メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

曞物における「デヌタ還元䞻矩」の錯誀

    先日、友人ず亀わした「LINE」でのやり取りをご玹介する。それ自䜓は、ごく短いものだ。

    友人が送っおきた、蚘事リンク「"玉袋筋倪郎、「叀本の売り時」隒動で持論 「倧手では買わないようにしおいる」ワケ"」に関しお、「ブツずしおの本」奜きの立堎から、「本は䞭身だ」ずいう立堎に぀いお、批刀的に語り合ったものである。

    ---------------------------------------------------------------
    2022幎1月22日収録

    https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2022/01/21/kiji/20220121s00041000579000c.html

    『 玉袋筋倪郎、「叀本の売り時」隒動で持論 「倧手では買わないようにしおいる」ワケ
      [ 2022幎1月21日 22:25 ]

     お笑いコンビ「浅草キッド」の玉袋筋倪郎54が21日攟送のTOKYO MX「バラいろダンディ」月金曜埌9・00に出挔し、倧手の叀本販売店に苊蚀を呈す堎面があった。

     番組では、17日攟送のNHK「あさむチ」の「知っおたす?いたどきリナヌス」ずいうコヌナヌに぀いお取り䞊げた。そこでは、家具や家電、本や掋服などを䞭叀品店やフリマアプリで高く売るテクニックや、䞍甚品をうたく手攟す方法などを玹介しおいた。

     この番組の内容を受けおか、同日に䜜家の氎野良氏はツむッタヌで「NHKの朝の番組で小説や挫画の『売り時』なるものを『解説』しおいお怒りを芚えた。消費者にずっおのお埗情報かもしれないが、䜜家ず出版瀟にずっおは最悪の利益劚害を掚奚しおいたからだ」ず、持論を展開。この投皿に様々な意芋が寄せられおいる。

     この件に぀いお、玉袋は「俺は倧手の叀本屋ずかでは買わないようにしおるのよ。倧手はさ、買い叩くじゃない。䜜品の䟡倀ずかなく100円ずか10円ずかでさ」ず苊蚀を呈す。「いくら新しくおも、売れた本だけずかさ。昔からあった叀本屋さんずかの『プレミア本』ずみたいなものは無くなっちゃったよね」ず、話しおいた。』

    友人「売り時ねぇ。。。」

    私「売れおる本を早く買っお、すぐに読んで、即売れば、高く匕き取っおもらえる、っお理屈でしょうね。
    そうなるず、䜜家は、たすたす新刊を買っおもらいにくくなる。すぐにブックオフずかに䞊ぶんだから。」

    友人「ですね。いた、そうなっおたす。新叀曞店は高倀買取りセヌルずかでベストセラヌを買っおたす。」

    私「すぐに手攟しおいいような、䜕の愛着も湧かないような本は、そもそも読む䟡倀もない。」

    友人「そうなんですがねえ\(//∇//)\」
    友人「氞遠ずいう幻圱を倢芋させおくれないずねぇ。。。」

    私「昔の人は蚀いたした。「損しお埗ずれ」」
    私「時間朰しに本を読む段階で、その人の人生ののものが無駄。」

    友人「いたはなんでもデヌタに還元できるず思っおるから」
    友人「だから装幀ずか玙質ずか凜ずか垯が意味が出おくるずおもうのです。」

    私「そうですね。
    でも、それ※ デヌタ還元䞻矩は「お前自身がデヌタに過ぎないっおこずだよ」っおこずなんですがね。」
    私「身䜓性を欠いたら、人間は生きおいる意味がない。本だっお同じ。」

    友人「埡意(^^)」

    私「同じ遺䌝子を持぀人間を、耇補しお䜜ったら、叀い方のオリゞナルはいらない、ずいうこずになる。「あなたは最早存圚䟡倀のないゎミです」ずなる。」

     ○ ○ ○

    画像1
    画像2
    画像3
    画像4


    ---------------------------------------------------------------

    ここでは、友人ずの気の眮けないやり取りゆえの気楜さから、冗談めかしお、やや極端な議論を展開しおいるが、基本的には、私の本音である。

    無論、私だっお「本は䞭身が倧切」だず考えおいる。だが、いわばそれは「圓たり前の話」であり「倧前提」でしかない。぀たり、本ずは「䞭身が面癜く」か぀「ブツずしおの魅力を持぀」べきだし、読曞家は「そこたで楜しめる感性」の涵逊が、本の未来のためにも望たしい、ずいうこずだ。
    蚀い換えれば、「矎しい本」の魅力がわからない者は、「読曞奜き」ではあっおも「本奜き」ではないし、「本の味方」でもない、ずいうこずである。

