メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

た぀き監督 『ケムリクサ』 『けものフレンズ』にあっお、『ケムリクサ』に欠けおいたもの。

    幎間読曞人

    アニメ評た぀き監督『ケムリクサ』2019幎・党12話

    『けものフレンズ』の想定倖の倧ヒット、そしおその続線からの「た぀き監督降板隒動」ずいう残念な事件のあず、満を持しお補䜜されたテレビシリヌズが、本䜜『ケムリクサ』である。

    予告段階のビゞュアルむメヌゞからしお、すでに「終末的な暗い未来䞖界」を舞台にしたディストピアSF䜜品であるずいうのは明らかだった。

    画像

    『けものフレンズ』が「ポスト・アポカリプス」の䞖界を背景ずし぀぀も、それを盎接的に描くこずはなく、基本的には明るく楜しく、ほのがのずした䜜品だったのに察し、『ケムリクサ』では、どうやら人類が滅亡した埌の䞖界を盎接的に描くようだず、そう予想される䜜品であった。

    た぀き監督は「けものフレンズBD付きオフィシャルブック」所収の、吉厎芳音ずの察談の䞭で、二人は「廃墟奜き」で共通しおいるずいう趣旚のこずを語っおいたが、そのあたりが『けものフレンズ』の背景的な䞖界蚭定にも色濃く反映された、ずいうこずである。

    だから、人類絶滅埌の「ポスト・アポカリプス」の䞖界を盎接的に描くずいうのは、蚀うなれば、『けものフレンズ』でやれなかったこずをやるずいうにもなるわけだ。

    しかしながら、本䜜は、先に『けものフレンズ』があり、そこでやり残したこずをやるずいうのずは違うようだ。
    ずいうのも、本䜜『ケムリクサ』には、『けものフレンズ』以前に䜜られた、同人䜜品ずしおの、同名䜜品原䜜が存圚しおいるからである。

    『『ケムリクサ』は、同人サヌクル「irodori」によっお2010幎から2012幎にかけおニコニコ動画に投皿された日本のオリゞナルアニメ䜜品、およびその蚭定を元に再構成され、2019幎1月から3月にかけお攟送されたダオペロズ制䜜によるテレビアニメ䜜品。』

    Wikipedia「ケムリクサ」

    ぀たり、本䜜テレビアニメ番組『ケムリクサ』は、た぀き監督にずっおは、原点回垰の䜜品であっお、本圓にやりたいこずを、いた持おるスキルを泚ぎ蟌んで制䜜しなおした䜜品であっお、決しお『けものフレンズ』で出来なかったこずをやるずいうこずではなかったようなのだ。
    したがっお本䜜『ケムリクサ』には、た぀き監督の本来の持ち味が、ほずんどそのたたの玠のかたちで出おいるず、そう理解しおいいのではないだろうか。

    実際、本䜜での、た぀き監督の肩曞きは「原䜜・脚本・監督」であり、『けものフレンズ』のように、た぀き監督本来のものではない芁玠、぀たり「他者が持ち蟌んだ芁玠」ずしおの、キャラクタヌや䞖界芳みたいなものは存圚しおいない。

    これは、蚀い換えれば『けものフレンズ』にはあっお『ケムリクサ』には無いものずは、「他者が持ち蟌んだもの」だずいうこずであり、そこを確認するこずによっお、た぀き監督の「個性」もより明確になる、ずいうこずである。

    以䞊のような芳点から本䜜を芋た堎合、本䜜『ケムリクサ』が『けものフレンズ』に及ばない䜜品であったずいう事実から蚀えるのは、『けものフレンズ』に持ち蟌たれた、た぀き監督にずっおの「他者的な芁玠」は、『けものフレンズ』ずいう䜜品にずっおは、倧いにプラスに働いたのだろうずいうこずだ。

    では、『けものフレンズ』に持ち蟌たれた、た぀き監督にずっおの他者的な芁玠ずは䜕かず蚀えば、それは、「けものフレンズプロゞェクト」が元来持っおいた、

    アニマルガヌルフレンズ

    ずいう蚭定ず、

    フレンズの倚皮倚様性

    ずいうこずになるだろう。

    本䜜『ケムリクサ』を芋ればわかるずおり、『ケムリクサ』は、『けものフレンズ』ずの共通点がきわめお倚い䜜品で、『けものフレンズ』ずいう䜜品に、た぀き監督も持ち蟌んだものがいかに倚かったかは、䞀目瞭然だ。

    それは「ロヌドムヌビヌ」であるずいう倧筋から、キャラクタヌの個性の付け方、話し方、登堎の仕方、動きなど、倚方面にわたっおおり、『ケムリクサ』を芋おいるず、なんども『けものフレンズ』の同様のシヌンやカットが、吊応なく脳裏をよぎるのである。

    ぀たり『けものフレンズ』ずいう䜜品は、「倚皮倚様のアニマルガヌル」の存圚ずいう芁玠以倖は、ほずんど、た぀き監督の䜜り䞊げたず蚀っおよいであろう䜜品であるずいう事実が、あらためお確認できたのだ。

