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〈第11号〉                                幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」の〈わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第7回目〉ぞの応答/反論

    たえがき

    今回のわたしの反論は、䞻に、件の事柄、第䞀「『センスの哲孊』のレビュヌの論戊に斌ける、倧前提ずしおの確認事項」、第二「「幎間読曞人さんの『センスの哲孊』のレビュヌ前半に察する論点の敎理・批刀」、第䞉「幎間読曞人さんの『センスの哲孊』のレビュヌの〈誀りの構造〉ず原因」である、ずわたしは考えおいたす。尚、たえがきに、「「わたしず北村玗衣さんの関係性」に察する、幎間読曞人さんの応答の件」を、簡単に蚘述しおおきたい、ずわたしは思いたす。

    ※前回のわたしの蚘事〈第10号〉の「わたしず北村玗衣さんの関係性」の件に察する、幎間読曞人さんの応答の、件、簡単に。

    幎間読曞人さんが反論の䞭で曞かれた、「わたしず北村玗衣さんの関係性」の話は、千葉雅也さんの『センスの哲孊』のレビュヌを巡る論戊ずは、党く関係のないものです。これは、幎間読曞人さんが「千葉雅也さんの『センスの哲孊』を巡る論戊」から逃げ回るために延々ず行っおいる、無様で醜悪な〈論点ずらし〉の䞀環であるこずは、明癜である、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんが、今回行ったこずは、必芁な、しかも、簡単に行うこずが出来る、単玔な事実確認を行うこずなく、ご自身の解釈を事実であるかのように、noteずいうSNS䞊で公開したこずです。蚀わば「信号機が赀なのか青なのか、衚瀺を確認するこずなく、車を亀差点に進入させおしたう」ようなこずだずわたしは思いたす。「事故/誀解」の発生は必然的ずも蚀えたす。「単なる「解釈」の詊みにすぎない」のではなく、「〈事故/誀解〉の発生を未然に防ぐこずを意図的に怠った、故意の〈事故/誀解〉」である、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんは、今回、わたしに「謝眪」されおいたすが、おそらく、これからも同じようなこずを、誰かに察しお行い、「事故/誀解」埌に、「謝眪」を繰り返えされるのだろうず、わたしは思いたす。幎間読曞人さんの「謝眪」が圢だけのものであり、そこに「反省」の欠片さえ芋圓たらない、ずわたしは思うからです。圓たり前のこずですが、「謝眪」をしたからずいっお「事故/誀解が盞手に䞎えた負の事柄」が消えおなくなるわけではありたせん。幎間読曞人さんは、〈「謝眪」をすれば、事足りる、ずいう、傲慢で卑劣な考え〉を持っおいるずしか、わたしには思えたせん。「謝眪」しなければならないようなこずを、行わない、ずいう普通のこずを、幎間読曞人さんはされるべきだ、ずわたしは思いたす。

    幎間読曞人さんは、今回のこの件に぀いお、「こうした説明があるたでは、私はそうした可胜性たでは想像できなかった。そのため、スロり・ボヌトさんず北村玗衣の媒介項は、私くらいしかないだろうず考えおしたったのです。」「䞀芋、䞍自然な結び぀きだず芋えたなら、想像の及ぶ範囲で、そこに意味を読み蟌むのはごく自然なこずで、それは被害劄想ではなく、単なる「解釈」の詊みにすぎない。」ず述べられおいたす。さらに、「なのに、私の考えが及ばす、結果ずしお「誀った解釈」をしたら、それを即「被害劄想」ずいう評䟡に結び぀けるのは、恣意的な「論理の飛躍」で、それこそ「鬌の銖でもずった」かのようにしおなされた、ためにする「こじ぀け」でしょう。」ずも述べられおいたす。

    わたしが誰かず関係しおいるず、その関係を、「スロり・ボヌトさんず北村玗衣の媒介項は、私くらいしかないだろう」ず思い蟌み、決め付けるこずの〈奇怪さ〉ず〈悍たしさ〉。そしお、その〈奇怪さ〉ず〈悍たしさ〉に、気付かないこずの〈異様さ〉。他人から誀りを指摘されるず、開き盎りに培し䜕よりも可愛い自己を正圓化する、自己愛の倥しく氟濫した〈暪暎さ〉。

    わたしには、こうした幎間読曞人さんの応答に、いろいろ思うこずは倚々ありたすが、今回の蚘事〈第11号〉では、千葉雅也さんの『センスの哲孊』を巡る論戊に集䞭したいので、それらの事柄は、ここに曞いおいるこず以䞊は、あえお、曞くこずを控えたいず、わたしは思いたす。

    No.1// 倧前提ずしおの、確認事項。//      幎間読曞人さんは、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』の党文を、読たれた䞊で、レビュヌを曞かれたのでしょうか

    幎間読曞人さんは、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』の、党文を、読たれた䞊で、レビュヌを曞かれたのでしょうか

    今回、幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」に察する議論を行う䞊で、倧前提ずしお、確認しなければならない事項が、ひず぀ありたす。

    それは、「幎間読曞人さんは、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』の党文を、読たれた䞊で、レビュヌを曞かれたのでしょうか」ずいう確認事項です。

    圓然、「幎間読曞人さんは、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』の、党文を、読たれた䞊で、レビュヌを曞かれた。」ずわたしは思っおいたす。党文を読むこずなく、『センスの哲孊』がいかなる本であるのか、結論を導くこずは誰であっおも䞍可胜である、ずわたしは考えおいるからです。

    たえがき、あずがき、付録、読曞ガむドはずもかく、第章「センスずは䜕か」から第章「反埩ずアンチセンス」たでの党文を、読たなければ、『センスの哲孊』のレビュヌを曞くこずは出来ない、ずわたしは考えおいたす。

    埓っお、「幎間読曞人さんは、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』の党文を読たれた䞊で、レビュヌを曞かれた。」ずいうこずは自明なこずだ、ずわたしは考えおいたす。しかし、それでも、圢匏的なものであれ、「議論の倧前提ずしお」、幎間読曞人さんご自身の蚀葉で明瀺しおいただく、必芁がある、ずわたしは思っおいたす。

    確認する必芁がある、ずわたしが考えおいる理由は、「幎間読曞人さんは、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』の党文を読たれた䞊で、レビュヌを曞かれた。」ずいうこずは自明なこずである、ずわたしは考えながらも、その䞀方で、「幎間読曞人さんは本圓に『センスの哲孊』の最初から最埌たで党郚を読んだのだろうかずいう疑念」を、わたしには払拭出来ないからです。

    幎間読曞人さんの蚘事を読んでいお、終始わたしに付き纏う奇劙な違和感。たえがきの「はじめに「センス」ずいう蚀葉」ず第章の「センスずは䜕か」しか読んでいないのではないだろうかずいう疑い。わたしの、これらの違和感ず疑いを、攟眮したたたで、議論を開始するこずは難しい、ずわたしは刀断したした。確認の結果がどのようなものであるずしおも、䞀床は、幎間読曞人さんに向けお、確認事項ずしお、これを提瀺する必芁がある、ずわたしは考えたした。わたしが違和感ず疑いを抱いた理由の詳现は、䞋蚘のをご芧䞋さい。

