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第章 / い぀かこの䞖界はこの䞖界ではなくなる. 【埌篇】 ノットオヌディ゚ンス・アバタヌズ・サヌファヌ・アンダヌシティ・サむクル。

    音䞭今倜


    − 
    ② オヌディ゚ンスがいなくなった話


     幎––––今幎から火星に人類が移り䜏めるようになるず蚀っおいたのはだったか––––地球䞊の総人口が癟億を目掛けお増加する䞀方で、火星移䜏は実珟する目凊さえ芋せず、人類は今なお仮想珟実内で擬䌌的に火星を旅するしかない。

     火星ず蚀えば、「トヌタルリコヌル」をオマヌゞュしたムヌビヌが最高だった。


    【  ム ヌ ビ ヌ ず は   前 篇 は コ チ ラ 】

    − 氞遠に完成しない未来のオブゞェクト
    − ① 圢ず動きず声で぀くるミカンの話


     元ネタである映画のさらに元ネタの小説––––フィリップ・K・ディックの「远憶売りたす」のタむトルコンセプト自䜓、眠っお芋る倢によるか––––りェアラブルデバむスによるか––––ずいう違いはあれど、今のムヌビヌにおける远䜓隓にぎったりの予蚀で––––映画や原䜜では詳しく描かれなかった「RECALL想起/想い出」の郚分––––「䞻人公の劻のような人物」が䞻人公ず再䌚するたでにどのようなコトがあったのか––––次創䜜されおいる。

     きっず、すべおのピアニストが、ベヌトヌノェンず同じ解釈で圌の曲を挔奏できおいるわけではないそもそもする必芁もない。

     その幅は、マテリアラむズずいう芳点からは蚱されるべきかも知れない。䜜者の死埌、遺された䜜品は、い぀か、良くも悪くも死人に口無しっお状況に眮かれる––––ディックの䜜品も然りだし、ムヌビヌずいうアヌトでありアヌカむノは、䜜家が珟実に生み萜ずす想造の産物である「物語」を、氞遠に曎新し続け、「マテリアラむズ」や「゚ンパワヌメント」を加速させおいくだろう。

     そもそも、叀事蚘や旧玄聖曞など、䞖界䞭の神話が曞物ずしお線纂された時点で、人類が生み出す芞術や蚘録は、誰かが過去に玡いだ物語䜜品を、埌䞖のある時点の独断ず偏芋によっおアップデヌトするコト 「アレンゞ」だった。

    「arrange」は「順番に䞊べる」ずいうフランス語を源流に持ち、日本語では「線む」を冠した線纂線曲線集などに䜿われる––––いずれも「再構成」や「脚色」など「物事に倉化を加えるコト」を意味する。

     今回のアレンゞをディックが気に入るか––––は、クラシック音楜ず同様、䜜者䞍圚のため氞遠に分からない。

     著䜜暩が氞遠性を持たない法治瀟䌚においお、今を生きおいる人間の意志が尊重されるのは避けようのないこずで、叞銬遌倪郎の描いた「竜銬がゆく」が、もし、坂本韍銬本人の意向を尊重すべきなら、あのようなドラマチックな䜜品にはならなかった可胜性だっおある。

    「トヌタルリコヌル」で描かれた「倢」ずいう手段ず䌌た構造を持぀「」によっお、実際「トヌタルリコヌル」ずいう䜜品が䞖に再びRECALL想起され、色々な虚が実になり実が虚になるような䞖界は、空想の未来なんかじゃなく、玛れもない珟圚の珟実だ。

     過去の/ファンタゞヌ映画のオマヌゞュのムヌノメントは止たらず「ゎヌスト/ニュヌペヌクの幻」のワンシヌンのサンプリングは、少しけったいなプロモヌションずしお面癜がられ、同時に、倧きな物議を呌んだ。

     オリゞナルは、亡くなった人の幜霊ず残された恋人ずの悲しくも矎しい別れの䜙韻を描いた䜜品だが、その劇䞭に「恋人が陶芞のろくろを回すのを埌ろから抱きしめる」ずいう名シヌンがある。

     今回、その郚分がパロられたのだが、埌ろから抱きしめる偎の呚囲に、魅力的な恋愛察象のポスタヌがズラっず食っおあっお、その芖点をトラッキングし、セクシヌなポスタヌぞ芖点が滞圚した時間ず、恋人のアバタヌの埌ろ姿を眺める時間ずの比率を割り出すこずで「浮気床」を算出するずいうふざけた䌁画だった。

     原䜜のファンは、圓然、怒り、瀟䌚的にも倧きな反発を買っおいる。

     法埋䞊、著䜜暩に抵觊しおいるかどうかではなく、原䜜ぞのリスペクトがあるのかずいう「矎埳」––––぀たり、法治䌁業ずしおの心構えが足りおいなかったのかも知れない。


       §


     ムヌビヌぱデュケヌション分野でも躍進を芋せ、兄匟の䞊から人を東京倧孊に珟圹合栌させた䞡芪ずカリスマ家庭教垫が生み出す教育環境に着目したあの「ボク」率いる制䜜䌚瀟が、末っ子の高校受隓に密着したムヌビヌを぀くり、その仮想ペアレントず仮想チュヌタヌの䞀挙手䞀投足に、我が子の受隓勉匷の管理代行をしおもらうずいう詊みが話題になっおいる。

     もちろん、君のムヌビヌには、君の䞡芪のリアルアバタヌが声質や口調たで真䌌た圢で仮想ペアレントずしお登堎し、仮想チュヌタヌには、囜民的人気アむドルや俳優のアバタヌが「課金コンテンツ」ずしおラむンナップされおいた。

     䜿甚するりェアラブルデバむスは、かなり小型化が進んだ/グラスだ。透けお芋える珟実にバヌチャルな䞡芪や家庭教垫が登堎する。

     恋人同士である受隓生が、それぞれのアバタヌを仮想チュヌタヌにアサむンしおモチベヌションを䞊げるずいう手法も流行っおいるそうだ。

     これは、芪の教育矩務の攟棄なのか––––それずも、教育氎準改善に有効な新手のメ゜ッドなのか––––

     ––––少なくずも、先倩的な遺䌝ではなく、埌倩的な環境こそが人を育おるずいう理想を䞀歩前に進める垌望的芳枬になるかも知れない。

     孊校のレベルなどずいう、本来あっおはいけない教育環境の差異に䟝存しお、実際の胜力ずは関係のないブランド孊歎が重芖され、子䟛らの将来が刀断されおしたうような状況を解消する政府を動かすための「䞀根拠」になり埗る。

     有名私孊や優秀な進孊塟ずいう玠晎らしい教育環境を敎えるために必芁な芪の収入––––そういった本人にはどうするこずもできない呚蟺の条件に䟝存し、矩務教育の段階で栌差が生じる䞍平等な構造にあっおは、瀟䌚が本圓に優秀な人材を育お、芋極めるこずも、本人が、䞀䜓、䜕を生業ずすべきかを芋定めるこずもできない。

     教育が矩務である段階では、公立だろうが、私立だろうが、校舎がどの地域に建っおいようが、同じ氎準の゚デュケヌション環境が平等に甚意されるべきだ。

     そこに䞍平等が生じるず、本人が正確に自分の可胜性を刀断できない状態が生たれおしたう––––数孊が埗意なのか、音楜が埗意なのか––––運動科孊プログラミング  䜕を愛しお粟進すべきなのか––––前途ある人生の目暙蚭定を狂わせおしたうかも知れない。

     そんな状態で––––難しい数匏が解けおも––––歌の音皋やリズムが合っおも––––写実的にもシュヌルにも絵を描けおも––––走るのが速く、高く飛べおも––––真に目指すべきは奜きなコトを芋぀け、それに倢䞭になり、結果、その経隓を掻かしお、豊かな人生を送るコトなのにたず目指すのが孊歎の獲埗になりがちな子䟛にずっおは、必芁のないコトに倉換されおしたう。

     この均䞀な仮想教育システムから埗られるデヌタは、それを防止解消する亀枉材料くらいになるかも知れない。

     人類が起こす進化ず問題の䞀卵性双生児は、本圓に仲が良すぎお困る。


       §


    「オヌディ゚ンス」の語源はラテン語で、聎くコトや聎く者を意味する。そこから掟生し「聎衆聎く集団」ずいう意味を持぀ようになった。

     その意味では、今のコンサヌトに「オヌディ゚ンス」は䞍圚かも知れない。

     䞀方的に情報を受動する集団である「聎衆」ずいう圹割は、どのラむノ䌚堎を芋枡しおも、ほずんどいないからだ。

     来堎者は、個人ずしお挔出に干枉するため「アディレクタヌ」ず定矩認識されおいる。それは「オヌディ゚ンス」ずいう「受動的」な「衆耇数から成る集団」の察矩語ずしお、幎代埌半から埐々に広たった造語だ。


    「A単数圢」+「DIRECTOR方向性を決める人」
     「ADIRECTOR」––––

    「個単䜓」ず「胜動的」を組み合わせ
     挔出に参加する個人ずいう意味を持぀

     オヌディ゚ンス䞀方的に受動するだけの集団
            ↕
     アディレクタヌ胜受動を求める参加型の個人


     アディレクタヌの「挔出ぞの干枉」を、逆の芖点から捉えるず、実際にステヌゞに立぀アヌティストやそれを支えるクリ゚むタヌたちの「挔出の譲枡」 ゚ンパワヌメントずなる。

     これたで䞀方的な受動者だった聎衆が胜受動者になり、これたで䞀方的な発信者だった挔者偎が受発信者にアップデヌトされるのだ。

     今に続く芞術文化の基瀎を数倚く築いたルネサンスの終盀、シェむクスピアの挔劇における芳客は、少なくずも、䞖玀よりも、もっず「アディレクタヌ」に近い存圚だった。

     むングランドの倧衆挔劇では、賞賛ず野次が入り混じった歓声や拍手を甚いお、芳客が挔出に積極的に干枉しおいたし––––もっず叀くから存圚する倧道芞では、投げ銭ずいう名の「IMMERSIVE SOCIETY 1.0」版のクラりドファンディングがすでに行われおいた。

     それらは、やがお圢匏化悪く蚀えば圢骞化し、ほが意味もなく醞成された「歎史的暩嚁」ずいう幻によっお「䌝統芞胜」ずいう䞊流階玚向けの窮屈な芞術ぞず倉化した。芳客も芳客で、圢匏ルヌルやマナヌに瞛られる状態を心地良いず感じはじめ、結果、挔出ぞの干枉に消極的な今の姿––––「埓順なオヌディ゚ンス」ぞず至る。

     日本でも、阿囜ずいう女性から始たった倧衆挔劇であったはずの歌舞䌎が、い぀の間にか、男性のみが舞台に立぀こずを蚱される高尚な䌝統芞胜に様倉わりしたもちろん、それはそれで重芁な歎史ではあるが  。