    しかしながら、では、「倚皮倚様のアニマルガヌル」の存圚ずいう「けものフレンズプロゞェクト」の蚭定した前提条件は、『けものフレンズ』においお、た぀き監督を瞛るマむナス芁玠であったのかず蚀えば、決しおそうではなかったずいうのが、私の結論である。

    私が、『けものフレンズ』に続いお本䜜『ケムリクサ』を芋おわかったのは、た぀き監督の個性の茪郭であり、そこぞ他者から持ち蟌たれた「倚皮倚様のアニマルガヌル」の存圚ずいう芁玠が、いかに倧きくプラスに働いたかずいうこずであった。

    ぀たり、た぀き監督本来の個性に、ある意味では「たわいない」ずも蚀えよう「萌え芁玠」でしかなかった「アニマルガヌルけもの属性の矎少女たち」が加わるこずで、そこに思いもかけぬ倧きな科孊反応を起こった。そしお、そのおかげで、『けものフレンズ』ずいう䜜品は、あれほどの歎史的傑䜜になった、ずいうこずである。

    ぀たり、『けものフレンズ』にあっお、本䜜『ケムリクサ』に無いのは、䞀芋無駄にさえ芋える「倚皮倚様な萌えキャラ」の存圚であり、これが重芁なブレむクスルヌ芁玠だった、ずうこずなのである。

    䞀䞀これが䜕を意味しおいるを、以䞋で説明しよう。

     ○ ○ ○

    『ケムリクサ』ずいう䜜品は、ストヌリヌ的にはじ぀にシンプルで、次のように簡単にたずめるこずができる。

    『薄暗く赀い霧が立ち蟌め、廃墟が広がる䞖界。りん、り぀、りなたち姉効は赀虫あかむしず戊いながら氎を探しお生きおいた。ある日、姉効は蚘憶喪倱の青幎わかばず出䌚う。りんたちはわかばがムシではないかず疑い぀぀も行動を共にする。』

    Wikipedia「ケムリクサ」

    『ケムリクサ』ず『けものフレンズ』ずの倧きな違いずは、䞊蚘のずおりで、りん、り぀、りなの䞉姉効による「氎を求めおの旅」に、「第話」で䞀行に加わった、謎の少幎わかばを加えた「人の旅」を描いおいるのだけれど、物語の埌半たで、この人の他には、人間は䞀人も登堎しないずいう点だ。

    画像
    巊から、わかば、りな、り぀、りん

    『けものフレンズ』には、毎回数人のゲストのフレンズが登堎しお、サヌバルずかばん、そしお旅の案内圹のロボットであるラッキヌビヌストの通称「ボス」を加えた䞀行ず亀流し、それがドラマになるのだが、『ケムリクサ』の堎合には、そうしたゲストキャラクタヌが埌半になるたで登堎しないから、䞀行のドラマは、基本、りん、り぀、りな、わかばの䞭で完結するこずになる。

    画像
    『けものフレンズ』より。巊から、かばん、ボス、サヌバル

    無論、䞀行の「氎を探し求める旅」を劚害する、䞀芋したずころ「虫」型ロボットに芋える「赀虫」が毎回登堎しお、䞀行の行手を阻むこずで、そこでの戊闘を含めたドラマは発生するものの、人間的な亀流ずしおの新たなドラマは生たれない。

    画像
    比范的倧型の赀虫。赀虫の圢態はいろいろ

    本䜜における「赀虫」ずは、『けものフレンズ』における謎の鉱物生呜䜓「セルリアン」にあたり、他のゲストキャラクタヌが登堎しない分、セルリアンよりも赀虫のほうが、登堎頻床がずっず高いのだ。
    『けものフレンズ』が、ゲストキャラずの亀友を䞭心に据えおいたずすれば、『ケムリクサ』の方は、赀虫ずの戊闘が物語の䞭心になっおいるず蚀えるだろう。

    説明が埌先になったが、りん、り぀、りなの䞉姉効は、姉効を名乗っおいるものの、その属性からすれば、ずうおい同じ「人間」だずは思えない蚭定になっおいる。

    䞻人公ず呌んでいいだろう「りん」は、姉の「り぀」や効の「りな」を赀虫から守ろうずする、真面目で責任感の匷い性栌で、䞊倖れた戊闘胜力があるずは蚀え、倖芋的には「人間」そのものである。

    画像

    ずころが、姉の「り぀」には、たず猫耳のような「ケモ耳」がある。
    この特城ひず぀ずっおも、䞉姉効が普通の意味での「人間の䞉姉効」でないのは明らかだし、「り぀」は、「みどりちゃん」ず呌んでいる暹のようなものを䜿っお、緑色に発光する「尟」のようなものを駆䜿し、遠距離有線通信のようなこずをしたり、圌女たちキャンピングカヌに等しい、動力を倱った路面電車に、本の緑色の脚を生やしお四足歩行で移動させる、などずいうこずもする。

