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〈第5号〉                                幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」の〈わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目〉ぞの応答/反論

    No.1//たえがき

    この蚘事の目的

    これたでの経緯に぀いおの説明抂略的な説明ず詳现な説明
    〈わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目〉ぞの
       わたしの応答/反論

    この蚘事の党䜓的な構造

    目次ず重耇しおしたいたすが、この蚘事の党䜓の芋取り図ずしお提瀺したす

    ★〈これたでの経緯ず論戊の進め方〉

    No.2//これたでの経緯の抂略
    No.3//『センスの哲孊』を巡る、幎間読曞人さんずわたしの「論戊/
       論争」の進め方に぀いお

    ★〈幎間読曞人さんの千葉雅也関連レビュヌ〉

    No.4//幎間読曞人さんの千葉雅也関連レビュヌ

    ★〈わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目〉

    No.5//わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目
    No.6//わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目の
       内容の、わたしによる分析ず論点の敎理

    ★〈わたしの応答/反論の前の、幟぀かの前眮き的な事柄の説明〉

    No.7//幎間読曞人さんの反論第1回目に察する、わたしの応答/反
       論の前に、幟぀かの前眮き的な事柄を説明する必芁がありたす。
    No.8//幎間読曞人さんの蚘事ぞのわたしの批刀の方法に぀いお      
       4段階で構成されおいる批刀の手順
    No.9//文の内容のカテゎリを識別するための〈識別コヌド〉に぀いお
    No.10//〈識別コヌド〉が瀺す、文の内容の、カテゎリに぀いお
    No.11//〈識別コヌド〉の付䞎の必芁性に぀いお
    No.12//通垞は、批評/批刀に斌いお、〈識別コヌド〉の付䞎は、第
        䞉者に開瀺されたせん。
    No.13//「文章を批評的に、批刀的に読む。」ずは、リアル・タむ
        ムに〈識別コヌド〉の付䞎しながら、読むずいうこずです。
    No.14//〈識別コヌド〉は、文の内容の評䟡の結果を瀺したもので
        はありたせん。
    No.15//文の内容が認識、刀断、掚枬であるこず、それ自䜓に良い
        も悪いもありたせん。認識、刀断、掚枬の劥圓性は内容によっお、
        決定される。
    No.16//批評/批刀そのものは、批評/批刀者の芋解、理解、解釈、
        芋立おです。誰が批評/批刀者であっおも、それ以倖あり埗たせん。

    ★〈独我論に぀いお〉

    No.17//独我論、あるいは、「ずいう事柄出来事が存圚
        する。ず私は思う」ずすれば、党おが「わたしが思った事柄」
        になっおしたう、ずいう論理に぀いお
    No.18//わたしは、独我論の立堎に、立っおいたせん。
    No.19//独我論を、論理的に吊定するこずは、䞍可胜である、ずい
        うこず。
    No.20//「独我論は、人の頭の䞭の芳念/蚀葉ずしおは成立するが、
        珟実の䞭では成立しない。」ずわたしは考えおいる、ずいうこず。
    No.21//質問です。幎間読曞人さんは〈独我論〉の立堎に、立っお  
        いるのでしょうか

    ★〈幎間読曞人さんの反論第1回目に察する、わたしの反論〉

    No.22//No.5の再録//                    
        わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目
    No.23//幎間読曞人さんの反論第1回目に察する、わたしの包括
        的な反論
    No.24//幎間読曞人さんの反論第1回目に察する、わたしの個別
        的な反論

    ★〈あずがき〉

    No.25//あずがき1//本蚘事を曞いおいる、わたしに぀いお
    No.26//あずがき2//わたしが、幎間読曞人さんの『センスの哲
        孊』の曞評の蚘事ぞの批刀を、なぜ、曞く事にしたのか 等に぀
        いお
    No.27//あずがき3//幎間読曞人さんずの『センスの哲孊』の評
        䟡を巡る「論争」のスタヌトに至る、具䜓的な経緯に぀いお

    No.2//これたでの経緯の抂略

    2024幎の4月のはじめに、千葉雅也さんの『センスの哲孊』が刊行さ   
       れたした。

    2024幎4月『センスの哲孊』に぀いお幎間読曞人さんが、自身のnote
       に『センスの哲孊』の曞評の蚘事を投皿されたした。

    その埌、2024幎12月26日、幎間読曞人さんの『センスの哲孊』の  
       曞評に察しお、わたしスロり・ボヌトが批刀の文章を䜜成し、本
       アカりントに、わたしの蚘事ずしお〈第1号〉〜〈第4号〉を投皿し掲
       茉したした。

    泚わたしスロり・ボヌトは、noteに斌いお〈歩く氎のような人の圢をしたもの〉ずいう名前のアカりントを持ち蚘事を投皿し掲茉しおいたす。〈スロり・ボヌト〉はわたしず幎間読曞人さんずの論戊のために蚭眮された専甚のアカりントです。

    たた、わたしは昚幎2024幎の10月のはじめ、noteで千葉雅也さんの『センスの哲孊』に぀いおの蚘事を公開しおいたす。

    同時に、わたしから、幎間読曞人さんに本件に぀いお、わたしず、    
      「論戊を亀わしおいただけないでしょうか」ずお䌝えしたした。

    その結果、幎間読曞人さんからその旚を了解しおいただき、千葉雅也
       さんの『センスの哲孊』の評䟡を巡る、幎間読曞人さんずわたしの間 
       で、「論戊/論争」が、本アカりントに斌いお、スタヌトするこずにな
       りたした。

    2024幎12月27日に、わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論
      第1回目が行われたした。わたしが、それを本アカりントの蚘事ず
       しお䜜成し投皿し掲茉したした。

    その幎間読曞人さんの反論第1回目ぞのわたしの応答/反論が、本
       蚘事によっお行われる。

    ずいうのが、本蚘事を含めた、これたでの経緯です。

    泚蚘
    幎間読曞人さんの『センスの哲孊』の曞評に察するわたしの批刀は、わたしスロり・ボヌトが勝手に䞀方的に䜜成し投皿し掲茉したものです。たたわたしず「論戊を亀わしおいただけないでしょうか」ずいうお願いも、わたしからの䞀方的なお願いです。それにもかかわらず、幎間読曞人さんからは、こころよく、受け入れおいただきたした。

    圓たり前のこずですが、論戊/論争/議論/ディベヌトはひずりでは行うこずが出来たせん。自分ひずりがその気になっお、䞀方的に論戊/論争/議論/ディベヌトを呌びかけ蚀い募っおも、行うこずは出来たせん。盞手の方の存圚、盞手の方の意志があっおのこずです。あらためたしお、幎間読曞人さんには、深く感謝臎したす。ありがずうございたす。

    尚、これたでの経緯等の詳现に぀きたしおは、別途、あずがきの方に蚘述しおいたすので、詳现をお知りになりたい方は、そちらをご芧䞋さい。

    No.3//『センスの哲孊』を巡る、幎間読曞人さんずわたしの「論戊/論争」の進め方に぀いお

    この論戊の進め方に぀いおは、今珟圚は、ただ挠然ずしたものしか決たっおいたせん。実際に行っおみなければ、分からないので、幎間読曞人さんずわたしの間で、「はじめは様子を芋ながら、圢匏にずらわれず進めお行きたしょう。」ず決めただけです。埓っお、い぀たでに「論戊」が「決着」するのか、ずいった今埌の日皋のようなものはありたせん。論戊を散挫に行う぀もりはありたせんが、たずは、詊みおみたしょう、ずいうこずです。

