
番外編:修士論文執筆の裏で走っていた、50代の宅建士挑戦
修士課程2年目、いわゆるM2を迎えた頃のことです。
少しずつではありますが、泥臭く書き進めていた修士論文の形が、おぼろげながら見え始めていました。
そんな時、私の中にふと、ある邪念……いや、前向きな野心が湧き起こりました。
「せっかくだから、これからの仕事に直結する資格でも一つ取ってみようか」
50代になってから新しい資格に挑戦し、合格することは、これからの研究生活に向けた良いモチベーションになるはずだ。そう考えました。
加えて、学会参加に向けて、学会向けにいずれ作ることになる「修士(経営学)」と書かれた新しい名刺を作る際、肩書がそれだけだと何となく心もとない。そんな大人のプライドも、少しだけ首をもたげていました。
狙いを定めたのは、不動産と法律の登竜門である国家資格、宅地建物取引士、いわゆる宅建士です。
4月、私は意気揚々と参考書を買い込み、学習をスタートさせようとしました。
しかし、この時の私はまだ知りませんでした。
これから自分の身に、「怒涛の夏」が襲いかかってくることを。
自己紹介
1.買って積まれた参考書と、高すぎる8月の山
勉強を始めようとした矢先、私のタイムラインは完全に本業と論文、そして予期せぬチャンスによって占拠されました。
以前の記事でも触れた、8月の学内セミナーでの初めての講師依頼。そして、指導教員との初めての学会発表。
自分が現場で培ってきた実践知を、学術の論理へと昇華させるための準備は、想像以上のエネルギーを必要としました。
本業の経営を回しながら、論文を書き、セミナー資料を練り上げ、学会発表の内容を何度も推敲する。
「4月からコツコツ勉強して……」という甘い計画は、一瞬で瓦解しました。
買ったばかりの参考書は、開かれることのないまま、デスクの片隅で綺麗な「積読」と化していきました。
気がつけば、8月の大きな山を2つ、命からがら乗り越えた時点で、カレンダーはすでに秋を指していました。
試験本番は10月です。
「まあ、まだ2か月ある。実務の経験もあるし、集中すれば何とかなるだろう」
そう自分に言い聞かせていました。
しかし、現実は非情でした。
溜まっていた本業の案件が一気に押し寄せ、日々のタスクに追われているうちに、時計の針は無情にも進み続けました。
そして気がつくと、私は試験前日を迎えていたのです。
2.前日の全集中と、社員からの背中押し
十分な準備ができたとは、とても言えない状態でした。
私はかなり厳しい状況のなか、前日の1日で参考書に全集中をかけました。
文字通り、目から血が出るような勢いでページをめくり、法律の条文と過去の出題傾向を頭に叩き込みます。
もちろん、一晩の突貫工事で太刀打ちできるほど、国家試験は甘くありません。
試験当日の朝、私の心の中にあったのは、確固たる自信ではありませんでした。
「もう、行くのをやめようか……」
そんな深い諦めでした。
惨敗することが目に見えている戦場に、わざわざ50代の経営者が恥をかきに行く必要などあるのだろうか。
そんな風に弱気になっていた私の背中を叩いてくれたのは、自社の社員でした。
「せっかく申し込んだんですから、受験しないともったいないですよ。」
その一言に、腹が決まりました。
格好悪くてもいい。
とにかく、打席にだけは立とう。
私は重い足取りで、しかし実務家としての往生際の悪さだけを武器に、試験会場へと向かいました。
3.トレンドの変化と、まさかの吉報
試験中、私は問題用紙を前に、必死で脳細胞をフル回転させて格闘しました。
試験終了後、各予備校がネット上にアップする解答速報を見ながら、恐る恐る自己採点を行いました。
結果は、例年の合格ボーダーラインとされる点数よりも、やや下。
「ああ、やっぱりダメだったか。さすがに、これでは奇跡は起きないな」
そう苦笑いして、いったんは諦めました。
ところが、ここで不思議な風が吹きます。
その年の試験は、例年に比べて傾向が大きく変わっていたようで、受験者全体の平均点が下がっていたのです。
結果として、各校の合格予想ラインも、例年より低めに設定され始めました。
合格ラインが下がるということは、十分な得点源を作れていなかった私のようなギリギリの受験者にとっても、滑り込める可能性が少しだけ出てくるということです。
微かな希望を胸に、結果を待ちました。
そして数か月後。
合格発表の画面に、自分の受験番号を見つけたときの衝撃は忘れられません。
なんと、合格していたのです。
振り返れば、あのM2の夏から秋にかけての私は、セミナー、学会、論文、そして宅建試験に至るまで、常に「準備不足の極限状態」のなかで、泥縄式に打席に立ち続けていました。
もちろん、本来であれば、資格試験も研究も、もっと計画的に準備するに越したことはありません。
ただ、それでも思うのです。
自信がなくても、とにかく逃げずに打席に立つこと。
準備不足を言い訳にして、最初から退場しないこと。
格好悪くても、可能性がある限り、最後まで粘ること。
社員に背中を押されて試験会場に向かったあの日の感覚は、その後の私の研究生活にもつながっていきました。
厳しい指摘を受けても、すぐに立て直して書き直す。
通るかどうか分からなくても、学会や論文投稿に挑戦する。
完璧ではなくても、まずは打席に立つ。
そうした、少し無謀で、しかし前に進むための推進力の原点の一つは、この宅建士試験にあったのかもしれません。
首の皮一枚でつながった宅建士の登録を大急ぎで行い、私の修士名刺は少しだけ賑やかになりました。
さあ、息抜きはここまでです。
このドタバタ劇の裏で、着実に牙を研いでいた論文の戦いは、いよいよ学会発表、論文投稿、そして査読対応へと続いていきます。
査読への挑戦①
査読への挑戦②
査読への挑戦③
査読への挑戦④