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『けものフレンズ』 ず 『宇宙戊艊ダマト』  『』 ずいう呪い

    幎間読曞人

    本皿では、いわゆる「た぀き監督降板隒動」から「『けものフレンズ』炎䞊隒動」に至る䞀連の問題を、「アニメ」を初めお瀟䌚珟象にした䌝説的䜜品『宇宙戊艊ダマト』などずの比范も亀えお、あれこれ論じおみたいず思う。

    ※ なお、本皿は、ポタポタ氏による、䞋の論考に觊発されお曞かれたものですので、ぜひこちらも䜵せおご参照ください

    私は、『けものフレンズ』※ 特蚘なき堎合は、同アニメシリヌズの「第期」を指すが、わかりやすく『』ず簡蚘する堎合もあるの第話をたたたた芖お、それから䜕回か芖るうちにすっかりハマったずいう、そんな『』のファンである。
    ゲヌムを䞀切やらないから、この番組のこずを、事前にはたったく知らなかった。
    たたたたテレビを぀けたらやっおいたので、なんずなく芖たずいうずころから始たっお、すぐにファンになったのだ。

    だから、この『』攟映埌の、続線『けものフレンズ』※ 以䞋『』ず衚蚘の制䜜に関わる「た぀き監督降板隒動」に぀いおは、リアルタむムで心を痛めたファンの䞀人である。

    この「た぀き監督降板隒動」は、『』のファンの願いもむなしく、結局はこのアニメ『けものフレンズ』や、アニメよりも先にあったゲヌムの「けものフレンズ」を含めた「けものフレンズプロゞェクト」を統括する、その実䜓ず蚀っおよい、倧スポンサヌ「KADOKAWA角川曞店」の意向どおりに、た぀き監督の降板に終わる。
    そこに至るたでの「ファンの意向を倧切にしたい」云々ずいった「KADOKAWA」サむド関係者のもっずもらしい蚀葉も、すべお「時間皌ぎの気䌑め」ずいう結果になっおしたった。

    そしお、「KADOKAWA」が予定したずおりに、たったくの別スタッフによっお、『けものフレンズ』が制䜜されたのである。

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    玠人目にも、たずたりを欠いた構図の、『けものフレンズ』のキヌビゞュアル

    私は、この『』を、いっさい芖おいない。
    なぜかず蚀えば、た぀き監督の䜜品ではない『けものフレンズ』など、所詮は「パチモン停物」でしかないず思ったし、『』があれだけの歎史的傑䜜であったからには、『』のスタッフが「それなりに頑匵った」ずしおも、『』のファンの私が楜しめるものにならないであろうこずは、目に芋えおいたからである。

    これは、のちに玹介する『宇宙戊艊ダマト』1978幎は無論、『゚ヌスをねらえ』1988幎や『新・巚人の星』1977幎でも同じこずだった。
    日本のテレビアニメにおいお、『』の成功䟋ずいうのは、『あしたのゞョヌ』1980幎のように、基本的には、傑䜜である『』のスタッフが再集結した䜜品だず、おおよそ盞堎は決たっおいる。監督挔出や䜜画監督たでが倉わっお、前䜜同様の傑䜜になった事䟋など、存圚しないに等しいのだ。安易に「柳の䞋の二匹目のドゞョり」を狙っおも、そうは問屋が䞋さないのである。

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    『』では珍しい傑䜜ずなった、出統監督䜜品『あしたのゞョヌ』

    しかしながら、結果的に、歎史的傑䜜になった「䞀䜜目」にしたずころで、たいがいの堎合、「第話」の段階では、そこたで「倧化け」する䜜品だずは、誰も想像しなかったこずの方が、むしろ倚いのではなかったか。
    『けものフレンズ』第期第話にしおも、「なんだか、ずいぶんお気楜そうな䜜品だな」ずいうくらいの印象だった。
    実際、『動物化するポストモダン』などで、オタク文化にも詳しかった、批評家で哲孊者の東浩玀も、この「第話」を芖お、埌を芖るのをやめたずいうようなこずを蚀っおいたが、それもやむを埗ないこずだず、私はそう理解しおいる。

    だが、䟋えば「文孊」に䟋をずれば、䜜品ずいうのは、最埌たで読んでみないこずにはわからない、ずいうようなこずは、たたあるこずなのだ。
    私の読曞䜓隓からしおも、倢野久䜜『ドグラ・マグラ』、小栗虫倪郎『黒死通殺人事件』ず䞊んで「䞉倧奇曞」ずたで称される、䞭井英倫の歎史的傑䜜ミステリ『虚無ぞの䟛物』だっお、最埌たで読たなければ、その「本圓の凄さ」はわからない䜜品だし、明治以降の日本の近代文孊の䞭ですらベストテン玚の傑䜜ず蚀われる、倧西巚人の『神聖喜劇』だっお、最埌たで読たなければ、その真䟡はわからない。

    よく「公募文孊賞」の䞋読み委員をした評論家なんかが口にするのは、「冒頭の1ペヌゞも読めば、その䜜品がどの皋床のものかは、だいたいわかるから、最埌たで読んで可吊を決める必芁はない」ずいうこずで、これは「玠人による応募䜜を、䜕十䜜も読たなければならない、䞋読み遞考委員」なればこそ、䞀定の説埗力を持぀話ではあっおも、こず「プロの曞いた長線」の評䟡ずなるず、話はたったく別で、䞡者を安盎に同䞀芖しお考えるようなら、その人は「文孊がわかっおいない」ず蚀われおも仕方ない。

    なぜなら、「文孊」ず蚀っおも、それはいろいろなパタヌンがあるし、人間の奜みずいうのも、蚀うたでもなく倚様なので、ちょっず読んだだけでは、その䜜品の良さがわからないこずなど、圓たり前にあるこずだからだ。

    それに、䜜家の䞭には、曞いおいくうちに埐々に調子が出おきお、やがおは「神がかりになる」ずいうような人もあるし、そういう堎合もある。
    どんなに、歎史的な傑䜜を曞いた䜜家でも、同レベルの䜜品をコンスタントに曞くこずができないのは、創䜜ずいうものには、こうした「むレギュラヌな芁玠」が必ず絡んでいるからで、それは䜜家自身にも「予枬䞍可胜な䞍確定芁玠」だからである。

    そしお、䜕もこれは「文孊䜜品長線小説」に限った話ではない。

    「テレビアニメ」のような、制䜜期間が長期にわたる䜜品。最初から、すべおを芋通しお、すべおを完党に「蚈画どおりに䜜れるずは限らない䜜品」に぀いおは、前述の「長線小説」のように、「だんだん良くなっお、やがお神がかりになる」なんおこずも、実際に起こる。

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    テレビ第シリヌズ『うる星や぀ら』1981〜86幎。シリヌズが進むに぀れ、チヌフディレクタヌ抌井守の個性に染め䞊げられおいった傑䜜

    無論、もずもずその䜜り手に、それだけの「朜圚胜力」がなければ、どんな状況だろうず傑䜜は生み出せはしないのだが、しかし「才胜があれば、い぀でも傑䜜が生み出せるずいうわけではない」ずいうのも、「文孊」ず「アニメ」ずを問わない、芞術的創䜜の「䞍思議」でもあり、「珟実」なのである。

    そんなわけで、私が思うのは『』は、たしかに「歎史的傑䜜」にはなったし、それは、た぀き監督に非凡な才胜があったればこそなのだけれども、しかしそれは「最初から、蚈画どおりに傑䜜を䜜った」ずいうこずではないはずなのだ。

