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Oasisの意外な10のエピソード|Blurとの対立、福岡公演、ボーンヘッド復帰まで

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    Oasisを知っていくと、曲以外にも気になることが増えてきます。

    誰に影響を受けたのか。
    誰と揉めたのか。
    ライブで何が起きたのか。

    今回は、そんなOasisのちょっと意外な話を10個。

    知っていると、曲を聴くのが少し楽しくなるエピソードを集めました。


    01|ボーンヘッドがOasisを去った理由

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    初期Oasisを支えたギタリスト、ポール・”ボーンヘッド”・アーサーズ

    1999年、世界的なバンドへと成長していたOasisを離れます。

    その理由の一つは、家族と過ごす時間を取り戻したかったこと。

    後年の本人の言葉からも、バンド活動が次第に「楽しみ」より「仕事」に近くなっていたことがうかがえます。

    ロックバンドの脱退というと喧嘩を想像しますが、ボーンヘッドの場合は少し違いました。

    「Oasisを嫌いになったから」ではなかったのです。


    02|後任候補は元スミスのアノ人!?

    ボーンヘッドが脱退したあと、後任候補として名前が挙がったのが、なんとThe Smiths の ジョニー・マー でした。

    もし実現していたら、

    リアム・ギャラガー × ノエル・ギャラガー × ジョニー・マー

    という、とんでもない組み合わせになっていました。

    Oasisの歴史には、そんな「実現しなかった未来」もあります。


    03|Oasisの背後には、ザ・ストーン・ローゼスがいた

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    Oasisのルーツといえば The Beatles が有名。

    でもノエルが強い影響を受けたバンドとして、忘れてはいけないのが The Stone Roses です。

    ノエルは、Stone Roses がいなければOasisもなかったという趣旨の発言をしています。

    マンチェスターから生まれた音楽と、「自分たちもロックスターになれる」という感覚。

    Oasisを聴くなら、その前に Stone Roses を聴いてみるのも面白いかもしれません。


    04|「Live Forever」と Nirvana の意外な関係

    「Live Forever」といえば、Oasisを代表するポジティブなロックソング。

    でも、その背景には Nirvana への意識がありました。

    ノエルは Nirvana を高く評価する一方、当時のロックに漂っていた暗いムードには距離を感じていました。

    だからこそ、

    「死にたい」ではなく「永遠に生きたい」。

    「Live Forever」は、そんなノエルなりの答えとして生まれました。


    05|Oasisは「B面」に名曲が多すぎる

    Oasisを深く知るなら、B面曲も聴いておきたい。

    「Acquiesce」
    「Talk Tonight」
    「Half the World Away」
    「The Masterplan」

    など、後に代表曲として扱われる曲が、もともとはシングルのB面でした。

    その人気は凄まじく、1998年にはB面曲を集めたアルバム『The Masterplan』まで発売されています。

    「B面だから隠れた名曲」ではなく、「B面なのに名曲」。

    これもOasisらしいところです。


    06|Blurとの「Battle of Britpop」

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    1995年。Oasisの「Roll With It」とBlurの「Country House」が同じ週に発売。結果はUKシングルチャートでBlurが1位、Oasisが2位となりました。

    メディアはこれを「Battle of Britpop」として大々的に取り上げ、両バンドの対立は一気に注目を集めます。

    もちろん音楽そのものの競争でもありましたが、

    「Oasis派か、Blur派か」

    という時代の空気まで生み出したのが、この騒動の面白さです。


    07|福岡で、またリアムがステージを去った

    2002年10月、福岡公演。

    ライブ途中でリアムがステージを離れ、ノエルがアコースティックセットを続けるという珍事が起きました。

    しかも、実は2000年の福岡公演でもリアムが途中退場しています。

    つまり、

    2000年、福岡。リアム退場。
    2002年、福岡。リアム退場。

    日本のOasisファンなら、ちょっと気になる「福岡の歴史」です。


    08|Oasis解散後も兄弟喧嘩は終わらなかった

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    2009年、Oasis解散。

    普通なら、ここで物語は終わります。

    ところがギャラガー兄弟は、その後もお互いについて言い続けます。

    ノエルはリアムを「スープの世界でフォークを持つ男」と表現。

    リアムもSNSなどで反撃。

    バンドはなくなっても、

    ノエル vs リアム

    だけは、しばらく続いていました。


    09|ボーンヘッドがOasisに帰ってきた

    1999年にOasisを離れたギタリスト、ボーンヘッドことポール・アーサーズ。初期Oasisを支えた彼が、2025年の再結成ツアーで再びステージに立ちました。

    実はボーンヘッドは、長年リアムのソロ活動を支えてきた存在。リアムとの音楽的なつながりが続いていたことも、今回の再結成を語るうえで見逃せません。2025年のツアーでは、リアムとノエルの間に立つように演奏する姿も印象的でした。

    初期Oasisのメンバーが再び揃い、30年以上前の空気がステージに戻ってきた。

    ボーンヘッドの復帰は、Oasisの「再結成」を象徴する出来事のひとつでした。


    10|Oasisとマンチェスター・シティ

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    Oasisを語るとき、音楽と同じくらい切り離せないのがマンチェスター・シティです。

    リアムとノエル・ギャラガーは、子どもの頃からシティのファン。ノエルが初めて試合を観たのも、1971年に訪れたシティの旧本拠地Maine Roadでした。1994年には2人がシティのユニフォーム姿でNMEの表紙に登場。さらに1996年には、そのMaine RoadでOasisが2日間のライブを行いました。

    子どもの頃から応援していたクラブのスタジアムで、自分たちが演奏する――。Oasisとマンチェスター・シティの関係を象徴する出来事です。

    そして2027年、Oasisは現在のシティの本拠地、エティハド・スタジアムで11公演を予定しています。

    Maine Roadからエティハドへ。Oasisとマンチェスター・シティの物語は、今も続いています。


    Oasisは、やっぱり面白い

    Oasisを知るほど、

    「この曲が好き」

    だけでは終わらなくなります。

    影響を受けたバンド。
    メンバーの関係。
    他バンドとの対立。
    ライブでの珍事件。

    そして、長い時間を経て戻ってきたボーンヘッド。

    少し背景を知ってから聴くと、

    いつものOasisが、ほんの少し違って聴こえる。

    それが、このバンドの面白さなのかもしれません。


    🎵 Oasisをもっと楽しむ

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    ①「Wonderwall」の次に聴きたい5曲

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    東京に住む音楽が好きな猫。 気になった曲、好きな曲を、ジャンルを問わず紹介しています。 洋楽ロック、邦楽、ジャズ、ポップスまで。 「まだ知らないなんてもったいない」音楽を紹介します。 週に数回、新しい音楽を。

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