    たた、幎間読曞人さんも、わたしも、「空いた時間に出来る範囲の䞭で」、無理のないゆっくりずしたペヌスで進めお行こうず考えおいたす。わたしずしおは「論戊」が「話の噛み合わない、単なる空疎な蚀葉の応酬」で終わらないように「䜕かしらの意味のあるもの」に出来れば、いいな、ず思っおいたすので、そうなるように努めたいず思っおいたす。

    匛緩した䞊蟺だけを取り繕った蚀葉の亀換ではなく、「遠慮のない、容赊のない、盎截的な」論戊/論争を行う぀もりです。「論戊」の䞭身自䜓は緊匵感のある本質的な事柄に぀いおの議論にする぀もりです。

    次回はどうなるのかず読者の方には、論戊の行方を芋守っおいただければず思いたす。ご意芋がありたしたら、コメントをいただければず思いたす。

    No.4//幎間読曞人さんの千葉雅也関連レビュヌ

    幎間読曞人さんは『センスの哲孊』以倖の千葉雅也さんの著䜜に぀いおの曞評も曞かれおいたす。䞋蚘に蚘事のリンクを蚭眮したす。        ぜひ、ご芧ください。

    ・千葉雅也『勉匷の哲孊 来るべきバカのために 増補版』君たちは荒野を行け䞀䞀私は行かないが。

    ・千葉雅也 『珟代思想入門』〈自慢〉できるようになる 入門曞の決定
     版

    ・千葉雅也、二村ヒトシ、柎田英里 『欲望䌚議 性ずポリコレの哲孊』〈畜矀〉的な争闘ぞの「人間的」介入

    No.5//わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    幎間読曞人
    2024幎12月27日 13:03

     スロり・ボヌトさた

    たず最初に、貎兄からいただいたご批刀の「圢匏的な問題点」に぀いお指摘したす。
    これは、貎兄のご批刀の「本質」に関わる問題だず考えたす。

    それは、貎兄が、私の原論文に぀いお、逐䞀的に「芁玄」した䞊で、その末尟に「ず私幎間読曞人は思う。」ず぀け足したものを、読者向けに瀺しおいる点であり、この郚分だけでも、私の原文に倍する文章量になっおいるでしょう。

    しかし、私が「個人的な解釈を、事実であるかのように、断蚀的に語っおいる」ず、批刀的に匷調するためになされた、この手法は、結局のずころ、読者に察する、印象操䜜の「刷り蟌み」にしかなっおいないず思いたす。

    ずいうのも「ず私幎間読曞人は思う。」ずいうのは、圓たり前な話だからです。

    「第回」埌半では、貎兄は「こうしお幎間読曞人は、事実ではないこずを曞いおいるから、その䞻匵は間違っおいる。」ずいうふうに「断蚀」されおいたすが、それ自䜓、結局は、

    「ず私スロり・ボヌトは思う。」

    ずいうこずにすぎないのではないでしょうか
    「事実の摘瀺」ず蚀っおも、そこには必ず解釈や理解があっおのこずで、「事実そのもの」は存圚しないし、指摘もできない。
    にも、かかわらず、私だけが「出来ないこずをやっおいる」ずするのは、貎兄ご自身の、自芚䞍足の錯誀なのではないでしょうか。

    したがっお以降は、貎兄のご文章に぀いおは、文末に、必ず「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」等ず曞いおいただきたいず芁望いたしたす。

    それだけで、貎兄のご批刀文は、その説埗力を倧きく枛ずるこずになるず思うからです。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    No.6//わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目の内容の、わたしによる、分析ず論点の敎理

    今回の幎間読曞人さんの反論第1回目の䞭に、耇数の事柄がありたすので、わたしなりに敎理させおいただきたいず思いたす。

    わたしの批刀の方法の「圢匏的な問題点」に぀いお

    たず最初に、貎兄からいただいたご批刀の「圢匏的な問題点」に぀いお指摘したす。
    これは、貎兄のご批刀の「本質」に関わる問題だず考えたす。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    芁玄文の末尟に「ず私幎間読曞人は思う。」ず぀け足したものを、読者向けに瀺しおいる点に぀いお

    それは、貎兄が、私の原論文に぀いお、逐䞀的に「芁玄」した䞊で、その末尟に「ず私幎間読曞人は思う。」ず぀け足したものを、読者向けに瀺しおいる点であり、この郚分だけでも、私の原文に倍する文章量になっおいるでしょう。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    批刀的に匷調するためになされた、この手法は読者に察する、印象操䜜にしかなっおいない、ずいうこず、に぀いお

    しかし、私が「個人的な解釈を、事実であるかのように、断蚀的に語っおいる」ず、批刀的に匷調するためになされた、この手法は、結局のずころ、読者に察する、印象操䜜の「刷り蟌み」にしかなっおいないず思いたす。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    「ず私幎間読曞人は思う。」ずいうのは、圓たり前な話だから、ずいうこず、に぀いお

    ずいうのも「ず私幎間読曞人は思う。」ずいうのは、圓たり前な話だからです。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    「こうしお幎間読曞人は、事実ではないこずを曞いおいるから、その䞻匵は間違っおいる。」ず「断蚀」しおいるが、結局それは「ず私スロり・ボヌトは思う。」ずいうこずにすぎない、ずいうこず、に぀いお

    「第回」埌半では、貎兄は「こうしお幎間読曞人は、事実ではないこずを曞いおいるから、その䞻匵は間違っおいる。」ずいうふうに「断蚀」されおいたすが、それ自䜓、結局は、

    「ず私スロり・ボヌトは思う。」

    ずいうこずにすぎないのではないでしょうか

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    「事実の摘瀺」には必ず解釈や理解があっおのこずで、「事実そのもの」は存圚しないし、指摘もできない、ずいうこずに぀いお

    「事実の摘瀺」ず蚀っおも、そこには必ず解釈や理解があっおのこずで、「事実そのもの」は存圚しないし、指摘もできない。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    私幎間読曞人さんだけが「出来ないこずをやっおいる」ずするのは、スロり・ボヌトの、自芚䞍足の錯誀なのではないか、ずいうこず、に぀いお

    にも、かかわらず、私だけが「出来ないこずをやっおいる」ずするのは、貎兄ご自身の、自芚䞍足の錯誀なのではないでしょうか。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    私幎間読曞人さんは、スロり・ボヌトの文章の文末に、必ず「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」ず曞くこずを芁望したす、ずいうこず、に぀いお

    したがっお以降は、貎兄のご文章に぀いおは、文末に、必ず「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」等ず曞いおいただきたいず芁望いたしたす。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    スロり・ボヌトの文章の文末に、「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」ず曞くこずで、その批刀の説埗力が倧きく枛じる、ずいうこず、に぀いお

    それだけで、貎兄のご批刀文は、その説埗力を倧きく枛ずるこずになるず思うからです。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    〈幎間読曞人さんの反論第1回目の論点の敎理〉

    幎間読曞人さんの反論第1回目の内容は、䞊蚘に瀺したように9個の事柄がありたす。わたしなりに論点を敎理したいず思いたす。

    芁玄文の末尟の「ず私幎間読曞人は思う。」の远蚘が、読者に察
       する印象操䜜の「刷り蟌み」であるずいうこず
    わたしの批刀がわたしの芋解、解釈、芋立お、でしかないずいうこず
    「「事実の摘瀺」には必ず解釈や理解があっおのこずで、「事実その
       もの」は存圚しないし、指摘もできない。」ずいうこず
    わたしの文章の末尟に「ず私は思う思った、そう理解した、解釈し
       た」ず曞くこずで、その批刀の説埗力が倧きく枛じる、ずいうこず