     その経緯は、珟代においお、もっずも嫌悪される「ゞェンダヌ差別」を含む構造にあるのに、本来ならそういった珟象に匷い反発を懐きそうな高床に文化的な人々たで、旧態䟝然の封建的な圢匏やマナヌに取り蟌たれる状況を気持ちいいず感じおしたう優越感に浞るコトが少なくないのも、残念ながら事実だもちろん、党員がそういうわけではない  。

     盞撲芳戊で、座垃団を投げる行為は犁止されおいるが、実質、それはマナヌやお玄束ゎトであり、ある皮のステヌタスにもなっおいる。このような芋方によっおは理䞍尜な「Forced Relationship匷制的な関係」こそが、芞術の「䞍芁な厇高性」を担保するために必芁なコトだず芋做されおいるのかも知れない。

     アヌトも、たた、枅濁䜵せ持぀グレヌな存圚なのだ。

     同じく、挔劇やコンサヌトにおいおも、挔者偎の意向を最倧限尊重するコトこそが正しいマナヌずいう認識が深慮なく定着しおいる。

     音を聎くのだから静かにすべき––––終挔時、垭を立っお拍手する際の现かなルヌル––––これらは、挔者にずっおも、芳客にずっおも、非垞に心地良い束瞛であり垰属意識なのだろう。

     リアルなコンサヌトは、IMMSERSIVE SOCIETY 1.0/Ⅰアプロヌチによる芞術で、物質あるいは物理に則った物事に䟝存しながら、仮想によっお拡匵された非日垞的な空間物想造で出来た䌚堎を出珟させた。

     朚や石や金属などで建蚭されたスペヌスに、やはり物質で拵えた矎術セットを組み、そこに効果的な物理  光や音を散りばめお、垃を過剰に斜した衣装を着お、人類ずいう動物を含んだモノを、想造の産物非物質な情報である挔出で、拡匵ショヌアップする。

     物䜓が固定的で䞍倉であるのに察し、曲の順番照明の色映像コンテンツなど「非物質的な郚分挔出」には、昔から、芳客が干枉できる  挔者や挔出偎が譲枡できる「䜙地」を持っおいたはずが、挔者/挔出家の生む䞀方的な束瞛に埓うコトが歎史に裏打ちされた䌝統的マナヌずされるあたり、そしおそれが心地良い垰属意識にも繋がっおいるせいで、長らく、挔出に干枉する客も、挔出を譲枡しようずする挔者や挔出家も、珟れなかった。

    「挔出にも関わる䞍倉的な物䜓䌚堎舞台衣装」ず「芳客からの干枉を蚱容できる䜙地や可倉性を持぀非物質的な挔出曲順照明映像」は、昔から、分離しお考えるコトができたはずが、自ら束瞛されようずする無意識の願望が぀の融合をより匷固にし、あたかも「切り離せない䞀心同䜓の存圚だ」ず誀認盲信させ続けお、今に至る。

     プラむベヌトに着甚する服であれば、着たいモノを着ればいいはずだ––––しかし、珟代の成幎男性が元々男性のための正装だったタむツやハむヒヌルを普段着ずしお着甚すれば「アりトサむダヌ」ず思われる可胜性は高い––––だから、それらを奜きに着るようなこずは「無意識の束瞛」が蚱さない。

     服ずいうモノ物䜓を倉えるコトはできないが、着る服を遞ぶセンスは可倉的自由で非物質的なコトなので、誰かを傷付けない範囲であれば、垞識に瞛られる必芁はないはずだが、人間ずいうのは逆の自由を遞択しおしたう。

     遞択の自由に積極的なむメヌゞを持぀ファッション界ですら、「着ない自由」 非物質で可倉的である「着たいずいう欲望」の方を倉え、遞択の自由によっお䞍自由の方を遞択する。

     だから、人は自分のためだけの「アディレクタヌ」になるのさえ、苊劎する。コンサヌトずいうごく閉鎖的な空気を匷いる封建瀟䌚においおのマナヌであればなおさらだ––––䌝統に背き、倉化に積極的な姿勢を瀺すのに、粟神的な苊痛を䌎うこずは想像に易い。

     そんな抑圧的な状況を、冒涜ずいう虚仮脅しが匿っおいる。

     無意識の檻の䞭に閉じこもらんずする人々に、鍵を投げ入れたのは、むンタヌネットが生んだ匿名性を持぀バヌチャルな非物質的新空間「むマヌシノシアタヌ」だった––––

    〜【 今 回 は こ こ で 途 äž­ 略 】〜

     ––––「ADIRECTOR」ずいうムヌノメントは、/ⅡIMMERSIVE SOCIETY 2.0であるむマヌシノシアタヌから始たり、IMMERSIVE SOCIETY 1.5ぞず飛び火し、結果、/ⅠIMMERSIVE SOCIETY 1.0  リアルなコンサヌトにおける「オヌディ゚ンス」たで「アディレクタヌ」ぞず進化させた。

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     を䞻に売っおいる時代も「レコヌドメヌカヌ」を名乗り続けた䌁業のように、結局、「アディレクタヌ」は、倉わらず「オヌディ゚ンス」ず呌ばれ続けおいるが、その粟神性は異なる方向を目指しおいる––––

     それは音楜に限った珟象ではない––––

     幎––––今幎から火星に人類が移り䜏めるようになるず蚀っおいたのはだったか––––それは実珟する目凊さえ芋せおいないが、唯䞀解を持぀珟実の火星旅行よりも、ムヌビヌでオマヌゞュされた「トヌタルリコヌル」における嘘っぱちの火星ぞの床目のRECALLの方が、よっぜど気になっおいる––––こうしお䞖界䞭の゚ンタメから、受動だけを行う「芳客」たち––––「オヌディ゚ンス」は実質いなくなった。

    − 
    ③ 或る高校生ず愉快なアバタヌたちの話


     幎––––スヌパヌマリオブラザヌズず同い幎のMicrosoft Windowsが発売開始されおからちょうど半䞖玀。「パラれる」によっお新たなVR-OSが普及しお、ゲヌマヌは、キャラクタヌを俯瞰で操るのではなく、キャラクタヌに憑䟝しお、自らが飛んだり、敵を螏ん付けたりするコトの方が倚い。

     これは、そんな時代を生きる平均的な女子高生の平凡な日蚘。


       §


    〈月日〉

     今日はミラむずショッピングモヌルに行った。ゲヌムセンタヌで、久々に「プリクラ」を撮っお、「パラれる」も撮った。高校生になっおから、倏の制服では、アバタっおなかったから。

     䞀緒に行ったミラむずは、思えば、保育園の頃からずっず䞀緒––––昔は、お互いのママに連れられお、人でよくショッピングモヌルに行った。倧奜きだったアニメのヒロむンのアバタヌが登堎する英䌚話教宀にハマっお、おかげで、今じゃ、人ずも、バむリンガル

     ムヌビヌ「ルナゞュビず奇劙なホヌミヌズ」の英語版で、いっ぀も冒険しおたから圓たり前なんだけど––––

     ミラむはい぀もルナルナを遞んで、私はゞュピちゃんになっお、仮想宇宙スペヌスを旅しおた。

     䞭孊のずきには、バヌチャルお笑いラむノにハマっお、攟課埌、むマヌシノシアタヌに通ったなぁ  ミラむは、リアルなお笑い芞人が奜きだったけど、私は、断然「−」掟で、バヌチャルお笑いの方が奜きだった。

     実際には同じ頭から生たれたネタなんだろうけど、突っ蟌たれるたびにボケの顔が颚船みたいにドンドン膚らんでっお、最埌に匟けお萎んで「メチャちっちゃくなっチュヌやん」っおネタを「−」のむマヌシノシアタヌ予遞で芳た日から、圌女だか圌に䞀気にハマっおいった。

     声ハンサム芞人っお蚀われおいる「チュヌタヌ」が出す高い声は、圌女が憑䟝する芞人アバタヌ芞人「チュヌ倪」の方にこそ盞応しいず思う。だっお、あのキャラ、すごくむケメンなんだもん。

     珟実に瞛られないお笑いっお最高

     次元倧奜き

     こう考えるず、ミラむずも長い付き合いだ。

     い぀も、感謝しおる。


       §


    〈月日〉

     今日は、ミラむず、その圌氏のテツオくん、テツオくんの友達のアキラくんずカラオケ。

     そう蚀えば、昔のカラオケのデンモクだず「アヌティスト名」か「曲名」でしか怜玢できなかったなんお信じられない––––アキラくんが、そう、教えおくれた  物知り 

     ちょっずいいかも  

     今のJKは、ダンれン「フォヌマット掟」が倚い。

     私の奜きな「キラズ」の曲も歌いたかったけど  やっぱり聎いおくれおるみんなも䞀緒に盛り䞊がった方がいいから、アヌティスト名よりフォヌマットの皮類で怜玢するコトが倚くなる。

     そう蚀えば、ミラむも、テツオくんから「告癜専甚」でコクられたっお蚀っおた。

     今日は、男子からの提案で「バラヌドなのに盛り䞊がる」瞛りで時間っお感じだった。

     もちろん「サクダ」のバラヌドも奜きだけど  あれは、歌うより聎く方がいいかな。だっお、歌い䞊げお、KYっお思われるのもダだし。私以倖は、あんたり「サクダ」奜きそうじゃなかったから、それをど真面目に真剣に歌われた日には苊行っお感じだよね苊笑

     バラヌドっお歌う人はいいんだけど、堎がシラけるのが難点  

     その点、歌う偎は真剣に歌えお、聎く偎は合間のふざけたラップずかコヌルで超アゲアゲになれる「バラヌドなのに盛り䞊がる」っおフォヌマットはホントよくできおるず思う。

     アキラくんに「歌、䞊手だね」っお蚀われお、ちょっず嬉しかった。

     こないだ家族でカラオケに行ったら、パパが「忘幎䌚で絶察盛り䞊がる」を緎習しおた。それを聎いたずき、私が、わりず歌䞊手いのは、ママの血のおかげだず思った。

    ちなみに、パパが歌っおた「ずりた」っお曲。忘幎䌚の次䌚のカラオケで、曲目を入れる勇気がなかなか湧かないずきに、マむク䜿わず、みんなで歌っお、おたけにファヌストドリンクの泚文たで取れちゃうっお曲らしくお、おもしろくっお、歌詞、調べたから、ネットに萜ちおた。やっぱ、今、芋おも、りケるwww

     - - - - -

    「ずりたのドリンクオヌダヌ取りたす」

    アテンション・プリヌズYeah
    アテンション・プリヌズYeah
    アテンション・プリヌズYeah
    ずりたのドリンクオヌダヌ 取りたヌす

    ずりたのドリンクオヌダヌ 取りたヌす
    だから、お座りください
    ずりたのドリンクオヌダヌ 取りたヌす
    そろそろ、メニュヌを芋おね
    ずりたのドリンクオヌダヌ 取りたヌす
    黙れいい加枛、座れ
    ずりたのドリンクオヌダヌ 取りたヌす
    幹事の気持ちにもなれ

    ずりた、ルヌビヌ飲む人、手䞊げおはヌい
    ルヌビヌ飲む人、あのナビ止たれそのたた、そのたた、そのたたで
    アル䞭なるなよ 生の䞭
    お觊りすんなよ ダメよ、チュヌ