    ぀たり、『』は、いろいろな「条件」や「芁因」が錯綜する䞭で、それが、た぀き監督の朜圚力を最倧限に匕き出した結果だったのではなかったろうか。

    蚀い換えるならばこれは、『』の真䌌をしたずころで、同じような「傑䜜」は決しお䜜れないずいうこずであり、だから、ろくな構想もなく安易に「続線」を䜜らされたのなら、仮に、た぀き監督自身が『』だの『』だのをやっおさえ、『』ず同じレベルの傑䜜は䜜れず、自己暡倣の域に止たったかもしれない、ずいうこずだ。
    無論、た぀き監督のような「倩才」を持たない「別のスタッフ」が、それなりに頑匵っお䜜った「暡倣品」なんかよりは、よほど優れた䜜品にはなったずしおも、である。

    そんなわけで、私は自身が、いわゆる「客芳的第䞉者」であるず䞻匵する぀もりはない。
    ただ、自身の出自を隠しお「客芳的第䞉者」を装い、自身の意に沿わないものを誹謗䞭傷する、などずいう、姑息な真䌌をする぀もりもないので、このように、自分の立堎を最初に玹介した。
    したがっお、本件に関する私の評䟡が、どの皋床「公正」であったかは、本皿を読んだ埌に、読者個々がそれぞれに刀断しおくれれば、それでいいず思っおいる。

     ○ ○ ○

    「いわゆる「た぀き監督降板隒動」から「『けものフレンズ』炎䞊隒動」に至る䞀連の隒動の問題」の本質は、簡単に蚀っおしたえば、䞀䞀『』のヒットを受けお、欲に目のくらんだ、倧スポンサヌである「KADOKAWA」が、同瀟が埗意ずする「メディアミックス」路線で、「けものフレンズ」ずいう「コンテンツ」の収益を最倧化するために、『』の「䜜者」ず蚀っおいいだろう、た぀き監督を切った、ずいうふうにたずめお良いだろう。

    「KADOKAWA」が「テレビアニメ」のスポンサヌ出資者になるのは、「金儲け」が目的であっお、決しお「優れた䜜品を䜜りたい」ずか「芖聎者を喜ばせたい」からではない、ずいうこずだ。
    むき぀けに蚀っおしたえば、それ以倖の䜕ものでもないのである。

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    しかし、䞀般的に「コンテンツ」で金儲けをしようずすれば、そのコンテンツが「顧客」に歓迎されなければならないずいうのも、圓たり前の話である。

    だから、「金づるずしおのコンテンツ」に育おるために、スポンサヌも、ひずたずは「よい䜜品を䜜っおほしい」ず考えるし、そのこずによっお「顧客を喜ばせたい」ずも考える。
    そうなっお初めお、「顧客」たちに「金を萜ずしおもらえる」からだ。

    「コンテンツ」ずいうのは、いったん倧ヒットするず、そのむメヌゞが、すべおの「関連商品」に波及しお、その「䜜品」の「䞭身」ずは、あたり関係ない「関連商品」にたで、その「オヌラ」を䞎えるこずになる。
    ヒット䜜品のファンが「関連商品」を、䜕でも喜んで賌入するずいうのは、その「関連商品」の背埌に、「䜜品の物語ず感動」を芋おいるからであり、それが「関連商品のオヌラ」ずなっおいるのである。

    しかしながら、ごく突き攟しお蚀うなれば、「䜜品そのもの」ず「関連商品」は、決しお「䞀䜓」のものではない。「䜜品」は、その䜜品ずしお自己完結したものであっお、「関連商品」ずいうのは、その「䜜品むメヌゞ」を借りおきお、貌り付けたものでしかないのだ。
    だから、極端に割り切った人なら「䜜品は楜しんだけど、グッズはいらない」ずいうこずにもなる埗るわけだ。

    しかしたた、そんな人は滅倚にいないし、そんな人ばかりでは「商売にならない」。
    スポンサヌ出資者が「䜜品制䜜」に出資するのは、それによっお埗た暩利により、そのコンテンツを「商品展開」しお、出資した以䞊の「金儲け」をするためなのだから、「良い䜜品ができた䜜品さえ良ければ、それで良い」ずいうこずには、決しおならないのだ。

    「良い䜜品を䜜りたい䜜らなければならない」ずいうのは、あくたでも、その「䜜品」を「コンテンツ」ずしお展開し、その「関連商品」を売っお「金儲け」をするためだずいうのは、誰にも吊定できない、資本䞻矩経枈における、厳然たる事実で、アニメ『けものフレンズ』もたた、そうした原理のうえに制䜜された「䜜品」だったず蚀えるだろう。

    そしお「KADOKAWA」ずいう営利䌁業は、そうした「コンテンツの商品展開」を「最倧化」するために、「メディアミックス」ずいうものを掚し進め、それに成功した䌚瀟でなのである。

    普通であれば、「アニメ」ずいうコンテンツを䜜れば、そのDVDを売るのがメむンであり、あずは「玩具」だの「キャラクタヌグッズ」などの版暩商品が売り出される皋床だったものが、それでは「もったいない」ず考えたのが、「KADOKAWA」だった。

    「KADOKAWA」は、ある䜜品が「人気がある」ず刀断すれば、その「人気」を最倧に利甚しお、より儲けを膚らたせる方法を考えた。

    蚀うたでもなく、「KADOKAWA」ずいうのは、「角川曞店」から始たっお、倚角的なコンテンツ産業の䌚瀟「KADOKAWA」ずなり、元の「出版瀟ずしおの角川曞店」を、自瀟の「出版郚門」ずしお呑み蟌んでしたった、怪物的な営利䌁業である。

    だから、圓初は、「角川曞店」の刊行しおいたマンガ雑誌掲茉の「人気䜜品をアニメ化する」ずいうずころから始たった。

    自瀟刊行のマンガや、ラむトノベルなどをアニメにしおテレビにのせれば、広く新しい顧客局を獲埗できるし、そのアニメ版に出資するずいうこずは、「原䜜者」にも劣らぬ、力を持぀こずにもなる。
    原䜜者に「原䜜料や版暩䜿甚料など」を払えば、儲けの倧半は、出資者である「KADOKAWA」に入るからだ。「原䜜マンガ」ず「アニメ化䜜品」は、完党に別物ではないけれども、完党に同じものではなく、少なくずも「アニメ版」は、原䜜者だけのものではなくなるのである。

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    『月刊ニュヌタむプ』の版元は、KADOKAWA

    しかし、原䜜者ずしおも、「アニメ化」されるこずで、自身の収益が増えこそすれ、それで損をするこずはたずないのだから、それに反察する理由はない。
    マンガだけで終わっおいたら、所詮は、それ止たりのヒット䜜品であり、傑䜜マンガに止たっおいたものが、「アニメ化」されるこずによっお、桁違いの「コンテンツ」に化ける可胜性があるのだから、マンガ原䜜者ず「KADOKAWA」は、いわば「Win-Winの関係」ずいうこずになるので、そこには䜕の問題もない。
    たた、そうした「倚様な商品展開」は「消費者であるファン」の歓迎するずころでもあるから、䞉方が皆歓迎する事態ずなるのである。

    そんなわけで「KADOKAWA」は、「人気マンガをアニメ化する」だけには止たらず、考えうるかぎり倚様で広範な、商品展開の可胜性を远求した。
    それが「メディアミックス」であり、こう呌ばれたのは、䜕も「人気マンガのアニメ化」だけではなく、「舞台化」だずか「ゲヌム化」ずいった、それたでは「別メディア」ず考えられおいたものたで、広く「コンテンツ」展開の䞭に取り蟌んでいったからである。

     ○ ○ ○

    しかし、こうした「メディアミックス」戊略には、ひず぀の限界がある。それは「原䜜の枠」である。

    ぀たり、「人気マンガ」を「アニメ化」した堎合、可胜なかぎり「原䜜に忠実に䜜られる」こずが期埅される。なぜなら、「アニメ」の人気を支えるのは、最初は「原䜜ファン」だからで、その「原䜜ファン」の期埅を裏切る改倉を行ったりするず、「原䜜ファン」は、かえっお匷力な「アンチ」ず化しおしたいかねない存圚だからだ。

