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【創作大賞・恋愛小説部門】ゆずとはちみつ【第二話】

    はじめに

    創作大賞応募作品「ゆずとはちみつ」
    【プロローグ】と【第一話】に
    「スキ」をくださった方々、
    読んでくださった方々、
    ありがとうございます!(о´∀`о)
    嬉しいです!!

    前回までのお話です!
    ↓↓↓↓↓

    今回は【第二話】を公開いたします!
    夜には【最終話】を公開する予定です!
    最終話まで頑張りますね!

    それでは、早速どうぞ!
    ↓↓↓↓↓

    ※注意点
    ・今回、10,000文字近くあります。
    ・ちょっとだけ性的表現があります。
    (苦手な方はご遠慮ください)

    ゆずとはちみつ【第二話】

    「肌で季節を感じるように君を感じる日々」

     柚子先輩は朝が早い。
     勤めている本屋の、開店準備をしなきゃならない立場にあるそうで、カラオケボックスが忙しくなる午後からの出勤が多く、もっぱら正午近くまで寝ていた僕とは、生活がまるで違った。

     これまでのパターンを変える必要はない、とあらかじめ言われてはいたけど、彼女が朝食の卵を割る音が聞こえると、僕はベッドからのったりと起き上がり、這いずるようにしながらも、テーブルに着くようにしていた。それが、食事を作ってくれる相手への、礼儀だと思っているからだ。

    「寝ててよかったのに」
    「柚子先輩の作った朝ご飯が食べたくて」

     カフェオレを運んでくる彼女とのそんなやり取りは、日課になりつつある。

    「このままだと、恋愛感情が芽生える前に、身体の方が参って出て行きそうね」

     まぶたをゴシゴシとこする僕に、それを残念とも喜ばしいとも思わないような声で、彼女は言った。

    「身体は慣れるものさ」

     大あくびをする僕に、説得力はこれっぽっちもなかった。

    「この前会ったのは、午前中だったじゃない」

     母校で再会した時のことを言っているのだ。

    「簡単だよ。その前の日は、バンド練習が早く終わって、脳みそが腐るんじゃないかってほど、しこたま寝た後だったからね」

     バンドの練習はほぼ毎日、メンバー各々のアルバイトが終わってから、市内のスタジオに集まっておこなっていた。
     スタジオと言っても、高価な機材などは何もなく、防音加工がほどこされた、少し頑丈なプレハブみたいなもの。それでも、給料の安いフリーターどもが、一部屋を占拠できる時間は限られていて、せいぜい二時間。
     それから最寄りのファミレスに移動して、詞をどうだ、コードをどうだ、なんて言い合いながら、エアーで調整をして、解散して帰ってくるのは、いつもだいたい明け方に近い時間だった。

     あの日は、ファミレスにも寄らなかったし、ギターを担当するやつが風邪で咳き込んでいたりしたので、スタジオ練習自体も30分で切り上げていた。

    「最近は一人分しか作ってなかったから、急に二人分とか面倒」

     レタスときゅうりとトマトのサラダと、半熟の目玉焼き、トースト。
     それらを配置よく並べていく柚子先輩は、口ではそんなことを言いながらも、どこか楽しそうに見えた。

    「だったら、こんなゲーム、持ちかけなきゃよかったんだ」

     そう憎まれ口を叩く僕の方も、正直、楽しかった。

    「それに乗った人が言っても、説得力がない」
    「まぁ、そうだけど」
    「家庭的な女。ヤバいでしょ。惚れないようにして」
    「う~ん。僕が女性もイケる人だったら、確かに危なかったかも」

     一人暮らしが長かったせいか、今さら誰かと暮らすのは、煩わしいものじゃないかと不安があった。
     だけど、実際はそうでもない。柚子先輩が、生活の色んな場面で配慮してくれるおかげもあるし、何より、やっぱり僕たちは基本的に気が合うのだ。

     ただ、どうしても気を張らざるを得ない場面はある。夜だ。

     柚子先輩の家は、ワンルームに、小さなキッチンとユニットバスが付いている。部屋の中は、ごちゃごちゃしているわけではないが、それほど広くない。テーブルに本棚、ソファー、ベッドを置いたらもういっぱいだ。もう一組の布団を敷くスペースはない。