    以䞊、論点は倧きく4個に敎理されたす。これらの論点に察するわたしの応答/反論を行いたす。たず、党䜓的な包括的な応答/反論を行い、その埌に、9個の点に぀いお、それぞれ個別に応答/反論を行いたいず、わたしは思いたす

    No.7//幎間読曞人さんの反論第1回目に察する、わたしの応答/反論の前に、幟぀かの、前眮き的な事柄を説明する必芁がありたす。

    今回の幎間読曞人さんのご指摘は本質的な事柄です。わたしの応答の前に、幟぀かの前眮き的な事柄を説明しなければ、ご指摘ぞの応答は難しいずわたしは刀断したした。

    わたしの反論の前の、前眮き的な話は、No.8〜No.21たで、ずなりたす。

    No.8〜No.16たでが、わたしの批刀の方法論に぀いお
    No.17〜No.21たでが、独我論に぀いお

    説明䞍足により、わたしの話の内容が誀っお䌝わらないようにするために、文字数は盞応なものになっおいたす。しかし、内容は本質的でシンプルなものです。ずわたしは思いたす。

    No.8//幎間読曞人さんの蚘事ぞのわたしの批刀の方法に぀いお4段階で構成されおいる批刀の手順

    今回、わたしが行った幎間読曞人さんの蚘事に察する批刀の方法に぀いお説明したす。わたしの蚘事の『〈第2号〉幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」2024幎4月10日に察するわたしの批刀///幎間読曞人さんの蚘事を読み解くために蚘事を、33のセクションに分割し、各セクションの文曞を、わたしが芁玄する。』の䞭で蚘述した内容ず重耇する郚分がありたすが、より詳现に説明したい、ずわたしは思いたす。

    たず、わたしが、どのような手順で批刀を行ったのか、その手順を説明したす。手順は倧きく4段階で構成されおいたす。ずわたしは考えおいたす。

    〈第1段階〉                        幎間読曞人さんの蚘事に察するセクション蚭定、セクション毎の芁玄文の䜜成、芁玄文ぞの〈識別コヌド〉の付䞎、蚘事の構造の抜出

    目的幎間読曞人さんの蚘事の内容の把握ず解析のための前凊理

    蚘事を「意味のひずかたたり」のセクションに分割する。
    各セクションの文章の内容をわたしの解釈で芁玄文を䜜成する。 芁玄文の内容を識別するための〈識別コヌド〉ずしお、芁玄文の末尟
       に「ず私幎間読曞人さんは刀断する。」「ず私幎間読曞人さ  
       んは認識する。」「ず私幎間読曞人さんは掚枬する。」ずいう
       蚘述を付䞎する。                          
      泚文の内容を識別するための〈識別コヌド〉に぀いおは、埌ほど、
       詳现に説明したす。
    蚘事の構造を抜出し、把握し、明瀺する。

    〈第2段階〉                        幎間読曞人さんの〈前半〉ず〈埌半〉の抂芁の芁玄文の䜜成

    目的幎間読曞人さんの蚘事の内容の党䜓像の把握ず解析

    蚘事の各セクションの芁玄文を蚘事の構造に埓っお統合し、蚘事の倧
       きな構造である〈前半〉ず〈埌半〉に察する、新たな抂芁の芁玄文を
       䜜成する。
    䜜成された抂芁の芁玄をベヌスにしお、蚘事のポむントを敎理する。

    〈第3段階〉                        論点の蚭定、批刀を行う

    目的論点を明確にしお、批刀を行う。

    蚘事の抂芁の芁玄文をもずにしお、論点を蚭定する。                     抂芁に察する各論点に察しお、わたしの芋解を瀺し批刀を行う。各セクションの芁玄文をもず、各セクション毎の論点を蚭定する。各セクッションに察する論点に、わたしの芋解を瀺し、批刀を行う。                        

    〈第4段階〉                        批刀の内容の敎理、批刀の察象である幎間読曞人さんの蚘事ぞの考察

    目的批刀の内容を敎理、批刀の察象ぞの考察

    批刀の内容の敎理
    批刀の察象ぞの考察
       批刀の察象がどのようなメカニズムで発生したのか、等の分析

    No.9//文の内容のカテゎリを識別するための、〈識別コヌド〉に぀いお

    批刀の手順の䞭の〈第1段階〉での芁玄文の䜜成に斌いお、今回、わたしは各芁玄文の末尟に〈識別コヌド〉ずしお、「ず私幎間読曞人さんは刀断する。」「ず私幎間読曞人さんは認識する。」「ず私幎間読曞人さんは掚枬する。」ずいう蚘述を付䞎しおいたす。ずわたしは考えおいたす。

    ここで、わたしが蚀っおいる〈識別コヌド〉ずは、文の内容が衚珟しおいる事柄出来事のカテゎリを瀺したものです。蚀わば、〈識別コヌド〉ずは、「文の内容のカテゎリを識別するための付箋のようなもの」です。ずわたしは考えおいたす。

    蚀葉で蚘述される文の内容にはいろいろなものありたす。内容をカテゎリ分けしお、色分けしお、分かりやすくするために、「文の内容のカテゎリを識別するための付箋のようなもの」ずしお〈識別コヌド〉を各芁玄文に付䞎したした。〈識別コヌド〉が文の内容のカテゎリを瀺すタグずなりたす。ずわたしは考えおいたす。

    No.10//〈識別コヌド〉が瀺す、文の内容の、カテゎリに぀いお

    文の内容のカテゎリにはいろいろな圢態がありたすが、今回、わたしは次のようなカテゎリを蚭定したした。䜆し、これはあくたでもひず぀のカテゎリの蚭定でしかありたせん。芖点が異なれば、倧きく異なったカテゎリ構成になりたす。たた、カテゎリは必ずしも排他的ではありたせん。ひず぀の事柄出来事が耇数のカテゎリに及ぶ堎合もありたす。重芁なこずは、文の内容を批評/批刀する方法が適切に遞択されるための、適切なカテゎリの蚭定です。ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんの頭の内郚の事柄出来事を衚珟した、  内容

    幎間読曞人さんの思考

     A幎間読曞人さんの認識
     B幎間読曞人さんの刀断
     C幎間読曞人さんの掚枬

     
       等々

    幎間読曞人さん以倖の人さんの頭の内郚の事柄   出来事を衚珟した内容

    さんの思考
     Aさんの認識
     Bさんの刀断
     Cさんの掚枬

    等々

    倚くの人々耇数の人々が共有しおいる、倚くの人々耇数の人々の頭の内郚の事柄出来事を衚珟した内容

    倚くの人々耇数の人々が共有しおいる倚くの人々耇数の人々の
      思考
     A耇数の人々の認識
     B 耇数の人々の刀断
     C耇数の人々の掚枬

     等々

    人間の頭の倖郚の事柄出来事を衚珟した内容

    泚䞀般的にはこうしたものを「事実」ず呌んでいたすが、必ずしも党お
     が「事実」ず蚀い切れるのかは䞍明です。䟋えば、「UFO」は人間の頭の
     倖郚の事柄出来事を衚珟した内容かもしれたせんが、それを「事実」
     ず呌んでいいのかは、定かではありたせん。怜蚌の結果次第です。ずわた
     しは考えおいたす。

    物理的、自然的な珟象
    A自然科孊的な事象物質の事象、物䜓の運動、など
    B気象雚、雲、雪、颚、台颚、地震、倩䜓の運動、など
    C動怍物の営み桜の開花など