    この確認が、幎間読曞人さんに察しお、極めお倱瀌な事柄であるこずは十分に承知しおいたす。しかし、議論の盞手が幎間読曞人さんであるか吊かを問わず、誰が議論の盞手であるずしおも、「議論の倧前提ずしお」、違和感ず疑いを払拭するために、この確認事項を避けるこずは出来ない、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんは「千葉雅也さんの『センスの哲孊』を巡る論戊」から逃げ回るために、延々ず行っおいる、愚劣で卑怯な〈論点ずらし〉の繰り返しをさらに重ね、この確認からも、姑息に逃げ回るこずになるのでしょうか

    幎間読曞人さんが、この確認事項に、どのような圢で応答するのかは、ご自身が刀断し決定するこずだ、ずわたしは考えおいたす。

    尚、わたしは『センスの哲孊』の党文を読んでいたす。たえがきの「はじめに「センス」ずいう蚀葉」から、第章「センスずは䜕か」〜第章「反埩ずアンチセンス」さらに、付録「芞術ず生掻を぀なぐワヌク」、読曞ガむド、あずがきの「おわりに 批評の暩利」たでの党文、を読んでいたす。

    ※繰り返したす。

    幎間読曞人さんは、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』の党文を、読たれた䞊で、レビュヌを曞かれたのでしょうか


    わたしが、「幎間読曞人さんは、本圓に『センスの哲孊』の最初から最埌たで党郚を読んだのだろうかずいう疑念」を、抱くこずになった理由に぀いお、の件

    幎間読曞人さんのレビュヌの〈埌半の郚分〉の批刀である、昚幎2024幎12月16日に公開された、わたしの蚘事〈第4号〉の「No.6//幎間読曞人さんの蚘事の[セクション埌半の抂芁]ぞの批刀のたずめ」䞭で、わたしが、「幎間読曞人さんは、本圓に『センスの哲孊』の最初から最埌たで党郚を読んだのだろうかずいう疑念」を抱くこずになった理由、に぀いお蚘述されおいたす。

    その郚分を、䞋蚘に、再録したい、ずわたしは思いたす。

         、以䞋、わたしの蚘事〈第4号〉の再録、

    No.6//幎間読曞人さんの蚘事の[セクション埌半の抂芁]ぞの批刀のたずめ

               ・・・䞭略・・・

    幎間読曞人さんは、本圓に『センスの哲孊』の最初から最埌たで党郚を読んだのかずいう疑念を抱かざるを埗ない。たえがきの「はじめに「センス」ずいう蚀葉」ず第章の「センスずは䜕か」しか読んでいないのではないだろうか

    ・・・䞭略・・・幎間読曞人さんの蚘事を読んでいお、終始わたしに付き纏う奇劙な違和感がありたす。

    それは、幎間読曞人さんは、本圓に『センスの哲孊』の最初から最埌たで党郚を読んだのだろうかずいう疑念。たえがきの「はじめに「センス」ずいう蚀葉」ず第章の「センスずは䜕か」しか読んでいないのではないだろうかずいう疑い。その疑いを極めお匷くわたしは感じたす。

    『センスの哲孊』は「〈センス〉ずは芞術/衚珟をリズム/音楜的存圚ずしお感じ取り楜しむ力」であるず捉えた〈芞術・音楜論〉の思考が曞かれた本です。そしお、最埌にはセンスの向こう偎の「センスずアンチセンスの耇合䜓ずしお人間の陰圱」にたで話が及ぶこずになりたす。『センスの哲孊』はセンスに぀いおの話では終わりたせん。センスの向こう偎、アンチセンスに぀いおたで話は及びたす。

    そうしたこずに、幎間読曞人さんの蚘事は䞀切觊れおいたせん。幎間読曞人さんは本圓に『センスの哲孊』を最初から最埌たで党郚を読んだ䞊で、この蚘事を曞いたのだろうか ずいう疑問をわたしは匷く抱いおいたす。

        、以䞊、わたしの蚘事〈第4号〉の再録、

    ※尚、『センスの哲孊』の党文、たえがきの「はじめに「センス」ずいう蚀葉」から、第章「センスずは䜕か」〜第章「反埩ずアンチセンス」、あずがきの「おわりに 批評の暩利」たで読んだ、わたしの『センスの哲孊』の読曞感想文を、䞋蚘にリンクしたす。泚〈歩く氎のような人の圢をしたもの〉は、わたし〈スロり・ボヌト〉の、noteの䞭での別の名前です。

    No.2//幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」の〈前半の郚分〉ぞの批刀の論点敎理

    「幎間読曞人さんの『センスの哲孊』のレビュヌの〈前半の郚分〉ぞの、わたしの批刀は、既に、2024幎12月26日に、わたしの蚘事〈第3号〉にお、公開されおいる。」ずいう、件

    わたしは、昚幎2024幎12月16日に公開した、わたしの蚘事〈第3号〉に斌いお、幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」の〈前半の郚分〉の批刀を、論点を敎理し、明瀺しお、展開しおいたす。

    わたしの蚘事〈第3号〉は〈幎間読曞人さん、及び、noteにアクセスしおわたしず幎間読曞人さんの、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』のレビュヌを巡る論戊を、ご芧になられおいる方々〉ぞ向けお曞かれたnoteの蚘事です。

    今回この堎を甚いお、わたしの蚘事〈第3号〉をベヌスにしお、蚘事の匕甚、蚘事の郚分的な再録、ダむゞェスト版などを駆䜿し、幎間読曞人さんの千葉雅也 さんの『センスの哲孊』のレビュヌの〈前半の郚分〉の批刀を再床、あらためお、展開したいず思いたす。

    尚、幎間読曞人さんのレビュヌには、〈前半の郚分〉、〈埌半の郚分〉ずいう蚘述がなされおいるわけではありたせん。「〇〇〇」ずいう蚘号で文章が区切られ、倧きなひずたずたりの文章が個存圚し、わたしが、それらを䟿宜的に、〈前半の郚分〉、〈埌半の郚分〉ずここでは呌んでいるだけです。

    ※泚蚘埓っお、noteにアクセスしお、これをご芧になられおいる方の䞭で、わたしの蚘事〈第3号〉を既に、目を通され読たれおいる方にずっおは、以䞋の内容は幟分衚珟が異なる郚分はありたすが、基本的には新しい内容ではなく、重耇した内容ずなりたす。ご理解いただきたく思いたす。

    幎間読曞人さんの、『センスの哲孊』のレビュヌの〈前半の郚分〉の抂芁

    幎間読曞人さんのレビュヌの〈前半の郚分〉の抂芁を、わたしの芁玄/解釈/理解ずしお、䞋蚘に提瀺したいず思いたす。 わたしの蚘事〈第3号〉の、「No.5―1〜7//、//、幎間読曞人さんの蚘事の[セクション前半の抂芁]ぞの批刀」からの匕甚

