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【創作大賞・恋愛小説部門】ゆずとはちみつ【最終話】

    はじめに

    なんとか間に合いました!笑
    今回、公開するのは【最終話】
    これで完結です。

    前回までのお話です!
    ↓↓↓↓↓

    それでは早速どうぞ!!
    ↓↓↓↓↓

    ゆずとはちみつ【最終話】

    「そして名前のない僕らの関係は終幕を迎える」

     一睡もしていない僕の頭に、彼女がカーテンを引く音、顔を洗う音、スリッパでキッチンを歩き回る音が反響する。
     どうしたもんかと思ったけど、卵が割れる音がすると、えいやっと、重だるい上半身を起こした。
     考えていたって、正解なんて出てきやしないのだ。

    「寝ててよかったのに」

     湯気の立つカフェオレを手に、いつも通りの無表情で、いつもと同じセリフを彼女は吐いた。
     僕の目の下の、真っ黒なクマには触れてこない。
     柚子先輩の目の下も、黒くくぼんでいた。

    「柚子先輩が作った朝ご飯が、おいしすぎてさ」

     僕も、ソファーに腰かけながら、至って普通に軽口を返す。

     昨夜のことは、夢だったのだろうか。
     そう錯覚しそうになるほど、いつも通りの朝。
     だけど、夢じゃない。

     柚子先輩があえて触れてこないということは、彼女は、忘れてほしいと願っている、ということなのだろうか。
     それなら、それでもいい。
     このまま、何事もなかったように、また日々が続くのなら。
     ぎこちないのは今のうちだけで、乗り越えてしまうまでの、胸に湧く苦い感じさえ我慢すれば、きっと元通りになれる。そう思ったのに。

    「同居を解消しよう」

     柚子先輩は言った。
     マグカップに手を伸ばしかけて止まったままの、僕の正面に座る。

    「え?」
    「ゲームは私の負けでいい」

     あまりに唐突だったので、その言葉を噛み砕いて整理する時間が、僕には必要だった。それはつまり、と言い出すまでに、たぶん一分半はかかった。

    「……それはつまり、僕のことが好きになったってことなの?」

     彼女は静かに首を振る。睫毛を伏せたままで、言った。

    「違う。忘れてなかったの。10年間、ずっと」

     僕はもう一度驚いて、「え?」と小さく漏らした。

    「高校が廃校になるって知って、まさかそんな偶然は、と思いながら、校舎を見に行ったの。会えて本当にビックリしたけど、本当に嬉しかった」

     思いもよらなかった事実に、僕は声が出せなかった。
     彼女は自嘲気味に鼻で笑う。

    「少しでも一緒にいたくて、バカなゲームを言い出したけど、それに蜜成は乗ってくれたから。これって、チャンスなんじゃないかって思った」

     彼女は嘘を言っていない。僕には分かる。
     別れてから10年間、本当に僕のことを忘れていなかった。もしかしたら、新しい恋人とうまく行かなかったのは、そのせいもあるのかもしれない。それは自惚れだとしても、少なくともこの部屋で一緒に暮らす間、僕に想いを寄せてくれていた。

     だけど、僕は昨夜、彼女を拒んでしまった。

     こちらに背中を向けた彼女が、一晩中、どんな思いで呼吸をしていたのだろうかと思うと、胸が張り裂けそうに痛んだ。

    「気持ちが自分に向いていない人と暮らすのって、気持ちが離れた人と暮らすのより辛いんだね。だから、もう無理。勝手でごめん。もう出て行って」

     機械的な口調で彼女はそう言うと、一回も口をつけていないカフェオレのカップを手に持って、立ち上がった。

     不意に、有働さんの声が脳裏に響いた。

    『お前は少し熱くなった方がいい』

     そうだ。僕は、自分に問いただす。
     本当は、ずっと後悔していたんじゃないのか。柚子先輩と別れてしまったことを。本当に欲しいものは、メジャーデビューでもお金でもなく、彼女だったから。それに手が届かなくなってしまったから、どことなく怠惰に生きていたんじゃないのか。