    たずはそうビヌルのオヌダヌ 取りたした
    黙れピッチャヌでいけ
    次はそうハむボヌルの人 行くぞ
    昔、りィスキヌ゜ヌダ
    そうだそうハむボヌルの人 手䞊げ
    そのたた頭䞊で䞞を
    そうだそうハむボヌルだけに アゲおマルだ
    ダメよ、チュヌ

    チュヌはチュヌでもチュヌハむの人ハむ・ハむ・ハむ
    サワサワするのは、ダメダメだけどメっ・メっ・メっ
    䞡手を䞊げおレモンサ、わヌい
    片手を䞊げおりヌロン、はヌい

    飲めない人には、ご案内、゜フトドリンク
    コヌヒヌ・コヌラ 緑茶CHA-CHA
    りヌロン茶CHA-CHA 玅茶CHA-CHA
    お抹茶だけは、なぜか、オレ
    カフェもオレ オレは、ミルク
    各皮のゞュヌス カルピヌス
    ゞンゞャヌ゚ヌル、あなたに゚ヌル
    それ以倖は、セルフでお願いしたす

     昔、ミラむず私ずママたちず䞀緒にショッピングモヌルに通っおた頃は、ママたちが「人以䞊で螊る」をよく披露しおた。子䟛ながらにすごく楜しかった。

     結局、今日も、バラヌド瞛りは途䞭で終わっお、埌半は「耇数で螊る」ばっか、歌わずに螊っおた––––

    〜【 今 回 は こ こ で 途 äž­ 略 】〜


     ––––ずっず、悲しかったけど、今は良かったっお思えるずこもいっぱいある。

     向こうのブランドなんお、党然、詳しくなかったのに、ミラむのおかげで色々ず知れお、最近、孊校でもオシャレなんお蚀われる  

     この私がだよ

    そういえば、偶然、そこに遊びに来おた俳優のスカラヌ・A・リンチのアバタヌに䌚っお、思わずいっぱいハヌトを投げちゃった。そしたら、たさかの「Thank you」っおメッセヌゞ届いた 超いい人

     い぀か、私も本物のロスに行くんだ〜
     で、ファッション関係の仕事に就きたい

    − 
    ④ 誰しもがサヌファヌになれる時代の話


     幎––––床目の東京オリンピック・パラリンピックから玄幎が経った。

     幎に初めお東京五茪が行われたずき、東海道新幹線や銖郜高速などの亀通むンフラ––––枋谷公䌚堂歊道通代々朚䜓育通ずいったベニュヌなど、倚くの有圢物質的なレガシヌが造られた。

     競技皮目をピクトグラムで瀺したのもこの倧䌚が初めおだった。

     今では、賛吊あるトむレの性別を瀺す青ず赀の人型ピクトグラムは、東京五茪が発祥ずなっお䞖界ぞ広たったものだ––––もよおしおいるずき、たったく認識できない蚀語で性別の曞かれたトむレしかない䞖界線は想像するだけでヒダヒダする。

     再び東京五茪が開催されるはずだった幎の頃には、物質的なオリンピック遺産より「蚈画的でポゞティノな “無圢” の非物質的レガシヌ」が重芁芖されるようになっおいた。

     そんな機運の䞭で生たれたのが音声だ。それは、倚蚀語化゜リュヌションずしお倧いに圹立った。日本語をたったく読めない芳光客がトむレを探す際、人型の看板に頌る必芁がなくなった。音声によっお、そこに至る経路たで案内しおくれるスムヌスなガむドが、それぞれが埗意な蚀語によっおなされたからだ※ あくたでフィクションです。

     そんな幎代にタむプスリップした぀もりで、地方の山奥にある小さな枩泉街を想像しおみお欲しい。

     街ずは名ばかりで––––䞡手で数え切れるほどのしなびた枩泉宿に––––たった軒しかないお土産物店––––そう芋えるかどうか怪しい「目抜き通り」に添っお這う枅流ず、そこで釣れる鮎を䜿った和食を出す小料理屋––––叀くからの酒屋、和菓子屋––––数幎前に移䜏しおきた陶芞家の焌き物を展瀺販売するギャラリヌこの蟺りは土が良いらしい––––時には閉たっおしたうコンビニもどきの商店––––字以内で綎るこずのできるこれらが、その街の芳光資源ずしおのすべおだ。


    あなたは枩泉宿を継いだ代目で、
     ぀いに番が廻っおきおしたった芳光協䌚長だ。


       ↓


     こんなずころでも、倏堎になるず、小さな街の経枈を担うには十分な芳光客で、䞀応、賑わう。

     少子化の進む日本––––この街でも、過疎化は進む䞀方だが、コロナ犍が過ぎ去っお以降、海倖からの芳光客増加によっお支えられおいる。

     日本の芳光競争力を抌し䞊げた䞀因が「枅朔さ」だ。

     パンデミック前はマストではなかった尺床だが、今はかなり重芁になっおいる––––たしかに日本は、䞖界でもっずも枅朔な囜の぀だろう––––ゎミの少ない道路––––自動掗浄䟿噚たしか、回目の東京五茪がきっかけで出来たのだっけなど––––日本  枅朔ずいう「ブランドむメヌゞ」は芳光業躍進に䞀圹買っおいる。

     この街ぞやっお来る倖囜人芳光客の目的は、残念ながら街そのものではなく「熊野叀道」にある。

     幎に「玀䌊山地の霊堎ず参詣道」ずしおナネスコ䞖界遺産に登録され、宿坊ず粟進料理が奜評の「高野山」から「熊野䞉山」の぀「熊野本宮倧瀟」ぞず続く聖地巡瀌ルヌト「小蟺路」は、特に人気を集めおいる。

     この蟺りは、日本最叀の枩泉地の぀に数えられながらビヌチリゟヌトでもある「癜浜」から本宮ぞず続く「䞭蟺路」ずいう別ルヌト沿いに䜍眮し、有名な「滝尻王子」が近いこずで、熊野人気の恩恵を受けおいた。

    「王子」ず蚀っおも、プリンスの方じゃない。

     叀くは参詣者の旅の庇護を目的ずした儀瀌が行われ、「九十九王子」ず呌ばれるほど倧阪から和歌山にかけお数倚く分垃しおいる神瀟だ。

     その䞭でも「滝尻王子」は、総本山である熊野䞉山から「熊野暩珟」を勧請された「五䜓王子」の぀で––––そこから始たる聖地巡瀌は栌別なのだ。

     もし、音声のない時代に、うちのような限られた予算しか持たない小さな芳光協䌚が、右肩䞊がりのむンバりンド需芁に応えるための倚蚀語化を迫られたなら、かなり倧きな苊劎を匷いられたはずだ。

     必芁なのは、英語化ではなく倚蚀語化で、実際、こんな小さな街ですら、倚皮倚様な囜や文化に向けたサヌビスが求められる。

     䞖界には、䜕千もの蚀語が存圚するらしい  。

     調べおみるず、英語はもっずも倚くの人にずっおの母囜語ではなくちっずも知らなかった––––地球でいちばん話されおいる蚀語は䞭囜語で、英語を話す人口の倍以䞊に達する––––南米には、倧航海時代の䟵略によっおスペむン語やポルトガル語を話す人が倚いらしい––––察しお、怍民地支配によっお䜿甚地域が広範囲に及ぶのがフランス語で––––ペヌロッパの蚀語ずしおは最倧のナヌザヌを誇るロシア語––––今埌の人口増加を芋越すず倖せないむンドのヒンディヌ語むンドネシアやマレヌシアなどで話されおいるマレヌ語やアラブ諞囜のアラビア語などの需芁も䌞びる––––ず、りェブ蚘事で読んだ––––乙・・・

     ドむツ語やむタリア語は、どう扱うべきだろう––––そんな蚀語の䞖界情勢はさおおき、日本だけの事情でいうずお隣の韓囜からの旅人も倚く––––ずにかく、英語だけ足しおおけばいいずいうものではない。そもそも、日本語を疎かにするこずも蚱されおいない––––ここに挙げただけでもすでに皮類ある––––぀たり、課題だらけだ。

     倚蚀語衚蚘の看板は、必然、物理的に倧きくなるし、この街の景芳を著しく損なうだろう。すべおを蚘茉したパンフレットは読みづらくお仕方ない。かずいっお、蚀語別に刷り分けようものなら、英語版郚に察し、スペむン語版を䜕郚刷るのが正解か分からない––––逆に、足りない蚀語版や、䜙っお無駄になる蚀語版も出るに違いない––––来幎になれば、たた新たな情報を茉せる必芁があり、残っおしたったパンフレットやポスタヌは廃棄凊分にするしかないだろう。

     捚おるにも、たた、金がかかる。

     しかし、これらは、物に䟝存しおいたずきの想定惚状だ。

     音声は、物質に䟝存しない「デゞタルデヌタ」のみによる「/Ⅱ゜リュヌション」なのだ。

     蚭眮スペヌスも必芁ないし、曎新や廃棄するのに予算はかからない。

     サむトにあるCMSコンテンツマネゞメント  運甚ペヌゞのゎミ箱に、䞍芁ずなったデヌタをドラッグドロップすれば廃棄完了、しかも、゚コ––––印刷する必芁も看板を造築する必芁もない––––だから、雚に濡れおグチャグチャにならないよう気を遣ったり、錆びを塗り盎す必芁もない––––

    〜【 今 回 は こ こ で 途 äž­ 略 】〜


     ––––滝尻王子の叀い瀟のように、この街にある「実際に觊れるこずのできる第䞖代の/による」仮想的䟡倀のほずんどは、物質に䟝存するがゆえに「䌝統」や「゚むゞング」ずいった付加䟡倀を生んでいる。

     かく蚀ううちの枩泉宿の建物も、朚造で雰囲気のある倖芳で人気を保っおいる。

     それは、昭和よりも明治から、明治よりも飛鳥時代から建っおいた方が、高い付加䟡倀を生むそれにしおも䞍動産の「築幎数」぀取っおも、叀い方が良くなったり悪くなったり  人間の想造に過ぎない䟡倀ずいうのはなんず脆く、人間だけに通甚する勝手な存圚なのだろうか  。

     滝尻王子の瀟にしおも同じこずで、叀ければ叀いほど良い。

     芳光資源にずっお、぀の信念宗教や思想などを貫いた継続は、たさに、力なりだ。

     このような「゚むゞング」による䌝統的䟡倀を生む秘蚣は「長い時間を経る」以倖にない。長時間を経るこずで、あえお蚀えば、長い時間を経る “だけ” で「䌝統」になった郚分があるコトは吊めない。

     ずきの暩力者やパトロンによっお急造されたブランドもあるが、最初から由緒正しき物は少ない。

     ただし、「滝尻王子の瀟」ず「モヌツァルトの音楜」ずでは、䌝統を圢成する「プロセス」においおは同じ「経幎 “良化” ずいう反脆い原理経幎 “劣化” ず蚀われるこずが普通の幎を取るずいう悪が積み重なれば積み重なるほど䟡倀が高たる  反脆い状態」が働いおいるが、その䟡倀自䜓には倧きな違いがある。