     僕が帰ってくるのは、結構な深夜であるため、必然的に、朝早い彼女が先にシャワーを浴びて、寝ていることになるわけだけど。合鍵で部屋に入るのは良いとして、一つしかないベッドの、女性が寝息を立てている横に入り込んでいくのは、さすがの僕だって多少はためらう。

    「僕、ソファーで寝るよ」

     初日にそう提案したのだが、すげなく却下された。

    「だめ。良質な睡眠が、翌日のパフォーマンスを左右するの」
    「別にアスリートじゃないんだから」

     結局、勇気を出せずに、その夜はコートを被ってソファーで寝た。
     翌朝、彼女にこっぴどく怒られる羽目になる。

    「風邪を引いて熱でも出して私が看病したら、いくら蜜成だって、うっかり私に惚れてしまうかもしれないでしょ。負けて出て行きたくないんだったら、バカなことしないで」

     そう目くじらを立てる柚子先輩の方が、よっぽどバカなことを言っている、と呆気に取られた。

     それ以降、彼女の言う事に従うようになったけど、向かい合って眠ることは、今もできない。そして、それは彼女も同じだ。

     毎晩、暗い寝室に彼女の息遣いは確実に漂い、僕を、説明のできない不可思議な気分にさせた。それはたぶん、背中から伝わってくる柔らかい体温であるとか、抗いようがなく鼻腔に入り込んでくる、化粧を落とし、まっさらになった彼女の生まれたての匂いとかが、否応なく僕を過去に飛び立たせるからだと思う。

     一度しか見たことがない、彼女の裸の腰の曲線、胸のふくらみ。
     彼女の涙。不器用でしかなかった僕。
     思い出すたび、胸がキリキリと痛む。

     あんな事さえなかったら、僕たちはきっと長く、うまく暮らせた。
     どういう理由であれ、一緒に暮らすことになるのなら、ほんの短い間だとしても、やっぱり付き合っていた過去などない方が良かったんだ。もしくは、僕が彼女と同性だったなら。

     だけど、僕はゲームに乗ってしまった。

     あの日、車の中での彼女は確かに気丈だった。
     だけど、僕が詞を書いたラブソングの間奏にまぎれて、すん、と一度だけ、湿っぽく鼻を鳴らしたことは、運転に集中するふりをしながら、僕をちゃんと気づいていた。

     同情したと言ったら、彼女は怒るだろうか。

    *****

    「ねぇ、訊いてもいいかな」

     朝食後、タブレットからひょいと視線を上げて、僕は柚子先輩を見た。同時にイヤフォンを外す。

    「どうぞ」

     テーブルを挟んだ対面で、読者中の彼女の方は、顔を上げることはない。

     珍しく休日が被ったその日。
     僕は、昨夜、バンドのメンバーから届いた曲を聴きながら、それに乗せる詞を考えていた。柚子先輩はテーブルの向かい側で、いつも空き時間ができたらする時と何ら変わらずに、ハードカバーの小説を開いていた。

     仕事が休みの日でも、彼女はパジャマで部屋中を歩き回ることはなく、身なりをきちんとしていたし、控えめにだけど化粧もしていた。それが、ここに赤の他人の僕が居座っているせいなのか、女性にとって至極当然のことなのか、女性と暮らした経験のない僕には分からない。