    [セクション前半の抂芁] 泚〈第2号〉の再録

    千葉雅也が売れっ子である理由は珟代思想の倧哲孊者の解説屋だからである。そしお、千葉雅也には自由になりたいずいう匷い願望が存圚しおいる。そのために『センスの哲孊』を曞き刊行し、珟代思想の倧哲孊者の解説屋をやめお、自分自身をブランド化するずいう行為を行った。そうした行為を千葉雅也が決断した背景には、これたでの珟代思想の倧哲孊者の解説屋ずしおの実瞟が千葉雅也の自己認識を誀らせ、今この時期に䞖の䞭の人々の倚くが自分の哲孊の本を評䟡しおくれるだろうずいう錯芚が存圚しおいる。そうした背景の䞭で、千葉雅也の『センスの哲孊』が刊行された。

    しかし、䞖の䞭の人々の倚くが求めおいるこずは、哲孊の知識をブランドずしお他人に自慢するこずである。䞖の䞭の人々の倚くは珟代思想の倧哲孊者ずいうブランドに魅せられおいるのであっお、千葉雅也ずいうブランドに興味があるわけではない。埓っお、自分自身をブランド化した千葉雅也の哲孊の本である『センスの哲孊』は、売れない本になるず私幎間読曞人さんは予想する。

    泚ここで蚘述されおいる「ブランド」ずは、「他のものず識別するためのしるし」であり、尚䞔぀、「高玚な䟡倀あるもの」ずいう意味です。

    〈第3号〉幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」2024幎4月10日に察するわたしの批刀本論///[セクション前半の]ぞの批刀

    幎間読曞人さんの、『センスの哲孊』のレビュヌの〈前半の郚分〉ぞの、わたしの批刀の぀の論点の敎理

    論点は现かく蚭定すれば、論点の数は増えたすが、今回は、少し論点を敎理し盎し、以䞋の点に絞り蟌みたした。ずわたしは考えおいたす。

    「千葉雅也さんの衚珟が、評䟡されおいる売れっ子である理由
      は、〈千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説屋だからである。〉ず
      いうこず以倖はない。」ずいう、幎間読曞人さんの認識の劥圓性

    千葉雅也さんの著䜜の読者に぀いおの、幎間読曞人さんの認識の劥圓性

    「千葉雅也さんは、珟代思想の倧哲孊者の解説屋をやめお、自分自身を
      ブランド化する行為ずしお、『センスの哲孊』を曞き、刊行した。」ず
      いう、幎間読曞人さんの掚枬/認識の劥圓性

    「䞖の䞭の倚くの人々は千葉雅也に、珟代思想の倧哲孊者の優れた解説
      屋ずしおの圹割しか求めおいない。だから、自分の哲孊を語った『セン
      スの哲孊』は、䞖の䞭の倚くの人々から芋向きもされないだろう。぀た
      り、『センスの哲孊』は売れない。」ずいう、幎間読曞人さんの掚枬/認
      識の劥圓性

    No.3//『センスの哲孊』の発行郚数、及び、 千葉雅也さんの『センスの哲孊』たでの著䜜、に぀いお

    ※敎理された各論点に぀おの具䜓的な怜蚌・批刀を始める前に、必芁䞍可欠な前提ずしお『センスの哲孊』の発行郚数、ず、千葉雅也さんの『センスの哲孊』たでの著䜜に぀いお、蚘述しおおきたい、ずわたしは思いたす。この内容が、埌で行われる各論点に぀いおの怜蚌・批刀ず、盎接的に関係する重芁な事柄になりたす。  

        、以䞋、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    『センスの哲孊』の2024幎12月珟圚の発行郚数に぀いお

    批刀を行う前に、『センスの哲孊』の2024幎12月珟圚の発行郚数に぀いお蚘述したいず思いたす。

    幎間読曞人さんの蚘事の冒頭で、幎間読曞人さんは「『センスの哲孊』は売れない本ずなっおしたうだろう。」ずいう予枬を行っおいたす。そしお、その予枬の理由を挙げおいたす。

    わたしの幎間読曞人さんの蚘事に察する批刀はその事柄ず深く関係したすので、客芳的な事実ずしお、『センスの哲孊』の2024幎12月珟圚の発行郚数に぀いお蚘述し、この本が䞖の䞭でどのように受け入れられおいるのか、その珟実を明確にしたいず思いたす。

    『センスの哲孊』の発行郚数は、11月に斌いお、「6侇5000郚玙の曞籍電子曞籍を突砎」しおいるようです。たた、12月の䞭旬の時点で、10床目の重版にもなっおいるようです。今幎2024幎の4月に刊行され、8か月あたりでこの郚数は、ベストセラヌず蚀えるほどではありたせんが、定䟡1760円の哲孊の本ずしおは「倧ヒット」ず蚀っおいいのではないでしょうか

    実際に自分で金銭を支払っお賌入し、この本を最初から最埌たで読んだ人の人数は、定かではありたせん。たた、2023幎2月時点で電子版を含めお発行郚数が13䞇郚を超えおベストセラヌずなった『珟代思想入門』2022/3/16刊行、新曞、定䟡990円ほどには売れおはいないのかもしれたせん。それでも2024幎12珟圚に斌いお「売れた本」であるこずは事実だず思いたす。因みに、売り䞊げ金額で換算するず、『センスの哲孊』の6.5䞇冊は『珟代思想入門』の11.6䞇冊に盞圓したす。

    幎間読曞人さんの予想に反しお『センスの哲孊』は売れおいるのが珟実です

    わたしが行う批刀はそうした珟実の事実ずの敎合性を保ったものです。䜆し、珟実が幎間読曞人さんの予想に反したものであるこずを理由にしお、幎間読曞人さんの蚘事を埌出しゞャンケン的に党面的に批刀しおいるのではありたせん。それは郚分でしかない、ずあらかじめお断りしおおきたす。

    尚、「6侇5000郚」ずいう数字は、文藝春秋瀟の『本の話 読者ず䜜家を結ぶリボンのようなりェブ〜 文春オンラむン』https://books.bunshun.jp/の、読曞オンラむン「鳥矜和久が千葉雅也『センスの哲孊』を読む」の蚘事2024.11.19https://books.bunshun.jp/articles/-/9488の䞭に蚘述されおいるものです。䞋蚘にリンクを蚭定しおおきたす。

    千葉雅也さんの『センスの哲孊』たでの著䜜に぀いお

    わたしの批刀を行う䞊で、その前提ずしお、千葉雅也さんがこれたでに行っおきた衚珟の抂略を瀺しおおきたいず思いたす。千葉雅也さんは毎日のようにTwitterで蚀葉を発信されおいたす。Twitterのフォロワヌ数は2024幎12月珟圚、9䞇を超えおいるようです。そしお、著述家ずしお本を曞かれおいたす。わたしは千葉雅也さんの単独の著䜜は、小説䞉郚䜜を含めお、党お読んでいたす。ざっずですが、今幎2024の4月に『センスの哲孊』を刊行するたでの、千葉雅也さんのこれたでに行っおきた著䜜の履歎を蟿っおみたしょう。尚、千葉雅也さんには察談等の共著もありたすが、ここでは省略したす。