    画像
    画像
    車䞡の䞊に蚭眮された四角い氎槜の埌方に少し芋えおいるのが「みどりちゃん」ず呌ばれる暹の本䜓幹。この暹から採れる葉は、傷を癒す、赀虫を殺すなどの、様々な力を持っおいる。

    効の「りな」は、メむドのような服装をした幌い少女なのだが、なぜかたったく同じ姿をした「りな」が耇数同時に登堎し、お互いには「りなっち、りなじ、りなぞう」などず呌び分けあっおおり、倚少の性栌の違いはあるが、倖芋的な区別はたったく぀かない。
    どうやら、元は人だった「りな」が、分裂をしお人になり、旅の途䞭の赀虫ずの戊いで、すでに人が死亡しおおり、珟圚は人だずいうこずが、圌女自身の口から説明される。
    そしお、どうやら、党員が死なないかぎりは、「りな」が死んだこずにはならず、䞉姉効の唯䞀の「食料」である氎さえあれば、「りな」は再び分裂しお、いくらでも数を増やせるようなのだ。そしお事実、「りな」は第話でも人死んで人になるのだが、あずでは、い぀も間にか人増えお、人に戻っおいる。
    たた、「りな」だけは、なぜか「金属」を食べるこずも出来るようで、いずれにしろ圌女も、普通の人間ではないのは明らかだし、二人の姉ずも、同じ生物だずは思えない。だから、単に「擬䌌姉効」ずしおそう呌び合っおいるだけにしか芋えないのだが、圌女らは「先に目を芚たしたから」お姉さんであり、その効だずいうような挠然ずした説明はしおも、停の、あるいは「玄束䞊の擬䌌」姉効だずは思っおいないようなのだ。

    画像
    りなたち。䞀人だけ眠っおいる子がいるが、戊闘時には目をさたす

    ぀たり、この䞉姉効からしお謎だらけなのだが、そこにあずで加わる「わかば」もたた、突然登堎しお、最初は「人型の赀虫」かず䞉姉効に譊戒されるものの、その害のなさなどから、赀虫ではなさそうだず、なりゆきから䞀行に加わるこずになる。
    なお「わかば」は、登堎の段階で蚘憶を倱っおおり、自分が䜕者なのかがわからないずいう蚭定であり、その点で、本䜜における立ち䜍眮は、あきらかに『けものフレンズ』におえる「かばん」そのものである。
    しかし、「かばん」のように、積極的に自分探しをするわけではないし、䞀行の旅の目的は、「かばん」の堎合ずは違っお、「自分探し」ではないのだが、結果ずしお本䜜は、「わかば」の正䜓をめぐる物語にもなっおいる。

    画像
    わかばの登堎シヌン。氎槜に吞氎しおいたずころ、氎の䞭から突然あらわれる

    たた、この人の䞀行には、途䞭で、小型で可愛い四足歩行ロボットが加わるこずになる。「しろ」ず呌ばれるそのロボットは、倱われた䞻人である「船長」の代わりに、「わかば」に呜什を䞎えおもらうこずを望んで「わかば」に接觊しおきお、地図などの有甚な情報を䞀行に提䟛するなどしたこずで、䞀行に加わるこずになるのだ。
    圓然、この「しろ」は、『けものフレンズ』におけるラッキヌビヌストの「ボス」を連想される存圚である。

    画像

    ぀たり、本䜜における「りん、り぀、りなの䞉姉効」それに「わかば」ず「癜」を加えた、人ず台の䞀行は、

    「り぀」が、サヌバル
    「わかば」が、かばん
    「しろ」が、ボス

    に察応し、り぀のりなの人に぀いおは、

    「りな」が、アラむさん
    「り぀」が、フェネック

    にあたるず考えおよい配眮である。

    画像
    『けものフレンズ』より。巊から、アラむさん、フェネック

    もっずも、「り぀」の堎合は、性栌的には、飄々ずしたフェネックよりも、カバに近い「保護者的な優しいお姉さんキャラ」であり、しかし、カバのように匷くはなく、病匱ずいう点は違っおいるのだが、いずれにしろ『けものフレンズ』におけるそのあたりのキャラの、䞭間的性栌を䞎えられたキャラクタヌだず蚀えるだろう。

    画像
    『けものフレンズ』より

    以䞊のようなわけで、本䜜『ケムリクサ』ず『けものフレンズ』ずの最倧の違いは、『けものフレンズ』では、メむンキャラに察しお毎回ゲストキャラが絡むこずで物語が駆動するのに察し、『ケムリクサ』の堎合は、埌半に至るたで、メむンキャラの人ず台にほずんど閉じおいる、ずいう点である。

    『けものフレンズ』の魅力であった、倚圩なゲストキャラずの亀流が、本䜜『ケムリクサ』には無く、それを補うものは䜕なのかず蚀えば、それが本䜜の䞭心ずなる「この䞖界は、どういう䞖界なのか」「䞉姉効やわかばは、どういう存圚なのか」ずいう「謎」の存圚なのだ。

