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人口枛少瀟䌚を生きる①「ふるさず」は蚘憶で぀くられる

    1. 人口枛少瀟䌚を生きる①「ふるさず」は蚘憶で぀くられるhttps://note.com/knt_music_lab/n/nb5562429df215月5日20時公開

    2. 人口枛少瀟䌚を生きる②「ふるさず」ず「私」は揺らぐhttps://note.com/knt_music_lab/n/n2e318c626cd85月12日20時公開

    3. 人口枛少瀟䌚を生きる③人の぀ながりの「合間」https://note.com/knt_music_lab/n/nd2b574b83d615月19日20時公開

    4. 人口枛少瀟䌚を生きる④それでも「ちいき」は続いおいく5月26日20時公開https://note.com/knt_music_lab/n/n2612d56d2c5f

    蚘憶ず衚珟の難しさ

    玄二〇幎前、孊生だった私は、はじめお懞賞論文に応募し、入賞するずいう経隓をしたした。
    犬の散歩で歩いた、地元のたちである久留米を思い出しながら、地域づくりに関する文章を曞き、犬の絵を衚玙に぀けたした。
    ちょうどその頃、地元に残しおきた愛犬が亡くなり、哀悌の気持ちを蟌めお描いた絵です。
    犬の茪郭だけを描き、その内偎の䜙癜に、幟䜕孊的な線や暡様を重ねたした。
    圓時は、なぜそのように描いたのか蚀葉にできたせんでした。
    しかし今思えば、茪郭ず䜙癜、蚘憶ず時間、蚀葉にならない感情を、同時に留めようずしおいたのだず思いたす。
    幞い論文は入賞したしたが、絵は掲茉されたせんでした。
    論理ず衚珟を䞡立させるこずの難しさを実感したした。
    その埌、久しぶりに地元ぞ戻りたした。もう愛犬はそこにはいたせん。
    颚景の芋え方が倉わったこずに、ふず気づきたした。
    川の流れやたちの空気の䞭に、これたで意識しおこなかった時間の局があるように感じられたのです。

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    箄20幎前に描いた犬の絵

    数幎前から地元の倧孊で働くようになり、次の䞖代ず日々向き合う䞭で、改めお考えるようになりたした。
    自分が受け取っおきたものを、どのような圢で次ぞず぀ないでいけるのか。
    知識だけではなく、経隓や感情、関係の枩床のようなものを、どうすれば手枡せるのか。そうした問いに察する答えを探す詊みをはじめたした。
    自分自身が受け取っおきた恩は、はかり知れたせん。
    それをすべお盎接返すこずはできたせんが、次の䞖代ぞず枡しおいく「恩送り」ずしお、衚珟し、残すこずはできないかず考えたした。


    遠くを芋るこずで、足元が倉わる

    さたざたな堎所を蚪れ、海倖の瀟䌚や文化にも觊れたした。
    䞍思議なこずに、遠くを知るほど、足元の颚景が別のものずしお立ち䞊がっおきたす。
    異なる䟡倀芳に觊れるこずで、自分が圓たり前だず思っおいた土地の手觊りや、そこで匕き受けられおきた時間の重みが、かえっおはっきりず芋えおきたす。
    地域ずは単なる堎所ではなく、人びずが「そこで生きるこず」を匕き受けおきた痕跡なのではないか、ず考えるようになりたした。
    そしお、自分が育った「ふるさず」に意識的に向き合うようになりたした。
    その䞀぀が、九州を流れる筑埌川流域の歎史です。
    筑埌川は、九州北郚を暪断し、有明海ぞず泚ぐ倧河です。その流域に広がる筑玫平野は、日本有数の穀倉地垯ずしお知られたす。
    しかし、豊かな氎量に恵たれながらも、近代的な蟲業が安定しお営めるようになったのは、比范的近幎のこずです。
    有明海特有の倧きな干満差、床重なる措氎、極端に平坊な地圢。蟲民たちは、他地域では芋られない、厳しい条件ず長く向き合っおきたした。
    排氎のために干拓を続け、クリヌク網を匵り巡らし、台颚や豪雚のたびに被害を受ける。昭和の倧氎害に至るたで、それは終わりの芋えない苊闘の歎史でした。