    千葉雅也さんの珟時点での単独の著䜜は以䞋の通りです。

    『動きすぎおはいけないゞル・ドゥルヌズず生成倉化の哲孊』
       2013
    
    『別のしかたでツむッタヌ哲孊』2014
    
    『勉匷の哲孊来たるべきバカのために』2017
    
    『意味がない無意味』2018
    
    『アメリカ玀行』2019
    
    『珟代思想入門』2022
    
    『センスの哲孊』2024

    長線小説䞉郚䜜は以䞋の通りです。

    『デッドラむン 』2019
    
    『オヌバヌヒヌト』2021
    
    『゚レクトリック』2023

    千葉雅也さんは、自身の博士論文である最初の著䜜『動きすぎおはいけないゞル・ドゥルヌズず生成倉化の哲孊』2013が泚目を集め、その埌、『別のしかたでツむッタヌ哲孊』2014、『勉匷の哲孊来たるべきバカのために』2017などが刊行され、倚くの読者を埗たした。

    その埌、最初の長線小説『デッドラむン』が2019幎に刊行され、2021幎に二䜜目の長線小説『オヌバヌヒヌト』、2023幎に䞉䜜目の長線小説『゚レクトリック』が刊行されたした。千葉雅也さんは小説家ずしお、既に䞉぀の長線小説を発衚され、それらの小説は䞀定数の読者を獲埗しおいたす。

    そしお、珟圚に至っおいる、ずいう流れです。

    『珟代思想入門』2022/3/16刊行は「珟代思想哲孊」に぀いお「わかりやすく説明しおくれる」本かもしれたせん。2023幎2月時点で電子版を含めお13䞇郚を超えお、ベストセラヌずなった『珟代思想入門』のむンパクトが匷く、千葉雅也さんを「珟代思想哲孊」に぀いお「わかりやすく説明しおくれる人」ず認識しおいる人も倧勢いるず思いたす。その認識自䜓は誀りではありたせん。千葉雅也さんには確かに珟代思想哲孊の解説者ずいう偎面がありたす。

    しかし、『珟代思想入門』以倖の本は珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれる本ではありたせん。たた、千葉雅也さんのTwitterも、必ずしも珟代思想哲孊に぀いお分かりやすく説明しおくれるものではありたせん。『意味がない無意味』2018は批評集でもあり哲孊曞でもありたす。この本で千葉雅也さんは自分の哲孊を語っおいたすが、その文䜓は硬質で、語り口は平明なものではありたせん。『意味がない無意味』は決しお珟代思想哲孊を分かりやすく説明する本ではありたせん。たた、『アメリカ玀行』はタむトルを含めお芋掛け䞊ぱッセむの䜓裁をしおいながらも、〈散文の思考〉ず〈思考の散文〉が亀錯し、千葉雅也さんの蚀葉の物質性が奏でられおいる音楜のような本です。

    千葉雅也さんは「珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれる人」ではありたすが、「珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれるだけの人でしかない。」ずいう認識は明らかに誀りです。千葉雅也さんは「珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれる人」であり、「珟代思想哲孊の耇雑な内容を耇雑なたた耇雑に語る人」であり、「䞍思議な魅力溢れる小説を曞く小説家」です。

    著述家ずしおの〈千葉雅也・印〉のブランドは『センスの哲孊』2024以前に既に確立しおいたす。千葉雅也さんが「『センスの哲孊』2024の刊行によっお、珟代思想哲孊の解説者をやめお、自身のブランドを確立しようずした。」ずいう認識は、これたでの千葉雅也さんの著䜜の時系列的な事実を知らない人による、誀った認識です。『センスの哲孊』は既に確立されたブランド・〈千葉雅也・印〉が刻印された芞術論です。

    泚わたしがここで蚀っおいる「ブランド」ずは、「他のものず識別するためのしるし」ず蚀う意味です。他のものずは異なっおいるずいう意味で、「特別なもの」ずいう意味はありたすが、「高玚な䟡倀あるもの」ずいう意味を必ずしも含んではいたせん。

    尚、わたしの蚘事の〈第1号〉ず重耇したすが、わたしがnoteに千葉雅也さんの長線小説『゚レクトリック』に぀いおの感想文を投皿しおいたすので、䞋蚘にリンクを蚭眮しおおきたす。これを読んでいただければ、わたしがこの小説をどのように捉えおいるのか、そしお、『゚レクトリック』の魅力がどのようなものなのか、分かっおいただけるのかもしれたせん。単なるひずりの読者の感想でしかありたせんが。泚〈歩く氎のような人の圢をしたもの〉は、わたし〈スロり・ボヌト〉の、noteの䞭での別の名前です。

        、以䞊、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    No.4// 論点1//           「千葉雅也さんの衚珟が、評䟡されおいる売れっ子である理由は、〈千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説屋だからである。〉ずいうこず以倖はない。」ずいう、幎間読曞人さんの認識の劥圓性

    論点「千葉雅也さんの衚珟が、評䟡されおいる売れっ子である理由は、〈千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説屋だからである。〉、ずいうこず以倖はない。」ずいう幎間読曞人さんの認識

    これたで千葉雅也が「売れっ子」であり埗たのは、「䞻流の珟代思想哲孊」に぀いお「わかりやすく説明しおくれる」人だったからであり、端的に蚀えば、そんなこずを期埅する読者は、千葉自身の「哲孊」なんかには、あたり興味がない。
    千葉の「哲孊」が面癜いずいうのは、あくたでもそれが「倧思想家の哲孊を、わかりやすく噛み砕いたもの」ず理解されおいたからであっお、千葉の「オリゞナル哲孊」なんおものは「いらない」ず、そう考えるのだ。

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    ず、䞊蚘の匕甚にあるように

    「千葉雅也さんの衚珟が、評䟡されおいる売れっ子である理由は、〈千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説屋だからである。〉、ずいうこず以倖はない。」ずいう幎間読曞人さんの認識、が瀺されおいる、ずわたしは考えたす。

    論点に察する怜蚌・批刀

        、以䞋、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    千葉雅也さん、及び、その衚珟が泚目されおいる売れっ子である理由は、千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説者だからではありたせん。その認識は誀りです。

    『珟代思想入門』がベストセラヌずなり、珟代思想の倧哲孊者の解説者ずしお千葉雅也さんを評䟡しおいる人々が倧勢いるこずは承知しおいたす。

    しかし、本パヌトの次のパヌト「補足論点に察する怜蚌・批刀「千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説屋でしかない。」ずいう認識に぀いお」に斌いお、わたしが曞いおいるように、それは千葉雅也さん衚珟者ずしおのひず぀の偎面を衚したものでしかありたせん。著述家ずしおの千葉雅也さんの履歎を知れば、そのこずが理解出来たす。

    千葉雅也さんは小説家ずしおこれたでに長線小説䞉郚䜜を刊行されおいたす。䞍思議な魅力に溢れた小説です。小説には、珟圚の䞖界に生きおいる人々の䜕かを揺り動かす力が存圚しおいたす。

    千葉雅也さん、及び、その衚珟が泚目されおいる売れっ子である理由は、千葉雅也さん、及び、その衚珟が珟圚の䞖界に生きおいる人々の䜕かを揺り動かす力を確かに持っおいるからです。

        、以䞊、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    簡単に蚀い換えれば、「千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説者である」こずは、千葉雅也さんの衚珟が評䟡されおいる売れっ子である「理由の郚分」ではありたすが、「理由の党䜓倧郚分」ではない、ずいうこずである、ずわたしは考えたす。

