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本能寺の変1582 【重史012】 251017 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

    【重史012】「寺尾菊子氏所蔵文書」 251017

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     1時代の風潮 2光秀という男 3光秀と光慶 
     4光秀の苦悩 5志向の相違  +信長の油断 →
     3 (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男 
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    *◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
     信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別 
    *加筆修正 250609 251017 

    【重史012】                   251017

    ①今度、四国に至って差し下すに就きての条々、

    ②讃岐国の儀、一円、其方に申し付くべき事、

    ③阿波国の儀、一円、三好山城守 (康長) に申し付くべき事、

    ④其外両国の儀、信長、淡州に至って出馬の刻、

    ⑤万端、山城守に対し、君臣父母の思いをなし、

    ⑥天正十年五月七日  ( 朱 印 ) 三七郎殿 

                      「寺尾菊子氏所蔵文書」

     天正十年1582、五月七日。              158200507

     信長は、三男信孝に、四国への出陣を命じた。
     以下は、その時の書状である。

     この中に、「信長、淡州に至って出馬の刻」とある。
     おそらく、信長は、織田水軍を率いて、淡路島から、瀬戸内を西へ向かう
     つもりだったのだろう。
     その先にあるのが、安芸の宮島 厳島神社である 。→◎第58話② 第58話
     歴史に残ったであろう、一大デモンストレーション。
     華々しい大船団の様子が目に見えるようである。

     ①今度、四国に至って差し下すに就きての条々、

     ②一、讃岐国の儀、
        一円、其方に申し付くべき事、
     ③一、阿波国の儀、
        一円、三好山城守 (康長) に申し付くべき事、
     ④一、其外両国の儀、
        信長、淡州に至って出馬の刻、申し出すべきの事、

      右の条々、聊(いささ)かも相違なく相守り、
      国人等の忠否を相糺(ただ)し、
      立置くべき輩は立置き、追却すべき族は追却し、
      政道以下堅く申し付くべし、

     ⑤万端、山城守に対し、君臣父母の思いをなし、馳走すべきの事、
      忠節たるべく候、
      能々(よくよく)、其意を成すべく候也

     ⑥   天正十年五月七日           ( 朱 印 )
           三七郎殿 
               (「寺尾菊子氏所蔵文書」「織田信長文書の研究」)

     ①四国出陣にあたって 心得

     ②讃岐は、一国すべて、信孝に与える。
     ③阿波は、一国すべて、三好康長に与える。
     ④伊予・土佐については、信長が淡路島に着いてから決める。

     ⑤信孝は、三好康長の養子=三好の後継者である。

     ⑥子を思う父の姿である。


     【引用】【四国問題】 天正十年1582 五月七日
         ◎第58話② 第58話 ポ02②


     【参照】【四国問題】
        
    天正八年1580
        天正九年1581
        天正十年1582

     【参照】【四国問題 概要】
        
    天正八年1580
        天正九年1581
        天正十年1582




     ⇒ 次へつづく

     
     
    ただただ、真実を知りたい。この一念が原動力になっています。「本能寺の変」「その原因・動機を究明する」。この一点に焦点を絞りました。数多ある史料。精査・検証等々。長い時間を要しました。そして、ついに辿り着きました。これが、光秀謀反の真相です。只今、鋭意執筆中!!ご期待下さい!!

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