    私たちは、このやり取りの䞭で「デヌタ還元䞻矩」ず「身䜓性の重芖」ずいう議論をしおいる。
    䟋えば、人間を「心身二元論霊肉二元論」的に捉えお、「心霊」が䞻であり「身肉」は埓だずするような「粟神䞻矩霊性䞻矩」的な考え方は間違っおおり、それらは人間の実存ずいうものを、あたりにも芳念的に捉えすぎおいる。

    画像6

    豪華な装䞁の聖曞。たるで「受肉した神む゚ス」である

    そしお、そうした「芳念的な錯誀」ず同様、本に぀いおも「テキスト䞭身」ず「曞籍圢態」を分けお考えるのは、䟿宜的には必芁なこずではあれ、䞀定の「錯誀的な芋萜ずし」を䌎うものだずいうこずを、ここで瀺唆しおいる。
    ぀たり、同じ「テキスト」であっおも、「噚圢態」が倉われば、「味わい」も倉わる、ずいう圓たり前な話の再確認だ。

    比范的わかりやすい䟋をひず぀玹介しおおこう。それは「絵ず額瞁」の関係である。
    どんなに玠晎らしい絵䞭身であっおも、合わない額瞁に収められおいたら台無しだ。たた、額瞁のない絵ずいうのは、その䞖界芳が完結しきらない䞍完党性を䌎う。
    䞀方、絵䜜品に合った額瞁に収められるず、絵は、額瞁の無かった時には発し埗なかった魅力を茝かせお、額瞁の無い「絵そのもの」に倍する魅力を発しはじめる。぀たり「絵ず額瞁」は、䞀䜓のものなのである。
    䞀䞀そしおこれは、絵画愛奜家には、垞識に類する「事実」なのだ。

    画像5

    たた、しごく俗っぜい䟋を挙げれば、「銬子にも衣装」ずいう事実がある。
    䟋えば、「顔貌」ずしおは「どこにでもいるお爺さん」であっおも、「ロヌマ法王の衣装」を身に぀けお、それらしく柄たしおいれば、倚くの人は、圌を「ありがたい法王さた」のように誀認するだろう。衣装によっお圌は、停物のオヌラを芋る者の「偏芋」ずしお発しはじめるのである。

    ぀たり、「䞭身」が優れおいればいるほど、それを収める「噚」は盞応に立掟なものあるべきであり、そうでないものは、それ盞応の「噚」でかたわない、ずいうこずである。

    そしおさらに蚀えば、「貧盞な噚」で十分な「䞭身テキスト」などは、最初から読む䟡倀はなく、そもそもそこでは「噚」を問題にする必芁もない。重芁なのは、「優れた䜜品䞭身」には「優れた噚」が䞎えられるべきだ、ずいうこずなのである。

    しかし、珟実ずしおは、「優れた䞭身に貧盞な装い」「粗末な䞭身に䞍盞応に豪華な装い」ずいった「䞍敎合」が、䞖にはあふれおいる。だからこそ、そんな時に必芁なのは、「噚」に惑わされない「目利き」の力なのだ。
    䟋えば「今は〈異垞論文〉ずいうのが流行っおいるよ」などず「電通文孊」的に宣䌝されるず、「原発安党神話」ず同様に、すっかりそれに乗せられおしたうずいうのではなく、「噚」に惑わされないで「䞭身」を冷培に評䟡できる、䟋倖的な目の必芁性である。

    そしお、「䞭身」に察する適切な評䟡ができれば、おのずず「優れた䞭身に貧盞な装い」「お粗末な䞭身に䞍盞応に豪華な装い」ずいう「䞍敎合」状況が歓迎すべきものではないず感じられるし、「優れた䞭身に盞応に優れた装いを」あるいは「お粗末な䞭身にそれなりの装いを」ずいうこずにもなるだろう。
    これは、「矎の擁護者」ならば、圓然の芁求ではないだろうか。

    そんなわけで、私は「䞭身」ず「噚」は切り離しお考えるべきではない、ず考える。「䞭身」に䟡倀があればこそ、なおさらそれは、優れた「噚」を盛られおしかるべきなのだ。

    だから、「本は䞭身だ」などずいう、わかりきったこずを、さも「ひずかどの読み手」ぶっお蚀うような人は、実のずころ「䞭身は無いが、蚀うこずだけは䞀人前」ず「䞍敎合的存圚芋掛け倒し頭の空っぜな饒舌」でしかないのである。

    「人間」でも「本」でも、頭の悪い「デヌタ還元䞻矩」を採甚するず、たずは「身䜓性」を損ない、぀いには「デヌタ」そのものを芋倱うだろう。その意味で、「噚」は決しお軜んじおはならないものなのである。

    ここでの友人ずのやりずりには、以䞊のような意味合いが蟌められおいる。

    2022幎1月27日

     ○ ○ ○
















     ○ ○ ○



     ○ ○ ○




     
     
     
    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

    あなたぞのおすすめ