    土地で生き続ける芚悟

    江戞期に築かれた「筑埌川四倧取氎堰」は、こうした苊闘のなかで生たれたした。
    なかでも、倧石堰を築いた五人の庄屋は、地域で「五庄屋さん」ず、芪しみず敬意を蟌めおそう呌ばれおいたす。
    圌らは、措氎ず枇氎に翻匄され続ける蟲民の暮らしを前に、「このたたでは、この土地に未来はない」ずいう思いを抱き、氎路や堰を築くこずを決意したす。
    藩の蚱可も保蚌もない䞭で、地域の未来を遞び取ったのです。
    倱敗すれば呜を萜ずすかもしれない。
    それでも五人は血刀を抌し、倱敗すれば自らの呜で償うずいう芚悟をもっお工事に臚みたした。
    枬量の技術も乏しい時代に、圌らは地圢を歩き、川の流れを読み、村人ずずもに鍬を振るいたした。
    反察や䞍安の声も少なくありたせんでした。
    しかし五人はその䞀぀ひず぀に向き合い、説明を重ね、芚悟を瀺しおいきたす。
    それは単なる土朚工事ではありたせんでした。
    「この土地で生き続ける」ずいう遞択を、地域党䜓で匕き受け盎す営みだったのです。
    やがお氎路が完成し、筑埌川の氎が安定しお流れ始めたずき、それは技術的な成功以䞊の意味を持ちたした。
    措氎に怯えながら生きる土地から、氎ずずもに未来を描ける土地ぞ。
    その転換点に、「五庄屋さん」の決断がありたした。
    圌らは英雄でも、自分の暮らしだけに閉じる個人でもありたせんでした。
    地域ず川、人々の合間に立ち、他者の暮らしを匕き受けようずした人々でした。


    地域の歎史ずいたが、重なるずき

    こうした歎史は、最初はどこか遠い話のように感じられたす。
    しかし、私の祖母の旧姓が「栗林」ずいい、五庄屋の䞀人・栗林次兵衛ず遠瞁にあたるず知ったずき、過去の出来事が、突然、自分の内偎に入り蟌んできたした。
    地域の歎史が、「知識」から「自分の物語」ぞず倉わる瞬間でした。
    それ以降、私は川の流れを芋るずき、そこに積み重なった無数の遞択や誓いを感じるようになりたした。
    地域ずは、過去の出来事ではなく、いたも続いおいる時間の局なのだず思うようになったのです。
    故郷の颚景を「矎しい」ず心から感じるたでには、時間ず経隓が必芁でした。
    しかし今は、筑埌川を眺めるずき、そこに刻たれた無数の決断ず思いを、以前より深く実感できるようになりたした。
    芋え方が倉わる感芚がありたした。
    数幎前、育ったたちに移䜏したした。
    この感芚を、楜曲で衚珟できないかずふず思い立ちたす。
    その詊みの䞀぀が「アザレアの甘い蜜」ずいう楜曲です。
    久留米の垂花であるツツゞをモチヌフに、久留米に䌝わる民謡を匕きながら、偶然のように芋える出䌚いや瞁が、実は長い時間の積み重ねによっおもたらされた必然でもある、ずいう芖点を描きたした。
    花ず虫が互いに生かし生かされるように、人の営みもたた、意図を超えた関係性の網の目のうえに成り立っおいたす。
    この楜曲は、パリ囜際映画祭で最優秀ミュヌゞックビデオ賞を受賞したした。
    土地の蚘憶が海を越えお響いた、䞀぀の出来事でした。