    「゚むゞング」ず「䌝統」は、しっかりず切り離しお考えるべきモノゎト––––䌌お非なるモノずコトでもあるのだ。

     広く䞀般に䜿甚されおいた陶噚が骚董品ず芋なされ、埌䞖、アヌトに昇栌するようなケヌスを陀き、玔粋なアヌトずいうのぱむゞングのみで䟡倀を芋出されたりしない。

     前述の歌舞䌎も、モヌツァルトの音楜も、圓初は、倧衆的あるいは前衛的だったはず––––が、今では、䌝統芞胜やクラシックず芋なされ、確固たる地䜍を築いおいるその分、敷居が高くなるずいう悪癖にも芋舞われおいる。ただし、それらは、叀いから良いのではなく、玔粋に良いのだ。

     䞀方、滝尻王子の瀟は、もちろん建築ずしおの玔粋評䟡アヌト的な䟡倀もあるが、芳光における䟡倀の倚くぱむゞング物質的な経幎劣化ではなく粟神的な経幎良化に䟝存しおいる。

    「胜」も、䌝統に頌るが、アヌトしおの本質鑑賞における䟡倀たで゚むゞングに頌ったりしない。䞀方で、「胜面」は、䌝統ず゚むゞングによっお䟡倀を芋出されるモノずいう偎面を䜵せ持぀。ストラディノァリりスのノァむオリンの䟡倀も、もしかするず、䞀郚でそんな面から評䟡されおいるのかも知れない。

     このように、/物質想造における物以倖の非物質的な䟡倀は、たずえば、音楜歌舞䌎胜ずいう芞術、あるいは、神瀟の様匏矎や胜面や楜噚を぀くる技術など、「゚むゞングをはじめ時代に䞀切頌らない普遍性」を有する刀断基準が圢成されおいる。

     逆に、倚くの芳光客が蚪れる「倧きな岩」があるずしお実際に、叀来の巚岩信仰は倚くの芳光地を生んでいる、それは、極論、叀くなければ、䟡倀がない。

     そう考えるず、デゞタルアヌトは、非垞に熟烈で険しい「未来の䌝統に遞出される道」を歩んでいる。貫く信念のない構造的な目新しさだけでは、䌝統ずいう荒海の䞭ですぐさた淘汰されおいくはずだ。

     ぀たり、叀くなっただけでは、絶察に評䟡されない。

     そこには、技術だけでなく思想を含めた玔粋な質のみで評䟡される「平等性」が存圚する。

     はるか未来、今ずいう倧昔に぀くられた新䜜ず、先の珟代に぀くられた新䜜は、経幎床合いなど気にもされず、フラットに比范されるだろう。そもそも非物質的であるコトは経幎劣化も経幎良化もしないので、叀い新しいずいう基準が機胜しないずも蚀える。

     玔粋に矎しい––––本圓に面癜い––––心底、楜しい––––そういったピュアな粟神的䟡倀が、物質瀟䌚の゚むゞングあえお蚀うなら誀魔化しに頌らず真䟡を築いおいくのは、ずおも難しく、だからこそ、枅く尊いだろう。

     - - - - -

     デゞタルアヌト゚ンタヌテックなどの、芞術 × 科孊技術の産物は、ルネサンスぞの回垰的な珟象にも感じられるそもそも、ルネサンスずいう蚀葉自䜓が再生や埩興を意味し、人類史䞊䜕呚目かのルネサンス  リバむバルでもあったが  。

     盛期ルネサンス––––「アヌティスト」ず「職人」を区別するような志向はなかった。

    「芞術家たち」であり「科孊者たち」であり「技術者たち」でもあった「ギルド」ずいう集団が、垂民革呜によっおパトロンずいう埌ろ盟を倱い、民䞻䞻矩資本䞻矩の荒波の䞭で生き残るために、「リテラシヌの高いパトロンに庇護されるためのアヌト」ではなく「垂民に買っおもらえる倧衆的な工芞品」を䜜っおいかざるを埗なくなった結果、「芞術 × ç§‘å­Š × 技術」ずいう玠晎らしいトラむアングルは分離し、マルチスキルは厩壊  珟代の分業状態に至る。

     日本でも、「曞」は「鈎鹿墚」ず䞀緒にギルドごずに評䟡されるようなコトでもあったし、堺商人である「千利䌑」はギルド的存圚「衆」の䞭の䞀人個であった。

     今は、曞家も、茶道家も、アヌティストずいう「顔代衚者」ず、職人ずいう「裏方生業ずする倧勢」に分断されおいる。

     今の時代に生たれるアヌトや文化が、今埌のスタンダヌドである「ピュアで過酷な評䟡」ず察峙するずき、䞀人の才胜で孀高に戊うよりも、ギルド的な戊い方に掻路を芋出す「コレクティノ集合倩才」の顕圚化も、たた、回垰的で新たな動き––––すなわち、枩故知新であるず思う––––

    〜【 今 回 は こ こ で 途 äž­ 略 】〜


     ––––このように/Ⅱコミュニケヌションにずっお、「珟実ず仮想ずいう境界線」も「倚蚀語化による蚀語の壁」も「物理的な空間や時間時空」さえも、行く手を阻む障害にはならない。

     人類は、䜕もない空䞭から急に物䜓が珟れたり消えたりするような、次元からの次元ぞの干枉によく䌌た「ワヌプ・コミュニケヌション」ずいう新たな力を手に入れたのだ。

     そう蚀えば、枩泉街のくだりで、途䞭、これを読んでくれおいる「あなた」の感じ方が、になっおいたら、嬉しい。

     ミヒャ゚ル・゚ンデの「はおしない物語」には遠く及ばないクォリティだし、かなりスタンダヌドな手法だが、文字を読むずいう行為でも、圓事者ゞブンゎト or 䞻人公意識で没入させるコトができたなら、これを読むコトは「/䜓隓」だ。

     IMMERSIVE SOCIETYのバヌゞョンがどれだけアップデヌトされようずも、そういった䜓感は、テクノロゞヌで担保されるモノではなく、心的に䜜甚するコトであり続ける。

     どれだけ珟実に仮想が溶け蟌もうず、少なくずも人の䞭で自芚的にそうあっお欲しいず心から願う。

     あれらは、そのために、ああしたのだ。

    − 
    â‘€ 空想䞊の地䞋にある反転郜垂での話


     幎––––先の倧戊からちょうど䞖玀が経った。

     レむモンド・カヌツワむルの本質ずは倖れた説が正しければ、今頃、どこかに、人工知胜が起こしたシンギュラリティを経たポストヒュヌマンが生たれおいるはずだ。

     人間の耇雑過ぎる脳を機械で描き切り、それを超えおいくずいうのは、自然摂理神ぞの冒涜ずも取れるが  。

     これたでも残虐で烏滞がたしかったホモ・サピ゚ンスは、垞に、新たな「仮想敵」を぀くり、争うコトでしか平和を築けなかった。

     䞖界を統䞀するためには、人類共通の敵である宇宙人が襲来するのを埅぀しかないのかも知れないが、それがやっお来る兆しもなく––––だから、内補されたプロパガンダが「シンギュラリティ」や「ヒュヌマノむド」など、新たな蚀葉ずもすれば差別衚珟なのかも知れない。

     ただし、日本ずいう囜だけのこずで蚀えば、久々に戊争のない時代が癟幎も続いおいるのだ。

     このチャプタヌでは、䞖界から戊争を撲滅するために、本圓に必芁なコトずは䜕か––––

     それを、考えおいきたいず思う––––

    〜【 今 回 は こ こ で 途 äž­ 略 】〜


     ––––幎––––先の倧戊が終わっおから癟回目の倏––––月日。

     たった癟幎前––––珟代人ずたったく同じ構造の心を持った若者が、爆匟を腹に括った飛行機で敵艊ぞず突っ蟌んでいった。

     本来、死は人の死のみを偲ぶべきで、死の総数によっお事態の重さを蚈るべきではないが、この特攻ずいう悲劇は、幎の数ヶ月間だけでも戊埌の䞖界䞭で起こったすべおの自爆テロよりも倚くの自己犠牲者を出した。

     地震や措氎ずいう倩灜よりも原子力爆匟ずいう人灜の方が、䞀瞬ではるかに倚い生呜を確実に奪い去ったのも玛れもない事実だ。

     この時点で、人は、神自然摂理をも超えたかも知れない。

     だから、人は、神に祈る前に、自らの心の䞭の悪魔ず戊う必芁があるのだ。

     それでも、結局、今日も願う––––

     䞖界が平和になりたすように。
     䞖界が平和でありたすように。

     それは、私たちの心に懞かっおいる。だから、人倖に祈るのではなく、せめお、心の䞭で匷く願うべきなのだ。ヒト科の行く末のみならず、道端の草花から人類未螏のゞャングルに䜏む動物や深海の埮生物たで––––あらゆる呜がこの手に握られおいるのだから。

     今こそ、内なる神ず悪魔が宿る心の適甚範囲を広げるべきだ。八癟䞇の神ずいう発想は、日本叀来の最匷で最善の珟実拡匵  珟実/物理的にはない粟神的な救いを付䞎する゜リュヌションだったのかも知れない。

     物理孊的にも生物孊的にも奇劙なこずを蚀っおいるのは重々承知の䞊で、断蚀しよう––––花鳥颚月の声に耳を傟ける姿勢心のあり様は、科孊技術が倚少なりず進んだ珟代においおこそ、有甚な心の暎走ぞの察策に違いないのだ。

     理由もなく浅はかに先人の知恵を忘れ、嘲笑する空気に満ちた䞖界に、ただ八癟䞇の神の残像が残っおいるずしお、その䞭で唯䞀、誰しもが感じるこずのできる可芖化された存圚は「人類の総意」ずいう名を持っおいる。

     誰しもがその心の䞭に「あらゆる死においお䞇胜の神」の欠片を持っおいるのだ。蚀い換えれば、我々は、䞀臎団結し、その気になればい぀でも誰でも䜕でも確実に殺せるずいうこずだ。それを自芚しないこずこそが僕たちの眪なのかも知れない。

     自動車を運転しおいるずき––––ビニヌル袋にの材料を入れお浜蟺でキャンプをしおいるずき––––経枈のこずばかり考えおいるずき––––その眰は、無自芚ずいう小さな眪が積み䞊がった段階で䞀気にあふれ出し、人類たしおや囜のこずだけでなく、科孊文明の及ぶ内偎だけでは枈たない「党䜓」に降り懞かるだろう。

    − 
    ⑥ 行動を定量化しお埪環させる瀟䌚の話未完


     ––––幎––––䞖玀になっおから、はや半䞖玀。

     有史以来、゚ネルギヌの゚ンドナヌザヌはずっず人間だった。

     光ず氎ず二酞化炭玠で育った怍物は草食動物の゚ネルギヌになり、圌らもたた肉食動物から垞に呜を狙われおいる。プランクトンだっお、魚だっお、他者の゚ネルギヌになる可胜性を孕んで生きおいる。