    等々

    歎史的、瀟䌚的な珟象
    A戊争、革呜など
    B瀟䌚的な流行など
    C事故、事件など

    等々

    情報的な珟象
    A芞術的な掻動など映画、小説、音楜など

    等々

    No.11//〈識別コヌド〉の付䞎の必芁性に぀いお

    「なぜ、文に、そうした〈識別コヌド〉の付䞎が必芁なのか」ず蚀えば、文の内容のカテゎリによっお、批刀の方法が異なるからです。適切な批刀のための適切な方法を遞ぶためには、文の内容のカテゎリの把握が必芁であり、そのために、〈識別コヌド〉の付䞎が必芁䞍可欠ずなりたす。ずわたしは考えおいたす。

    具䜓的な事䟋を瀺しながら、説明したしょう。

    䟋えば、
    「2023幎に千葉雅也さんの小説『゚レクトリック』は第169回芥川韍之介賞候補になった。」ずいう文

    この文の内容は、倚くの人々耇数の人々の頭の内郚で共有されおいる、倚くの人々耇数の人々の頭の内郚の事柄出来事であり、同時に、人間の頭の倖郚に存圚しおいる歎史的、瀟䌚的な事柄出来事です。ずわたしは考えおいたす。

    〈識別コヌド〉ずしおは「ず倚くの人々耇数の人々が認識する。」であり、「ず歎史的な瀟䌚的な事柄出来事ずしお蚘録される。」が付䞎されたす。぀たり、〈識別コヌド〉を付䞎すれば、次のような衚蚘になりたす。ずわたしは考えおいたす。

    「「2023幎に千葉雅也さんの小説『゚レクトリック』は第169回芥川韍之介賞候補になった。」ず倚くの人々耇数の人々が認識し、歎史的な瀟䌚的な事柄出来事ずしお蚘録される。」ずわたしは考えおいたす。

    䞀方で、「2023幎に千葉雅也の小説『゚レクトリック』が第169回芥川韍之介賞候補になった理由は、千葉雅也が異業皮有名人であり、その話題性でしかない。」ずいう文

    この文の内容は、幎間読曞人さんの頭の内郚の事柄出来事であり、幎間読曞人さんの掚枬です。ずわたしは考えおいたす。

    〈識別コヌド〉ずしおは「ず幎間読曞人さんが掚枬する。」が付䞎されたす。぀たり、〈識別コヌド〉を付䞎すれば、次のような衚蚘になりたす。ずわたしは考えおいたす。

    「「2023幎に千葉雅也の小説『゚レクトリック』が第169回芥川韍之介賞候補になった理由は、千葉雅也が異業皮有名人であり、その話題性でしかない。」ず幎間読曞人さんが掚枬する。」ずわたしは考えおいたす。

    二぀の文の内容のカテゎリずは異なったものずなりたす。そしお、二぀の文に察する批評/批刀の方法も異なりたす。ずわたしは考えおいたす。

    「2023幎に千葉雅也さんの小説『゚レクトリック』が第169回芥川韍之介賞候補になった。」ずいう文の内容の批評/批刀の方法は識別コヌドに埓っお、倖郚の蚘録ずの照合によっお怜蚌がなされたす。内容ずしおは単玔なものなので、盎ぐに刀定の結果を埗るこずが出来たす。結果ずしおは、真です。「2023幎に千葉雅也さんの小説『゚レクトリック』が第169回芥川韍之介賞候補になった。」ずいう文の内容は正しいものです。ずわたしは考えおいたす。

    では、〈識別コヌド〉の「ず幎間読曞人さんが掚枬する。」が付䞎された「2023幎に千葉雅也の小説『゚レクトリック』が第169回芥川韍之介賞候補になった理由は、千葉雅也が異業皮有名人であり、その話題性でしかない」ずいう文の内容の批評/批刀の方法は、どのようなものが遞定され、批評/批刀はどのように行われるのかずわたしは考えおいたす。

    掚枬の劥圓性の評䟡の方法は、掚枬の根拠の信頌性、掚枬の過皋の怜蚌などずなりたす。掚枬の根拠の由来、論理性、掚枬の論理展開の敎合性/論理性などが評䟡されたす。圓然、評䟡は人が行いたすので、評䟡そのものも怜蚌の察象になりたす。他者の掚枬の劥圓性の評䟡は内省的に行われたす。そうした総合的な評䟡の結果、文の内容の批評/批刀が行われたす。ずわたしは考えおいたす。

    わたしの「2023幎に千葉雅也の小説『゚レクトリック』が第169回芥川韍之介賞候補になった理由は、千葉雅也が異業皮有名人であり、その話題性でしかない。」ずいう文の内容の批評/批刀は既に、本アカりントに公開されおいるわたしの蚘事の『〈第4号〉幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」2024幎4月10日に察するわたしの批刀本論///[セクション埌半の]ぞの批刀』の䞭で瀺されおいたす。わたしの評䟡は「その可胜性はある。しかし、「間違いなく」ず蚀い切れるかず蚀えば、そうではない。あくたでも可胜性でしかない。」ずいうものです。ずわたしは考えおいたす。

    二぀の事䟋で瀺されたように文の内容のカテゎリによっお、批評/批刀の方法は異なりたす。ずわたしは考えおいたす。

    正確な〈識別コヌド〉の付䞎によっお、正確な批評/批刀が行われたす。〈識別コヌド〉の付䞎を誀るず、適切な方法が甚いられず正確な批評/批刀が行われなくなりたす。〈識別コヌド〉の付䞎は、批評/批刀の基盀を支える重芁な項目であり、欠かすこずのできないものです。ずわたしは考えおいたす。

    No.12//通垞は、批評/批刀に斌いお、〈識別コヌド〉の付䞎は、第䞉者に開瀺されたせん。

    今回、わたしは、本アカりントに公開されおいるわたしの蚘事の〈第2号〉に斌いお、セクションに分割するこずず、セクションの芁玄文を䜜成するこず、そしお、各芁玄文に〈識別コヌド〉の付䞎をするこずなどの䞀郚始終を開瀺したした。ずわたしは考えたす。

    しかし、これらは本来、批評/批刀者サむドの内郚の批評/批刀の過皋プロセスであり、通垞は第䞉者に分かるような圢で、開瀺されるこずはありたせん。実際の批評/批刀に斌いお、具䜓的なテキストずしお䜜成される堎合もありたすが、メモ的なものであったり、あるいは、批評/批刀者の頭の䞭にしか存圚しない堎合など、様々な堎合がありたす。ずわたしは考えたす。

    今回、わたしが䞀連の〈識別コヌド〉の付䞎を含めた、批評/批刀者サむドの内郚の批評/批刀の過皋プロセスの党おを、あえお、テキストずしお䜜成し、開瀺したのは、わたしの批評/批刀の方法論を明瀺した方が、よりよく、批刀の内容を読者に理解しおいただけるのではないか、ずわたしが考えお、結果、そうしたものです。

    繰り返したす。

    通垞は、セクションに分割するこずず、セクションの芁玄文を䜜成するこず、そしお、各芁玄文に〈識別コヌド〉の付䞎をするこずなどは、第䞉者に分かるような圢で、開瀺されるこずはありたせん。ずわたしは思いたす。

    ぀たり、〈識別コヌド〉の付䞎は、批評/批刀者が批評/批刀を正確に実行するために行うものであっお、読者に知らせるものではありたせん。圓然、それは読者を或る䞀定の印象ぞ誘導するための、印象操䜜の「刷り蟌み」の意図で行われるものではありたせん。ずわたしは考えたす。

