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〈第12号〉                                幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」の〈わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第8回目〉ぞの応答/反論

    たえがき

    今回のわたしの反論は、䞻に、件の事柄、第䞀ずしお「〈事実確認〉ずは䜕か」、第二ずしお「幎間読曞人さんは、〈逃げるが勝ち〉ずばかりに『センスの哲孊』を巡る論戊から、逃げ回っおいる。」ずいう、件、第䞉ずしお「幎間読曞人さんは真の〈論争家〉ではない。埡郜合䞻矩的な、単なる〈口先だけの、自称の論争家〉あるいは〈蚀行䞍䞀臎の人〉でしかない。」ずいう、件、第四ずしお「䞖の䞭の人々は、バカではないので、幎間読曞人さんによる議論の呌び掛けには、ほずんど誰も応じないのは、圓然のこずである。」ずいう、件です。

    幎間読曞人さんは〈自称の疑い〉たみれの存圚です。

    ※、尚、「わたしず北村玗衣さんの関係性」の誀解に぀いお、幎間読曞人さんは、散々、あれだけ居盎っおおきながら、「心のこもった謝眪ずしお受け入れろ」ずいう蚀い草には、わたしは呆れおしたいたした。たさに、「盗人猛々しい」ずはこのこずです。幎間読曞人さんの態床/姿勢は、「自分の犯した誀りを棚䞊げしお、他人に説教する。」ようなもので、「その口が蚀うこずではない。」ず蚀わざるを埗たせん。

              ※※★★★※※

    ※noteにアクセスしお、この蚘事を、ご芧になられおいる、読者の皆様方ぞ

    幎間読曞人さんは〈論点ずらし〉を延々ず行い、「千葉雅也さんの『センスの哲孊』を巡る論戊」から、〈逃げ回るずいう行為〉を継続しおいたす。〈論点ずらし〉が、無様で醜悪であり、〈逃げ回るずいう行為〉が「醜態」であるこずは、圓然である、ずわたしは考えおいたす。

    わたしは、珟圚、幎間読曞人さんが晒し続けおいる「醜態」を、蚘録しログずしお残す䜜業を進行させおいる最䞭です。〈もっずもらしいあれこれの蚀い蚳をしお、論戊から逃げ回るこずしかできない〉幎間読曞人さんの姿を、蚘録し、幎間読曞人さんの「蚀行䞍䞀臎」を、ログずしお残すためにです。

    わたしが、わたしずしお、行うべきこずを行い、結果を蚘録し、ログを残すこず、オペレヌション・りィリアム・ブレむク・リノァむアサン/Operation William Blake Leviathan/、が、䜜戊/オペレヌション/Operatin/であるこずの所以がここにありたす。意味もなく、そう呌んでいるのではありたせん。

    今回、たえがきの郚分ずしお、幎間読曞人さんの〈論点ずらし〉が〈レッテル貌りによる、話のすり替え、ずいう印象操䜜〉の手法で行われおいる事䟋を提瀺しおおきたい、ずわたしは思いたす。

    ★〈レッテル貌りによる、話のすり替え、ずいう印象操䜜〉の手法で、行われおいる、幎間読曞人さんの〈論点ずらし〉の兞型的なひず぀の事䟋

    幎間読曞人さんによっお、わたしの「根拠のある批刀」が、わたしの「無根拠の誹謗」ぞず、すり替えられるずいう印象操䜜、が、ここで、実行されおいる、ずわたしは考えたす。「根拠ある」が「無根拠」ぞ、そしお「批刀」が「誹謗」ぞず、レッテル貌りされ、話が、巧劙にすり替えられおいたす。

    わたしは、䞋蚘の幎間読曞人さんからの反論の冒頭の郚分の匕甚にあるずに぀いお、䞊蚘にリンクした、わたしの蚘事〈第8号〉にお、詳现に根拠を提瀺しおいたす。わたしの批刀は「根拠のある批刀」であり、決しお「無根拠の誹謗」ではありたせん。ずわたしは考えおいたす。

    この件をわたしに指摘され、幎間読曞人さんは、よほど屈蟱的で倧ショックだったようで、わたしに「謝眪・撀回」させたいらしく、わたしが明確に根拠を提瀺した埌も、わたしが提瀺した根拠を意図的にスルヌしお、䜕床も繰り返し執拗に卑劣な手段を甚いお「根拠の無い誹謗」ず蚀い募っおいたす。

    幎間読曞人さんが、正々堂々ず、わたしの提瀺した根拠に蚀及し、問題点を批刀するこずはありたせん。い぀も、こうした、〈レッテル貌りによる、話のすり替え、ずいう印象操䜜〉の手法で、〈論点ずらし〉を行い、わたしの批刀を無効化キャンセルしようずしおいる、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんが「議論の攟棄」、あるいは、「議論の砎壊」を行っおいるのは、疑いのないこずだず、わたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんが䜕床も実行しおいる、「〈レッテル貌りによる、話のすり替え、ずいう印象操䜜〉の手法で、行われおいる、〈論点ずらし〉の事䟋」の兞型のひず぀ずしお、䞋蚘に匕甚をしおおきたい、ずわたしは思いたす。

    スロり・ボヌトさんが、この「たえがき」でやりたかったのは、

    
     いろいろ、幎間読曞人さんは曞かれおいたすが、読んでいるず、もしかしたら「幎間読曞人さんは「被害劄想的な䜕か」に憑り぀かれおしたった。」のかもしれない、ずわたしは考えおいたす。


    
     幎間読曞人さんは衚向きは他者からの承認欲求から自由であるかのように装い振る舞っおいたすが、内実では他者からの承認「いいね」を匷く垌求し、芋解の説埗力の拠り所にしおいる、ずわたしは思いたす。幎間読曞人さんの根本的な自己矛盟/自己分裂が図らずも露呈する圢になっおしたった、ずわたしは考えおいたす。


    なんおこずを「無根拠」に曞いお他人を誹謗しおも、決しお「謝眪するこずのない」スロり・ボヌトさんず、間違いは間違いずしお「謝眪した」私ずの倧きな違いを、お埗意のレトリックによっお、「逆転」しようずする詊みです。

    ※泚倪字はわたしによるものです。本文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんからの反論の冒頭の郚分

    No.1// 〈事実確認〉ずは䜕か

    〈事実確認〉ずいう行為の定矩/意味、に぀いお

    前提ずしお〈事実〉ず〈珟実〉の意味を、以䞋のように、芏定したす。

    ここでわたしが説明する〈事実確認〉ずいう蚀葉で蚘述する行為の䞭の、〈事実〉ずいう蚀葉の意味は、囜語蟞曞に普通に蚘茉されおいる意味/定矩ず同じにように、以䞋のような意味である、ず芏定したす。たた、〈珟実〉ずいう蚀葉の意味も、囜語蟞曞に普通に蚘茉されおいる意味/定矩ず同じように、「想像/虚構/フィクションの察極ずしおの䞖界」ずいう意味であるず、芏定したす。

    〈事実〉ずは、「珟実想像/虚構/フィクションの察極ずしおの䞖界の䞭で、実際に存圚した発生した、起きた、事柄/物事/出来事/事象」のこずである。

    凄く圓たり前過ぎおたどろこしいのですが、〈事実確認〉ずいう行為の定矩/意味を明確にするためには、必芁䞍可欠です。

    埓っお、ここで、わたしが説明する〈事実確認〉ずいう行為の定矩/意味は、以䞋のようなものずなりたす。

    〈事実確認〉ずは、「珟実想像/虚構/フィクションの察極ずしおの䞖界の䞭で、実際に存圚した発生した、起きた事柄/物事/出来事/事象を、䞍確かな曖昧な状態に留めずに、「このようである」ず、刀定するこずが出来る皋床に、明確にさせるこず」である。

    わたしが、ここで、説明しおいる〈事実確認〉ずいう行為の察象である〈事実〉は、「客芳的な倖的な出来事、及び、䞻芳的な内的な出来事、そしお、それらの耇合䜓、党お」ずいう、件

    わたしが、ここで、説明しおいる〈事実確認〉ずいう行為の重芁なポむントは、行為の察象である〈事実〉が、客芳的な倖的な出来事、及び、䞻芳的な内的な出来事、それらの耇合䜓、党おを含んだ「珟実の䞭で、実際に発生した事柄」であるずいう点です。

    ぀たり、わたしがこれから説明を行う〈事実確認〉ずいう行為の察象である〈事実〉ずは、珟実の䞭の倚くの人々が共有可胜な客芳的な出来事だけではなく、珟実の䞭の人間に関する出来事ずしお、「人間の内的な出来事」も含むこずになりたす。「人間の内的な出来事」ずは、蚀い換えれば、人間の内心、䞻芳、認識、理解、解釈、芋立お、受け止め、知芚、等々の事柄です。

    〈事実〉ずは、「珟実想像/虚構/フィクションの察極ずしおの䞖界の䞭で、実際に存圚した発生した、起きた、事柄/物事/出来事/事象」のこずである。

    ず定矩した通り、「珟実の䞭で、実際に発生した事柄」の䞭には、「人間の内的な出来事」を含んだものずしお、ここで、わたしは話を進めお行くこずになりたす。〈事実〉ずいう蚀葉は、倚くの堎合、客芳的な倖的な出来事ずいう意味を匷く党面に出しお䜿われるのですが、ここでは、少し意味を拡匵しお甚いたす。この重芁なポむントを理解しおいないず、以䞋のわたしの話を誀解なく理解するこずは出来たせん。

    〈事実確認〉に斌いお、「〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠を提瀺するこずが、可胜な事柄〉ず〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠を提瀺するこずが、䞍可胜な事柄〉」の぀のケヌスが存圚しおいる、の件

    誰かが、䜕かに察しお、〈事実確認〉ずいう行為を行った堎合、確認の結果の源である根拠を、〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお提瀺するこずが、可胜な事柄〉ず、〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお提瀺するこずが、䞍可胜な事柄〉の、二぀のケヌスが存圚しおいる、ずわたしは考えおいたす。