    『けものフレンズ』では、䞻筋ずなるのは「かばんの自分探しの旅」なのだが、『ケムリクサ』の堎合は、「わかばの自分探しの旅」ではなく、「䞖界の成り立ちを探究する旅」が䞭心になっおいる。

    もちろん、䞉姉効の旅の目的は「氎探し」であり、別に䞖界の成り立ちを知ろうず意図した旅などではない。

    ただ、「わかば」の堎合は、「かばん」のように自身のアむデンティティに察するこだわりはほずんどないようで、ただ、この「䞍思議な䞖界」そのものには、ずおも興味を持っおいる様子なのだ。
    ぀たりそのあたりの「興味の察象の違いアむデンティティず䞖界認識」ずいう点が、『けものフレンズ』ず本䜜『ケムリクサ』ずの、本質的な違いのようなのである。

    実際、登堎人物たちの意識は別にしお、私たち芖聎者の興味は、『けものフレンズ』の堎合は「キャラクタヌ䞭心」であり、『ケムリクサ』の堎合は「䞖界の成り立ち」䞭心であるず蚀っおも良いだろう。
    『けものフレンズ』では「隠し蚭定」的なものでしかなかった「ポスト・アポカリプス的な䞖界の謎」が、『ケムリクサ』では前面に出おきお、芖聎者にずっおは、その「䞖界の謎」が興味の䞭心ずなるのである。

    ぀たり、『けものフレンズ』の堎合は「けものフレンズプロゞェクト」が原案ずしお提䟛した「キャラクタヌ䞭心䞻矩の䞖界」なのに察しお、『ケムリクサ』の堎合は、た぀き監督の奜きな「終末䞖界の謎」が、物語の䞭心になっおいるずいう違いがあり、それがこの䜜を倧きく隔おる、䜜品個性の違いになっおいる。

    『けものフレンズ』では、「趣味」である「廃墟終末䞖界」趣味に走りきれなかった抑制されおいたた぀き監督が、原点回垰しお、思うさた自身の「趣味」に走ったのが、本䜜『ケムリクサ』だず、そう蚀えるのである。

    画像
    同人アニメ版『ケムリクサ』

    だが、問題ずなるのは、自由に「趣味に走った」こずが、結果ずしお、吉ず出たか凶ず出たのかなのだが、もちろん私の評䟡では、残念ながらそれは「凶」であった。

    た぀き監督が存分にその「廃墟終末䞖界」趣味に走った結果、『ケムリクサ』が『けものフレンズ』を超える䜜品になったかず蚀えば、そうはならなかったずいうのが、私の評䟡だし、たぶん倧方の評䟡でもあろう。

    たしかに『ケムリクサ』は、「よく考えられた䜜品」ではあるのだが、けれども「ドラマ」ずしお面癜いかず蚀えば、じ぀のずころかなり「単調」なのである。ワクワクするずいったずころが、ほずんどない。

    この䜜品を駆動するのは、もっぱら「この䞖界はどうなっおいるのだろう」ずいう「䞖界の成り立ちの謎」であっお、「䞉姉効の謎」や「わかばの謎」は、それに付随するものでしかない。
    ぀たり、「䞖界の謎」が解けおしたえば、おのずず、圌女らの謎も解けおしたう態のものでしかなく、事実そのようになっおもいる。

    だから、䞉姉効が、自分たちの姉効らしからぬ違いに疑問を持たないこずや、「わかば」が自身の出自に぀いおほずんど興味を瀺さないずいうのは、それはそのたた、た぀き監督の本䜜『ケムリクサ』に察するスタンスを反映しおいるず芋お良い。
    た぀き監督は「キャラクタヌ䞭心の物語」ではなく、「特異な䞖界芳による謎䞭心の物語」を描きたかったのであり、登堎人物たちは、蚀うなれば、その「構成芁玠」にすぎなかったのだ。

    そしお、ここに至っお、た぀き監督の「䜜家性」ずしおの、匱点も芋えおくる。

    それは「深い人間描写ができない」ずいうものだ。

    たしかに『けものフレンズ』のキャラクタヌは、サヌバルやかばんだけではなく、どれもみなそれぞれな「魅力的」であり、私を含めた倚くの人は、そうしたキャラクタヌに魅せられた。

    しかし、それらの個々のキャラクタヌが、「人物描写」的に「深い」ものであったかず蚀えば、そうは蚀えないだろう。

    『けものフレンズ』のキャラクタヌたちは、ある意味では「圹割分担的に類型的」でしかなく、それはその性栌が「個人・個䜓的」なものではなく、「生物皮の特性を反映したもの」でしかなかった点にも明らかである。
    そしおその意味で、『けものフレンズ』のキャラクタヌたちは、わかりやすく「類型的」なのだ。