    「僕の夢を見たって言ったよね」

     それを聞いた彼女が、すぐさま目を合わせてきたことは、少し意外だった。ところが、思ってもみないことを耳にした、といった表情をしている。

    「言ってない気がする」
    「言ったよ」

     夢の内容を確認したかったのに、そう窓口を締め切られるような態度を取られたら、質問を続行する気が萎えてしまう。

    「いつ」
    「この前。高校でバッタリの時」
    「あぁ」

     彼女は小さく納得の声を上げてから、眼下の文章を追うことを再開した。

    「そんなこともあったかもしれない」
    「あったんだよ。しっかり、くっきり、ばっちり、どっきりと」

     僕が言うと、何がおかしかったのか、彼女は小刻みに肩を揺らした。

    「蜜成はあれよね。やっぱり作詞をするだけあるなぁ。語彙が豊富だ」
    「話をそらしてるでしょ」

     唇を尖らせてみせながらも、褒められて悪い気はしなかったし、彼女の笑顔が見られたことは素直に嬉しくて、結局、僕も横隔膜を震わせた。

    「そらしてない。本当に感心しただけ」
    「僕も感心してるよ。サラリと嘘をつく柚子先輩に」
    「嘘なんかついてないって」

     彼女は口の端をゆるく引き上げたまま、ページをめくって言った。

    「忘れちゃったんだよ」
    「僕の夢を見たって僕に言ったことを? 夢の内容を?」
    「んー、両方」

     答える彼女の顔の下半分で、柔らかくカーブを描く唇を、僕は見る。彼女が嘘を言っているのかいないのかは、僕にはちゃんと分かるのだ。

    「なるほどね。でもさ、10年も会ってなかった僕が、普段まったく意識してない頭の中に、いきなり現れることもないだろうから、きっと柚子先輩は最近、僕の事を考えたことがあったんだろうね」
    「ははは」

     タブレットを抱えたまま、うんうんと感慨深くうなずいてみせる僕に、彼女はちっとも目を向けることなく、乾いた笑いを発した。

    「もう一つ、訊きたいことがあるんだけど」
    「蜜成は詞を書きたいのか、おしゃべりがしたいのか」
    「んー、両方かな」

     彼女の声は、あの頃と同じ一本調子のままで、少しも変わらない。それを、あの頃と同じく、ちっとも嫌だと思わない僕がいる。あまりにもあの頃のまますぎて、二人が会わない間に、10年の月日が流れたという事実が、なんだか不思議に感じられて仕方がない。

     だけど、僕は普通免許を取ったし、バイトではあるけど働いてもいる。親元を離れて、掃除も、洗濯も、料理だって、人並みにはこなせるようになった。柚子先輩だって、僕の知らない相手と新しい恋に落ち、ここで暮らしていた時期がある。
     時間は確実に経過しているし、お互いに、高校時代よりもそれなりに成長している。

     でも、どれだけ時間が経とうと、人間の根幹というものは、さほど変わらないのかもしれない。そんなふうに思う瞬間がある。

     彼女はどうなのだろうか。

     だけど、相手を好きになってはいけないゲームに興じる羽目になってしまった立場の僕からは、それを尋ねることはしない。

     人を知るということは、人に好意を持つことに近い。
     その可能性が限りなくゼロに等しいとしても、ゼロではないのなら、迂闊なことをしてはいけない。

     だって、悲しむことになるのは、きっと僕の方だ。

    「クリスマス、柚子先輩は何か予定があるの?」

     質問を投げかけながら、僕は扇子を開くみたいな軌道を顎で描いて、横のクリーム色の壁にかけられたカレンダーに視線をやった。

    「まだ一カ月以上も先じゃない」

     彼女の言葉は、僕の質問を切って捨てるようだ。

    「早い店は、もうケーキの予約を始めてる」

     売り言葉に買い言葉でそう言うと、彼女はおもむろに顔を上げた。
     ともすると、セルロイドの人形と話している錯覚を抱きそうな、表情筋の動かない顔だけど、今はどことなく憮然として見える。

    「ケーキが食べたいなら、お金は折半」

     彼女は手のひらを上にして、差し出してみせた。

    「ケーキ以外の食費も折半にしてるでしょ。て、言いたいのはそういうことじゃなくて」
    「最近のカラオケボックスは、クリスマスケーキの予約も始めたのか」
    「それも違う。ノルマに追われてるわけじゃない」

     僕はウンザリといった顔をしてみせた。
     彼女は、相変わらず大きく表情を変えることはないものの、鼻から細く長く息を吐き出しながら、不思議そうに首を傾けた。蛍光灯に照らされた黒髪が、ピカピカと光りつつ、サラサラと波打つ。

     その輝きが、あまりにも綺麗だと感動した高校生の僕は、正門のそばで、友達と話し込む彼女の後ろ姿に向かって、自転車のサドルに腰かけたまま、懸命に腕を伸ばしたこともあった。