    ここで、蚘述の煩雑さを回避するために、䟿宜的に以䞋のように、それぞれのケヌスに名前を付けたい、ずわたしは思いたす。

    タむプAの事柄〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客
              芳的な根拠ずしお、提瀺するこずが、可胜な事柄

    タむプBの事柄〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客
              芳的な根拠ずしお、提瀺するこずが、䞍可胜な事柄

    泚意すべき点は、〈根拠〉に察しお、「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な」ずいう限定をしおいる点である。

    わたしがここで行っおいる話の䞭で、泚意すべき点は、〈根拠〉に察しお、「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な」ずいう限定をしおいる点である。タむプAの事柄ずタむプBの事柄に぀いおの二぀のケヌスの区分は、この限定に斌いお、はじめお意味を成すものずなっおいる。この限定を倖しおしたうず、わたしがここで行っおいる話ずは異なったものずなっおしたいたす。

    「〈根拠〉ずは、事象の存圚のありようを指し瀺す論理の階梯、あるいは、耇数の連鎖する事象の接合のありようを指し瀺す論理の階梯である。」ずするならば、「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な」ずいう限定をされない〈根拠〉も、圓然のこずずしお、わたしたちが生きおいる䞖界には存圚しおいる、ずわたしは考えおいたす。぀たり、〈根拠〉は、「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な」かたちを圢成しおいなくずも、䟋えば、䞻芳の䞭で論理の階梯ずしお意味を成すものずしお存圚し埗るものである、ずわたしは考えおいたす。

    しかし、わたしは、ここでの〈事実確認〉ずいう行為に぀いおの話に斌いお「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な」ずいう限定された〈根拠〉を前提に話を行っおいる、こずに留意しおいただきたい、ずわたしは考えおいたす。

    埓っお、「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な、ずいう限定をされた〈根拠〉」ず「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な、ずいう限定をされない〈根拠〉」を混同しおしたうず、わたしのここでの話を完党に誀解しおしたうこずになりたす。さらに、蚀えば、この二぀を郜合よく入れ替えお、話を組み立おおも、無意味なものにしかならない、ずあらかじめ申し䞊げおおきたいず思いたす。

    タむプAの事柄の事䟋の、幟぀か

    䟋えば、「千葉雅也さんが『センスの哲孊』を刊行する前に、どのようなタむトルの本を曞かれお刊行しおいるのか」ずいう〈事実確認〉はタむプAの事柄の事柄であり、たた、「わたしがnoteに斌いお、曞肆䟃䟃房をフォロヌした時期はい぀か」ずいう〈事実確認〉もタむプAの事柄の事柄であり、さらに、「わたしが千葉雅也さんの長線小説『゚レクトリック』を読んで、読曞感想文を投皿し公開したのは、『゚レクトリック』が芥川賞候補になる前なのか、それずも、埌なのかわたしは『゚レクトリック』を芥川賞候補䜜ずしお読んだのか」ずいう〈事実確認〉もタむプAの事柄の事柄である、ずわたしは考えおいたす。

    それぞれの具䜓的な〈事実確認〉に察しお、䜕れも、誰であっおも、〈事実確認〉の結果の根拠を、「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠」ずしお、提瀺するこずが、比范的に容易に可胜である、ずわたしは考えおいたす。

    タむプAの事柄の〈事実確認〉の䞍足から、生じおしたった、幎間読曞人さんの認識の誀り、の事䟋わたしの蚘事〈第9号〉の再録

    「わたしが千葉雅也さんの長線小説『゚レクトリック』を読んで、その読曞感想文を投皿し公開したのは、『゚レクトリック』が芥川賞候補になる前なのか、それずも、埌なのかわたしは『゚レクトリック』を芥川賞候補䜜ずしお読んだのか」ずいう事柄に関する、幎間読曞人さんの認識の誀りは、「タむプAの事柄の〈事実確認〉の䞍足/欠劂から生じおしたった、誀った認識の事䟋のひず぀」である、ずわたしは考えおいたす。

    䞋蚘にリンクのわたしの蚘事〈第9号〉の䞭の、「No.2//あらためお、わたしが幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」を批刀する理由に぀いお」のの䞭に曞かれおいる、この件をここに再録しおおきたい、ずわたしは考えたす。


         、以䞋、わたしの蚘事〈第9号〉の再録、

    「わたしは『゚レクトリック』を芥川賞の候補䜜ずしお、読んではいない。」そしお「わたしが曞いた『゚レクトリック』の読曞感想文のnoteの蚘事の公開は『゚レクトリック』が芥川賞候補䜜ずしお発衚される、前のこずである。」ずいう、件

    ★noteにアクセスしお、この蚘事をご芧になられおいる読者の皆様方ぞ

    そもそも、スロり・ボヌトさんは、䞖評の高い千葉雅也の『センスの哲孊』を絶賛し、「芥川賞候補䜜」である千葉の小説を絶賛する立堎の人であり、

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんからの反論

    䞊蚘の幎間読曞人さんの反論の匕甚郚分を、読たれた方の䞭には、「わたしが千葉雅也さんの長線小説『゚レクトリック』を「芥川賞候補䜜」ずしお、読んで、感想をnoteの蚘事ずしお曞いおいる。」ず思っおいる方がもしかしたらいるのかもしれない、ずわたしは思いたす。

    しかし、それは誀解であり、そうではないずいう〈誰にでも怜蚌可胜な、客芳的な事実〉を、ここに、明蚘しおおきたい、ずわたしは思いたす。

    千葉雅也さんの長線小説『゚レクトリック』の初出は『新朮 2023幎2月号』2023幎1月7日刊行であり、わたしはそこで『゚レクトリック』を読み、2023幎2月11日に読曞感想文をnoteの蚘事ずしお公開した、ずわたし思いたす。わたしのnoteの公開の時点では、『゚レクトリック』の初出から玄䞀か月しか経過しおなく、『゚レクトリック』は単行本にもなっおいたせんでした。単行本ずしお刊行されたのは2023/5/31のこずだず、わたしは思いたす。

    『゚レクトリック』が、第169回芥川賞候補䜜ずしおは発衚されたのは、わたしのnoteの蚘事の公開2023幎2月11日埌の、2023幎6月16日であり、わたしが『゚レクトリック』を芥川賞の候補䜜ずしお、読んではいないずいうこずは、〈誰にでも怜蚌可胜な、客芳的な事実〉である、ずわたしは考えおいたす。

         、以䞊、わたしの蚘事〈第 号〉の再録、

    タむプBの事柄の事䟋の、幟぀か

    〈タむプBの事柄の事䟋その〉

    「千葉雅也さんが『センスの哲孊』を刊行する前に刊行された本のひず぀である、『アメリカ玀行』は、いかなる本であるのか」ずいう〈事実確認〉はタむプBの事柄の事柄である、ずわたしは考えおいたす。

    わたしはこの本を以䞋のように衚珟したした。

    『アメリカ玀行』はタむトルを含めお芋掛け䞊ぱッセむの䜓裁をしおいながらも、〈散文の思考〉ず〈思考の散文〉が亀錯し、千葉雅也さんの蚀葉の物質性が奏でられおいる音楜のような本です。

    〈第3号〉:幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」2024幎4月10日に察するわたしの批刀本論///[セクション前半の]ぞの批刀の䞭の、No.3//千葉雅也さんの『センスの哲孊』たでの著䜜に぀いお

    これは、わたしに斌ける、「千葉雅也さんの『アメリカ玀行』ずはいかなる本であるのか」ずいう問いに察する答えです。真/本圓か、停/嘘か、ず問われれば、「わたしに斌いおは、真/本圓です」。そのこずを以おしお、この事柄は、わたしに斌ける、「珟実想像/虚構/フィクションの察極ずしおの䞖界の䞭で、実際に存圚した発生した、起きた、事柄/物事/出来事/事象」ずしおの〈事実〉であるこずは誀りではありたせん。

    しかし、この件は、タむプAの事柄の「〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお、提瀺するこずが、可胜な事柄」ではなく、タむプBの事柄の、「〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお、提瀺するこずが、䞍可胜な事柄」である、ずわたしは考えおいたす。

    わたしに斌ける〈事実〉であるこずは誀りではありたせんが、しかし、他人にそのこずを、〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお、提瀺するこず〉は䞍可胜である、ずわたしは考えおいたす。

    わたしの千葉雅也さんの『アメリカ玀行』の読曞感想は、わたしの内心/䞻芳/芋解/理解/解釈/認識である、のですから、圓然ず蚀えば圓然のこずです

    蚀い換えれば、わたしの内心/䞻芳/芋解/理解/解釈/認識ずは、わたしの〈内的なるもの内心〉を蚀葉で衚珟したものである、のですから、〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお、提瀺するこず〉は、䞍可胜であるのは、必然でしかありたせん。

    仮に、わたしの䞻芳の内容に論理的な敎合性が存圚しおいたずしお、わたしが、論理性を語るこずが可胜であっおも、䞻芳の内容の根拠を、〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠〉ずしお提瀺するこずは、䞍可胜なこずです。それは、わたしに限ったこずではなく、わたしの立堎に立おば、誰であっおも䞍可胜なこずです。

    重芁なこずは、「わたしの䞻芳の内容が、わたしに斌ける〈事実〉であるこずは誀りではない。さらに、わたしの䞻芳の存圚は厳密に確かである。」が、しかし、その〈事実〉を、わたしは他者に向けお〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠〉ずしお提瀺するこずは、決しお行うこずの出来ない、䞍可胜なこずである、ずいうこずです。粟密に蚀い換えれば、わたしの芋解の〈根拠〉を、わたしが正確に述べるこずは出来おも、その〈根拠〉は、「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な」〈根拠〉ずなるこずは出来ない、ずいうこずです。

    〈タむプBの事柄の事䟋その〉

    「わたしが北村玗衣さんを、い぀、どのような経緯で知ったのか」ずいう〈事実確認〉はタむプBの事柄の事柄であるずわたしは考えおいたす。

    わたしは、「わたしがnoteを始める以前に、小説家・川䞊未映子さんから歌人・笹井宏之さんを知り、その瞁で、曞肆䟃䟃房を知り、曞肆䟃䟃房経由で北村玗衣さんを知った」のですが、これらの䞀連の事柄は、わたしがそのように認識しおいるだけの、党お、わたし以倖の人は知らない事柄です。わたしに斌いおは、〈事実〉であるこずは誀りではありたせんが、他人にそのこずを〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお、提瀺するこず〉は䞍可胜なタむプBの事柄の事柄である、ずわたしは考えおいたす。

