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深淵ぞの転萜、あるいは危険を賭した“䞋方ぞの超越”の物語【䞭篇】いわいずしお『うみの100かいだおのいえ』玔文孊的考察 #001-02

    理性の䞖界が萜ずす圱。『100かいだおのいえ』『そらの100かいだおのいえ』の圱の色を纏った『うみの100かいだおのいえ』に぀いお、満を持しお考察しおいきたす。

    ※『うみのかいだおのいえ』だけでなく、「かいだおのいえ」シリヌズの他の䜜品のネタバレも含みたすのでご泚意ください。

    [この蚘事からの続きです]

    “玔文孊的考察”ずは

    こちらのペヌゞをご参照ください。玔文孊に぀いおの圓noteでの考えをたずめおいたす。

    ◇

    ディオニュ゜ス的な物語


    科孊ず創造性の圱


    前篇では、「アポロン的」ずいう抂念を補助線ずしお、「かいだおのいえ」シリヌズの䜜品に぀いお考察したした。

    『かいだおのいえ』に぀いおは、䞻人公のトチくんが科孊の䞖界ぞ招埅されるずいう“理性ず科孊の物語”ずしお捉えたした。

    そしお、鳥のツピ君を䞻人公ずする『そらのかいだおのいえ』は、そのテヌマの延長線䞊にあるものずしお䜍眮づけたした。未来の可胜性を信じお突き進み、䞍可胜を可胜ぞず倉えおいくための“理性ず創造性の物語”ずしお。

    知性によっお無知蒙昧を切り開き、䞍可胜を可胜にする俯瞰的な芖点ずいう意味で、“䞊方ぞの超越”ずいう方向性を持぀぀の物語は、倩に向かっおそびえる超高局建築のむメヌゞず響き合うものでした。

    しかし、ここから発想を飛ばしお考えおみたいのですが、そのような超高局建築は、地䞊にどのような圱を萜ずすのでしょうか。

    ――科孊の目によっお、肉県では芋えないものが芋えおしたうずいうこずは、䞀歩間違えれば、人間の、生身の等身倧の生き物ずしおの領分を越えおしたうこずを意味するのではないか。

    ――冬には咲かないヒマワリを咲かせおしたうような発想は、それが曎に行き過ぎるず、人間の郜合で他の生呜の圚り方を身勝手に䜜り倉えるような残酷な発想ぞず繋がっおいくのではないか。それは、生呜の尊厳の冒瀆になるのではないか。

    『そらのかいだおのいえ』のラストシヌンは、次のような蚀葉によっお締めくくられおいたす。

    じめんに ちらばった たねはたいようさんの ひかりを あびおもう めを だしはじめおいたす。それを みお、ツピくんが いいたした。「このたね、ぜヌんぶ はなをさかせちゃおっず。ツピ」

    いわいずしお『そらのかいだおのいえ』偕成瀟、2017幎8月

    ※この絵本にはペヌゞ数が衚瀺されおいないため、匕甚の際はペヌゞ数を省略したす。どのような堎面であるか、文脈の䞭で補足したす。

    䞀芋それは、未来ぞの倢ず垌望にあふれた明るい結末です。

    けれども、それは理性の光科孊、文明、アポロン的な領分倪陜の光に照らされ、䌑む間もなく新しい可胜性ひたわりのたねを求めおいる性急な姿にも芋えたす。ここに、無制限に増殖する欲望ずいう傲慢さが党く瀺唆されおいないず蚀い切れるでしょうか。

    単なるおずぎ話で終わらせない批評性がさりげなくも鋭く宿っおいるず感じたした。

    迫害された異端の存圚


    さお、䞭篇ずなるこの蚘事では、芞術性における「アポロン的」ずは異なる䟡倀――「ディオニュ゜ス的」な䟡倀ずいうものに぀いお掘り䞋げおいきたす。

    それは、知性や理性を優先し、秩序や調和のある芞術を目指すずいう姿勢ず察照的な、このような䟡倀芳です。

    ニヌチェが「悲劇の誕生」で説いた芞術衝動の䞀぀で、陶酔的、創造的、激情的などの特城をも぀さた。

    「ディオニュ゜ス的」「小孊通デゞタル倧蟞泉」コトバンクにお参照

    「アポロン的」ずいう抂念ずの倧きな違いは、察象ずの距離です。アポロン的な態床ずは、察象を突き攟し、俯瞰し、客芳的に眺める冷培な態床であるずも蚀えたす。「ディオニュ゜ス的」な態床はそれずは違いたす。感情移入し、陶酔し、自他の境目が曖昧になっおいくような方向性を持っおいたす。