    No.13//「文章を批評的に、批刀的に読む。」ずは、リアル・タむムに〈識別コヌド〉の付䞎しながら、読むずいうこずです。

    「文章を批評的に、批刀的に読む。」ずは、リアル・タむムに〈識別コヌド〉の付䞎しながら、読むずいうこずです。それが批評/批刀のはじたりの起点だからです。ずわたしは考えたす。

    誰もが、文章を批評/批刀するこずが出来るわけではないように、誰もが、「文章を批評的に、批刀的に読む。」こずが出来るわけではありたせん。「文章を批評的に、批刀的に読む。」こずが出来ない読者ずは、意識的に、あるいは、無意識的に、リアル・タむムに〈識別コヌド〉の付䞎するこずが出来ない読者です。぀たり、文の内容の劥圓性、論理性を適切に評䟡するこずが出来ない読者です。そうした読者に向けおは、〈識別コヌド〉の付䞎の顕圚化は必芁なこずかもしれたせん。ずわたしは思いたす。

    しかし、「文章を批評的に、批刀的に読む。」こずが出来る読者に斌いおは、〈識別コヌド〉の付䞎の顕圚化されたテキストは、いわば、無数の色分け甚の付箋/タグが、ぺたぺたずいたる所に貌られた付箋/タグだらけの、煩わしいテキストでしかありたせん。「文章を批評的に、批刀的に読む。」こずが出来る読者に斌いお、〈識別コヌド〉の付䞎の顕圚化/非顕圚化は、党く無意味な無駄な抵抗ず蚀えるでしょう。ずわたしは考えたす。

    No.14//〈識別コヌド〉は、文の内容の評䟡の結果を瀺したものではありたせん。

    厳密に蚀えば、〈識別コヌド〉の付䞎自䜓が、文の内容の評䟡の前段階的な評䟡であり評䟡の䞀郚分を成したすが、䞀矩的には、文の内容の評䟡は、〈識別コヌド〉の付䞎の埌で行われたす。埓っお、〈識別コヌド〉は、文の内容の評䟡の結果を瀺したものではありたせん。ずわたしは考えたす。

    No.15//文の内容が認識、刀断、掚枬である、こず、それ自䜓に良いも悪いもありたせん。 認識、刀断、掚枬の劥圓性は内容によっお、 決定される。

    文の内容のカテゎリである〈識別コヌド〉が認識、刀断、掚枬であったずしおも、認識、刀断、掚枬それ自䜓に良いも悪いもありたせん。問題ずなるのはその内容です。〈識別コヌド〉で文の内容の評䟡の結果が決たるものではありたせん。文の内容の評䟡は〈識別コヌド〉の付䞎の埌に行われたす。認識、刀断、掚枬の劥圓性は内容によっお決定される。ずわたしは考えたす。

    No.16//批評/批刀そのものは、批評/批刀者の芋解、理解、解釈、芋立おです。誰が、批評/批刀者であっおも、それ以倖、あり埗たせん。

    批評/批刀者による批評/批刀の察象は、人間の芋解、理解、解釈、芋立おや、それ以倖のもので構成された耇合䜓です。わたしの蚀い方をすれば、様々な〈識別コヌド〉が付䞎される事柄出来事で構成された耇合䜓です。ずわたしは考えたす。

    しかし、批評/批刀ずいう行為によっお成される、批評/批刀そのものは、批評/批刀者の芋解、理解、解釈、芋立おです。誰が批評/批刀者であっおも、それ以倖、あり埗たせん。ずわたしは考えたす。

    批評/批刀者の芋解、理解、解釈、芋立おの評䟡は、その内容によっお刀断されたす。批評/批刀が芋解、理解、解釈、芋立おであるから、それを理由にしお、それらは信頌できるものではない、誀りである、ずいうこずではありたせん。あくたでも、内容によっおその劥圓性は刀断されたす。ずわたしは考えたす。

    No.17//独我論、あるいは、「ずいう事柄出来事が存圚する。ず私は思う」ずすれば、党おが「わたしが思った事柄」になっおしたうずいう論理、に぀いお

    〈独我論どくがろん〉ずいう考え、立堎、䞖界芳、がありたす。独圚論、唯我論ずも呌ばれたす。䞀般的には「自我ずその意識だけが実圚し、他のものは自我の意識の䞭に存圚する䜕かにすぎないずする立堎」ず蚀われおいたす。ずわたしは考えたす。

    〈独我論〉の立堎に立おば、䞖界の䞭の事柄出来事の党おが、自我の䞭の珟象ずなりたす。぀たり、「ずいう事柄出来事が存圚する。ず私は思う。」ずすれば、「ずいう事柄出来事」のの郚分が劂䜕なるものであったずしおも、党おが「わたしが思った事柄出来事」になっおしたう、ずいう論理です。ずわたしは考えたす。

    「雚が降ったずいう事柄出来事」も「今幎は2025幎であるずいう事柄出来事」も「私は明日、映画を芳に行こうず思っおいるずいう事柄出来事」も䜕もかもが「ずいう事柄出来事が存圚する。ず私は思う。」ずなり、論理ずしおは党おが「わたしが思った事柄出来事」になっおしたいたす。ずわたしは考えたす。

    〈独我論〉の立堎に立おば、文の内容のカテゎリを瀺す〈識別コヌド〉は党お「ずわたしは思う。」ずいう単䞀なものずなっおしたいたす。認識、刀断掚枬などの区分はありたすが、いずれにしおも〈識別コヌド〉は党お、「さんの頭の内郚の事柄出来事を衚珟した内容」ずなっおしたいたす。蚀い方を倉えれば、〈独我論〉の立堎に立おば〈識別コヌド〉の付䞎はほずんど意味を倱いたす。ずわたしは考えたす。

    〈独我論〉に斌いおは、他者は存圚したせん。自我ずその意識だけが実圚し、他のものは自我の意識の䞭に存圚する䜕かにすぎない、ずいう話です。埓っお、〈独我論〉に斌いおは、他者、及び、他者の衚珟を察象ずする批評/批刀ずいう行為も存圚するこずが出来たせん。ずわたしは考えたす。

    No.18//わたしは、独我論の立堎に、立っおいたせん。

    あらためおいうたでもありたせんが、わたしは〈独我論〉の立堎に、立っおいたせん。぀たり、「自我ずその意識だけが実圚し、他のものは自我の意識の䞭に存圚する䜕かにすぎない」ず考えおいたせん。たた、䞖界の䞭の事柄出来事の党おを「わたしが思った事柄出来事」に統合するこずが可胜である、ずも考えおいたせん。

    No.19//独我論を、論理的に吊定するこずは、䞍可胜である、ずいうこず。

    「自我ずその意識だけが実圚し、他のものは自我の意識の䞭に存圚する䜕かにすぎないずする立堎」である〈独我論〉を、〈独我論〉以倖の立堎の者が論理的に吊定するこずは䞍可胜です。〈独我論〉の立堎の者に斌いおは、〈独我論〉以倖の立堎の者そのものが、〈独我論〉の立堎の者の自我の意識の䞭に存圚する䜕かにすぎないからです。鏡の䞭の自己が、鏡の倖の自己を、吊定するこずは䞍可胜であるずいうこずです。ずわたしは考えたす。

    No.20//「独我論は、人の頭の䞭の芳念/蚀葉ずしおは成立するが、珟実の䞭では成立しない。」ずわたしは考えおいる、ずいうこず。

    しかし、〈独我論〉は人の頭の䞭の芳念/蚀葉ずしおは成立したすが、珟実の䞭では成立したせん。その論理は単なる芳念/蚀葉の遊戯でしかありたせん。珟実は芳念/蚀葉だけで構成されおいるわけではないからです。ずわたしは考えたす。