    䟋えば、「目撃者は、目撃したのだから、その出来事を知っおいる」はずですが、しかし、出来事によっおは目撃者の知っおいる事柄ずしおの蚌蚀が倧きく食い違うずいうこずは、特別に珍しいこずではありたせん。事䟋を数え䞊げればきりがないほどの、珟実のありようのリアルな姿です。

    「人間が䜕かを認識する/知る」ずいう行為は、状況や付随する出来事から他人はその人がそのこずを認識しおいる/知っおいるか吊か、或る皋床は掚枬するこずが可胜です。しかし、認識する/知るずいう行為そのものは、本人の内的な行為ですから、最終的には、本人以倖には分からない事柄です。「人間が䜕かを認識する/知る」ずいう行為の〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠〉は、確かなものずしお、必ず存圚しおいるわけではありたせん。

    〈タむプBの事柄の事䟋その〉

    わたしは前回のわたしの蚘事〈第11号〉に斌いお、以䞋のようき蚘述し、「わたしは『センスの哲孊』の党文を読んでいたす。」ず衚明しおいたす。

    尚、わたしは『センスの哲孊』の党文を読んでいたす。たえがきの「はじめに「センス」ずいう蚀葉」から、第章「センスずは䜕か」〜第章「反埩ずアンチセンス」さらに、付録「芞術ず生掻を぀なぐワヌク」、読曞ガむド、あずがきの「おわりに 批評の暩利」たでの党文、を読んでいたす。

    〈第11号〉幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」の〈わたしの批刀に察する、幎間読曞人さんの反論第7回目〉ぞの応答/反論の䞭の、No.1// 倧前提ずしおの、確認事項。// 幎間読曞人さんは、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』の党文を、読たれた䞊で、レビュヌを曞かれたのでしょうか

    しかし、「わたしは『センスの哲孊』の党文を読んでいたす。」ずいう衚明の〈事実確認〉もたたタむプBの事柄の事柄である、ずわたしは考えおいたす。わたしに斌いおは、〈事実〉であるこずは誀りではありたせんが、他人にそのこずを、〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお、提瀺するこず〉は䞍可胜である、ずわたしは考えおいたす。

    「わたしが『センスの哲孊』の本を持っおいるずいうこず」は、客芳的な根拠で瀺すこずは出来るず、わたしは思いたすが、「わたしが『センスの哲孊』の党文を読んでいるいうこず」は、わたしの立堎に立おば、誰であっおも、客芳的な根拠で瀺すこずは出来ない、ずわたしは思いたす。

    「わたしが『センスの哲孊』の本を、持っお、開いお、読んでいるような姿の写真/映像が存圚しおいた」ずしおも、それが、「わたしは『センスの哲孊』の党文を読んでいたす。」ずいう事柄の〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠〉を、必ずしも意味するものではない、ずいうこずです。

    人間が本を読むずいう行為もたた「珟実想像/虚構/フィクションの察極ずしおの䞖界の䞭で、実際に存圚した発生した、起きた、事柄/物事/出来事/事象」ずしおの〈事実〉の䞭の、「人間の内的な出来事」です。埓っお、これに察する〈事実確認〉もたた、タむプBの事柄ずなりたす。

    わたしたちが生きおいる珟実のありよう、あるいは、耇数のタむプAの事柄ず耇数のタむプBの事柄が、耇雑に撚り合わせられた立䜓的な䞖界

    このようにわたしたちが生きおいる珟実は、耇数の「タむプAの事柄〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお、提瀺するこずが、可胜な事柄」ず、耇数の「タむプBの事柄〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお、提瀺するこずが、䞍可胜な事柄」が、耇雑に絡み合い立䜓的に織り成しおいる、黒/停ず癜/真ず灰色/真停䞍明の斑暡様の䞖界である、ずわたしは考えおいたす。

    わたしたちは珟実の䞭で、生きお行くために、タむプBの事柄に察しおも〈事実確認〉を行い、察凊し、珟実の倚くを、把握する必芁がある。

    珟実の倧郚分を構成し、わたしたちが珟実で生きお行く䞭で、関係せざるを埗ない、他者たちずは、〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお、提瀺するこず〉が䞍可胜な〈内的なるもの内心〉を内包しおいる存圚です。

    埓っお、必然的にタむプAの事柄だけに察しお、〈事実確認〉を行い、察凊するだけでは、人は、他者たちを含めた珟実の倚くの郚分を把握するこずが出来たせん。

    わたしたちは珟実の䞭で、生きお行くために、「タむプBの事柄〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお、提瀺するこずが、䞍可胜な事柄」に察しおも、䜕かしらの方法で、〈事実確認〉を行い、盞応の察凊をしお、珟実の倚くの郚分を把握する必芁がある、ずわたしは考えおいたす。

    人ずしお、瀟䌚生掻を営むために、タむプAの事柄ずタむプBの事柄の双方ぞの〈事実確認〉ずいう行為が必芁䞍可欠な事柄である、ずわたしは考えおいたす。

    わたしたち人間は、誕生した時から、それを知っおいる

    他者たちの〈内心〉、あるいは、他者から芳れば、他者である〈わたし〉の〈内心〉は、確かに存圚しおいたす。しかし、他者に〈わたし〉の〈内心〉のありようを100パヌセント完党に䌝えるこず、あるいは、他者の〈内心〉のありようを〈わたし〉が100パヌセント完党に知るこずは、出来きない「䞍可胜事」であるのは、分かり切ったこずです。

    わたしたち人間は、誕生した時から、垌望ず絶望の綯い亀ぜの䞭で、そのこずを、痛みず䌎に、知っおいたす。

    宇宙の挆黒の闇の䞭、孀独の䞭で、浮遊する、人間の存圚の根源である「内的なるものたち〈内心〉」。100パヌセント完党に、互いを分かり合うこずのできないものたち。

    だからこそ、わたしたちには、蚀葉があり、衚珟があるのです。

    〈芞術〉、あるいは、〈哲孊〉が、人間の存圚の孀独に抗うための営為であり、人間の存圚の根源である「内的なるものたち〈内心〉」の䞭の䜕かを、他者ず共有しようずする行為の結実、であるこずは蚀うたでもありたせん。

    わたしたち人間には、他者の話内心の事実性の信憑性/蓋然性/劥圓性を評䟡する胜力が備わっおいる。

    タむプBの事柄に察する〈事実確認〉を行っおも、人は〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠〉を埗るこずは出来たせん。しかし、だからずいっお、タむプBの事柄ぞの〈事実確認〉は「䞍可胜事」ずしお切り捚るしかない、䞍必芁なこずであり、完党に無意味なものである、のかずいうず、そうではありたせん。その認識は党くの誀りである、ずわたしは考えおいたす。

    他人の話を、「真ず停が混濁した、真停䞍明なもの、あるは、党おが停かもしれないもの」ずしお、〈事実確認〉から排陀しおしたうのは、誀った行為であり、誀った認識である、ずわたしは考えおいたす。さらに、蚀えば、その考えは他者ずの繋がり、他者ずの察話/議論/論戊、瀟䌚の存圚、を吊定/キャンセル/する考えにも進展しおしたうものだ、ずわたしは考えおいたす。

    確かに、他人の話は真停䞍明なものであるかもしれたせん。しかし、わたしたちには、他人の話内心の事実性の信憑性/蓋然性/劥圓性を評䟡する胜力が備わっおいたす。必ずしも、い぀も、正確に刀定を䞋すが出来るわけではありたせん。しかし、他者の話内心の事実性の信憑性/蓋然性/劥圓性を評䟡し、真ず停を刀定し、〈䞀定皋床の確からしさ〉を〈事実確認〉によっお匕き出し、珟実のありようを「或る皋床の茪郭のあるもの」ずしお把握するしか、わたしたちには珟実を把握しお生きる術は存圚しおいない、ずわたしは考えおいたす。

    繰り返したす。他者の話内心の事実性に、〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠〉を求めるこずは出来たせんし、たた、そうした芁求をする必芁もありたせん。〈事実確認〉によっお、臎呜的な錯誀をしない皋床に、誀差を含んでいる〈䞀定皋床の確からしさ〉を暫定的な目印ずしお、掎み取れれば、それで十分生きお行くこずが出来るのです。そのためにこそ、真ず停の混ぜ合わせの他人の話に耳を傟ける必芁がある、ずわたしは考えおいたす。

    〈自己䞭じこちゅう〉の免眪笊ずしお、「内心の事実を、他人が確認するこずは、䞍可胜事である。」ずいう話を、利甚するこずは蚱されない。

    「他人の内心の事実を、本人以倖が確認するこずは、䞍可胜事である」ず決め付け、他人の話に耳を傟けるこずを怠り、攟棄し、自身の〈解釈的な掚枬〉を事実であるかのように、他者に向けお振る舞う行為は誀った行為である、ずわたしは考えたす。そうした誀った行為を平然ず行う人たちのこずを〈自己䞭じこちゅう〉ず、䞖の䞭では呌んでいたす。

    〈自己䞭じこちゅう〉の免眪笊ずしお、「内心の事実を、その本人以倖の者である他人が確認するこずは、䞍可胜事である。」ずいう事柄を利甚する詐術を蚱しおはいけない、ずわたしは考えおいたす。

    〈自己䞭じこちゅう〉的な䞖界を正圓化するためにタむプAの事柄ずタむプBの事柄を、郜合良く、すり替えおはいけない。

    「タむプAの事柄〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお提瀺するこずが、可胜な事柄」に察しお、「タむプBの事柄〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお提瀺するこずが、䞍可胜な事柄」ずしお、察応するこず、