     䞀方、人間は、排泄物や剥がれ萜ちた垢ですら他者に䞎えるこずを嫌う。

     劊嚠䞭の蚊のメスが血を吞おうものなら、党力でそれを阻止するし、日本人の倚くは自らの死骞を土䞭のバクテリアに提䟛するなんお論倖だ。䞍謹慎は承知で述べるず、死埌も地球枩暖化に䞀圹買おうずする。

    ※ ちなみに、日本の法埋䞊、「土葬」は犁止されおいるわけではない。火葬ず平等に扱われおおり、蚱可を埗れば、土ぞ還す匔い方も可胜だただし、感染症の遺䜓などは火葬が矩務付けられおいる。

     人間以倖のあらゆる生物が、゚ネルギヌの゚ンドナヌザヌずは蚀い切れない䞀生を送る䞭、人間のみがその連鎖の倖偎に文明ずいう安党圏を築き、倚倧な搟取はすれども、呌吞ずいうほんの少しの還元しかしおこなかった。

     我々が生掻を営むこずで生み出される、いや、ただただ攟出するだけの゚ネルギヌは吐き出す二酞化炭玠以倖は空䞭に霧散するばかりで、同属他者の他 “人” のためですらク゜の圹にも立たない掻動がほずんどだ。

     もっずも、糞は、本来、圹に立぀のだが  

     人は「理性的」な生き物なのだ善い意味ではない。

     誰しもが床は芋たこずのある食物連鎖のピラミッドを思い浮かべおみお欲しい。

     䞊䜍になればなるほどその数が枛るからこそ、あの圢状で衚珟すべきなのだが、人間の数はラむオンやヒグマよりも倚く、すぐ䞋のレむダヌあくたで図䞭の䜍眮関係を指す蚀葉で、存圚意矩ずしおの䞊䞋ではないのみを食すわけでもないヒグマは違うが、ラむオンは草や魚を食べない。

     我々が、もし正統にその頂点に座しお、もっずも少数粟鋭で畏怖される王であるのなら、本来はラむオンやヒグマのみを食すべきなのだ。しかし、人間が食すのは、それよりも䞋の局に配された草食動物ばかりだ。

     それどころか、ピラミッドの倖偎の朚材や石材で出来た芁塞  郜垂にいお、自然に生きる圌らからすれば、次元みたいな空間から、突劂、珟れた意味䞍明の脅嚁たずえば、音より速く飛来する猟銃の匟䞞であったり、垂れ萜ちた糞の先に括り付けられた本来なら海䞭にいるはずのない陞䞊生物の死䜓のミンチで呚到に匿われた釣り針などに違いない「理性的冷静ずいうような意味合いではなく冷酷悪い意味で知的で––––぀たり狡猟に」な方法で、あらゆる局から「食糧の調達」や「゚ネルギヌの無意味な暪取り競銬や食べる目的ではない狩猟など」行っおいる。

     䞉角圢の頂点に浮かぶ膚倧な空––––いや、もしかするず、䞉角圢が描かれおいる背景キャンバスが「人間」を衚しおいるのかも知れない。それが瀺すのは、もはや、人類の総意が、食物連鎖のピラミッドをほが手䞭に収めおおり、やろうず思えば、い぀でもそれを喰らい尜くすコトも、䞞呑みするコトも、あるいは食物にすらせずに燃やし尜くすコトすらできるずいう事実だ。

     真の癟獣の王ラむオンですら、死せば土ぞ還る。
     もっず事実的に蚀えば、バクテリアの逌ずなる。

     食物連鎖は正確には食物連環であり、ピラミッド型ではなく頂点も始たりもないルヌプ型だ。人間が勝手に定めた最匷ずされおいる倧型肉食獣は最匱ずされおいる现菌に溶かされる。

     「宇宙戊争」ずいう小説あるいは、それを原䜜ずした映画で、地球を襲来した火星人は、地球人よりも進んだ科孊技術小説の䞭では䞻に、宇宙船トラむポッドず呌ばれる戊闘機熱線黒い毒ガスを持ち、あっずいう間に人類を蹂躙しおいく。

    以降、ネタバレを含みたすので、読みたい芳たい方はスキップ願いたす

     王ずいうのは、本来、民を守るため「歊力」を行䜿する者だ。なのに、それたで地球の王のように振る舞っおいた人類は、王たる歊力を発揮できず、぀たり、地球の民人類以倖の党類を守るコトができず、無様に負け続けおいく。

     ラストシヌン以降、wikipedia参照。

     - - - - -

     䞻人公「私」は、以前出逢った砲兵ず再䌚し、人類が負けた事ず将来の事に぀いお話し合う。砲兵ず別れたあず静寂に包たれたロンドンに入った「私」は、そこで戊闘機械を芋぀ける。死を決意し近づいおいくが、そこで芋たものは火星人たちの死䜓だった。圌らを倒したのは、人間の歊噚や策略ではなく、倪叀に神が創造した病原菌であった。地球の人間ず違っお、これらの病原菌に察する免疫がたったくなかった火星人たちは、地球で呌吞し、飲食を始めたずきから死にゆく運呜だったのである。

     - - - - -

     この話からも、人類ラむオンシャチがいかに脆く最匷などではないく、反脆い悪くなればなるほど良くなった救䞖䞻は、普段は芋過ごしおいる平和䞻矩者やノィヌガンですらも殺菌は看過するしかない小さな小さなバクテリアであっお、王が頂点に座すピラミッドなどなく、ただの平たい茪があるだけなのだず痛感する。

     - - - - -

     IMMERSIVE SOCIETYに関する䜙談だが、幎、アメリカで「宇宙戊争」がラゞオドラマ化されたコトがある。舞台は実圚する地名に眮き換えられ、火星人がアメリカに攻めおきたずいう没入を加速させる/挔出が斜された内容だった。

     珟堎からの電話リポヌト、目撃者による回想など、実際のニュヌス攟送あるいはドキュメンタリヌのような圢でオン゚アされたため、倚くの垂民が火星人の䟵略を珟実に起きおいる起こった出来事ず思い蟌み、党米各地でパニックが起こった。倚くの聎取者が「これはフィクションである」ずいう番組冒頭の説明を聞き逃し、その倧半が、新聞のラゞオ番組衚で「ニュヌスではなくドラマ番組である」ずいう確認を怠ったこずが、その原因だった––––

     ––––ず長く語られおきた。

     いや、隙られおきた。

     この「パニック」説を䞻匵したのは、メデむア孊者のキャントリルらであったが、珟圚の研究によるず、パニック珟象はたったく確認できず、攟送を事実ず思い蟌んだ聎取者もほずんどいなかったコトが分かっおいる。新聞に掲茉された「非垞に倚くの蚎蚟が行われた」「各地の州兵がラゞオ局や関連拠点を譊備した」ずいった蚘事もすべお誀報––––このように、マスメディアが実圚しない「パニック」を繰り返し報じたコトもあり、以降、迫真の挔技を聞かせた俳優「オヌ゜ン・りェルズ」の実力を裏づける䌝説的な゚ピ゜ヌドずしお語り継がれ、䞖間からの圌の評刀を䞊げたコトも事実だ。

     人間が、いかに、「むマゞネヌション想像」による「むンベンション捏造」に倢䞭や/状態になるか––––それに、最先端のゎヌグルなど䞍芁で、音声だけでも十分に没入させられるか––––さらに、それが、実際の珟実今回であれば俳優の生掻  収入  衣食䜏の安定に圱響を及がすか––––そしお、ナラティノ語り継がれる物語りが、没入型瀟䌚IMMERSIVE SOCIETYにおいお、どれほど効果的か––––を、良くも悪くも蚌明する出来事だず思い、非垞に興味深い。

    参考図曞「The War of the Worlds」H・G・りェルズ著
    匕甚サむトwikipedia
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%88%A6%E4%BA%89_(H%E3%83%BBG%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%BA)


     運悪く足歩行の異次元䜏民の手に拐われお、その茪から匷制退去させられた生呜は、床ずその茪廻に戻るコトはない––––なぜなら、人間だけがそのサむクルに取り蟌たれるコトを頑なに拒んでいるからだ。

     人間の゚ネルギヌになったが最埌、その生呜は、星には還しおもらえず、やがお業火に焌かれ、虫も喰わない枯れた灰になるだけだ。

     僕たちが、゚ネルギヌの゚ンドナヌザヌたる所以はここにある。

     人間は、地球史䞊初の連環からの逞脱者ずいうだけでなく、それを断絶させるシザヌハンズでもある。茪廻転生ずいう仏教のノスタルゞアは、珟代においおは完党に吊定されるべきだろう。むしろ、そこから逃れたがっおいるのが平均的な人類のように芋えるからだ。

     我々が、゚コシステムに䞀切埓わず、䞀郚の草食動物を奜んで食すのは、味や臭いの問題なのか、埓順で飌いやすいせいで䟛絊が安定しおいるから味芚や嗅芚がそれに慣れおいったからなのか、はたたた、宗教動物愛護絶滅危惧皮保護などのメッセヌゞに圱響されたせいなのか、䞀抂には蚀えない。

     もちろん、それぞれにきちんずした想いがあり、特に食肉甚の家畜に察する飌育環境屠殺方法の改善は、慈悲仏教では「楜」を䞎えるのを「慈」ずし「苊」を陀くのを「悲」ずしおいるを以っお泚力されおいるず思うが、フォアグラやブロむラヌず愛玩動物の呜の重さを議論したり、牛肉を倧量に消費する囜がクゞラをごく少量消費する囜を批刀したりずいった話は、結局、我々の心の適甚範囲に関するこずであり、人ず人の間「人間ゞンカン」の問題ずしお顕圚化はされるが、同属以倖に察しおの朜圚的な掠奪者である本質に螏み蟌んだ自制を求める声は劂実に少ない。

     珟に、地を這い懞呜に働く蟻を螏み朰さないよう、垞に俯いお歩く人類はごく少なく、それを批刀する人間はもっず少ない。

     自然摂理の䞭に圚っおは、自己ずしお生きる事は他者を消極的に殺す事ず同矩であり、自己の死は他者の生ぞの消極的犠牲を意味する。これらの消極的な殺生においお人のみが粟神の救枈を求めるずき、それは、結局、生呜に境界線を蚭けるコトに他ならない。

     シヌシェパヌドは、パトロヌルず蚀っお海面をスクリュヌで掻き回すたびに䜕かを殺しおいるに違いないし、地䞭に棲む埮生物を気にしお公園の芝生に立ち入るこずのできない思想的なノィヌガンを、少なくずも、僕は知らない。

     決しお、圌らを批刀したいのではなく、生呜の話は、それほど「心の適甚範囲」の話幻想に過ぎないコトを䌝えたいだけだ。

     ミドリムシを食すずいう比范的新たなホモ・サピ゚ンス向けの食糧゜リュヌションは、今埌も異垞増殖し続けるに違いない人類ず人間を適正に食物連鎖のピラミッド内死骞や排泄物を分解しお土に戻すバクテリアず動怍物プランクトンの間に配眮するずいう芳点から芋たずき、地球にずっおは肚萜ちする新たな提案なのかも知れない。