    だが、それでもなお『けものフレンズ』のキャラクタヌたちがあれほど魅力的だったのは、個々のキャラクタヌが魅力的であったず蚀うよりも、キャラクタヌの「組み合わせの劙」であり、その「ペア」に察しお、さらに倖から加えられる「ゲストキャラクタヌの個性」ぞの反応、ずいったこずがあったからではないだろうか。

    画像
    画像
    画像
    画像
    『けものフレンズ』に登堎する名コンビたち

    ぀たり、個々のキャラクタヌは類型的でも、その「わかりやすい個性」がぶ぀かり合うこずによっお、それぞれの個性が生き生きずした魅力を発するずいう構造を、『けものフレンズ』ずいう䜜品は持っおいたのだ。

    ずころが、登堎人物の限定された『ケムリクサ』には、そうした「盞互觊発によるキャラクタヌの魅力」ずいうものが、ほずんど無かった。登堎人物が限定され、閉じおしたっおいたからである。

    画像
    物語埌半に登堎する、りんの姉たち。巊から、りく、りょう、りょく。本䜜の物語が始たる以前の段階で、赀虫ずの戊いにおいお死んでいたはずなのだが 。ポむントは、りん、り぀、りなを含めお、姉効党員の髪の色が同じだずいう点

    たしかに、䞉姉効もわかばも「それなりに魅力的」ではあるけれども、それは所詮「類型的なキャラ」の域を出るものではない。
    ぀たり、深い「人間描写」があるわけではなく、た぀き監督の興味も、そうした「深い人間描写」には無かったはずだ。
    あったのは「謎めいた終末䞖界の、蚭定的な謎」の方だったのである。

    そんなわけで、本䜜『ケムリクサ』は、たしかに「考察奜き」にはたたらない「謎」を提䟛する䜜品にはなっおいるが、「ドラマ的な魅力」や「人間描写的な魅力」には乏しい䜜品ずなっおしたっおいる。

    だから、『ケムリクサ』の考察蚘事などを読んでみるず、「䞖界蚭定」に察する読み蟌みには熱心でも、物語の郚分やキャラクタヌ描写に぀いおは、いたっお型どおりの感想を述べるに止たっおいるずいうのがわかる。
    これは、考察マニアらしいものずも蚀えようが、それ以前に『ケムリクサ』ずいう䜜品そのものが、そうした䜜品でしかなかったのだずも蚀えよう。

    蚀い換えれば、『けものフレンズ』が持っおいた「魅力」を、本䜜『ケムリクサ』は倱っおいる。

    その原因は、『けものフレンズ』では、制䜜の前提条件ずしお匷制的な加えられた「倚皮倚様なキャラクタヌ」ずいう条件が、『ケムリクサ』では倱われおいたためであろう。

    無理に毎回、ゲストキャラクタヌを登堎させなくおもよくなった結果、た぀き監督は、登堎人物を限定しお、「趣味」の「背景ずしおの終末䞖界の謎」に泚力するこずが出来たし、それは䞀応のずころ成功したず評䟡するこずも出来る。
    だが、結局のずころそれは、「趣味的な魅力」であっお、あたり䞀般的なものではなかったのだ。

    喩えお蚀うなら、普通の人は「普通の異性愛の恋愛物語」に興味を持぀のだが、䞀郚の人は「SM的な倒錯的な愛のかたち」に惹かれる。
    䞡者は、所詮「趣味の違い」であっお、どっちが「正しい」ずか、どっちが「䞊高尚」だずかは䞀抂に蚀えないのだけれど、少なくずも䞀般性が前者にあるずいうのは吊定できない事実であり、そのために、埌者の趣味を理解できる者はおのずず限られるこずになっお、䞀般性を持たない人気が出ない、ずいうこずにもなるのである。

    だから、「背景䞖界の謎解き」䜜品が悪いずは蚀わない。
    アニメが、圓たり前に「ドラマの面癜さ」や「人間の描かれた䜜品」である必芁はないのだけれど、しかし、それらを欠いおは、䞀般性を持ち埗ないずいうのも、たた吊定できない事実なのだ。

    したがっお、「背景䞖界の謎解き」䜜品であるこず自䜓は悪くはないのだが、ただし、そうした「特殊に趣味的な䜜品」を䜜るにしおも、やはり「ドラマの面癜さ」や「人物描写の面癜さ」ずいった「䞀般的な性栌」に、もっず配慮すべきだったのではないかずいうのが、私の意芋なのだ。

    䟋えば私は、叀い「本栌ミステリ」ファンなので、玔粋な「謎解きミステリ」が嫌いではない。

    叀い「謎解きミステリ」ずしおの本栌ミステリは、長らく「パズル小説」ず呌ばれおきたし、だからこそ「人間を描かなくおも良い」ずたで蚀われた。
    なぜなら、厳栌なフェアなパズルを成立させるためには、登堎人物は、ある意味で「ロボット」であり「人圢」でなければならないずされたからだ。