     胸がきゅっと萎むような痛みに襲われる。
     それを振り切るように、少しだけ慎重に、僕は訊いた。

    「予定が特にないなら、僕たちのライブに来ない?」

     スケジュールをはなから白いと決めつけられるなんてことは、おそらく女性にとってはおもしろくないことだ。緊張したのは、もちろん、それだけが理由ではないけれど。

     僕の気遣いが功を奏したのか分からないが、彼女は不機嫌になることもなく、至って平常心で、傾いていた頭をゆっくりと正しい位置へ戻した。

    「クリスマスにライブするの?」
    「うん。アルバムを出すって言ったでしょ。そのレコーディングもあるし、ライブを最後に上京しようって話が出ていて」

     その話は彼女に初めてするもので、だから、当たり前なんだけど、彼女は初めて聞きました、という表情をした。
     それでも、他の女性に比べたら、かなりあっさりとした変化だろうけど。

     僕の放った言葉の意味を、彼女はどう吸収したのだろうか。額面通りに受け取れば、僕たちのこの奇妙な同居生活には、限りがあることが分かる。
     僕は密かに唾を飲み込んだ。

    「……つまり、こっちで最後のライブってことになる。だから、まぁ、見ておくのも良いんじゃないかと思って。有名になるかもしれないし」
    「なるほど」

     カクンと一つうなずくと、彼女はまた視線を手元に落とした。

    「そこは、笑ってくれないと」
    「冗談のつもりだったの?」
    「いや、有名にはなりたいけどさ」
    「残念だけど、クリスマスは仕事なんだよね」
    「残念だけど、ちっとも残念そうじゃない」

     どうして黙っていたのかと、ゲームが続行できるかできないかに関わる、重大な違反行為ではないかと、責められるのを覚悟していたのに、肩すかしだ。

     でも、当たり前だ。
     柚子先輩は、僕に興味がない。一緒に暮らしたいと言ったのは、ただ彼女が寂しいから。僕をゲームの相手に選んだのは、たまたまあの日、高校で遭遇したからで、たまたま気が合う人間だったから。
     要するに、気が合えば、僕じゃなくたって良かったってことだ。
     分かっていたのに、それでも、僕は少しだけ期待してしまった。

    「柚子先輩は、僕に興味があるものだと過信していたのに」
    「ははは」

     わざと口を尖らせてすねてみると、彼女はニコリともせずに、声だけで笑って返した。

    *****

     季節は、片足どころか、むしろ片足だけを外に残した状態で、ほぼ全身を冬に突っ込んでいる。
     なのに、カラオケボックスの店内は異常に暑く、働いている人間は、半袖のユニフォームで何ら支障がない。それは、僕の職場だけに限らない。ショッピングモールのテナントも、カフェも、一歩店内に入れば、たちまちコートは邪魔になる。外がどれだけ寒くても。

     そんな光景を見ていると、時に、この世界は快適を求めすぎだと懸念してしまう。
     そのうち、外の通りまでアーケードで完璧に覆って、常に中の温度の調整をするようになるのではないだろうか。

     そうしたら、僕たちは、肌で季節を感じ取ることを忘れてしまうだろう。

     北風に縮こまった身が、誰かの温かい腕に包まれることでほどけていく感覚も。手のひらの上で溶けていく雪の儚さに、愛しい誰かを抱きしめたくなって、どうしようもなく胸が音を立てる衝動も。

     勤務を終えて外に出てくると、そこに柚子先輩がいた。
     夜の、あちこちの看板のネオンや、建物からの照明の中にたたずむ彼女を見るのは、初めてだったけど、想像通り、その白い肌はまるで浮かび上がるようだった。

    「お疲れさま」

     通勤に使う、大きい生成りのトートバッグを肩に提げているところを見ると、彼女もどうやら仕事上がりらしい。
     朝早い出勤の彼女が、こんなに遅くまで働くことは稀だった。少なくとも、僕と暮らすようになってからは一度もなかった。

     自動ドアを出てすぐの段差を二段下りながら、僕は言った。

    「珍しいね。帰りが同じくらいになるなんて」
    「うん。でしょ。珍しいから、バスに乗って足を延ばして来てみた」
    「あー、だけど、ごめん。僕、これからバンドの練習が」
    「分かってる」