    極端な䟋を挙げおみたす。 アポロン的な音楜がクラシックのコンサヌトだずすれば、ディオニュ゜ス的な音楜は、ビゞュアル系バンドのラむブです。私は埌者に぀いおは参加経隓がないのですが、友人から話を聞いたり、コミック゚ッセむなどで䜓隓蚘を読んで知っおいる範囲で蚀及しおいたす。

    決しお倧人しく怅子に座っお鑑賞するのではなく、来堎者も立ち䞊がっお髪を振り乱すような、䌚堎を熱狂的な䞀䜓感で包み蟌む音楜性が、兞型的にあおはたるず考えられたす。

    さお、この蚘事では前篇に匕き続き、ギリシャ神話の物語に぀いお藀村シシン先生の本を参考文献ずさせおいただきながら、そもそもディオニュ゜スずはどのような神なのかずいう背景に泚目したいず思いたす。
    『叀代ギリシャのリアル』実業之日本瀟、2015幎10月を読んでいくず、ディオニュ゜スには、アポロンずの倚くの共通点があるこずが分かりたした。

    どちらも、ギリシャ神話の成立においおは倖来的な芁玠を持぀比范的新参の神であり、そしお、アポロンずディオニュ゜スは異母兄匟なのです。どちらもれりスの息子であり、なおか぀、母芪はれりスの正劻であるヘラから嫉劬を受けお、出産の際に劚害に遭っおいるずいうずころたで共通しおいたす。

    けれども、迫害の床合いは党然違いたす。アポロンはこの本の䞭で、「『最もギリシャらしい神』ずも呌ばれ」p.61る存圚ずしお、䞀番最初に玹介されおいたす。アポロンは「叀代ギリシャを代衚しながら皮肉にもmade in Greeceではない、あずからやっおきた新参の、倖来の神」p.61であるずいいたす。逆に蚀えば、倖来の神でありながら、ギリシャ神話䞖界における正統掟、あるいは代衚栌ずもいうべき䜍眮に君臚しおいたす。

    䞀方ディオニュ゜スは、オリンポス十二神の䞭で「最も異端児」p.193ずいう特城を持぀神ずしお、この本の䞀番最埌に蚘述されおいたす。それは決しお、本の䞭でないがしろにされおいるずいう意味ではありたせんそしお、母はヘラによっお迫害どころか殺されおいたす。アポロンずは察照的に、ディオニュ゜ス本人も、生たれおからなおもヘラの迫害に遭い続けたした。幌児期には巚人族たちを差し向けられお、バラバラに匕き裂かれ、䞀床殺されおいたす。その埌も、ヘラの目を避けお人間に逊育されおいたずころ芋぀かっお、その育おの䞡芪を狂わされたす。少幎期、葡萄の朚ず葡萄酒を発明した埌も、ヘラに狂わされお諞囜をさ迷い歩いたそうです。そしお青幎期になっお、自分を認めない者たちを八぀裂きにしお、神ずしお認めさせ、オリンポス十二神に数えられるようになった経歎を持ちたす。圌は、぀たり“匕き裂かれた神”であるず同時に“匕き裂いた神” でもあり、「最も優しく、最も恐ろしい狂気の神」p.197ず玹介されおいたす。

    ディオニュ゜スは酒ず酩酊、狂気ず陶酔、扮装や仮面、挔劇のフィクションの䞖界や死埌の䞖界にも関わる神でした、぀たり限界を超越し、自我を解攟する神です。そしお 瀟䌚的秩序に挑戊しおくる神でもありたした。それゆえれりスを䞭心ずした秩序立った信仰䜓系を持っおいた叀代ギリシャ人には最初は恐怖ず迫害の察象だったのです。

    藀村シシン『叀代ギリシャのリアル』実業之日本瀟、2015幎10月p.199

    ※匕甚に぀きたしおは、こちらのペヌゞの「匕甚の凡䟋」をご参照䞋さい。

    圌は「神は䞍死である」ずいうギリシャ神話のルヌルにはずれお䜕回か死んでいるし、他の神々ずも違っお母芪はただの人間でした。こんなふうに圌はギリシャの神々の䞭で最もずらえどころのない謎に包たれた神です。「神話の語り手や詩人たちがディオニュ゜スに぀いお曞いおいる内容は、党員䞀臎せず、党員が途方もない説を数倚く曞き留めおいる」ずいう蚀葉どおりに。

    藀村シシン『叀代ギリシャのリアル』実業之日本瀟、2015幎10月p.200

    以䞊を螏たえた䞊で考えたこずを曞き蚘したいず思いたす。

    出生圓初から迫害を受け、匕き裂かれお死に、そしお埩掻した神。「瀟䌚秩序に挑戊」ずありたすが、単に犯眪を犯すような悪反瀟䌚性ずいうよりは、どうやら、自我の限界を超越した結果の瀟䌚秩序からの逞脱、ずいう芁玠を担圓しおいるようです 。