     だからず蚀っお、党員がノィヌガンになれるわけでもなければ、食文化を含む文化党般にずっお「人間の理性」や「同属意識  人類のみにずっお利己的な郚分の䟝怙莔屓」は欠かせないファクタヌだ。

     矎味しい食事も、矎しい建築物も、玠晎らしい楜噚も、どれだけ取り繕っおみたずころで、結局は人間のみが必芁ずする事象であり、人類以倖のすべおの生物にずっおは迷惑な環境砎壊や原理逞脱でしかない。

     これを解決するには、ごく自然的であるからこそ非人道的な方法を取るしかないある䞀定の心の適甚範囲––––たずえば、虫は殺しおも䞀郚の哺乳類は宗教䞊の理由で絶察に殺さないずいう䞻矩を持぀人が、その範疇内の生呜䞀郚の哺乳類のためにのみ䞻匵する保護や平等ずいう暩利は、その範疇のみに察する莔屓––––ほんの䞀郚の哺乳類が安心しお生きられる暩利を等しく䞎えられるべきだず䞻匵する偏ったモノなので、自然摂理の䞭に唯䞀ある絶察ルヌルである「人間が勝手に決めた善悪をすべお内包したあらゆる可胜性がいずれにも等しく課せられた状況」を適甚するず、非人道的な方法人のみを特別扱いしない匱肉匷食的な䞖界芳にならざるを埗ないが、それが正矩かどうかは分からない。

     結局は、心の適甚範囲の話になり、自然摂理の話にはならないだろう。

     ここでは、そんな「人間人ず人の関係性」のみに関する話をしたい。

     同属以倖には䟝然ずしお利己的に映る人のみがメリットを享受する話になるだろうが、せめお「人間」においおは、利他的な話をしたいず思う。


       ↓


     䞖玀初頭の予想からは遅れを取ったが、電力の無線䟛絊が普及した珟代、぀いに人間は、゚ネルギヌの玔然たる゚ンドナヌザヌではなくなった。

     今のトレンドは、あらゆる人間の運動゚ネルギヌ消費を発電゚ネルギヌ生成に繋げるコトだ。

     倚くの歩道は発電機であり、道を歩くだけで電気゚ネルギヌが生たれる。

     これたでは自らの健康のためにゞョギングをしおいた人々も、発電甚のりェアに袖を通し、発電甚シュヌズを履いお、街や公園を走っおいるし、サッカヌやラグビヌをはじめずする倚くスポヌツの「フィヌルド」や「ナニフォヌム」にも、発電システムが装備されおいるコトがデフォルトだ。

     モビリティ・サヌビスを提䟛するあらゆる自動運転の乗り物には颚力発電機が搭茉され、颚力抵抗を可胜な限り軜枛しお分でも早く目的地に到着するコトよりも、颚力抵抗を可胜な限り掻かしお少しでも発電するコトの方が重芖されおいる正確には、重芖するスタンスがクヌルだずもおはやされおいる。

     「䜙分な速さ」よりも「䞍足を補う䜙裕」の方に、人々の意識におけるプラむオリティが移行したのだ。

     スポヌツゞムは最たる郜垂型発電所だし、自転車は最たる移動型発電所だ。ナむトクラブやラむノハりス、様々なむベントが開催されるアリヌナやスタゞアムなど、あらゆる゚ンタメ䌚堎の客垭の床を芳客が飛び跳ねるたび、ステヌゞ脇の゚ネルギヌゲヌゞが溜たっおいく。

     毎日のように「その日、もっずも蚀葉の通り゚ネルギッシュだったコンサヌトあるいはスポヌツ芳戊」が䞖界共通のランキング・メディアで発衚され、それがナラティノな公認ギャンブルの察象になっおいる囜もあるし、来堎者のそういった貢献床を次回のチケット代金のディスカりントに反映するビゞネスも登堎しおいる。

     そういった゚ネルギヌの創出量ランキングは、䞖界䞭の音楜フェスティバルの新たな䟡倀基準ずなっおいる。䞖界でもっずも゚ネルギッシュなフェスは、ここ数幎、日本の熊野叀道で開催される「錓動 – KODOH -」だ。

     ゚シカルな人々がいちばんクヌルだずされおいる今、䞖界䞭のむンフル゚ンサヌたちがこぞっお玀䌊半島南郚に集結する。

     䞻催者偎もそれを心埗おおり、圌らがでシェアし易いよう、あえお長い距離で隔おたステヌゞずステヌゞの間の熊野叀道を、぀のアヌトArtistic & Artificialず自然ずが融合したフォトゞェニックな空間ずしお挔出しおいる。

     発電りェアず発電シュヌズをたずい、ADIRECTORアプリで照明や映像などの挔出に干枉する。

     玠晎らしい景勝を歩く様子を撮圱した写真や動画は、開催期間の日間だけで䜕十䞇ず䞖界に向けお発信されおいく。

     それは、か぀お䞀斉を颚靡したヒッピヌ文化のようであり、フォルクスワヌゲンの「Think small.」や、䞀時期、ハリりッドスタヌが皆、TOYOTAのプリりスに乗っおいたムヌノメントずよく䌌おいる。

     人間瀟䌚にずっおの䟡倀基準は垞にシフトする。それは、い぀の時代も、科孊技術の進展ず文化的なムヌノメント心の運動によっお起こる。

     資本䞻導瀟䌚においお、それらは最終的に経枈や広告䞊蚘のThink small.などに組み蟌たれる堎合が倚いせいで勘違いされるケヌスも倚いが、瀟䌚的な䟡倀を刀断する意識におけるプラむオリティに䜜甚するパラダむムシフト芏範の急倉は、経枈掻動や亀換䟡倀が起点ずなっお始たるモノではない。

     むしろ、䜕にも代え難い䟡倀を芋出したずきに、それをその時代や瀟䌚にアゞャストする際の受け皿ずしお、か぀おは特暩階玚王様や貎族が存圚し、珟代では経枈や法埋ず、ほんの少しが、もっずも圱響力を持぀共通抂念ずしお機胜しおいるだけの話だ。

    【なぜ、がそこにあるか気になった方は↓ 】

     利甚䟡倀はあっおも「金のなる朚」ではないコトがきっかけずなる。

     それこそが、人類に残された善意であり慈悲の粟神だ。

     今、䞖界が泚芖しおいるのは「無線電力䟛絊ずいう最新のテクノロゞヌ」ず「自家発電の先を行く自己発電ずいう意識」からなる『゚ンドナヌザヌからの脱华』や『利他の粟神』ずいう䟡倀であり、その結果、「唯の還元゚コシステム」ではなく「倚局的な埪環型瀟䌚」が生たれ぀぀ある。

     倚くのテクノロゞヌや発想によっお同時倚発的に倚くの分野で同じフィロ゜フィを持぀パラダむムシフトが起こり、物質的あるいは物理的な人間の行動が、発電だけでなく倚皮倚様な埪環に繋がりはじめおいるのが今らしさだ。



     「silica」は、音楜業界における新たな゚コシステムだ。

     その前に、少し、地球の話をしたい。

     Flying River空飛ぶ川 Marine Snow海の雪 Sand Rain砂の雚
    ––––どれも聞き慣れない「組み合わせ」を持぀珟象かも知れない。

     地球党䜓の重量パヌセントで、もっずも倚い元玠は「Fe」぀たり「鉄」だ。 地球は、氎の惑星ではなく鉄の惑星なのだ。

     䞀方、クラヌク数海氎を含む地殻地肌の元玠存圚床を同じく重量パヌセントで衚した指暙で、もっずも倚いのは「O酞玠」、その次が「Siケむ玠」ずされおいる。

     その酞玠ずケむ玠が化合した二酞化ケむ玠SiO2は「珪藻ガラス質の被殻を持぀単现胞藻類」にずっお、必芁䞍可欠なものだ。そしお、この「珪藻」こそ、地球䞊の党生物にずっお、なくおはならない存圚なのだ。

     正しいかは別ずしお「膜なくしお進化なし」ずいう論がある。哲孊的にも生物を定矩するファクタヌずしお「自己ず倖界を隔おる膜」ずいう存圚が重芁芖されるなど、人が「生呜の起源」に぀いお語るずき、垞にその䞭心に “膜” があるのは事実だ。

     珪藻にずっおの “膜” は「被殻」ず呌ばれるガラス質で、SiO2によっお圢成される。粟巧で矎しい暡様が刻たれたその衚面がキラキラず光り茝くこずから「ミクロの宝石」ずも蚀われおいる。

     蚀葉通り地球の宝である「珪藻」が、光合成によっお毎日生み出す酞玠は、地球䞊で光合成を行う党生物の総生成酞玠量の1/4を占めおおり、さらに、その過皋で行う炭玠固定怍物などが空気䞭から取り蟌んだ二酞化炭玠を炭玠化合物ずしお䜓内に留めおおく機胜も、地球䞊の%に達しおいる。

     蚀うたでもなく「酞玠の生成」も「二酞化炭玠の削枛」も、倚くの生物がこの星で生きるための絶察条件ずなる最重芁の基瀎機胜だ。

     突然だが  地球で最倧の川は、どこにあるだろう

     そう、南米のアマゟンだ。

     ただし、それは「地衚」を這うアマゟン川だけではなく「䞊空」にも存圚しおいる。

     アマゟンの熱垯雚林は「地球の肺ヒトの肺ずは逆に二酞化炭玠を吞い酞玠を吐く」ず呌ばれ、珪藻ず同じく確かに倚くの酞玠を生み出しおいるが、倧量の萜葉や朜朚を分解するバクテリアをはじめ、そこに暮らす倚くの生物によっお、生成量ず同じ分だけの酞玠を消費もしおいる。

     ぀たり、酞玠は地産地消されおいるのだただし、その過皋で  光合成によっお、二酞化炭玠の削枛には倧きく寄䞎しおいる。

     実は、アマゟンを地球芏暡で芋たずき、その巚倧な森が生成する酞玠の量よりも、倧量の朚々が個々に行う「蒞発散」ずいう機胜の方が重芁芖されおいる。

     蒞発散ずは、怍物が根から吞い䞊げた氎分の䞀郚を氎蒞気ずしお空䞭に発するこずを指すが、アマゟンの䞊空には、それによっお起こる巚倧で湿最な気流 「空飛ぶ川」が生たれおいるのだ。

     それは「地衚を流れる川」 アマゟン川ず同等の氎を運んでいるず考えられおおり、その䞀郚は、高くそびえるアンデス山脈に衝突しお倧量の雚雲を生み、スコヌルずいう圢で再び地䞊に降り泚ぐこずで、たずえば、アマゟン川の支流であるりカダリ川の圢成に倧きく貢献しおいる。

     䞖界最倧の川は䞖界最倧の熱垯雚林を育お、そこに息衝く巚倧な森が吐き出す湿った吐息は倩の川を生み、アンデスの深郚ぞず倚くの氎蒞気を運ぶず空を衝く山肌に行く手を阻たれお凝瞮し、雚ずなっおミスミ山に降るこずで、再び、アマゟン川の䞀郚ずなり森を瞫う。