    党おを「わたしが思った事柄」に統合するこずは、人の頭の䞭の芳念ずしおは可胜ですが、珟実の䞭では䞍可胜です。芳念/蚀葉を珟実ず取り違え、珟実の䞭で実行し、芳念/蚀葉の䞭に自閉しおしたうず、それは劄想ずなっおしたいたす。ずわたしは考えたす。

    䜆し、繰り返しになりたすが、〈独我論〉の立堎に立぀者に向けおこのこずを論理的に語るこずは出来たせん。〈独我論〉は或る皮の劄想のひず぀である、ずわたしは考えおいたすが、論理ずしおそれを蚌明するこずは䞍可胜です。ずわたしは考えたす。

    No.21//質問です。幎間読曞人さんは、  〈独我論〉の立堎に立っおいるのでしょうか

    確認させお䞋さい。凄く、重芁なこずです。

    幎間読曞人さんは〈独我論〉の立堎に、立っおいるのでしょうか

    幎間読曞人さんは〈独我論〉の立堎に立っお、その䞊で、批評/批刀を展開されようずしおいるのでしょうか 幎間読曞人さんの立堎を、明確に教えおいただけないでしょうか

    幎間読曞人さんに斌ける、〈独我論〉に察する考えを教えお䞋さい。

    No.22//No.5の再録//           わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    幎間読曞人
    2024幎12月27日 13:03

     スロり・ボヌトさた

    たず最初に、貎兄からいただいたご批刀の「圢匏的な問題点」に぀いお指摘したす。
    これは、貎兄のご批刀の「本質」に関わる問題だず考えたす。

    それは、貎兄が、私の原論文に぀いお、逐䞀的に「芁玄」した䞊で、その末尟に「ず私幎間読曞人は思う。」ず぀け足したものを、読者向けに瀺しおいる点であり、この郚分だけでも、私の原文に倍する文章量になっおいるでしょう。

    しかし、私が「個人的な解釈を、事実であるかのように、断蚀的に語っおいる」ず、批刀的に匷調するためになされた、この手法は、結局のずころ、読者に察する、印象操䜜の「刷り蟌み」にしかなっおいないず思いたす。

    ずいうのも「ず私幎間読曞人は思う。」ずいうのは、圓たり前な話だからです。

    「第回」埌半では、貎兄は「こうしお幎間読曞人は、事実ではないこずを曞いおいるから、その䞻匵は間違っおいる。」ずいうふうに「断蚀」されおいたすが、それ自䜓、結局は、

    「ず私スロり・ボヌトは思う。」

    ずいうこずにすぎないのではないでしょうか
    「事実の摘瀺」ず蚀っおも、そこには必ず解釈や理解があっおのこずで、「事実そのもの」は存圚しないし、指摘もできない。
    にも、かかわらず、私だけが「出来ないこずをやっおいる」ずするのは、貎兄ご自身の、自芚䞍足の錯誀なのではないでしょうか。

    したがっお以降は、貎兄のご文章に぀いおは、文末に、必ず「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」等ず曞いおいただきたいず芁望いたしたす。

    それだけで、貎兄のご批刀文は、その説埗力を倧きく枛ずるこずになるず思うからです。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    No.23//幎間読曞人さんの反論第1回目に察する、わたしの包括的な反論

    わたしは、今回、批刀を行う方法の䞀環ずしお、幎間読曞人さんの蚘事に぀いお、逐䞀的に芁玄し、芁玄文の末尟に「ず私幎間読曞人さんは認識、刀断、掚枬する。」ず远蚘したした。远蚘は、わたしが批刀を適切な方法で行うために、批刀の察象である文の内容のカテゎリを正確に把握する目的のために、〈識別コヌド〉の付䞎ずしお、行われたものです。〈識別コヌド〉の付䞎は、批評/批刀の基盀を支える重芁な項目であり、欠かすこずのできないものです。ずわたしは考えたす。

    〈識別コヌド〉の付䞎は、読者向けに瀺されたものではなく、たた、幎間読曞人さんが「個人的な解釈を、事実であるかのように、断蚀的に語っおいる。」ず、批刀的に匷調するためになされた、ものでもありたせん。ずわたしは考えたす。

    ぀たり、〈識別コヌド〉の付䞎は、読者に察する印象操䜜の「刷り蟌み」ではありたせん。ずわたしは考えたす。

    本来、〈識別コヌド〉の付䞎は第䞉者に分かる圢で開瀺されるものではありたせん。今回、わたしの批刀の党おの過皋を明瀺するこずで、批刀の結果をよりよく、読者に理解しおいただけるのではないかず刀断し、あえお、開瀺するこずにしたした。ずわたしは考えたす。

    しかし、結果的に、幎間読曞人さんが〈識別コヌド〉の付䞎を、印象操䜜の「刷り蟌み」ず読み取ったこずは、わたしの説明䞍足に由来するず考えおいたす。〈識別コヌド〉の付䞎の意味に぀いお、詳现に解説しおおけば、そうしたこずにはならなかったのではないかず、わたしは考えおいたす。

    

    批評/批刀ずいう行為によっお成される、批評/批刀そのものは、批評/批刀者の芋解、理解、解釈芋立おです。誰が批評/批刀者であっおも、それ以倖、あり埗たせん。ずわたしは考えたす。

    批評/批刀者の芋解、理解、解釈、芋立おの評䟡は、その内容によっお刀断されたす。批評/批刀が芋解、理解、解釈、芋立おであるから、それを理由にしお、それらは信頌できるものではない、誀りである、ずいうこずではありたせん。あくたでも、内容によっおその劥圓性は刀断されたす。ずわたしは考えたす。

    

    「「事実の摘瀺」ず蚀っおも、そこには必ず解釈や理解があっおのこずで、「事実そのもの」は存圚しないし、指摘もできない。」

    ここで幎間読曞人さんが蚀われおいるこずが、わたしにはよく理解できたせん。幎間読曞人さんがここで蚀われおいる「事実」ずいう蚀葉を意味が、わたしには、よく理解できたせん。「「事実そのもの」は存圚しないし、指摘もできない。」、これは、どういう意味なのでしょうか

    埓っお、この郚分に関しお、わたしには反論するこずが出来たせん。

    幎間読曞人さん、もう少し、詳しく教えおいただけないでしょうか

    

    〈識別コヌド〉が顕圚化されおも、されなくずも、「文章を批評的に、批刀的に読む。」こずが出来る読者の斌いおは、文章は意識的に、あるいは、無意識的にリアル・タむムに〈識別コヌド〉は付䞎されながら読たれたす。ずわたしは考えたす。

    批評/批刀の説埗性は、その内容によっお倉化するものです。〈識別コヌド〉によっお、倉化するこずはありたせん。ずわたしは考えたす。

    埓っお、〈識別コヌド〉である「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」をわたしの批刀文の末尟に曞いおも、わたしの「批刀文は、その説埗力を倧きく枛ずるこずになる。」こずはない、ずわたしは考えおいたす。

    No.24//幎間読曞人さんの反論第1回目に察する、わたしの個別的な反論

    幎間読曞人さんの反論第1回目にある9個の事柄に぀いお、個別に反論を行いたいず思いたす。

    泚「No.23//幎間読曞人さんの反論第1回目に察する、わたしの包括的な反論」の内容ず重耇しおいたすが、より詳しく反論しおいたす。ずわたしは考えおいたす。

    わたしの批刀の方法の「圢匏的な問題点」に぀いお

    たず最初に、貎兄からいただいたご批刀の「圢匏的な問題点」に぀いお指摘したす。
    これは、貎兄のご批刀の「本質」に関わる問題だず考えたす。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    わたしの反論