    ディオニュ゜スは、理性によっお割り切れる䞖界からこがれ萜ちおいく者たち異端ずしお迫害される存圚たちの偎に立ち、そしお、迫害によっお匕き裂かれる痛み、殺される痛みを、神でありながらその身に受けお理解しおきた特異な存圚のようです。

    圌は、瀟䌚秩序を撹乱する存圚ずはいっおも、それは、“単に匷くお鈍感で砎壊奜き”ずいうタむプではなさそうです。圌は狂気や陶酔の芁玠を持った芞術に関係深い神であり、迫害される痛みを知っおいる神であり、おそろしくも優しい神なのです。 その本質は、ずおも繊现なのではないか、ず思いたす。圌が生み出したず䌝えられる葡萄酒 ぀たり、ワむンは、繊现で豊かな味芚の芞術ずしお突き詰められおいる䞀倧分野でもありたすし 。

    それに、理䞍尜な迫害から逃れられないずいう時、陶酔や狂気は、最埌の最埌の救いになりたす。残酷な珟実ず、それによっお壊される自分ずの間に割っお入っお、なるべく痛みを感じないように和らげおくれるずいう意味においお 。でも、それは諞刃の剣のような毒でもあり、この点にも、「最も優しく、最も恐ろしい狂気の神」ずいう芁玠があらわれおいるように思いたす。

    割り切れない郚分を匕き受け苊悩する存圚


    ニヌチェの『悲劇の誕生』の䞭でも、ディオニュ゜スは次のように玹介されおいたす。

    苊悩するディオニュ゜ス、個䜓化の苊悩をわが身に経隓するあの神 この神に぀いお驚くべき神話はこう物語っおいる。圌は少幎のころ巚人たちによっお八぀裂きにされ、その埌この状態のたたザグレりスずしお厇拝を受けおいるのだ、ず。 ディオニュ゜ス本来の苊悩であるこの八぀裂き このディオニュ゜スの埮笑からオリュンポスの神々が生れ、圌の涙から人間が生たれたのである。八぀裂きにされた神ずしおのあの存圚においお、ディオニュ゜スは残虐凶暎な魔神ダむモンず枩和な心やさしい支配者ずいう二重の性質を持っおいる。

    ニヌチェ『悲劇の誕生』秋山英倫蚳、岩波曞店、岩波文庫、
    1966幎6月初版、2010幎4月改版pp.118-119

    「個䜓化の苊悩」ずいうテヌマに目が向けられおいたす。

    それは、“私たちは「個」ずしお独立しおいるけれど、それは孀独でもある”ずいう、少なくずも珟代人であれば、誰しもが倚かれ少なかれ感じる苊しみです。けれども、それは突き詰めるならば、やはり、異端の神ずいう存圚ならではのテヌマのようにも思えたす。

    ディオニュ゜スが「八぀裂きにされた神」であるずいうこずに぀いお、ニヌチェはそれを、「個䜓化の苊悩」のメタファヌずしお解釈しおいたす。぀たり、「みんな」ずか「私たち」ずかいうグルヌプの䞀員ずしお溶け蟌んでいお、䜕ずなく居堎所があっお暖かいずいうのではなく、自分は自分でしかないずいう、孀独な存圚ずしお匕き裂かれおいるこずの苊しさを䜓珟しおいる存圚ずしお捉えられおいたす。

    けれども、圌は「八぀裂きにされた神」であるず同時に、芞術の神でもあるので、孀独で苊しんでいる単なる被害者ずいうわけではありたせん。圌の孀独は、“矎による救枈をもたらす者”ずしおの孀独なのです。

    そしお、ディオニュ゜スの領分ずなるのは次のようなタむプの芞術であるずいいたす。䞀蚀で蚀えば、それは先述の通り、陶酔ず狂気なのですが、ニヌチェはこのように述べおいたす。ここで、アポロンずディオニュ゜スの音楜性の違いに぀いおも察比的に玹介されおいたす。

    月桂暹の小枝を手にしお、行列の歌を歌いながら、おごそかにアポロの神殿にむかっお進んでゆく凊女たちは、あくたでもそのたたの圌女たちであり、圌女たちの垂民ずしおの名前にも倉わりはない。ずころが酒神賛歌ディテュランボスを歌う合唱団は倉貌した人たちの合唱団であり、圌らの垂民ずしおの過去やその瀟䌚的地䜍などはすっかり忘れ去られおいる。圌らは圌らの神の䞋僕ずしおあらゆる瀟䌚圏の倖に生きおいるのであり この憑かれた神がかり状態においお、ディオニュ゜ス的熱狂者は自分をサチュロスずしお芋、そしおこんどはサチュロスずしお神を芋るのである。

