
【創作大賞・恋愛小説部門】ゆずとはちみつ【第一話】
はじめに
ご機嫌いかがでしょうか!
朋藤チルヲです!
白状します!
私、〆切日を勘違いしていました笑
9日かと思っていたんです。
明日なんですね…
というわけで、
公開のピッチを早めます。
ホーム荒らしみたいになりそうですが
ごめんなさい…(´;ω;`)
今回は【第一話】です。
プロローグはこちら
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それでは早速どうぞ!!
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【ゆずとはちみつ】第一話
「叩いたら壊れそうな僕らの関係はこうして始まった」
一週間後の昼前。
僕は、ロータリーに立っていた。
母校である公立高校の、正門から校舎まで続くロータリーだ。
まるで遅刻ギリギリの生徒を、「さぁ急げ!」「まだ間に合う!」と鼓舞して送り出すかのように、ちょうど昇降口の手前で湾曲している。
そのカーブのてっぺんと呼べる位置で、愛車の軽乗用車の横に立ち、四階建ての校舎を眺めていた。
空を仰ぐようにしていた首の角度が、そろそろ限界。
だけど、そのだるさにさえも郷愁を感じるものだから、どうしようもなく、ただのでくのぼうみたいに、僕はそこに突っ立っていた。
彼女に再会したのは、そんな時だ。
「蜜成?」
僕を呼ぶ声は、後頭部、つまり、正門の方向から聞こえてきた。
「まさか」という、期待と不安が入り混じった感情が、胸の中に湧き立つのを感じながら、振り返った。
一人の女性が、ゆったりとした速度で、こちらに向かってまっすぐ歩いてきていた。
深いグレーのワイドパンツ、白いニット、その上にシンプルな黒いコートを羽織った女性は、黒髪を肩下まで伸ばしている。ピンと伸びた背筋も、凛とした眼差しも、見覚えがあり過ぎる。そして、もう二度と見ることはないのだろうと思っていた。
「……柚子先輩」
その名前が僕の声帯を震わせたのは、実に10年ぶりになる。
緊張からか、口の中が一気にカラカラに乾いた。反対に、背中にはじわりと汗をかく。
「覚えてたんだなぁ」
僕と違い、間延びした彼女の声には、ただ純粋な感慨だけが滲んでいた。
ショートブーツのヒールでカツカツとアスファルトを踏み、僕の隣に並んだ彼女は、さっきまでの僕と同じように、校舎の屋上を見上げた。全体像を見ようとすると、自然とそうなる。
「なくなってしまうのですって」
「……らしいね。昨年度の卒業生で最後だったとか」
「母校がなくなってしまうのって、あれかな、自宅が地上げ屋に奪われてしまうのと、一緒の気分なのかしら」
「どうだろうね。僕は地上げ屋に遭ったことがないから、分からないけど」
「私、蜜成のそういうとこ、今でも好きよ」
彼女のどこまで本気なのか分からないところに、さらに動揺する。
実は先日、有働さんから「運命」の話を聞いた時、ふと脳裏に浮かんだ女性がいた。それが彼女だ。
柚子先輩とは、高校時代に交際していた。あっという間に別れてしまったけれど。
心の乱れを悟られないように、僕は再び視線を上げた。
まだまだ新しい、淡いピンク色の校舎と、雲一つない青い空が、まるでポートレートを眺めているようだ。
校舎の中にも、外にも、僕たち以外の人影はなく、ひっそりとしている。
事務的なものも、物理的なものも、作業は全て済んで、後は取り壊しを待つだけなのだろう。
少し前まで、あの中で、奇声を上げてはしゃぐ生徒たちがいたはずで、それがまるで、遠い思い出の中のセピア色の花火のように思える。
「後ろ姿で……僕だって分かった?」
何か喋らなきゃ。
そんな、ほとんど強迫観念みたいなものから、僕はそう口にした。
覚えていてくれたんだ、とは言えなかった。僕には、先程の彼女のように、驕りでも嫌味でもなく、自然な感想を述べるようには、とてもじゃないができない。
「そうね」
「まぁ、10年くらいじゃ、そんなに変わんないのかな」
「10年ってひと昔? ひと昔って長い」
会話が微妙にチグハグだ。とはいえ、今さら驚いたり、眉をひそめたりはしない。
むしろ、どこか噛み合わないやり取りが、遠い記憶を呼び起こし、一緒に、あの当時の風の湿度まで蘇らせるようで、胸の奥にグッと込み上げるものがあるのを感じた。
「……綺麗になったね。いや、昔から綺麗だったけど」