    さらに、逆に、

    「タむプBの事柄〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお提瀺するこずが、䞍可胜な事柄」に察しお、「タむプAの事柄〈事実確認〉の結果の根拠を、誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠ずしお提瀺するこずが、可胜な事柄」ずしお、察応するこず、

    䜕れも、錯誀でしかない。

    仮に、錯誀が意図的に〈自己䞭じこちゅう〉的な䞖界を正圓化する目的ずしお行われるのであれば、論倖ずいう他ない、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんの〈い぀もの論法〉、あるいは、パタヌン化され、構造化されたタむプAの事柄ずタむプBの事柄の意図的な巧劙なすり替え

    幎間読曞人さんが毎回のように繰り返しおいる〈い぀もの論法〉は、以䞋のように、パタヌン化され構造化されおいる、ずわたしは考えおいたす。

    タむプBの事柄に察しお、タむプAの事柄であるかのように取り扱い、「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠を提瀺せよ」ず、盞手に芁求し、さらに、タむプAの事柄に察しお、タむプBの事柄であるかのように取り扱い、「誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠を提瀺するこずは、䞍可胜事である。」ず蚀い逃れる、ずいう、幎間読曞人さんの〈い぀もの論法〉。

    幎間読曞人さんの〈い぀もの論法〉は、芋解に察する、他者からの批刀ぞの反論ではなく、珟実の䞭での個別の事象のありようを巧劙にすり替えるこずによっお、他者からの批刀を、やり過ごし、無効化キャンセルする詊みである、ずわたしは考えおいたす。批刀ぞの、反論ではなく、キャンセル。これを〈論点ずらし〉ず蚀わずしお䜕ずいうのだろう。

    「わたしず北村玗衣さんの関係性」に぀いおの、幎間読曞人さんの論理/ロゞックは、意味䞍明な支離滅裂なものである。

    「わたしず北村玗衣さんの関係性」に぀いおも、〈事実確認〉が䞀定の有効性があったこず瀺しおいたす。事埌的ですが、実際に、幎間読曞人さんは、「スロり・ボヌトさんの説明が「事実である蓋然性は十分に高い」ずも刀断した」、ずご自身の蚀葉で曞かれおいたす。

    幎間読曞人さんは、「〈事実確認〉を、「他人の内心の事実を、本人以倖が確認するこずは、䞍可胜事である」ずしお退け、「だからこそ私は、「解釈的な掚枬」を語るしかなかった。」ず蚀い぀぀、その䞀方で、「わたしの話説明が蓋然性の十分に高いものである」ず刀断されおいる。

    幎間読曞人さんの話の論理/ロゞックは、論理/ロゞック以前の、レトリックであり、「為にするこじ぀け」皋床の、意味䞍明な支離滅裂なものでしかないこずが、ここに、端的に珟れおいる、ずわたしは考えおいたす。

    No.2// 批評の察象は、他者の〈内心〉ではない。批評の察象は、他者の蚀葉、行為である。

    「批評の察象は、他者の〈内心〉ではない。批評の察象は、他者の蚀葉、行為である。」ずいうわたしの基本的な考え

    「批評/批刀の察象は、他者の〈内心〉そのもの、あるいは、他者の〈䞻芳〉そのもの、ではなく、他者の「内的なるもの内心、あるいは、䞻芳」から倖郚ぞ生み出された〈衚珟ずしおの蚀葉〉であり、〈衚珟ずしおの行為〉である。」ずいう、批評に぀いおの、わたしの基本的な考えを、あらためおここに瀺したい、ずわたしは思いたす。

    〈内心〉、あるいは、〈䞻芳〉は、わたし以倖の他人には正確に認識するこずは䞍可胜な事象であるが、人間の「内的なるもの」ずしお、〈内心〉、あるいは、〈䞻芳〉は厳然ずしお存圚しおいる、ずわたしは考えおいたす。

    しかし、

    「批評/批刀の察象ずなるものは、〈内心〉そのもの、あるいは、〈䞻芳〉そのものではなく、〈内心〉そのもの、あるいは、〈䞻芳〉そのものから生み出された〈衚珟ずしお、衚珟された蚀葉〉であり、〈衚珟ずしお、衚珟されたの行為〉である。」ずいう考えが、わたしの批評/批刀に察する基本的な考えです。繰り返したす。批評/批刀の察象は〈内心〉そのものではない、ずわたしは考えおいたす。぀たり、「議論の察象は、〈衚珟ずしおの蚀葉〉であり、〈衚珟ずしおの行為〉である。」ずわたしは考えおいたす。

    〈衚珟ずしお、衚珟された蚀葉〉、あるいは、〈衚珟ずしお、衚珟されたの行為〉で提瀺された自己、及び、他者の認識/理解/解釈/芋立おに察しお、自己、及び、他者が互いに論理的な敎合性を構成しながら、論理を組み立お、掚枬し、怜蚌し、互いの〈衚珟ずしお、衚珟された蚀葉〉、あるいは、〈衚珟ずしお、衚珟されたの行為〉の信憑性/蓋然性/劥圓性を批評/批刀する、ずいう事柄ずしお、議論/論戊が行われる、ずわたしは考えおいたす。

    「〈事実確認〉は、「批評/批刀ずいう行為」の過皋/プロセスの郚分である。」の件

    〈事実確認〉は、そうした「批評/批刀ずいう行為」の過皋/プロセスの郚分ずしお、適宜、実行されたす。〈事実確認〉は「批評/批刀ずいう行為」の過皋/プロセスの郚分である、ずいうのが、わたしの認識です。〈事実確認〉は「他者の〈内心〉そのもの」を、盎接的に把握するために行われるのではありたせん。

    「批評/批刀ずいう行為」に斌いお、

    〈事実確認〉ずは、「珟実想像/虚構/フィクションの察極ずしおの䞖界の䞭で、実際に存圚した発生した、起きた事柄/物事/出来事/事象を、䞍確かな曖昧な状態に留めずに、「このようである」ず、刀定するこずが出来る皋床に、明確にさせるこず」である。

    である〈事実確認〉は、事案によっおは、必芁䞍可欠なこずになる堎合がありたす。䜆し、他者の蚀葉/行為の劥圓性の評䟡である批評に斌いお、「〈事実確認〉がい぀も必芁になる。」ずいうこずではありたせん。あくたでも、過皋/プロセスの郚分ずしお、事案のありように応じお適切に甚いられたす。

    個々の事案の批評/批刀のために行われる、〈事実確認〉は、タむプAの事柄であったり、タむプBの事柄であったり、䞡方が組み合わさったり、したす。事案の、その時々に応じお、適切な〈事実確認〉を行う必芁があり、〈事実確認〉が䞍足したり、〈事実確認〉を誀るず、批評/批刀は結果ずしお誀ったものになっおしたいたす。

    「批評/批刀ずいう行為」の過皋/プロセスの郚分ずしおの〈事実確認〉の事䟋、あるいは、他者の芋解/認識/解釈の劥圓性の評䟡の方法、ずしおの〈事実確認〉の事䟋、に぀いお

    䞊蚘の、わたしの蚘事〈第11号〉の䞭で、「批評ずいう行為」の過皋/プロセスの郚分、あるいは、他者の芋解の劥圓性の評䟡の方法、ずしおの〈事実確認〉を行っおいるので、䞋蚘に再録しおおきたいずわたしは思いたす。

         、以䞋、わたしの蚘事〈第11号〉の再録、

    論点3「千葉雅也さんは、珟代思想の倧哲孊者の解説屋をやめお、自分自身をブランド化する行為ずしお、『センスの哲孊』を曞き、刊行した。」ずいう、幎間読曞人さんの掚枬/認識に察する怜蚌・批刀

                 ・・・䞭略・・・ 

    千葉雅也さんが自分自身をブランド化する行為ずしお、『センスの哲孊』を曞き刊行したずいう掚枬は誀りです。

                 ・・・䞭略・・・ 

    著述家ずしおの〈千葉雅也・印〉のブランドは、『センスの哲孊』2024以前に既に確立しおいたす。

    幎間読曞人さんの、「千葉雅也さん衚珟のブランド」に関する、誀った認識は、2024幎の4月に刊行された『センスの哲孊』以前の、2023幎たでの千葉雅也さんの著述掻動の党貌に察する無知に起因する、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんは、ここで、「事実関係の確認の䞍足により、事実に察する誀認をする。」ずいう誀った認識を行っおいる、ずわたしは考えおしたす。

    幎間読曞人さんの認識が、〈客芳的な根拠〉ず〈論理的敎合性〉の欠萜した認識であるこずが、明らかになった、ずわたしは考えおいたす。

                 ・・・䞭略・・・ 

    ※千葉雅也さんの『センスの哲孊』たでの著䜜に぀いお

    わたしの批刀を行う䞊で、その前提ずしお、千葉雅也さんがこれたでに行っおきた衚珟の抂略を瀺しおおきたいず思いたす。千葉雅也さんは毎日のようにTwitterで蚀葉を発信されおいたす。Twitterのフォロワヌ数は2024幎12月珟圚、9䞇を超えおいるようです。そしお、著述家ずしお本を曞かれおいたす。わたしは千葉雅也さんの単独の著䜜は、小説䞉郚䜜を含めお、党お読んでいたす。ざっずですが、今幎2024の4月に『センスの哲孊』を刊行するたでの、千葉雅也さんのこれたでに行っおきた著䜜の履歎を蟿っおみたしょう。尚、千葉雅也さんには察談等の共著もありたすが、ここでは省略したす。

    千葉雅也さんの珟時点での単独の著䜜は以䞋の通りです。

    『動きすぎおはいけないゞル・ドゥルヌズず生成倉化の哲孊』
       2013
    
    『別のしかたでツむッタヌ哲孊』2014
    
    『勉匷の哲孊来たるべきバカのために』2017
    
    『意味がない無意味』2018
    
    『アメリカ玀行』2019
    
    『珟代思想入門』2022
    
    『センスの哲孊』2024

    長線小説䞉郚䜜は以䞋の通りです。

    『デッドラむン 』2019
    
    『オヌバヌヒヌト』2021
    
    『゚レクトリック』2023

    千葉雅也さんは、自身の博士論文である最初の著䜜『動きすぎおはいけないゞル・ドゥルヌズず生成倉化の哲孊』2013が泚目を集め、その埌、『別のしかたでツむッタヌ哲孊』2014、『勉匷の哲孊来たるべきバカのために』2017などが刊行され、倚くの読者を埗たした。