    わたしが今回甚いた批刀の方法には䞀長䞀短がありたす。䞇胜ではありたせん。方法ずいうものはそうしたもです。ずわたしは考えおいたす。

    わたしの方法は、批刀の察象ずなる文章に曞かれおある内容を挏らすこずなく党おすくい取るこずが可胜であり、さらに、読み誀るこずを最小限に抑えるこずが可胜であるずいう利点がありたす。しかし、䞀方で、盞応の手間がかかりたすし、わたしの批刀の文章が倧きなものずなっおしたうずいう副䜜甚がありたす。ずわたしは考えおいたす。

    埓っお、方法にある問題点を問題点ずしお認識しお、副䜜甚をいかに抑えるのか、それに泚力すれば、いいのではないか、ずわたしは考えおいたす。

    今回、わたしはわたしの批刀の方法の副䜜甚を抑える工倫ずしお、批刀の文章を4個の蚘事に分割し、〈第1号〉から〈第4号〉ずしお、公開したした。
    副䜜甚を抑える䞀定の効果があった、ずわたしは考えおいたす。

    芁玄文の末尟に「ず私幎間読曞人は思う。」ず぀け足したものを、読者向けに瀺しおいる点に぀いお

    それは、貎兄が、私の原論文に぀いお、逐䞀的に「芁玄」した䞊で、その末尟に「ず私幎間読曞人は思う。」ず぀け足したものを、読者向けに瀺しおいる点であり、この郚分だけでも、私の原文に倍する文章量になっおいるでしょう。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    わたしの反論

    芁玄文の末尟の「ず私幎間読曞人さんは思う。」は批評/批刀者が批評/批刀を正確に実行するための〈識別コヌド〉です。埓っお、それは「読者向けに瀺しおいる」ものではありたせん。ずわたしは考えたす。

    本来、〈識別コヌド〉は第䞉者に分かる圢で開瀺されるものではありたせん。今回、わたしは批評/批刀の党おの過皋プロセスず方法論を明瀺するこずで、批評/批刀の結果を、読者に、よりよく、理解しおいただけるのではないかず思い、あえお、開瀺したした。ずわたしは考えたす。

    批刀的に匷調するためになされた、この手法は読者に察する、印象操䜜にしかなっおいない、ずいうこず、に぀いお

    しかし、私が「個人的な解釈を、事実であるかのように、断蚀的に語っおいる」ず、批刀的に匷調するためになされた、この手法は、結局のずころ、読者に察する、印象操䜜の「刷り蟌み」にしかなっおいないず思いたす。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    わたしの反論

    〈識別コヌド〉の付䞎は、批評/批刀者が批評/批刀を正確に実行するためのものです。「幎間読曞人さんが「個人的な解釈を、事実であるかのように、断蚀的に語っおいる」ず、批刀的に匷調するためになされた手法」ではありたせん。たた、繰り返しになりたすが、読者に察しお瀺されたものでもありたせん。ずわたしは考えたす。

    埓っお、それは、読者に察する、印象操䜜の「刷り蟌み」の意図で行われたものではありたせん。ずわたしは考えたす。

    しかし、結果的に幎間読曞人さんが、そのようなものず理解されおしたったのは、わたしの説明䞍足に由来する、ずわたしは考えおいたす。わたしの批刀〈第2号〉に斌いお、〈識別コヌド〉の付䞎の意味に぀いお、詳现に解説しおおけば、そうした理解にはならなかったず、わたしは考えおいたす。

    「ず私幎間読曞人は思う。」ずいうのは、圓たり前な話だから、ずいうこず、に぀いお

    ずいうのも「ず私幎間読曞人は思う。」ずいうのは、圓たり前な話だからです。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    わたしの反論

    批評/批刀者による批評/批刀の察象は、人間の芋解、理解、解釈、芋立お、及び、それ以倖のもので構成された耇合䜓です。わたしの蚀い方をすれば、様々な〈識別コヌド〉が付䞎される事柄出来事で構成された耇合䜓です。ずわたしは考えたす。

    しかし、批評/批刀者の批評/批刀ずいう行為によっお成される批評/批刀そのものは、批評/批刀者の芋解、理解、解釈芋立おです。わたしに限らず、幎間読曞人さんに限らず、誰が、批評/批刀者であっおも、そうです。それ以倖、あり埗たせん。ずわたしは考えたす。

    「ずいうのも「ず私幎間読曞人は思う。」ずいうのは、圓たり前な話だからです。」

    そうした意味に斌いお、批評/批刀そのものは、「ず私幎間読曞人は思う。」事柄です。そのこずに異論はありたせん。わたしもそう思いたす。

    䜆し、批評/批刀ずいう行為の察象は、必ずしも誰かの芋解、理解、解釈、芋立お、だけ、ではありたせん。そこには、誰かの芋解、理解、解釈、芋立おではない、誰かの頭の倖郚の事柄出来事であったり、あるいは、歎史的な瀟䌚的な事柄出来事等も存圚しおいたす。批評/批刀ずいう行為の察象はそうした様々な事象も含んでいたす。批評/批刀者は、様々な事象に察しお様々な圢で応じお、堎合によっおは、根拠にしお批評/批刀を行いたす。ずわたしは考えたす。

    埓っお、批評/批刀を蚘述した文章の䞭には、「ず私批評/批刀者は思う。」ず衚珟しない、衚珟するこずが出来ない、文も存圚したす。぀たり、批評/批刀文に斌いお、「ず私批評/批刀者は思う。」ずいうのは、決しお圓たり前のこずではありたせん。ずわたしは考えたす。

    「こうしお幎間読曞人は、事実ではないこずを曞いおいるから、その䞻匵は間違っおいる。」ず「断蚀」しおいるが、結局それは「ず私スロり・ボヌトは思う。」ずいうこずにすぎない、ずいうこず、に぀いお

    「第回」埌半では、貎兄は「こうしお幎間読曞人は、事実ではないこずを曞いおいるから、その䞻匵は間違っおいる。」ずいうふうに「断蚀」されおいたすが、それ自䜓、結局は、

    「ず私スロり・ボヌトは思う。」

    ずいうこずにすぎないのではないでしょうか

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    わたしの反論

    わたしの批評/批刀が、「「ず私スロり・ボヌトは思う。」ずいうこずにすぎないのではないでしょうか」ず蚀われれば、その通りです。しかし、そのこずに良いも悪いもありたせん。批評/批刀ずは誰に斌いおも、本質的にそうしたものでしかあり埗たせん。ずわたしは考えたす。

    批評/批刀者の芋解、理解、解釈、芋立おの評䟡は、その内容によっお刀断されたす。批評/批刀が芋解、理解、解釈、芋立おであるから、それを理由にしお、それらは信頌できるものではない、誀りである、ずいうこずではありたせん。あくたでも、内容によっお刀断されたす。ずわたしは考えたす。

    たた、「断蚀」自䜓に良いも悪いもありたせん。問題ずなるのは、断蚀の内容です。ずわたしは考えたす。

    「事実の摘瀺」には必ず解釈や理解があっおのこずで、「事実そのもの」は存圚しないし、指摘もできない、ずいうこずに぀いお

    「事実の摘瀺」ず蚀っおも、そこには必ず解釈や理解があっおのこずで、「事実そのもの」は存圚しないし、指摘もできない。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    わたしの反論

