
note20か月|変装しながら動いています
15日前、初めて、子どもに私が「文章」を書いていると伝えた。
「もしかして、エッセイ?すごいね。どんなこと書いているの?」
うーん、一言で表現できないなー、とか言っているうちに、子どもの関心は週刊少年ジャンプの最新号へと戻っていった。
今月は、自分が何をどう感じて、どの瞬間を書きたいのか、どんどん心の奥深くへ切り込んでいくような感覚があった。
どちらが先かわからないけれど、本当に自分が言いたかったことが、キラリと顔を出してくる感じ。
書き始めとは違う方向へ進み、「あぁ、私はこの気持ちを確かめたかったんだ」と気づくこともあった。
実生活では、辛い日も多かった今月。
だからこそ、自分が本当に大切にしたいものだけを守って生きる。
そんな気持ちで過ごしていたように思う。
そんな時、「本当に大事なことは何をやりたいかではなく、何をやらないと決めるのか。」というOK! soraさん(YouTubeリンク)の言葉が、鋭い光の剣のようにキラリと空から降ってきた。
翌朝、仰向けで目覚める瞬間、両足首が足かせと鎖で繋がれていた状態のような気がした。
「今世は、こういう状態じゃないんだから、好きなことができるだろ!」
と過去の自分に言われたような感覚があった。
夢か幻か。

私は動いた。
数年間の思いと、数十年間の思いと。
そして、一気に現実が動き始めたような気がする。
その中の一つ。
昨日、長年気になっていた、レイキというものに初めて触れた。
不思議なほど、心も身体もシュワシュワッと軽くなっていくのを感じた。
練習すればできるようになるという。
素敵な女性ティーチャー。自然体で愛にあふれている。
この人から学んで、子どもや夫にもしてあげたいと思った。
そのためにネット検索して調べてたんだった、と後から思い出した。
その時、Aさん(2026.2.20のnoteと2026.4.26のnoteご参照)が私に言ってくれた、「人々の心に深く残る記憶をつくるために、声を出し、語り、触れて、癒すこと」という言葉を思い出した。
あぁ、私は今、新しい季節の入り口に立っているのかもしれない。
そういえば、4月に私はアイコンを現在のAIイラストに変更した。
理由は、私が伝えたい「言葉の温度」と「アイコンの温度」が一致していないというモヤモヤなど。
でも、今振り返ると、もう一つ理由があったのだと思い出した。
今年は私が動き、実生活が動き出すだろうと。
だから、少しだけ「変装」しておきたかったのだ。
さて、冒頭の子どもからの質問の後しばらくして、ふと思いついた言葉があった。
「私の生きた証」
さらに10日後。(日記をつけているので正確)
「ことばと書く人の寺小屋」主宰 りらの花さんからのある問いかけに対して、私がnoteで書くことと、実生活で話すテーマは違うと回答したところ、「発光婦人さんにとって、noteはどんな場ですか?」と問われ、思い浮かんだ答えも、まったく同じだった。
「私の生きた証」
その時には、子どもとのやりとりをすっかり忘れていたのだが。
20か月書いてきて、ようやく辿り着いた、
「私は何のために書いているのか」
への答えなのかもしれない。
実生活では話さない。
でも、書くことで心の奥へ潜っていく。
潜っていった先で、自分でも知らなかった本当の気持ちに出会う。
その積み重ねが「私の生きた証」になっている。
私は動いた。
そして、現実が動き出した。
そんな一か月だった。
今月、心の奥に潜って書いたのはこちら↓
・自分に意地悪しないで
・心の避難所から ― 今見えている景色だけがすべてではない
・旅の間に間に|ベランダから、次の季節へ
祝日のない梅雨の季節を、私は足かせをつけたまま、必死に泳いでいた。
苦しみながらも、自分の心の深い場所へ潜り続けた一か月。
そして気づくと、現実の景色が少しずつ変わり始めていた。
夏には、鎖のない足で、まだ見ぬ陸地へ歩き出してみたい v( ̄Д ̄)v イエイ
noteで出会う皆さんからいつも刺激をいただいています!ありがとう!
OK! soraさん、りらの花さん、いつもいつもありがとうございます!
Aさんについては、あらためてお礼の記事を書きたいのです。いつもイニシャルで、、、スイマセン!心から感謝!
Header Illustration courtesy of にしはら あやこさん.
雨の後には虹が見えますよね?素敵な作品、お借りしました♪ 感謝!
↓ 『ほぼ毎月・観察記録』としてマガジンにまとめています♪