それは、お世辞ではなかった。
「そう言われるように努力してる」
必要以上に喜んだり、逆に卑屈になったりしないのは、彼女の長所だ。
お世話になった高校が廃校になる連絡は、特には来なかった。何のために、同窓会名簿とやらに連絡先を記入したのだ、と文句を言いたくなる。
勉強や部活動に励んでいた、というわけではなかったけれど、ピンク色の校舎も、新学校と言いつつのんびりした雰囲気も、僕はそれなりに気に入っていた。卒業してから訪れる機会はなかったが、なくなってしまうとなると、やっぱり寂しい。
それを知ったのは、たまたま入ったコンビニでだった。
栄養ドリンクを片手にレジに並んでいた時、前に立っていた女子高生二人が話していた。制服がかわいかったのに残念……そう嘆く彼女たちは、新一年生らしい。本当は受験したかったのに、と口にしたその高校の名前は、僕に懐かしいロータリーを思い出させた。
ショックと共に、なるほど、と納得した。
だから、卒業以来、同窓会のハガキの一枚も届かなかったのだ。
僕たちが気づかなかっただけで、あの頃から、学校の運営は厳しかったのかもしれない。
翌日、午前中から車を走らせた。
バイトのシフトは休みだったし、予定もなかった。
取り壊し直前に知ることができたのを、せめてもの幸運だと思い、最後の姿をこの目に焼き付けておこう、と思った。思い立ったら、情熱が冷めてしまう前に動かないと、なんとも気持ちが悪くなるのは、僕の性格の良い部分だと思っている。
つまり、僕にだって熱い部分はあるのだ。どうですか、と有働さんに胸を張りたくなる。ただ、表に出にくいだけなのだ、と。
まさかそこで、気まずい別れ方をした恋人と再会してしまうとは。
「どうして知ったの? 廃校になるって」
屋上に取り付けられたフェンスの、さらに上空でクルクル旋回するとんびを眺めながら、僕は尋ねた。田舎町の母校の周りは特に森が多く、とんびも飛べば、タヌキも出没する。
「蜜成の夢を見て」
僕は静かに視線をずらし、頭一個分は小さい彼女の横顔に落とした。
白い陶器のような肌をした彼女の睫毛は相変わらず長く、くるんと上を向いている。
「懐かしくなって、なんとなくネットで名前を検索してみたの」
「……え? 載ってた?」
「載ってた。ホームページがあって。今冬には解体に入っちゃうみたいだったから、来るなら、今のうちしかないなって思って」
「……あぁ、そっちか」
「うん?」
「いや」
予想と違う回答が返ってきたことに、落胆はしなかったけど、そんなことを確認したがった自分に驚いている自分はいた。
昔関わった人間が、脈絡もなく夢に出てくることはある。
彼女が、純粋に校舎を見たくて訪れただけであると察した僕は、ため息をつきたい気分を抑え込み、また空を仰いだ。
「蜜成は、相変わらず綺麗な顔してるのね」
僕以上に淡々とした、例えるなら、キャッシュディスペンサーみたいに感情のこもらない声で、彼女は言った。
再会したことで改めて感じたけど、やっぱり僕たちは雰囲気が似ている。それも、惹かれ合った理由の一つなんだろう。
「そう? 昔から?」
「自覚ないの?」
「自分ではよく」
「そういうもんか。でも、蜜成みたいな人は、みんな、そんな感じのような気がする」
「僕みたいな? そんな感じ?」
彼女は鼻から短く息を吐き出す。
笑ったんだ、と少し経ってから気づいた。
「なんて言うのかな……概念にとらわれない? 自由?」
「ああ」
僕が、恋愛対象に異性を選ばないことを言っているのだろう。
彼女はそれをよく知っている。何を隠そう、それが別れの原因だったからだ。
「外見も内面も、いつまでも若々しい人が多い気がする」
「そうかなぁ」
「あの頃は、気づかなかったけど。でも、蜜成に告白したのは、それだけが理由では断じてないから」
「分かってるよ」
僕には、人が本音で話しているのかそうではないのか、見定められる特技がある。
たぶん、他人より、少しばかり感受性が強いからだろうと思うのだけど、子供の頃は、友達の無邪気な悪意も鋭く感じ取ってしまって、しょっちゅう熱を出していた。そのせいで、小学校は通常の半分も登校できていない。成長していくにつれて、そんなことも減っていったけれど。
「あの時は、まだ僕だって、そうなんだって自覚がなかったし」
「うん」
「そうじゃなかったら……柚子先輩の告白を受け入れなかった」
「分かってる」
彼女もまた、「嘘」と「本当」を見極められる人だ。