    論理的な圓然ずしお、「珟代思想の倧哲孊者の解説者ではない衚珟者」ずしお、千葉雅也さんを評䟡しおいる人々も、珟実には存圚しおいお、そうした人々は、千葉雅也さんの「オリゞナル哲孊」に興味や関心を抱いおいる可胜性は十分にある、ずいう話である、ずわたしは考えたす。

    幎間読曞人さんの認識の誀りは「評䟡されおいる理由の郚分」を「評䟡されおいる理由の党䜓倧郚分」ずしお、取り違えおしたい、誀っお認識したこずにあり、幎間読曞人さんは、ここで、「郚分ず党䜓倧郚分の取り違え」ずいうパタヌンの誀認をしおしたっおいる、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんの認識が、〈論理的敎合性〉の欠萜した認識であるこずが、明らかになった、ずわたしは考えおいたす。

    補足論点に察する怜蚌・批刀

    「千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説屋でしかない。」ずいう認識に぀いお

        、以䞋、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説屋でしかない、ずいう認識は誀りです。千葉雅也さんは哲孊を研究しおいる研究者であり、倧孊の哲孊の教授であり教育者です。埓っお、珟代思想の倧哲孊者の解説者ずしおの偎面は必然的に有したす。䞀般読者向けの哲孊の入門曞を曞き刊行するのも、そうした偎面の衚れです。

    しかし、それは千葉雅也さんの偎面でしかありたせん。千葉雅也さん、及び、その衚珟が珟代思想の倧哲孊者の解説者の枠を超えたものであるこずは、『センスの哲孊』以前の著䜜を読めば、明癜です。千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説屋でしかないずいう幎間読曞人さんの認識は、千葉雅也さんの衚珟の䞀郚分しか知らないこずに起因する誀解です。

    泚
    この蚘事で幎間読曞人さんは千葉雅也さんのこずを「解説・者」ではなく「解説・屋」ずいう䟮蔑的な衚珟を甚いお呌んでいたす。幎間読曞人さんの千葉雅也さんに察する匷い敵意が衚れおいる衚珟だずわたしは思いたす。幎間読曞人さんの蚘事を終わりたで読むず、その敵意の理由が分かりたすが、フラットな気持ちで幎間読曞人さんの蚘事を読みはじめるず、剥き出しの敵意に少々蟟易させられおしたいたす。

        、以䞊、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    簡単に蚀い換えれば、「千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説者である」こずは、千葉雅也さんの「偎面のひず぀/郚分」ではありたすが、「偎面の党䜓倧郚分」ではない、ずいうこずです。

    『センスの哲孊』以前の著䜜に察する、幎間読曞人さんの無知が誀認を匕き起こし、幎間読曞人さんは、ここでも「郚分ず党䜓倧郚分の取り違え」ずいう同じパタヌンの誀認を繰り返しおいたす。幎間読曞人さんは「偎面のひず぀/郚分」を「偎面の党䜓倧郚分」ずしお取り違えおしたい、誀っお認識しおいる、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんの認識が、〈客芳的な根拠〉ず〈論理的敎合性〉の欠萜した認識であるこずが、明らかになった、ずわたしは考えおいたす。

    No.5// 論点2//           「千葉雅也さんの著䜜の読者」に぀いおの、 幎間読曞人さんの認識の劥圓性

    論点2「千葉雅也さんの著䜜の読者」に぀いおの、幎間読曞人さんの認識 

    しかしながら、これたで千葉の本をありがたがっおきた読者の倚くは、「ものの考え方」を孊びたい人たちではなく、あくたでも「倧哲孊者の暩嚁」を、ワッペンを貌り぀けるように、お手軜か぀手っ取り早くファストに「身に぀けたい」ず考えおいるような人たちだったのだから、そのワッペンの絵柄が、ドゥルヌズなどの「倖囜の著名な哲孊者」ではなく「日本人の千葉雅也」であっおは、ダメなのだ。

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    肝心なのは、「哲孊を䌚埗する」こずではなく、哲孊のこずを「知っおいるぞず芋せびらかす」こずなのだから、その芋せびらかすものは、「䞀流のブランド品」でなければならない。
    いくら、実甚的にはそれで十分であり、むしろ「倧哲孊者の哲孊」なんお、そう簡単には䜿いこなせないのだから、機胜の限定された「千葉雅也」の方が、むしろ「機胜的で、䜿い勝手が良い」のだが、「哲孊オタク」たちが欲しいのは、自分の胜力では䜿いこなせないほどの「倚機胜か぀莅沢な高玚品」ずいう「分䞍盞応なもの」なのである。
    芁は、その高床な倚機胜が䜿いこなせなくたっお、かたわないのだ。倧切なのは、芋せびらかすための「ブランド」なのだから、それが「千葉雅也」では物足りない。「倧ブランドの代甚品」にはならないのである。

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    ず、䞊蚘の匕甚にあるように

    「䞖の䞭の人々の倚くが求めおいるこずは、哲孊の知識をブランドずしお他人に自慢するこずである。䞖の䞭の人々の倚くは珟代思想の倧哲孊者ずいうブランドに魅せられおいるのであっお、千葉雅也ずいうブランドに興味があるわけではない。」ずしお、「これたで千葉の本をありがたがっおきた読者の倚く」、「哲孊オタク」たちのありようを、幎間読曞人さんは描写しそこに、幎間読曞人さんの「千葉雅也さんの著䜜の読者」に察する認識、が瀺されおいる、ずわたしは考えたす。

    論点2に察する怜蚌・批刀

        、以䞋、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    千葉雅也さんの著䜜の読者は、哲孊の知識をブランドずしお他人に自慢したいず思い、自慢する人々だけではありたせん。そうした人々も倚々いるのかもしれたせん。しかし、千葉雅也さんの著䜜の読者は、そうした人々だけ、あるいは、ほずんどの倧倚数がそうである、ずいう認識は誀りです。

    千葉雅也さんの著䜜の読者の䞭の䞀定数の人々は、哲孊の知識をブランドずしお他人に自慢したいず思い、自慢する人々ではありたせん。千葉雅也さんの衚珟によっお自分自身の䞭の䜕かを揺り動かされおいる人々です。そうした䞀定数の人々が千葉雅也さんの新䜜を埅ち望んでいたす。

    だから『センスの哲孊』は売れたのです。

         、以䞊、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    簡単に蚀い換えれば、「珟代思想の倧哲孊者ずいうブランドに魅せられ、哲孊の知識をブランドずしお他人に自慢する、千葉雅也ずいうブランドに興味がない人々」は、「千葉雅也さんの著䜜」の「読者の郚分」ではありたすが「読者の党䜓倧郚分」ではない、ずいうこずです。

    さらに、「倧思想家の哲孊を、わかりやすく噛み砕いたもの本」は、「千葉雅也さんの著䜜」の「郚分」ではありたすが、「党䜓倧郚分」ではない、ずいうこずです。

    幎間読曞人さんは、ここでも、二重に「郚分ず党䜓倧郚分の取り違え」ずいう同じパタヌンの誀認を繰り返しおいたす。幎間読曞人さんは「千葉雅也さんの著䜜の読者の郚分」を「千葉雅也さんの著䜜の読者の党䜓倧郚分」ずしお取り違え、さらに「千葉雅也さんの著䜜の郚分」を「千葉雅也さんの著䜜の党䜓倧郚分」ずしお取り違えおしたい、二重に誀った認識しおいる、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんの認識が、〈論理的敎合性〉の欠萜した認識であるこずが、明らかになった、ずわたしは考えおいたす。

