
3-1【上場準備を読み解く】審査対応はマラソンであり、ボートである
2009年。
現職場で2つの兄弟会社を共同株式移転し、純粋持株会社を設立した。
この会社で上場を目指すことにした。
エンタメ×ITのニッチなサービスで、業績は順調。
この勢いを維持したまま上場したい。
現場に負担は掛けたくない。
100点の上場じゃなくていい。及第点でいい。
——これがオーナーの想い。
一方で、コーポレート部門としてはこう思っていた。
「そんなに都合よくはいかないだろう。
それが“公開会社になる”ということ。」
世の中には“上場準備のお作法”や“ファイナンス理論”はたくさんある。
でも、私が書きたいのはそこではない。
そこに関わる人たちの“心の動き”。
■ 証券会社との濃い付き合い
証券会社の公開引受部は、
「上場会社とはこうあるべき」という“正しさ”を全力で指導してくる。
コーポレート部門としては、とても勉強になる。
ただ、現場の温度はまったく違う。
規程作り、議事録作り、ペーパーワーク。
これは自分たちで何とかできる。
しんどいのは、
証券会社と現場の間に立ち、理想と現実のギャップを埋め続けること。
そして、証券会社若手担当者との
質問・回答のラリーが延々と続くこと。
深夜、疲れ切った頭で回答を作っていると、
正直、「お前、いい加減にしろよ…」と殺意を覚えた夜もあった。
(もちろん、心の中だけである。笑)
■ 監査法人との付き合いもまた“ラリー”
監査法人とのやり取りも同じだ。
質問・回答のラリーはしんどい。
ただ、当時の監査法人若手主査は自身初のIPO案件として担当してくれ、
一緒に乗り越えることができた。
(その会計士は数年後、当社に転職して今も仲間である!)
印象深い会話がある。
管理体制の構築が進まず、不安になった時期、
私は監査法人パートナーにこう聞いた。
「上場において、管理体制と業績、どちらが大事ですか?」
当然「管理体制」と言われると思った。
しかし返ってきたのは、
「もちろん業績です」
意外だった。
でも確かにその通りで、
事業が伸びてこその上場準備。
その当たり前を、改めて実感した。
■ 現場は「少しでも負担が増えること」を嫌がる
ルールの運用実績には現場の協力が欠かせない。
しかし現場は当然こう思う。
「なんで上場準備のために、俺たちの仕事が増えるんだ」
気持ちはよくわかる。
だから私は、
“現場側で上場準備の味方になってくれる人”
を探した。
どの会社にも、上場に興味を持ってくれる人はいる。
その人を巻き込み、少しずつ空気を変えていった。
■ プライベートからパブリックへ——オーナーとの距離感
上場準備で最も繊細なのは、
プライベートカンパニーからパブリックカンパニーへの切り替えだ。
オーナーからすると、
「本当にそこまでしなければならないのか?」
という疑いの目がコーポレート部門に向けられる。
その気持ちもわかる。
これまで自由に意思決定してきたのだから。
私も、あれこれ言い続けて、
「もう首かな…」
と覚悟したことがある。
そういうときは、
“この人の言うことなら聞くだろう”というキーパーソン
に説明してもらうことで突破した。
上場準備は、
正しさの押し付けではなく、
人間関係の中で信頼を積み上げる作業
だと痛感した。
■ 2011年3月11日。そして決断。
マザーズ上場を目指し、N期に入った矢先、3.11が起きた。
株式市場は混乱。 上場社数は激減見込み。
社内でも議論が起きた。
上場準備を
続けるべきか
一度止めるべきか
我々はこう思った。
「上場社数が少ない今こそ、逆に狙い目では?」
そしてもう一つ。
「今やめたら、我々の体力も精神力も持たない」
上場準備は続行した。
■ ロードショー——前半は焦燥、後半で挽回
ロードショー前半、
思っていたような株価フィードバックが得られなかった。
オーナーとの関係はピリピリ。
空気が重い。
胃が痛い。
後半、エクイティストーリーを微調整し、
ようやく流れが変わった。
「なんとかいける」
そう思えた瞬間だった。
2011年10月26日、マザーズ上場。
その年の新規上場社数36社のうちの1社となった。
■ 2012年11月、1部指定替え
上場後1週間で株価が下がり始め、 個人株主からの電話対応に追われた。
1時間話し続けたこともある。
最後は「じゃあ頑張って」と励まされたが。
その後も1部指定替え準備を続け、
2012年11月に指定替えとなった。
本当はちょうど1年後の10月指定替えを狙っていた。
しかし、海外M&Aの交渉が長引き、クロージングが確認できないと上場承認が下りない。
そのため、わずかにズレてしまった。
実質、2年以上の上場準備だった。 もっと長く準備する会社も多い。
その点では、恵まれていた方だと思う。
■ 上場準備チーム
上場準備は、財務系は私、総務系は1つ年上の別のスタッフ。
この2人がメインで行った。
そのスタッフとはHUDSON時代から20年以上今でも一緒に働いている。
でも、帰りに1杯飲みに行くことはない。
ただ、1回だけ。
1の部を校了した日、会社の隣のプロントで1杯飲んだ。
それが最初で最後だ。
20年以上、
半径5m以内で働いているのに、
1日一言も話さない日もある。
飲まなくても、話さなくても、
相手のやっていること、考えていることはほぼわかる。
そういう関係だからこそ、上場準備、その後のアクティビスト対応、子会社不正など、しんどいことも静かに乗り切ってきた。
上場準備のスピンオフコラムはこちら。
■ 上場準備はマラソンであり、ボートである
私の運動習慣にこじつけた言葉ではあるが、
上場準備は、諦めずにやりぬく点ではマラソン。
考えの違う人たちを組み合わせて進める点ではボート。
上場準備だけではない。
経営そのものがマラソンでボート。
50代になった今、
マラソンしたり、ボートでCOXしながら、
そんなことを思ったりしています。
次回は、
【IRを読み解く】私は“逆走”でIRを覚えた
について書きたいと思います。