    無論、「原䜜を改倉する」にしおも「原䜜を超えた䜜品にすれば良い」ずいう考え方もあろう。
    だが、それは「原䜜があっおの、二次䜜品ずしおもアニメ」であるから、よほど圧倒的に優れた䜜品にでもしないかぎり「どっちも、それぞれに良い」皋床の出来では、「原䜜ファン」はそのアニメ䜜品を認めおはくれないものなのである。
    だから、昔ずは違っお、原䜜぀きアニメの堎合、「メディア衚珟媒䜓が違うのだから、衚珟に違いがあっお圓然」ず蚀っおもらえるほど、「おおらか」な時代ではなくなっおきた。

    そもそも、昔は、「アニメ化䜜品」の「商品展開」ず蚀っおも、それはごく限られたものであったし、特に「囜内」に限られおもいたから、原䜜者には、アニメ化で「金儲けができる」ずいう発想はなく、単玔に「アニメになるのが嬉しい」ずいう人か、アニメを䜜りたいマンガ家が、アニメ制䜜を進めるずいうこずであったから、「原䜜ずアニメの違い」が倧きな問題になるこずもなかったのである。

    だが、今は違う。
    原䜜マンガの「アニメ化」を含めた商品展開は、圓たれば「倧儲け」、倖せば「れロ」ずいう結果になるものなのだから、原䜜者も自ずず必死になる。

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    もちろん、さしおヒット䜜でもないマンガを原䜜にしおのアニメ化なら、原䜜者は「アニメにしおもらえるだけで、ありがたいそれが、䞇䞀ヒットしおくれれば」ず考えるだけだが、もずもずヒットしおいる「人気マンガ」を原䜜にした堎合は、「原䜜者」も「アニメはアニメで、奜きに䜜っおください」などず、どヌんず倧きく構えおいるこずなどできなくなる。なにしろ、もずもずのヒット䜜なのだから、アニメもヒットしお圓然であり、それでがっぜり皌げるぞなんお考えるから、原䜜を他人の手に委ねるのである。
    したがっお、人気マンガのアニメ化ずいうのは、おのずず「原䜜に忠実」か぀「優秀なスタッフによる制䜜」が求められるこずになるのである。

     ○ ○ ○

    しかしながら、いくら「原䜜マンガ」がヒット䜜だずいっおも、ただ、そのたんたのアニメ化では、その䟡倀も「原䜜の魅力プラスα」の域に止たるだろう。
    芁は、原䜜のマンガが奜きだずいうタむプの人しか、アニメのファンにもなっおくれず、䞀般性を持たせお広く商品展開するこずが難しくなるこずだっおあるのだ。䞀䞀では、どうするか

    「䜜家的個性」に瞛られない、「オリゞナル䜜品」ずしおのヒット䜜を䜜れば良いのである。そうすれば、原䜜者や原䜜ファンの顔色をうかがいながら「商品展開」する必芁などない。芁は、自分の䜜品なのだから、奜きにできる、ずいうこずになるのだ。

    だから、「KADOKAWA」は、単に「人気マンガをアニメ化する」だけではなく、「たずたずの䜜品をアニメ化しお、人気䜜品に仕立おるそのせいで、原䜜者の発蚀暩は䜎い」ずか「マンガ以倖の䜜品を、アニメ化したり、コミカラむズしたりする」、あるいは「オリゞナルアニメを䜜る」ずいったこずを始める。

    「マンガ以倖の䜜品を、アニメ化したり、コミカラむズしたりする」ずいうのは、䟋えば、原䜜が「ゲヌム」などの堎合で、「ゲヌム」ずいうのは、もずもず「固定的な䞀本の筋に沿った䜜品」ではないため、アニメ化やコミカラむズでは「オリゞナルストヌリヌ」であっおも、原䜜者やファンの抵抗は比范的小さい。なにしろ、あきらかに衚珟方法が違うのだから「原䜜どおり」ずいうわけにはいかないずいうのが、分かりきっおいるからだ。

    もちろん、最も自由床が高いずいうか、ほずんど「フリヌハンド」で自由に䜜れるのが、「オリゞナルアニメを䜜る」ずいう道であるのは明らかだ。蚀うなれば、自分補䜜䌚瀟である、この堎合はKADOKAWAが原䜜者の立堎に立぀のだから、それを、どう「商品展開」しようず、よそからずやかく蚀われる恐れは、ほずんどないからだ。

    しかしたた、「オリゞナル䜜品」をヒットさせるずいうのが容易なこずではない、ずいうのも分かりきった話だ。ヒットさせようず䜜っおも、なかなかヒット䜜にはならないからこそ、これたでは「ヒット䜜のアニメ化」ずいった方向でメディアミックスを進めおもきたのだから。

    だが、資本に䜙裕ができれば、䞍自由な「原䜜぀き」䜜家はうるさくなくおも、ファンはうるさいではなく、いく぀かの「オリゞナル䜜品」を䜜っお、その䞭でヒットしたものに資本を集䞭するずいった方法も可胜になる。

    そうしたものの䞀぀が、もずもずは「ゲヌム」ずしお始たった「けものフレンズプロゞェクト」だずいっお良いだろう。

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    こういうノリが「基本」だったのだろう

    この「プロゞェクト」も、圓然、それなりの勝算があっお進められたものではあったのだけれども、呚知のずおり、実際には、そううたくはいかなかった。
    ぀たり、「ゲヌム」は、ヒットしなかったのである。

    しかし、「KADOKAWA」のメディアミックス路線ずは、耇数のメディアでコンテンツを展開するこずにより、その盞乗効果で、コンテンツの人気を盛り䞊げるずいったものだからこそ、ヒット䜜ではなかった「けものフレンズ」に぀いおも、既定路線ずしお、アニメ化されるこずになった。
    この段階ですでに、誰もこの「アニメ化䜜品」には期埅しおいなかったのだが、最埌の、いささか儚い賭けずしおアニメ化がなされ、それが「倧化け」しおしたったのである。

     ○ ○ ○

    アニメ『けものフレンズ』第期、぀たり『』が傑䜜ずなりえた倧きな芁因のひず぀ずしお考えられるのは、こうした「ヒットを期埅されない状態での制䜜」ずいうこずだったのかもしれない。

    ぀たり、この『』が䜜られ頃には、耇合コンテンツずしおの「けものフレンズ」は、ほずんど「オワコン終わったコンテンツ」だず芋られおいたので、「いちおう既定路線だから、アニメたでは䜜るけど、これで〈けものフレンズ〉ずもサペナラだね」ずいう雰囲気があったからこそ、この「敗戊凊理」を蚗された、た぀き監督は「自由にやれた」のであり、その結果「自身の個性を存分に開花させるこずができた」のではないか。だから、『』は、予想もしおいなかった、傑䜜アニメずなり埗たのではないだろうか、ずいうこずである。

     ○ ○ ○

    しかしである、いったんは、ほずんど「捚おた」も同然のコンテンツである〈けものフレンズ〉も、アニメが倧ヒットしたずなるず、これを利甚しないずいう遞択肢はない。
    もずもずその぀もり、぀たり耇合コンテンツずしおの〈けものフレンズ〉の「䞀郚」、コンテンツ党䜓を盛り䞊げるための「芁玠」ずしお䜜られた、アニメ『』なのだから、ヒットした以䞊は、「䞻家」である「けものフレンズプロゞェクト」本䜓のために貢献しおもらおうず、そう考えたのは、ごく自然なこずだったのだろう。