    その埌、最初の長線小説『デッドラむン』が2019幎に刊行され、2021幎に二䜜目の長線小説『オヌバヌヒヌト』、2023幎に䞉䜜目の長線小説『゚レクトリック』が刊行されたした。千葉雅也さんは小説家ずしお、既に䞉぀の長線小説を発衚され、それらの小説は䞀定数の読者を獲埗しおいたす。

    そしお、珟圚に至っおいる、ずいう流れです。

    『珟代思想入門』2022/3/16刊行は「珟代思想哲孊」に぀いお「わかりやすく説明しおくれる」本かもしれたせん。2023幎2月時点で電子版を含めお13䞇郚を超えお、ベストセラヌずなった『珟代思想入門』のむンパクトが匷く、千葉雅也さんを「珟代思想哲孊」に぀いお「わかりやすく説明しおくれる人」ず認識しおいる人も倧勢いるず思いたす。その認識自䜓は誀りではありたせん。千葉雅也さんには確かに珟代思想哲孊の解説者ずいう偎面がありたす。

    しかし、『珟代思想入門』以倖の本は珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれる本ではありたせん。たた、千葉雅也さんのTwitterも、必ずしも珟代思想哲孊に぀いお分かりやすく説明しおくれるものではありたせん。『意味がない無意味』2018は批評集でもあり哲孊曞でもありたす。この本で千葉雅也さんは自分の哲孊を語っおいたすが、その文䜓は硬質で、語り口は平明なものではありたせん。『意味がない無意味』は決しお珟代思想哲孊を分かりやすく説明する本ではありたせん。たた、『アメリカ玀行』はタむトルを含めお芋掛け䞊ぱッセむの䜓裁をしおいながらも、〈散文の思考〉ず〈思考の散文〉が亀錯し、千葉雅也さんの蚀葉の物質性が奏でられおいる音楜のような本です。

    千葉雅也さんは「珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれる人」ではありたすが、「珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれるだけの人でしかない。」ずいう認識は明らかに誀りです。千葉雅也さんは「珟代思想哲孊を分かりやすく説明しおくれる人」であり、「珟代思想哲孊の耇雑な内容を耇雑なたた耇雑に語る人」であり、「䞍思議な魅力溢れる小説を曞く小説家」です。

    著述家ずしおの〈千葉雅也・印〉のブランドは『センスの哲孊』2024以前に既に確立しおいたす。千葉雅也さんが「『センスの哲孊』2024の刊行によっお、珟代思想哲孊の解説者をやめお、自身のブランドを確立しようずした。」ずいう認識は、これたでの千葉雅也さんの著䜜の時系列的な事実を知らない人による、誀った認識です。『センスの哲孊』は既に確立されたブランド・〈千葉雅也・印〉が刻印された芞術論です。

    泚わたしがここで蚀っおいる「ブランド」ずは、「他のものず識別するためのしるし」ず蚀う意味です。他のものずは異なっおいるずいう意味で、「特別なもの」ずいう意味はありたすが、「高玚な䟡倀あるもの」ずいう意味を必ずしも含んではいたせん。

                 ・・・䞭略・・・ 

         、以䞊、わたしの蚘事〈第11号〉の再録、

    No.3〈事実確認〉ずしお、再床、問いたす。//        幎間読曞人さんは、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』の党文を、読たれた䞊で、レビュヌを曞かれたのでしょうか

    「〈事実確認〉ずは䜕か」の、わたしの考えは、〈No.1〉に、曞かれおいたす。その䞊で、あらためお、〈事実確認〉ずしお、再床、問いたす。

    幎間読曞人さんは、千葉雅也 さんの『センスの哲孊』の党文を、読たれた䞊で、レビュヌを曞かれたのでしょうか

    前回の幎間読曞人さんからの反論の結果、わたしの䞭では、さらに、「幎間読曞人さんは、たえがきの「はじめに「センス」ずいう蚀葉」ず第章の「センスずは䜕か」しか読んでいないのではないだろうかずいう疑い」が非垞に増倧する結果ずなりたした。

    さらに、「「幎間読曞人さんが、『センスの哲孊』の郚分しか読んでいないにもかかわらず、あたかも党文を読んだかのようにレビュヌを曞いたこず」を隠蔜するために、必死に論戊から逃げ回っおいる、ずすれば、話の蟻耄が合う、ずいう構図」もわたしの䞭で浮かび䞊がっお来たした。しかし、それは、わたしの頭の䞭だけの、「想像される最悪のケヌス」ずしおの、勝手な憶枬でしかなく、党く、具䜓的な根拠を欠いたものです。

    あれこれの、蚀い蚳は必芁ありたせん。幎間読曞人さんご自身の蚀葉で返答しおいただければ、それで、よい、ずいうこずです。わたしの質問事実確認は、返答の内容を裏付けを〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠〉ずしお提瀺するこずが䞍可胜な事柄であるこずは、わたしを含めお誰もが承知しおいるこずです。誰䞀人、この件に察しお、幎間読曞人さんに〈誰にでも怜蚌可胜な客芳的な根拠〉を求めたせん。

    幎間読曞人さんがどのような返答をするのかは、ご自身が決めるこずです。たた、わたしを含めお誰も幎間読曞人さんに、「それは本圓のこずですかそれずも嘘ですか」などずいう愚かな質問はしたせん。

    仮定ずしお、幎間読曞人さんが嘘を蚀っおも、わたしを含めお、他人には分かりたせん。䜆し、それが嘘の堎合、幎間読曞人さんは「わたしに察しお、noteにアクセスしおこれをご芧になっおいる方々に察しお、そしお、䜕より自分自身に察しお、嘘を぀いた。」ずいう事柄を、ご自分の内心の䞭で、背負い蟌み、堎合によっおは、苛たれるこずになっおしたいたす。

    幎間読曞人さんは『センスの哲孊』のレビュヌを曞かれ、レビュヌをnoteずいうSNSの堎で公開されたした。わたしに察しおずいうこずではなく、幎間読曞人さんの『センスの哲孊』のレビュヌの読者、及び、noteにアクセスしお、この議論を読たれおいる読者に察しお、幎間読曞人さんには、ご自身の蚀葉で、この件に぀いお説明する「責務」がある、ずわたしは考えおいたす

    返答の内容の信憑性/蓋然性/劥圓性は、わたしを含めお、noteにアクセスしおこの蚘事を読たれおいる方々のひずりひずりが刀断するしかない、ずわたしは考えおいたす。

    重芁なこずは、noteずいう公開の堎で、「わたしが幎間読曞人さんに〈事実確認〉ずしお、質問したずいう事柄」を、蚘録しログずしお残すこずです。さらに、可胜であれば、質問に察する、幎間読曞人さんの返答を、蚘録しログずしお残すこずです。

    仮に、幎間読曞人さんからの返答が無くずも、「幎間読曞人さんからの返答が無かった、ずいう事柄」ずしお、蚘録しログずしお残すこずが出来れば、幎間読曞人さんの『センスの哲孊』のレビュヌぞの、わたしの批刀の過皋/プロセスずしお、意味がある、ずわたしは考えおいたす。

    プロロヌグ、を、再床、繰り返したす。

    わたしが、わたしずしお、行うべきこずを行い、結果を蚘録し、ログを残すこず、オペレヌション・りィリアム・ブレむク・リノァむアサン/Operation William Blake Leviathan/、が、䜜戊/オペレヌション/Operatin/であるこずの所以がここにありたす。意味もなく、そう呌んでいるのではありたせん。

    No.4//幎間読曞人さんは、〈逃げるが勝ち〉ずばかりに、『センスの哲孊』を巡る論戊から、逃げ回っおいる。」ずいう、件

    「幎間読曞人さんが〈逃げるが勝ち〉ずばかりに『センスの哲孊』を巡る論戊から、逃げ回っおいる。」ずいうこずは、もはや、蚀い逃れの出来ない、誰の目にも明らかな事柄である。

    幎間読曞人さんは、〈論点ずらし〉を延々ず行い、「千葉雅也さんの『センスの哲孊』を巡る論戊」から、逃げ回り、続けおいたす。幎間読曞人さんの反論は、毎回ほが『センスの哲孊』ずは盎接的には関係の無いこずばかりです。

    「幎間読曞人さんが〈逃げるが勝ち〉ずばかりに『センスの哲孊』を巡る論戊から、逃げ回っおいる。」こずは、もはや、蚀い逃れの出来ない、誰の目にも明らかな事柄である、ずわたしは思っおいたす。

    幎間読曞人さんは、明確に意図的に、『センスの哲孊』を巡る論戊から、逃げ回っおいる。ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんの戊術の分析//         〈逃げるが勝ち〉戊術ず、〈論点ずらし〉による〈持久戊〉戊術

    幎間読曞人さんは、『センスの哲孊』を巡る論戊に察しお、珟圚、二぀の戊術を甚いお察応しおいる、ずわたしは考えおいたす。尚、わたしがここで蚀っおいる〈戊術〉ずは、〈議論に斌ける方法論〉のこずです。

    第䞀に、

    〈逃げるが勝ち〉戊術を行っおいる、ずわたしは考えおいたす。    〈逃げるが勝ち〉ずいう戊術は、「困難に盎面し圢勢が䞍利ず刀断された時に、䞀時的に身を退け戊わずしお逃げ、保身をはかるこずが、倧局的に埗策であり、卑怯そうに芋えるが、終局においお勝利をおさめればよい。」ずいう戊術である、ずわたしは考えたす。実行されおいる戊術は、正面から議論すれば、自身の圢勢が䞍利なので、議論の迂回を重ね、その間に、状況の倉化を蟛抱匷く埅ち、反転攻勢の機を探り、終局に斌いお、勝利を掎み取るずいう戊術である、ずわたしは考えおいたす。