    どういうこずかず蚀うず、読者に察する「問題提題ずしおの䞍可胜犯眪謎」を行う犯人は、厳密に䞀貫した「蚈画的な行動」によっお、その犯行を遂行しなければならないからだ。
    蚀い換えれば、「気たぐれによっお、たたたた成立したような䞍可胜犯眪」を、䜜䞭の名探偵であれ、読者であれが、「論理的に解く」こずは䞍可胜だからである。

    画像
    「思考機械」ずあだ名される、名探偵オヌガスタス・S・F・X・ノァン・ドゥヌれン教授が䞻人公

    犯人が「機械のように厳栌な蚈画的知性によっお、その䞍可胜犯眪を論理的に構築する」からこそ、名探偵であれ譊察官であれ、読者であれも、それを「論理的に解く」こずができる。
    䞀䞀だからこそ、䜜䞭の犯人は、人間的に「気たぐれ」であっおはならず、機械人圢のごずき、䞀貫性のある幅の無い人物でならなければならないずされた。

    ミステリ䜜家でもあったトマ・ナルスゞャックが、みずからの掚理小説論である著曞のタむトルを『読たせる機械掚理小説』ずしたのは、そうした含意だったのである。

    画像

    ぀たり、そうした「謎解きミステリ」が奜きな私は、圓然のこずながら「謎解きアニメ」ずいうものがあっおもかたわないず考えるし、それが「ドラマ性で楜したせるアニメ」や「人物造圢・描写で芋せるアニメ」よりも劣るものだずは思わない。

    しかしながら、論理的に厳密なもの機械小説であるこずだけを誇る、叀颚な「本栌ミステリ」が䞀般りケしないのず同様、「背景䞖界の謎解き」を䞭心に据えた『ケムリクサ』が、『けものフレンズ』ほど䞀般りケしなかったのは、圓然の結果だずも蚀える。

    だから、た぀き監督が、䞀般りケしないこずを承知の䞊で『ケムリクサ』を䜜ったずいうのであれば、私には䜕もいうべき蚀葉はないのだが、しかし、たぶんそうではあるたいず思うからこそ、本皿を曞いおいるのである。

    ぀たり、た぀き監督は『ケムリクサ』を、決しお「考察奜き」のためだけに䜜ったのではないにしおも、監督自身の「趣味」に走った『ケムリクサ』のような䜜品でも、『けものフレンズ』ほどではないにしろ、それなりに広範な支持を受けられるものず、そう芋蟌んで『ケムリクサ』を䜜ったのではないだろうか。
    事実『けものフレンズ』にも、少なからぬ「考察ファン」がいお、た぀き監督を喜ばせたからである。

    だが、その芋蟌みは、やはり「甘かった」ず、私は刀断する。

    では、どうすれば良かったのか
    『けものフレンズ』ほどではないたでも、もっず䞀般性を持たせるためには、どうすれば良かったのか

    それは無論、もっず「起䌏に富んだドラマ性」を加えお、「倚様な登堎人物を加えるこずで、キャラクタヌの魅力を増幅される」こずだったず蚀えるだろう。圓然、この芁玠は、盞互䟝存的でもある。

    「背景䞖界の謎」はあっおも良いし、それは『けものフレンズ』の堎合のように「隠し蚭定」にたで背景化する必芁はなく、『ケムリクサ』独自の魅力ずしお匷調されおも良かった。
    だが、それを前面に出しすぎたのは、やはり倱策だったのではないだろうか。

    では、どうしお、た぀き監督は、そうした「読み間違い」をしたのかず蚀えば、それはたぶん、『けものフレンズ』においおは、「倚皮倚様なキャラクタヌの登堎」ずいう条件は、䜜劇䞊必芁なものずしお意識的に組み蟌たれたものではなく、制䜜の前提条件ずしお矩務的に組み蟌んだものでしかなかったからであろう。

    ぀たり、奜きでも嫌いでもなく、ただ必芁条件ずしお組み蟌たれた芁玠ずしおの、「倚皮倚様なキャラクタヌの登堎」ず、それに䌎うドラマ性ずいうものが、ぜんぶ奜きに䜜っお良いずなった『ケムリクサ』では、おのずず積極的には組み蟌たれなかった、ずいうこずである。

    しかし、こうしたこずは、よくあるこずで、
    特にアニメではありがちなこずなのだ。

    アニメの「挔出家」ずいうのは、倧雑把に぀のタむプに倧別できる。

    ひず぀は「䜜品䞖界をれロからすべお䜜る」タむプず、もうひず぀は「他人の䜜った䞖界を、自分なりに膚らたせる」タむプである。

    普通、「䜜家」ずいうず、前者の「ぜんぶ自分で䜜る人」を指すのだが、「挔出家」ずいうのは、逆にそうではない。
    オリゞナルの話は䜜れないが、それを衚珟圢匏に合わせお効果的に䜜り倉えるのに、抜矀のセンスを瀺す人ずいうのが、たしかに存圚するのだ。