    『案外と、まぁまぁ、そこら辺に』

     あの日、高校で再会したことが「運命」なのかどうか、僕には分からない。それでも、僕は拾い上げる。拾い上げたい。例え、後悔したとしても。

     シンクに向かって歩いていく背中に、僕は言った。

    「――――ゲームしよう!」

     彼女は立ち止まったけど、こちらを振り返ることはしなかった。

    「簡単なゲームだよ。そして、たぶん、柚子先輩が言い出したゲームより、ずっと健全で当たり前なゲームだ」

     まだ振り返らない。
     歩き出さないのは、続きをうながしている証拠だと、僕は受け取った。

    「このまま一緒に暮らして、どちらかが相手を嫌いになったら、負け。それまでかかった生活費を全て清算して、同居を解消して、もう二度と会わない」

     それでもなお何も言わず、振り返りもしないのは、呆れているとか、戸惑っているとかいうよりも、単純に意味が分からないのだろう。
     当然だろうなと思いつつ、ダメ押しに僕は言う。

    「どうする? 僕は自信があるよ。僕は負けない。生きている間は、絶対に柚子先輩を嫌いにならない」

     彼女はゆっくりと振り返った。黒い瞳孔が揺れている。

    「おかしなことを言ってるって思ってる? 僕は思ってるよ。女性を好きになれないからって柚子先輩を振った僕が、今、柚子先輩のことを好きだなんてね」
    「好き……?」

     つぶやいた彼女の声が、少しだけ震えている。いつもの凛とした彼女と違うけれど、それがちっとも嫌じゃなかった。

    「うん。気づいたんだ」
    「何を……」

     僕は深呼吸してから、やっとそれを口にした。

    「僕は……10年前も、柚子先輩を好きだったって」
    「え……?」
    「僕はずっと柚子先輩に惹かれてた。本気で好きすぎて、だから、気持ちが高ぶりすぎて……あの時、できなかったんだ。情けない話だけど」
    「……嘘よ」
    「嘘じゃない。別れてからかなり経ってから、それに気づいたことは、本当に申し訳なかったって思うし、ずっと後悔してた。だから、あの日、偶然にも柚子先輩と再会できて、僕もすごく嬉しかったんだ」
    「嘘よ、そんなの」

     彼女は声を荒らげないにしても、身体の正面を僕の方に向けた。

    「嘘じゃないよ。冷静になってよ。いつもの柚子先輩だったら、僕が嘘をついてるかついてないかくらい、ちゃんと分かるでしょ」

     僕はソファーから立ち上がり、狼狽する彼女のそばへ歩み寄った。

    「よく思い返してみて。昨晩、キスされただけで僕は反応したでしょ。本当に女性がだめなら、そんなわけない。もっと言えば、柚子先輩だったからだよ」
    「……だって、それじゃ、どうしてあの時……ううん、どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」

     彼女は頑なだ。
     頭一個分は大きい僕を見上げる、彼女の瞳の光は強くて、こんな時なのに、僕はそれをとても美しいと思ってしまう。

    「それは、僕も柚子先輩と同じ」
    「え?」
    「怖かったんだ」
    「え?」
    「僕は、てっきり、柚子先輩に愛想を尽かされてると思い込んでたから」
    「私が? 蜜成を?」

     彼女は眉間にシワを寄せる。

    「蜜成こそ、私が嘘ついてたら分かるんじゃないの?」
    「それが分からなかった。正確に言うと、僕に対する気持ちの部分だけは、どうしても判断できなかったんだ。おそらく、負い目があったせいもあると思う」
    「負い目?」
    「だって、僕は……あんな酷い振り方をしたから」
    「それは……」