     日本語で「倩」ずいう字ず「雚」ずが同音なのが、偶然ずは思えなくなっおくる。倪叀から䞊空を流れる氎「流」は、これもたた同じ読みを持぀「韍」などに喩えられ、厇められおきたのも頷ける。

     このサむクルをさらにマクロな芖点で俯瞰するずき、比范的短期で狭矩な南米北郚の氎の埪環だけに留たらず、地球史芏暡の長期的か぀党䞖界を巻き蟌むような広矩な゚コシステムが浮かび䞊がっおくる。

     その䞭心ずなる物質が「二酞化ケむ玠SiO2」なのだ。

     アマゟン川の力匷い流れは、流域の地衚地殻にあるSiO2を取り蟌みながら倧西掋ぞず流れ出し、それを元に矎しいガラスのような被殻を圢成した珪藻が倧量発生する。

     珪藻は、増殖を繰り返しながら䞖界䞭の海ぞず挂流しおいく。もちろん、この星の党珪藻がアマゟンから流出したSiO2から生たれるわけではないが、その繁栄に地球芏暡で倧きく寄䞎しおいるこずは間違いない。

     䞖界䞭の珪藻は、毎日、アマゟンどころか地球䞊の党熱垯雚林に匹敵するほどの酞玠を生成する䞊、海掋の䞀次生産者ずしおもを占める存圚感を瀺し、そこに䜏たう倚くの生物の倚様性ず食物連鎖を基瀎䞭の基瀎から支えおいる。

     珪藻がなくなれば、海の芇者シャチであろうがあえなく滅びる。

     さらに珪藻の死骞は、SiO2から成るガラス質の被殻の匷さず重みによっお、それが含むリンなどの栄逊塩が溶解しないうちに、䞀気に、海の底たで沈み、堆積しおいくこの珟象が「海の雪」ず呌ばれおいる。

     モロッコは、そんな珪藻の亡殻が降り積もった珪藻土によっお出来た海底が、地殻倉動によっお隆起しお生たれた土地で、そこに広がるサハラ砂挠は、栄逊塩を含む元珪藻SiO2の結晶 石英の砂珪砂から成っおいる。

     そこで発生する倧芏暡な砂嵐は、珪砂を巻き䞊げ、貿易颚に乗っお倧西掋を枡る。その䞀郚は南米倧陞たで達し、アマゟンのゞャングルに雚のように降り泚ぐのだ。

     元珪藻である珪砂に含たれるリンなどは、地䞊の怍物にずっおも必須の栄逊––––だから、熱垯雚林を支える雚には「氎の雚」ず、もう぀「砂の雚」があるのだ。

    【 アマゟン ⇄ 倧西掋 ⇄ サハラ における SiO2 のサむクル 】

    画像

     このように、䞀芋、無関係、あるいは、真逆にも映る、湿ったアマゟンの熱垯雚林ず也いたサハラ砂挠は、倧西掋を挟んでGive & Givenの関係を構築しおいる。

     二酞化ケむ玠SiO2は「アマゟンの豊かな氎」ず「サハラの光り茝く砂」によっお、気の遠くなるような悠久の時を経お埪環するこずで、䞖界䞀広倧で肥沃な熱垯雚林を育み、南極ず北極に次ぐ芏暡を誇るサハラ砂挠を生み出し、䞖界䞭の倧掋ず倧気に向けお、珪藻ず酞玠を䟛絊しおいるのだ。

     そしお、それらの起点や媒介ずなるSiO2の別名が「silicaシリカ」だ。


       §


     日本に020幎代に登堎したプラットフォヌム「シリカ」は、䞖界有数の巚倧音楜垂堎それこそアマゟンの熱垯雚林のように高い熱ず倧量の汗を持぀を構成する個々のリスナヌから––––

    〜【 今 回 は こ こ で 途 äž­ 略 】〜


     ––––少子化による人口枛少ず幎金問題に揺れおいた䞖玀初頭の日本の未来予枬は「埪環」によっお倧きく裏切られた。

     経枈を回すために必芁な顧客は、地産地消を促す自囜民である必芁はなくなった。䌞び続けたむンバりンド垂堎––––すなわち、枛少した分を補っお䜙りある倖囜人芳光客向けのビゞネスによっお賄われたからだ。倖貚を皌ぐには、囜産の補品モノを茞出するのではなく、囜倖のヒトが有するトキのを消費を茞入する時代が到来したのだ。

     か぀おの民䞻䞻矩の䜏民は、前時代である封建瀟䌚に蔓延った「歊士の息子は歊士」ずいうような身分の盞続を心底嫌悪する䞀方で、資本䞻矩瀟䌚における財産の盞続を嫌うコトはなかった。

     政治家の芪が、子や孫に「職業珟代版の身分」を、あの手この手で盞続させるコトには批刀が集たるが、芪が瀟長で、子や孫に「汗氎を垂らしお皌いだ経枈的な資産」を盞続させるコトは圓然ず芋なしたただし、瀟長ずいう身分を継がせる同族経営に関しおは、批刀的な颚朮もあった。

     珟圚では、そのいずれも嫌悪ずいう感情的な理由ではなく法治囜家あるいは䞖論ずいう垞識的な状況によっお蚱されおいない。芪が子に残せる財産には䞊限があり、䜕䞖代にも枡る䞀族郎党が䞀切働かずに生掻しおいけるような遺産盞続はできない。

     その差分はどこぞ消えるのか––––シンプルに、瀟䌚ぞず還元される。

     故個人の蓄財に察しお、ほずんど䜕の瀟䌚的貢献もしおいない血族が、近芪の死ずいう悲しみ以倖は無条件で、財産盞続できおしたうのは䞍条理でしかないず看做されおいるそもそも、芪しい人の死ずいう苊しみは䞇人に等しく蚪れる詊緎であり、悲しみずいう玔粋ずお金ずいう䞍玔な悪は、別々にしおおいた方が幞せかも知れない  お葬匏で、財産分䞎の比率を醜く争う芪族はほずんどもういない

     そもそも、その蓄積は瀟䌚から運良く埗た「䞀時授かりモノ」に過ぎないずいうのが、珟代の新たな垞識だ。

     こうしお、幎金䞍足を解消する財源は人々の死によっお賄われるようになった。自分は知らない「自分より若い人々」が生きるために、個人は還元的に死んでいくのだ。

     死を前向きに受け止める思考が加速し、自然摂理の゚コシステムに物䜓ずしお貢献できずずもバクテリアの逌ずしお土に還る死䜓にはなれずずも、人間瀟䌚の粟神面でぱンドナヌザヌではなく、故人の生前の努力ず生きた蚌が金ずいう觊媒によっお分解され、囜家予算ずいう圢で瀟䌚ずいう土壌に溶け戻るようになった。

     生きる暩利ず同等に、死ぬ暩利を奜意的に受け入れる囜が増えたのは、このおかげでもある。

     過剰な芪の䞃光りは消え倱せ、あたりに利己的な蓄財は恥ずいう颚朮も生たれるず寄付が増えた。死ぬ前に豪遊する老人たちは、最埌に、もう䞀床、うららかな春を闊歩する若者のようでもあった。そしお今日、こういった埪環を囜家内のみで成立させるこず自䜓が、※ 反転地䞋䞖界での囜境の仮想的消滅の進行も手䌝っおあからさたに冷遇されはじめおいる。

    ※ −「⑀空想䞊の地䞋にある反転郜垂での話」で、今回は省略した郚分

     利他的でボヌダレスな埪環型瀟䌚では、感謝の「Give & Given」から生たれる「名誉」「誇り」こそが、個人が生きる䞊での「心の栄逊やモチベヌション」であり、瀟䌚における゚ネルギヌやスムヌスを担保する最滑油なのだ。

     今埌、経枈的な䟡倀やモノの蓄積はより軜芖され心においお適切な地䜍に戻り、粟神的な䟡倀やコトやトキによる功瞟の方が倧事にされおいくだろう。

     封建人治瀟䌚の「王」や「僧䟶」ずいう身分は、その心のあり様によっお敬われるはずだったが、必ずしもそうずは限らなかった。同じく、民䞻䞻矩法治であり資本䞻矩である瀟䌚の「経営者」や「法埋家」ずいう珟代的身分職業に関しおも、尊敬に察する倧きな倉化は芋られない。

     ぀たり、その心ではなく、瀟䌚的な地䜍ずいう衚面的で経枈的なあり様によっお評䟡される堎合が倚い。

     埪環が囜家や家庭の財務状況など様々な条件でセグメントされ、小さく短いサむクルに分断されればされるほど、氎の流れは滞り濁り、心の栄逊に察する瀟䌚的䟡倀は䞋がり続ける  ぀たり、その傟向が匷たる。

     そんな嘘っぱちのセカむでは「名誉ではなく実益を」「利他よりも利己的であれ」ずいうような短絡的な考え方がクヌルな生き方ずしお掚奚されたり、あたかも玠晎らしい思想ずしお尊重されるずきがある。

     本物の䞖界地球の自然で生きずし生けるものすべおに必芁な珪藻でさえ、埪環のない氎溜りで増殖し過ぎれば、氎面で陜を遮り、悪臭を攟぀鬱蒌ずした暗黒の゚コシステムを生んでしたう。

     䞀方、宇宙から芋䞋ろせば、南極北極サハラ––––䞉倧砂挠のいずれも䞍毛ではない。

     地球芏暡の青酞玠や氎を生む過酷だが也いた茝きなのだ。

     経枈ずいうのは、その砂挠だ。ずきに必芁悪的な摩擊であり競争。そんな荒涌ずした倧地に、その他倧勢の䞀員か぀䞀因ずしお飛び蟌むずき、氎や食糧テントずいった物質は、その手に持ずうが、ラクダが背負おうが、もはや生物ですらない荷台が抱えようが、その䟡倀に倉わりはない。

     䞀方で、勇気感謝ず尊厳誇りは、人間こそが背負うべきコトで、心は人間だけが持ち埗る噚だ。

     もう䞀床、蚀おう。人間に限っおは、この䞖界の半分以䞊は、想像による創造心の働きによっお出来おいるのだ。

    − 
    垞新性の垌望



     い぀かこの䞖界はこの䞖界ではなくなる。

     今の音楜業界においお、

     . 音源ビゞネスはなくならない
     . 音源ビゞネスはなくなる

     ずいう぀のお題のうち、どちらを掲げるべきだろうか

     僕は、こそ、自らに課すべきだず思う。

     ただし、必ず「い぀か」を付けるこずで期間を限定しない課題にすべきだ。

     い぀か、このビゞネスはなくなる
     い぀か、この䌚瀟はこの䌚瀟ではなくなる

     そういった無期限条件䞋での珟状自己吊定ベヌスに立たなければ「良くおも良くならない脆さ」ず「悪くおも良くならない匷さ」ずはたったく異質の「悪ければ悪いほど良くなる反脆さ」を持぀コトはできない。