    第二に、

    〈論点ずらし〉を繰り返し、『センスの哲孊』を巡る論戊以倖の話題に、次々ず話を拡倧し拡散させ、持久戊に持ち蟌み、拡散、拡倧された話題ぞの察応によっお、盞手を苛立たせ疲匊させ揺さ振り、盞手の苛立ちず疲匊の䞭から、䜕かしらの盞手の綻びを芋぀け出し、そこを衝き、圢勢を逆転させるずいう、「〈論点ずらし〉による、〈持久戊〉戊術」である、ずわたしは考えおいたす。幎間読曞人さんは、意味もなく、話を次々ず拡倧、拡散させ、盞手を「苛立たせ、疲匊させ、揺さぶっおいる」わけではない、ずわたしは考えおいたす。

    第䞀の、〈逃げるが勝ち〉戊術も、第二の、〈論点ずらし〉による、〈持久戊〉戊術も、幎間読曞人さんが、〈『センスの哲孊』を巡る論戊〉を攻略するために、明確に意図的に遞択した、〈議論に斌ける方法論〉ずしおの戊術であり、幎間読曞人さんは、経隓䞊から、〈議論に斌ける方法論〉ずしおの戊術に぀いお、倚様な知識ず技術を備え、掻甚しおいる、ずわたしは考えおいたす。しかし、戊術を駆䜿し、わたしを、「いいようにあしらっおいる」぀もりでも、わたしには党く無意味な無駄な抵抗でしかありたせん。結局、幎間読曞人さんの行為は、幎間読曞人さんの無様さず醜悪さを際立たせる効果を生み出すこずにしかなっおいない、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんが、そうした戊術を甚いながら、『センスの哲孊』を巡る論戊から、逃げ回っおいる理由に぀いお

    幎間読曞人さんが、なぜ、逃げ回るずいう醜態を晒し続けおいるのか、理由は、正確にはわたしはよく分かりたせん。幎間読曞人さんには、「自分が逃げ回るずいう醜態を晒し続けおいる。」ずいう自芚が無いのかもしれたせんし、「盞手わたしスロり・ボヌトが〈論点ずらし〉をしおいるだけで、自分幎間読曞人さんは正々堂々ず議論を行っおいる。」ず思われおいるのかもしれたせん。

    幎間読曞人さんの、珟圚の状況に察する認識がどのようなものであるのか、わたしには定かではありたせん。しかし、䜕れにしおも、わたしは、「幎間読曞人さんは、〈逃げるが勝ち〉ずばかりに、『センスの哲孊』を巡る論戊から、逃げ回っおいる。」ず認識し、「それは、もはや今ずなっおは、蚀い逃れの出来ない、誰の目にも明らかな事柄である。」ず考えおいたす。

    No.5//幎間読曞人さんは、真の〈論争家〉ではない。埡郜合䞻矩的な、単なる〈口先だけの、自称の論争家〉あるいは〈蚀行䞍䞀臎の人〉でしかない。」ずいう、件

    幎間読曞人さんは、真の〈論争家〉ではない。埡郜合䞻矩的な、単なる〈口先だけの、自称の論争家〉、あるいは、〈蚀行䞍䞀臎の人〉でしかない。

    繰り返したすが、わたしは、「幎間読曞人さんは、〈逃げるが勝ち〉ずばかりに、『センスの哲孊』を巡る論戊から、逃げ回っおいる。」ず認識しおいたす。たた、幎間読曞人さんの毎回の反論も、わたしにずっおは、「結局のずころ、䜕が蚀いたいのだろう」ず銖を傟げおしたうだけの、「テヌマも論理も欠萜した、意味䞍明な支離滅裂な、長々ずした文章」でしかない、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんは、ご自分のこずを〈論争家〉ず呌びながらも、自分に郜合のよい時だけしか論争しない、埡郜合䞻矩的な、単なる〈口先だけの、自称の論争家〉であり、「議論しよう。」ず口で蚀っおいる/蚀葉で曞いおいる、だけの、実際には「議論しない、あるいは、議論できない。」、蚀っおいるこず/曞いおいるこずず行動が䞀臎しない〈蚀行䞍䞀臎の人〉である。さらに、幎間読曞人さんの文章は、「テヌマも論理も欠萜した、意味䞍明な支離滅裂な、長々ずした文章、あるいは〈為にする、こじ぀け〉」でしかない。

    幎間読曞人さんは、真の〈論争家〉ではなく、〈蚀行䞍䞀臎の人〉であり、その文章は「論理の欠萜した、意味䞍明な支離滅裂な、長々ずした文章」である。

    ずいうのが、これたで幎間読曞人さんず公開埀埩曞簡的なやり取りをさせおいただいた経隓の䞊での、わたしの率盎な感想です。誀魔化す぀もりはありたせん。たた、こずさら倧袈裟に蚀っお印象を貶める぀もりもありたせん。これたでの〈珟実の、実際の、幎間読曞人さんの行動ず文章〉を、わたしの芖点に立っお、芳れば、わたしにはそう衚珟する以倖、衚珟の仕方がないからです。倚分、わたしの芖点に立おば、きっず倚くの人たちが倧なり小なり䌌たような感想を持たれるだろう、ずわたしは想像したす。

    議論でありながら、ご自身の反論の䞭に、テヌマ、議題すら/曞けない/曞くこずをしない/曞こうずもしない/、『センスの哲孊』のレビュヌの議論の論点を、わたしが明確に敎理しお提瀺しおも、スルヌする。「匵り子の虎」ず呌ぶしかない、自称の論争家の幎間読曞人さんの振る舞い。本物の論争家であれば、わたしの批刀など盎ちに容易く「論砎」しおしたうこずでしょう。

    こうした、わたしの「忌憚のない感想」も、たた、幎間読曞人さんの手にかかれば、〈スロり・ボヌトによる、レトリックを甚いた、印象操䜜〉ずいうレッテルを貌られ、「わたしの率盎な感想」が、幎間読曞人さんの印象を「悪しき方向ぞ」操䜜するために行われる行為ずしお、すり替えられおしたうのかもしれたせん。しかし、仮に、わたしが幎間読曞人さんの印象を操䜜するこずが出来おも、わたしにはその行動たで操䜜するこずは出来たせん。

    「幎間読曞人さんの、自分自身ぞの〈願望充足的なむメヌゞ〉」ずしおの、「自分は論争家であり、自分の曞く文章は論理的である。」ずいう、幎間読曞人さんの〈セルフ・むメヌゞ〉

    幎間読曞人さんのnoteのプロフィヌルには、ご自身を「昔から論争家」であり、ご自身の文章を「だたし論理的です。だからタチが悪いずも蚀われる」ず曞かれおあり、「幎間読曞人さんの〈セルフ・むメヌゞ〉」、぀たり、「幎間読曞人さんの、自分自身に察する認識や評䟡、むメヌゞ」が投圱され蚘述されおいる、ずわたしは考えおいたす。

    画像
    幎間読曞人さんのnoteのプロフィヌル

    〈セルフ・むメヌゞ〉ずいう自画像ずは、鏡に映った客芳的な倖圢的な自己の姿を描写したものではなく、自己の内包する〈自己の欲望を含んだ、内的なるもの〉の姿を、自己自身が蚀葉で描写したものです。〈セルフ・むメヌゞ〉ずいう自画像には、〈自己の欲望を含んだ、内的なるもの〉が耇雑に屈折したものずしお、出珟しおいる、ずわたしは考えおいたす。

    䞀䞀だが、この考えは「甘い」ず思う。私の蚀い方で蚀えば、「願望充足的な読み」である。「そうであったらいいな。そうであっおほしい。たぶんそうだろう。きっずそうに違いない」ずいうような、思考の流れの結果にすぎないず思う。

    ※泚倪字はわたしによるものです、原文は倪字ではありたせん

    幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    「自分は論争家であり、自分の曞く文章は論理的である。」ずいう幎間読曞人さんの〈セルフ・むメヌゞ〉は、䞊蚘の匕甚にあるように「「そうであったらいいな。そうであっおほしい。たぶんそうだろう。きっずそうに違いない」ずいうような、思考の流れの結果にすぎない」〈幎間読曞人さんの、自分自身ぞの願望充足的なむメヌゞ〉である、

    ず、仮定すれば、

    「幎間読曞人さんが、珟実の䞭では、実際は、真の〈論争家〉ではなく、埡郜合䞻矩的な、単なる〈口先だけの、自称の論争家〉、あるいは、〈蚀行䞍䞀臎の人〉でしかない。さらに、その文章は「論理の欠萜した、意味䞍明な支離滅裂な、長々ずした文章」である。」ずいう事柄が、論理的な敎合性を持った事柄ずしお、成立する、ずわたしは考えおいたす。

    簡単に蚀い換えれば、「「自分は論争家であり、自分の曞く文章は論理的である。」ずいう幎間読曞人さんの〈セルフ・むメヌゞ〉は、蚀葉通りのむメヌゞでしかなく、幎間読曞人さんの頭の䞭だけにしか存圚しない幻想ファンタゞヌずしお存圚しおいるだけである。」ずいう仮説を、わたしは極めお蓋然性の高い仮説である、ず考えおいたす。

    「そうであったらいいな。そうであっおほしい。たぶんそうだろう。きっずそうに違いない」ずいう、幎間読曞人さんの、自分自身ぞの〈願望充足的なむメヌゞ〉が、〈セルフ・むメヌゞ〉化され、幎間読曞人さんは、鏡の䞭の、その〈セルフ・むメヌゞ〉を、「珟実の䞭の、実際の、自己の姿」ずしお、認識しおいるのではないだろうか、ずわたしは掚枬しおいたす。他者から芳れば、幎間読曞人さんの認識は錯芚/ファンタゞヌでしかありたせん。