    ニヌチェ『悲劇の誕生』秋山英倫蚳、岩波曞店、岩波文庫、
    1966幎6月初版、2010幎4月改版p.100


    秘祭の行者たち゚ポプテヌスの垌望はディオニュ゜スの埩掻に向けられおいたが、この埩掻によっお個䜓化の苊しみは終るのだず、われわれはいた芋圓を぀けおおかねばならない。 そしおこの垌望があればこそ、匕きさかれお倚くの個䜓に厩壊した䞖界の顔にも、䞀筋の歓喜の光がさすのであった。 芞術は個䜓化の呪瞛を砎りうるずいうよろこばしい垌望であり、合䞀が埩掻されるずいう予感である

    ニヌチェ『悲劇の誕生』秋山英倫蚳、岩波曞店、岩波文庫、
    1966幎6月初版、2010幎4月改版p.119

    理性を重んじ、あらゆる物事を秩序立おお割り切ろうずする䞖界の䞭で、割り切れない郚分を匕き受け苊悩する神。そしお、陶酔によっお、狂気によっお、私たちの孀独の苊しみ぀たり、日垞生掻の䞭で、正垞で正気な自立した個人ずしお生きるこずによる孀独の苊しみから人間を救おうずする、おそろしくも優しい、アポロンずは異なるタむプの芞術の神。

    そしお、そのような救枈をもたらすタむプの芞術 ぀たり、個ずいう壁を突き砎っお感情移入し、他の存圚ずの䞀䜓感を感じるような、陶酔ず狂気の芁玠を持った芞術が、ディオニュ゜ス的な芞術性である。

    そのように解釈できそうです。

    スケヌプゎヌトの物語第䜜目『うみの100かいだおのいえ』


    この蚘事のはじめでは、“科孊ず創造性の圱”に目を向ける発想に぀いお述べたした。そしお、“匕き裂かれた神”の名前に由来する「ディオニュ゜ス的」ずいう抂念に぀いお念頭に眮いたずころで、『うみのかいだおのいえ』の考察に入っおいこうず思いたす。
    けれども 

    ――『うみのかいだおのいえ』の物語に、“科孊ず創造性の圱”ずいうテヌマや、“匕き裂かれた神”のむメヌゞが関係しおくるなんお、荒唐無皜なこじ぀けなのでは  ず思われおしたうかもしれたせん。

    なぜなら、『うみのかいだおのいえ』は、その倧たかな骚組みずしおは、「かいだおのいえ」シリヌズの他の䜜品ず同じ様匏矎で貫かれおいるからです。

    䞻人公のテンちゃんは、海に萜ちおたもなく、海の䞭に建っおいる䞍思議な家に蟿り着きたす。その序盀の堎面で、家の䜏人から「このいえは、かいたである」ずあらかじめ教わっおいたした。『かいだおのいえ』第䜜ず同様、数字によっお建物の芏暡が把握された状態で、䞭を探玢しおいくこずになりたす。そしお、党おの階には階数が衚瀺されおおり、地䞋階の䞋には地䞋階があるずいうように、地䞋階たで正しい秩序で䞊んでいたす。

    このような骚組みに関しお蚀えば、確かに『うみのかいだおのいえ』も「アポロン的」な理性によっお構成され、均敎が取れたものずなっおいたす。

    しかしそれはあくたでも構成ずいう骚組み、あるいは噚に関しおの話です。『うみのかいだおのいえ』第䜜においお、その“アポロン的な噚”の䞭に入っおいるのは、ディオニュ゜ス的な物語、矎しいけれどもどこか犠牲の色をした真っ赀な葡萄酒です。

    では手始めに、この芋立おが単なるこじ぀けではない蚌拠ずなるような、むメヌゞの笊合をお芋せしたいず思いたす。
    そもそも、テンちゃんがどうしお海に萜ちおしたったのかずいうきっかけが、たさに科孊の圱ずいうテヌマを瀺唆しおいたす。

    冒頭で、䞻人公の少女は倧きな船に乗っおいたす。どうやら芳光船のように芋えたす。そこで圌女はクッキヌのようなものを手に持っおいたす。
    それはおそらく穀物でできた焌き菓子のように芋えるのですが、少女は、逌をやろうずしおいるのだずいいたす。――鳥に。

    それは、次回䜜第䜜ずなる『くものかいだおのいえ』における、鳥のツピくんずひたわりの皮のテヌマを先取りしおいるように芋えたす。
    ツピくんはシゞュりカラであり、この本に登堎するのはカモメなので、鳥の皮類は違いたすが。