そういう意味でも、僕と柚子先輩は似ている。
例えば、僕が女性であったり、彼女が男性であったり、つまるところ、僕たちが同性同士であったなら、きっと良い友人でいられただろう。
「蜜成、今何してるの?」
物思いから引っ張り出された僕は、再び隣に顔を向ける。
つるんとした表情のない横顔は、マネキンを見ている錯覚にも陥りそうなほどで、おおよそ郷愁を抱いているようには見受けられない。
「仕事だったら、カラオケボックスのアルバイトだけど」
「就職してないんだ」
彼女の声は責めているようでも、呆れているようでもなかった。
だから、僕は素直に状況を吐き出すことができる。
「やりたい事があって。なるべくフットワークを軽くしておきたいから、定職に就いちゃうのは嫌だったんだ」
「やりたい事?」
彼女の目がこっちを向いた。黒目がちで、虹彩の部分がダージリンティーの色に似た、あの頃から一つも変わらない、まっすぐな目。
その目で見つめられると、僕はいつも嘘をつけなかった。
「バンドやってる。もう少しで、インディーズではあるけど、アルバムを出させてもらえそうなんだ」
「蜜成が歌うの?」
僕は肩をすくめた。
「ツインボーカルなんだ。ボーカルって言うと聞こえが良いけど、もっと控えめな感じの……コーラスって言った方が近いかも。僕がやってるのは、もっぱら作詞で」
「どっちにしてもすごい。そんな才能があるの、知らなかった」
彼女は瞳を瞬かせた。
20代も後半になって、何を夢みたいなこと言っているんだと、そう鼻白まれることがほとんどだった僕には、それは新鮮な反応だった。新鮮で、嬉しいけど、こそばゆい。
「ありがとう。まぁ、ウケてるのは、まだ本当に一部なんだけど。アルバムが出ることで、今よりもっと認知度が上がればと思ってる」
「いいと思う。蜜成、顔が良いから、ファンがたくさんつきそう」
「ルックスだけでウケても嬉しくないよ。歌と演奏が評価されないと」
「そうか。うん。そうだね。結婚は?」
「いや……独りだよ」
「そう」
彼女は、話が一区切りついたとでもいうように、校舎へ視線を戻した。
透き通るような白い肌に、椿色の唇が咲いている。既製品の色を塗らなくても、充分に美しいそれに、ミツバチが引き寄せられるように僕が触れた日が、やけに遠く感じられた。
ごめんねって、裸のままうなだれたあの日。
柚子先輩は、泣いていた。
「蜜成」
視線は高い位置を捉えたまま、彼女の唇が小さく動いた。
「ゲームしよう」
「ゲーム?」
僕は面食らい、瞬きをした。
「簡単なゲーム。一緒に暮らして、恋愛感情が芽生えたら負け。ゲームオーバー。負けた方が新生活のための費用を全て工面して、そこで別れて、二度と会わない。どう?」
こっちを向いた彼女は、椿の花がほころぶように、その日初めて、はっきりと笑った。
*****
「恋愛感情が芽生えたら、そのまま一緒に暮らし続ければいいのでは?」
ハンドルを大きく左に切る僕は、それが特別おかしな主張とは思わなかった。
「だめ」
キッパリと言い切る彼女の睫毛は、依然として上を目指したままで、その下の瞳孔は、カーブの先を見つめている。
家まで送っていくよ、と切り出した提案に、他意はなかった。
彼女が母校に来るまでの足にした市営のバスは、この辺では、一時間に一本程度しか走っていない。そして、高校の周辺には、時間を潰せるような店はない。寒い中、外で待たせるのはかわいそうだし、どうせ僕は暇だった。
ゲームに乗るかそるかはまだ決めていなくて、ドライブしながら、彼女の真意を確かめるのもいいかもしれない、とは後から思った。
彼女の実家には、二度ほど訪れたことがある。だけど、先程彼女が告げた住所は、そことはまったく反対の方角だった。
特別、奇妙なことではない。僕が独り立ちしているように、彼女だって、一人で生活をしていることも、なんなら誰かと新しい暮らしを始めていたって、何の不思議もない年齢だ。
「私は好きな人と暮らしたくないし、私を好きになった人には、一緒に暮らしてほしくない」
「そんなこと言ってたら、結婚できないじゃない」
なにげなく口にしてしまってから、まさに適齢期の彼女に対しては失言だったかな、と口角を引き下げた。明言されたわけじゃないけど、そんなゲームの提案をしてくるくらいなのだから、今はそういう相手がいないのだろう。
話の矛先を変えてみる。