    「必ず、こうなる ずいうビゞョンを掲げろ」
    「䜕幎以内に行う ずいう期限目暙を蚭けろ」

     このような、たったくではない固定的確実シンプル明瞭な目暙を立おるコトも必芁だず思うが、倚くの堎合、それだけでは䞍十分だ。

     䞍枬の事態が起こる方が普通であり、そこに確実性を芋出そうずする「非な可芖化」の倚くは、「Invention捏ち䞊げ捏造」に過ぎない垌望的芳枬だからだ。

     数字ずいう共有化゜リュヌションが持぀「明瞭な可芖化を䌎った目暙蚭定」を提瀺するコト自䜓は、実は非垞に簡単で楜なコトだ。考えれば考えるほど、数倀化するコトが難しい目暙や評䟡があるコトが分かるはずだ。

     その矛盟に気付きながらも、䜕ずか数字で衚そうずしおしたう理由は、ストむックなんかじゃなく、その方が楜だから  

     根拠のない数倀目暙音楜業界でいえば、すでに売れおいるアヌティストの前䜜実瞟を次䜜の売䞊目暙にするコト以倖のあらゆる数倀目暙の共有は、無意味な簡玠化に過ぎず、䜕ずなく雰囲気でやり取りされる「然るべくしお達成できない目暙運良く達成できる数 or 運悪く達成できない数」でしかない。

     前回䞇枚のが売れたアヌティストの次䜜を、䞇枚売るずいうのは目暙ではなく、ただの予枬であり、それすら、意味䞍明に䞊振れたり、䞋回ったりする。少なくずも、桁や桁単䜍の粟床で目暙蚭定し、それを達成するコト前回、週間で104,325枚セヌルスだったを、次も同じ期間でぷったり同じ数字を売るようなコトは、到底、䞍可胜だ

     「然るべきしお達成できる目暙」は、゚スノグラフィックな文章でしか衚珟できない堎合がずおも倚い。

     この䞖界にはどう考えおも定量化できない事象や質があり、それを長い文章で衚すコトは、本来、スマヌトな方法だ。この「スマヌト」ずいう蚀葉は賢いずいう意味であっお、時短ではない。

     珟代人は、民䞻䞻矩倚数決ず資本䞻矩金額ずいう数倀の重芖によっお盲信させられおいる定量化バむアスから解攟されるべきなのだ。

    【 数倀目暙はペテンになりがち 】

     数字ずいうのは、䞀定の平等性を保぀評䟡手段ずしお、珟時点では、ベストに近い゜リュヌションだが、衚裏䞀䜓、ペテン垫の顔も持っおいる。

     ペテンずいうのは、圓たったら圓たったず䞻匵できお、圓たらなかったらそっず闇に葬れるようなコトだ。

     真剣にやっおいる人であればあるほど、い぀か、その䞍条理ず真正面から察峙するこずになる。

     音楜業界でも、これたで、倚くの人々が、数字に䞀喜䞀憂しおきた。数字的な結果を出せおいないずきは、ずんでもなく苊しい。䜎い数字や叶うこずのなかった数字に、恥ずかしさすら芚える人もいるかも知れない。

     でも、その感情こそ、真剣さの蚌なのだ。
     必ず、次ぞの原動力に繋がる。

     こういう人は、あるずきは簡単で確かだず感じおいた数字が予枬䞍胜な怪物ず化しおも、ただそれに打ちのめされるのではなく、そこから䜕床も立ち䞊がれる性質を持っおいる。

     その䞍郜合な珟実から逃げ出せないなら、しなやかになるしかないこずを思い知っおいるからだ。

     匓が、埌ろに匕かれた分、より速く遠くたで矢を飛ばせるように、埌退させられた分、より長く前進するこずができるチョロみたく、埌ろに䞋がるしかなかった苊い経隓傷を持぀人だけが、新たな時代  ムヌノメントたで巻き起こすようなヒットを生み出せるのかも知れない。

     数倀目暙を立おるこずは、瀟䌚的な評䟡のために、ずっおも倧切だし、必芁だけど、それだけが目暙だず、決しお、思わない方がいい。

    数 字 に は 、未 来 に お け る 垌 望 や 願 い を 衚 珟 す る 機 胜 も
    予 枬 䞍 可 胜 な 結 果 を æ­£ し く 「 定 量 目 æš™ 化 」す る よ う な
    サ ヌ ビ ス も 付 い お い な い 。


     だからこそ、どうか、数字では衚せない
     本圓の結果が出るたでやり遂げお欲しい。

     それが䜕なのかは、僕にも、今のあなたにも、誰にも分からない。それは、未来、やり遂げたあなたにだけ分かる感芚や感動だ。

     それは、売れようが、売れたいが、きちんず蚪れる。チャンスは確かに少ないが––––「あぁ、自分はこの瞬間のためにここたで来たんだな」ず思える日が、きっず、やっお来る。

     売れるず信じおいるプロゞェクトが、なかなか芜吹かないずき––––
     売れおいたプロダクトが、どうしおも䞋り坂になっおいくずき––––

     そんな数字の残酷さに、打ちのめされ過ぎないために。

    本曞「音楜業界でディレクタヌになる資栌 - 䞖界の䞍条理。 売るんじゃなく、救う。」
    より䞀郚抜粋

     前述の通り、音楜業界で「新人が䜕䞇枚のセヌルスを達成できるか」は、明瞭なようで、実は䞍明瞭か぀無責任な目暙にしかなり埗ない。達成できるずすれば、幞運によるものか、あるいは、あらかじめ過小評䟡をしおおいお「確実に越えるために蚭定した越え易い目暙」を悠々越えるくらいしか方法はないだろう。

     䞀方で「䜕䞇枚セヌルスを目指し有名雑誌のむンタビュヌを獲埗し、そこで玠晎らしい音楜哲孊を語っおもらう」ずいう目暙は、成すべくしお成される目暙ず蚀える。

     珟代瀟䌚では、定量化バむアスによっお、数倀化できないこのような目暙たでをもすべお数倀化しおしたうコトで、停物の安心感を埗ようずしおいるよく考えれば、数字に衚すコトでの目暙蚭定も、それに察する評䟡も難しいはずなのに、もっずも確実で簡単な゜リュヌションだず思い蟌んで楜をしおいるのではないか。

     経枈䞊の数的目暙ずそれに察する評䟡は、郚䞋ず䞊叞が目暙を簡玠化し共有するコトにおいおは有甚かも知れないが、実のある目暙蚭定ず評䟡を行うずいう本望においおは、䞀切、圹に立たない䌌非゜リュヌションだず、僕は真剣に思う。

     売りやすいモノばかりを売っお数字ばかり立掟な人間がマネゞメントするず、数字の蟻耄を合わせるコトを䜕より優先し、自らも挑戊しない他人にも挑戊をさせない––––そんな消極的な組織が出来䞊がる。

     䞀方、文章による「経枈䞊の数字を䌞ばすために䜕をすべきか」ずいう䞀芋曖昧で、評䟡し難いように聞こえる目暙ずそれに察する文章評䟡の方は、お互いにしっかりず腑に萜ちる明確なコミュニケヌションを生む。

     だから、onが必芁になる。

     逆に蚀えば、文章゚スノグラフィック評䟡を導入しおいないのに、onずいう型だけを採甚しおも意味はない。面談や察話を圢骞化させるだけだ。数字の評䟡を重芖しおいるなら、䌚っお話す必芁などない。数字の効胜は、時短や簡玠化、そしお、絶察化なのだから。

     倉動䞍確実耇雑曖昧な珟実を受け入れた䞊での目暙蚭定を可胜にする「文章」ずいう「想いの明文化」は、共感性や満足床の高い評䟡を行うためのスマヌトで玠晎らしい道具だ。

     だっお、蚀語は数字の進化版––––逆に蚀えば、数字ずは蚀語の退化した姿なのだ。

     い぀か、今の私は、今の私でなくなる

     ずいう期間を限定しない「い぀か」ずいう曖昧さを持ち、さらには、今の自分ではないずいうあたりに幅広い䞍明瞭な「珟状自己吊定珟状自己ではないすべおを肯定的に含む思考」は、たさにそういった目暙蚭定を生み出すむンスピレヌションの぀だ。

     珟状維持に泚力するこずは、倉化しない珟状だけに賭けるハむリスクなコトであり、それは他の可胜性を䞀切排陀するコトに繋がりかねない。

     䞀方で、珟状自己吊定型思考は、反脆くしなやかな姿勢を生む。

     今の自分ではない  あらゆる自分以倖ず、未来においお倉化した自分ずいう倚くの可胜性を含んでいるからだ。

     倉化を恐れないだけではなく、倉化を愛するコト、歓迎するコト。

     倚局的な「IMMERSIVE SOCIETY」は、非物質的であるからこそ同時倚発し、リアルタむムな可倉性を持぀「氞遠に未完にあり続けようずするプロセス」を、超民䞻的か぀量子物理的な性質を持぀共創を歓迎する没入瀟䌚だ。

     それは、垞にパラレルな可胜性を持っおおり、進化ずも退化ずも蚀い切れない藀子・F・䞍二雄先生が蚀った「乱読」に近い幅広い倉化をし続けるこずで、ダむナミクスの拡匵倚様性の内包ではなく増幅を起こし、だからこそ普遍性を芋出す「反脆さ」を実装させる。

     倉わり続けるコトで倉わらない䜕かを探す旅。

     い぀か、僕は今のボクではなくなり、
     この䞖界もこのセカむではなくなる。


     だからこそ、心は、心を打ち続ける。

     人は、想造するコト倢芋るコトを、
     そしお、それに没入するコト倢䞭になるコトを、
     決しお、止めるべきでない。

    –– 了 ––


    【 マ ガ ゞ ン 】

    人間に限っお䞖界の半分以䞊は「想像による創造」で出来おいる。

    画像
    鳥は自由に囜境を飛び越えおいく
    人がそう呌ばれる「幻」の「壁」を越えられないのは
    物質的な高さではなく、粟神的に没入する深さのせい

    某レコヌド䌚瀟で音楜ディレクタヌずしお働きながら、クリ゚ティノ・ディレクタヌずしお、アヌト広告建築人工知胜地域創生ファッションメタバヌスなど倚皮倚様な業界ず運良く仕事させおもらえたボクが、叀くは『神話時代』から『ルネサンス』を経お『どこでもドアが普及した遠い未来』たで、史実ず、考察ず予枬、芳枬ず垌望を亀え、プロトタむピングしおいく。

    音楜業界を目指す人はもちろん、「」ず「」の良くも悪くもな歎史レファレンスず未来将来性を知りたいあらゆる人向け。

     本圓のタむトルは––––

    「本圓の商品には付録を読み終わるたではできれば觊れないで欲しくっお、
     付録の最埌のペヌゞを先に読んで音楜を聎くのもできればやめお欲しい。
     たた、この商品に収録されおいる音楜は誰のどの曲なのか非公開だから、
     音楜に関するこずをむンタヌネット䞊で䞖界䞭に晒すなんおこずは  」


    【 自 å·± 玹 介 】

    【 プ ロ ロ ヌ グ 】



     
     
     
    某レコヌド䌚瀟のディレクタヌ | 映像䜜家。

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