    ふるさずは、身䜓に残っおいる

    私が育った久留米から山を越えるず、祖父母がいた筑豊・田川の颚景が広がりたす。炭鉱のたちです。
    幌いころ、祖父母に䌚いに向かう車の䞭で、倧きな煙突ずボタ山が姿を珟すたびに、胞が高鳎りたした。
    久留米ずはたったく異なるその颚景は、たるで別䞖界のようで、どこかSFの舞台に迷い蟌んだような感芚すらありたした。
    そこで自然ず耳に入り蟌んでいたのが「炭坑節」の旋埋です。
    どこで聞いたのかもはっきりしない。
    それでも、その唄はい぀の間にか身䜓の䞭に入り蟌んでいたした。
    唄は、蚀葉よりも早く身䜓に入り、 時間を越えお蚘憶を結び盎したす。
    地域は、理解する前に、たず響きずしお存圚しおいるのかもしれたせん。
    筑豊には倚くの民謡が残されおいたす。
    たた、祖母は俳句を詠む人でした。
    祖母が亡くなった埌、そのこずを知りたした。
    「Spinners」ずいう楜曲を補䜜したした。
    筑豊地域で唄われた糞繰唄の旋埋をもずに、祖母が残した俳句を歌詞に織り蟌んだ楜曲です。
    繭から糞を匕くように、人ず人の蚘憶もたた絡たり合い、時にほ぀れ、別の圢ぞず線み盎されおいきたす。
    サビの「た぀がわろたらわかれがわろうた」ずいう蚀葉は、民謡からほがそのたた匕いおいたすが、私にずっおは祖父母ずの別れずも重なっおいたす。 


    地は、動き続ける堎である

    蚘憶は身䜓に残り、土地はその蚘憶を受け止めたす。
    しかし地域は、固定された堎所ではありたせん。
    山から川ぞ、川からたちぞ、たちから人ぞ。
    その埪環の䞭で、地域は絶えず圢を倉えながら生き続けおいたす。
    山の仕事にた぀わる筑豊地域の別の民謡の旋埋をもずに「Sawyers」ずいう楜曲を制䜜したした。
    「Spinners」ず同じコヌド進行・曲構成を持぀、いわば双子の楜曲です。
    朚挜きのリズムや山の景芳は、䞖代を超えお人びずの身䜓感芚に刻たれおきたものです。
    人は立ち止たり、迷い、悩みながらも歩みを進める。
    そのゆらぎながら進むずいう生のリズムそのものが、この曲には流れおいたす。
    「Spinners」が糞を玡ぐ「血」の蚘憶を描くずすれば、「Sawyers」は土地に刻たれた「地」の蚘憶を描いおいたす。 

    蚘憶が、瀟䌚を動かす

    瀟䌚は、生きおいる人の行為の総和だけで動いおいるのではありたせん。
    生きおいるあいだの行為が、死を契機ずしお瀟䌚の蚘憶ぞず線み盎されるずき、はじめおそれは次の泚意や関心を生み、新しい行為を再点火したす。
    茪郭ず䜙癜。
    あの犬の絵を描いたずき、私はただその意味が自分でも分かりたせんでした。
    しかし今なら少し分かる気がしたす。
    茪郭ずは、芋えおいるものの圢です。
    䜙癜は、そこには存圚しおいないものの、その䞭に宿っおいるものです。
    䜕かが亡くなるずいうこずは、茪郭が無くなるこずかもしれたせん。
    でも、そこにあった䜙癜は、誰かの䞭で存圚し続けたす。
    地域もたた、そのようなものではないでしょうか。
    堎所ずしお芋えおいる郚分だけが地域ではないのかもしれたせん。
    そこで生きおきた人びずの蚘憶、身䜓に残る響き、匕き受けられおきた遞択。
    それらが䜙癜ずしお積み重なり、いたも誰かの䞭で生き続けおいたす。

    次回は、そうした蚘憶の䞭で育぀「私」ずいう揺らぎぞず向かいたす。

    人口枛少瀟䌚を生きる②「ふるさず」ず「私」は揺らぐhttps://note.com/knt_music_lab/n/n2e318c626cd8

    #創䜜倧賞2026
    #オヌルカテゎリ郚門

     
     
    久留米倧孊教授・サむバヌ倧孊客員教授。東工倧倧孊院修了、博士工孊。九州倧孊、東倧瀟研等を経お珟職。地域づくり研究ず創䜜掻動を実践。パリ囜際映画祭最優秀ミュヌゞックビデオ賞受賞。著曞倚数。

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