「負けた方が、勝者の新しい門出の費用を工面するっていうのは良いと思う。ゲームにルールと賞品はつきものだから。でも、二度と会わないっていうのは変じゃない?」
思いが通じ合ったのなら、例え同居を解消したとしても、別れる必要まではない。
僕は、フロントガラスを通して、まっすぐに伸びる道路を見ていたけど、助手席の彼女がこちらを向いたのが分かった。
「蜜成、まさか自分が負けると思ってるの?」
「え?」
どきりとした。罪悪感なのか、別の感情からなのか。
「えっと……それは、可能性としては低いと思うけど」
正面を向いたまま、どぎまぎしながら答える。
「そうでしょう? だから、いいんじゃない」
「だから? いい?」
そういう返答が来るとは思わなかった。
「蜜成が好きになるのは、女性じゃないから、絶対に私を好きにならない。だから、ゲームが続く限り、ずっと一緒に暮らせる」
「それって」
まるで僕のことが好きみたいじゃないか、というセリフは、それこそ失言のような気がして、飲み込んだ。
そもそも、ゲームの言い出しっぺは彼女だ。それはつまり、自分は負けない自信があるということ。
僕は、一旦告白を受け入れておいて、すぐに「やっぱり無理」と突きつけた、鬼畜のような男だ。呆れただろうし、あれから10年もの月日が流れている。いまだに恋愛感情が残っているとは思いにくい。
冷静になって考えれば、ルームシェアを懇願されているだけのようにも取れる。
彼女にとって僕は、すでに異性ではなくて、見てくれがボーイッシュな、気の合う同性のような感じなのかもしれない。
それならばそれでかまわないけど、だとしたら、恋愛感情が芽生えたらうんぬん、のくだりは必要ない気がする。それが、魚の小骨のように、僕の気道に引っかかっていた。
「それ、ゲームとして成立する? 勝負が決まらないって、最初から分かってるのに」
「音楽、聴いていい?」
ひょうひょうとかわす彼女が頭を傾けて、黒髪がすぐ脇で流れる。そこから漂う香りは、芳香剤が放つ人工的なものとは、まるで違った。
「……どうして、好きな人とは暮らしたくないの?」
人を好きになったら、出来るだけ長くそばにいたい、あわよくば共に暮らしたい、そう考えるのが普通ではないのだろうか。
僕は、彼女の恋愛観を聞いたことがなかった。僕たちの交際期間は、それほど短かったんだな、としみじみ思う。
彼女は、すぐには答えなかった。
「……あ、ごめん。踏み込んだ質問だったよね。柚子先輩だからつい……気分を悪くしたなら答えなくても」
「嫌いになりたくないから」
迷いのない声で、彼女は言った。
手には数枚の、プラスチック製のCDケースを重ねていて、カシャカシャと音を立てている。
「人って慣れてくると、相手を思いやる気持ちが薄れていく。そうやって崩壊していく関係は、もう嫌なの」
「……なるほど」
僕はそれ以上、詮索するのをやめた。
自分の知るよしのない、彼女の悲しい傷に触れてしまうと気づいたからだ。
そして、もう一つ。
きっと、彼女は今、寂しい。
「これ、蜜成の歌ね?」
一枚のケースを、運転中の僕を気遣いながら彼女は示す。
不透明の、膝に叩きつけたらすぐに割れそうな安っぽいケースで、曲のタイトルどころか、自分たちのバンド名すら表記していないものだ。
「そうだよ。デモ。何が入ってたかな」
「かけてみよう」
僕の質問に気分を害したふうでもなく、そして、さして興味もなさそうに、彼女はそれをカーステレオに差し込んだ。
結果から言うと、僕は彼女が言い出したゲームに乗った。
彼女を送り届けた日の二日後、僕は彼女のアパートへと引っ越した。
引っ越しと言っても、彼女の部屋には男性物のスリッパから、食器、バスタオルなど、必要な物は一通り揃っていたので、僕がそれまで住んでいたアパートから運んだのは、衣類とタブレットだけだった。
それらの物が、いつまで使われていたのかなんて、野暮なことは訊かない。
部屋の解約はしないでおいた。
こんな突拍子もないゲームが、いつまでも続くとは思っていなかったからだ。
(次回に続く)
お読みいただき、ありがとうございました!
一話が長い気がしますが…
まだnoteの使い方が
よく分かっていません…笑
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もちろん読んでくださるだけでも!
よろしくお願いいたします!
それでは、次回をお楽しみに!