
#1 ミスを厳しく罰してもミスが減らないわけ―Just Cultureという考え方のはじまり―
シリーズ「なぜルールを増やしても不祥事はなくならないのか」第1回
仕事でミスをしたとき、厳しく叱られたら、そのあとどうなるでしょうか。次は気をつけようと思う一方で、次に同じようなことが起きたとき、正直に言えるでしょうか。
「叱られるくらいなら、黙っておこう」。多くの人が、一度はそう感じたことがあるはずです。
実は、この「黙っておこう」という気持ちこそが、事故や不祥事をなくすうえで一番の壁になる、ということが、航空や医療といった、一つのミスが人の命に関わる現場で少しずつわかってきました。
「安全文化」という考え方
1980年代から90年代にかけて、大きな事故が起きるたびに、その原因が詳しく調べられてきました。イギリスの心理学者ジェームズ・リーズンは、数多くの組織事故を研究するなかで、一つの共通点に気づきます。事故は、誰か一人の不注意だけで起きるのではなく、組織のなかにあった小さなほころびが積み重なって起きる、という考え方です。
リーズンは1997年の著書のなかで、事故を防ぐ組織に共通する「安全文化」という考え方を整理しました。そこには、悪い知らせほど早く共有される「報告する文化」や、起きたことをどう扱うかについて信頼できる基準がある「公正な文化」など、いくつかの要素が含まれていました。
「罰する」でも「責めない」でもなく
この「公正な文化」を、実際に使えるかたちに発展させた人物がいます。デイビッド・マークスです。マークスは、もともとボーイング社で航空機の整備に関わるエンジニアとして、ヒューマンファクター(人はなぜミスをするのか、という人的要因の研究)に携わっていました。その後、航空の世界から医療安全の分野に移ります。
医療現場で事故が起きたとき、マークスが目にしたのは、大きく分けて2つの対応でした。一つは、ミスをした人を厳しく罰する対応。もう一つは、誰も責めない(blame-free)対応です。
厳しく罰する現場では、ミスが起きても報告されなくなっていきました。罰を恐れて、隠すほうが得だと考えるようになるからです。一方、誰も責めない現場では、今度は「何をしても許される」という空気が生まれ、本来注意すべき無謀な行動まで見過ごされることがありました。
マークスは、このどちらでもない道を探ります。2001年に発表した論文で、彼は「公正な文化(Just Culture)」を、医療現場で実際に判断できる具体的なかたちに練り上げました。
Just Cultureとは何か
Just Cultureの核にあるのは、とてもシンプルな区別です。
悪意のない、正直な失敗と、意図的な、あるいは無謀な違反を、はっきりと分けて考える。
前者であれば、その人を責めるのではなく、何が原因だったのかを学び、同じことが起きない仕組みをつくることに力を注ぎます。後者であれば、きちんと向き合い、必要な対応をとります。
大事なのは、Just Cultureは「罰をなくす」考え方ではない、ということです。むしろ、罰する対象を絞り込むことで、それ以外の大多数の、正直な報告や申告を守ろうとする考え方だといえます。
次回に向けて
この「公正な文化」が失われたとき、何が起きるのか。それを考えるきっかけになった、ある象徴的な事故があります。シリーズ2『気づいていたのに、なぜ事故は止められなかったか』で、その事故を取り上げます。
また、「悪意のない失敗」と「意図的な違反」は、言葉にすると簡単そうに見えて、実際に目の前で起きたことをどちらに分類するかは、簡単ではありません。この判断のために使われているのが、マークスが考えた「代入テスト」という具体的な方法です。シリーズ3『罰していい人と、そうでない人の見分け方』で、詳しく紹介します。
参考:James Reason, Managing the Risks of Organisational Accidents (1997)/David Marx, Patient Safety and the "Just Culture": A Primer for Health Care Executives (2001)
シリーズ全6回「なぜルールを増やしても不祥事はなくならないのか」
シリーズ1:ミスを厳しく罰してもミスが減らないわけ(この記事)
シリーズ2:気づいていたのに、なぜ事故は止められなかったか
シリーズ3:罰していい人と、そうでない人の見分け方
シリーズ4:遅刻に罰金を科したら、遅刻がもっと増えたわけ
シリーズ5:なぜ誰も正直に報告してくれないのか
シリーズ6:一人を処分しても、また同じことが起きるわけ