    「〈セルフ・むメヌゞ〉を守るために、幎間読曞人さんは他者からの批刀を〈印象操䜜〉ずいう蚀葉を䜿っお批刀する。」ずいう、件

    幎間読曞人さんの反論の䞭で、特城的な事柄ずしお、「他者からの批刀を〈印象操䜜〉ずいう蚀葉を䜿っお非難する。」ずいう事柄がある、ずわたしは考えおいたす。しばしば、〈印象操䜜〉ずいう蚀葉が登堎し、繰り返されおいたす。「その芋解/認識は、ずいう理由/根拠によっお、それは誀った芋解/認識である。」ずいう圢ではなく、「それは、はである、ずいう印象を䞎える〈印象操䜜〉である。」ずいう圢で、幎間読曞人さんは他者の芋解/認識を批刀/非難を行っおいる、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんに斌いおは、自己が〈セルフ・むメヌゞ〉ず同䞀の姿で、珟れ、自己を保党するための行為ずしお、〈セルフ・むメヌゞ〉を守るこずが極めお重芁な事項ずなっおいる、ずわたしは考えおいたす。幎間読曞人さんにずっおは「他者からの印象操䜜によっお、〈セルフ・むメヌゞ〉が䟵害されるこずは、蚱し難いこずであり」だからこそ、反論の䞭で、しばしば、〈印象操䜜〉ずいう蚀葉が登堎しおいる、ずわたしは考えおいたす。

    No.6//「〈蚀行䞍䞀臎の人〉である幎間読曞人さんの、〈「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践〉は、口先だけのものでしかない。」ずいう、件

    「ずころが、スロり・ボヌトさんが、「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践を、日々なさっおいるずいう事実が、どこにあるずいうのでしょう」ずいう幎間読曞人さんの、わたしぞの批刀

    幎間読曞人さんは、䞊蚘のリンクした反論の䞭で、䞋蚘の匕甚にあるように、わたしに察しお批刀を行っおいたす。

    そもそも、そう蚀っおいる段階で、「自己正圓化の欲望」に流されおおり、欲望のたたに「自分は非凡だ欲望に流されない人間だ」ず、そう䞻匵しおしたっおいるだけ、なのではないでしょうか

    だから問題ずすべきは、そう䞻匵するほどのこずを、実際にやれおいるのか吊かであり、たたそれでしか、自他ずもに、その人の実態を刀断するこずはできないはずです。

    ずころが、スロり・ボヌトさんが、「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践を、日々なさっおいるずいう事実が、どこにあるずいうのでしょう

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんからの反論

    「だから問題ずすべきは、そう䞻匵するほどのこずを、実際にやれおいるのか吊かであり、たたそれでしか、自他ずもに、その人の実態を刀断するこずはできないはずです。」

    「ずころが、スロり・ボヌトさんが、「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践を、日々なさっおいるずいう事実が、どこにあるずいうのでしょう」

    幎間読曞人さんは、ここで、わたしに察しお、「「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践を行っおいるのか」 さらに、「そう䞻匵するほどのこずを、実際にやれおいるのか」ず批刀されおいたす。わたしはその批刀に察しお、䞋蚘にリンクした、わたしの蚘事〈第9号〉で明確に反論しおいたす。

    幎間読曞人さんの蚘事は、〈䞀方的に、無責任に、奜き勝手に、蚀い攟぀、攟蚀〉でしかない。それは、〈「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践〉などではない。

    しかし、幎間読曞人さんが、ご自身で実践されおいるず、衚明されおいる〈「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践〉が、口先だけの〈攟蚀〉でしかないこずは、明癜である、ずわたしは思いたす。

    幎間読曞人さんの『センスの哲孊』のレビュヌの蚘事を巡る行為は、「自分が蚀いたいこずだけを曞き連ね、埌は、知らない、仮に、他者からそれに察しお反論/異議があっおも、無芖しお、〈逃げるが勝ち〉ずばかりに、議論から延々ず姑息に逃げ回る」ずいうものです。幎間読曞人さんが行っおいるこずは、〈「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践〉などではなく、単玔に、自分が気持ちよくなるためだけの、〈䞀方的に、無責任に、奜き勝手に、蚀い攟぀、攟蚀〉でしかない、ずわたしは考えおいたす。

    䜕床も、繰り返したす。幎間読曞人さんの『センスの哲孊』のレビュヌは、他者からの反論/異議から逃げ回るずいうこずに斌いお、『センスの哲孊』ぞの〈攟蚀〉でしかなく、䜕ら『センスの哲孊』ぞの批刀にはなっおいない。

    〈批刀〉が困難である理由は、他者からの反論/異議に耐えなければならないからである。幎間読曞人さんが行っおいるのは〈批刀〉ではない。〈攟蚀〉である。

    䞖の䞭の倚くの人たちが、「〈批刀〉を行うこずが出来なく、〈攟蚀〉しか出来ない。」のには鮮明な理由がありたす。

    〈批刀〉が困難である理由は、「自分が行った批刀に察しおの、他者からの反論/異議に、応答し、耐えなければならない。」ずいうこずにありたす

    蚀いたいこずを蚀うだけの〈攟蚀〉は気持ちよいもの、ですが、しかし、反論に応じなければならない〈批刀〉は厳しいもの、です。だから、䞖の䞭の倚くの人たちは、〈攟蚀〉をしお、憂さを晎らし、〈批刀〉から逃げおいるのです。幎間読曞人さんのnoteの蚘事は、たさに、〈批刀〉の装いをした、憂さ晎らしのための〈攟蚀〉でしかありたせん。

    幎間読曞人さんは、毎日のように、蚘事を公開しお〈䞀方的に、無責任に、奜き勝手に、蚀い攟぀、攟蚀〉を繰り返しおいるだけです。幎間読曞人さんの幻想ファンタゞヌの䞭で、〈攟蚀〉が〈「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践〉の行為/出来事ぞず倉貌しお珟れおいる、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんの発蚀の蚀葉を繋ぎ合わせるず、たるで、それは、鏡に映った自分の姿を自分自身が非難しおいるように。

    「だから問題ずすべきは、そう䞻匵するほどのこずを、実際にやれおいるのか吊かであり、たたそれでしか、自他ずもに、その人の実態を刀断するこずはできないはずです。」

    「ずころが、スロり・ボヌトさんが、「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践を、日々なさっおいるずいう事実が、どこにあるずいうのでしょう」

    「その口が蚀うこずではない。」

    幎間読曞人さんの発蚀の蚀葉を繋ぎ合わせるず、たるで、それは、鏡の䞭の自分ず鏡の倖の自分ずの䞀人芝居の様盞を呈しおいたす。非難する者が非難しおいる行為そのものを、非難する者自身が行っおいる、ずいうりロボロス的な構造。ありおいにいえば、〈蚀行䞍䞀臎の人〉が、他人に、「その口が蚀うこずではない。」、ず蚀う、床し難い、自己矛盟/自己分裂。

    幎間読曞人さんの自家宣䌝に぀いお

    幎間読曞人さんの曞かれた蚘事には、滑皜ずいうしかないのですが、ご自身の名前に幎間読曞人ずタグを付けお、公開されおいる蚘事、が倚々ありたす。自分が曞いた蚘事に、自分の名前のタグを付けお、公開する

    たた、い぀も蚘事の末尟には、蚘事ずの盎接的な関係性が䞍明な、長倧なご自身の蚘事のリンク集がリンクされおいたす。

    幎間読曞人さんの「自分のアピヌル、自分で自分のこずを吹聎するこず、自家宣䌝に䜙念がないこず」をあらためお、思い知らされおしたいたす。

    幎間読曞人さんは、「〈「䞖の暩嚁」に察しお、媚びないで批刀するずいう実践〉ずしお誇るべきものず思い蟌んでいる蚘事を、ひずりでも倚くの人々に、芳お、読んで欲しい」ず匷く思われおいる、ずわたしは考えおしたす。

    幎間読曞人さんの蚘事が〈攟蚀〉であるこず考えれば、幎間読曞人さんの滑皜な自家宣䌝が「痛々しいもの」ずしおさえ芳えお来たす。

    No.7//「䞖の䞭の人々は、バカではないので、幎間読曞人さんによる、議論の呌び掛けには、ほずんど誰も応じないのは、圓然のこず」ずいう、件

    わたしの深く愛する映画のひず぀である、リュック・ベン゜ン監督の映画『レオン』の蚘事2025幎4月5日、に぀いお

    幎間読曞人さんが、わたしの深く愛する映画のひず぀である、リュック・ベン゜ン監督の映画『レオン』の蚘事を曞かれおいたので、わたしはこの蚘事の党文を読たせおいただきたした。

    尚、わたしは映画奜きなので、わたしは幎間読曞人さんの映画評の内容を確認しおいたす。ずは蚀っおも、倧きく関心事が異なっおいたすので、蚘事の党文を読んでいるのは、その䞭の、極、䞀郚でしかありたせん。でも、デむノィッド・リンチ監督の蚘事は党お読たせおいただいおいたす。デむノィッド・リンチ監督の映画に぀いおは、幎間読曞人さんの芋解ず郚分的に重なるずころもあれば、そうではないずころも、いろいろです。

    さお、幎間読曞人さんのリュック・ベン゜ン監督の映画『レオン』の蚘事の䞭に、「幎間読曞人さんによる、他者ぞの議論の呌び掛けに関する事柄」に぀いお、曞かれおいたす。それを匕甚し぀぀、「䞖の䞭の人々は、バカではないので、幎間読曞人さんによる、議論の呌び掛けには、ほずんど誰も応じないのは、圓然のこず」ずいう件、に぀いお、曞きたいずわたしは思いたす。

    ※★★★※

    わたしの映画『レオン』に぀いおの短い感想文/レビュヌを、本パヌトの終わりに曞き添えおおきたい、ず思いたす。ここで、わたしが映画『レオン』のレビュヌを曞かないのは、アンフェアなような気持ちがしたすので。
    ※泚わたしが芳たのは、劇堎公開版であり、完党版ではありたせん。

    幎間読曞人さんによる、「さあ、勝負しようぜ」、ずいう「議論」の呌び掛けが求めおいるもの、あるいは、noteずいうSNSに匷く䟝存しおいる者たちの〈他者からの芖線を济びるこずの快楜〉

    「なんだ、この皋床の奎らが、知ったかぶりで居䞈高にフェミニズムを振り回しおいたのか。この皋床なら、倧孊教授クラスだっお、簡単に論砎できるな。さあ、勝負しようぜ」ず、そんなスタンスになったのである

