
死別から20年🍀⑮力が入らない。眠れても1時間。パニック発作様な症状も。それでも、義父母に子どもは取られたくない🍀
2006年7月
夫が死去後
眠れない日が続いていた
眠るというより
気を失ったというかんじ
足しても1時間くらい。
よく
体がもったなと思う。
常に頭がフル稼働している。
朝
目が覚めても
夫がいない
夢ではない
現実だ
「お父さんいない?」
今になって思うと
なんて事を
子ども達に聞いていたのか
朝
何回も聞いていた。
「いないよ」
返事はいつも同じ。
夢ではない。
本当に
夫は亡くなった。
体が
半分もぎ取られたように
力が入らない。
歩いていても
フワフワして
床が
階段が
道路が
歩くところ全てが
ぐにゃぐにゃとしたかんじ
子ども達の前で
泣かないように
隠れて泣いた。
それでも
子ども達は私を探しだし
「泣かないで」と
ティッシュを差し出す。
生活がめちゃくちゃだ
夫の闘病中は
一日一日が尊くて
1分1秒が惜しくて
夫の死去後は
一日一日が虚しくて
もう
日常に戻らないと
毎日に実感がない
生きる意味が分からない
生き続けた先に
なにがあるのか。
夫のいない人生に
意味が見いだせない。
親として最低で失格だ
2006年8月
夫が亡くなって1ヶ月
義父母との関係が悪化した
今になって思えば
35歳の息子を亡くしたのだ。
傷心なんて言葉ではたりない
喪失感であっただろう。
色々言われても
我慢すべきだった
かもしれない。
だが
私にも
心の余裕がなかった。
2001年に
夫の実家裏に家を建てた
いわゆる敷地内同居。
だが
夫のいない同居は
ギクシャクとして
悪化した関係では
難しくなった。
義父母と会うだけで
顔を見るだけで
心臓がドクドクして
過呼吸になった。
病院に行かなかったが
パニック発作様の症状。
何度も何度も。
心臓が痛くて
それが10分以上続く日が
毎日続いた。
その度に
呼吸を整えて
なんとか落ち着いた。
脈を確認したが
不整脈はなかった。
パニック発作だとしたら
死なない。
でも
体が疲弊していた。
私まで
死ぬわけにいかない。
両親のいない
子どもに
するわけにいかない。
強くならないと
夫が入院中に
「これから
色んな人が色んな事を
言ってくる。
負けるな!」
そんな事を言っていた。
今なら
その意味が分かる。
ある日
義父母に
夫がいない身なのだから
子ども達を面倒みるから
そろそろ
働くように言われた。
その瞬間
何故か
子ども達を取られる
そう
思った。
義父母が育てた方が
立派に育つかもしれない。
でも
それは違うと
私の頭と心が
言っていた。
本能的にそう感じた
親は私だけ
夫が入院中は
子供たちを
遠くかんじる日もあった。
もう
それは嫌だ。
子ども達は
私が育てる
送り迎えも何もかも
独りでやる
負けない!
私の中のなにかが
覚醒した
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まだ続きます。
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