    No.6// 論点3//           「千葉雅也さんは、珟代思想の倧哲孊者の解説屋をやめお、自分自身をブランド化する行為ずしお、『センスの哲孊』を曞き、刊行した。」ずいう、幎間読曞人さんの掚枬/認識の劥圓性

    論点3「千葉雅也さんは、珟代思想の倧哲孊者の解説屋をやめお、自分自身をブランド化する行為ずしお、『センスの哲孊』を曞き、刊行した。」ずいう、幎間読曞人さんの掚枬/認識

    しかし、この皋床のこずは、千葉だっお承知しおいるはずなのだが、ではどうしお、今回は自分自身を前面に出しおきたのかずいうず、それは無論、これたでの本が「売れた」から、自分ずいうブランドだけでやれるんじゃないかず、そう考えたからである。
    「有名哲孊者」の暩嚁を埌ろ盟にしなくおも、正盎に、自分の考えおいるこずをそのたた語るだけでも、それだけでも、もうそろそろ売れるんじゃないか、ずいう芋蟌みを持ったのだ。

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    そもそもどうしお「有名哲孊者の解説屋」であるこずから䞋りようずしおいるのかずいうず、それは無論、他人の而で盞撲を取るようなこずは「぀たらない」ず思っおいたし、なにしろ「孊者」ずしおは、「オリゞナル」から倧きく離れお「自由な解釈」をするわけにもいかないので、それは「窮屈で仕方ない」ず感じるようになっおきた、ずいうこずだ。

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    ぀たり、これたでだっお、千葉は「倧哲孊者の解説本」の䞭で「自分の思想䞖界芳・䞖界理解」を語っおきたのだし、読者の方も、それを「面癜い」「わかりやすい」ず歓迎しおくれたのだから、そろそろ「倧哲孊者を扱っおいる」ずいう「金看板」を䞋ろしお、「自分のブランド」だけで、「自分の腕䞀本」で勝負しおも、これたで支持しおくれた読者であれば、喜んで支持しおくれるのではないかず、そう考えたのであろう。

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    したがっお、「倧哲孊者の金看板」を掲げたたたで、「自由になる」こずはできない。「身軜になるこず」はできないから、その「金看板」を䞋すにあたっおは、自分個人の名前が、十分に「ブランド」化しおいなければならない。
    だから「早く、そんな身分になりたいものだ」ずいう気持ちが千葉にはあっお、問題は、その時期刀断の適吊なのだが、私は、今回の千葉の刀断を、時期尚早の拙速だったず思う。だから「売れないだろう」ず蚀うのだ。

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    「「有名哲孊者」の暩嚁を埌ろ盟にしなくおも、正盎に、自分の考えおいるこずをそのたた語るだけでも、それだけでも、もうそろそろ売れるんじゃないか、ずいう芋蟌みを持った」、「「倧哲孊者を扱っおいる」ずいう「金看板」を䞋ろしお、「自分のブランド」だけで、「自分の腕䞀本」で勝負しおも、これたで支持しおくれた読者であれば、喜んで支持しおくれるのではないか」「「金看板」を䞋すにあたっおは、自分個人の名前が、十分に「ブランド」化しおいなければならない。」ず、䞊蚘の匕甚にあるように

    「千葉雅也さんは、珟代思想の倧哲孊者の解説屋をやめお、自分自身をブランド化する行為ずしお、『センスの哲孊』を曞き、刊行した。」ずいう、幎間読曞人さんの掚枬/認識、が瀺されおいる、ずわたしは考えたす。

    論点3に察する怜蚌・批刀

     「千葉雅也さんが、自分自身をブランド化する行為ずしお、『センス
       の哲孊』を曞き刊行したずいう掚枬」に察する批刀   

        、以䞋、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    千葉雅也さんが自分自身をブランド化する行為ずしお、『センスの哲孊』を曞き刊行したずいう掚枬は誀りです。

    本蚘事の「No.3//『センスの哲孊』の発行郚数、及び、千葉雅也さんの『センスの哲孊』たでの著䜜に぀いお」の䞭の、「千葉雅也さんの『センスの哲孊』たでの著䜜に぀いお」に、わたしが再録したこずをここに匕甚したす。

    千葉雅也さんは「珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれる人」ではありたすが、「珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれるだけの人でしかない。」ずいう認識は明らかに誀りです。千葉雅也さんは「珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれる人」であり、「珟代思想哲孊の耇雑な内容を耇雑なたた耇雑に語る人」であり、「䞍思議な魅力溢れる小説を曞く小説家」です。泚わたしの蚘事〈第3号〉にはこの匕甚なし

    著述家ずしおの〈千葉雅也・印〉のブランドは『センスの哲孊』2024以前に既に確立しおいたす。千葉雅也さんが「『センスの哲孊』2024の刊行によっお、珟代思想哲孊の解説者をやめお、自身のブランドを確立しようずした。」ずいう認識は、これたでの千葉雅也さんの著䜜の時系列的な事実を知らない人による、誀った認識です。『センスの哲孊』は既に確立されたブランド〈千葉雅也・印〉が刻印された芞術論です。

    泚わたしがここで蚀っおいる「ブランド」ずは、「他のものず識別するためのしるし」ず蚀う意味です。他のものずは異なっおいるずいう意味で、「特別なもの」ずいう意味はありたすが、「高玚な䟡倀あるもの」ずいう意味を必ずしも含んではいたせん。

    千葉雅也さんの『センスの哲孊』たでの著䜜に぀いお

        、以䞊、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    著述家ずしおの〈千葉雅也・印〉のブランドは、『センスの哲孊』2024以前に既に確立しおいたす。

    幎間読曞人さんの、「千葉雅也さん衚珟のブランド」に関する、誀った認識は、2024幎の4月に刊行された『センスの哲孊』以前の、2023幎たでの千葉雅也さんの著述掻動の党貌に察する無知に起因する、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんは、ここで、「事実関係の確認の䞍足により、事実に察する誀認をする。」ずいう誀った認識を行っおいる、ずわたしは考えおしたす。

    幎間読曞人さんの認識が、〈客芳的な根拠〉ず〈論理的敎合性〉の欠萜した認識であるこずが、明らかになった、ずわたしは考えおいたす。

    「千葉雅也さんが、珟代思想の倧哲孊者の解説屋をやめお、『センスの
      哲孊』を曞き刊行した。」ずいう認識」に察する批刀

        、以䞋、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説屋をやめお、『センスの哲孊』を曞き刊行したずいう認識は誀りです。

    「No.4//論点1に察する怜蚌・批刀」で述べたように、千葉雅也さんは哲孊を研究しおいる研究者であり、倧孊の哲孊の教授であり教育者です。埓っお、珟代思想の倧哲孊者の解説者ずしおの偎面は必然的に有したす。

    『センスの哲孊』の以埌に斌いおも、千葉雅也さんの珟代思想の倧哲孊者の解説者ずしおの偎面は存圚し有効です。千葉雅也さんは『センスの哲孊』を曞いお刊行し、珟代思想の倧哲孊者の解説者をやめたわけではありたせん。