     薄く微笑む彼女の表情が、まったくいつも通りで、いつも通りであることに、なぜかこの胸が詰まされた。

    「じゃあまた」と見せたその背中に、僕は「待って」と声をかける。
     彼女が振り返るのを横目に見ながら、チノパンのポケットを探り、星が瞬く夜空色のカバーが付いたスマホを取り出した。
     スリーコールで電話に出た相手に、練習を休むことを手短に伝えて、行けたら行くよ、と付け足して、通話を切る。

     ツインボーカルの片割れが不在でも、練習にさして支障はないだろう。
     新しい曲を合わせようにも、歌詞は結局、未完成のままだし。

    「せっかくだし、車置いて少し歩こうか。何か食べに行く?」

     僕は口角を引き上げて、さすがに手を差し伸べることはしなかったけど、エスコートするかのように、彼女の前に一歩出た。
     睫毛を伏せる彼女の笑みが少し寂しいのは、罪悪感を覚えているのだろうか。

    「今朝、鍋焼きうどんの材料を仕込んでおいたの。ちょっと煮込めば、すぐに食べられる」
    「最高」

     並んで歩き出してすぐ、僕は思い出した。

    「そうだ、柚子先輩。ここをまっすぐ行くとね、なかなか綺麗な場所に出るんだ」

     カフェや古着屋が建ち並ぶ大通りの先を、僕は指さしてみせた。

    「シーズン的に、なんとなく予想がつく」
    「あー、もう。そういうことは、分かってても言ったらいけないんだよ」

     ふて腐れる僕に、彼女は謝りもせずに、今度は明らかに楽しそうな表情を浮かべた。

     5分ほど歩くと、この辺ではデートスポットとして有名な、とある商業施設の前に出た。
     エントランスの正面がロータリーになっていて、半月前にはなかったはずなのに、どうやって運んだんだろうって首をかしげたくなるくらい、大きなモミの木が植わっている。
     その枝の、ありとあらゆる箇所にLEDの電球が付けられていて、一定間隔で点滅するさまは、青い風が撫でて通りすぎているように見えた。

    「おぉ~、とても綺麗」

     巨大なツリーを見上げた彼女のセリフは、まったくの棒読みだ。

    「AIでも、もうちょっと感情がこもってると思うよ」
    「なるほど」

     受け答えとして適当とは言えないような相槌を打って、彼女は辺りをキョロキョロとうかがい、周りの恋人たちが目を潤ませて木を見上げるのを確認すると、自分も真似をして、祈るように指を組んでみたりした。
     それがおかしくて、僕は噴き出す。

    「人間らしいかしら」
    「まぁ、機械は、鍋焼きうどんのレシピを記憶して読み上げることはできても、食べたくて仕込んだりはしないだろうからね」
    「よかった」

     ちっとも安堵を感じさせない声で、彼女はうなずいた。
     白い息が、自分の鼻先を柔らかく包むのを感じながら、僕は言った。

    「だけどさ、来月の26日には、全部外されちゃうんだよ」
    「感動が台無しなこと言うなぁ、蜜成は。歌うたいのくせに」

     そもそも、感動していたかどうかすら危うい彼女がそんなことを言って、僕を非難するような目で見てくるのはおかしい。

    「先のことなんか考えるものじゃないの。今が楽しければ、それでいいじゃない」

     僕は思わず目を丸くしてしまった。

    「柚子先輩、もしかして、今楽しいの?」

     それは、「この時代を生きている事」などという、漠然としたものを指しているわけじゃなくて、僕という人間と一緒に暮らしている事、果ては、今この瞬間に、僕とここでクリスマスツリーを眺めている事を指していた。
     質問の意図に気づいたのだろう、今度は彼女が目を見開いた。

    「ははは」

     すぐに抑揚のない笑い声を発して、くるりと身体を反転させる。

    「……そんなわけないよね」

     来た道を颯爽と戻り始めたから、僕は慌てて彼女の後ろをついて行くしかなかった。

    *****

     夜、僕の眠りをさまたげようとするものに、すぐには気づけなかった。

     柚子先輩と暮らすようになってから、まぁまぁな時間が過ぎた。
     最初のうちはさすがにキツかったが、一週間も経つと、どんなに朝が早くても、一度キッパリ頭が冴えてしまえば、昼の間に眠気に襲われることはなくなった。