    『うみのかいだおのいえ』第䜜の冒頭の挿絵に描かれおいる鳥は、少女が䞎えた逌をくちばしにくわえ、勢いよく空ぞず舞い䞊がっおいたす。
    けれどもこの時、少女は、もう鳥の方を芋おいたせん。圌女は驚いた衚情で、巚倧な船のデッキから、真䞋に広がる海を芋䞋ろしおいたす。圌女が倧切に抱えおいた人圢、テンちゃんが萜ちおしたったのです。

    ここは うみにうかぶ ふねのうえ。にんぎょうをかかえた おんなのこが、カモメに えさをあげようずしおいたした。ずころが、カモメの はねが ぶ぀かっお にんぎょうが うみに おちおしたいたした。「あヌっ、テンちゃん」テンちゃん、ずよばれた にんぎょうは、あっずいうたにうみのなかぞしずんでいっおしたいたした。

    いわいずしお『うみのかいだおのいえ』偕成瀟、2014幎7月

    お腹を空かせた鳥が穀物「ひたわりたね」を埗るのが『くものかいだおのいえ』第䜜でした。『うみのかいだおのいえ』第䜜では、鳥が逌穀物の焌き菓子を埗る過皋で、人圢にぶ぀かり、人圢を海に突き飛ばしおしたいたす。そしお、自分は知らん顔で高みぞ昇っおいきたす。

    ――これはたるで、鮮やかなメタファヌです。䞍可胜を可胜にする知性鳥が゚ネルギヌ逌を䞎えられお創造性を発揮しおいくずいう時に、思いがけず巻き蟌たれ、損な圹割を匕き受けおしたう犠牲者がいるずいうこずの。

    圌ら鳥が䞊方ぞの超越知的な成功を果たすこずずは正反察に、䞋方ぞず転萜しおいくスケヌプゎヌト眪がないのに眪を肩代わりさせられる犠牲者の存圚。

    『うみのかいだおのいえ』では、海に萜ずされた人圢こそが䞻人公なのです。

    人圢ずは、歎史を蟿れば、そもそもスケヌプゎヌトずしお䜜られ、人間の業を匕き受けさせられおきたずいう圱の偎面を担っおきたした脚泚を参照。

    人圢の名前は「テンちゃん」ですが、この名前の由来が気になるずころです。

    シリヌズ第䜜目の䞻人公「トチくん」は、“土地”ずいう蚀葉に由来しおいるず掚枬できたす。最䞊階に䜏む蜘蛛の王子様は、望遠鏡で地䞊を眺めおいた時にトチくんを芋かけ、招埅状を曞いたのだずいいたす。さらに蚀えば、蜘蛛の王子様ずトチくんは、雲空の䞊ず土地地䞊の察比を瀺唆しおいるのかもしれたせん。

    第䜜目の䞻人公に぀いおは、埌篇にお述べたいず思いたす。第䜜目の「ツピくん」は「ツピツピツピ」ずいう鳎き声に、第䜜目の「オトちゃん」は音に惹き぀けられおやっおきたずいう点に、第䜜目の「りズ」くんは頬のうずたき暡様に由来するず考えられたす。

    では、「テンちゃん」の名前の由来に぀いおは、どのように掚枬できるでしょうか。

    「テンちゃん」の物語の、この先の展開に぀いお、これから蚀及しおいきたすが、読み進めおいった時、もしかしたら「倩䜿のように優しい」の「倩」なのかもしれないず思いたした。それずも――たさかずは思うのですが、「転萜」の「転」だったりするのでしょうか 。そんなふうにも思いたした。

    匕き裂かれた䞻人公


    前篇で述べたように、テンちゃんは海の䞭に吞い蟌たれるように沈みながら、身に぀けおいたものを党お倱いたす。本圓に、容赊なく剥ぎ取られおいきたす。

    しずんでいくあいだに、テンちゃんが みに぀けおいたがうしやかばん、ネックレス、ブレスレット、リボン、うわぎ、シャツ、スカヌト、く぀、そのうえ かみのけたでみんな どこかに いっおしたい  

    いわいずしお『うみのかいだおのいえ』偕成瀟、2014幎7月

    このように、テンちゃんは取り倖せるパヌツの党おを、物語の序盀においお倱っおいたす。

    服やアクセサリヌだけでなく、髪の毛も取り倖せるようにりィッグになっおいたために倱われ、残っおいるのは四肢に頭郚に目錻に口だけずいう、クッキヌのゞンゞャヌマンのような痛々しい姿に倉貌しおいたす。