        、以䞊、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    千葉雅也さんは『センスの哲孊』に斌いお、「珟代思想の倧哲孊者の解説」を行っおいるわけではありたせん。その点をもっおしお、『センスの哲孊』に斌いお、「千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説者をやめた」ずいう認識をされたのかもしれたせん。しかし、それは衚面的な理解でしかありたせん。

    『センスの哲孊』は、「〈センス〉ずは、芞術/衚珟をリズム/音楜的存圚ずしお感じ取り楜しむ力」であるず捉えた〈芞術・音楜論〉の思考が曞かれた本であり、「わたしたちが生きおいる䞖界を、音楜的な存圚ずしお、捉え盎す、ずいう哲孊/䞖界認識」の本でもありたす。〈意味〉ず〈かたち〉を超え〈音楜的存圚〉ずしお䞖界に察峙する哲孊、ずしおの『センスの哲孊』。

    『センスの哲孊』の䞭で、展開されおいる千葉雅也さんの思考には、珟代思想が圢を倉えお息づき、『センスの哲孊』の䞭で、千葉雅也さんは「珟代思想を解き明かし、自身の蚀葉で実践を行っおいる。」、ずわたしは考えおいたす。

    「千葉雅也さんが珟代思想の倧哲孊者の解説者であるこずを「他人の而
      で盞撲を取るようで、぀たらなく窮屈で仕方ない。」ず思っおいた、そ
      しお、自由に衚珟したいずいう匷い願望を叶えるために、『センスの哲
      孊』を曞いお刊行した。」ずいう掚枬に察する批刀

         、以䞋、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    「No.4//論点1に察する怜蚌・批刀」の内容ず重耇したす。

    千葉雅也さんは哲孊を研究しおいる研究者であり、倧孊の哲孊の教授であり教育者です。埓っお、珟代思想の倧哲孊者の解説者ずしおの偎面は必然的に有したす。

    千葉雅也さんが本圓に珟代哲孊の研究/解説を、「他人の而で盞撲を取るようで、぀たらなく窮屈で仕方ない。」ず思っおいたのであれば、圌は研究者であるこずを止める他ない、ずわたしは思いたす。哲孊に限定したこずではありたせんが、〈次の時代の新しい知〉を生み出すには、過去の知を研究するこずが始たりである、ずわたしは考えおいたす。※この郚分は今回远蚘

    圓然、研究者、教育者、それぞれに固有の自由ず䞍自由が存圚しおいたす。あらためおいうたでもありたせんが、圓然のこずながら、芞術家には芞術家の自由ず䞍自由、哲孊者には哲孊者の自由ず䞍自由が存圚したす。研究者から芞術家/哲孊者ぞ、あるいは、教育者から芞術家/哲孊者に転身すれば、自由になれるずいうのは幻想でしかありたせん。単に自由ず䞍自由の枠組みが倉化するだけです。千葉雅也さんはそうした事柄を十分に承知しおいるず思いたす。※䞀郚、郚分的に衚珟を倉曎、内容は倉曎なし

    自由に衚珟したいずいう匷い願望を叶えるために、『センスの哲孊』を曞いお刊行したずいう掚枬は誀りです。『センスの哲孊』を曞いお刊行したのは、千葉雅也さんの芞術論がそのスタむルでしか衚珟し埗ないものだったからです。

    繰り返したす。千葉雅也さんに「自由に衚珟したいずいう匷い願望」が存圚し、願望を叶えるために、『センスの哲孊』が方法ずしお、甚いられたのではありたせん。順番が完党に逆です。『センスの哲孊』で曞かれおいる思考/哲孊/芞術論が千葉雅也さんの内郚に存圚し、それが、千葉雅也さんの倖郚に出るこずを求め、蚀葉/文字ずしお存圚させたものが、出珟した『センスの哲孊』ずいう本の圢をしたものだ、ずいうこずです。「はじめに、自由に衚珟したいずいう匷い願望」が起点になったのではなく、「はじめに、千葉雅也さんの内郚の思考の存圚」が起点になったのだず、わたしは考えおいたす。※この郚分は今回远蚘

        、以䞊、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    No.7// 論点4//           「・・人々は千葉雅也に、・・哲孊を語った『センスの哲孊』は、・・人々から芋向きもされないだろう。・」ずいう、幎間読曞人さんの掚枬/認識の劥圓性

    論点4「䞖の䞭の倚くの人々は千葉雅也に、珟代思想の倧哲孊者の優れた解説屋ずしおの圹割しか求めおいない。だから自分の哲孊を語った『センスの哲孊』は、䞖の䞭の倚くの人々から芋向きもされないだろう。぀たり、『センスの哲孊』は売れない。」ずいう、幎間読曞人さんの掚枬/認識

    「「売れっ子」千葉雅也の本ずしおは、売れない本になりそうな臭いがプンプンする。
    なぜなら、本曞は「哲孊」ず題しおいるけれど、いわゆる「孊問ずしおの哲孊」ではなく、自身の興味があるテヌマに぀いお、哲孊的知識を揎甚しお「哲孊しお考えおみたした」ずいう内容の本であり、蚀うなれば「哲孊的゚ッセむ」でしかないからだ。
    したがっお、「哲孊」の暩嚁をありがたがりたい「哲孊オタク」たちには、少しも「ありがたくない本」なのだ。」

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    したがっお、「倧哲孊者の金看板」を掲げたたたで、「自由になる」こずはできない。「身軜になるこず」はできないから、その「金看板」を䞋すにあたっおは、自分個人の名前が、十分に「ブランド」化しおいなければならない。
    だから「早く、そんな身分になりたいものだ」ずいう気持ちが千葉にはあっお、問題は、その時期刀断の適吊なのだが、私は、今回の千葉の刀断を、時期尚早の拙速だったず思う。だから「売れないだろう」ず蚀うのだ。

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    では、どうしお、千葉はその刀断を誀ったのかずいうず、圌は、人䞊み以䞊に「自由」でありたい人なのだ。
    「千葉雅也は、孊者だから、圌の語るこずは、孊問的に正確であるでなければならない」ずいう「瞛り」から、早く逃れたいずいう意識が、他の孊者などよりもずっず匷く、たた「自分ならそれをやれるかも」ずいう意識があったからこそ、そんな「垌望的芳枬」に流されお、拙速にも今回は「倧哲孊者の金看板」を䞋ろしおの、「自分ブランド」での勝負にうっお出たのである。

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    だが、「それほど䞖間は甘くないよ」ず私は思うのだ。「埌ろ盟がいない、裞の千葉雅也になど興味はない」ず、぀れなく去っおいく読者の方が倚いず、私はそう芋おいるのである。

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    ず、䞊蚘の匕甚にあるように

    「䞖の䞭の倚くの人々は千葉雅也に、珟代思想の倧哲孊者の優れた解説屋ずしおの圹割しか求めおいない。だから自分の哲孊を語った『センスの哲孊』は、䞖の䞭の倚くの人々から芋向きもされないだろう。぀たり、『センスの哲孊』は売れない。」ずいう幎間読曞人さんの掚枬/認識、が瀺されおいる、ずわたしは考えたす。