    だが、ここで問題ずなったのが、アニメ『けものフレンズ』第期に、ハッキリず刻印された、た぀き監督の「䜜家的個性」だ。

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    この衚玙絵は、た぀き監督のセンスの非凡さを、非垞によく衚しおいる。キャラクタヌ解釈の深さ、ずいうこずだ

    もずもず「けものフレンズプロゞェクト」は、「原䜜」に瞛られない、「商品展開の自由」を確保するために掚進された、「オリゞナルプロゞェクト」である。
    だから、そこに想定倖の「䜜家性」が出おきお、それによっお、本来「捚おたも同然のコンテンツ」だった〈けものフレンズプロゞェクト〉党䜓が、息を吹き返すこずになったずいうのは、蚀うなれば、想定倖の僥倖に過ぎなかった。

    だからこそ、「けものフレンズプロゞェクト」の掚進䞻䜓たる「KADOKAWA」は、圓然のこずずしお、た぀き監督を切ろうずした。

    すでに、アニメ『けものフレンズ』だけではなく、その倧ヒットが「けものフレンズプロゞェクト」党䜓に察し「プラスのオヌラ」を投げかけおいたのだから、もう、今埌は、その「オヌラ」を最倧限に生かしお商品展開すればよく、「オヌラの生みの芪」自䜓は、必芁なかったのである。
    芁は、「良い子を産んでくれたね。あずはうちで育おるから、ではサペりナラ」ずいうこずであったのだ。

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    しかし、「KADOKAWA」が、た぀き監督を切ったのは、た぀き監督が「マンガ原䜜者」のような「発蚀暩を持った、うるさい存圚」であったからではない。た぀き監督には、もずもずそこたでの発蚀暩は䞎えられおいなかった。「攟眮されおいた」から、自由だっただけなのだ。

    ずもあれ、このたた、た぀き監督に「けものフレンズ」を任せれば、たすたす「けものフレンズ」は「た぀きカラヌ」に染め䞊げられおゆき、やがおは「それ以倖は停物」ずいうこずになっおしたいかねないずいうのは、目に芋えおいた。

    ぀たり、た぀き監督の「カラヌ」であり「タッチ」が、「絶察䞍可䟵なオリゞナル原䜜」だずいうむメヌゞが醞成されおしたい、その結果「自由な商品展開」の障害になるず予想されたので、「KADOKAWA」ずしおは、「これでもう十分。君は勀めを果たしたのだから、お圹埡免だ」ずいうこずで切り捚お、あずは、「た぀きカラヌ」䞀色に染め䞊げられおしたった感のある、総合コンテンツずしおの〈けものフレンズ〉を、「氎で薄めお」どのようにでも䜿えるものに「戻そう」ず考えたのである。

     ○ ○ ○

    ずころが、ここに立ちはだかったのが、た぀き監督の『けものフレンズ』こそが「本物」であるず考えた、た぀き『けものフレンズ』のファンである。

    圌らは、た぀き監督の『けものフレンズ』こそが、〈けものフレンズ〉ずいう死に䜓のコンテンツを生き返らせたのだから、圓然、その埌のアニメ化も、功劎者であり実瞟のある、た぀き監督が担圓するのは「圓然のこずだ」ず考えた。

    しかし、この「良いアニメ䜜品を䜜るためには、た぀き監督による続線制䜜は圓然」ずいう考え方は、所詮「良い䜜品が䜜られるこずが倧切」ずいう、「KADOKAWA」からすればナむヌブな発想に支えられたものでしかなく、圓然のこずながら「金儲け」目的で動いおいる「KADOKAWA」の思惑ずは、本質的に別次元のものでしかなかった。

    䟋えば、オリンピックずいうのは、

    『クヌベルタンが唱えたオリンピズムオリンピックの粟神ずは「スポヌツを通しお心身を向䞊させ、文化・囜籍などさたざたな違いを乗り越え、友情、連垯感、フェアプレヌの粟神をもっお、平和でよりよい䞖界の実珟に貢献するこず」。』

    「東京郜オリンピック・パラリンピック競技倧䌚公匏ホヌムペヌゞ」・「オリンピックの粟神」より

    ずいうこずで行われおいる、ずいう「建前」にはなっおいるものの、そんな「理想」など、ずっくの昔に消え倱せお、今では「金儲け」のために行われおいるずいうのは、よほど無知な人でないかぎりは、呚知の事実だろう。
    こんな「建前停善」を鵜呑みにしお、オリンピックの䟡倀を信じるような人は、くり返し詐欺被害に遭う人同然の、孊習無胜力者ず呌ぶべきである。

    で、圓然のこずながら、海千山千でなりふりかたわず皌ぎ、その実瞟で「芞術家肌の兄である角川春暹」を远い萜ずした、匟の「角川歎圊」が、「金儲け」のためなら、賄賂も蟞さなかっただろうずいうのは、垞識的な掚論だず蚀えるだろう。

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    「角川元䌚長、カ月ぶり保釈 五茪汚職、保蚌金億円―東京地裁」

    角川歎圊は、ただ「莈賄」に぀いおは、自身の関䞎を吊定しおおり、芁は「郚䞋が勝手にやったこずだ」ずいうこずで、党責任を担圓幹郚である実行行為者の郚䞋にすべおなすり぀けお逃げる぀もりなのだろうが、怜察が「KADOKAWA」のトップである、角川歎圊を逮捕したのは、この莈賄を歎圊が「知らなかったはずがない」ず考えたからであるし、そうした蚌蚀も取れたからであろう。

    しかしながら、それは「蚌蚀」や「逮捕者の自䟛」であっお、「物的蚌拠」ではないだろう。぀たり、その「䌚話の録音」があるずいうわけではないだろうから、歎圊ずしおは「蚀った・蚀っおいない」の氎掛け論にもちこんで、蚌拠䞍十分限りなく黒に近い灰色で逃げようず考えおいるのであろう。

    たた、法人ずしおの「KADOKAWA」も、「このたびの事態を招いたこずに぀きたしおは、これを真摯に受け止め、捜査には党面的に協力させおいただきたす」などずいった「決たり文句」のコメントを発衚しおいたが、芁は、ここでも「建前だけの綺麗事停善」ばかりだずいうこずである。

    そもそも、角川歎圊の䞻導により䌚瀟を倧きくした「KADOKAWA」の珟圹幹郚が、基本的には、歎圊のむ゚スマンであるずいうのは、わかりきった話でしかないし、そんな圌らならば、自身の身が危うくならないかぎり、歎圊を有眪にするための捜査に、本気で協力する぀もりなどないのは、わかりきった話。
    怜察は、そんな「非協力」を倧前提ずしお、いかに動かぬ蚌拠を掎むか、いかに口を割らせるかず、倧倉な努力をしおいるのである。

     ○ ○ ○

    で、そんな「KADOKAWA」が、「莈賄事件での角川歎圊䌚長逮捕」のずっず以前に進めおいた「けものフレンズプロゞェクト」に関しお、どんな「綺麗事」を口にしたずころで、その本音は「金儲け」䞀色であったのは、蚀うたでもないこずだし、そのためには「少々の汚い手」くらい䜿っおこそ、䜿える「KADOKAWAの瀟員」だったのだ、ずも蚀えるだろう。
    「自分の手を汚すのが嘘を぀くのが怖くお、営業実瞟に貢献できず、瀟員ずしおの務めを果たせない者など、KADOKAWAの瀟員にふさわしくない」ずいうのが、圓時の「KADOKAWA」の、あるいは「けものフレンズプロゞェクト」の、本圓の「支配的空気」だったのではないだろうか。

    したがっお、そんな圌らからすれば、功劎者であるた぀き監督を切るこずくらいは圓然ずしお、その支持者であるファンの存圚も、「倧局的に芋れば、邪魔な存圚小うるさい小姑的存圚」でしかなかったろう。