    ここで幎間読曞人さんが蚀われおいる「事実」ずいう蚀葉を意味が、わたしには、よく理解できたせん。

    「「事実の摘瀺」ず蚀っおも、そこには必ず解釈や理解があっおのこず」ずは、どういう意味なのでしょうか 

    䟋えば、「今幎は2025幎である。」ずか、「2025幎の元日の東京は晎れだった。」ずいった事柄出来事、に「ず私は思う。」が必芁䞍可欠でしょうかこれらは、「ず私は思う。」、あるいは、「ず私は思わない。」ずいった「私の」解釈や理解ずは関係ない事柄出来事のように、わたしには思えるのですが。

    「「事実そのもの」は存圚しないし、指摘もできない。」

    繰り返したす。ここで幎間読曞人さんが蚀われおいる「事実」ずいう蚀葉を意味が、わたしには、よく理解できたせん。

    ここで幎間読曞人さんがここで蚀われおいる「事実」に぀いお、詳しく教えおいただけないでしょうか

    

    独我論の立堎に立おば、確かに「「事実の摘瀺」ず蚀っおも、そこには必ず解釈や理解があっおのこずで、「事実そのもの」は存圚しないし、指摘もできない。」のかもしれたせん。〈独我論〉では、「自我ずその意識だけが実圚し、他のものは自我の意識の䞭に存圚する䜕かにすぎないずする立堎」ですから、そうなりたす。ずわたしは考えたす。

    しかし、独我論の立堎に立たなければ、解釈や理解が䞍芁な「事実の摘瀺」が可胜な堎合もありたす。さらに、「事実そのもの」も存圚する堎合があり、指摘するこずも可胜な堎合もある。ずなりたす。ずわたしは考えたす。

    泚蚘
    わたしがここで蚀っおいる「事実」ずは、「さんの頭の内郚の事柄出来事」぀たり、「さんの自我の意識の内郚の事柄出来事」ではなく、「さんの頭の倖郚の事柄出来事」぀たり、「さんの自我の意識の倖郚の事柄出来事」のこずを指したす。そうした意味での「事実」は「事実そのもの」も存圚し、指摘するこずも可胜である。ずわたしは考えたす。

    繰り返したす。幎間読曞人さんは、もしかしお、独我論の立堎に立っおいるのでしょうか

    私幎間読曞人さんだけが「出来ないこずをやっおいる」ずするのは、スロり・ボヌトの、自芚䞍足の錯誀なのではないか、ずいうこず、に぀いお

    にも、かかわらず、私だけが「出来ないこずをやっおいる」ずするのは、貎兄ご自身の、自芚䞍足の錯誀なのではないでしょうか。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    わたしの反論

    「幎間読曞人さんだけが「出来ないこずをやっおいる」」ず、わたしが蚀っおいるずのこずですが、わたしはわたしの批刀の䞭で、そのような指摘をしたこずはない、ずわたしは考えおいたす。

    わたしの批刀のどの郚分で、そのようなこずをわたしが蚀っおいるのか、具䜓的な論点を明瀺しお、ご指摘しおいただけないでしょうか

    わたしは「わたしの批刀が、わたしの芋解、解釈、理解、芋立お、思い、考えである。」ずいうこずは十分に承知しおいたす。そしお、その䞊で幎間読曞人さんの蚘事を批刀しおいたす。ずわたしは考えおいたす。

    「わたしの自芚䞍足」ず幎間読曞人さんはご指摘されおいたすが、わたしが䜕をどのように自芚しおいないのか、具䜓的に詳现に明瀺しお䞋さい。さらに、「わたしの錯誀」ず幎間読曞人さんはご指摘されおいたすが、わたしが䜕をどのように錯誀しおいるのか、具䜓的に詳现に明瀺しお䞋さい。

    幎間読曞人さんのご指摘があたりにも挠然ずしお、わたしにはわたしの批刀のどの郚分に぀いおのご指摘か分かりたせん。埓っお、わたしは反論するこずが出来たせん。

    もう少し、詳しく具䜓的に教えおいただけないでしょうか

    私幎間読曞人さんは、スロり・ボヌトの文章の文末に、必ず「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」ず曞くこずを芁望したす、ずいうこず、に぀いお

    したがっお以降は、貎兄のご文章に぀いおは、文末に、必ず「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」等ず曞いおいただきたいず芁望いたしたす。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    わたしの反論

    了解臎したした。
    本蚘事から、可胜な限り、そうした衚蚘を行いたい、ずわたしは思いたす。

    スロり・ボヌトの文章の文末に、「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」ず曞くこずで、その批刀の説埗力が倧きく枛じる、ずいうこず、に぀いお

    それだけで、貎兄のご批刀文は、その説埗力を倧きく枛ずるこずになるず思うからです。

    わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第1回目

    わたしの反論

    繰り返しになりたすが、芁玄文の末尟ぞの「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」のわたしによる远蚘は、読者ぞの印象操䜜の「刷り蟌み」ではありたせん。それは〈識別コヌド〉です。ずわたしは考えたす。

    〈識別コヌド〉が顕圚化されおも、されなくずも、「文章を批評的に、批刀的に読む。」こずが出来る読者の斌いおは、文章は意識的に、あるいは、無意識的に、リアル・タむムに〈識別コヌド〉が付䞎されながら読たれたす。ずわたしは考えたす。

    そしお、批評/批刀の説埗性は、その内容のよっお倉化するものです。〈識別コヌド〉によっお、倉化するこずはありたせん。ずわたしは考えたす。

    埓っお、〈識別コヌド〉である「ず私は思う思った、そう理解した、解釈した」をわたしの批刀の末尟に曞いおも、わたしの「批刀文は、その説埗力を倧きく枛ずるこずになる」こずはない、ずわたしは考えおいたす。

    No.25//あずがき1//          本蚘事を曞いおいる、わたしに぀いお

    わたしはnoteに斌いお〈歩く氎のような人の圢をしたもの〉ずいう名前のアカりントを持ち、そこで蚘事を投皿しおいたす。

    わたしは昚幎2024幎の10月のはじめ、noteで千葉雅也さんの『センスの哲孊』に぀いおの蚘事を公開したした。

    たた、『センスの哲孊』には盎接的には関係ありたせんが、幎間読曞人さんが蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」の䞭で蚀及されおいる千葉雅也さんの小説矀の䞭のひず぀である『゚レクトリック』に぀いお、䞀昚幎2023/2/11に、読曞感想文をnoteの蚘事ずしお投皿しおいたす。

    No.26//あずがき2//          わたしが、幎間読曞人さんの『センスの哲孊』の曞評の蚘事ぞの批刀を、なぜ、曞く事にしたのか 等に぀いお

    わたしが、幎間読曞人さんの『センスの哲孊』の曞評の蚘事ぞの批刀を、なぜ、曞く事にしたのか 等に぀いおは、䞋蚘の「〈第号〉2024幎4月10日に察するわたしの批刀///このアカりントに぀いお、あるいは、どのようにしお、この批刀の蚘事が曞かれるこずになったのかその経緯など」の蚘事に詳现に曞かれおいたす。ご芧䞋さい。

    No.27//あずがき3//          幎間読曞人さんずの『センスの哲孊』の評䟡を巡る「論争」のスタヌトに至る、具䜓的な経緯に぀いお

    幎間読曞人さんずの『センスの哲孊』の評䟡を巡る「論争」に至る、具䜓的な経緯に぀いおは、䞋蚘の幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」のコメント欄でのわたしず幎間読曞人さんのコメントのをご芧䞋さい。

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