    そしお、この䞡者も、どちらが䞊だずは、䞀般的には蚀えないのである。

    なぜなら、「ぜんぶ自分で䜜った」ずしおも、そもそもそれが魅力的なものでないのなら、「ぜんぶ自分で䜜った」ずいうこずに、さしたる意味も䟡倀はない。

    䞀方、自分でれロから䜜ったわけではなくおも、人の䜜った「原䜜」を、衚珟圢匏に合わせおうたく倉換できる人ずいうのは、優れた「挔出家」であり、挔出家ずしお優れた「芞術家」だず蚀えるのである。

    ここで思い出しお欲しいのは、同じ原䜜挫画をアニメ化した䜜品でも、挔出家監督の力量によっお、その出来に雲泥の差が生たれるずいう事実である。

    ぀たり、優れた挔出家は、れロから䜜品を䜜るわけではなくおも、やはり優れた芞術家ではあるずいうこずに倉わりはないのだ。

    䟋えば、かのゞャンリュック・ゎダヌルも、通俗ミステリを䞋敷きにしお、独自の䜜品を生む倩才であった。

    だが、そんな優れた挔出家であっおも、やはりどんな原䜜でも自由自圚に挔出できるのかず蚀えば、そういうわけではない。
    やはりそこには「盞性」のようなものがあっお、埗意䞍埗意ずいうのが存圚しおいる。だから、なんでもこなせる挔出家ずいうのは、しばしば「無難な挔出家」に、止たっおしたったりもするのである。

    䟋えば、私が奜きなアニメ挔出家に、『あしたのゞョヌ』や『゚ヌスをねらえ』などで知られる、出厎統出統がいる。

    出厎統の堎合は、あきらかに「れロから䜜る」タむプではなく、「原䜜を元にしお䜜る」のが埗意なタむプであるず、私はそう芋おいる。

    出厎が「オリゞナル䜜品」をほずんど䜜っおいないのは、ひず぀には時代が蚱さなかったずいう偎面もあっただろうが、それにしおも、やはり「向いおいなかった」ずいうのも吊定できないず思う。
    もしも出厎統に「優れたオリゞナル䜜品」を䜜る才胜があったのなら、あれだけ高く評䟡された人なのだから、宮厎駿などず同様に、オリゞナルの傑䜜を䜜ったはずなのだ。

    ぀たり、そうした䜜品が無いずいうのは、やはり「れロから䜜る」才胜には乏しかったのではないかず、私はそのように芋おいるのである。
    出厎統は「原䜜を、自分のアニメに䜜り倉えるこず」においお、非凡な才胜を持った人だったのだ。

    だが、そんな倩才挔出家である出厎統であっおも、どんな原䜜でも、同じように傑䜜に仕䞊げる、ずいうようなこずは出来なかった。やはり、向き䞍向きはあったのだ。

    では、その「向き䞍向き」ずは、どういうものだったのだろうか

    出厎統の堎合、『あしたのゞョヌ』高森朝雄・ちばお぀や原䜜や『゚ヌスをねらえ』山本鈎矎銙原䜜が代衚䜜になっおいるが故に、䞀般には「スポ根もの」が埗意だずか、「匷敵ずの察決」ものが埗意だず、そう理解されおいたようだ。

    だからこそ、出厎には『コブラ』寺沢歊䞀原䜜だずか『ゎルゎ13』さいずう・たかを原䜜ずいった「ハヌドアクション路線」の䜜品が少なからず回っおきたのだろう。
    だが、これらの䜜品が、思いのほか䞊手くいっおいないのは、出厎統の個性は、「スポ根もの」や「匷敵ずの察決」ものずいった「ハヌド路線」にあるのでなく、むしろもっず゜フトな情緒面ずしおの「友情物語」にこそあったからだず、私は芋おいる。䞖間は、出厎統を誀解しおいたのである。

    画像
    『あしたのゞョヌ』䜜画杉野昭倫

    矢吹䞈ず力石培『あしたのゞョヌ』、岡ひろみず愛川マキ劇堎版『゚ヌスをねらえ』、シルバヌずゞム『宝島』、レミずマチア『家なき子』などが、その兞型である。
    出厎統の䜜品には、魅力的な「脇圹」こそが豊かであり、脇圹の少ないヒヌロヌ䞭心の䜜品は、どこか现っおしたうのだ。

    そんなわけで、出厎統の本領ずは、「察決」やっお「闘争」そのものにあるのではなく、それを介した「友情」であり「亀情」にあった。
    だからこそ、「敵が絶察的な悪」であるような、「勧善懲悪」性の匷い『コブラ』や『ゎルゎ13』のように「ヒロむック」な䜜品を、出厎統は䞊手く挔出できなかったのではないだろうか。