     ただ、その分、夜は泥のように眠った。翌日もまた早くから活動をせがまれることを、脳が理解したらしい。短い時間に、できるだけ質の良い睡眠を取れるようにしないと、このままでは生命存続の危機に関わると、早急に対応できるよう、身体の方に働きかけてくれたようだ。おかげで、一緒のベッドで眠っても、緊張を感じる余裕もなくなった。

     お腹の上に、何かがのしかかっている重みを感じたのは、ベッドに入ってから、まだそれほど経っていない頃。とうに深く奥底に沈んでいた意識が、それを奇妙だと感じた。

     僕は、横向きで寝ていたはずだった。ベッドはシングルだし、柚子先輩の方を向くことはできないでいたから、いつもそのままの体勢で朝を迎えた。

     彼女はどこだろう、とボンヤリ思った時、頬に何かが触れた。
     甘い匂いがする。しっとりと滑らかな感触に、これは髪の毛かもしれない、と思い立ったとたん、唇をふさがれた。

     僕は普段から鼻呼吸であるから、酸素を取り入れること自体に窮することはない。だけど、生温かい舌が口内に侵入してきて、舐め回し、唾液が喉の奥へ流れ始め、しかも、顔の両側をガッチリと手で固定されてしまったとあっては、穏やかじゃない。

     せめて顔の自由を得たかったけど、今の今まで死体みたいに寝ていた僕の身体は、指先すらすぐには動かなかった。奮闘むなしく、か細い吐息が漏れただけだ。

     すると、彼女は顔から離れ、足元へと下降していった。
     スウェットをめくられ、するするとボクサーパンツが下ろされると、冷えた部屋の中にあらわになった僕自身が震えた。
     彼女が握る。手が熱い。
     ゆっくり上下に動かされると、身体の芯が、ビックリするくらいゾワゾワし始めた。

     待って。
     そう声を上げたつもりが、声にはならず、目も開けられない。

     やがて、彼女の温かく湿った口内に、先端からすっぽりと包まれてしまうと、腰を中心に電気がビリビリと全身に走り、さすがに跳ね起きて、彼女の両肩を押し返してしまった。

    「……だめだよ」

     僕の息は少し上がっていた。
     暗がりの中で、大きく見開かれた彼女の目が光った。猫みたいだ。
     とっさに出た拒否のセリフに、自分自身で後が続かず、迷った末にこんな言葉が出た。

    「また……あの時と同じ想いを繰り返したいの?」

     彼女の目がたちまち悲しそうになる。
     違う。

    「僕は、女性とはできない。身に沁みているはずじゃないか」

     そうじゃない。
     それは、ただの僕の不安だ。本当に言いたいのは、伝えたいのは、そういう事じゃない。だけど、それを口にしたら……この関係には、即座に終わりが来てしまう。

    「……でも、それ」
    「そりゃ、外部から刺激を受けりゃね。でも、到達することは難しいかも」

     すると、長い睫毛が伏せられ、彼女の涙袋に濃い影を作ったかと思うと、大粒の雫がポロリとこぼれ出した。

    「……ごめんなさい」

     あの時も、彼女は謝った。
     深く考えずに告白を受けたのは、僕の方なのに。彼女を脱がせたのも、僕だったのに。途中で断念せざるを得なかったのも、僕のせいなのに。
     返した僕の「ごめんね」は、ひどく宙ぶらりんだった。

    「……寝ましょう。明日も早いのに、邪魔してごめんなさい」

     彼女は僕の上から下りると、布団に潜った。いつものように向こうを向いて、そのまま朝まで動かなかった。

     そして、僕は翌朝、後悔する。
     この時、素直に自分の気持ちを伝えられなかったことを。


    (次回に続く)

    お読みいただき、ありがとうございました!

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    とっても嬉しいです!

    それでは、最終話まで
    もうしばらくお付き合いくださいませ!

    次のお話です!
    ↓↓↓↓↓


     
     
    元歌作り。今はYouTubeチャンネルでシナリオディレクターに励むかたわら、Kindle本を出版しています。 美味しいものとお酒と猫様と犬様、大切な人達が生きる糧。 どうぞよろしくお願いいたします。 (アイコンは借り物です。Special thanks!まかろんK様!)

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