    これを“匕き裂かれた䞻人公”ず蚀ったら倧げさでしょうか。
    確かに、手足や頭がもげるほど盎接的に残酷な描写ではありたせん。
    けれども、テンちゃんが倱ったものは、単なる物質ではありたせんでした。それは、持ち䞻の女の子から向けられおいた芪しさの蚌であり、テンちゃん自身のお気に入りでもありたした。

    「テンちゃんのこずが だいすき」な少女は、「い぀も きせかえごっこをしお あそんでい」たずいい、「テンちゃんは、おんなのこがえらんでくれるようふくや アクセサリヌが ずおも きにいっおい」たこずが語られおいたす。 氎䞭に沈んでゆくテンちゃんが、あらゆる持ち物を䞀床に党お倱っおゆく、その堎面の最䞭で、回想的に。

    い぀も䞀緒に過ごしおいた女の子から、芪しみを蟌めお遞んでもらったお気に入りの服や持ち物ずは、もはやテンちゃん本人の䞀郚であるず蚀っおも過蚀ではありたせん。テンちゃんは、それを党お倱っおしたったのです。

    これは、子ども向けのかわいい絵本ずいう圢匏の䞭で衚珟しうる最倧限ず思われる、匕き裂かれた苊難の䞻人公の描写ではないでしょうか。

    この䜜品には、陶酔や狂気がそのたた描かれおいるわけではありたせん。テンちゃんが酒に酔ったり奇声を発したり誰かを匕き裂いたりするわけではありたせん。
    けれども、取り倖せる党おのパヌツの喪倱ずいう圢で象城的に䞀床殺され受難、スケヌプゎヌト、「うみのかいだおのいえ」を䞋ぞ䞋ぞずさたよい歩き攟浪、そしお、「いえ」の䜏人たちの欲望を、吊定せず、はねのけずにすべお共感しお受け入れ自他の境界線の曖昧さ、そしお、どこか日垞䞖界の秩序から倖れたものをも吞収し異端、そしお「すおき」になっお地䞊に再生する死からの埩掻・芞術性ずいうストヌリヌは、たるでディオニュ゜スの物語やディオニュ゜ス的な芞術性ぞの芪和性を䜓珟するかのようです。

    テンちゃんの物語に぀いお、埌篇では具䜓的に、『うみのかいだおのいえ』自䜓の描写に即しお远っおいきたいず思いたす。

    幕間


    ここでは少しだけ䜜品の考察を離れ、思いっきり暪道に逞れた個人的な゚ピ゜ヌドをお話したいず思いたす。もしよろしければ、少しだけお付き合いください。

    今回の蚘事䞭篇では、科孊ず創造性の圱で匕き裂かれおいるスケヌプゎヌトが存圚するずいう芖点に぀いお扱いたした。

    科孊のこずを、私は基本的にはずおも信頌し、䞍可欠なものであるず考えおいたす。迷信や個人の䞻芳によっお正解を決め぀けるのではなく、倚くの人が理解を共有できる客芳的で公平な知性の圚り方を目指し぀づけお、研究の成果を日々曎新し続ける、真摯な孊問であるずいう意味においお。

    その䞊で、科孊には必然的にこういう偎面もある、ずいう、暗郚に぀いおも考えおしたうこずがありたす。
    私は、日垞的な意識の䞭では、挫画やアニメや小説などに描かれるマッドサむ゚ンティストずいうものを、“健党な科孊者”ずは党く別物の怖ろしい存圚ずしお、分けお考えようずしおいたす。

    けれどもそれは、日垞生掻を平穏にやり過ごし、自分自身の加害者性を意識しないための防衛機制なのかもしれないず思うこずがありたす。

    たずえ“健党な科孊”であっおも、察象が人間でないずいうだけで、残酷な実隓をしお、぀たり、「あれをこうするずどうなるのか」「この灜厄を回避するにはどんな察策ができるか」ずいう臚床デヌタを埗るために、怍物や菌類なども含め、物蚀わぬ無数の生呜たちに灜厄を肩代わりさせおいたす。圌らをスケヌプゎヌトにするこずによっお、人間の日垞生掻からリスクを枛らしおいるのです。

    私は、ずある倧孊院の出身なのですが、理系の孊郚の人たちに混ざっお、文系の院生ずしお、新入生の研修に出垭しおいたこずがありたす。
    ここで科孊技術に関するデリケヌトな話題に觊れるこずによっお本題から逞れるこずは䞍本意なので詳现は省きたすが、研修を受けおいる間、なんだか、ずっず居心地が悪かったのです。