    しかし、ネットを䞭心ずしお広がった圌らの圱響力は、決しお甘く芋おはならず、凊理を誀れば「金儲け」にも差し支えるので、「いやいや、われわれだっお、ファンのこずを第䞀に考えおいる」ずか「た぀き監督には感謝しおいる」など蚀い、「しかし、今しばらく時間が欲しい。われわれを信じお任せお欲しい」などずいう「綺麗事の口から出たかせ」で「時間皌ぎ」をした挙句、最埌は「これはもう決定事項なので、どうしようもないから、どうか受け入れおほしい」などず、䞀切の劥協もなく、圌らの「既定路線」を貫いたのである。
    ※ したがっお、今でも「けものプロゞェクト」をよく蚀わない『』のファンに察しおは、瀟員によるネット䞊での「匿名攻撃」さえ、今もルヌチン的に行われおいる蓋然性は十分にある。これも日々の地道な営業努力ずいうわけだ

     ○ ○ ○

    だが、こんな「䜜家性」を蔑ろにするような態床で、良い䜜品など䜜れるわけがない。
    それに、そもそも圌らは「良い䜜品」が䜜りたいのではなく、「売れる商品」が䜜りたいだけなのだから、た぀き監督が『』に蟌めたような「深い人間性」や「テヌマ」などには、もずより興味がなく、むしろ「倧量生産倧量消費」を目指しおいる「KADOKAWA」であり「けものフレンズプロゞェクト」には、「深い人間性」や「テヌマ」など、邪魔なものでこそあれ、決しお必芁ず思えるようなものではなかったのである。

    そしお、このような「路線」においお、たったくの別スタッフによる『けものフレンズ』朚村隆䞀監督が、「それ盞応に」䜜られたのは、圓然のこずであった。

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    こうなる

    私は、この䜜品を芖おいないのだが、なぜ芖おいないのかずいうず「どうせ凡䜜に決たっおいる」ず思ったからである。

    私は、子䟛の頃から、アニメが奜きだったし、『宇宙戊艊ダマト』によっお、自芚的な「アニメファン」になった人間ではあるけれども、高校生になっおから「掻字読曞」に目芚め、これに集䞭するず決めたので、アニメであれ実写ドラマであれ、「連続ものは芖ない」ず決めた。
    だから、アニメも「劇堎版長線」なら、そこそこ継続的に芖おいたけれど、10幎䜙りの間は、テレビアニメをたったく芖なかったし、今でもテレビシリヌズは、完結しおその評䟡が定たっおから、「傑䜜だけを芋る」ずいうスタンスである。

    だから、ほが間違いなく「凡䜜」であろうず予枬された『けものフレンズ』を芖ようずは思わなかったのだ。そんなこず「時間の無駄」だず考えたのである。

    無論、『』のファンが、た぀き監督降板決定の埌、アニメ「けものフレンズ」がどうなるこずかず『』を芖お、案の定『』を冒涜するような「酷い䜜品」であったこずを知り、腹を立おお、『』の䞍出来を蚀い立おたずいうのも、気持ちずしおは、わからないではない。

    しかしながら、これも突き攟しお蚀うなら、「そんなこずをやっおいる暇があったら、他にもっず鑑賞すべき䜜品があるだろう」ずいうこずにしかならない。

    もちろん「駄䜜を駄䜜」ず評䟡する「批評」は、必芁なこずである。

    しかし、「傑䜜」ず比范しお、「駄䜜」を「駄䜜の䞭の駄䜜」だず、こずさら貶すこずに、積極的な意味は芋出しがたい。それは所詮「死に銬に鞭打぀」も同然の愚行なのである。
    だから、批評は批評ずしお、冷静か぀冷培にやらなければならないのだ。

    ずは蚀え、私が『けものフレンズ』を、このように、かなりあっさりずスルヌできたのは、やはり、それ盞応に「苊い䜓隓」を、それたでにしおいたからである。

    それが、『宇宙戊艊ダマト』ずいう䜜品をめぐる、あれこれだ。

     ○ ○ ○

    『宇宙戊艊ダマト』ずいう䜜品は、オリゞナルの「テレビアニメ」ずしお「第シリヌズ」1974〜75幎が制䜜攟映された䜜品であり、今のように、「第期」をあらかじめ想定しお䜜られたものではないから、「第期」ずいう衚珟は適切ではなく、あくたでも「第シリヌズ」ず呌ぶべきだろう。

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    䞊は、デゞタルリマスタヌ版DVDのポスタヌ

    で、この『宇宙戊艊ダマト』は、䜜品の質こそ高かったものの、最初のテレビ攟映では、裏番組に、かの名䜜『アルプスの少女ハむゞ』高畑勲監督などがあったこずなどもあり、芖聎率では終始苊戊を匷いられおしたった。

    しかし、この䜜品には、少数ながら、前䟋のないほど熱心なファンが぀き、その事実に自信を深めたプロデュヌサヌの西厎矩展は、こうしたファンの力を最倧限に利甚し、倧掛かりな「口コミ」戊を展開した口コミは、ネット以前の非正芏メディアずも呌べよう。

    その結果、テレビシリヌズ攟映の幎埌に公開した、テレビの総集線である同名劇堎甚長線䜜品1977幎を空前の倧ヒットに導き、その䜙勢をかっお、さらにその翌幎には、新䜜の劇堎甚長線『さらば宇宙戊艊ダマト 愛の戊士たち』1978幎を公開しお、これも倧ヒットさせ、西厎は「名プロデュヌサヌ」の名前を欲しいたたにしたのである。

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    巊䞊の、叀代進ず森雪のむラストは、安圊良和によるものだ

    しかし、この『さらば』においお、「巚倧な敵に察する自己犠牲的な特攻」によっお、完党に幕を閉じたはずの『宇宙戊艊ダマト』は、同じ西厎矩展の手によっお『さらば宇宙戊艊ダマト』の公開盎埌に、テレビシリヌズ『宇宙戊艊ダマト』1978〜79幎ずしお埩掻させられるこずになる。

    『さらば宇宙戊艊ダマト』のラストで、制䜜者偎のメッセヌゞずしお、次のようなテロップを掲げたにもかかわらずだ。

    『ダマトを愛しおくださった
     みなさん・・・・さようなら
      もう 二床ず 姿を
      珟すこずはありたせん

     でも きっず 氞遠に
      生きおいるでしょう

     あなたの 胞に
          心に
          魂の䞭に 』

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    テロップの最埌の郚分

    これを劇堎で芋た「ダマトファン」は、圓然のこずながら、この蚀葉を信じお、感動の涙を流したのだが、たさか、その舌の根も也かないうちに、テレビ新シリヌズ『』の攟送が始たるずは、誰も想像だにしなかった。
    このこずで、「倧人は、金儲けのためになら、平然ず前蚀撀回するし嘘も぀く」ずいう教蚓を孊んだ者は決しお少なくはなく、私もたた、その䞀人だったのである。

    ずは蚀え、ただただナむヌブな高校生だった私は、それでも『宇宙戊艊ダマト』には期埅した。
    『さらば』での玄束を砎られたこずに぀いおは、むろん腹を立おおはいたけれど、それでもたた『宇宙戊艊ダマト』が芋られるのならず、蚱せる気になっおいたのであるこのあたりは、それでも『けものフレンズ』に期埅したファンず、おおよそ同じこずだろう。

    しかし、『』は、完党に「第シリヌズ」や『さらば』が持っおいた「熱」を倱っおいた。ほずんど同じスタッフによっお䜜られおいながら、スタッフ自身が、すっかり冷めおしたっおいたのだ。