     少しだけうつむいて、彼女は言った。

    「……仕方のないことだって、納得するようにしてた。本当に仕方ないもの。蜜成だって、好んでそういう体質? ……になったわけじゃないって」
    「そっか」

     嫌われていなかったと知って、僕は10年越しにほっとした。
     だけど、彼女を傷つけたことには変わりない。そう思うと、胸が痛む。

    「黙っていたのには、もう一つ理由があって」
    「まだあるの?」

     上げられた柚子先輩の顔は、泣きべそに近かった。その姿が愛らしくて、悪いなと思いつつ、僕は少し口元をゆるめてしまう。

    「柚子先輩は、好きになったら一緒に暮らせないって言ったじゃない。あれは本心だ。だから、言い出せなかった。途中でバレて、変なところで律儀な柚子先輩に、追い出されたら困るから」
    「そんなこと……」
    「絶対にしなかったって言える?」
    「……言えない」
    「でしょ?」

     彼女は一時、言葉を失くして、思い出したようにすぐに口を開いた。

    「……じょ、上京の話は? ここを出て行くつもりだったんじゃないの?」
    「あぁ、それかぁ」

     僕は後ろ頭を搔いた。

    「それは、ごめん。ちょっとだけ意地悪した」
    「え?」
    「上京を考えてるのは本当だけど。出て行く気は一切ないよ。バンドの拠点を移したとしたって、柚子先輩さえよければ、僕はここから通うつもりだった」

     とうとう彼女は口をポカンと開けてしまった。

    「……詐欺じゃない」
    「だから、ごめんって。焦ってくれたら嬉しいなって思ったんだけど、柚子先輩、ちっとも動じなかったじゃないか。あれはショックだった」
    「あ、焦ったわよ。だから、昨日……」

     彼女はそこまで言うと、右手に持ったカップの中の液体を波立たせながら、うつむいた。光を放つ黒髪が揺れて、肩を撫で、彼女の表情を隠す。

    「うん。分かった」

     僕は微笑んだ。手を伸ばし、彼女の頬を包むように触れる。温かい。

    「……私も、怖かったの。蜜成の本心を見つめることが。せっかく再会できたのに、また……無理だって言われたら、今度こそ立ち直れそうになかったから」
    「うん。昨日は、本当にごめん」

     僕は心から謝った。彼女が首を振る。

    「僕は、柚子先輩が大好きだ。こんな奇妙なゲームを言い出す柚子先輩と、それに乗った僕。こんな二人だったら、いつまでも新鮮な気持ちのままで暮らせるよ。そう思わない?」

     次に顔を上げた時、彼女の瞳は真っ赤だった。
     それが寝不足のせいだけじゃないことなんて、分かり切っている。

    「とりあえず、今日は昼まで寝ちゃおう。寝不足で、眠すぎる」

     僕が大あくびをしてみせると、彼女はゆるく微笑んだ。

    「それで、目が覚めたら、ファミレスにでも行ってランチを食べて。それから、有働さんに挨拶に行きたい」
    「有働さん?」

     柚子先輩は首をかしげた。

    「うん。僕の事が心配らしくて」

     有働さんに会いに行って、柚子先輩を紹介しよう。意外と、二人は意気投合するんじゃないだろうか。
     それから、今までお世話になった事への、感謝の気持ちを伝えよう。有働さんという先輩のおかげで、僕のカラオケボックスでのバイトは、過去のバイトの中で一番楽しく、思い出深いものになった。

    「忙しくなるなぁ」

     履歴書を書かないといけないし、バンドメンバーにも会いに行かないと。急な話で申し訳ないけど、ツインボーカルの片割れがいなくなっても、彼らはきっとうまくやっていける。

     忘れてはならないのが、僕のアパートの部屋の解約だ。
     別々に生活するための部屋は、もう必要ない。
     このゲームに勝ち負けがつかないことなんて、分かり切っている。


    (終わり)


    お読みいただき、ありがとうございました!

    拙い物語に
    最後までお付き合いいただき
    ありがとうございます!

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    本当に励みになります!
    もちろん読んでくださっただけでも
    小躍りしたくなるほど嬉しい!

    少しでも楽しんでいただけたなら
    それで十分です!

    それではごきげんよう!

     
     
    元歌作り。今はYouTubeチャンネルでシナリオディレクターに励むかたわら、Kindle本を出版しています。 美味しいものとお酒と猫様と犬様、大切な人達が生きる糧。 どうぞよろしくお願いいたします。 (アイコンは借り物です。Special thanks!まかろんK様!)

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