の話。
    そして同時に、空回りしながらも前に進んだ話だ。


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    #1 壊れた家と、死の匂い


    江東店には、二人の“クセ者”がいた。

    二人とも口が悪く、態度もでかい。客先からのクレームも多く、カスタマーセンターには逆ギレ。

    それでも、配送業務だけは速い。

    配送だけはできる。しかし――。


    一人は、寡黙な男。

    関西弁の中に、標準語の響き。東京に長く住んでいることが分かる。

    無口で、淡々として、何を考えているのか、掴みどころが分からない。そんな50代の男だった。

    荷物を積みこむ手つきを見て、息が止まった。
    無駄がない。まるで、料理を皿の上に盛りつけるみたいな動き。

     そんな彼の車に横乗りした帰り道、ぽつりと言った。

    「店長、あんた料理やっとったんやろ」

    背もたれに体を預けたまま、続けた。
    「段取り八分ってあるやろ。あれ、配送も一緒やで。配送の順番ひとつ狂ったら、そこまでや」

    遠くを見るような声。
    その言葉で、昔働いていた、板場の匂いがふっと脳裏に蘇った。

    仕込みの順番、火入れのタイミング、皿を出す流れ。すべてがひとつにつながっている。

    この段取りが崩れると、料理の流れが止まる。会席の順番が狂う。

    「なるほど」

     彼の言葉が、胸に残った。

    あの頃、オヤッサンに叩き込まれた「段取り」が、今、配送の現場にまでつながった。

    その後も会話はほとんどなかったが、時折、彼が呟いた。

    「日本の道は左側通行やろ。せやから、左に配送先を置いてルートを決めるんや。できるだけ右折はしない。左折、左折、左折や。

    右側に配送先があると、車を止めてから距離が出来る。
    それが時間の無駄や」

     何気ない言葉なのに、俺の中で、尊敬の念が湧いた。

    “この人は、プロ、職人だ”と感じた。


    もう一人は、真逆のタイプだった。

    ニヤニヤと、人を小ばかにしたような顔で俺を見る。

    「免許取って、ドライバーからやり直したらいいんじゃねえの?」
    「配送もできないのに、偉そうにしてても、誰もついてこねぇよ」

    少し間を置いてから、

    「みんなそう言ってる」と。

    口の端を歪めて笑う。一言一言がトゲの塊。声が大きく、力で押し切るタイプ。

    ただ、経験が長いだけで、技術を突き詰めた感じはない。

    でも本人だけは、職人ドライバーと同格だと思っているのが痛い。

    ……裸の王様、か。
    彼に対して言ったのか、自分に対して言ったのか。

    そして、彼は俺のことを完全にナメていた。

    配送の経験もない若造が、自分の上に立ったのが気に入らない。
    「こいつが居座ると、自分の好きにできなくなる」――そんな気配もある。

    店舗の改革。
    これをデメリットと感じる存在もあるんだな、と初めて気づいた。

    ただ――あの寡黙な職人ドライバーの前では、一段トーンが落ちる。
    彼と話すときは、目を合わせられない。

    ……きっと自分との差は、分かっているんだろう。


    俺は、明らかに嫌がる職人ドライバーと距離を詰め、無理やり一緒に作業していた。

    周りからは、俺が弟子入りしたように見えていたと思う。
    伝票組みは俺がやり、荷物を積んで、助手席に乗り込む。

    「また俺の車か。勘弁してくれ」

    「今回の伝票組みは、完璧ですよ」

    「んな簡単なもんちゃうやろ。」

    道中、自分がこの店をどう変えたいのか、俺の夢を一方的に語った。
    ふと隣を見ると、職人ドライバーが小さくうなずいた。

    「リーダー制度か。店長、あんたこの会社の立て直しなんて、本当にやれると思っとんのか」

    「当然。俺、口だけの上司は嫌いなんですよ。たとえば、偉そうなだけの役員とかね」

    「夢はな、夢のままで終わらせた方がいい時もあるんやで」

    彼はハンドルを握りながら、そう言って少し笑った。
    その笑いが、車内に静かに残った。

    江東店の歯車は小さく回り始めていた。

    各エリアのリーダーたちは、それぞれの持ち場で声をかけ合い、問題が起きれば俺に相談してくる。

    持ち込まれた問題を、一つずつ潰していく。

    ようやく、店らしくなってきた。

    ……そう感じた矢先――。


    机の上に、A4サイズの分厚い封筒が置かれていた。

    中に入っていたのは、カスタマーセンター長と事業本部長からの「クレーム報告書」だった。

    一件、二件……いや、五件。

    「解決せよ」
    最後にそう書かれていた。

     これ全部、放置されていた損害賠償レベルのやつだ。

    「……マジかよ。胃がいてえ。」

    その日から、また地獄のような日々が始まった。

    取引先を回り、必死で頭を下げ続けた。

    怒鳴られるのは当たり前。時には、襟首を掴まれて殴られそうにもなった。

    俺を辞める直前までイジメぬいた、販売センターの女性主任より怖い女性に出会った。
    女性が本気で怒ったらこうなる。というシチュエーションを、身を持って体験した。

    俺は、逃げなかった。
    逃げたら、「あの」社長と部長の期待を裏切る気がしたからだ。

    「またあんたか」

    そう言われようと、何度も足を運んで謝罪を繰り返し、損害が出ている案件は、会社として誠実に補償した。

    やり直すために、謝って、詫びて、また謝った。

    時には、土下座もした。
    今の時代に土下座とか、と思うかもしれないが――
    その効果といったら凄まじい。

    問題が解決できるなら、俺ができる事はなんだってやる。
    そんな俺の勢いが勝った。

    ヘビークレーム四件は、なんとか解決。
    しかし、最後の一件だけは、どうにもならなかった。

    この件は、そのまま会社間の訴訟問題にまで発展した。
    ここまでこじれてしまうと、もう店長レベルで抱えられる話じゃない。
    本社に引き継ぎ、弁護士対応案件となった。

    俺にやれることは全部やった。
    ――これが、全身全霊ってやつなんだろうな。

    ……そう思った矢先。

    「来週から復帰しますので、よろしくお願いします」
    社内メールに、その一文があった。

    ……ああ。

    あの人、戻ってくるのか。

    かつて、俺を潰しかけた人間が。


    江東店の店長に就任してから半年が過ぎた。

    割れた蛍光灯がぶら下がり、埃まみれのトラックが放置されていた店が、ようやく「普通の店」に戻りつつある。

    朝の倉庫にはコーヒーの香り。

    誰かが持ってきたスピーカーから、微かにラジオが流れている。出発前の点呼には、笑い声が混じる。

    倉庫の床は、光が反射するほどピカピカに輝いていた。

    当初は、俺が毎朝モップを握って磨いていたが、今は当番を決め、ドライバーがやっている。

    「この店、ちょっと変わったよね」

    そんな声が聞こえると、少しだけ心が熱を持った。

    ──でも。

    変わったのは店の器、外側だけだ。中身は……まだ何もできていない。

    「改善」と呼ぶにはまだ程遠く、マイナスだったものが、ゼロになっただけ。

    このままでは、いつ元に戻ってもおかしくはない。

    ……そう思うと、危機感が募った。



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    #13 無免許の俺が、店長と呼ばれた日:①

     
     
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