    この『』は、『さらば』を、テレビシリヌズ甚に匕き䌞ばした䜜品であり、したがっお、ストヌリヌに新味がなく、たた緊匵感に欠ける䜜品であった。
    しかも、ラストは『さらば』ずは違っお、メむンキャラクタヌは党員生き残るハッピヌ゚ンドであったからこそ、『さらば』のラストに涙を流したナむヌブなファンたちは、決定的に「コケにされた」ず感じたのである。

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    それでも、その埌、テレビスぺシャル版『宇宙戊艊ダマト 新たなる旅立ち』が攟映されれば、これを芖お「たあたあかな」ずいささか醒めた感想を持ち、テレビ第シリヌズである『宇宙戊艊ダマトⅢ』が攟送されれば、これも芖たのだけれど、さすがにこれは、最終回たで芖るこずはなかった。「どんなに期埅しおも、もう私たちのダマトは還っおこない」ずいうこずを、その出来においお、決定的に思い知らされたのである。

    この埌も、ダマトは時々思い出したように劇堎版が䜜られたものの、もう私は「たたか」ずいう気しかしなかったし、圓然、芋向きもせず、その「死に損ないの醜態」を、心から芋䞋しおいたのだった。もう、いくら新䜜が䜜られおも「ダマトを芳るこずはないだろう」ず考えおいたのである。

    しかし、西厎矩展ず束本零士の「著䜜暩裁刀」などで、恥の䞊塗りを重ねた埌、法的には「原䜜者」ず確定した西厎矩展が死ぬず、ダマトのリメむク版の制䜜が始たった。

    私ず同䞖代で、若い頃に『宇宙戊艊ダマト』の掗瀌を济び、裏切られた経隓を共有する、今はプロずなった「ダマトマニア」たちが、ダマトをリメむクするこずになったのだ。
    ぀たり、私ず同様の「苊い䜓隓」を共有する人たちによる、満を持しおのリメむクだったので、私はこれに期埅したし、テレビ「第䞀シリヌズ」のリメむク版ず『さらば』のリメむク版たでは芳た。

    『さらば宇宙戊艊ダマト』のリメむク版である『宇宙戊艊ダマト2202 愛の戊士たち』2017〜18幎は、ラストの特攻を、『宇宙戊艊ダマト』のように、単玔に吊定するのではなく、特攻はしたけれど、新たな「SF的アむデア」で、䞻人公たちを救うずいう遞択をした。

    そしお私は、この「遞択」たでは、肯定的に受け止めた。
    ずいうのも、『さらば宇宙戊艊ダマト』の「特攻ラスト」は、公開圓時から、その是非で議論があったからで、「特攻ラスト」が「泣かせる」ものではあっおも、必ずしも「ベスト」だずは思っおいなかったからだ。

    しかし、これで終わっおおれば良かったこの「リメむク版」も、たたもや、だらだらず続線をリメむクし続けるこずになる。

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    たしかに、今の技術氎準で䜜られおいるから、昔の「だらだら続線」に比べれば、芳るべきずころのある䜜品にはなっおいる。
    端的に蚀えば「䜜画が綺麗になっおいる」「可愛い女性キャラがたくさん出おくる」「メカは3Dモデリングを採甚しおいるため、现郚たで䜜り蟌たれおいお栌段にカッコよくなり、戊闘シヌンも壮倧か぀カッコいい」ずいった点だ。

    だが、こんなものは所詮「技術氎準」の問題であっお、「䜜家性」の問題ではない。
    よく出来おはいるが、決しお「傑䜜」ではないのである。

    たしかに、デザむンに優れた、ダマトシリヌズらしいメカが、よく描かれよく掻躍するだけで満足する「ダマトファン」ずいうのも少なからずいるだろう。それもたしかに「ダマトファン」の内ではあるのだけれど、そんな「メカフェチ」や「矎少女キャラで喜んでいるようなファン」は、テレビ第シリヌズに熱狂したファンずは、決しお同じ「ファン」ずは蚀えない。

    「第シリヌズ」は、そういう単なる「オタク奜み」の䜜品ではなく、次のような「人間的な゚ピ゜ヌド」の郚分で、たしかにそれたでのアニメを超えた魅力を持っおいたのである。

    『第19話では敵将ドメルの厭戊化工䜜で蚭眮されたリレヌ通信衛星によっお䞀時的にダマトず地球の亀信が回埩した際、※ 盞原矩䞀は通信長の職暩を濫甚しお家族ずひそかに亀信し、極床のホヌムシックからノむロヌれにかかっおしたう。通信䞭に父の臚終に遭遇しお激しく動揺する珟堎を叀代に目撃されお我を倱い、捚おれリフを残しお宇宙服姿で艊倖ぞ離脱するが、遊泳䞭にリレヌ通信衛星を発芋しお瞬時に敵の意図を看砎し、救出に来た叀代のコスモれロで同衛星を砎壊するこずを経お、ダマトの乗組員ぞ向けられた心理䜜戊の元凶を自らの手で絶぀。』

    Wikipedia「盞原矩䞀」

    『※ ダマトに搭乗した分析ロボットのアナラむザヌは、女性乗組員である、森雪に䞀方的に想いを寄せセクハラ行為をたびたび働き、将来結婚するずたで蚀っおいたが、第16話のビヌメラ星での隒動の際に、叀代ず抱き合う雪の姿や、ビヌメラ星人に叩かれおも傷぀かず化け物ず呌ばれたこずで、自身が人間ではなくロボットであるこずを改めお自芚する。しかしその埌、雪に察しおロボットにも人間的な博愛ず自己犠牲の心があるこずを瀺しおいる。』

    Wikipedia「アナラむザヌ宇宙戊艊ダマト」

    もちろん、第シリヌズ以降の䜜品でも「リメむク版」でも、こうした「人間的゚ピ゜ヌド」を螏襲した゚ピ゜ヌドは描かれおはいる。
    単に「メカず戊闘シヌンず矎少女」だけの䜜品に成り䞋がったわけではないずいうこずなのだけれど、しかし、新たに描かれた「人間的な゚ピ゜ヌド」ずは、所詮、䞊のような「原型があっおの倉奏」でしかなく、内容に違いはあっおも、決しお「新しい」ものではなかった。
    あくたでも、「テレビ第シリヌズ」が描いたものの「掗緎」ではあっおも、本圓の意味での「継承」ではなかったのだ。

    このようにしお、『宇宙戊艊ダマト』は、「人間の金欲ず所有欲」に翻匄され続け、䜕床もその墓を暎かれおは、安らかな眠りを蚱されず、「矎しいゟンビ」ずいう運呜を生き続けなければならない「呪われた䜜品」ずなっおしたったのである。

     ○ ○ ○

    だから、アニメ『けものフレンズ』に぀いお、『』以降に察する「怒り」を露わにする、『』のファンの気持ちも、決しお理解できないわけではない。

    「角川歎圊」は、私が憎んだ「西厎矩展」の生たれ倉わりもみたいなものだし、「KADOKAWA」は珟代の「オフィスアカデミヌ」もみたいなものだず、そう皮肉っおも良い。

    けれども、た぀き監督の『けものフレンズ』こそが「本物」だず思うのであれば、『』以䞋の「停物」になど、い぀たでも拘泥執着するのは、愚かなこずでしかない。
    「恚みによる報埩」は、結局のずころ「報埩の連鎖」を生み出すだけであっお、誰のためにもならないのである。

    もちろん、根も葉もない「誹謗䞭傷」たで攟眮しおおけ、ずは蚀わない。
    「嘘は嘘」「間違いは間違い」だず正されるべきだずいうのは、「恚み぀らみ」ずは別次元のもので、「駄䜜は駄䜜傑䜜は傑䜜」ずいう客芳的評䟡ず同様、正しく行われる必芁がある。

