
TRUNK #001 ポルシェは同じでも、店が変わると何かが変わる 浜田山の記憶
ポルシェは同じでも、店が変わると何かが変わる ―― 浜田山の記憶
ボクスターを買った店
初めてのポルシェは、ボクスター(981)だった。買った場所は「ポルシェセンター浜田山」。当時この店を運営していたのは、東京スバル自動車だった。
意外に思われるかもしれない。スバルとポルシェ。国産の実用車ブランドと、ドイツの高級スポーツカーブランド。一見すると接点のなさそうな組み合わせだが、これには歴史的な経緯がある。
1990年代後半、富士重工業(現SUBARU)はポルシェ社と日本国内における販売・アフターサービスで協力することに合意し、東京スバル自動車が杉並区の営業所に「ポルシェセンター浜田山」を開設した。その後、岐阜スバル・埼玉スバル・福岡スバルでもポルシェの取り扱いが始まり、一時期はスバル系列がポルシェ販売網の一角を担っていた。
工賃はスバル基準
東京スバル運営時代の浜田山で感じていたのは、「工賃が良心的」ということだった。運営母体がスバルという量販ブランドだったこともあり、コスト構造がベースにあったのだと思う。ポルシェのブランド価値に対して、法外に高い整備費を取られている感覚はなかった。
ところがある時期から、浜田山の運営会社がコーンズに変わった。コーンズといえば、フェラーリやロールスロイスなど高級ブランドを専門に扱う会社だ。ブランドポジショニングとしては「格上」になったとも言えるが、同時に工賃体系も変わるだろうという予感があった。
事実、それを機に、数年後マカンを買うタイミングで、私は浜田山から日本橋のポルシェセンターへと乗り換えることにした。(この「東京スバル」と「埼玉スバル」がポルシェ事業でたどった別々の結末は、52本後に改めて掘り下げている)
「同じブランド」でも中身は別会社
この経験から学んだのは、「正規ディーラー」という看板の裏には、全く別の資本・別の経営方針を持つ会社が存在するということだ。
同じポルシェを買うのでも、
運営会社が量販ブランド系(スバル、マツダなど)か
高級ブランド専業系(コーンズなど)か
メーカー資本系(VWグループのPAIG/Exclusive Cars Japanなど)か
によって、工賃、サービスの質、情報伝達の速さまで、体感できるレベルで変わってくる。
そして厄介なのは、この構造がユーザーにはほとんど見えないということだ。ショールームの内装も、スタッフの接客も、ブランドのロゴも同じ。だが運営会社が変われば、車検の見積もりも、限定車の配車優先度も、静かに変化する。
見えない構造を、見えるようにする
これから、こうした「自動車ディーラーの資本構造」について、気づいたことを書き溜めていこうと思う。
BMWが直営店を独禁法問題を機に手放していった経緯。VWグループだけが逆に直営を拡大している理由。ダイハツ系の会社がベントレーを売り、新潟トヨタ系の会社がフェラーリの世界一を獲る、一見ちぐはぐな組み合わせの裏にある合理性。(ダイハツとベントレーの組み合わせについては、この少し後に書いている)
車そのものではなく、車を売る「店」の裏側を覗く話。マニアックだけど、知っておくと次の一台選びが、ちょっと賢くなる気がしている。
この連載のタイトルを「TRUNK」とした。ブランドが守り続ける核を指す言葉として自分なりに使ってきたものだが、資本構造という「見えない幹」を探るテーマにも、ちょうどいい気がしている。
過去回をテーマ別にまとめたマガジン「TRUNK SPINE」、はじめました。第1弾は「顔」、第2弾は「誰がこの車の後ろにいるのか」——この記事から始まったディーラー資本構造というテーマを、12本にまとめました。第3弾は「誰がこの舞台に立ち続けられるか」——モータースポーツと、ブランドの生き残りをめぐる記事です。
このディーラー資本構造というテーマを、さらに深く掘り下げた記録「TRUNK #070 東京のフェラーリディーラー勢力図」もあわせてどうぞ。