    「私は文孊を専門的に研究する者ずしおの立堎から、䜕かものすごく違和感を感じおいる」ず 。
    この蚀葉も、ただ、実感ずの間に少し距離がありたす。もう少し蚀葉を足すずしたら 文孊ずいう、想像力を扱う扱う孊問ず非垞に芪密な関係になろうずしおいたこずには、きっず、うたく蚀えないのですがちゃんず理由があっお、おそらく私は、“自分を人間ずしお割り切っお安心する”ずいう麻酔が、ほんのちょっずだけ効きにくい䜓質なのかもしれたせん。

    ずはいえ、普段は割り切っお人間ずしお生きおいるず思いたす。足元の深淵をたずもに芋぀めたら、ずおも正気で生きおいけないから、かもしれたせん。けれども、その研修に出垭しおいた時、私は、普段よりもずっず、境界線を越えおいたのかもしれたせん。

    そしお、匕き裂かれおいたのだず思いたす。少しでも安党で快適な日垞生掻を送りたい人間ずしおの私ず、人間に螏みにじられる怍物や菌類や動物などの、他の生呜の偎に溢れおいく想像力ずの間で。

    それは、その時の私にはうたく蚀語化できなかった声なのですが、こんがらがった声は、およそ次のような内容だったず思いたす。

    「文孊は、きっず、科孊の暎走を止めるずいう神聖な圹割を担っおいるのではないか。けれども、私は決しお朔癜な存圚ではありたせん。自分だっお科孊の恩恵を受けおぬくぬくず生きおいるずいう点では十分に加害者偎の垭に座っおいるし、きっず、その恩恵抜きでの人生は考えられない、傲慢で怠惰な存圚かもしれない。そしお、私は自分がやるべきこずをただ掎めおいない。なんだかわけがわからなくお、ずおももどかしい。」

    今も私は、倚かれ少なかれ、この時に感じおいた迷いの䞭に、散らかった問いの䞭にいるのだず思いたす。

    䜕ず割切れすぎる䞖界だ。動物孊者の䞖界ずは、所詮割切れすぎおじきマンネリズムに陥る䞖界にちがいない。 僕の䜏いず束朚氏の動物孊実隓宀ずは、同じ地䞊に圚る二぀の郚屋であるずはいえ、党然瞁故のない二぀の郚屋だ。僕の宀内では、䞀枚の日よけ颚呂敷も、なお䞀脈のスピリットを持っおいる。動物孊実隓宀では、おたたじゃくしのスピリットもそれから、詊隓管の内壁に朜んでいるスピリットも、みんな、次から次ず殺しお行くじゃないか。僕は悲しくなる。そのくせ、束朚氏がスピリットを䞀぀殺すごずに、氏の著述は䞀冊ず぀殖えお行くんだ。 その堆積はいたに倩井に届くであろう。そしお僕には䞀冊の詩集もないのだ。これは䜕ず倧きい問題であろう。

    尟厎翠「地䞋宀アントンの䞀倜」
    『尟厎翠集成䞊』筑摩曞房、ちくた文庫、2002幎10月pp.173-174


    動物孊者によっお取陀けられた無数のスピリットの行方に぀いお僕は考えなければならないのだ

    尟厎翠「地䞋宀アントンの䞀倜」
    『尟厎翠集成䞊』筑摩曞房、ちくた文庫、2002幎10月p.175

    今になっお思うず、私はその時、無蚀のうちに消されおいく魂たちの代衚者ずしお、無数の小さな手たちから垌望を蚗され抌し出されたかのような、奇劙な心境になっお、その堎にいたような気がするのです。

    䜕か、蚀わなくおはいけない 文孊を究めるっお、そういうこずじゃないのこの䞖で最も力がなく、最も無芖されおいお、けれども最も優しくお最も繊现な存圚達からメッセヌゞを聞き取っお、それらを蚀葉に翻蚳し、そしお代匁し匁護するような圢で戊うために文孊を孊んでいるんじゃないの私
    それなのに、「地䞋宀アントンの䞀倜」先ほど匕甚した文孊䜜品の詩人が無数のスピリットの行方に぀いお考えようずし぀぀も、「おたたじゃくしの詩を曞こうずするずき実物のおたたじゃくしを芋るず、詩なんか曞けなくなっおしたう」p.177ずいう感性を持぀圌は、䞀人で郚屋にこもっお詩を曞くこずしかできなくお、しかもその詩さえも、䞖の䞭に送り出せおいない。その䞀方で動物孊者の束朚氏の著䜜は増えおいき、その分、瀟䌚的な立堎を増倧させおいるずいうのに、それを悔しそうに芋おいるしかできなくお ずいう状況にちょっずだけ䌌おいたかもしれたせん。私は研修䞭のある堎面で、䞊手く話せなくお、無蚀で涙を流し、呚囲を困惑させたこずを今でも芚えおいるのですが、その時、名前もないような無数の“圌ら”に申し蚳なくお、䞍甲斐ない自分が悔しくお泣いおいたのだず思いたす。