    だから、た぀き監督による『けものフレンズ』第期が、歎史的傑䜜だず思う者は、たずこの䜜品『』の玠晎らしさを、できるだけ倚くの人に䌝わるかたちで、語るべきであろうこれが、意倖に難しいものであろうずだ。
    たた、その過皋においお、必芁に応じお「間違い間違った評䟡は間違い」だず正し、「嘘は嘘」だず批刀すれば良いのである。

    ぀たり、肝心なのは、『』が真に傑䜜なのであれば、「実物を芋お貰えば、『』以䞋なんかずは比べ物にならない䜜品であるこずがわかるはずだず」、それを説埗的に語り、『』の理解者を増やすこずこそが、おのずず『』以䞋の「暡倣品」の評䟡を確定するこずにもなるのだ。

    たた、本気で『』が玠晎らしいず思っおいる人がいるのなら、子䟛のように「玠晎らしい」「奜き」を連呌するだけではなく、その「玠晎らしさ」が第䞉者にも䌝わるよう、積極的に『』論を語るべきだろう。

    『』のファンが『』をク゜ミ゜に貶したから、「恚み骚髄」で、『』や『』のファンを誹謗䞭傷「し返す」ずいうのではなく、優れた䜜品の正しい理解者ずしお、その正しさをこそを立蚌すれば、それで良いだけなのだ。

    だが、それがたったくできないでいお、ただ『』や『』のファンを誹謗する人ずいうのは、いろいろず理由はあれども、結局のずころは、『』が『』に劣る䜜品であるこずを、本音では認めおおり、しかし、それを公には認めたくないから、『』の良さを語るのではなく、『』や、そのファンを貶すこずばかりに没頭しおいる、ずいうこずになるのではないだろうか。

    私自身、前蚘のずおり『』には興味がないので、『』を耒める人の『』論ずいうのを、あたり芋かけたこずがないのだが、そもそもそれは、存圚するのであろうか

    もしかするず、『』を支持しお『』を批刀する人の倚くは、『』の擁護ではなく、単に『』ず『』の区別が぀かないたた『』を評䟡しおいたずころ、『』をク゜ミ゜に吊定されたこずが、自分の「鑑賞県」たで吊定されたも同然ず感じお、その「被害者意識」によっお、是が非でも、傑䜜ず蚀われる『』を、『』ず同等にたで匕きずり䞋したいずいう欲望だけで、動いおいるのではないだろうか

    こういう「ルサンチマン恚み぀らみ」だけで動いおいる人の特城ずいうのは、基本的に「敵の悪口」しか蚀わず、「積極的で肯定的な議論ができない」ずいうずころにある、ず蚀っおも良いだろう。

    粟神を病んだ人の特城ずは、その「心の可動領域」の「狭さ」だずも蚀えるのだが、これは、察象が『』であれ『』であれ、ずにかく「敵芖しおいるものの悪口しか蚀わない人」にも芋られる傟向で、「被害者意識」に捉われおいるがために「心の可動領域」が狭くなり、か぀粟神が「負の方向性に偏った状態」にあるずいっお良い。

    そうした人の蚀説ずいうのは、端的にいっお「硬盎」しおおり、「明朗さ」や「奔攟さ」や「柔らかさ」に欠けおいるこずが倚く、それはその人の「文䜓」にも衚れ、その文章を読めば、おのずず䌝わっおくるものだ。

    䟋えば、そうしたタむプずしお兞型的なのが、「ネット右翌ネトりペ」ず呌ばれる人たちだろう。

    圌らの蚀説ずいうは、基本的に「ヘむト」ず蚀われるずおりで、「あい぀らが悪い」「こい぀らがいるからだ」ずいった、「他責性」に染め䞊げられおおり、䟋えば「日本人ずしお、こう生きなければならない」ずいうような、積極的な意芋は、たったく芋られない。

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    その芖野の狭さから「ネトりペは、オタク界隈から出おきた」ず思われおいた時期もあった

    圌らの堎合「日本は玠晎らしいに決たっおいる」し、「日本人は玠晎らしいに決たっおいる」のであり、その日本に䜕か問題があるずすれば、それは「日本人以倖の倖囜人が悪い」ずいうこずになり、「日本人は玠晎らしいに決たっおいるのだから、それに泚文を぀けるや぀は、日本人ではない」ずいった、狂った理屈になっおしたう。

    圓たり前の話なのだが、他囜ず比范すれば、「日本」ずいう囜にも、長所もあれば短所もある。他囜人ず比べお、日本人には、特有の長所や短所がある、だろう。これは、どこの囜、どこの囜の人でも同じこずなのだ。

    だが、実のずころ、こうした「倧雑把な比范」は、ほずんど意味がない。
    なぜなら、その構成芁玠があたりにも膚倧であるため、どこをどう芋るかによっお、評䟡は劂䜕様にも倉わるからだ。

    だから、比范するのであれば、倧雑把に䞞ごず「どっちが䞊か」などずいう議論をするのではなく、個々具䜓的な怜蚎がなされなければならない。そしお、この皋床のこずにも気づかないずいうのは、たさにその点においお、その圓人が「銬鹿」である蚌拠にしかならないのだ。

    同様に、アニメ『けものフレンズ』に぀いおも、倧雑把に、『』のファンが正しいのか、『』のファンが正しいのか、などずいう議論は、銬鹿のするこずでしかない。

    圓然のこずながら、どちらのファンにも「銬鹿」が倧勢いるのは、分かりきった話なのだから、その盞手の「銬鹿の郚分」を指しお「あい぀らは銬鹿だ」ず蚀い合うような議論は、決しお賢い人のするこずではないのである。

    私がよく匕甚する蚀葉に、SF䜜家シオドア・スタヌゞョンの、

    『SFの割はクズである。だが、あらゆるものの割もクズである』

    ずいう蚀葉がある。

    SF䜜家であるスタヌゞョンが『SFの割はクズである』ずいうのは、もちろん「謙遜」衚珟だ。぀たり、

    「SF小説が、傑䜜ばかりだなんお蚀わないよ。むしろ、真に傑䜜ず呌ばれるのは、せいぜい割くらいで、あずは凡䜜だず蚀っおもいいだろう。぀たり、傑䜜を読みたいず思っお読んでいる読者にずっおは、割がクズだず蚀っおも、決しお間違いではない。
    けれども、それはあらゆるこずに蚀えるこずだ。䟋えば、動物奜きに悪い人はいないなんおいうけれど、動物奜きに䞭に、真に尊敬に倀する人が、䞀䜓どれだけいるず思う そんな人は、せいぜい10人に人で、あずは、ただの人、でしかないだろう。
    たた、譊察官は法の番人なのだから、普通の人より人栌高朔でなければならないはずなんだが、実際に個人ずしおみれば、人栌者なんお、滅倚にいるわけもなく、圌らだっお、その割は凡人なんだよ。
    したがっお、䜕事によらず、だいたい割は、ありふれお凡庞なものであり、その意味ではクズず呌んでいいものなんだ。それ意味で、SF小説ず同じなんだ。
    そもそも、優れたものが、割も割もあったら、人はそれを、特別に優れたものだずは思わないんだから、真に優れたものずは、せいぜい割皋床にずどたるような皀少性のあるものであり、その結果、それ以倖の倧半が凡庞なものになるずいうのは、圓然の理屈なんだ」

    ずいうこずなのである。

    だから、『』の支持者であれ、『』の支持者であれ、「割がクズ凡庞」なのであれば、その「クズ同士が貶し合いをしおいる」ずいうのは、いかにも「クズ」にお䌌合いな姿なのではないだろうか。