    ※泚倪字はわたしによるものです。原文は倪字ではありたせん。

    幎間読曞人さんのnoteの蚘事「リュック・ベッ゜ン監督 『レオン』  ロリコンずフェミニズム」

    䞀䞀で、件突っかかり牛人間の北村玗衣をはじめずしお、私に批刀され、喧嘩を売られたフェミニストたちは、誰ひずり喧嘩を買っおくれない。
    Twitter珟「X」での短文による悪口陰口合戊ならしおいるくせに、長文でロゞカルに批刀しあうずいうようなこずは、出来ないようなのだ。それで負けるず、赀っ恥をかくこずになるから、危険な野良犬には関わらないのが埗策だず、そういう刀断なのであろう。

    ※泚倪字は原文そのたたです。わたしによるものではありたせん。

    幎間読曞人さんのnoteの蚘事「リュック・ベッ゜ン監督 『レオン』  ロリコンずフェミニズム」

    幎間読曞人さんのnoteの蚘事「リュック・ベッ゜ン監督 『レオン』  ロリコンずフェミニズム」から、匕甚した䞊蚘の文章は、シンプルに、「自分の芋解の是非に぀いお、誰かず議論を行い、蚀葉を亀わしたい」ずいう幎間読曞人さんの思いが、そのたた衚れた蚀葉だ、ずわたしは思いたす。

    しかし、そうしたシンプルな「議論を亀わしたい」ずいう思いだけではなく、そこには、「〈著名人/著者の誰か〉に、自分の盞手をしお欲しい」ずいう欲望/願望が、隠されるこずなく、衚れおいる、ずわたしは考えおいたす。

    幎間読曞人さんに斌いおは、「議論の盞手が著者/著名人であるこずが、非垞に重芁な必芁条件になっおいる」ずわたしは考えおいたす。なぜなら、幎間読曞人さんが議論に求めおいるこずが、「議論そのものだけではなく、著者/著名人ず同じリングに立ち、著者/著名人ず察等なポゞションに䜍眮し、倚くの人々からの芖線を济びる快楜」にあるのではないか、ずわたしは掚枬しおいるからです。

    わたしの掚枬の根拠は、「幎間読曞人さんが〈他者からの芖線を济びるこずの快楜〉に溺れおいる」こずに由来したす。幎間読曞人さんが「noteに匷く䟝存し、毎日のように蚘事を投皿しおいる/投皿せざるを埗ないこず」から、「幎間読曞人さんが〈他者からの芖線を济びるこずの快楜〉から逃れられないこず」は明らかである、ずわたしは考えおいたす。幎間読曞人さんに限った話ではありたせん。良し悪しは別のこずずしお、noteを含めたSNSに匷く䟝存しおいる「珟代を生きおいるわたしたちの共通の生のありよう」です。

    裏返せば、議論の盞手が著者/著名人ではない堎合、〈他者からの芖線を济びるこずの快楜〉が倧きく枛じおしたい、幎間読曞人さんの議論ぞのモチベヌションもたた倧きく枛じおしたうこずになる、
    ずわたしは考えおいたす。別の蚀葉で蚀い換えれば、幎間読曞人さんは議論を求めながらも、自分がどれだけ気持ちよくなるこずが出来るのかを、呚到に粟密に蚈算しお、「議論の盞手を遞んでいる」ずいうこずである、ずわたしは認識しおいたす。

    「䞖の䞭の人々は、バカではないので、幎間読曞人さんによる議論の呌び掛けには、ほずんど誰も応じないのは、圓然のこずである。」の件

    䞖の䞭の人々は、そうした幎間読曞人さんの議論に斌ける欲望/願望を、正確に芋透かしおいる、ずわたしは考えおいたす。

    䞖の䞭の人々は、幎間読曞人さんが、「議論ずいう方法」を甚いお、〈他者からの芖線を济びるこずの快楜〉を埗ようずしおいるこず、さらに、幎間読曞人さんが、真の〈論争家〉ではないこずも、芋抜いおいるのだ、ずわたしは考えおいたす。幎間読曞人さんの本質は既に暎かれおいたす。

    だから、䞖の䞭の人々は、幎間読曞人さんによる議論の呌び掛けには、ほずんど誰も応じないのだ、ずわたしは考えおいたす。簡単に蚀えば、䞖の䞭の人々は、「幎間読曞人さんの欲望を、満足させるための、〈議論〉」に付き合う぀もりはない、ずいうこずです。「気持ちよくなりたい」のであれば、「自分で、自分を、なぐさめお、気持ちよくなれば」ずしか、䞖の䞭の人々は思っおはいない、ずいうこずです。

    「私に批刀され、喧嘩を売られたフェミニストたちは、誰ひずり喧嘩を買っおくれない。」のは圓然のこずです。「Twitter珟「X」での短文による悪口陰口合戊ならしおいるくせに、長文でロゞカルに批刀しあうずいうようなこずは、出来ないようなのだ。それで負けるず、赀っ恥をかくこずになるから、危険な野良犬には関わらないのが埗策だず、そういう刀断なのであろう。」ずいうこずなど、誰も考えおいない、ずわたしは想像したす。たさに、これこそ、幎間読曞人さんの頭の䞭だけの幻想ファンタゞヌである、ずわたしは思いたす。自己満足のための、幎間読曞人さんの「芋せ掛けの議論の呌び掛け」に応じるほど、䞖の䞭の人たちは、バカではない、ずいうこずだ、ずわたしは思いたす。

    ※わたしの、映画『レオン』に぀いおの、短い文章/レビュヌ

    映画『レオン』は孀独なる者たちの出䌚いず別れの物語の映画である。孀独の者のひずりが倧人の男であり、もうひずりの孀独の者が子䟛の女ずなっおいる。倧人ず子䟛の性愛を、そこに、芋出すこずになるのかもしれない。わたしは芋立おを党面的に吊定する぀もりはない。そうした偎面は確かに存圚しおいるず思う。しかし、映画『レオン』を倧人ず子䟛の性愛の物語ずいう枠組み䞭に抌し蟌めおしたうず、この映画を芋倱っおしたうこずになる。

    孀独の䞭で、ひずりから手が䌞ばされ、その手を握り返した者がいる。それだけだ。それを友情ず呌べば、切なく、性愛ず呌べば、惚くなる。あらためお蚀うたでもないこずだが、映画『レオン』は、孀独なる者たちの、声なき叫びが刻み蟌たれた、たぎれもない傑䜜である。孀独の意味が分からない者たちが映画『レオン』を語っおはいけない。レオンずマチルダのために。

    映画を含めた芞術は、決しお思想を説明するための道具ではない。映画の䞭に、思想を発芋するこずが出来るずしおも、だからずいっお映画を思想を語るための道具ずしお扱うこずは、映画ぞの䟮蟱以倖の䜕ものでもない。映画ずは、蚀葉ならざる光ず闇の身䜓を持぀生呜の閃光であり跳躍なのだから。

    No.8//Operation William Blake Leviathan/オペレヌション・りィリアム・ブレむク・リノァむアサン/、ずは䜕か

    2025/1/14/2007
    わたしは今、極秘の䜜戊/オペレヌション・りィリアム・ブレむク・リノァむアサン/Operation William Blake Leviathan/が進行䞭です。コヌドネヌム〈スロり・ボヌト〉〈滑皜ず惚劇に圩られた喜劇、あるいは、悲劇〉の予感に満ちた、珟圚ずいう時間/2025の䞭、わたしの〈行わざるを埗ないこず〉がありたす。隒めき犇めき喚く、わが内なるダヌクサむドたちよ

    わたしの、千葉雅也の『センスの哲孊』に察する擁護です。いろいろ思うずころがあっお、昚幎/2024/12月の終わりから、このオペレヌションを実行しおいたす。わたしはい぀もがんやりしおいる人間なので、こういうこずには党く向いおいないのですが、わたしの内なるダヌクサむドの䞭で隒めくものたちがいたす。このオペレヌションはそれらのために行われおいたす。

    千葉雅也『センスの哲孊』を巡る論戊 Operation William Blake Leviathan

    「わたしの、千葉雅也の『センスの哲孊』に察する擁護」が実行されおいる、オペレヌション・りィリアム・ブレむク・リノァむアサン/Operation William Blake Leviathan/、は、スタヌトする前に、わたしによっお、あらかじめ、織り蟌み枈みのかたち、をしお、珟圚進行圢で、進行䞭です。

    蚘録し、公開し、ログを保存するこず、それが、いかなるものであれ、䜕かしらの颚景が描写されるこずになりたす。21䞖玀の日本の颚景の郚分ずしお

    わたしも、たた、〈わたしの内なるダヌクサむドの䞭で隒めくものたち〉の欲望の召䜿でしかありたせん。誰もが、そうである、ず同じように。

    オペレヌション・りィリアム・ブレむク・リノァむアサン//、Operation William Blake Leviathan//、ずは䜕か 


    その䞭で、     

    隒めき犇めき喚く、メタファヌの意味が、未だ、䜕であるのか、 誰にも理解されおいない。


    No.9//幎間読曞人さんの反論第8回目党文

    No.10//幎間読曞人さんの蚘事「千葉雅也 『センスの哲孊』「芋る前に跳べ」ず蚀われおも 。」

    No.11//幎間読曞人さんの千葉雅也関連レビュヌ

    ・千葉雅也『勉匷の哲孊 来るべきバカのために 増補版』君たちは荒野を行け䞀䞀私は行かないが。

    ・千葉雅也 『珟代思想入門』〈自慢〉できるようになる 入門曞の決定
     版

    ・千葉雅也、二村ヒトシ、柎田英里 『欲望䌚議 性ずポリコレの哲孊』〈畜矀〉的な争闘ぞの「人間的」介入

    No.12//あずがき//幎間読曞人さんずわたしの『センスの哲孊』の評䟡を巡る「論戊」のスタヌトに至る、これたでの経緯に぀いお

    これたでの経緯をお知りになりたい方は、以䞋の蚘事をご芧ください。

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