    今思うず、自分の䞭の「ディオニュ゜ス的」な発想の郚分を暎走させおいたのだず思いたす。文系の孊問の立堎から「ディオニュ゜ス的」な領分に぀いお論じるずいうずき、論じるずいう圢匏をずるためには、「アポロン的」な噚に盛る必芁がもっず䞀般的な蚀い方をすれば、論理的な歊装をする必芁があったのですが、今の私よりも10歳近くも若く、今の私よりもずっず盎情的だったのです。

    今の私は、結局こうしお文孊に぀いお考察し、蚀葉で発信するずいうこずに時間を割いおいるので、結局のずころ、人間ずしお、人間が奜きなのかもしれたせん。けれども、それだけではない、割り切れない郚分に぀いお考えるこずを止めないために、文孊䜜品ず向き合い続けおいるようにも思うのです。私はただ探求の旅の途䞊にいたす。

    泚


    スケヌプゎヌトずしおの人圢に぀いお
     

    『粟遞版 日本囜語倧蟞兞』コトバンクにお参照を匕いおみるず、「人圢にんぎょう」ずいう蚀葉には「叀くは信仰の察象だったが、䞭䞖以埌は芳賞・愛玩甚ずしお発達した。」ずいう歎史が蚘されおいたす。

    かわいいもの・矎しいものずしお倧切にされる察象ずなる以前は、呪術的な道具ずいう䜍眮づけでした。たた、転じお、生身の人間のこずを指す堎合もあり、「自分の意志で行動できない者をたずえおいう語。」を意味する蚀葉ずしおも䜿われるずいう甚法が掲茉されおいたす。そしお、「ひずがた。」ずいう意味も。

    そこで、この蟞兞で「人圢ひずがた」の意味も確認しおみるず、「人間のすがたかたち。」「人物像。肖像。」ずいう意味もありたすが、「 穊(みそぎ)、祈祷のずきに甚いるかたしろ。玙などで䜜り、身䜓を撫でお身の灜を移し、氎に流しおやるもの。」ずいうスケヌプゎヌトずしおの「人圢」のあり方に぀いお曞かれおいたす。たた、転じお、「人圢」の圹割を担わされる生身の人間のこずも指しおいるようであり、「身代わりの人。代理。かたしろ。」ずいう意味でも「人圢ひずがた」ずいう蚀葉が䜿われおきたこずが蚘されおいたす。



    [次の蚘事に続きたす]

    曞誌情報

    ※免責事項ず甚語の解説に぀きたしおは、こちらのペヌゞをご参照䞋さい。

    䜿甚テクスト

    • いわいずしお岩井俊雄『うみのかいだおのいえ』偕成瀟、2014幎7月

     ISBN: 978-4-03-332200-1
     NDC: 726.6
    類芞術・矎術72絵画726挫画・挿絵・児童画726.6絵本

    • いわいずしお岩井俊雄『そらのかいだおのいえ』偕成瀟、2017幎8月

    ISBN:978-4-03-332600-9
    NDC: 726.6類芞術・矎術72絵画726挫画・挿絵・児童画726.6絵本


    初出・初刊

    • いわいずしお岩井俊雄『うみのかいだおのいえ』偕成瀟、2014幎7月

    • いわいずしお岩井俊雄『そらのかいだおのいえ』偕成瀟、2017幎8月

    参考文献

    • いわいずしお岩井俊雄『かいだおのいえ』偕成瀟、2008幎7月

    • いわいずしお岩井俊雄『ちかかいだおのいえ』偕成瀟、2009幎11月

    • いわいずしお岩井俊雄『もりのかいだおのいえ』偕成瀟、2021幎6月

    • いわいずしお岩井俊雄『ぬたのかいだおのいえ』偕成瀟、2023幎10月

    • 藀村シシン『叀代ギリシャのリアル』実業之日本瀟、2015幎10月

    ◇

    ※ヘッダヌ画像は、フリヌ玠材を芏玄の範囲内でお借りしおいたす。
    photo by カズキヒロ様

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
    元図曞通員、定本眺芋さだもず・ななみが遞定する、「矎ず絶望の暙本箱」。あるいは「圢を持たない愛ず執着、名づけられない関係性に぀いおの芳枬蚘録」。月倜の幻想の閲芧宀から、貎方の「䜙癜」に向けお差し出された読曞案内です。気高い心に鮮やかな枯葉を積もらせる、繊现な感受性ぞ捧げたす。

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