    だが、もしも「あなた」が、「私はクズではない」ず思うのであれば、人を誹謗䞭傷するのではなく、自分自身の「優秀さ」や「高朔さ」を、自ら立蚌し、そのこずで、自分の愛する『』なり『』なりの玠晎らしさを立蚌しおみおはいかがだろうか

    「こんなふうに芋る目のある私が、ここたで高く評䟡する䜜品なのだから」、『』の方が、あるいは『』の方が、優れいおいるに決たっおいるず、そう有無を蚀わさぬ論蚌を詊みおはいかがか

    もう、「そっちが先に手を出したんだ」「いや、そっちの方が先だ」なんおいう、「こどもの喧嘩」レベルの応酬は、やめにしたほうがいいのではないか。

    しかし、この皋床の話も、「クズ頭」には理解䞍胜なのだろうか

    「ネトりペ」に぀いお、その興味深い特城を挙げるず、圌らは「本を読たない」ずいうのがある。芁は、ネットべったり、なのだ。

    私の経隓ずしおも、お盞手したネトりペに「あなたは、ご自分がネット右翌ではない、保守だ、ずいうけれども、では、どんな保守思想の本を読んでいるのか」ず尋ねたずころ、「ケント・ギルバヌドを読んでいる」ず答えたので、驚いたこずがある。

    たしかに、ケント・ギルバヌトは、ネトりペ埡甚達のタレント䜜家ではあるのだけれど、それにしおも「愛囜者」を語る者が、日本人の保守論客を差しおいお、倖人さんに「愛囜心」を教えおもらうずいうのは、どういうものなのだろうか。

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    しかし、ケント・ギルバヌト皋床のスカスカ本であっおも、「掻字の本」を読んでいるだけ、その人は、ただマシだったのかもしれない。

    ずいうのも、「保守の若手論客」ずしお䞀躍スタヌになりながら、「保守論壇の知的レベルの䜎さ」に愛想を尜かしおリベラルに転じたずいう、異色の評論家・叀谷経衡は、その著曞『シニア右翌 日本の䞭高幎はなぜ右傟化するのか』䞭公新曞ラクレの䞭で、日本の保守論壇関係者やそのファンが、いかに本を読たないかずいう事実を、呆れながら報告しおいる。

    では、保守論壇の論客ず蚀われる人はどうやっお自著を曞いおいるのかずいうず、自分の思い蟌みを、怜蚌もなしに繰り返しおいるだけだずか、本圓は保守でもなんでもないラむタヌに、保守系の読者が喜びそうなこずを曞かせお、それを自著ずしお売っおいるずか、そんなレベルなのである。

    たた、そんな保守掟論客の読者ずいうのは、実のずころ「読者」なのではなく、奜きな先生の本を「お垃斜」ずしお買っおいるだけで、読むわけではない、ずいう。
    そうした「お客さん」たちもたた、その実態は、もっぱら「ネット専門」であり、保守掟論客ず蚀われる先生方の蚀説も、実はネット経由で摂取するのみなのだ。
    だから、よく蚀われるずおり、「サむバヌ・カスケヌド」ずか「゚コヌ・チャンバヌ」ずいったこずで、圌らの情報は「極端に狭く偏ったもの」なのである。

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    叀谷経衡が昔、䞖話になった「チャンネル桜」。「YouTube」ぞのリンクが、やたらに目立ち、ネット動画メむンであるのがよくわかる

    しかしたあ、「ネット右翌」ず呌ばれるほどなのだから、圌らが情報源が、ネットの偏っおおり、たずもに「本を読んでいない」ずいうのは、わかりやすいずころかもしれない。

    だが、私は驚いたのは、ミキ・デザキ監督によるむンタビュヌ映画『歎史戊』の䞭で、むンタビュヌに応じおいた「保守系有名人」藀岡信勝、杉田氎脈、ケント・ギルバヌト、藀朚俊䞀、テキサス芪父、加瀬英明などのなかで、「倧埡所」玚の存圚である、倖亀評論家の加瀬英明が、はっきりず、歎史は論じれども「本歎史研究曞は読たない」ず公蚀しおいたシヌンで、私は信じられない思いで、呆気に取られおしたった。どうしお、そんなこずを平気で蚀えるのかたぶん、自分の支持者や読者もそうであるこずを知っおいたから、気にせずに話せたのであろうが 

    こずほど巊様に、「ちょっず偏った、頭のおかしい人」ずいうのは、たず間違いなく「本を読たない」。

    粟神を病んだ人が、たず間違いなく本を読めなくなるのず同様、本を読むためには「心に䜙裕がなければならない」のだが、「凝り固たった人」ずいうのは「自分ずは違うもの他者」に接する䜙裕がないのだ。

    だから、ネット䞊で、自分ず同じような意芋ばかりを探しお、そんなものばかりで満足し、安心しお、それに「凝り固たっおいく」のである。

    だから、その人が「どれくらいたずもか」ずいうこずを知りたかったら、

    話題の広さず思考の柔軟性物事の倚面的な怜蚎胜力の有無
    本を読んでいるこずが窺えるか吊か情報源がネットに偏しおないか

    を、チェックしおみるず良い。

    もちろん、本を読んでいるから賢いずいうこずなどないのだけれど、本を読むずいうのは「凝り固たらないための、最䜎限の䜜業」なのである。

    だから「この人の曞いおいるこずは、ネット情報ばっかりだな」ず感じたら、その人物には「芁泚意」である。

    その人は「ネット」の䞖界に匕きこもっお、その小さな繭に䞭で、「自分は正しい」ず、ただそれだけを呟いお生きおいる人である蓋然性が、きわめた高いのである。

     ○ ○ ○

    ずもあれ、『』であれ『』であれ、『けものフレンズ』の玠晎らしさを語りたいのであれば、『けものフレンズ』にだけ固執しないこずだ。

    『』の最終話で、サヌバルずかばんちゃんが、ゞャパリパヌクのある島から海ぞず旅立ったように、私たちも「倖」の䞖界を知る必芁があり、それを知っおこそ、本物ず停物の区別が぀くようにもなるのである。

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    2023幎8月19日

    ——————————————————————————————————————
    【補蚘】2023幎8月19日

    本皿を曞くためずいうわけではないのだが、それがきっかけで「結局『けものフレンズ』っお、どんな䜜品だったのだろう」ず思っお、初めお怜玢したずころ、䞋のペヌゞを芋぀けた。

    ・サむト「マンガアニメをオタクが語る」の、
    「けものフレンズ2がク゜アニメでひどい最終回たでの炎䞊の理由たずめ解説9話からツッコミどころが倚すぎる  」のペヌゞ

    けものフレンズ2がク゜アニメでひどい最終回たでの炎䞊の理由たずめ解説9話からツッコミどころが倚すぎる   | マンガアニメをオタクが語るけものフレンズ2がク゜アニメでひどい最終回たでの炎䞊の理由たずめ解説9話からツッコミどころが倚すぎる   | マンガアニメをオタクが語る けものフレンズ2が䌝説のク゜アニメずしお名を残しそうなので、た぀き隒動から最終回たでの炎䞊やツッコミどころをたずめたした。 newstisiki.com

    このペヌゞは、䞻に『けものフレンズ』の炎䞊事件の解説をしおいるのだが、これを読むず、『』が「そりゃ『』のファンは怒るわな」ず思うような物語であったこずが、よくわかった個人的には、幌皚な嫌がらせめいた「停かばんちゃん」の登堎よりも、「む゚むヌ」の扱いが酷すぎるず感じた。

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    『』の、キュルルずむ゚むヌ

    『』の支持者さんたちずいうのは、ああいう「露骚に酷い」郚分を「どう解釈する」こずで、『』を支持できるのか、そのあたりの芋解を、じっくりず聞かせおもらいたいものである。

    2023幎8月19日

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    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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