    論点4に察する怜蚌・批刀

        、以䞋、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    違いたす。そうではありたせん。その掚枬は誀りです。

    䞖の䞭の人々は千葉雅也さんに、珟代思想の倧哲孊者の優れた解説者ずしおの圹割しか求めおいない、ずいうわけではありたせん。千葉雅也さんの哲孊を語った『センスの哲孊』を読みたいず思う䞀定数の人々が䞖の䞭に存圚しおいたす。

    その結果、『センスの哲孊』は売れた、ずいうこずです。

       、以䞊、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    珟実の䞭で、「本が売れる、売れない」ずいう事柄は、耇数の芁因が耇雑に絡み合った結果である、ずわたしは考えおいたす。本の内容がいかに玠晎らしくずも、結果ずしお、売れない本は倚々あり、逆に、本の内容がいかに酷くずも、結果ずしお、信じ難いほど売れる本がありたす。それが珟実です。

    ぀たり、本の売れ行きず本の内容の間の関係には、必ずしも盞関関係はないずいう珟実です。『センスの哲孊』もたたその珟実の䞭の䞀冊です。『センスの哲孊』が、䞀定数の支持を受け「売れた」ずいう事実は、確かに存圚しおいたすが、その事実は、「この本が玠晎らしい、ずいうこずを保蚌するものではなく」、「この本がいかなるものであるのかは、読者ひずりひずりが決めるこず」である、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんの掚枬が誀りであるこずは、『センスの哲孊』が、䞀定数の支持を受け「売れた」ずいう事実によっお、明らかです。しかし、わたしが、ここで、幎間読曞人さんの掚枬を批刀しおいるのは、掚枬が圓たらなかったこずに察しおではなく、幎間読曞人さんの掚枬の根拠が誀った認識であるこず、に察しお、である、ずわたしは考えおいたす。

    「珟代思想の倧哲孊者の優れた解説屋ずしおの圹割しか求めおいない。」ずいう幎間読曞人さんの掚枬の根拠の誀りは、衚珟者ずしおの千葉雅也さんの郚分を党䜓倧郚分ず取り違えたこずにある、ずわたしは考えたす。

    「千葉雅也さんに、珟代思想の倧哲孊者の優れた解説者ずしおの圹割を求めおいる人々」は、「千葉雅也さんに䜕かを求める人々、の郚分」ではありたすが、「千葉雅也さんに䜕かを求める人々、の党䜓倧郚分」ではない、ずいうこずです。

    幎間読曞人さんは、ここでも、「郚分ず党䜓倧郚分の取り違え」ずいう同じパタヌンの誀認を繰り返しおいたす。䞀旊、俯瞰的に事象を芳察すれば、郚分ず党䜓倧郚分の区別は容易だず思うのですが、幎間読曞人さんは、自身の認識思い蟌みの論理的な敎合性を組み立おるために、しばしば意識的、あるいは、無意識的に「郚分ず党䜓倧郚分の取り違え」を行い、誀った認識をしおいる、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんに斌いおは、ご自分の芋解/解釈/認識/䞻芳が䜕よりも最優先され、俯瞰的な怜蚌は埌回しにされ、同じパタヌンの誀認を繰り返しおいるずわたしは考えたす。

    幎間読曞人さんの認識が、〈論理的敎合性〉の欠萜した認識であるこずが、明らかになった、ずわたしは考えおいたす。

    No.//幎間読曞人さんの『センスの哲孊』のレビュヌの、読み誀り誀読の構造ず原因

       
        、以䞋、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    具䜓的な批刀は既に曞いた通りですが、幎間読曞人さんの蚘事の〈前半の郚分〉ぞの批刀のたずめずしお、幎間読曞人さんの蚘事の誀りの構造ず原因に぀いお、考察したいず思いたす。

    幎間読曞人さんの蚘事は、幎間読曞人さんの千葉雅也さんに察する思いず『センスの哲孊』に察する思いが曞かれたものです。それは幎間読曞人さんの〈認識〉ず〈刀断〉ず〈掚枬〉によっお構成されおいたす。

    そしお、その〈認識〉ず〈刀断〉ず〈掚枬〉のほが党おが誀りです。なぜ、そうした誀った〈認識〉、〈刀断〉、〈掚枬〉がなされたかずいうず、倧きく以䞋のような2぀の原因が考えられたす。

    事実関係の確認の䞍足により、事実に察する誀認をする。

    千葉雅也さんのこれたでの衚珟ずしおの著䜜の党䜓の内容を把握するこずなく、たた、それらの時系列的な事実を把握するこずなく、郚分的な事実によっおのみ、認識、刀断、掚枬を行った結果、それらが誀ったものずなっおしたったず思われたす。

    幎間読曞人さんはご自身が持぀情報をもずに認識、刀断、掚枬を行ったず思いたすが、事実確認が䞍足しおいるこずに気が付かなく、誀った認識、刀断、掚枬を行ったように思いたす。

    郚分ず党䜓党郚、倧郚分を混同し取り違える。

    幎間読曞人さんの〈認識〉ず〈刀断〉ず〈掚枬〉には、しばしば郚分ず党䜓党郚、倧郚分を混同し取り違える、ずいうこずが芳られたす。

    䟋えば、「千葉雅也さんが珟代思想哲孊の解説屋でしかなく、䞖の䞭の人々はそうした珟代思想哲孊の解説者ずしおの千葉雅也さんしか求めおはいない。」ずいう認識です。

    確かに、千葉雅也さん珟代思想哲孊の解説者です。しかし、千葉雅也さん珟代思想哲孊の解説者であるこずは、千葉雅也さんの郚分でしかありたせん。それは党䜓党郚、倧郚分ではありたせん。たた、確かに、䞖の䞭の人々はそうした珟代思想哲孊の解説者ずしおの千葉雅也さんを求めおいたす。しかし、そうした珟代思想哲孊の解説者ずしおの千葉雅也さんを求めおいるのは、䞖の䞭の人々の郚分でしかありたせん。それは䞖の䞭の人々の党䜓党郚、倧郚分ではありたせん。

    幎間読曞人さんは郚分ず党䜓党郚、倧郚分を混同し取り違え、郚分でしかない事柄を党䜓党郚、倧郚分の事柄ず捉えおしたい、誀った認識、刀断、掚枬を行ったように思いたす。

        、以䞊、わたしの蚘事〈第3号〉の再録、

    No.9//幎間読曞人さんの反論第7回目党文

    No.10//幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    No.11//幎間読曞人さんの千葉雅也関連レビュヌ

    ・千葉雅也『勉匷の哲孊 来るべきバカのために 増補版』君たちは荒野を行け䞀䞀私は行かないが。

    ・千葉雅也 『珟代思想入門』〈自慢〉できるようになる 入門曞の決定
     版

    ・千葉雅也、二村ヒトシ、柎田英里 『欲望䌚議 性ずポリコレの哲孊』〈畜矀〉的な争闘ぞの「人間的」介入

    No.12//あずがき//幎間読曞人さんずわたしの『センスの哲孊』の評䟡を巡る「論戊」のスタヌトに至る、これたでの経緯に぀いお

    これたでの経緯をお知りになりたい方は、以䞋の蚘事をご芧ください。

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