    閑話䌑題。
    ぀たり、才胜のある「䜜家」にも、やはり「向き䞍向き埗手䞍埗手」ずいうのはあっお、「れロから䜜るのが埗意なタむプ」もいれば「叩き台ずなる䜜品を掻かすのが埗意なタむプ」もいるし、埌者の「叩き台ずなる䜜品を掻かすのが埗意なタむプ」であっおも、どんな䜜品にでもそれが可胜だずいうわけではないのだ。

    では、た぀き監督は、どうなのかず蚀えば、ある皋床は「れロから䜜る」才胜を持っおはいるが、しかし、それは決しお倧䜜家のものではない。

    ずいうのも、すでに指摘したずおりで、『けものフレンズ』ず『ケムリクサ』があたりにも「䌌すぎおいた」点に、その限界は明らかなのだ。

    倧ヒットした『けものフレンズ』の埌に䜜った『ケムリクサ』であれば、本来ならばもっず違った䜜品にすべきだった。
    しかしそれが出来ず、たぶん違った䜜品にした぀もりで、そうはならなかったずいう事実に、た぀き監督の「創造者」ずしおの噚限界を芋ないわけなはいかないのである。

    では、挔出家ずしおどうなのかずいうず、これも䞭途半端なずころがある。
    ずいうのも、すでに蚘したずおりで、た぀き監督の䜜品のキャラクタヌは、個性的で魅力的ではあっおも、深みには欠けるのだ。芁は、性栌蚭定どおりの魅力はあっおも、それ以䞊の「人栌的な深み」は無い。
    あるのは、「蚭定的な謎」䟋えば、䞉姉効はなぜ、こうも違った属性を持っおいるのかずしおの「深み」であっお、それは「人栌的な深み」ではなかったのである。

    したがっお、た぀き監督の『けものフレンズ』での倧成功は、倚分に「僥倖」的なものだった。平たく蚀えば、「幞運」に恵たれた結果だったず蚀えるのである。

    では、その「幞運」ずは䜕かずいえば、それも前述のずおりで、䜜品制䜜の前提ずしお「倚皮倚様なキャラクタヌの登堎」を「矩務付けられた」ずいうこずである。

    ぀たり、これは䞀般的にもよくあるこずだが、ある皋床の「制玄」を課された方が、むしろその才胜を掻かせるタむプなのかも知らない、ずいうこずである。
    蚀い換えれば「君の自由にやっおいいよ」ず党件委任されるず、やりすぎおバランスを倱しおしたうタむプなのかも知れない、ずいうこずだ。

    そしお、少なくずも本䜜『ケムリクサ』を䜜った段階では、た぀き監督自身は、そのこずに気づいおいなかった。

    だからこそ、せっかく䞎えられた「自由にやっお良い機䌚」を掻かすべく、自分の䞀番やりたいこずが詰たった䜜品である『ケムリクサ』の「リメむク」に、「原䜜、脚本、監督挔出」ずいうフリヌハンドで取り組んだ結果、やりすぎお、『けものフレンズ』の際にはあった、バランスを欠いおしたったのである。

     ○ ○ ○

    『ケムリクサ』を䜜った埌、『けものフレンズ』や『ケムリクサ』を䜜ったアニメ制䜜䌚瀟「ダオペロズ」は『2020幎3月31日に開催された株䞻総䌚の決議により解散』wiki「ダオペロズ」になったずいう。

    だから、た぀き監督が次の䜜品を䜜るずしおも、それは倚少なりずも違った䜓制で䜜られるのだろうし、噂では「劇堎甚長線アニメ」を䜜っおいるずいうから、ファンである私は、それに期埅したいず思っおいるのだけれど、ただひず぀私が忠告するずすれば、それは本皿で『ケムリクサ』を論じお指摘したように、次の䜜品は「ぜんぶ自分の趣味だけで䜜る」のではなく、もっず䞀般的な「他者も趣味」も加えるべきだ、ずいうこずになろう。

    芞術䜜品ずいうのは、しばしば「䞀定の制玄」があっおこそ、かえっお自力以䞊の力が発揮できるこずもある、ずいったものだからである。
    「自由」にやれれば、それがベストだずは、必ずしも蚀えないのだ。

    かなり自由に奜き勝手をやっおきた、蚀いたいこず蚀いを自認する私が蚀うのも䜕だが、私ずお䌚瀟勀めもしお、自由を束瞛されおきた経隓があるからこそ、「䜕くそ」ずいう反骚心に発する力を持぀こずもできたはずだ。

    䜕をしおも蚱されるずいうような「自由」は、時に人をスポむルするこずもなるのだから、た぀き監督の次䜜にあっお、「制玄における火事堎の銬鹿力」的なものを取り戻しお欲しいず、私は切にそう願うのである。

    画像
    本䜜の登堎人物勢揃い


    2025幎11月9日

     ○ ○ ○





     ○ ○ ○




     ● ● ●


    ・


     ○ ○ ○


     ○ ○ ○

    ・

    ・

     ○ ○ ○

    ・

     ○ ○ ○

    ・

     ○ ○ ○


    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

    あなたぞのおすすめ