
夫の命日が近づいてきた🍀今年で20年。私の人生が不幸だったと、子ども達に思われたくない。晩年は自分の人生を楽しんでいた、と安心してほしい。心から楽しめるようになるのか、が問題・・・🍀
令和8年7月
今月は
夫の命日がある
買い物をしていて
食品の賞味期限が
夫の命日と同じだと
ドキッとする。
7月に入り
命日が近くなると
毎年
ソワソワ
モヤモヤ
ドキドキする
封印している
夫の入院中の記憶とか
その後の
義実家との
揉め事の記憶とか
思い出したくない事が
溢れてくる。
夫の入院中
もっと
明るい顔を
していればよかった。
いや
笑えるわけがなかった。
子ども達に
何か言葉を
遺してもらえばよかった。
いや
それじゃあ
先がないと
言ってるみたいで
頼めるわけがなかった。
朝は苦手だし
料理も苦手だし
私は
いい妻ではなかった。
夫の死去後
義父母と
ぎくしゃくして
夫の建ててくれた家を
出て行った。
精神的にも身体的にも
限界で
耐えられなかった。
結果として
嫁としても失格だった。
でも
生きるためには
仕方なかった。
そんな事ばかり考えてる。
同じ話がグルグル。
今更
考えても仕方ないことを
ずっと考えてしまう
これは
毎年
命日近くから
命日まで続く。
そして
命日が
年の切り替わりのように
命日後から
気持ち的に
新しい年が始まる。
私なりに
その時々で
ベストを選んで
懸命に生きた
と思える。
だから
早く命日が
終わってほしい。
言葉はよくないが
命日が過ぎると
心が晴れ晴れとする。
詳しくはこちら👇
夫が亡くなって20年
夫は
地球上のどこにもいない
宇宙に行ってもいない
もう会うことはない
心穏やかな日々は
かえってこないし
一緒に
子育てしたかった日々も
戻らない
天国で逢えるなんて
確証もない。
夫の入院中や
その後の事
謝ることもできない。
子育ては
私的には頑張ったが
夫はどう思っているのか。
知りたいが
知ることはできない。
この先も
このモヤモヤを抱えて
生きていくしかない
でも
夫のことは
この20年を区切りとして
一旦卒業して
これまでの20年とは
違う日々を過ごさないと。
そう思うきっかけがあった。
ある時
テレビで
事件や事故に巻き込まれた
不幸な方々の話を
取り扱っていた時
「大変だね。何とか立ち直って
頑張ってほしい」
と私が言った。
すると
子ども達に
「お母さん、さっきから
この人は大変だって言ってるけど
お母さんも、十分不幸だよ。」
と言われた。
不幸?私が?
「お母さんは不幸じゃないよ。
君たちが、ちゃんと成長してくれたから」
「それは、私たちの事でしょ。
お母さんにはお母さんの人生があるでしょ。
子育てと仕事と家の事で
自分の人生はなかったでしょ」
「・・・自分の人生?・・・てなんだ?
必要?」
といった
会話をしたことがあった。
本当に驚いた。
私が不幸?
不幸?
不幸って何?
今でも
正直
自覚がない。
確かに
考えてみると
夫が
35歳で癌で亡くなって
その時
私は34歳で
その後
義父母とうまくいかず
追われるように家を出て
睡眠障害で
アトピーが悪化して休職して
その後も
仕事が忙しくて休めなくて
蜂窩織炎になって入院して
挙句の果てに
メニエール病が判明して。
その他諸々・・・。
話は戻るが
先程の
お母さんは不幸話の続き
「でも
生きていれば
誰だって色々ある。
私が特別不幸だなんて
思わない」
と
子ども達に言った。
「本当にそう思ってるの?
みんなそんなに不幸?
度合いが違うでしょ。
みんな
もう少し楽をしてるよ」
と呆れられた。
その事があってから
私は不幸なのかも
と思うようになった。
夫が亡くなって
1年くらいは
なんで
私だけが
こんなに大変なんだと
考えたりした。
でも
いつしか
一日一日
仕事や家事を
ひたすら
こなしていくしかなくて
子育てしていくしかなくて
考えなくなっていった。
考えても仕方ない
意味がないから
そして
不幸とか大変とかいった事に
麻痺していった
もしかしたら
傍目には
不幸なのかもしれない。
だから
子ども達に
お母さんの人生は
不幸だったけど
晩年は
好きな事をして
楽しく生きていた
と思って欲しい
だから
不幸な人で
終わりたくない
不幸な人生だったと
思われたくない
私のことを不幸にしたのは
夫だと思われて
夫を悪く思ってほしくない
変な話だけど
自分が
人生を楽しみたいというより
子ども達に
ちゃんと楽しんでるよ、と
やりたい事やってるよ、と
知ってもらい
安心してほしい。
そういう気持ちの方が上。
残りの人生
自分の為の人生を歩かないと
問題は
今後の20年で
心の底から
笑えるようになるのか
楽しめるようになるのか
夫と過ごした7年のように
人生に
なんの
疑問も不安もなく
心安らかに
過ごせるようになるのか
夫に守られていた日々は
遠い記憶となっているが
とても幸せだったことは
覚えている。
死別の悲しみに
20年という時間薬は
ある程度効いたが
完治とはいかなかった。
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